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横浜地方裁判所 平成13年(ワ)1883号 判決 2004年3月12日

原告

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

清見榮

堀浩介

被告

ロイド船級協会こと

ロイド・レジスター・アジアこと

ロイド・レジスター

同代表者

パトリック・ウォルター・ハンター・ガン

同訴訟代理人弁護士

海老原元彦

吉原朋成

筬島裕斗志

野﨑竜一

富岡孝幸

主文

1  被告は原告に対し,9250円及びこれに対する平成12年5月26日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  原告が被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,1465万1231円及びうち190万5890円に対する平成12年5月26日から,うち640万円に対する平成13年5月26日から,それぞれ支払済みまで年6パーセントの割合による金員を,うち500万円に対する同年6月8日から,うち134万5341円に対する本判決確定の日の翌日から,それぞれ支払済みまで年5パーセントの割合による金員を,各支払え。

3  被告は,原告に対し,平成13年6月以降毎月25日限り40万円を,毎年6月15日及び12月15日に各80万円を,それぞれ支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告と雇用期間1年の有期雇用契約を締結したが,1回の契約の更新もなく雇止めを受けた原告が,被告に対し,雇止めは違法無効であるとして雇用契約上の地位確認及び賃金等の支払を,雇止めによって精神的苦痛を被ったとして慰謝料の支払を,また,所定時間外労働に対する時間外手当が支払われていないとしてその支払及び労働基準法外労働に対する付加金の支払を,それぞれ求めたものである。

1  争いのない事実等

(1)  被告は,1760年に創立されロンドンに本部を持つロイド・レジスターの日本支部である団体である。ロイド・レジスターは,英国の非営利独立自営団体法により英国において法人格を取得しているが,我が国において成立の認許を受けることができず(民法36条参照),我が国における法人登記を行っていない。ロイド・レジスターの子会社であるロイド・レジスター・クオリティ・アシュアランス・リミテッド(以下「LRQA」という。)は,品質管理システムの国際規格であるISO9001,9002及び環境マネジメントシステムの国際規格であるISO14001の第三者登録機関の一つであり,日本においてはその業務を被告に委託し,管理運営させている。

被告は,横浜に日本統轄本部・支部を有するほか,神戸,長崎,下関,三原等に事務所を置き,ロイド船級規則に基づく船舶・海洋構造物等の製品検査,製品認証,品質システム審査,工場認定等を行っており,LRQAからの委託による上記ISO規格に基づく審査も行っている。被告において,LRQAから委託された業務を運営管理している部門は,ジャパン・ビジネス・センター(以下「JBC」という。)であり,平成11年ないし平成12年当時,JBCの責任者は事業部長A(以下「A事業部長」という。)であった。

(2)  原告は,平成11年5月17日被告との間で,雇用期間を1年,契約の更新を可能とし,職種を品質システムの審査員(契約審査員)とする旨の雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した。

(3)  原告は,本件雇用契約に基づき,当初は研修審査員として被告の規則,審査手順等を学び,同年8月末からは審査員としてISO9000シリーズの審査業務を行った。

(4)  本件雇用契約は平成12年5月16日期間満了となるところ,A事業部長は,同年3月30日原告に対し,本件雇用契約を更新しない旨口頭で通知し,同年4月10日書面をもって同旨の通知を行い,本件雇用契約の更新を拒絶した(以下「本件雇止め」という。)。

(5)  被告には,被告が雇用する従業員で組織される労働組合であるロイド船級協会日本職員労働組合(以下「本件組合」という。)が存在し,被告と同組合は労働協約(以下「本件協約」という。)を締結している(乙28)。

(6)  勤務条件等(乙28)

ア 被告における技術職員の所定労働時間は,午前8時から午後6時までの間のうちの7時間(休憩時間1時間)であり,休日は,土曜日,日曜日(ただし,日曜日は法律に定める休日とする。),国民の祝日,年末年始(12月31日から1月4日まで),国民の祝日が日曜日に当たる場合その翌日の月曜日及び被告の指定するその他の休日である。

イ 被告が,従業員の所定時間外労働に対して,就業規則及び本件協約に基づいて支払う時間外手当には,以下の6種類がある。

① 通常日時間外手当

月曜日から金曜日までの午前8時前又は午後6時の後若しくは月曜日から金曜日までの午前8時から午後6時までの範囲内において昼食休憩時間を除いて7時間を超えて勤務した時間であって,深夜勤務に当たらない時間の勤務に対する賃金

② 通常休日時間外手当

土曜日及び祭日の勤務に対する賃金

③ 法定休日時間外手当

日曜日の勤務に対する賃金

④ 深夜時間外手当

午後10時から翌日午前5時までの勤務に対する賃金

⑤ 年末年始の休日時間外手当

12月31日から翌年1月4日までの勤務に対する賃金

⑥ 法定休日の深夜時間外手当

日曜日の午後10時から翌日午前5時までの勤務に対する賃金

ウ 本件雇用契約上,原告の所定労働時間は午前9時から午後5時までの7時間(午後0時から午後1時まで休憩時間)であり,原告の時間外手当の1時間当たりの単価は,以下のとおりであった。

上記①及び②について 3700円

上記③について    4000円

上記④及び⑤について 4440円

上記⑥について    4800円

エ 就業規則及び本件協約は,移動時間について,翌日の勤務を遂行するため,その前日の土曜日,日曜日若しくは国民の休日に出張しなければならない場合又は同様の事情により休日に帰宅しなければならない場合,その旅行途上の3時間を上限とする時間,に対して時間外手当を支払う旨定めている。

なお,本件協約は,33条の2(出張時間)において,1項で「組合員が他の支部,出張所,他の企業の事業所や事務所又は船舶へ出張する場合,旅行途上の時間も勤務中とみなす。ただし,その旅行途上時間に対する時間外勤務手当は支払われない。」と定めている。

オ 就業規則及び本件協約は,賃金の締切期間は1日から末日とし,毎月25日に賃金を支払う,時間外手当は当該月末までのものを翌月の賃金支払日に支払う,旨定めている。

2  争点

(1)  本件雇止めの効力

(2)  不法行為の成否

(3)  時間外手当及び付加金の支払義務の有無

3  当事者の主張の骨子

(1)  争点(1)(本件雇止めの効力)について

(被告)

ア 本件雇用契約は,原告を品質システムの審査員として雇用するものであるところ,審査員が従事する審査業務は,ISO9001,9002及び14001に関する特殊な知識及び技能が要求される専門性を有する職種である。被告は,世界的に展開している有数の第三者認証機関であり,その品質保証や環境マネジメントシステムの保証の信頼性において高い評価を受けており,日本においては認証証明書の発行数において第2位のシェアを占める。このような高い評価と信頼を維持し続けるためには,審査員一人一人の審査能力が十分であることが不可欠の条件であるため,この能力が不十分な者と雇用契約を締結することはできない。また,雇用契約締結段階では,その能力を十分把握することができないことがあり得るため,契約期間を1年に限定し,更新も自動更新ではなく,その都度契約書を作成し直して双方の意思を確認し直すこととしているのであり,いったん雇用契約を締結した者でも,審査業務に必要な知識及び技能を備えていなければ契約が更新されないことは当然である。

イ 原告は,ISO9000シリーズの審査員として求められる知識及び技能を欠き,審査員として不適格であり,現に顧客からの信用失墜を招いていたために,被告は,これ以上の信頼失墜を防ぐため,原告を雇止めにしたものであって,本件雇止めには合理的な理由があり適法である。

(ア) 企業からの多数の苦情

原告は,ISO規格の審査が,審査を受ける企業(以下「受審企業」という。)の品質マネジメントシステムがISO規格に適合しているかどうかの審査であって,受審企業の採用するシステムの技術面に焦点を当てた審査を行うことは厳に禁じられていることを現在に至るまで理解していないほか,具体的なISO規格についても誤った理解をし,英語力も不十分であるなど,審査員として必要な知識及び技能を有していない。

被告が審査業務に関し受審企業から苦情を受ける割合は通常約0.5パーセントであるところ,原告が審査業務を担当した受審企業からされた苦情,問合せ等の件数は,43社中6社(約14パーセント)という異常に高い割合に達しており,それらは,いずれも,原告の審査員としての知識及び技能の欠如による誤った指摘や,高圧的,一方的かつ非常識な態度によるものであって,被告はその都度,受審企業に対し,原告の行った審査の訂正,修正や陳謝を余儀なくされた。

a S261社の件(アルファベット記号及び数字で示された企業名は,被告において受審企業を分類するために用いられている番号である。以下同じ。)

