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横浜地方裁判所 平成14年(ワ)2246号 判決 2003年7月17日

原告

A野太郎

訴訟代理人弁護士

庄司道弘

林薫男

喜多英博

中原都実子

三橋潔

青木康郎

被告

株式会社 東京三菱銀行

代表者代表取締役

三木繁光

訴訟代理人弁護士

小沢征行

御子柴一彦

笠井陽一

奥国範

峯金克弥

主文

一  被告は、原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成一四年五月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、その六分の五を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  請求の趣旨

(1)  被告は、原告に対し、一七五〇万円及びこれに対する平成一四年五月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張(【 】内の記載は相手方の認否であり、記載のない事項は、争いがない)

一  請求原因

(1)  原告は、平成一四年二月五日の時点で、商人である被告(茅ヶ崎支店扱い)に、次の預金を有していた。

預金種別 口座番号 金額

①普通預金 《省略》 二五〇万円(「本件普通預金」)

②定期預金 同 一五〇〇万円(「本件定期預金」)

(2)  原告は、被告に対し、平成一四年五月七日到達の書面で、書面到達後二週間をもって、本件普通預金については払戻しの、本件定期預金については満期前解約の各意思表示をした。

(3)  よって、原告は、被告に対し、本件各預金金額合計一七五〇万円及びこれに対する払戻及び解約の意思表示の効力が発生した日の翌日である平成一四年五月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  抗弁

(1)  債権の準占有者に対する弁済による債権の消滅ないし預金規定による免責

ア 平成一四年二月五日、被告は、本件各預金につき、払戻(弁済)をした。

イ これは、以下のとおり債権の準占有者に対するものであって有効な弁済であるから本件各預金債権は消滅をしたか、もしくはその払戻につき本件各預金契約に適用される預金規定により被告は免責される。

【預金規定の存在を除き否認する】

ウ (預金規定の存在)

(ア) 本件普通預金に適用される要旨以下のとおりの規定が存在する。

普通預金規定九条

払戻請求書、諸届その他の書類に使用された印影を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取り扱ったときは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があっても、そのために生じた損害については、被告は責任を負わない。

(イ) 本件定期預金に適用される要旨以下の規定が存在する。

定期預金規定四条(印鑑照合等)

払戻請求書、証書、諸届その他の書類に使用された印影を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取り扱ったときは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があっても、そのために生じた損害については、被告は責任を負わない。

エ (本件普通預金払戻の状況)

平成一四年二月五日午前一一時ころ、被告茅ヶ崎支店二階普通預金払戻受付カウンターで、推定年齢六〇歳の男性(「本件普通預金払戻請求者」)が、本件普通預金二五〇万円の払戻請求を行った。

被告窓口担当者B山松子は、本件普通預金払戻請求者から、受付番号札、払戻請求書(乙一)及び本件普通預金通帳を受領し、まず払戻請求書の請求者氏名欄に氏名が、金額欄に払戻請求金額二五〇万円が記入されていることを確認し、手元のモニターディスプレイ上で請求者氏名、口座番号が被告の記録と同一であることを確認した。

B山は、この払戻しに問題がないと判断し、現金の出金業務を支援していた被告行員C川竹子に依頼した。

その後、C川もしくはB山が本件普通預金払戻請求者に二五〇万円を交付した。

【本件普通預金通帳と届出印鑑が使用されたこと及び払戻がされたことを除き知らない】

オ (本件定期預金払戻の状況)

平成一四年二月五日午前一一時四〇分ころ、被告茅ヶ崎支店一階定期預金払戻受付カウンターで、払戻請求者(「本件定期預金払戻請求者」)が、本件定期預金一五〇〇万円の払戻請求(満期前解約)を行った。

本件普通預金払戻請求者と本件定期預金払戻請求者とは同一人物と思われる(以下、この両者をまとめて「本件払戻請求者」ということがある)。

被告窓口担当者D原梅子は、本件定期預金払戻請求者から、受付番号札、払戻請求書(乙三)及び本件定期預金通帳(本件普通預金通帳と同一冊子)を受領し、まず払戻請求書の請求者氏名欄に氏名が、金額欄に払戻請求金額一五〇〇万円が記入されていることを確認し、手元のモニターディスプレイ上で請求者氏名、住所、口座番号が被告の記録と同一であることを確認する作業をした。

