横浜地方裁判所 平成13年(行ウ)7号 判決 2003年11月26日
原告
甲
被告
鶴見税務署長 安藤敏雄
指定代理人
宮田誠司
同
信本努
同
藤井弘之
同
中村豊
同
石川毅
同
増渕実
同
小林健二
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告が、平成11年3月5日付けでした原告の平成7年分所得税についての更正処分のうち総所得金額314万0000円、納付すべき税額14万7900円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(2) 被告が、平成11年3月5日付けでした原告の平成8年分所得税についての更正処分のうち総所得金額307万0000円、納付すべき税額17万2800円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(3) 被告が、平成11年3月5日付けでした原告の平成9年分所得税についての更正処分のうち総所得金額561万6751円、納付すべき税額56万3600円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(4) 被告が、平成11年3月5日付けでした原告の平成7年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税についての決定処分のうち、納付すべき税額71万4180円を超える部分及び無申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(5) 被告が、平成11年3月5日付けでした原告の平成8年1月1日から同年12月31日までの課税期間分の消費税についての更正処分のうち、納付すべき税額71万0550円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
(6) 訴訟費用は、被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2事案の概要
溶接工事業を営む原告は、平成7年分ないし平成9年分の所得税について確定申告をしたところ、被告において、調査によって把握した原告の上記各年分の事業所得に係る総収入金額を基に、原告と事業規模等が類似するとする同業者の平均所得率をもって原告の事業所得の金額を推計により算出し、原告の上記各年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした。
また、原告は、平成7年課税期間分の消費税については確定申告をせず、平成8年課税期間分の消費税について確定申告をしたところ、被告において、原告の平成7年課税期間分の消費税の決定処分及び無申告加算税賦課決定処分並びに平成8年課税期間分の消費税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした。
これに対し、原告が、被告のした上記所得税に係る各更正処分等は、推計の必要性も合理性もないのに推計による課税をし、かつ、原告の納付すべき税額を過大に認定した違法があり、また、平成7年課税期間分の消費税に係る決定処分等には仕入れに係る税額の控除を認めず、納付すべき消費税額を過大に認定した違法があり、平成8年課税期間分の消費税に係る更正処分等には原告の事業の業種区分を誤り、納付すべき税額を過大に認定した違法があるなどとして、上記各課税処分の取消しを求めたのが本件事案である。
第3基礎となる事実
(以下の事実は、争いがない事実であるか、記載した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)
1 原告の事業等
原告は、溶接工事業を営む者であり、いわゆる白色申告者である。
原告の事業は、平成11年11月までは、個人事業であり、平成11年12月に法人化された〔乙の証言〕。
2 課税処分の経緯等
(1) 確定申告
ア. 所得税についての申告
原告は、平成7年分ないし9年分の所得税について、法定申告期限までに別表1の1ないし3記載のとおり確定申告をした。なお、原告の平成8年分所得税については、平成9年9月30日付けで、別表1の2記載のとおり、総所得金額は原告の確定申告額と同じであるが、納付すべき税額を増額する更正処分がされている。
イ. 消費税についての申告
原告は、平成7年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「平成7年課税期間」という。)分の消費税については、確定申告をしなかった。
原告は、平成8年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「平成8年課税期間」という。)分の消費税及び地方消費税について、別表2の下欄記載のとおり法定申告期限までに確定申告をした。
(2) 本件各課税処分
被告は、平成11年3月5日付けで、原告に対し、原告の平成7年分ないし9年分所得税については別表1の1ないし3記載のとおり、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を、平成7年課税期間分の消費税ついては別表2の上欄記載のとおり、決定及び無申告加算税の賦課決定処分を、平成8年課税期間分の消費税については別表2の下欄記載のとおり、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を、それぞれした(以下、同日付でされた各課税処分をまとめていうときは「本件各課税処分」といい、所得税の各更正処分をいうときは「本件所得税各更正処分」といい、消費税の決定処分及び更正処分をいうときは「本件消費税決定・更正処分」という)。
(3) 異議申立て
原告は、平成11年3月15日付けで、本件各課税処分について、被告に対し、異議申立てをした。これに対し、被告は、平成11年6月9日付けで、異議申立てを棄却した〔甲6号証〕。
(4) 審査請求
原告は、平成11年6月19日、本件各課税処分について、国税不服審判所長に対し、審査請求をした。これに対し、国税不服審判所長は、平成12年12月21日付けで、審査請求を棄却した〔甲5号証〕。
第4争点
本件における争点は、次のとおりである。
1 本件各課税処分に係る処分理由の明示の要否
2 原告の所得の給与所得該当性の有無
3 所得税の推計の必要性の有無
4 所得税の推計の合理性の有無
5 推計に対する実額反証の成否
6 平成7年課税期間における仕入れに係る消費税額の控除の可否
7 平成8年課税期間における業種区分の適否
8 税額等の計算の適否
第5争点に関する当事者の主張
1 本件各課税処分に係る処分理由の明示の要否について
(1) 原告の主張
原告は、被告の今回の本件各課税処分により、総額で約700万円もの課税を強要され、市民税、県民税、事業税等を計算すると総額で2.5倍から3倍にふくれあがるので、2000万円弱の税額を強要され、この精神的重荷は、はかり知れないものとなっており、日常生活にも影響は波及しているのである。
こうしたことを考えれば、民主主義国家においては、当然その理由を説明し、理解を求める課税こそが、被告のとるべき道である。
更正・決定の全面的な取消しは、刑法でいえば誤認逮捕と同一の性質をもつものであり、あってはならないものである。したがって、こうした重大なものであれば、課税時において納税者に課税理由を説明することは、当然のことである。
(2) 被告の主張
ア. 原告は、本件各課税処分について、その処分時に課税根拠が具体的に明示されていないから違法である旨主張する。
イ. しかしながら、本件所得税各更正処分等は青色申告以外の申告(いわゆる白色申告)に係る更正等であって、その通知書に更正等の理由を附記することは法律上の要件とはされていない。また、本件消費税決定処分・更正処分等についても、その通知書に理由等を附記することは法律上必要とされていない。
のみならず、一般に行政処分に理由附記を要求する趣旨は、処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに(処分適正化機能)、処分理由を相手方に知らせることによって不服申立ての便宜を図る(争点明確化機能)ことにあると解されるところ(青色申告に関する最高裁昭和49年4月25日第一小法廷判決・民集28巻3号405ページ参照)、所得税及び消費税の課税処分においては、原則として、処分をした税務署長に対する異議申立て及び国税不服審判所長に対する審査請求という2段階の行政不服申立手続が整備され(国税通則法75条1項1号及び同条3項)、その各段階において、処分をした税務署長からその処分の理由が明示されることが予定されており(同法84条4項及び5項並びに同法93条2項)、これらの手続を通じて処分の適正化と争点の明確化が図られることが保障されている。そして、本件についても、異議申立てに対する異議決定書並びに審査請求についての審理段階において被告の処分理由は原告に明示されており(甲4号証ないし甲7号証)、処分の適正化及び争点の明確化は図られている。
したがって、本件の各更正通知書、決定通知書及び各賦課決定通知書に処分の理由が附記されていないことをもって、本件各課税処分が違法といえないことは明らかであり、原告の上記主張は失当である。
2 原告の所得の給与所得該当性の有無について
(1) 原告の主張
ア. 原告は、溶接の仕事をするに当たり、会社と日程の打合せを行い、手間賃の接渉等を行っているが、こうした業務による所得は事業所得に類するものである。
原告は、実際の仕事をするに当たっては、図面等を示され、会社の指示通りに仕上げていくので、したがって、使用者の指揮命令に服した労務の提供である。事業主自ら労働する場合、使用者の指示されたものと異なった仕事はあり得ないのである。よって、事業主自ら労働しているときは、指揮命令下に服した労務の提供となり、こうした作業内容が忠実に実行されているかどうかを、職人の仕事にまで目を光らせて監督する行為は、これは勿論事業所得に属するものである。
所得を事業所得と給与所得とに区分した理由は、労働によって得た所得に事業税を課税することは不当ではないか、労働する親方にも事業税を課税することは、全く同じ労働をしている職人にも事業税課税問題が発生するという微妙な作業内容の中で生まれた区分である。
大工等の一人親方等の作業内容と比べると、原告の労働内容はより厳しい指揮命令下の作業であり、仕事に対しての仕上がりも会社による指示そのものである。よって、事業主の労働は、その労務に対する使用者から受ける給付賃金となるのである。原告は、こうした作業環境の中で、自らの労働日数に対しても計算、何人工として請求している事実によっても、労働による所得があることは明らかである。
作業中は、親会社の監督が常駐、監視、打合せの労働であり、外形上の仕上がりはミリメートル単位であり、ときにはレントゲンによる検査も実施され、作業そのものは被告の主張する使用者の指揮命令に服する労働の提供である。
イ. 所得を事業と給与に区分することは、所得が決定してから区分するもので、所得金額を左右するものではない。事業税に関係するものである。原告のように自ら労働しながら事業を行う者には、自ら労働しているときにその労働部分による所得に事業税を課税することは、職人にも事業税の課税という問題が発生するということから、大工、左官及び鳶等の建設業者に対する事業税問題として、所得区分が実施されるようになり、区分された給与所得に対しては、事業税の課税はしないというのが、通達の趣旨である。
被告は、同通達を無視し、全額事業税として課税してきたが、Aに対する請求書資料によれば、原告の請負工事は、平成9年5月請求分の中にB桑名現場のみが事業所得に当たるもので、他は平成7年から同9年まで、すべて常用工事である。常用工事とは、親会社の指示を受け、工事を進行させることは常識である。Aに対する請求書は、請負工事を除いて、すべて人工請求となっていることによっても立証されているのである。なお、平成7年1月の請求書が一式となっているのは、当時仕事の関係から間に合わなかったなかで、Aの担当部長の了解のなかで、提出した請求書で、実際は請負工事ではないのである。
