横浜地方裁判所 平成14年(ワ)1450号 判決 2004年2月06日
甲、乙事件原告
A野太郎
訴訟代理人弁護士
金子泰輔
甲事件被告
日本生命保険相互会社
代表者代表取締役
宇野郁夫
訴訟代理人弁護士
篠崎正巳
乙事件被告
第一生命保険相互会社
代表者代表取締役
森田富治郎
訴訟代理人弁護士
北村晴男
同
加藤信之
同
越谷哲成
同
佐野周造
同
熊谷祐一郎
同
寒川智美
同
高辻庸子
訴訟復代理人弁護士
國吉朋子
同
藤原家康
同
山内隆
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
被告日本生命保険相互会社(以下「被告日本生命」という)は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成一四年四月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
被告第一生命保険相互会社(以下「被告第一生命」という)は、原告に対し、三六七万円及びこれに対する平成一三年五月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、平成一三年三月一二日、スキーをしていた際、転倒したことにより生じた傷害の治療を目的として入院し、その治療を直接の目的として左大腿部人工骨頭置換術を受けたことは、原告と被告日本生命との間で締結された保険契約に付された新傷害特約に基づく傷害給付金の支払事由(甲事件)並びに原告と被告第一生命との間で締結された保険契約に付された傷害特約に基づく傷害給付金、災害入院特約に基づく入院給付金及び疾病特約に基づく手術給付金の各支払事由(乙事件)に該当すると主張して、被告日本生命及び被告第一生命に対し、上記各給付金及びこれらに対する商事法定利率による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等
(1)ア 原告は、平成一三年二月一日、被告日本生命との間で、責任開始日を平成一三年二月一日とする、終身保険を主契約とし、新傷害特約等の特約を付した保険契約を締結した。
イ 新傷害特約によれば、被告日本生命は、原告に対し、原告が責任開始日以降に発生した不慮の事故を直接の原因としてその事故の日からその日を含めて一八〇日以内の同特約の保険期間中に所定の身体障害の状態に該当したときは、所定の傷害給付金を支払うことが定められており、左大腿部に人工骨頭を挿入置換した場合には、三〇〇万円が支払われることとなっている。
(2)ア 原告は、平成一三年三月一日、被告第一生命との間で、責任開始日を平成一三年二月一日とする、終身保険を主契約とし、傷害特約、災害入院特約及び疾病特約等の特約を付した保険契約を締結した。
イ 傷害特約によれば、被告第一生命は、原告に対し、原告が責任開始日以後に発生した不慮の事故による傷害を直接の原因として、その事故の日から起算して一八〇日以内で、かつ、同特約の保険期間中に所定の身体障害の状態に該当した場合には、所定の傷害給付金を支払うことが定められており、左大腿部に人工骨頭を挿入置換した場合には、三〇〇万円が支払われることとなっている。
ウ 災害入院特約によれば、被告第一生命は、原告に対し、原告が責任開始日以後に発生した不慮の事故による傷害の治療を目的として入院し、その入院が、前記事故の日から起算して一八〇日以内に開始された病院または診療所における入院であり、その入院の日数が、同特約の保険期間中に継続して五日以上となった場合には、入院給付日額一万円に入院日数から入院開始日を含めて四日を差し引いた日数を乗じた額が支払われることが定められている。
エ 疾病特約によれば、被告第一生命は、原告に対し、原告が責任開始日以後に発生した不慮の事故による傷害の治療を目的として、同特約の保険期間中に病院または診療所において所定の手術を受けた場合には、所定の手術給付金を支払うことが定められており、左大腿部人工骨頭置換術を受けた場合には二〇万円を支払うこととなっている。
(3) 原告は、平成一三年三月一二日、静岡県裾野市所在のスキー場においてスキーをしていた際、転倒した(以下「本件スキー事故」という。)
(4) 原告は、平成一三年四月一〇日、磯子中央・脳神経外科病院(以下「磯子中央病院」という)に入院し、同月一一日、左大腿部人工骨頭置換術(以下「本件手術」という)を受け、五一日間入院した後、同年五月三〇日、退院した(以下「本件入院」という。)
(5) 原告は、平成一四年四月一五日より前に、被告日本生命に対し、傷害給付金三〇〇万円の支払を請求し、平成一三年五月二三日、被告第一生命に対し、傷害給付金三〇〇万円、入院給付金四七万円(入院期間五一日-四日=四七日分)及び手術給付金二〇万円の合計三六七万円の支払を請求した。