モニターディスプレイ上では、元金三〇〇〇万円、一五〇〇万円、五〇〇万円の三口合計五〇〇〇万円の定期預金があることが表示され、元金一五〇〇万円の定期預金の満期が平成一五年一一月一日であったことや、払戻請求書の科目欄の「定期」という欄が指定されていたため、D原は、本件定期預金払戻が定期預金の満期前解約であると認識した。

そこでD原は、被告の内部規則に基づき、本件定期預金払戻請求者が預金債権者本人であることの確認をするため、自動車運転免許証または健康保険被保険者証の提示を求めた。

本件定期預金払戻請求者は、健康保険被保険者証を提示したので、D原は、そこに記載された住所、氏名が払戻請求書の記載と同一であることの確認作業をし、また健康保険被保険者証に記載された生年月日(昭和一九年四月一日)が手元のモニターディスプレイ上に記載されたものと同一であること及び本件定期預金払戻請求者の外見がほぼ六〇歳でその生年月日と矛盾しないことを確認した。

その後、D原は、払戻請求書に押捺されている印影と印影検索モニターディスプレイ上に表示された印影との照合を行い、印影の同一性に問題がないと判断した。

また、原告からの事故届もこの時点では提出されていなかった。

本件定期預金払戻請求者は、外国人風であるとか、帽子を深めに被り、サングラスをかけるなど、預金者本人であることを疑わせる状況はなかった。

そこで、D原は、本件定期預金の満期前解約に応じることについて障害がないと判断し、同日午前一一時四三分、端末機械を操作して、解約手続を行った。

被告同支店では、大口現金の払渡しは、二階カウンターで行うこととなっていたので、D原は、本件定期預金払戻請求者に二階に移動してほしい旨伝え、被告二階カウンター担当者E田春子が、午前一一時四八分、現金自動支払機から利息一万一九三一円を含む合計一五〇一万一九三一円を出金して、同時刻頃、二階専用窓口に移動した本件定期預金払戻請求者に交付した。

【本件定期預金通帳と届出印鑑が使用されたこと及び払戻がされたことを除き知らない】

カ このような状況での本件各預金の払戻については、被告は無過失であったというべきである。

【否認する。原告の届出住所は「十間坂」であるのに、本件払戻請求者が記載、提出した各払戻請求書には「いずれも十間町」と記載されており、これを見過ごして払戻しをした被告には過失がある。】

理由

第一(事案の概要及び当裁判所の理由の骨子)

本件は、原告が、被告に寄託した本件普通預金及び定期預金の払戻しを請求したもので、被告は抗弁として、既に支払(弁済)済みであると主張し、この弁済が債権の準占有者に対するもので有効であるか預金契約に定める免責特約に該当すると主張した。

争点は、被告主張の弁済につき、被告が無過失であったか(被告主張)どうかということである。

当裁判所は、定期預金につき被告の無過失を認めず、原告の請求を認めることとした。

第二(証拠等により認定できる事実)

一  本件各預金の払戻前後の経緯について、《証拠省略》により認められる事実及び争いのない事実は以下のとおりである。

(1)  原告は、平成一四年二月上旬ころ、法事で自宅を留守にしていた際、自宅保管中の本件各預金にかかる総合口座通帳一冊、その届出印鑑一個、自己を被保険者とする健康保険被保険者証一通(甲五。但し、甲五は再発行にかかるもの)などの盗難被害にあったが、しばらくこれに気づかず、同月一二日、キャッシュカードで普通預金から払戻をした際に、残高が極端に少なくなっていることに気づき、同日警察署に盗難届を提出するとともに、翌日、被告に盗難による通帳、印章喪失届を提出した。

(2)  原告が盗難届を提出するより前、平成一四年二月五日午前一一時ころ、被告茅ヶ崎支店二階普通預金払戻受付カウンターで、推定年齢六〇歳の男性(「本件普通預金払戻請求者」)が、本件普通預金残高約二八四万円のうち、ほぼ全額に近い二五〇万円の払戻請求を行った。

被告窓口担当者B山松子は、本件普通預金払戻請求者から、受付番号札、払戻請求書(乙一)及び本件普通預金通帳を受領し、まず払戻請求書の請求者氏名欄に氏名が、金額欄に払戻請求金額二五〇万円が記入されていることを確認し、手元のモニターディスプレイ上で請求者氏名、口座番号が被告の記録と同一であることを確認したが、B山は、残高のほぼ全額に近い払戻であるとの認識は持つことが可能な預金通帳の確認まではしなかった。

