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横浜地方裁判所 平成13年(ワ)2713号 判決 2006年3月28日

原告

X1

原告

X2

上記両名訴訟代理人弁護士

木村和夫

栗山博史

浜田薫

千木良正

河住志保

関守麻紀子

被告

Y1

同訴訟代理人弁護士

大久保博

大関亮子

飯島奈津子

被告

Y2

同訴訟代理人弁護士

柏木義憲

被告

Y3

同訴訟代理人弁護士

鵜飼良昭

被告

神奈川県

同代表者知事

松沢成文

同訴訟代理人弁護士

池田陽子

同指定代理人

萩原勝治

外7名

主文

1  被告Y1は,原告X1に対し,28万円及びこれに対する平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告Y1は,原告X2に対し,28万円及びこれに対する平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告神奈川県は,原告X1に対し,165万円及びこれに対する平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告神奈川県は,原告X2に対し,165万円及びこれに対する平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  原告らの被告Y1及び被告神奈川県に対するその余の各請求並びにその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

6  訴訟費用は,原告ら,被告Y1及び被告神奈川県に生じた費用の5分の4並びに被告Y2,被告Y3に生じた費用を原告らの負担とし,原告らに生じた費用の5分の1を被告Y1及び被告神奈川県の負担とし,被告Y1に生じた費用の5分の1を同被告の負担とし,被告神奈川県に生じた費用の5分の1を同被告の負担とする。

7  この判決は,第1ないし4項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  被告らは,原告X1(以下「原告X1」という。)に対し,連帯して4745万8759円及びこれに対する平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告X2(以下「原告X2」という。)に対し,連帯して4745万8759円及びこれに対する平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告神奈川県(以下「被告県」という。)は,原告X1に対し,100万円及びこれに対する平成13年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告県は,原告X2に対し,100万円及びこれに対する平成13年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,原告らが,神奈川県立○○高等学校(以下「○○高校」という。)の生徒であったA(以下「A」という。)が,被告Y1(以下「被告Y1」という。),被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び被告Y3(旧姓Y'3。以下「被告Y3」という。)らからのいじめを苦にして自殺したとして,上記被告3名に対しては不法行為に基づき,また,○○高校の設置者である被告県に対しては,Aに対するいじめを放置し,Aの自殺を防止することができなかった安全配慮義務違反を理由に,国家賠償法1条又は債務不履行に基づき,連帯して,Aの両親である原告らにいずれも4745万8759円及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年7月27日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,さらに被告県に対し,Aの自殺の原因を調査して原告らに報告すべき義務に違反したとして,国家賠償法1条又は債務不履行に基づき,原告らにいずれも100万円及びこれに対する本訴状送達の日である平成13年8月2日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠を引用するものは,証拠により容易に認定できる事実である。)

(1)  原告X1及び原告X2は,A(昭和57年*月*日生)の両親である。

(2)  Aは,平成10年4月,○○高校に入学し,同校の吹奏楽部に入部した。

被告Y1,被告Y2,被告Y3(以下,上記3名を合わせて「被告生徒ら」という。)も,そのころ同校に入学し,吹奏楽部に入部した。被告Y3及び被告Y2はAと同じトロンボーンパートに属した。

A及び被告生徒らは,いずれも同校の1年1組に所属していた。

(甲18,原告X2)

(3)  Aは,平成10年7月25日,自宅で首を吊って自殺を図り,救急車で搬送されたが,同月26日には脳死状態となり,同月27日に死亡した。

(甲18,原告X2)

2  争点

(1)  被告生徒らはAに対し違法に精神的苦痛を与えるいじめを行ったか。これによりAは自殺したか。

(2)  被告県の安全配慮義務違反が認められるか。

(3)  被告県の調査報告義務違反が認められるか。

(4)  被告らが賠償すべき原告らの損害額はいくらか。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(被告生徒らの違法行為とこれによるAの精神的苦痛及び自殺)について

ア 原告らの主張

(ア) 被告Y1によるいじめ

被告Y1は,平成10年4月下旬ころから,Aに対し,「アトピーが汚い。」などとAの身体的特徴を取り上げて攻撃を始め,Aに強烈な精神的打撃を与えたほか,トロンボーンの初心者であるAに対し,「あんたがいたら○○高校は大会に行けない。邪魔だ。」,「私の妹は勉強したくてもできないのに,あんたは普通なのに勉強しない。」などと罵り,あるいは「あんたはとろい。」,「服装,そんなのじゃらじゃらつけている。馬鹿じゃない。」などといった中傷を繰り返し,これによってAの純粋な心は徹底的に痛めつけられた。

また,被告Y1は,毎朝登校前にAの自宅に迎えに来ることにより,Aは日々心の負担を増大させていき,Aが被告Y1との登校を避けるため,迎えに来た被告Y1に先に登校して欲しいと頼んでも,被告Y1はこれを聞き入れなかったことから,Aの心理的負担は一向に解消されることなくかえって増大した。そして,被告Y1は同年6月26日にAの自宅に迎えに行くのを止めてからも,Aが遅刻して登校すると「もう仮病は直ったの。」と言ったり,「無責任」,「怠け者」などとAを非難し続けた。

(イ) 被告Y2,被告Y3によるいじめ

被告Y2及び被告Y3は,平成10年4月下旬ころから,同じトロンボーンパートに所属しているAをパート練習から仲間はずれにし,これを目撃した他の部員から注意されても「誘っても来ないAが悪い。」などと自分達の非を認めず,一向に反省する気配を見せなかった。また,上記両名はAの部活動の技能が劣っていることを威圧的な言葉で非難し続け,Aに精神的打撃を与えた。

(ウ) Aの精神的苦痛と自殺

被告生徒らの上記のようないじめによりAは精神的に大きな苦痛を受け,自殺するに至った。

イ 被告Y1の主張

(ア) 被告Y1がAをいじめたとの事実は否認する。被告Y1は,原告らが主張する発言や中傷等をしたことはない。被告Y1は,Aと同様にアトピー性皮膚炎であったため,Aとお互いに同症状についての情報交換を行っており,その中で「アトピーがひどくなっちゃったね。」などの会話を交わしたことはあるが,原告ら主張の発言はしていない。また,Aの化粧や服装についても,化粧がアトピー性皮膚炎の悪化の原因になったと考え,またAが化粧や服装のことで吹奏楽部内において陰口を言われていることを知っていたため注意をしたにすぎない。勉強のことについても,もっと勉強するよう友人としてAに忠告したことはあるが,原告ら主張のように中傷したことはない。

このように,被告Y1は友人としてAに注意や叱咤激励をしていたにすぎず,Aがこれを不愉快に思っていたとしても,そのことから直ちにAに対する誹謗中傷になるものではなく,被告Y1がAに対して違法性を帯びるような罵りや中傷をした事実はない。

そして,朝の迎えについても,被告Y1とAは友人で自宅が近かったことから,始業前の部活動の練習に参加するため一緒に登校していたのであり,いじめには該当しない。

(イ) また,被告Y1は,Aが当時「心因反応(うつ状態)」の病状にあることを知らなかったから,仮に被告Y1の発言や行動がAにプレッシャーを与えていたとしても,Aが心理的に追い詰められて自殺に至る可能性を具体的に予見することはできなかったから,Aの死という結果について被告Y1に過失はない。

(ウ) さらに,被告Y1は平成10年6月の終わりころには既にAを迎えに行くことを止めており,Aが自殺した7月25日までの1か月間はほとんど口をきいておらず,その間にAは部活動の地区大会に出場してこれにより精神的重圧を受けていたこと,7月15日にはAが原告X2にカッターナイフをかざしたこと,原告らの口論が契機となりAは自殺を図ったことなどの事実に照らせば,Aの死という結果と被告Y1の言動との間には因果関係は存しない。

ウ 被告Y2の主張

被告Y2がAをいじめたとの事実は否認する。

被告Y2は,Aを仲間はずれにしたことも,他の部員からそのことで注意されたことも,Aを威圧的な言葉で非難し続けたことも,Aに著しい精神的苦痛を与えたこともない。

本件はそもそもいじめなど存せず,Aの自殺の原因は,1つは同人が精神的に病んでおり,うつ状態になっていたこと,2つは折からAの家庭内に問題があり,原告X2との間の相克が原因となって自殺したというのが本件の真相というべきである。

エ 被告Y3の主張

被告Y3がAをいじめたとの事実は否認する。Aを部活動の練習から仲間はずれにしたり,Aの技能について威圧的な言葉で非難したなどの事実はない。

Aの自殺の原因については,Aは当時「心因反応(うつ状態)」で休養を要する状態であると医師に診断されており,全国大会優勝の実績を持つ○○高校吹奏楽部のレベルが高く,トロンボーンの初心者であるAは練習についていけない状態となり,主治医の指示に従って当面部活動を自粛することが適切であったのに,原告X2を始めとする家族のプレッシャーによって無理矢理練習に参加して症状を悪化させ,その後の原告らのAに対する対応がAを自殺へと追い詰めたといえる。

オ 被告県の主張

被告生徒らのいじめの事実については否認する。

被告生徒らの言動は,通常の高校生の言葉,態度を逸脱したような面は見受けられず,かえって部員同士のつながり,仲のよい友人としての交流などが読み取れ,被告Y1の毎朝の迎えについても,女子高校生の友人間における通常の接し方の範囲内であったということができ,いじめがあったとは到底考えられない。

(2)  争点(2)(被告県の安全配慮義務違反ないし国家賠償法1条の責任)について

ア 原告らの主張

(ア) Aの所属するクラスの担任であるC教諭(以下「C教諭」という。),及び吹奏楽部の顧問教諭であるD教諭(以下「D教諭」という。)は,Aが深刻な悩みを抱えて学校に遅刻したり欠席したりするようになり,その後継続的に学校に来られなくなっていることを認識しており,また,原告X2の具体的事実に基づく真剣な訴えや,吹奏楽部で指揮を務めていたF(以下「F指揮者」という。)からの報告により,Aの不登校等の原因が被告生徒らによる言葉,態度のいじめにある可能性が高いことも十分認識していた。

