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横浜地方裁判所 平成14年(わ)1605号 判決 2003年6月03日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中300日をその刑に算入する。

理由

(本件犯行に至る経緯等)

被告人は,東京都a区役所に勤務していた実父BとCの6男2女の末子として出生し,両親の離婚後,貧困等により学費を払えず昭和56年に高校を中退し,Bの後妻の縁者の福島県内の大工に預けられ,その後神奈川県及び東京都内で運転手等の職を転々とし,平成2年から一人暮らしのBの下に同居したものの,その当時知り合ったDと同棲生活を送るようになり,建材販売会社に勤務しながら同女及びその娘と生活し,平成13年8月に同女と婚姻した。被告人は,母親のいない貧しい生活ながらも,Bから,兄姉と異なり,末子としてそれなりに可愛がられ,Bは,被告人が昭和61年に窃盗罪で起訴された際に被害弁償金を捻出してくれ,被告人がその執行猶予期間中に再び窃盗罪を犯し昭和63年に起訴された時にも,接見に赴き,情状証人として証言するなどし,その服役中には毎月,川越刑務所まで1日がかりで被告人の交際相手を伴って面会に来てくれた。被告人も平成9年8月にBが手術のため入院した際には,内妻Dと共にその看護に努めて励まし,平成11年5月にBが交通事故に遭って同じく入院した際にも看護に努めるなど種々世話を焼いた。Bもこれに感謝して平成12年2月ころ,交通事故の賠償金の中から100万円を被告人にその礼としてくれた。

ところで,被告人は,内妻Dと共稼ぎをしながら慎ましい家庭生活を送っていたが,平成11年ころから,Dに内緒でサラ金から金を借りてはパチスロに興じるようになり,徐々にサラ金への借入残高が増えていき,Bからの前記謝礼金の大半や勤務先社長に名目を偽って借り入れた120万円をDに内緒で返済資金に充てたりしていたが,パチスロを止められなかったうえ,平成13年2月ころから,かつての勤務先の同僚女性から相談を受けるうち肉体関係を持ち,同女との連絡用の携帯電話を貸し与え,その電話代や同女との交際費用も被告人が支払っていたため,ますますサラ金の借金が増加した。被告人は,同年7月ころ,Dに浮気が露見して厳しくとがめられ,同女に謝罪するとともに前記のとおり入籍したが,その後も浮気を続け,借金も隠していた。そのため,サラ金の借入額だけでも平成14年4月初めには合計約210万円に達し,その返済のため更にサラ金等から新たな借り入れをせざるを得ない状況に陥っていたが,そのうち厳しい督促が予想される借金20万円の返済期限が平成14年4月10日であった。被告人は,これを返さないと督促が自宅にきて多額の借金等がDに露見し,前記浮気の件もあって,Dに愛想を尽かされるのではないかとおそれ,何としてもこれを避けなければならないと思い悩んでいた。しかし,各借入先の限度額はほぼ一杯であり,金策の当てもないまま期限を徒過し,同月12日に借入先に電話をかけて同月15日入金予定と連絡し猶予を懇願した。被告人は,同月15日,Bの頼みに応じて買い物に連れて行った際,Bが20万円は入っていると窺える銀行の封筒を持っているのに気付き,Bに借金を頼もうかと思ったが,久しぶりに行けたと買い物に喜んでいるBの様子に言い出せないまま別れ,前記借入先に翌16日に入金すると連絡して更に猶予を求めた。被告人は,同月17日,もはや,上記借金返済のためには,Bから金を借りるしかないと考え,仕事の合間の同日午前9時ころ,後記B方に赴いたところ,和室に座ってテレビを見ていたBのすぐ右脇テーブル上に,前記銀行の封筒がほぼ同じ厚さで置いてあるのに気付いた。被告人は,なかなかBに借金の話を切り出せないまま世間話をするなどしていた。

(認定犯罪事実)