二 争点
(1) 本件スキー事故と本件手術との間の因果関係の有無
(原告の主張)
原告は、本件スキー事故により、事故前には全く痛みがなかった左大腿骨頭壊死部分に圧潰を起こし、それによる激しい痛みが生じ、その痛みを解消するために本件手術を受けたのであるから、本件スキー事故を直接の原因として、本件手術を受け、左大腿骨頭が人工骨頭を挿入置換した状態となったものであり、本件スキー事故と本件手術との間には因果関係がある。
(被告らの主張)
原告は、平成七年一月三〇日、交通事故を起こし、その結果、左大腿骨頚部内側骨折等の傷害を負い、その後、本件スキー事故に至るまで左大腿骨頚部内側骨折を原因として左大腿骨頭に遅発性大腿骨頭壊死が進行していたものであるから、本件スキー事故により左大腿部の痛みが増強したとしても、それは既に壊死して脆弱化していた左大腿骨頭が本件スキー事故により多少悪化したに止まるものであって、本件スキー事故と左大腿骨頭壊死及び本件手術との間には因果関係がない。
(2) 本件スキー事故と本件入院との間の因果関係の有無
(原告の主張)
原告は、本件スキー事故と因果関係のある本件手術を受けるために本件入院をしなければならなくなったのであるから、本件スキー事故と本件入院との間には因果関係がある。
(被告第一生命の主張)
本件スキー事故と本件手術との間に因果関係がない以上、本件スキー事故と本件手術を受けるためになされた本件入院との間には因果関係がない。また、原告は、本件スキー事故により左脛骨を骨折しているが、そのための治療は保存的治療で足り、入院する必要はなかったのであるから、左脛骨骨折との関係においても、本件スキー事故と本件入院との間には因果関係がない。
(3) 本件スキー事故は不慮の事故であるか。
(原告の主張)
本件スキー事故は、偶然発生した不慮の事故である。
(被告らの主張)
本件スキー事故は、原告が故意に発生させたものであり、不慮の事故ではない。また、仮に原告が故意に発生させたものではないとしても、原告は平成八年には左股関節に運動制限がみられ、平成九年には医師から歩行時には杖を使用するよう指示されていたのであるから、このような状態でスキーをすれば転倒することは予見できたというべきであり、本件スキー事故は不慮の事故ではない。
(4) 本件契約の約款上の解除事由の有無
(被告らの主張)
原告は、平成一三年二月から三月の間に、被告ら二社を含む保険会社四社及び生活協同組合連合会二会との間で保険契約を締結しているところ、当時の原告の収入等から考えると、特約解除事由である他の保険契約との重複によって、被保険者にかかる給付金額等の合計が著しく過大であり、保険制度の目的に反する状態がもたらされるおそれがある場合に該当する。
また、原告は、被告第一生命に当初提出した診断書では給付金が支払われないことを知るや、医師をして本件スキー事故を原因として本件手術が施されたという虚偽の内容が記載された診断書を作成させ、その診断書を被告第一生命に対し提出したものであるから、特約解除事由である給付金の請求に関し給付金の受取人に詐欺行為があった場合に該当し、かかる事由は、被告日本生命との関係でも解除事由となる。
よって、被告日本生命は、平成一五年九月一九日の本件口頭弁論期日において、被告第一生命は、平成一五年五月二二日の弁論併合前の乙事件弁論準備手続期日において、原告との間の保険契約をそれぞれ解除する旨の意思表示をした。
(原告の主張)
原告は、保険会社の破綻が社会問題となっている中でリスクを分散させるために複数の保険契約を締結したのであり、原告の当時の収入からしても何ら問題ない。
また、本件手術は、不慮の事故である本件スキー事故を原因とするものであり、被告らの詐欺に関する主張は、そもそも前提とする事実が誤っている。
第三争点に対する判断
一 争点(1)について
(1) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成七年一月三一日、自動車を運転中に電柱に衝突するという事故(以下「本件旧事故」という)を起こし、その事故により左大腿骨頚部内側骨折、左上腕骨骨折、肝挫傷、右腎臓損傷、腹部内出血の傷害を負った。
イ 原告は、平成七年一月三一日、東戸塚記念病院に入院し、同年二月一六日、骨折部の整復と左大腿骨をボルトで固定することを内容とする手術を受けた。原告は、同年四月二八日、同病院を退院したが、その時点において左大腿骨頭部分にレントゲン上明らかな異常は認められなかった。
ウ 原告は、平成八年三月一一日、東戸塚記念病院において、レントゲン検査を受け、その結果、左大腿骨頭部の陰影が一様ではなく、同部の壊死が認められたが、圧潰は生じていなかった。
エ 原告は、平成八年六月一八日から同月二二日までの間、東戸塚記念病院に入院し、入院期間中、左大腿骨のボルトを抜去する手術を受けた。
