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横浜地方裁判所 平成13年(行ウ)43号 判決 2004年5月19日

原告 甲

同 乙

原告ら訴訟代理人弁護士 山下清兵衛

同 北村美穂子

被告 横浜南税務署長

葛西敏雄

指定代理人 櫻井保晴

同 渡部美和子

同 成田兼二

同 髙木光男

同 戸田信之

同 後藤勇

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

(1)  被告が、丙に対し、平成11年2月26日付けでした同人の平成7年分の所得税に係る更正処分のうち、長期譲渡所得金額(分離課税分)1億2667万4957円、納付すべき税額2713万1500円をそれぞれ超える部分を取り消す。

(2)  被告が、丙に対し、平成11年2月26日付けでした同人の平成9年分の所得税に係る更正処分のうち、長期譲渡所得金額(分離課税分)0円、納付すべき税額82万7000円をそれぞれ超える部分を取り消す。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  事案の骨子

本件は、原告らの被相続人である丙が、平成7年分及び平成9年分の所得税について、各年に自己所有の土地を売却したものの、その代金の一部を保証債務の履行に充てたから、所得税法64条2項が規定する「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に当たるものとして、その金額を所得の額に算入せずにそれぞれ確定申告をしたところ、被告が、本件には同項の規定は適用されず土地の売却代金全額が所得となるとして、それぞれ更正処分をしたことから、原告らが、各更正処分の取消しを求めている事案である。

第3  基礎となる事実

(以下の事実は、当事者間に争いがない事実であるか、記載した証拠ないし弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)

1  当事者等

丙(以下「丙」という。)は、原告甲の配偶者であり、原告乙の父である。

丙は平成11年7月5日に死亡し、原告らはその相続人である。

2  丙所有の土地の譲渡に係る事実関係

(1)  平成7年分

ア 平成元年3月24日付けで、株式会社A銀行(以下「A銀行」という。)を貸主、丙を借主とし、借入金額を4億円、元金の返済方法を平成3年5月23日の一括返済、借入金使途を賃貸マンション新築費用とするパーソナルローン契約(以下「本件借入契約」という。)の契約書(以下「本件借入契約書」という。)が作成された〔甲13号証〕(なお、本件借入契約書について、原告らは丁の偽造によるものであると主張し、被告は丙の作成によるものと主張している。)。

その後、A銀行と丙は、平成3年9月30日付けで、本件借入契約の元金及び利息の支払方法等の借入要項を変更する旨のパーソナルローン変更契約(以下「本件借入変更契約」という。)を締結した〔甲28号証〕。

イ 丙は、平成7年3月24日、横浜市港南区の土地(以下「本件A土地」という。)を、株式会社B(以下「B」という。)に対し、代金額2億7000万円で譲渡した。

そして、丙は、上記代金の一部である1億9590万0443円を、本件借入契約ないし本件借入変更契約に基づく借入金元金の一部1億4830万円及び利息4760万0443円の弁済に充てた。

(2)  平成9年分

ア 昭和63年12月28日付けで、注文者を丙、請負人を株式会社C(以下「C」という。)東京支店とし、工事場所を横浜市港南区、請負代金額を2億7000万円とするDマンション(以下「本件マンション」という。)新築工事の請負契約(以下「本件請負契約」という。)の契約書(以下「本件請負契約書」という。)が作成された〔甲11号証〕。そして、Cは、平成3年8月31日、丙に対し、完成した本件マンションを引き渡した(なお、本件請負契約書について、原告らは丁ないしE株式会社の偽造によるものであると主張し、被告は丙の作成によるものと主張している。)。

イ Cが丙に対して提起した、本件請負契約に基づく請負残代金の支払を求める訴訟(東京地方裁判所平成5年(ワ)第15996号請負代金請求事件)(以下「本件請負代金請求訴訟」という。)において、平成9年3月18日、丙がCに対し、請負残代金請求に係る和解金として1億6495万円の支払義務があることを認め、うち、7546万2000円を同年4月10日までに支払うことなどを内容とする訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した〔甲7号証〕。

ウ 丙は、同月28日、Bに対し、横浜市港南区の土地(以下「本件B土地」という。)を代金額1億0500万円で譲渡した。そして、丙は、同日、上記代金の一部である7546万2000円を、本件和解に基づくCに対する支払義務の履行に充てた。

また、丙は、同年8月1日、株式会社F(以下「F社」という。)に対し、横浜市港南区の土地(以下「本件C土地」という。)を代金額4230万円で譲渡した。

3  納税申告及び課税の経緯

(1)  丙は、平成8年3月15日、平成7年分の所得税について、本件A土地の譲渡は、所得税法64条2項が規定する「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に当たり、同項が規定する譲渡所得の金額の計算特例(以下「本件特例」という。)の適用があるものとして、税額等を計算し、これに従って確定申告をした。

また、丙は、平成10年3月13日、平成9年分の所得税について、本件B土地及び本件C土地の譲渡は、所得税法64条2項が規定する「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に当たり、本件特例の適用があるものとして、税額等を計算し、これに従って確定申告をした。

(2)  これに対し、被告は、平成11年2月26日付けで、丙に対し、平成7年分及び平成9年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税について、本件A土地、本件B土地及び本件C土地の譲渡のいずれについても本件特例の適用がないものとして税額等を計算し、これに従ってそれぞれ更正処分(以下「本件各更正処分」という。)をするとともに、それぞれ過少申告加算税賦課決定処分をした。

(3)  丙は、平成11年4月23日、被告に対し、本件各更正処分及び上記(2)の各過少申告加算税賦課決定処分を不服として、異議を申し立てた(ただし、平成7年分の所得税に係る更正処分については、長期譲渡所得金額(分離課税分)1億2667万4957円、納付すべき税額2713万1500円をそれぞれ超える部分について、また、同年分の過少申告加算税賦課決定処分については、税額3万9000円を超える部分について。)。

なお、同年7月5日、丙が死亡したため、国税通則法(以下「通則法」という。)106条1項の規定に基づき、原告らが不服申立人の地位を承継した。

(4)  原告らは、上記(3)の異議申立てをした日の翌日から起算して3月を経過しても異議申立てについての決定がなかったため、同年11月30日、国税不服審判所長に対し、本件各更正処分及び上記(2)の各過少申告加算税賦課決定処分についての審査請求をした(なお、これに伴い、上記(3)の異議申立てはいずれも取り下げられたものとみなされた(通則法110条2項)。)が、国税不服審判所長は、平成13年6月8日付けで、審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。

