大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成14年(行ウ)16号 判決 2006年11月22日

主文

1  原告P1,同P2,同P3,同P4,同P5及び同P6に係る本件各訴えをいずれも却下する。

2  原告P7,同P8,同P9,同P10,同P11,同P12及び同P13の請求に基づき,被告がP14株式会社に対し平成13年4月27日付けでした建築確認処分を取り消す。

3  訴訟費用の負担は以下のとおりとする。

(1)  原告P7,同P8,同P9,同P10,同P11,同P12及び同P13に生じた費用は,すべて被告の負担とする。

(2)  原告P1,同P2,同P3,同P4,同P5及び同P6に生じた費用は,同原告らの負担とする。

(3)  被告に生じた費用は,その2分の1を被告の負担とし,その余は原告P1,同P2,同P3,同P4,同P5及び同P6の負担とする。

事実及び理由

第1請求及び答弁

1  原告らの請求

被告がP14株式会社に対し,平成13年4月27日付けでした建築確認処分を取り消す。

2  被告の答弁

(1)  本案前の答弁

原告P1,同P2,同P8,同P10,同P3,同P4,同P5,同P13及び同P6に係る本件各訴えをいずれも却下する。

(2)  本案の答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は,被告がP14株式会社(以下「P14」という。)に対し,建築基準法(以下「法」ともいう。)6条の2第1項に基づき,神奈川県逗子市α×××番6外22筆(以下「本件敷地」という。)に建築する共同住宅(以下「本件建築物」という。)及び付属自動車車庫について確認をした(以下「本件建築確認処分」という。)ところ,本件敷地の周辺に居住する原告らが,本件建築確認処分は上記建築計画が建築基準法20条,同法施行令93条に違反しているのを看過した違法なものである等として,被告に対し,その取消しを求めた事案である。

2  基礎となる事実

(1)  当事者

原告らは,肩書住所地に居住する者であり,その住居と本件敷地との位置関係は別紙明細地図のとおりである。

(2)  建築確認処分について

(ア) P14は,平成13年4月16日,法77条の18の規定に基づき国土交通大臣の指定を受けた指定確認検査機関である被告に対し,おおむね以下の内容の建築計画(以下「本件建築計画」という。)について建築確認申請書を提出した(以下「本件建築確認申請」という。乙1,弁論の全趣旨)。

a 地名地番

神奈川県逗子市α×××番6外22筆

b 都市計画区域等

都市計画区域内

c 敷地面積

12879.20m2

d 用途地域等

第1種低層住居専用地域

e 容積率規制

100%

f 建ぺい率規制

50%

g 主要用途

共同住宅

h 建築面積

6407.98m2

i 建ぺい率

49.75%

j 延べ面積

(a) 建築物全体

20026.70m2

(b) 地階の住宅部分

1454.11m2

(c) 共同住宅の共用の廊下等の部分

3550.11m2

(d) 自動車車庫等の部分

2349.87m2

(e) 住宅の部分

20026.70m2

(f) 法52条の容積率対象延べ面積

12672.61m2

(g) 容積率

98.39%

k 申請に係る建築物の数

l 同一敷地内の他の建築物の数

m 建築物の高さ等

(a) 最高の高さ

9.59m

(b) 階数 地上3階(13層)

地下1階

(c) 構造

鉄筋コンクリート造

(イ) 本件建築確認申請に対し,被告は,同月27日付けで,P14に対し,法6条の2第1項,6条1項に基づき,本件建築計画に係る確認済証を交付した(本件建築確認処分。乙1)。

(ウ) P14は,平成18年5月18日ころ,本件建築物について建築物の計画の変更確認申請を行ない,被告は,同月25日,P14に対し,法6条の2第1項,6条1項後段の規定に基づき,上記変更確認申請に係る確認済証を交付した(以下「本件変更確認処分」という。乙25ないし43,弁論の全趣旨)。

(3)  開発行為許可処分について

ア 神奈川県横須賀三浦地区行政センター所長は,平成6年8月31日付けで,有限会社P15に対し,都市計画法29条1項に基づき,逗子市α×××番6外10筆を開発区域とし,予定建築物の用途を共同住宅とする開発行為を許可した(甲2,乙15,弁論の全趣旨)。

イ 神奈川県横須賀三浦地区行政センター所長は,平成7年12月25日付けで,有限会社P15の地位を承継したP14に対し,都市計画法35条の2第1項の規定に基づき,逗子市α×××番6外21筆を開発区域として,上記アの開発行為の変更を許可した(乙16,弁論の全趣旨)。

