横浜地方裁判所 平成13年(行ウ)29号 判決 2002年8月07日
主文
1 被告が原告に対して平成13年4月27日付けでした「業者別契約実績表(平成12年度分)」に関する行政文書一部開示決定のうち,「評点,工事成績平均及び工事成績直近」を非開示とした部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨
第2事案の内容
1 概要
原告が,横浜市の保有する情報の公開に関する条例(平成12年横浜市条例第1号。以下「本件条例」という。)5条に基づき,被告に対し,「業者別契約実績表(平成12年度分)」と題する行政文書(以下「本件文書」という。)の公開請求(以下「本件公開請求」という。)をしたところ,被告が本件文書の記載事項のうち「評点」,「工事成績平均」及び「工事成績直近」の各欄の記載(以下「本件非開示部分」という。また,これらの記載に係る事項を「本件係争情報」という。)を本件条例7条2項3号アに該当するとして非開示とし,その余の部分を開示する旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。原告は,これを不服として本件処分のうちの非開示部分の取消しを求めた。これが本件事案の概要である。
2 基礎となる事実(証拠の記載のない事実は争いがない。証拠の記載のある事実は当該証拠により認められる。事実認定に用いた書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 当事者
原告は,横浜市内の肩書住所地に居住する者であり,本件条例に基づき行政文書の開示を請求することができる立場にある。
被告は,本件条例2条の実施機関に該当する。
(2) 本件公開請求と本件処分
ア 原告は,平成13年4月17日付けで被告に対し,本件条例5条に基づき,本件文書の公開請求をした。
イ これに対し,被告は,平成13年4月27日付けで,本件処分をした。
(3) 本件条例の定め
本件条例7条1項は,「実施機関は,開示請求があったときは,開示請求者に対し,当該開示請求に係る行政文書を公開しなければならない。」と規定している。
そして,同条2項は,公開しないことができる情報について規定している。同項3号は「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下『法人等』という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,次に掲げるもの。ただし,人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報を除く。」とし,「次に掲げるもの」として,同号アで「公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」と規定している。
(4) 本件文書及び本件非開示部分の背景となる法制度
ア 指名競争入札の場合の参加資格者の定め
普通地方公共団体が指名競争入札にする場合には,地方公共団体の長は,指名競争に参加する者の資格を定め,有資格者の中から入札参加者を指名すべき旨が定められている(地方自治法〔以下「地自法」という。〕234条3項,6項,地方自治法施行令〔以下「施行令」という。〕167条の11,167条の12)。
イ 市における細目の定め
(ア) 本件要綱
横浜市(以下「市」ということがある。)においては,施行令167条の11第2項に定める要請を具体化して,「横浜市工事請負に関する競争入札取扱要綱」(甲3。以下「本件要綱」という。)を定めている。
(イ) 格付け
本件要綱11条1項においては,横浜市長(被告。以下「市長」ということがある。)は,工種別に等級の区別を設け,指名競争入札参加者を等級別に格付けすることができるとされている。そして,同条2項及び本件要綱の別表2は,「土木」「建築」等につきAからCあるいはEの等級区分を設定し,等級区分に応じた入札参加工事の規模を発注金額により定めている。
(ウ) 格付等級の決定
市長は,工種ごとに資格審査申請者に後記の格付点数を付与し,これに基づき申請者の格付等級を決定する(本件要綱12条,17条)。
(エ) 格付点数
格付点数は,経営規模,経営状況,技術力並びに労働福祉の状況,工事の安全成績,営業年数及び建設業経理事務士等の数による社会性(以下,本件要綱12条と同様に「客観的事項」という。)に基づき算定する数値(以下,本件要綱13条と同様に「客観点」という。)と市における工事の実績及び工事成績(以下,本件要綱12条と同様に「主観的事項」という。)に基づき算定する数値(以下,本件要綱16条と同様に「主観点」という。)の和により算出される。