(5)  そこで、原告らは、平成13年9月7日、本件各更正処分の取消しを求めて本訴を提起した。

(6)  なお、本件係争各年分の丙の所得税に係る確定申告、本件各更正処分及び不服申立て等の経緯は、別表1記載のとおりである。

4  本件特例に関する通達の規定

(1)  昭和54年10月27日付け直審5-22国税庁長官通達「他人のために農業協同組合等から借入れた債務を弁済するために資産を譲渡した場合における所得税法第64条第2項の適用について」(以下「本件個別通達」という。)は、他人のために農業協同組合から借入れし、その借入金を返済するために資産を譲渡した場合について、本件特例を適用することとした上、これと同様の事案について、次のいずれにも該当する場合に限り、これに準じて取り扱うこととしている。

「一 資金の借入をしようとする者(以下「実質上の債務者」という。)が農業協同組合の組合員でないため、当該組合から資金の借入ができないので、当該組合の組合員(以下「名目上の債務者」という。)がその資格を利用して当該組合から資金を借入れて、これを実質上の債務者に貸付けた場合のように、その借入及び貸付が債務を保証することに代えて行われたものであること。

二 実質上の債務者が、その貸付を受ける時において資力を喪失した状態にないこと。

三 名目上の債務者が借入れた資金は、その借入を行った後直ちに実質上の債務者に貸付けられており、その資金が名目上の債務者において運用された事実がないこと。

四 名目上の債務者が、その貸付に伴い実質上の債務者から利ざやその他の金利に相当する金銭等を収受した事実がないこと。」

(2)  所得税基本通達64-4は、本件特例に関し、以下のとおり規定している。

「法第64条第2項に規定する保証債務の履行があった場合とは、民法第446条に規定する保証人の債務又は第454条に規定する連帯保証人の債務の履行があった場合のほか、次に掲げる場合も、その債務の履行等に伴う求償権を生ずることとなるときは、これに該当するものとする。

(1)  不可分債務の債務者の債務の履行があった場合

(2)  連帯債務者の債務の履行があった場合

(3)  合名会社又は合資会社の無限責任社員による会社の債務の履行があった場合

(4)  身元保証人の債務の履行があった場合

(5)  他人の債務を担保するため質権若しくは抵当権を設定した者がその債務を弁済し又は質権若しくは抵当権を実行された場合

(6)  法律の規定により連帯して損害賠償の責任がある場合において、その損害賠償金の支払があったとき」

第4  本件各更正処分の根拠及び適法性に関する当事者の主張

1  被告の主張(別表4参照)

(1)  平成7年分の所得税の課税標準及び納付すべき税額について

ア 総所得金額 1873万9263円

上記金額は、丙が確定申告書に記載した金額と同額である。

イ 租税特別措置法(平成7年分の所得税について述べる場合は平成8年法律第17号による改正前のものをいい、平成9年分の所得税について述べる場合は平成10年法律第23号による改正前のものをいう。以下「特措法」という。)31条の2第1項の規定(以下「優良宅地の特例」という。)が適用される分離課税の譲渡所得金額(以下「特定長期譲渡所得金額」という。)(別表2参照) 1億9016万1004円

上記金額は、次の(ア)の金額から(イ)及び(ウ)の金額の合計額を控除した後の金額である。

(ア) 収入金額 2億0269万0265円

上記金額は、丙がBに対し、平成7年3月24日付け土地売買契約により、本件A土地を譲渡した際の譲渡代金2億7000万円のうち、優良宅地の特例が適用される部分の金額であり、譲渡代金2億7000万円に、本件A土地の面積のうちBが都市計画法29条又は同法附則4項の許可を受けた部分の面積の本件A土地の面積に占める割合を乗じて計算した金額である。

(イ) 取得費の額 1013万4513円

上記金額は、特措法31条の4第1項の規定に基づき、上記(ア)の収入金額に100分の5の割合を乗じて計算した金額である。

(ウ) 譲渡費用の額 239万4748円

上記金額は、次のa及びbの金額の合計額に、上記(ア)の金額が本件A土地の譲渡代金に占める割合を乗じて計算した金額である。

a 弁護士に対する契約報酬の金額 309万円

b 収入印紙の金額 10万円

ウ 上記イの優良宅地の特例が適用される分離課税の長期譲渡所得金額以外の分離課税の長期譲渡所得金額(以下「一般長期譲渡所得金額」という。)(別表2参照) 1億3241万4396円

上記金額は、次の(ア)の金額から(イ)ないし(エ)の金額の合計額を控除した金額である。

(ア) 収入金額 1億4430万9735円

上記金額は、次のaないしcの金額の合計額である。

a 本件A土地の譲渡代金から上記イ(ア)の金額を控除した金額 6730万9735円

b 丙がE株式会社(以下「E社」という。)に対し、平成7年3月10日の土地売買契約により、横浜市港南区の土地を譲渡した際の譲渡代金 200万円

c 丙がBに対し、平成7年12月11日付け土地売買契約により横浜市港南区の土地を譲渡した際の譲渡代金 7500万円

(イ) 取得費の額 721万5487円

上記金額は、特措法31条の4第1項の規定に基づき、上記(ア)の収入金額に100分の5の割合を乗じて計算した金額である。

(ウ) 譲渡費用の額 367万9852円

上記金額は、次のaないしdの金額の合計額である。

a 上記イ(ウ)のa及びbの合計額からイ(ウ)の金額を控除した金額 79万5252円

b 上記(ア)cの土地譲渡に係る仲介手数料の金額 230万9600円

c 上記(ア)cの土地譲渡に係る測量費の金額50万円

d その他の費用の金額 7万5000円

(エ) 長期譲渡所得の特別控除額 100万円

上記金額は、特措法31条5項所定の額である。

エ 所得控除額の合計額 91万1324円

上記金額は、社会保険料控除額、生命保険料控除額、損害保険料控除額及び基礎控除額の合計額であり、各控除額は、丙が確定申告書に記載した金額と同額である。

オ 課税総所得金額 1782万7000円

上記金額は、上記アの金額からエの金額を控除した後の金額(ただし、通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後の金額。)である。

カ 課税特定長期譲渡所得金額 1億9016万1000円

上記金額は、通則法118条1項の規定により、上記イの金額の1000円未満の端数を切り捨てた後の金額である。

キ 課税一般長期譲渡所得金額 1億3241万4000円

上記金額は、通則法118条1項の規定により、上記ウの金額の1000円未満の端数を切り捨てた後の金額である。

ク 納付すべき所得税額 6598万9000円

上記金額は、次の(ア)ないし(ウ)の金額の合計額から(エ)及び(オ)の金額の合計額を控除した後の金額(ただし、通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後の金額。)である。

