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横浜地方裁判所 平成13年(ワ)531号 判決 2006年1月25日

主文

1  被告は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。

4  この判決は,1項に限り仮に執行することができる。ただし,被告が300万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第1請求

(1)  被告は,原告に対し,2億3795万7904円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(附帯請求の始期は,訴状送達の日の翌日である。)。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,胎児であった原告が被告病院においてIUGR(intrauterine growth retardation 子宮内発育遅延)と診断され,同病院において経膣分べんによる出産後,精神遅滞,運動発達遅滞及び協調運動障害等の後遺症(以下,原告に発症した後遺症を「精神発達遅滞等」という。)が生じたことにつき,被告病院の医師にIUGR児である原告の分べん前及び分べん時の管理義務に違反した過失があり,又は高度医療機関に転送すべき義務があったのにこれを怠った過失があるとして,被告に対し主位的に上記精神発達遅滞等の後遺障害を残したことによる損害について,2億3795万7904円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年3月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,予備的に,上記後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害したことによる損害について,慰謝料3000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年3月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,診療契約上の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき請求する事案である。

1  前提となる事実(証拠の引用のないものは当事者間に争いがない。)

(1)  被告は,病院及び老人保健施設を経営する医療法人社団であり,肩書地において乙総合病院(以下「被告病院」という。)を開設し運営している。

(2)  原告は,甲野太郎(以下「太郎」という。)と甲野花子(昭和(略)生まれ。以下「花子」という。)の長男として,平成6年5月4日,被告病院で出生した。

(3)  平成5年8月22日,花子は,実家の近くにある被告病院で初めて診察を受け,分べん予定日は平成6年4月9日と告げられた。その際,切迫流産のおそれがあるとして,入院,加療を受けた。

その後は,特に問題もなく推移し,当初は1か月に1回,平成6年2月に2回,同年3月には4回の割合で,被告病院にて定期的に診察を受けた。

平成6年3月16日の診察の際,花子は原告の発育が遅れているとの指摘を受けた。

花子は,平成6年4月に数回診察を受けたが,予定日を過ぎても出産の兆候がなかったため,心配となり,診察した医師に質問したところ,同医師は「大丈夫心配ない。」「予定日に生まれる方が少ないのだから。」などと述べた。

同じころ,花子に対して,子供が生まれやすくなるようにとマイリス(妊娠末期子宮頸管熟化不全における熟化促進剤)が数回にわたり注射されたが,それでも生まれてくる様子がなかった。

(4)  平成6年5月2日午後11時ころ,いったん陣痛が始まったので,花子は翌3日午前0時10分ころから被告病院に入院したが,微弱陣痛ということで,同日午後4時ころ退院して帰宅した。

翌4日午前2時ころから再び陣痛が始まり,被告病院に再入院した。この間,花子は破水し,早期破水であるといわれた。

同日午前8時10分ころには,花子のもとへD助産師が来て,胎児の心音が落ちているという趣旨のことを述べ,花子に対して酸素吸入を行った。そのころ,子宮口がほぼ全開大となり,A医師(以下「A医師」という。)により花子に対して陣痛促進剤が打たれたが,分べんは余り進行しなかった。

同日午前9時ころ,担当医師がA医師から,非常勤で花子とは初対面のC医師に交代し,その後C医師が内診を行った。

(5)  花子は前記D助産師から「もっと力を入れて。」など言われながら,同日午前11時19分に,原告を出産したが,原告は泣き声を上げることもなく,全体が紫色で,手足もぐったりとしていた。

(6)  原告に対して,出生後あらかじめ待機していた小児科のG医師によって,救急そ生術がされたが,アプガースコアは1分値1点,5分値4点という新生児仮死状態であり,アプガースコア10点となるまでに出生後59分を要し,原告には神経症状である落陽が認められた。

(7)  原告は,直後に救急車で丙医大病院(以下「医大病院」という。)のNICU(新生児集中治療室)に搬送された。

2  争点

(1)  診療契約の主体

(2)  分べん以前の管理義務違反

(3)  分べん時以前の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係

(4)  分べん時の管理義務違反

(5)  分べん時の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係

(6)  高度医療機関への転送義務違反

(7)  高度医療機関への転送義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係

(8)  損害額

(9)  重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の侵害

3  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(診療契約の契約主体)について

(原告の主張)

本件に関し,原告は契約当事者又は第三者のためにする契約の第三者であり,いずれにしても契約責任を追及する権利を有するものである。

すなわち,原告の両親である太郎と花子は,平成5年8月22日,被告との間において,花子が原告を出産するに際し,当時の医療水準において必要とされる最善の注意をもって適切な診療を行う旨の診療契約を締結した。同契約は,原告を受益者とする第三者のためにする契約であり,原告は出産とともに法定代理人である両親によって代理され,診療を受けることにより受益の意思表示をしたものであって,被告に対し債務不履行責任を問うことができる。

(被告の主張)

争う。被告は,平成5年8月22日,花子との間で,分べん管理を行うことを内容とする診療契約を締結したのであり,契約当事者でない原告が診療契約に基づく債務不履行責任を追求できる根拠が明らかでない。また,診療契約当時,原告は胎児であり権利能力を有していないのであるから,受益者たる地位を有しない。

(2)  争点(2)(分べん以前の管理義務違反)について

(原告の主張)

ア 妊娠週数及び分べん予定日は,IUGRを早期に診断し,適切な管理を行うために,妊娠初期において正確に診断されるべきものであるところ,A医師らは,当初から妊娠週数,分べん日の診断を誤っただけでなく,その誤りを妊娠初期の段階で修正することを怠り,また,IUGRを早期に診断すべきでありながら,IUGRを疑いつつも,IUGRの確定診断をせず,その結果IUGRに対応した胎児の適切な管理を行わなければならないという医師としての基本的な注意義務に違反したものである。

イ IUGRには,それ自体を治療する決定的な治療方法はなく,胎盤機能検査,胎児ウエルビーイング(健康な状態,well-being),頭部発育の評価による胎児べん出の時機及び方法の検討が最重視される。胎児がウエルビーイングであるかどうかは,妊婦尿中エストリオール(E3)測定や,ノンストレステスト(NST),コントラクションストレステスト(CST)などのほかに胎児心拍数モニタリング(FHR)あるいは胎児バイオフィジカルプロフィールスコア(BPS),羊水量の測定などを度々行い,それらの検査結果を総合して,いつ分べんするかというターミネイションの時機を決めることが必要不可欠であるとされる。また,NST,CST,胎児心拍数モニタリング所見で,胎児仮死が発見されればterm(在胎月齢が満37週以上満42週以下)以前にべん出の方針を決定するか,それらの所見がなければ38週までもたせてべん出すべきで,IUGRの胎児は,40週までべん出をもたせず帝王切開を行った方が良いという考え方が一般的である。

ウ 本件においては,出産予定日を過ぎ,IUGRであることが明白に認められ,頭部発育障害も発生し,尿中エストリオール値の異常低値が出現するなどの異常兆候が顕著にあったものであり,妊娠38週前後から,遅くとも40週までの間に,CST等により,胎児ウエルビーイングを正確に評価し,適切な時機に分べんを選択すべきであった。また,べん出方法も,分べん誘発を試み,それができないときには,帝王切開を選択し,実行すべきであった。それにもかかわらず,被告は,IUGRの胎児を42週3日まで,漫然と胎内に放置し,そのために原告を慢性的な低酸素,低栄養状態にさらし,頭部の発育を阻害し原告に精神発達遅滞等の後遺症を負わせたという過失がある。

(被告の主張)

ア 平成5年9月28日における出産予定日及び推定妊娠週数12週3日との診断を事後的に補正したからといって,エコーによる妊娠週数の診断には1週間程度の誤差があるのであるから,当時の診断に誤りがあったとはいえない。本件においては,妊娠39週5日に当たる4月7日になっても,頸管の熟化が不良で児頭下降が見られないなど,分べん予定日間近の所見とはいえないような状態にあったことから,上記の誤差を考慮して補正したものであり,妊娠週数,分べん予定日の把握,外来管理につき過失はない。

被告の主張は,IUGRの発症と妊娠週数の補正とは関連がないと主張しているのであって,原告はこれを診断上の過誤の問題とすり替えて論じている。妊娠週数が正確に診断されるべきことは被告も同様に理解している。平成5年9月28日に超音波断層写真による胎児頭殿長(CRL)は3.9cmであり,11週2日が相当であった。確かに,超音波断層写真を重視すべき見解もあるが,超音波断層写真によっても1週間程度の誤差はあり得るのである。正確な在胎週数は,超音波断層写真による胎児頭殿長(妊娠1週間程度),児頭大横径(妊娠20週前後)の測定値と最終月経から算出した妊娠週数を比較して算出補正される性質のものである。平成5年9月28日に,妊娠週数12週3日と診断したことが直ちに誤りとはいえず,その後の経過を考慮して,平成6年4月7日に補正を行ったことも不適切な管理ではない。被告病院の医師はIUGRを常に念頭において経過観察を行っていたのであって,「IUGRの問題は解決したとする誤りを犯している」などの非難は妥当しない。

イ 被告病院においては,平成6年3月25日,同年4月16日胎盤機能検査を,同月7日,21日にノンストレステスト(NST)をそれぞれ実施しているが,異常所見は認められなかった。

IUGRの胎児であることのみを以て帝王切開を選択することにはならない。一見,帝王切開は経膣分べんに比し児への侵襲は小さいと思われるかもしれないが,呼吸窮迫症候群(RDS)の発症率は有意に高く,安易な帝王切開は見直される傾向にある。しかも,母体にとっては開腹手術であり,術後合併症などのリスクは高い。

ウ 原告は,15年以上前の文献をもとに,べん出を40週までもたせるべきではないと主張するが,これは必ずしも一般的な見解ではない。児の推定体重が1500g以上で,NSTの検査結果が反応型(reactive)の場合には,経膣分べんを行うのが基本的であり,この場合は陣痛の発来を待つことになる。原告に対しては,5月3日,約5時間に及ぶモニタリングを行い反応型であることが確認されていたのであり,その後も帝王切開を施行しなければならないような重篤な胎児仮死の徴候は存在しなかったのであるから,帝王切開を施行しなかったとしても不適切な医療行為とはいえない。

(3)  争点(3)(分べん時以前の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係)について

(原告の主張)

本件において,脳の機能が不可逆的に障害される頭部発育停滞が生じる以前の37週から39週6日(E3異常低値)まで,良好な生命予後,神経学的予後を両立しうる適切な分べん時機があったと考えられる。したがって,頭部の発育障害を注意深く観察した上で,適切な分べん時機の検討がされていれば,当然この時期に分べん誘発若しくは帝王切開にて胎児をべん出し,環境の悪化した子宮内から整備されたNICUへ児をゆだねられたものであり,慢性的な低酸素,低栄養状態による胎児脳への悪影響は避けられた。

(被告の主張)

原告は,38週の時点で帝王切開をしなかったことを問題とするが,原告に発症した精神発達遅滞等の原因を,周産期の低酸素状態に求めることができない以上,仮にこの時点で帝王切開によるべん出を試みたとしても,同様の症状が発症した可能性は極めて高い。

IUGRの原因については,①母胎因子,②胎盤因子,③胎児因子等が考えられるが,シンメトリック(symmetric-対称性)なIUGR(頭部及び全身の発育が不良なIUGR)の場合には,③胎児因子が最も疑われる。そして,IUGRに対する治療法がいまだ発見されていないため,IUGRにおいては発育が停止した時点でべん出を試みる手技が望ましいとされるが,この方法は,べん出前に発生したIUGRの原因を除去,治療するものではなく,分べんに伴う低酸素状態等の二次的危険を回避する目的の手段に過ぎない。

原告に発生した精神発達遅滞等の原因は不明であるが,原告がIUGRの胎児であったこと,同児に心房中隔欠損症(ASD),心室中隔欠損症(VSD)等の心奇形が認められたこと等に照らせば,心奇形のため循環動態に異常を来し,精神発達遅滞等に至ったと考えるのが合理的である。

そもそも,帝王切開等の早期べん出により回避することができるのは周産期の低酸素状態であり,それ以前の低栄養状態ではない。本件において,IUGRそのものが精神発達遅滞の危険を内在しており(IUGRの胎児の場合,何らかの原因があって胎内での発達が遅延しているのであり,出生後においても同様の機序により成長が遅れることは当然に予想される。),周産期の低酸素状態と精神遅滞とが関連性を有しないことは前述のとおりであり,IUGRの胎児は発育が止まったと判断する時点において帝王切開によりべん出するべきであるとしても,本件結果は回避することができなかった。

本件において,周産期の低酸素状態と原告に生じた精神発達遅滞等に関連性がない以上,同人の精神発達遅滞等は,IUGRにより既に発生していたものと考えるが合理的である。したがって,厳重な管理をしたとしても結果は同様であったといえる。

(4)  争点(4)(分べん時の管理義務違反)について

(原告の主張)

ア IUGRの胎児は,ストレスに対する予備能が低く,分べん時に容易に急性胎児仮死に陥るので,注意深いウエルビーイングの評価のもと,ストレスを与えないべん出方法で分べんするのが基本原則である。

そのために,帝王切開が選択されることが多くなるが,経膣分べんを行うにしても,分べん中の急性胎児仮死は必発と考えて,人工羊水投与の対策や分べん中にいつでも帝王切開が可能なように準備(ダブルセットアップ)をしておく必要がある。

イ また,妊娠42週(294日)になっても分べんに至らない妊娠を過期妊娠というが本件はこれに当たる。過期妊娠は胎盤機能不全の結果,胎児低酸素症の危険があるものや,分べん状態不良による難産の可能性があるので,厳重な妊娠管理が必要とされており,重症の遷延性徐脈や遅発一過性徐脈が生じたときは,子宮胎盤循環不全による胎児仮死を疑い直ちに帝王切開をすべき義務があるのに,本件ではそれもされていない。

すなわち,本件においては,平成6年5月3日午後0時50分の時点において,変動一過性徐脈の所見が認められたが,子宮収縮を伴わないこのような早い時期での変動一過性徐脈は,たとえ軽度であっても正常例では考えられないものであって,胎児仮死を警戒すべき所見である。

また,翌4日午前8時10分ころ,胎児の心拍数が60bpm以下に達し,約10分間持続する遷延徐脈が出現し,続いて子宮収縮の度に変動一過性徐脈が頻回認められ,しかも,それは子宮収縮間欠期に頻脈を伴って発生しており,非典型的波形の遅発一過性徐脈として評価すべきものであった。

ウ このように,同日午前8時半から9時の間には,変動一過性及び遅発一過性徐脈が頻発しているが,これは胎児予備能の限界を示すものであるにもかかわらず,同日午前9時より子宮収縮剤の投与が開始されている。これは,胎児の急性仮死をさらに悪化させる処置である。すなわち,仮死徴候がある場合,子宮収縮剤の投与は,胎児の急性仮死をさらに悪化させる処置で禁忌とされているものであり,それ自体医療過誤といわざるを得ない。

エ したがって,午前8時10分の遷延徐脈後も変動一過性徐脈が一向に改善されていないのであるから,分べん第2期に入る以前で午前9時00分くらいまでに子宮緊縮の低減をはかり,帝王切開にこの時点で移行すべきであった。

(被告の主張)

ア 被告病院は,いつでも帝王切開を施行することが可能な病院であり,分べん中に異常があった場合に,直ちに帝王切開に移行できる準備を整えて経膣分べんを監視すべきであるというのであれば,被告病院は常にダブルセットアップ体制で分べんに臨んでいる。

イ 原告の指摘する平成6年5月3日午後0時50分における変動一過性徐脈は,胎児仮死を疑う徴候ではない。同日の午前11時から午後4時までの5時間にわたって胎児心拍数をモニタリングした結果である分べん監視記録によれば,前述の午後0時50分以外に徐脈は見られない。しかも,その後は頻繁に一過性頻脈が確認されているが,これは胎動に一致して出現するものであり,胎児が健全で元気なこと(ウエルビーイング)を意味する。

