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横浜地方裁判所 平成13年(行ウ)28号 判決 2004年3月17日

原告 甲

訴訟代理人弁護士 五十嵐公靖

同 渡辺孝

同 江坂春彦

被告 川崎西税務署長

下田一夫

指定代理人 千葉俊之

同 信本努

同 曽我高佳

同 渡部美和子

同 松本弘文

同 白井文緒

同 伊藤仁

主文

1  被告が原告に対し平成11年3月9日付けでした原告の平成3年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  事案の概要

本件は、原告がその父から有限会社の出資持分の譲渡を受けたことについて贈与税の申告をしなかったところ、被告が、この譲渡は相続税法(平成4年法律第16号による改正前のもの。以下同じ。)7条が規定する「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に当たり、また、上記贈与税の不申告については国税通則法70条5項が規定する「偽りその他不正の行為」が存在したとして、同条3項が規定する規定する期間の経過後に、贈与税の決定処分及び無申告加算税賦課決定処分をしたことから、原告が、これらの処分は違法であるとして、その取消しを求めている事案である。

第3  関係法令及び通達の定め

1  相続税法7条

相続税法7条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡があった時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該財産の譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす旨を規定している。

2  相続税法22条

相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、「当該財産の取得の時における時価」によるものと規定している。

3  財産評価基本通達

上記財産の価額の評価については、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付け直資56、直審(資)17による国税庁長官通達、ただし、平成4年3月11日付け課評2-2による改正前のもの。以下「評価基本通達」という。)が定められている。

評価基本通達において、「時価」とは、財産を取得した日等の課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、評価基本通達の定めによって評価した価額によるとされているが(評価基本通達1)、評価基本通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価するものとされている(評価基本通達6)。

4  有限会社に対する出資の価額の評価基本通達上の評価方法評価基本通達において、有限会社に対する出資の価額は、取引相場のない株式の評価の定め(評価基本通達178ないし193)に準じて計算した価額によって評価することとされているところ(評価基本通達194)、取引相場のない株式の評価の定めは、以下のとおりである。

(1)  取引相場のない株式とは、上場株式及び気配相場等のある株式以外の株式をいい、その価額は、銘柄ごとに1株単位で評価する(評価基本通達168)。

(2)  評価しようとする株式の発行会社(以下「評価会社」という。)を、その資本金、総資産価額、取引金額に応じて大会社、中会社、小会社に区分する(評価基本通達178)。

(3)  大会社、中会社及び小会社の株式の価額は、原則として、それぞれ以下のとおり評価する(評価基本通達179)。すなわち、

ア 大会社の株式の価額は、原則として「類似業種比準方式」(評価会社の配当、利益及び純資産の各要素を評価会社と事業内容が類似する上場会社のそれらの平均値と比較の上、上場会社の株価に比準して評価会社の一株当たりの価額を算定する方法(評価基本通達180)。)により評価する。

イ 小会社の株式は、原則として「純資産価額方式」により評価する。

この「純資産価額方式」とは、①評価会社の課税時期における各資産を評価基本通達に基づいて評価した価額の合計額から、②課税時期における各負債の金額の合計額を控除し(控除後の金額を、以下「課税時期における相続税評価額による純資産価額」という。)、さらに、③評価差額に対する法人税額等に相当する金額(評価差額に51パーセントを乗じて計算した金額)を控除して、評価会社の1株当たりの純資産価額を算定し、これによって株式の価額を評価する方法をいう。なお、③の評価差額とは、ⅰ.課税時期における相続税評価額による純資産価額から、ⅱ.課税時期における相続税評価額による純資産価額の計算の基とした各資産の帳簿価額の合計額から課税時期における各負債の金額の合計額を控除した金額を控除した、残額がある場合におけるその残額をいう(評価基本通達185、186-2)。

ウ 中会社の株式については、原則として、大会社と小会社の評価方式の「併用方式」によって評価する。

(4)  ただし、評価会社の資産の保有状況、営業の状態等が一般の評価会社と異なるものと認められる①株式保有特定会社の株式、②土地保有特定会社の株式、③開業後3年未満の会社等の株式、④開業前又は休業中の会社の株式、及び、⑤清算中の会社の株式は、「特定の評価会社の株式」(評価基本通達189)として上記の原則的評価方法によらないで評価する(評価基本通達178ただし書)。このうち、開業後3年未満の会社等の株式は、純資産価額方式によって評価する(評価基本通達189-3)。

5  評価基本通達186-2の改正

平成6年6月27日付け課評2-8、課資2-113により改正された評価基本通達(以下「改正通達」という。)186-2は、評価会社の株式又は出資(以下「株式等」という。)を純資産価額方式で評価するに当たって、評価会社の有する資産の中に現物出資により著しく低い価額で受け入れた株式等がある場合には、原則として、評価差額に対する法人税額等に相当する金額を、純資産価額の計算上控除しないこととした。

なお、上記の通達改正に先立ち、平成5年10月15日付けで、資産評価企画官情報第1号及び資産税課情報第19号「相続開始直前に現物出資により取得した株式等の評価について」(以下「本件情報」という。)が発出され、相続開始直前に現物出資により取得した株式等の評価について、評価基本通達6を適用し、「評価差額に対する法人税額等に相当する金額」を控除しないで計算して課税処分を行った個別事例2例が示された上、同様の事案が発生した場合には、当該情報に示された例と同様に処理することとされた。

第4  基礎となる事実

(以下の事実は、当事者間に争いのない事実であるか、各段落の末尾に記載した証拠により容易に認められる事実である。)

1  贈与税の課税に関わる事実経過等

(1)  乙(以下「乙」という。)は、明治41年3月1日生まれで、平成8年12月29日、88歳で死亡した。

原告は、乙の子である。

(2)  乙は、平成2年4月、その所有する土地を売却し、譲渡代金として約54億円を取得した。そして、乙は、上記代金及び不動産その他の資産を含め、所有資産の管理運営を、A株式会社(以下「A社」という。)に依頼した。

乙、乙の妻丙(以下「丙」という。)、原告及び原告の妻丁(以下「丁」という。)(上記4名を総称して「原告等」ということがある。)は、A社所属の顧問税理士の指示に従い、以下のとおり有限会社への出資及び出資持分の譲渡等を行った(以下、下記アないしキの一連の行為を「本件一連の行為」という。)。

ア B社の設立

平成2年9月5日、乙、丙及び原告は、自己資金38億円及び乙がC農業協同組合(以下「C農協」という。)及びD信用農業組合連合会(以下「D信用農業組合連合会」という。)から借り入れた20億円を出資して、有価証券の保有、運用及び投資並びに不動産の管理及び賃貸を事業目的とする有限会社B(以下「B社」という。)を設立した。その出資持分は乙5万7980口、原告10口及び丙10口で、総出資口数は5万8000口であった。

さらに、同年10月5日、乙は、B社の定期預金を担保にC農協から28億円の借入れを行い、その全額を同社の増資資金として払い込んだ。この増資の結果、B社の出資持分は、乙8万5980口、原告10口及び丙10口で、総出資口数は8万6000口となった。

イ E社の設立

平成2年10月18日、乙及び丙は、B社の出資持分の全部(8万5990口)を現物出資して、新たに有価証券の保有、運用及び投資、不動産の管理及び賃貸並びに航空機のリース業を事業目的とする有限会社E(以下「E社」という。)を設立した。これにより、同社の出資持分を、乙が8万5980口、丙が10口、それぞれ取得した。

この現物出資の際、E社におけるB社の出資持分の受入価額は、8599万円とされた。

ウ E社の出資持分の譲渡

平成3年12月25日、乙及び丙は、上記イにおいて取得したE社の出資持分の全部を、原告及び丁に、合計42億1729万3560円(出資1口当たり4万9044円)で譲渡した(うち原告への譲渡価額は42億1631万2680円、丁への譲渡価額は98万0880円)。この結果、E社の出資持分は、原告が8万5970口、丁が20口をそれぞれ所有することとなった以下、乙から原告への出資持分の譲渡を「本件譲渡」といい、本件譲渡に係る出資持分を「本件出資」という。)。

なお、原告は、E社の出資持分を取得するに当たり、C農協及びD信用農業組合連合会より、総額42億1600万円を借り入れた。

エ 乙の借入金の返済

平成3年12月25日、乙は、原告からE社の出資持分の譲渡代金42億1631万2680円を受領し、その金員を上記アのB社設立時及び増資時にC農協及びD信用農業組合連合会から借り入れた48億円の返済に充てた。

また、乙は、E社の出資持分の譲渡代金により返済できなかった約6億円については、同日付けで、再度C農協から6億円を借り入れて返済した。

その後、乙は、平成4年5月1日に下記オの合併後のE社から9億7000万円を借り入れ、上記6億円を返済し(9億7000万円と6億円との差額は、B社設立時及び増資時に借り入れた資金48億円の借入利息及び当該借入利息を返済するために借り入れられた資金の返済に充てられた。)、さらに、同年10月2日、同様にE社から1億4000万円を借り入れて、C農協からの借入れ(借入利息支払のための借入)を返済した。しかし、E社からの合計11億1000万円の上記借入金は、平成8年12月29日に乙が死亡するまで返済されず、乙の相続に係る相続税の課税価格の計算上、元利金合計13億7677万8540円がその債務として計上された。

オ B社とE社の合併

平成4年3月1日、B社とE社は、前者を合併後消滅する法人、後者を合併後存続する法人として、合併した。

なお、合併に際し、E社は出資口数を10口増加し、B社の出資持分1口に対して、E社の出資持分1口が割当交付された。ただし、E社の所有するB社の出資持分8万5990口には出資持分の割当てはしないこととされ、この結果、合併後のE社の出資持分は、原告8万5980口及び丁20口で、総出資口数は8万6000口となった。

カ E社の減資

平成4年3月19日、E社は、資本の総額を8600万円から1720万円とする減資を行い、減資割合に応じて、原告に対しては68億7840万円、丁に対しては160万円の、合計68億8000万円の減資払戻金(1口当たり10万円)が私い戻されることとなった。

キ 減資払戻金の取得

平成4年5月1日、原告に対し、上記減資払戻金のうち43億1245万7385円が実際に払い戻され、原告は、その全額を、本件出資を取得するためにC農協及びD信用農業組合連合会から借り入れた上記ウの借入金の元利金の返済に充てた。

