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横浜地方裁判所 平成13年(わ)429号 判決 2001年12月03日

主文

被告人は無罪。

理由

1  本件公訴事実は,「被告人は,法定の除外事由がないのに,平成12年12月上旬ころから同月13日までの間に,神奈川県 内又はその周辺において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し,もって覚せい剤を使用した。」というものである。

2  そこで,以下検討するに,弁護人は被告人は無罪であるとして,次のとおり主張する。すなわち,被告人は,採尿当日神奈川県B警察署(以下「B署」という。)において事情聴取を受けたものの,途中でこれを拒否して警察署外へ逃げ出したのに,警察官らは被告人を追いかけて令状もないのに逮捕同様にその身柄を拘束し,強制的にB署に連れ戻した上,執拗に尿の採取を要求して被告人をしてやむなくこれに応じさせたものであるから,被告人の尿の採取手続きには令状主義の精神を没却する重大な違法があり,その尿の鑑定書等は違法収集証拠としてその証拠能力が否定されるべきであると主張する。

3  そこで,被告人の尿の採取が行われるに至る経緯をみるに,証人C,同D,同E,同F及び被告人の当公判廷における各供述等の関係証拠によれば,次のとおり認められる。

(一)  被告人は,実母F(以下「母親」という。)及びその夫並びに実妹とともに居住していたが,平成12年9月上旬から家出状態となり,母親においてB署に家出人捜索願いを出すとともに,神奈川県警察本部少年相談保護センターの少年相談員Gにも被告人の居場所等について問い合わせをするなどして,被告人の行方を探していた。他方,被告人は,同月9日ころから,Gには連絡をとり,Gに対し,Hと一緒にいるなどと言い,同年10月中旬ころ以後は,そのころHが覚せい剤取締法違反罪により逮捕されたため,同人の兄貴分である暴力団員Iと一緒にいることや同人が覚せい剤を使用していること,同人と仲の良いKという女性についてのこと等も話していた。そして,被告人は,同月中旬ころ以後は,母親とも連絡を取ったり,時たま帰宅したりするようになったものの,依然として母親らの許に帰住することはなかった。被告人は,同年12月4日,5日とGに電話をかけ,覚せい剤を使用したことやIの仲間の男達の名前をあげて覚せい剤の売人グループであることなどを告げたため,Gは,被告人と会うことにし,同月11日正午にJR関内駅で被告人と待ち合わせることにした。Gは,同日正午の約30分前,被告人に待ち合わせの確認の電話を入れたところ,被告人は,覚せい剤を飲んだことや心身に異常が出ている状況等を告げて,その日は待ち合わせ場所に行けないと言った。そのため,Gは,上司にその電話の内容を報告し,捜索願いが出されているB署にも連絡をするととともに,被告人が母親方に帰るようなことも言っていたため,同日夕方母親方に電話したものの,母親が不在であったため,用件を伝えることはできなかった。翌12日も,被告人は,Gと電話で話をし,覚せい剤を使用したため,心身に異常が出ている状況やKに迎えに来てもらうなどと話したりしたことから,Gは,直ぐに上司に報告し,B署にも被告人の居場所や被告人が覚せい剤を使用している疑いがあることなどを伝えるとともに,母親にも電話をして,被告人の心身の具合が悪いこと及び警察官と一緒に被告人を迎えに行って欲しいことなどを伝えた。そして,同日,被告人は,K方にいるところを,C警察官,D警察官ら5名の警察官と一緒に迎えにきた母親に発見されて,母親に連れられて帰宅した。その際,同行していた警察官から翌日B署に来るように求められた。