(オ) 客観点の算出
客観点は,建設業法27条の23に基づき,許可権者(同法3条により国土交通大臣ないし都道府県知事)が行う直近の経営事項審査の総合評点をそのまま用いるとされる(本件要綱13条)。
(カ) 主観点の算出
主観点は,資格審査申請者の直前2年度の横浜市における工種別の年間平均請負実績金額について本件要綱別表4により求めた数値(C。最大15,最小3)と,資格審査申請者の直前2年度の横浜市における工種別の平均工事成績(R。横浜市請負工事検査事務取扱規程8条1項に規定する工事成績評定書の総評点の平均点)に基づき,次の算式によって算出される(本件要綱16条,2条5号)。
主観点=C(R-65) ただし,R<65の場合は,主観点=0
(5) 本件文書及び本件非開示部分の内容
ア 本件文書の内容,性質
本件文書は,本件要綱に基づく事項が記載されたもので,市において指名競争入札を実施するに際し,指名業者等を選定するための参考資料としている。
すなわち,本件文書は,横浜市が発注する工事の入札に参加する資格を有する業者を工種(本件要綱別表1)及び等級(同別表2)別に,さらに「市内業者」,「準市内業者」及び「市外業者」の別に分類した上で,各業者が過去3年間において指名を受けた実績,受注した実績等を一覧表にしたものである。
本件文書は,本件条例2条2項にいう行政文書に該当する。
イ 「評点」の内容
本件文書における「評点」(本件非開示部分の1つ)は,本件要綱12条の「格付点数」と同一であり,すなわち客観点と主観点とを合計したものである。
ウ 「工事成績平均」及び「工事成績直近」の内容
本件文書中の「工事成績平均」(本件非開示部分の1つ)は,主観点算出の前提となる工事成績と同じもの,すなわち横浜市請負工事検査事務取扱規程8条1項に規定する工事成績評定書の総評点の過去2年間分の平均点である。
本件文書中の「工事成績直近」(本件非開示部分の1つ)は,横浜市請負工事検査事務取扱規程に基づく工事成績評定書のうち,受付年月日が直近の工事成績評定書の総評点をさす。
3 争点
本件非開示部分が本件条例7条2項3号アに該当するか。
(1) 被告の主張
ア 本件係争情報である「評点」及び「工事成績」は,経営事項審査の結果並びに市における受注量及び工事成績の平均等の情報であり,各業者の経営規模,経営状態等の評価を示すものであり,業務上の信用に属する情報といえる。
そして,本件文書においては,評点の仕組みや工事成績の持つ意味等につき何らの説明も付されておらず,各業者について客観点,主観点の区別を示すことなく合計点である評点のみが高い順に並べて掲載されており,かつ過去2年間の工事成積の平均及び直近の工事成績も個別の工事との対応関係を示すことなく,上記順位に対応する形式で点数のみが記載されている。
したがって,本件文書は,その体裁からして,一般市民をして,評点や等級,工事成績の点数を業者の客観的評価であると誤解させるおそれが非常に強い。
イ 評点は主観点と客観点の和によって求められるところ,主観点は,年間平均請負実績金額の多寡によりその点数に変動があり,横浜市における公共事業の受注実績及びその工事の出来具合については目安となり得るものであるが,個々的な施工業者の能力の評価を正確に反映しているとはいえない。
ウ また,工事成績は,横浜市が発注した個々の工事の完成状況や出来具合を示す指標となるが,その都度工事内容も様々であり,また,工事成績平均も受注工事件数により妥当性が問題になる場合もあり,必ずしも,その業者の施工能力や技術力,資質等を正確に反映しているとはいえない。
特に,本件文書における工事成績のように,個々的な工事を特定せずに,数値のみが記載されている場合には,一般市民からすれば,工事の実施に対する評価というよりは,業者そのものの絶対的な評価と誤解するおそれが強い。
エ そして,評点及び工事成績が横浜市の内部資料である本件文書の形式で公表されるならば,本来の施工能力とは無関係に,数値だけが一人歩きをはじめ,一般市民において,当該点数が個々の業者の絶対的な評価と捉えられたり,個々の企業に対する横浜市における絶対的評価と受け取られるおそれがあり,ひいては当該業者の社会的評価を誤らせ,社会活動の自由を害することになる。