所得の区分をする場合、給与所得は所得の上昇によって無限に拡大する所得ではなく、年間365日という労働日数の上限があるため、給与所得は「賃金×労働日数」による上限のある所得である。
被告は、所得区分通達が、一人親方を対象にしているかのように主張するが、同通達は一人親方と特定されたものではない。
(2) 被告の主張
ア. 原告は、原告が稼得した収入のうち、職人の手間賃交渉及び監督を行って得たものは事業所得であるが、原告自身の労賃は取引先の指揮命令に服した労務の提供の対価であるから給与所得に該当する旨主張する。
イ. 所得税法における事業所得とは、自己の計算と危険において対価を得て継続的に行う業務から生ずる所得で、山林所得又は譲渡所得に該当しないものをいい、これに対し、給与所得とは、雇用契約又はこれに準ずる法律関係に基づき、一般に対価支払者の時間的、場所的拘束の下で継続又は反復して自己の労務を提供することにより得られる対価で、自己の計算と危険を伴わないものをいう。したがって、事業所得と給与所得の根本的な違いは、所得を生ずる業務の遂行ないし労務の提供が、前者は自己の計算と危険において独立的になされるのに対し、後者は自己の計算と危険によらずに一般に対価支払者の時間的、場所的支配に服して非独立的になされる点にあり、ある所得が両者のいずれに該当するかは、具体的事案における業務の遂行ないし労務の提供の態様を総合的に考察して判定すべきこととなる。
ウ. そこで、原告の業務の遂行又は労務提供の態様についてみるに、原告は、特定の者に雇われて働いていたものではなく、複数の取引先から溶接工事を受注し、その受注内容に合わせて職人を都合して、各作業現場において作業を行うとともに、作業代金(これとは別に、残業代金のほか、交通費などもある。)は、作業に従事した者1人につき1日(1工数)当りいくらという形の契約によって、取引先から支払を受けていたものである。
また、原告の取引先あての請求書の控え(甲9号証)によれば、原告が取引先に請求する金額は、作業に従事した者が原告自身又は原告が雇った職人(以下「作業グループ」という。)のいずれの者であっても、その請求単価に差異は認められない。一方、原告が雇った職人に関する給与支払明細書の控え(甲10号証-1ほか。以下「給与明細書」という。)によれば、原告が各職人に対して支払った外注費の単価は、職人ごとに異なっており、かつ、総じて当該対価は原告の取引先に対する請求単価に比べて少ない額となっている。
エ. これらの事実関係によれば、原告と取引先との取引は純粋な請負であって、原告が取引先の支配・管理を受けていたものとは到底いえない。原告は、取引先から受注を受けると、自らの責任と判断で履行補助者の職人を調達し、作業完了後は、取引先から作業グループ全体の作業代金を受領するが、その一部を自らの利益として留保した後、これを原告の判断で作業グループの各職人にそれぞれ個別の単価に基づいた計算により支払っているのであり、このような作業代金の分配も、取引先からの拘束を受けることなく、自由に行い得たのである。
このような原告の業務遂行又は労務提供の態様からすれば、原告は各取引先から独立し、自己の危険と計算で作業グループ全体を用いた溶接請負という事業活動を行っていたと認められ、したがって、原告が上記作業から稼得した所得は、全体として事業所得に該当し、給与所得には該当しない。
3 所得税の推計の必要性の有無について
(1) 被告の主張
ア. 本件調査の経緯
原告は、横浜市鶴見区において溶接工事業を営む個人事業者である。
被告は、原告から白色申告により提出された本件係争各年分の所得税の確定申告書の内容を検討したところ、原告に対する調査が長期間行われておらず、平成7年分及び同8年分の各確定申告書には、いずれも事業所得の金額及び給与所得の金額は記載されていたものの、当該両所得に係る収入金額及び必要経費の額の記載がなく、また、本件係争各年分のいずれの年分においても所得税法120条4項所定の事業所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した書類が添付されていなかったため、事業所得の金額及び給与所得の金額の算出根拠が不明であることなどから、原告の本件調査年分の所得税及び消費税等に係る申告内容の適否について確認する必要があると判断し、鶴見税務署員である丙(以下「丙係官」という。)に原告の調査を命じた(乙7号証2及び3、丙証人調書1ページ)。
イ. 推計の必要性
(ア) 申告納税制度の下における納税者は、税法の定めるところに従って正しい申告をする義務を負うとともに、その申告内容を確認するための税務調査(質問調査権の行使)に対しては、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、その申告が正しいことを税務職員に説明する義務を負うものというべきである。そして、納税者が帳簿等の備え付け等をしない場合や税務調査に際し帳簿書類の提出を拒む等した場合等に、国が課税を放棄することは、正しい申告をしている誠実な納税者に比較して、租税負担の公平を欠き到底許されないとの観点から、所得税法156条は、このような場合等に、各種の間接資料に基づく推計の方法により、更正・決定しうることを規定しているのである。
(イ) 本件においては、原告は、丙係官が連絡表等により伝えた調査日時について、何ら事前に都合が悪い旨の連絡をすることなく3回にわたって在宅しなかったものであり、このことは原告が税務調査を忌避していたといわざるを得ない。
また、原告宅内における平成11年11月19日及び同年12月7日の臨場調査においては、丙係官が再三にわたって調査に関係のない第三者である丁(以下「丁」という)を退席させた上で、確定申告の基となったすべての帳簿書類を提示するよう要請したにもかかわらず、原告は、丁の同席に固執し続け、同係官の上記要請に応じようとせず、さらに、丁が丙係官に対し執拗に論争をしかけたり、本件調査とは直接関係のない議論を持ちかけたりするなど、調査を妨害し続けていたにもかかわらず、それを止めることもしなかったのである。
その後、原告は、調査に関係のない第三者である丁の退席には応じたものの、調査時間を制限して十分な調査時間を確保しなかったものであり、また、その際、丙係官が、原告に対して、再三にわたって確定申告の基となったすべての帳簿書類を提示するよう要請したにもかかわらず、「強制調査でなければみせない。」などといって、結局、その要請に応じなかったものである。
(ウ) 以上のとおり、本件調査において、原告は、当初から調査に協力的でない態度を取り続け、結局、確定申告の基となったすべての帳簿書類を提示することはなかったのであるから、被告において、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を実額で把握することは到底不可能であり、本件においては推計の必要性が存在したことは明らかである。
(エ) なお、丙係官に帳簿類を提出した旨の原告の主張が措信し得ないことは、同係官の陳述のほか、これを裏付ける各連絡票の記載から明らかである。
(2) 原告の主張
原告は、被告の調査目的がはっきりしないので、調査目的を明確にする趣旨で、「今日の調査は強制調査か、任意調査か。」と質問した。被告は任意調査だというので、原告はさらに「任意調査の場合には、帳簿、領収書等の提出義務を負っているのか。」と質問した。被告は、任意調査のときは提出義務を負っていないと答弁されたのである。よって、原告は資料提出をしなかったまでである。
原告は、書類等の提示義務を負っていないにもかかわらず、原告の所得算出資料を被告に手渡し、その際、課目別に記帳されている元帳との照合も行い、集計数値が一致していることも被告は確認したのであった。そして、最終的に元帳も預けてもよいと申し入れたが、数値が同じなので所得算出資料だけでよい、と被告は持っていかなかったのである。
このように、原告は、被告に対し帳簿の開示をしたのであるから、本件では実額計算ができたのであり、推計の必要性は全くなかったのである。
4 所得税の推計の合理性の有無について
(1) 被告の主張
ア. 推計の合理性について
(ア) 被告は、原告の事業所得の金額を、被告が把握し得た原告の営む溶接工事業に係る総収入金額に比準同業者(原告と業種・業態、事業規模、立地条件等が類似する同業者)の特前所得率を乗じる方法により推計したものであるが、このようないわゆる同業者率による推計方法が合理的であるためには、<1>同業者抽出基準の合理性(同業者の類似性(業種・業態の同一性、同業者の立地条件の類似性及び同業者の事業規模の近似性)及び資料の正確性)、<2>同業者抽出過程の合理性、<3>同業者の件数の合理性、及び<4>同業者比率の合理性が求められる。
本件における被告の推計方法は以下のとおりであって、本件において被告が採用した推計の方法は、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を算出するにつき合理的な方法である。
(イ) 比準同業者の抽出基準の合理性について
原告の事業所得の金額の算出の基礎となった比準同業者の抽出基準(以下「本件抽出基準」という。)は、次のとおりである。
すなわち、被告は、東京国税局管内である、東京都、神奈川県、千葉県及び山梨県に所得税の納税地を有する個人事業者のうち、本件係争各年分ごとに、次の基準のすべてに該当する者を比準同業者として抽出したものである。
<1> 溶接工事業を営む者
<2> 所得税の申告を青色申告によっている者のうち青色事業者専従者が女性1名のみの者
<3> 事業所得に係る総収入金額が以下の範囲にある者
平成7年分 4086万7053円以上1億6346万8212円以下
平成8年分 4080万7412円以上1億6322万9648円以下
平成9年分 3652万0229円以上1億4608万0914円以下
<4> 原材料仕入れのない者
<5> 年を通じて上記<1>の事業を継続して行っている者
<6> 次のⅰ及びⅱのいずれにも該当しない者
ⅰ 災害等により経営状態が異常であると認められる者
ⅱ 更正又は決定処分がされている者のうち、次のa又はbに該当する者
a 当該処分について通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者
b 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中である者
上記抽出基準により、原告と業種・業態が類似し、事業規模の近似性が認められる比準同業者を抽出することができ、また、所得税の申告を青色申告によっている者を対象として抽出していることから、比準同業者の収入金額及び特前所得金額(青色申告による特典を控除する前の所得金額をいい、総収入金額から売上原価及び経費の額を控除した金額。)が確認できる資料の正確性は担保されている。
したがって、上記比準同業者の抽出基準は合理的である。
(ウ) 比準同業者の抽出過程の合理性について
被告を含む東京国税局管内の各税務署長は、本件各係争年分ごとに上記の比準同業者の各抽出基準のすべてを満たしている者を正に機械的に漏れなく抽出したのであるから、その抽出に恣意が介在する余地はなく、比準同業者の抽出過程(抽出作業)は合理的である。
(エ) 比準同業者の抽出件数の合理性について
本件において抽出された比準同業者の件数は、別表4ないし6のとおり、本件係争各年分においていずれも8件であり、当該件数は、同業者に通常存在する程度の営業条件等の個別性を捨象し、平均化するに足りる件数というべきであり、合理的である。
(オ) 同業者比率の合理性について
