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横浜地方裁判所 平成13年(わ)1989号 判決 2001年10月23日

主文

被告人を懲役10月に処する。

この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成13年7月29日施行の参議院議員通常選挙に際し,参議院比例代表選出議員選挙の参議院名簿登載者として自由党が同月12日に届け出た候補者であるが,同人の出納責任者兼選挙運動者であるAと共謀の上,自己の当選を得る目的をもって

第1別紙一覧表1記載のとおり,同月15日ころから同月28日ころまでの間,横浜市西区ab丁目c番先歩道上及びその付近ほか24か所において,いずれも年齢20年未満の者であるB(当時19歳)ほか3名をして,通行中の選挙人に対し,自己の氏名等を連呼し,自己の氏名等を表示したビラを頒布するなどして自己への投票を依頼する選挙運動をさせ,もって年齢満20年未満の者を使用して選挙運動をし

第2別紙一覧表2記載のとおり,同月27日及び同月28日ころ,いずれも自己の選挙運動者である前記Bほか5名に対し,前同様の選挙運動をしたことの報酬として,銀行振込あるいは現金の手渡しの方法により,現金合計27万7875円を供与した。

(法令の適用)

被告人の判示第1の行為は包括して刑法60条,公職選挙法239条1項1号,137条の2第2項に,判示第2の各行為はいずれも刑法60条,公職選挙法221条3項1号,1項3号,1号にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪については所定刑中禁錮刑を,判示第2の各罪についてはいずれも懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の倉持智恵美に対する供与の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役10月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は,平成13年7月29日施行の参議院比例代表選出議員選挙において,未成年者を使用して選挙運動をすることの禁止に違反して,7日間にわたり,神奈川県内25か所において,未成年者4名にビラ配り等の選挙運動をさせた事犯及び同人らを含む6名の選挙運動者に対し選挙運動をしたことの報酬として現金を供与した運動買収の事犯である。

被告人は,自由党党首らから本件選挙(平成13年7月29日施行の参議院議員通常選挙)に立候補することを勧められ,自己の事業遂行や選挙資金などの問題があって躊躇いつつも,当選すれば収入が安定する,自己の事業にも仕事が回せるなどと考えて,平成13年3月ころ立候補を決意したが,ボランティア運動員が集まる様子もないまま公示日が近づき,同年5月末ころ,知人から紹介された短大生を面接して同人らが未成年者であると知り,かつ,同人らがアルバイトとして選挙運動をしようと考えていることを知ったものの,同人らが選挙運動員向きで,今時交通費だけで選挙運動に来てくれる者などなかなかいないだろうなどとの考えから,同人らを自己の選挙運動に有償の「手振り」(選挙カーに乗って有権者に向かって手を振る選挙運動員)やビラ配りの要員として採用することにしたうえ,同人らに対し同要員の人集めなどを依頼し,公示日前日である同年7月11日,選挙事務所に呼んだ同人ら及びその集めた短大生らに対し,出納責任者兼総括責任者であるAが年齢を確認して未成年者については一旦は採用を断りながら,アルバイト先を失った同人らに同情もあり,未成年者の人数も少ないし選挙運動をさせる期間も短いので発覚しないだろうなどとの考えで,改めて未成年者についても採用することにし,本件各犯行に及んでいる。そうした経緯や動機に酌量の余地はない。確信犯的な犯行でもあって選挙法秩序無視の態度が顕著であり犯情は良くない。アルバイトを断られた格好になった未成年者らに同情して選挙違反するなど筋違いも甚だしいといわざるを得ない。今時交通費だけで選挙運動に来てくれる人などなかなかいないだろうなどとも考えたようであるが,前記のような身勝手かつ軽率ともみえる立候補であってみれば当然ともいえよう。仮にそのような実情があるとしても,運動買収を正当化するものでないことはいうまでもない。当公判廷においては,本件未成年者を採用しなくても運動員に困ることはなかったとか選挙運動についてはAに任せていたので,Aの意見に押されたなどとも述べているが,上記のような経緯に照らすとにわかに信用することができない。本件各犯行の結果,心身とも未成熟な未成年を選挙運動に巻き込み,また,「手振り」やビラ配りが単なる労務の提供でないことはいうまでもなく,それらの選挙運動に対し報酬を支払うのは当然であるとの思いを助長させられた本件短大生らを選挙違反に巻き込んでいる。被告人は,本件短大生らが未成年者であることを承知しつつ同人らを手振り等の要員として報酬を支払って採用することにして,仲間を集めさせたり,共犯者Aに対し,短大生らがアルバイトの手振り要員として来てくれることになっている旨告げて同人らとの連絡を取らせたり,同人らの中に未成年者がいることを知って一旦は採用を断ったAから再考を求められると「君の判断に任せる」などと責任逃れと取られても仕方のない言動をしたり,年齢のごまかし方をアドバイスしたりするなど本件各犯行において果たした役割は大きく,候補者としての責任も大きい。被告人の刑事責任は大きい。

他方,遅ればせながら被告人なりに反省している様子が窺えること,今後は選挙に出ず地道に仕事をして社会に貢献することを誓っていること,15年以上前の罰金前科が2犯あるだけで,他に前科はなく,今回が初めての正式裁判で,身柄拘束の期間も2か月余に及んだこと,被告人を一家の支柱として頼りとする妻やまだ幼い子らの家族がいること,妻が証人として出廷し被告人の再起に協力する旨のべていること等の事情も認められる。

そこで,それらの事情のほか本件証拠上認められる有利不利一切の事情を総合考慮して主文掲記の刑に処するとともに,今回はその刑の執行を猶予するのを相当と認める。

(求刑 懲役10月)

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 井口実)

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