特に,市の経済につき,消費や投資といった最終需要から建設業をみると,市内の投資による誘発がほとんどであり,公的投資による誘発が約33パーセント,民間投資による誘発が約57パーセントと他の産業と比較して突出している。また平成13年度及び同14年度の一般及び指名競争入札有資格者を企業規模で分類すると,全体の約86パーセントが中小企業であり,さらに市内企業でみると約99パーセントが中小企業となっている。このように市にあっては中小企業による民間の投資誘発が建設業を支えているのであり,その受注においては業者に対する一般市民の社会的評価がとりわけ重要である。したがって,あたかも市の絶対的な業者評価と捉えられるような,誤謬を含む情報が流通するならば,中小企業の競争を著しく阻害することとなる。
オ 後記の原告主張で触れられている閣議決定(適正化指針)によって,原則として公表を義務づけられているのは,特定の工事に対応する工事成績である。これは,本件文書における工事成績のように個々的な工事を特定しない直近の工事成績及び2年間の工事成績の平均とは明らかに異なるのであって,両者を同列に論じることはできない。
後記の促進法及び適正化指針は,どのような体裁の文書・方法により情報を公表するかについて何ら規定しておらず,公表の体裁・方法等は,各地方自治体の裁量に委ねられている。
そして,本件文書は市の内部において用いられるものであるから,促進法とは別に,情報公開の観点から判断されなければならない。
カ したがって,本件非開示部分は,一般市民をして誤謬を生じさせる危険性を本来的に有するものであり,ひいては当該業者の社会的評価を誤らせ,社会活動の自由等を制限することになるものであり,本件条例7条2項3号アの非開示情報に該当するのであり,公表するか否かは実施機関である被告の裁量に属する。
横浜市においても,業者の格付けについて,誤謬を生じない方法での公表を現在検討中である。
(2) 原告の主張
ア 公開情報性
本件非開示部分に関する情報は,今日においては政府によって積極的にその公表が奨励されているところであり,国の機関においては現に公開している。すなわち,
(ア) 促進法及び適正化指針の内容
「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律(平成12年法律127号)」(以下「促進法」という。)3条は,公共工事の入札及び契約の適正化の基本となるべき事項として,①入札及び契約の過程並びに契約の内容の透明性が確保されること,②入札に参加しようとし,又は契約の相手方になろうとする者の間の公正な競争が促進されること,③入札及び契約からの談合その他の不正行為の排除が徹底されること,④契約された公共工事の適正な施行が確保されることを規定している。
促進法15条1項に基づく「公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針」(平成13年3月9日閣議決定。以下「適正化指針」という。)は,促進法3条1号の趣旨を具体化するために公表すべき情報の筆頭に,「競争参加者の経営状況及び施工能力に関する評点並びに工事成績その他の各発注者による評点並びにこれらの合計点数並びに当該合計点数に応じた競争参加者の順位並びに各発注者が等級区分を定めた場合における区分の基準」をあげている(適正化指針第2の1(1)イ)。
また,促進法3条4号の趣旨を具体化するための措置の1つとして,適正化指針第2の4(1)は,「工事成績評定の結果については,工事を行った受注者に対して通知するとともに,原則として公表するものとする。」としている。
(イ) 適正化指針と本件非開示事項
適正化指針第2の1(1)イにいう「経営状況及び施工能力に関する評点」は,本件要綱13条の「客観点」に相当するものであり,「工事成績その他の各発注者による評点」は,本件要綱16条にいう「主観点」に相当するものであり,「これらの合計点数」とは,本件文書の「評点」に当たる。
また,適正化指針第2の4(1)にいう「工事成績評定」とは,本件要綱42条の「工事成績評定」と同一の性質である。
このように本件非開示部分は,適正化指針に盛られた事項に該当するのであり,閣議決定によってその公表が奨励されているということは,少なくとも個別の開示請求があった場合には,本件条例7条2項3号アにいう「法人等の正当な利益を害するおそれがある」とはいえない。
イ 被告の主張に対する反論
(ア) 評点が業者の能力を客観的にみて正確に反映しているかどうかにかかわらず,市が当該業者をランク付けする上で,評点を援用しているという事実に変わりはない。現に重要な機能を行政面で果たしている評点の付与が,国民の目の届かないところで恣意的に行われることがないように,透明化しようというのが促進法の制定の主要な動機の1つである。
