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横浜地方裁判所 平成13年(わ)605号 判決 2001年9月17日

主文

被告人を懲役5年6月に処する。

未決勾留日数中100日をその刑に算入する。

押収してある覚せい剤1袋(平成13年押第12号の1),自動装てん式けん銃2丁(同号の2,5)及び実包22個(同号の3,4,6ないし8)をいずれも没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  平成13年3月1日,神奈川県大和市ab丁目c番d号被告人方居宅において,

1  法定の除外事由がないのに,自動装てん式けん銃2丁(平成13年押第12号の2,5。弾倉各1個添付)を所持していたものであるが,上記自動装てん式けん銃2丁をこれらに適合する実包22個(同号の3,4,6ないし8。うち4個は分解されもので薬包2包添付)と共に保管し,

2  みだりに,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩約1.03グラム(同号の1は,その鑑定残量)を所持し,

第2  法定の除外事由がないのに,同日ころ,前記被告人方居宅において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚せい剤を使用したものである。

(争点に対する判断)

弁護人は,判示第1の1のけん銃加重所持については,A県警察本部のB巡査部長がCにけん銃を用意するよう指示し,Cがそれに従って被告人にけん銃の入手を依頼し,それに応えて被告人が本件けん銃2丁と実包を入手し所持していたものであるところ,CがA県警に出頭した翌日の強制捜査で本件けん銃及び実包が発見されたものである,したがって,本件は,捜査当局の働きかけによって被告人に犯意を発生させて犯罪を実行させた違法なおとり捜査であり,手続きの不公正,デュープロセス違反が存するので公訴を棄却すべきであり,仮に公訴を棄却しないとしても,本件けん銃・実包はいずれも違法収集証拠として排除されるべきであるから無罪とすべきであるし,これらに当たらないとしても情状として考慮すべきである旨主張し,被告人も,捜査段階ではCのことは全く話さず,ガンマニアであるためコレクションとして所持していたとか,知り合いの暴力団員に頼まれて購入したもので,暴力団組織に出入りしていたことから抗争に備えるためもあったなどと供述していたが,当公判廷においては,これを否定し,上記主張に沿う公判供述をしている。

1  そこで,検討するに,前掲証拠並びに被告人の警察官調書,証人B,同Dの各公判供述,Cの検察官調書及び警察官調書写し,「会話概要」と題する書面写し,2000年ダイアリー,2001年ダイアリー各抄本によれば,被告人が判示のとおりけん銃2丁をこれに適合する実包と共に保管していたことは明らかであるほか,

①  Cは,知人のEが平成12年7月末ころけん銃実包を所持していた容疑でA県警e署に逮捕されたことから,同人にトカレフのけん銃実包を譲渡していたことから自己に捜査の手が及んで逮捕されることをおそれ,同年8月19日ころ,知人のA県内の暴力団構成員Fの口添えを得て,このことをA県警本部暴力団対策課f特捜班のB巡査部長に相談して話し合ったが,その際,Cがけん銃を持って出頭してはどうかなどの話がかわされたこと,

②  その後,CとB刑事の間で,同年8月下旬ころに電話での話があった後,しばらく連絡のない期間があったが,少なくとも平成13年1月末ころからは電話でのやりとりが再開し,Cがテープに録音し始めた同年2月3日の電話では,Cが,B刑事に,この間の件なのだが,出たのに適合する本体でなければだめなのか,Eからどう聞いているか分からないが,自分は本当に持っていない旨話し,これに対し,B刑事は,そんなもの準備しなくても良い,持ってくればおかしなことになってしまう,危ない橋は渡らなくていい旨話し,会話の終わりころになり,今適合しないものならある旨話しているが,B刑事はこれに対しては直接答えていないまま終わっており,その後,数回電話でのやりとりがなされた後,Cは,同年2月28日e署に出頭して逮捕された。

③  G県警銃器対策課兼薬物対策課の刑事が,同年3月1日午後4時25分ころ,被告人に対する覚せい剤取締法違反容疑の捜索差押令状に基づき被告人方を捜索した際,覚せい剤のほかに本件けん銃等も発見し,本件が発覚した。

④  被告人は不動産会社の代表者をしており,Cはその役員をしているが,他に社員はいない。

以上の事実が認められる。

2  しかるところ,

(1)  被告人は,第1回公判以降,平成12年中にCからA県警の刑事から前記けん銃実包の件でけん銃を出せば逮捕状をにぎってやる旨の話を聞いていたが,逮捕状が出ているのは疑わしいということなのでそのままにしておいたところ,平成13年1月20日前後に,Cから,逮捕状が出ているのは本当らしいので,A県警に出すためけん銃を調達して欲しい旨の依頼があった,そこで,4か所にけん銃の入手方を依頼し,同年1月30日に2か所からけん銃が入手できると連絡があり,片一方だけ断るわけにいかないので,両方から適合実包付きでけん銃1丁を各40万円で購入した,同年2月初めになり,CがA県警刑事の話が変わってきていると言うので,会話を録音するようアドバイスするとともに,A県警のCに対する対応いかんによっては,録音テープと共に本件けん銃等をいつでもA県警に差し出せるよう保管していた旨供述している。