午後0時50分の所見が胎児心拍数を意味するものか不鮮明なところもあるが,仮にこれが胎児の心拍数であるとしても,最下限は60bpmを下回るものではなく,軽度変動一過性徐脈と評価されるものであり,この所見のみで病的意義を認めることはできない。被告は,その後も3時間以上,モニタリングを継続しているが,胎児仮死を疑わせるような徴候は皆無であり,異常がないと判断した。

ウ 分べん監視記録によれば,5月4日午前8時10分ころ,約10分間にわたって胎児心拍数が60bpmから80bpmになっているが,これは酸素投与,体位変換により速やかに回復できている。その後の変動一過性徐脈は,児頭が下りてきて骨盤内に進入したために起きたものであり,児頭が圧迫され一時的に胎児心拍数が低下したものであって,胎児仮死の所見とはいえない。

確かに,午前10時40分ころ,分娩室に移した後,変動一過性徐脈とも遅発一過性徐脈ともとれる徐脈が出現しており,胎児仮死の徴候が疑われないでもない。しかし,仮に,この時点において胎児仮死と判断したとして,帝王切開の準備をしているよりも,経膣分べんによった方が早期べん出が可能である。事実,午前11時25分にはべん出を終えている。そして,帝王切開による場合には,下降してきた児頭を膣から手を入れて押し上げる必要があり,児に大きなストレスを与えかねず,また,帝王切開のリスク(母体術後死亡,術後合併症)を考えれば,被告病院の選択は不適切であるとはいえない。

(5)  争点(5)(分べん時の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係)について

(原告の主張)

ア 原告の精神発達遅滞等は,被告の被用者であり,診療契約の履行補助者である担当医師らの医療過誤に基づくものである。

イ 原告が,本件分べんによって精神発達遅滞等にり患したことは,①分べん時に酸素欠乏症(低酸素状態にあった)があったこと,②それによって分べん時に重篤な仮死状態で生まれたこと,そして蘇生したこと,③低酸素虚血性脳症,落陽等がみられること,④MRI等で脳の萎縮がみられること,⑤先天代謝異常,症候群障害,染色体異常がないこと等から明らかである。すなわち,被告は,子宮収縮剤を用いた稚拙な経膣分べんを強行したものであり,これによって,原告を重篤な急性胎児仮死に至らしめ,重症新生児仮死,胎便吸引症候群(MAS)及びそれらに続発する呼吸障害,脳実質内出血の状態に陥らせた。分べん時,低酸素状態におかれると胎児は胎便を排出し,さらにあえぎ呼吸することにより,大量の排便で汚染された羊水を吸引してMASとなるが,そのこと自体,分べん時に急性胎児仮死が存在した証拠である。また,新生児仮死に続発する脳実質内出血は予後不良であり,発育遅滞の原因となる。すなわち,これらは原告の神経学的予後に不可逆的な悪影響を与えたものであり,結果として,原告を精神発達遅滞等という重篤な後遺障害に至らしめたものである。

ウ 被告は,精神発達遅滞等が分べん時の低酸素症によって起こる場合には,必ず脳性麻痺もみられると主張するが,分べん時の低酸素症による発達遅滞で,脳性麻痺を伴わないものも存在しており,被告の主張は当たらない。分べん中の急性低酸素症と児の後遺症という問題は未だ統一した見解がないのが現状であり,精神発達遅滞等の発症と周産期要因が否定されているわけではなく,妊娠後期,分べん時の適切な管理と処置が重要であることにかわりはない。

(被告の主張)

ア 「All or None」の法則によれば,仮死状態で出生した児は,「死亡」するか「脳性麻痺を発症」するか,あるいは「正常」かのいずれかであるから,「死亡もせず,脳性麻痺も発症せず,正常でもない」場合というのは考えられない。仮に周産期の低酸素状態(asphyxia)を原因とする精神発達遅滞(MR:mental retardation)であれば,常に脳性麻痺(CP)を併発しなければならない。

原告の精神発達遅滞等は,脳性麻痺を伴っておらず,周産期の低酸素状態とは無関係に発症したものであることは明白である。

イ 本件においては,分べんの20分ほど前から胎児性仮死の徴候が胎児にうかがわれ,新生児仮死に陥っているが,6分後には自発呼吸が認められるほどに回復しており,低酸素状況下にさらされた時間は極めて短時間である。上述のとおり,周産期の低酸素状態を原因とする精神発達遅滞は必ず脳性麻痺を伴うのであって,これを伴わない原告の精神発達遅滞等は,周産期の低酸素状態を原因とするものではない。

ウ 鑑定意見書を作成したE医師も本症例には脳性麻痺が存在しないので,精神発達遅滞等はIUGRによるものとしている。なお,原告は,アプガースコア1点(心拍のみ)の状態でべん出されているが,待機していた小児科医師により,吸引,アンビューバッグによる酸素投与の措置が実施され,4分後には発声があり(アプガースコア4点),6分後には自発呼吸が確認されている(アプガースコア5点)。

エ また,脳神経欠損が周産期の低酸素状態を原因とするものであったとされるのは,以下ⅠからⅣの条件をすべて満たした場合に限られる(アメリカ産婦人科学会の基準)。本件の場合,少なくともⅡ,Ⅳを満たしていないことは明らかである。

Ⅰ 代謝性又は呼吸代謝混合性の深刻なアシドーシスの存在(pH<7.00)。

Ⅱ 生後5分以上にわたってアプガースコアが「0~3」と極めて低いこと。

Ⅲ 新生児期に神経学的な後遺症を示していること。

Ⅳ 同時にいくつかの臓器系にみられる機能障害(心臓血管系,消化器系,造血機能,肺機能,腎機能など)。

このことは,原告に脳性麻痺が発症していないという客観的事実とも合致し,同人の低酸素状態が極めて短時間であったことを意味するものであり,原告に胎児性仮死,新生児仮死が存在したとしても,これにより精神発達遅滞等を生じたとすることは否定される。

(6)  争点(6)(高度医療機関への転送義務違反)について

(原告の主張)

外来管理時より,本件出産がハイリスク妊娠であることは産科医であれば容易に判断できたものであるにもかかわらず,被告の担当医らは,自施設での管理,処置の技術的限界の判断を誤り,より高度医療機関への適切な転院,紹介をする義務を怠ったものである。すなわち,本件では胎児のウエルビーイングの診断検査はNSTが2回されたのみであり,同検査は手技が簡単で非侵襲的であるため胎児がIUGRと診断されたら少なくとも1週に1回は実施されるべき検査であることは一般の産科診療では常識的な事項になっている。また,NST以外のAFI測定,臍帯血管の血流診断,BPSという胎児の総合評価方法,臍帯血のガス分析などは一切実施されていないが,これらの検査の多くは妊婦の診療を行っている施設の全てで実施することが可能というわけではなく,周産期センター的施設でなくては実施が可能ではないのであって,花子の診療を行った被告病院においても実施不可能であったと考えられる。

そこで,被告病院としては,母体搬送(高度医療機関への転送)という手段を執るべきであったのであり,神奈川県のように母体搬送システムが整備されている地域にあっては,上記に述べた諸検査が不可能であるのであればNSTのチェックのみで漫然と妊娠経過をみているのではなく,本症例のIUGR胎児管理により高度な対応が可能な周産期センター的施設の基幹病院に本件診療を依頼し,転送すべきであった。そして,本件では,平成6年3月16日にIUGRと診断しているのであるから,転院する時間的余裕は十分あったのであり,専門医による適切な管理と処置によって後遺障害は回避できた。

(被告の主張)

IUGRであるからといって,それのみで高度医療機関へ紹介する注意義務は存在しない。しかも,被告病院は,帝王切開に必要な設備,人員が整った病院であり,必要な状況下に至れば帝王切開による胎児のべん出も可能な病院であって,本件においては,モニタリング上,帝王切開を行わなければならないような所見は認められなかった。

また,E医師のいうようにバックアップテストを実施する施設が存在していたとしても,母体搬送はIUGRに対する治療方法ではないのであるから,当該施設においていかなる治療が,いつの時点で実施されるかが問題とされなければならない。本件においては母体搬送時期が問題となるのではない。

(7)  争点(7)(高度医療機関への転送義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係)について

(原告の主張)

被告がIUGRの胎児を妊娠中の花子を,適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠ったために,IUGRの胎児管理による高度な対応が可能な高度医療機関(周産期センター的施設の基幹病院)において,適切な胎児管理,検査,診療等の医療行為を受けることができなかったことにより,原告は次のとおり重大な後遺症を残すに至った。

原告は,精神発達遅滞等により,立ったり歩いたりすることはどうにかできるが,足の運びがうまくいかずよく転ぶ。階段の上り下りは困難である。道路を一人で歩くことはできない,常に手をつなぐか,体をつかまえておかなければならず,有意語はなく言語理解も困難である。精神,運動両面にわたって発達が遅れていて,6歳8か月時の発達指数は精神発達が15,運動発達が25で1歳8か月相当という状況であり,1歳8か月から現在に至るまで,戊地域療育センターや養護学校等に通って機能向上を目指してリハビリを行っているが,改善するのは困難であるといわれている。原告は,現在身体障害者等級1級と認定されており,食事や入浴,排せつに至るまで,日常生活全般にわたって常時介助を要する状態にある。

(被告の主張)

否認する。

IUGRの胎児であるというだけでは帝王切開の産科的適応はなく,分べん監視装置により胎児心拍の異状が確認された時点で帝王切開に踏み切ることになる。本件においては,べん出前日,当日に長時間にわたって胎児心拍のモニタリングが実施されているが,胎児性仮死を疑う徐脈はべん出直前まで認められていない。したがって,仮にE医師のいうような高度医療機関に花子を転送しバックアップテストを実施していたとしても,本件と同様の経過をたどったものと推定される。

(8)  争点(8)(損害額)について

(原告の主張)

ア 後遺症による遺失利益  金1億0830万1864円

賃金センサス平成10年版男子労働者平均賃金年額569万6800円を基準に,就労の終期(67歳)までの年数に対応する新ホフマン係数19.011に後遺障害等級第1級に対応する労働能力喪失割合100パーセントを乗じた数額

569万6800円×19.011×100/100=1億0830万1864円

イ 慰謝料  金3000万円

精神発達遅滞等により後遺障害等級第1級の障害を残し,生涯話すことも一人で生活することも,働くこともできない生活を余儀なくされた原告の後遺障害慰謝料として,金3000万円が相当である。

ウ 付添い費用  金7865万6040円

原告は,生涯付添い介助が必要であり,付添い費として1日あたり6000円で計算し,過去6年分の1314万円及び将来分(平均余命71年,新ホフマン係数29.916で計算)の,6551万6040円の合計金7865万6040円が付添い費用として相当である。

過去分の計算 6000円×365日×6年=1314万円

将来分の計算 6000円×365日×29.916=6551万6040円

エ 弁護士費用  金2100万円

オ 合計  2億3795万7904円

(被告の主張)

争う。

(9)  争点(9)(重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の侵害)について

(原告の主張)

ア 予備的請求原因として主張している転送義務が履行されていたならば原告に重大な障害が残らなかった相当程度の可能性を侵害されたことに対する損害は,慰謝料3000万円である。

イ 本件では被告病院の診療ミスによる原告の後遺症の発症は明らかであるが,仮に因果関係が不確かである場合でも,被告病院が損害賠償責任を負うことに変わりはない。すなわち,最高裁平成16年1月15日第一小法廷判決(裁判集民事第213号229頁)によれば,医師に医療水準にかなった医療を行わなかった過失がある場合において,その過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は患者が上記可能性を侵害されたことによってこうむった損害を賠償すべき不法行為又は債務不履行責任を負うものと解すべきであるとされる。

そして,本件において,被告病院はIUGRの胎児に対する十分な検査,管理能力を有しなかったのであるから,より高度の医療機関への転送をし,原告が同医療機関において適切な胎児管理,検査,診療等の医療行為を受け,至適分べん時機に適切な方法でべん出する機会を与えるべきであったのにこれを怠り,後遺症を生じさせたものである。

したがって,被告は原告がこうむった損害を賠償すべき債務不履行責任がある。

ウ 本件を考えるに当たっては,患者の診療に当たった医師が,過失により患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った場合において,その転送義務に違反した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な医療機関への転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師が上記可能性を侵害したことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うと解した最高裁平成15年11月11日第三小法廷判決・民集57巻10号1466頁が参考となる。

(被告の主張)

ア 原告には,胎生初期の異常(IUGR)があったほか,平成8年2月1日より「てんかん発作」が頻発しており,小児期にり患した身体疾患の影響も強く示唆されている(ウエスト症候群類似の疾患)。また,精神発達遅滞等が観察されはじめた生後9か月ころには「全体的に1児(原告)との接触機会が少ないのでは」との母子関係についての問題が指摘され,原告の精神発達遅滞等に母親の関与の薄さという環境因子の影響も強く疑われるところである。したがって,原告の精神発達遅滞等の原因をIUGRのみに求めることはできない(乙15)。

イ 仮に,原告の精神発達遅滞等がIUGRによるものであると仮定したとしても,本件では,頭部及び全身状態の発育が共に不良な対称性IUGRであったこと,先天性の心奇形が存在したこと等から,IUGRの原因としては,胎生期の器官形成期に原因があったことが考えられ(乙15),早期の胎児べん出に至っても,後遺症が全く存在しない症例になって生存したと断定することはできない。そもそも,IUGRは,それ自体,出生後の児の短期,長期予後を左右する病態であり,特に対称性IUGRの場合には出生後の脳障害の頻度が非常に高くなる。

そして,IUGRに対する治療法は存在しないのであって,本件のような対称性IUGRに対し早期べん出を行いNICUにて管理したとしても,予後の改善が図れるかどうかはいまだ研究課題である。しかし,早期べん出によって予後の改善が図れるのは,子宮内環境の悪化に起因するものに限られ,原告のように,精神発達遅滞等に脳性麻痺を伴っていないような場合には,その精神発達遅滞が子宮内環境の悪化による影響を受けたことによるものであることは否定的に考えられており,仮に早期に児をべん出したとしても,精神発達遅滞等の発生を回避することは不可能であった。

したがって,原告が,対称性IUGRであったことにかんがみれば,同人の予後は極めて不良であったといえ,原告が主張するように,精神発達遅滞等の後遺症の程度が軽減された可能性は十分にあったということはできない。

ウ 原告の引用する最高裁平成15年11月11日第三小法廷判決は,重度後遺症の場合にも「相当程度の可能性」が法的に保護に値するものであることを認めたものであるが,原告らの主張する妊娠,分べん管理を実施したとしても「患者に重大な障害が残らなかった相当程度の可能性」が証明されない本件において,被告に対し損害賠償義務を課すことはできない。

第3医学的知見及び診療経過についての事実関係に係る当裁判所の認定

証拠(甲1~3,5~7,10~13,15,17~23,25~30,乙1~7,9~15,16の1,16の2,17の1,17の2,18~21,証人A,証人C,証人D,原告法定代理人甲野花子,原告法定代理人甲野太郎)及び前提となる事実によれば,以下の事実が認められる。

1  IUGRについて

(1)  定義

IUGR(子宮内発育遅延)とは,子宮内で胎児の発育が何らかの原因により障害され妊娠週数相当の発育ができなかった状態をいう。IUGRというのは,胎児の発育遅延の状態を示す症候群の名称である。厳密には,出生体重が妊娠週数に比して小さく,胎児子宮内発育曲線の10パーセンタイル以下の出生体重をもつ児と定義される。