ところで、払戻請求書には住所記載欄の指定がなかったが、本件普通預金払戻請求者は、原告の住所を記載してB山に提出していた。住所が記載されていることは珍しいことではなく、当時、被告の内部規則では、口座開設店以外での一〇〇万円以上の現金払戻請求については、住所の同一性を確認することになっていたが、本件普通預金口座は自店開設口座であり住所の同一性の確認が要求されていなかったため、操作することによりモニターディスプレイ上に預金者の住所が表示される仕組みになっていたものの、B山は、これらを比較対照操作して、同一性を確認することまではしなかった。

被告は、盗難通帳は、口座開設店以外で払い戻されることが多いので、口座開設店以外での支払は厳重に注意しなければならないとの通達を行っており、B山もこの通達内容の認識はあった。

B山は、被告とは面識はなかったが、本件普通預金払戻請求者には、外観、挙動から預金者本人であることを疑わせる状況はなかったので、この払戻しに問題がないと判断し、現金の出金業務を支援していた被告行員C川竹子にその後の手続を引き継いだ。

午前一一時一四分、C川が現金自動支払機から二五〇万円を出金し、そのころ被告担当行員が本件普通預金払戻請求者に現金二五〇万円を交付した。

(3)  同日(平成一四年二月五日)午前一一時三八分ころ、被告同支店一階定期預金払戻受付カウンターで、本件普通預金払戻請求者と同一人物と思われる本件定期預金払戻請求者が、本件定期預金一五〇〇万円の払戻請求(満期前解約)を行った。

被告では、三〇〇万円以上の定期預金の満期前解約は、口座開設店でしかできない扱いであったが、本件定期預金は、被告茅ヶ崎支店で開設された口座であったので、被告窓口担当者D原梅子は、本件定期預金払戻請求者から、受付番号札、払戻請求書(乙三)及び本件定期預金通帳(本件普通預金通帳と同一冊子)を受領し、まず払戻請求書の請求者氏名欄に氏名が、金額欄に払戻請求金額一五〇〇万円が記入されていることを確認し、手元のモニターディスプレイ上で請求者氏名、住所、口座番号が被告の記録と同一であることを確認した。

払戻請求書の払戻請求者住所欄には「神奈川(県)茅ヶ崎市十間町《番地省略》」と記載されていたところ、D原は、同市には、「十間坂」という町名はあるが「十間町」という町名がないことを取扱経験から認識をしていたが、番地記載が合致していたので、町名まで注意深く検討することをせず、その結果町名が違っていることを見落とした。十間坂は、被告茅ヶ崎支店所在地である新栄町と隣接して所在している。

モニターディスプレイ上では、元金三〇〇〇万円、一五〇〇万円、五〇〇万円の三口合計五〇〇〇万円の定期預金があることが表示され、元金一五〇〇万円の定期預金は預入日が平成一二年一一月一日で満期が平成一五年一一月一日であったことや、払戻請求書の科目欄の「定期」という欄が指定されていたため、D原は、本件定期預金払戻請求が定期預金の満期前解約であると認識した。

そこで、D原は、被告の内部規則に基づき、本件定期預金払戻請求者が預金債権者本人であることの確認をするため、身元確認書面の提示を求めたが、D原は、単に本人確認書面の提示を求めたのみで、具体的な書面の例を挙げることまではしなかった。

本件定期預金払戻請求者は、原告を被保険者とする健康保険被保険者証(甲五と同一体裁のもの)を提示したのに、D原は、写真の貼付してある自動車運転免許証などの提示を求めることまではせず、健康保険被保険者証に記載された氏名、住所、生年月日を見て、住所、氏名が払戻請求書の記載と同一であることを確認したが、この際にも前記同様に町名の記載の誤りに気づかないまま、健康保険被保険者証番号を控え、更に健康保険被保険者証に記載された生年月日(昭和一九年四月一日)が手元のモニターディスプレイ上に記載されたものと同一であること及び本件定期預金払戻請求者の外見がほぼ六〇歳でその生年月日と矛盾しないことを確認したが、生年月日を質問することはしなかった。

モニターディスプレイ上には、原告の自署が表示されるようになっており、D原は、行内規則で署名の対照を要求されるような不審な点を本件定期預金払戻請求者に見い出さなかったが、習慣で払戻請求書の署名と比較対照を行ったものの特に相異があるとの認識は持たなかった。

