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横浜地方裁判所 平成13年(行ウ)67号 判決 2005年7月06日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  被告が平成12年11月21日付け納入告知書をもってした原告に対する特別掛金8711万3646円の賦課処分が無効であることを確認する。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2事案の骨子

本件は,厚生年金保険法に基づく厚生年金基金である被告から原告を事業主とする設立事業所が脱退した際に,被告において,その規約に基づき,原告に対し,被告の積立金の不足分のうち同事業所に係る部分を特別掛金として一括して徴収することとし,平成12年11月21日付け納入告知書をもって納入の告知をしたところ,原告が,このような設立事業所の脱退に係る特別掛金の一括徴収は当時の厚生年金保険法の規定に反するなど,上記の特別掛金に係る納入の告知には明白かつ重大な瑕疵があると主張して,その無効の確認を求めた事案である。

第3基礎となる事実

(以下の事実は,当事者間に争いがない事実であるか,記載した証拠ないし弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)

1  当事者について

(1)  被告は,昭和43年10月1日,厚生年金保険法111条1項の規定に基づく厚生大臣の認可を受けて設立された同法第9章第1節に規定する厚生年金基金(以下「基金」という。)であり,神奈川県に所在する一般乗用旅客自動車運送事業を主たる業とする事業所及び当該事業所の事業主又は従業員を主たる構成員とする団体の事務所を,その設立事業所(基金が設立された適用事業所をいう。以下同じ。)としている〔甲1号証,弁論の全趣旨〕。

(2)  原告は,昭和31年11月15日に設立された一般乗用自動車運送事業等を業とする株式会社であるが,平成12年11月9日,株主総会の決議により解散し,現在その清算の手続中である。

原告を事業主とする事業所(以下「原告事業所」という。)は,被告の設立事業所であったが,平成12年11月8日,被告から脱退した。

〔弁論の全趣旨〕

2  設立事業所の脱退に係る特別掛金に関する法令等の定めについて

(1)  被告が原告に対して前記第2の脱退に係る特別掛金の納入の告知をした平成12年11月当時,基金から設立事業所が脱退する場合に,基金において,当該事業所の事業主等から基金の積立金の不足に係る掛金を徴収することができることを明示的に定めた法令上の規定は,存在しなかった。

もっとも,厚生省においては,平成8年6月27日付けで,「厚生年金基金における事業運営基準の取り扱いについて等の一部改正について」(企国発第35号,年数発第8号,厚生省年金局企業年金国民年金基金課長・厚生省年金局数理課長通知。以下「平成8年通知」という。)を発出して,「厚生年金基金の設立要件について」(平成元年3月29日付け企年発第23号,年数発第4号,厚生省年金局企業年金課長・厚生省年金局数理課長通知。以下「平成元年通知」という。)を改正し,「複数の企業が集まって設立する基金にあっては,事業所が基金から任意脱退する時点において次の(1)~(4)のいずれかに該当すると見込まれるような場合には,設立事業所間の公平を図るため当該事業所が負担すべきと考えられる額を算定し,その負担すべきと考えられる額を当該事業所から特別掛金として徴収することを規約に定めること。 (1)過去勤務債務が未償却となっている場合 (2)繰越不足金が計上されている場合 (3)基金の保有する固定資産の時価評価額が財政運営上の評価額を下回っている場合 (4)前記(1)~(3)に掲げる場合のほか,当該事業所の脱退により財政運営上の不足金が発生する場合」とし,特別掛金の徴収について規約に定めるように基金に対する指導をしてきた〔乙2,5号証〕。

(2)  その後,平成13年法律第50号による厚生年金保険法の改正により(以下,特に断らない限り,厚生年金保険法というときは上記法律による改正前のものをいう。),基金の設立事業所が減少する場合において,当該減少に伴い他の設立事業所に係る掛金が増加することとなるときは,当該基金は,当該増加する額に相当する・・・※額を,当該減少に係る設立事業所の事業主から掛金として一括して徴収するものとする旨の規定が設けられた(同法138条5項)。

3  設立事業所の脱退に係る特別掛金に関する被告の規約の変更について

被告は,厚生年金保険法115条1項の規約として,神奈川県乗用自動車厚生年金基金規約(以下「被告規約」という。)を定めているところ,被告規約は,平成7年5月25日,代議員会(同法117条1項)の決議をもって変更され,附則(特に断らない限り,昭和57年4月1日に施行されたものをいう。)中に新たに以下のとおりの規定が設けられた。

「第13条 この基金は,設立事業所から脱退の申出又は営業譲渡の報告があったときは,当該脱退又は営業譲渡により生ずると見込まれる当該事業所に係る次の各号に掲げる債務及び不足金を算出し,当該事業所の脱退日の属する月の前月末日又は営業譲渡により生ずる加入員の資格喪失日(以下「営業譲渡日」という。)の属する月の翌月末日までに,特別掛金として納入の告知を行わなければならない。

(1)  前条に定める未償却過去勤務債務

(2)  直前決算時における繰越不足金及び移行調整金残高

(3)  加入員脱退に伴う脱退差損

(4)  掛金率の段階適用に伴う不足金

2  脱退事業所等の事業主は,前項の規定により納入告知された特別掛金について,脱退日の前日又は営業譲渡日の属する月の翌月末日までに,この基金に納付しなければならない。

第14条 前条各号に定める特別掛金の額は,次の各号に掲げる額とする。(ただし,規定の一部を抜粋したもの)

(1)  前条第1項第1号に定める債務

脱退日又は営業譲渡日の属する月の前月の加入員の標準給与月額に1000分の7を乗じた額に,直前決算期における給与現価率を乗じて得た額

(2)  前条第1項第2号に定める不足金

脱退日又は営業譲渡日の属する月の決算時(脱退日又は営業譲渡日の属する月が1月から9月までのときは前年3月末日,10月から12月までのときは当年3月末日)における繰越不足金額及び移行調整金残高に,脱退日又は営業譲渡日の属する月の直前の決算時における,この基金の標準給与月額の総額に対する脱退事業所等の加入員に係る標準給与月額の割合を乗じて得た額

(3)  前条第1項第3号に定める差損

事業所の脱退又は営業譲渡によって発生する脱退一時金,移換金額及び加入員期間10年以上の者に係る第1種退職年金及び第2種退職年金の給与現価額から当該脱退又は営業譲渡によって資格を喪失する加入員に係る基金令第39条の2第3項に定める責任準備金額を控除した額。なお,この額が負となるときは,これを0とする。

(4)  前条第1項第4号に定める不足金

直前の決算月の翌月から脱退日又は営業譲渡日の属する月の前月までの期間について,第76条に定める換金率を適用して納付したとした場合の脱退事業所等に係る普通掛金の額から,当該脱退事業所等がこの基金に納付した普通掛金の額を控除した額」〔甲1号証〕