(3)  原告は、本件譲渡に係る贈与税の申告をしなかった(以下、この不申告を「本件不申告行為」という。)。

また、平成8年12月29日、乙が死亡したところ、乙の死亡に係る相続税は、平成11年4月21日提出の修正申告書において、課税価格の合計額が14億5035万7000円、相続税の総額が5億6739万5800円とされていた。

2  贈与税の課税処分等に関する経緯

本件譲渡に係る贈与税の課税処分等及び不服申立て等の経緯は、別表1のとおりであり、その内容は下記のとおりである。

(1)  被告は、平成11年3月9日付けで、原告に対し、本件譲渡が相続税法7条が規定する著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合に該当するとして、その対価の額と被告が算定した時価との差額を原告が乙から贈与により取得したものとみなして、平成3年分の贈与税の決定処分(以下「本件贈与税決定処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件加算税賦課決定処分」といい、本件贈与税決定処分と併せて「本件各課税処分」という。)をした。

なお、納税申告書を提出する義務があると認められる者がこれを提出しなかった場合に税務署長がする課税処分である決定(国税通則法(以下「通則法」という。)25条)は、その決定に係る国税の法定申告期限から5年を経過した日以後においてはすることができないが(同法70条3項)、偽りその他不正の行為によりその全部又は一部の税額を免れた国税についての決定は、上記法定申告期限から7年を経過する日まで、することができるものとされている(同法70条5項)。本件譲渡に係る贈与税の法定申告期限は平成4年3月16日であるから(相続税法28条1項)、被告は、通則法70条3項が規定する期間の経過後に、同法70条5項の規定に基づくものとして、本件各課税処分をしたものである。

(2)  これに対し、原告は、本件各課税処分を不服として、平成11年4月2日、東京国税局長に対し、異議申立てをしたが、東京国税局長は、同年7月7日付けで、これをいずれも棄劫する旨の決定をした。

(3)  さらに、原告は、平成11年8月5日、国税不服審判所長に対し、本件各課税処分についての審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成13年3月30日付けで、これをいずれも棄却する旨の裁決をした。

(4)  そこで、原告は、平成13年6月27日、本件訴訟を提起した。

第5  課税根拠に関する当事者の主張

1  被告の主張

(1)  本件贈与税決定処分

原告の平成3年分の贈与税の課税価格及び納付すべき税額は次のとおりであり、本件贈与税決定処分における原告の納付すべき贈与税額はこれと同額であるから、本件贈与税決定処分は適法である。

ア 課税価格                  44億0905万7420円

原告は、乙から、本件譲渡により、E社の出資8万5970口(本件出資)を42億1631万2680円(1口当たり4万9044円)で譲り受けたものである。

そして、本件譲渡時における本件出資の価額は86億2537万0100円(1口当たりの価額10万0330円、別表3の「課税時期現在の1口当たりの純資産価額」欄の⑪の金額)であり、本件譲渡による原告の本件出資の譲受けは、相続税法7条が規定する著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合に該当する。

上記課税価格は、同条の規定により、本件出資の対価(42億1631万2680円)と時価(86億2537万0100円)との差額44億0905万7420円を原告が乙から贈与により取得したものとみなして算定したものである。

イ 納付すべき贈与税額             30億7798万4900円

上記金額は、上記アの課税価格44億0905万7420円から、相続税法21条の5が規定する贈与税の基礎控除額60万円を控除した後の金額44億0845万7000円(ただし、通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後の金額。)に、同法21条の7が規定する贈与税の税率を適用して算出した金額である(別表2参照)。

(2)  本件加算税賦課決定処分

原告は、平成3年分の贈与税を申告しなかったものであり、贈与税を申告しなかったことについて、通則法66条1項ただし書きに規定する正当な理由も存しない。したがって、通則法66条1項1号の規定により、無申告加算税が賦課されることとなるところ、無申告加算税の額は、原告が本件贈与税決定処分によって納付すべきこととなった贈与税額(ただし、通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後の金額。)である30億7798万0000円に100分の15の割合を乗じて算出した金額である4億6169万7000円となるから、この金額と同額の無申告加算税を賦課決定した本件加算税賦課決定処分は適法である。

2  原告の主張

本件出資の時価を当時の評価基本通達に従って評価すれば、本件譲渡は、相続税法7条が規定するみなし贈与には該当しない。

ただし、本件出資の時価の評価に際し評価基本通達185及び186-2に定める評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除を行わない場合の、被告が主張する税額の算定は、争わない。

第6  争点

本件の争点は、以下のとおりである。

①  本件出資の時価の評価方法

この争点は、本件譲渡が、相続税法7条が規定する「著しく低い価額の対価での財産の譲渡」に該当するかどうかに関わり、具体的には、本件出資の時価の評価に当たり、評価基本通達185及び186-2を適用して、出資一口当たりの純資産価額の計算上、評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除すべきかどうか、の判断により決せられる。

②  本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が通則法70条5項に該当するかどうか

この争点は、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が、通則法70条5項が規定する「偽りその他不正の行為」に当たるものとして、贈与税の決定処分をすることができる期間が法定申告期限から7年間に延長されるかどうか、という問題に関わり、この点が肯定されないと、本件各課税処分は、決定処分に係る5年の期間制限に反するものとして、その全部が違法となる。

第7  争点に関する当事者の主張の要旨

1  争点①(本件出資の時価の評価方法)について

<被告の主張>

(1) 相続税法上の時価の評価方法

ア 評価基本通達による評価

相続税及び贈与税の課税価格の計算の基礎となる財産の価額の評価について、課税実務上は、相続税法に特別の定めのあるものを除き、その一般的基準が評価基本通達によって定められ、そこに定められた画一的な評価方式によることとされている。これは、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の時価を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることが避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどから、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から見て合理的であるという理由に基づくものであり、財産の種類に応じてこれを画一的に適用することにより、租税負担の平等を実現しようとしたものである。

したがって、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、評価基本通達に定められた評価方式によらないことが正当として是認され得るような特別な事情がある場合は別として、原則として評価基本通達に基づき評価することとなる。

イ 取引相場のない株式の評価基本通達における評価方法

取引相場のない株式は、市場にある株式の圧倒的多数を占めており、その発行会社の事業規模や株主の構成は多岐にわたる。また、これらの株式は、証券取引所又は証券会社の店頭において成立する取引価格(市場価格)を有しておらず、仮に、取引事例がみられる場合でも、それは親子間など特定の当事者間における取引ないし株式の譲渡制限が存する場合の買取請求など特別の事情における取引であることが通常であるので、その取引価格を直ちに客観的交換価値とみることには問題がある。

そこで、評価基本通達は、これらの実態を踏まえ、取引相場のない株式の価額を合理的、かつ、その実態に即して評価するために、評価会社をその資本金、総資産価額、取引金額に応じて大会社、中会社、小会社に区分し、それぞれの会社に適用すべき原則的評価方式を定めている。

このうち、個人企業の事業規模とそれほど変わるところがない小会社の株式は、その会社の資産に着目して取引されると考えられ、その株式の評価は個人事業者の事業用財産の評価との均衡を図ることが合理的であると認められるので、原則として、純資産価額方式により評価することとされている。また、開業後3年未満の会社等の株式は、純資産価額方式によって評価すべきこととされているが、これは、会社の経営状況や財務指標がまだ安定していないなどの実態からみて、その株価を大会社について規定された類似業種比準方式によって適正に算定することを期し難いので、会社の純資産に着目して評価することとしたものである。

そして、有限会社に対する出資は、取引相場のない株式の評価の定めに準じて計算した価額によって評価することとされている。

ウ 純資産価額方式により1株又は1口当たりの株式等の価額を計算する場合に評価会社の純資産価額から法人税額等に相当する金額を控除する趣旨上記純資産価額方式により1株又は1口当たりの株式等の価額を計算する場合には、評価基本通達185により、評価会社の純資産価額から評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除することとされている。

その趣旨は、個人が株式の所有を通じて会社の資産を間接的に支配している場合と個人事業主として直接に事業用資産を所有する場合とでは、その所有形態が異なることからその処分性等におのずと差があるため、両者の事業用財産の所有形態を経済的に同一の条件の下に置き換えた上で評価の均衡を図ることにある。すなわち、前者の場合に会社の資産を自己のために利用又は処分したい場合には、会社を解散、清算して所有株式数に見合う財産を手にするほかないところ、その場合に、法人に清算所得(いわゆる含み益)があった場合には、その清算所得に対して法人税等が課されるため、個人事業者が直接に事業用資産を所有している場合に比して、その法人税額等に相当する金額分だけ実質的な取り分が減少することになってしまう。

純資産価額方式において法人税額等に相当する金額を控除するのは、かかる配慮に基づくものであって、それ自体合理的なものと認められる。

しかしながら、評価基本通達が純資産価額方式による評価においてこのような配慮をしているのは、上記のように、個人が株式等の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合と個人事業主として直接に事業用資産を所有する場合とで、その評価の均衡を図る必要があるとの配慮に基づくものであり、そのような評価の均衡を図る必要性と関係なく、純資産価額方式による評価の際に理論上当然にその配慮がされるべきものとする趣旨ではないというべきである。

(2) 本件出資の時価の評価方法

ア 本件一連の行為は、出資の価額の評価につき、評価基本通達に定める純資産価額方式において、評価差額に対する法人税額等に相当する金額が控除されることに着目して、有限会社の出資を現物出資により著しく低い価額で受け入れて新たな有限会社を設立することにより、上記評価差額を意図的に創出し、これにより意図的に贈与税ひいては相続税の課税対象額を減少させる方策である。このスキーム(以下「本件スキーム」という。)を要約すると、その概略は次のとおりである。

すなわち、

① 親が金融機関等から多額の借入れをし、自己資金と合わせてこれを原資として第一法人を設立する。

② 第一法人の株式等を現物出資して持ち株会社たる第二法人を設立し、その際の受入価額を著しく低い価額とすることで、第二法人の純資産価額に膨大な評価差額を意図的に作出する。

③ 親から子に対して、第二法人の株式等を評価基本通達を形式的に適用して算定される価額で売却する。この場合、②により意図的に評価差額が作出されているので、評価基本通達185及び186-2を適用すると、評価差額に対する法人税額等に相当する金額として評価差額の51パーセントが控除されるため、この価額は時価(いわゆる純資産価額)のおよそ2分の1の金額となる。