(二)  そのため,被告人は,同月13日午前11時前後ころ,母親に付き添われてB署に出頭し,同署生活安全課において,C警察官の事情聴取を受けることになった。被告人は,同署3階取調室において,家出の理由,家出中の生活状況,家族やH及びKのこと等について尋ねられたほか,覚せい剤使用の有無を尋ねられ,尿を提出するように求められた。被告人は,覚せい剤についての質問が始まって10分位した後の午後零時前ころ,廊下で待っていた母親と話をしたいと申し出て,取調室外に出た上,1階に下りて正面玄関に至り,被告人の後を付いてきた母親に対し,「もう疲れちゃった。」と言いながら,B署外に出て行った。そのため母親も被告人の後に続いて署外に出ようとした。そのころ,C警察官が,玄関前まで追って来て,母親に対し,話はまだ終わっていないので,目を離さないようになどと言い,母親とともに被告人を追った。被告人は,そのままB署外に出て,道路を横断し,斜め向かい側にあるスーパーNに入り,同店に勤めている父親から自動車のエンジンキーを借りようとしたが,借りることができなかったため,同店を出て,そのまま道路沿いの南側歩道を西方に小走りで走り,途中にあるT店内に入り,トイレ内に隠れた。母親とC警察官は,被告人から五,六十メートル遅れてその後を追い,C警察官はその途中携帯電話でD警察官に応援を要請し,D警察官は4ドアセダン型の警察用車両を運転してT前に至った。母親とC警察官は,被告人がT内に入ったため一旦被告人を見失ったが,母親が同トイレ内にいる被告人を見つけて,母親とC,D両警察官が同店外歩道辺りで被告人が出てくるのを待っていたところ,被告人が5分位して出てきたため,両警察官が被告人を挟むようにしてB署に戻るように言ったが,被告人は両警察官を振り払うようにして車道中央付近まで出て,警察官らから離れて行こうとした。そのため,被告人の母親が直ぐに被告人を追い,車道上で追いつき,被告人の腕をつかんだが,被告人を止めることはできず,二人してP前交差点の車道上を横切って,同交差点を西方に延びる道路沿いにあるP前バス停付近に至り,同所で,足をもつれさせて,母親が被告人の上に覆い被さるようにしてその場に転倒した。被告人は,母親に対して,「放せ。」,「馬鹿野郎。」などと叫んでいたが,母親が,被告人に対し,「落ち着いて。落ち着いて。」などと言い,そのころまでに,同バス停前まで追ってきていたC警察官が,被告人の横から,「落ち着け。落ち着け。」と言ったりするうち,次第に被告人が落ち着いてきた。C警察官は,立ち上がった被告人に対し,「まだ話は終わってないから,署に戻って話を聞くよ。」と言い,被告人の腕を抱え上げるようにして持ち,そのころまでにD警察官がUターンさせて被告人らが倒れた地点から二,三メートル離れた同バス停沿いの車道にB署方面に向けて停車させていた警察用車両まで連れて行き,同車両の助手席側の後部座席のドアを開け,被告人の左側からC警察官が,右側からD警察官がそれぞれ被告人の背後に手をかけ,力を加えて押すようにして被告人を車内に入れた。その際,特に被告人が抵抗するようなことはなかったが,被告人は,自動車内に入る際,両警察官から押された勢いで前のめりになり,その態勢のまま両膝を座席シートに着くような格好で先に乗車していた母親とぶつかり,両脚をバタバタさせたため,C 警察官が被告人の両脚を押さえたりした。母親は,被告人より先に,D警察官の誘導により助手席側の後部ドアから乗車していた。そして,C警察官が後部座席の被告人の左側に座り,D警察官が運転してB署に戻った。

(三)  被告人らは,同日午後零時30分過ぎにB署に着いた後,被告人と母親は促されるまま同署3階の生活安全課に行き,被告人は,再び取調室でC警察官から,尿を出すようになどと説得された。C警察官は,10分ないし20分位してから昼食のために席を外し,替わってD警察官が尿の提出を求めるなどしながら被告人の事情聴取に当たったが,しばらくして被告人は,母親と話をすることを求め,D警察官が取調室外に出て,替わりに入ってきた母親と話し合い,尿を提出することにし,母親がD警察官にそのことを伝えて,採尿手続に入った。被告人の採尿には,E警察官が立ち会い,被告人は,トイレ内でE警察官に話しかけたりしながら時間を費やし,10分ないし15分位後に採尿した。採尿時刻は午後1時45分であった。その後,被告人と母親はB署を退去した。

