横浜地方裁判所 平成13年(わ)1203号 判決 2001年11月05日
主文
被告人を懲役15年に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
横浜地方検察庁で保管中の電気炬燵のコード1本(平成13年領第1718号符号2)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成10年5月ころから神奈川県厚木市ab番地所在の被告人方に実兄A(昭和11年1月2日生)を同居させて共同生活を始めるとともに,同人の年金を管理,使用していたところ,次第に不仲となるうち,同人から年金のことをとやかく言われたり,年金を返して貰い被告人方を出ていく旨言われるなどしたことに不満や憎悪の念を募らせた挙げ句,同人を殺害しようと決意し,平成11年11月11日午前9時ころ,同人(当時63歳)に対し,その頸部に所携の電気炬燵のコード(横浜地方検察庁平成13年領第1718号符号2)を巻き付け,両手でこれを引っ張ってその首を絞め付け,よって,そのころ,同所において,同人を窒息により死亡させて殺害し,
第2同日午後10時ころ,前記Aの死体を普通乗用自動車で同県相模原市cd番地雑木林内まで運搬してその場に放置した上,翌12日午前4時30分ころ,所携のスコップでこれを同所付近の土中に埋め,もって死体を遺棄し,
第3判示第1のとおりAを殺害していたところ,同人が生前に受給していた特別支給の老齢厚生年金が,同人が生存している限り,毎年誕生月に厚生年金保険年金受給権者現況届を社会保険庁長官に提出することによってその支給が継続されることを奇貨として,上記年金受給権者Aがあたかも生存しているかのように装ってこれを詐取しようと企て,同人が死亡した旨社会保険庁長官に届け出なければならない義務があるのに届け出ず,かつ,平成12年1月上旬ころ,社会保険庁長官の業務代行者である社会保険庁社会保険業務センター業務部長Bらに対し,上記Aがあたかも生存しているかのように装って,同人名義の厚生年金保険年金受給権者現況届を東京都杉並区ef丁目g番h号所在の社会保険庁社会保険業務センターに郵送して提出し,同業務部長らをしてその旨誤信させて上記Aに対する特別支給の老齢厚生年金の支給を継続させる旨決定させ,よって,別紙一覧表記載のとおり,平成12年2月15日から同年12月15日までの間,前後6回にわたり,同センター係員らをして,東京都中央区i町j丁目k番l号所在のC銀行本店を介して,合計200万2908円の特別支給の老齢厚生年金を被告人が管理する同県厚木市am番地n所在のD信用金庫E支店に開設したA名義の普通預金口座に振込送金させ,もって人を欺いて財物を交付させ,
第4前記Aになりすまし,同人名義の総合口座通帳及び印鑑を使用して預金払戻し名下に金員を詐取しようと企て,平成13年2月19日午前10時49分ころ,前記D信用金庫E支店において,行使の目的で,ほしいままに,同支店備え付けの普通預金払戻請求書用紙1枚の金額欄に「300000」,氏名欄に「A」とボールペンで各記入し,お届印欄に上記「A」と刻した印鑑を冒捺するなどして,もってA名義の金額30万円の普通預金払戻請求書1枚(横浜地方検察庁平成13年領第1717号符号1)を偽造した上,即時同所において,同支店係員Fに対し,これが真正に成立し,自己がA本人であって,預金払い戻しの正当な権限を有する者のように装い,これを同人名義の普通預金通帳と共に提出行使して普通預金30万円の払い戻しを請求し,上記Fをしてその旨誤信させ,よって,そのころ同所において,預金払い戻し名下に現金30万円の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法199条に,判示第2の所為は同法190条に,判示第3の所為は包括して同法246条1項に,判示第4の所為のうち有印私文書を偽造した点は同法159条1項に,同文書を行使した点は同法161条1項,159条1項に,詐欺の点は同法246条1項に,それぞれ該当するところ,判示第4の有印私文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により1罪として最も重い詐欺罪の刑(ただし,短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断することとし,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役15年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入し,横浜地方検察庁で保管中の電気炬燵のコード1本(平成13年領第1718号符号2)は,判示第1の犯行の用に供したもので被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1 