大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成13年(行ウ)38号 判決 2002年2月06日

原告

被告

川崎北税務署長

佐藤紀也

同指定代理人

小池充夫

磯野宏

長谷川良則

宇山聡

山本義弘

堀久司

高野浦信昭

主文

1  本件訴えのうち、「被告は原告に対して金26万1400円を支払え」との部分を却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  原告の平成9年分所得税に係る更正の請求について、被告が平成12年1月28日付けでした更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)を取り消す。

(2)  被告は、原告に対し、金26万1400円を支払え。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  本案前の答弁

主文1項と同旨

(2)  本案の答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

第2事案の内容

1  概要

本件は、原告が、その平成9年分の所得税について被告に対し更正の請求をし、被告から更正をすべき理由がない旨の本件通知処分を受けたところ、同処分には、憲法14条1項違反の所得税法(以下「法」ということがある。)22条2項2号かっこ書きを適用した違法等があるとして、同処分の取消しと、誤納金の返還を求めたものである。

2  基礎となる事実(争いがない。)

(1)  本件通知処分の経緯

本件通知処分に至る前後の経緯は、別表1のとおりである。すなわち、

ア 原告は、平成9年分の所得として、自己が営む古物商の業務に係る事業所得と特別養老保険契約の満期保険金に係る一時所得とがあったところ、同年分の所得税について、両所得の金額等を別表2の「確定申告」欄のとおり記載した確定申告書(甲1)により法定申告期限までに確定申告をした。

次に、原告は、平成10年5月14日、別表2の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書(甲2)により修正申告(以下「本件修正申告」という。)をした。

その後、原告は、平成11年3月12日に、被告に対し、総所得金額を確定申告書に記載した金額に戻すべきである旨の更正の請求をした。

これに対し、被告は、平成12年1月28日付けで本件通知処分をした。

イ 原告は、本件通知処分に不服があるとして、平成12年3月28日に異議を申し立てたところ、被告は同年6月27日付けで、異議申立てを棄却した。

そこで、原告は、同年7月28日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、平成13年5月25日同所長は審査請求を棄却した。

(2)  法令の定め

所得税法22条1項は、居住者に対して課する所得税の課税標準は総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額とすると規定し、同条2項は、総所得金額は、「各種所得の金額の計算」の規定により計算した次に掲げる金額の合計額とすると規定し、原告の所得である事業所得は同項1号の中に、一時所得は同項2号の中に規定されている。

そして、この2号の一時所得の金額の算定については、同法69条の適用がある場合には、その適用後の金額の2分の1に相当する額をもって総所得金額を構成すると規定している。

次に、同法69条1項は、総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額を計算する場合において、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上生じた損失があるときは、政令で定める順序により、これを他の各種所得から控除する旨規定し、これをうけた所得税法施行令198条1号は、不動産所得の金額又は事業所得の金額(以下、本件に則して、便宜、事業所得について検討する。)の計算上生じた損失の金額があるときの控除の順序を定め、同条3号は、同条1号によってもこの損失を控除しきれないときは、譲渡所得及び一時所得(以下、本件に則して、便宜、一時所得について検討する。)の金額から控除する旨規定している。

3  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  請求の趣旨(2)に係る訴えの適否

ア 被告の本案前の主張

被告は、租税債権の債権者ではないから、請求の趣旨(2)に係る訴えについて、被告適格を欠く。したがって、この訴えは不適法である。

イ 原告の主張

争う。

請求の趣旨(2)の訴えは、原告が平成9年分の所得税として納付した額のうち法律上の原因を欠く26万1400円の返還を求めるものである。

(2)  所得税法22条2項2号かっこ書の違憲の有無(請求の趣旨(1)の請求の成否)

ア 原告の主張

(ア) 所得税法22条2項2号かっこ書、同法69条1項並びに所得税法施行令198条1号及び3号の規定(以下「本件各規定」という。)は、憲法14条1項が要請する租税公平主義に反し、違憲無効である。

すなわち、前記2(2)のとおり、事業所得に損失のない者の場合は、その一時所得については、特別控除(所得税法34条2項、3項)をした後、その2分の1に相当する額がその総所得金額を構成する。一方、事業所得に損失のある者の場合は、その一時所得については、特別控除の後、上記損失と損益通算をしてから、その後の金額の2分の1に相当する額が総所得金額を構成する(本件各規定)。

したがって、総所得金額を構成する事業所得に損失のある者の場合には、本件各規定による限り、一時所得の金額を2分の1にした後に損益通算するという計算方法によるよりも、総所得金額が多額になり、納税額が多くなる。これは、総所得金額を構成する事業所得に損失のない者よりも損失のある者を不利益に扱うものである。

