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横浜地方裁判所 平成13年(行ウ)16号 判決 2003年9月17日

原告

被告

鶴見税務署長 安藤敏雄

指定代理人

茂木善樹

畑山茂樹

渡部美和子

中村豊

伊藤憲明

堀久司

森光明

主文

1  被告が平成11年3月12日付けでした原告の平成9年分所得税の更正処分(ただし、平成13年8月27日付けでした原告の平成9年分所得税の再更正処分により一部取り消された後のもの。)のうち総所得金額1963万6664円、納付すべき税額330万9200円を超える部分及び被告が平成11年3月12日付けでした原告の平成9年分所得税にかかる過少申告加算税賦課決定処分(ただし、平成13年8月27日付けでした原告の平成9年分所得税の過少申告加算税賦課決定の変更決定により一部取り消された後のもの。)のうち過少申告加算税の額21万4000円を超える部分にかかる原告の本件各訴えをいずれも却下する。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  被告が、平成11年3月12日付けでした原告の平成9年分所得税の更正処分のうち総所得金額1271万7052円、納付すべき税額116万3200円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも異議決定及び審査裁決により取り消された後のもの。)を取り消す。

(2)  訴訟費用は、原告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2事案の概要

原告は、平成9年5月31日、個人事業である木造建築工事業を廃業し、同日付けで、当該事業にかかる棚卸資産を、同人が代表取締役を務める株式会社A(同年7月28日に「株式会社A」と商号変更。以下「A」という。)に譲渡したことを踏まえて、平成9年分所得税の確定申告をした。

被告は、原告がAに譲渡した棚卸資産のうち原告が平成9年中に乙及び丙に譲渡した借地権付き建物(以下「乙邸」という。)に係る収入金額及び必要経費の額が、原告の平成9年分の事業所得の金額の計算上、計上漏れになっているとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

本件は、原告が、上記更正処分等について、被告の乙邸の売上原価の算出が不合理であるなどと主張して、その取消しを求めた事案である。

第3基礎となる事実

(以下の事実は、争いがない事実であるか、記載した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)

1  原告の事業等

原告は、木造建築工事業を営み、所轄税務署長から青色申告の承認を受けていない者であり、Aの代表取締役として給与収入を得るとともに、自宅近在に貸家及びアパート等を有し、その賃貸にかかる不動産収入を得ている。

原告は平成9年5月31日(以下「本件期末」という。)をもって、個人事業である木造建築工事業を廃業し、同日付けでAに対し、当該事業にかかる棚卸資産を譲渡するとともに、負債の一部を引き受けさせた(以下「本件譲渡等」という。)。

2  課税処分の経緯等

(1)  確定申告

原告は、平成10年3月10日、原告の平成9年分所得税について、確定申告(以下「本件確定申告」という。)を行った〔甲3号証〕。

本件確定申告にかかる総所得金額及び納付すべき税額については別表1のとおりである。

(2)  更正処分等

被告は、原告に対し、平成11年3月12日、原告の平成9年分所得税について、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)を行った(以下、両者を併せて「原処分」という〔甲5号証〕)。

原処分にかかる総所得金額及び納付すべき税額並びに過少申告加算税の額は別表1のとおりである。

(3)  異議決定等

原告は、平成11年4月9日、原処分を不服として、異議申立てをしたところ、被告は、平成11年7月6日付けで原処分の一部を取り消す旨の決定(以下「本件異議決定」という。)をした〔甲3、6号証〕。

本件異議決定にかかる総所得金額及び納付すべき税額並びに過少申告加算税の額は別表1のとおりである。

(4)  裁決等

原告は、平成11年7月16日、本件異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、審査請求をし、国税不服審判所長は、平成13年3月22日付けで異議決定を経た後の原処分の一部を取り消す旨の裁決(以下「本件裁決」という)をした〔甲3号証〕。

本件裁決にかかる総所得金額及び納付すべき税額並びに過少申告加算税の額は別表1のとおりである。

(5)  再更正処分

被告は、原告に対し、平成13年8月27日付けで、原告の平成9年分(所得税について、本件裁決を経た後の原処分よりも総所得金額及び納付すべき税額を減少させる更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分を行った(両者を併せて「本件再更正処分等」という。)。

本件再更正処分等にかかる総所得金額及び納付すべき税額並びに過少申告加算税の額は別表1のとおりである。

なお、以下においては、本件異議決定、本件裁決及び本件再更正処分等によって一部取り消された後の原処分を「本件処分」という。

第4争点

本件の主要な争点は、原告の平成9年分の総所得金額の算出にかかる必要経費のうちの乙邸の売上原価の額である。

その余の争点として、訴えの利益の有無、処分理由の差し替えの可否及び本件賦課決定処分の違法性の有無、がある。

これを整理すると以下のとおりある。

1  争点<1>―訴えの利益の有無

2  争点<2>―処分理由の差し替えの可否

3  争点<3>―乙邸の売上原価の額

―乙邸の売上原価の推計計算の必要性及び合理性―

4  争点<4>―本件賦課決定処分の違法性の有無

第5争点に関する当事者の主張

1  争点<1>について

【被告の主張】

被告は、原告が取消しを求めた本件裁決を経た後の原処分について、本件再更正処分等により納付すべき税額及び過少申告加算税の額の一部をそれぞれ取り消したところ、本件訴訟において原告が本件再更正処分等により減額された納付すべき税額及び過少申告加算税の額を超える部分の取消しを求めることは、訴えの利益を欠くものであるので、同部分に係る訴えは、不適法な訴えとして却下されるべきである。

なお、本件再更正処分等は、平成13年8月27日付けで行ったものであり、その内容は、原告の平成9年分所得税の金額を減額する更正処分である。仮に、原告の主張する「平成13年9月16日付けの更正処分」が本件再更正処分等を指すのであれば、国税通則法(以下「通則法」という。)70条2項1号は、納付すべき税額を減少させる更正処分は、法定申告期限から5年を経過する日まですることができると定めているのであるから、同処分は、原告の平成9年分所得税の法定申告期限である平成10年3月16日(所得税法120条1項本文、通則法10条2項参照)から5年内に行われた適法なものであることは明らかである。

【原告の主張】

争う。

通則法70条1項は、国税の更正の期間制限を法定申告期限から3年としている。本件で争われている納税申告は、平成9年分所得税に関するものであり、その法定申告期限は平成10年3月15日である。したがって、更正をし得る期限は平成13年3月15日である。