その後、D原は、払戻請求書に押捺されている印影と印影検索モニターディスプレイ上に表示された印影との照合を行い、印影の同一性に問題がないと判断した。

更に、D原は、本件定期預金払戻請求者には外観、挙動から預金者本人であることを疑わせる状況はないと判断した。

当時、平成一四年四月一日導入予定のペイオフへの対策のための定期預金解約数がかなりの数にのぼっていたものの、払戻請求者の住所を一字一字確認する作業を行ったとしても払戻業務にさほど支障になるような状態ではなかった。

被告行内規則で、定期預金の満期前解約の場合は、解約理由を確認することになっていたが、D原が具体的に確認したか否かは認定すべき的確な証拠はない。

窓口には預金口座開設時に設定した暗証番号の入力装置が設置されており、その操作には約三〇秒しか必要ではなかったが、D原は、本件定期預金の満期前解約に応じることについて障害がないと判断して本件定期預金払戻請求者に暗証番号を入力させることをせずに、同日午前一一時四三分、端末機械を操作して、解約手続を行った。

被告同支店では、大口現金の払渡しは、二階専用窓口で行うこととなっていたので、D原は、本件定期預金払戻請求者に二階への移動を促し、被告二階担当者E田春子が、午前一一時四九分、現金自動支払機から利息一万一九三一円を含む合計一五〇一万一九三一円を出金して、同時刻頃、二階専用窓口に移動した本件定期預金払戻請求者に現金で交付した。

(4)  原告は、被告に対し、平成一四年五月七日到達の書面で、書面到達後二週間をもって、本件普通預金については払戻しの、本件定期預金については満期前解約の各意思表示をした。

二  被告において実施してきた同種事故防止対策等について前記証拠により認められる事実は次のとおりである。

(1)  平成一〇年ころから、個人名義の盗難通帳と偽造届出印鑑を利用した不正払戻請求が多発するようになった。

(2)  そこで、平成一〇年一二月一四日、被告は、防止策を強化したが、この形態の不正払戻は、印鑑、記名の照合で防止できるものであり、通達もこの趣旨に則ったものであった。

(3)  平成一一年九月六日、警視庁生活安全総務課長は、被告頭取宛に、近時、会社等の事務所に侵入し、通帳と印鑑等を窃取したうえ、翌朝、銀行窓口において多額の預金を引き出す事案が多発しているので、開店後間もない時間に会社等名義の多額の預金を普段見かけない人物が引出しに来た場合や挙動が不審であると思われる場合には、慎重な処理を行ってほしい旨の文書を送付した。

(4)  平成一一年一〇月、被告は、通帳に届出印章を顕出しておく副印鑑制度に代えて、印影検索システムを導入し、新規に開設される通帳には届出印章の表示はなくなり、平成一二年八月四日開設された本件各預金にかかる通帳にも届出印章の表示はなかった。

(5)  平成一一年一二月ころには、銀行関係者の間では、印影照合による預金者保護機能は、行き詰まりであるという認識を持つ者もおり、銀行関係者を対象読者とする雑誌にそのような趣旨の論文が掲載されたこともあった。

(6)  平成一一年一二月二〇日、事務所荒らしによる法人名義の預金の被害が増大したことを受けて、被告では法人名義の預金についても、前記同様の強化を行った。

(7)  平成一二年六月一二日、同種事件の発生が後を絶たず、また印鑑の偽造が精巧となったため、被告は、一〇〇万円以上の他店開設口座預金の払戻には、住所の記載を必要とし、複数人による住所、記名、印影の照合を行うことにした。

(8)  平成一三年一〇月一五日、被告は、副印鑑の顕出してある古い預金通帳についてもこの制度を廃止することにした。

(9)  平成一二年一二月一八日、全国銀行協会は、被告等同協会会員銀行に対し、マネーロンダリングの防止に関して、厳格な本人確認のガイドラインを定めた文書を配付したが、被告における預金払戻手続については、この厳格な本人確認手続を履践することにはならなかった。

第三(判断)

一  まず、民法四七八条に定める債権の準占有者に対する弁済による債権者の免責要件と被告主張の各預金規定に定める免責規定の関係は、後者が前者の要件を緩和したものと解することは相当でなく、後者は、預金の払戻に関して前者を具体化したものに過ぎないと解すべきである。