原告は,平成11年9月8日からサーベイランスを行ったが,同会社のシステムに取り入れる必要のない事項を指摘したため,同月17日,同会社の担当者から被告に対し,本当に取り入れる必要があるのか否かについて問合せがあった。

b I118社の件

原告は,同年10月21日から予備審査を行ったが,「受審企業の話をよく聞き,規格の要求事項以外の自説を押しつけない。」という審査員の遵守事項に反する態度をとり,不適切な内容の審査であったため,同月25日,同会社から被告に対し苦情が寄せられた。

c N152社の件

原告は,同年11月11日からサーベイランスを行ったが,本来審査員として行うべきでないISOの規格要求事項以外の内容を口頭で指摘し,要求される審査手順を逸脱したため,同月12日,同会社から被告に対し問合せがあった。

d E038社の件

原告は,同会社の文書審査を行ったが,不正確な指摘を行い,不適切な態度をとったため,平成12年1月11日,同会社から被告に対し苦情が寄せられた。

e E024社の件

原告は,平成11年11月9日から更新審査を行ったが,問題のある審査を行ったため,平成12年1月20日ころ,同会社から被告に対し,審査員間の質の格差を指摘された。

f K061社の件

原告は,同年3月6日から同会社の更新審査を行ったが,同会社に対して高額の食事代を請求したため,同月21日,同会社から被告に対し苦情が寄せられた。なお,被告が受審企業からこの種の苦情を寄せられたのはこの件が初めてであった。

(イ) 原告の勤務態度

原告は,一般的な勤務態度の面においても,およそ被告の審査員として許容される限度を超える態度をとっていた。

a 本来,審査員は,主任審査員に協力して審査を進めなければならないところ,原告は,複数の主任審査員に対し,原告の独自の知識に基づく見解を曲げず,非協力的な態度をとった。

b 原告は,平成12年1月5日から開催された審査員全員の合同研修会において,議論中感情的,横柄かつ高圧的な態度をとった上,ISO規格上の基本的な定義を誤って発言するなど,感情的,主観的,個人的になってはならないという審査員としての資質も,審査員として最低限必要とされるべき基礎知識も有していないことを示した。

c 原告は,同年2月19日から行われたISO9001の同年度改訂案に関する審査員の再教育に参加したが,初日に遅参し,配付資料を紛失するなど,審査員として必要とされる新しい知識に対応しようとする姿勢を欠き,また,この時実施された試験結果も芳しくなかった。

d 原告は,同年3月13日上司であるテクニカルマネージャーB(以下「Bテクニカルマネージャー」という。)と資料配付の件について口論となり,同人に対して,何度も「おまえを殴る。」等の暴言を吐き,同人は著しい恐怖を感じるほどであった。

e 原告は,被告の事務職員に対しても高圧的な態度をとり,日誌等の訂正要求にも応じず,事務処理に停滞を生じさせた。

(ウ) 以上のとおり,原告は審査員として必要とされる知識及び技能を欠き,勤務態度も劣悪である上,被告がこれらの点について再三指摘や注意を与えたにもかかわらず,あくまでも自己が正しいとしてこれらの指摘等を一切聞き入れようとしなかったことにかんがみれば,今後,原告に対して審査員としての再教育を行ったり,注意を喚起したりすることで原告が適切な審査業務を行うことになることは到底期待することができず,原告が従来と同様の問題のある審査業務を繰り返し,被告が顧客からの信頼を失うばかりとなることは明らかであった。

ウ なお,原告は,本件雇用契約継続の期待を首肯させる事情があったから,本件雇止めには解雇権濫用法理が類推適用されると主張する。

しかし,本件雇用契約は一度も更新されていなかった上,本件雇用契約は,更新の都度,双方の意思を確認した上で改めて契約書を作成し,被告及び審査員の双方が署名することとなっているもので,期間後当然更新されるものではなかったから,本件雇止めに解雇権濫用法理を類推適用する余地はない。

原告の主張する事情は,以下のとおり,いずれも本件雇用契約の継続に対する合理的な期待を抱く理由にはならないものである。

(ア) 審査員に訓練期間があること等について

これは,上記アのとおり,審査員が特殊な知識及び技能が要求される専門性を有する職種であるため,審査員に対して教育を行わなければならないというごく当然の要請によって3か月の訓練期間を設けているものであって,このような訓練期間の存在等によって,審査に必要な知識及び技能の有無にかかわらず契約の更新が期待されることにはなり得ない。

(イ) QS9000審査資格取得を勧められたことについて

これは,原告がISO9000シリーズの審査員としての知識及び技能を欠き,同シリーズの審査員として雇用し続けることができなかったため,雇用継続のための救済措置として別の資格取得を勧めたものにすぎない。

(ウ) 審査スケジュールに本件雇用契約の期間満了後の原告の審査日程が記載されていたことについて

原告がこの審査スケジュール表を受領したのは,被告から本件雇止めを通告された後であるから,原告が同表から雇用継続への合理的期待を抱くことはあり得ない。

(エ) 被告が原告に対し平成12年7月の審査命令を出していたことについて

これは,被告社内のプラニングセクションの者が,同年4月実施予定の審査案件を同年1月原告に対して割り振り通知したところ,受審企業の都合で審査実施が同年7月に延期されたものにすぎない。

(原告)

ア 期間の定めのある雇用契約であっても,被用者が契約期間の満了後も雇用関係の継続を期待することに合理性が認められる場合には,そのような契約当事者間における信義則を媒介として,契約期間満了後の雇止めについても解雇権濫用法理を類推適用するべきであり,この合理性が認められるのは,当該雇用の臨時性・常用性,雇用の通算期間,契約期間管理の状況,使用者側の雇用継続の期待を持たせる言動・制度等の有無を総合的に考慮して,当該労働者に継続雇用の期待を首肯させる場合である。

本件においては,以下のとおり,雇用継続の期待を首肯させる事情があるのであるから,本件雇止めについては,解雇権濫用法理が類推適用されるべきである。

(ア) 被告に審査員として雇用された者は,まず,研修審査員としてスーパーバイザー等から教育・訓練を受けて被告の規則,審査手順,文書管理手法等を学んだ上で,一般の審査員となる上,本件雇用契約において契約更新があり得るとされているのであるから,審査員となる予定で被告に雇用された者は,このような訓練を受けた上で審査員となり,更に上級の主任審査員となって被告で勤務することを期待し,被告も,相当の費用をかけて研修審査員を教育するのであるから,原被告双方とも,契約更新を期待して契約を締結するものというべきである。

(イ) 原告は,平成12年2月18日,上司から,それまでの審査資格とは別に,QS9000審査の資格取得を勧められ,大量の学習資料を渡された。

(ウ) 被告が同年4月14日付けで原告に対し交付した審査スケジュール表には,同年5月及び6月も原告が審査を担当する旨の日程が記載されていた。

(エ) 被告は,同年7月4日から同月7日までの審査について,原告に対し,正式な審査命令を出していた。

イ 労働者の知識及び技能の不足を理由とする解雇が権利の濫用とならないためには,その事由が重大な程度に達しており,かつ,その不足を改善する余地がない,あるいはその余地があったとしても労働者が改善の努力を全く行わないなど,労働者側に宥恕するべき事情がない場合でなければならないところ,以下のとおり,原告には,知識及び技能の不足はなく,仮に欠けるところがあったとしても,その程度は重大ではなかった。

(ア) 受審企業からの苦情について

a S261社の件

受審企業から問合せがあったからといって,原告の審査に問題があったということにはならない。原告の指摘は適切であり,何ら問題はなかった。

b I118社の件

原告は設計事務所の業務について十分な知識を有しており,ISO規格が要求する手順書が存在していることを前提に,これに従った品質システムが構築されているか否かの指摘を心懸けるなど適切な審査を行った。また,予備審査の時間的制約の中,適切な口頭でのアドバイスをするなど受審企業担当者と円滑なコミュニケーションをとるよう心懸けた。同会社からのクレームはすべて事実に反するか又は原告の審査員としての能力とは無関係なものである。

c N152社の件

原告は,ISO規格の品質管理システムが要求する事項を指摘したものであり,何ら問題はない。

d E038社の件

原告は同会社に審査に赴いていない。

e E024社の件

原告の審査内容に問題はない。かえって,受審企業に迎合し,審査意見を,いったん是正措置要求としながら単なる観察事項に変更した主任審査員にこそ問題があるというべきである。

