横浜地方裁判所 平成13年(行ウ)5号 判決 2002年4月17日
原告
甲
被告
国税不服審判所長
成田喜達
同指定代理人
岡本亀喜
同
清水守
被告
川崎北税務署長
佐藤紀也
同指定代理人
山本雅一
同
志村一夫
被告ら両名指定代理人
早川治
同
池上照代
同
渡部美和子
主文
1 原告の被告川崎北税務署長に対する訴えをいずれも却下する。
2 原告の被告国税不服審判所長に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告川崎北税務署長(以下「被告税務署長」という。)が平成12年3月10日付けでした原告の平成8年分以降の所得税の青色申告の承認取消処分、平成8年分、平成9年分及び平成10年分の所得税の各更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下、まとめて「本件原処分」という。)をいずれも取り消す。
(2) 本件原処分に対する原告の異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)について被告税務署長が平成12年7月7日付けでした却下決定(以下「本件異議決定」という。)を取り消す。
(3) 本件原処分に対する原告の審査請求(以下「本件審査請求」という。)について被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)が平成12年10月17日付けでした却下裁決(以下「本件裁決」という。)を取り消す。
(4) 訴訟費用は被告らの負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 被告税務署長
ア 原告の被告税務署長に対する訴えをいずれも却下する。
イ 訴訟費用のうち原告と被告税務署長との間に生じたものについては原告の負担とする。
(2) 被告審判所長
ア 原告の被告審判所長に対する請求を棄却する。
イ 訴訟費用のうち原告と被告審判所長との間に生じたものについては原告の負担とする。
第2事案の概要
本件は、所得税の青色申告承認の取消し並びに更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けた原告が、これを不服として被告税務署長に対し異議申立てをしたところ、却下決定がされたため、被告審判所長に対し審査請求をしたが、却下裁決がされたので、原処分、異議決定及び裁決の各取消しを求めた事案である。
第3前提事実(概要は争いがなく、内容の詳細に関する事実は末尾に記載の書証により認められる。また、それらの書証の成立は弁論の全趣旨により認められる。)
1 本件原処分
(1) 青色申告承認取消処分
被告税務署長は、原告の青色申告に係る帳簿書類の備え付け、記録又は保存が所得税法148条1項に従って行われていないとして、平成12年3月10日付けをもって、同法150条1項1号により原告の平成8年分以降の青色申告の承認を取り消した(甲4)。
(2) 各更正及び過少申告加算税の賦課決定
被告税務署長は、(1)と同日付けをもって、原告の平成8年分の所得税につき納付すべき税額307万2300円、過少申告加算税43万5500円、平成9年分の所得税につき納付すべき税額329万2000円、過少申告加算税46万8500円、平成10年分の所得税につき納付すべき税額273万0200円、過少申告加算税38万4500円とする各更正及び加算税賦課決定をした(甲5から7)。
2 本件異議決定
(1) 異議申立て
原告は、平成12年5月11日、本件原処分を不服として、被告税務署長に対し、本件異議申立てをした。
(2) 本件異議決定
被告税務署長は、平成12年7月7日付けをもって、本件異議申立てをいずれも却下するとの本件異議決定をした。
その理由は、本件原処分の通知書(以下「本件通知書」という。)は同年3月10日に原告に送達されており、本件原処分に対する不服申立期間は同年5月10日までであったのに、本件異議申立ては同月11日にされており、原告が不服申立期間内に異議申立てをしなかったことにつき、天災その他やむを得ない理由があったと認めることはできないので、本件異議申立ては、国税通則法(以下「法」という。)77条1項に規定する不服申立期間を経過した不適法な異議申立てであるというものであった。((1)(2)全体について甲8から10、12、13)