ところが、本件再更正処分等は、平成13年9月16日に行われており、明らかに更正の期限が経過した後にした更正等といわざるを得ない。

また、重要な点は、被告の更正の内容が全面的に書き換えられたということであり、この点からみても本件再更正処分等は当初の更正処分とは、全く関係ないもので、別個の更正処分等といわざるを得ない。

2  争点<2>について

【原告の主張】

被告がした原処分の課税根拠は、今日まで提示されていないが、被告が本件訴訟において主張している全国平均の建築費による課税が当初の課税根拠ではないことだけは事実である。また、異議申立て及び審査請求に対する決定等についても、被告がこのとき示した課税根拠に係る資料は、建築費平均による課税資料とは全く別のものなのであることを物語っている。

被告において原処分に関する課税根拠を自ら全面的に否定したことは事実であり、被告が自らの課税根拠を否定したということは、それを根拠にしてくだされた原処分も否定されるのは当然のことである。

したがって、原処分は根拠なきものとして全面的に取り消されるべきである。

【被告の主張】

争う。

被告がした原処分及び異議決定は、原告から提出された資料等及び取引先調査に基づいて、原告の所得金額を算出したものである。

このような処分等を行った理由は、そもそも被告が行った原処分に係る調査の際に、原告だけが知る事実あるいは資料などについて、申述あるいは提出がされなかったことによるものであって、被告は、原告が主張するような根拠のない課税処分を行ったものではない。

そして、被告は、原告から本件訴訟が提起されたところから、異議決定までの経過と本件裁決及び本件訴訟において原告が提出した証拠などを基に乙邸の売上原価について再度検討を重ねたところ、原告提出の証拠等は信ぴょう性に乏しく、真実と評価するに値しないものの、被告において、合理的に乙邸の工事原価を算定する方法を検討した結果、一般に公表されている建築統計年報に基づいてこれを算定することが合理的と判断し、その算定結果を基に算出した原告の納付すべき税額が、本件裁決を経た後の原処分における納付すべき税額を下回ることとなったことから、この下回る部分ついて本件再更正処分等を行うに至ったものである。

3  争点<3>について

【被告の主張】

本件においては、下記(1)に述べるような事情があったことから、乙邸の売上原価について推計計算する必要があったものであり、かつ、下記(2)で述べるように、被告が採用した推計方法には合理性があるから、本件再更正処分等は適法である。

(1) 推計の必要性について

ア 原処分の経緯

(ア) 調査の開始

被告は、平成10年6月3日より、被告所部係官丁上席調査官(以下「本件調査官」という。)らに命じ、原告の平成9年分所得税の調査を行った。

(イ) 本件元帳等の提示

原告は、本件調査官の調査に対し、戊税理士(以下「戊税理士」という。)を通じ、本件調査官に、以下の帳簿書類(以下、これらを総称して「本件元帳等」という。)を提示した。

<1> 平成9年1月1日ないし同年5月31日の総勘定元帳(原告から提示された領収書等に基づいて戊税理士が作成したもの。)

<2> 平成9年1月1日ないし同年5月31日の試算表(原告から提示された領収書等に基づいて戊税理士が作成したもの。)

<3> 平成8年11月1日ないし平成9年5月31日の連記式出勤簿(以下「本件出勤簿」という。)

(ウ) 計上漏れの判明

原告らが提示した本件元帳等に基づき、本件調査官らが、原告の平成9年分の原告の申告所得の金額の適否を検討したところ、乙邸に係る収入金額及び必要経費の額が、原告の平成9年分の事業所得の金額の計算上、計上漏れとなっていることが判明した。

(エ) 本件調査官は、原告あるいは戊税理士より、乙邸にかかる売買契約書(以下「本件契約書」という。)や乙邸の取得及び建築に係る領収書等(以下「本件領収書等」という。)の提示を受け、これらに基づいて、乙邸の売買に係る損益を計算し、その余の損益と合算の上、原告の平成9年分の総所得金額を算出した。

(オ) 本件調査官は、上記の結果に基づいて、原告に対し、平成9年分所得税の修正申告書の提出をしょうようしたが、原告は乙邸にかかる損益は赤字であり調査額に納得できないとして上記のしょうように応じなかったため、被告は原処分を行った。

イ 本件工事原価を実額で算出できない理由

(ア) 原告から提示された本件元帳等に記載された乙邸の譲渡に係る工事原価(以下「本件工事原価」という。)に関係する支払は、原告が平成8年11月及び同年12月に訴外Hに支払ったとする157万円余りであった。

(イ) また、原告から提示された本件領収書等には、本件工事原価に関する支払と認められるような領収書等は含まれていなかった。

(ウ) さらに、原告が被告に対して行った異議申立てに係る調査においては、原告は税理士資格のない者を立ち会わせるなどして、帳簿書類を一切提示することはなく、また、被告独自の調査においても、乙邸の建築確認申請に要した費用20万円が新たに確認できたにとどまったため、その余の本件工事原価に関する支払を把握することはできなかった。

(エ) 本件裁決によれば、原告は、国税不服審判所長に対して行った審査請求において、初めて大工工事、外壁工事、内装等の工事代及び職人の手間賃に関する領収書などを提示したようであるが、原告が提示した上記領収書などは、本件出勤簿に従事記録のない者が現場監督とされているなどの理由から、その記載事実を信用することができないものが多数存在するのであり、これらによって本件工事原価の額が適正に算出できるとは到底認められない。

(オ) 以上で述べたとおり、本件工事原価の額を実額で把握することが不可能であったことから、被告はやむを得ず、推計計算による方法により本件工事原価の額を算出したものである。

ウ 原告の「実額」の主張に対する反論

原告の本件工事原価に関する「実額」の主張は、次のとおり、極めて信ぴょう性に乏しいものである。

(ア) B関係

a(a) 原告は、B(ことC)に解体工事、仮設水道工事、基礎及び足場工事、車庫工事並びに残土処理を請け負わせ、その代金として、それぞれ60万円、30万円、270万円、30万円及び25万円を支払ったと主張するようである。