また,休憩時間中に審査業務と無関係な話をすることは何ら問題にならない。

f K061社の件

同会社からの指摘は,食事代が高額であることではなく,食事代が契約の対象外であるというものにすぎない。そして,原告は,被告からの指示がない限り,審査の際の宿泊代及び食事代を受審企業に回していたのであり,K061社についても,事前に同会社の担当者から,費用を同会社に回すよう言われたためこれに従ったのである。

g 原告は,審査に当たっては,受審企業の主張を謙虚に聞き,理解しようとする姿勢をもって臨み,冷静かつ客観的な審査を行っており,多数の受審企業から感謝状,礼状等を受けている。

被告に所属する4人の主任審査員は,具体的な審査の場において原告の研修審査員としての業務を見ながら,原告には審査員としての能力があると認め,A事業部長や主任審査員も,原告について推薦書を作成し,原告が審査員としてふさわしい者であることを認めた。さらに,被告の主任審査員2名は,原告が主任審査員にふさわしい能力があるとする推薦状を作成したほか,被告は原告に対し,その能力と経験を認めてQS9000の審査員資格の取得を勧めた。

主任審査員C(以下「C主任審査員」という。)は,審査員の提出する審査記録をチェックする業務を行っていたところ,原告にこのチェック作業を手伝わせており,これは原告に他の審査員の審査記録をチェックするだけの能力があることを示している。

なお,原告の能力不足を云々するA事業部長は,審査員としての資格を持っておらず審査員としての能力がない上,マネジメント能力を欠き,組織秩序の乱れを看過するなど組織の統率者としてふさわしくない者であって,原告の能力を正しく評価することができないから,同人による原告の評価は信用できない。

(イ) 勤務態度について

a 主任審査員への非協力とされる点について

原告は,被告の業務に従事中,常に主任審査員の指導どおりに審査を実施した。

むしろ,主任審査員の中に,その資質に問題のある者がいたのである。

b 平成12年1月5日の合同研修会について

この研修会は,実際にはBテクニカルマネージャーら古参の審査員が自分の考えに合わない審査員をつるし上げる場にすぎず,原告はBテクニカルマネージャーに不信感を抱いた。

c ISO9001の改訂案に関する再教育について

原告は遅刻していない。また,配付資料は,席上に置いておいたものが出席者の席の移動によりどこかに紛れてしまったにすぎない。そもそも,この研修の講師であるBテクニカルマネージャーは,この研修を行う資格を有していなかった。

d 暴言について

原告は,Bテクニカルマネージャーに対し,業務上正当な指摘をしたところ,同人が直ちに「ばか。」等と言ったため,原告は同人に対し抗議はしたが,「殴る」等の発言はしていない。

e 事務職員への態度について

原告が事務職員に対し高圧的であったことはない。ダブルブッキングの頻発,作業指示書の遅延等の事務職員のミスに対し,これを指摘し改善を求めただけである。

また,日誌等の訂正に応じなかったことはない。むしろ,被告が,夕食後深夜までかかる審査記録作成のための残業時間について時間外手当を支払わないこと(後記(3)(原告)参照)にこそ問題がある。

ウ 原告の賃金

本件雇用契約上,原告の賃金は1年間に640万円であり,これを16等分した40万円が毎月25日に支給され,毎年6月15日及び12月15日に賞与として各80万円が支給されることとなっていた。

被告は,平成12年5月17日以降原告に対して賃金を支払わず,同日から平成13年5月16日までの未払賃金及び未払賞与の合計は640万円である。

エ まとめ

よって,原告は被告に対し,本件雇用契約に基づき,雇用契約上の権利を有する地位の確認並びに平成13年5月16日までの未払賃金及び未払賞与合計640万円及びこれに対する支払日の後の日である同月26日から支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金並びに同年6月から毎月25日限り40万円,毎年6月15日及び12月15日限り各80万円の各支払を求める。

(2)  争点(2)(不法行為の成否)について

(原告)

上記(1)(原告)のとおり,本件雇止めには合理的な理由がなく違法無効であり,原告は著しい精神的苦痛を被った。本件雇止めは不法行為に該当し,被告は,原告の被った損害を賠償する責任を負うところ,原告の苦痛を金銭に換算すると500万円が相当である。

よって,原告は被告に対し,不法行為に基づく慰謝料として500万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成13年6月8日から支払済みまで民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

上記(1)(被告)のとおり,本件雇止めには合理的な理由があり適法であるから,不法行為に基づく損害賠償請求には理由がない。

(3)  争点(3)(時間外手当及び付加金の支払義務の有無)について

(原告)

ア 原告は,平成11年5月31日から平成12年4月28日まで別紙1「原告の主張」欄中「稼働時間」及び「移動時間」各欄のとおり時間外勤務,休日勤務及び深夜勤務を行ったにもかかわらず被告は時間外手当を一部しか支払わない。その未払賃金は合計195万7070円である。

このうち,原告は被告に対し,未払賃金190万5890円及びこれに対する支払日の後である平成12年5月26日から支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

イ(ア) 移動時間について

被告には,休日の移動についてのみ,3時間を上限として移動時間に対する賃金を支払う旨を定めた就業規則及び本件協約がある。

しかし,原告は被告の業務命令によって受審企業へ赴いたのであり,原告の受審企業への出張は事業場外労働であり,自宅あるいは事業場を出たときから自宅あるいは事業場に帰るまで,その行動は使用者の業務命令の履行行為に該当するから,使用者の一般的抽象的支配下にある労働力の給付行為に該当する。

よって,移動時間も,移動が合理的な順路及び方法によっている限り労働時間として賃金が支払われなければならず,上記就業規則の定めは,労働の対価である賃金請求権を奪うものであって労働契約の本質に反し,労働基準法13条により無効である。本件協約の上記定めも,労働者が労働したことによって発生した具体的賃金請求権を本人の同意なく奪うもので労働協約の効力の限界を超えており,労働基準法37条にも違反するから,民法90条等により無効となる。そもそも,原告は本件組合の組合員ではない。

(イ) 移動時間以外の労働時間(以下「稼働時間」という。)について

原告は,その所定労働時間内に審査記録を作成する時間を与えられていなかったため,やむを得ずこれを宿泊先のホテルあるいは自宅に持ち帰って作成せざるを得なかったのであるから,ホテル,自宅等における審査記録作成時間は,被告の黙示の指示による労働として,賃金が支払われるべきである。

ウ 付加金について

原告が,平成11年5月31日から平成12年4月28日までに行った時間外労働等のうち,労働基準法外の時間外労働,深夜時間外労働及び休日労働並びにこれに対する未払割増賃金は,別紙2のとおりであり,合計134万5341円である。

よって,原告は被告に対し,労働基準法114条に基づき,付加金134万5341円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

被告の認否は,別紙1「被告の主張」欄記載のとおりであり,原告の主張する労働時間は労働したこと自体認められないものが多く,支払義務のある部分については既に支払済みである。

ア 被告の審査員に対する時間外・休日労働については,以下のような手続により労働時間を認定し,就業規則及び本件協約に基づいて時間外手当を支払っている。

① 審査員が,自らその従事した活動について,審査,事務,教育等の項目別の時間を日誌(以下「ジャーナル」という。)に記入する。

② 各月の時間外手当につき,当該審査員がその翌月の初めに計算書に記入し,これを被告責任者に提出する。

③ 被告責任者がこれを検証し,承認すると手当が支払われる。

原告に対しても,上記①ないし③の手続に従って時間外手当を支払った。

イ 移動時間について

労働時間とは,労働者が実際に労働した時間として客観的に定まるところ,移動時間は使用者の指揮命令ないし指揮監督下にない時間であり,労働時間に該当しないから,これに対して賃金を支払わないことは何ら違法ではない。

就業規則は,休日の3時間までの移動時間を除く移動時間に対する手当の支払を定めていないが,この就業規則が無効になるとする原告の主張は,具体的にどの部分が無効になるのか不明である上,移動時間が労働時間でない以上,休日の3時間までの移動時間を除く移動時間に対し手当を支払う旨規定していないことは何ら違法ではなく,労働基準法37条違反の問題を生じない。