(2)  Cもまた,概ね上記(1)に沿う供述をするほか,平成13年1月23日ころ,Fが所属する暴力団組織の組員Hを通じてB刑事が電話を欲しいと言っていることを知り,電話したところ,B刑事からけん銃1丁を持ってきて任意提出しろ,などと言われたことから,すぐに被告人に電話をしてけん銃の入手方を依頼したものであり,同年1月下旬ころ,被告人から,けん銃が手に入る,2セットで80万円,と言われた,ところが同年2月になって,B刑事からけん銃はいらないと言われ,他の警察官からもけん銃を持たずに任意出頭することを勧められたことから,被告人からけん銃を受け取ることなく,同年2月28日にけん銃を持たずに警察に任意出頭して逮捕された旨供述する。

(3)  これに対し,B刑事は,証人として,Eが関連するけん銃実包の件で,Fの口添えを得たCと会ったのは平成12年8月19日ころであり,その際,Fから,けん銃を出すからCの件は何とかならないかと話を持ちかけられたので,Cにそのけん銃実包の適合けん銃をもって自首したらどうかと申し向けたものであり,適合しないけん銃を用意しろといったことはなく,別のけん銃を用意している話を聞いてびっくりした,Cは,けん銃を提出して自首すればけん銃実包に関する逮捕状を握りつぶしてもらえるという意味に誤解したのではないか,などと供述する。

3  しかして,B刑事がけん銃の提出を持ちかけたのはCであって被告人ではなく,被告人が犯意を誘発されたとはいえないし,被告人方を捜索したのもG県警であって,それも覚せい剤取締法違反容疑によるものであり,平成13年2月3日Cがけん銃がある話をしてから1か月近く後になされたものである。

また,B刑事が同年2月3日以前にCにけん銃の提出を促す話をしたことは認められるが,これは,1②の2月3日の会話内容をみても,Eに譲渡したというけん銃実包に適合するけん銃のことであることが窺われ,どんなけん銃でも提出して良いような話がされたことが窺えない。しかも,同日の会話でその適合けん銃も提出しなくても良い旨告げられているのに,この段階ではCからは話が違うではないかといった抗議めいた話もなされていない。この会話内容は,その後の会話内容を含め,B刑事の供述に概ね符合することからみて,B供述は概ね信用できる。

他方において,被告人の供述内容については,B刑事に逮捕状を握ってもらえることを期待したCの依頼に基づいてけん銃を入手したという点については,けん銃1丁で良いのに,わざわざ4か所に頼むことも,また,それにより適合実包付き2丁のけん銃が手に入ったからといって,これをそのまま提出しようとしたというのも,被告人の言う理由を前提にしても不自然であるし,まして,B刑事から言われたのは被告人ではなく,Cであり,被告人が起訴されない保証もないことからみても,理解しがたいところである。しかも,同年2月3日にはCがB刑事から件の適合けん銃すら用意する必要がない旨明確に告げられているのに,本件けん銃等を持ち続けるのも不可解である。加えて,被告人が本件けん銃等を入手した後本件発覚まで1か月近くあるのに,これをCに見せていないし,まもなくA県警に提出するかもしれないのに,本件けん銃等を充てん剤等を用いるなどして厳重にパックされた状態で保管しているほか,この間に1発試し打ちをして包み直していながら,そのけん銃を1年以上前の2000年1月1日付の新聞紙で包んでいるのも不可解であり,なお,けん銃の入手先についても明らかにしていない。さらに,予期せず捜索されて本件けん銃が発見されたのに,被告人は,その際も,いいお土産ができたじゃないか,今まで埋めていたが,1週間前に出して隠すつもりだったなどと述べており,そこにはCがB刑事に提出するために用意したような形跡は全く窺えない。

また,被告人は,2(1)のような経過を捜査段階で話さなかったのは,Cは心臓も悪く,残って仕事もやってもらいたかったし,また,男としてA県警の刑事も巻き込みたくなかったので,一人で背負っていこうと決心していたからであり,公判で話すようになったのは,接見禁止決定が解除された後再々Cの面会を受けその経緯を話すよう説得されたからである旨供述しているが,起訴前において,わざわざ弁護士を通してCからその経緯を話すよう伝えられても,一人で背負っていくことを決心していながら,その後Cに説得されたからといって突如話し出すのは経緯としてはやはり不自然である。のみならず,被告人によれば,B刑事に言われて本件けん銃等をわざわざ用意したのに急に話を変えられ納得できないとしながら,B刑事をかばうような言動に出るのも理解しがたい。さらに,単にその経過を話さないというだけでなく,捜査段階では,動機として暴力団の抗争に備えたような不利益な供述をあえてするのも不可解である。