4  原告に対する特別掛金の納入の告知について

(1)  被告は,原告事業所の脱退に伴い,被告規約附則13条に基づき,平成12年11月21日付け納入告知書をもって,原告に対し,算出された特別掛金合計8711万3646円(以下「本件特別掛金」という。)の納入を告知した(以下「本件納入告知処分」という。)。

本件特別掛金の額は,未償却過去勤務債務1200万7522円,直前決算時における繰越不足金及び移行調整金残高2880万7126円並びに脱退に伴う脱退差損4629万8998円の合計額である(掛金率の段階適用に伴う不足金は,0円である。)。〔甲2号証〕

(2)  原告は,現在に至るまで,本件特別掛金を納入していない〔弁論の全趣旨〕。

5  本件訴訟の提起に至る経緯

(1)  被告は,平成13年3月19日,厚生年金保険法141条3項の規定に基づき,厚生労働大臣から,本件特別掛金について,国税滞納処分の例による処分の認可を受けた。また,被告は,同年8月10日,本件特別掛金等の債務の存在を理由として,原告について破産の申立てをした。

(2)  そこで,原告は,平成13年12月5日,本件納入告知処分(原告のいうところの本件特別掛金の賦課処分)の無効の確認を求めて,本件訴訟を提起した。なお,上記破産の申立ては,その後却下された。 〔弁論の全趣旨〕

第4争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点

本件の争点は,被告が原告に対してした本件納入告知処分,すなわち,原告事業所が被告から脱退するに際し,被告の積立金の不足分のうち原告事業所に係る部分をその事業主である原告から特別掛金として一括して徴収する旨の納入告知が,処分当時の法令の規定に反するなど,重大かつ明白な瑕疵を有するものとして,無効であるかどうかである。

2  当事者の主張

《原告の主張》

(1) 厚生年金保険法の規定について

本件納入告知処分がされた平成12年11月当時,厚生年金保険法は,設立事業所の脱退に係る特別掛金の徴収について,根拠規定を設けていなかった。

その後,基金の設立事業所が減少する場合に受給権の確保を図る観点から,また,平成13年に新たに制定された確定給付企業年金法(平成13年法律第50号)において,実施事業所が減少する場合及び確定給付企業年金が終了する場合の掛金の一括拠出に関する規定が設けられたことに対応して(同法78条,87条),確定給付企業年金法の附則の形で,厚生年金保険法の改正(平成14年4月1日施行)が行われ,改正後の同法138条5項及び139条3項に基づき,はじめて,基金の設立事業所が減少する場合において,基金が,当該減少に伴い増加する他の設立事業所に係る掛金に相当する額について,当該減少に係る設立事業所の事業主から,特別掛金として一括して徴収することができることとなったのである。

(2) 本件納入告知処分が法令の規定に反すること

本件納入告知処分当時,本件特別掛金のような設立事業所の脱退に係る特別掛金を徴収することができる法令上の根拠はなく,むしろ,このような掛金を賦課・徴収しようとする本件納入告知処分は,以下のとおり当時の厚生年金保険法の規定に反するものである。

ア 平成13年法律第50号による改正前の厚生年金保険法は,掛金は年金たる給付(以下「年金給付」という。)の額の計算の基礎となる各月につき徴収するものとしていたところ(同法138条2項),本件納入告知処分は,本件特別掛金を原告が一括して納付すべきとするものであるから,同法138条2項に反するものである。この点について,平成13年法律第50号による同法の改正において,同法138条2項に,「掛金(第5項及び第6項の規定により徴収する掛金を除く。)」と明記されたことからも,改正前の同項の掛金に設立事業所の脱退に係る特別掛金が含まれないことは明らかである。

そして,このような積立不足金の一括徴収は,毎月清算を定めた同法141条1項,83条にも反する。

イ また,納期前の繰上徴収について定めた厚生年金保険法141条1項,85条の規定は,納期が既に存在している保険料ないし掛金について適用されるものであるところ,本件特別掛金は,新たに設けられるとともに,その納期も新たに設定されたものであって,上記各規定にいう繰上徴収の対象とはならないから,これを賦課・徴収することは上記各規定にも反するものである。

ウ さらに,厚生年金保険法は,掛金の額は加入員の標準給与の額を標準として算定するものとしていた(同法138条3項)。しかし,本件特別掛金は,過去勤務債務についての償却費用にあてる掛金のほか,①繰越不足金,②移行調整金残高,③脱退差損及び④掛金率の段階適用に伴う不足金をも内容としているところ,①及び②の金額は,基金全体の額を基に脱退事業所の負担を決める上での按分計算のために加入員の標準給与月額を利用しているに過ぎず(被告規約附則14条2号),また,③及び④の金額は,加入員の標準給与月額と関係のない要素により導かれており,いずれも,加入員の標準給与月額とは無関係に算出されたものである。このような本件特別掛金を賦課・徴収することは,同法138条3項に反するものである。

エ 加えて,厚生年金保険法は,掛金は原則として事業主と加入員とがそれぞれ掛金の半額を負担することを定め,政令で定める範囲内において,規約で事業主の負担割合を増加することができるものとしていた(同法139条1項,2項)。そして,事業主に掛金の全額を負担させることを許容する政令は存在しなかったにもかかわらず,本件納入告知処分は,事業主たる原告に掛金の全額を負担させるもので,同法139条1項,2項に反するものである。この点について,平成13年法律第50号による厚生年金保険法の改正において,同法139条1項に,同法138条5項の規定により徴収する掛金が半額負担の原則の対象とならないことが明記されたことからも,改正前の厚生年金保険法の下において,本件納入告知処分のように事業主に掛金の全額を負担させることが許されないことは明らかである。

(3) 平成元年通知及び平成8年通知は本件納入告知処分の法的根拠とならないこと

平成元年通知は,基金の設立要件を定めたものであって,被告のように既に設立された基金に対して適用されるものではない。また,平成元年通知及び平成8年通知は,行政の取扱基準に過ぎないし,法令に反する内容のものでもあるから,法的効力を有するものではない。

したがって,上記各通知が本件納入告知処分の法的根拠となるものではない。

(4) 被告規約が本件納入告知処分の法的根拠とはならないこと

ア 被告規約附則13条及び14条は,設立事業所の脱退に係る特別掛金の徴収について規定するが,前記(2)の検討のとおり,本件納入告知処分当時,その特別掛金の内容は,法令の規定に反するものであった。このような法令の規定に反する規約は,法的効力を有するものではない。

イ また,被告の原始規約において,設立事業所の脱退に係る特別掛金の賦課・徴収は規定されていなかったところ,このような特別掛金の賦課・徴収の規定を設けることは,基金の構成員である原告の団体法上の基本的な権利義務の重大な変更に当たるから,原告の個別的な承諾を得る必要がある。そして,原告は,当該特別掛金の賦課・徴収を定める被告規約の変更について承諾していないから,原告にはその効力は及ばない。

