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横浜地方裁判所 平成14年(わ)180号 判決 2003年1月31日

主文

被告人を罰金30万円に処する。

その罰金を完納することができないときは、金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、平成10年度横浜市a区○○一丁目自治会会長であったものであるが、同区○○一丁目13番地11のG1方に架設されている日本電信電話株式会社(現東日本電信電話株式会社)の加入電話によるGと他人との間の通話内容が盗聴録音されたカセットテープの一部を複製、編集したカセットテープを、テープレコーダーを使用して再生する方法により、上記通話内容を他人にもらすことを企て、

第1  平成11年2月6日午後6時ころ、同区○○一丁目8番地22所在の○○一丁目自治会館において、同所で開催された上記自治会定例会前の役員会に出席したKらに対し、上記方法により、盗聴録音された上記通話内容を聞かせ、

第2  同月13日午後2時ころ、同区○○一丁目4番地所在の○○コミュニティハウスにおいて、同所で開催された上記自治会第6C班班会議に出席したMらに対し、上記方法により、盗聴録音された上記通話内容を聞かせ、もって電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を侵したものである。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

被告人の判示各行為はいずれも平成11年法律第137号による改正前の電気通信事業法104条1項、4条1項に該当するので、各所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法45条前段の併合罪であるから、同法48条2項により各罪所定の罰金の多額を合計した金額の範囲内で被告人を罰金30万円に処し、その罰金を完納することができないときは、同法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑訴法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、<1>本件は、被告人が単独で行ったものではなく、Aを中心とした被告人ら4名の共同正犯によるものであり、しかも、被告人は消極的に関与したにすぎず、公訴事実と証拠上認定できる事実との間に重大な食い違いがある、<2>電気通信事業法(平成11年法律第137号による改正前のもの)は、電気通信事業者の手を離れた通信の秘密までも保護しているものではないから、公訴事実記載の被告人の各行為は同法104条1項、4条1項の規定する構成要件に該当しない、<3>被告人が本件各行為に及んだ目的、方法等に照らせば、本件各行為には違法性ないし可罰的違法性はなく、仮に、違法性があったとしても、被告人は警察官からの助言に基づいて本件各行為に及んだものであるから、違法性の意識が欠けていたとし、いずれの理由からしても被告人は無罪である旨主張する。

しかしながら、前掲各証拠によれば、判示各事実はこれを優に認めることができるが、さらに、被告人は、自治会内部で対立する者らの加入電話による会話内容を盗聴した録音テープを入手したことから、これを利用しようと考え、その一部を複製、編集したカセットテープを作成したこと、被告人は、上記の盗聴録音テープや編集したカセットテープを自ら管理し、盗聴録音テープ等を名誉棄損事件の処理を委任していた弁護士等に送付するなどしていたこと、判示の各犯行に際しては、被告人は、自ら、テープレコーダーを準備、操作し、上記の編集したカセットテープを再生して会議の参加者にこれを聞かせたばかりか、テープの内容についても解説を加えるなどしていたことなどの事実も認めることができるのであって、これらの事実からしても、被告人が単独で本件各犯行に及んだものであることはこれを認めるに十分であるというべきである。本件当時、自治会内部で被告人を支持していたAをはじめとする者の中に、自治会員らに上記の編集したカセットテープを聞かせることに賛意を表した者があったことをうかがわせる事情は認められるものの、これらの者において、被告人に賛同するにとどまらず、被告人と共同して本件各犯行に及ぶ意思があったことを認めるに足りるまでの証拠はないといわなければならない。

以上のような事実関係からすれば、被告人は、入手した録音テープの内容が他人の加入電話による通話であることを知りながら、その一部を複製、編集して作成したカセットテープを再生して自治会役員らに聞かせたものであって、被告人の判示各行為が電気通信事業法の前記各法条に該当することは明らかであり、被告人が判示各行為に及んだ目的、方法等を考慮しても、判示各行為が違法であることはいうをまたず、さらに、被告人は、入手した録音テープの処理について警察官に相談したものの、同警察官からは自治会内部で問題を解決するよう言われたにすぎないことを被告人自身認めていることからしても、被告人が判示各行為について違法性の認識を欠き、あるいはこれを欠くについて無理からぬ理由があったものとはとうてい認められないというべきである。

弁護人の主張はいずれも理由がない。

(量刑の事情)

本件は、被告人が入手した他人の加入電話による通話内容を盗聴した録音テープの一部を複製、編集したカセットテープを、自治会役員会や班会議の席上で再生して出席者に聞かせ、通信の秘密を侵した、という電気通信事業法違反の事案である。

被告人は、判示の自治会会長に就任した後、約10年前の自治会会館建設の際の補助金の受給に不正があるとして、当時の役員らの責任を追及し、同人らと対立するようになっていたところ、同人らの電話による会話内容を盗聴した録音テープを入手したことから、これを自己に有利に利用しようとして犯行に及んだものであって、犯行に至る経緯や動機に酌むべきものはなにもないこと、入手した録音テープが他人の電話による通話内容を盗聴したものであることを認識しながら、自治会内部に関わる部分を複製、編集した上、これを自治会役員会等の席上で解説を加えながら再生して出席者に聞かせており、犯行の態様にもこうかつで悪質なものがあること、被告人の犯行は、憲法で保障されている通信の秘密に対する重大な侵害であることはいうまでもないが、電話による私的な通話内容を暴露された被害者の困惑等にははなはだしいものがあり、また、電気通信事業に対する信頼をも損ないかねないものであるのみならず、本件の背景には自治会内部での対立関係があるところ、本件犯行が地域社会に不信と混乱を招き、対立を更に激化させるなど、犯行のもたらした結果にも看過し得ないものがあることなどの事情に照らすと、被告人の刑事責任を軽視することは許されないといわなければならない。

しかしながら、被告人が盗聴録音テープを入手した経緯は必ずしも分明ではないが、被告人が盗聴自体に関わっていることをうかがわせる事情までは認められず、本件犯行が直接的に通信の秘密を侵したものとはいえないこと、被告人は、大学卒業後、映画制作等の仕事を続けており、前科前歴はまったくないこと、被告人は、本件について違法なものとは考えなかったなどと弁解を繰り返しているものの、自らの行為によって地域社会に混乱をもたらしたことなどについては責任を感じていると供述するなど、それなりの反省の態度を示していることなどの被告人に有利な事情も認めることができるので、これらをしんしゃくし、本件については被告人を罰金30万円に処するのが相当であると判断した次第である。よって、主文のとおり判決する。

(求刑 罰金30万円)

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