しかしながら、以下に述べるとおり、原告の上記主張には全く信ぴょう性がない。

Cは既に死亡しているが、その子であるDは、その聴取書〔乙4号証〕においては、以下のとおり供述している。

<1> Cは、平成9年2月ころまで横浜市鶴見区江ヶ崎にてDと同居しており、その間ほとんど仕事をしていなかった。

<2> Cは、大工であり、解体工事・基礎工事・残土処理・足場等の工事はしなかった。

<3> C本人が材料を仕入れて行う工事は、少なくとも平成8年中以降はなかった。

<4> Cは、平成8年の年末から平成9年にかけては、痛風がひどく、仕事ができる状態ではなかった。

<5> 原告が提出しているCの各領収書の筆跡は、Cのものではない。

<6> Cは、平成8年半ばころから生活費も入れてくれない状態であり、平成9年4月頃からは生活保護を受けていた。

(b) 本件出勤簿には、平成6年1月から平成9年5月までの期間において、Cが、平成7年4月から平成8年4月までの間、手間賃を受けて原告の工事に従事していた旨の記載はあるものの、本件出勤簿上、乙邸の工事期間は平成8年11月1日から12月末(以下「本件工事期間」という。)であるところ、その間に乙邸の工事に従事した記録はない。

(c) また、Eの聴取書〔乙6号証〕及び原告とEとの間で作成された借地権付き土地売買契約書の記載内容からすれば、契約の当初から解体工事費用は、Eが負担すべきものとされており、また、現実に、売主であるEの負担において更地にした上で引き渡されたことが明らかである。

これらの点につき、原告は、本件裁決において、Cは平成8年4月までは手間賃を受けて働いていたが、乙邸の工事期間には従事した記録がないと認定されたことを受けて、本件訴訟においては、Cには請負で基礎工事、足場工事、仮設水道工事、残土処理及び車庫について依頼したのであり、原告の常用の職人として出面帳に記録する必要はないと主張し、また、本件裁決において、Eが解体費用を負担した旨判断されたことを受け、本件訴訟においては一転して、Cに解体工事費用として支払った60万円は基礎工事の内金であるとの主張に変更している。

しかしながら、かかる主張は、いずれも、Dの供述に反するものであるし、本件工事期間の直前まで原告が手間賃を支払って原告の工事に従事させていた者であり、かつ、原告と同業で大工工事以外の上記基礎、足場、残土処理等の工事は行わないCに対して、原告自身が出ている現場において、上記各工事を請負で依頼するなどということは、到底考えにくい。

(d) しかも、被告指定代理人が、横浜市鶴見区上住吉のF株式会社に対し、原告との取引について確認したところ、原告は、平成8年11月12日付けでF株式会社から生コン1.5立方メートル仕入れているところ、当該時期の工事は乙邸のみであり、その際に作成された納品書〔乙7号証〕には、「サイン欄」には上住吉町(乙邸の所在地)と記載されていることからすれば、Cが乙邸にかかる上記各工事を原告から請け負い、C自らが材料等を仕入れて当該各工事を行ったとは到底認めることはできない。ましてや、解体工事費用に至っては、原告がこれを負担したものではないことが明らかにされるやいなや、直ちに主張を変更したことなどからすると、原告がCに対して上記各工事を請負で依頼したという原告の主張は、全く信ぴょう性のないものといわざるを得ない。

(e) 原告は、Cに依頼した工事の代金を支払ったことを証するために甲9号証の領収書を証拠として提出するが、Cの子であるDの供述によれば、原告が証拠として提出したB発行の領収書の筆跡は、Cのものではないと認められるから、同領収書は、偽造の可能性が高い。また、この点をしばらくおくとしても、当該領収書だけではその支払の内容が全く不明であり、どのような工事に対する支払が行われたのか全く明らかではなく、これをもって原告の主張を裏付けることはできない。

b 原告の主張に対する反論

原告は、「平成9年度にかけて、神奈川子安台の建売3棟の準備があったので、乙邸工事については請負工事として発注し」た旨主張する。

しかしながら、原告の主張する神奈川子安台の工事は、本件出勤簿によれば、平成8年12月21日欄外に「今日より子安台二人でバラシ(G、H)」との記載があり、また、G及びIの12月21日の欄に「小安」(子安の誤りだと思われる)と記載されていることからすると、平成8年12月21日から始まったものとも思われる。

また、本件出勤簿によれば、乙邸の工事は、平成8年10月末から始まり同年12月21日ころには、ほぼ終わりに近づいていたことがうかがわれるのであり、少なくとも原告がBに請け負わせたと主張する解体工事、仮設水道工事、基礎及び足場工事は、乙邸の工事の最初のころに既に終わっているはずであるから、これらの解体工事を原告が行うことは十分に可能であった。

したがって、平成8年12月末日から工事が始まった子安台の準備のために、乙邸を請負工事にしたという原告の主張は明らかに失当である。

(イ) J関係

a(a) 原告は、K(J)に屋根工事、木工事、サッシ工事、外部サイディング工事を請け負わせ、その代金として610万円を支払ったと主張するもののようである。

しかしながら、以下に述べるとおり、その主張は信ぴょう性がない。

(b) 本件出勤簿によれば、平成8年6月以前及び平成9年2月以降において、Kが手間賃で原告の大工仕事に従事した記録はあるものの、本件工事期間において従事した記録はない。

この点について、原告は、本件裁決において、Kは平成8年6月以前と平成9年2月以降には手間賃を受けて働いていたが、乙邸の工事期間には従事した記録がないことから、乙邸の工事に従事したとは認められないと判断されたことを受けて、大工は建築が決まったときには現場でなく作業場で墨付け作業に入るのは常識であり、既存家屋の解体、引渡しが10月末であれば、それ以前に準備に入るのは常識であるから、Kに材木代金等を含めて支払うことは当然であり、原告は同人に対し、屋根、木工事、サッシ外部サイディング工事を依頼し、請け負わせ、請負であるから出面帳に記載する必要はない旨主張する。

しかしながら、そもそも大工工事が本業である原告が、乙邸建築工事の最も中心となる木工事を本件工事期間の前後において原告が手間賃を支払って、Kに請負で依頼することは通常であれば考えられないのであり、原告が乙邸の建築現場に出ていたことを考えれば、むしろ原告自身が木工事を行うことの方が極めて自然というべきである。

そして、実際に、外部サイディングについては、本件裁決でも判断されているとおり、原告自身の名で、平成8年12月21日に、外壁材等が横浜市鶴見区北寺尾のL有限会社から仕入れられており、この時期において原告が行っていた工事は乙邸しかないところ、原告自らその支払を行っているのであり、このことは、L有限会社の納品書〔乙8号証〕及び売掛帳〔乙9号証〕から明らかである。

(c) また、原告が取引先としている新宿区中落合の株式会社Mの領収書〔乙10号証〕によれば、原告は平成8年10月28日に材木等の仕入れを行っているが、原告においてこの材木を使用したと認められる建築工事の売上げの計上はなく、また、仕掛工事として期末棚卸に計上されていない。そして、本件出勤簿によれば、この時期において原告が行っていた工事は乙邸しかないのであるから、上記材木の仕入れは、乙邸のためのものといわざるを得ない。