ウ さらに,被告は,民法上の公益社団法人であって,厚生年金保険法に規定がない事項については,民法上の規定が適用される。そして,民法上の公益社団法人においては,その構成員が当該法人の債務について負担を負うことはなく,構成員の責任は有限責任と解されている。

したがって,被告の将来の給付債務の履行に必要な積立金が不足している場合にも,原則として構成員がこれを負担することはなく,例外的に構成員にこれを負担させることができるのは,法律に根拠がある場合か,構成員の個別的な承諾がある場合に限られ,本件がこの例外に該当しないことは前述のとおりである。

積立金の不足は基金の負担になるだけであり,将来の年金の給付が困難となれば,基金に残った事業主は,基金の解散,代行部分の返上,年金給付の減額等をすればよく,脱退事業主がこれを負担する法的義務はないのである。

エ 以上のとおりであるから,被告規約附則13条及び14条の規定は,本件納入告知処分の法的根拠となるものではない。

(5) 結論

以上のとおり,本件特別掛金を原告から徴収しようとする本件納入告知処分は,法令の規定に反し,その法的根拠を欠くものであって,重大かつ明白な瑕疵があるから,無効というべきである。

《被告の主張》

(1) 被告規約の変更の経緯について

被告は,かつて基金の構成員の急減を経験したことを踏まえ,さらに脱退者が生じた場合に備えて,基金を存続させて受給権者に対する将来の給付を実施するための財源を確保する必要があった。また,被告においては,年間5.5%の運用予定利率で資金を運用していたところ,近時の低金利により,繰越不足金が年々累積する状況にあった。

厚生省においても,平成元年,設立事業所の脱退時における事業主からの積立不足分の一括徴収を指示し,さらに平成8年通知によって,設立事業所の脱退の際に積立不足分を事業主から特別掛金として徴収することを基金の規約に定めるように求めるに至った。

このような状況において,被告は,平成7年5月25日,被告規約に基づく代議員会の決議により,設立事業所の脱退に係る特別掛金に関する規約を策定したものである。

(2) 規約変更の効力について

ア 基金である被告は,厚生年金保険法の規定に基づいて設立された法人ではあるが,任意の社団法人であって,自ら定めた規約に基づいてその運営をすることができる。そして,基金の設立の趣旨に則った規約の変更は,法令の規定に反しない限り,適法な手続に基づくものであれば,有効である。

イ 被告規約上の設立事業所の脱退に係る特別掛金は,設立事業所の脱退後の当該事業所の加入員に対する将来の給付を確保する必要から,当該事業所が脱退しなければ将来にわたり徴収していたであろう金額を一括徴収できるようにしたものであって,被告の原始規約で予定されていた給付の実行のための費用負担の方法を,被告の実情に合わせて改正する性質のものに過ぎない。自己の都合で基金から脱退するに際し,財源の不足のうち自己の負担分を補填するのは当然であって,これがされなければ各設立事業所間に著しい不均衡が生じることとなる。このように,被告規約上の設立事業所の脱退に係る特別掛金の定めは,被告の設立の趣旨に則ったものということができる。

ウ そして,設立事業所の脱退に係る特別掛金についての被告規約の変更は,被告規約に予め定められた手続に従って行われた有効なものであって,原告もこれに拘束される。

このような規約変更について,各事業主の同意が有効要件となるものではないし,原告は,上記規約変更を知っていたにもかかわらず何ら異議を述べなかったから,これに同意したものと評価することもできる。

(3) 被告規約及び本件納入告知処分が法令の規定に反しないこと

ア 基金においては,厚生年金保険法に定められたいわゆる代行部分の給付とその費用負担については同法に拘束されるものの,私的自治の原則に従い,規約においてそれ以上の給付とそのための費用負担の在り方を定めることができる。

厚生年金保険法139条2項は,政令で定める範囲内において,規約の定めるところにより,事業主の負担すべき掛金の額の割合を増加することができる旨を規定し,これを受けた厚生年金基金令(以下「基金令」という。)34条は,これを,加入員の負担する額が免除保険料額の2分の1(基金に加入しなければ国に対して負担することとなる額)を下回らない範囲と規定している。すなわち,厚生年金保険法は,平成13年法律第50号による改正前から,加入員には基金に加入しなければ国に対して負担することとなる額を必ず負担させて代行部分の費用を確保するとともに,代行部分以外については,労使間による協議の結果である規約によって,経済力のある事業主の負担割合を増加させることを認めていたのである。

したがって,代行部分以外の上乗せ部分や,積立不足分に対応する特別掛金を,事業主に全額負担させることは,法令に違反するものではない。原告は,ことさら本件特別掛金のみを切り離して,同法139条2項違反をいうが,基本標準掛金等を含む掛金全体を見れば,加入員は免除保険料額の2分の1以上を負担しているから,何ら問題はない。

イ このような事業主の負担は,経済的優位にある事業主の負担において経済的弱者である労働者の生活を支えるという厚生年金保険制度の趣旨からしても,当然のことである。また,基金において,事業主は,基金及びその資金を実質的に管理運営し,剰余金が生じた場合には掛金の負担軽減等の利益を受けているのであるから,逆に積立不足が生じた場合には,これを負担すべきである。現に,大多数の基金でこのような運営がされてきたところである。

ウ 平成13年法律第50号により厚生年金保険法138条5項が設けられた理由は,確定給付企業年金法を新たに制定するに際し,各企業年金基金の運用を統一するため,従来の基金の規約に基づく脱退事業所の一括拠出義務を再確認することにあった。すなわち,同項は,加入員の受給権を確保し設立事業所間の負担の公平を実現するため,最小限の財源の拠出を求めた,極めて当然の規定であって,従前からの脱退事業所の義務を念のため再確認したものに過ぎないのである。

エ このように,平成13年法律第50号による改正前の厚生年金保険法の下においても,積立不足分に係る特別掛金を事業主に負担させることは可能であったところであり,被告規約の特別掛金の定めやこれに基づく本件納入告知処分は,何ら法令の規定に反するものではない。

(4) 平成元年通知及び平成8年通知の意義について

平成8年通知及びこれによって改正された平成元年通知は,前者において「この取扱いは平成9年4月1日以降の事業年度に係る事業運営に対して適用するものとする。」としていることから明らかなとおり,被告のように既に設立済みの基金に対しても適用されるものである。そして,これらに従い,各基金に対し,規約の改正を行うように指導がされてきたところである。

(5) 結論

以上のとおり,本件納入告知処分は,有効な被告規約に基づいて行われたもので,無効事由を有しない。

なお,原告は,自ら雇用していた従業員を含め,加入員に対する将来の給付の財源が確保されていないことを承知の上で,一方的に1社だけ脱退し,脱退に伴う当然かつ最小限の財源の補填も拒んでいるのであって,このような責任逃れは到底許されない。