(イ) 被告が主張するように,評点を公開することによって,個々の業者の絶対的評価と捉えられたり,個々の企業に対する市における絶対的評価と受け取られるおそれがあるとしても,本件文書に記載されている評点があくまで発注者として独自の観点から付与したものであって,これが直ちに当該業者の客観的評価を意味しない旨を,開示に当たって注記すれば足りるのであり,現に国土交通省の有資格者名簿にはその旨の注意事項が記載されている。
(ウ) 平成10年度からは,客観点は中央・地方ともすべて公開されており,主観点については,国の全機関は公開している。地方自治体においても,都道府県,政令指定都市及び東京23区の中で,主観点の積極的公開をしているのは,平成13年4月1日現在で,11都道府県,1政令都市,1特別区に及ぶ。
国土交通省の場合は,市の主観点に相当する技術評価点のウエイトが地方に比べて著しく高く(総合点数に占める主観点数の割合が地方の平均7.9パーセントに対して,国土交通省の場合は,26パーセント強),点数の上下格差も顕著であるが,それでも国土交通省は,評点を公開している。
地方自治体の主観点のウエイトは国の3分の1にも満たないし,しかも,本件の評点は主観点を別建てに表示するのではなく,客観点を合算した数値にすぎないのであるから,これを非開示とすることによって保護されるに値する,優越的法益などは存在しない。
(エ) 各業者が受注した「直近の工事」及び「過去2年間の工事」は,それぞれ客観的には特定されており,別途公開されている入札顛末書等により,誰でも把握することができる(「過去2年間」の受注件数と受注金額自体は本件文書にも記載されている。)。
また,このような調査をしなくても,誰がみても本件文書中の「工事成績」の数値は,「直近の工事」という1つの特定の工事の成績を意味するものであり,あるいは,2年間の受注工事という複数の特定工事の成績を平均化した数値を意味すると理解できるのであり,これを他の意味を持つ数値と誤解する余地はない。
本件文書自体に工事名の記載が含まれているかどうかは本質的な問題ではない。
(オ) 被告の主張は,正解されれば何ら問題ない情報でも,一部市民に誤解を与えるおそれがあれば開示しないことが許されるということに等しい。
しかし,これは情報を秘匿する側には都合の良い理屈であるが,情報公開制度の根幹にかかわる極めて危険なドグマである。
ウ したがって,本件非開示部分は,本件条例7条2項3号ア(非開示情報)にいう「法人等の正当な利益を害するおそれがある」とはいえない。
第3争点に対する判断
(証拠により直接認められる事実を認定する場合には,事実の前後に当該証拠を記載して,その旨を示す。一度説示した事実は,原則としてその旨を断らない。認定に用いた書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)
1 被告主張の非公開事由と本件条例の定め
(1) 本件条例7条1項は,「実施機関は,開示請求があったときは,開示請求者に対し,当該開示請求に係る行政文書を公開しなければならない。」と規定し,同条2項3号アは,公開しないことができる情報について「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,」「公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」と規定している。
ところで,本件条例3条は,「実施機関は,この条例の定めるところにより,市の保有する情報を積極的に公開するよう努めなければならない。この場合において,実施機関は,個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」と規定しており,濫用的に公開されることを避けなければならないものの,原則的には積極的に公開されなければならない旨が規定されていると解するのが相当である。このことに照らすと,上記の本件条例7条2項3号アの「公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」とは,単に当該情報が「通常他人に知られたくない」というだけでは足りず,当該情報が開示されることによって当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益が害されることを要すると解すべきであり,かつ,そのことが客観的に明らかでなければならないと解するのが相当である。
そして,何が正当な利益に該当するかに関しては,当該個別の事業者の既存の利益を擁護することが当然に正当な利益に該当するわけではないのはもちろんのことであり,公正なルールに従った上で初めて個別の事業者の競争上の地位が守られるべきものである。しかも,公正なルールとは,取引社会における行動や理念を踏まえて,判定されるべきものである。