第1被告人は,同日(平成14年4月17日)午前10時30分ころ,同所(神奈川県中郡大磯町(以下省略))において,実父B(当時77歳)が,なかなか立ち去らない被告人を訝って,「どうした,今日は。」などと尋ねてきたことから,パチンコが原因で借金の返済に困った,20万円ほど用立てて欲しい旨頼み,Bから,その借金をDが知っているかと聴かれ,「いや,あいつは関係ないよ。」などと答えると,Bが,前記多額の賠償金をDが知って被告人を通じて金を引き出そうとしていると勘違いし,「だいたい水商売していた女だから,金欲しがるんだべ。」などとDを罵ったため,被告人が「それは親父の偏見だろ。」「親父だって入院した時にはいろいろしてもらったじゃないか。」「自分だって,昔そういうことをやって,女に貢がされたんだろう。」「そんなこと言ってるから,他の嫁さんと喧嘩したんじゃないか。」などと言い返して激しい口論となり,激昂したBが灰皿代わりにしている缶を蹴り倒し「痛ぇじゃねえか。」などとぼやきだした。被告人は,Bの機嫌を損ねてしまったので金を借りることはできないと思い,「悪かったな。」「今日は帰るよ。」などと言って立ち去ろうとした。ところがBは,更に激昂して「ざけんじゃねえぞ。おまえは親父よりてめえの女房の方が可愛いのか。」「とんだ馬鹿息子だ。この馬鹿野郎が。てめえなんか俺の子じゃねえ。とっとと出て行け。二度と来んじゃねえ。てめえの面なんか見たくもねえ。」などと怒鳴り付けた。これを聞いた被告人は,これまでのBに対する心遣いや誠意が全て否定されたなどと浅慮し,激しい怒りに駆られるとともに,そこまで言うようなBであれば,殺害して前記現金入り封筒を強取するほかはないと決意し,被告人に背中を向け,脚を前に出して座っていたBに対し,殺意をもって,その背後から包帯(長さ約2メートル,幅数センチメートルの固定用弾力包帯)を自分の肩幅位の長さにして両手で持ち,前屈みになってその顔の前から頸部付近に巻き付け,その左唇辺りにかかってしまった包帯を指先で外して首にかけ直すや,首の前で交差させるようにして背後から力一杯締め付け,Bが脚をばたつかせ身体を左右に揺するなどして抵抗すると,その真後ろに立ち上がって,Bの上半身を仰け反らすように絞め挙げ,両手を左右に振って浮き上がったBの身体を左右に振り回し,Bが俯せに倒れ込むやその上に覆い被さるように床に膝をついて,力一杯数分間絞め続けて,そのころ,その場で,Bを絞頸による窒息のため死亡させて殺害したうえ,B所有の前記封筒入り現金23万円を持ち去って強取した。

第2被告人は,同日午後1時50分ころ,前記B方において,室内に横たわっていたBの死体を玄関先に停めた普通貨物自動車の後部荷台に積み込み,同日午後2時ころ同車を発進させて約5.2キロメートル離れた同県中郡大磯町(以下省略)先路上まで搬送したうえ,同日午後2時15分ころ,同所付近の沢に至る急斜面(斜度約30度)に生い茂った高さ約4メートルの竹藪内に投げ落とすなどして死体を遺棄した。

(証  拠)(省略)

(事実認定の補足説明)

弁護人は,本件強盗殺人の外形的事実は認めながら,被告人には現金等を強取する目的はなく,強盗殺人の故意があったと認めるには合理的な疑いが残るから,殺人罪及び窃盗罪が成立するに止まる旨主張し,被告人も公判廷においてこれに沿う供述をしている。

しかしながら,関係証拠によれば,被告人は,被害者殺害後,被害者方居室内テーブル上に置かれた現金23万円入り封筒を取るや,その中身も見ず,ドアの施錠はもちろんその閉鎖すら確認せずに,直ちにトラックに乗って現場を立ち去り,付近の交差点で信号待ちをしたとき,前記20万円の借入先であるクレジット会社に電話を入れて本日昼に入金する旨連絡し,その後,付近のパチンコ店駐車場で封筒内を確認したうえ,付近の銀行支店で殺害の2時間足らず後に前記現金から20万7100円を入金して同借金を返済し,その1時間以上後に前記死体遺棄の犯行に及んでいること,前示「本件犯行に至る経緯等」において認定したとおり,被告人は,Dに借金等が発覚することを極度に恐れ,期限を過ぎている借金返済の督促を回避しようと2回も猶予を懇願したが他に金策の当てもないまま困り果てていた同月15日,被害者の前記現金入り封筒を目撃し被害者からの借入に強く期待していたことが認められる。これらの事実のみによっても,被告人の本件直前における目的が20万円の入手にあったこと及び実父殺害という凶行に及んだ直後においてもその関心が死体の処分(殺人の発覚防止)よりも借金返済にあったことが明らかであって,被告人のいうように,金員強取の意図などなく,激情の余り実父を殺害したという犯人の行動としては,甚だ不自然,不合理というほかない。本件行為を上記犯行に至る経緯及び犯行後の被告人の行動と考え併せてみれば,本件殺害行為の前に被告人が被害者の現金を強取する目的を有していたことが強く窺われるというべきである。