このような事実からすれば、乙邸に係る上記各工事はKが材木等を仕入れて行ったものではなく、原告が材木等を仕入れて行ったものと認めるのが自然である。

(d) さらに、本件出勤簿の平成8年11月4日及び12日の欄には、それぞれ「H今日より墨付け」及び「H墨付」との記載があることからすれば、木工事の最初の作業である材木の墨付けは、原告が雇っているHが行ったと認められる。

(e) 次に、そもそも、原告から証拠として提出されたK発行の領収書には「工事代金」である旨の記載はあるものの、具体的な工事内容の記載はないところ、総額が610万円もの工事であったとすれば、工事請負契約書、見積書あるいは請求書等が全く作成されていないのは、極めて不自然といわざるを得ない。

また、上記各工事を個々に計算した結果、合計で610万円になったものとすれば、なおさら個々の工事の金額を明らかにした見積書あるいは請求書等があってしかるべきであり、そのような書類が一切ないというのであれば、これもまた不自然といわざるを得ない。

(f) したがって、原告がKに対して屋根工事、木工事、サッシ工事、外部サイディングを請け負わせた旨の上記主張は信ぴょう性がない。

b 原告の主張に対する反論

原告は、原告自身について「大工出身ではなく、スミ付け、木工事もやったことはないのである。工事の技術面においては全く分からない」旨主張する。

しかしながら、以下に述べるとおり、原告の主張は、明らかに事実に反する。

本件出勤簿の原告に係る記載を整理すると以下のとおりである。

<1> 本件出勤簿は、平成6年1月分ないし平成9年5月分である。

<2> 本件出勤簿は、職種欄、氏名欄、日付欄等がある。

<3> 氏名欄が原告である月分の職種欄をみると「大工」と記載された月が多数見受けられる。

<4> 同じように日付欄をみると、墨付、キソ、硝子、外壁コンクリート打ち、ヤネ、ペンキ、サイディング張り、アシバ、サッシ取付等の記載がある。

<5> さらに欄外には「俺とH外部サイディング張」(平成6年11月24日)、「俺電気工事」(平成8年5月23日)、「俺サイディング張」(同年8月2日)、「Nと俺乙邸電気配線工事」(同年8月7日)等の記載がある。

本件出勤簿の記載内容は以上のとおりであって、本件出勤簿にわざわざ実際に行っていない事実を記載する必要性は全くなく、原告の主な職種は、本件出勤簿に記載されたとおり、大工というべきであり、他の工事も技術もないから全くやらないなどという原告の主張が事実に反するものであることは明らかである。

(ウ) H関係

本件出勤簿によれば、Hが本件工事期間において、原告の作業に従事していたことが認められ、平成8年分及び12月分の対価として、それぞれ48万円が支払われたことは、本件裁決において判断されたとおりである。

しかるに、原告はHに現場での工事監督を依頼し、その代金として35万円を2回の合計70万円を支払ったと主張するようである。そして、原告は審査請求の時点では、現場監督代として平成9年3月17日及び4月17日にそれぞれ35万円を支払ったと主張していたところ、本訴においては11月に13万円を前渡金として渡しており、35万円の領収書を受領したとし、12月分の35万円には別現場の13万円が入っていたため、その分を除外したところで領収書を受領したなどと主張する。

しかしながら、原告は、Hに現場監督を頼んだとしているが、本件出勤簿によれば、原告の欄に「現場」の記載があるし、本件工事期間に乙邸以外の工事が行われているとは認められないことからすれば、原告自ら乙邸の工事現場にいたことは明らかである。そうであれば、原告は原告自ら現場にいるにもかかわらず、Hに対して現場監督を依頼しなければならない必要性は全く存しない。

原告は、本件裁決において、Hの平成8年11月分及び12月分として、それぞれ48万円ずつ支払ったと判断されたものの、審査請求までは35万円ずつ現場監督代として支払ったとして虚偽内容の領収を提出していたことから、自ら提出した領収書が虚偽内容ものであることが発覚することをおそれ、同領収書の内容とつじつま合わせのためにあわせて主張を変更せざるを得ず、48万円と35万円の差額13万円について、11月分は前渡金といい12月分は別現場分であるなどと何ら根拠のない主張になったものと思料される。

以上の事実によれば、Hに対する支払に関する限り、原告の主張額が結果として実額を下回ることになるが、ここで注目すべきは、原告が虚偽内容の領収書を提出するという極めて不当な行為に及んだことが明らかになった点にあるのであり、原告がかかる不当な行為に及んだ事実は、その主張する経費なるものが虚構のものにすぎず、何ら信用できないものであることを示すものというべきである。

(エ) O関係

原告はOに現場での雑役を依頼し、その代金として27万円を支払ったと主張するもののようである。

原告は、本件裁決において、Oへの支払は、領収書に住所の記載誤りがあること及び本件出勤簿に雑役に相当する記載がないこと、平成8年11月にOへの支払があることから雑役はなかったと判断したことに対し、雑役として現場に派遣したものであり、領収書の住所は誤って記入しただけだと主張する。

しかしながら、以下に述べるとおり、原告の上記主張は受け入れることはできない。

本件出勤簿によれば、Oは、本件工事期間中11月に10日間従事し、その対価として原告が翌月12月5日に20万円を支払った記録がある。

平成9年4月17日付けO名義の領収書には、Oの住所を書き間違えており、通常、自分の住所を書き間違えることは考えにくいことからすれば、当該領収書は、後日何者かによって偽造された可能性がある。

以上のことからすると、原告は、Oが本件工事期間に作業に従事した分の対価20万円は既に支払っているのであるから、別途雑役として現場に派遣したという原告の上記主張は、全く不自然である。

また、1日あたり2万円しか支払わない者に対して雑役として27万円支払うのであれば、13.5日間従事しなければならず、そのような記録も証拠もない原告の主張は到底受け入れることはできない。

(オ) P関係

原告は、PことQに畳・内装工事を依頼し、その代金として、46万5000円支払ったと主張するもののようである。

また、原告は、本件裁決においてPへの支払は畳代の5万4000円のみであると判断されたのに対し、内装の色が気に入らないということで内装工事のやり直し等を頼んだものであり、補修内装工事を頼んだものであると主張する。