④ この際、子は第二法人の株式等の取得資金を金融機関等からの借入金によって賄う。

⑤ その後、第二法人が第一法入を吸収合併する。

⑥ 第二法人が減資払戻しを実行することにより、親が出資した資金を子が取得し、子は第二法人の株式等の取得資金に充てた金融機関等からの借入金を返済する。

というものである。

そして、その一連の行為の結果として、子は第二法人の株式等に化体された親の資産を時価のおよそ半額で買い取ることができ、また、親の死亡時に、子は親の残余財産(親が子に第二法人を売却することによって得た代金相当額を含む。)を相続するが、同代金額は第二法人の株式等に化体された資産のおよそ半額にすぎないものである上、同時に親の借入金残高(上記①における借入金の残額)を相続財産から控除される債務として相続するため、相続税の課税が著しく軽減されるほか、子が親から第二法人の株式等を購入するための資金に充てた上記借入金残高は、上記減資払戻金により返済可能であるため、最終的に子は、贈与税を負担することなく親から財産を無償で取得でき、しかも相続税の負担をも著しく減少させることができるというものである。

イ 本件一連の行為は、平成2年分の乙の土地の売却代金である約54億円を含む乙の財産について、将来乙に相続が開始した場合の相続税の負担を軽減する方策として、当時の顧問税理士の作成したスキーム及び指導に従って、原告が中心となって行った行為であり、通常では到底考えられないような極めて短期間に行われたものであって、乙から原告への財産移転について、原告の贈与税を免れひいては乙の相続に係る相続税の負担の軽減を図るという目的以外に何ら経済的必要性及び合理性が認められない行為である。

そうすると、本件一連の行為は、評価基本通達に定める純資産価額方式において、評価差額に対する法人税額等に相当する金額が控除されるという点に着目し、E社の純資産額の計算上の評価差額を意図的に創出してE社の出資の評価額を引き下げ、もって、贈与税の負担を免れて乙から原告への財産の移転を実行したものであり、将来において発生する乙の相続に係る相続税の負担の軽減を図ることのみを目的として、乙の生前に乙の財産を贈与税の負担を回避して原告へ移転することを企図して行われたことは明らかである。

ウ 上記のとおり本件譲渡は、意図的に創出した評価差額に、評価基本通達を形式的に適用して、法人税額等に相当する金額を控除して計算した価額を時価としてされたものであるから、本件出資の価額の計算において評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除することは、評価基本通達の趣旨に沿わないのみならず、このような計画的な行為を行うことのない納税者との間での租税負担の公平を著しく害し、また、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の機能に反する著しく不相当な結果をもたらすというべきである。

したがって、本件出資の価額の計算においては、評価基本通達に定められた評価方式によらないことが相当として是認され得るような特別な事情があると認めるのが相当であり、評価基本通達6の規定により、純資産価額方式によって株式等の価額を評価するについては、法人税額等に相当する金額を控除しないで計算した価額をもって、本件出資の「時価」(相続税法22条)と認めるのが相当である。

エ 原告は、本件譲渡当時、課税庁側は評価基本通達をそのまま形式的に適用していたなどと主張するが、本件情報の発出ないし改正通達の適用以前においても、評価基本通達6に基づき、法人税額等に相当する金額の控除をせずに課税処分をした例も存在しており、被告が本件のような事案を放任していたということはない。

(3) 小括

本件譲渡により原告の支払った本件出資の譲受けの対価は42億1631万2680円であるところ、本件譲渡時における本件出資の時価(法人税額等に相当する金額を控除しないで計算した純資産価額)は86億2537万0100円であるから、本件譲渡は、相続税法7条が規定する「著しく低い価額の対価での財産の譲渡」に当たる。

したがって、原告は、本件出資の時価(86億2537万0100円)と本件出資の譲受けの対価(42億1631万2680円)との差額44億0905万7420円を乙から贈与により取得したとみなされる。

<原告の主張>

(1) 本件一連の行為の評価

本件一連の行為が、贈与税を免れ、ひいては相続税の負担の軽減を図ることのみを目的にされたものであって、それ以外に何らの経済的必要性及び合理性が認められないとする被告の主張は争う。

(2) 同種事案についての課税庁の取扱い

被告は、本件出資の時価について、評価基本通達185及び186-2を適用せずに評価すべきと主張する。

しかし、本件譲渡がされた平成3年12月当時の評価基本通達において、被告が本訴で主張するような評価方法は何ら具体的に示されていなかった。また、本件譲渡前において、取引相場のない株式を低額で順次現物出資して会社を次々に設立することにより、株式の評価額を圧縮する方法による節税策を構ずるケース(いわゆるF方式)が横行したことから、国税庁は、平成2年8月に、評価基本通達186-3を改正し、評価会社が所有している取引相場のない株式の純資産価額の評価に当たり、評価差額に対する法人税等に相当する金額を控除しない旨を規定したが、本件事案のような節税策については、平成6年6月に至ってようやく評価基本通達186-2を改正したものである。この評価基本通達186-2の改正までの間、納税者や税務処理を業とする多数の者は、本件と類似する事案を当時の通達の規定によって公然と処理していたのであり、国税庁はこのような方式を公認あるいは黙認していたというべきである。

(3) 評価基本通達6の適用について

被告は、評価基本通達6の規定を援用するが、その適用は、納税者の予測可能性を奪い、著しく不安定な状態にするものであるので、極めて異例な場合に限られるものと解される。

(4) 小括

そうすると、本件譲渡が相続税法7条のみなし贈与に当たるとしてされた本件各課税処分は、違法なものとして取り消されるべきである。

2  争点②(本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が通則法70条5項に該当するかどうか)について

<被告の主張>

(1) 「偽りその他不正の行為」(通則法70条5項)の意義

通則法70条5項にいう「偽りその他不正の行為」とは、税額を免れる意図の下に、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正の行為、又は社会通念上不正と認められる一切の行為と解される。

そして、いかなる行為が「偽りその他不正の行為」に該当するかについて、判例は、いわゆる単純不申告の場合はこれに該当しないが、①納税者が仮装又は二重帳簿を作成するなどの積極的な不正行為を行い、これに基づいて法定申告期限までに申告納税しない場合(最高裁判所昭和42年11月8日大法廷判決・刑集21巻9号1197頁参照)や、②納税者が所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を税務署長に提出する過少申告行為に及んだ場合(最高裁判所昭和48年3月20日第三小法廷判決・刑集27巻2号138頁参照)は、いずれも「偽りその他不正の行為」に該当するものとしている。

(2) 通則法70条5項と相続税法68条との関係

ア 原告は、通則法70条5項が規定する「偽りその他不正の行為」とは、同様の文言を用いる相続税法68条のほ脱罪に該当する脱税行為でなければならない旨を主張する。しかし、通則法70条5項及び相続税法68条の両規定の適用が必ず一致したものでなければならないわけではない。

イ 通則法70条5項及び相続税法68条において、いずれも同一の文言が使用されていることからすれば、両者の意義をことさら別異に解すべき理由はない。

しかし、相続税法68条は、課税処分の有無に関係なく、「偽りその他不正の行為」により相続税又は贈与税を免れた者に対して、刑事訴追を行う場合の罰則を規定したものであるのに対し、通則法70条5項は、課税処分を前提として、「偽りその他不正の行為」によりその全部若しくは一部の税額を免れた国税について、その課税処分をすることができる期間の延長を規定したものである。すなわち、通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」とほ脱罪(本件では相続税法68条)の「偽りその他不正の行為」とは、その立法趣旨が明らかに異なるのである。

租税法規においては、同一文言を用いている場合であっても、その規定の趣旨・目的に照らし、合目的的に解釈すべきであって、必ずしも通則法70条5項にいう「偽りその他不正の行為」がほ脱罪に該当する脱税行為に当たる行為と解する必然性はなく、原告の主張は、各規定の立法趣旨を正解しないものであって失当である。

(3) 原告の行為が「偽りその他不正の行為」に該当すること

ア 前記のとおり、本件譲渡に関する本件出資の時価の評価については、通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるから、評価基本通達185及び186-2が規定する評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除をすべきでない。そうすると、原告は、乙から時価86億2537万0100円の本件出資をわずか42億1631万2680円の対価で譲り受けたのであるから、その差額に相当する44億0905万7420円の金額の贈与を受けたものとみなされることになる(相続税法7条)。

イ そして、上記(1)の通則法70条5項の解釈を前提に、本件についてみると、原告は、乙からの約44億円余の経済的利益を全くの税負担をすることなく獲得する意図の下に、税理士が専門的知識を駆使して考案した本件スキームに則り、平成2年9月5日から平成4年5月1日にかけて、経済的合理性が全くない法人の設立、多額の借入れ、現物出資、合併、減資、借入金の返済等の複雑な経済行為(工作行為)を行い、かつ、低額譲受けによるみなし贈与(相続税法7条)として贈与税の課税対象となるべき本件譲渡を、あたかも課税対象とならない取引であるかのように見せかけて贈与税の課税を免れようとしたのであって、この行為は、当該利益の享受を本件スキームによる複雑な経済的取引の中に隠ぺいし、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にした行為であり、かつ、社会通念上も「不正」と評価すべきものである。上記の本件一連の行為は、形式的に評価基本通達に当てはめて算定された評価額が「時価」でないことを十分に認識しながら、評価基本通達の文言を奇貨として、あたかも相続税法22条に規定する時価として適正であるかのように本件スキームを実行したものであり、これら一連の行為は、「時価」を偽る目的、すなわち贈与税を免れる目的でなされた「偽りその他不正の行為」以外の何ものでもない。

すなわち、本件スキームを利用することによって、原告が納付すべき贈与税を免れ、ひいては乙の死亡に係る相続税の負担の軽減を図るという目的以外に全く経済的必要性及び合理性が認められない行為を行って、わざわざ通達の規定に沿うよう事実関係を作出し、その結果みなし贈与に当たらないような評価額を生み出したのであるから、税額を免れる意図の下に、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にする何らかの偽計その他の工作を伴う不正の行為をした場合に当たると優に評価できるものというべきである。

ウ これに対し、原告は、本件一連の行為を節税行為であるなどと主張する。しかし、節税とは、租税法規が予定しているところに従って税負担の減少を図る行為であるところ、原告は、本件一連の行為により、本件出資の時価が過少に評価されるように工作することによって、みなし贈与として贈与税の課税対象となるべき本件譲渡をあたかも課税対象とならない取引であるかのように見せかけ、贈与税の課税を免れようとしたのであるから、その行為は、「租税法規が予定しているところに従って税負担の減少を図る行為」でないことは明らかである。