したがって,C及びD両教諭は,県立高校の教員として,Aが学校に来られない本質的な原因を究明し,それを除去するため,A本人から根気強く丁寧に事情を聴き,Aの人格を受け入れ,その立場に立った対応をしてAが教員に話をしやすい環境を作り,部活動や日常の学校生活におけるAと関係生徒の動向を把握するため,生徒らから事情を聴取し,吹奏楽部の顧問教諭の間で情報交換して対応策を練り,校長等の管理職に早期に報告して指示を仰ぎ,F指揮者やE養護教諭(以下「E教諭」という。)とも積極的に連絡をとるなどしていじめの全容を早期に把握し,教職員が一体となって組織的対応ができるように協力体制を整え,加害生徒に対し,言葉や態度によるいじめはときには暴力以上に人を深く傷つけ,重大な結果が生じるおそれがあることを認識,理解させ,直ちに止めるよう厳重に指導するなどの義務があった。

しかしながら,C及びD両教諭は上記義務を怠り,Aに対するいじめを防止するための適切な措置を講ずることができなかったことにより,Aが精神的苦痛を受け,自殺することを未然に防止できなかった。

(イ) ○○高校の設置者である被告県は,Aの死の結果について,国家賠償法1条の規定により原告らの損害を賠償すべき義務がある。

また,被告県は○○高校を設置し,生徒を入学させることにより,教育法規に則り生徒に対し施設や設備を提供し,教諭に所定の課程の教育を施させる義務を負い,他方で生徒は学校において教育を受けるという関係にあるから,被告県とAは一定の法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者の関係にあるということができる。したがって,被告県は,こうした関係に基づき,信義則上,生徒の生命,身体についての安全配慮義務を負い,その履行補助者であるC及びD両教諭の上記安全配慮義務違反によるAの死の結果について,債務不履行に基づく責任を負う。

イ 被告県の主張

安全配慮義務違反の事実については否認する。学校側は,A及び原告X2に対し,それぞれの教諭がその立場に応じて適切に対応している。

C教諭は,Aからいじめについて相談を受けたことはなく,原告X2からの相談もAが自殺をする可能性を予見するに足る内容はなく,また,被告生徒らによるいじめ又はこれに類する言葉,Aの苦痛に関する具体的内容についての相談もなかった。

また,D教諭は,平成10年7月18日,保健室においてAから,これからは被告Y1の話を聞き流して気にしないようにすると決めた旨の話を聴いたとき,Aにいつでも話に来て欲しい旨を伝えるとともに,その場で話を聴いていたE教諭とAの今後の様子を注意深く観察していくことを確認し,原告X2にAと面談したことを電話で報告しており,適切に対応したといえる。

このように,C及びD両教諭はAに対して適切な対応をしており,Aの自殺について安全配慮義務違反があったと認めることはできない。

(3)  争点(3)(被告県の調査報告義務違反)について

ア 原告らの主張

被告県と原告らとの間には,公法上の在学契約関係があり,この在学関係は準委任の性格を持っている。したがって,受任者である被告県には,委任事務処理の状況等を委託者である原告らに報告すべき義務とともに,その前提として事務処理の状況等について調査すべき義務が存在する。

また,前記のとおり,被告県とAは一定の法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者ということができる。そして,子供の学校教育については学校が子供の保護者側と協力しあいながら実施されるべき性質のものであるから,Aの両親である原告らと被告県との間にも,一定の法律関係に基づき特別な社会的接触の関係に入った当事者の関係にあるといえる。

そして,Aの自殺の原因が学校に関係していると疑う余地がある場合には,両親である原告らは被告県に対し,当該法律関係の付随的権利として,信義則上,Aの自殺の原因について調査を請求する権利を有しており,学校は原告らから事情を聴取し,Aと関係を有していた教員,Aが所属していたクラスの生徒,吹奏楽部員などからも事情聴取するなどして,自殺の真相解明のために誠実に調査をする義務がある。

さらに,原告らと被告県の間の特別の関係に基づき,当該法律関係の付随的権利として,信義則上,原告らはAの学習成績のほか学習態度,生活態度,交友関係など生徒の教育ないし生活に関して報告を受ける権利を有しており,Aの自殺の原因が学校に関係していると疑う余地がある場合には,学校が自殺の原因について調査した結果の報告を受ける権利を有しており,学校は調査結果を原告らに報告すべき義務がある。

しかしながら,学校は被告生徒らに対して十分な事実調査を行っておらず,Aや被告生徒らが所属していたクラスの他の生徒に対してもAの様子やAとの関わりに関する事実調査をしないなど,誠実に自殺の原因を調査すべき義務を怠った。また,原告らは学校に対し,吹奏楽部で行ったAに関する事実調査の結果の報告を求めたが,学校はこれを拒否しており,調査した結果を原告らに報告すべき義務も怠った。

このように,学校はAの自殺の原因についての調査報告義務を怠り,原告らに精神的損害を与えたから,学校の設置者である被告県は原告らに対し,原告らの被った損害について債務不履行又は国家賠償法1条に基づき賠償する義務を負う。

イ 被告県の主張

学校が,在学関係にある生徒の保護者に対し,信義則上,学校における生徒の行状や指導内容について,必要に応じ報告をすべき義務を負っていることは当然であり,本件において原告らは自殺の原因が学校生活に起因するものと考えて学校に調査報告を求めてきているから,これらの点に関して学校が把握している経緯等について,保護者に報告すべき義務を負っていることについては特に争わない。

しかし,原告らが主張する調査義務については,どのような根拠に基づき,どのような内容,範囲で発生するものか不明であり,法的義務として調査義務を負っているという主張は理由がない。どのような調査を行い,保護者に報告するか否かについては,具体的な状況に応じて教育目的を損なうことのないよう,その効果や弊害を考慮して判断されるべきであり,その判断は教師や学校の現場での判断に委ねられるべきである。

そして,○○高校のG校長(以下「G校長」という。)は,関係各教諭から詳しく事情を聴き,平成10年7月31日から8月1日にかけて吹奏楽部全員を対象に作文を書かせ,あわせて吹奏楽部の顧問教諭が分担して部員全員から聞き取り調査を行い,9月上旬にはC教諭がA及び被告生徒らの所属するクラスの生徒を対象に情報提供を呼びかけ,Aと親しかった生徒のKに作文を書いてもらうなどの調査を行った。この調査の中で,2名の生徒から被告生徒らの言動の中にはAが気にしていた言動があったことが確認できたが,それらの言動の真意はAを支えようとする,あるいは吹奏楽部員としての立場を高めようとする友人としての働きかけとみられるものであった。

以上の調査を行い,学校はいじめを行っていたと捉えられるような言動を特定できず,Aに対するいじめがあったと認めるに足りる目撃証言等や事実経過がなく,Aの自殺の原因が被告生徒らによるいじめにあったとは認められなかったため,G校長は平成10年9月10日にいじめという認識はしていない旨原告らに報告したのであり,学校は必要な報告をしているから,調査報告義務違反はない。

(4)  争点(4)(原告らの損害額)について

ア 原告らの主張

(ア) Aの損害

a 逸失利益 5491万7518円

Aは,自殺当時15歳であり,平成10年度賃金センサス全労働者全年齢平均収入額499万8700円を基礎として,就労期間を18歳から67歳まで(ライプニッツ係数15.6948),生活費控除を3割とすると,Aの逸失利益は5491万7518円となる。499万8700円×(1−0.3)×15.6948=5491万7518円

b 慰謝料 2000万円

自殺当時15歳であったAは,被告生徒らのいじめにより,悩み,心因反応(うつ状態)にまで陥り,苦しみぬいたあげく命を絶たなければならなかったのであり,その精神的,肉体的苦痛は計り知れない。Aが被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は2000万円を下るものではない。

c 相続

原告らは,Aの死により,上記a及びbの損害賠償請求権合計7491万7518円を,それぞれ3745万8759円ずつ相続した。

(イ) 原告らの損害

a Aの死亡による慰謝料 各500万円

原告らは,いまだ15歳の最愛の一人娘を,いじめによる自殺という最も悲しい形で失った。それによる原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は,各自500万円ずつが相当である。

b 葬儀費用 各60万円

Aの葬儀費用について,原告らそれぞれにつき60万円ずつを被告らの負担とするのが相当である。

c 被告県の調査報告義務違反による慰謝料

各100万円

被告県の不法行為又は債務不履行の継続により,原告らは最愛のAの自殺という衝撃に加え,自殺の原因となりそうな事実の究明を阻まれ,筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を強いられた。

原告らの精神的損害に対する慰謝料として,被告県は原告らに各100万円ずつ負担するのが相当である。

(ウ) 小計 原告ら各4405万8759円

(エ) 弁護士費用

弁護士費用として,原告ら各440万円を被告らの負担とするのが相当である。

(オ) 結論

よって,原告らはいずれも,被告生徒らに対しては不法行為に基づき,被告県に対しては国家賠償法1条又は債務不履行に基づき,連帯して4745万8759円及びこれに対する不法行為の後である平成10年7月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,さらに被告県に対し,国家賠償法1条又は債務不履行に基づき,100万円ずつ及びこれに対する本訴状送達の日である平成13年8月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 被告Y1の主張

争う。

ウ 被告Y2の主張

不知又は否認する。

エ 被告Y3の主張

争う。

オ 被告県の主張

争う。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(被告生徒らの違法行為とこれによるAの精神的苦痛及び自殺)について

(1)  事実経過

前記「争いのない事実等」,証拠(甲2から6,13の1・2,14から16,18,20,23,25,26,28,乙1,3から5,7の1・3・10・11から13・14・17,8,12,14から17,18の2・4・9・11・12,19から22,丙2の2,5,丁1,戊1,2,証人F,証人C,証人E,証人D,原告X2,被告Y2,被告Y3,被告Y1)及び弁論の全趣旨を併せると,次の事実を認めることができる。

ア Aは,平成10年4月に○○高校に入学し,被告生徒らと同じクラスに所属していた。クラス内では主に3つのグループに分かれ,A,被告Y2及び被告Y3はそれぞれ別々のグループに属し,被告Y2及び被告Y3はAと挨拶を交わす程度の仲であった。Aと被告Y1は同じグループに属しており,ともに行動することが多かった。

Aは,小学生のころ○○高校吹奏楽部の演奏を聞いて感動し,同校の吹奏楽部に入部することを夢見て中学校のときも吹奏楽部に所属し,パーカッションを担当した。そして,○○高校に入学してからも吹奏楽部に入部し,トロンボーンを担当することになったが,Aにとってトロンボーンは初めてであった。