IUGRは全妊娠の8から10%,周産期死亡例の18%,胎児死亡例の31%に認められ,ハイリスク妊娠例には高率に合併すると報告されている(甲22)。

(2)  IUGRの病因

IUGRの病因は多岐にわたるが,主に胎児そのものの成長ポテンシャルが低下するもの(胎児要因)と母体を含めた子宮内環境の悪化に伴うもの(母体,胎盤要因)とに分けることができる。前者は,胎児の染色体異常,先天性形態異常,心血管系奇形や妊娠早期の胎内感染,代謝異常が考えられる。後者には,妊娠中毒症,糖尿病,SLEなどの自己免疫性疾患に代表される母体微小血管障害に起因するほか,低栄養状態,喫煙,飲酒,抗けいれん剤なども原因となる。胎盤要因には,胎盤梗塞,臍帯及び卵膜辺縁付着,前置胎盤,胎盤血管腫などが原因となる(甲17参考資料7,22)。

(3)  病態生理

ア 臨床的にIUGRは,その身体的特徴により対称性(symmetric)IUGRと非対称性(asymmetric)IUGRに分類される。対称性IUGRは,頭部及び躯幹の発育がともに障害されたタイプ(TypeⅠと呼ばれる。)で,その発育障害は妊娠20週以前の妊娠早期に始まることが多い。非対称性IUGRは,IUGRの80%をしめるタイプ(TypeⅡと呼ばれる。)で,頭部の発育はある程度正常に保たれているが,躯幹の発育が障害されているもので,臨床的に妊娠28週以降にその発育障害が出現することが多い。躯幹の発育が障害されているのに,頭囲の発育が保たれている機序としては,低酸素症に胎児が陥るとノルエピネフリンやバソプレシンなどの血管収縮作用を有するストレスホルモンを分泌し,腸管や筋肉の血管を収縮し,重要臓器である脳,心臓,副腎,胎盤へ血流を優先的に送ろうとする血流再分配作用が働くためと考えられている(甲22)。

イ これらの病態生理は,前述のIUGRの病因と以下のような相関関係が見いだされる。すなわち,子宮内で胎児の発育を抑制する因子として胎児自身に基づく要因(内的因子)として,前述のように染色体異常,先天性奇形などが挙げられるが,この内的抑制因子は,妊娠中極めて早期から作用するので,胎児の細胞数も著しく減少し,身体の中でも頭部発育が抑制され,小頭傾向を示し,対称性IUGRとなりやすい。このような対称性IUGRは,先天奇形が高頻度に発生し,生命及び発達予後は極めて不良である。これに対し,母体疾患と胎盤の機能不全を主とする外的発育抑制因子は,作用時期が妊娠後半で,胎児の細胞増殖が終了するころであるので発育抑制は重篤なものには至らず,身体はやややせるが,頭部の発育は順調で身体に比して頭部が大きい非対称性IUGRとなり,発達予後は比較的良好である。しかし,これらTypeⅠ及びTypeⅡの中間型ともいうべきグループは母体及び胎児因子が相互に関連し,外的抑制因子でありながら,作用時期が早期のため対称性IUGRの型となる(甲21)。

(4)  IUGRの診断

IUGRの診断には,まず妊娠週数を正確に決定しておくことが重要であり,何らかの方法で排卵日が特定されていることが望ましいが,特定できない例に対しては超音波検査で妊娠8週から12週の胎児頭殿長(CRL)などを元に妊娠週数の確定を行う(甲22,23,25)。IUGRの診断は胎児体重と妊娠週数により判定されるので超音波断層法により,児頭大横径(BPD)や推定体重(EFBW)の計測を行い,これを妊娠週別にみた胎児発育曲線に経時的にプロットし,体重が10パーセンタイルの曲線より下であればIUGRと診断する(甲23)。

(5)  IUGR児の分べん前管理

ア 前述のようにIUGRの胎児は胎児自身が先天異常の症例であったり,大きな奇形部分を持っていたり,母体に高血圧があったり,胎盤や臍帯などに異常があるために発症する状態なので,妊娠中又は分べん中に多くの合併症を発生しやすくなり,IUGRの症例を妊娠した母体はハイリスク妊娠に入ることになる。その結果IUGRの症例は妊娠中の胎児死亡,胎児仮死,出生時の新生児仮死,胎便吸引症候群,感染症の発生率が高く,長期的予後も精神発達遅滞(MR)を残し,障害児となる可能性が高い。すなわち,このような障害を残した症例の約40%はIUGRとされており,この予後の改善,又はIUGRだと妊娠中に診断された胎児が障害児にならないようにどうすべきかが重要であり,そのためIUGRの胎児には正常な胎児を妊娠している妊婦の胎児管理とは別に特殊なハイリスクの厳重な胎児管理が必要となる。

イ 他方で,妊娠中に,IUGRの胎児の発育を良好にして,発育を促進させ成熟児にする治療法がないかという点について,従来から多くの研究や治験が実施されてきた。例えば,マルトース母体投与法,ソルコセリル投与法,微量酸素吸入療法など多数の方法が考案され世界中で実施されたが,いずれも効果は認められず,悪化した子宮内環境の改善によるIUGRの胎児の妊娠中の治療は,現時点では不可能であるとされている。

ウ そうなると,IUGRの胎児は悪化した子宮内の環境改善が望めない以上,栄養状態の悪化及び低酸素状態が劣悪化しないうちにある程度のところでべん出を計画することとなるが,この胎児の健康状態(胎児ウエルビーイング)を把握する方法としては数多くの手技が考案され,これらを用いてより適切なIUGRの胎児べん出時機を決定する妊娠中の胎児診断が重要となっている(甲17)。

2  精神発達遅滞(精神遅滞)について

(1)  定義

ア 精神発達遅滞とは,種々の原因により精神発育が恒久的に遅滞し,このため知的能力が劣り,自己の身辺の事柄の処理及び社会生活への適応が著しく困難であるもの(昭和28年の文部省次官通達),又は一般的知的機能が有意に平均よりも低く,同時に適応行動における障害を伴う状態で,それが発達期に現れるものをいう(米国精神薄弱協会 1973年)と定義される。後者の定義によれば,①有意(平均より2標準偏差以上)に低い知的機能,②年齢に応じた適応行動の発達不全,③18歳未満の発症が診断基準となる。したがって,低IQ(知能指数)であることだけで精神発達遅滞の診断が下されるのではなく,知的機能と適応行動との両者に障害があると確認されたものだけが,精神発達遅滞として分類される。

イ 精神発達遅滞の程度は,軽度から最重度までの4段階に分類されるが,その程度は個人差,個人内差,年齢,教育及び養育環境により,対人関係,集団適応等により異なる。

精神発達遅滞の発生率は報告者により0.86から5.6%までと幅広く,通常人口50人に約1人(出生100に対し2から3人)の高率に上っている(甲6,7)。

(2)  原因

精神発達遅滞は一つの疾患単位ではなく状態像であり,その原因も脳性麻痺と同様に,出生前,周産期,出生後障害の多岐にわたっている。精神発達遅滞の原因としては以下のようなものが挙げられる(甲7)。

ア 原因不明:約30~40%

イ 遺伝的要因(約5%):先天性代謝異常単一遺伝子異常(結節性硬化症),染色体変位(転座型ダウン症候群)。

ウ 胎生初期の異常(約30%):染色体異常(例;21トリソミー型ダウン症候群),毒物や感染症による出生前の障害(アルコール,風疹,サイトメガロウィルス等)。

エ 妊娠及び周産期の問題(約10%):胎生期の栄養不良,未熟児,低酸素症,外傷。

オ 小児期にり患した身体疾患(約5%):感染症,外傷,重金属中毒

カ 環境の影響と精神障害(約15~20%):養育の欠如,社会的,言語的,その他刺激欠如及び重度の精神病の合併。

(3)  症状

精神発達遅滞に伴う症状は,知的発達障害を主に,行動障害,精神症状,性格上の問題,身体症状として身体諸器官の形態的及び機能的問題,運動機能,てんかん発作等,言語の問題,学習上の困難性等が認められる(甲7)。

(4)  脳性麻痺(CP)との関係

ア 脳性麻痺とは,受胎から新生児期(生後4週間以内)までの間に生じた,脳の非進行性病変に基づく,永続的なしかし変化し得る運動及び姿勢の異常であり,その症状は満2歳までに発現する,非進行性疾患や一過性運動障害,又は将来正常化するだろうと思われる運動発達遅延は除外される(厚生省脳性麻痺研究班 昭和43年 乙15)。

イ 脳性麻痺児においてはいわゆる「All or None」の現象がみられる。すなわち,児は,死亡するか,脳性麻痺を発生するか,あるいは正常かのいずれかとなる。

脳性麻痺と精神発達遅滞とは別の疾患であるが,一部重複しているところもあり,以下のような関係が認められる。

①脳性麻痺児の約50%は正常な知能指数を示すが,約25%は高度な精神発達遅滞である,②高度な精神発達遅滞児のうち約10から15%までは脳性麻痺を併発し,周産期の低酸素状態(asphyxia)がその原因として推定される。したがって,もし精神発達遅滞が低酸素状態によって起きる場合には,脳性麻痺も同時にみられる。③脳性麻痺を併発しない精神発達遅滞は分べん中の低酸素状態との関連はない。(乙1,2)

3  本件分べんに至る経過(認定に供した証拠は,認定事実の末尾に摘示するほかは,乙3ないし5に基づく。)

(1)ア  原告の母である花子は,昭和(略)生まれであり,平成5年当時32歳であった。非妊娠時の身長は154cm,体重は48.5kgであった。

イ  平成5年8月22日午後1時15分,花子は被告病院の産婦人科を受診したところ,妊娠7週1日と診断されたが,切迫流産のおそれがあり安静が必要であったので,同病院に同年9月12日まで入院した。花子は,同病院の医師に最終月経日を同年7月3日と申告し,分べん予定日は平成6年4月9日であると診断された。

ウ  平成5年9月12日の退院に際しての診断では,胎児の胎児頭殿長(CRL)18mm,8週5日相当,胎児心音ありで,外来フォローアップが必要であるとされた。

(2)  その後は,特に問題もなく推移し,当初は1か月に1回,平成6年2月に2回,同3月には4回の割合で,被告病院にて定期的に診察を受けた。

平成5年9月28日から平成6年4月30日までの診察,検査内容は以下に付け加えるもののほかは別表1記載のとおりであり,同期間内における頸管熟成度を確認するビショップ(Bishop)スコアの結果は別表2のとおりである。なお,ビショップスコアとは,「頸管開大度」「展退度」「児頭の下降度」「硬さ」「子宮口の位置」の5項目により頸管熟成度を評価するもので,9点以上が熟化と評価される。

ア 平成5年9月28日,花子は被告病院でA医師の診察を受けたところ,妊娠12週3日,異常所見なし,CRL(胎児頭殿長)39mm,妊娠11週2日相当,胎児心拍あり,性器出血なしとの診断であった。

イ 同年10月27日,胎児のCRLは93mmであった。

ウ 同年11月29日,花子は貧血の疑いがあると診断された。A医師は,CBC(全血液計測)を行い,同人に対して補中益気湯を3包/3×14TDの割合で処方した。

エ 同年12月27日,太郎が風しんにり患したため,花子についても風しんが疑われた。なお,花子に対する風疹赤血球凝縮阻止抗体検査の結果は,64倍との数値が出た。

オ 平成6年1月25日,B医師は花子に対しブドウ糖負荷試験(GTT)を実施した。花子の血算は12.4g/dlであり,クラミジア反応は陰性であった。B医師は,花子の尿から糖が検出されたことから,糖尿病を疑った。後日,糖尿病自体にはり患しておらず問題のないことが判明した(甲15)。

カ 同年2月22日,花子の体重が60.7kgに増加したため,被告病院のB医師らは同人の体重増加に注意した。

キ 同年3月11日,A医師は,花子の胎児の推定体重が妊娠週数に比して軽いことから,妊娠週数の違いであるか又は胎児がIUGRではないかと疑った。この点につき,同医師は同月16日の診断の際に確認し,花子の胎児がIUGRであると確定診断をするに至った(A尋問調書18頁)。しかし,同医師は,花子に対して胎児の発育が遅れているとの指摘をしたにとどまった(花子尋問調書22頁)。

ク 同月25日,花子の血算は12.9g/dl,また,HPL(ヒト胎盤性ラクトゲン)及び尿中E3(尿中エストリオール)の胎盤機能検査を実施し,その結果はそれぞれ4.9μg/ml,10μg/mlであった。同病院のH医師は,内診により児頭に触れ,その時にはまだ骨盤の中に児頭が入っていない状態を確認し,さらに,ザイツ法(児頭骨盤不均衡判定方法)により児頭骨盤不均衡の所見が認められたため,必要なら次回診察でグットマン検査(児頭骨盤不均衡を測定する際に用いるX線骨盤計測)を行うように指示したが,その後必要ないと判断され同検査は行われなかった(A尋問調書23ないし24頁)。

ケ 同年4月7日,B医師は,花子に対してノンストレステスト(NST)を実施したところ,反応型(reactive pattern)の所見を示した。同日,同医師はマイリス200ml及び5%ブドウ糖(GLO)20mlを花子に投与した。この診断の際に,頸管熟化や児頭の下降がみられなかったため記録の再検討がされ,上記NSTの結果が反応型であったことから週数の補正をして様子を見ることとし,推定妊娠週数が39週5日から38週4日に,同年4月9日の出産予定日が,同月17日に補正された(A尋問調書2頁)。

コ 同月11日,被告病院の医師は,マイリス200ml及び5%ブドウ糖(GLO)20mlを花子に投与した

サ 同月16日,ヒト胎盤性ラクトゲン及び尿中エストリオールの胎盤機能検査を実施し,その結果はそれぞれ5.5μg/ml,5μg/mlであった。

シ 同月21日,B医師は花子に対し,NSTを実施したところ,反応型の所見を示した。同日,同医師はマイリス200ml及び5%ブドウ糖(GLO)20mlを花子に投与した。

ス 同月30日,A医師は,内診の際に,花子に対して卵膜剥離の処置を行い,頸管を広がりやすくし,陣痛の発来が容易になるような処置を行った(A尋問調書4頁)

(3)  上記(2)に認定したように,花子は,平成6年4月に数回の診察を被告病院で受けたが,予定日を過ぎても出産の兆候がなかったため,心配となり,診察したB医師に質問したところ,同医師は「大丈夫心配ない。」「予定日に生まれる方が少ないのだから。」などと述べた(甲11)。

また,前記認定のとおり,花子に対して,子供が生まれやすくなるようにとマイリス(妊娠末期子宮頸管熟化不全における熟化促進剤)が数回にわたり注射されたが,それでも出産の兆候が生じなかった。

4  分べん中の経過(認定に供した証拠は,認定事実の末尾に摘示するほかは,乙3ないし5に基づく。)

(1)ア  平成6年5月2日午後7時ころ,花子には不規則に陣痛があり,その後10分間欠,5分間欠の陣痛が始まり,同日午後11時50ころ,同人は被告病院に5分間隔の陣痛が発来した旨電話で連絡し,花子の母親が運転する車で被告病院に到着した。花子は,翌3日午前0時10分ころから被告病院に独歩して入院し,分べん準備室に入り,その後花子に対し浣腸が行われた。この時点において,子宮口は,2cm開大していた。同日から翌4日までのビショップスコアの数値は別表3のとおりである。

イ  同月3日午前1時ころ,胎児心拍数モニターを装着したところ,反応型(reactive pattern)の所見を示した。

ウ  同日午前9時15分ころ,花子に対しプロスタグランジンE1錠が挿入された。

エ  同日午前11時ころ,CTG(胎児心拍陣痛計(図))による,モニタリングが開始された。

オ  同日午後0時40分,A医師は,内診を行い花子の子宮口が4cmに開大したことを確認し,花子に対しマイリス600mgを静脈注射した。

カ  同日午後0時50分ころ,CTGによるモニタリングにより,心拍心音が一時的に80bpm以下に変動する変動一過性徐脈が確認された。その時点において,花子に陣痛は認められなかった。