これらの点からみて,被告人の2(1)の弁解は不自然に過ぎて信用できない。

また,Cの供述についても,B刑事との会話の録音内容をみても徐々に会話内容を変遷させていることが窺われるほか,Cは,被告人と強い利害関係を有する上,検察官からその経過につき事情を聞かれた際も,逮捕状が出ているけん銃実包に関連するけん銃等についてI県警の警察官の助言により秋田駅近くのロッカーに警察官に分かるような形で隠し,警察官が発見して引き上げさせたなどという嘘を述べており,その動機の一つとして被告人の罪を軽くしたかったことを挙げていることなどからみて,その供述の信用性も乏しい。

以上によれば,本件捜査が違法なおとり捜査でないことはもとより,違法収集証拠でもなく,本件けん銃等の所持の動機や経緯等も2(1)のようなものでないことは明らかであるから,弁護人主張は理由がない。

(累犯前科)

被告人は,平成3年9月26日横浜地方裁判所で覚せい剤取締法違反罪により懲役1年6月(4年間執行猶予・付保護観察,平成6年1月31日その猶予取消し)に処せられ,平成8年10月2日その刑の執行を受け終わったものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示第1の1の所為は包括して銃砲刀剣類所持等取締法31条の3第2項,1項,3条1項に,判示第1の2の所為は覚せい剤取締法41条の2第1項に,判示第2の所為は同法41条の3第1項1号,19条にそれぞれ該当するが,判示第1の1のけん銃加重所持と判示第1の2の覚せい剤所持は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重いけん銃加重所持の罪の刑で処断することとし,前記の前科があるので同法56条1項,57条により判示第1及び第2の各罪の刑についてそれぞれ再犯の加重をし(ただし判示第1の罪の刑については同法14条の制限内で),以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役5年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入し,押収してある覚せい剤1袋(平成13年押第12号の1)は,判示第1の2の罪に係る覚せい剤で犯人の所有するものであるから,覚せい剤取締法41条の8第1項本文によりこれを没収し,押収してある自動装てん式けん銃2丁(同号の2,5),実包22個(同号の3,4,6ないし8)は判示第1の1のけん銃加重所持の犯罪行為をそれぞれ組成した物で,いずれも犯人以外の者に属しないから,刑法19条1項1号,2項本文を適用してこれをいずれも没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項本文により被告人の負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が自宅でけん銃2丁をこれに適合する実包22個とともに保管したけん銃加重所持の銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案(判示第1の1)及び覚せい剤を自宅で所持するとともに自己使用したという覚せい剤取締法違反の事案(判示第1の2,判示第2)である。

けん銃加重所持罪につき,けん銃等を所持するに至った動機及び経緯に斟酌する点はなく,保管に係るけん銃は2丁で適合実包の数も多く,危険かつ悪質であり,平成5年にもけん銃所持により実刑判決を受けて服役しながら,またしても本件犯行に及んだものであって,規範意識の鈍磨は甚だしい。

覚せい剤の所持及び自己使用についても,平成3年に同種前科がありながら,眠気覚ましのためとして安易に本件各犯行に及んでおり,動機に酌むべき点はない。その供述によれば,被告人は,逮捕直前は1日に二,三回覚せい剤を使用していたというのであり,1回分の覚せい剤使用量も多いことからみて,覚せい剤との親和性が顕著に認められ,犯情も悪質である。

以上のほか,前記のとおりの累犯前科や同種前科があることなどに照らすと,被告人の刑事責任は重大である。

他方において,けん銃加重所持については,どんな理由にせよけん銃とけん銃実包を所持したこと自体は間違っていたとし,また,覚せい剤については当初より事実を認めて供述し,今後二度と覚せい剤には手を出さないと述べ,反省していること,今後暴力団とは縁を切り,調理師の免許を生かして板前の仕事をしたいと述べていること,実姉が証人として出廷し今後の更生の力になることを誓っていること

など,被告人のために酌むべき事情もある。

そこで,これらを総合考慮し,主文の刑を量定した。

よって,主文のとおり判決する。

(検察官北見映雅,弁護人武井共夫各公判出席)

(求刑 懲役7年及び覚せい剤,けん銃,実包の没収)

(裁判長裁判官 田中亮一 裁判官 前澤久美子 裁判官 剱持淳子)

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