本件は,同居していた実兄を殺害し(判示第1),その死体を雑木林内に遺棄し(判示第2),その後同人が死亡したのを届け出ず,かつ,同人が生存しているかのように装って現況届を提出するなどしてその年金の支給を継続させて年金を詐取し(判示第3),さらに同人になりすまして普通預金払戻請求書を偽造し,行使して,普通預金を払い戻して預金を詐取した(判示第4)という事案である。
2 殺害に至る経緯,動機について,被告人は,大要,次のように供述している。
すなわち,
① 兄Aとは長らく音信もなかったが,平成10年4月ころ,都内板橋区のアパートG荘に居住していたAから電話があり,年金を押さえられている大家からアパートを出ろ,出ていかなければ年金を渡さないと言われているので何とかしてくれと言われ,その直後,姉のHからも,Aを引き取れないから,生活費くらい貰って一緒に生活してよ,と言われたので,A方に出かけ,大家からは,年金を預かりサラ金を精算してやったが,注意しても生活態度を改めないので,もう面倒を見切れないから出ていって欲しいと聞いたし,Aの部屋は散らかり放題で大家の言うのも無理はないと思った。それで,渋っていたAを納得させて被告人方で一緒に住まわせることになった。
② 当初,生活費の一部位は負担して貰うにせよ,AはAで年金で生活すれば良く,自分の負担が増えることはないと思っていた。ところが,一緒に生活しだしてすぐAの金遣いの荒さが目に付くようになった。同居して一月も経たない同年6月ころ,年金額が2月で30万円を超える予想以上に多額であることを知ったが,Aの性格からすると,後先考えずぱあっと使ってしまい,またサラ金から借金するかもしれず,その借金について自分も負担させられることになりかねないと思った。当時被告人は,タクシー運転手をしていたが,サラ金等に200万円位の借金があり,その返済に苦労しており,年金を少しでもこれに回せたら多少とも楽になるとも考えた。それで,Aに,毎月,小遣いとして8万円を渡して,生活費等として4万円,積立金として1万円を負担してもらう話をして渋々ながら承諾して貰い,6月18日には,判示第3のD信用金庫E支店に普通預金口座の開設手続をするとともに,印鑑,通帳,キャッシュカードは被告人が預かり,また,暗唱番号も教えなかった。
また,同じ頃,サラ金の借金で大変なことを話したら,Aは,その解決策の一つとして年金を担保に200万円を借りられるなどと協力するような話をしながら,結局断られた。住むところがないAを引き取り助けてやったのに,被告人の借金の返済に協力する気がないことが分かり,Aの身勝手さに非常に腹立たしさを感じた。それで,Aがその意識なら,被告人方で生活する以上相応の負担をするのは当たり前だから,小遣い以外の分の年金は自分が使わせて貰うのは当然であると考えるようになった。
③ しかし,2月に1回支給される年金については,本来,Aの当月分の小遣いのほかに,翌月分の小遣いも確保しなければならなかったが,20万円を超すまとまった金を手に入れたことから余裕ができたように錯覚し,サラ金の返済のほか,交際女性との交際費や小遣い,遊興費等に費消してしまい,Aに渡すべき翌月の小遣い分を金融業者から借りるようになってしまった。
他方,Aは,小遣いをすぐ使ってしまうらしく,追加の小遣いを要求し,年金は俺のものだから返せとか,長兄のIや姉のHなどのところへ行くなどと言うようになり,しばしば口げんかするようになった。また,Aは,仕事もせずぶらぶらしているのに食事の片づけもせず,部屋を散らかり放題にしており,協力して生活する気持のないことを知り,腹立たしく感じて嫌気がさすとともに,気ままに過ごすAをみるにつけ憎しみと許せないとの気持を抱くようになった。