また、原告は、本件一連の行為はすべて公にされていて、そこに偽計その他の工作を伴うものは存在しないと主張する。しかしながら、平成4年6月ころ、被告は、原告に対し税務調査を行っているところ、被告所部係官は、本件一連の行為の内容について聴取はしたものの、是正すべき旨の指導をするまでには至らなかった。これは、本件スキームが、被告所部係官の判断を惑わせるほど、評価基本通達を巧みに利用して構築されたスキームであって、あたかも納税義務が成立していないかのごとく巧みに工作されていたからにほかならないのであり、偽計その他の工作行為を伴うものではないなどとは到底いえない。

(4) 原告の認識について

ア 原告は、通則法70条5項の「偽りその他の不正の行為」に該当するためには、「ほ脱の故意」が必要であると主張する。そして、本件スキームについて、その内容をほとんど理解できていないにもかかわらず、顧問税理士に任せた状態のまま、本件スキームに則り、本件一連の行為を実行に移した旨を陳述する。

イ まず、原告の学歴、経歴等からみれば、原告が、約44億円余もの経済的利益を全く税負担なく移転できるとの顧問税理士の説明を鵜呑みにするとは到底考え難く、約86億円もの資金操作を要する本件スキームについて、十分に理解した上で本件スキームを実行したとみるのが自然というべきであるし、仮に本件スキームの具体的な仕組みを理解していなかったとしても、原告は、乙から譲り受ける財産について、贈与税ないし相続税の負担を免れないしは軽減するために本件一連の行為を行ったものというべきであるから、原告に税の負担を免れる目的があったことは明らかである。

ウ 仮に、以上の点をおくとしても、客観的に「偽りその他不正の行為」によって税額を免れた場合には、当然に通則法70条5項の適用があるというべきである。すなわち、「偽りその他不正の行為」とは、税額を免れる意図の下に、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていることをいい、「偽りその他不正の行為」を行ったのが納税者であるか否か、あるいは納税者自身において「偽りその他不正の行為」の認識があるか否かにかかわらず、客観的に「偽りその他不正の行為」によって税額を免れた事実が存在する場合には、同項の適用があると解すべきである。

そうすると、本件一連の行為は、客観的に「偽りその他不正の行為」に該当するものであるから、原告に代わり、本件スキームに基づいて本件一連の行為をし、納税の申告をした者が税理士であっても、原告が本件スキームを「偽りその他不正の行為」に該当するか否かの認識を有していたか否かにかかわらず、本件に通則法70条5項が適用されることは明らかである。

(5) 平等原則違反等の原告の主張について

ア 原告は、本件各課税処分が平等原則に反するかのような主張をする。

しかし、本件においては、いわゆるA社B社方式(本件スキームを利用した租税負担回避の方式をいう。以下同じ。)の租税回避事案でいうところのB社が設立された後6年以上も経過した平成8年12月29日に乙が死亡し、その乙の死亡に係る相続税の申告書が被告に提出されたのは平成9年10月17日であったため、被告が相続税の調査に着手したのは、平成10年となったものであり、その調査の結果、通則法70条5項による7年の除斥期間をもって本件贈与税決定処分を行ったものである。そして、ことさら恣意的に本件についてのみ異なる取扱いをしたというような特段の事情はなく、本件一連の行為による過剰な租税回避行為について、通則法70条5項に規定する「偽りその他不正の行為」を認定し、本件贈与税決定処分を行ったのであって、そのことが直ちに平等原則に反するものではない。

むしろ、前述のとおり、原告は、本件スキームを実行することによって、約44億円もの経済的利益を何らの税負担もなしに獲得しているのであり、原告が仮に本件一連の行為を実行しなければ、その実行前の財産状態において多額の相続税の課税関係が生じたものと認められるところ、その時における観念的に捉えた場合の原告に対する課税関係と、租税回避のための本件スキームによる本件一連の行為を実行した後における原告に対する課税関係(評価基本通達の定めを形式的に適用した場合の課税関係)とを比較してみれば、課税の公平性に欠け、正当とはいえないものであることは明らかである。そして、本件において免れた贈与税額(30億7798万4900円)の高額さなどにかんがみれば、原告の行為は「不正」と評価できるものであり、本件において通則法70条5項の適用を除外するとするならば、原告の本件一連の行為による「不正」を保護することになり、そのことこそ平等原則に反するというべきである。

イ また、原告は、本件贈与税決定処分が改正通達を遡及適用したものであるかのような主張をするが、評価基本通達は、本件譲渡当時においても、通達の定めによって評価することが著しく不適当であると認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価するとしていた(評価基本通達6)のであって、本件贈与税決定処分は改正通達を遡及適用したものではない。

(6) 結語

以上のことからすれば、平成3年分の贈与税の決定処分は、通則法70条5項の規定により、平成3年分の贈与税の法定申告期限から7年を経過する日である平成11年3月15日まですることができるから、同月9日にした本件贈与税決定処分は、適法である。

<原告の主張>

(1) 「偽りその他不正の行為」(通則法70条5項)の意義

ア 「偽りその他不正の行為」(通則法70条5項)の意義については、税額を免れる意図の下に、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正の行為を行っていることをいうとした判例(福岡高等裁判所昭和51年6月30日判決・税務訴訟資料89号123頁及びその上告審である最高裁判所昭和52年1月25日第三小法廷判決・訟務月報23巻3号563頁)に従って理解すべきである。

被告は、「偽りその他不正の行為」の意義について、社会通念上不正と評価すべき行為を含めて主張するが、このような解釈は上記判例に抵触するし、通則法70条5項をあらゆる不正行為に適用し得ることになりかねない。同条項は、課税処分の除斥期間を延長する特例として設けられたものであり、そのために厳格な構成要件が存在しているというべきである。

イ 通則法70条5項は、脱税に対する厳しい世論があることから、「脱税に係る罰則の整備を図るための国税関係法律の一部を改正する法律」(昭和56年法律第54号)によって制定されたもので、脱税が行われた場合の賦課権の除斥期間の延長を図ったものである。この際の参議院大蔵委員会の附帯決議においても、「今回の改正により延長された更正・決定等の制限期間にかかる調査に当たっては、原則として高額、悪質な脱税者に限り、いたずらに調査対象範囲を拡大するなど、中小企業者等に無用の混乱を生ずることのないよう特段の配慮をすること」とされているところである。このような通則法70条5項の制定理由や附帯決議等からすれば、その対象はほ脱罪に該当する脱税行為でなければならないものと解される。

そして、相続税法68条のほ脱罪に該当するには、その構成要件として、「ほ脱の故意」、すなわちほ脱の意思あるいは税を免れる意図が必要であるから、本件において通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」があるというためには、原告が故意に脱税を図ったことが必要というべきである。

(2) 本件一連の行為が「偽りその他不正の行為」に当たらないこと

ア 税の賦課徴収を不能又は困難にしたわけではないこと

(ア) 被告は、本件一連の行為について、利益の享受を本件スキームによる複雑な経済取引の中に隠ぺいし、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にした行為であるとか、被告所部係官の判断を惑わせるほど評価基本通達を巧みに利用して構築されたものであったなどと主張する。

(イ) しかし、原告や乙は、本件一連の行為について、本件譲渡に関する確定申告、税務調査や乙の相続に関する税務調査等において、一切の資料を提出するなどして、被告に事実関係をすべて明らかにしていた。現に、被告は、平成4年6月下旬、所属係官に命じて、本件一連の行為についての調査を行っているところ、当該係官は、その調査の終了に際し、本件一連の行為が評価基本通達を利用した相続税対策であることを認めていた一方、何ら課税の意向を示していなかったのである。

また、株式等を低い価額で現物出資することにより、意図的に評価差額を作って法人税額等に相当する金額を控除して株式等の評価額を減ずるA社B社方式は、いわゆるF方式と同様のものであり、F方式の対策として平成2年8月に評価基本通達を改正していた被告側としては、本件一連の行為の内容を容易に窺知できたといえるから、本件スキームを利用して経済的利益の享受を「複雑な経済取引の中に隠ぺい」したとか「税の賦課徴収を不能又は著しく困難に」したということはできない。

イ 本件一連の行為が脱税行為とは評価できないこと

(ア) 上記のとおり、通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」に該当するには、ほ脱罪にいう脱税行為に該当する必要があり、また、ほ脱の故意が必要である。

(イ) 本件一連の行為当時、平成2年8月の評価基本通達186-3の改正によって評価差額に対する法人税額等に相当する金額の累積的控除が禁止されたことにより、株式等の現物出資による会社の設立を繰り返して株式等の評価額を限りなく零に近づける節税策(いわゆるF方式)が封じられる結果となっていたが、依然として評価基本通達185、186-2による株式等の評価額の圧縮(A社B社方式)は可能であった。そして、本件「一連の行為の当時、A社B社方式により相続税評価額を圧縮する節税策が社会現象として存在しており、これに関する出版物や金融機関がこの方法を紹介して融資をするケースもあったところで、評価基本通達に反して課税処分がされることもなかった。現に、A社B社方式に関する過去の裁判例において、同方式は節税策として認定されているところであるし、また、原告及び乙が平成4年6月に被告係官による税務調査を受け、本件一連の行為の詳細について事情聴取された際にも、同係官は、本件出資の評価額が評価基本通達185及び186-2を利用して大幅に圧縮されていることを知りながら、贈与税の申告等の指示を何らすることなく調査を終了している。

国税庁は、その後、A社B社方式による節税策を封じるため、平成5年10月に本件情報を発出して株式等の評価方法を変更し、その結果、それ以後に調査の対象とされた本件類似の事案が課税対象となり、更正・決定等の課税処分がされるようになったのである。すなわち、被告は、事後的に財産の評価方法を変更する取扱いをすることにより、従前の方式により算出した評価額との差額に対して、追加的に課税処分をしたものである。しかし、本件一連の行為が当時は違法とは評価されない以上、その評価が違法な脱税行為であると変更されることはあり得ない。

また、被告は、A社B社方式による一連の行為を有効として課税処分しながら、かたやその行為を脱税として通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」に当たるとするが、矛盾した主張というべきである。

(ウ) 上記(イ)のとおり、A社B社方式による節税策が外形的に禁じられていなかったことは明らかである。本件一連の行為は、平成5年10月の本件情報の発出により、株式等の評価方法が変更されたために課税対象とされるに至ったものであって、原告には、本件当時、節税の意思はあったものの、ことさら脱税を図ろうとする意思は存在しなかった。