オ 原告は、平成九年一月二二日、東戸塚記念病院において、レントゲン検査を受けたが、その結果、左大腿骨頭外側部の壊死部分が潰れて陥没していることが認められ、同月三〇日、東戸塚記念病院からの紹介により、菊名記念病院において、MRI検査を受けたが、その結果、左大腿骨頭壊死が認められ、さらに同年二月五日、東戸塚記念病院において、MRI検査を受けたが、その結果、左大腿骨頭外側部の壊死部分が潰れて陥没していることが認められた。
そのため、東戸塚記念病院の内田俊彦医師は、原告に対し、歩行時には必ず杖を使用するように指示した。
カ 原告は、平成九年二月五日に東戸塚記念病院で外来診察を受けた後は、本件スキー事故に至るまで、同病院での受診はしていない。
キ 原告は、平成一三年三月一二日、静岡県裾野市所在のスキー場においてスキーをしていた際、転倒した(本件スキー事故)。
ク 原告は、平成一三年三月一三日、東戸塚記念病院において診察を受けたが、その時の原告の状態は、左骨盤挫傷及び左脛骨近位端骨折であり、左大腿骨頭は壊死所見と一部骨棘が認められたが、関節自体は保たれていた。
ケ 原告は、平成一三年三月一四日、東戸塚記念病院において診察を受けた際、内田俊彦医師に対し、左の股関節を人工関節にしたいと思っている旨伝えたが、内田俊彦医師は、関節自体は保たれているので人工関節にするのはもったいない旨の説明をした。
コ 原告は、平成一三年三月二九日から、磯子中央病院に通院し始めたが、その時の原告の状態は、左股関節痛のため左下肢に荷重出来ない状態であり、レントゲン検査の結果、左大腿骨頭の変形、左大腿骨頭頚部の短縮が認められた。
サ 原告は、平成一三年三月三〇日、磯子中央病院において、MRI検査を受けたが、その結果、骨頭変形及び骨頭壊死が認められ、関節面が陥没して関節の適合性も悪かった。
シ 原告は、平成一三年四月一〇日、磯子中央病院に入院し(本件入院)、同月一一日、本件手術を受け、同年五月三〇日に退院した。
なお、本件入院中、原告の左脛骨が骨折していることが判明したが、同骨折に対しては膝装具による保存的治療が行われた。
また、原告は、本件入院中、数回、外出及び外泊をした。
(2) 争点(1)についての判断
ア 上記(1)の認定事実によれば、原告の左大腿骨頭は、平成九年二月五日時点において、本件旧事故により生じた左大腿骨頚部内側骨折を原因とする左大腿骨頭壊死及びそれによる左大腿骨頭部分圧潰の状態であり(《証拠省略》)、また、かかる状態で左大腿骨頭部分に外圧が加わると陥没の範囲が広がるおそれがあるため、内田俊彦医師が、原告に対し、歩行時には必ず杖を使用するように指示を出すような状態であった。
しかし、原告が、本件スキー事故時を始め、毎年冬には、スキーやスノーボードをしていた(原告本人)ことからすれば、原告が東戸塚記念病院への通院を中断した平成九年二月五日以降、歩行中に杖を使用していたとは考えられず、原告の前記状態を考えると、本件スキー事故直前には、左大腿骨頭部分には長期間圧迫が加わったことにより、陥没の範囲が広がっていたと認められる。
イ そうだとすれば、仮に原告が、本件手術を受ける必要があったとしても、それは、平成九年二月五日時点でみられた本件旧事故による左大腿骨頚部内側骨折を原因とする左大腿骨頭壊死及びそれによる左大腿骨頭部分圧潰陥没が本件スキー事故までに拡大していたことが主な原因であり、仮に本件スキー事故によって左大腿骨頭の壊死部分に外圧が加わり陥没の範囲が広がったとしても、本件スキー事故と本件手術との間に因果関係があるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。
ウ よって、本件スキー事故と本件手術との間には因果関係があるとは認められない。
二 争点(2)について
(1) 上記説示のとおり、本件スキー事故と本件手術との間には因果関係があるとは認められないのであるから、本件スキー事故と本件手術を受けるために必要となった本件入院との間には因果関係は認められない。また、原告は、本件スキー事故により左脛骨を骨折しているが、保存的治療が施されており、左脛骨の治療のためだけであれば必ずしも入院は必要ではなかった(《証拠省略》)こと、現に原告が本件入院中に、数回、外出及び外泊をしたことを考え合わせると、この点においても本件スキー事故と本件入院との間に因果関係があるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(2) よって、本件スキー事故と本件入院との間には因果関係があるとは認められない。
三 以上のとおりであるから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松田清 裁判官 加藤美枝子 蒲田祐一)