ウ 神奈川県横須賀土木事務所長は,平成13年4月16日付けで,P14に対し,都市計画法35条の2第1項の規定に基づき,逗子市α×××番6外22筆(本件敷地)を開発区域として,上記イの開発行為の変更を許可した(以下「本件開発変更許可処分」という。甲4,乙14,17,弁論の全趣旨)。

(4)  本件敷地及び付近の地形等

本件敷地の東側には,通称「β第2団地」が広がっており,別紙明細地図記載のとおり,原告らの大部分は同団地内に居住している。

同団地は,昭和41年ころに,もともと東西方向に形成されていた沢ないし谷の部分を埋め立て,造成されたものであり,その埋立の西端が本件敷地内にある東側斜面地となっている(以下,この盛土部分を「本件盛土」ないし「本件盛土部分」という。)。

本件敷地は,上記のように東側が本件盛土部分,北側が元来の地形を残す斜面地であり,この二つの斜面地の下方に若干の平坦地が広がっている。本件建築物は,上記北側の斜面地及び本件盛土部分に沿って階段状に形成される地上3階,地下1階の建築物(全13層)である。

そして,本件開発変更許可処分では,本件盛土部分を東西に分けるほぼ中央部分に2列,千鳥状態に支持地盤に達する直径1.1メートルの抑止杭を59本打設し,地中に直径300ミリメートルの排水管5本,直径200ミリメートルの排水管3本を埋設することが予定されていた(以下「抑止杭」,「地中排水管」というときは,この本件開発変更許可処分において予定されているものを指す。)。

(5)  関連する法令の概要

ア 建築基準法20条

建築物は,自重,積載荷重,積雪,風圧,土圧及び水圧並びに地震その他の振動及び衝撃に対して安全な構造のものとして,次に定める基準に適合するものでなければならない。

1号 建築物の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適合すること。

2号 次に掲げる建築物にあっては,前号に定めるもののほか,政令で定める基準に従った構造計算によって確かめられる安全性を有すること。

イ 第6条第1項第2号又は第3号に掲げる建築物

ロ イに掲げるもののほか,高さが13メートル又は軒の高さが9メートルを超える建築物で,その主要構造部(床,屋根及び階段を除く。)を石造,れんが造,コンクリートブロック造,無筋コンクリート造その他これらに類する構造としたもの

イ 建築基準法20条の規定を受けた同法施行令36条は「法第20条第1号の政令で定める技術的基準(建築設備に係る技術的基準を除く。)は,この節から第7節の2までに定めるところによる。」とし,建築物の安全上必要な構造方法に関する技術的基準について同施行令36条から80条の3までの規定を置いている。

(ア) 法施行令38条

1項 建築物の基礎は,建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝え,かつ,地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならない。

3項 建築物の基礎の構造は,建築物の構造,形態及び地盤の状況を考慮して国土交通大臣が定めた構造方法を用いるものとしなければならない。この場合において,高さ13メートル又は延べ面積3,000平方メートルを超える建築物で,当該建築物に作用する荷重が最下階の床面積1平方メートルにつき100キロニュートンを超えるものにあっては,基礎の底部(基礎ぐいを使用する場合にあっては,当該基礎ぐいの先端)を良好な地盤に達することとしなければならない。

(イ) 法施行令93条

地盤の許容応力度及び基礎ぐいの許容支持力は,国土交通大臣が定める方法によって,地盤調査を行い,その結果に基づいて定めなければならない。ただし,次の表に掲げる地盤の許容応力度については,地盤の種類に応じて,それぞれ次の表の数値によることができる(次表省略)。

(6)  本件訴訟に至る経緯について

原告らは,平成13年6月25日付けで本件建築確認処分の取消しを求めて神奈川県建築審査会に審査請求をし,同審査会は平成14年1月23日付けでこれを棄却する旨の裁決をした(甲1)。

第3争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点

(1)  原告適格の有無

(2)  本件建築確認処分が法20条,同法施行令93条に反するかどうか。

(3)  本件建築確認処分は適式な提出図書に基づいて審査されたかどうか。

2  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(原告適格の有無)について

(原告らの主張)

ア(ア) 本件敷地は,その大部分がβ第2団地造成の際に造成された本件盛土部分であり,同部分は高低差が40メートル以上もあって,30度以上の傾斜を有している。

本件盛土部分は,上記のとおりの埋立地であり,十分な地盤調査が行われていない。したがって,本件建築計画では支持杭を支持地盤にまで打設して本件建築物を支える計画であるが,当該支持地盤がそれだけの許容応力を有しているのか,また基礎ぐいの許容支持力が十分かは疑問であるし,そのような工事を行うこと自体によっても本件盛土部分が崩落する可能性が高い。