キ  同日午後1時30分ころ,CTGによるモニタリングより一過性頻脈が認められ,反応型(reactive pattern)の所見を示した。同日午後2時30分,花子は不規則な陣痛があると訴えたが,分娩監視装置上,ほとんどはりは認められなかった。

ク  同日午後4時,約5時間に及ぶモニタリングにより,反応型(reactive pattern)であることが確認されたので,CTGによるモニタリングを終了した。A医師は内診を行った上,CTG上異常所見がみられず,陣痛の増強もなかったので微弱陣痛と判断して,花子をいったん帰宅させた。

(2)ア  同月4日午前2時ころ,再び約5分おきに陣痛が始まったので,花子は太郎の運転する車で被告病院に到着し再入院した。なお,この時点における花子の妊娠週数は42週3日であり,いわゆる過産期となっていた。

イ  入院後の同日午前2時20分ころ,花子に対しCTGによるモニタリングが開始され,内診により,陣痛は不規則かつやや弱めであること,花子の子宮口が4cmに開大していることが確認された。この時点から同日午前7時10分までのビショップスコアは前記別表3のとおりであり,その間に花子は破水し,早期破水であると診断された。

同日午前3時40分の内診でも,花子の子宮口が4cmに開大していることが確認され,陣痛は微弱,不規則であり様子を見る必要があるとされた。

ウ  同日午前8時10分ころ,花子の子宮口がほぼ全開大(8cm)となったが,CTGによるモニタリングにより約10分間にわたって胎児心拍数が60から80bpmまでに低下する遅発性徐脈が認められた。

そのころ,D助産師が花子のもとへ来て,胎児の心音が落ちているという趣旨のことを述べ,花子に対して体位変換,酸素5l投与を行ったところ,胎児心拍数は速やかに120bpmから160bpmに回復した。D助産師は,A医師に対してドクターコールを行い,同医師は花子の内診を行った。

エ  同日午前8時30分ころ,CTGによるモニタリングにより変動一過性徐脈が認められた。

オ  同日午前8時50分,D助産師は,上記午前8時10分に徐脈が認められたこと及び当日が休日であったためあらかじめ小児科医を優先的に確保しておいた方がよいと判断し,小児科のG医師にドクターコールを行った(D尋問調書6頁)。

カ  その後も,何度か遅発性徐脈の所見が認められたが,いずれも100bpm以上,かつ5分以内のものでありアクセレレーションも認められた。

キ  同日午前9時ころ,花子の子宮口は全開大(10cm)となり,A医師は内診を行ったが,羊水流出はほとんどなく,かつ混濁は認められなかった。

ク  A医師は,花子の体位を側臥位へと体位変換させ,同日午前9時10分ころ,子宮口が全開大であったことから分べんを早めるためアトニン(分べん誘発剤)5単位をブドウ糖500mlに希釈し毎分25滴にて花子に点滴した。

(3)ア  同日午前9時20分ころ,担当医師がA医師から,非常勤で花子とは初対面のC医師に交替した。A医師は,引継ぎに際し,胎児がIUGRであり小さめであること,午前8時10分の時点で心拍が一度落ちているが酸素を投与したことで回復していること,遅発性徐脈は時々みられるがもうすぐ正常に戻ると思われること,子宮口が全開大となっているからこのまま経膣分べんでいいのではないかと判断されること,子宮口は全開大であるが陣痛が弱かったことからアトニンを使うつもりであること,その用量等を申し送った(A尋問調書25頁,C尋問調書2頁,14頁)。

イ  その後,C医師が内診を行ったが,C医師は花子に対して,子宮口は全開には開いていないこと,胎児が降りてこないことを述べた(花子尋問調書15頁,C尋問調書17頁)。

ウ  同日午前9時45分,D助産師はC医師にドクターコールを行い,同50分,C医師は,花子が過換気(過呼吸)となっていたため,同人に対する酸素投与を中止した。過換気とは,心因性,身体的ストレスによる情動反応により,呼吸性アルカローシスに至るものであり,酸素投与を中止して,二酸化炭素濃度の上昇を図る必要があり,上記処置により花子の状態も落ち着き,酸素投与中止後の胎児の状態も安定していた。さらに,同医師は,D助産師に指示し,フルマリン1gと生理食塩水100mlを注入した。

エ  同日午前10時ころ,花子に怒責感が軽度に出現したので,同10時40分ころ同人を分べん室に移し怒責をかけた。D助産師は,花子のそばにあって,モニターを確認しながら,「もっと力を入れて。」「もっといきんで。」等といきみ方を指導した。

なお,D助産師は,同10時ころ,C医師に対し,アトニンの増量の指示を仰ぎ,同医師は,アトニンの投与を毎分30滴に増量し,さらに同10時40分ころ,アトニンの投与を毎分35滴に増量した。

そのころ,陣痛の発作が短く,花子は怒責がうまくできない状態であった。

オ  同日午前11時00分,CTGによるモニタリングにより変動一過性徐脈とも遅発一過性徐脈ともとれる徐脈の出現が認められた。この徐脈の最下限はいずれも110bpm以上のものであり,その後すぐに130~140bpmに回復した。また,胎児に産瘤が軽度に認められた。

D助産師は直ちにドクターコールを行い,C医師の診断を仰いだところ,同医師は,徐脈は認められるものの,児頭の下降も進んでいたことから,帝王切開によるよりは,経膣分べんによりべん出を急ぐべきであると判断して,経膣分べんを継続した。

(4)ア  同日午前11時05分,胎児の産瘤はやや増強し,C医師は,アトニンの投与を毎分40滴に増量したところ,同15分に花子の怒責は強くなり,同19分に,花子は経膣分べんにて原告を分べんした。

イ  原告の出生時の体重は2126gで,泣き声を上げることがなく,全体が暗紫色で,手足もぐったりとしていて,全身チアノーゼの症状を呈しており,心音微弱,自発呼吸がない状態であった。

ウ  原告に対し,出生後,あらかじめ待機していた小児科のG医師によって,吸引,アンビューバックによる酸素投与等の救急そ生術がされたが,アプガースコアは1分値1点,5分値4点という新生児仮死状態であり,アプガースコア10点となるまでに出生後59分を要した。

エ  すなわち,同日午前11時23分,アプガースコア4点(弱く発声あり),同25分アプガースコア5点(自発呼吸確認),同34分アプガースコア6点(筋緊張下肢にあり),同50分アプガースコア7点(チアノーゼ改善),同日午後0時00分アプガースコア8点,同19分アプガースコア10点という経過をたどった。

(5)  原告には,陥没呼吸及び神経症状である落陽現象が継続し,児の活動が弱いため,同日午後0時30分に被告病院を救急車で出発して,同日午後0時50分に医大病院のNICUに搬送された(乙6,乙A17)。

同日,G医師は,太郎及び花子に対し,児が小さく出生時の状況があまり良くなく,出生前に早期破水しており感染症の可能性が考えられることから,大学病院で管理をした方がよいだろうと病状を説明した(甲12)。

(6)  分べん児における花子の出血量は,分べん第2期1時間値52ml,2時間値20mlで,分べん第3期80mlの総計152mlであった。胎盤は,重量は500g,形状は円形で,質は脆弱であり,暗赤色で,石灰沈着(++),白色梗塞(++)が認められた。また,前羊水の量は少から中程度であり,悪臭及び混濁は認められなかったが,後羊水の量は中程度で泥状の混濁があった(++)が,固形物が引けたということはなく(D尋問調書11頁),悪臭もなかった。臍帯巻絡は認められなかった。

5  分べん後の経過(認定に供した証拠は,認定事実の末尾に摘示するほかは,乙16ないし19に基づく。)

(1)  搬送後の病状

原告は搬送先の医大病院のNICUにて治療を受け,平成6年6月19日退院した。

同病院に搬送した当時の原告の状態は,以下のとおりである。筋緊張及び活動性が弱く,皮膚の色はややチアノーゼを呈しており,多呼吸であるが陥没呼吸や呻吟は認められなかった。肺音は清明であり,心雑音は認められなかった。また,落陽現象も頻回にみられた。胸部レントゲン写真は斑状陰影(全肺野)を呈していた。

なお,出生時原告の陰嚢には表皮剥離が認められた(乙5)。

医大病院の医師は,上記所見及び入院中の経過等から,原告の疾患につき,①新生児仮死,②胎便吸引症候群,③高ビリルビン血症,④心房中隔欠損症,⑤心室中隔欠損症,⑥MRSA感染症,⑦低出生体重児(IUGR),⑧脳出血との診断を行った(乙17の2-4頁)。

平成8年3月13日,医大病院は,原告の上記期間中の病名を低酸素性虚血性脳症と診断した(甲28)。

(2)  医大病院における各疾病に対する治療及び経過

ア 新生児仮死

原告は,医大病院への前記搬送後,搬送用クベースに入室したが,顔色やや不良で,多呼吸であり,酸素の吸引が弱く,ゼクレートが多量であった。SpO2値80台からさらに70台に下降したため,原告に対して酸素吸入を開始したところ,SpO2は90台へと回復した。前述のように,原告には,けいれんはなかったが著明に落陽現象が認められ,レントゲン写真上,肺野がかなりの程度に胎便により汚染されており,吸引を頻回に行ったが,胎便吸引症候群の所見が認められた。

検査データでは,CK,LDH,GOTの値が高値であり,仮死徴候にあったことを裏付ける所見が認められた(乙16-53頁)。

2日後まで呼吸状態が不安定であり,ゼクレートも多量であったが徐々に落ち着き,4日後には酸素化もよく酸素吸入も中止となった。入院時よりCRP値が高かったが,抗生剤を投与後,陽性になることなく4日目に終了した(乙16-53頁)。

また,原告に対しては,禁乳,輸液療法を開始し,入院時の低血糖35とやや低値であるため75%base(3mg/kg/min)に変更したところ,血糖は正常域まで回復した。

上記のとおり,原告には入院時より落陽現象が認められたので,頭部エコーを施行したが,はっきりとした出血部位は確認されなかったが,その後も落陽現象が持続してみられたため,平成6年5月10日,頭部CTを施行した結果,左後頭部に出血巣が確認された。

同月24日,経過観察のために原告に頭部CTを施行したところ,前回の出血部位はほぼ吸引されて小さくなっており,落陽現象はかなり少なくなっていたが,依然として散見された。なお,けいれん等は全くみられなかった。

同月30日,原告の左右の前頭部に一致してスパイクが認められ,原告は月齢に比して活動性が弱かった。

同年6月13日のMRIでは,原告の左後側頭領域に血腫が認められた。

退院当時,原告の状態は安定していたものの,原告の新生児仮死が重篤なものであったことから,今後成長,発達に影響が現れる可能性も大きく,外来にて神経学的チェックなど,退院後も経過観察が必要であるとされた。

イ 胎便吸引症候群

妊娠42週3日の過産期における出産であり,分べん時に羊水混濁が認められたことに加えて,原告の鼻こうより便が多量に吸引され,胸部のレントゲンにおいても斑状陰影が認められたことから,原告は胎便吸引症候群と診断された。

胎便吸引症候群とは,通常胎児は子宮内では胎便を排泄しないが,高度の低酸素状態にさらされると羊水中に胎便を排泄すると同時に,あえぎ呼吸が出現することにより,胎便で汚染された羊水を気道内に吸飲することによって起きる呼吸障害のことである。

原告には,多呼吸が認められたため酸素30%が投与され,さらに,化学性肺炎に対し,アンピシリン(AB-PC),ゲンタマイシン(GM)の投与が行われた。

同年5月5日におけるレントゲン撮影では,原告の肺野はほぼ清明なことが確認され,多呼吸も徐々に消失したので,同月8日に酸素投与は中止された。CRP値も最高3.3まで上昇したが,同月8日には陰性となったため原告に対する抗生剤の投与は中止された。

ウ 高ビリルビン血症

同年5月5日(生後1日),原告の黄疸が総ビリルビン値8と増強したため,同日より光線療法が開始された。翌日総ビリルビン値7.3に下降していたため,光線照射は中止された。

エ 心房中隔欠損症(ASD),心室中隔欠損症(VSD)

同年5月7日より,原告に心雑音が出現した。レントゲン上は,正常範囲内であったが,心電図では陽性T波が出現し,右心室肥大(RVH)の所見が認められた。その後,原告の心雑音は増強し,聴診では同人の胸骨左縁ⅡからⅢ肋間に収縮期駆出性雑音を聴取した。

同月10日に,原告に対し,心エコーを施行したところ,エコーにてASD(2次口欠損タイプ),VSD(膜欠損)が確認された。原告の尿量も少なかったためイノバン(ドパミン)及びドブトレックス(ドブタミン)を各2γずつ投与して様子を見ることとしたが,原告の体重増加及び尿量が少ないため,ラシックス,アルダクトンを使用したところ改善傾向になった。

同月13日,シゴシンの投与を0.01mg/kg/day割合にて開始し,イノバン(ドパミン)及びドブトレックス(ドブタミン)の投与を次第に減少していった。

同月16日の原告の血中濃度は1.21と比較的良好で有効域にあると認められ,ジギタリゼーションにて,経過を見ることとされた。

なおこれらの疾患は,投薬の後8か月して自然治癒した。

オ MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染

同月13日,原告に38度の発熱が認められ,何らかの感染症が考えられたので,咽頭血液培養が施行された。医師らは,この時期の疾病で一番考えられるものとして,MRSA感染をメインに考え,硫酸アルベカシンの投与を行った。翌日,原告は37から38℃の発熱が続いていたが,CRP値も徐々に低下し,5月18日には陰性化した。咽頭培養によりMRSA感染が検出された。

(3)  退院後の措置

退院時の原告の体重は3070g,身長50cm,頭囲35cm,胸囲32.5cmとなっており(乙16-54頁),原告のほ乳力は良好で,泣き声及び自発運動はいずれも良好であった。

同年6月19日の退院後,原告は医大病院の心臓外来にて,シゴシン及び利尿剤P.O.の投薬を受けながら,経過観察されることとなった。

(4)  退院後の経過

ア 原告は元来溢乳しやすかったが,同年7月11日,ほ乳後噴水状の嘔吐がみられたので,同月14日,医大病院に再度入院した。入院後の検査により,幽門部にオリーブの実大の腫瘤が触知されたことから,肥厚性幽門狭窄症と診断され,肥厚した幽門部の横断像の輪状筋が5mm以上,縦断像で約20mmであり,腹部レントゲン撮影にて胃拡張,小腸ガスの減少が認められた。入院後,輸液管理を行い,原告の状態を整えた後,同月20日,原告に対し,ラムステット幽門筋切開術が施行された。翌21日,腹部レントゲン撮影にて胃拡張のないことを確認した後,原告に対して授乳を再開し,経過が順調であったことから,同年7月27日に,同人を退院させた(乙18-3頁)。

なお,同月18日の医師から両親に対する病状説明に際して,落陽現象,体が硬いなどの所見があるので神経学的異常を否定できないとの指摘がされ,必要に応じて脳波検査,MRIを行っていく旨の説明がされた(同20頁)。同月11日に行われた脳波検査の所見は,1-2C/S(サイクル/秒)の遅い波に,5-6C/Sの低振幅な波が重畳しており,わずかにスピンドルと思われる早い活動が認められるが,ハンプ及びスパイク(棘波)は認められず,全体としては正常であるとされた(乙16の2-66頁)。

イ 同年11月16日,医大病院おいて,原告に対し,X線診断が行われ,同診断の結果,以下のような事実が認められた。

原告は扁平頭蓋であり,脳室系は軽度拡大しているが,脳実質では明らかな局所の異常は認められなかった。脳白質のT1強調画像において高信号として観察される髄鞘化はほぼ満足できるものである。しかしながら,原告の脳梁は少し薄いものであることが認められる。全体としての原告の脳の印象は,軽度に薄い脳梁であり,大脳容積は頭蓋より小さく,頭蓋と脳の不具合又は脳実質の軽度発達遅延であるとされた(乙16の2-78頁)。