3 本件裁決
(1) 本件審査請求
原告は、平成12年8月8日、本件原処分について、被告審判所長に対し、本件審査請求をした。
(2) 本件裁決
被告審判所長は、同年10月17日、本件異議決定と同じ理由で本件審査請求をいずれも却下するとの本件裁決をした。((1)(2)全体について甲14、15)
4 本件訴訟の提起
原告は、平成13年1月18日、本件訴訟を提起した。
第4争点及び争点に関する双方の主張
1 本件原処分の取消しを求める訴えの適否(本案前の争点)
(1) 被告税務署長の主張
ア 審査請求を前置していないこと
国税に関する法律に基づく処分で不服申立てをすることができるものの取消しを求める訴えは、法115条1項により、審査請求を経なければならない。
前記第3の前提事実の2(2)の本件異議決定の却下理由のとおり、本件異議申立ては不服申立期間を徒過した不適法なものである。そのため本件審査請求も不適法であるとして却下されている。
したがって、本件原処分の取消しを求める訴えは、審査請求前置の要件を欠いており、不適法である。
イ 送達の日時・場所及び適法性
原告は、本件通知書の送達の日時・場所及び適法性につき争うところ、国税に関する法律の規定に基づいて課税庁が発する書類の送達方法は、交付送達が原則であるが、送達を受けるべき者等が不在の場合は差置送達によることができる(法12条1、4、5項)。
本件においては、川崎北税務署所部係官の乙(以下「乙」という。)及び丙(以下「丙」という。)が、平成12年3月10日に原告の住所である神奈川県川崎市中原区小杉陣屋①(以下「①の住所」という。)に本件通知書を持参し、同室の呼び鈴を数回鳴らしたが何ら反応はなく不在であると判断されたため、同日午後2時50分、本件通知書を同室の玄関ドアの郵便受けに投函して差置送達(以下「本件送達」という。)をした。
したがって、本件送達は同日に適法に行われている。
(2) 原告の主張
被告税務署長は、本件通知書が原告に送達されたのは平成12年3月10日であると主張するが、同日に本件送達がされたという客観的根拠はない。被告らが提出する「送達記録書」(乙2、丙1。以下「本件送達記録書」という。)はいずれも偽造あるいは捏造されたものである。また、本件送達記録書には送達を受ける者である原告の署名又は押印がない。
実際に原告が本件通知書を受領したのは同月12日正午ころであり、その場所は①の住所ではなく、神奈川県川崎市中原区小杉陣屋②(以下「②の住所」という。)であった。
したがって、本件通知書が原告に送達されたのが同月10日であることを前提とする被告税務署長の主張は失当である。
2 本件異議決定の取消しを求める訴えの適否(本案前の争点)
(1) 被告税務署長の主張
取消訴訟は、処分又は裁決があったことを知った日から3か月以内に提起しなければならず(行政事件訴訟法14条1項)、課税処分についての異議決定に対する出訴期間も異議決定があったことを知った日から3か月以内に提起しなければならない。
本件異議決定は、平成12年7月8日に原告に送達されており、原告は同日に本件異議決定があったことを知ったといえるところ、本件異議決定の取消しを求める訴えは、それから6か月以上経過した平成13年1月18日に提起されているから、出訴期間経過後に提起された訴えとして不適法である。
(2) 原告の主張
争う。
3 本件原処分の違法性の有無(本案の争点)
(1) 原告の主張
川崎北税務署個人課税課職員の丁(以下「丁」という。)は、平成11年1月26日、原告が当時自宅として使用していた②の住所を訪れ、原告に対し、同年3月5日午後2時に平成6年分から平成10年分までの帳簿を同税務署に持参してほしいと述べた。また、同税務署職員戊(以下「戊」という。)は、「7.未分割の相続財産から生ずる不動産所得の帰属者等」と題する書面(甲17。以下「本件書面」という。)を原告に手渡した。本件書面には「(答)未分割の相続財産であるアパートから生ずる不動産所得は、分割が行われるまでは相続人の法定相続分に応じて申告します」と記載されていた。
そこで、原告は、平成8年度分と平成9年度分の帳簿を持参して、同日午後2時に同税務署を訪れ、丁と会い、丁に原告が持参した帳簿を複写させた。また、原告は、戊に対し、本件書面に記載されている内容の根拠は所得税法の何条かと尋ねたところ、戊は所得税法には規定されていないと述べ、約30分の質疑応答の後、戊はどうでもよいと述べた。戊のこのような対応は違法である。