《参加行政庁の主張》

(1) 基金の規約及びその変更の意義について

基金は,その規約において,厚生年金保険法,基金令及び厚生年金基金規則(以下「基金規則」という。)において定められた基本事項のほか,年金等の給付の内容等,個々の基金の実情に応じた基金独自の事項を定めることとされている(厚生年金保険法115条1項)。すなわち,基金は,法令で規約において規定することが義務付けられている事項のほか,法令に反しない範囲で,基金が独自で行う業務等に関する事項を規約に定めることができる。

そして,このような規約の変更は,代議員会の議決(同法118条1項)及び厚生労働大臣の認可(同法115条2項)を受ければ,法令の規定に反しないものである限り効力を生じ,基金の設立事業所の事業主にも当然に適用されて効力を有することとなる。

(2) 設立事業所の脱退に係る特別掛金の趣旨について

ア 基金から設立事業所が脱退した場合,当該事業所の加入員であった者は加入員の資格を喪失するが(厚生年金保険法124条3号),基金は,規約に基づき,当該事業所の加入員であった者に対して,一時金又は年金を給付することとなる(同法130条1項,2項)。また,基金は,脱退時までに当該事業所に使用されなくなった者(以下「元加入員」という。)に対しても,将来にわたって規約に基づいて年金を給付する義務を負う(同条1項)。

イ 上記の年金等を給付する財源は,基金の加入員及び事業主が納付する掛金を積み立てた積立金であるが,金利の低下等の経済情勢の変化によって運用益が予定どおり得られないなどの場合,将来の給付に必要な積立金が不足する状態に陥ることがある。基金の年金等の給付の財源については,事前積立制度が採用されているから,このような積立金が不足する基金から設立事業所が脱退した場合に,当該事業所の加入員に係る給付の財源を当該事業所の事業主が負担しなければ,基金の財政が悪化するとともに,その不足金を将来負担する他の設立事業所の事業主及び加入員との関係で,著しい不公平が生じることとなる。

このようなことから,積立金の不足分について,脱退する設立事業所の事業主に対して,特別掛金と呼ばれる応分の負担を求める必要があり,また,基金の設立の趣旨及びその業務として負う給付債務の性質からしても,このような特別掛金を徴収することは極めて合理的である。

ウ この特別掛金の詳細は,基金を構成する設立事業所の状況や基金の財政状況等に応じて,規約において定められるべきものであり,各基金は,法令の規定に反しない限り,代議員会の議決を経て規約の変更を行うことによって,特別掛金の具体的内容を定めることができるのである。

(3) 特別掛金の取扱いの経緯について

ア 上記のとおり,基金の積立金が不足する状態で設立事業所が脱退する場合に,給付債務の財源負担の公平を図るのは当然のことであり,特別掛金を規約に定めた基金も存在していたところであるが,さらに,この財源負担の公平を図ることを明らかにする趣旨で,前記第3「基礎となる事実」2(1)のとおり,平成8年通知を発出して,平成元年通知を改正するなど,厚生省は,このような特別掛金の徴収を規約に定めるよう,基金に対する指導をしてきたところである。

イ 平成13年に新たに制定された確定給付企業年金法は,確定給付型の企業年金について,年金の受給権確保の観点から一元的に規律することを目的とした法律である。

そして,同法の制定に伴い,同じく企業年金である基金についても,加入者の受給権確保の観点から,設立事業所の脱退の場合の特別掛金について従前の行政指導の趣旨を法律上明確に規定することとし,前記第3「基礎となる事実」2(2)のとおり,厚生年金保険法が改正されたのである。

ウ 基金から設立事業所が任意に脱退する際に,当該基金に積立金の不足が存在する場合には,基金による給付の財源を設立事業所が公平に負担すべきことは当然の理であるから,平成8年通知や平成13年の厚生年金保険法の改正の有無にかかわらず,脱退事業所の事業主から特別掛金を徴収する旨を規約に設けることは,関連法令に何ら抵触するものではない。

現に,平成8年通知以前においても,少なくない基金において,受給者保護の見地から,被告規約と同種の,設立事業所の脱退に係る特別掛金に関する規約を制定していたところである。

(4) 本件特別掛金と法令の規定との関係について

ア(ア) 厚生年金保険法138条2項の「各月につき」とは,年金額の計算の基礎となる各月分について掛金を徴収するということである。すなわち,加入員の資格の取得・喪失又は標準給与の変動が毎月生じ得ることから,これらの変動をとらえる最小単位を月と定め,月単位で確定した情報に基づき計算された掛金を徴収することを明らかにしたものである。

そして,本件特別掛金は,設立事業所の脱退日の前月の加入員の標準給与を用いて算定されているものであるから(被告規約附則14条),月を単位にして徴収されるものといえ,同法138条2項の規定に反するものではない。

なお,平成13年法律第50号による厚生年金保険法の改正によって,同法138条2項の対象となる掛金からの除外対象を設ける括弧書が規定されたのは,加入員の標準給与を掛金の算出根拠としない方法(基金令33条2項,基金規則32条参照)を許し,掛金算定方法の自由度を高めるためである。

(イ) また,毎月の掛金は翌月末日までに納付しなければならないこととされているが(厚生年金保険法141条1項,83条),設立事業所が基金から脱退する場合には,脱退後は当該事業所から掛金を徴収することができないため,脱退時に積立不足額を徴収して精算する必要があるから,脱退時に一括して特別掛金を徴収することは当然であり,これが法令の規定に違反するものではない。

イ 掛金の額は,加入員の標準給与額を標準として算定することとされ(厚生年金保険法138条3項),具体的には,加入員の標準給与の額に一定の率を乗じた額に一定の額を加算する方法とされている(基金令33条1項及び基金規則31条)。

本件特別掛金は,脱退日の前月の加入員の標準給与月額に1000分の7を乗じた額にさらに給与現価率を乗じ(被告規約附則14条1号),その額に不足金等の一定額を加算して算出されるものであり(同条2ないし4号),これは基金規則31条に合致し,ひいては厚生年金保険法138条3項に合致する方法である。

ウ 基金における掛金は,事業主と加入員が折半で負担することが原則であるが(厚生年金保険法139条1項),少なくとも免除保険料額の2分の1を加入員が負担しなければならないという基金令34条の規定に反しない限り,事業主の負担割合を増やすことができる(同条2項)。そして,基金令34条の規定は,基金が徴収する掛金の総体を前提としたものであるから,掛金の一部に相当する特別掛金を事業主に全額負担させることは,何ら上記各規定に反するものではない。

(5) その他(原告の主張に対する反論)

ア 原告は,本件納入告知処分当時の法令には特別掛金に関する規定がなかった旨を指摘するが,基金の運営は各基金が自主性をもって行うべきであり,法令の規定や行政指導の有無にかかわらず,設立事業所相互の不公平や加入員の不利益が生じない規約を設けることは当然に行われるべきものであり,これを法が禁ずるものではない。