本件協約は,「旅行途上の時間も勤務中とみなす」との規定を設けた上で,休日の3時間までの移動時間に対して手当を払うこととしているが,これは,本件組合が,移動時間を手当対象時間とするよう要求する法的権利はないことを前提として確認した上で,休日の3時間までの移動時間については手当を払うことを労使で合意し,また,今後の交渉によっては旅行途上の時間を手当対象時間としてほしいとの本件組合の意向によって上記定めとなったものであって,上記規定により移動時間が労働時間になることはない。

ウ 稼働時間について

原告の請求する時間外・休日労働のうち,ジャーナルに記載のないものは,労働したこと自体を否認する。

ホテルあるいは自宅において審査記録を作成したとされる時間については,審査記録が作成されていない日についても請求されており,作成された日についても,その内容・分量から見て所定時間内に作成し終えることができないとは考えられないものであるから,到底認めることはできない。

第3  争点に対する判断

1  争点(1)(本件雇止めの効力)について

(1)  被告の業務内容,組織等について

争いのない事実等,証拠(乙2,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告は,品質システムの国際規格であるISO規格の第三者審査登録機関であるLRQAから委託を受け,ISO規格による審査登録業務を行っている。

品質システムとは,品質管理を実施するため必要な組織構造,手順,プロセス及び経営資源をいい,審査登録機関とは,企業,工場等,供給者又は事業者の品質システムが品質システムの規格に照らして適合しているかどうかを審査し,適合している場合にはその企業,工場等を登録し,公表する機能を持つ機関をいう。そして,品質システム審査登録制度とは,上記審査登録機関の機能のほか,審査登録機関が適切な能力を有していることを認定・登録・公表する機能,審査員が適切な資格及び能力を有していることを評価・登録・公表する機能等を含む総合的な仕組みである。

品質システムの国際規格を制定する国際的な非政府組織である国際標準化機構(International Organization for Standardization 略称ISO)の下において,我が国の品質システム審査登録制度は,審査員研修機関,審査員評価登録機関である財団法人日本規格協会品質システム審査員評価センター(JRCA),LRQA等の審査登録機関,これらの各種機関を審査・認定する組織である財団法人日本適合性認定協会(JAB)等から構成されており,このほか,国際的な連合組織としてIAFが存在する。

イ 企業がこの制度を利用して審査登録を受けるには,審査登録機関と契約し,当該機関から派遣された審査員による審査を受けることとなるが,LRQAによる審査手順の概要は以下のとおりである。

① 予備審査

規格で要求された品質システムが構築され,正しく効果的に運営されているか,実地審査においてシステムの重大な欠陥となるような不適合がないかどうかの確認を目的とした審査であり,品質マニュアル・規定類の審査を通常半日程度行うほか,実地審査のデモンストレーション,規格の解釈,運用についてのアドバイス等を行うが,強制ではなく,また,予備審査の結果は本審査とは無関係である。

② 文書審査

1名の審査員が受審企業を訪問し,ISO9000の要求する品質システムが構築され,適切に文書化されているか否かの確認等を,通常1名の審査員が1日程度かけて行う。

③ 実地審査(本審査)

審査員が各部門を訪問し,ISO9000規格及び品質マニュアル,規程,手順書等を基に,質問,記録類のチェック,製造現場等の確認等を行って,品質システムが構築され,正しく効果的に運用されているかどうかを,複数の審査員がチームを組み,通常数日間かけて行う。

実地審査に適合すると,認証及び登録が行われる。

④ サーベイランス(6か月ごとに5回)

認証を受けた品質システムが,その後も継続的に正しく効果的に運用されているかどうかの実施状況を,審査員が受審企業を定期的に訪問して確認する。

⑤ 更新審査(3年ごと)

基本的には実地審査と同じ内容の審査を,実地審査日数の60ないし70パーセント程度の日数をかけて実施する。

ウ ISO規格が規定する品質システム要求事項は,どのような要素を品質システムに含めるべきかを規定するものであって,特定の品質システムの採用を求めることを目的とするものではない。品質システムの設計及びその実施は,当該企業の多様化したニーズ,当該企業の目標,供給される製品及びサービス,用いられるプロセスや手段に応じて多様なものとなることが当然の前提とされており,審査は,受審企業の採用している品質システムが,ISO規格の要求する要素を適切に含んでいるか否かの観点からされることとなり,特定の品質システムの採用を求めることは厳に禁じられている。このような審査を適正に行うためには,当該分野の技術に関する深い理解と専門的知識が不可欠であるが,技術的な問題自体を審査することも審査範囲を逸脱するものとして禁じられている。

エ 審査員は,上記のようなISO規格の審査を行った結果,問題点があれば受審企業に対して指摘を行うところ,この指摘には,規格不適合を示すノン・コンフォーミティ・ノート(Nノート),是正措置要求であるインプルーブメント・ノート(Iノート)及びごく軽度の指摘事項であるオブザーベイションがある。

発見した問題点をどのランクの指摘事項と位置付けるかは,単独で審査を行う場合は当該審査員の,チームで審査を行う場合には,最終的には主任審査員であるチームリーダーの裁量によるものである。

オ LRQAの審査員(被告の従業員であってLRQAの審査を行う審査員を含む。以下同じ。)は,審査員評価登録制度であるJRCA及びIRCA(英国の品質管理学会国際審査員登録センター)による審査員資格に加え,LRQA独自の審査員資格を取得することが要求される。LRQAの審査員資格には,上位のものから順に,スーパーバイザー,主任審査員,審査員及び研修審査員があり,その他に,特別の産業分野,製品等に関する技術専門家として審査員を技術的に支援するが自らは審査を行うことのできないエキスパートがある。

スーパーバイザーは,すべての審査に対してチームリーダーとして審査を行うことができる。審査員資格登録上は「主任審査員」であるが,それ以上の能力を要求されている。また,実務訓練中の審査員の教育及び指導を行い,その結果の評価及び訓練成績書を作成することができる。

主任審査員は,すべての審査員についてチームリーダーとして審査を行うことができ,審査員資格登録上も「主任審査員」である。また,実務訓練中の審査員の教育及び指導を行うことができるが,その評価等を行うことができる者とできない者の2種類に分かれる。

審査員は,実地審査及び更新審査をチームメンバーとして行うこと並びにサーベイランス,更新準備審査及び軽微な認証範囲変更審査を単独で行うことができるもので,審査員資格登録上も「審査員」である。

研修審査員は,スーパーバイザーの監督の下でなければ審査を行うことができず,また,審査結果の評価判定を行うことは一切できないものであり,審査員資格登録上の「審査員補」とは必ずしも対応していない。

カ(ア) 被告が,新規にLRQAの審査員を採用する場合には,IRCA及びJRCAによる審査員資格を有していること又はこれらの登録のために必要なすべての条件を満たしていること,英語の基礎的な読解力,作文力,会話力があること等を求めており,書類審査で選別した後,面接試験を実施している。

(イ) 研修審査員に対しては,3か月の期間を設けて,LRQA品質マニュアル,審査要領書及び審査手順書等に関する事項並びに審査実務について教育・研修が行われる。前者については,英文による筆記試験を実施し,後者については,最低4回延べ20日間の審査参加が求められ,スーパーバイザーによるマンツーマンの指導教育が行われるほか,毎回8項目についての3段階評価及び総合評価が行われ,審査回数及び日数が規定値に達しても,これら評価が規定のレベルに達しなければ審査員としての資格は与えられない。なお,研修審査員に対してこのような訓練期間が設けられているのは,審査員はISO9001,9002及び14001に関する特殊な知識及び技能が要求される専門性を有する職種であることから,初心者には教育を行わなければならないという当然の要請によるものである。

(2)  本件雇止めに至る経緯

争いのない事実等,証拠(甲13ないし16,甲18ないし20,甲24,47,53,54,61,81,83,乙2,4,乙6ないし23,乙25,41,42,44,証人A,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告における従業員の雇用のあり方等

(ア) 被告における従業員は,事務系従業員と審査員に大別され,審査員は,期間の定めのない雇用契約による常勤社員と,雇用期間を1年とする有期雇用契約による契約審査員に分けられる。契約審査員の有期雇用契約の更新の際には,必ず双方の意思を確認した上,改めて期間1年の契約書を作成する方法が採られ,このことは何回契約更新を繰り返しても変わることはない。これは,上記(1)のような審査業務の性質上,審査員にはISO規格という専門性の強い分野についての高度な知識及び技能が不可欠であるところ,審査員としての適格性の有無は,新規採用時及び研修期間だけでは完全に判定することができないため,契約期間を1年とすることにより,1年ごとにその適格性を検討し,不適格と判断された者については契約を更新しないとすることで,審査員の質を維持しようという要請によるものである。