原告は、所得税法及びその他の関係諸法を検討したところ、本件書面の記載は所得税法にはなく、相続税法に規定されていた。しかし、相続税法の規定により所得税を賦課するのは違法である。
以上より、本件原処分は違法である。
(2) 被告税務署長の主張
争う。
4 本件異議決定の違法性の有無(本案の争点)
(1) 原告の主張
原告は、平成12年5月、被告税務署長に対し、「異議申立書」(甲8)、「(続)異議申立書」(甲9)及び「(続)異議申立書(督促状)」(甲10)により、本件書面に記載されている事項について所得税法上の根拠を書面で示すよう求め、さらに同年6月22日にも税務署を訪れて本件書面の記載内容についての法的根拠を示すよう求めた。にもかかわらず、被告税務署長は、その根拠を示すことを拒否したまま、本件異議決定をしたので、本件異議決定は違法である。
(2) 被告税務署長の主張
争う。
5 本件裁決の違法性の有無(本案の争点)
(1) 原告の主張
前記1(2)で述べたとおり、本件通知書は、平成12年3月12日に②の住所において送達されたから、本件異議申立ては、不服申立期間内にされたものであり適法である。
したがって、本件異議申立てが不適法なものであることを前提として、本件審査請求を却下した本件裁決は違法である。
(2) 被告審判所長の主張
税務署長の処分に対する不服申立ては、青色申告に係る更正等の場合を除き、まず処分庁に対する異議申立てをもってしなければならず(法75条3項)、しかも異議申立ては、処分のあったことを知った日の翌日から起算して2か月以内にされなければならない(法77条1項)。
しかし、本件異議申立ては、不服申立期間が経過した後である平成12年5月11日に申し立てられており、法77条3項のやむを得ない理由も存在しないので、不服申立期間を経過した後にされた不適法なものである。
したがって、本件審査請求につき、適法な異議申立てを経ないでした審査請求であり、不適法であるとして却下した本件裁決は適法であり、原告の被告審判所長に対する請求は理由がない。
第5争点に対する判断(証拠により事実を直接認定する場合には、原則として事実を先に記載し、その後に当該証拠を記載する。一度説示した事実は原則としてその旨を断らない。
認定に用いた書証の成立は、特に記載のない限り弁論の全趣旨により認められる。証拠の記載方法として、証人乙の証人調書は「証人乙」のように、原告本人尋問調書1頁は「原告1」のようにそれぞれ表す。)
1 本件原処分の取消しを求める訴えの適否(争点1)について
(1) 不服申立ての前置
ア 不服申立て前置の規定
国税に関する法律に基づく処分で不服申立てをすることができるものの取消しを求める訴えは、異議申立てについての決定あるいは審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起することができない(法115条1項)。
そして、異議申立て又は審査請求のいずれか一方だけをすることができる処分の場合は、それぞれの決定又は裁決を経た後でなければ出訴することはできないが、まず異議申立てを行い、ついで審査請求を経なければならない処分の場合は、異議決定及び裁決を経なければならない。
イ 不服申立て前置の趣旨
このような制度が採用されているのは、国税の賦課に関する処分が大量かつ回帰的で複雑かつ専門的であることから、まず、事実関係の究明に便利な地位にある原処分庁あるいはその後の審査裁決庁に対する不服申立手続によって再審査の機会を与え、簡易かつ迅速な救済を可能としつつ、その結果なお原処分に不服がある場合に限り訴訟提起を認めることが過剰な数の訴訟が提起されることを防止し、税務行政の統一的運用にも資する点で合理的といえるからである(最高裁昭和49年7月19日第二小法廷判決・民集28巻5号759頁参照)。
したがって、不服申立て前置の規定は、取消訴訟提起の前提として、形式的に審査請求等を行っていればよいというものではなく、原処分庁あるいは審査裁決庁における実質的な再審査を経ることを要求していると解されるのであり、異議申立てや審査請求が不服申立期間徒過等により不適法であった場合には、不服申立て前置の要件は満たしているとはいえない。反対に、異議申立てや審査請求が不適法なものであるとして却下された場合でも、その却下決定や却下裁決が違法である場合には不服申立て前置の要件は満たされており、原処分の取消訴訟も適法であると解される(最高裁昭和30年1月28日第二小法廷判決・民集9巻1号60頁、最高裁昭和36年7月21日第二小法廷判決・民集15巻7号1966頁参照)。