イ 平成元年通知及び平成8年通知は,基金の設立要件のみならず,既設の基金に対する行政指導であることはその内容から容易に理解できるところであり,各通知が基金の設立のみに係るものであるとする原告の主張は,各通知の趣旨を正解しないものである。

第5当裁判所の判断

1  はじめに

前記第3「基礎となる事実」3,4(1)のとおり,被告は,平成7年5月25日,代議員会の決議をもって規約を変更し,設立事業所の脱退に係る特別掛金についての規定を設けていたところ,当該規定に基づき,平成12年11月21日付けで,原告に対して本件特別掛金に係る本件納入告知処分をしたものである。

これについて,原告は,このような設立事業所の脱退に係る特別掛金の一括徴収は当時の厚生年金保険法の規定に反するなど,本件納入告知処分には明白かつ重大な瑕疵があるとして,その無効を主張するので,以下,設立事業所の脱退に係る本件特別掛金の徴収が法令の規定に反することが明らかであるかどうかを中心に,検討を進める。

2  厚生年金基金の仕組みについて

(1)  基金は,加入員の老齢について給付を行い,もって加入員の生活の安定と福祉の向上を図ることを目的として(厚生年金保険法106条),適用事業所(厚生年金保険が適用される同法6条1項に規定する事業所をいう。以下同じ。)の事業主及びその適用事業所に使用される厚生年金保険の被保険者をもって組織される法人である(同法107条,108条1項)。

一又は二以上の適用事業所について常時政令で定める数以上の被保険者を使用する事業主は,当該適用事業所について基金を設立することができ(同法110条1項),また,適用事業所の事業主は,合算して常時政令で定める数以上の被保険者を使用する場合には,共同して基金を設立することができる(同条2項)。そして,基金の設立の際には,事業主は,基金を設立しようとする適用事業所に使用される被保険者の2分の1以上の同意を得て規約をつくり,厚生労働大臣の認可を受けなければならない(同法111条1項)。

(2)  基金は,上記の目的を達成するため,厚生年金保険法123条に規定する加入員又は加入員であった者の老齢に関する年金の給付や加入員の脱退に関する一時金の給付等を行うことを業務とし(同法130条1項,2項),これらの年金の給付及び一時金の給付に関する事業に要する費用に充てるため,掛金を徴収し(同法138条1項),これから年金給付等積立金を積み立てて運用するものとされている(同法136条の2,同条の3等)。

基金は,年金給付につき,老齢厚生年金(同法第3章第2節参照)のうちいわゆる物価スライド相当部分等を除いた部分(いわゆる代行部分)を,政府に代行して支給するとともに(同法43条1項,132条2項),これに基金独自の給付を上積みして支給している(同法132条3項参照)。基金の加入員にとっては,この上積み部分の給付(老齢年金制度において,この上積み部分は,基礎年金の給付である国民年金(1階部分)及び報酬に比例した額の給付である厚生年金(2階部分)に上乗せされる「3階部分」とも称される。)があることで,基金に加入していない厚生年金保険の被保険者に比べて,手厚い年金の給付を受けられることとなる。

(3)  基金による年金等の給付の財源は,加入員及び加入員を使用する設立事業所の事業主が納付する掛金による年金給付等積立金及びその運用益である。厚生年金保険法上,基金においては,基金が将来支給すべき給付に見合うだけの資金を予め積み立てておくという事前積立方式が原則とされており(同法136条の2),具体的には,基金令39条の2に規定する責任準備金及び同条の3に規定する最低積立基準額を下らない額を積み立てておく必要があるものとされている。

掛金についてみると,基金は,厚生年金保険の保険料のうちいわゆる代行部分の給付に必要な保険料相当分(免除保険料。同法81条の3)と基金独自の給付に係る掛金を徴収する。この基金に納付する掛金については,厚生年金保険料の場合(同法82条1項)と同様,加入員及び事業主がそれぞれ半額を負担するものとされているが(同法139条1項),基金は,加入員が当該加入員に係る免除保険料額の2分の1に相当する額(基金に加入していなければ当該加入員において国に納付すべき,代行部分に係る保険料に相当する。)の掛金を負担する限り,規約の定めるところにより,事業主の負担すべき掛金の額の負担の割合を増加することができる(同法139条2項,基金令34条)。

(4)  基金は,規約をもって,年金等の給付に関する事項や掛金及びその負担区分に関する事項等,基金の組織及び業務に関する重要事項を定めなければならない(厚生年金保険法115条1項)。そして,基金の規約の変更は,事業主において設立事業所の事業主及び設立事業所に使用される者のうちから選定し又は加入員において互選する代議員によって構成される代議員会の議決を経て行われ(同法118条1項,117条),原則として,厚生労働大臣の認可を受けなければその効力を生じないものとされている(同法115条2項)。

3  設立事業所の脱退に係る特別掛金の許容性について

(1)  設立事業所が基金から脱退した場合,当該事業所に使用される者として当該基金の加入員であった者は,加入員の資格を喪失することとなる(厚生年金保険法124条3号)。この場合において,基金は,規約で定めるところにより,当該加入員に対して,脱退に関する一時金たる給付を支給するとともに(同法130条2項,基金令25条),当該加入員及び脱退時までに当該事業所に使用されなくなった者(元加入員)に対して,加入員であった期間に応じて,将来にわたり年金たる給付を支給する義務を負う(同法130条1項,132条)(なお,被告規約においては,原則として,加入員であった期間が1月以上15年未満の者については脱退一時金,15年以上の者については年金を支給するものとされている(被告規約53条,63条)。)。

すなわち,設立事業所が基金から脱退した場合においても,基金は,規約で定めるところにより,当該事業所に使用されていた加入員及び元加入員に対し,年金等の給付を支給する義務を負うものである。

(2)  このような脱退した設立事業所の加入員又は元加入員に対する給付は,基本的には,それまでの基金の年金給付等積立金及びその運用益によって賄われるべきものということができる。すなわち,基金においては,加入員又は加入員であった者に対する給付を賄うのに必要な積立金として,責任準備金(基金が支給する年金たる給付及び一時金たる給付に要する費用の額の予算額の現価から掛金収入の額の予想額の現価を控除した額を基準として,厚生労働大臣の定めるところにより計算した金額であり,当該計算を行う場合の現価の計算に用いる予定利率は,当該基金が年金給付等積立金の運用収益の予測に基づき合理的に定めるものとされている(基金令39条の2)。)を下らない額を積み立てておく必要があり(厚生年金保険法136条の2,基金令39条の2),この積立金と,予定された利率の運用益によって,脱退した設立事業所の加入員又は元加入員に対する給付も賄われることが想定されているものということができる。