被告Y2及び被告Y3もAと同じくトロンボーンを担当していたが,両人は中学校在学中も吹奏楽部に所属してトロンボーンを担当していた。

被告Y1は,吹奏楽部においてトランペットを担当しており,中学校在学中もトランペットを担当していた。

部活動の練習は,各パートごとに分かれて行うパート練習,合奏練習,全体練習があり,各パートにはパートリーダーが一人置かれ,楽器の初心者にはパートリーダーが付いて指導することになっていた。そして,Aの練習の指導には当時の3年生のパートリーダーが付いて指導していた。トロンボーンパートの中にはさらにファースト,セカンド,サードなどのパートに分かれ,それらの各パートごとに練習することが多く,被告Y2及び被告Y3は同じセカンドパートに属し,合奏のときの席も隣同士であり,よく話をする仲であった。パート練習の際,1年生である被告Y3,被告Y2,Aの3人だけが一緒に練習することもあったが,3人の中からAだけがはずれることがあった。また,同じパート内で経験や技能の差により異なる練習メニューをこなすこともあり,Aは平成10年4月ころ,同じトロンボーンパート内で被告Y2及び被告Y3らと経験の差により練習メニューの内容が異なることに不満を持っていた。

(甲18,乙21,丙5,丁1,戊1,証人F,証人C,原告X2,被告Y2,被告Y3,被告Y1)

イ Aは,平成10年4月下旬ころから,登校時,お腹が痛い,足が痛いと玄関に座り込んで登校しないこともあった。Aは同月23日早退し,翌24日は欠席し,連休明けの同年5月6日から同月8日(水曜日から金曜日)まで続けて欠席し,同月12日(火曜日)は早退し,翌13日,15日と欠席した。また,吹奏楽の練習を休んだり,練習に遅刻したりすることもあった。Aは,そのころ,原告X2に対し,「部活は1年生の人間関係があまりうまくいっていない。いくつかのグループができていて,お互いの悪口を言っている。その悪口を聞く立場になっていて,すごく嫌だ。想像していた部活ではなかった。」,「一緒のトロンボーンパートの子が,すごくしゃべり方がきついんだよね。」などと述べていた。

(甲18,原告X2)

ウ F指揮者は,平成10年5月のゴールデンウィークの前後ころに,当時の3年生からAが他のトロンボーンパートの1年生に厳しいことを言われて落ち込んでいる様子だがどうしたらよいかと相談を持ちかけられ,Aと同級生であるL及びMからも,Aが被告Y1にきついことを言われているという話を聞いた。また,平成10年6月ころには原告X2からもAが被告Y2及び被告Y3からきついことを言われているという相談を受けた。F指揮者が,パート練習の際,Aが廊下で泣いており,LとMが傍らに寄り添っているのを目撃したこともあった。

そこで,FはAの様子をうかがい,本人に何度か確認したが,本人は大丈夫であると明るく答えるだけであった。Fは,Aの入学当初から,同人が被告Y1と普段一緒に行動しているところを見ており,二人は仲が良いとの印象を持っていた。

(甲16,証人F)

エ Aは,平成10年4月23日に初めて保健室を訪れ,このときは友人が拒食症になったという内容の相談を持ちかけた。その後もAは腹痛等の理由で度々保健室を訪れたが,そのときは被告Y1や他の生徒らとともに来ることが多く,Aと被告Y1が普通に話をしていることもあった。E教諭がAに嫌なことがないか尋ねても,Aは何もないと明るく答えていた。

Aは,5月の連休明け,保健室を訪れた際,E教諭に対し,アトピー性皮膚炎で顔がかゆいと訴えた。E教諭は,Aに対し,病院に行くことを助言したが,アトピー性皮膚炎はストレスにより悪化することがあるので,Aに対し,ストレスや悩み事があるか尋ねたところ,Aは何もないと答えたので,それ以上深く尋ねなかった。Aは,その後も,頭痛,腹痛等を訴えてしばしば保健室を訪れた。5月26日には,Aは,保健室内で,「何度洗ってもきれいにならない。」と言って,1時間も手を洗い続けた。E教諭はAにストレスがあるものと考えていた。

(乙12,20,証人E)

オ 原告X2は,Aが遅刻や欠席があることやAの話の内容からAが対人関係の悩みを抱え,学校に行くのが辛そうであることを強く感じ,母親として対応に苦慮していたため,平成10年5月16日に開催された吹奏楽部の父母会の顔合わせ会後,Aのクラス担任であり,かつ,吹奏楽部の顧問でもあったC教諭に対し,Aの悩みを打ち明け,Aが練習を休みがちであることや,被告Y2及び被告Y3からきつく言われたと述べたことなどを話した。原告X2は,C教諭が,原告X2の話を丁寧に聞き,親身になってAのことを考えてくれるものと思い,学校側の対応を期待した。

しかし,C教諭に相談した後も事態は何も変わらなかったため,原告X2は,同月下旬ころ,Aの友人であるNの母に相談したところ,青少年相談センターを紹介され,青少年相談センターに電話して事情を説明した上,早く相談したかったため,Aの了解を取らずに,相談を電話予約した。

(甲18,証人C,原告X2)

カ Aと同級生で同じクラスに所属し,吹奏楽部員である前記Mは,平成10年5月16日,原告X2に誘われてA宅に泊まりに行った。それ以降,AとMはほぼ毎日電話で話をしていたが,その中でAはMに対し,被告Y1から「アトピーが汚い。」,「なぜ学校に来られないのか。」,「部活に邪魔」などと言われたこと,被告Y1が毎朝迎えに来ることがしつこくて嫌であることなどを話した。被告Y2及び被告Y3に関する話はなかった。

また,Mから見て入学当初はAと被告Y1の仲が良さそうに見えたが,Aが上記の悩みを打ち明けたころから,部活動の練習中に被告Y1がAから話し掛けられても無視するようなこともあった。

(乙21)

キ Aの友人であるNは,Aの家に遊びに行く途中で,一緒に下校中のA及び被告Y1に出会ったことがあり,被告Y1がAを蹴るところを目撃した。被告Y1は空手の経験者であり,蹴り方は強いものであった。

(甲26)

ク 原告X2は,平成10年6月上旬,学校に行きたがらない等Aの状態が好転しないことから,E教諭にAが学校に行きたがらないことや,精神的に不安定な状況になっていることなどについて相談した。また,原告X2は,6月7日には,F指揮者に対し,同じトロンボーンパートの被告Y2と被告Y3のことや被告Y1のことでAにストレスがあると相談した。その後も,原告X2はF指揮者に3,4回相談した。

また,原告X2は6月8日,Aに青少年相談センターを紹介し,同人に行く意向があるか確認したところ,本人は意欲的であったため,Aに対して6月17日に予約がとれた旨伝えた。

(甲18,乙20,証人E,証人F,原告X2)

ケ 原告X2は,平成10年6月12日,Aのアトピー性皮膚炎が悪化してきたことから,精神的なものが原因と考え,Aに皮膚科かメンタルクリニックを受診するよう勧めたところ,同人が後者を選んだことから,Aをメンタルクリニックに受診させた。

その際,Aは医師に対し,吹奏楽部では今までやっていた人々と差がありきつい,皆がよく悪口を言う,悪口を言っている中にひきこまれ,嫌だと思っていた,朝の練習に行こうとすると頭痛などがあり行けない,午後の授業は受けるが午後になるとまた熱が出て部活動ができなくなる,コンクールで金賞を取った高校なので吹奏楽部は辞めたくない,初心者は自分ともう一人なので,同じパートの人達は中学校からやっており,実力の差がありつらい,中学校のときから嫌われている人がいた,その子との間に入ってきついこともある,一緒に毎日朝の練習に行く子が音大を目指している子で,毎日自分のことを話され,それもストレス,先輩に好かれているらしくベタベタしているのも見ていられない,などと訴えた。医師はAにドグマチールを処方し,精神療法を継続することとした。

(甲18,23,原告X2)

コ 平成10年6月16日に保護者面談があり,原告X2は同日,C教諭に対し,Aがメンタルクリニックを受診したときに話した内容を伝えた。C教諭は,被告Y2及び被告Y3との関係については3年生のパートリーダーの先輩に付いて練習をしたらどうかと助言し,被告Y1が毎朝迎えに来ることについては別々に登校したらどうかと助言した。そして,C教諭は原告X2の話の内容をD教諭に報告した。

(甲18,乙19,証人C,証人D,原告X2)

サ Aは,平成10年6月17日,青少年相談センターに行き,同センターのJ相談員(以下「J相談員」という。)に対し,吹奏楽をやりたいとの希望で○○高校に入学し,同校の吹奏楽部は全国レベルの実力を持ち練習もハードという評判であったが,それを覚悟の上で入部したものの,部活動のレベルが高く,練習について行けない状態となっており,部活動の時間になると微熱が出るようになったこと,クラスには中学校時代からの天敵の子がおり気が抜けない状況となっていることなどを相談した。また,Aは中学校の時と異なる楽器を担当することとなり,トロンボーンの練習の成果が思うように上がらないこと,同じトロンボーンを担当する被告Y2及び被告Y3はトロンボーンを上手く演奏でき,Aはハンディキャップを感じていること,被告Y2及び被告Y3は時折練習を怠り,Aに先輩が来たらトイレに行っているなどと弁解するよう依頼し,Aはそのために嘘をつくことを重荷に思い,練習に身が入らないこと,中学校時代あまり仲が良くなかった生徒が同じクラスに在籍し,当該生徒の視線が気になり落ち着かない状況にあること,主治医からは部活動を自粛するか辞めるように言われたことなどを訴えた。さらに,Aは部活動を辞めることになれば学校も退学するかもしれず,部活動を辞めたくないこと,朝休んでいるときに親から学校に行くのか否か問われると余計に辛くなることなどを話し,J相談員はAの症状について,演奏の技術的な差を埋めなければならないこと,友人関係でいじめに似たプレッシャーを受けていること,学校を欠席することによる勉強の遅れなどが,周囲の期待と相まってプレッシャーを感じるようになったと考えた。

そして,J相談員は面接時に,原告X2がAに対しかなり高い期待を抱き,知らないうちにAにプレッシャーを与えていると思われる場面が見られたこともあり,相談後,原告X2にAを学校に行くように言ってプレッシャーを与えてはいけない旨助言した。

(甲15,18,原告X2)

シ Aは,平成10年6月23日にメンタルクリニックを受診した。その際,Aは医師に対し,授業中苦しくて保健室で休んでいると,「サボりだ。」と思われて,「中ビケした方が正当じゃんよ。」と言われたり,4時間目に行くと「具合はよくなりましたか。」と嫌味を言われた,学校の往復もクラスも一緒なので常に嫌な事を言われたなどと訴えた。医師は,Aの症状について「心因反応(うつ状態)」と診断し,原告X2が診断書を持って被告Y1の家に説明に行くことが話し合われた。なお,Aが医師に対し,訴えた嫌味は被告Y1からのものであった。