加えて,被告人は,捜査段階において,概ね「本件犯行に至る経緯等」で認定したとおり,本件犯行に至るまでの被害者との関係,パチスロや浮気相手の女性等との関係で経済的に困窮していく中で,被害者から融通してもらうことを期待し借金を申し出た経緯等をその心情を交えながら詳細かつ具体的に供述したうえ,被害者の言動を契機に激昂する中でとっさに被害者を殺害して前記現金入り封筒を強取しようという気持ちが頭に浮かび,この気持ちを抑えることができないまま殺害を決意し,実行したことを自認する供述を一貫して繰り返している。その供述は経緯等を含め自然なもので,関係証拠とも整合し,十分信用することができる。

そうすると,少なくとも本件殺害行為開始時には,被告人が本件現金入り封筒を強取する目的を有していたものと認めるのが相当というべきである。

この点について,被告人は公判に至って,被害者方居室内テーブル上に現金入り封筒が置いてあるのに気が付いたのは殺害後カーテンを閉めようとしたときであり,兄から容易に借入が可能でその当てもあったから,殺害時,被害者から現金等を強取する目的は全くなかったなどと弁解する。しかしながら,その供述は,被告人の最も関心を寄せていた現金入りの封筒に,それが室内に入って被害者を見ればすぐ気付き得る被害者のすぐ右横のテーブル上に置かれ,2日前に見たものと同様のものであったのに,殺害後まで気付いていないとか,金策に困り果てていることが明らかであるのにその依頼の電話すらしていない兄からの借入が容易に可能であったとか,およそ不自然不合理な内容を含むこと,前示被告人の本件前後の行動と整合しないものであること,捜査段階の供述との変遷理由の合理的な説明がないこと,などに鑑み,到底信用できるものではない。

弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)(省略)

(量刑の事情)

1  本件は,実父を殺害して現金等を強取したうえ,その犯跡隠蔽のために死体を丘陵地の竹藪に遺棄したという重大凶悪事犯である。金品奪取を目的とする強盗殺人は最も罪質が重い犯罪であり,また,自らを育んでくれた実の親に対する殺害が殺人の中においてもとりわけ犯情の悪いものであることはいうまでもないが,被告人はこれらを併せて犯しているのである。

強盗殺人の動機,経緯は,前示のとおりであるが,要するに,被告人は,内妻に隠れ,遊興費や浮気相手との交際費用等をサラ金等から借り続け,浮気が発覚して厳しく叱責されると,入籍し誓約書を差し入れながら,借入は隠し通し,その後浮気も借入も続けながら,自宅への督促等によってそれらが発覚し妻に愛想尽かしされることをおそれ,実父である被害者に泣きついたが,借金に応じてもらえないばかりか激しく罵倒されて激昂し,憤激の中でとっさに被害者を殺害して現金入り封筒を奪おうと思いつくや,実行に移したというものである。いかに,金に困り,暴言を吐かれたとはいえ,激情にかられるまま,実の親を殺害しその所持金を奪うような凶行に及んだ被告人の所業は,余りにも前後を弁えない著しく人倫に悖るものと評さざるを得ない。加えて,自己の利益のためには,実の親の生命すら犠牲にするという凶悪極まる被告人の一面も窺わせるものというほかない。

犯行の態様は,確定的殺意に基づき,全く無防備で体力的にも圧倒的に劣る老齢の被害者に対し,壮年の被告人が前記のとおり,突然,背後から被害者の首に包帯を巻き付け,苦しみもがく被害者をあるいは振り回し,あるいは覆い被さって数分間力一杯絞め続けて絶命させたという情け容赦の感じられない冷酷かつ残忍なものである。被害者は,勤勉に働いて子らを成人させ余生を楽しんでいたところ,末子として最も可愛がり,その裁判や服役の際にも色々気遣いをし,また肉親で最も信頼していたと思われる被告人の手によって突然その生命を奪い去られたのであって,真に哀れというほかなく,その心情は推察するに余りがある。加えて,財産的損害も現金23万円と多額である。本件の結果は極めて重いといわなければならない。