以上の事実が認められる。

(四)  なお,検察官は,被告人が警察用車両に乗車する際,C警察官らにおいて何ら有形力は行使していないと主張する。しかし,その際の状況について,母親は,当公判廷において,「私が被告人を抱えて歩いていたら,バス停付近で私が足がもつれて倒れて,被告人も倒れた。私が立ち上がったら,被告人はC警察官に抱えられていた。自動車がB署の方に向いて止まっており,C警察官は,被告人の腕を抱え上げながら,『お母さん,逃げると困るから先に車に乗っていてください。』と言った。私が助手席の後ろのドアから乗り込み,運転席の後ろの方に寄ろうとしていた際,被告人が押されてドンという形で倒れるようにして助手席後ろのドアから入ってきて,私の膝にぶつかった。その時,私から見て右にC警察官,左にD警察官がいて,被告人の背後に両人の手が見えていたので,被告人は両警察官から背中を押されて乗車させられたと思った。直ぐにドアが閉まったが,被告人が,足をドアに挟まれて,『痛い。』と叫んだので,またドアが開いて,被告人が斜めにZ型みたいな感じで座り込んできた。被告人の左側にC警察官が座った。」と供述し,被告人は,当公判廷において,「押し込められた。ぱっと見たら右にママがいた。どこを押されたかわかんないけど,後ろから押されて押し込められた。

ドアに体のどこかが挟まった。体の右半分がドアに挟まれた。」などと供述する。

上記母親の供述は,自分の膝に被告人がぶつかってきたこと,その際被告人の足がドアに挟まれて被告人が「痛い。」との叫び声を上げたこと等の非常に印象的な場面の記憶とともに,その際,被告人の両側に各警察官がいて,それぞれ片手を被告人の背後に伸ばしていたとの状況を述べているのであって,その供述する状況に不自然な点はなく,その信用性に特に疑うべきものは見当たらない。また,被告人の供述ともその場の状況として概略符合している。

これに対し,C警察官は,当公判廷において,被告人が自分で自動車に乗り込んだ旨供述するものの,同警察官が被告人を自動車の方に誘導し,右手で被告人の袖口を掴んで乗り込ませたこと及び被告人が乗り込む際,被告人が前のめりになって上半身を車の中に入れ,座席シートに両膝をつき脚をばたつかせたので,「A,暴れんな。」と言いながら,二,三秒その足首を押さえたところ,被告人は落ち着いて自分から脚を車の中に入れたなどとも供述しており,D警察官は,当公判廷において,被告人は自分から車両の後ろの座席に乗り込んだと供述するものの,同警察官は,母親を運転席の後ろのドアを開けて乗車するように誘導したので,被告人が乗り込む際の様子は覚えていないと供述している。しかし,自動車に乗車する際,座席シートに両膝を突いて乗車するというのは不自然な乗車方法であり,特にその必要性があればともかく,本件の場合被告人がわざとそのような体勢をとらなければならない必要性を窺わせる事情はないことからすると,C警察官の供述は,被告人がそのような体勢をとるなどしたことは間違いないと考えられるものの,被告人がどうしてそのような体勢になったのかの理由の説明がつかない不合理な供述といわなければならない。D警察官の供述については,同供述によれば,歩道上にいる被告人の母親を走行車線側にある運転席後ろのドアから乗車するように誘導したことになるが,なぜ目の前の安全な歩道側のドアから母親を乗車させず,わざわざ危険な走行車線側に回り込んで乗車させたのかの説明がつかないのであって,それらの点についての両警察官の上記各供述はいずれも信用することができない。

以上によれば,上記した母親や被告人の供述に信用性があり,それらの供述によれば,C警察官及びD警察官がそれぞれ被告人の背後に手をかけ,力を加えて押すようにして被告人を車内に入れたと認められる。