(イ) 原告は,平成11年5月17日被告との間で,雇用期間を1年,協議により更新があり得る,契約の終了は30日前に通知する,職種を品質システムの審査員(契約審査員)とする旨の本件雇用契約を,契約書を作成して締結した。

(ウ) 原告は,本件雇用契約の締結後,当初の3か月間,研修審査員として,上記(1)カ(イ)のとおりの教育・研修を受けてから,審査員としての実務に就いた。

イ 原告の審査員としての勤務状況

(ア) 原告は,平成11年6月1日から同年8月20日まで研修審査員として,主任審査員の指導の下,合計11回,延べ33日間文書審査,実地審査等の研修を受けた。原告は,これらの研修後,LRQAの審査員の資格基準に適合したと判断されたため,LRQAの審査員資格を取得し,同月30日からチームメンバーの一人として実地審査及び更新審査を行ったり,単独で予備審査,文書審査等を行うようになった。

しかし,原告は,上記研修期間中,チームリーダーである主任審査員や顧客に横柄な態度をとる,主任審査員がオブザーベイションであると判断した問題点を重大な不適合であると言い張る,自分の意見を通すため威圧的な態度をとり主任審査員の指示に従わないなど,問題のある態度を幾度か示し,主任審査員に注意されたことがあった。

(イ) S261社の件

原告は,同年9月8日から同月10日まで,単独でS261社のサーベイランスを行い,同会社では独自の教育訓練の必要性の特定方法及び教育方法を行っていたにもかかわらず,教育訓練の必要性を一覧表(マトリックス)によって特定するべきである,教育記録に技術者のランク付けを表示するべきである,年間教育計画書を作成するべきである等と指摘した。しかし,ISO規格は,教育・訓練に関し,教育・訓練の必要性を明確にする手順を文書に定めることは要求しているものの,これをどのような方法で行うかについては,各企業の実情に応じて決められるべきことであるとしており,原告の指摘内容は,ISO規格の要求に沿わないものであった。

被告は,同月17日同会社から,教育訓練の必要性の特定方法及びランク付けの表示に関する原告の指摘は従前の被告の審査員の指摘と異なるが,被告の公式な意見であるのかとの問合せを受け,調査の上,同月25日同会社に対し,いずれも同会社の方法で行えばよく,原告の指摘を取り入れる必要はない旨回答した。

(ウ) I118社の件

原告は,同年10月21日及び同月22日,設計事務所であるI118社の予備審査を単独で行い,多数の手順書の作成を要求し,特定の品質システムを採用していないことを理由に,同会社に現存する品質システムがISO規格に不適合であると指摘したほか,同会社における監理と工事の関係を理解しない指摘を一方的に行ったり,「承諾」と「承認」という,日本の建設業界に特有ではあるが同業界では一般的である用語の使用方法を理解せず,一般人に分かりにくいことを理由に書き改めるよう指示するなどした。また,原告の個人的な経験談を長々と話したり,同会社の担当者が原告の指摘に対し,ISO規格のどの事項に不適合であるのか,また,なぜその事項がIノート,Nノートに該当するのか等と質問しても,これを明示せず,ただ不適合であると繰り返すにとどまるなどした。

ISO規格が規定する品質システム要求事項は,どのような要素を品質システムに含めるべきかを規定するものであって,特定の品質システムの採用を求めるものではなく,審査員には受審企業の実態,ニーズ等への理解が要求されており,原告の上記指摘は,ISO規格の要求事項を正しく理解していないものであった。

同会社の担当者は,同月25日被告に対し,上記のような原告の予備審査に対し,原告は,建設業界における設計事務所の実態を全く理解しておらず,同会社のシステムを理解しようとする努力もしない,指摘のグレードが誤っていると思われる等の苦情を,具体例を挙げて申し入れた。

被告はこれを受けて,同月26日,JBCにおいてA事業部長の下でセンター全体の業務運用を行っていたオペレーション・マネージャーD(以下「Dオペレーション・マネージャー」という。)をこの件の対処に当たらせることとし,同人は,同月29日原告に対し,I118社からの苦情があった事実を伝えた上で,審査の空き時間,あるいは次の土曜日又は日曜日に被告事務所で事実関係を確認したいとの連絡をした。しかし,原告は,時間がない,土曜日及び日曜日は出勤しないことにしていると答え,Dオペレーション・マネージャーによる事実確認を拒否した。

同人は,原告から事実確認ができるまで苦情への対応を放置することは顧客との信頼関係を破壊するおそれがあることから,原告が作成した同会社の審査記録を自ら精査することとした。その結果,同人は,原告による審査は,同会社の実情を理解しないまま,ISO規格が要求していない事項を指摘した不適切なものであって,同会社の苦情は正当であると判断するに至った。また,Dオペレーション・マネージャーは,原告の指摘の内容や,原告が土曜日,日曜日は出勤しないことにしているなどという理由で重要な事情聴取を拒否した姿勢から,原告の審査態度についての苦情にも理由があるものと判断し,同年11月9日付けで同会社に書簡を送り,同会社からの指摘が正しいことを認め,原告に審査員として不適切な言動があった旨を陳謝した。また,被告は,同月18日及び同月19日,Bテクニカルマネージャーに改めて同会社の予備審査を行わせた。

その後,A事業部長は原告に対して事情聴取を行ったが,原告は,直接の上司ではないDオペレーション・マネージャーが事情聴取をしようとしたことに反発するばかりで,審査内容については説明をしようとせず,また,同月25日付けでA事業部長に対し,「自分には設計事務所業務に対する十分な知識がある。自分の指摘が受け入れられないのであれば,予備審査をせずに本審査に入ればよい。こんなクレームを受けると被告の審査の質を疑われる。理由も調査せずにいきなり査問会に呼び出されたり,土曜日に出勤するよう電話されるのは迷惑である。自分の審査には感謝状も来ている。」旨の書簡を送った。

A事業部長らは,このような原告の言動から,原告には審査員に要求される「受審企業の話をよく聴き,規格の要求事項以外の自説を押しつけない。」という基本的な態度が欠けていると判断し,これ以後,原告には予備審査を担当させないこととした。

(エ) E058社の件(なお,E058社とE038社は,同一会社の別部門である。)

原告は,同月5日,E058社の文書審査を単独で行い,ISO規格に要求されていないにもかかわらず,経営者の責務としてサインだけではなく押印もするよう口頭で指摘し,また,ISO規格ではマネジメントレビューの具体的な回数までは指定していないにもかかわらず,2年に1回では少ないのではないかとの指摘を,下請契約者について品質保証の観点から顧客に説明ができるようにすることを求められているだけで具体的な方法については指示していないにもかかわらず,機器校正指示をするよう指摘したほか,審査対象外の文書まで審査を行い指摘をした。また,原告は,同会社の担当者に対し命令口調で接し,このため,担当者に威圧感,不快感等を与えた。

同会社の担当者は,平成12年1月11日打合せのため被告を訪れた際,応対したA事業部長に対し,上記のような原告の指摘事項に対して説明を求め,命令口調であったことについても指摘した。A事業部長及びBテクニカルマネージャーは,すぐに検討を行い,サインの件及びレビューの回数の件については原告の指摘に従う必要はない旨,機器校正指示の件については,評価の実施は必要であるが必ずしも機器校正指示という方法には限られないことを,審査対象外の文書に関する指摘については,審査対象外の文書であり対処する必要はないことを,それぞれ回答し,命令口調であったことについても陳謝した。

(オ) E024社の件

原告は,平成11年11月9日から同月12日まで,E024社の更新審査を,スーパーバイザー・主任審査員であるE(以下「E主任審査員」という。)をチームリーダーとして行った。

複数の審査員がチームとして審査を行う場合,各審査員は受審企業では別々に行動して審査を分担し,チーム内で協議した上,最終的には主任審査員が取りまとめの方針を示し指摘事項のグレードを決めて受審企業に説明し質疑応答を行うこととされている。