(ア) 課税総所得金額に対する税額 411万8100円

上記金額は、丙が確定申告書に記載した金額と同額である。

(イ) 課税特定長期譲渡所得に対する税額 2852万4150円

上記金額は、上記カの金額について、特措法31条の2第1項の規定を適用して計算した金額である。

(ウ) 課税一般長期譲渡所得に対する税額 3772万4200円

上記金額は、上記キの金額について、特措法31条1項の規定を適用して計算した金額である。

(エ) 特別減税額 5万円

上記金額は、平成7年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定による金額である。

(オ) 予定納税額 432万7400円

上記金額は、所得税法104条1項の規定による予定納税額第1期分216万3700円と第2期分216万3700円の合計額である。

(2)  平成7年分更正処分の適法性

上記(1)のとおり、丙の平成7年分の納付すべき所得税額は6598万9000円となるところ、平成7年分の更正処分に係る丙が納付すべき所得税額は上記金額と同額であるから、同処分は適法である。

(3)  平成9年分の所得税の課税標準及び納付すべき税額について

ア 総所得金額 1453万9347円

上記金額は、丙が確定申告書に記載した金額と同額である。

イ 一般長期譲渡所得金額(別表3参照) 7740万9500円

上記金額は、次の(ア)の金額から(イ)ないし(オ)の金額の合計額を控除した金額である。

(ア) 収入金額 1億5695万円

上記金額は、次のaないしcの金額の合計額である。

a 丙がBに対し、平成9年3月28日付け不動産売買契約により、本件B土地を譲渡した際の譲渡代金 1億0500万円

b 丙がF社に対し、平成9年8月1日付け土地売買契約により、本件C土地を譲渡した際の譲渡代金 4230万円

c 丙が戊に対し、平成8年11月30日付け土地売買契約により、横浜市港南の土地の一部を譲渡した際の譲渡代金 965万円

(イ) 取得費の額 784万7500円

上記金額は、特措法31条の4第1項の規定に基づき、上記(ア)の収入金額に100分の5の割合を乗じて計算した金額である。

(ウ) 譲渡費用の額 115万5000円

上記金額は、次のaないしfの金額の合計額である。

a 上記(ア)aの土地譲渡に係る収入印紙代 10万円

b 上記(ア)bの土地譲渡に係る収入印紙代 1万5000円

c 上記(ア)bの土地譲渡に係る仲介手数料の金額 30万円

d 上記(ア)cの土地譲渡に係る収入印紙代 1万円

e 上記(ア)cの土地譲渡に係る仲介手数料の金額 33万円

f 上記(ア)cの土地譲渡に係る測量費の金額 40万円

(エ) 本件特例により、譲渡所得の金額が計算上なかったものとみなす金額 6953万8000円

上記金額は、E社がG株式会社(以下「G社」という。)から平成2年11月7日付け金銭消費貸借契約により借り入れた1億5200万円の債務について、丙が支払義務があることを認めて支払った和解金の金額である。

(オ) 長期譲渡所得の特別控除額 100万円

上記金額は、特措法31条3項所定の金額である。

ウ 所得控除額の合計額 95万9000円

上記金額は、社会保険料控除額、生命保険料控除額、損害保険料控除額及び基礎控除額の合計額であり、各控除額は、丙が確定申告書に記載した金額と同額である。

エ 課税総所得金額 1358万円

上記金額は、上記アの金額からウの金額を控除した後の金額(ただし、通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後の金額。)である。

オ 課税一般長期譲渡所得金額 7740万9000円

上記金額は、通則法118条1項の規定により、上記イの金額の1000円未満の端数を切り捨てた後の金額である。

カ 納付すべき所得税額 1817万9200円

上記金額は、次の(ア)及び(イ)の金額の合計額から(ウ)の金額を控除した後の金額(ただし、通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後の金額。)である。

(ア) 課税総所得金額に対する税額 284万4000円

上記金額は、丙が確定申告書に記載した金額と同額である。

(イ) 課税一般長期譲渡所得金額に対する税額 1735万2250円

上記金額は、上記オの金額について、特措法31条1項の規定を適用して計算した金額である。

(ウ) 予定納税額 201万7000円

上記金額は、所得税法104条1項の規定による予定納税額第1期分100万8500円と第2期分100万8500円の合計額である。

(4)  平成9年分更正処分の適法性

上記(3)のとおり、丙の平成9年分の納付すべき所得税額は1817万9200円となるところ、平成9年分の更正処分に係る丙が納付すべき所得税額1617万9200円は上記金額の範囲内であるから、同処分は適法である。

2  原告らの主張

本件A土地、本件B土地及び本件C土地の譲渡について本件特例が適用されず、その代金全額が譲渡所得となるとした場合の被告が主張する課税根拠については、争わない。

第5  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点

本件の争点は、丙がした本件A土地、本件B土地及び本件C土地の譲渡が、所得税法64条1項が規定する「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当し、その代金額のうちA銀行及びCに対する支払に充てた金額が、丙の本件係争各年分の譲渡所得の金額の計算上なかったものとみなされるかどうかである。

2  争点に関する原告らの主張

(1)  本件特例の意義

所得税の課税対象となる所得とは経済的利益のことであり、経済的利益のないところに課税がされることはない。

そして、所得税法64条2項の本件特例は、「保証債務を履行するため資産の譲渡がされた」場合に所得をなかったものとみなす規定であるところ、この保証債務とは、他人の債務を肩代わりした債務をいうものと解すべきである。他人の債務を肩代わりした場合には、自己に経済的利益が帰属することはないから、本件特例における保証債務の意味をこのように解することは、経済的利益がなければ課税されないという上記の所得税法の趣旨に合致するものである。

また、このような解釈は、本件個別通達及び所得税基本通達64-4と整合的であり、課税実務上長期間にわたって定着しているところである。

(2)  平成7年にされた本件A土地の売却に係る本件特例の適用について

ア 事実関係

(ア) E社の代表取締役である丁(以下「丁」という。)は、平成元年3月24日、丙の承諾なく、丙名義で、A銀行から4億円を借り入れた(本件借入契約)。同日付けで作成された本件借入契約書は、丁において、丙名義で署名をし、また、丙から他の機会に預かっていた丙の実印によって押印をすることにより、偽造したものである。また、同日付けで作成された、丙がA銀行に対し丙所有の土地に根抵当権を設定する旨の根抵当権設定契約書(甲14号証の書面。以下「本件根抵当権設定契約書」という。)も、丙との交換によって丁が取得する予定であった土地を根抵当権の目的として、丁が偽造したものである。

(イ) そして、本件借入契約に基づき、A銀行から、丁が偽造した書類によって開設された丙名義の普通預金口座に3億9807万1233円が振り込まれ、丁がその全額を費消した。

この借入金利息の支払は、丁において、上記丙名義の口座に送金をする方法により行っていた。

(ウ) A銀行は、平成3年9月ころ、丁による返済が滞ったことから、丙に対し本件借入契約の変更契約の締結を求めるに至り、丙は、この時点で初めて自己名義で4億円の借入れがされていることを知った。