受診後,原告X2はAの診断書を持参してC教諭を訪ね,C教諭とその場にいたD教諭に診断書を見せてAのアトピー性皮膚炎が悪化したことや,学校へ行けないことで悩んでいることなどを説明した。C及びD両教諭は,しばらくの間部活動を休むことや,学校を休んで体調を直すことなどを提案した。原告X2は,Aと被告生徒らが別のクラスになればAも頑張れるかもしれないので,2年生に進級する際には別のクラスにしてもらえないか相談したところ,上記両教諭はクラス編成の約束はできない旨回答した。そして,C教諭はその後,F指揮者に対し,Aの体調が良くないため注意して見てあげて欲しいと依頼した。また,このころ,吹奏楽部内で複数の生徒が体調を崩しており,顧問会議などの場でその生徒について話し合う機会があり,その生徒の中にはAの名前も挙げられていた。

また,原告X2はそのころE教諭のところへ相談に行き,青少年相談センターに行った際にJ相談員から,学校に行くようプレッシャーを与えないように指導を受けたこと,Aが辛い思いをしている原因が被告Y1にあり,被告Y1がつらい口調で話したり,ときには叩いたりすることなどを伝えた。E教諭は,Aと被告Y1の普段の様子から原告X2の話がにわかに信じがたいと思い,もう少し二人の様子を見ていくことを決めた。

(甲2,16,18,23,乙19,20,22,証人E,証人C,証人D,原告X2)

ス 被告Y1は,Aと一緒に始業前の部活動の練習に参加するため,毎朝Aを迎えに来ていた。そして,Aは被告Y1に先に学校に行くよう話しても,被告Y1はAのことを待っていることもあった。

原告X2は,平成10年6月26日,被告Y1宅を訪れ,Aから何も聞いていない振りをして,被告Y1にAが学校に行けない原因について知っていることを教えてほしい旨依頼し,いじめの実態について報告して欲しいこと,Aが学校に行けない状態であるため毎朝迎えに来ないで欲しいことなどを伝えた。被告Y1は,この日以降Aを迎えに来ることはなくなった。

(甲18,原告X2)

セ 平成10年6月ころ,吹奏楽部員でAと同級生である前記Lが,Aから「被告Y1に『部活動の練習に来ないから,みんなの足を引っ張っている。』と言われているので,被告Y1に注意して欲しい。」との相談を受け,被告Y1に事実を確認した。被告Y1はそれに対し,そのような発言はしていないと述べた。

そのころ,被告Y3は同級生から,Aが,被告Y3と被告Y2が2人だけでよく話をしていることで悩んでいるということを聞かされ,被告Y2,Aと3人で会い,Aに対し,被告Y3と被告Y2のせいで悩んでいるのかと尋ねた。Aは,その際,そのことを否定した。

また,C教諭は,6月26日,Aが登校しないこと等に関し,被告Y3に事情を聞こうとしたが,被告Y3から,「Aの母が私たちを悪く言っているのでしょう。」と言われ,それ以上話をすることはできなかった。

そのころ,被告Y2と被告Y3は,Aと公園で部活動について話し合ったが,その内容は,被告Y2と被告Y3がAに対し,仲間はずれにしていると苦情をいうことを強くなじるものであった。

3年生のOは,Aが遅刻して途中から練習に出るので,被告Y2,被告Y3がAに対し冷たい態度を取り,Aがトロンボーンパートの中でうまくいっていないと感じていた。

そのころ,原告X2は,F指揮者に対し,Aが被告Y2,被告Y3から公園に呼び出され,注意を受けたことやPHSのストラップが派手である等きついことを言われたことを伝えた。F指揮者は,これをC教諭とD教諭に知らせた。

(甲14,乙18の2,乙19,丙5,丁1,証人C,証人F,被告Y1,被告Y3)

ソ 原告X2は,平成10年7月6日,Aと一緒に青少年相談センターに行った。原告X2はJ相談員との個別面接で,Aが学校に行く時間になると腹痛のためトイレから出ず,学校に行くのかどうか聞いても返事をしないこと,トイレから出てきたAと言い争いになることもあり,今日も言い争いがあったことなどを話した。その後,AはJ相談員との個別面接で,今朝原告X2とけんかになったこと,自分は遅刻しても登校するつもりであるが,原告X2からしつこく登校するよう言われると余計に腹痛になること,原告X2は顔を見ると学校へ行くのか,部活動はどうするのかなどと聞き,また部活動は辞めた方がよいなどと嫌味を言われ,プレッシャーをかけられるとますます気持ちが滅入ってしまうことなどを話し,また自分は祖母に対して迷惑をかけていること,自分はいない方がよいのではないかと思うこともしばしばあることなどを話した。

その後,Aは横浜八景島シーパラダイスへ行くことを希望したため,原告X2はAを連れて遊びに行った。そして自宅へ帰る途中の電車の中で,Aは急に目に涙を浮かべながら,被告Y1に「顔が醜い。」,「早く直せ。」,「かゆいぐらいで大げさだ。」などと言われたこと,遅刻して登校したときに「もう仮病は直ったの。」と言われたこと,さらに「無責任」,「怠け者」などと言われたこと,被告Y1が冗談の振りをしてぶつのが痛いことなどを原告X2に打ち明けた。原告X2がAから上記の話を聴いたのはこのときが初めてであった。

(甲15,18,原告X2)

タ 原告X2は,平成10年7月7日,E教諭に連絡し,前日にAが自分に打ち明けた内容を伝え,Aが保健室に来たときは被告Y1をそばに近づけないようにして欲しいと要望した。また,原告X2は同日,F指揮者に対し,Aの診断書のコピーを渡した。

(甲18,原告X2)

チ C教諭は,平成10年7月9日,たまたま職員室でAと会い,アトピー性皮膚炎が悪化していたので同人に無理はしないように伝えた。C教諭は同月10日から24日まで休暇を取った。

(乙19,証人C)

ツ 原告X2は,平成10年7月10日,C教諭と話をするつもりで学校に行ったが,C教諭が休暇をとっていて不在であった。そして,原告X2はクラスの副担任のH教諭と会い,毎朝学校に出欠の連絡をすることに関し,出欠の確認をAにするとプレッシャーになるから連絡をしないで済ませることができないか相談したが,上記H教諭は一応連絡するようにと答えた。その後,原告X2はE教諭と会い,上記H教諭から毎朝出欠の連絡をするよう言われたこと,Aが友人の家に泊まっており,自分と会いたがらないでいること,その友人の母親を介して衣類を渡していること,被告Y1は自分がAに近付くとAの具合が悪化することを知って,あえてAに近付くことなどを話し,Aが授業を欠席してもせめて部活動だけでも出席させることができないか相談した。E教諭はそれに対し,Aがそうしたいなら構わないのではないかと答えた。E教諭は原告X2から相談を受けた後,D教諭に話の内容を伝え,今度Aが来たときに両教諭二人で話を聴くことを決めた。

(甲4,18,20,乙20,証人E,原告X2)

テ 原告X2は,平成10年7月15日の朝,Aが同月23日の吹奏楽部の地区大会に出場する意向を持っているのに練習に参加できないでいることから,Aに対し,「コンクールに出るのなら練習に行かなければならないから,コンクールに出るのか出ないのか,そろそろはっきりしようよ。」と決断を促した。そうするとAは,原告X2に対し,「おまえだよ。」と言い,原告X2を強く睨み付けたことから,原告X2はAの頬を平手で1回叩いたところ,Aも原告X2の顔を叩き返し,居間から立ち上がって玄関に向かおうとした。そこで原告X2はAを後ろから両手で抑えようとし,落ち着くよう促すと,Aは10分だけ待つと言って力を抜き,原告X2が少し後退すると,Aはポケットからカッターナイフを取り出して原告X2の方に向けた。原告X2は原告X1やAの親友等に連絡し,Aはしゃがみ込んで身動きしないままカッターナイフを原告X2の方に向けていたが,親友が到着したころには倒れ込んでいたため,原告X2がそばに寄ってAの手からカッターナイフを取り上げた。

その後,Aが落ち着きを取り戻したことから,原告X2は同日昼ころ学校に行き,D教諭に上記の出来事を話した。原告X2は,その他に被告Y1が毎朝迎えに来ることでAが悩んでいることをD教諭に話し,被告生徒らに対する指導も含めた適切な対応を求めた。D教諭は原告X2からの相談内容をG校長には報告しなかったが,吹奏楽部の顧問教諭には報告し,F指揮者にはAのことを注意して見るように依頼し,E教諭にも知らせてAが登校したときは一緒に話を聴くことを話し合った。

原告X1は,同日午後,Aを連れて青少年相談センターに行った。Aはその際,今朝原告X2と登校するか否かで問答があり,原告X2があまりにうるさいのでポケットの中のカッターナイフを取り出し,こっちに来ないでという制止の意味でかざしたこと,他人や親を傷つける気持ちは全くなく,自分自身を痛めた方が気持ち的には楽であることなどを話した。

(甲15,18,28,乙22,証人D,原告X2)

ト 原告X2は,平成10年7月17日,Aと一緒に学校まで登校しようとしたが,Aは途中で引き返し,原告X2だけが学校に向かった。そして,原告X2はD教諭と面談し,青少年相談センターでの指導内容を話し,Aが終業式の後に学校に行くと言っているため話を聴いてあげて欲しいこと,その結果を自分に知らせて欲しいことなどを依頼した。

また,同日,A又は原告らはメンタルクリニックにおいて,空手有段者の友人から暴力的なこともあったこと,「醜い」,「汚い」などのひどい言葉を浴びせられていたことなどを医師に述べた。

(甲18,23,乙22,原告X2)

ナ 平成10年7月18日には終業式があり,Aは途中まで原告X2に付き添われながら終業式の後に登校して,E及びD両教諭と面談した。その際,Aは中学校の時の教諭と被告Y1を沈めたい,被告Y1には友達はいない,自分は彼女に言われたことに何も反発しない,そうすれば彼女の性格が直ることもなく,友達もできず彼女は不幸になる,それが私の復讐だなどと述べた。E及びD両教諭は,この日はAの言い分を聴くことに専念し,話を掘り下げて聴くことはしなかった。D教諭はAが気持ちの整理ができたと感じて,同人に話したいことがあればいつでも来るようにと伝えた。

その後,E及びD両教諭は引き続きAの様子を見ていくことを決め,D教諭は原告X2に対して,Aが述べたことを伝え,Aがいろいろ話してくれたのでもう大丈夫だと思うと伝えた。