④ 平成10年9月,Aが自ら救急車を呼んで入院したが,担当医からは,特段悪いところは見当たらず,脳梗塞の疑いもないと言われるなどしたことから,Aが自分との同居を嫌がって仮病を使ってまで入院していると思い,Aに対する憎悪の念を一気に募らせた。10月にAが退院すると,小遣いを食事代込みで10万円に変更し,部屋も食事も完全に別々にして生活するようにしたが,Aの言動の一つ一つにいらだちや不満が募り,また,Aが,事ある毎に,俺の年金は俺が使う,ここを出るなどと言い,さらにあちこちで年金のことを言いふらしていると薄々感じ,だんだん許せなくなった。
しかし,Aを引き取ると言った手前,このような気持を,兄姉や,職場の同僚,交際女性にも相談できず,一人で思い悩むうち,憎悪の気持を徐々に増大させるとともに,持て余し,疲れ,平成11年5,6月ころには,Aを殺したい気持ちを持つようになった。
⑤ 同年11月6,7日ころ,Aから,大家と話をして別の部屋を借りることにしたので年金を全部よこせと言われた。このときはいつもにもましてこだわっているように思われたが,被告人の窮状に少しも配慮しようとせず,自分勝手なことを言っていると思うと本当に頭に来た。そして,自分はAを引き取ったためにAの生活態度や資金繰りに苦労させられた上,仮病やわがままに振り回され心身共に疲れ,その原因が全てAにあると思うと,Aが許せなくなった。
また,Aが被告人方を出ていっても,金遣いの荒い性格ではいずれ生活できなくなり再び被告人のところに戻って来るに違いないし,そうなったのでは遅く,取り返しが付かなくなるし,長兄Iや姉Hのところに行けば,同人らが被告人と同様苦労するから,そのような目には遭わせることはできないと思った。
これらのいろいろな気持が入り交じり,Aのことが許せず,殺してしまおうと決心した。
しかし,実行するとなるとなかなか踏ん切りが付かず,その後数日間にわたって,殺害方法をいろいろ考え,殺害の機会を窺いながらも実行できないでいたところ,11月10日,翌日が公休日であったため,その日こそ殺害しようと決意し,電気炬燵のコードで首の絞め方を練習してみたり,殺害を正当化する理由を考え自分を納得させようとしながらうとうとするうち,翌11日の朝,Aが自分の部屋でテレビを見ているのを見て,自分がこんなにも思い詰めて悩んでいるのにのうのうとテレビを見ているなどと思い,かっとなり迷いを振り切って殺害を決意し,判示犯行に及んだ。
3 被告人の犯行に至る経緯として供述するところは以上のようなものである。
関係証拠によれば,本件の客観的経過も概ね上記のとおりと認められる。
AはG荘には昭和60年ころから住んでいるし,大家であるGは,Aに年金が支給されることを教えた上,サラ金の精算までしてやっており,既に借金はない状態になっており,今更大家がアパートからの追い出しを図るのは一見不自然であるし,Gも,Aはトラブル等起こして出ていったわけではないとし,被告人がいうようなことは供述しておらず,姉Hも,検察官に対し,何故Aが被告人方に住むようになったか分からない旨供述しているが(Hは,Aは大家から出ていってくれと言われたので被告人に押しつけてしまった旨公判供述しているが,これは被告人の話に基づくことが窺われることや,G供述と対比して信用性が乏しい。),被告人や被告人が交際していた女性の供述のほか,Aは,2④の入院中,自分勝手に生きており,行くところがなくなったため被告人のところに転がり込んだ旨発言していることが窺われることや(なお,同記録の中には,また被告人が面倒をみてくれるか心配である旨の記載があるが,反面,担当医師の話では,Aは家に帰りたがらず,退院を促され心身に動揺がみられる状態であったと述べていることと対比すると,この点についてはその信用性に問題がある。),G荘転出後はGに連絡も取っていないことからみて,AがG荘を出る必要に迫られていたのに行き場がなく,被告人に援助を求め,被告人がこれに協力したことは事実と思われる。
しかしながら,Aは,酒や競輪が好きで,昭和46年ころには兄弟にも迷惑をかけたことがあったようであるが,その後は兄弟とも疎遠になっており,被告人が平成8年ころ5万円位を貸してやったというほかは,平成3年7月の母の葬儀の時に長兄Iの世話になり,平成9年9月Hから5万円を借りたほかに,同居前に,兄弟に迷惑をかけていたような形跡は窺われない。