丙は、当初は自らの借入れではないとしてA銀行の要求を拒否したが、丁が自ら返済する旨を約束したこと、本件根抵当権設定契約書に基づく競売申立てがされるおそれがあったこと、及び、丙が権利証や実印を丁に預けていたという表見責任もあったことから、丁の保証の委託に応じ、自らは保証人となる意思(他人の債務を肩代わりする意思)で、同月30日、A銀行との間でパーソナルローン変更契約書(甲28号証の書面。以下「本件借入変更契約書」という。)を作成し、A銀行に対する債務を負担した(本件借入変更契約)。

(エ) 平成7年に至り、丁がA銀行への債務の返済を行わなくなったことから、丙は、同年3月24日、A銀行に対する上記(ウ)の債務の履行のため、Bに対し、本件A土地を2億7000万円で売却した。そして、丙は、同日、この売買代金を、本件借入契約に基づく借入金元金の一部である1億4830万円及び利息4760万0443円の合計1億9590万0443円の弁済に充てた。

イ 丙が本件特例が規定する「保証債務」を負担したこと

(ア) 以上のとおり、丁は、丙の同意を得ることなく、丙の名義を用いてA銀行と金銭消費貸借契約を締結したもので、A銀行も、丙の意思を確認することなく、丁との間で契約をしたものである。

このように、丙は、単に名目上の債務者とされたにすぎなかったところ、本件借入変更契約を締結したのは、上記ア(ウ)の事情を考慮し、やむなく丁の求めに応じたためである。A銀行としても、貸主として借入名義人の意思を確認していない以上本件借入契約が無効であることを承知しており、丙と本件借入変更契約を結んだのは、丙に丁の債務の肩代わりをさせたことにほかならない。

すなわち、丙は、本件借入変更契約によって、自己の固有の債務を負担したのではなく、丁の債務を肩代わりする保証債務を負ったものというべきである。

(イ) そして、丙は本件A土地の売買代金の一部をこの保証債務の履行に充てたもので、丁の経済的破綻により求償権の行使も不可能であるから、当該部分には本件特例が適用される。

(3)  平成9年にされた本件B土地及び本件C土地の売却に係る本件特例の適用について

ア 事実関係

(ア) 丙は、平成2年11月27日、E社との間で、E社が3億1300万円の対価で横浜市港南区の土地上に本件マンションを建築することを内容とする、コンサルタント契約書(甲8号証の書面。以下「本件コンサルタント契約書」という。)をもって、建築請負契約を締結した。

(イ) E社は、上記(ア)の建築の下請けとして、Cに対し、本件マンションの建築工事を2億7000万円で発注した(本件請負契約)。この際、E社とCは、通謀の上、丙の承諾を得ることなく、昭和63年12月28日付けで、発注者を丙とし請負者をCとする本件請負契約書を偽造した。

(ウ) 丙は、E社に対し、上記(ア)の契約の約定どおり、平成2年11月28日に2億円、平成3年8月31日に1億1300万円の合計3億1300万円を支払うとともに、完成した建物の引渡しを受け、所有権移転登記手続も完了した。一方、Cに対する請負代金の支払については、E社がこれを行うべきものであったが、その一部しか支払をしなかった。

(エ) 平成5年8月26日、Cは、本件請負契約書を根拠に、丙に対して本件マンションに係る請負残代金の支払を求める訴訟を、東京地方裁判所に提起した(本件請負代金請求訴訟)。

丙は、上記(ウ)のとおり、本件マンションの建築に係る請負代金について、全額をE社に支払済みであった。しかし、本件請負契約書が存在していたこと、丙はマンションの建築に係る多くの事項をE社に委任していたため表見責任を負う可能性があったこと、及び、丙がE社の取締役として登記されていたためCから商法266条の3の責任を主張されたことから、丙は、やむなく訴訟上の和解をし、Cに対し、E社が本来支払うべき請負残代金債務のうち7546万2000円を支払うこととした(本件和解)。なお、E社の代表者の丁は、本件請負代金請求訴訟に積極的に関与しており、丙に対し、Cに対する請負代金債務の立替払いの要請をし、後日E社が丙に対して立替金の返済をする旨を申し出ていた。

丙は、自らはCに対する請負代金債務を負担していないにもかかわらず、本件和解によって、E社の債務を肩代わりする形でCに対する債務を負担したのであるから、丙は、E社が負担する請負代金債務についての保証人になったものというべきである。

(オ) 丙は、Cに対する上記(エ)の債務を履行するため、平成9年3月28日にBに対し本件B土地を1億0500万円で、同年8月1日にF社に対し本件C土地を4230万円で、それぞれ売却した。そして、丙は、同年3月28日、Cに対し、その売買代金の一部である7546万2000円を、本件和解に基づく保証債務の履行として支払った。

イ 丙が本件特例が規定する「保証債務」を負担したこと

(ア) 以上のとおり、丙は、E社と請負契約を締結したものであって、E社の下請けであるCとの契約関係はなかった。丙を注文主とする本件請負契約書は、丁ないしE社が、丙の承諾を得ることなく、Cとの通謀によって仮装したものである。

したがって、丙には、法律上、Cの請求に応じる必要はなかったのであるが、上記ア(エ)の事情を考慮して、やむなく訴訟上の和解に応じたものである。

このような事情からすると、丙が本件和解によって負担した債務は、本来Cに対する債務を負担していない丙が、E社の請負残代金債務を肩代わりしたことによる保証債務であったというべきである。

(イ) そして、丙は本件B土地及び本件C土地の売買代金の一部をこの保証債務の履行に充てたもので、E社の経済的破綻により求償権の行使も不可能であるから、当該部分には本件特例が適用される。

(4)  当事者の意思

丙が、丁ないしE社がA銀行ないしCに対して負担する債務の肩代わりを約し、その履行をしたものであることについて、保証人である丙と主債務者(丁及びE社)との間に全く争いがない。

租税は、私人間で形成された法律関係を前提として、当該私法法律関係において生ずる経済的利益を対象として課されるものであるところ、当事者の間において、丙は保証人の立場であるということが確定している以上、課税庁はこれを前提とした課税をするべきである。

(5)  通達の規定との整合性

ア 本件個別通達について

本件個別通達は、農業協同組合が貸付けを行う場合の規定ではあるが、本件特例の趣旨が経済的利益が帰属しない場合には譲渡所得としないことにあることからすれば、その適用範囲を農業協同組合に限定する合理的理由はなく、法律上貸付けの相手方に限定のない銀行等に関する場合においても、等しく適用されるべきである。

そして、本件は、本件個別通達が規定する本件特例の適用のための一ないし四(前記第3、4(1)参照)の要件のすべてを満たすものであるから、本件特例が適用されるべきである。