本件において抽出された同業者の平均特前所得率は別表4ないし6のとおりであり、その偏差の程度は、同業者間に通常存在する程度の差異であるから、同業者比率は合理的である。
イ. 原告の主張に対する反論
(ア) 夜勤作業の特殊性について
原告は、夜勤作業の場合は昼勤作業の場合の1.5倍の手間賃(外注費)を職人に支払っているから、夜勤作業による収入割合が高い原告には当該収入に比例して外注費が高額となるという事業の特殊性があり、この特殊性を考慮しない被告の推計方法は合理性を欠く旨主張する。
しかしながら、夜勤作業の場合には、職人に支払う手間賃(外注費)だけではなく、取引先に請求する作業代金の単価も同じく昼勤作業の場合の1.5倍となっており(甲9号証、原告本人調書29及び30ページ)、原告の手元に残る額(受領額と支払額との差額)が昼勤作業の場合の1.5倍となっていることからすると、夜勤作業による収入割合が高いことが、原告の特前所得率を低下させる要因となるとは認められない。
したがって、原告の上記主張は失当である。
(イ) その他の比準同業者の抽出基準について
原告は、比準同業者について、夜勤作業による収入割合のほか、元請企業か下請企業か、現場が近郊であるかどうか、職人の経験や技術が同程度であるかどうか等の諸条件が原告と一致していることが推計の方法による課税の要件であり、これらの事情を考慮しない本件所得税各更正処分は違法である旨主張する。
しかしながら、「いわゆる平均値による推計の場合には、その特質からして、同業者に通常存在する程度の営業条件の差異は、その計算の過程において捨象されると考えてよいから、営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、推計の合理性を是認してよいと解することができる」(東京高裁平成7年3月16日判決・行集46巻2・3号280ページ)ところ、本件の比準同業者の抽出件数は、同業者に通常存在する程度の営業条件等の個別性を捨象し、平均化するに足りる件数であって、かつ、原告の掲げる諸条件が本件の推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものであるとまでいうことはできないから、原告の上記主張には理由がない。
(2) 原告の主張
ア. 被告は、類似同業者を選び出し、それらの業者の平均所得率を用いて課税したので、課税に合理性があると主張しているが、被告の業者抽出は多数の業者を適当に選び出し、所得率を作り出しているにすぎないのである。都合の悪い所得率が出ると、税務署の密室の中で、業者を入れ替えるやり方は、決して民主的な課税方式ではあり得ない。
特別の事情がない限り、同程度の収入であれば同程度の所得となるといいながら、平均所得率が最高で40.6パーセント、最低で5.73パーセントと大きな落差が生じているものである。原告の所得が最低所得率ではないという保証は、どこにもないのである。したがって、平均所得率の算定方法は、公平な課税とは全く無縁なものである。
また同業者が実在するかどうか、そして収入、所得について誰が確認したのか全く不明である。被告が、青色申告書の中から抽出し、帳簿書類の備え付け、保存等が義務づけられ、決算額が担保されているから合理的であるといっているだけである。
同規模の類似業者とは、限りなく原告の業態と類似するものを選びその平均所得率を出すのであれば、それは一定の類似性があるといえるかもしれないが、それは次のような要件の同一性があって、初めていえるのである。
<1> 事業を行っている場合、親会社が元請業者なのか、下請業者なのか、こうした営業状況によって下請けに対する発注金額が異なってくるし、親会社の経営状況によっても、所得金額は左右されるのである。
<2> 仕事場か遠方か近所かによって、出張経費等が大きくかわり、それらが所得率に影響されるので、それらが同業者の場合どうなっているのか。
<3> 仕事を順調にこなしていくのに、稼働する職人の年齢、技術等によって、支払う賃金も異なり、所得を大きく左右させるのである。仕事が高度の技術を要求されるときには、同じ人員の数であっても支払う外注費はかさみ、夜勤等が要求される原告の仕事では、通常の外注費等を大幅に上回るのである。
<4> したがって、同業者の類似性によって所得率を求めるのであれば、こうした近似性を選出基準にして、諸条件を満たしたものをもって、初めて可能となるのである。同規模同程度による課税は、原告らにとって財産権の侵害を伴うのであるから、こうした慎重さは必要最低条件と考える次第である。
なお、国税不服審判所は、原告の類似業者として抽出されたものの中から、平成7年分1件、平成9年分2件について、適当でないものがあったといって入れ替えて平均所得率を算出し直している。これらの作業は原告が指摘した密室の中で行っている独断による数字合わせそのものである。原告の主張が被告自身によって裏づけ立証されたできごとといっても過言ではない。
イ. 売上げが原告の2倍以下、2分の1以上の同業者という同規模同程度の抽出企業は、鶴見税務署管内には100単位の企業が存在するはずである。その中から平成7年は8企業、平成8年は8企業、平成9年は11企業を選び出しているが、いかなる基準によって、また、どのような方法によって抽出されたのか明らかでない。税務署は密室の中で適当に業者選定ができるから、公平なる抽出方法について明らかにすべきである。
被告は、同業者ABCD等の売上げ、所得、所得率なるものは一応示してはいるが、これらの数値が実在しているものかどうか、どういう確認方法がとられたのか、全く不明である。
税務署の抽出件数、所得率等は、各税務署において企業の経営状況がそれぞれ異なるため、鶴見税務署、神奈川税務署、川崎南税務署の抽出企業件数も違ってくるであろうし、数値をも同じものでないであろう。納税者が道一本へだてて課税金額が異なるこうした課税方式が、果たして民主的な公平で合理的なものといえるだろうか。
平成7年、同8年ともに抽出企業数が8企業となっている。平成9年も11企業でなくても、8企業の抽出でもよいのではないだろうか、所得率の高い方から8企業を抽出すれば、平均所得率は高くなるし、低い方から8企業を選び出せば、平均所得率は低くなるのは当たり前である。
推計課税の規定されている要件は、推計課税をするときは、あらゆる面で、限りなく納税者に近いものを選び出すようにとの趣旨で、要件が述べられていると解すべきである。
原告が同じ溶接工事を行うときであっても、親会社の状況によって下請企業の金額は異なり、したがって所得率も左右されるので、これらのチェックがどうなっているのかをみきわめることが、重要な課題となるのである。
親会社が元請企業なのか、下請企業なのかによっては交通費支給となったり不支給になったり、また常用工事も異なるのが常識でもある。
同業者ABCD等の労務者は何人なのか、企業の構成員の変動によって、収益率は異なるし、職人の年齢によっても、また経験年数、技術水準によっても作業効率が変わり、収益率も左右されるのである。ABCD等の企業の現場はどこだったのか、現場までの所用時間はどのくらいかかっているのかが経費を左右するし、所得率変動の要因となるのである。また、出張仕事は全体の何パーセントを占めているのか、この要因は、経費増の大きな問題点なのである。
勤務形態によっては、労務工賃の支給に、大きな変動となる。トンネル内でのシールド機械の組立、溶接という特殊溶接は、堅孔に機械搬入の関係から道路下に堅孔を設けるのが常であり、品物が大きいので機械の吊下げ、導入と同時に昼夜交代の突貫作業が非常に多く、こうした作業環境なので、外注費の増加が他企業との決定的な違いとなるのである。夜勤のときは昼勤の1.5倍となっているのである。したがって、昼仕事企業との平均所得率の比較は、全く問題外である。
5 推計に対する実額反証の成否について
(1) 原告の主張
原告は、その所得の算出に当たっては、各年度とも領収書等を整理し、実額による計算を行い、所得算出資料を提出しているのである。よって、推計による課税は、根拠のないものである。原告の所得の実額については、提出済の書証で明らかである。
また、家の中を整理したところ、本件各係争年分の領収書が発見された。これをふまえると別表7の「各年度決算書」のとおりの金額となる。
(2) 被告の主張
ア. 原告は、本件係争各年分の原告の所得金額が甲9号証ないし甲19号証-2によって明らかであり、その金額は被告が推計の方法によって算出した金額より少ない旨主張する。
しかしながら、原告の上記主張(いわゆる実額反証)は、次のとおり、被告の推計の方法による課税を排斥するに足る内容であるとは、到底認められない。
イ. 実額反証において納税者が行うべき主張及び立証について
事業所得の金額とは、その年中の事業所得に係る収入金額の総額から必要経費の総額を控除した後の金額である(所得税法27条2項参照)から、推計の方法によらずに上記所得金額の計算をすることが直接資料によって可能であるというためには、単に各年分の収入金額又は必要経費の実額の一部又は全部を主張・立証するだけでは足りず、各年分の収入金額及び必要経費の実額のすべてを主張・立証することを要するというべきである。
そして、税務調査において所得金額の確認ができないため、税務署長が推計の方法によって課税処分を行ったことに対して、納税者が実際の収入金額及び必要経費の金額で所得金額を算出することができる旨主張する場合には、その立証は推計を排斥するものとして完全なものでなくてはならず、その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引について捕捉漏れのない総収入金額であり、かつ、その収入と対応する必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有するとの点について合理的な疑いを容れない程度にまで立証しなければならない。
これは、税務調査において所得金額を実際の金額で確認できる資料を提出せず、税務署長をして推計課税を余儀なくさせておきながら、審査請求、訴訟の段階に至って初めて実際の金額を主張する納税者は、もともと事業所得を構成する個々の経済取引の当事者であって、課税要件事実に関する証拠との距離が極めて近く、課税庁よりも納税者の方がはるかにその証拠資料の収集・提出が容易な立場にあるからである。
ところで、一般に、事業所得の金額を実際の収入金額及び必要経費の金額によって算出するためには、事業に関して生じる収入及び支出の一切を細大漏らさず記録した会計帳簿の存在が不可欠である。このようにして、日々継続的に記録された会計帳簿は、収入の計上漏れの生ずるおそれが少なく、恣意的な操作をすることも困難であることから、網羅性を認めることができ、かつ、会計帳簿間での関連性や原始記録と照合することによって、その正確性を検証することができるからである。
さらに、上記会計帳簿の記載の真実性を立証する証拠として、会計帳簿に記載された取引の際に作成された領収書、請求書、納品書及びそれらの控え等のいわゆる原始記録も必要であることはいうまでもない。
したがって、上記の会計帳簿のみで、原始記録が証拠として提出されない場合は、会計帳簿に記載の取引の存在の証明が不十分であるといわざるを得ず、また、会計帳簿が存在せず、単に納品書や領収書等の原始記録のみが存在する場合にも、納品書や領収書等を破棄しあるいは集計から除外し、容易に恣意的な金額操作ができるのであるから、証明は不十分であるといわざるを得ない。
ウ. 原告の実額反証が不十分であることについて
(ア) 会計帳簿の不存在
原告が本件係争各年分の原告の事業所得の金額を実際の収入金額及び必要経費の金額によって主張するためには、事業に関して生じる収入及び支出のすべてについて日々継続的に記録された会計帳簿の存在が不可欠である。