(2) ちなみに,栃木県公文書の開示に関する条例(昭和61年栃木県条例第1号)6条2号にいう「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下,『法人等』という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公開することにより,当該法人等又は当該事業を営む個人に不利益を与えることが明らかであると認められるもの」についての解釈に関し,最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決・集民203号783頁(甲17)は,「単に当該情報が『通常他人に知られたくない』というだけでは足りず,当該情報が開示されることによって当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益が害されることを要すると解すべきであり,また,そのことが客観的に明らかでなければならないものと解される。」と判断しており,(1)の解釈の根拠となるものである。
2 本件係争情報の非公開事由該当性の有無
(1) 本件文書は本件条例2条2項の行政文書に該当する(争いがない。)ので,本件条例7条1項により,被告は本件文書を原則として公開すべきことになる。
これに対し,被告は,次のとおり,本件文書中の本件非開示部分が,本件条例7条2項3号アの非公開事由に該当する旨を主張する。
すなわち,本件係争情報である「評点」及び「工事成績」は,各事業者の経営規模,経営状態等の評価を示すものであり,業務上の信用に属する情報といえる。そして,本件係争情報は,受注実績及びその工事の出来具合については目安となり得るものであるが,個々的な施工業者の能力の評価を正確に反映しているとはいえない。ところが,本件文書は,その体裁からして,一般市民をして,評点や等級,工事成績の点数を業者の客観的評価であると誤解させるおそれが非常に強く,ひいては当該業者の社会的評価を誤らせ,社会活動の自由を害することになる。
(2) しかし,本件係争情報である「評点」及び「工事成績」は,次のとおり,被告が自ら用いている本件文書中にある情報であり,基本的には地自法及び施行令を背景とした制度上の情報であるから,公益に合致する情報である。
ア すなわち,普通地方公共団体が指名競争入札に付する場合には,地方公共団体の長は,指名競争に参加する者の資格を定め,有資格者の中から入札参加者を指名すべきこととされている。そして,地方公共団体の長は,指名競争入札の参加者の資格に関し,あらかじめ,契約の種類及び金額に応じ,工事,製造又は販売等の実績,従業員の数,資本の額その他の経営の規模及び状況を要件とする資格を定めなければならない。(地自法234条3項,6項,施行令167条の11第2項,167条の5第1項,167条の12)
イ そして,横浜市では,このような地自法及び施行令の規定を具体化して本件要綱(甲3)を作成し,そこにおいて,指名競争入札の参加者資格について,市長は,まず,工種別に等級の区別を設けて,等級別に格付けすることができるとされ,「土木」「建築」等につきAからCあるいはEの等級区分を設定し,等級区分に応じた入札参加工事の規模を発注金額により定めている(本件要綱11条)。
さらに,市長は,工種ごとに資格審査申請者に格付点数を付与し,これに基づき申請者の格付等級を決定する(本件要綱12条,17条)。格付点数は,経営規模等の客観的事項に基づき算定する客観点と市における工事の実績及び工事成績からなる主観的事項に基づき算定する主観点の和により算出される(本件要綱12条)。
ウ イの客観点は,建設業法27条の23に基づき,許可権者(同法3条により国土交通大臣ないし都道府県知事)が行う直近の経営事項審査の点数をそのまま用いるとされる(本件要綱13条)。
また,主観点は,資格審査申請者の直前2年度の横浜市における工種別の年間平均請負実績金額について求めた数値と横浜市請負工事検査事務取扱規程8条1項に規定する工事成績評定書の総評点の平均点とに基づき,算出される(本件要綱16条)。
エ 市が具体的な指名競争入札参加基準を指定するとき又は指名業者を選定するための選定基準を適用するときには,工事の所在する行政区画,工種,発注する工事と同工種,同等級に属する指名業者を選定した回数等を考慮すべきとされており(本件要綱39条),また業者の適格性の審査事項として,横浜市請負工事検査事務取扱規程9条2項に規定する工事成績評定通知書の総評点数が一定以上であること等が要求されている(本件要綱42条)。さらに,指名業者の選定基準として,工種区分,等級区分,所在地区分,行政区区分,地理的条件,経営規模,工事成績,受注状況等が挙げられている(本件要綱43条)。