しかしながら、以下に述べるとおり。原告の上記主張は根拠がなく受け入れることはできない。

Pから、被告指定代理人が聴取した内容〔乙11号証〕によると、Pは以下のとおり申述している。

<1> 乙邸の工事については、畳以外やったことがない。

<2> クロスのやり直しは、通常クロス工事をやった者が直すのが普通である。

<3> 畳以外の仕事で原告から代金を受領したことはない。

<4> 原告から領収書の作成を頼まれて渡した記憶がある。

<5> 屋号を「O」から「P」に変えたのは、平成10年4月ころである。

また、乙邸の工事については、新畳しかやっていないことはPのノートからも明らかである。

乙邸の所有者である乙から被告指定代理人が聴取した内容〔乙13号証〕によれば、1階のフローリングが疵だらけだったので直してもらうよう頼んだが、結局直してもらえず、その購入に際して修理したところはなかった旨申し述べている。

以上のことからすると、Pは、乙邸の建築に関して畳工事を行っただけであり、それ以外に「補修内装工事」あるいは「内装工事」などは行っていないことが明らかである。

また、原告が自己の主張を裏付けるための証拠として提出した「P」発行の領収書は、平成9年2月15日付けになっているところ、Pが原告から乙邸の畳工事の代金を受領したのは平成9年3月17日であり、Pが同名の屋号を使用するようになったのは平成10年4月ころなのであり、ゴム印も同時期以降に作成されたものと思料されることからすれば、そもそも上記領収書は、後日作成された虚偽のものである可能性が高く、当該領収書を根拠とする原告の上記主張は、全く信用することができない。

(カ) R関係

原告は、RことSに塗装工事を依頼し、その代金として41万7000円を主張するもののようである。

しかしながら、本件出勤簿によれば、Rが本件工事期間に作業に従事した記録は無く、Rへの支払は本件工事原価とは認められない。

これに対し、原告は、Rには塗装工事を依頼したもので、階段、周りぶち、巾木等の塗装工事を請け負わせた旨主張する。

しかし、原告の上記主張には信ぴょう性がない。

Rは、国税不服審判所に対し、乙邸の足場組や基礎工事を行った旨答述しているが、塗装工事を行った旨の答述はない。

原告は、Rに対して、「階段、まわりぶち、巾木等の塗装工事」を請け負わせた旨主張するが、通常の木造住宅であると認められる乙邸において、原告が主張する上記部分の塗装に40万円以上もの支払を行うことは想定しがたい。

原告は、Rに対しては、「請負工事のほかに、常用として工事を手伝ってもらうこともしばしばある」と主張する。当該主張が乙邸の建築工事に関するものか否かは不明であるが、本件出勤簿によれば、少なくともRが乙邸の建築工事に関し、原告の事業に従事した記録はない。

(2) 推計の合理性について

ア 建築統計年報に基づく推計

(ア) 乙邸の譲渡にかかる売上原価の額

乙邸の譲渡にかかる売上原価の額は、2165万1114円である。その内訳は、以下のとおりである。

a 乙邸の譲渡にかかる取得費の額は、1140万8522円である(別表3)。この金額は、本件契約書及び本件領収書等に基づいて算出した。

b 本件工事原価は、1024万2592円である。この金額は、建築統計年報第59表「構造別、用途別―建築物の数、床面積の合計、工事費予定額」中の神奈川県の木造の居住専用建築物欄の統計数値に基づいて算出した金額であり、具体的には、工事費予定額(7684億3680円)を床面積の合計(413万0053平方メートル)で除して求めた1平方メートル当たりの工事費予定額を、乙邸の1平方メートル当たりの工事原価と推定し、当該1平方メートル当たりの工事原価に乙邸の床面積(55.05平方メートル)を乗じて算出した金額である。

(イ) 建築統計年報に基づいて工事原価の額を算定することの合理性

a 本件工事原価の額を算定するに当たり、原告には、<1>平成9年分の個人事業を行っていた期間が5か月であること、<2>算定する必要があるのは本件工事原価の額のみであることなどの事情が存在することから、比準同業者の工事原価率に基づいて本件工事原価の額を算出するよりも、統計上の数値として広く公表されている建築統計年報に基づいて本件工事原価の額を算定する方が、より合理的であるというべきである。

b すなわち、建築統計年報は、建築基準法15条1項は、建築主において、建築しようとする建物につき、工事予定期間、工事種別、主要用途、工事部分の面積、工事部分の構造、建築工事費予定額などを都道府県知事に届け出なければならないと定めているところ、建築統計年報は、この届出の数値を基に作成されている。

そして、建築統計年報の数値は、10平方メートル以下の建築物を除いた全ての建築物を対象としており、調査項目も工事予定期間、工事種別、主要用途、工事部分の面積、工事部分の構造、建築工事費予定額など、具体的かつ多岐にわたっていることから、恣意性が介入する余地はなく、かつ、被告が採用した同年数第59表の神奈川県の木造の居住専用建築物欄の数値は、乙邸が木造で居住専用であることにも合致している。

(ウ) 小括

上記のとおり、建築統計年報に基づいて乙邸の売上原価を推計計算すると、平成9年分の原告の総所得金額は1963万6664円を、納付すべき税額は330万9200円(税額の計算表は、別表2)を上回ることはないから、本件処分は適法である。

イ 鑑定に基づく推計

(ア) 乙邸の譲渡にかかる売上原価の額

被告において一級建築士に対し乙邸の工事原価の鑑定を依頼したところ、本件工事原価の額は、985万9164円であるとの鑑定(以下「本件鑑定」という。)がされた。

これによれば、乙邸の売上原価の額は、2126万7686円となる。その内訳は、<1>取得費の額1140万8522円(ア(ア)a)であり、<2>工事原価の額985万9164円である。

(イ) 本件鑑定に基づいて工事原価の額を算定することの合理性

原告は、本件訴訟において、乙邸の3階部分は、昭和55年通達が適用となり、小屋裏の要件を満たさないから3階建てとして床面積を算定すべきである、乙邸は当初2階建てとして建築確認を得た後、設計変更したが、変更の確認を得るためにはさらに費用が必要なので、変更の確認は申請しなかったとして、違法建築の実態を自ら明らかにしてきた。

そこで、原告が主張する建築変更確認通知を取得していない建物(いわゆる違法建築)で天井高の低い物置部分の面積に、建築統計年報に基づき算定された1平方メートル当たりの工事原価を用いて本件工事原価を算定した場合、工事原価が実際よりも高く算出される可能性があると判断した。

そこで、被告は、上記方法に替わる合理的な方法として、一級建築士による乙邸の工事原価についての鑑定調査を依頼することとし、この鑑定調査を基に算出された本件鑑定書による鑑定額をもって、本件工事原価であると主張する。