(甲4,18,乙16,乙20,22,証人E,証人D,原告X2)

ニ 原告X2は,平成10年7月21日,Aがこの日も登校できなかったことから,夜8時ころにAを外出に誘い,帰る途中でAは原告X2に対し,「優しい心が一番大切だよ。その心を持っていないあの子達の方がかわいそうなんだ。」と述べた。

(甲18,原告X2)

ヌ 平成10年7月22日は,翌日に吹奏楽の地区大会が開催されることから,公会堂を借り切って朝9時から練習が行われたが,Aは朝から練習に参加できず,アトピー性皮膚炎が悪化したことから皮膚科を受診した後に練習に参加することにした。そして,午後4時に公会堂に到着し,練習に参加した。

(甲18)

ネ 平成10年7月23日に吹奏楽の地区大会が行われた。Aは当日の朝,なかなか学校に向かうことができなかったが,途中まで原告X2に付き添われながら学校に向かい,大会に参加することができた。○○高校は大会で予選を1位で通過した。

大会終了後,Aは吹奏楽部員のLに世話になった礼を言いたいと言って同人を探し,同人に礼を言ってから,原告ら及びAはF指揮者や他の生徒及びその両親らとともに食事をした。

(甲18)

ノ 平成10年7月24日,Aは怖くて学校に行けないと言い,家から出られないでいた。同日午後に青少年相談センターの予約が入っており,Aは当初行くことに消極的であったが,原告X2がAを外に連れ出したことから,Aは相談に行くことにした。そして,J相談員との三者面談において,Aは地区大会の結果を笑顔で報告し,先輩からの言葉が励みになったこと,トラブルのあった同じトロンボーンパートの同級生からはパートで吹けない部分があるなら吹く真似をしていればよく,自分たちがカバーする旨言われ,少し安心した気分で演奏会に臨んだこと,いい結果が出て嬉しいことなどを話し,J相談員がその同級生とお互いに認められる存在になったのかと問を投げかけると,Aは軽くうなずき笑顔を見せるなどし,また最近は原告X2も考え方が少し穏やかになってきたので,気持ちが楽であると話した。さらに,原告X2との話の中で,Aが以前からゲーム機が欲しいとの要求をしていたものの,原告X2は「家はゲーム機を買わない主義。Aにはクラブ活動があるでしょう。」などと話し,Aが「私がリラックスできる場所はないじゃない。」などと訴えるやりとりもあり,J相談員からはAが両親の期待を一身に背負っている様子がうかがえた。また,Aはもう割り切れたから大丈夫であると告げて明るく振る舞っており,J相談員もAが当初に比べて随分元気になったと述べた。

青少年相談センターから帰る途中,Aは原告X2に対し,自分が被告Y2及び被告Y3に呼び出されて作った話し合いの場において,同人らから言われたことなどを話し始めたので,原告X2はその内容をメモにとった。Aの話の内容は,「文句があったら話し合いの最中に言え,後で思い出して文句言われてもこっちも切れる」などと言われたこと,自分の事は棚に上げてAに完璧を望むこと,Aがあくびをしたときに緊張感が足りないからしっかりしろと言われたこと,○○高校吹奏楽部なんだからと言ってAの行動を制限しようとすること,口調がきついこと,2人がすぐ一緒になって行動し,Aを仲間に入れようという雰囲気がないこと,Aが2人の中に入ってこないのに自分達が先輩から仲間はずれにしているように見られて迷惑である旨言われたこと,2人で仕事をしていて,Aが手伝おうとするといいと言っておいて,後からAは何もやらなかったと責められること,譜面も読めないのにロングトーンをやるなと言われたこと,部活動を休むときや遅刻するときは先輩に連絡する前に自分に連絡しろと言われたことなどであった。

その後,Aと原告X2は午後6時を過ぎたころにAの友人である前記Nと会い,一緒に買い物をしていると,AのPHSに何度か電話がかかり,そのうちの1回は被告Y2からのもので,同人はその際,「髪型とか花とか,高校生だからって分かるけど,なんかけじめつけて。みんなやりたいのにさあ,化粧とかもしてないじゃん。だからなるべくさあ,鞄につけるのは,ついてるからいいけど,ついてるのはいいけどさあ,あんまじゃらじゃらつけないで。」と述べた。Aは被告Y2の言葉をPHSに録音し,録音後にPHSを原告X2に差し出してガッツポーズをするなどして喜んだ。原告X2はそれを見て,F指揮者に見てもらうことを考え,同人宅に行くことを提案し,Nとともに3人で同所へ向かった。そして午後7時30分過ぎころF宅に到着し,原告X2はF指揮者にAが話した内容を記載したメモを見せ,PHSの録音内容を聞かせて,Aに確認しながらAが原告X2に述べたことを話した。そして,F指揮者は様々な話をし,Aに「絶対死ぬなよ。」などと言って励ました。Aはこの間,自分から積極的に話すことはなく,明るい雰囲気になることはなかったが,時折笑顔を見せることはあった。

原告X2らは午後11時30分過ぎころに帰宅したが,このときはAの様子はとても明るく,深夜2時ころまで原告らと3人で話し込み,Aは「明日は絶対学校に行くから起こしてね。」と明るく言って就寝した。

(甲13の1・2,14,15,16,18,証人F,原告X2)

ハ Aは,平成10年7月25日の朝に起床したときは普段より楽しそうな様子であり,「今日は行く。」と述べていたが,次第に気分が落ち込んでいく様子を見せ,庭を眺めたり,玄関と居間を往復したり,衣類も原告X1に促されてやっと着るような状況であり,「動かなきゃ何にも始まらないのは分かっているんだよね。」と言うなどして落ち着かない状況であった。そして,午後3時ころになってAはいったん学校へ行く決心をし,原告X1に付き添われて自宅を出た。そして,学校に行く途中でAの友人である前記KからAのPHSに電話があり,Aは自分が今いじめられている旨の話をしていた。その後,Aの学校へ向かう足取りが次第に重くなり,「怖い。」と言ってその場に立ちつくしてしまったため,原告X1はAをおぶって帰宅した。

二人が帰宅した後,原告X2は玄関で,被告Y2から電話があるかもしれないからそれに備えて録音の準備をすることを提案したところ,原告X1はそういう問題ではないと言って反対し,原告X2はその録音テープがAのお守りになるかもしれない旨述べたところ,Aは「もういい。」と言って居間の方に行った。そしてAはしばらくの間庭を眺めていたが,原告X2と若干の会話を交わした後,「ごめんね。」と言ってトイレに入り,同所において首を吊って自殺を図った。原告X2は普段と様子が違うと思い,トイレのドアを開けてAの状態に気付き,その後Aは病院へ搬送されたが,7月26日の時点で医師から脳死状態であると告げられ,7月27日午前9時5分に死亡した。

(甲18,28,原告X2)

ヒ Aの死亡後,G校長やI教頭(以下「I教頭」という。)は,A及び原告X2と接していたE,C,D各教諭,F指揮者に対し,Aらとの話し合いの経緯等について事情を聴取した。

また,G校長は平成10年7月27日,神奈川県に対し,同日までに調査した事項として,Aは6月ころから授業中は保健室にいて,放課後に部活動に参加する状況となったこと,6月に母親がAの心因性うつ病との診断書を持参して来校したこと,今回の件でAと関わりのある生徒が3人いることが分かっていること,Aと他の1年生のトロンボーン奏者との間に指導する者とされる者という関係ができて人間関係が悪化したこと,Aは表面的には明るく,悩みなどの素振りは見せなかったこと,C教諭の助言に対し,本人は部活動を続けると言い張ったことなどの各事実を報告した。

(甲4,乙3,7の1,14から17,証人E,証人C,証人D)

フ I教頭は,平成10年7月29日,被告生徒らの家に架電して被告生徒らの様子やAとの関係などについて事情聴取し,G校長は同月31日にその模様を神奈川県に報告した。また,I教頭は8月10日,同11日やその他の日も被告生徒らに架電しており,その中で被告Y2はショックから立ち直り,精神的には大丈夫であること,疑いがかけられている限り,部活動には参加しないことなどを述べ,被告Y3は精神的には立ち直っていること,いじめはやっていないこと,部活動を辞めたいことなどを述べていた。

(乙7の3・10)

ヘ G校長は,Aの自殺の原因に関する調査の一環として吹奏楽部員から事情を聴取することを決め,D教諭は平成10年7月31日,Aと直接どのような関わりがあったか,今後の部活動をどのように運営していくかなどのテーマについて吹奏楽部員全員に作文を書かせた。

Oは,上記の作文の中で,今後の部活動についてAに起きたことを少しでも多く解決していくべきだと思う,自分は全く知らないが,Aがいじめにあっていたことだけ聞いたなどと記載した。

Pは,1年生が次第に友人関係のことで相談にくるようになった,大体は解決したが,Aの問題は難しいようだった,Aが友達から悪口をずっと言われるとの話をAの友人から聞いたなどと記載した。

Qは,入学当初はAと仲が良く,被告Y1と3人で部活動後にいろいろな話をした,5月終わりころからAと次第に話さなくなってきた,保健室でAから,なぜ自分は友達ができないんだろう,中学校のときは楽しかったのに,今は楽しくないと相談されたなどと記載した。

被告Y2は,自分はAと普通に接してきたと思っている,自分自身気付かないところでAに対して冷たくしていたかもしれないけど,自分はいじめたつもりはない,でも自分が思っていなくてもAがそう思っていたなら心から「ごめんなさい」と謝りたい,もう少し気遣ってあげればよかったと思ったなどと記載した。

被告Y3は,Aと普通に接したつもりである,ただ同じパートなので,合奏中寝ちゃだめだと注意したことはある,でもそれは他の人がやっていたとしても注意していたと思う,ただAにとってはその注意がいじめられていると感じたのかもしれない,だいぶ前に被告Y2も含めて三人で話し合いをし,Aが自分達のせいで部活動をずっと休んでいると聞いたのでそれは本当かと確かめたが,Aはそのとき違うと答え,部活動を休んでいるのは被告Y1とちょっとあってと言ったなどと記載した。また,被告Y3は平成10年10月ころに原告らからの手紙に対する返事の手紙(甲25)を書き,その手紙の中で,教室では3つのグループに分かれ,A,被告Y2,被告Y3がそれぞれ別々のグループに属しており,Aとは挨拶程度の会話しかしなかった,部活動中に寝ていたAに何度か注意したことはある,5,6月ころある生徒から,自分と被告Y2のせいでAが悩んでいると聞かされ,そのころ自分と被告Y2がよく話をしていてAが一人でいることがあり,自分は仲間はずれにしているつもりもなかったので驚いた,そして被告Y2とAと三人で話し合いをし,Aが部活動を休みがちなのは自分達のせいか確認すると,Aは2人のせいではない,中学校で一緒だった被告Y1とQの仲が良く,自分が一人になってしまうと言っていた,部活動の練習中,Aが一人で教室の隅で練習をしており,自分が「こっちに来てやっていいよ。」と言ったところ,Aは被告Y1から面と向かって「あんたのせいで全国に行けない。」と言われたと話していた,格技場での練習のとき,Aが遅刻すると聞いたのでAの分の譜面と楽器を用意したが,Aは欠席したので,欠席するなら楽器等を用意する自分達に連絡して欲しいと思って被告Y2と一緒にAに電話した,などと記載した。