イ 所得税基本通達64-4について

所得税基本通達64-4は、本件特例が適用される場合として、(1)ないし(6)(前記第3、4(2)参照)の場合を挙げている。これは、広く他人の債務を肩代わりした場合には、すべて本件特例が適用されるべきとする趣旨のものである。

また、所得税基本通達64-4(6)は、「法律の規定により連帯して損害賠償の責任がある場合において、その損害賠償金の支払いがあったとき」には、本件特例が適用されることを規定しているところ、本件における丙の債務は、名義貸しによる名義人の責任、権利証や実印の預託等による表見責任又は商法266条の3の取締役の責任として負担したものであるから、「法律の規定により連帯して損害賠償の責任がある場合」に該当するものとして、本件特例が適用されるべきである。

3  争点に関する被告の主張

(1)  本件特例について

ア 権利確定主義について

所得税法36条1項は、課税上の年度中に現実に収入が実現していなくても、収入すべき権利の額が確定すれば、その段階で所得が発生したものとするいわゆる権利確定主義を採用している。

もっとも、いったん収入すべき権利が確定したとしても、納税者の恣意が介入する余地がない事情によって収入が得られなかった場合には、担税力が発生しないのであるから、権利確定主義を形式的に貫くことにより所得税を課することは、かえって税負担の公平に反する。そこで、所得税法は、当該収入によって発生するはずであった担税力が、納税者の恣意の介入する余地がない回収不能という事情によって発生しないこととなった場合には、所得がないものとしている(同法51条2項、64条1項)。

イ 本件特例の趣旨について

これに対し、保証人が保証債務の履行のために資産を譲渡した場合には、保証人は現実に資産の譲渡による収入を得ているから、形式的に見ると、担税力は発生しているとみられなくもない。しかし、本件特例は、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、当該金額を所得税法64条1項が規定する回収することができないこととなった金額とみなして、同項を適用することを定めている。

これは、保証人が、保証債務の履行をしたときは主たる債務者に対する求償権の行使により実質的な負担を免れ得るとの予期のもとに、保証契約を締結して他人の債務につき法律上の義務や責任を負ったところ、その義務等の履行のために資産の譲渡を余儀なくされ、しかも予期に反して求償権を行使することができなくなった場合においては、資産の譲渡者は、実質的にみて当該譲渡による所得を享受しているとはいえず、あたかも譲渡代金債権等の貸倒れ等と同視し得るとみることができることから、求償権が行使できなくなった限度で当該資産の譲渡に係る所得に対する課税を免れさせることによって、課税上の救済を図ろうとするものである。

ウ 本件特例の適用の範囲

このように、本件特例が保証債務を履行するために資産の譲渡を余儀なくされた保証人を救済するために、現実に実現した譲渡所得を例外的に非課税とする趣旨のものであることからすれば、その要件は、厳格かつ限定的に解釈されなければならない。本件特例が適用されるためには、原則として、法律上の他人の債務について、法律上の義務や責任が存在することが要件とされていると解すべきであって、自己に固有の債務の弁済のために資産を譲渡する場合には、その適用はなく、納税義務者の内心の意思が保証の趣旨であっても、自己に固有の債務の弁済のために資産を譲渡するものである限りは、本件特例の適用はないというべきである。

(2)  原告らの主張に対する反論

ア 本件借入契約に基づく借入債務の支払に係る本件特例の適用について

(ア) 本件借入契約において、丁が丙の承諾なく借入れをしたこと、本件借入契約書の丙の署名が偽造であること、丁が丙の実印を盗用したこと、A銀行が丙の意思を確認せずに丁と契約を締結したこと、実質上の債務者が丁であり丙が名目上の債務者であること、丙名義の口座に振り込まれた約4億円を丁が全部費消したことについては、いずれも否認する。

(イ) 原告らは、本件借入契約について、本件借入契約書は丁の偽造に係るもので、丙は名目上の債務者にすぎないと主張するが、仮に原告ら主張のように同契約が丙に無断に行われたものであるとすれば、丙は、そもそも本件借入契約の債務者となることはなく、これにより丁がA銀行に対して金銭を返還すべき義務を負ったとしても、丙が同債務について保証人となるべき理由はないのであるから、原告らの主張に係る法律関係をもってしては、丙が保証債務を負っていたとはいえず、原告らの主張はそれ自体失当というほかない。

その点をおくとしても、原告らは、丙が本件借入変更契約書に署名押印したことを自認しているところ、本件借入契約に関与していなかった丙が、その後の変更契約において、突然、4億円もの多額の借入れについて債務者となること自体、極めて不自然であるといわざるを得ない。そして、本件借入契約の申込書上の丙の署名と本件借入変更契約書上の丙の署名とが同一の筆跡であることなどからして、本件借入契約は、丙の意思に基づいて行われたというべきであって、この点においても、原告らの主張は失当である。

(ウ) 次に、原告らは、丙は丁の求めに応じて、実質上の債務者は丁であるところ自らは保証人となる意思で、本件借入変更契約書に署名押印したと主張する。しかし、上記(イ)のとおり、本件借入契約は丙の意思に基づくものであって、このような場合、本件借入契約における債務者は、その契約書等に表意されているとおり、丙であったとみるべきものというほかない。また、本件借入変更契約当時、A銀行は、資力のない丁を債務者とする意思はおよそなく、丙を主たる債務者としなければ変更契約に応じなかったものであり、また、丙も、自ら債務者となることを認識して本件借入変更契約書に署名押印しているのであるから、本件借入変更契約によって、丙は自己固有の債務を負担したとみるべきであって、他人の債務を保証した場合には当たらないというほかない。

原告らの主張は、結局のところ、丙の内心の意思が保証の趣旨であったから、本件特例が認められるべきであると主張しているにすぎないと解されるところ、前記(1)ウのとおり、本件特例が適用されるためには、他人の債務について法律上の義務や責任が認められることが必要であって、自ら負担している借入債務について、内心の意思が保証であるからといって、本件特例が適用される余地はないというべきである。

(エ) 以上のとおり、丙は本件A土地の譲渡により自らの債務の返済を行ったにすぎないから、これに本件特例が適用される余地はない。

イ 本件和解に基づく和解金支払債務の支払に係る本件特例の適用について

(ア) 本件請負契約書が偽造されたものであること、本件和解において丙が支払義務を負うことになった債務がE社のCに対する請負代金債務の保証債務であることは否認する。

(イ) 本件和解に至った経緯や、和解調書には丙がE社のCに対する債務を保証する趣旨で和解金の支払義務を負うとの条項は一切記載されていないことからすると、丙が本件和解によってCに対して負担した義務は、丙とCとの間において、丙固有の債務を前提に合意したものであって、他人の債務を負担する趣旨にでたものでないことは明らかである。