しかし,現実の運用による利率が基金において予測していた運用利率を下回る場合などには,積立金が責任準備金に満たない積立不足の場合が生じ得るところである。このような積立不足については,掛金の額の見直し(同法138条3項,基金令33条2項)等の方法により,将来にわたり解消されていくべきものであるが,設立事業所が基金から脱退した場合においては,当該事業所の事業主及び加入員は以後の掛金を負担しなくなることから,当該事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足が現実化することとなる。

(3)  上記のように積立不足が生じている基金から設立事業所が脱退した場合において,当該事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足の補填がされないとすれば,規約で定められた当該加入員及び元加入員に対する給付を実行するためには,基金に残った他の設立事業所の事業主又は加入員が,増額された掛金を納付するなどして,将来にわたりその不足分を負担していく必要が生ずることとなる。しかし,このように,脱退した設立事業所の加入員及び元加入員において,財源の不足を基金に残った他の設立事業所の事業主又は加入員に負担させることによって,自らの年金等の給付を受けることが,著しく不公平であることは明らかである。

基金は,一又は複数の適用事業所の事業主が,その使用する者に対する手厚い老齢に関する給付を行うことを目的として設立するものであり,加入員及び当該加入員を使用する設立事業所の事業主から,当該加入員の標準給与の額を標準として算定される額の掛金を徴収し(厚生年金保険法138条3項,139条1項),これを財源として,加入員の標準給与及び加入員であった期間に基づいて算定される年金給付(同法132条1項)等の支給を行おうとするものであって,基金における各設立事業所の加入員又は元加入員に対する給付は,基本的には,当該事業所においてこれに対応する財源を負担すべき性質のものということができる。

そうすると,基金から設立事業所が脱退するに際して,当該事業所の加入員及び元加入員に対する年金等の給付のために必要な積立金が不足している場合において,当該事業所について,当該事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足の補填を求めることは,基金の設立の趣旨・目的及びその給付債務の性質に適合するものというべきであるから,そのこと自体が基金に係る法令の趣旨に反するものということはできないというべきである。

(4)  したがって,各基金は,このような性質の設立事業所の脱退に係る特別掛金については,その具体的な内容や徴収方法が法令の規定に反するものでない限り,掛金及びその負担区分に関する事項(厚生年金保険法115条1項10号)として,これを規約において定めることができ,その定めに基づいて特別掛金を徴収することができるものというべきである。

4  本件特別掛金が法令の規定に反するかどうかについて

(1)  まず,本件特別掛金が,上記3(3)のような,基金から脱退する設立事業所につき,その加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足の補填を求める性質のものであるかどうかについて,検討する。

ア 被告の財政処理について

被告においては,本件納入告知処分当時,「厚生年金基金の財政運営について」(平成8年6月27日付け年発第3321号厚生省年金局長から都道府県知事あて通知)が定める厚生年金基金財政運営基準に従い,概して,以下のとおりの財政処理を行っていた。

(ア) 基金において将来行うべきすべての給付を現価計算したものを総給付現価というところ,この総給付現価から規約上の標準掛金による掛金収入の現価及び政府負担金の現価の合計額を控除した額を,数理債務として,負債勘定に計上している。

(イ) 基金の純資産額が数理債務額を下回る場合に,一定時点における当該不足額を将来にわたり償却するため,標準掛金に一定の割合の特別掛金を上乗せして掛金を徴収する方法が採られることがあるところ,被告規約においては,普通掛金の徴収時に加入員の標準給与の月額に1000分の7を乗じて得た額を特別掛金として徴収することを規定している(被告規約76条,附則12条)。そして,この特別掛金による掛金収入を現価計算した額を,特別掛金収入現価(上位分類では未償却過去勤務債務残高)として,資産勘定に計上している。

(ウ) 被告において,平成10年3月末日,資産の評価方法を取得簿価基準から時価基準に変更したことにより,資産の額が額面上減額することとなったが,その減額分のうち未処理の分が,移行調整金残高(上位分類では未償却過去勤務債務残高)として,資産勘定に計上している。

そして,数理債務から特別掛金収入現価を控除したものが責任準備金となるところ,これから移行調整金残高を控除したものと純資産額との差額が,繰越不足金として,資産勘定に計上している。

(エ) したがって,基本的には,純資産額に繰越不足金及び移行調整金残高を加えたものが責任準備金となり,これに特別掛金収入現価を加えたものが数理債務と合致し,これに標準掛金による収入現価及び政府負担金の現価を加えたものが,総給付現価となることとなる。〔甲1号証,乙11,15号証,弁論の全趣旨〕

イ 本件特別掛金の内訳

(ア) 未償却過去勤務債務(被告規約附則13条1項1号)

被告は,原告事業所が脱退した前月である平成12年10月の原告事業所の加入員の標準給与月額(合計40名で1386万円)に,被告規約附則12条に規定する特別掛金の率1000分の7を乗じたうえ,これに給与現価率として123.76337(上記特別掛金に係る過去勤務債務の償却期間の残数である180か月につき,中間利息分を控除したもの。)を乗じて算出した1200万7522円を,原告事業所に係る未償却過去勤務債務とした〔甲3,乙1,10,16号証〕。

(イ) 繰越不足金(被告規約附則13条1項2号)

被告は,原告事業所の脱退日に係る決算時(被告規約附則14条2項)である平成12年3月末日時点の繰越不足金の額9億1583万6195円に,同日における,被告の標準給与月額の総額10億5108万4000円に対する原告事業所の加入員に係る標準給与月額1447万円の割合を乗じて得た,1260万8079円を,原告事業所に係る繰越不足金とした〔甲3,乙1,9,11号証〕。

(ウ) 移行調整金残高(被告規約附則13条1項2号)

被告は,上記(イ)と同様の方法で,平成12年3月末日時点の移行調整金残高の額11億7667万9987円に,同日における,被告の標準給与月額の総額に対する原告事業所の加入員に係る標準給与月額の割合を乗じて得た,1619万9047円を,原告事業所に係る移行調整金残高とした〔甲3,乙1,9,11号証〕。

(エ) 加入員脱退に伴う脱退差損(被告規約附則13条1項3号)

被告は,平成12年3月末日を基準に,原告事業所の加入員に対する脱退一時金及び年金の給付の現価額9676万2768円から,原告事業所の加入員に係る責任準備金の額5194万7190円(原告事業所の加入員について,総給付現価から標準掛金収入現価及び政府負担金を控除して数理債務の額を8812万2480円と算出し,これから特別掛金収入現価3617万5290円を控除して算出された。)を控除した上,これに,原告事業所の脱退予定日が決算年度始期から222日目であったことから,被告の運用利率年5.5%を基に1.055の365分の222乗を乗じて得た,4629万8998円を,原告事業所の脱退に係る脱退差損とした〔甲3,乙1,12号証〕。