しかしながら、原告が丙係官に提示した所得算出資料(乙8号証の1ないし3)及び本訴において提出した元帳(甲11号証-1、甲13号証-1及び甲15号証-1)はいずれも税務調査を受けてから作成したものであり、平成11年12月に事業を法人化するまでの個人事業のころは会計帳簿を作成していなかったのであるから(乙証人調書1及び3ページ)、本件係争各年分について、原告の事業に関して生じた収入及び支出のすべてについて日々継続的に記録された会計帳簿が存在しないことは明らかである。
さらに、上記元帳には不正確な記載部分が見受けられ、例えば、平成7年分の収入金額だけをみても、C有限会社からの収入金額がすべて計上漏れとなっていることは、原告も自認するところである(原告本人調書16及び17ページ)。
したがって、原告が、自身の主張するところの実際の事業所得の金額を合理的な疑いを容れない程度にまで立証したとは到底認められず、原告の実額反証は、この点において、既に失当といわざるを得ない。
(イ) 総収入金額について
原告は、別表7の「各年度決算書」に記載された金額が、原告の主張する実際の収入金額及び必要経費の金額である旨陳述している(原告本人調書18及び19ページ)。
そして、上記「各年度決算書」によれば、本件係争各年分の総収入金額は、平成7年分は8173万4106円で被告主張額と一致しているが、平成8年分は8131万8528円で、被告主張額を約30万円下回っており、平成9年分は、8198万9061円で、被告主張額を約900万円も上回っている。
ところで、上記1で述べたとおり、実額反証が認められるためには単に各年分の収入金額又は必要経費の実額の一部又は全部を主張・立証するだけでは足りず、各年分の収入金額及び必要経費の実額のすべてを主張・立証することを要するところ、原告が本訴において収入金額を証するものとして提出したのは甲9号証の請求書(控)のみであり、同号証に記載された各請求金額によれば、総収入金額は、平成7年分は7781万7677円、平成8年分は7062万3661円、平成9年分は6648万3183円であって、いずれも上記「各年度決算書」に記載された本件係争各年分の総収入金額をはるかに下回っている。
したがって、原告は、自身の主張する総収入金額が本件係争各年分の原告のすべての収入金額であることについて、合理的な疑いを容れない程度にまで立証しているとは、到底いえない。
(ウ) 外注費について
原告は、本訴において、原告が雇った職人に対して支払った外注費の額を証するものとして、領収書のほか、給与明細書を提出している。
しかしながら、いずれの給与明細書にも、年月分の表示と労働日数、各職人のものと思われる氏名、支給額及び控除額の明細及び合計額、差引支給額が同一の筆跡で記載され、給与明細書右下の「係員」欄に「甲」の押印があるだけで、受領者の住所、支払時期等の記載はなく、受領者の押印もサインもない。
したがって、これらの給与明細書により、外注費が、いつ、だれに対し、いくら支払われたかを確定することはできない。この点は原告も自認しているところである(原告本人調書27及び28ページ)。
(エ) その他の経費について
原告は、その他諸々の領収書類を提出して、それらが原告の本件係争各年分における事業上の必要経費を証するものであるとする。
しかしながら、上記イ.で述べたとおり、実額反証における必要経費の主張については、その者の事業の収入と対応する必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有するとの点について合理的な疑いを容れない程度にまで立証しなければならないところ、上記領収書類の中には、あて名が空白又は上様となっているなど、事業との関連性どころか支払の事実すら不明なものが多数見受けられる。
さらに、提出された領収書類の中には、国内版のCD購入代金(甲10号証-5・18枚目)、ランジェリーの購入代金(甲12号証-5・47枚目)、布団カバーの購入代金(甲14号証-2・59枚目)といった、およそ事業との関連性が認められないものや、原告の長女のパンストの購入代金(甲12号証-11・232枚目)のように、明らかに家事費に当たるものまで、多数混在しているのである。
したがって、上記領収書類が、原告の事業上の必要経費を立証するに足りないことは明らかである。
(オ) 小括
以上のとおり、原告は、事業に関して生じる収入及び支出のすべてについて日々継続的に記録された会計帳簿を作成しておらず、原告が主張する総収入金額が原告のすべての収入であること、原告が主張するすべての必要経費が実際に支出されたこと、当該支出が事業収入と対応関係にあること又は事業との関連性を有することのいずれも、合理的な疑いを容れない程度にまで立証しているとはいえない。そして、原告が提出したすべての証拠によっても、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を実額によって算定することはできないから、原告の実額反証の主張は失当である。
6 平成7年課税期間における仕入れに係る消費税額の控除の可否について
(1) 被告の主張
ア. 平成6年法律109号による改正前の消費税法(以下、単に「消費税法」という。)30条1項の適用がないことについて
原告の平成7年課税期間における消費税額の計算上、消費税法30条7項により、同条1項の規定が適用されないことは、以下のとおりである。
(ア) 消費税法30条1項は、「事業者・・・が、国内において課税仕入れを行った場合・・・には、当該課税仕入れを行った日・・・の属する課税期間の第45条第1項第2号に掲げる課税標準額に係る消費税額・・・から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額(当該課税仕入れに係る支払対価の額に103分の3を乗じて算出した額をいう。・・・)・・・を控除する。」と規定する。
そして、消費税法30条7項は「第1項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れ・・・等の税額については、適用しない。」と規定しているところ、ここにいう「保存」とは、単に物理的な保存では足りず、税務調査等のために税務職員等により適法な提示要求がされたときには、これに直ちに応じることができる状態での保存をいい、税務調査等のために税務職員等により適法な提示要求がなされたにもかかわらず、正当な理由なく納税者がこれに応じなかったときは、その時点において必要とされる帳簿等の保存がなかったことが事実上推定され、この事実上の推定は、その後の不服申立手続や訴訟手続において、その不服申立手続や訴訟手続の時点における帳簿等の保存が確認されたからといって、それだけで直ちに覆されるものではなく、それ以上に、税務調査等の時点において帳簿等が保存されていたことを推認させる事実の具体的な立証がなされて、はじめて覆されるものと解されている。
(イ) 本件においては、上記3(1)イ.で述べたとおり、丙係官が原告に対し、調査に協力し、確定申告の基となったすべての帳簿書類を提示するよう再三にわたり要請したにもかかわらず、原告は、同係官に対して、個々の収入や支出の具体的な事実が明らかにされていない「所得算出資料」(乙8号証の1ないし3)のみを提示し(丙証人調書9ないし11ページ)、そのほかには、丁を介して同係官の前で領収書類と思われる書類の綴りをその内容が確認できない程度にペラペラとめくって見せたにすぎないのである(丙証人調書34ページ及び乙証人調書4ページ)。そして、原告は、丙係官が「所得算出資料」以外の帳簿書類を提示するよう要求したにもかかわらずこれに応じず、結局のところ、本件係争各課税期間の課税仕入れ等の控除に係る帳簿又は請求書等を保存していることを明らかにしなかったものであり、その結果、被告において、原告が本件係争各課税期間の課税仕入れ等の控除に係る帳簿又は請求書等を保存していることが確認できなかったものである。
したがって、原告については、反証なき限り、税務調査等のために丙係官により適法な提示要求がされた時点において消費税法30条7項に規定する帳簿又は請求書等の保存がなかったと認められる。
そして、これを覆すに足る反証は何らなされていないから、原告の平成7年課税期間の納付すべき消費税額の計算上、消費税法30条1項に定める仕入れに係る消費税額の控除の規定が適用されないことは明らかである。
イ. 消費税法37条1項の適用がないことについて
原告は、原告の平成7年課税期間の仕入れに係る消費税額の控除について、消費税法37条1項に定める控除の特例(簡易課税制度)により、課税標準額の一定の割合に相当する金額が認められるべきである旨主張する。
しかしながら、同項は、上記特例の適用要件として、当該特例を受けようとする課税期間の開始する日の前日までに、その者の納税地を管轄する税務署長に当該特例を受ける旨記載した届出書を提出することを定めているところ、原告が上記届出書を被告に提出したのは平成7年3月24日であり(乙6号証)、上記適用要件を満たしていないことが明らかであるから、原告の上記主張には理由がない。
(2) 原告の主張
ア. 平成7年課税期間の消費税については、仕入れ控除について控除すべきである。
原告は、消費税法成立後、長い間元請会社に対して、消費税の請求を全く行っておらず、仲間にいわれて平成7年2月分請求から初めて請求したのが実態である。したがって、平成5年当時、原告としては、課税業者であるとの理解などは全くなかったのである。消費税に対する誤解は、被告によっても起きており、被告ですら誤りを犯すほど混乱していた当時、納税者が分からなかったことは、当然あり得ることである。
不法に消費税を徴収されたD建設労働組合員2名は、平成元年には無申告であったにもかかわらず、仕入れ控除を受けたのである。よって、原告に対しても仕入れ控除をすべきである。
なお、仕入れ控除については、建設業として70パーセントとすべきである。原告は、道具も持参、消耗品も自己負担しており、身体だけ作業にいくサービス業ではないのである。
イ. 原告は、調査に際して、「所得算出資料」を提出し、元帳との数値の照合を行い、照合後元帳の持参まで申し入れたが、被告自身がその必要なしと断ったのである。また領収書綴りについても現物を確認させ、元帳の基礎資料である点についても、了解されていたものである。
原告は、書類提示義務を負っていないにもかかわらず、元帳と「所得算出資料」との照合をはじめ、必要ならばと元帳持参提案まで行っているのである。こうした事実経過からして、課税仕入れに係る消費税控除はできないという理由は、理由にはならないのである。
7 平成8年課税期間における業種区分の適否について
(1) 被告の主張
ア. 仕入れにかかる消費税額の控除の特例(簡易課税制度)について
消費税法は、事業者が国内において課税仕入れ(同法2条1項12号)を行った場合には、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額の合計額を控除すると規定している(同法30条1項)ところ、事業者が、その納税地を管轄する税務署長にその基準期間(同法2条1項14号)における課税売上高が4億円以下である課税期間について、同法37条1項の規定の適用を受ける旨を記載した届出書を提出した場合には、当該届出書を提出した日の属ずる翌課税期間以後の課税期間については、課税標準に対する消費税額から控除することができる課税仕入れ等の税額の合計額は、当該事業者の当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から当該課税期間における同法38条1項に規定する売上げに係る対価の返還等の金額に係る消費税額の合計額を控除した残額の100分の60に相当する金額(卸売業その他の政令で定める事業を営む事業者にあっては、当該残額に、政令で定めるところにより当該事業の種類ごとに当該事業における課税資産の譲渡等に係る消費税額のうちに課税仕入れ等の税額の通常占める割合を勘案して政令で定める率を乗じて計算した金額)とされ、この場合において、当該金額は、当該課税期間における仕入れに係る消費税額とみなされる(同法37条1項)。