そのため,横浜市では,指名競争入札を実施する際の業者を選定するための参考資料として,本件文書を作成している。本件文書中の本件係争情報である「評点」は,本件要綱12条の「格付点数」と同一であり,前記の客観点と主観点とを合計したものである。
本件文書中の「工事成績平均」は,主観点算出の前提となる工事成績と同じものであり,「工事成績直近」は,横浜市請負工事検査事務取扱規程に基づく工事成績評定書のうち,受付年月日が直近の工事成績評定書の総評点をさす。
オ このように本件係争情報は,地自法及び施行令並びにこれを具体化した本件要綱に定められている情報と同一のものである。それは,本件文書がこれらの法令の定めを実施するための参考資料として作成されたという文書成立のいきさつからも説明できることである。もちろん,本件係争情報を含む本件文書は,被告がその指名競争入札事務を適正に行うための内部的な文書であり,公表を義務付けられているものではないが,上記のとおりの性質と内容とを有するから,公益に合致する情報であるといえる。
(3) 次に,本件係争情報が,公にすることにより,当該法人等の競争上の地位その他正当な利益を害するかどうかを検討する。
ア 促進法の制定と内容
(ア) 原告指摘の促進法は,以下の背景のもとに成立したものである。
すなわち,公共工事をめぐり,平成5年のいわゆるゼネコン汚職以来,贈収賄,談合など各種の事件が多発し,公共工事の執行ひいては公共事業そのものに対する国民の信頼が揺らいでいたところ,これを背景にして,平成5年12月には中央建設業審議会からの建議を受け,建設省(当時。以下同様)では公共工事の入札・契約制度全般にわたる改革を行った。そのような中で「地方公共団体の公共工事に係る入札・契約手続き及びその運用の改善の推進について(平成5年12月24日付け建設省建設経済局長,自治省行政局通知)」をはじめとする一連の建設省・自治省(当時。以下同様)共同通知がなされている(甲13)。さらに,国際的な建設市場の開放を背景として,政府は,平成6年1月に「公共工事の入札・契約手続の改善に関する行動計画」を閣議了解し,我が国の公共事業に関し,国際的にも通用する手続の整備を行った。また,平成10年2月の中央建設業審議会の建議においても,入札・契約手続の透明性の一層の向上のため,経営事項審査の結果及び資格審査における格付けの各公表並びに予定価格の事後公表を進めるべきであるとされた。(甲14)
さらに,平成12年には,公共工事の発注をめぐる元建設大臣の受託収賄事件が発生し(甲12の1ないし3),公共工事に対する国民の信頼が揺らいでいたので,その改革を進める見地から,促進法案が立案され,同法が同年11月17日に成立し,そのうち同法15条は同13年2月16日に施行された。(甲13)
(イ) 促進法は,公共工事に対する国民の信頼の確保と公共工事を請け負う建設業の健全な発達を図ることを目的とし(1条),その目的を達するため,促進法3条は,公共工事の入札及び契約については,次に掲げるところにより,その適正化が図られなければならないとし,同条1号において,入札及び契約の過程並びに契約の内容の透明性が確保されることを掲げている。
そして,国は,各省各庁等により公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針(適正化指針)を定めなければならない(促進法15条1項)ところ,同指針には,同法3条各号に掲げるところに従って,次に掲げる事項を定めるものとし,その事項として,入札及び契約の過程並びに契約の内容に関する情報の公表に関することが掲げられている(同法15条2項)。
イ 適正化指針
(ア) 上記のとおりの促進法15条1項の要請に基づいて,適正化指針(閣議決定。甲6)が定められている。そして,適正化指針の前文は,国,特殊法人等及び地方公共団体のすべての発注者に対して一律に義務づけることが困難な事項についても,入札及び契約の適正化について一定の方向性を示し,発注者に対して努力を促している。
(イ) ついで,適正化指針第2の1(1)においては,「入札及び契約に関する透明性の確保は,公共工事の入札及び契約に関し不正行為の防止を図るとともに,国民に対してそれが適正に行われていることを明らかにする上で不可欠であることから,入札及び契約に係る情報については,公表することを基本とし,促進法第2章に定めるもののほか,次に掲げるものに該当するものがある場合においては,それについて公表することとする。」としている。