被告Y1は,Aと友達であると思っていたので,良くない事は指摘した,しかし今考えるときつく言い過ぎていたかなと思う,自分は影で言われるのが嫌で,直接自分に言って欲しいと思うため,多少きつくても本人に言って,直して欲しかった,それがAにとってとても嫌だったんだなと反省している,もう遅いが自分の考えを人に押し付けたら良くないと教えられた,自分がAに具体的にどんなことを言ったのかほとんど覚えておらず,悪意は全然なかった,しかし自分の非を認めないわけではなく,悪かったと思っている,自分はAと友達だと思っており,自分もAから注意してもらっていたので,何でも言える仲だと自分一人で思っていた,Aは影で悪口を言われていたので,自分はそれを本人に,自分が言ったという形で伝えた,それが嫌だと思ったらA本人が自分に言ってくれると思った,こういうことになる前に,自分からそのようなことを言われるのが嫌だとAが言っていたことをLから伝えられた,それで謝らなくてはと思っていたが,話しづらく,勇気が出なくて,Aも自分を避けているような感じがして,行動に移せなかった,などと記載した。

さらに,Aの自殺の原因に関する調査の一環として,吹奏楽部の顧問教諭6人が,平成10年7月31日及び8月1日の2日間にわたり,2人ずつ3組に分かれて,部員全員から一人ずつ事情を聴取した。このとき,被告Y3は学校を欠席していたため,C教諭と他の教諭が家庭訪問をして被告Y3から事情を聴取した。被告Y3はその際,後に原告らに宛てた上記手紙(甲25)の記載内容と同様のことを述べ,その他にコンクール当日のAの髪型について,1年生の中で派手という話が出ていた,コンクールの合奏中における楽器の上げ下げの仕方についてAに注意した,Aと被告Y2との3人での話し合いの際,Aから自分が初心者であるから差をつけられるのは怖いと述べていた,自分はそれに対しこれから頑張っていけば上手くなると思うと言った,などと述べた。

部員からの事情聴取の結果,Aがいじめにあっている状況を直接目撃したという情報は寄せられなかった。

(甲25,乙8,18の2・4・9・12,19,22,丙2の2,戊2,証人E,証人C,証人D)

ホ 原告らは,平成10年8月10日,学校のG校長に対し,①原告X2からの相談に対して学校がどのような対応をしたのか,②学校はAを自殺に追いつめた原因が何と考えているのか,③校長はAに対するいじめをいつ知ったのか,④いじめを行ったとされる生徒及びその父母に対し学校はいかなる指導をするつもりか,⑤今後このような事を起こさないために学校としてどう取り組んでいくのか,という5項目の質問事項を記載した質問書(甲3)を提出して,回答を求めた。

(甲3,18,28,原告X2)

マ G校長は,平成10年8月12日,原告ら宅を訪れて原告X2と面談し,原告らが提出した質問書に関し,学校側が把握していない事項が沢山あるので原告らと話し合ってから回答書を作成する方がよいと提案したところ,原告X2はAが3人の生徒からいじめられたことは間違いなく,そのことを学校に理解してもらいたい旨回答した。

(乙4)

ミ 原告らは,平成10年8月16日,G校長に呼ばれて学校を訪れた。そして,G校長は原告らから,Aと被告Y1との関係,被告Y2及び被告Y3との関係,Aの7月以後の状況等について事情聴取し,原告らに対し,3人がいじめの張本人であることを本人に認めさせたり,両親に知らせたり,反省や謝罪を指導するようなことは学校は司法機関でないため不可能であること,原告らが提出した上記質問書の質問事項のうち,③についてはいじめとしてではなく母親から相談を受けていたことを知ったこと,②及び④については本日の話し合いで分かって頂けたと思う旨述べ,これらは回答を文書にせず,①及び⑤の事項についてのみ文書で回答する旨伝えた。また,原告らは学校が同月上旬に実施した吹奏楽部員に対する調査結果を見せて欲しい旨要請したところ,学校は人権に関わることを理由に拒否した。

その後,G校長は平成10年8月25日,神奈川県の担当者と電話でやり取りをし,その中で原告らからの質問書に対する回答書については8月27日に下書きを示す予定であること,吹奏楽部員からの事情聴取の結果については,被告Y3及び被告Y2は全く身に覚えがないと答え,被告Y1はAを思っての言動であり,感情を害したのであれば謝ると答えていることなどを報告した。

そして,G校長及びI教頭は,平成10年8月27日に同日付け「質問書に対する回答」(甲4)を持参して原告ら宅を訪ね,同書面により上記質問書の質問事項①に対する回答として学校がC,D,E各教諭から聴取した内容を伝え,また同⑤に対する回答として今後の学校の取り組み方を示した。

(甲4,18,乙5,7の11から13,原告X2)

ム 原告らは,平成10年9月1日,「質問書(その2)」(甲5)と題する書面を学校に提出し,C教諭と原告X2のやりとりについて再確認を求め,さらに①学校はいじめを加えていた子供達に対する直接的な指導をしていたのか,②学校はAを自殺に追いつめた原因が何と考えているのか,③校長はAに対するいじめをいつ知ったのか,④いじめを行ったとされる生徒及びその父母に対し学校はいかなる指導をするつもりか,⑤吹奏楽部員以外の1年1組の生徒に対する調査や事実確認を行うのか,などの5項目の質問について回答を求めた。

(甲5,18,28,乙7の14,原告X2)

メ C教諭は,平成10年9月ころ,Aの所属していたクラスの生徒にAに関する情報提供を呼びかけた。そして,同じクラスの生徒でAと特に親しかった前記Kに作文を書いてもらい,C教諭はそれをG校長に報告した。

Kは上記作文の中で,Aが学校を休みがちになったのは部活動で被告Y1にいろいろ言われて精神的に落ち込んだからであると生徒のMから聞いて驚いた,夏休み中に学校でAに会い,そのときはAは髪が伸びて表情がやつれている印象だった,7月25日午後2時30分ころにAのPHSに電話をかけ,コール音を1回だけ鳴らして電話を切ると,Aの方から電話がかかってきて,しばらく話をした,その話の中でAは「なんか私,部活でいじめられてんだけどー。」,「Y3'(Y3)さんとかY2さんに『そんな頭していいと思ってんの。』って言われんの。」,「あいつのウェスト,私の2,3人分あるのにさあ。」,「あと,私鞄にいっぱいつけてるじゃんよ。キーホルダーとか,ラブボートのPHSケースとか。」,「それも,『こんなのつけていいと思ってんの。』,『やる気あんのかよ。』とか言われて,超むかつくー。」と話したなどと記載した。

(乙18の11,19,証人C)

モ G校長及びI教頭は,平成10年9月10日,原告らに対し,「質問書(その2)に対する回答」(甲6)により,学校側はいじめがあったという認識はしていない,被告生徒らに対する指導は特に考えていない,Aの所属していたクラスの生徒に対する調査や事実確認も人権侵害になるおそれがあるため行うことを考えていない旨回答した。

(甲6,18,乙7の17,原告X2)

ヤ G校長は,平成10年10月1日,神奈川県教育委員会教育長に対し,Aの自殺に関する事故報告を行い,その報告書の中で校長意見として,Aが吹奏楽部員との人間関係がうまくいかず4月中旬ころから悩んでいたようであり,このことは母親がC教諭に相談していたことから分かったこと,母親は事故の原因は3人の部員のいじめによるものであると言っているが,学校として3人の部員を始め吹奏楽部員などから事情聴取した結果,いじめが事故の原因である事実は確認できなかったこと,この間,学校は両親から事情聴取するとともに事実確認の結果を説明してきたことなどを記載した。

(乙1)

(2)  被告Y1の違法行為について

ア 前記認定事実によれば,Aは高校入学当初,クラス内で被告Y1と同じグループに属し,被告Y1と一緒に保健室を訪れたり登下校をするなど,ともに行動することが多かったが,平成10年5月ころから部活動に遅刻,欠席しがちになり,そのころ,F指揮者にはAの同級生であるL及びMから,Aが被告Y1にきついことを言われているとの相談が持ちかけられたこと,そのころからAはMに対し,被告Y1から「アトピーが汚い。」,「なぜ学校に来られないのか。」,「部活に邪魔」などと言われ,被告Y1が毎朝迎えに来ることがしつこくて嫌だと相談を持ちかけていたこと,Aの友人であるNは,一緒に下校途中の被告Y1がAを蹴っているのを目撃したこと,Aが平成10年6月23日にメンタルクリニックを受診した際,医師に対し,自分が保健室で休んでいると被告Y1から「サボりだ」と思われていること,また「中ビケした方が正当じゃんよ。」と言われ,途中から登校すると「具合はよくなりましたか。」などと嫌味を言われ,登下校も一緒で常に嫌な事を言われていたことを訴えていたこと,平成10年6月ころ,AはLに,被告Y1から「部活動の練習に来ないから,みんなの足を引っ張っている。」と言われているので注意して欲しいと相談を持ちかけ,Lが被告Y1に真偽を確かめていたこと,平成10年7月6日にAは原告X2と横浜八景島シーパラダイスに行き,帰りのシーサイドラインの中で,目に涙を浮かべながら,被告Y1に「顔が醜い。」,「早く直せ。」,「かゆいぐらいで大げさだ。」などと言われ,病気のため遅れて登校したときも,「もう仮病は直ったの。」と言われ,さらに「無責任」,「怠け者」などと言われたこと,また被告Y1が冗談のふりをしてぶつのが痛いことなどを原告X2に打ち明けたこと,平成10年7月18日の終業式が終了した後にAが登校した際,保健室においてE教諭及びD教諭に対し,「被告Y1を沈めたい。被告Y1には友達はいない。自分は彼女に言われたことに何も反発しない。そうすれば彼女の性格が直ることもなく,友達もできず不幸になる。それが私の復讐だ。」と述べたことなどの各事実が認められるが,Aが生前に複数の友人に被告Y1による発言等について相談し,精神科医にも訴えかけ,原告X2にも帰宅途中に目に涙を浮かべながら打ち明けており,それらの相談内容は概ね一致していること,現に被告Y1がAを蹴った場面も目撃されていること,教師の前でも「被告Y1を沈めたい。それが復讐になる。」などと述べて敵意や被害感情を示していることなどの各事実に照らすと,Aは生前において被告Y1よりアトピー性皮膚炎の点を捉えて「アトピーが汚い。」,「顔が醜い。」,「早く直せ。」,「かゆいぐらいで大げさだ。」などと言われたり,保健室で休養したときや通院等のため遅れて登校したときは「中ビケした方が正当じゃんよ。」,「具合はよくなりましたか。」,「もう仮病は直ったの。」などと言われたり,さらに部活動を欠席しがちになった点を捉えて「部活に邪魔」,「みんなの足を引っ張っている。」,「無責任」,「怠け者」などと言われていたと認めるのが相当である。