結局、この点に関する原告らの主張も、丙の内心の意思が保証の趣旨であったから、本件特例が認められるべきであるというにすぎないと解されるところ、このような主張がそれ自体失当であることは前述のとおりである。

(ウ) なお、原告らは、平成2年11月27日付けの本件コンサルタント契約書を根拠に、丙はE社と請負契約を締結したものであると主張する。

しかし、本件コンサルタント契約書は、通常の工事請負契約書とは全く別の様式で、発注者、請負人、工事場所、工期、請負代金といった文言も一切用いられておらず、本件請負契約をどのように処理するかについても何ら記載されていないなど、およそ本件マンションの建築を目的とした請負契約書と解することはできないものである。

(エ) 以上のとおり、本件和解に基づいて丙がCに対して負った支払義務は、丙固有の債務であって、丙は、本件B土地及び本件C土地の各譲渡により自らの債務の返済を行ったにすぎないから、これに本件特例が適用される余地はない。

(3)  通達の解釈について

ア 本件個別通達について

農業協同組合の組合員以外の者に対する貸付けは、特段の事情がない限り、事業の範囲外であり無効とされるところ、一般に、組合から組合員に対して金員を貸し付け、これを非組合員に対して貸し付けることにより、直接非組合員に対する貸付けがされたのと同様の経済的効果を得ようとすることが広く行われている。このような契約は、当事者の実質的な意思からみれば、当該貸付けは非組合員に対して行われたものであり、組合員は、単に保証の趣旨で消費貸借契約を締結しているにすぎないということができる。

本件個別通達は、このような実質的な員外貸付けが広く行われている現状にかんがみ、形式上(名目上)の債務者とされた組合員を保護すべく、客観的要件を掲げた上で、本件特例の適用を認めたものである。

これに対し、銀行等の一般的な金融機関においては、貸付けを行う相手方について制約がないから、金融機関は、融資を申し出た者との間においては直接この者を債務者とし、他人の債務を保証する者との間においては保証契約を締結すれば足り、農業協同組合の貸付けのように、主たる債務者の名目と実質を分ける必要性はなく、当事者の実質的意思としても、融資を申し出た者を主たる債務者とする旨の合意があるというほかはなく、本件個別通達の適用が認められる前提を欠いているというべきである。

したがって、本件について、本件個別通達が存在するからといって、本件特例が適用されることにはならない。

イ 所得税基本通達64-4の定めについて

所得税基本通達64-4に列挙された事由のうち、(4)は民法446条の保証債務に該当するもので、(5)の物上保証人の地位は、保証人と酷似しているものである。そして、(1)ないし(3)及び(6)は、いずれも、契約又は法律の規定により、複数の者が連帯債務を負う場合であるが、このような場合は、債務者間において出捐を分担するという求償関係が成立し、各債務者は、自らの負担部分を超える部分については、他人の債務を保証した保証人と同じ立場に立つとみることができることから、本件特例の適用が認められているものである。

このように、所得税基本通達64-4は、本件特例の趣旨に従い、債務の性質上、民法上の保証債務における保証人と同様の利益状況にある者について、「保証債務」に該当するものとして、その適用を認めたものであって、原告らが主張するように、広く他人の債務を肩代わりする場合をすべて含むものではなく、まして、本件のように、主観的に他人の債務を肩代わりするにすぎない場合までも対象とするものではない。

第6  当裁判所の判断

1  本件特例の趣旨について

所得税法は、ある年分の各種所得の金額の計算について、いわゆる権利確定主義を採用し、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の発生があったものとして、当該権利発生の時期の属する年分の各種所得の金額を計算するものとしているところ(同法36条1項)、いったん収入の原因となる権利が確定的に発生した場合でも、その後において現実に収入が得られないこととなった場合には、当該所得は実現しなかったのであるから、これに対する課税は、結果的に所得なきところに課税したものとして、その前提を失うこととなる。そこで、所得税法は、その年分の各種所得の金額の計算の基礎となる収入金額の全部又は一部を回収することができないこととなった場合には、その回収することができないこととなった金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかったものとみなすこととしている(同法64条1項)。

これに対し、保証人が保証債務を履行するために資産を譲渡し、現実の収入を得て、これを保証債務の履行に充てた場合には、当該資産の譲渡による所得は実現したのであるから、このような資産の譲渡による収入金額が譲渡所得の金額の計算の基礎となるものであることはいうまでもない。

しかし、所得税法64条2項は、保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、当該金額について、同条1項と同様に、譲渡所得の金額の計算上、なかったものとみなすこととして、本件特例を規定している。これは、保証人が、将来保証債務を履行したとしても、主たる債務者に対する求償権の行使によって実質的な経済的負担を免れ得るとの予期の下に、保証契約を締結して他人の債務の履行について契約上の義務を負担したところ、その義務を履行するために資産の譲渡を余儀なくされ、しかも保証契約締結時の予期に反して求償権を行使することができなくなった場合においては、これらの経緯を全体として見ると、当該資産の値上り益を現実に享受する機会を失ったものとして、資産の譲渡代金が回収不能になった場合と類似した利益状況にあるということもできることから、求償権を行使することができなくなった限度で、当該資産の譲渡による所得に対する課税を免れさせることによって、特に課税上の救済を図ろうとするものと解されるのである。

2  平成7年にされた本件A土地の売却に係る本件特例の適用の有無について

(1)  丙が負担した債務の性質について

上記1のような本件特例の趣旨からすれば、本件特例が適用されるためには、法律上他人に帰属する債務について、これを履行すべき法律上の義務を負担したことが必要であり、自己の固有の債務の弁済のために資産を譲渡する場合には、その適用はないものというべきである。

そして、丙が本件A土地を売却することによって履行した直接の債務は、丙とA銀行との間で締結された本件借入変更契約によって丙が負担した債務というべきである(前記第3、2(1)ア、イ)から、当該債務の性質について、上記の観点から検討することとする。

ア 本件借入契約及び本件借入変更契約の締結の経緯について、前記第3、2(1)の事実に加え、下記の証拠によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 丁と丙は、昭和63年8月6日付けで、丙が所有する横浜市港南区の土地(以下「本件X土地」という。)と、丁が所有する横浜市港南区の土地との交換予約をした旨の「土地交換予約契約書」を作成した。なお、同契約書において、交換の実行日については、別途定めるものと記載されている。〔甲15号証〕

(イ) 平成元年3月15日、A銀行に対し、丙を申込名義人とする、「<A銀行>パーソナルローン申込書」(以下「本件申込書」という。)が提出された。本件申込書には、借入金額として4億円、予定の担保不動産として本件X土地が記載されているほか、申込人の状況欄等に、丙の、職業、資産の内容、年間収入の額、負債額、年間返済額、金融機関との取引内容、居宅の所有者及び家族状況等が記載されている。〔乙3号証〕