本件鑑定書は、一級建築士という専門家が、長年の実績と経験とにより、実地に調査を行い、実際に乙邸に使用されている資材等の建築当時の価格により工事原価を算出したものであるから、合理性は担保されている。

(ウ) 小括

上記のとおり、本件鑑定に基づいて乙邸の売上原価を推計計算すると、平成9年分の原告の総所得金額は2002万0092円、納付すべき税額は346万2400円(税額の計算表は、別表4)となり、いずれも本件処分における総所得金額及び納付すべき税額を上回るから、本件処分は適法である。

【原告の主張】

本件においては、次のとおり、実額による課税処分をすることができたのであるから、推計計算の必要性はなく、かつ、原告がした実額に基づく確定申告にかかる総所得金額及び納付すべき税額を超える被告の課税処分は、推計の合理性がないことに帰するから、違法なものであって、取り消されるべきである。

(1) 実額に関する主張

ア 乙邸の売上原価の額は、2843万7292円である。

その内訳の詳細は、以下のとおりであるが、大きく3つに分けると、<1>借地権付き土地売買関係1230万8522円、<2>工事関係1532万8770円及び<3>一般経費80万円となる。

<省略>

<省略>

イ 被告の主張に対する反論

(ア) B関係

a Dの聴取書〔乙4号証〕によれば、Dは、平成9年2月までCと同居していたとするが、これは事実に反する。Cは、平成8年3月20日ころから、原告所有のアパートを賃借し、入居している。

被告が提出したDの聴取書は、同居を前提としたものであり、それがアパート入居という事実によって、聴取書の信ぴょう性は崩れてしまっている。

また、DとCの関係については、アパート入居の経緯からみて、DがCを頻繁に見舞っていたことは常識的にも考えられないことで、仕事をしていたかどうかについても判断できる立場にないことも、これまた事実である。

b 請負工事に関しては、事業主は出勤簿について、つける必要は全くないということから、原告はつけていないのであって、これは建築界の常識である。

原告、平成9年度にかけて、神奈川子安台の建て売り3棟の準備があったのであり、乙邸工事については請負工事として発注しているのであり、請負工事にするか、常用工事にするかは、その時々の中で、事業主が自由に決める問題である。

また、請負工事として発注した場合でも、材料等については親会社の名前で取り、支払精算時に相殺することも、建築界では当たり前の常識である。

(イ) J関係

請負工事と常用工事の場合とでは、事業主として、対応は全く違うのであり、請負工事の場合に、出勤簿などつける必要は全くない。

また、被告は原告自身が木工事を行うと考えた方が、自然であると主張しているが、原告は大工出身ではなく、墨付け、木工事もやったことはないのである。工事の技術面においては全く分からないのであるから、原告が木工事を行ったとすれば、被告はそれを具体的に立証すべきである。

(2) 推計の不合理性について

ア 建築統計年報による推計について

乙邸は3階建てである。

横浜市発行の昭和55年2月7日、住指発24号によれば、通達として次の基準が示されており、平成13年夏ころまでは、この基準によって指導していたと市担当者は回答していたのである。

通達によれば、小屋裏部分として利用している場合、階としてみなさないということで、次の三点を挙げている。

<1> 小屋裏物置部分の水平投影面積は、直下の階の床面積の8分の1以下であること

<2> 小屋裏物置部分の天井の最高の高さは、1.4メートル以下であること

<3> 物の出し入れのために利用するはしご等は、固定式のものとしないこと

乙邸の3階の床面積は、2階の床面積と同一であるので、横浜市の基準値と比較すると、8倍の床面積である。乙邸の3階の天井高は、大人が立って尚あまりある高さである。乙邸は、子供部屋と物置となっているので、日常的に出入りするのであり、固定式の階段が取り付けられている。

以上からすれば、横浜市の建築指導要綱に照らしても、乙邸の3階部分については、階としてみなさなければならない。

イ 鑑定による推計について

鑑定書の合理性は全くない。

4  争点<4>について

【被告の主張】

本件更正処分により新たに納付すべきこととなった税額の計算の基礎となった事実を、確定申告における納付すべき税額の基礎としなかったことについて、原告には、通則法65条4項に規定する正当な理由があるとは認められない。

したがって、本件賦課決定処分は適法である。

【原告の主張】

争う。

第6当裁判所の判断

1  争点<1>について

(1)  原告の平成9年分所得税について被告がした課税処分の経緯は、前記第3の基礎となる事実2に記載のとおりであり、本件においては、原処分の後に、本件異議決定及び本件裁決を経て、さらに本件再更正処分等がされている。また、原告が納付すべき税額については、原処分、本件異議決定、本件裁決、本件再更正処分等により、それぞれ次第に減額がなされている。

そして、原告が本訴において取消しを求めているのは、本件異議決定及び本件裁決により一部取り消された後の原処分についてであり、本件再更正処分等によって一部変更された後の原処分に限定してその取消しを求めているものではない。

(2)  ところで、本件再更正処分等は、原告が納付すべき税額を減少させる減額再更正処分であるところ、このような減額再更正処分は、当初の更正処分の変更であり、それによって、税額の一部取消しという納税者に有利な効果をもたらす処分であるから、減額再更正処分があったときは、当初の更正処分の取消請求は、減額再更正処分により減額された部分について取消しを求める訴えの利益を失うものである(最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁参照)。

(3)  なお、原告は、本件再更正処分等は、平成13年9月16日に行われており、更正の期間制限を徒過しているとの主張をする。

原告の主張する「平成13年9月16日付けの更正処分」とは、平成13年8月27日付けで行われた本件再更正処分等を指すものと解されるが、本件再更正処分等は、原告の平成9年分所得税を減額する更正処分であるところ、通則法は、納付すべき税額を減少させる更正処分は、法定申告期限から5年を経過する日まですることができると定めている(通則法70条2項1号)ところであるから、同処分は、法定申告期限である平成10年3月16日(所得税法120条1項本文、通則法10条2項参照)から5年内に行われた適法なものであることは明らかである。

(4)  そうすると、原告が取消しを求めている本件異議決定及び本件裁決により一部取り消された後の原処分のうち、本件再更正処分等によって減額変更された部分については、その取消しを求める訴えの利益がないことになる。

つまり、本件訴えのうち、総所得金額1963万6664円、納付すべき税額330万9200円を超える部分並びに過少申告加算税額21万4000円を超える部分については、その取消しを求める訴えの利益はないから、この部分は不適法な訴えである。