原告は、同法37条1項の適用を受ける旨記載した届出書(乙6号証)を、平成7年3月24日、被告に提出していることから、平成8年課税期間の仕入れに係る消費税額の控除については、同項の規定に基づいて計算した金額となる。
イ. 原告の営む事業は、消費税法施行令(平成8年政令86号による改正前のもの。以下同じ。)57条5項4号に規定する第四種事業に該当する。
したがって、原告の平成8年課税期間の納付すべき消費税額の計算に当たり、消費税法37条1項に定める仕入れに係る消費税額の控除の特例(簡易課税制度)の適用上、課税標準額の100分の60に相当する額が控除される。
ウ. これに対し、原告は、原告の事業は同法施行令57条5項3号に定める第三種事業(以下「第三種事業」という。)とされる建設業である旨主張する。
しかし、「加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業」(同法施行令57条5項3号括弧書き)が、第三種事業から除外され、第四種事業とされているのは、建設業のうちで、自ら主要建築資材を調達していない事業者の仕入れに係る消費税の負担はその余の事業者に比して、一般に低いためであるところ、原告の事業の態様は、溶接工事を受注し、原告自身又は原告が雇った職人が各作業現場において作業を行って、その作業代金を受領するというものであり、自ら主要建築資材を調達して行うものではない。
したがって、原告の事業が「加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業」であって、第四種事業に該当することは明らかである。
(2) 原告の主張
原告は、労務のみ提供する事業ではなく、消耗資材、自分たちの使用する溶接工具、その他を持ち込んでの作業である。よって、原告の作業は明らかに第三種事業としての適用が当然である。
トンネル工事に伴うシールドマシンの溶接及び高圧下での作業という環境なので、主要機械、特殊な装置など、通常地上で使用する機械とは異なるため、それらのものは親会社持ちであるが、その他の溶接機械は、すべて原告負担となっているのである。
8 税額等の計算の適否について
(1) 被告の主張
ア. 本件所得税各更正処分の適法性
被告が本訴で主張する原告の本件係争各年分の所得税の総所得金額及び納付すべき税額は下記(ア)及び(イ)のとおりであるところ、本件所得税各更正処分に係る総所得金額及び納付すべき税額は別表1の1ないし3に記載したとおりであって、いずれの係争年分についても被告が本訴で主張する総所得金額及び納付すべき税額を下回るから、本件所得税各更正処分はいずれも適法である。
(ア) 総所得金額及びその計算根拠
a. 平成7年分の総所得金額
平成7年分の総所得金額(事業所得の金額)は1030万4878円であり、その算出過程は以下のとおりである。
(a) 総収入金額 8173万4106円
上記金額は、被告が把握し得た原告の営む溶接工事業に係る平成7年分における収入額の合計金額であり、その内訳は別表3(平成7年分欄)記載のとおりである。
(b) 特前所得金額 1116万4878円
上記金額は、上記(a)の総収入金額に、比準同業者の総収入金額に占める特前所得金額の割合の平均値(以下「平均特前所得率」という。ただし、小数点第5位以下切捨て。以下同じ。)0.1366を乗じて算出した金額である。
(c) 事業専従者控除額 86万0000円
上記金額は、原告の配偶者である乙(以下「妻」という。)に係る所得税法57条3項所定の事業専従者控除額である。
(d) 事業所得の金額 1030万4878円
上記金額は、(b)の特前所得金額から(c)の事業専従者控除額を控除した金額である。
b. 平成8年分の総所得金額
平成8年分の総所得金額(事業所得の金額)は、1286円7613円であり、その算出過程は以下のとおりである。
(a) 総収入金額 8161万4824円
上記金額は、被告が把握し得た原告の営む溶接工事業に係る平成8年分における収入額の合計金額であり、その内訳は別表3(平成8年分欄)記載のとおりである。
(b) 特前所得金額 1372万7613円
上記金額は、(a)の総収入金額に、比準同業者の平均特前所得率0.1682を乗じて算出した金額である。
(c) 事業専従者控除額 86万0000円
上記金額は、妻に係る所得税法57条3項所定の事業専従者控除額である。
(d) 事業所得の金額 1286万7613円
上記金額は、(b)の特前所得金額から(c)の事業専従者控除額を控除した金額である。
c. 平成9年分の総所得金額
平成9年分の総所得金額(事業所得の金額)は1179万7911円であり、その算出過程は以下のとおりである。
(a) 総収入金額 7304万0457円
上記金額は、被告が把握し得た原告の営む溶接工事業に係る平成7年分における収入額の合計金額であり、その内訳は別表3(平成9年分欄)記載のとおりである。
(b) 特前所得金額 1265万7911円
上記金額は、(a)の総収入金額に、比準同業者の平均特前所得率0.1733を乗じて算出した金額である。
(c) 事業専従者控除額 86万0000円
上記金額は、妻に係る所得税法57条3項所定の事業専従者控除額である。
(d) 事業所得の金額 1179万7911円
上記金額は、(b)の特前所得金額から(c)の事業専従者控除額を控除した金額である。
(イ) 納付すべき税額及びその計算根拠について
a. 平成7年分の納付すべき税額 140万2000円
(a) 総所得金額(事業所得の金額) 1030万4878円
(b) 所得から差し引かれる金額の合計額139万4826円
上記金額は、原告の平成7年分所得税の確定申告書に記載された所得から差し引かれる金額の合計額と同額である。
(c) 課税総所得金額 891万0000円
上記金額は、(a)総所得金額から(b)所得から差し引かれる金額の合計額を差し引いた残額である(ただし、通則法118条1項の規定により、1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)。
(d) 課税総所得金額に対する税額 145万2000円
上記金額は、上記(c)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率を乗じて算出した金額である。
(e) 特別減税額 5万0000円
上記金額は、平成7年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定に基づき、上記(d)の課税総所得金額に対する税額に100分の15の割合を乗じて算出した金額(最高限度額5万円)である。
(f) 納付すべき税額 140万2000円
上記金額は、上記(d)課税総所得金額から(e)特別減税額を控除した金額である。
b. 平成8年分の納付すべき税額 226万9000円
(a) 総所得金額(事業所得の金額) 1286万7613円
(b) 所得から差し引かれる金額の合計額 103万6974円
上記金額は、原告の平成8年分所得税の確定申告書に記載された所得から差し引かれる金額の合計額156万6974円から、53万円を差し引いた残額である。原告は同確定申告書に、原告の長女に係る扶養控除額を53万円と記載して総所得金額から控除していたものであるが、長女は平成8年分の合計所得金額が38万円を超えており、原告の扶養親族には該当しないから、扶養控除の適用はない(所得税法2条1項34号、84条1項)。
(c) 課税総所得金額 1183万0000円
上記金額は、(a)総所得金額から(b)所得から差し引かれる金額の合計額を差し引いた残額である(ただし、通則法118条1項の規定により、1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)。
(d) 課税総所得金額に対する税額 231万9000円
上記金額は、上記(c)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率を乗じて算出した金額である。
(e) 特別減税額 5万0000円
上記金額は、平成8年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定に基づき、上記(d)の課税総所得金額に対する税額に100分の15の割合を乗じて算出した金額(最高限度額5万円)である。
(f) 納付すべき税額 226万9000円
上記金額は、上記(d)課税総所得金額から(e)特別減税額を控除した金額である。
c. 平成9年分の納付すべき税額 196万4700円
(a) 総所得金額(事業所得の金額) 1179万7911円
(b) 所得から差し引かれる金額の合計額 114万8200円
上記金額は、原告の平成9年分所得税の確定申告書に記載された所得から差し引かれる金額の合計額と同額である。
(c) 課税総所得金額 1064万9000円
上記金額は、(a)総所得金額から(b)所得から差し引かれる金額の合計額を差し引いた残額である(ただし、通則法118条1項の規定により、1000円未満の端数を切り捨てたあとのもの)。
(d) 課税総所得金額に対する税額 196万4700円
上記金額は、上記(c)の課税総所得金額に所得税法89条1項の税率を乗じて算出した金額である。
(e) 納付すべき税額 196万4700円
上記金額は、上記(d)と同額である。
イ. 本件消費税決定・更正処分の適法性
被告が本訴で主張する原告の本件各係争課税期間の消費税の課税標準及び納付すべき税額は、下記(ア)及び(イ)のとおりであるところ、本件消費税決定・更正処分に係る原告の課税標準額及び納付すべき税額は別表2に記載したとおりであって、いずれの課税期間についても被告が本訴で主張する課税標準額及び納付すべき税額を下回るから、本件消費税決定・更正処分はいずれも適法である。
(ア) 平成7年課税期間
a. 課税標準額 7935万3000円
上記金額は、原告の上記課税期間における課税資産の譲渡等の対価の額である(消費税法28条1項、ただし、平成6年法律109号による改正が施行される前のもの)。すなわち、原告の平成7年分事業所得に係る総収入金額8173万4106円に103分の100を乗じた金額(通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた金額。以下、同じ。)である。
b. 課税標準額に対する消費税額 238万0590円
上記金額は、上記a.の課税標準額に消費税法29条所定の税率100分の3を乗じて算出した金額である。
c. 仕入れに係る消費税額の控除額 0円
d. 納付すべき税額 238万0500円
上記金額は、b.の課税標準額に対する消費税額(通則法119条1項の規定により100円未満を端数を切り捨てた金額。以下、同じ。)と同額である。
(イ) 平成8年課税期間
a. 課税標準額 7923万7000円
上記金額は、原告の上記課税期間における課税資産の譲渡等の対価の額であり、原告の平成8年分事業所得に係る総収入金額8161万4824円に103分の100を乗じた金額である。
b. 課税標準額に対する消費税額 237万7110円
上記金額は、上記a.の課税標準額に消費税法29条所定の税率100分の3を乗じて算出した金額である。
c. 仕入れに係る消費税額の控除額 142万6266円
上記金額は、消費税法37条1項の規定により、上記b.の課税標準額に対する消費税額237万7110円に100分の60を乗じた金額である。
d. 納付すべき税額 95万0800円
上記金額は、上記b.の課税標準額に対する消費税額からc.の仕入れに係る消費税額の控除額を差し引いた金額
ウ. 本件無申告加算税及び各過少申告加算税賦課決定処分の適法性
(ア) 所得税に係る各過少申告加算税賦課決定