したがって,両警察官が被告人に対し何らの有形力を行使していないとの検察官の主張は採用できない。

なお,C警察官は,その証言において,同警察官が,転倒して立ち上がった被告人に対し,「まだ話は終わってないから,署に戻って話を聞くよ。」と言うと,被告人は,無言でうなずいた様子があったと供述するが,上記したそれまでの被告人の明確な拒絶の意思ないし態度からすると,被告人がB署に戻ることを直ぐに受け入れるかのような態度を示したとは考えられないのであって,上記証言部分はその表現の仕方からしても単にC警察官の主観的な推測の域を出ないものと考えられ,被告人がB署に戻ることに同意したとは到底認められない。

(五)  弁護人は,被告人がB署外に出たのは午後1時ころであり,B署に連れ戻されたのは午後2時ころになっており,採尿された時刻も午後3時過ぎであったと主張し,母親は当公判廷において,その弁護人の主張に沿う供述をする。

しかし,母親は,B署に出頭したのが午前11時過ぎで,それから被告人だけが取調室で事情聴取を受け,室外で1時間位待たされた後被告人が出てきたと言いながら,その時刻を聞かれると午後1時位であったと経過時間と合わないことを言い,さらに,母親は,それから被告人がB署の外へ出たので追いかけて警察用車両に乗せられてB署に戻ってくるのに1時間位かかり,したがって,午後2時ころB署に戻ってから再び被告人が1人で取調室に入って,15分から20分位後に被告人から呼ばれて取調室に入ったと言ったかと思うと,B署に戻ってから母親が取調室の被告人から呼ばれるまで1時間位であったと前後相反するかのような供述をしている。また,母親は,被告人がB署を出てからTのトイレの中に入って出てくるまでの時間は30分位だったと供述するが,被告人は途中わずかの時間スーパーNに立ち寄った後,T店内では5分位いただけであることからすると,30分も経過しているとは認められないこと,あるいは母親は被告人がTを出てから車道を歩いて斜め反対側のP前のバス停の付近で警察用車両に乗るまでには30分ちょっとはかかっていると思うと供述するが,同バス停付近までは距離的に短く走行車両を避けながらではあるが,それほど時間がかかるものではないし,バス停付近でも特に警察用車両に乗り込むまでに時間を費やしたという事情も見当たらず,Tを出てから警察用車両に乗り込むまで30分も要したとは考えられないこと等からすると,母親の時間についての供述は不正確であると考えられる。

これに対し,上記3(二),(三)で認定した事実に沿うC,D,E各警察官の当公判廷における供述中の時間の経過に関する供述は,証拠上認められる関係地点間の距離関係,被告人が小走りで走る速度,T前やP前のバス停で要したと推認される時間,同所から警察用車両でB署まで戻るのに要すると推認される時間等とも矛盾なく符合し,採尿時刻については,採尿容器に貼付された立会人票の記載とも合致し,いずれの供述も十分信用することができる。なお,弁護人は,上記立会人票の採尿時刻の記載は警察官らにおいて虚偽の時刻を記載したと主張するが,その主張は時刻についての母親の供述を根拠にしているところ,時刻についての母親の供述は不正確であることは前記したとおりであり,他に関係警察官らにおいて虚偽の時刻を記載したことを窺わせる事情はなく,弁護人の主張は失当である。