(イ) 原告らの居住地は,別紙明細地図のとおりであり,最も離れている者であっても本件盛土の上端から300メートル以内にある。本件盛土部分が崩落したり,地すべり等が起こった場合には,原告らの居宅の敷地は基盤を失い,原告らは生命,身体,財産の安全等といった利益が侵害される危険性がある。

(ウ) 法20条及び法施行令93条は,建築物の構造耐力並びに地盤の許容応力度及び基礎ぐいの許容支持力について定めているが,これらの規定は当該建築物の近隣に居住する住民の生命,身体の安全,財産の保護をも保護する趣旨と解するべきである。

したがって,原告らは本件建築確認処分によって上記法的に保護された利益を侵害される危険性が高いから,同処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する。

イ 原告らが居住しているβ第2団地は,第一種住居専用地域内にある極めて閑静な住宅地である。このような地域に,本件建築計画にあるような146戸もの大規模なマンションと146台分の自動車車庫が建築された場合,原告らの上記「低層住宅に係る良好な住居の環境」は著しく破壊されることになる。

法1条は「この法律は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とする」と定め,法19条は「敷地の衛生及び安全」を,法48条1項は「第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれのある建築物の建築の規制」を定めており,これらの規定は建築物の周辺住民の生命,健康及び財産の安全や保護を目的とするものである。

これらのことからすれば,原告らは上記住環境上の悪影響を受けないという法的利益を有するものと解すべきであり,本件建築確認処分によってこれらの法的な利益を侵害される。

ウ また,原告らは,本件敷地には建物を建てず,逗子市に譲渡するという事業者と神奈川県との約束を前提に住居地の土地を購入したものであり,本件敷地を上記所有土地の保安用地とし,建物を建築しないとする一種の地役権を有する。

本件建築物が建築されることによって,上記権利が侵害されることは明らかである。

エ 以上アないしウのことから,原告らは本件建築確認処分の取消しを求める法律上の利益があり,本件における原告適格を有する。

(被告の主張)

ア(ア) 本件敷地は,宅地造成等規制法3条1項の宅地造成工事規制区域に指定されており,傾斜地において本件開発変更許可処分に係る切盛土による造成工事(歩行者用通路及び公園等)が行われることから,都市計画法33条1項7号に規定するがけ崩れのおそれが多い土地,その他これらに類する土地に該当するといえる。他方,最高裁判所平成9年1月28日第三小法廷判決が原告適格を有する者を「がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者」に限定しており,この判旨は,建築確認処分取消訴訟の原告適格を有する第三者の範囲いかんを定めるについても妥当すると考えられる。

(イ) ところで,土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(平成12年法律第57号。以下「土砂災害防止法」という。)は,土砂災害の危険性のある区域を明らかにし,当該区域における警戒避難体制の整備,開発行為の制限及び建築物の構造規制の措置を定めること等により土砂災害防止対策の推進を図ることを目的としたものであるが,同法6条1項は,急傾斜地の崩壊等により住民等の生命又は身体に危害が生じるおそれがあり,警戒避難体制を特に整備すべき土地の区域を「土砂災害警戒区域」として指定することができるとし,同法施行令2条では,その範囲を急傾斜地の崩壊の場合,急傾斜地上端では,上端から10メートル以内と規定している。

(ウ) 上記のことからすると,本件において「がけ崩れ等による生命,身体等に直接的な被害を受けることが予想される地域に居住する者」(原告適格を有する者)とは,「土砂災害警戒区域」の意義や指定の趣旨等からして当該区域内に居住する者と解するのが相当である。

(エ) そうすると,原告P1,同P2,同P8,同P10,同P3,同P4,同P5,同P13及び同P6は,本件盛土の上端から水平距離が10メートルを超えたところに居住しており,同人らにがけ崩れ等による生命,身体等に直接的な被害を受けるおそれは想定できないから,本件建築確認処分の取消しを求める法律上の利益はなく,本件における原告適格を有しない。

イ 原告らの主張イ及びウは,いずれも争う。

ウ なお,P14は,本件建築確認処分を受けた後,法6条の2第1項,6条1項後段の規定に基づいて本件変更確認処分を受けている。

したがって,今後の本件建築物の建築は本件変更確認処分に基づいて行われることになり,原告らには本件建築確認処分の取消しを求める利益はなくなったというべきである。

(2)  争点(2)(本件建築確認処分が法20条及び法施行令93条に反するかどうか)について

(原告らの主張)