このような結果を招来する本件各規定は、憲法14条1項に違反する。

(イ) また、本件各規定は、損失の生じた事業所得者に対し、損益通算により課税するものであり、実質課税の原則に反する。

(ウ) 本件通知処分は、このような憲法14条1項に違反する本件各規定に基づいてされたものであり、違法である。

イ 被告の主張

原告の主張は、独自の主張に基づくものであり、失当である。

損益通算と2分の1課税の制度趣旨に鑑みれば、そのいずれが先に適用されるべきかは、論理必然性の問題ではなく、立法政策上の考慮に委ねられた問題である。

また、損益通算が総合課税の原則からの当然の帰結であることを考慮すれば、損益通算を先に適用する方がより理に適っている。

したがって、本件各規定は、憲法14条1項に違反しないのであり、これに基づいてされた本件通知処分になんら違法な点はなく、同処分は適法である。

第3争点に関する当裁判所の判断

1  請求の趣旨(2)の訴えの適否(争点(1))

原告は、被告に対し、平成9年分の所得税として納めた金額のうち、法律上の原因を欠くとする部分の返還を求めている。しかしながら、被告は行政庁であって、権利義務の主体ではないから、金員返還請求は、不適法であり却下を免れない。

なお、請求の趣旨(1)の請求が認容されれば、その判決の拘束力により、原告は過払いと評価されることとなる納付金の返還を受けられることになるので、もともと請求の趣旨(2)の請求は必要のないものである。その意味からも、請求の趣旨(2)の訴えは不適法である。

2  本件各規定の違憲性の有無(争点(2))

(1)  損益通算がある場合の一時所得の取扱い

ア 所得税法22条2項は、総所得金額を算出する場合において、一時所得については、その金額の2分の1のみを合算の対象とするが、損益通算(法69条)の適用がある場合には、その適用後の一時所得の金額の2分の1に相当する金額を合算の対象とする旨規定している。

そして、一時所得の金額は、一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額(以下「損益通算前の一時所得金額」ということがある。)となる(法34条2・3項)。

イ したがって、一時所得と事業所得があって、その事業所得に損失のない場合には、一時所得については、その金額(損益通算前の一時所得金額)の2分の1に相当する額がその総所得金額の合算対象となる。

これに対し、一時所得と事業所得があって、その事業所得に損失のある場合には、一時所得については、まず事業所得の損失と損益通算をし、その後の金額(以下「損益通算後の一時所得金額」ということがある。)の2分の1に相当する額が総所得金額の合算対象となる。

ウ そうすると、イ後段の場合(一時所得と事業所得の損失がある場合)にも、イ前段の場合と同様に、まず、一時所得の金額の2分の1を総所得金額の合算対象外とし、その残りの2分の1から損益通算をすると、イ後段のような計算方法によった場合よりも、総所得金額の合算対象となる一時所得の金額が少なくなり、税額も少なくなる。

そこで、原告は、イ後段の場合にもイ前段の方法により、まず一時所得の金額の2分の1を合算対象外とし、その後に損益通算をすべきであるとする。そして、原告は、イ後段の場合を前段の場合と異なる計算順序にしている本件各規定が憲法14条1項に違反する等と主張する。

(2)  本件各規定の内容及び趣旨

ア 総所得金額を構成する所得の種類等

そこで、本件各規定及びその背後にある制度の趣旨を検討するが、まず、所得税法は、個人所得を①利子所得、②配当所得、③不動産所得、④事業所得、⑤給与所得、⑥譲渡所得、⑦雑所得、⑧一時所得、⑨退職所得、⑩山林所得の10種類に分類している。また、同法は、課税標準を総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の三つとし、総所得金額は、上記の①から⑧の金額の合計額としている(22条2項)。これは、課税対象とされる所得のうち①から⑧を合算した上、それに一定の累進税率を適用するものであり、これらの所得について総合課税を適用しようとするものである。

これに対し、⑨の退職所得は、多くの場合老後の生活の糧となることから、税負担を軽減するために分離課税の対象とされ、また⑩の山林所得は、投下資本の回収に長年月を要するため、累進課税を緩和する必要があるとして分離課税の対象とされている(法22条3項)。

イ 一時所得の金額のうちの合算対象額

ただし、アの①から⑧のうち、⑥の一部である長期譲渡所得及び⑧の一時所得は、その2分の1のみが総所得金額の合算対象とされ、残りの2分の1は課税対象から除外されている(法22条2項2号)。一時所得がそのように扱われているのは、一時的、偶発的利得であるために、担税力が弱いと考えられたためである(長期譲渡所得については、以下原則として検討を省略する。)。

ウ 損益通算

また、アの①から⑧の各種所得の金額を計算する場合に、ある種の所得について損失が生ずることがあるが、その場合には、利益の生じている種類の所得の金額と相殺するのが総合課税の趣旨に適うことである。そこで、所得税法は、①から⑧の所得のうち、③の不動産所得、④の事業所得、⑥の譲渡所得の金額の計算上損失が生じた場合には、その他の各種所得の金額から控除する旨の損益通算の制度を定めている(法69条1項)。

他方、①から⑧のうち、上記以外の①利子所得、②配当所得、⑤給与所得、⑦雑所得、⑧一時所得については、性質上損失が観念できないか、損失が生じても、特別の理由によりそれを損益通算の対象としないとされていると解される。