原告は、本件各係争年分の所得税につき、いずれも過少に申告していたので、被告は、本件所得税各更正処分において新たに納付すべきこととなった税額(通則法118条3項の規定により1万円未満を切り捨てた金額)を基礎として以下のとおり計算し、各過少申告加算税を賦課決定したものであり、これらの過少申告加算税賦課決定処分はいずれも適法である。
a. 平成7年分 15万2000円
上記金額は、上記年分の本件所得税更正処分により、原告が新たに納付すべきこととなった税額118万円に通則法65条1項の規定に基づき100分の10の割合を乗じて算出した金額11万8000円に、同条2項の規定に基づき新たに納付すべきこととなった税額118万円のうち50万円を超える部分に相当する金額68万円に100分の5の割合を乗じて算出した金額3万4000円を加算した金額である。
b. 平成8年分 23万0500円
上記金額は、上記年分の本件所得税更正処分により、原告が新たに納付すべきこととなった税額169万円に通則法65条1項の規定に基づき100分の10の割合を乗じて算出した金額16万9000円に、同条2項の規定に基づき上記新たに納付すべきこととなった税額169万3900円(通則法118条3項により1万円未満の金額を切り捨てる前の金額)に被告が平成9年9月30日付けでした原告の上記年分の所得税の更正処分により原告が新たに納付すべきこととなった税額4万5100円(通則法118条3項により1万円未満の金額を切り捨てる前の金額)を加算した税額173万9000円のうち、50万円を超える部分に相当する金額123万円(通則法118条3項により1万円未満を切り捨てた金額)に、100分の5の割合を乗じて算出した金額6万1500円を加算した金額である。
c. 平成9年分 10万5500円
上記金額は、上記年分の本件所得税更正処分により、原告が新たに納付すべきこととなった税額89万円に通則法65条1項の規定に基づき100分の10の割合を乗じて算出した金額8万9000円に、同条2項の規定に基づき上記新たに納付すべきこととなった税額89万円5600円(通則法118条3項により1万円未満の金額を切り捨てる前の金額)のうち、その国税に係る期限内申告税額に相当する金額56万3600円を超える部分に相当する金額33万円(通則法118条3項により1万円未満を切り捨てた金額)に、100分の5の割合を乗じて算出した金額1万6500円を加算した金額である。
(イ) 消費税に係る無申告加算税及び過少申告加算税賦課決定
a. 平成7年分 34万0500円
被告は、原告が、平成7年課税期間の消費税につき無申告であったので通則法66条1項の規定に基づき、平成7年課税期間の消費税の決定処分により、原告が納付すべきこととなった税額227万円(通則法118条3項により1万円未満を切り捨てた金額)に100分の15の割合を乗じて算出した金額34万0500円に相当する無申告加算税を賦課決定した。
b. 平成8年分 1万3000円
被告は、原告が、平成8年課税期間の消費税につき過少に申告していたので、通則法65条1項の規定に基づき。平成8年課税期間の消費税の更正処分により新たに納付すべきこととなった税額13万円に100分の10を乗じて算出した金額1万3000円に相当する過少申告加算税の賦課決定をした。
(2) 原告の主張
争う。
消費税の納付すべき税額は、下記の納付税額欄に記載された金額である。
<省略>
第6当裁判所の判断
1 本件各課税処分に係る処分理由の明示の要否(争点1)について
(1) 所得税について
所得税法155条2項は、青色申告書に係る年分の総所得金額の更正をする場合には、その更正に係る更正通知書にその更正の理由を附記しなければならない旨定めているが、いわゆる白色申告書に係る総所得金額を更正する場合については、同様の規定は置かれていないから、白色申告書に係る更正については、その理由の附記が要件とされていないことは明らかである。
そして、本件所得税各更正処分等は、いわゆる白色申告書に係る更正等である。
ところで、一般に行政処分に理由附記を要求する趣旨は、処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに(処分適正化機能)、処分理由を相手方に知らせることによって不服申立ての便宜を図る(争点明確化機能)ことにあると解されるのであるが(最高裁判所昭和49年4月25日第一小法廷判決・民集28巻3号405頁)、所得税の課税処分においては、いわゆる白色申告書に係る更正等についても、原則として、処分をした税務署長に対する異議申立て及び国税不服審判所長に対する審査請求という2段階の行政不服申立手続が整備され(通則法75条1項1号及び同条3項)、その各段階において、処分をした税務署長からその処分の理由が明示されることが予定されており(同法84条4項及び5項並びに同法93条2項)、これらの手続を通じて処分の適正化と争点の明確化が図られることが保障されているのであるから、いずれにせよ、これらの段階で処分をした税務署長から処分理由が明示されれば足りるものというべきである。
本件においても、被告の本件所得税各更正処分等の理由は、原告の異議申立てに対する異議決定書並びに審査請求についての審理段階において原告に明示されているのである〔甲4ないし7号証〕。
(2) 消費税について
消費税法上、決定の通知書又は更正の通知書にその理由を附記しなければならない旨の規定はなく、これらの決定又は更正については、その理由の附記は要件とされていない。
そして、上記(1)と同様に、本件において、被告の本件消費税決定・更正処分の理由は、原告の異議申立てに対する異議決定書並びに審査請求についての審理段階において原告に明示されているのである〔甲4ないし7号証〕。
(3) 小括
上記のとおりであるから、本件各課税処分において、その処分理由が明示されていなかったことをもって、これらの処分の違法事由であるとすることはできず、争点1についての原告の主張は、理由がない。
2 原告の所得の給与所得該当性の有無(争点2)について
(1) 給与所得と事業所得の区別の基準
給与所得の意義について、所得税法28条1項は「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」と規定しているところ、これは、一般に、雇用契約又はこれに準ずる法律関係に基づき、対価の支払者の時間的、場所的拘束の下で継続又は反復して自己の労務を提供することにより得られる対価としての所得であるということができる。
これに対し、事業所得については、所得税法27条1項、同法施行令63条においてこれを定義しているところ、それは要するに、対価を得て継続的に行う社会通念上事業と認められるものから生ずる所得をいう(ただし、不動産所得、山林所得及び譲渡所得に該当するものを除く。)のであるが、上記の給与所得との区別という観点からは、それらの所得の発生の基因となる労務の提供ないし業務の遂行が、対価の支払者による時間的、場所的な拘束の下で非独立的に行われるのか、それとも、自己の計算と危険負担の下で独立的に行われるのかの識別が重要であるということができる。すなわち、その労務の提供ないし業務の遂行が、前者の性質のものであれば、その対価としての所得は給与所得に当たるというべきであり、後者の性質のものであれば、その対価としての所得は事業所得に当たるというべきである。
そこで、上記の観点から、原告の労務の提供ないし業務の遂行の態様について具体的に考察することとする。
(2) 原告の労務の提供ないし業務の遂行の態様
原告は、特定の者に雇われて働いていたものではなく、複数の取引先から溶接工事を受注し、その受注内容に合わせて職人を都合して、各作業現場において作業を行うとともに、作業代金は、作業に従事した者1人について1日(1工数)当りいくらという形の契約によって、取引先から支払を受けていた〔乙1号証の1ないし9、甲9号証、原告の供述〕。
そして、原告が取引先に請求する作業代金の額は、作業に従事した者が原告自身又は原告が雇った職人のいずれの者であっても、その単価に差異は認められないのである〔甲9号証〕。
これに対し、原告が雇った各職人に対して支払った外注費の単価は、職人ごとに異なっており、かつ、その対価は原告の取引先に対する請求単価に比べて少ない〔甲10号証〕のであって、その差額は原告が収受しているものと推認されるところである。
つまり、原告は、各取引先から作業に従事した職人ら全員分の作業代金を受領し、その一部を自らの収入金額として留保した後、これを原告の判断で各職人に対しそれぞれ個別の単価に基づいた計算により支払っていたのであり、原告においては、このような作業代金の分配を、取引先からの拘束を受けることなく、自由に行い得たところである。
(3) 小括
上記のような原告の労務の提供ないし業務の遂行の態様よりすれば、原告は、その業務を、自己の計算と危険負担の下で、対価の支払者から独立して行っていたことは明らかというべきであるから、原告がその業務から得た所得は、全体として事業所得に該当し、給与所得には該当しないものというべきである。
したがって、争点2についての原告の主張も、理由がない。
3 所得税の推計の必要性の有無(争点3)について
(1) 推計の必要性の意義
申告納税制度の下においては、納税義務者は、税法の定めるところに従って正しい内容の納税申告をすべき義務を負うのであり、その申告の内容を確認するための税務調査に対しては、その課税標準ないし納付すべき税額の計算の基礎となる取引等の実情を最もよく知り、かつ、関係資料を所持する者として、その納税申告の内容が正しいことを調査担当者に説明する義務を負うものというべきである。
ところで、所得税法156条は、税務署長において、納税義務者に係る所得税につき更正又は決定をする場合には、その者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額を推計して、これをすることができる旨を規定している。これは、税務署長においては、原則として、納税義務者に対する税務調査等によって得られた直接資料に基づいて、いわゆる実額による更正又は決定をすべきであるが、その調査等によっても所得の実額を捕捉するのに十分な直接資料を得られなかった場合に、そのことを理由として課税を見合わせることは、申告納税制度の趣旨に則り正しい納税申告をしている誠実な納税義務者との租税負担の公平の見地からしても、これを許容することができないところから、このような場合においては、各種の間接資料に基づく推計の方法により、更正又は決定をすることを認めたものである。
上記のような申告納税制度の下における納税義務者の申告義務等やいわゆる推計課税の方法を認めた所得税法156条の規定の趣旨よりすれば、納税義務者がもともとその総所得金額ないし納付すべき税額の計算の基礎となる帳簿書類等を備え付けておらず、もしくは、帳簿書類を備え付けていても、その記載内容に不備があり、あるいは、納税義務者が税務調査に非協力的である等により、税務署長において、直接資料に基づいて納税義務者の所得の実額を捕捉することが困難である場合においては、所得税法156条に基づき推計の方法によって更正又は決定をする必要性があるというべきである。
(2) 本件における税務調査の経緯等
そこで、上記の観点から、本件において、原告の本件係争各年分の所得税について推計の方法によって更正処分をする必要性があったかどうか、本件税務調査の経緯等についてみると、証拠〔乙7号証、証人丙の証言〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
<1> 被告は、原告から提出された本件係争各年分の所得税の確定申告書の内容を検討した結果、原告に対する税務調査が長期間行われておらず、かつ、平成7年分及び平成8年分の各確定申告書には、いずれも事業所得の金額及び給与所得の金額が記載されていたものの、両所得に係る収入金額及び必要経費の額の記載がなく、また、本件係争各年分のいずれの年分においても、所得税法120条4項が規定している事業所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した書類が添付されていなかったため、事業所得の金額及び給与所得の金額の算出根拠が不明であることなどから、原告の本件係争各年分の所得税及びこれらの期間に対応する消費税等に係る申告内容の適否について確認する必要があると判断し、丙係官に原告に対する調査を命じた。