また,本件は,白昼,住宅地で各種保養等施設が近接する場所で敢行された実父に対する強盗殺人事件として広く報道されており,近隣住民はもちろん一般社会にも大きな衝撃と不安を及ぼしたものと窺える。

死体遺棄についても,被告人は,本件死体にゴミ袋を被せるなどして自動車に積み込み,投棄場所を探し回ったうえ,丘陵地の人気の少ない道路沿いの竹藪に,ガードレール越しに投げ捨てようとし,死体の着衣が妨げになるや携帯していたカッターナイフでこれを切断して約1メートル下に投げ落とし,密生した細い竹に死体が引っかかるやその竹を揺すって振り落とし草等で覆うなどしている。幸い,約3日後,付近住民が偶然通りかかって発見されたものの,誰に看取られることもないまま朽ち果てていた可能性もあったのであって,被告人の遺棄行為は,死者である実父に対する配慮等が微塵も感じられない。被告人はこのほかにも被害者の携帯電話等の所持品を投棄するなど犯跡隠蔽工作を働いているのであって,事後の情状も良くない。

加えて,被告人には,窃盗の服役前科2犯のほか,罰金前科1犯があるのに,自らを十分戒めることなく漫然と前記のような無計画かつ不道徳な生活を続けた挙げ句,本件犯行の遠因となった借金に悩まされるに至ったのである。このような事情をみると,被告人の規範意識,道徳観念の希薄さ,性格的な問題点のみならず,その改善更生の意欲の乏しさが看取されるといわざるを得ない。

これらの事情に鑑みると,被告人の刑事責任は極めて重いというべきである。

2  他方,本件は,激情の中で強盗目的がとっさに生じたもので,専ら強盗目的で殺人を敢行したものとは事案を異にする面があること,遺族である被告人の兄弟姉妹らが,当公判廷において,その表現の適否はさておき,被告人に対し寛大な措置を望み,その更生に協力する旨を述べていること,本件犯行の契機として,前記のように,いかに実父とはいえ,本件直前の被害者の言動にも問題があったことは否定し難いこと(確かに,心ない言葉で暴言というほかないが,そのやりとり全体をみれば,一人暮らしの老親が息子の来訪を喜んでいたところ借金目当てと分かって落胆すると共に怒ったことから,口論となり,親子の気兼ねなさも手伝い,売り言葉に買い言葉として発せられたものであることもまた容易に了解できるもので,その言動自体を過大に問題視することは相当とはいえないが,被告人が生みの母の顔も知らずに育つなど生育歴に恵まれず,被害者においても養育に配慮の欠けた面がなかったとはいえず,被告人が被害者に対し,複雑な感情を懐きながら成長していたため,本件直前には相当良好な関係を築いていたものの,前記言動に過敏に反応し,これが本件の契機となったとも窺うことができ,この点は相応に斟酌すべき事情と考えられる。),被告人の妻が,当公判廷で,被告人の帰りを待ち更生に協力する旨証言していること,被告人は,前刑仮出獄後,定職に就いて真面目に稼働し,職場における信頼も獲得していたこと,被告人は,捜査段階,本件各犯行を認めるのみならず詳細に供述して捜査にも協力し,公判廷においても客観的事実は認め,反省を徐々に深めつつあることなどの被告人のために酌むことのできる事情も認められる。

3  前記のとおり,本件は,実父に対する強盗殺人事件という希にみる凶悪重大事犯ではあるが,これらの有利な事情を十分に考慮すれば,死刑選択が相当とまでは認めがたく,無期懲役刑を選択すべきである。他方,本件犯行に関する前記各情状,とりわけ,その殺害行為の態様,死体遺棄の状況等の犯情に鑑みると,更に酌量減軽を相当とする事情があるとは到底認められない。そうすると,被告人に対しては,検察官の求刑どおり無期懲役を選択するほかないものと思われる。

(公判出席)検察官 矢吹雄太郎 私選弁護人 長谷川浩

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 廣瀬健二 裁判官 片山隆夫 裁判官 西村真人)

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