(ウ) 同月24日、丙がA銀行から4億円を借り入れる旨の本件借入契約書、及び、丙がA銀行に対し4億円を極度額として本件X土地に根抵当権を設定する旨の本件根抵当権設定契約書が作成され、同日受付で、同根抵当権の設定登記がされた。

本件借入契約書及び本件根抵当権設定契約書の現実の作成は、A銀行及び丁が行ったものであり、丁において、各契約書の借主欄ないし根抵当権設定者欄に丙名義の署名をし、また、丙から当時預かっていた丙の実印をもって各契約書に押印したものである。〔甲13、14、33号証、証人丁の証言〕

(エ) 同日、A銀行から、新規に開設された丙名義のA銀行上永谷支店の総合口座に、3億9807万1233円が入金された〔甲12号証〕。

(オ) ところが、本件借入契約において元本の一括返済日とされていた平成3年5月23日が経過しても、その返済がされなかったことから、A銀行は、丙に対してその返済を求めた。そして、丙とA銀行は、同年9月30日、本件借入契約に基づく借入元金及び利息を同年10月以降平成6年9月まで毎月末日限り分割して支払うことなどを内容とする、本件借入変更契約を締結した。なお、丙は、本件借入変更契約書の借主欄に自ら署名押印したものである。〔甲28号証、丁証言〕

イ そこで、まず、本件借入契約についてみると、上記のとおり、本件借入契約書において丙が借主とされていること、本件申込書において丙の資産や収入額といった丙の返済能力を示す事項が詳細に記載されていること、借入金が丙名義の口座に振り込まれていること、A銀行が丙に対して貸付金の返済を求めたことなどからすれば、本件借入契約は、形式上も実質上も、丙を債務者とする趣旨で締結されたものであると認めるのが相当というべきである。

そして、本件借入変更契約は、上記のように、A銀行が丙に対し本件借入契約の債務者として貸付金の返済を求める経過の中で、両者間で締結されたものであること、A銀行は借入名義人を丁に変更することには応じなかったこと〔丁証言〕、本件借入変更契約書上、丙が借主とされている一方で、丁の「債務」については何らの約定もされていないことからすれば、本件借入変更契約は、丙が、A銀行から本件借入契約上の債務者としての責任を追及され、自己の固有の債務を負担する趣旨で締結したものと認めるのが相当というべきである。

ウ この点について、原告らは、本件借入契約は、丁が契約書を偽造するなどして丙に無断で行ったもので、A銀行もこれを認識しており、丙は単に名目上の債務者とされたにすぎなかったとし、丙は本件借入変更契約によって自己の固有の債務を負担したのではなく、丁の債務を肩代わりする保証債務を負ったものであると主張する(前記第5、2(2)イ)。

確かに、本件借入契約の担保とされた本件X土地について、丁と丙との間に交換予約契約書が存在し、また、本件借入契約書に実際に署名押印したのは丁であるという事情が存在するが、本件借入変更契約が、丙のみを本件借入契約による借入金の返済の債務者とするものであって、丁の責任には何ら触れるところがない上、A銀行が丁に対して本件借入契約に基づく責任を追及したことも何ら窺われないところであり、その他A銀行において、本件借入契約について、実質的には丁に対する貸付けであり、丙は単なる名目上の債務者としたにすぎないものと認識していたことを窺わせるような事情は何ら認めることができない。したがってまた、本件借入変更契約によって、丙が、丁のA銀行に対する債務の存在を前提として、丁の当該債務について履行すべき責任を負ったものであると認めることはできないものというほかはない。

(2)  求償権行使の予期について

ア また、前記1の本件特例の趣旨からすれば、本件特例が適用されるためには、保証人において、将来の求償権の行使によって実質的な経済的負担を免れ得るとの予期の下に、保証契約関係に入ったことが必要であるというべきである。

イ これを本件についてみると、丁証言によれば、本件借入変更契約当時、丁には、A銀行に担保として供することができるような資産や、A銀行に対する返済に充てられるような継続的な十分な収入はなく、返済については「ラスベガスに行って一晩で何億を稼げばという、そんなことばかり考えてました」というのであり、その他、丁が相応の収入を得られる具体的な見込みがあったとは窺われないことからすれば、丙が、将来の求償権の行使によって実質的な経済的負担を免れ得るとの予期の下に、本件借入変更契約を締結したと認めることもできない。

(3)  小括

以上のことからすれば、本件A土地の売却による譲渡所得について、本件特例が適用されるものと認めることはできないというべきである。

3  平成9年にされた本件B土地の売却に係る本件特例の適用の有無について

(1)  丙が負担した債務の性質について

上記2(1)のとおり、本件特例が適用されるためには、法律上他人に帰属する債務について、これを履行すべき法律上の義務を負担したことが必要であり、自己の固有の債務の弁済のために資産を譲渡する場合には、その適用はないものというべきである。

そして、丙が本件B土地を売却することによって履行した債務は、丙とCとの間でされた本件和解によって丙が負担した債務である(前記第3、2(2)ア、イ、ウ)から、当該債務の性質について、上記の観点から検討することとする。

ア 本件和解に関する経緯について、前記第3、2(2)の事実に加え、下記の証拠によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 昭和63年12月28日付けで作成された本件請負契約書には、発注者が丙、請負者がC東京支店、工事場所が横浜市港南区の土地、工期が同日から昭和65年3月31日まで、請負代金の額が2億7000万円、その支払方法が建築確認提出時及び上棟時に各5400万円、完成引渡時に1億6200万円である旨が記載されている。本件請負契約書は、平成元年2月ころ作成されたもので、発注者としての丙の記名の右横の丙なる印影は、丁ないしE社の従業員がした押印によるものである。

その後、平成2年2月1日及び平成3年8月12日、本件請負契約に基づく請負代金として、各5400万円が、小切手により丙名義でCに対して支払われた。〔甲11、19、22、30号証、乙5、6号証、丁証言〕

(イ) 丙とE社は、平成2年11月27日付けで、本件コンサルタント契約書を作成した。本件コンサルタント契約書には、依頼人が丙、受託人がE社、物件が横浜市港南区の土地、計画が共同住宅新築工事、コンサルタント料が合計3億1300万円、その支払方法が契約時に2億円、完成時に1億1300万円である旨が記載されている。