したがって,弁護人の主張は採用できない。

4  当裁判所の判断

上記したところによれば,被告人は任意にB署に出頭し,C警察官からの事情聴取に応じていたのであるから,被告人には任意の時期に同署から退去する自由があり,同警察官らがこれを拒むことはできないことは当然である。ところが,本件においては,被告人は,C警察官からの事情聴取途中で,母親と話をすると言って席を立ち,署外に出て,母親とC警察官らが追いかけてきていることを認識しながら,小走りで走り去ろうとし,途中T店内のトイレに隠れたり,それが見つかって発見されてからは,同店外でC,D両警察官の制止を振り切り,危険な車道に出てまで両警察官から逃れようとし,バス停付近で倒れた際,被告人の腕を掴んでいた母親に対しても「放せ。」などと叫んでいた態度からすると,被告人のB署へ戻ることを拒む態度は非常に強固かつ明確であったと認められる。そして,被告人が,B署を出た後,警察官らに執拗に追跡され,バス停付近で転倒するという突発事態に遭い,その後,C警察官に腕を抱え上げるようにして持たれ,警察用車両の方へ誘導されれば,当時17歳の女性である被告人がこれに抵抗することは容易ではなかったと考えられる。このような場合,C警察官らにおいて,被告人に対し再度B署への同行を求めるのであれば,その理由ないし必要性を説いて被告人を説得し,被告人の真意による同意を得なければならない。同意が得られなければ,B署に連れ戻すことは断念し,早急に強制採尿令状の発付を求め,同令状に基づいて尿という客観的証拠を得る正当な手続的方策を講じる途があったと考えられる。特に本件においては,直接被告人から覚せい剤使用の事実を聞かされたというGの証言,被告人をK方から自宅まで送り届けた際の被告人の挙動についてのC警察官の証言,被告人が同居ないし交際していたH及びIの覚せい剤との係わり等からすると,被告人に対する強制採尿令状の発付を求めることにそれほど困難はなかったのである。それにもかかわらず,前記事実関係の下においては,C警察官らは,いわば被告人が倒れて立ち上がった隙を捉えて,殆ど有無を言わせず,被告人の腕を抱えて警察用車両まで連れて行き,被告人が前のめりになるほどの力を加えて,背後から押して乗車させたものと言わざるを得ず,このようなC警察官らの行為は,被告人の意思を制圧したに等しい違法な有形力の行使と認められる。本件においては,被告人が家出し,B署に母親から家出人捜索願いが出されていたとはいえ,C,D両警察官の証言にGの証言等を併せみると,両警察官らが平成12年12月12日被告人の母親とともに被告人の居場所を探し当てるなどして被告人の身柄の確保に動き,翌日B署に出頭するように求めた意図は,被告人が覚せい剤を使用等しているとの嫌疑に対する捜査をすることにあったとみられる。翌13日の事情聴取においても,被告人がB署外に退去する前ころには被告人の覚せい剤使用の有無についての質問及び採尿に応じることの説得が主となっており,被告人をB署に連れ戻した後ももっぱら被告人に対し採尿に応じるように説得していたのであって,被告人を追跡してB署に連れ戻したC警察官らの意図は,家出少年の保護等の観点というよりは,被告人の覚せい剤使用等の被疑事実についての事情聴取ないし採尿に応じることの説得にあったとみざるを得ない。そして,被告人がB署に連れ戻された後,被告人が母親と相談の上採尿に応じたことについても,そのような一連の執拗な追跡,連れ戻し等の心理的影響下によるものであり,本件採尿は,そのような違法な有形力の行使による結果を直接利用して行われたものである。

これらの諸点からすると,本件採尿に至る過程の違法の程度は重大であり,警察官において,被告人を連れ戻し,採尿をするについて要求される令状主義を潜脱する意図があったといわざるを得ない。

なお,母親は,被告人がB署の取調室に戻った方がよいと考えており,C警察官らとともに被告人を追いかけ,被告人の腕を掴んで逃げるのを制止しようとしていた状況も認められるが,被告人は未成年者で親権者の監護に服する立場にあるとはいえ,その年齢が17歳であったことからすると,被告人がB署へ戻って警察官の事情聴取を受けるか,さらには採尿の説得に応じるかについては被告人自ら判断して決することができ,またそうすべきであるから,母親の関与ないし意向を過大に評価することは相当でない。しかも,母親は,被告人がB署に戻った方がよいと考えた理由として,家出人捜索願いの取下げの手続きがまだ済んでいないからであるとも述べており,必ずしも被告人が覚せい剤使用の嫌疑について取り調べられることを意識したものではなかったことが窺われることからすると,なおさら母親の関与の意味は小さい。

以上に述べたところによれば,被告人がB署に連れ戻された後,母親とも相談した上で採尿に応じていること,採尿に当たって何らの強制力が加えられていないこと等の諸点を考慮しても,上記違法は令状主義の精神を没却する重大なものであって,将来の違法捜査抑制の観点からしても,その違法行為を直接利用して行われた採尿により得られた尿の鑑定書等の証拠能力は否定されるべきである。

5  そうすると,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し,無罪の言渡しをする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 松野勉)

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