ウ 平成7年1月25日,医大病院において,原告の粗大運動の1,2か月の遅れが指摘され,発達評価の経過観察が指示された。(乙16の1-80頁)

エ 同年2月6日,原告は,医大病院リハビリテーション部において,リハビリを開始した。その際,花子からは,原告は,むせやすく眠りが浅く寝付きが悪いこと,あお向けより腹ばいを好むこと等の症状が訴えられた。

診察中のリハビリでは,原告は,高這いは可能であるが坐位の姿勢を完全にはとることができず,花子からはできている旨の報告があった物の持ち替えもできなかった。しかし,仰臥位となったときに,寝返り後直接高這いまでは行うことができた。原告の深部腱反射の反応は体全体において(±)であり,パラシュート(乳幼児を,立体懸垂位又は腹臥位懸垂から,急激に頭部を前下方に倒したときにみられる四肢の保護伸展反応。)も前方(±),側方(-),後方(-)との反応であった。

診断の結果,原告には,運動発達に2か月程度の遅れがあり,また腹筋等体幹前屈筋力低下がみられ,坐位の保持が不完全であることが指摘された。また,原告の下肢には筋緊張の軽度亢進が認められるので,花子に対し,下肢ストレッチ,坐位での引起しを訓練するように指導がされた。さらに,原告の認知が遅れている可能性が大きいため経過観察に付された。

オ 同月13日,医大病院リハビリテーション部を受診したところ,原告の坐位バランスは向上し腹筋訓練も上昇したが,同病院の医師より,両親の原告に対する話しかけが少ないので,話しかけを多くするようにとの指導がされた。

カ 同年3月11日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。その際花子は,同部の医師に対して,原告の様子について,言葉はまだはっきりとせず「アー,アー」「マー,マー」などとしか発せず,高い視線を好む様子がある旨述べている。

同日,津守式乳幼児精神発達質問紙(運動,探索,操作,社会,生活習慣,理解,言語の五つの領域について発達輪郭をみる検査であり,母親から子供の日常生活,活動を観察した結果を問い評点化するので,特定の検査条件を要しない。以下「津守式検査」という。)を実施したところ,運動10-35,探索操作7-27,社会8-19,食事7-12,言語1-1であった。

診察中のリハビリでの原告の様子は,以下のとおりである。すなわち,仰臥位からおもちゃを持ち替えることができ,かつ肩を下制して頭を屈曲させることもできた。また,頸を左右に回転させることも可能であった。坐位時間は向上し足を触っていることが多くなったが,腹臥位では三点指示及び四つんばいは可能であるものの,四つんばいの耐久性は低下した。ハイハイは2~3歩で崩れるが,つかまり立ちは可能となった。立位にて原告の興味を引くものを左右へと誘導し体幹を回転させることもできるようになっており,また声をかけても平気であった。足把握は(±)から(+)へと向上した。

診断の結果は,以下のとおりである。すなわち,原告の坐位時間及びバランスは向上しており,動作から考慮すると腹筋等,体幹筋の固持収縮は向上していることが認められ,また原告本人も高い視線を好むという興味が出現している。徐々に立位での動作が多くなってきたが,まだ立位バランスが不安定で,つかまっている状態が多かった。訓練としては,立位での耐久性の向上,体幹回転の頻度を多くすること,また四つんばいハイハイ等を加える指導が行われた。

また,この当時原告は生後10か月となっているが,母子関係をみてみると花子に2児めが生まれてくることもあり,花子と原告との接触機会が少なくなっていることが予想されるため,早期に療育施設等へ結びつけて,ほかの母親たちとの交流を深めることも大切かと思われるとの指摘がされた。

キ 同年4月22日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。その際,花子は,同部の医師に対して,原告の様子について,午前中ずっと寝ていて夜になると指しゃぶりばかりしていること,呼んでも振り向いたりせず原告の反応が鈍い旨述べ,原告の祖母も,花子の遊ばせ方が下手で原告に何もやらせない旨を述べた。

診療中のリハビリでは,原告はつかまり立ちから,つたい歩きは(±)であったが,その際左右への移動ができるようになってきており,積み木打ちもできるようになった。

同日の診断では,原告の運動機能面は徐々に向上してきていることが認められるが,花子との接触関係が少ないこともあり,今後1か月の母子関係について確認する必要があることが指摘された。

ク 同月26日,原告に対して精神発達検査(検査方法:乳幼児簡易テスト遠城式)が行われ,同検査の結果,原告は満年齢11.5月に対して精神年齢8月で2.5月の遅れが認められ,精神発達指数(DQ)は70であった。

同検査における総合所見は以下のとおりである。すなわち,原告は,呼んでも余り反応がなく,コミュニケーションをとろうとしない。よく笑うが,マイナスの表情は余り見せず,例えばぶつける,物をとられるなどの痛みへの反応がない。親指と人差し指で積み木を扱うことがいまひとつ習得できず,中指が入ってしまう。右から左へ物を持ち替えることはできるものの,物を握ったり扱ったりする興味より,指先に触れ,手のひらの感触を楽しむ段階である。つかまり立ちはできるが,足がしっかり床に着かず,つま先立ちになってしまうことが多い。余り立ち上がらないが,かと言って,はうことも好きでない様子である。座ったままで,手の届く範囲の物を触れて満足しているところがある。おもちゃは音の出る物にとても興味を示し,母のことは「マーマー」と言って探すようである。

ケ 同年5月17日,医大病院において,原告に対し,X線診断が行われ,同診断の結果以下のような事実が認められた。

原告の脳室系の大きさは正常であり,脳白質の髄鞘の変化はT1イメージでは満足すべきものがあった。T2イメージでも脳鞘の変化が脳白質において認められ,これも満足すべき所見であった。頭蓋の前後径は小さく,偏平頭蓋が疑われるものの,全体の印象としては,原告の脳白質の髄鞘はほぼ満足すべきものであり,脳MRIはほぼ正常であった。

コ 同年5月27日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。その際,花子は同部の医師に対し,原告の様子について,呼びかけに反応するようになり,少し歩くそぶりを見せるようになったこと,夜も眠るし昼寝も十分にすること,いつも口を開けて舌を出していること等を述べた。

診察中のリハビリでは以下の事実が認められた。原告の関節可動領域は正常範囲内であり,坐位から立位への変更及びつかまり立ちは可能で手での支持も可能であった。また,立位での体幹回転も片手による支持のみで可能であり,坐位から半膝立ち様の動作も(+)であった。歩行面は,歩行補助玩具を利用して,少し押すことも可能であるが,その動きについていけず,飽きやすい面がうかがわれた。階段の昇降については,自力ではって昇り後ろから降りることが可能であった。筋緊張は正常であり,頭囲は46cmに成長した。言語面においては「パパ,ママ」のほか後はうなっているような感じであり,食事面はスプーンを使用して花子が食べさせれば,全量摂取は可能であったことが認められた。

同日の診断では,歩くための条件がそろってきて,近いうちには歩行が可能であると見込まれ,母子の接触する機会も増えてきたこと,食事等は原告と花子が一緒になり練習するという意味でも摂取する様に説明がされ,立位の機会を多く与えるようにとの指導がされた。

サ 同年6月24日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。その際,花子は,同部の医師に対して,原告の活動性が向上してきたこと,原告が自分の足を持ち上げて足で遊ぶようになったことなどを述べた。

診察中のリハビリでは,仰臥位でのボトムリフティングは(+)であり,坐位でのパラシュートでは後方(±)であった。可動領域は正常範囲内であり,筋緊張も正常であったことが認められた。

津守式検査では,運動42.5,理解7,操作35,社会23,食事16.5との検査結果が認められ,遅れてはいるものの徐々に運動発達機能は向上していることが認められた。

シ 同年11月15日,医大病院において,原告に対して精神発達検査が行われた。同検査によれば,原告は満1歳6か月の実年齢に対して,精神年齢は8か月と遅れが認められ,精神発達指数(DQ)は44であった。同検査においては,総合としては,原告は運動面を除いて退行したように思われるとして,以下のような所見が述べられた。

すなわち,原告の行動を観察すると,運動面では,坐位から立ち上がり2,3歩自立歩行ができること,片手におもちゃを持って立ち上がる又は落としたおもちゃを立ったままで拾い上げることができ,おもちゃを両手に同時に持つことはできないが片手から他方へ持ち替えることができること,立位で頭に布をかぶせるとバランスを崩すことなく取り払えること,おもちゃは目的的に使わず口に入れてなめてしまう段階であること,興味がはっきりとせず手探りで触れたものを手にしたり扱ったりすること等が認められた。社会性については,視線が合わず,偶然のように目が合うとしばらくじっと見つめるが心的冷たさを自閉症児のように感じないこと,人のことや周りの人の動きに関心,反応を示さないこと,眠くなると母のところへとりあえずは行くが母と他人の区別はない様子であること,花子が二人目を身ごもったときに,花子自身の体がきつくほとんど放っておいた状態であったため,そのころより視線が合わなくなってしまっただけでなく両目を閉じたりすることが多くなったことが認められる。言語面では,パパ,ママという単語,喃語(なんご)が全く消失しアウアウと言うだけとなっており,怒ったり自分の意に添わないときは手をバタバタさせて声を出して表現すること,音に対して興味,反応を示さず,そのことは特に人の声や低音域の場合に顕著であることが認められる。その他,原告には表情がほとんどなく,ぶつけたところを触れるが痛みに対して泣かず,あきらめが早いこと等が認められた。

ス 同年11月25日,原告は,医大病院リハビリテーション部を受診した。その際,花子は,同部の医師に対して,原告が10歩くらい歩き出したこと,原告の情緒が不安定な気がすること,座っていても後方へ倒れてしまうこと等を述べた。

診察中のリハビリでは,原告の歩行には上肢緊張が増強し,尖側傾向がみられたが(尖足はアキレス腱の拘縮により足関節が底屈位を示す変形で,他動的な背屈ができない状態である。),歩行自体は5,6歩可能となっていた。

津守式検査では,運動15か月,理解11か月,探索操作15か月,社会12か月,食事11~12か月であり,若干の遅れが認められた。

セ 同月29日,医大病院耳鼻科において,原告に対し簡易聴力検査(ABR)が行われ,同検査の結果右域値40db,同潜時延長,左域値20db,同潜時正常であると認められ,聴力的には言語発育は問題ないと考えられたが,聴力に左右差があり,今後とも定期的な検査が必要であり,1年後にもABRの再検査を要するとされた(乙16-101頁)。

ソ 平成8年1月25日におけるリハビリでは,原告の状態について以下の事実が認められた。

運動面では,立ち上がり,歩行ともスムーズであること,歩行時にややワイドベースとなるが,上肢は低緊張であるか,片手にものを持ったり両手でものを持ってしゃぶりながら歩行が可能であった。

精神面では,遊びは電話のおもちゃ等に関心を示すが,ゴムのユラユラする部分をひっぱったりする感覚的な遊びであり,そうしたユラユラするような視覚的刺激に対しても笑顔がみられる。体をぐるぐる回されたり,「高い高い」等に対しても笑顔を大いにし,喃語(なんご)のバリエーションも増加した。

上肢操作については,床に座り込んで床に落ちたものを自分の正面で見るときに,両肘伸展位で突っ張る感じの範囲であることが認められ,体幹前屈での範囲のパターンは観察されていない。指先の動きは良好である。

社会性については,花子によれば,原告は抱きしめられると抱きつき返してくるということであった。リハビリでは,アイコンタクトは1秒くらい可能であり,自分から視線を外してしまうこと,呼んでも振り向いたりするといった反応は認められないが,花子が「おいで」というと,やや抱きつくように両手を広げ歩み寄ることが認められた。また,嫌なことや行動を制止されると,怒って表情をしかめ,八つ当たりするようになるなど,表情が増えてきていることが認められた。

全体としては,ややバランスが低下しているが運動的には順調であるものの,精神面,社会性の発達に問題がある。もっとも,わずかずつであるが情緒的発達が観察されているといった状態であった。

タ 同月26日,原告に対して,医大病院において,津守式検査が行われた。同検査の結果は,原告の実年齢満1歳8か月であるのに対し,運動15か月,探索操作15か月,社会性12か月,食事11か月,理解言語11か月であり,運動発達についてはやや遅れがあるものの順調であり,社会性,精神面が主として問題となるとされた。

チ 同年2月1日午後6時ころ,原告は食事中に,眼球が上転した状態で固定し,両手を屈曲させ,両下肢はつっぱったままの状態となり,その状態が2,3分間にわたって継続した。顔面はチアノーゼの症状を呈しており,呼吸が止まったように見受けられたので,医大病院の救急センターに搬送された。その結果,てんかん発作として原告は経過観察されることとなった(乙19-5頁)。

ツ 平成13年8月17日,原告に対し,医大病院の小児科において脳波検査が行われた。脳波の所見は,中等から高振幅が緩やかに認められ,速波が混入していおり,右側に優位な棘徐波があると認められ,判定としては異常があると認められた。

テ 同年10月1日,原告は再度てんかん発作を起こした。

6  原告の現在までの状況

ア  平成14年3月6日,戊地域療育センターにおいて,原告は,運動発達遅滞,協調運動障害,精神遅滞と診断された(甲10)。

同診断の詳細は,以下のとおりである。すなわち,精神発達評価については,平成13年1月12日,新版K式発達検査によれば発達指数はDQ15であると認められ,平成12年10月30日における診察では,有意語はなく,言語理解も困難であり,日常生活動作では全面的に促し又は介助が必要な状態であった。

運動発達評価については,前記平成13年1月12日における発達検査では,姿勢,運動の領域で発達指数25(6歳8か月当時で1歳8か月相当)であり,前記平成12年10月30日の診察では,独歩は可能であるものの,階段昇降にはつかまるところが必要な状態であった。

イ  脳波の所見は,平成9年10月7日の検査では右半球にスパイク(スパイク電位:神経細胞,筋線維などの興奮性細胞において,脱分極がある一定値(臨界膜電位)を超えると,膜電位は細胞内が負の状態(静止膜電位)から急に正の値に達し,再び静止時の電位に戻る。このような膜電位の変化を活動電位とよぶが,そのうち急激な部分はスパイク電位とよばれ,その後の比較的ゆっくり変化する後電位と区別される。)が頻発しており異常が認められ,平成10年6月17日の検査では両側半球に異常波が認められ,平成11年6月21日の検査では右半球にスパイクが散見され異常が認められたが,平成12年6月8日の検査では脳波は正常であった。

ウ  平成8年12月26日,原告は市より総合判定で障害の程度A1との認定を受けた(甲18)。

エ  なお,先天代謝異常の検査の結果,原告の先天代謝異常は否定されている。染色体異常についても,原告の染色体を分析すると46,XY型であり,染色体の異常及び特異な外表的奇形は認められず,症候群とは考え難いとされた(甲26,27,乙19-6頁,乙20)。

第4争点に対する当裁判所の判断

1  争点(1)(診療契約の主体)について

被告は,平成5年8月22日,花子との間で,分べん管理を行うことを内容とする診療契約を締結したのであり,契約当事者でない原告が診療契約に基づく債務不履行責任を追求できる根拠が明らかでなく,かつ,診療契約当時,原告は胎児であり権利能力を有していないのであるから,受益者たる地位を有しない旨主張し,債務不履行責任の根拠を否定する。

しかしながら,上記第3の認定事実及び証拠(甲11,乙3)によれば,花子は,平成5年8月22日,被告病院において同病院の医師から診察を受け,切迫流産のおそれがあるということで入院して治療を受けたが,その際,妊娠7週1日であり,分べん日予定日は平成6年4月9日であると告げられたことが認められる。

これにより,花子と被告との間においては,原告の出生を条件として,同人の安全な分べんの確保等を内容とする準委任契約(第三者のためにする契約)が成立した(第三者である原告の意思表示は,原告の出生の時点で同人の法定代理人親権者である花子及び太郎により黙示的にされたというべきである。)ものと認められるから,原告は被告に対して債務不履行責任を追及することが可能な契約当事者であるというべきである。