(オ) 合計

上記(ア)ないし(エ)を合計して,被告は,原告事業所の脱退に係る特別掛金の額を8711万3646円と算出し,これを原告に賦課した(本件納入告知処分)。

なお,被告規約附則13条1項4号に規定する掛金率の段階適用に伴う不足金は,原告事業所の脱退については生じなかった。

ウ 本件特別掛金の性質について

(ア) 本件特別掛金のうち未償却過去勤務債務は,上記ア(イ)及びイ(ア)のとおり,被告の純資産を数理債務と比べた一定時点における不足額を将来にわたり償却するため,被告規約に基づき被告において毎月徴収していた特別掛金のうち,原告事業所の加入員に係る分として原告又はその加入員が将来にわたり納付すべきであった分を,現価計算し直した上で,原告から徴収しようとするものである。上記特別掛金は,基金の純資産が数理債務を下回り積立不足が生じている場合において,これを将来にわたり解消しようとするものであり,原告事業所においても,原告事業所の加入員及び元加入員に対する年金等の給付を受けるために負担すべき性質のものであるから,脱退を機に,原告事業所において,将来にわたり納付すべきであった額の現価額を負担することは,原告事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足を補填する性質のものということができる。

(イ) また,本件特別掛金のうち繰越不足金及び移行調整金残高に係る部分は,数理債務から特別掛金収入現価を控除した責任準備金と基金の純資産との差額である,繰越不足金及び移行調整金残高を,被告全体に占める原告事業所の加入員の標準給与月額の割合に応じて,原告から徴収しようとするものである。被告に生じていた繰越不足金及び移行調整金残高は,将来の被告の年金等の給付を実行するためには解消されるべきものであり,原告事業所においても,原告事業所の加入員及び元加入員に対する年金等の給付を受けるために負担すべき性質のものであるから,脱退を機に,原告事業所において,被告に生じていた繰越不足金及び移行調整金残高を標準給与月額の割合に応じて負担することは,原告事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足を補填する性質のものということができる。

(ウ) さらに,本件特別掛金のうち脱退差損は,原告事業所の脱退に伴い顕在化した原告事業所の加入員又は元加入員に係る年金等の給付の現価額と,予想に基づき算定されていた原告事業所に係る責任準備金との差額を,原告から徴収しようとするものである。

このような脱退差損は,原告事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足が,原告事業所の脱退を機に具体的に現れたものであり,これを原告事業所において負担することは,当該不足を補填する性質のものということができる。

エ 以上のとおり,本件特別掛金の徴収は,原告事業所が被告から脱退するに際して,原告事業所について,原告事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足の補填を求める性質のものということができるから,これが基金に係る法令の趣旨に反するものということはできないというべきである。

(2)  原告は,本件特別掛金の具体的な内容や徴収方法が,①厚生年金保険法138条2項,②同法141条1項,83条1項,85条,③同法138条3項,及び,④同法139条1項,2項の各規定に反する旨を主張するので,以下,これらの点について検討することとする。

ア 厚生年金保険法138条2項について

厚生年金保険法138条2項は,掛金は年金給付の額の計算の基礎となる各月につき徴収するものとする旨を規定しているところ,同項の規定は,基金においては,年金給付の額の計算の基礎となる期間の各月について,月を単位として,各月の加入員の資格や標準給与等の事実関係に基づいてそれぞれ掛金を算定し,これを,各月,徴収すべきことを定めたものと解される。

したがって,脱退する設立事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足を,脱退を機に一括して補填しようとする性質の本件特別掛金が,同項の規定になじみにくい性質のものであることは否定できないところというべきである。

イ 厚生年金保険法141条1項,83条1項,85条について

厚生年金保険法141条1項,83条1項は,毎月の掛金は,翌月末日までに納付しなければならない旨を規定し,一方,同法141条1項,85条は,掛金を納期前に徴収することができる場合を掲げている。この同法141条1項,85条は,同法141条1項,83条1項の例外として,掛金の徴収が困難又は不可能になるような事由がある場合には,年金等の給付の財源を確保するため,納期前であっても掛金の徴収をすることができることを明らかにした趣旨の規定と解されるところであるから,基金において,この規定に準じる事由がある場合に,規約の定めに基づいて,給付の財源を確保するために掛金の繰上徴収をすることは,上記法条に反するものではないというべきである。

そして,本件特別掛金は,前記(1)ウのとおり,脱退する設立事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足を補填する性質のものであり,脱退がなければ,将来にわたり掛金の徴収により解消されるべき性質のものであったということができるところ,設立事業所が脱退した場合には,以後,基金において当該事業所の加入員又は事業主から掛金を徴収することができなくなるものであることからすれば,設立事業所の脱退の場合については,同法141条1項,85条に規定する事由に準じる事由に当たるものとして取り扱うことについても相当の根拠があるというべきである。

そうすると,設立事業所の脱退に係る特別掛金を脱退の前日までに納付すべきものとする被告規約の規定(附則13条2項)や,被告がこの規定に基づいて原告から本件特別掛金を徴収することが,厚生年金保険法141条1項,83条1項,85条の規定の趣旨に反することが明らかということはできないものというべきである。

ウ 厚生年金保険法138条3項について

厚生年金保険法138条3項は,掛金の額は政令の定めるところにより加入員の標準給与の額を標準として算定するものとし,これを受けて,基金令33条1項は,掛金の額の算定は加入員の標準給与の額に一定の率を乗ずる方法その他省令で定める方法によるべきものとし,さらに,これを受けた基金規則31条は,その方法につき,加入員の標準給与の額に一定の率を乗じた額に一定の額を加算する方法としている。

これを本件特別掛金の算定方法についてみると,まず,被告規約附則13条1項1号に規定する未償却過去勤務債務は,前記(1)ア(イ),イ(ア)のとおり,加入員の標準給与の月額に一定の割合を乗じて得られる(特別)掛金について,将来分の中間利息を控除し,その現価額として算出されるものであり,加入員の標準給与の額に一定の率を乗じたものということができる。また,被告規約附則13条1項2号に規定する繰越不足金及び移行調整金残高は,前記(1)ア(ウ),イ(イ)・(ウ)のとおり,被告における責任準備金と純資産との差額に,被告の標準給与月額の総額に対する原告事業所の加入員に係る標準給与月額の割合を乗じて算出されるものであるが,これは,結局,加入員の標準給与の額に,被告の積立不足の程度に応じた一定の率を乗じたものということができる。そして,本件特別掛金の額は,これらに,被告規約附則13条1項3号に規定する加入員脱退に伴う脱退差損,すなわち,脱退を機に具体化した脱退事業所に係る給付の現実の額と予想額との差額を加算したものであるから,本件特別掛金は,厚生年金保険法138条3項においてもともと想定している掛金とは性質の異なるものであることを否定することができないとしても,その算定方法においては,基金規則31条に規定する,加入員の標準給与の額に一定の率を乗じた額に一定の額を加算する方法と軌を一にしたものということができる。