また,被告人は,Aの金遣いの荒さをるる供述する。確かに,小遣いの使い方に問題があったことは窺われるが,Aは,Gに借金を精算して貰った後は,被告人との同居時を含め,さらに借金等を重ねたようなことは窺われず,被告人の公判供述によっても,金がなくなると家でごろごろふて寝をしている状態であったというに過ぎない。さらに,生活態度にも,だらしない面があり,被告人が不快に思う面が多々あって不思議はないにしても,アパート居住時出入りしていた飲食店の経営者が人柄を評価し,大家にもサラ金の精算まで手伝って貰っていることのほか,被告人方で居住後知り合った付近住民やAの居室に何度か上がり込んだ児童や室内を覗いて話しかけたことのある家主の供述によっても,Aの行状や室内の状況に被告人が言い立てるほど問題となるような点があったことは窺われない。
他方,被告人は,同僚に借金の申込みをしたり,Aと同居する前を含め,Hから,平成10年1月に12万円,同年5月に8万円,同年8月に6万円と借用しているだけでなく,Aと同居して一月もするかしないうちにAの年金を当てにし,さらに,その小遣い分まで使い込み,金融業者から更に借金を重ねる生活をしており,金遣いに関しては,被告人の方にも問題があったことが窺われる。そのような結果,本件犯行時には,Aの年金が失われるのは相当な打撃になる状態に立ち至っていたことは明らかである。しかも,Aは別居したがっており,平成11年始め頃には被告人方借家の家主も,貸家が空いているからAはそこに住めば良いと話しているのに,これを断っているのは被告人である。
確かに,被告人には,行き場のないAを同居させるなど協力してやった事実やそのように協力したのにとの思いがあり,他方,Aには,長年にわたり勝手気ままに生活してきた性行があり,被告人に年金を管理されることや生活に口を出されることを快く思わないことから,互いに反発し,喧嘩や葛藤が絶えず,被告人がAに悪感情を抱き,これが憎悪に発展していったことも事実と思われる。
しかして,被告人は,さらに,Aが金遣いが荒く,また借金して迷惑をかけるとか被告人方を出ても一人で生活できず,長兄やHに迷惑をかけるなどと盛んに言うのであるが,上記指摘の諸点に照らせば,多少の軋轢は予想されるにせよ,Aに,被告人が言う程の不始末や他人に迷惑をかける具体的危険性があるかは疑わしいし,また,被告人の供述するとおりとしても,1年半の同居中,Aが被告人に金銭的に迷惑をかけた形跡は窺われず,Aが退院した平成10年10月ころ以降は,同一家屋ながら,別々に生活して1年以上に及んでいる。さらに,そもそも,Aの年金はAが長年にわたり稼働し保険料を支払ってきた成果であり,かって脳梗塞を患って入院したことがあり,また足をやや引きずりがちに歩くAが,働かず,年金を享受し,のんびりした生活を送ったからといって非難されるいわれはなく,被告人から言われるとおりに生活の分担金も拠出していたのであるから,さらに協力が足りないなどとして非難するのは,些か逆恨みのきらいがある。被告人の言うところは余りに自己中心的で,身勝手である。
しかも,Aは長年独り暮らしをしてきた経験がある上,相応の年金収入があるのであるから,仮にAに起因する悩みや憤まんがあったにしても,兄姉らに相談するなどして他の方策を模索ことも十分できることからすると,被告人の言うところに殺害に結びつくような事情として斟酌する点は認めがたい。
検察官は,動機について,被告人がAを憎悪したことには,Aの年金を自由にしたかったのにそれを拒絶されて期待が外れたことも大きな理由となっており,その意味では強盗殺人に準じる事件とも言うことができると主張し,一方弁護人は,殺人の動機と殺意の形成時期につき,最大の動機は,Aが一人で生活するようになると,Aの生活は破綻し,A自身が困窮することはもとより,被告人を含めた周りの兄妹にも大いに迷惑をかけることになることは必至とみて,それならばいっそのこと,思い切って殺害してしまおうかと考えるようになったのであり,金銭的な利欲という利己的な動機はなく,もっぱら,被告人の優しさ故に起こった利他的な動機に基づくものであり,検察官の動機の見方は,被告人の真意を曲解し取調官の創作により作り上げられたストーリーに過ぎない,また,被害者との同居生活における対立,葛藤により,次第に精神的に追い詰められていった被告人は,冷静に状況を分析・判断して,無難な打開策を見いだす心の余裕を失い,本件犯行の前日には明確な殺意を抱くまでに至り,犯行当日些細なことからかっとなって,とっさに衝動に駆られて発作的に殺害行為に及んでしまったのであって,犯行の数日前から殺害の理由の正当性や殺害方法を考えていたという計画的なものではない,犯行前日に殺意が飛躍的に表動した事情が明確になっておらず,被告人が殺害の意思を固めたのは数日前であるとは言えないと主張し,被告人も公判廷において,金銭的動機はない,被害者を持て余し,疲れてしまった,当日はこっちがいろいろと心配していらいらしているのに,被害者がのほほんとしていたのでかあっときて殺害を実行してしまった,とほぼこれに沿う供述をする。