2  争点(2)(分べん以前の管理義務違反)について

(1)  妊娠週数の訂正について

原告は,妊娠週数及び分べん予定日は,IUGRを早期に診断し,適切な管理を行うためには,妊娠初期において正確に診断されるべきものであるところ,A医師らは,当初から妊娠週数,分べん日の診断を誤っただけでなく,その誤りを妊娠初期の段階で修正することを怠り,また,IUGRを早期に診断すべきでありながら,IUGRを疑いつつ,IUGRの確定診断をせず,その結果IUGRに対応した胎児の適切な管理を行わなければならないという,医師としての基本的な注意義務に違反したものであると主張している。

確かに,正しい妊娠週数の診断が必要とされるのは,一般的に,妊娠週数の診断の誤りにより間違った分べん予定日が算出され,その結果,過期妊娠と診断される危険が増大するからであるが(甲1),前記第3,1(4)(5)に認定のとおり,IUGRの診断にも妊娠週数の正確な評価が前提となり,IUGRの胎児の分べん管理においても適切な妊娠週数の把握は重要である。

しかしながら,証拠(乙3,証人A)によれば,妊娠週数の診断に際しては,最終月経の日付や月経周期も念頭に置く必要があるが,それ自体不確定要素があるのみならず,超音波断層法による妊娠週数の診断には画像の鮮明さの度合いにより1週間程度の誤差が生じざるを得ないこと(A尋問調書16頁)及び被告病院では,妊娠35週6日に当たる平成6年3月11日になっても,上記妊娠週数と対比すると胎児の推定体重が小さめであったことから,A医師は妊娠週数の違いかIUGRを疑ったところ,その後妊娠週数39週5日に当たる同年4月7日において,B医師がノンストレステストを実施した結果,リアクティブで問題なかったことから,妊娠週数に違いがあるとして,上記の誤差を考慮して補正していることが認められる(A尋問調書1頁以下)。

また,最終月経日を特定できない場合であっても,超音波検査で妊娠8週から12週の胎児頭殿長(CRL)などをもとに妊娠週数の確定を行うことが必要である(甲1)ところ,被告病院においても平成5年9月12日(CRL18mm),及び同年10月27日(CRL93mm)の2回にわたり,CRLの検査が行われていることは前記第3,3(1)(2)に認定したとおりである。そうすると,上記のとおり,CRL検査によっても1週間程度の誤差はあり得るとされ,正確な在胎週数は,CRLの測定値と最終月経から算出した妊娠週数を総合的に比較考慮して算出される性質のものであるから,被告病院において,同年9月28日に12週3日と診断したことが直ちに重大な誤りとはいえず,その後の経過を考慮して,平成6年4月7日に補正を行ったことについて,分べん以前の管理義務違反があるとまではいえない。

したがって,A医師らの妊娠週数,分べん予定日の診断につき医師としての基本的注意義務に違反した過失があるとの原告の主張は採用することができない。

(2)  尿中エストリオールが低値であったことによる帝王切開施行の要否

原告は,尿中エストリオール値の異常低値が出現するなどの異常兆候が顕著にあったものであり,妊娠38週前後から遅くとも40週までの間に,CST等により胎児ウエルビーイングを正確に評価し,適切な分べん時機を選択すべきであったと主張している。

これを裏付けるものとして,胎児-胎盤機能検査法として尿中エストリオール値が最も胎児の生育能力(viability)を反映しているものであって,尿中エストリオール値が5μg/ml以下の場合は胎児胎盤機能不全であり,胎児仮死若しくは近く胎児仮死に陥る危険性が大きいと判断でき,NST,CST検査とあわせて診断し,急速分べんなどの産科的処置が必要となるとする医学的見解がある(甲2)。

そして,前記第3,3(2)サの認定事実によれば,平成6年4月16日の尿検査の結果によれば,花子の尿中エストリオールの値は5μg/mlと低値であったことが認められる。

しかしながら,上記医学的見解自体が,尿中エストリオール検査法も胎児の予後を診断する上でそれ自体絶対的価値を有するものではないとしており,NST,CST検査とあわせて診断する必要があるとしているのであり(甲2),さらに,証拠(乙9,証人A,証人C)によれば,尿中エストリオールはIUGRの場合は低値を示すことが多いが,NSTで反応型の所見があれば問題は少ないと考えられるとする医学的見解もあり,最近では尿中エストリオールの値よりもNSTの検査結果を重視する方向になっている医療機関も存する(A尋問調書6頁,C尋問調書14頁)ことが認められる。

本件においては,前記第3,3に認定のとおり,尿中エストリオールの値が5μg/mlと低値を示した後の4月21日に行われたNSTの検査結果は反応型の所見を示していることに加えて,上記の医学的見解を総合しても,尿中エストリオールの値が5μg/ml以下の低値である場合には,それだけで直ちに帝王切開などの急速分べんなどの産科的措置をとるべきであるとの医学的知見が一般に確立していたものとすることもできない。

したがって,尿中エストリオールが低値を示していた事実があったとしても,それだけでは被告病院において,花子に対し,帝王切開を施行しなかったことにつき分べん前の管理義務を怠った過失があると認めることはできない。

(3)  分べん時以前のIUGR管理についての過失の有無

ア 原告は,IUGRには,それ自体を治療する決定的な治療方法はなく,胎盤機能検査,胎児ウエルビーイング,頭部発育の評価による胎児べん出の時機及び方法の検討が最重視されるべきであり,胎児がウエルビーイング(健康)であるかどうかは,前述の妊婦尿中エストリオール測定の他に,ノンストレステスト(NST),コントラクションストレステスト(CST)などのほかに胎児心拍数モニタリング(FHR)あるいは胎児バイオフィジカルプロフィールスコア(BPS),羊水量の測定などを度々行い,それらの検査結果を総合して,いつ分べんするかという胎児べん出の時機を決めることが必要不可欠であり,被告病院はこれらIUGR児の分べん管理に必要な検査を実施しなかった過失が認められる旨主張している。

イ 証拠(甲3,5,17,20,22,25,29)によれば以下の事実が認められる。

IUGRは,子宮内で胎児の発育が何らかの原因により障害され妊娠週数相当の発育ができなくなっているものであるが,悪化した子宮内環境自体の改善によるIUGRの胎児の妊娠中の治療は現時点では不可能であるとされており,IUGRの胎児は悪化した子宮内の環境改善が望めない以上,栄養状態の悪化及び低酸素状態が劣悪化しないうちにある程度のところでべん出を計画することとなる。すなわち,妊娠中におけるIUGRの胎児管理の中で胎児が健康であるか否かを評価することは,妊娠をいつまで継続させるか,あるいはいつ児のべん出に踏み切るべきかを決定する上で極めて重要な要因であり,この胎児の健康状態(ウエルビーイング)を把握する方法としては数多くの手技が考案され,これらを用いてより適切なIUGRの胎児べん出時機を決定する妊娠中の胎児診断をすることが必要となる。

ここで胎児ウエルビーイングを測定する第1次的な手技は,胎児心拍数モニタリングである。胎児心拍数モニタリングの代表的なものにNSTがある。NSTという検査は,手技が簡単で母体に対して非侵襲的なものであるため日常の診断では多用される。そのため胎児がIUGRであると診断された場合には,少なくとも1週に1回は実施されるべき検査であるとされている。NSTが反応型の所見を示せば,胎児ウエルビーイングの評価方法として有用であるが,妊娠35週未満の症例がNSTが非反応型(none reactive)の所見を示したとき,児が未熟であるための所見であることもあるので,その胎児が病的であると診断することは容易ではないという欠点もある。すなわち,NSTによる胎児心拍モニタリングは,IUGR胎児のウエルビーイングの評価につき,高度の胎児仮死の診断には有効であるが,軽度のそれや潜在的なものの診断には必ずしも有効でない。このように,NSTは胎児の状態が悪化してきたことを診断する能力は十分ではなく,IUGRの症例の場合にはNSTだけで胎児の一般状態が悪化しているとの診断はできず,確実な診断をするためにはバックアップテストといわれるほかの検査法との併用が必要である(甲3,17)。

バックアップテストとは,IUGRなどの胎児の一般状態の悪化,べん出時機の決定,低酸素状態の診断のために,NSTによる検査を多角的に補佐する検査手技のことであり,第1に用いられるのは,①羊水量及び羊水の性状のチェックであり,その他に②胎児血流計測(パルスドプラー),③BPS,④臍帯血ガス分析などがある。

①羊水量及び羊水の性状のチェックとは,超音波断層法(エコー)により妊娠子宮を4等分して各部分の羊水腔の最長径を測り合計したAFIを求める方法である。この方法は,胎児は元気がなくなったり低酸素状態になると尿量が減少してくるので羊水量が減少してくるという理論に基づくものであり,手技が簡単なため広く普及しており,AFIが5以下となったら胎児べん出を考えるという結論で,一般の診療所(開業医)レベルでも行われている。

②胎児血流計測(パルスドプラー)とは,パルスドプラーという超音波の血流計を用いて臍帯動脈などの血流スピードを計測し,血流の中断や一時的な逆流があれば胎児をべん出した方がいい時機であると診断する技術である。この手技は,臍帯動脈血流波形は,正常妊娠では妊娠週数の進行に伴って収縮期血流速度に対する拡張期のそれが相対的に増加する現象,換言すると胎盤の血管抵抗が減少することが知られているが,IUGRでは,胎盤の血管抵抗の増加から拡張末期血流の減少,途絶,逆流が認められるようになり,その途絶,逆流は,胎児の状態の悪化を示すという考えが基礎にある。

③BPS(Biophysical profile scoring)とは,1980年代に米国のマニングらが提唱した胎児ウエルビーイングの評価方法である。NSTの所見と,超音波断層法による呼吸様運動,胎動,筋緊張,羊水量を30分以上計測し,それら多方面からの所見を組み合わせてスコアリングし,胎児の状態を把握する検査法であり,8点以上が正常であり6点以下ならべん出するのがよいとする手技である。この方法は,IUGRのべん出時機決定や一般状態の診断に最も優れているとされるが,診断するのにかなりの技術と時間がかかることで,一般の施設では実行することがかなり困難である。

④臍帯血ガス分析とは,カラードプラーという特殊な超音波装置で臍帯静脈を写し出し,それを細かい針で穿刺して,ごく少量の胎児血を採取しガス分析を行い,胎児血中の酸素濃度や炭酸ガスの濃度,PHなどを測定し,胎児が低酸素状態になっているかどうかを診断し,べん出時機を決める手技のことである。ただし,この手技はかなりの熟練が必要で高等テクニックであり,一般的ではないとされる。

本件当時,ルーチンの妊娠中の胎児ウエルビーイングの評価方法として,胎児心拍数モニタリング,胎児血流計測(胎児循環動態の計測),羊水量と羊水の性状のチェック,胎児血診断,胎児のバイオフィジカルプロフィールなどが代表的なものとしてあげられており,上記バックアップテストのうち,NSTやAFI測定法のような簡単な検査は広く一般の診療所(開業医)レベルでも行われているが,②③④の検査の多くは妊婦の診療を行っている施設の全てで実施することが可能ではなく,その実行は当時においては周産期センターとか大学病院レベルの医療施設でなくては実施が可能ではなく(甲3,17,19,25,29,),花子の診断を行っていた被告病院においても実施が可能ではなかったと考えられる。

ウ 上記イの認定事実によれば,IUGR児の適切な分べん前管理には,胎児のウエルビーイングの状態を把握することが必要であり,この胎児ウエルビーイングを判断するには,一般的にはNSTが検査の主体となるが,IUGRの場合にはNSTの検査だけで胎児の一般状態が悪化しているとは確実に診断できず,その確実な評価をするためにはバックアップテストといわれる検査が必要であること,バックアップテストとして①羊水量及び羊水の性状のチェック②胎児血流計測(パルスドプラー),③BPS,④臍帯血ガス分析などの検査法があるが,上記②③④の実行は一般産科の医療施設では実施が可能ではなく,周産期センター又は大学病院レベルの医療施設でなくては実施が可能でなかったことが認められるから,これらのバックアップテスト検査義務が,本件当時一般の医療施設における医療水準を形成していたものとみることはできない。

エ 前記第3の認定事実に証拠(乙3)を総合すると,被告病院においては,胎児をIUGRであると確定診断した平成6年3月16日以降,同年4月7日及び同月21日の2回にわたり花子に対してNSTを実施していたが,上記のバックアップテストはいずれも実施されていなかったことが認められる。

しかしながら,前記イ,ウで認定したとおり,これらのバックアップテストは妊婦の診察を行っている施設のすべてで実施することが可能であるというわけではなく,血流診断,BPS,臍帯血ガス分析などは周産期センター又は大学病院レベルの医療施設でなければ実施が可能でなく,これらのバックアップテストを実施することは被告病院では可能ではなかったと考えられるのであり,これらのバックアップテストの検査義務が,本件当時の一般の医療機関における医療水準として確立されていなかったことからすると,被告病院の医師としては,上記バックアップテストを自ら実施する義務はなかったものといえる。

したがって,被告病院の医師に分べん管理に必要な上記検査をしなかった過失があるとする原告の主張は採用することができない。

(4)  40週以前の帝王切開の要否

ア 原告は,妊娠38週前後から,遅くとも40週までの間に,CST等により,胎児ウエルビーイングを正確に評価し,適切な分べん時機を選択すべきであったのであり,べん出方法も,分べん誘発を試み,それができないときには,帝王切開を選択し,実行すべきであった旨主張している。

これを裏付けるものとして,妊娠中の管理と分べんのタイミングについての基本方針としては,母体合併症のないIUGRでは満期(term)でのべん出を試み,合併症例では,NST,CSTの胎児心拍数モニタリング所見で胎児仮死が発見されれば満期以前にべん出する方針により,それらの所見がなければ,38週までもたせてべん出すべきであるが,IUGRの胎児は40週までもたせず帝王切開を行った方がよいとする医学的見解がある(甲4)。しかし,他方で,証拠(乙10,11,12)によれば,IUGRの胎児の分べんに際し,経膣分べんか帝王切開かという選択を行うのは難しい問題であるが,胎児の体重を考慮して分べん様式が決定されるべきであること,胎児の体重が501~1500gの骨盤位では帝王切開の方が予後はよく,1501~2501gでは帝王切開と経膣分べんのとの間に胎児仮死等の発生につき有意差はないとの報告があること,IUGR児の分べん計画を立てるに当たっては,妊娠週数,連続して記録された胎児心拍数モニター,胎児胎盤機能,児の成熟度,子宮頸管の熟化傾向を基本として考慮すべきであること,32週以上又は児体重1500g以上で児は成熟していると考えられるから経膣分べん(試験分べん)を試みるべきであり,経膣での試験分べんを行わずに予定帝王切開術の適応とするものとしては,重症のIUGRで児体重1000g未満のもの,体重1500g未満の骨盤位が挙げられること,IUGRだからといって直ちに帝王切開を施行しようとする考え方は妥当ではなく,妊娠32週以上を経過している場合は一応,経膣分べんを試みるべきであること,以上のとおりとする医学的見解のあることが認められる。

イ 上記認定のとおり,IUGRである場合には妊娠40週までもたせずに帝王切開を行うべきであるとする医学的見解に対しては,他方で反対の医学的見解も存在していたものであり,これらの事情にかんがみると,IUGRの胎児は,38週までもたせてべん出すべきであるが,40週までもたせないで帝王切開を行った方がよいとする医学的見解が,本件当時の当該臨床医学の実践における医療水準として確立されたものであると認定することは困難である。

したがって,本件において,被告病院の医師が,妊娠40週以前に帝王切開の施行を選択しなかったからといって,その分べん前の管理に過失があったとすることはできない。

もっとも,上記の妊娠32週を経過している場合には一応経膣分べんを試みるべきであるとの医学的見解によっても,いかなる時期においても母体や胎児に緊急事態が切迫しているときは,当然緊急帝王切開を施行することには異論がなく,児体重1500g未満の骨盤位ならば最初から帝王切開術の適応があると考えるのが一応無難であるとされている(乙11)。