ウ 本件における不服申立て前置の内容
本件の場合は、本件原処分の取消しを求める訴えを提起する前提として、異議申立て及び審査請求の双方を経ることが必要である(法75条1項1号、115条1項)。
(2) 不服申立期間
ア 不服申立期間の規定
不服申立ては、一定の期間内に行わなければならず、同期間を徒過するともはや不服申立てをすることはできないこととされている。
すなわち所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定のように異議申立てと審査請求の不服申立てができる処分の場合は、天災その他のやむを得ない理由があるときを除いて、異議申立ては、「処分があったことを知った日(処分に係る通知を受けた日)」の翌日から2か月以内にしなければならず、審査請求は、異議決定書の謄本の送達があった日の翌日から1か月以内にしなければならない(法75条1項、3項、77条1から3項)。
イ 「処分に係る通知を受けた」の意義
不服申立期間の制約は、権利の救済と行政処分の早期安定の調和を図るために設けられたものであるところ、この趣旨からすれば、処分に係る通知が社会通念上了知できると認められる客観的状態におかれれば、「処分に係る通知を受けた」といえると解される。
ウ 送達の効力発生の時期
国税に関する法律の規定に基づいて税務署長などが発する書類は、書類の送達を受けるべき者等が送達すべき場所にいない場合は差置送達をすることができる(法12条5項2号)。
租税の賦課徴収に関する処分が大量かつ反復して行われることから、簡易迅速にその処分の内容を記載した書類を送達して処分の効力を生じさせる必要があり、そうすれば、除斥期間(法70条、71条)の経過や消滅時効の成立(法72条)により、意図的又は偶然にその居宅に不在である納税者が納税義務や租税の徴収を免れて、租税の賦課徴収の公平が害されることを防止することができる。
したがって、送達の効力は、送達を受けるべき者が送達書類を現実に受領したかどうかにかかわりなく、送達が適法に行われたとき、すなわち受送達者が書類を客観的に了知し得る状態におかれたときに発生するというべきである。
(3) 本件送達の日時・場所
ア 証拠(検証の結果、乙2から5、丙1、証人乙)によれば次の事実が認められる。
(ア) 送達の指示
管理徴収部門の係官丙は上司であったA統括国税徴収官から、個人課税部門調査官乙は上司であったB統括国税調査官から、平成12年3月3日ころ、それぞれ原告に対する本件通知書を含む約7人の納税者に対する所得税通知書などを同月10日に送達するように指示された。
(イ) 送達の開始
乙は、地図を作成して効率的に回る順番を考え、丙と共に、平成12年3月10日午前8時30分に川崎北税務署を出発し、神奈川県川崎市中原区及び宮前区付近で順次送達を行った。
(ウ) 原告の不在
乙と丙(以下「乙ら」ということがある。)は、午後2時47分ころ、①の住所の原告宅を訪れ、ドアの右上にある表札に「301」と記載され、薄く「甲」と書かれていたことから原告の家であると確認した。丙が、呼び鈴を数回鳴らし、玄関ドアをノックして「甲さん」と声をかけたが反応はなかったので、乙らは、原告本人その他書類の送達についてわきまえのある者は不在であると判断した。
(エ) 投函
丙は、午後2時50分、①の住所の玄関ドアの郵便受けに本件通知書を投函し、乙は、その投函の状況を持参したカメラで撮影した。
本件通知書が入れられていた封筒は交付送達を行うときに使用している乙8の形状のものであり、通常は不在者の連絡票等を入れるのに使用している乙9の形状のものではなかった。
乙らが当日行った送達7件のうち1件を除いてはすべて不在であり、乙らは同様に投函した。
(オ) 本件送達記録書の作成
乙は、川崎北税務署に戻ってから、本件通知書を差置送達した旨の本件送達記録書を作成し、丙は、送達担当者として本件送達記録書の担当者欄に署名押印した。