しかしながら,被告人は,既にAに渡す小遣い分以外は年金を自由にしていたのであり,両名の憎悪や葛藤も大きな要因となっていることも窺われるから,検察官の主張は直ちには採用できないし,他方,先に説示の点に照らし,捜査段階の供述にもなお不自然な点があることも先に指摘のとおりであり,その内容からみて殊更検察官が創作したものともみられない。そして,被告人とAとの間の憎悪や葛藤の原因や殺意形成時期について弁護人が主張する見方ができないことも先に説示のとおりである。
4 以上のとおり被告人が本件殺人に及んだ動機に斟酌する点はない。
殺害態様は,種々の殺害方法を考えた上,電気炬燵のコードで絞め殺す方法を選び,公休日を選んで,殺害の機会を窺い,体力の衰えがちで無防備な被害者を襲って絞め殺したもので,冷酷,非情かつ残忍である。
結果は言うまでもなく重大である。被害者は,その言動や生活態度や年金を巡り,被告人との対立,葛藤があったものの,殺害されるいわれはなく,長年の就労生活を経て年金生活が送れるようになったのに,同居していた実の弟に突如殺害されたものであって,その驚愕と苦痛,そして無念さは察するに余りある。
さらに,被告人は,被害者殺害後は,その死体を車の後部座席足下に積載し,途中死体をトランクに移し替えて,何事もなかったかのように交際女性とドライブし,その後判示のとおりの死体遺棄に及び,なお,その後も,被害者になりすまして納税するなどしており,殺害後の行動も大胆であり,被害者の死を悼む気持は微塵も感じられず,犯行後の態様も悪質であると言わざるを得ない。被害者の死体は約1年4か月後に至って白骨化して発見されており,無惨というほかない。
年金詐欺,預金詐欺等の各事案については,被害者の年金に頼る生活をしていたことから被害者殺害後もこれを自らの生活費等に利用するため詐取等に及んでおり,いずれの犯行に至る経緯にも酌量の余地はない。なお,判示第3の年金詐取について,被告人は公判廷で,年金を欲しいという気持はなかったかの如き供述もするが,捜査段階では被害者の年金を収入の一部としてあてにしていたことから年金欲しさという気持もあったと供述しており,実際に年金振り込み後は直ちに引き下ろして被告人の生活費等に費消していることなどからすれば,被告人の捜査段階での上記供述は信用性があり,被告人に年金詐取の故意があったことは明らかである。当時の被告人の意識として,年金詐取よりも殺害隠ぺいが主要な動機であったことは認められるものの,その動機自体にも酌量の余地はないことは言うまでもない。これら犯行により詐取した金額は合計230万円余の多額に上り,被告人はこれらをすべてサラ金の返済や生活遊興費として費消しており,被害弁償のあてもないのであって,これらの結果も悪質である。
しかも,このような重大犯罪を犯しながら,被害者に対し申し訳ないことをしたと思っていると言いながら,なおも,殺したよりも,周囲,ことに兄弟には迷惑をかけて申し訳ないなどという心境を吐露している。
以上からすれば,被告人の刑事責任はまことに重大である。
そうしてみると,Aの求めに応じ協力し,同居させたことが本件の発端となったもので,Aにも独善的で同居生活者として配慮に欠ける点があったことが窺われること,被告人は,これまで前科もなく,サラ金等の借金は抱えていたものの,善良な一市民として生活してきたこと,実の兄弟同士の殺人事件で遺族の心境も複雑であるところ,実姉は,公判廷に証人として出廷し,本件に至った責任の一端は自分にもあるとして寛大な処分を希望する旨証言していることなど,斟酌すべき事情を十分考慮しても,主文の刑はやむをえない。
5 よって,主文のとおり判決する。
(検察官橋本千惠子,弁護人大河内秀明各公判出席)
(求刑 懲役17年,電気コード1本没収)
(裁判長裁判官 田中亮一 裁判官 前澤久美子 裁判官 剱持淳子)
別紙省略