なお、原告及び乙は、本件スキームの内容をほとんど理解し得ず、顧問税理士の指示するところに従って本件一連の行為をしたものである。

ウ 単純な無申告の場合に当たること

単純な過失、計算誤りなどにより、結果的に無申告であった場合に通則法70条5項の適用がないことは、被告も認めるところである。

本件の場合、株式等についての評価方法が変更されたことにより、本件出資の評価額の計算をし直すことになり、結果的に無申告となったものといえ、単純な過失や計算の誤りなどに準じた原因によって無申告になったものとして、通則法70条5項の場合には当たらないものというべきである。

エ 以上のことからすれば、本件一連の行為が「偽りその他不正の行為」(通則法70条5項)に該当しないことは明らかである。

(3) 平等原則に反すること

被告は、いわゆるF方式やA社B社方式による節税策を放任してきた事実があり、また、本件贈与税決定処分以前にこのような節税方式について「偽りその他不正の行為」に該当するとした例がないにもかかわらず、ことさら本件だけ通則法70条5項を適用したものであり、このような不公平、不平等な課税処分は違法というべきである。

(4) 結語

以上のとおり、本件に通則法70条5項を適用することはできないから、同条3項の除斥期間経過後にされた本件贈与税決定処分及びこれに基づく本件加算税賦課決定処分は、いずれも違法である。

第8  当裁判所の判断

1  争点①(本件出資の時価の評価方法)について

(1)  財産の時価の評価方法

相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における「時価」によるべきところ(相続税法22条)、この時価とは、当該財産の取得の時における当該財産の客観的な交換価値、すなわち不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解するのが相当である。

ところで、課税実務上は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額(時価)の評価方法について、その一般的基準が評価基本通達によって定められ、原則として評価基本通達に定められた画一的な評価方式によることとされている。これは、財産の価額を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることが避け難く、納税者間の租税負担の公平を欠くおそれがあり、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあるなどの支障が生じることから、あらかじめ定められた評価方式により財産の種類に応じてこれを画一的に評価することにより、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減を図ろうとしたものと解される。

このように、評価基本通達により財産の価額(時価)の評価の一般的基準が定められ、これに基づく画一的な取扱いがされる以上、納税者間の公平の観点から、原則として、評価基本通達に従った財産の価額(時価)の評価をすべきであるが、評価基本通達の趣旨が上記のようなものであることからすれば、当該事案に評価基本通達を形式的に適用することによって、相続税法22条が財産の価額は時価によるものとしている規定の趣旨に反する結果を生じ、かえって納税者間の実質的な租税負担の公平を害することが明らかである場合など、評価基本通達によらないことが相当と認められるような特別の事情がある場合には、他の合理的な方法によって評価することが許され、かつ、そのような方法によるべきであると解するのが相当である。

なお、評価基本通達6も、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と規定し、上記の趣旨を明らかにしているところである。

(2)  本件出資の時価の評価方法に関する通達の定め及びその趣旨

ア 本件出資は、E社の出資持分であるところ、有限会社の出資持分の価額については、評価基本通達上、前記第3、4のとおり、取引相場のない株式の評価の定めに準じて計算した価額によって評価されることとされている(評価基本通達194)。

そして、E社は、本件譲渡当時、開業後3年未満の有限会社であったから、取引相場のない株式の評価方法のうち、純資産価額方式によって評価されることとなる(評価基本通達189-3)。

イ 純資産価額方式により1株又は出資1口当たりの株式等の価額を計算する場合には、前記第3、4(3)イのとおり、評価基本通達185により、評価会社の純資産価額から評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除することとされている。

その趣旨は、個人が株式等の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合と、個人事業主として直接に事業用資産を所有する場合との評価上の均衡を図ることにあるものと解される。すなわち、個人が株式等の所有を通じて会社の資産を間接的に所有している場合、相続の開始によって会社の事業の継続が不可能になるときや会社の資産を自己のために利用又は処分したいときには、会社を解散、清算することにより、所有していた株式等の数に見合う財産を手にするほかないところ、その際に会社に清算所得が生じた場合には、その清算所得に対して法人税等が課されるため、個人事業者が直接に事業用財産を所有している場合に比べ、当該法人税額等に相当する金額分だけ実質的な取り分が減少することになる。そこで、このような事業用財産の所有形態による経済的差異を考慮して、両者の評価上の均衡を図るため、株式等の価額の評価に当たって、評価会社の資産の価額と負債との差額から、さらに、いわゆる含み益である評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除することとしているのである。

(3)  本件出資の価額(時価)の評価

ア 被告は、本件出資の価額(時価)の評価について、評価基本通達によらないことが相当と認められるような特別の事情がある旨を主張するので、以下、まず、上記の通達の趣旨を踏まえて、このような特別の事情の有無について検討する。

イ 本件一連の行為に関する事実経過は、前記第4、1のとおりであるところ、以下のとおり、これらの行為は、乙及び原告において、顧問税理士が作成した本件スキームに従って、もっぱら、土地の売却代金約54億円を含む乙の資産に係る相続税ないし贈与税の負担を軽減するためにしたものであることは明らかである。

(ア) すなわち、乙が上記資産を所有したまま死亡した場合には、原告を含む乙の相続人に高額な相続税の負担が生じることが予期される状況にあったところ、評価基本通達に定める純資産価額方式において評価差額に対する法人税額等に相当する金額が控除されることから、乙がその資産を出資してB社を設立し、さらに乙が取得したB社の出資を、E社に対し著しく低い受入価額によって現物出資することにより、E社の純資産価額に高額の評価差額を発生させ、これによって、乙が有するE社の出資持分の評価基本通達適用上の時価を、当初B社に出資した資産の価額の約半分とした上、原告が当該出資持分を評価基本通達適用上の時価で取得することにより、原告は、E社の出資持分に化体された乙の資産を、評価基本通達適用上は相続税法7条のみなし贈与に該当することなく、乙がB社に出資した金額のおよそ半額で取得することが可能となった。そして、本件譲渡の直後に、B社とE社が合併し、存続法人であるE社が減資手続を行って原告が減資払戻金を取得することで、原告は、結果的に、乙がB社へ出資した資産を再度現金の形で把握したものである。なお、乙はB社への出資に際して48億円の、原告は本件出資の譲受けに際して約42億円の借入れをそれぞれしていたが、それぞれ、本件出資の譲渡代金ないし減資払戻金によって返済されているし、乙の借入金のうち未返済額については、乙の死亡の際に、残余の相続財産の価額から債務の金額として控除することが可能であり、相続税額の軽減効果があるところである。

このように、これら本件一連の行為を全体としてみれば、それが、評価基本通達が定める純資産価額方式において、課税時期における相続税評価額による純資産価額から評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除して出資1口当たりの純資産価額を算出するものとされていることを利用して、乙が有していた資産を、相続税及び贈与税の負担なしに、原告に移転させる目的の下にとられたものであることは明らかである。

(イ) 一方で、本件の証拠関係や弁論の全趣旨に照らし、乙が多額の借入れ及び出資をして新たに会社を設立する経済的理由ないし目的があったものとは認められないし、B社やE社がその事業目的に従いその出資に見合う経済活動をしていたとも窺われない。また、乙において、B社の設立のわずか約40日後に、出資持分の全部を現物出資するという形で、同様の事業目的を有するE社を設立し、続けて、このE社の出資持分のほとんど全部を原告に譲渡し、さらに、E社がB社を吸収合併し、直後にE社の大幅な減資を行ない、原告において減資払戻金を取得するという短期間のうちにされた一連の行為を、一定の事業目的を有する会社としての合理的な経済的取引活動との観点から理解することは困難である。

(ウ) さらに、本件出資の価値についてみると、本件出資に係る評価差額は、E社の資産が時の経過により値上がりしたことを原因とするものではなく、もっぱら、B社の出資持分の受入れに際して、受入価額を著しく低い価額とすることによって生じたものであり、B社の出資持分と本件出資との間に客観的な財産価値の変動は見られない。そして、B社とE社が本件譲渡の直後に合併し、減資手続によってその資産が原告に払い戻されていることからすれば、乙ないし原告において、本件譲渡時から、E社の資産を、その解散、清算を待たずして、減資払戻金の形で原告が取得することを予定していたことは明らかであるということができる。

ウ 以上のように、本件出資に係る評価差額は、もっぱら乙の相続に係る相続税の負担の軽減を目的として意図的に生み出されたものであり、本件譲渡の前後を通じて、乙ないし原告が直接又は間接に所有していた資産の客観的な価値には変動がなく、しかも、原告は、E社の解散による清算所得への課税を経ることなく、E社の資産を減資払戻金として自己の直接所有の形態に移すことが予定されていたのであるから、本件出資の時価の評価に際して、評価基本通達185及び186-2を形式的に適用して、課税時期における相続税評価額による純資産価額から評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除をすることは、評価基本通達がこのような控除規定を置いた上記の趣旨に反し、ひいては、相続税法22条が財産の価額は時価によるものとしている規定の趣旨に反する結果を生じ、かえって他の納税者との間での実質的な租税負担の公平を害することが明らかであるから、評価基本通達によらないことが相当と認められるような特別の事情があるものというべきである。

エ そこで、本件出資の価額(時価)については、他の合理的な方法によって評価することが許され、かつ、そのような方法によるべきであるところ、評価基本通達が規定する純資産価額方式自体は合理的なものと認められるから、本件出資の本件譲渡時の時価は、純資産価額方式による評価に際して法人税額等に相当する金額を控除しないで計算した額である、86億2537万0100円であると認めることができる。

(4)  原告の主張について

争点①に関する原告の主張は、信義則的な観点からして、本件出資の時価の評価についても、評価基本通達185及び186-2を適用すべきであるとの趣旨のものと解される。

しかし、高額の資産を保有する納税者のある範囲の者が、本件と同様のいわゆるA社B社方式による相続税の負担軽減行為を行っていたとしても、課税庁において、本件についてのみ恣意的に評価基本通達の適用を排除して本件各課税処分をしたというような事情は窺われない以上、原告が主張するような事情をもって、信義則的な観点から、本件譲渡について法人税額等に相当する金額を控除しないで本件出資の時価を評価することが違法であるとすることは到底できない。