<2> 丙係官は、平成10年10月26日、同年11月2日、同月6日、11日の4回にわたり、調査のため原告宅を訪れたが、特に11月2日以降の日については、予め、原告の妻であり原告の事業専従者である乙(以下「乙」という)に対し、訪問日時、目的等を記載した「連絡票」を手渡し、原告に調査に応じてもらうよう伝えて欲しいと依頼していたにもかかわらず、原告は、いずれの日も不在で、調査を行うことができなかった。
<3> 丙係官は、漸く同月19日、原告宅で原告に会うことができたが、税理士資格のない丁が同席していた。そこで、丙係官は、原告に対し、公務員には守秘義務が課せられていること、税理士資格のない者の調査立会いは税理士法に抵触するおそれがあることを説明するなどして、丁を退席させるように繰り返し要請したが、原告は丁を退席させようとしなかった。
また、丙係官は、原告に対し、納税申告の資料となった帳簿書類の提示を要請したが、原告は、「所得算出資料」なる書面(乙8号証の1ないし3)を提示したものの、保管しているという帳簿や領収書の提示は拒否した。
そこで、丙係官は、上記「所得算出資料」では個々の収入や支出の具体的な事実関係は確認できないと考えたが、やむを得ず、原告が持って帰れという「所得算出資料」のみを借用して、帰署した。
<4> その後、丙係官は、同月26日、「所得算出資料」の記載内容についての質問事項を記載したメモ書きを用意して、乙に手渡し、同月30日に再度訪れるので、原告に回答を記載しておいてもらいたい旨を告げ、乙の了承を得たが、30日は、原告も乙も不在であった。
<5> 丙係官は、乙を通じて、第三者のいない席で調査に応じることについて了解を取り付けた日である同年12月7日午前10時ころ、原告宅を訪れたところ、丁が待機しており、原告は不在であった。丙係官がいったん原告宅を出て、午後1時ころ、再び原告宅を訪れると、原告は帰宅していたが、丁を同席させたままであった。
そこで、丙係官が、原告に対し、丁がいないところで、申告の基となった帳簿書類等を提示するなどして、調査に協力する気持ちがないのかどうか確認したところ、原告は、丁の同席がだめだというのであれば、調査に協力できないとの応対であった。
丙係官は、所用があるので調査は2時までにしてほしいという原告の発言もあったので、今後も調査に協力してもらえないのであれば、税務署として独自に調査をせざるを得ないことなどを告げて、午後1時50分ころ、原告宅を出た。
<6> その後、原告は、丙係官との何回かにわたる税務調査への協力に関するやり取りを経て、平成11年2月、2度にわたり、丁を同席させない状況での調査に応じたものの、申告の基となったすべての帳簿書類の提示の要請に対しては、強制調査でなければ見せないなどとしてこれに応じず、また、調査の時間を短時間に制限するなど、結局、調査に対し非協力的な対応に終始した。
(3) 推計の必要性の有無についての判断
上記(2)に認定したとおり、原告は、本件税務調査に対し、当初から、丙係官が原告宅を訪れる予定の日に、事前に連絡することなく、3回にもわたり不在にするなど、非協力であったばかりでなく、平成10年11月19日及び同年12月7日の原告宅における調査に際しては、税理士資格を有しない丁の同席にこだわり、丙係官の丁を退席させるようにとの要請に応じず、また、申告の基となったすべての帳簿書類を提示して欲しいとの丙係官の要請に応じず、僅かに、個々の収入や支出についての具体的な事実を確認することができないような「所得算出資料」のみを提示しただけであったのであり、その後、平成11年2月の調査の際には、丁を同席させない状況での調査に応じたものの、申告の基となったすべての帳簿書類の提示の要請に対しては、結局、これに応じず、また、調査の時間を短時間に制限するなど、調査に対し非協力的な対応に終始したのであるから、被告において、原告の本件係争各年分の所得税について、直接資料に基づきその所得の実額捕捉することが困難であったことは明らかであり、したがって、本件において、所得税法156条に基づき推計の方法によって更正処分をする必要性があったものというべきである。
4 所得税の推計の合理性の有無(争点4)について
(1) 同業者率による推計方法が合理的であるための条件について
被告が本訴において主張する原告の本件係争各年分の事業所得の金額の推計方法は、要するに、被告の把握し得た原告の本件各係争年分の総収入金額を基礎として、神奈川県、東京都、千葉県及び山梨県に所得税の納税地を有する個人事業者のうち、本件係争各年分ごとに、本件抽出基準のすべてに該当する比準同業者を抽出して、それぞれの総収入金額に占める特前所得金額の割合(特前所得率)を算出し、その平均値(平均特前所得率)を用いて、原告の事業所得の金額を算出するというものである(以下「本件推計方法」という。)。
このように、本件推計方法は、原告と類似性のある比準同業者を選択し、それら同業者の所得率、いわゆる同業者率によって、原告の所得の金額を推計しようとするものであって、このような同業者率による推計方法が合理的であるというためには、<1>比準同業者の抽出基準が合理的であること、すなわち、比準同業者が、業種・業態の同一性・類似性、事業規模の類似性、立地条件の近似性等の点において原告との類似性を確保するに足りる合理的なものであり、かつ、同業者率の算出の基礎資料の正確性が担保されていること、<2>比準同業者の抽出過程が恣意の介在しない合理的なものであること、<3>抽出された比準同業者数が各同業者の個別性の平均化の観点から合理的であること、<4>上記のようにして得られた同業者比率がそれ自体として合理的なものと認められることが必要というべきである。
そこで、以下、上記の各点について検討する。
(2) 比準同業者の抽出基準の合理性の有無
原告は溶接工事業を営み、妻の乙が一人で原告の事業の事務全般に従事していたものと認められるので〔乙証言〕、本件抽出基準により、原告と業種が同一であり、業態が類似し、立地条件の近似性が認められる比準同業者を抽出することができるというべきである。また、本件抽出基準は、本件各係争年分の事業所得に係る総収入金額が、原告のそれの半分以上、2倍以下の範囲にある者を対象とする、いわゆる倍半基準を採用しているが、この基準は原告の事業との事業規模の類似性の確保の上で合理的なものであるということができる。
さらに、所得税の申告を青色申告によっている者を対象として同業者を抽出していることから、比準同業者の収入金額及び特前所得金額を確認することできる資料の正確性が担保されているということができる。
したがって、比準同業者の抽出基準は合理的なものと認めることができる。
(3) 比準同業者の抽出過程の合理性の有無
東京国税局長は、本件訴訟提起後である平成13年5月17日、東京国税局管内の各税務署長宛てに、本件係争各年分について本件抽出基準を満たす対象者(各税務署管内に納税地を有する者)すべてについて、課税事績報告書の作成を求める通達を発した〔乙2号証〕。そして、同通達を受けた各税務署長は、本件通達の記載事項に従って、東京国税局長に対し、「課税事績報告書」を提出した〔乙3号証〕。この課税事績報告書作成における本件抽出基準に対する該当性の有無は、機械的に判断されて行われたものと認められる〔乙9号証、弁論の全趣旨〕。その課税事績報告書によれば、本件抽出基準を満たす者は、別表4ないし6のとおり、本件係争各年分につきそれぞれ8者となる。
したがって、本件における比準同業者の抽出過程は、恣意の介在しない合理的なものと認めることができる。
(4) 比準同業者数の合理性の有無
本件抽出基準により抽出された比準同業者の数は、本件係争各年分においていずれも8者であり、この同業者数は、各比準同業者に通常存在する程度の営業条件の個別性を捨象し、これを平均化するに足りるものということができ、合理的なものと認めることができる。
(5) 同業者比率の合理性の有無
別表4ないし6によれば、上記(2)ないし(4)のように、それぞれその合理性を認めることができる基準ないし方法を採ることによって得られた本件係争各年分における比準同業者の特前所得率には一定のばらつきがみられるが、ある範囲で特前所得率に係る比準同業者間の数値に偏差がみられるのは事柄の性質上むしろ当然のことであり、本件における偏差の程度は、同業者間に通常存在する程度の差異の範囲にとどまるものと認めることができ、その平均値についてみても、平成7年分が13.66パーセント、平成8年分が16.82パーセント、平成9年分が17.33パーセントと、本件係争各年分について少ない偏差の範囲に収まっており、特に不審な動きは認められないのであって、この別表4ないし6の比準同業者に係る特前所得率の平均値が不合理なものであるとする根拠はないというべきである。
(6) 原告の主張について
原告は、被告がした本件係争各年分に係る原告の事業所得の金額の推計が合理的であるというためには、元請業者か下請業者か、現場が遠方であるか近所か、職人の年齢や技術が同程度であるかどうか、夜勤作業による収入割合がどうか、等の諸条件が原告と一致していなければならないとの趣旨の主張をする。
しかし、原告の主張するこれらの営業態様の問題は、同業者間で通常存在する程度の営業条件の差異ということができるのであり、これらの差異は、上記(2)ないし(5)において認定・説示した比準同業者の抽出過程及びそれら同業者の平均所得率の適用という推計計算の過程において捨象される要素ということができるから、本件における推計方法を不合理なものと判断する根拠とすることはできないというべきである。
(7) 小括
上記のとおり、本件において被告が採用した原告の本件係争各年分に係る事業所得の金額の推計方法は、合理的なものということができる。
5 推計に対する実額反証の成否(争点5)について
(1) いわゆる実額反証における納税義務者の主張・立証について
推計による所得税更正処分の取消訴訟において、被告税務署長の主張・立証に基づき推計の必要性と推計方法の合理性が認められる場合に、原告納税義務者が所得の実額を主張することにより推計課税の合理性を覆すためには、原告納税義務者において、単に係争年分の収入金額又は必要経費の実額の一部を主張・立証するだけでは足りず、その収入金額及び必要経費の実額の全部について主張・立証する必要があるというべきである。もともと、収入金額と必要経費の金額とには基本的に対応関係が存在するのであり、かつ、被告税務署長の採用した推計方法に合理性が認められる以上は、原告納税義務者において、その主張する収入金額が脱漏のない総収入金額であり、かつ、その収入金額に対応する必要経費の金額が実際に支出されたことについて主張・立証できない限り、推計課税の合理性が覆えされるものと評価することはできないというべきであるからである。
そこで、以下、上記の観点から、本件において、原告のいわゆる実額反証によって、前記4で認定した原告の本件係争各年分に係る事業所得の金額について被告がした推計の合理性が覆されたということができるかどうかについて検討する。
(2) 会計帳簿の不存在等
原告は、平成11年12月に事業を法人化し、以降は複式簿記による会計帳簿を作成するようになったということであるが、本件の税務調査を受けた時点ではきちんとした帳簿を作成していなかったのであり、また、原告は、本件の税務調査を受けてから、「所得算出資料」(乙8号証)なるものや、「元帳」(甲11号証の1、13号証の1、15号証の5〕なるものを作成したのである〔乙証言〕。