しかしながら,前記第3に認定したとおり,本件においては2回のNST検査結果は共に反応型の所見を示していたこと,胎児がIUGRであると確定診断された平成6年3月16日(妊娠36週4日)の時点で胎児の体重は2141gであると推測されていたこと,実際に出生時の体重も2126gと1500gを超えていたことなどからすれば,上記医学的見解に照らしても,本件において,被告病院の医師には,分べん方法として当然に帝王切開術を選択して施行しなければならない義務があったと認めることはできない。

したがって,本件において,妊娠週数40週までの間に,帝王切開を選択して実行すべきであった旨の原告の主張は採用することができない。

3  争点(4)(分べん時の管理義務違反)について

(1)  ダブルセットアップについて

ア 原告は,IUGRの胎児のべん出を経膣分べんにて行うにしても,分べん中の急性胎児仮死は必発と考えて,人工羊水投与の対策や分べん中にいつでも帝王切開が可能なように準備(ダブルセットアップ)をしておく必要があり,被告はこれを怠った過失があると主張する。

イ 証拠(甲13,17,29)によれば,IUGRは,子宮内環境の悪化のために発症している発育遅延なので,分べん中には,低酸素状態,すなわち胎児性仮死の状態になりやすいのであって,胎児に負担をかけないために,IUGRである場合には帝王切開の適応となることが多いこと,また,IUGRの胎児の場合には,分べん中に緊急な帝王切開が必要となる低酸素状態による胎児仮死が発生しやすいのであるから,IUGRの胎児の経膣分べんを実施する場合には,帝王切開術施行の決定から30分以内に児をべん出できるように準備するいわゆるダブルセットアップで実施する必要があるとする医学的見解が認められる。

他方で,被告病院では,帝王切開を決定してから施行までに1時間以内を要する態勢であったことが認められる(証人A,証人C)。

しかし,前記第3,4の認定事実によれば,花子の分べんの際に,平成6年5月4日午前11時00分,変動一過性徐脈とも遅発一過性徐脈ともとれる徐脈の出現が認められたこと,D助産師は直ちに,C医師の診断を仰いだところ,同医師は徐脈は認められるものの,児頭の下降も進んでいたことから帝王切開によるよりは,経膣分べんによりべん出を急ぐべきであると判断して,経膣分べんを継続したこと,その結果,同日午前11時15分に,花子の怒責は強くなり,同日午前11時19分に花子は原告をべん出したことが認められるのであり,上記分べんの経過に照らせば,上記徐脈の出現した午前11時00分から19分経過後には経膣分べんにて原告がべん出されているのであるから,本件において,被告病院の医師には,帝王切開が必要な場合に,30分以内に施行できるように,ダブルセットアップを準備しておくべき義務があったと認めることはできない。

したがって,被告病院の医師がダブルセットアップをすることを怠った過失があるとの原告の主張を採用することはできない。

(2)  分べん第2期に入る以前の平成6年5月4日午前9時00分ころまでに子宮緊縮の低減をはかり,帝王切開にこの時点で移行すべきであったかについて

ア 原告は,同日午前8時10分ころ胎児の心拍数が60bpm以下に達し,約10分間持続する遷延徐脈が出現し,続いて子宮収縮のたびに変動一過性徐脈が頻回認められ,しかも,それは子宮収縮間欠期に頻脈を伴って発生しており,非典型的波形の遅発一過性徐脈として評価すべきものであるところ,このように,同日午前8時半から9時の間には,変動一過性及び遅発一過性徐脈が頻発しているが,これは胎児予備能の限界を示すものであり,分べん第2期に入る以前の同日午前9時00分ころまでに子宮緊縮の低減をはかり,帝王切開にこの時点で移行すべきであったと主張している。

イ 証拠(甲17参考資料2)によれば,胎児仮死とは,胎児胎盤系における呼吸,循環不全を主徴とする症候群のことであり(なお,胎児,胎盤系における呼吸,循環不全が予測される状態を潜在胎児仮死という。),胎児死亡,新生児仮死,新生児死亡,新生児り患病の原因となる可能性がある。妊娠中毒症,母体合併症による母体及び子宮内循環の悪化,また胎児や臍帯の異常や胎盤機能低下などがその原因となること,分べん中における胎児仮死の診断は,胎児心拍陣痛図(CTG)が広く用いられていること,実際の胎児仮死の診断に現在まで使用されてきた定義によれば,①持続的な高度徐脈(心拍基線100bpm以下),②15分以上持続する遅発一過性徐脈,③高度変動一過性徐脈(60bpm以下,60秒持続),④心拍基線細変動の消失(遅発一過性徐脈を伴うときにはさらに重篤である)等の所見が認められれば,胎児仮死と診断すべきこと,なお,CTG解読には個人差があるが,基線細変動が消失し,さらに遅発一過性徐脈,変動一過性徐脈,遷延一過性徐脈などが繰り返し出現する状態であれば,胎児がアシドーシスであることに異論はないとされることが認められる。

ウ 前記第3,4(1)で認定した事実によれば,平成6年5月3日の午後0時50分の時点において,花子には心拍心音が2分程継続して80bpm以下に変動する変動一過性徐脈が確認されている。

しかし,証拠(乙4,12,証人A)によれば,分べん監視装置における数値は,母体音を拾ったものである可能性もあること,これが変動一過性徐脈であるとしてもモニターの前後でバイアビリティー(変動)があり,アクセレレーションも認められることから,1回数値が落ちたからといって,これのみで胎児性仮死と診断する必要はないこと,同日午前11時から午後4時までの5時間にわたる分べん監視記録の結果によれば,午後0時50分以外に徐脈は見られず,反応型であることが確認されていることが認められる。したがって,上記の午後0時50分の時点における心拍の低下を胎児性仮死の徴候であるととらえ,直ちに被告病院としては,帝王切開術に移行すべき義務があったと認めることはできない。

エ また,前記第3,4(2)に認定した事実によれば,同月4日午前8時10分の時点において,胎児心拍数が60から80bpmまでに低下している事実が認められる。

しかし,前記第3,4の事実に証拠(乙12,13,14,証人A,証人C,証人D)を総合すると,上記心拍数の低下はこれにより直ちに胎児仮死を疑うというものではなく,それを念頭におきつつ,この徐脈に対する処置としては,第一次的措置として体位変換を行って酸素の投与を行うのが一般的であること,これにより回復しない場合には児頭の位置に応じて吸引分娩,帝王切開,急速遂べんを検討することになること,D助産師は,徐脈出現直後,花子に対し直ちに体位変換と酸素5lの投与を行ったところ,胎児心拍数は速やかに120bpmから160bpmに回復していること,D助産師は上記経過をA医師に報告し,A医師により内診が行われ,上記措置により,心拍数が回復したことから,経膣分べんの継続が決定されたこと,以上の事実を認めることができる。

上記認定事実によれば,徐脈が発生した場合には第一次的措置として体位変換と酸素投与をするのが一般的であり,体位変換及び酸素投与の結果児の状態が回復していることからすると,被告病院の医師には,上記の時点において直ちに帝王切開術に移行すべき義務があったと認めることはできない。

したがって,平成6年5月4日午前9時00分ころまでに,帝王切開術に移行すべきであったとの原告の主張は採用することができない。

(3)  子宮収縮剤の投与について

原告は,平成6年5月4日午前9時ころからの子宮収縮剤の投与は,仮死徴候がある場合に胎児の急性仮死をさらに悪化させる処置であり禁忌とされているから,それ自体医療過誤であると主張する。

甲13によれば,子宮収縮剤の投与に当たっては,児頭骨盤不均衡及び胎児性仮死を伴うものについては投与禁忌とされ,胎児性仮死の疑いのあるものについては慎重投与が必要であるとされていることが認められる。前記第3,3(2)の認定のとおり,花子は平成6年3月25日の診察の際に,ザイツ法により児頭胎盤不均衡の所見が認められたため,グットマン検査が指示されたが,その後必要がないと判断されて,同検査は行われなかったのであり,児頭骨盤不均衡が解消されていたと認められること,子宮収縮剤を投与した時点において胎児性仮死と判断できる所見は認められていなかったこと,花子は同日午前11時19分原告を経膣分べんによりべん出していることからすれば,本件分べん中における子宮収縮剤の投与が医療過誤であるとはいえず,この点について被告病院の医師又は助産師に過失があると認めるに足りる証拠はない。

したがって,子宮収縮剤の投与がそれ自体医療過誤であるとする原告の主張は採用することができない。

4  以上によれば,本件においては,分べん時以前及び分べん時のいずれにおいても被告病院の医師又は助産師に過失が認められないことから,争点(3)(分べん時以前の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係)及び同(5)(分べん時の管理義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係)について判断するまでもなく,上記過失を前提とする原告の損害賠償請求には理由がないというべきである。

5  争点(6)(高度医療機関への転送義務違反)について

(1)  原告は,本件外来管理時より,本件出産がハイリスク妊娠であることは産科医であれば容易に判断できたものであるにもかかわらず,被告の担当医らは,自施設での管理,処置の技術的限界の判断を誤り,より高度の医療機関への適切な転院,紹介又は転送をする義務を怠ったものである旨主張している。

(2)  前記第4,2(3)の認定事実によれば,IUGR児の分べん前管理においては胎児がウエルビーイングであるか否かを常時監視する必要があるが,そのためにはNST検査のみならず,これを補佐するバックアップテストを実施する必要があること,そして,これらのバックアップテストは妊婦の診察を行っている施設のすべてで実施することが可能であるというわけではなく,血流診断,BPS,臍帯血ガス分析などは周産期センター又は大学病院レベルの施設でなければ実施が可能でなく,これらのバックアップテストを実施することは被告病院では不可能であったことが認められる。

(3)  証拠(甲17-参考資料4,5)によれば,以下のとおり認めることができる。

昭和60年,神奈川県において,産科救急医療システム(以下「産科救急システム」という。)が発足した。産科救急システムは,神奈川県救急医療問題調査会の一部門として設置された新生児並びに産科小委員会からなる周産期緊急部会が作成した神奈川県産科救急医療対策実施要項に基づいて運営されている。

産科救急システムの目的は,母体及び胎児の生命の安全を守ることであり,その対象は,県内の分べん施設等で管理している産科救急患者である。神奈川県では,行政区分だけでなく,病院分布や交通網等も考慮して,県内に6つの地域を設定し,各地域の基幹病院と協力病院とは,互いに協力して産科救急システムの運営を年中無休で行っている。

昭和60年6月に発足した産科救急部門において昭和62年9月までの2年3か月間に取り扱った患者数は2198人に達し,このうち診療所からの依頼が81%を占め,依頼施設から収容施設へ直接搬送された患者が99%であった。

適応疾患別では,母体側の適応としては,早産,前期破水,妊娠中毒症の順に多く,胎児側の適応としては,CPD,胎児仮死,胎盤早剥,骨盤位の順に多く,IUGRも16症例が認められた。

例えば,神奈川県(略)に所在する丁大学病院においても,産科救急システムに基づき,一日数件ずつ母体の搬送を受け入れており,その適応疾患はIUGR,妊娠中毒症が多いものであった。

他方で,被告病院は神奈川県内に所在し,前記産科救急システムを利用できる地理的な条件を有しており,そのことから産科救急システムの利用は可能であった。

(4)  そして,E医師の意見書(甲17,19)によれば,

ア 本件においては,IUGRであるとの診断は行われているが,胎児ウエルビーイングの診断検査はノンストレステストが2回しか実施されておらず,加えて羊水量測定(AFI),臍帯血管の血流診断,BPS,臍帯血のガス分析などのバックアップテストは一切行われていないこと

イ これらのバックアップテストは,今日の日本においては,周産期センター的施設でなくては実施は不可能であり,被告病院においても不可能であったと考えられること,しかしながら,これらのバックアップテストはIUGRの胎児の胎児ウエルビーイングを診断するために不可欠の検査手技であることは,今日の周産期医学が広く認めているところであること,また,IUGRの症例の分べんに当たっては緊急時に30分以内に帝王切開術を施行できる態勢にあることが必要であること,

ウ したがって,それができない一般の施設では,母体搬送という手段が応用されるべきであること,すなわち,ノンストレステストやAFI測定のような簡単な検査以外のチェック体制が不可能な施設や緊急時に1時間も帝王切開の準備に時間を要する施設では,IUGRと診断された症例については,これらの検査や施術の可能なより上位の周産期センター的施設へ診療を依頼したり,検査を実施してもらう必要があること,殊に,神奈川県においては,産科救急システムが非常に整備されているのであり,被告病院も神奈川県に所在するのであるから,バックアップテストの自らの実施が不可能であるならば,本件のようにノンストレステストのチェックのみで漫然と妊娠経過をみているだけでなく,本症例のIUGR胎児管理により高度な対応が可能な周産期センター的施設の基幹病院に本件の診療を依頼するか,あるいは検査だけでも依頼して本件の診療を行うなどして,IUGRの胎児のウエルビーイングの状態を今一歩詳しく判定すべきであったこと,以上のとおりである。

(5)  医師は診療契約に基づき又はその業務の内容に照らし,当該診療につき最善の注意義務を尽くすことが求められるところ,患者の疾患につき,自己の診療施設においてこれを診療する人的,物的態勢が整っていないか不十分であり,他方,患者の疾患に対してより適切な診断又は治療方法が存在し,患者の疾患が当該診断及び治療法の適応状況にあり,かつ,必要とされる診療行為が当時の医療水準上是認され,適切な転医先が存在するなどの場合には,漫然と自己のできる治療,検査を実施しているだけでは足りず,医師としての業務又は診療契約に基づいて,その症例に応じた適切な規模,施設,設備,技術レベルを備えているより高度の医療機関に患者を転送し,より適切な医療を受けさせるべき注意義務があるというべきである。

上記(2)ないし(4)の認定事実によれば,IUGRはハイリスク妊娠であり,このようなリスクを避けて児に後遺症が残らないように適切な分べん管理をすべき義務があるが,被告病院ではノンストレステストの外のバックアップテストを実施することが不可能であり,緊急時に1時間も帝王切開の準備に時間を要する態勢にあったこと,これらの検査手技や緊急時に30分以内に帝王切開施行することは周産期センター又は大学病院レベルの医療機関においては実施が可能であり医療水準として確立していたこと,被告病院が所在する神奈川県においては当時においても緊急時以外にも母体搬送を受け入れる産科緊急システムが確立されていて,被告病院においても同システムの利用が可能であり,かつ,同システムによればバックアップテスト等の実施が可能な被告病院より上位の周産期センター又は大学病院レベルの医療機関に搬送されるがい然性が高く,かつ,その搬送も容易であったのであるから,被告病院の医師は,IUGRを管理する適切な人的,物的態勢を備えている周産期センター又は大学病院などのより高度の医療機関に花子を転送し,より適切な医療を受けさせるべき義務があったいうべきである。

そして,前記第3,3(2)に認定のとおり,被告病院のA医師は,分べん前の平成6年3月11日の時点で原告がIUGRの胎児であることを疑い,同月16日にIUGRであると確定診断したのであり,花子の転送を妨げる事情も本件全証拠からはうかがわれないことからすれば,被告病院の医師としては,IUGRと確定診断後,本件分べん前に花子を速やかに周産期センター又は大学病院レベルの高度の医療機関に転送しより適切な医療を受けさせるべき注意義務があったのにもかかわらず,これを怠った過失があると認められる。

6  争点(7)(高度医療機関への転送義務違反と原告の精神発達遅滞等との因果関係)及び争点(9)重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の侵害)について

(1)ア  原告は,被告が転送義務を怠り,IUGRの胎児管理により高度な対応が可能な高度医療機関(周産期センター又は大学病院レベルの医療機関)において,適切な胎児管理,検査,診療等の医療行為を受けることができなかったことにより重大な後遺症を残すに至った旨主張する。