本件送達記録書は、乙らが送達のために税務署を出る前の段階で、送達を受けるべき者の住所、氏名、書類等についてワープロで記入されており、受送達者に会えた場合は、「受取人署名押印」欄に受取人に署名押印をしてもらうが、本件の場合は、原告宅は不在であったことから、同欄には何も記入されていない。
イ アの認定事実によれば、乙らは、平成12年3月10日午後2時50分ころ、原告の①の住所に赴き、原告及び同居の家人が不在であったため、同宅の郵便受けに本件通知書の入った封筒を投函した事実が疑う余地なく認められる。
ウ ところで、国税に関する法律の規定に基づいて税務署長が発する書類は、送達を受けるべき者の住所又は居所に送達することとされている(法12条1項本文)ところ、原告の住民票上の住所は、平成5年5月18日に①の住所から②の住所に移転し、平成11年9月7日に再び①の住所に移転している。そして、原告、原告の妻、原告の娘は現在①の住所に居住している(乙7、原告本人1から4、15、16)。
したがって、乙らがアのとおり、原告の①の住所に送達しようとしたところ、原告が不在であったから、本件通知書を郵便受けに投函したことは、法12条5項2号に定める差置送達に該当し、本件通知書はこのときにこの場所で有効に送達されたというべきである。
(4) 原告の主張について
ア 本件送達記録書に関する主張について
原告は、平成12年3月10日に送達がされたという客観的根拠はなく、本件送達記録書は受送達者である原告の署名又は押印がなく、偽造あるいは捏造されたものであると主張する。
しかし、前記(3)で認定したとおり、本件通知書は、平成12年3月10日に送達されたと認められ、検証の結果、乙が送達時の様子を撮影した写真(乙4)も、そのネガについて変造、捏造されたことを窺わせる形跡はないし、本件送達記録書についても、変造、捏造を疑うべき事情は認められない。なお、本件送達記録書には原告の署名押印がないが、本件通知書は原告不在のため差置送達されているので、原告の署名押印がないのは当然のことであって、このことが違法であるとか、本件送達記録書が捏造されたことの根拠となるものではない。
イ 送達日時・場所の主張について
原告は、本件通知書を受領したのは同月12日正午ころであり、その場所は①の住所ではなく、②の住所であったと主張し、本人尋問においてもこれに沿う供述をする(原告本人6、7)。
しかし、前記(3)で説示したとおり、本件通知書は、原告の住所又は居所に送達することとされているので、川崎北税務署職員が原告の①の住所に送達するのは相当である。そして、乙は、原告が①の住所の他に事業所を有しているとは聞いていたものの、その具体的場所については承知しておらず、②の住所も知らなかったのであるから(証人乙)、前記(3)で認定したとおり、本件通知書は①の住所に送達されたものと認められるのである。原告の主張は失当である。
ウ 丁が送達したのではないかとの主張について
原告は、平成3年ころから郵便物については①の住所に宛てたものもすべて②の住所に届けるよう郵便局に届出をしており、公共料金の領収書も②の住所に入れるよう伝えてあり、税務署関係の書類についても、丁は②の住所に届けており、本件通知書が入っていた封筒も丁が使用していたものと同じであると供述する(原告本人3、4、14、16から18、21から23)。
確かに、丁は、平成11年2月、個人課税部門の係官として、原告の平成8年分から平成10年分の所得税の税務調査を担当し、平成5年3月に死亡している原告の母Cに係る申告書を原告が相続財産が未分割であるとの理由で平成10年分まで作成して提出していたことについて、原告に、未分割財産は法定相続分に応じて申告が必要であると説明したことがある。丁は、この件に関して原告と会うため、①の住所や②の住所を訪れたが、原告に会うことはできず、原告の妻に甲2及び甲3の封筒を使用して連絡票を渡したことがあった。当時、原告の納税地は①の住所であったが、丁は、②の住所で原告と会ったこともあったが、原告の妻が、平成11年の年末に、連絡票は①の住所に差し置いて欲しいと述べたので、丁は、平成12年度以降は、原告に対する連絡票は①の住所に置くようになり、②の住所には置いたことはなかった。丁は、本件通知書を作成したが、本件通知書の封入や送達には関わっていない。(乙6)
以上の事実が認められるものの、これらの事実によっても、前記認定のとおり、乙らが本件通知書を①の住所において送達したとの事実を覆すものではなく、他にその旨の証拠はない。
エ まとめ