ア 本件盛土部分の調査は,法施行令93条及び国土交通省告示1113号(乙7)に定める地盤調査の方法による調査をしたとはいえない。

被告は,学識経験者の報告書(乙2,3)に基づき地盤の安全性を認定したとしているが,前記報告書の前提としている地盤調査,特に本件盛土がされる以前の地形や本件盛土の状態についての調査はずさんであり,不十分である。

すなわち,被告が安全性を確認したと主張している前提となった地質調査は昭和60年8月ころにP16株式会社が行ったものであるが,同調査結果は,それ以前に何度かにわたって行われている地質調査とは埋立前の谷の状況が異なっているし,等深線も異なっている。したがって,本件建築確認処分では,実際の地形(甲8,9)とは異なる地盤状態を前提として抑止杭及び支持杭の設計がされ,事実と異なる等深線図に基づき安全性の計算がされているのであり,地盤の許容応力度及び基礎ぐいの許容支持力が十分に確保されているとはいえない。

イ また,本件建築計画では,本件盛土に沿って建築される本件建築物の基礎は支持杭で支えられる計画となっており,当該支持杭は各層ごとに,また1スパンごとに各2本打設される予定であり,その総数は100本以上になる。これだけの支持杭を打設するにもかかわらず,上記アの昭和60年の調査においてボーリング調査を実施しているのはわずか3か所であり,これでは正確な地質及び岩盤までの深さは把握できず,法施行令93条所定の国土交通大臣が指定した地盤調査の方法による調査をしたとはいえない。

そして,このように多数の支持杭を打設することは本件盛土部分に多大の負荷をかけることになり,その崩落等の危険性を増大させることになるから,これらの支持杭を打設すること自体が法施行令93条に違反するものである。

ウ 本件盛土部分は,上記3か所の地質調査の結果でもN値(標準貫入試験値)のバラツキが大きいのに,この測定値を無視して安全率の解析計算がされている。加えて,地中の水分量や分布については何ら調査がされておらず,浸透水,地下水の影響も検討されていない。これらの検討がないまま支持杭の安全性について問題がないとしているのは誤りである。

エ したがって,本件建築確認処分は法20条,法施行令93条に違反しており,取り消されるべきである。

(被告の主張)

ア 原告らは,本件盛土部分の安全性について種々主張するが,この点は開発行為の許可(本件開発変更許可処分)の際に審査されるべき事項であり,本件建築確認処分の違法事由として主張することは失当である。

イ(ア) 念のために本件盛土部分の安全性について述べると,本件盛土部分は旧宅造法に適合するよう施工され,施行完了から30数年を経過し,斜面としては安定した形状を呈しており,斜面の変動量調査でも安定した状況を示している。本件盛土部分の下部の旧地山は有機質礫混じり土層が4メートルから5メートル程度あり,この下位には凝灰質砂岩が分布し,標準貫入試験値が50以上の支持層となっている。

(イ) P14は,阪神淡路大震災の調査,検討を踏まえて,宅地防災マニュアルにおいて設計震度等の基準が追加されたことに伴い,本件開発変更許可処分に係る計画では,地盤改良措置として,大地震時における斜面の安定計算により必要とされる抑止力を確保するために,本件盛土部分に所要の抑止杭59本を設置し,地中の浸透地下水を誘導排水する目的で地中排水管を設置することとしており,大地震時における生命,身体等に対する安全性を確保している(乙2,3)。

ウ 原告らは,本件建築計画は法20条,法施行令93条に違反する旨を主張するが,本件建築計画では本件建築物を支持杭により支持地盤で支える計画であり,この点の安全性も確認されている。

すなわち,法20条,法施行令93条については,予定建築物と本件盛土の相関関係について基準化されたものがないため,P14においては地盤の安全性に関する学識経験者の報告書(乙2,3)に基づいて安全性を確認しており,被告も上記報告書に基づいて,① 地すべりが支持杭に与える影響については,支持杭に及ぼす建物荷重による力に地すべりによる力を加算して,支持杭の断面算定を検討し,安全であることを確認しており,また,② 予定建築物の横揺れが本件盛土に与える影響についても,この支持杭の地震における変位は杭頭部で2センチメートル以下と推定されたため,周辺地盤に与える影響は少ないと判断した(乙2,3)。

したがって,本件建築確認処分は法20条,法施行令93条に適合するものであり,原告らの主張は理由がない。

(3)  争点(3)(本件建築確認処分は適式な提出図書に基づいて審査されたかどうか)について

(原告らの主張)