そして、丙は、E社に対し、同月28日に2億円、平成3年8月31日に1億1300万円を、それぞれコンサルタント料名目で支払った。〔甲8ないし10号証〕

(ウ) Cは、平成5年8月26日、丙に対し、本件請負契約書に基づき、丙が請負工事代金のうち1億6495万円の支払をしていないとして、その支払を求める本件請負代金請求訴訟を提起した。同訴訟において、Cは、「主位的主張」として、本件請負契約は丙本人とCが締結したものであると主張し、「予備的主張」として、本件請負契約は丁又はE社の代理行為によるものであるとして、丙の代理権の授与、無権代理行為の追認及び表見代理責任を主張した。また、Cは、訴えの追加的変更として、E社の取締役でもあった丙に対し、本件請負契約の締結によって損害を受けたとして、商法266条の3の規定に基づく損害賠償請求を追加した。〔甲20ないし24号証〕

(エ) 上記訴訟において、平成9年3月18日、利害関係人としてG社及びE社が参加し、本件請負契約に基づく代金債務以外の債権債務関係の処理も含めて、訴訟上の和解(本件和解)が成立した。本件和解のうち、本件請負契約に基づく残代金請求に係る条項は、①丙は、Cに対し、和解金として1億6495万円の支払義務があることを認め、うち、7546万2000円を同年4月10日までに支払うこと、②丙が上記期限までに7546万2000円の支払をしたときは、Cは丙に対し、その余の債務を免除することなどを内容とするものであった。〔甲7号証〕

イ 以上のとおり、本件和解は、Cが丙を被告として主として請負残代金の支払を請求した訴訟において成立したものであることや、和解調書上、当該請負残代金請求について専ら丙が支払義務を負うものとされ、利害関係人として参加したE社その他の者の支払義務には触れられていないことからすれば、丙が、Cから自己の責任を追求され、自己の固有の債務を負担する趣旨で合意して成立したものと認めるのが相当というべきである。

ウ この点について、原告らは、本件請負契約は丁が丙に無断で締結したものであるとし、本件和解による債務は、本来、Cに対する債務を負担していない丙が、E社の請負残代金債務を肩代わりしたことによる保証債務であると主張する(前記第5、2(3)イ)。

確かに、本件請負契約書上の丙の印影は丙の押印によるものでないことや、丙が本件請負契約とは別にE社にコンサルタント料名目で金銭を支払っていたことが認められるところである。しかし、本件請負代金請求訴訟において、Cは主として丙の注文者としての責任を追及していたことや、本件和解にE社も利害関係人として参加していながら、本件請負残代金に関するE社の責任について何らの条項も設けられていないことからすれば、本件和解によって、丙が、E社のCに対する本件請負残代金債務の存在を前提として、E社の当該債務について履行すべき責任を負ったものであると認めることはできないものというほかはない。

(2)  求償権行使の予期について

ア また、前記2(2)のとおり、本件特例が適用されるためには、保証人において、将来の求償権の行使によって実質的な経済的負担を免れ得るとの予期の下に、保証契約関係に入ったことが必要であるというべきである。

イ これを本件についてみると、丙自身が、平成4年ころ、E社が倒産しそうだという話を聞いてその役員を辞めていること〔甲17号証〕、丁が、本件請負代金請求訴訟において、現在、E社には支払能力がない旨を証言していること〔甲19号証〕、また、本件訴訟での丁証言によっても、本件和解当時、E社に本件和解によって丙が負担した債務相当額を弁済する資力やその見込みがあったものとは窺われないことからすれば、丙が、将来の求償権の行使によって実質的な経済的負担を免れ得るとの予期の下に、本件和解に合意したと認めることもできない。

(3)  小括

以上のことからすれば、本件B土地の売却による譲渡所得について、本件特例が適用されるものと認めることはできないというべきである。

4  平成9年にされた本件C土地の売却に係る本件特例の適用の有無について

本件C土地の売却による譲渡所得についても、本件特例が適用されるものと認めることはできないことは上記3の説示より明らかであるが、本件C土地の売却は平成9年8月1日にされているところ、丙の本件和解金支払義務の履行は既に同年3月28日にされているのであるから、本件C土地の売却代金が本件和解金の支払義務の履行に充てられたということ自体があり得ないことであるから、この点のみをもっても、本件C土地の売却による譲渡所得について本件特例が適用される余地がないことは明らかである。

5  通達との整合性等について

(1)  原告らは、本件個別通達や所得税基本通達64-4の規定に照らせば、本件には本件特例が適用されるべきであると主張する(前記第5、2(5))。

ア しかし、本件個別通達は、農業協同組合のように、貸付けの相手方が法律上その構成員に限定されている場合に、非構成員に対する貸付けを実質的に実現するため、構成員が名目上の借主となる場合においては、債権者及び当該構成員の実質的意思からすれば、当該構成員は実質上の主債務者である非構成員の債務の保証をしたものと評価し得ることから、本件特例の趣旨に照らして、その適用を認めようとするものである。

これに対し、本件においては、債権者がA銀行及びCであって、その取引の相手方に法律上何ら限定がされているわけではないから、そもそも、本件個別通達の適用の前提を欠いているというほかはない。

イ また、所得税基本通達64-4は、形式上は民法446条又は454条の保証債務に該当しない場合であっても、債務の性質上、民法上の保証債務と同様の利益状況にあると認められる場合についても本件特例があることを明らかにし、その例を掲げたものである。

そして、原告らが本件事案が該当すると主張する所得税基本通達64-4(6)は、あくまで他人の債務の存在を前提とするものであって、他人の債務の存在を前提に当該債務について履行すべき責任を負ったものであると認めることができない本件においては、本件特例の適用は認められないものというほかない。

(2)  原告らの主張は、結局、丙が、資産を譲渡する原因となった債務について、当該債務に対応した経済的利益を現実に得ていないことを強調するものということができるが、仮にその主張のような事情があったとしても、そのような事情は、当該資産の譲渡による所得に対する課税の可否と論理的に結びつくものではなく、実現した所得についていかなる場合に課税上の救済を与えるかという政策的観点から考慮されるべき事柄であって、法律上規定された場合に該当しない以上、当該資産の譲渡による所得に課税されるのはやむを得ないことというべきである。

6  本件各更正処分の適法性

以上のとおり、本件A土地、本件B土地及び本件C土地の売却について本件特例は適用されず、その各代金全額が譲渡所得となるところ、これを前提とした丙の本件係争各年分の所得税に係る総所得金額及び長期譲渡所得金額(分離課税分)並びに納付すべき税額は、前記第4、1の被告の主張のとおりと認められ、これらは本件各更正処分における各金額と同額かこれを上回るから、本件各更正処分はいずれも適法である。

第7  結論

以上のとおりであって、原告らの本件請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 貝阿彌亮)

別表1 本件課税処分等の経緯

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別表2 分離課税の長期譲渡所得金額の計算(平成7年分)

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別表3 分離課税の長期譲渡所得金額の計算(平成9年分)

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別表4 納付すべき税額の計算

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