イ  前記第3,5及び6の認定事実に証拠(甲10,甲11,乙15,乙16~20)を総合すれば,以下のとおり認められる。

原告は,出生直後から落陽などの神経学的異常が認められ,かつ医大病院を退院後も神経学的異常の有無について経過観察が必要であるとされたが,生後9か月目より認知の遅れが指摘されはじめ,11.5か月では発達指数(DQ)70と軽度の遅れが認められ,さらに1歳6か月の時点ではDQ44と低下したことにより精神発達面では退行が指摘されている。言語面でも1歳でパパ,ママなどの単語が出ていたが,1歳6か月で消失している。平成14年3月6日の時点において,原告は運動発達遅滞,協調障害及び精神遅滞と診断され,平成13年1月12日における新版K式発達検査によれば,精神発達評価の発達指数はDQ15であり,運動面は姿勢,運動の領域で発達指数25であるとされ,6歳8か月の時点で1歳8か月相当であると認められた。平成12年10月30日の診察においても,原告には有意語はなく,言語理解も困難であり,日常生活では全面的に促し又は介助が必要であり,立ったり歩いたりすることはどうにかできるが,オムツを着けたままで,食物を自分で食べたり,自分で考えて何かをすることは,全くできない状態である。

また,平成8年2月1日,原告は,無熱性,全身性のけいれん発作を起こし,てんかんと診断されており,脳波の所見も,平成9年10月7日異常(右半球にスパイク頻発),平成10年6月17日異常(両側半球に異常波あり),平成11年6月21日異常(右半球にスパイク散見),平成12年6月8日正常との所見を示している。

なお,原告には,先天代謝異常及び染色体異常は認められなかった。

ウ  次に,原告の精神発達遅滞等の原因を検討すると,表皮剥離の所見が認められることから妊娠当時花子の胎盤機能は低下していたことが認められる(甲17-11頁)。さらには,原告が,出生後,胎便吸引症候群にり患しているとされたことは前記第3,5で認定したとおりであり,これらの所見によれば,妊娠当時,花子の胎盤の機能は低下していたこと及び原告は子宮内において高度の低酸素状態にさらされた事実を認めることができる。

しかしながら,原告の精神発達遅滞等は脳性麻痺を伴わないものであると認定できるところ(甲10,19,乙1,乙15),前記第3,2(4)の認定のとおり,脳性麻痺と精神発達遅滞との関係については,両者はそもそも別の疾患であるが一部は重複しており,①脳性麻痺児の50%は正常な知能指数を示すが,25%は高度な精神発達遅滞であること,②高度な精神発達遅滞のうち10%から15%は脳性麻痺を併発し,周産期の低酸素状態がその原因と推定されることから,もし精神発達遅滞が分べん中の低酸素状態によって起きている場合には,脳性麻痺も同時にみられること,③脳性麻痺を併発しない精神発達遅滞は分べん中の低酸素状態と関連はないことが認められる。

そして,前記のとおり原告の精神発達遅滞等は,脳性麻痺を併発しないものであることからすると,原告においては,周産期における低酸素状態と精神発達遅滞等との間には関連性がないというべきである。

エ  上記アないしウの認定事実に,E医師の意見書(甲17,19)を総合すると,

(ア) 本件では,平成6年3月11日,妊娠35週6日の時点の推定体重(EFBW)が2093gである結果は,妊娠週数に対してIUGRであると診断できる数字なので,この日が最終的に明らかにIUGRであると考えられた日時であるとしてよいこと,しかし,それ以前の同年2月9日の妊娠31週4日,2月22日の妊娠33週3日での診察記録のEFBW胎児推定体重値もIUGRを疑う十分なものであること,

(イ) 原告には,脳性麻痺が存在しないので,原告の後遺症として存在する精神発達遅滞等は,IUGRによるものと考えられるが,原告の精神発達遅滞等は,第1級の程度であると認められることからすると,その発生要因が胎児時代のIUGRの程度が著しかった,つまり胎児発育遅滞の状態が重症であったと考えられること,

(ウ) 胎児発育遅滞の状態があまり悪化しないうちに胎児をべん出させて,NICUのような特殊な高度医療施設で保育しようという診療方針が,一般論として通用しており,一つの実際的な方法として,胎児の発育が停止したと考えられる時点,あるいは胎児の血流に異常が出現した時点を見つけて,その時点での胎児べん出が試みられていること,

(エ) そのため,胎児のウェルビーイングを診断する手技として,NSTという手技が第一選択として実施されるが,IUGRのような異常な症例では具合が悪くなった初期を発見することが困難なため,ほかの診断方法をバックアップテストとして併用して,より早期に胎児の弱りかけた状態を診断する方法が,本件当時でも周産期センターとか大学病院では多く実施されていたこと,しかし,原告については,NST以外の方法が実施されていないので,原告の弱りかけた時期の診断がされていないので,いつの時点でのべん出が適切であったかを確定することはできないこと,

(オ) 原告について,IUGRと診断された時点でそれが可能な高度の医療機関への診察依頼,母体搬送が求められるべきであったが,原告にはIUGRが以前から存在しているので,そのようなべん出時機を決定し,早期の胎児べん出に至っても,後遺症の精神発達遅滞等の全く存在しない症例となって生存していたと断定することはできないこと,以上のとおり認められる。

オ  上記認定事実によれば,原告についてIUGRと診断された平成6年3月16日に高度の医療機関に転送されており,その結果適切なべん出時期を決定し,早期の胎児べん出に至ったとしても,後遺症の精神発達遅滞等が残存しなかったと断定することはできないというべきであるから,原告を高度医療機関に転送していたとしても,本件における当該重大な後遺症が残らなかったことを高度のがい然性をもって推認することはできず,被告の高度医療機関への転送義務違反と原告の後遺症との間に因果関係を認めることはできない。

(2)ア  原告は予備的に,転送義務が履行されていたならば原告に重大な障害が残らなかった相当程度の可能性を侵害されたことによる損害を主張している。

医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかった場合には,その医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによってこうむった損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきである(最高裁平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照)。患者の診療に当たった医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務の違反があり,本件のように重大な後遺症が患者に残った場合においても,同様に解すべきである。すなわち,患者の診療に当たった医師が,過失により患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った場合において,その転送義務に違反した行為と患者の上記重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な医療機関への転送が行われ,同医療機関において適切な検査,治療等の医療行為を受けていたならば,患者に上記重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解され(最高裁平成15年11月11日第三小法廷判決・民集57巻10号1466頁参照),このことは診療契約上の債務不履行責任の場合にも妥当すると解される(最高裁平成16年1月15日第一小法廷判決・裁判集民事213号229頁参照)。

そこで,被告病院の医師が花子を,高度の医療機関に転送した場合において,原告に精神発達遅滞等の後遺症が生じなかった相当程度の可能性の有無について検討する。

イ  証拠(甲8,19,甲21ないし23)によれば以下の事実が認められる。

(ア) 昭和59年10月から昭和62年3月までに東京女子医科大学母子総合医療センターで管理し生後1年以上追跡したIUGRの胎児について,出生時正常頭囲群と出生時小頭囲群との神経学的後障害(脳性麻痺,てんかん及び精神運動発達遅滞)の有無,程度につき62例を対象に比較検討がされた。同検討の結果,神経学的後障害が生じた症例は全部で9例であり,そのうち小頭囲群が8例,正常頭囲群が1例と,両者の間に有意差が認められた。さらに,小頭囲群の中でも,出生後の頭囲増大7cm未満群(7例)において神経学的後障害は6例(85.7%)と高率に認められ,7cm以上群の2例(8.0%)との間に有意差が認められた。

妊娠中期から新生児,乳幼児期にかけては脳の著しい発達が認められるところ,このような急激な脳の発達を支える栄養は,胎児期では経胎盤的に,新生児期以降では経口的に供給されるグルコースであり,これはエネルギー源であるほかに,脳のアミノ酸や脂質の重要な基質となる。したがって,この時期に十分な栄養が供給されることが重要となる。また,胎児期の血液循環は胎盤からの血液が下大静脈から卵円孔を通じて左心房に短絡され,頭部の血流が優先されるようになっているため,胎児が全体的に身体の発育を障害されているような状況になっても,比較的短期であれば頭部の発育は保たれるが,酸素や栄養が供給されない期間が長くなると,頭部の発育まで障害されることとなる。したがって,小頭囲群の方が,正常頭囲群よりもその子宮内環境が不良であった可能性が高く,子宮内での発育抑制を受けたために神経学的予後が不良であったと推測される。それ故,胎内の頭部発育,そして,出生時の頭囲は予後にかかわる重要な要因として広く認識されるようになり,とくに超音波が進んだ現在においては胎内でのBPD(児頭大横径)の順調な増加は非常に重視される。これにより,綿密な周産期管理にもかかわらず胎内での頭部発育増加が低下してきた場合,症例によっては胎児の予備力のあるうちに積極的な分べんにより,悪化した子宮内環境から解き放ち,新生児医療の手に委ねることも児の予後向上にとって必要であるといえる(甲8)。

(イ) 平成9年から平成13年までに鹿児島市立病院周産期医療センター新生児科へ入院となった在胎週数が27週以上のIUGR症例339例を,出生前の周産期管理方法から次の2群に分類しその予後を比較したところによると,頭囲発育監視群(163例。上記センターでの管理開始時点において,胎児頭囲発育が胎児頭囲発育曲線の10パーセンタイル以上にあり,その後頭囲発育を少なくとも2週間以上,院内において評価でき,頭囲の発育が2週間以上停止した場合は,胎児心拍数モニタリング所見等に異常を認めなくても,積極的にべん出する方針を採った群,すなわちIUGRであるが出生時に頭囲が小さくならないようにべん出のタイミングを厳密に決定できた群)と非監視群(176例。上記339例中,頭囲発育監視群に分類できない症例)とでは,出生時頭囲が10パーセンタイル未満の児数を両群間で比較すると,頭囲発育監視群では163例中10例の6.1%,非監視群では176例中47例の26.7%と,有意(p<0.01)に頭囲発育監視群の方が頭囲発育障害例が少なかった。死亡率の点については,非監視群の死亡率は176例中7例の4.0%,頭囲発育監視群0%で有意に監視群の死亡率が少なかった。

また,脳性麻痺,てんかんと診断されたものを神経学的異常例として,その発症率を両群間で比較したところ,頭囲発育監視群では115例中1例の0.9%に神経学的異常が認められ,一方で非監視群では149例中16例の10.7%に神経学的異常が認められ,強い有意差(p=0.00089)をもって頭囲発育監視群の神経学的予後が良好であったことが認められる。このことから,頭囲発育を重視した上記センターのIUGR管理方針は,頭囲の発育が原因と考えられる神経学的異常例の発生を減少させるのに寄与していると考えられた(甲22)。

(ウ)「IUGRとその予後」(稲森美香外3名共著の医学文献,甲23)は,上記鹿児島市立病院周産期医療センターの検査報告等のデータを引用した上,IUGRの胎児は,出生前より頭囲発育を厳重に監督し,児べん出のタイミングを的確に見定めること,また出生後の頭囲発育の注意深い観察を行うことが重要であるとして,IUGRと診断されたら高度医療機関での厳重な管理が必要であり,胎児心拍数モニタリングやBPS等によるウエルビーイングの評価とともに,頭囲の発育の厳重な観察と,適切な時機に胎外治療に移行させることが神経学的予後の改善につながるとしている(甲23)。

(エ) また,東京女子医科大学母子総合医療センターにおいては,IUGRの胎児に関し,妊娠出産を同病院で管理した群と同病院に分べん管理を目的に母体搬送された群とで予後不良(死亡+後障害発症)例を比較してみると,院内管理群においては72例中1例(1.3パーセント),同病院に母体搬送された群は21例中7例と予後不良発生率に有意差が認められた。また,母体搬送群において,同病院到着から分べんまでの時間が12時間未満と12時間以上とで,予後不良例の発生を比較すると有意に12時間未満群が高率であったとし,IUGRの予後に適切な周産期管理が非常に重要であること,特に緊急で母体搬送する場合でも,ある程度の余裕ある的確な判断が,児の予後に直結するとしている(甲21)。

ウ 上記イの認定事実にE医師の意見書(甲19,30)を総合すれば,本件の原告である胎児のIUGRは,いわゆるTypeⅠの対称性IUGRであり,その発症原因については,先天異常のためではないことは生後の画像診断で明らかになっていること,すなわち,生後の画像診断では,脳の先天異常,各種感染症,先天性代謝異常など今日実施可能なものはすべて検査し,いずれも否定されていること,この症例では,TypeⅠのIUGRではあるものの,先天異常児ではないので,胎児管理,分べん管理状態の良い状態で出生していたら,予後は一般的に良好であるとされること,したがって,本件において適切な時機に高度医療機関に転送していれば,少なくとも精神発達遅滞等の程度が軽減された可能性はあったこと,以上のとおり認められる。

そうすると,本件において,被告病院の医師が平成6年3月16日に胎児をIUGRであると確定診断した後,速やかに花子を周産期センター又は大学病院レベルの高度医療機関に転送した場合には,高度の医療機関がバックアップテスト等を行いつつ胎児の頭囲の発育状況を厳重に観察しながら,適切な時機に児のべん出を図り胎外治療に移行することにより,原告の精神発達遅滞等が軽減された相当程度の可能性が認められるというべきである。

エ  これに対し,被告は,本件における重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性を否認し,その論拠として本件児におけるIUGRがその精神発達遅滞等にどの程度関与しているか不明であるとするF医師の意見書(乙15)を挙げている。

F医師の意見書の内容は,精神発達遅滞の原因は不明とされることも多く,原告の精神発達遅滞等の原因を確定することは困難であるが,可能性としては胎生初期の異常(IUGR),小児期にり患した身体疾患,環境等の影響が考えられる。なお,原告の精神発達遅滞等は脳性麻痺を伴わないものであることにかんがみれば,周産期の問題(asphyxia)により精神発達遅滞等を発症したと理解することは困難であるとし,一般に,IUGRの原因としては,母胎因子,胎盤因子,胎児因子が考えられるが,本件では,頭部及び全身の発育が共に不良な対称性IUGRであったこと,先天性の心奇形が存在したことが確認されており,胎生期の器官形成期に原因があったと考えられるとしている。そして,原告におけるIUGRが,その精神発達遅滞等にどの程度関与しているか不明であるといわざるを得ないとしている。

しかしながら,F医師の意見書がIUGRが原告の精神発達遅滞等にどの程度関与しているか不明であるとすること及び原告のIUGRの原因を胎生期の器官形成期に原因があるとすることは,甲19,30と対比して採用することができないし,同意見書の内容自体が被告病院の医師が花子を高度医療機関に転送した場合に,原告に後遺症が残らなかった相当程度の可能性を否定するものではないから,被告の上記主張を採用することはできない。

7  争点(8)(損害額)について

(1)  上記6(1)に判断したとおり,原告の主張する被告の高度医療機関への転送義務違反と原告の精神発達遅滞等との間には因果関係が認められないから,原告が争点(8)において主張する損害額はいずれも認定することができない。

(2)  被告は,前記認定の高度医療機関への転送義務違反の過失により,原告に対し,重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性を侵害したことに対する精神的慰謝料を賠償すべき義務があるところ,その慰謝料額としては,本件認定事実において現れた諸般の事情を斟酌すると500万円が相当である。

そして,本件において上記転送義務違反の過失と相当因果関係がある弁護士費用の損害としては50万円を認めるのが相当である。

8  以上によれば,被告は,原告に対し,本件診療契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償として,550万円を支払う義務があるというべきである。

第5結論

したがって,本訴請求は,550万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成13年3月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求についてはこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条,同法64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,仮執行の免脱の宣言につき同条3項を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三木勇次 裁判官 本多知成 裁判官 小西圭一)

別表1

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別表2

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