ア P14は,本件建築確認申請に際し,建築確認申請図面として配置図(乙4)を提出しているが,この乙4号証の図面では抑止杭が南北方向に1列になっていて,千鳥状態にはなっておらず,また地中排水管の表示もない。

このことから明らかなように乙4号証の図面は,開発許可(本件開発変更許可処分)を受けた敷地配置図とは異なるものである。したがって,本件建築確認処分は,開発許可を受けた敷地配置図とは違う図面を前提に建築基準関係規定への適合性を審査をしたものである。

上記のような審査では,本件開発変更許可処分を受けた位置に地中排水管があるとすると,支持杭がこれに当たり,設置できないということが起き,支持杭が1か所でも欠けると,本件建築物の荷重バランスが崩れ,その安全性が保てないことになる。本件建築確認処分は,支持杭についての法施行令93条に違反するものである。

イ 被告は,乙4号証の図面等は作成目的に応じて一部を簡略に表示したものであると主張している。

しかし,乙4号証の図面は,平成13年3月29日に作成されたもので,本件開発変更許可処分を得た平成13年4月16日以前に作成された図面であること,抑止杭は,当初一列の配列で乙4号証記載の状態で設置する計画であったところ,その後千鳥状態に配列することにされ,位置も変更されたこと,乙4号証と本件開発変更許可処分を得た図面である乙2号証の図面(同号証の41頁にある図面をいう。以下同じ。)の抑止杭は,配列のほか,本数,位置も異なることなどからすれば,乙4号証の図面は,乙2号証の図面の概略図とはいえず,変更前の配置図であり,本件建築確認処分は,開発許可を受けていない古い図面に基づいていることは明らかである。

また,被告が抑止杭及び支持杭の位置,本数を正確に表示していると主張する基礎杭伏図(乙19)の抑止杭も乙2号証の図面とは相違している。乙19号証の図面では,抑止杭が南側に2.2メートルまで設置され,北側もY8までであるのに対し,乙2号証の図面では,南側に約10メートルまで,北側もY9まで設置することになっており,本数も乙19号証の図面では48本であるが乙2号証の図面では59本である。

被告は,地中排水管と支持杭が当たることはないと判断した旨を主張するが,地中排水管と支持杭の位置を厳密に確認できる図面はもともと確認図面には含まれていないとしており,この点を検討していないことを自認するものである。

ウ 本件開発変更許可処分においては,本件盛土部分の崩壊を防ぐ対策として抑止杭及び地中排水管の設置が開発許可基準を充たす重要な措置とされており,本件建築確認処分の審査に当たっては,上記措置を前提とした審査資料に基づく審査及び処分をしなければならない。被告は,本件建築確認処分をするに当たって,事業者が提出した開発許可前の図面を鵜呑みにし,これに基づき審査したのであるから,本件建築確認処分の違法性は明らかである。

(被告の主張)

ア 原告らは,平成14年に提訴された本件において,結審が予定されていた平成18年2月8日の口頭弁論期日において突如前記のような主張をするに至った。このような主張は,以前からすることが可能であったものであるから,時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきである。

イ 建築確認申請における図面は,構造図,設備図,意匠図の3種からなり,以下のように,それぞれの作成目的に応じて必要な事項が記載されるものであるから,同一の建築物であっても記載内容は全く同じではない。これらの図面の異同をいう原告らの主張はこの点の理解を欠いたものであり失当である。

(ア) 乙19号証の基礎杭伏図は構造図であり,計画建築物の構造を正確に表示する目的で作成されたものであるから,抑止杭及び支持杭もすべての位置,本数が正確に示されている。構造以外の事項は省略され,又は必要な限度で記載されているにすぎない。

(イ) 乙4号証の配置図は設備図であって,計画建築物の設備(主として排水設備)を正確に表示する目的で作成されたものである。敷地の排水設備の配置と抑止杭とは相関関係がないので,この図面では抑止杭の敷地における位置の概要が表示されているにすぎない。

原告らは,乙4号証の配置図では抑止杭が一列に表示されていることを問題にするが,それは抑止杭の位置に相当する建築物の部分に4個の吹き抜けがあり,これを図上表示したため,抑止杭の表示を省略しているにすぎない。

(ウ) 乙23号証の配置図は意匠図であって,計画建築物の各棟の意匠(デザイン),すなわち各棟の建物全体,吹き抜け及びエレベーターの位置形状等が正確に表示されている。反面,抑止杭の位置は省略されている。