この点,被告Y1は上記発言はしていないと主張する。しかしながら,被告Y1はAの自殺後に自ら書いた作文(丙2の2)において,部活内でのAに関する陰口を自分が言った形にして直接本人に伝えた旨記載しており,被告Y1本人もこれに沿う供述をし,さらにAが部活動を欠席しがちであることやアトピー性皮膚炎,服装,髪型等に関して部活内で陰口を言われていた旨供述していることに照らすと,被告Y1はAに関する上記の陰口を本人に伝える形で,原告ら主張のような発言をAにしていたと認めるのが相当であるから,被告Y1の主張は採用できない。

イ そこで,被告Y1による上記発言がAに対する違法な行為といえるか検討するに,被告Y1の発言は「アトピーが汚い。」,「顔が醜い。」などAの身体的特徴を取り上げていわれない中傷を加えるものや,「部活に邪魔」など部活動内におけるAの存在価値を否定するもの,さらに病気養療中のAに対して「もう仮病は直ったの。」と言うなど当時のAの心情を顧みずにされたものがあり,上記発言内容はそれ自体Aに大きな精神的苦痛を与えるものということができる。そして,Aは平成10年5月ころから7月までの間,複数の友人や精神科医,原告X2及び教師などに相談し,被告Y1に対する強い被害感情を周囲に示していたことに照らすと,被告Y1の上記発言はAに対して機会あるごとに執拗に繰り返されていたものと認められ,被告Y1による発言がAを精神的に追い詰め,耐え難い精神的苦痛を与え,人格的な利益を侵害したものと認めるのが相当であるから,被告Y1の上記認定の言動は違法というほかはない。

ウ なお,原告らは,被告Y1が毎朝登校前にAの自宅に迎えに来て,Aが先に登校するよう依頼しても被告Y1が聞き入れなかったことによりAの心理的負担を増大させたのであり,被告Y1の上記行為は不法行為に該当する旨主張する。しかしながら,被告Y1がAの心理的負担を増大させる意図を持って毎朝Aを迎えに行っていたと認めるに足りる証拠はなく,迎えに行く行為自体は違法性を帯びるということはできないから,原告らの上記主張は採用できない。

(3)  被告Y2及び被告Y3の違法行為について

ア 原告らは,Aが上記両名から仲間はずれにされたり,Aの技能が劣っていることを威圧的な言葉で非難されるなどの違法ないじめ行為を受けた旨主張する。

そこで検討するに,前記認定事実によれば,Aは被告Y2や被告Y3と同じトロンボーンパートに所属することになったが,中学校時代はパーカッションを担当し,高校に入って初めてトロンボーンを始めたAと,以前からトロンボーンを担当していた被告Y2,被告Y3との間には自ずから技量の差があり,しかも,被告Y2と被告Y3は仲が良く,Aが1年生のトロンボーンパートにおいて疎外感を抱いたとしてもおかしくはないこと,Aは平成10年5月ころから原告X2に対し,一緒のトロンボーンパートの生徒である被告Y2及び被告Y3のしゃべり方がきついことを述べたこと,そのころF指揮者は他の吹奏楽部員から,Aが上記両名に厳しいことを言われて落ち込んでいると相談を持ちかけられたこと,Aは平成10年6月17日に青少年相談センターのJ相談員に相談した際,上記両名は時々練習を怠り,先輩が来たらトイレに行っているなどと先輩に弁解するよう依頼し,Aはそのために嘘をつくことを重荷に思い,練習に身が入らないと述べたこと,Aは平成10年7月24日に原告X2に対し,上記両名がAに完璧を望むことやAがあくびをしたときに注意をしたこと,Aの行動を制限しようとすること,口調がきついこと,2人が一緒に行動してAを仲間に入れようとする雰囲気がないこと,楽譜も読めないのにロングトーンをやるなと言われたこと,部活動を休むときは自分に連絡するよう言われたことなどを話し,さらに同日,被告Y2からAのPHSに電話があり,被告Y2は髪型や鞄の飾りなどについてけじめをつけるようAに述べたこと,Aは自殺する少し前にKに電話し,上記両名から髪型や鞄のかざりについて非難されるいじめにあっていると告げたことが認められ,こうした事実によれば,Aが同一パートにいて技量的にも勝り,かつ,仲が良い被告Y2,被告Y3に溶け込むことができず,しかも,同被告らがAに対し,上位の立場から,きついものの言い方をしてきたことは十分に認めることができ,また,前記認定事実によれば,平成10年7月ころには,Aが原告X2に同被告らのことを訴え,原告X2がそのことにつき何らかの動きをしていることが同被告らの耳に入り,同被告らがAに対し,いよいよ攻撃的な言動をしてきたことも認めることができるが,こうした被告Y2,被告Y3のAに対する言動が,同年4月以来どのようなものであったかについてはこれを知るべき具体的な証拠はなく,同被告らが,意図的にAを無視したり,両名の中に入ろうとするAをことさら拒絶し,排除するなどしてきたとまでは認めることはできない。

イ そうすると,被告Y2,被告Y3との関係がAにとって大きな精神的苦痛をもたらしたということは前記認定の各事実から明らかであるが,同被告らの行為にはなお不明な点が残り,同被告らの行為を違法と断ずるには足りない。

(4)  被告Y1の責任の範囲

ア 次に,原告らは被告らに対し,Aの死亡による損害について損害賠償請求しているが,被告Y1がAの死亡による損害について責任を負うためには,被告Y1の行為とAの自殺との間に相当因果関係があることを要するので,この点につき検討する。

イ 前記認定事実によれば,Aは小学校のころから○○高校の吹奏楽部に憧れ,同校の吹奏楽部に入部することを夢見て,高校受験の際も同校を選択し,念願がかなって入部したこと,Aは平成10年4月下旬ころから原告X2に対し,部活は1年生の人間関係があまり上手くいっていないこと,いくつかのグループができて互いに悪口を言い合い,自分は悪口を聞く立場になって嫌な思いをしており,想像していた部活ではなかったことなどを述べていたこと,平成10年6月12日にメンタルクリニックを受診した際,医師に対し,吹奏楽部では今までやっていた人々と実力の差があり,同じトロンボーンパートの生徒も中学校のころから楽器を演奏していて実力の差があり辛いこと,皆が悪口を言い合い,その中に自分も引き込まれるのが嫌であること,しかし吹奏楽部は辞めたくないことなどを訴えたこと,同月17日に青少年相談センターに行った際に,J相談員に対し,被告Y2及び被告Y3と実力の差を感じていること,部活動を辞めることになれば学校も退学するかもしれず,部活動を辞めたくないことなどを訴えたこと,朝Aの登校をめぐり,原告X2とAの間で言い争いになることも何度かあったこと,AはJ相談員に対し,原告X2から登校するのかとプレッシャーをかけられ気が滅入ることなどを訴えたこと,平成10年7月15日の朝,Aのコンクールの出場をめぐり,Aが原告X2に対し「おまえだよ。」といって所携のカッターナイフを同人の前にかざしたこと,Aは同月25日,登校しようとして途中で引き返した後,電話の録音の準備をめぐり原告X1と原告X2の間に見解の相違があり,Aはそれを目の当たりにして「もういい。」と言って,しばらくしてからトイレに入り自殺を図ったことなどの各事実が認められる。

上記事実を前提とすれば,Aは吹奏楽部に多大な期待を抱いて○○高校に入学したものの,入部してみるとお互いに悪口を言い合うなど本人が期待していた吹奏楽部とは異なることが判明し,期待を裏切られると同時に,部内で初心者は自分ともう一人しかおらず実力の差が現れ,同じトロンボーンパートの同級生で経験者である被告Y2及び被告Y3とも実力の差があり,それが本人にとって相当な重圧であったことが認められる。そして,被告Y2及び被告Y3とは,Aにとって厳しいと感じられる口調で物事を言われることもあって親密な関係を築くことができず,また両人の仲が良く自分が中に入りづらいと感じることから疎外感を覚えると同時にいじめられているとの感情を抱くようになり,さらに被告Y1からもアトピー性皮膚炎についていわれなき中傷を受けるなどして傷つき,そのような部内の人間関係の苦悩から部活動や授業に参加することが次第に困難になっていったものと考えられる。さらに,Aは○○高校吹奏楽部に憧れて入学しただけに部活動を辞める意向はなく,部活動を続けたいとの確固たる信念を持ちながら,他方で期待を裏切られたことや他の部員との実力差による重圧,さらには被告Y1らとの確執により,部活動に参加したいのに参加しようとすると頭痛が発症するなどして本人の中で葛藤がある中,折から原告X2により登校や部活動のコンクールへの参加などについて判断を促され,Aにとってはそれが心の重荷に感じており,衝動的,突発的にカッターナイフをかざすなど情緒不安定な状況に陥っていたと考えられる。そして,Aは7月23日の地区大会の前から医師に対し,「自分はいない方がいいのではないかと思う。」,「他人や親を傷つける気持ちは全くなく,自分自身を痛めた方が気持ち的には楽」などと,暗に自殺をほのめかすような発言もしており,そのような情緒不安定な状況は地区大会が終わった後も変わらず,Aが自殺する直前においてもそのような状況の中で,電話の録音の準備をするかどうかについて原告らの間で見解が分かれた際,Aはそのときに自分を取り巻く周囲の状況に嫌気がさして耐えられなくなり,衝動的に逃避するつもりで「もういい。」と述べ,トイレに入って自殺を図ったものと考えられる。そうすると,Aの自殺は様々な要因が重なって招来されたものというべきであって,被告Y1の言動と自殺との間に相当因果関係があるとまでは認められない。