ところで、一般に、事業所得の金額を実際の収入金額及び必要経費の金額に基づいて算出するためには、会計帳簿を備え付け、これに業務の遂行に伴う収入と支出とを逐一記帳していくことが必要であることはいうまでもない。このように日々継続的に記帳された会計帳簿は、収入の計上漏れを生じるおそれは少なく、恣意的な操作をすることも困難であることから、一般には網羅性を認めることができ、かつ、領収書、請求書等の原始資料と照らし合わせることによって、その正確性を検証することができるから、事業所得の金額を実額により認定するための基礎資料となり得るということができる。
しかし、本件において、原告はこのような会計帳簿を備え付け、日々記帳することを行っていなかったのであり、上記の「所得算出資料」や「元帳」なるものは、本件の税務調査を受けるようになってから、請求書控や領収書等の原始資料を整理し作成した書類であるというのであるから、それ自体として、客観的にみて著しく信用性に欠けるものといわざるを得ないのであり、原告の事業所得の金額を実額により算出するための基礎資料となるものと評価することは到底できないというほかはない。
したがって、本件においては、原告の総収入金額、外注費、その他の経費に関し被告が指摘する問題点について逐一吟味するまでもなく、原告が主張する収入金額が脱漏のない総収入金額であり、かつ、その収入金額に対応する必要経費の金額が実際に支出されたものであることについての主張・立証はないといわざるを得ないから、被告の主張・立証に係る推計方法の合理性が覆されたと認めることはできないというべきである。
6 平成7年課税期間における仕入れに係る消費税額の控除の可否(争点6)について
(1) 消費税法30条1項の適用の有無について
ア. 仕入れに係る消費税額の控除に関する消費税法の規定の趣旨
消費税法30条1項は、事業者の仕入れに係る消費税額の控除を規定するが、上記規定は、同法6条により非課税とされるものを除き、国内において事業者が行った資産の譲渡等に対して、広く消費税を課する(同法4条1項)結果、取引の各段階で課税がされることにより税負担が累積することを防止するため、前段階の取引に係る消費税額を控除することとしたものである。
そして、大量性・反復性を有する消費税の申告及び課税処分において、迅速かつ正確に、課税仕入れの存否を確認し、課税仕入れに係る適正な消費税額を把握するために、消費税法30条7項は、当該課税期間の課税仕入れに係る法定帳簿又は法定請求書等を保存しない場合には、同条1項を適用しないものとしたのである。
イ. 消費税法30条7項の保存の意義
消費税法は、申告納税制度を採用している(同法42条、45条等)ところから、原則として消費税に係る納付金額は納税者のする申告によって確定し、申告がない場合又は申告に係る税額が税務署長等の調査したところと異なる場合には、税務署長が更正・決定等の処分を行うことによって確定する(国税通則法24条、25条)。そして、消費税法における申告納税制度は、大量の納税申告が正しく行われることを前提としつつ、税務職員が必要に応じて効果的に調査を行うことによって、適正な税収を確保しようとするものであるから、税務職員による調査は、正確性を維持しつつも、数多くの申告内容を迅速に確認するものでなければならない。
このことは、帳簿等の記載事項の法定化という局面についても同様にいうことができるものであり、消費税法30条8項1号、9項1号が帳簿等の記載事項について厳格な要件を規定しているのも、その帳簿等の記載自体によって、税務署長等が正確かつ迅速に広範囲の申告内容を確認することを可能なものとし、効率的な税務調査を実現させることを目的としたものであり、他の証憑類によってこれに代替させることを許さない趣旨のものであると解されるのである。
そして、仕入れに係る消費税額の確認は、課税庁のみならず、裁決庁及び裁判所も行うものであることは当然であるが、消費税法30条7項ないし9項が仕入れ税額の確認手段を帳簿等に限定し、その記載事項を厳格に法廷している趣旨が課税庁の正確かつ迅速な申告内容の確認ということにあることからすると、法30条7項にいう帳簿等の保存とは、単に物理的に保存されているというだけでは足りず、税務調査等のために税務職員等により適法な提示要求がされたときには、これに直ちに応じることができる状態で保存されていることを意味すると餌するのが相当である。すなわち、帳簿等が作成された後のある段階、例えば課税処分の取消訴訟が係属中という段階で帳簿等が提示できる状態になっていればよいというものではなく、少なくとも当該取引に係る課税期間の経過後は、継続して、税務調査に際しこれに関する帳簿等の提示を直ちにすることができる状態にされていなければ、帳簿等の保存がされているということはできないと解されるところである。
ウ. 本件における仕入れに係る消費税額の控除の可否
原告は、本件の税務調査に際しては、帳簿書類等の提示に応じなかったものである〔原告本人〕。
さらに、原告は、平成7年ないし9年当時においては帳簿は作成しておらず、本訴において原告が提出した所得算出資料及び元帳については、本件の税務調査が行われた平成10年10月26日以降に作成されたものである〔乙証言〕。
そうすると、原告は、税務調査のために丙係官から適法な提示要求がされた時点においては消費税法30条7項に規定する帳簿又は請求書等の保存をしていなかったと認められるから、原告の平成7年課税期間の納付すべき消費税額の計算上、消費税法30条1項が定める仕入れに係る消費税額の控除の規定が適用されないことは明らかである。
(2) 消費税法37条1項の適用の有無について
原告は、原告の平成7年課税期間の仕入れに係る消費税額の控除について、消費税法37条1項に定める控除の特例(簡易課税制度)により、課税標準額の一定の割合に相当する金額が認められるべきである旨主張する。
しかし、同項の規定は、上記の特例の適用要件として、当該特例を受けようとする課税期間の開始する日の前日までに、その者の納税地を所轄する税務署長に当該特例を受ける旨を記載した届出書を提出することを要求しているところ、原告がこれに関する届出書を被告に提出したのは平成7年3月24日であるから〔乙6号証〕、上記の適用要件を充足していないことは明らかである。
したがって、原告の上記主張は、理由がない。
7 平成8年課税期間における業種区分の適否(争点7)について
(1) 消費税法施行令57条5項3号かっこ書にいう「加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業」に該当する事業とは、主要原材料等を他の者から提供を受けているため課税資産の譲渡等に係る消費税額のうちに課税仕入れ等の税額の通常占める割合が第三種事業に比べて一般的に低いと認められるものであって、これを建設業についていうと、他の事業者から主要材料等の提供を受け、当該他の事業者の建設工事の一部を行う人的役務の提供を行う事業であって、自らが課税仕入れによって使用する材料、工具、建設機械等の補助的な建築資材の調達費用の割合が一般的に建設業一般より低い事業がこれに当たるというべきである。
これを本件についてみれば、原告の事業の態様は、原告が主張するように消耗資材や通常の溶接機械については原告負担であるとしても、基本的には溶接工事を受注し、原告自身又は原告が雇った職人が各作業現場において作業を行って、その作業代金を受領するというものであり、自ら主要建築資材を調達して行うものではないのである〔弁論の全趣旨〕。
そうであるとすれば、原告の事業は、消費税法施行令57条5項3号かっこ書にいう「加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業」に該当する事業というべきであり、したがって、同項4号に規定する第四種事業に当たるものである。
(2) 上記のとおりであるから、原告の事業を第四種事業に当たるとした被告の認定は相当であり、第三種事業に当たるとの原告の主張は理由がない。
8 税額の計算等の適否(争点8)について
(1) 所得税について
ア. 原告の本件係争各年分の総収入金額
原告の平成7年分の総収入金額8173万4106円は、当事者間に争いがない。
原告の平成8年分の総収入金額は、原告の取引先から被告に対する回答書〔乙1号証の1、2、3、8及び9〕によれば、少なくとも被告が主張する8161万4824円を下らないものと認めることができる。
原告の平成9年分の総収入金額については、被告が主張する金額(別表3の該当棚の7304万0457円)より原告が主張する金額(別表7の該当欄の8198万9061円)の方が上回っているから、少なくとも被告が主張する7304万0457円を下らないものと認めることができる。
イ. 原告の本件係争各年分の総所得金額及び納付すべき税額
そして、上記ア.の本件係争各年分の総収入金額を基礎として、上記4のとおり合理性が認められる比準同業者の平均特前所得率を用いて本件係争各年分の原告の総所得金額(事業所得の金額)を推計計算し、かつ、納付すべき税額を計算すると、前記第5、8(1)ア.において被告が主張するとおりであると認められる。
ウ. そうすると、本件所得税各更正処分に係る総所得金額及び納付すべき税額は、別表1の1ないし3に記載したとおりであって、いずれの年分も当裁判所の上記認定額を下回るから、本件所得税各更正処分はいずれも適法というべきである。
(2) 消費税について
ア. 平成7年課税期間における課税標準額は、上記(1)ア.の原告の平成7年分事業所得に係る総収入金額8173万4106円に103分の100を乗じた金額である7935万3000円となる。
平成8年課税期間における課税標準額は、上記(1)イ.で認定した原告の平成8年分事業所得に係る総収入金額8161万4824円に103分の100を乗じた金額である7923万7000円となる。
イ. そして、上記6で認定したとおり、平成7年課税期間においては仕入れに係る消費税額の控除は認められず、平成8年課税期間においては、第四種事業として、仕入れに係る消費税額の控除が認められる。
これによれば、原告が納付すべき消費税額は、平成7年課税期間は238万0500円、平成8年課税期間は95万0800円となる。
ウ. そうすると、本件消費税決定・更正処分に係る課税標準額及び納付すべき税額は、別表2に記載したとおりであって、いずれの年分も当裁判所の上記認定額を下回るから、本件消費税決定・更正処分はいずれも適法というべきである。
(3) 無申告加算税及び過少申告加算税について
上記のとおり、本件各課税処分における本税額は、当裁判所が認定した本税額をいずれも下回るものであるところ、本件無申告加算税及び過少申告加算税の金額は、前記第5、8(1)ウ.において被告が主張するとおりの計算過程により算出されたものと認められるのであって、これらの金額が、上記の裁判所が認定した本税額を前提に算出する無申告加算税及び過少申告加算税の金額を下回るものであることは明らかであるから、本件無申告加算税及び過少申告加算税賦課決定処分は、いずれも適法というべきである。
第7結論
以上のとおりであって、原告の請求は、すべて理由がないからこれらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
〔口頭弁論の終結の日:平成15年7月14日〕
(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 堤雄二)
別表1の1
平成7年分 所得税の更正処分等の経緯
<省略>
別表1の2
平成8年分 所得税の更正処分等の経緯
<省略>
別表1の3
平成9年分 所得税の更正処分等の経緯
<省略>
別表2
自平成7年1月1日至平成7年12月31日課税期間分 消費税の決定処分等の経緯
<省略>
自平成8年1月1日至平成8年12月31日課税期間分 消費税の決定処分等の経緯
<省略>
別表3
総収入金額一覧表
<省略>
別表4
溶接工事業者の比準同業者(平成7年分)
<省略>
別表5
溶接工事業者の比準同業者(平成8年分)
<省略>
別表6
溶接工事業者の比準同業者(平成9年分)
<省略>
別表7
各年度決算書
<省略>