ウ 被告としては,本件開発変更許可処分の図面に基づいて審査し,支持杭が同開発行為で設置する地中排水管に当たることはないものと認めた。もっとも上記の位置関係を厳密に確認できる図面はもともと確認申請図書には含まれていなかったので断定はできなかったが,それは施工の段階で事業者が軽微な変更を行うことで解決できる問題である。

原告らが主張するように,上記各図面に若干の不整合が生ずるとしても,開発工事及び建築工事を同時進行的に行う工事施行者が施工図面を作成するに当たって調整するのが実務上の慣行であり,安全上特に支障は認められない。

第4当裁判所の判断

1  争点(1)(原告適格の有無)について

(1)  行政事件訴訟法(平成16年法律第84号による改正後のもの。以下同じ。)9条1項は,処分の取消しの訴えについては,当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限り,提起することができる旨を規定しており,この「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい,当該処分の根拠となる法令が不特定多数の者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消するにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益も上記の法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものと解される。

そして,処分の根拠となる法令が,不特定多数の者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは,当該法令の趣旨・目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮して判断すべきであり,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案することとなる(同条2項)。

そこで,上記の観点から本件における原告適格について検討する。

(2)ア  まず,原告らは上記第3,2(1)(原告らの主張)アのように主張している。

上記主張は,多少要領を得ない点があるというものの,建築確認における審査事項との関係でいえば,本件建築物は支持地盤に達する多数の支持杭で支える計画であるところ,その地盤ないし基礎の安全性が確認されていないことから,そのことが原因となって本件盛土部分の崩落や地すべり等が引き起こされる可能性があり,その場合には同盛土部分と一体的に埋め立てられ,造成された原告らの居住地の地盤も崩落や地すべり等に巻き込まれて,その生命,身体や財産について損害を被る可能性がある旨を主張するものと理解することができる。

上記のような理解に立つと,原告らは,近隣に建築される建築物の地盤ないし基礎が当該計画に係る所要の許容応力度ないし許容支持力を欠いていることから,当該建築物の安全等が損なわれるのみならず,原告らの居宅敷地にも悪影響が及ぶとして,これにより被る損害を法律上の利益の侵害と主張しているものということができる。

イ  よって検討するに,法6条の2第1項,6条1項が規定する建築確認は,建築物の建築等の工事が着手される前に,申請に係る建築計画が建築基準関係規定に適合していることを公権的に確認する行為であって,それを受けなければ当該工事をすることができないという法的効果が付与されており(同条6項),建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的とした処分であるといえる。そして,建築基準関係規定の一つである法20条,法施行令93条は,建築物の構造耐力,地盤の許容応力等を定めたもので,建築物は自重,積載荷重,地震等の衝撃に対して安全な構造でなければならないとしており,当該建築物の安全確保を目的としていることは明らかである。

そして,上記法20条,法施行令93条が保護しようとしている利益が当該建築物の安全確保に限られるかどうかについてみるに,当該建築物の地盤が上記の各規定に反して必要な許容応力を欠く場合には,その敷地や建築物自体に変形が生じたり,極端な場合(例えば,本件のように当該建築物が斜面地に建築されるような場合)には建築物の倒壊といった事態も想定されないではない。このような場合,その被害は当該建築物及びその敷地に止まるものではなく,これに近接する一定範囲の地域に居住する住民に直接的に及ぶことが予想される。

また,当該建築計画が開発行為を伴う場合には,建築確認においても当該開発行為が都市計画法29条1項等に適合していることを確認すべきものとされている(建築基準法施行令9条12号)。そして,開発行為の許可基準を定めている都市計画法33条1項7号は,がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命,身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべき趣旨を含むものと解される(最高裁平成9年1月28日第三小法廷判決)から,法は建築確認制度により間接的に敷地のがけ崩れ等による付近住民の上記法益を個別的利益として保護しているものともいえる。

上記のこととともに,建築基準法が建築物の敷地,構造等に関する最低の基準を定めて国民の生命,健康及び財産の保護を図ることなどを目的としている(法1条)ことにかんがみれば,同法20条,法施行令93条は建築確認に係る当該建築物の安全性とともに,その敷地地盤が所要の許容応力を有しないことによって生じる当該建築物ないしその敷地の変形や建築物の倒壊等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存する建築物に居住し又はこれを所有する者の生命,身体の安全,財産の保護等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解するのが相当である。