また,被告Y1にとって自殺が予見可能であったかについて検討するに,被告Y1がAに苦痛を与えた期間はせいぜい2か月程度であり,それほど長期にわたっていないことや被告Y1の上記言動の内容からすると,被告Y1にはAが自殺を決意すると予見することは不可能であったというべきである。

ウ 以上によれば,被告Y1はAの死亡による損害については賠償義務を負わず,生前のAに精神的苦痛を与えたことに関して損害賠償義務を負うに過ぎないというべきである。

2  争点(2)(被告県の安全配慮義務違反ないし国家賠償法1条の責任)について

(1) 公立高校における教員には,学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における生徒の安全の確保に配慮すべき義務があり,特に,生徒の生命,身体,精神,財産等に大きな悪影響ないし危害が及ぶおそれがあるようなときには,そのような悪影響ないし危害の現実化を未然に防止するため,その事態に応じた適切な措置を講じる一般的な義務があるというべきである。

(2) 前記認定事実によれば,Aは,平成10年4月下旬ころから,体調不良を訴えて登校を嫌がるようになったり,欠席,遅刻,早退が増え,登校しても保健室に行くことが多くなったばかりか,青少年相談センターや精神科医のもとを訪れ,6月23日には精神科医により心因反応(うつ病)との診断がされ,7月に入ると母親にカッターナイフを突きつけたり,7月17日以降は,行くのが怖いと言って,1人で学校にも部活にも行けなくなり,吹奏楽の地区大会が終わった直後である7月25日自殺を図ったというのであり,こうした経緯に照らすと,Aは4月下旬ころから,急速に精神的に疲弊し,7月にはそれが頂点に達したとみることができる。そして,Aが原告X2や医師,青少年相談センターの相談員,F指揮者,友人に訴えた内容からすれば,吹奏楽部内の人間関係や,被告Y2,被告Y3,被告Y1の言動等学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における出来事が精神的疲弊の大きな原因となっていたことは明らかであり,かつ,前記認定のAのさまざまな訴え,行動,医師の診断,自殺企図からすると,Aがかかえていた精神的苦悩は非常に大きなものであったことも明らかであるから,Aにかかわる○○高校の教員としては,Aのこのような状態を認識することが可能であれば,Aの苦悩を取り除くための適切な措置を講ずる義務があったというべきである。

そこで検討するに,前記のとおり,Aは平成10年4月下旬から欠席,遅刻,早退が増えていたところ,原告X2は,Aの様子が心配になり,5月16日,クラス担任であり,かつ,吹奏楽部の顧問でもあったC教諭に対し,Aの悩みを打ち明け,Aが練習を休みがちであることや,被告Y2及び被告Y3からきつく言われたと述べたことなどを話し,6月上旬には保健室のE教諭にも,Aが学校に行きたがらないことや精神的に不安定な状態になっていることを相談し,6月7日にはF指揮者にトロンボーンパートの被告Y2と被告Y3のことや被告Y1のことでAにストレスがあると相談し,6月16日の保護者面談の際にはC教諭に対し,メンタルクリニックを受診したこととその際にAが医師に訴えた内容を伝え,更に,6月23日,C教諭に対し,心因反応(うつ状態)との医師の診断書も示して,アトピー性皮膚炎の悪化や学校に行けないことでAが悩んでいることを説明し,また,そのころ,E教諭に対しても青少年相談センターに行ったこと,Aは被告Y1の言動で辛い思いをしていることを伝え,更に,7月7日及び同月10日に被告Y1の言動についてE教諭に相談し,一方,Aは,5月16日,級友に被告Y1から言われていることを具体的に話し,6月には別の級友に被告Y1に関し同様の話をしており,また,5月の連休のころ,吹奏楽部の3年生はF指揮者に対し,Aが被告Y3,被告Y2から厳しいことを言われて落ち込んでいると相談を持ちかけていたというのであるから,クラス担任であるC教諭,養護教諭であるE教諭は,遅くとも,原告X2の訴えを聞いた,5月中旬から6月中旬までにはAの前記のような状態を十分認識し得たというべきである。

そうであれば,C教諭及びE教諭は,○○高校のしかるべき担当者にAの問題を伝達し,また,○○高校は組織として,Aの問題を取り上げ,Aの話を受容的に聞いたり助言する,あるいは,被告生徒らの言い分を聞いて助言する,あるいは,生徒全体を相手に注意を喚起する等Aの苦悩を軽減させるべき措置を講ずる必要があったことになる。

しかし,C教諭,E教諭とも,原告X2の訴えを聞いても,Aや原告X2に対する積極的な働きかけはせず,単に,原告X2から訴えがあった都度その話を聞く程度に終始し,学校当局に対し,Aの問題を報告することもせず,したがって,○○高校全体としても,何ら,組織的な対応をすることなく終始したのである。

そして,Aが原告X2に体調不良や被告生徒らの不快な言動を訴えてから,自殺に至るまで約3か月が経過し,その間,Aの状態は徐々に悪化していったと見られることやAの年齢,問題の性質からすると,○○高校の教員が,5月中旬あるいは6月中旬までに,Aに関し適切な措置を講じたら,それにより,Aの苦悩は相当程度軽減されたものと認めるのが相当である。

(3) 以上によれば,○○高校の教員にはA問題に関し,注意義務違反があることになる。

(4)  被告県の責任の範囲

被告Y1の責任の項で判示したとおり,Aが自殺にまで至るについては様々な要因があったとみざるを得ないし,○○高校の教員にAの自殺につき予見可能性があったと認めることはできないから,被告県の責任は生前のAに精神的苦痛を与えたことに関する損害賠償に限られるというべきである。

3  争点(3)(被告県の調査報告義務違反)について

(1)  公立高校の設置者である地方公共団体と在学する生徒の親権者との間には,公法上の在学契約関係が存在し,この在学契約関係の中で,教師らは学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係において生徒らを指導するのであるから,地方公共団体は,上記法律関係の付随義務として,学校内,あるいは学校外においても学校に何らかの原因があると窺われるような事故が生徒に発生した場合には,その原因などについて調査した上で,必要に応じて,当該生徒又は親権者に報告する義務があるというべきである。もっとも,教育機関たる公立高校においてはその機能に照らし,生徒のプライバシーや健全な成長に慎重に配慮する必要性から,教師ら及び教育委員会が行う調査及びその報告には自ずから限界があり,調査報告義務違反の有無を判断するにあたり上記の点を考慮する必要がある。

(2)  これを本件についてみるに,前記認定事実によれば,Aの死後,G校長やI教頭は,A及び原告X2と接していたE,C,D各教諭,F指揮者から事情を聴取したこと,吹奏楽部員全員にAとの関わり方に関するテーマについて作文を書かせ,さらに吹奏楽部顧問が被告生徒らを含めた部員全員から事情を聴取していること,さらに,I教頭が被告生徒ら宅に架電し,複数回にわたり事情を聴取したこと,その中で,被告生徒らはいずれもいじめに該当する事実は行っていないとして否認し,他に被告生徒らによるいじめを特定するに足りる有力な情報は寄せられなかったこと,原告らが提出した2度にわたる質問書に対し,学校側としてはいじめの事実を認識することができなかったとして,文書及び口頭で回答したことなどの各事実が認められ,これによれば,被告県は必要な調査報告義務を果たしたというべきである。

原告らは,Aの所属するクラスの生徒から事情を聴取しておらず,被告生徒らからも十分な調査をしていない旨主張するが,本件は原告X2の相談内容に照らしても吹奏楽部内における問題として捉えられていたこと,クラスの生徒には情報提供を呼びかけており,さらにAと仲が良かった生徒のKには作文を書かせていることなどの各事実に照らせば,必ずしもクラスの生徒全員から事情を聴取する必要があったとまでは認められず,また被告生徒らからの調査も前記のとおり作文を書かせ,自宅に対する複数回にわたる架電により事情聴取を行っており,その調査に不備があったと認めることはできないから,学校は必要な調査をし,報告義務を尽くしたというべきである。

(3)  以上によれば,被告県に調査報告義務違反は認められない。

4  争点(4)(A及び原告らの損害額)について

(1)  被告Y1について

被告Y1が負う責任の範囲は,前示のとおり,Aの生前の精神的苦痛に対するものである。そして,前記認定の加害行為の内容,程度,加害の期間等本件に顕れた一切の事情を斟酌すると,Aが被告Y1から受けた精神的苦痛の慰謝料は50万円とするのが相当である。

原告らは,原告ら固有の慰謝料を請求するが,不法行為がAに与えた精神的苦痛に止まる以上,原告ら固有の慰謝料を認めることはできない。

そして,原告らはAの死により,上記の損害賠償請求権をそれぞれ25万円ずつ相続したことになる。そうすると,弁護士費用は,原告らにつき各3万円が相当と認められる。

以上によれば,被告Y1は原告らに対し,いずれも28万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う義務があることになる。

(2)  被告県について

被告県が負う責任の範囲も,被告Y1同様,Aの生前の精神的苦痛に対するものである。そして,前記認定のAの受けた苦悩の内容・程度,期間,被告県が高等学校を設置運営し生徒の生命,身体,心の平穏に関し大きな責任を負う立場にあること等本件に顕れた一切の事情を斟酌すると,被告県との関係では,精神的苦痛の慰謝料は300万円とするのが相当である。

原告らは,原告ら固有の慰謝料を請求するが,被害がAに与えた精神的苦痛に止まる以上,原告ら固有の慰謝料を認めることはできない。

そして,原告らはAの死により,上記の損害賠償請求権をそれぞれ150万円ずつ相続したことになる。そうすると,弁護士費用は,原告らにつき各15万円が相当と認められる。

以上によれば,被告県は原告らに対し,いずれも165万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う義務があることになる。

なお,被告県の支払義務と被告Y1の支払義務は,重なり合う限度で不真正連帯の関係にあると解する。

第4  結論

以上によれば,原告らの,被告Y1に対する各請求は,いずれも28万円及びこれに対する平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却し,被告県に対する各請求はいずれも165万円及びこれに対する平成10年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却し,その余の被告らに対する請求はすべて理由がないからこれを棄却することとする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・山本博,裁判官・松岡崇裁判官・井上薫は差し支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官・山本博)

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