2  争点<2>について

(1)  本件においては、原告の平成9年分所得税について、事業所得の必要経費の金額が問題となっている。後記3(1)のとおり、この必要経費のうち、乙邸の売上原価(工事原価)については、当事者間に争いがある。

(2)  原告は、本件訴訟において、この乙邸の売上原価について、「実額」に基づく主張をしている。

一方、被告は、乙邸の売上原価について、原処分及び本件異議決定においては、原告あるいは戊税理士を通じて提出された資料等及び取引先に対する調査に基づいて算出した「実額」に基づいて処分をし、決定をした〔弁論の全趣旨〕。

また、本件裁決においては、被告は「実額」に基づく主張をしたところ、審査庁は、原告から新たに乙邸の売上原価に係る資料等の提出があったことから、その資料を元に「実額」により売上原価を算出し、裁決をした〔弁論の全趣旨〕。

被告は、本件訴訟が提起された後、原告から審査手続において提出された証拠等を踏まえても乙邸の売上原価を実額で把握することはできないと判断し、建築統計年報の数値に基づき、乙邸の売上原価を算定して本件再更正処分等を行った〔弁論の全趣旨〕。

そして、本件訴訟において、被告は乙邸の売上原価について、上記建築統計年報の数値に基づく主張をし、さらに、これに付加して、本件鑑定に基づく主張をしている。

(3)  ところで、課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における所得の源泉の認定に誤りがあっても、課税処分により確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まる税額を上回らなければ、当該課税処分は適法というべきである(最高裁判所平成4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁参照)から、更正又は審査決定では考慮されなかった事実を、処分を正当とする理由として、訴訟の段階に至って新たに主張することも許されるというべきである(最高裁判所昭和42年9月12日第三小法廷判決・裁判集民事第88号387頁参照)。

したがって、原処分時における原告の平成9年分所得税額の算定根拠と、本件訴訟において被告が主張している原告の平成9年分所得税額の算定根拠が異なるからといって、そのことを理由として原処分が違法となるわけではないのであり、争点<2>に関する原告の主張は失当である。

3  争点<3>について

(1)  乙邸の売上原価のうち争いがない部分と争いがある部分の仕分け

本件訴訟においては、乙邸の売上原価のうち、原告が主張する<1>借地権付き土地売買関係1230万8522円については、被告が主張する乙邸の譲渡にかかる取得費の額1140万8522円(別表3)と被告において原告の平成9年分の事業所得の金額の計算上必要経費として認容している90万円(仲介手数料の額、別表2の<12>)の合計金額と一致するところであり、この部分は、経費としての分類の方法はともかく、実質的には、当事者間に争いがない。

そうすると、乙邸の売上原価のうち、争いがあるのは、原告の主張する<2>と<3>、すなわち本件工事原価及び一般経費ということになる。

(2)  乙邸の売上原価の金額に関する推計計算の必要性の有無について

ア 被告は、乙邸の売上原価の金額を実額で算出できない理由について前記第5、3【被告の主張】(1)イのように述べ、乙邸の売上原価の金額(本件工事原価)について推計計算する必要性があった旨主張する。

これに対し、原告は、前記第5、3【原告の主張】のように、本件においては実額による課税処分をすることができたのであるから、推計計算の必要性はなかったと争い、同(1)において「実額」に関する主張をする。

そこで、以下、本件において、乙邸の売上原価の金額について推計計算する必要性があったかどうかについて認定判断することとする。そして、本件訴訟においては、この争点は、結局のところ、原告が主張する「実額」に信ぴょう性があるかどうかに帰するので、まず、原告が主張する「実額」の内容について検討する。

イ 各種工事の発注先等について

(ア) B関係

原告は、乙邸の建築工事について、BことCに機械運搬・建方等工事、仮設水道・仮設電気工事、基礎・足場工事、車庫等工事及び残材、残土処理を請け負わせ、その代金として、それぞれ60万円(ただし、原告は、当初この60万円を解体工事費用と主張していた。)、30万円、270万円、30万円及び25万円を支払ったと主張するようである。

しかし、もともと、Cは、原告の下で手間賃を受けて工事に従事していた者である〔弁論の全趣旨〕ところ、Cの子であるDの供述によれば、平成8年の年末から平成9年にかけては、Cは痛風がひどく仕事ができる状態ではなかったものと認められる〔乙4号証〕のであり、実際にも、本件出勤簿には、平成8年11月初めから同年12月末にかけての本件工事期間中に、Cが乙邸の工事に従事した記録はないのである〔乙5号証〕。

この点について、Cは常用ではなく請負であるから、本件出勤簿に記載されなかった旨を主張するが、原告は、平成8年11月12日付けでF株式会社から生コン1.5立方メートルを仕入れているところ、その際に作成された原告宛の納品書〔乙7号証〕の「サイン欄」には上住吉町(乙邸の所在地)との記載があることからすれば、Cが乙邸にかかる上記各工事を原告から請け負い、C自らが材料等を仕入れて当該各工事を行ったものと認めることは困難であるというべきである。

また、原告の主張する神奈川子安台の工事は、本件出勤簿の平成8年12月21日欄外に「今日より子安台二人でバラシ(G、I)」との記載があり、また、G及びIの12月21日の欄に「小安」(子安の誤りだと思われる)と記載されていること〔乙5号証〕からすると、平成8年12月21日から始まったものと認められるのであり、原告が平成9年にかけて、神奈川子安台の建売3棟の建築工事の準備があったので、乙邸の工事については請負工事としてCに発注した旨の原告の主張は不自然というべきである。

上記のことや、原告のCに請け負わせたとする工事内容等に関する主張が、本件審査請求時から本件訴訟に至る経過の中で変転していること〔弁論の全趣旨〕からすれば、原告がCに上記各工事を請け負わせ、その代金として、上記金額を支払ったとの主張事実が信ぴょう性があるものと認めることはできない。

(イ) J関係

原告は、乙邸の建築工事について、JことKに屋根工事、木工事、サッシ工事、外部サイディング工事を請け負わせ、その代金として610万円を支払ったと主張する。

しかし、乙邸の木工事の最初の作業である墨付は、原告の下で、手間賃を受けて建築工事に従事していたHが行ったと認められる〔乙5号証〕うえ、外部サイディングについては、原告において、平成8年12月21日に、外壁材等を横浜市鶴見区北寺尾のL有限会社から仕入れているところ、この時期に原告が行っていた建築工事は、乙邸しかないのである〔乙8、9号証〕。