なお、損益通算の順序は、政令で定めるとされ(法69条1項)、政令である所得税法施行令198条は、事業所得についてみると、事業所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、これをまず、他の利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得及び雑所得の各金額から控除することとしている(1号)。そして、それでもなお控除しきれない損失の金額があるときは、一時所得の金額から控除すると定めている(同令同条3号)。その限度で、一時所得の担税力の弱さに対する配慮が形を変えて維持されていると評することができる。

エ 一時所得の金額の2分の1課税と損益通算の順序

(ア) そして、事業所得の損失が生じた場合において、その損失を一時所得から損益通算をするときには、まず、損益通算をし、その後の残った一時所得金額(損益通算後の一時所得金額)の2分の1を総所得金額に合算するとされている(法22条2項2号)。

(イ) 損益通算の制度は、本件に則していえば、損失の生じた事業所得の当該損失について、損失の生じていない一時所得から通算するという点にあるから、(ア)のような通算の順序にするのは制度の趣旨に適合するものである。また、もともと一時所得の金額について2分の1だけを総所得金額の合算対象とし、残りの2分の1を総所得金額に含めないというのは、一時所得の特殊性からくる恩恵的、例外的なものであるから、他の優先する原則と衝突する場合には、その例外的な措置を維持せずに、原則に戻るという選択は合理性を有する。このような点に照らすと、一時所得と事業所得があって、かつ、その事業所得に損失があるという場合にも、一時所得については、まず事業所得の損失と損益通算をし、その後の金額(損益通算後の一時所得金額)の2分の1に相当する額が総所得金額の合算対象となるという現行制度(本件各規定の適用結果)は、合理性を有するというべきである。

(3)  本件各規定の違憲の有無

ア (2)によると、原告が最も問題とする一時所得の金額の2分の1課税と損益通算の順序に関する規定も含め、本件各規定には合理的な理由がある。そして、元来、税制のあり方が立法府の広範な政策的、技術的判断に委ねられている事項であることをも考慮すると、現行法の立場(本件各規定の内容)が不合理で違憲なものであるということはできない。

イ 原告の主張について

(ア) 一時所得の担税力が弱いことが理由となって、損益通算前の一時所得金額の2分の1を課税対象から除外するという考え方を徹底すると、原告主張のように、事業所得の損失がある場合にも、まず、必ず一時所得の金額の2分の1を除外し、その残額と事業所得の損失とを損益通算するという考え方も一個の立場ではあると解される。

しかし、(2)エのとおり、現行制度が合理的である以上、原告主張の制度は立法論としてはあり得るにしても、現行制度を違憲として否定した上、採用されるべきものであるとまではいえない。

(イ) また、一時所得があるものの事業所得に損失があるという場合には、現行法に定める計算方法による方が、原告主張の計算方法による(一時所得金額の2分の1を先に総所得金額の合算対象から除外し、その後に損益通算をする。)よりも、一時所得の金額のうち総所得金額の対象となる金額が多くなるのは確かである。また、事業所得について損失が生じない年度に一時所得が発生すれば、その2分の1の金額が課税対象の総所得金額から除外されるが、事業所得について損失が生じた年度と同一年度に一時所得が生じると、損益通算後の一時所得金額の2分の1の金額が課税対象の総所得金額から除外されることになり、後者の場合には、課税対象から除外される一時所得の金額がその限度で相対的に少なくなるという見方もできる。

しかし、(2)エのとおり,現行法(本件各規定)に基づく制度は、合理的なものであるから、憲法14条1項違反となるものではないし、所得のないところに課税するというものでもない。したがって、上記のような結果も違法・違憲ではない。よって、原告の憲法14条1項違反、実質課税の原則違反の主張は理由がない。

(4)  そうすると、本件各規定を適用した本件修正申告に不当な点はなく、本件更正の請求を理由がないとした本件通知処分に違法はない。

3  結論

以上のとおりであるから、請求の趣旨(2)に係る訴えを却下し、同(1)の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 裁判官 堤雄二)

別表1

本件通知処分等の経緯               (単位円)

区分

年月日

課税標準等

税額

加算税

重加算税

確定申告

10. 3.13

1,289,766

3,900

修正申告

10. 5.14

3,903,948

265,300

更正の請求

11. 3.12

1,289,766

3,900

更正をすべき理由がない旨通知

12. 1.28

異議申立

12. 3.28

1,289,766

3,900

同上決定

12. 6.27

(棄 却)

審査請求

12. 7.28

1,289,766

3,900

同上裁決

13. 5.25

(棄 却)

別表2

確定申告

修正申告

事業所得の金額

△512万8368円

(△502万8368円)

0円

一時所得の金額

特別控除後の金額

1283万6265円

(1283万6265円)

780万7897円

②の2分の1の金額

641万8134円

390万3948円

総所得金額(①+③)

128万9766円

390万3948円

納付すべき金額

3900円

26万5300円

注1 ①欄の△印は、損失の額を示す。

2 「修正申告」の①欄及び②欄の各かっこ外の金額は損益通算後の金額であり、各かつこ内の金額 は損益通算前の金額である。

3 ①欄の「確定申告」欄と、「修正申告」欄のかっこ内との間の差額10万円は、確定申告におい て誤って青色申告特別控除を控除したために生じたものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例