そうすると,本件特別掛金は,厚生年金保険法138条3項,基金令33条1項,基金規則31条の規定の趣旨に反することが明らかということはできないものというべきである。

エ 厚生年金保険法139条1項,2項

前記2(3)のとおり,基金に納入する掛金については,加入員及び加入員を使用する設立事業所の事業主がそれぞれ半額を負担するものとされているが(厚生年金保険法139条1項),他方,基金は,各加入員が当該加入員に係る免除保険料額の2分の1に相当する額の掛金を負担する限り,規約の定めるところにより,事業主の負担すべき掛金の額の負担の割合を増加することができるものとされている(同法139条2項,基金令34条)。これらの規定は,基金の加入員において,少なくとも,基金に加入していなければ国に納付すべき,基金の代行部分に係る保険料に相当する額の掛金を負担すべきものとする一方で,基金が,事業主において任意に設立して(同法110条),加入員の老齢についての手厚い給付を行い,加入員の生活の安定と福祉の向上を図ろうとするものであることに照らして,上記額を超える,基金への加入による上乗せ部分の給付に必要な掛金については,規約の定めるところによって事業主の負担割合を増加することができることを明らかにした趣旨の規定であるということができる。

これを本件特別掛金についてみると,その全額を原告事業所の事業主である原告が負担するものとされているが(被告規約附則13条2項),原告事業所の加入員又は元加入員は,加入員であった期間の各月につき,当該加入員に係る免除保険料額の2分の1に相当する額を超える掛金を負担していた〔弁論の全趣旨〕であるから,このような本件特別掛金の負担割合が,厚生年金保険法139条1項,2項,基金令34条の規定の趣旨に反することが明らかということはできないものというべきである。

オ 小括

原告において本件特別掛金の具体的な内容や徴収方法が法令の規定に反するとして指摘する諸点についての上記アないしエの検討よりすれば,確かに,本件特別掛金に係る一括徴収の方法が厚生年金保険法138条2項の規定になじみにくい性質のものであることは否定できないところであるが(上記ア),その余の点については,いずれも関係法令の規定の趣旨に反することが明らかということはできないところである(上記イないしエ)。そして,上記アの点は,そもそも本件特別掛金の性質やこれを徴収する目的自体に基因するものであるところ,本件特別掛金は,原告事業所が被告から脱退するに際して,原告事業所について,原告事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足の補填を求める性質のものであり,このような性質の特別掛金を原告から徴収することが基金の設立の趣旨・目的やその給付債務の性質に適合するものであることは既に詳述したとおりである。

そうであるとすれば,上記アの点を理由として,本件特別掛金の具体的な内容や徴収方法が基金に係る法令の規定に反するということはできないものというべきである。

(3)  なお,前記第3「基礎となる事実」2のとおり,平成13年法律第50号による厚生年金保険法の改正によって,基金の設立事業所が減少する場合に当該事業所の事業主から特別の掛金を一括して徴収する旨の規定が新たに設けられたが(同法138条5項),これは,上記法律により,確定給付型の企業年金についての統一的な制度整備を目的とする確定給付企業年金法が制定され,同法において,受給権確保の見地から,実施事業所が減少する場合には当該事業所の事業主において特別の掛金を一括して拠出する義務があることが明示されたこと(同法78条3項)に対応させて,同じく企業年金で,確定給付企業年金との間で相互の移行ができる厚生年金基金についても(同法107条以下),設立事業所の減少の場合に,受給権確保の観点から特別の掛金を徴収することを明示することとした趣旨のものにとどまるものであって,このような法改正がされたからといって,改正前の厚生年金保険法の下において,基金の規約に基づいて上記と同趣旨の特別の掛金を徴収することが許されなかったことを意味することにならないことは,前記3に説示したことから明らかである。

また,上記規定の新設に合わせて,各月につき掛金を徴収するものとする厚生年金保険法138条2項,掛金の額を加入員の標準給与の額を標準として算定するものとする同条3項,及び,掛金の半額負担の原則を定める同法139条1項,2項について,各項にいう掛金には上記の設立事業所の減少に係る掛金は含まれないことが明示されたところであるが,これらの規定は,設立事業所の減少に係る掛金の内容,徴収方法及び負担割合については,その他の掛金とは別個に規定されることになったことから(同法138条5項,139条3項),当該掛金については専らこれらの特別の規定に従って算定,徴収すべきことを明らかにしたものにとどまるものであって,このような法改正がされたからといって,改正前の厚生年金保険法の下において,基金の規約に基づいて上記と同趣旨の特別の掛金を徴収することが許されなかったことを意味することにならないことは,前記4に説示したことから明らかである。

5  その余の原告の主張について

(1)  原告は,設立事業所の脱退に係る特別掛金の賦課・徴収の規定を設ける被告規約の変更について,原告は承諾していないから,原告には当該規約の変更の効力は及ばない旨を主張する。

しかし,基金は,法令の規定に反しない限り,掛金及びその負担区分に関する事項について,規約において定めることができ(厚生年金保険法115条1項10号),その規約の変更は,代議員会の議決等の法定の手続(同法118条1項1号,115条2項)を経れば効力を生じるものであるから,上記被告規約の変更について,原告が承諾していないということを理由として,原告に効力が及ばないとすることができないことは明らかである。

(2)  また,原告は,基金の構成員の責任は有限責任であり,本件特別掛金はこの有限責任の原則に反する旨を主張する。

原告が主張するところの有限責任の趣旨は必ずしも明らかではないが,前記3(3)のとおり,基金における各設立事業所の加入員又は元加入員に対する給付は,基本的に,当該事業所においてこれに対応する財源を負担すべき性質のものというべきところ,前記4(1)ウのとおり,本件特別掛金は,原告事業所の加入員及び元加入員に係る年金等の給付のための財源の不足を補填する性質のものであって,これを原告事業所の事業主である原告において負担することが,基金の構成員としての責任の性質に反することにならないことは明らかというべきであり,いずれにせよ原告の主張は理由がない。

(3)  なお,原告は,平成元年通知及び平成8年通知は本件納入告知処分の法的根拠となるものではない旨を主張するところ,上記各通知は,設立事業所が基金から脱退する場合に,一定額を当該事業所から特別掛金として徴収すべきことを示したものではあるが,もとより基金に対する行政的な指導にとどまるものであるから,その存否や適用関係によって本件納入告知処分の効力が左右されるものでないことはいうまでもない。

6  まとめ

上記のとおり,被告が原告に対してした本件特別掛金を徴収する旨の本件納入告知処分は,当時の厚生年金保険関係法令の規定に反するなど,重大かつ明白な瑕疵を有するものとして無効であるということはできないというべきである。

第6結論

以上のとおりであって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 貝阿彌亮)

裁判官 菊池絵理は,差し支えのため署名押印することができない。 裁判長裁判官 川勝隆之

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

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