二  したがって、以下、被告の各弁済行為に過失がなかったか否かについて判断することとする。

(1)  前記認定のように、被告定期預金窓口担当者D原梅子は、本件定期預金払戻請求者の提出した払戻請求書の請求者住所欄に記載された住所が、手元のモニターディスプレイ上に表示される被告の記録と同一であることの確認作業をしたものであるが、払戻請求書の払戻請求者住所欄には「神奈川(県)茅ヶ崎市十間町《番地省略》」と同市には存在しない「十間町」と記載されており、実際は被告茅ヶ崎支店所在地に隣接する「十間坂」が正しく、モニターディスプレイ上には、このように表示され、かつD原は、「十間町」との町名がないことを認識していたが、番地記載が合致していたので、町名まで注意深く検討することをせず、その結果町名が違っていることを見落とした。この誤記は、例えば、町名「町」を欠落して記載することが省略の一種と考えられるのに対し、誤記の程度は高いというべきである。

(2)  本件定期預金の払戻には、本件定期預金払戻請求者が預金債権者本人であることを確認する手続を履践することを必要とされていたところ、被告窓口担当者D原梅子は、本件定期預金払戻請求者に身元確認書面の提示を求め、本件定期預金払戻請求者が提示した健康保険被保険者証に記載された住所、氏名が払戻請求書の記載と同一であることの確認作業をした、また健康保険被保険者証に記載された生年月日(昭和一九年四月一日)が手元のモニターディスプレイ上に記載されたものと同一であること及び本件定期預金払戻請求者の外見がほぼ六〇歳でその生年月日と矛盾しないことを確認したが、この際にも払戻請求書記載の住所中の町名が健康保険被保険者証記載の町名と異なることを見落とした。

(3)  この当時、平成一四年四月一日導入予定のペイオフへの対策のための定期預金解約数がかなりの数にのぼっていたものの、住所を一字一字確認する作業を行ったとしても払戻業務の円滑処理の点では、さほど支障にはならない状況であった。

(4)  本件のような健康保険被保険者証による本人確認方法は、同書面は、本人もしくは家族しか所持していないことを前提とするものであり、これをも窃取し銀行窓口に持参してきた場合には、この前提が存在せず、本人確認手段としては全く機能しない。

(5)  また、本件定期預金口座開設日は、平成一二年八月四日であり、これが印影検索システムのモニターディスプレイ上にも表示され、少なくとも、ほぼ一年半同一住所に居住していると推認できる預金者が自己の住所を誤って記載する可能性は少ないとのことであるから、上記のように住所を確認すべきことになっていたD原は、この町名の記載誤りから定期預金払戻請求者が預金債権者本人であることにつき疑いを挾むべきであった。

(6)  そして、同窓口担当者の手元には、開設者が設定した暗証番号を払戻請求者が入力する装置があり、この操作にはさほど時間はかからないのであって、健康保険被保険者証による本人確認の機能は前記のように限定されているのであるから、この装置を利用するなどして本件定期預金払戻請求者が預金者本人であることを更に確認すべきであった。

(7)  そして、少なくとも暗証番号による本人確認作業を行っていれば、本件定期預金払戻請求者が預金者本人ではないと判明した蓋然性が高いと認められる。

(8)  また、当時、同窓口担当者あるいはそれを監督指導する立場の上司は、少なくとも前記各通達通知の趣旨を認識していた。

(9)  以上の認定事実からすれば、本件定期預金の払戻につき、前記(6)の確認作業をしなかった被告に過失がなかったと認めることはできない。

三  これに対して、普通預金は、流動性預金であって、頻繁かつ高額な現金による出し入れが予定されているものであり、制度上、簡便な手続で払戻がされることが要請されているものであるから、この払戻における銀行の注意義務は、定期性預金のそれに比較して軽度のもので足りると認めるべきであり、住所の確認作業を伴なわない前記認定払戻作業過程に被告の過失はないと認めることができる。

四  みずほ銀行行内処理規則は、僚店(他店開設口座)預金の取扱いに関するものであり、本件のように口座開設店における取扱いを定めたものではないので、被告の過失の有無を判断する根拠とはし難い。

五  さらに、郵便貯金における取扱いも、営利を第一の目的としていない郵政公社と営利法人である被告との違いから、被告の過失の有無を判断する根拠とはし難い。

第四結論

よって、主文のとおり、判決する。

(裁判官 松田清)

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