このように、本件通知書が②の住所に送達されたと認めることはできず、①の住所に送達されたとの認定を覆すに足りる証拠はなく、②の住所に送達されたことを前提とする原告の主張及び供述は採用できないから、送達日が平成12年3月12日であるとの原告の主張も採用できない。
(5) 結論
以上より、本件通知書は、平成12年3月10日に原告の①の住所に適法に差置送達されたと認められ、この日をもって本件通知書が社会通念上了知できると認められる客観的状態におかれたといえるので、原告は同日に本件通知書に目を通したかどうかにかかわらず、同日に「処分に係る通知を受けた」こととなる。そうすると、原告が異議申立てをすることができるのは、その翌日である同月11日から起算して2か月の平成12年5月10日までであるところ、本件異議申立ては、同月11日に行われており、すべての証拠を総合しても天災その他やむを得ない理由があったと認めることはできないから、本件異議申立ては、不服申立期間を徒過して申し立てられた不適法なものである。
したがって、本件異議申立ては不適法であるとしてこれを却下した本件異議決定は適法であり、同様の理由で本件審査請求を却下した本件裁決も適法であり、本件原処分の取消しを求める訴えは、異議申立て及び審査請求の双方の段階で実質的な審査を経ていないので、審査請求を前置しないで提起された不適法な訴えである。
2 本件異議決定の取消しを求める訴えの適否(争点2)について
(1) 取消訴訟における出訴期間の制限
行政事件訴訟法14条1項は、「取消訴訟は、処分又は裁決があったことを知った日から三箇月以内に提起しなければならない。」と規定し、同条3項は、「取消訴訟は、処分又は裁決の日から一年を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りではない。」と規定している。
(2) 課税処分に対する異議申立てにつき税務署長がした決定に対する取消訴訟の出訴期間
「国税に関する法律に基づく処分で税務署長がした処分」に不服がある者は、その処分をした税務署長に対する異議申立て及び国税不服審判所長に対する審査請求等の不服申立てをすることができる(法75条1項1号、3項)が、異議申立てに対する決定自体は、「国税に関する法律に基づく処分で税務署長がした処分」には含まれないので(法76条1号)、異議決定自体について国税不服審判所長に対して審査請求等の不服申立てをすることはできない。
他方で、課税処分に対する異議申立てについて税務署長がした異議決定も、行政事件訴訟法上の「裁決」に該当し、「裁決取消しの訴え」(同法3条3項)として、訴訟で取消しを求めることができる(最高裁昭和49年7月19日第二小法廷判決・民集28巻5号759頁参照)。
したがって、異議決定に対する取消訴訟は、「裁決取消しの訴え」に該当し、前記(1)で述べたとおり、行政事件訴訟法14条1項により、「裁決」があったことを知った日すなわち当該異議決定があったことを知った日から3か月以内に提起しなければならない(最高裁昭和51年5月6日第一小法廷判決・民集30巻4号541頁参照)。
(3) 本件の場合
本件においては、証拠(乙1)によれば、本件異議決定は平成12年7月8日に原告に送達されたことが認められ、原告は同日に本件異議決定があったことを知ったといえるのであり、これを覆すに足りる証拠はない。そして、本件異議決定の取消訴訟は、同日から3か月以内に提起しなければならないところ、原告が本件訴訟を提起したのは、平成13年1月18日である。
したがって、本件異議決定の取消しを求める訴えは、出訴期間が経過した後に提起されたものであり、不適法である。
3 本件裁決の違法性の有無(争点5・本案の争点)について
(1) 本件異議申立ての不適法と本件裁決の当否前記1で述べたとおり、本件異議申立ては、不服申立期間を徒過して申し立てられた不適法なものである。
(2) 結論
したがって、本件審査請求は、適法な異議申立てを経ないでされた不適法なものであるからこれを却下した本件裁決は正当であり、原告の被告審判所長に対する請求は理由がない。
第6結論
以上の次第で、原告の被告税務署長に対する訴えはいずれも不適法であるから却下することとし、原告の被告審判所長に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 窪木稔 裁判官 村上誠子)