原告は,審査中,同会社の担当者から原告の指摘に関する意見を述べられると,自分が正しいと主張して譲らず,同会社の説明を聴こうともしなかったほか,必ずしも必要ではない卓上ネームプレートの設置をわざわざ要求して用意させたり,休憩時間中に政治や宗教の話をして担当者を困惑させるなどした。また,原告は,審査最終日,クロージングミーティング前に,E主任審査員同席の上で,同会社の担当者との意見交換を行った際,担当者に対して,「原告の考えどおりに実施することが同会社のためである。」,「原告は同会社のためを思ってアドバイスしている。」などと発言するなど,原告が上位に立ち同会社を見下すような高圧的な態度をとり,同会社の主張を理解しようとする努力をしなかった。また,E主任審査員は,このとき同会社の説明,意見等を聞いた結果も踏まえると,原告がそれまでにIノートとするべきであるとして指摘した8項目のうち7項目は,Iノートとするべきレベルの問題ではなくオブザーベイションとすることが相当であると判断し,結局,1件をIノート,7件をオブザーベイションとした。

同会社は,平成12年1月20日被告に対し,原告の上記のような審査態度について,名指しはしなかったが苦情を述べ,審査員の管理を十分行うよう求めた。

(カ) N152社の件

原告は,平成11年11月11日及び同月12日,N152社のサーベイランスを単独で行い,ISO規格が要求していないにもかかわらず,文書の制・改定一覧表を文書配布先すべてに配布すること,従前社内全体の担当の流れが分かる業務フローチャートを作成していたにもかかわらず,読みにくいので各担当ごとに作ること,品質保証モデルを全従業員に配布することを口頭で指示した。

同会社は,従前のサーベイランスと異なる原告の指示に混乱したため,同月12日被告に対し,原告の指示に従う必要があるのかどうか問い合わせ,A事業部長は,調査の上,同月22日付けで,原告の指示に従う必要はない旨回答し,疑問を生じさせたことを陳謝した。

その後,被告は,平成12年3月同会社に対し,同年5月実施のサーベイランスの担当者として原告を予定している旨通知したところ,同会社が被告に対し,同会社の負担する費用が増えてもよいから別の審査員にしてほしい旨要望してきたので,被告はこれに応じて審査員を変更することを余儀なくされた。

(キ) K061社の件

原告は,同年3月6日から同月10日まで,K061社の更新審査を,主任審査員であるFをチームリーダーとして行ったところ,同会社は,審査期間中の原告の宿泊先として,同月5日,同月8日及び9日についてホテルを予約し,原告に対し,事前に,「サインのみしていただければ支払は不要です。」との連絡をした。このような場合の食事代をだれが負担するかについては,明示の合意はないものの,その額が常識的な範囲にとどまっていれば,受審企業が負担することが暗黙の了解になっており,被告は審査員に対し,1回の食事代として夕食は3000円以下とするよう指示していた。そこで,原告は,宿泊ホテルのレストランで食事をとった際,代金についてはホテルからK061社に請求するようにさせたが,その代金の額は,同月5日の夕食代(ビール代を含む。)7738円,同月6日の朝食代2079円,同月9日の朝食代2079円,以上合計1万1896円というものであった。

同会社は,同月21日被告に対し,原告が宿泊したホテルから原告の宿泊代金のみならず食事代金まで請求されたが,食事代金は被告との契約上K061社が負担することになっていないので,被告から同会社への請求から除外するよう要求した。被告は,同会社と話し合った結果,同会社が高額すぎて不当であると考えている同月5日の夕食代7738円について,これが被告の指示の倍額以上の額であったことを考慮して被告が負担することとし,K061社は他2回の朝食代金を負担することで合意した。

被告が受審企業から審査員の食事代の負担に関する苦情を寄せられたのは,この件が初めてであった。

(ク) 原告が審査員として審査業務を行ったのは,平成11年8月30日から平成12年5月16日までの間,合計43社であり,そのうち被告に対して苦情が寄せられたのは,上記6件であったが,1人の審査員に対してこのような短期間に受審企業からの苦情が6件も寄せられることは極めて異例のことであった。

また,原告はこの間,審査チームの一員として実地審査,更新審査等を行うことがあったが,原告とチームを組んだ複数の主任審査員が,原告について,ISO規格の要求事項を十分理解していない,技術的な内容にのめり込み審査範囲を逸脱する傾向がある,主任審査員の指示に従わず自分の意見に固執することがある,Iノートや審査レポートの書き方が劣悪である等と感じていた。

(ケ) 原告は,現在に至るまで,自分のISO規格に対する理解に誤りはなく,指摘事項はいずれもISO規格が要求しているものであり,行った審査はいずれも適正なものである,また,受審企業の担当者への態度にも問題はない,上記(イ)ないし(キ)の受審企業からの申入れは,苦情には当たらない単なる問合せであるか,苦情に当たるとしても的を射ないものであって,これを受け入れて陳謝するなどの対処をした被告のほうに誤りがある,と思っている。

ウ 被告内部における問題等

(ア) 被告審査員のコンシステンシー・ミーティングの件

被告は,平成12年1月5日から同月8日まで,被告所属の全審査員を集めたコンシステンシー・ミーティングを開催した。これは,被告所属の審査員が行う審査業務及び審査の一貫性(コンシステンシー)を確保するため,毎年1回全審査員を対象に行う合同研修であり,原告もこれに参加した。

原告は,このうち同月7日に行われた品質部門のグループセミナーの席上,審査員同士の議論の際,感情的,横柄かつ高圧的な態度をとったため,司会兼講師の立場にあったBテクニカルマネージャーから,審査員は感情的,主観的になってはならない旨注意を受けた。また,同じ席上,原告は,ISO9000シリーズに用いられる基本的な用語である「是正処置(現存している不適合等の再発防止のためにその原因を除去する措置)」と「修正(現存する不適合の処理)」の定義を誤って理解していることが明らかな発言をしたため,Bテクニカルマネージャーから,その場で誤りを指摘された。しかし,原告はこれらの注意,指摘に対して不満を示し,態度を改めようとしなかった。

(イ) ISO9001改訂に対応する再教育の件

ISO9001は,平成12年版に改訂され,規格内容,審査手法等が変更されることが予定されていたため,被告は,同年2月19日及び同月20日,審査員に対して同規格の平成12年版改訂(当時は改訂案)に対応するための研修(再教育)を実施した。

原告は,この研修に参加する義務があったにもかかわらず,同月19日午前9時の研修開始時刻に遅刻し,A事業部長による研修開始のあいさつが終わり,既に講師であるBテクニカルマネージャーの講義が始まっていた午前9時15分ころ研修会場に来たため,A事業部長から注意を受けた。

また,原告は,この研修に使用した資料を,翌20日研修の最後に行われる研修内容についての試験の時までに紛失した。さらに,この試験の結果,原告は英語の理解力を十分有していないことが明らかになった。

(ウ) Bテクニカルマネージャーとのトラブルの件

被告は,同月,部内で使用する審査レポートの書式を変更することとし,同月中旬から下旬にかけて各審査員に通知したが,その後,旧書式が審査員の手元に相当数残っていることなどを考慮して,書式変更の実施時期を変更してはどうかとの検討がされたため,審査員間に,若干の情報の混乱が生じた。ただし,問題となった書式を使用する審査レポートは,被告内部で使用するものであり,新旧どちらの書式を使用しても審査業務に影響を生じるものではなかった。

しかし,原告は,このような情報の混乱に立腹し,同年3月13日事務所において,Bテクニカルマネージャーに対し激しく詰め寄った。同人は事情を説明しようとしたが,原告はこれを聞こうとせず一方的にどなり散らし,かえって,Bテクニカルマネージャーが原告を落ち着かせようとして「ばか,ちょっと待て。」等と言ったことをとらえ,更にBテクニカルマネージャーを責め立てたため,A事業部長から,別室で話し合うよう制止された。原告及びBテクニカルマネージャーは,第三者を交えて別室で話し合いをしたが,原告はこの席でも,Bテクニカルマネージャーに対し,「お前を殴る。」等の発言を,同人が本当に殴られるのではないかとの恐怖を覚えるほどの勢いで繰り返した。