(5)  小括

本件譲渡により原告が支払った本件出資の譲受けの対価は、42億1631万2680円であるところ、本件出資の時価は、前記(3)エのとおり86億2537万0100円であるから、本件譲渡は、相続税法7条が規定する「著しく低い価額の対価での財産の譲渡」に当たるというべきである。

したがって、原告は、本件出資の時価と本件出資の譲受けの対価との差額44億0905万7420円を乙から贈与により取得したものとみなされることになる。

2  争点②(本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が通則法70条5項に該当するかどうか)について

(1)  問題の所在

上記のとおり、原告は、本件譲渡により、乙から財産の贈与を受けたものとみなされるから、原告は、本件譲渡に係る贈与税を申告、納付すべき義務を負うものである。

しかし、原告は、本件一連の行為を基礎とする事実関係を前提として、本件譲渡の日の属する平成3年分の贈与税の申告書を提出しなかったところである(本件不申告行為)。

この場合、平成3年分の贈与税についての決定処分(通則法25条)は、前記第4、2(1)のとおり、原則として、その法定申告期限である平成4年3月16日(相続税法28条1項)から5年を経過した日である平成9年3月16日以後にはすることができないが(通則法70条3項)、納税義務者が偽りその他不正の行為によりその全部又は一部の税額を免れた場合には、上記法定申告期限から7年を経過する日である平成11年3月15日まですることができる(同条5項)。

そして、本件において、被告は、原告に対し、平成11年3月9日付けで本件贈与税決定処分をしたのであるから、本件贈与税決定処分が適法といえるためには、原告が、通則法70条5項が規定する「偽りその他不正の行為」により税額を免れたと認められること、言い換えれば、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が「偽りその他不正の行為」に当たるものということができることが必要である。

そこで、以下、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が「偽りその他不正の行為」に当たるものということができるかどうかについて検討する。

(2)  「偽りその他不正の行為」の意義について

ア 通則法70条が規定する国税の改正、決定等の期間制限は、法定の申告期限又は納税義務の成立の日から一定期間が経過した後は課税庁が新たに国税の賦課権を行使することができないものとすることで、租税法律関係の早期安定を図ったものと解される。

そして、同条5項は、納税者が「偽りその他不正の行為」によって税額を免れたときは、同条の前各項が規定する期間より延伸された期間まで、更正、決定等をすることができる旨を規定しているが、これは、納税者が「偽りその他不正の行為」によって税額を免れようとしたときには、課税庁による国税の賦課権の行使が困難となることはいうまでもないところ、このような場合、その者に対する適正な課税の機会を確保し、納税者間の公平を確保する必要があることや、賦課権の行使が困難となる原因を自ら生み出した以上、租税法律関係の早期安定に係るその者の利益を考慮する必要性に乏しいことなどから、通常の場合よりも長期間その国税の賦課を可能として、適正・公平な課税の実現を図ることとしたものということができる。

このような、通則法70条5項の趣旨からすれば、同項が規定する「偽りその他不正の行為」とは、税額を免れる意図の下に、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような偽計その他の工作を行うことをいうものと解するのが相当である(福岡高等裁判所昭和51年6月30日判決・税務訴訟資料89号123頁、最高裁判所昭和52年1月25日第三小法廷判決・訟務月報23巻3号563頁参照)。

なお、原告は、原告や乙は本件スキームの内容をほとんど理解できず、顧問税理士の指示に従って本件一連の行為をしただけであると主張するが、通則法70条5項の適用の有無の判断に当たっては、納税者自身の行為及びその意図だけではなく、当該納税者から税務会計事務を委任された者の行為及びその意図をも含めて、これらの行為が「偽りその他不正の行為」に該当するかどうかを判断すべきである。

イ そこで、以下、原告の顧問税理士の行為及びその意図をも含めて、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が、税額を免れる意図の下に、贈与税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような偽計その他の工作をしたものとして、「偽りその他不正の行為」に当たるということができるかどうかを検討することとする。

(3)  本件不申告行為に係る事実関係

本件一連の行為の実施、乙及び原告の納税申告並びに税務調査の経緯等の本件不申告行為に係る事実関係をみると、前記第4、1の事実のほか、証拠〔甲5、7ないし10、15号証、乙1、8ないし13、19、20号証及び証人戊の証言〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

ア 評価基本通達の規定とA社B社方式との関係

平成2年8月の評価基本通達186-3(評価会社が有する株式等の純資産価額の計算)の改正前においては、純資産価額方式による株式等の価額の評価に際して評価会社の評価差額に対する法人税額等に相当する金額が控除されることを利用して、現物出資による会社の設立を繰り返すことにより、資産の相続税評価額を大幅に圧縮することが、評価基本通達上、可能であるとされていたが、上記改正によって、評価会社の資産のうちに取引相場のない株式等があるときのその株式等の1株(出資1口)当たりの純資産価額の計算上、評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除しないものとされたところから、このような累積控除の方法による相続税評価額の圧縮はできなくなった。

しかし、上記改正後の評価基本通達の下でも、前記第3、4(3)イのような、評価基本通達185、186-2による純資産価額方式による評価会社の1株(出資1口)当たりの純資産価額を計算する方法自体については、その規定の文言上、特に変更が加えられなかった。

そして、平成2年ころ、A社所属の税理士により、このように評価基本通達の規定上、純資産価額方式において、課税時期における相続税評価額による純資産価額から評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除して出資1口当たりの純資産価額を算出するものとされていることを利用して相続税の負担の軽減を図る方策として、いわゆるA社B社方式が考案された。以後、このA社B社方式による相続税軽減策は、A社の関与した事例あるいはそれ以外の事例において、平成6年6月に評価基本通達186-2が改正されるまで、相当数が実施され、金融機関が同方式の実施を前提に融資を行う事例も存在した。

ところが、平成4年10月7日、評価基本通達上の評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除規定を利用して、株式を現物出資する方法により資産の相続税評価額を圧縮した事案について、東京国税局が申告漏れを指摘した旨の新聞報道がされた。これを受けて、A社は、顧客の資産について、A社B社方式による相続税軽減策を実施することを取りやめた。

さらに、前記第3、5のとおり平成5年10月、国税庁から各課税庁に対して本件情報が発出され、相続開始直前に現物出資により取得した株式等の評価について評価基本通達6を適用して課税処分を行った個別事例2例が示された上、同様の事案が発生した場合には、本件情報に示された例と同様に処理することとされた。この本件情報は、評価基本通達において1株(出資1口)当たりの純資産価額の計算上評価差額に対する法人税額等に相当する金額が控除されることを利用して、現物出資の方法によって純資産価額の計算上の評価差額を恣意的に創出し、相続税の負担軽減を目的とするような事例において、純資産価額で評価することは著しく不適当であるとして、評価差額に対する法人税額等に相当する金額を控除しないで計算(評価基本通達6を適用して評価)するとの課税方針を明らかにしたものであった。

そして、平成6年6月、評価基本通達186-2(評価差額に対する法人税額等に相当する金額)が改正され、これにより、評価会社の株式等を純資産価額方式で評価するに当たって、評価会社の有する資産中に現物出資により著しく低い価額で受け入れた株式等がある場合には、原則として当該株式等の相続税評価額と受入価額との差額(評価差額)に対する法人税額等に相当する金額を純資産価額の計算上控除しないこととされ、これにより、A社B社方式による資産の相続税評価額の圧縮が認められないことが評価基本通達185、186-2の規定上も明確にされた。

イ 本件一連の行為の実施の経緯

乙は、平成2年4月、その所有していた土地を売却し、約54億円の譲渡代金を取得したことから、同年6月ころ、A社にこれを含む所有資産の管理運用を依頼した。

これを受けて、A社所属の税理士らは、乙の資産に係る相続税の負担を軽減する目的で、本件スキームを立案した。そして、原告等は、税理士Gから、本件スキームは合法的な節税方法であるとの説明を受け、A社に対し、本件スキームに従った資産の処理を依頼した。

その後、原告等は、平成4年5月にかけて、A社所属の税理士らの指示に従い、前記第4、1(2)のとおり、本件一連の行為を実施した。なお、平成3年3月以降、A社所属の税理士戊(以下「戊税理士」という。)が、原告等の担当者となり、同税理士は、平成4年12月にA社を退職後も、引き続き原告等の税務処理を行った。

ウ 乙及び原告の納税申告並びに税務調査の経緯

(ア) 乙は、平成2年10月18日、B社の出資持分をE社に対して現物出資したことに関し、有価証券取引税2587万6500円を納付した。これについて、被告が、平成3年1月29日付けで、乙に対し、「有価証券の譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面を送付し、上記納付に係る有価証券の譲渡内容を回答するように求めたところ、乙は、同年2月4日、被告に対し、被告の送付した回答用紙に従い、譲渡に係る出資持分がB社の出資8万5980口であること、譲渡日が平成2年10月18日であること、譲渡先がE社であること、「売却金額」が86億2551万3000円であることなどを回答した。

また、乙は、平成3年12月25日、本件譲渡に関し、有価証券取引税1264万8900円を納付した。

(イ) 乙は、平成4年3月12日、被告に対し、平成3年分の所得税の確定申告書を提出した。

上記確定申告書には、「株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書」(以下単に「計算明細書」という。)が添付されていたところ、この計算明細書には、平成2年10月18日に取得したE社の出資持分を、平成3年10月18日、原告に8万5970口、丁に10口それぞれ譲渡したこと、譲渡による収入金額が原告への譲渡分42億1631万2680円及び丁への譲渡分49万0440円の合計42億1680万3120円であること、譲渡に係る出資持分の取得価額又は取得費が85億9800万0000円であることなどが記載されていた。

また、上記確定申告書には、乙が原告にE社の出資持分85、970口を42億1631万2680円で譲渡したことが記載された、本件譲渡についての平成3年12月25日付け売買契約書及び有価証券取引書並びに有価証券取引税の納付書・領収証書等が添付されていた。

(ウ) 平成4年1月31日、被告の係官によるB社とE社に対する法人税に係る税務調査が行われた。この時の調査には、原告及び戊税理士が立ち会い、原告側は、両社の総勘定元帳、通帳、領収書、契約書等の書類を提示したが、担当係官から特に問題点が指摘されることはなかった。