(3)ア  そこで,証拠(甲1,4,5,乙1ないし3,8,10ないし17,証人P17)及び弁論の全趣旨によれば,本件盛土部分は,昭和41年ころに,ほぼ東西方向に存在していた沢ないし谷を埋め立てて人工的に造成されたものであること,本件盛土部分は勾配1:2で盛土して造成されたもので,現状でも約30度の角度を保っており,盛土高は最大約40メートルに達していること,盛土材は,泥岩・凝灰質砂岩及び崖錐堆積物を主体とする付近の切土材であること,埋立部分は従前の地形からして集水性に富んでいること,本件敷地は宅地造成等規制法3条1項に基づき宅地造成工事規制区域に指定されていることがそれぞれ認められる。

イ  一方,原告らは,別紙明細地図のとおり,本件盛土の上端部の北側ないし東側に居住しており,それぞれの居住位置の本件盛土の上端からの距離は,原告P1が約60メートル,同P2が約50メートル,同P7が約3メートル,同P8が約15メートル,同P9が約3メートル,同P10が約25メートル,同P11が約7メートル,同P12が約7メートル,同P3が約70メートル,同P4が約52メートル,同P5が約95メートル,同P13が約30メートル,同P6が約45メートルと認められる(甲13,弁論の全趣旨)。

ウ  そして,本件建築計画は,北側斜面及び東側斜面(本件盛土)に沿って,地上3階,地下1階から成る共同住宅を階段状(合計13層)に建築する(全146戸,そのうち本件盛土部分のA棟に66戸)ほか,本件盛土に沿って設けられる共同住宅の基礎を直接支持地盤まで達する支持杭によって支えることを内容とし,さらに本件盛土の上部に地上2段,地下4段の機械式自動車車庫(146台分)を建築するというものである。

エ  以上の本件盛土が造成された経緯,その規模,原告らの居住位置,本件建築計画の内容等に照らすならば,本件建築物の支持地盤が許容応力を欠き,それに起因して本件盛土部分に崩落や地すべり等が発生し,本件盛土部分もろともに倒壊したりすれば,これにより自らの敷地までもが巻き込まれる等して直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域は,本件盛土の上端から水平距離にして30メートルの範囲までと認めるのが相当である。

したがって,上記の範囲内に居住している原告P7,同P8,同P9,同P10,同P11,同P12及び同P13は,本件建築物の支持地盤が所要の許容応力を有しないことに起因して同建物が倒壊等した場合には直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住していると認めることができるが,他方,原告P1,同P2,同P3,同P4,同P5及び同P6については上記直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住しているとは認められない。

オ(ア)  これに対して被告は,土砂災害防止法で指定している「土砂災害警戒区域」の意義や指定の趣旨から,本件盛土の上端から10メートル以内に居住している者に限って「がけ崩れ等による生命,身体等に直接的な被害を受けることが予想される地域に居住する者」と解すべきである旨主張している。

しかしながら,土砂災害防止法は,土砂災害が発生するおそれがある土地の区域を明らかにし,当該区域における警戒避難態勢の整備を図るとともに,著しい土砂災害が発生するおそれがある土地の区域において一定の開発行為を制限し,建築物の構造の規制措置を定めること等により,土砂災害の防止のための対策の推進を図ること等を目的として制定されたものであり(同法1条),警戒避難態勢を特に整備すべき土地の区域として土砂災害警戒区域を指定することができるとし(同法6条1項),その範囲を同法施行令2条1号で,急傾斜地の崩壊の場合につき,急傾斜地の上端に隣接する急傾斜地以外の土地の区域であって,当該上端からの水平距離が10メートル以内のものと規定しているものである。このような土砂災害防止法の目的や上記各規定の趣旨からすれば,これらの規定は,急傾斜地の崩壊があった場合に,上記土砂災害警戒区域以外に危険が及ばないとしているとは解されないし,本件の場合は,本件建築物に誘発される地すべりの危険性も問題とされているのであって,本件盛土部分の高さが最大で40メートルにも達し,その東側に存在する原告らの多くが居住している部分がもともと沢ないし谷であったところを本件盛土部分と一体的に埋め立て,造成したものであることからすれば,本件盛土部分に地すべり等が発生した場合に,その被害が本件開発区域の上端から10メートルの範囲に止まるとする根拠は乏しいというべきである。

以上のことから,被告の上記主張は採用できない。

(イ)  また,被告は,本件建築確認処分がされた後に本件変更確認処分がされており,今後の本件建築物の建築は同処分に基づいて行われるから,本件建築確認処分の取消しを求める訴えの利益は失われた旨を主張する。

しかしながら,変更確認処分がされた場合にその前提となった建築確認処分の効力が失われるとする根拠はないから,本件変更確認処分がされたことによって原告らが本件建築確認処分の取消しを求める訴えの利益を失ったと解することはできない。被告の上記主張は,その主観的意図に基づく事実上の問題をいうにすぎず,採用できない。