(エ) QS9000審査資格取得の件

被告は,同年1月ころには,原告がISO9000シリーズの審査員としての知識及び技能を欠き,再教育も望めず,原告を同シリーズの審査員として雇用し続けることはできないと考えるようになっていたが,同シリーズの審査員には向かなくても,別の資格の審査員として適正な審査を行うことができるようであれば本件雇用契約の更新も可能であると考え,原告をQS9000資格の取得候補者として選定し,原告に対し,同年2月17日付けで同規格に対する英文の資料を送付した。この資格は,規格及び関連資料がすべて英語で記載されている上,難易度の高いものであったが,審査方法がチェックリストによるものであり審査員の主観が入らないことから,審査方法としては原告に向いていると思われ,また,原告が自ら英語に堪能である旨申告していたことから,原告に取得を勧めたものであった。

しかし,原告は,同資格の取得者であるBテクニカルマネージャーから,参考資料の提供の申し出があったにもかかわらずこれを拒否した上,同月19日に行われた試験の結果,英語の理解力が不足していることが明らかになったことから(上記(イ)参照),被告は,原告には同資格の取得は不可能であると判断し,原告を資格取得候補者から除外した。

(オ) 原告は,被告の事務職員に対しても高圧的な態度で臨むことが多く,原告が記載した日誌に形式的なミスがあるとして訂正を求められてもこれに応じず,事前連絡なしに事務所へ出勤しないなど身勝手な態度が目立った。

(カ) 原告は,現在に至るまで,上記(ア)ないし(オ)は,いずれも被告側の管理能力の欠如,Bテクニカルマネージャーの資質に問題があること等に起因するものであり,自己に非はないと考えている。

エ 本件雇止めの告知

A事業部長は,平成12年3月30日原告に対し,被告には原告を主任審査員にする意思がないこと及び本件雇用契約の更新を行わないことを口頭で通知し,さらに,同年4月10日付けで被告代表者名の文書をもって改めて雇止めを通知した。これに対し,原告は,本件雇用契約の更新を強く希望したが,被告は更新を拒絶し,これにより,同契約は一度も更新されないまま同年5月16日期間満了となった。

オ その他の事情

ところで,原告が被告から交付された審査スケジュール表には,本件雇用契約の期間満了後となる平成12年5月及び6月の原告の審査日程が記載されていたが,原告がこの表を受領したのは,被告から本件雇止めを通告された後である平成12年4月14日であった。これは,被告社内のプラニングセクションの者が,本件雇止めを知らされる前に自らの権限で審査業務を各審査員に割り振ってスケジュール表を作成したためであった。

また,被告が原告に対し,同年7月の審査命令を出していた事実があるが,これは,被告社内のプラニングセクションの者が,同年4月実施予定の審査案件を同年1月原告に対して割り振り通知したところ,受審企業の都合で審査実施が同年7月に延期されたため,本件雇止めの口頭通知日である同年3月30日よりも前に上記審査命令を出したものであった。

以上の事実が認められる。なお,甲第21,第24,第47,第61,第81及び第83号証並びに原告本人尋問の結果中上記認定に反する部分は,乙第2号証,第6ないし23号証,第25,第41,第42及び第44号証並びに証人Aの証言に照らし採用することができない。

(3)  検討

ア 本件雇用契約は,1年の期間の定めのある有期雇用契約であったところ,原告は,原告には契約更新を期待するべき合理的な事情があり,本件雇止めには解雇権濫用法理が類推適用されるべきであると主張する。

しかし,被告における契約審査員の雇用契約は,本件雇用契約に限らず雇用期間が1年とされていたこと,契約更新はあり得るものとされたが,契約更新の際には,必ず被告及び当該審査員双方の意思を確認し,雇用契約書を新たに作成し直すこと,更新された雇用契約の期間も1年であり,この手続は契約更新を何回繰り返しても同じであること,このような契約更新の方法を採っているのは,1年ごとに当該審査員の審査業務に関する知識,技能等に問題がないかどうか検討するためであり,被告の審査員の業務内容が,高度な専門的知識を要する審査である関係上,審査員の知識,技能等を1年ごとに厳しくチェックして審査員の質を維持しなければならない要請があること,原告は平成11年10月のI118社の件以降単独で予備審査を行わせることは適当ではないとして予備審査の担当から外されていたこと,原被告間の本件雇用契約は1度も更新されていなかったことは,いずれも上記(1)及び(2)に認定したとおりである。さらに,上記(1)及び(2)認定の事実関係に照らせば,被告が一定のコストをかけて審査員教育を実施することに審査員の質を確保するという以上の意味を見出すことは困難であること,被告が原告に対しQS9000審査資格を取得するよう勧めたのは,原告にISO9000シリーズの審査員としての知識,技能等がないことが明らかになった後における救済措置にすぎないものと考えられること,原告が本件雇用契約の期間満了後である平成12年5月及び6月の原告の審査予定が記載されたスケジュール表の交付を受けたのは,原告がA事業部長から本件雇止めの告知を受けた後であるから,当該スケジュール表の交付を受けることによって契約継続の期待が合理的に生ずると見ることは困難であること,被告が原告に対して上記期間満了後である同年7月の審査命令を出したのは,当初同年4月に予定されていた審査案件が受審企業の都合で後に同年7月に延期されたためであるというのであるから,そのことだけで契約継続の期待が合理的に生ずると見るのも困難であること,以上の諸点を指摘することができる。

以上のような事情の下においては,原告に本件雇用契約の更新を期待させる事情があったと認めることは到底できないものというべきである。

イ そして,上記(2)イ及びウ認定の事実によれば,原告は,ISO9000シリーズが,特定の品質システムを要求しているのではなく,その規格適合審査は,受審企業に現存するシステムがISO規格の要求する要素を含み,ISO規格の定める品質管理に資するよう機能するかどうかを受審企業の実態及びニーズに応じて判断するものでなければならないにもかかわらず,受審企業の個別的,具体的な事情等を理解しないまま,ISO規格の要求する品質システムとして原告が正しいと考える特定の品質システムの採用を求め,これが採用されていないと不適合とするという審査を行っているものということができ,原告がISO規格を正しく理解していないこと,受審企業の説明を聞かず,その実情を理解しようとする姿勢を欠いていること,受審企業の担当者に対し,高圧的あるいは横柄な接し方をし,被告の指示に反する高額の食事代を当然のように受審企業に負担させようとするなど,顧客である受審企業に対する態度に極めて問題があること,原告はLRQAの審査員として必須である英語の理解力が不十分であり,審査員として最も基本的なISO規格の改訂に対応する研修に遅刻し,再教育の資料を紛失し,研修内容についての試験結果も劣悪であるなど,審査員として必要な知識を習得しようとする意欲及び能力に欠けること,LRQAの主任審査員やA事業部長らとの関係においても,自己の見解に固執し,他者の意見が自己と異なる場合これを受け入れようとせず,相手を威圧してでも自己の見解を押し通そうとする態度をとっていること,以上の諸点を指摘することができ,これらの事実に照らすと,原告は,LRQAの審査員として必要な知識及び技能等を欠いているものというべきである。

ウ  以上の次第であって,原告には本件雇用契約の更新を期待するべき事情は認められず,その他,本件雇止めを違法と評価するべき事情も認められないから,本件雇止めは適法であり,本件雇用契約は,契約期間が満了した平成12年5月16日の経過をもって終了したものというべきである。したがって,原告の地位確認及び本件雇止め後の賃金請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。

2  争点(2)(不法行為の成否)について

本件雇止めが適法であることは,上記1(3)ウのとおりであり,その他被告が原告に対し不法行為を行ったと認めるに足りる証拠はない。

したがって,その余の点について判断するまでもなく,この点に関する原告の請求には理由がない。

3  争点(3)(時間外手当及び付加金の支払義務の有無)について

(1)  争いのない事実等,証拠(甲22,35,70,77,乙24,28,43,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告は,審査員の労働時間を,ジャーナルと呼ばれる日誌で把握し管理を行っている。

審査員は,審査業務に従事した際は,複写式の2枚重ねとなっているジャーナルに,要した時間を「審査」(SURV),「研修」(TRNG),「オフィスタイム」(OFCE)及び「移動」(TRVL)に区分して記載し,1枚目は審査員が手元に残し,2枚目を被告に対して提出する。

被告は,その提出を受けて,申告された時間をコンピューターに入力して管理する。仮に,一度提出したジャーナルの内容を訂正する必要が生じた場合には,審査員は被告から提出したジャーナルの返還を受け,手元に残っているジャーナルと重ねた状態で訂正の記載を行い,再度2枚目を被告に提出する。