したがって,この適正化指針が情報を公開することとするとしたのは,当該情報を公開することによって,公共工事に対する国民の信頼を確保し,公共工事を請け負う建設業の健全な発達を図ることを目的(促進法1条)としたものであり,適正化指針に公表すべきものとして掲げられた事項は,原則として,公にすることにより当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他の正当な利益を害するおそれがあることが客観的に明らかとはいえないというべきである。
(ウ) そして,適正化指針第2の1(1)イでは,「競争参加者の経営状況及び施工能力に関する評点並びに工事成績その他の各発注者による評点並びにこれらの合計点数」は,公表すべき事項とされている。そうすると,これらは,公開がいわば努力目標とされているものである。
そして,本件非開示部分のうちの評点は適正化指針第2の1(1)イにいう「合計点数」にあたる。
一方,本件非開示部分のうちの工事成績平均及び工事成績直近は,本件要綱42条(4)にいう直近の工事成績評定書と過去2か年分の工事成績評定書の評点に該当するものであり,「発注する工事の請負業者の適格性を審査する項目」であり,適正化指針第2の1(1)イにいう「工事成績その他の発注者による評点」に該当するといえる。
結局のところ,本件係争情報は,適正化指針第2の1(1)イに該当し,公表することが望ましいこととされているといえる。
(4) 判断
したがって,本件係争情報は,地自法及び施行令並びにこれを具体化した本件要綱に定められている情報と同一のもので,公益に合致する情報であり,それに加えて,公共工事の透明化に対する要請の高まりの中で成立した促進法に基づく適正化指針によって公表することが望ましいこととされている事項でもある。これらを踏まえて判断すれば,本件係争情報は,公にすることにより,当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益を害するものとはいえない。
3 被告の主張について
(1) 誤解させるおそれとの主張について
被告は,本件文書をそのままの体裁で公表することは市民に誤解を生じさせ,当該業者の社会的評価を誤らせ,社会活動の自由を害する旨を主張する。また,被告は,本件文書による情報が個々の工事に対する工事成績が明らかでないことをもって,一般市民に対して業者そのものの絶対的な評価であると誤解させるおそれがあるとする。
しかしながら,評点及び工事成績を非開示にして本件文書を公開するのと,本件文書全部を公開するのと比較すると,いずれがより誤解を与えるかは,にわかに判定しがたい。そうすると,仮に誤解を受ける可能性があっても,公共工事に対する国民の信頼の確保と公共工事を請け負う建設業の健全な発達を図ること(促進法1条)を優先するというのが促進法及び適正化指針の趣旨であるから,上記のようなことは非公開の理由とはならない。
(2) 中小企業の競争を阻害するとの主張について
被告は,市においては,中小企業による投資誘発が建設業を支えており,その受注においては業者に対する一般市民の社会的評価が重要であり,本件非開示部分を開示することによって,誤謬を含む情報が流通し,中小企業の競争を著しく阻害するとする。
しかしながら,本件非開示部分を開示することによって,市において特に中小企業の競争を著しく阻害することになるという具体的事情は明らかではない。
(3) 公表を望まない者がいることについて
市内の建設関係6団体にアンケートを実施したところ,本件非開示部分につき,概ね14パーセントの者が公表することに反対している。その理由とするところは,会社の競争力の低下や会社の信用が低下するとの点を上げた業者が多い(乙1)。
しかしながら,そのようなことは真実の経営実態等を知られたくないとの主観的な気持ちないし意見であり,客観的に保護すべき正当な利益とはいえない。会社の競争力の低下や会社の信用が低下するおそれよりも,公共工事に対する国民の信頼を確保し,公共工事を請け負う建設業の健全な発達を図ること(促進法1条)を優先するというのが促進法及び適正化指針の趣旨である。
4 まとめ(本件条例7条2項3号アの非該当性)
したがって,本件非開示部分は本件条例7条2項3号ア(非開示情報)に該当しないのであって,実施機関である市長は,本件条例7条1項に基づいて,上記の部分を公開しなければならない。
第4結論
以上のとおりであり,本訴請求は理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 裁判官 堤雄二)