上記のことからすれば、原告がKに上記各工事を請け負わせ、その代金として上記金額を支払ったとの主張事実が信ぴょう性のあるものと認めることはできない。

(ウ) O関係

原告は、Oに現場での雑役を依頼し、その代金として27万円を支払ったと主張する。

本件出勤簿によれば、Oは、本件工事期間中のうち、11月中に10日間乙邸の建築工事に従事した記録があるが、それ以外の記録はない〔乙5号証〕。そして、本件出勤簿にはOの日当が2万円である旨の記載がある。そうすると、原告からOへの日当の支払いは20万円になるはずであり、現場での雑役に対する報酬として27万円を支払う根拠はないといわざるを得ない。

上記のことからすれば、原告がOに雑役を依頼し、その代金として27万円を支払ったとの主張事実が信ぴょう性のあるものと認めることはできない。

(エ) P関係

原告は、乙邸の工事について、PことQに対し、畳工事及び内装工事として46万5000円を支払ったと主張する。

しかしながら、Qは、東京国税局職員の聴取調査において、原告から畳代として5万4000円を受領したが、それ以外に乙邸について仕事をして代金を受領したことはないと申述しているところである〔乙11号証〕。また、原告が自己の主張を裏付ける証拠であるとして提出した「P」発行の領収書〔乙11号証の別添1〕は、平成9年2月15日付けになっているところ、Pが原告から乙邸の畳工事の代金を受領したのは平成9年3月17日のことであり、しかも、Pが同名の屋号を使用するようになったのは平成10年4月ころのことなのであって、上記各領収書に押されている「P」のゴム印も同時期以降に作成されたものと思料されることから、上記領収書の記載が事実を反映しているものとは認めがたいところである。

上記のことからすれば、原告が、Pに対して、畳及び内装工事として46万5000円を支払ったとの主張事実が信ぴょう性のあるものと認めることはできない。

ウ 小括

以上のところから明らかなように、原告の主張する本件工事原価については、不自然・不合理な点が多々あり、その余の支出関係について検討するまでもなく、原告が主張する乙邸の工事原価の「実額」に信ぴょう性があるものと認めることはできないといわざるを得ない。

エ 一般経費について

原告は、乙邸についての一般経費80万円を主張しているが、原告も自ら認めているように、これに関する領収書等は存在しないのであるから、原告の主張はこれを認めることができない。

なお、後記(3)のとおり、乙邸の売上原価(工事原価)に係る一般経費(一般管理費)及び諸経費としては、46万9484円を認めるのが相当である。

オ 結論

上記のところからして、乙邸の売上原価については、原告が税務調査等の過程で提示し、また、本件訴訟において証拠として提出した直接資料に基づいてこれを的確に算定することができないことは明らかてある。

しかし、これに関する十分な直接資料がないからといって、課税を見合わせることはできないのであり、このような場合においては、各種の間接資料を用いて乙邸の売上原価を推計計算して、これに基づき課税をすべきことになる(所得税法156条)。

(3)  乙邸の売上原価に関する推計計算の合理性の有無について

ア 本件鑑定の内容について

本件鑑定を行った者は、一級建築士である。

本件鑑定においては、鑑定人が実際に目視し、または原告が提出した資料を基に、実際に乙邸に使用されている資材等を具体的に把握し、これらの資材等の建築当時の価格に基づき本件工事原価を算出している。目視できなかった部分が占める割合は、工事原価全体の2ないし3パーセントにとどまるものと認められる。また、乙邸には、一部古材を使っている箇所があるが、本件鑑定においては、最高の原価を示すこととしたところから、この箇所についても新材として原価を算定している。

工事原価の算定に当たっては、積算ポケット手帳の数値が参考とされた。この積算ポケット手帳は、工務店、積算事務所及び建築デザイナー等の建築関係者らが、建物の積算資料として広く利用できる実務書で、一般の工務店において新築の戸建ての木造住宅の工事原価を見積もる場合に、その積算資料として使用されているものである。

本件鑑定によれば、本件工事原価は、985万9164円とされ、平成8年から9年にかけて、民間で日常的に施工された本件建物程度の仕様では、上記の価格を上回ることはないとしている。その内訳は以下のとおりである〔以上、乙17、18号証〕。

<省略>

イ 本件鑑定についての評価

上記のとおり、本件鑑定を行った主体、鑑定の方法、内容等本件工事原価の積算過程について、格別不合理な点を見出すことはできないというべきである。

ウ 結論

上記のとおり、本件鑑定に基づいてした乙邸の工事原価に関する推計計算には合理性があるものというべきである。

したがって、本件工事原価(一般管理費及び諸経費込み)は985万9164円である。

4  税額の計算

以上のとおり、乙邸の売上原価は、乙邸の譲渡にかかる取得費の額1140万8522円及び本件工事原価の額985万9164円の合計、2126万7686円であると認められる。

そうすると、原告の平成9年分所得税については、別表4のとおり、総所得金額2002万0092円、納付すべき税額は346万2400円となるのであり〔弁論の全趣旨〕、これを下回る総所得金額を1963万6664円、納付すべき税額を330万9200円とする本件処分は、適法というべきである。

なお、本件処分のうち過少申告加算税賦課決定処分の部分については、本判決で認定した総所得金額2002万0092円、納付すべき税額346万2400円を前提に計算すると、本件処分における過少申告加算税の税額21万4000円を上回ることは明らかである。

5  争点<4>について

過少申告加算税の税額計算の基礎となった事実のうちに、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがある場合には、過少申告加算税の税額から、上記の正当な理由があると認められる事実に基づく税額として通則法施行令で定めるところにより計算した金額を控除して、過少申告加算税の金額が計算される(通則法65条4項)。

しかし、本件においては、原告には、通則法65条4項に規定する正当な理由があるとは認められないから過少申告加算税を21万4000円とする本件処分は適法である。

第7結論

以上のとおりであるから、原告が取消しを求めている本件異議決定及び本件裁決により一部取り消された後の原処分のうち、本件再更正処分等によって減額変更された部分については、その取消しを求める訴えの利益がないから、この部分にかかる本件各訴えをいずれも却下し、原告のその余の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

〔口頭弁論の終結の日:平成15年6月2日〕

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 堤雄二)

別表1

本件再更正処分等に至る経緯(平成9年分)

<省略>

別表2

総所得金額及び納付すべき税額の計算表

<省略>

別表3

乙邸の取得費の明細

<省略>

別表4

総所得金額及び納付すべき税額の計算表

<省略>

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