当該月の時間外手当は,審査員が,その翌月の初めに,手元に残ったジャーナルを見ながら計算を行い,規定の時間外手当計算書に記入し提出することによって,1か月単位で請求する。

被告は,事業部長がこれを提出を受けたジャーナルと照合して検討し,時間外手当支払の対象時間であると認めた場合には,翌月の賃金支払時に時間外手当を支払う。

イ 「審査」は,審査に要した時間をいうが,実際に審査そのものを行う時間のほか,Iノート等,受審企業に示すべき審査書類や審査レポート等を作成する時間を含めて記載する審査員もおり,被告はそのような扱いに対し特段の指導をしていない。

「研修」は,研修審査員が主任審査員の指導の下審査を行った時間,審査員が研修を受けた時間等をいう。

「オフィスタイム」は,事務所において事務を行う時間をいい,書類の作成,整理,顧客との面接等,雑多な内容を含み,審査レポート等,審査記録の作成を事務所で行った場合に,その時間を「オフィスタイム」として記載することもある。

「移動」は,受審企業への行き帰りの時間,審査場所が複数にわたる場合の審査場所間の移動時間等をいう。

ウ 原告は,本件組合の組合員ではなかったが,平成11年5月20日当時,被告の従業員であって本件協約の対象となる労働者と同種の労働者である者は137人,本件組合の組合員であって本件協約の対象となるものは115名であり,また,被告横浜事業所の従業員であって本件協約の対象となる労働者と同種の労働者である者は59名,本件組合の横浜支部組合員であって本件協約の対象となるものは59名であったから,労働組合法17条により,原告は本件協約の適用を受ける者であるということができた。

(2)  移動時間に対する時間外手当請求について

ア 就業規則及び本件協約に基づく請求

(ア) 争いのない事実等によれば,就業規則及び本件協約は,移動時間については,翌日の勤務を遂行するため,その前日の土曜日,日曜日あるいは国民の休日に出張しなければならない場合,あるいは同様の事情により休日に帰宅しなければならない場合,その旅行途上の3時間を上限とする時間については時間外手当が支払われる旨定めているが,それ以外の移動時間について時間外手当を支払う旨定めた規定はない。

よって,原告は,土曜日,日曜日及び国民の休日における移動のうち3時間を超える部分について,就業規則及び本件協約に基づいて時間外手当を請求することはできないことは明らかである。

なお,原告は,被告が平成12年3月14日ないし同月17日について,移動時間についても時間外手当が支払われているから,被告は休日以外の移動時間についても時間外手当を支払うものとしている旨主張するが,証拠(甲35,乙24,43,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,同期間マレーシアへ出張しており,日本国内での出張に比べ移動時間が長時間になったことから,A事業部長が,自らの判断で特別に移動時間についても時間外手当を支払うことにしたことが認められるから,上記認定を覆すものではない。

(イ) 証拠(甲35,乙24,27,28,40,43)によれば,別紙1「被告の主張」欄中「移動時間」欄に「3」と記載のある日はいずれも土曜日,日曜日あるいは国民の休日であること,原告は,これらの日に,いずれも3時間以上業務の必要上移動したことが認められるから,原告は,これらの日について,就業規則及び本件協約に基づき,各3時間の移動時間について時間外手当を請求できることとなり,その額は,同表「被告の主張」中「移動時間」に対応する「認める額」欄記載のとおりである。

この点,原告は,平成12年1月26日が被告の休日であった旨主張するが,証拠(甲35,乙24,28,39,43,証人A)によれば,同日は水曜日であり平日であったこと,原告は,同日審査のため飛行機で審査地へ向かったが,悪天候のため到着が遅れ,移動時間が合計10時間にも及んだこと,被告は,原告に対し何らかの手当をするべきであると考えたが,就業規則及び本件協約上平日の移動時間に対して時間外手当を支払うことができないため,A事業部長が原告に対し,時間外手当を払うことができない代わりとして,本来休日に出勤した場合にのみ認められる代替休日の取得を特別に認めたこと,原告はこの処理に同意して同年2月21日代替休日をとったことが認められるから,同年1月26日が被告の休日ではなかったことは明らかである。

(ウ) そして,争いのない事実等,証拠(乙39)及び弁論の全趣旨によれば,被告は原告に対し,同表「被告の主張」中上記各日に対応する「支払済み額」欄記載の時間外手当を既に支払っており,未払分は存在しないことが認められるから,結局,原告の請求には理由がない。

イ なお,原告は移動時間が労働基準法上労働時間に該当することを前提として,労働基準法を根拠に移動時間に対する時間外手当の支払を求めていると解する余地がある。しかし,本件における移動時間は,原告が審査のため受審企業へ赴く時間及び受審企業から帰る時間,複数の事業所において審査を行うため事業所間を移動する時間であるところ,前者については通常の通勤時間と同様の性質と見ることができ,また,後者についても,移動時間中に業務を行うことはなく,被告によって業務の準備等を求められることもなかったものであるから,被告の指揮監督下に置かれているものと評価することは困難であり,結局のところ,通勤時間と同様のものと見るのが相当というべきである。

よって,本件における移動時間は,労働基準法上の労働時間に該当しないから,その余の点について検討するまでもなく,原告の請求は失当である。

(3)  稼働時間について

ア 争いのない事実等,証拠(甲35,乙24,27,28,40,43)及び弁論の全趣旨によれば,原告が,1日7時間を超えて行った稼働時間数及びこれに対して支払われるべき時間外手当の額は,別紙「被告の主張」欄中「稼働時間」欄及びこれに対応する「認める額」欄各記載のとおりであることが認められる。

この点,原告は,稼働時間は同表「原告の主張」欄中「稼働時間」欄記載のとおりである旨主張し,甲第35,第70号証及び原告本人尋問の結果中にはこれに沿う記載がある。しかし,甲第35号証は,原告がジャーナルを記載し2枚目を被告に提出した後原告の手元に残ったものであり,原告の主張に沿う記載は,ジャーナルを被告に提出した後書き込まれたものであって,原告の事後的なメモにすぎないことが明らかであるから,原告の主張を裏付ける客観的な証拠ということはできない。また,被告における審査員の労働時間の把握方法は上記(1)のとおりであり,実際に稼働したのであればその旨審査時間としてジャーナルに記載して被告に提出し,翌月時間外手当を請求すればよいのであって,実際に稼働したにもかかわらずあえてジャーナルに記載せず時間外手当の請求もしないことに何ら合理的理由を見い出すことができないから,甲第35号証中,被告に提出されたジャーナルである乙第27号証に記載のない時間は,稼働が行われなかったことを推認させるというべきである。さらに,原告は,稼働時間として請求している時間には,自宅あるいはホテルにおいて深夜まで審査記録を作成したと主張するが,証拠(乙43,証人A)によると,原告は,審査レポートを5行しか記載していない日や全く作成していない日,あるいは受審企業における審査時間中に審査レポート等の作成時間が別枠として設けられている日を含めて一律に3時間の稼働時間を主張しているほか,原告が作成した審査レポートの多くは,A4判サイズの用紙に1ページ当たり25行前後のものを1ページないし2ページ程度手書きで記載した程度の分量であり,単にその日の時系列に従って事実経過を記載したにすぎないものも多数認められる上,被告における他の審査員は,更に専門的な内容の審査レポートを作成しており,審査時間内に作成が終わる者も多いことが認められる。

このような諸事情に照らすと,審査レポートの作成に毎日3時間ずつ要したという原告本人の供述は到底採用することができず,他に原告の主張を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

イ 争いのない事実等,証拠(乙24,39)及び弁論の全趣旨によれば,被告は原告に対し,別紙1「被告の主張」欄中「支払済み額」欄記載の時間外手当を支払ったことが認められるから,結局,未払額は合計9250円となる。

(4)  付加金について

上記判示のとおり,被告が原告に対し時間外手当を支払っていないのは,平成11年6月14日,同年11月4日及び平成12年4月14日であるところ,証拠(甲35)によると,この3日間の原告の労働時間は,それぞれ7.5時間,8時間及び8時間であることが認められ,労働基準法37条1項に違反する時間外労働が行われていないことは明らかである。

したがって,原告の付加金請求には理由がない。

4  結論

よって,原告の請求は,未払賃金合計9250円及びこれに対する支払日の後の日である平成12年5月26日から支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余の請求には理由がない。

(裁判長裁判官・福岡右武,裁判官・脇博人,裁判官・藤原典子)

別紙<省略>

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