また、平成4年6月下旬、乙宅において、被告の係官による、乙に対する所得税に係る税務調査が行われた。このときの調査には、原告及び戊税理士が立ち会い、被告の担当係官から、B社及びE社の設立の趣旨及び日時等、乙の株式取引の有無、乙の預貯金の内容並びに本件一連の行為の内容について質問がされ、原告側は、乙の平成3年分の所得税確定申告書のほか、本件出資についての取引相場のない株式の評価明細書を提示するなどしてこれに回答したが、担当係官から特に問題点が指摘されることはなかった。

(エ) 平成8年12月、乙が死亡し、その相続に係る相続税の申告書が提出されていたところ、平成11年1月及び2月、3回にわたり、東京国税局の係官による、乙の相続に係る相続説に関する税務調査が行われた。このときの調査には、原告及び戊税理士等が立ち会い、担当係官から、本件譲渡等についての質問がされ、本件譲渡はみなし贈与に当たる旨の見解が述べられた。

その後、被告は、原告に対し、平成11年3月9日付けで、本件各課税処分をした。

(4)  本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が「偽りその他不正の行為」に該当するかどうかについての判断上記(3)のような、本件一連の行為の実施、乙及び原告の納税申告並びに税務調査の経緯等の本件不申告行為に係る事実関係を踏まえて、以下、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が、税額を免れる意図の下に、贈与税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような偽計その他の工作をしたものとして、通則法70条5項が規定する「偽りその他不正の行為」に当たるということができるかどうかについて判断する。

ア 前記(2)アに説示したとおり、通則法70条5項が国税の更正、決定等をすることができる期間を延伸している趣旨の一つは、納税者が納税申告に関して偽計その他の工作をする場合には、課税庁による国税の賦課権の行使が困難となることから、その者に対する適正な課税の機会を確保し、納税者間の公平を確保する必要があるため、通常の場合よりも長期間その国税の賦課を可能とすることにある。

そこで、まず、この観点から、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為を考察する。

(ア) 本件一連の行為に関し、B社、E社及び原告等において作成した、納税申告書、契約書及び経理関係資料等の、本件譲渡の有無や本件出資の時価の評価の際の基礎となり得る資料について、虚偽の内容のものが作出されたというような事実は認められないし、関係資料がことさら秘匿されたというような事実も認められない。

現に、本件において証拠として提出されている、乙の平成3年分の所得税確定申告書、計算明細書、B社及びE社の決算報告書、本件譲渡に係る売買契約書及び有価証券取引書等をみても、いずれも本件一連の行為の事実関係に即した記載内容となっているところである。

(イ) 次に、上記(3)ウ(ア)のとおり、乙は、平成2年10月18日、同日にB社の出資持分をE社に現物出資したことについて、有価証券取引税2587万6500円を納付しているが、この額は、当時の有価証券取引税法9条2項の規定に従い、課税標準となるべきB社の出資持分の譲渡の時における価額を、86億2551万3000円として算出された税額であると認められる。この譲渡価額の評価は、B社が受けた出資の額にほぼ対応するものといえるから、B社の出資持分の譲渡時の価額を事実に即して評価したところに基づく納税がされたものということができる。

また、乙は、平成3年12月25日、本件譲渡に関し、有価証券取引税1264万8900円を納付しているが、この額は、本件譲渡における譲渡価額である42億1631万2680円を課税標準として算出されたものと認められる。

そうすると、本件一連の行為における出資持分の譲渡に関して、事実関係に従った有価証券取引税の納税がされていたものということができる。

(ウ) また、上記(3)ウ(ア)、(イ)のとおり、乙は、B社の出資持分をE社へ現物出資したことによる有価証券取引税についての被告からの照会に対し、譲渡に係る出資持分の内訳、譲渡日及び「売却金額」(86億2551万3000円)等を回答し、また、乙の平成3年分の所得税確定申告書に添付された計算明細書や本件譲渡の売買契約書等には、乙と原告及び丁との間でされたE社の出資持分の売買契約の事実及びその内容、乙の当該出資持分の取得日及び取得価額(85億9800万0000円)並びに乙の譲渡による収入金額(42億1680万3120円。うち、原告への譲渡によるものは42億1631万2680円。)等が明示されていた。

これらの資料の内容に照らせば、乙が、平成2年10月18日に約86億円の取得価額をもってE社の出資持分を取得し、そのほとんどを本件譲渡によって42億1631万2680円の対価で原告に譲渡したという事実は、当該資料によって被告に示されていたものということができる。

(エ) さらに、上記(3)ウ(ウ)のとおり、被告は、平成4年1月31日にB社とE社に対し、同年6月下旬には乙に対し、それぞれその法人税ないし所得税に係る税務調査を行い、その際に、原告や戊税理士から、両社の総勘定元帳、帳票書類や本件出資についての取引相場のない株式の明細書等の提示を受けるとともに、本件一連の行為についての質問に対する回答を得たところである。そして、この際に、原告側が、被告の担当係官に対し、本件一連の行為に関する事実関係を秘匿したり、虚偽の事実ないし資料を提示したものとは窺われないのである。

(オ) ところで、本件贈与税決定処分の根拠は、乙が原告に対し、本件出資を、その時価である約86億円より著しく低い約42億円で譲渡したことであり、その時価は、純資産価額方式を用いるに際し、E社が現物出資を受けたB社の出資持分の帳簿価額がその時価より著しく圧縮されていることなどの、本件一連の行為の経緯から、評価基本通達185及び186-2を形式的に適用して、課税時期における相続税評価額による純資産価額から評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除をすることは相当でないとして、評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除をせずに、評価されたものである。

しかし、このような、本件贈与税決定処分の根拠となる本件譲渡の事実及び本件出資の時価の評価の基礎となる本件一連の行為に係る客観的な事実関係については、上記(ア)ないし(エ)のとおり、原告等及びその顧問税理士らにより、関連資料が秘匿されたり、被告課税庁側に虚偽の事実ないし資料が提示されたことはなく、むしろ、乙の納税申告の内容や、被告による税務調査の過程において原告側から提示された資料の内容により、被告において認識し、少なくとも認識し得うべき状態にあったものということができるのである。

なるほど、上記(3)アのとおり、本件一連の行為の後の、平成6年6月の評価基本通達186-2の改正により、評価会社の有する資産中に現物出資により著しく低い価額で受け入れた株式等がある場合には、原則として、当該株式等の相続税評価額と受入価額との差額(評価差額)に対する法人税額等に相当する金額を純資産価額の計算上控除しないこととし、A社B社方式による資産の相続税評価額の圧縮が認められないことが同通達の規定上も明確にされたところではある。

しかし、このような純資産価額方式における株式等の時価の評価の方法は、被告も主張するとおり、評価基本通達6の示すところに従って、本来、本件譲渡当時においても、当然採られるべきものであったというべきであるが、その基礎となる、E社が有するB社の出資持分は現物出資により著しく低い価額で受け入れられたものであるという事実は、上記のとおり、原告等及びその顧問税理士らにおいて何ら秘匿していないばかりでなく、乙の納税申告の内容や被告の税務調査の過程において原告側から提示された資料の内容によって、被告において認識し、少なくとも認識し得べき状態にあったのであるから、本件譲渡についても、平成4年6月下旬に行われた乙の所得税に係る税務調査等により収集した資料等に基づき、被告において、通則法70条3項が定める決定に係る通常の期間制限内の適宜の時期に、これを相続税法7条が規定するいわゆるみなし贈与に当たるものと認め、贈与税の決定処分をすることについて、特段の支障はなかったものと認められるのである。

現に、本件贈与税決定処分の直前の平成11年1月及び2月に乙の相続に係る相続税に関して実施された税務調査によって、本件一連の行為に係る新たな事実関係が判明したものとは窺われないのであり、本件贈与税決定処分は、本件譲渡があった後の、遅くとも平成4年6月下旬ころにおいて既に被告が認識し、少なくとも認識し得べきであった事実関係に基づいて、されたものと認められるのである。

(カ) 上記のような諸事情に照らせば、本件において、通常の場合よりも国税の賦課権の除斥期間を延伸する必要性があったものと認めることはできず、原告が本件一連の行為をし、これを基礎として本件不申告行為をしたことをもって、被告による贈与税の賦課徴収を著しく困難にするような偽計その他の工作をしたものと評価することはできないというべきである。

イ また、前記(2)アに説示したとおり、通則法70条5項が国税の更正、決定等をすることができる期間を延伸している趣旨の一つは、納税者が、納税申告に関して偽計その他の工作をすることにより課税庁の国税の賦課権の行使を困難なものとする原因を自ら生み出した以上、租税法律関係の早期安定に係るその者の利益を法的に保護する必要性は乏しいということができることにある。

そこで、次に、この観点から、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為を考察することとする。

(ア) 前記1(3)イのとおり、本件において、原告は、A社B社方式によって乙の資産に係る相続税ないし贈与税の負担の軽減を図ろうとしたところであった。

このA社B社方式は、株式等の時価の評価方法に関する評価基本通達185及び186-2の評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除規定を利用したものであるところ、株式等の時価の評価に際し、この控除規定が適用されるかどうかは、結局、一定の事実関係を基礎として、相続税法上、どのように当該株式等の時価を評価することが相当かという、株式等の時価の評価方法の問題に帰着するということができる。

そして、このような場合、当該の事実関係を前提とする株式等の時価の評価について、評価基本通達185及び186-2の規定を適用するかどうかは、もとより、第一次的には、課税庁において、相続税法及び評価基本通達の規定内容や、その趣旨・目的に照らして、具体的にどのような評価方法を採用するのが相当かを判断し、これを決し得るものであるところ、原告等及びその顧問税理士らは、上記アのとおり、本件出資の時価の評価の基礎となる事実関係については、これを仮装したり秘匿することなく、むしろ、乙の納税申告や被告の係官による税務調査を通じて、被告に関係資料を提示するなどしており、被告において、これを認識し、少なくとも認識し得べき状態にあったのであるから、被告は、本件一連の行為に関する事実関係を前提として、本件譲渡に係る出資持分の時価の評価に関し評価基本通達185及び186-2の規定を適用するかどうか、ひいては、本件譲渡が相続税法7条が規定するみなし贈与に当たるかどうかを認定、判断することができたのであり、また、すべきであったということができるのである。

したがって、この関係では、納税者である原告に対し、租税法律関係の確定までの期間が延伸されるという不利益を負担させるべき合理的な理由を見いだすことは困難であり、租税法律関係の早期安定という納税者の有する法的利益は、原告についても保護されるべきものということができる。

(イ) また、原告は、本件譲渡について、評価基本通達上の評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除規定の適用があるものとして、贈与税の申告をしなかったものであるが、このような本件出資の時価の評価方法は、本件譲渡当時の評価基本通達の規定に形式的には従ったものであった。また、上記(3)アのとおり、本件一連の行為当時、A社B社方式によって相続税の軽減を図る事例は、本件以外にも相当数が実施されており、金融機関がこれを前提とした融資を行う事例も存在するなど、高額な資産を有する納税者の相続税の負担軽減を図る方策として半ば公然と用いられていたことが窺われるところである。

(ウ) このように、原告が本件譲渡について贈与税の申告をしなかったことが株式等の時価の評価について一定の方法を採ったことに基因するものであり、しかも、その評価の方法が、課税実務上の一般的基準として適用されてきた評価基本通達の関係規定に形式的に適合するものであったばかりでなく、そもそも、本件譲渡が相続税法7条の規定するみなし贈与に当たるものとして課税処分をするどうかは、第一次的には本件出資の時価について採るべき評価の方法に関する被告の判断によって決せられる関係にあったこと、また、原告の採った評価方法は、高額な資産を有する納税者の相続税の負担軽減方策として、一定の範囲で用いられていたものであったことからすれば、本件において、通常の場合よりも国税の賦課権の除斥期間を延伸する相当性があったものと認めることはできず、通常の更正、決定等の制限期間が経過した後はもはや課税処分をされることがないという、租税法律関係の早期安定に関して納税者が有する法的利益は、原告についても、その保護を否定すべき合理的な理由はないというべきである。

ウ 上記のとおり、通則法70条5項の趣旨を踏まえて本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為を考察したところによれば、本件において、原告が、贈与税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような偽計その他の工作をしたものと認めることはできないというべきである。

エ さらに、翻って、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が、「税額を免れる」意図の下にされたものと認めることができるかどうかについて考察する。

乙及び原告が本件一連の行為を行ったのは、本件スキームを利用して乙の資産に係る相続税ないし贈与税の負担の軽減を図ろうとしたものであるところ、上記(3)のアないしウに認定、摘示した事実関係に照らせば、少なくとも、原告等及びその顧問税理士らの主観的認識としては、本件一連の行為は、評価基本通達185及び186-2の規定に適合した、いわゆる「節税」策として、相続税法上容認され得る税務会計処理であると考えていたものと推認されるところである。いわゆる「節税」行為とは、一般に、租税法規が予定しているところに従って合理的に税負担の軽減を図る行為を指すものということができるところ、もとより、本件譲渡は、前記1に認定判断したとおり、相続税法7条が規定するみなし贈与に当たるものとして、贈与税の課税の対象となる行為であるから、本件一連の行為をもって、相続税法が予定しているところに従って合理的に相続税ないし贈与税の負担の軽減を図った「節税」行為であるとはいえないものであるが、原告側において、本件一連の行為については、乙の納税申告や被告による税務調査の過程を通じて、虚偽の内容の資料を作成、提示したり、関係資料をことさら秘匿したような事実は認められないこと(上記(3)イ、ウ)に照らせば、原告等及び顧問税理士らにおいて、本件一連の行為を、「税額を免れる」意図の下に、そのための工作として行ったものと推認することは困難であるといわざるを得ないのである。

そして、上記のような推認は、一般に、課税庁の定める通達が、租税関係法令の規定を具体化したものとして、課税庁における課税事務処理の規範として機能しているというばかりでなく、納税者及びその税務会計処理に携わる税理士等の関係者にとっても、当該税務処理の方法、内容が課税実務上容認されるものであるかどうかを予測するための重要な基準として機能しており、かつ、税務処理の方法、内容が通達に適合しているものとして容認されるかどうかの予測に係る判断は、通常、それらが通達の規定の文言に形式的に適合しているかどうかという見地からされている実情にあること(弁論の全趣旨)からも、合理的な基礎を有するということができるのである(本件スキームは、被告もその趣旨の指摘をするように、評価基本通達185及び186-2の規定の仕方をいわば逆手に取って考案されたものという一面を有することは否定できないと思われるが、他面、本件スキームも、その税務会計処理の方法が評価基本通達の規定に形式的に適合している以上、節税策として課税庁に容認されるはずであるとの予測に基づいて考案され、実施されたスキームであると窺われるのであって、客観的には、いわば「行き過ぎた節税行為」として相続税法上そのまま容認されるものではないが、それ以上に、「税額を免れる」意図の下に考案された脱税スキームであると認めることは困難である。このことは、原告等に本件スキームが合法的な節税方法であるとしてその実施を勧めたA社において、平成4年10月の、評価基本通達上の評価差額に対する法人税額等に相当する金額の控除規定を利用して株式を現物出資する方法により資産の相続税評価額を圧縮した事案について、東京国税局が申告漏れを指摘した旨の新聞報道がされて以降は、顧客の資産についてA社B社方式による相続税軽減策を実施することを取りやめたとの事実(上記(3)ア)からも窺われるところである。)。

オ 上記の検討によれば、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為は、原告において、税額を免れる意図の下に、贈与税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような偽計その他の工作をしたものとして、通則法70条5項が規定する「偽りその他不正の行為」に当たるということはできない、というほかはない。

(5)  被告の主張について

ア これに対し、被告は、原告は相続税ないし贈与税の負担軽減という目的以外に経済的合理性のない工作行為を行い、本件譲渡をあたかも課税対象とならない取引であるかのように見せかけて贈与税の負担を免れようとしたものであり、これらの行為は、原告の経済的利益の享受を本件スキームによる複雑な経済的取引の中に隠ぺいし、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にしたものとして、「偽りその他不正の行為」に該当する旨を主張する。

確かに、本件一連の行為は、前記1(3)のとおり、乙の有していた資産に係る相続税ないし贈与税の負担の軽減を図る目的以外には、経済的な合理性が認められないものである。

しかし、本件一連の行為に含まれる、有限会社の設立、出資持分の現物出資及びその受入価額の決定、出資持分の譲渡及びその譲渡価額の決定といった行為は、いずれも、取引社会において、当事者の自由な意思に基づいてなし得るものであり、それが租税負担の軽減の目的以外に経済的合理性が認められないものであったとしても、その私法上の効力が直ちに否定されるものではない。そして、租税は、私人がした取引行為を前提として、課税対象がある場合にこれに対して賦課されるものであるところ、本件においては、本件一連の行為の存在を前提に、原告が、乙から本件出資の譲渡を受ける際に、その時価と対価との差額に相当する金額を乙から贈与により取得した(とみなされる)ことに課税の対象が見いだされるものであって、本件贈与税決定処分も、これに対して贈与税を賦課するものである。

そうすると、本件において本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が贈与税の賦課徴収を著しく困難とするような偽計その他の工作といえるかどうかは、あくまで、本件一連の行為を前提として、本件譲渡等を対象とする課税に関して検討されるべきである。被告が指摘する本件一連の行為の経済的合理性の欠如の点は、本件一連の行為を前提として本件出資の時価をどのように評価するかに関して考慮されるべき事柄であって、それは、本件譲渡をみなし贈与として課税の対象とすべきかどうかを判断する要素の一つになるにすぎない。すなわち、本件一連の行為に経済的合理性が欠如していることは、それ自体が「偽りその他不正の行為」を構成するものではないのであって、そのような事実関係を秘匿するような工作がされたかどうか、が検討されなければならないのである。そして、本件一連の行為に経済的合理性があるかどうかの判断の基礎となる事実関係を含め、本件贈与税決定処分の基礎となる事実関係については、原告等及びその顧問税理士らによる資料の秘匿工作あるいは被告課税庁側に対する虚偽の資料の提示等がされたことがないことは、上記認定、説示のとおりである。

イ また、被告は、「偽りその他不正の行為」には、社会通念上不正と認められる一切の行為が含まれるとした上で、原告は、本件スキームを実行することにより約44億円もの経済的利益を何らの税負担なしに獲得したものであって、これを実行しなかった場合の相続税の負担等の課税関係と比較すれば、課税の公平性に欠けるものであるから、原告の行為は「不正の行為」と評価できるとの趣旨の主張をする。

確かに、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為が通則法70条5項にいう「偽りその他不正の行為」に当たらないとされることによって原告が免れる本件譲渡に係る贈与税額の大きさなどからすれば、原告に対して本件譲渡に係る贈与税の課税がされないことは、他の誠実な納税者との間での課税の公平を欠く結果を生じさせるものとして、当裁判所としても、そのような結果自体は、これを容認し難いものと考えるところである。

しかし、通則法70条5項の規定は、既に繰り返し説示してきたように、納税者の「偽りその他不正の行為」により国税の適正・公平な賦課徴収が困難となることから、そのような場合に対処するため、通常の場合よりも更正、決定をすることができる期間を延伸することにより、その国税の賦課を可能とし、適正・公平な課税の実現を図ったものであって、単に社会通念上不正と評価され、あるいは道義的な観点から相当とは認められない行為についても、国税の更正、決定等の期間制限を延伸しようとする趣旨の規定ではないから、あくまで、納税者において、税額を免れる意図の下に、国税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような偽計その他の工作をしたかどうかが検討されなければならないのであり、この点については否定的に解さざるを得ないことは、既に説示したとおりである。

そして、本件譲渡については、前記1に認定判断したとおり、相続税法22条、7条の規定に照らせば、また、評価基本通達6の趣旨に照らしても、原告に贈与税の納税義務が成立していることが明らかであるにもかかわらず、これに対する課税がされないという容認し難い結果を生じることとなったのは、被告課税庁側において、自らが定めた評価基本通達185及び186-2の規定を形式的に解釈、適用し、相続税法22条、7条の規定の趣旨、目的に従った適正な課税事務処理をせず、このため通則法70条3項が規定する決定の期間制限を徒過してしまったことによるものといわざるを得ないのである。

3  まとめ

以上のとおり、本件一連の行為を基礎とする本件不申告行為について、通則法70条5項の規定を適用することはできないから、同条3項が規定する決定をすることができる期間の経過後にされた本件贈与税決定処分は違法であり、また、本件贈与税決定処分に基づいてされた本件加算税賦課決定処分も違法である。

第9  結論

したがって、原告の本件各請求は、いずれも理由があるからこれらを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 貝阿彌亮)

別表1 課税処分等の経緯

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別表2 贈与税の課税標準等及び税額等の計算明細

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別表3 Eの出資の評価明細書

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別表4 Bの出資の評価明細書

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