(4)ア  以上のほか,原告らは,本件建築確認処分によって,① 低層住宅に係る良好な住環境を侵害されるとか(前記第3,2(1)(原告らの主張)イ),② 本件敷地について有する一種の地役権を侵害される(同ウ)旨主張している。

イ  しかし,前者の①「低層住宅に係る良好な住環境」の侵害をいう点は,本件建築確認処分に基づいて本件建築物及び附属の自動車車庫が建築されることによって,原告ら個々人のどのような法的利益が侵害されるというのか明らかではないし,②の主張に係る地役権についても,原告らがそのような権利を有していると認めるに足りる証拠はない。

したがって,上記アの主張は原告らの本件における原告適格を基礎づけるものとは認められないというべきであり,他に上記原告P1,同P2,同P3,同P4,同P5及び同P6の原告適格を認めるべき事由は見いだせない。

(5)  まとめ

上記の検討によれば,本件盛土部分の上端から水平距離にして30メートル以内に居住している原告P7,同P8,同P9,同P10,同P11,同P12及び同P13は本件建築確認処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,原告適格を有するものといえる。

これに対し,原告P1,同P2,同P3,同P4,同P5及び同P6は,いずれも本件取消訴訟につき原告適格を有する者ということはできないから,同原告らの訴えはいずれも不適法として却下すべきである。

2  争点(3)(本件建築確認処分は適式な提出図書に基づいて審査されたかどうか)について

(1)  本件建築確認処分について,その処分内容の適否に係る争点(2)に先立って,当該審査方法の適否に係る争点(3)について判断する。

(2)  本件敷地については,前記第2,(3)に記載のとおり,3度にわたって都市計画法29条1項ないし同法35条の2第1項に規定する開発行為,すなわち主として建築物の建築等の用に供する目的で行われる土地の区画形質の変更(都市計画法4条12項)の許可処分ないしその変更の許可処分がされている。

一方,建築基準法は,同法6条1項あるいは同法6条の2第1項において,建築主が同項各号の建築物を建築しようとする場合には,当該工事に着工する前に,その計画が建築物の敷地,構造等に関する建築基準関係規定に適合するものであることについて,建築主事等の確認を受けなければならない旨を規定しており,建築主事等がその適合性を確認すべき建築基準関係規定には開発行為の許可について定める都市計画法29条1項及び同法35条の2第1項の規定が含まれている(建築基準法施行令9条12号)。これは,都市計画法29条1項及び同法35条の2第1項の規定は開発行為を規制するものであるが,この規制は建築物の敷地及び構造の安全性等に関する建築基準法19条,20条の規定による規制と密接な関連性を有することから,当該建築計画が開発行為を伴う場合は,建築主事等にその開発行為が都市計画法29条1項,35条の2第1項の規定に基づく許可処分を受けていることを確認させることにより,開発許可制度による規制の回避を防止し,このことを通して,建築基準法における同法1条に掲げる目的の実現を確保しようとしたものと解される。

この場合,建築主事等が行う都市計画法29条1項,35条の2第1項適合性の審査は,開発行為の許可がもともと都道府県知事等の権限とされており,建築主事等がその実質的内容について審査することを予定した規定のないことや,建築基準法施行規則1条の3第9項(当時。現行の11項)や都市計画法施行規則60条の規定に照らすならば,その権限を有する都道府県知事等の審査,判断を経由しているかどうかという形式的,外形的なものであって,当該許可の適否等の実質的な事項には及ばないものと解される。したがって,建築主事等は,建築確認の審査において,当該計画が開発行為を伴う場合には,権限を有する都道府県知事等の許可を得たものであるかどうかを確認することで足り,その許可に係る開発行為の結果として造成される敷地を前提として,他の建築基準関係規定への適合性を審査することになる。

(3)  ところで,本件建築確認の申請において,法施行規則1条の3第1項所定の添付図書としてどのような図面が提出されたのかの全体像は必ずしも明らかではないが,少なくとも,配置図として乙4号証の図面が,基礎杭伏図として乙19号証の図面が提出され,これらを前提として建築基準関係規定への適合性が審査され,本件建築確認処分がされたことは被告も争ってはいない。

しかし,本件開発変更許可処分は,本件敷地が乙2号証の図面のとおりに造成される計画を前提とし,その安全性等が検討された上で許可されたものであり,その審査,判断においては抑止杭の設置や地下排水管の埋設が重要な意味を有しているものと認められる(乙2,3)。しかるに,本件開発変更許可処分に基づいて造成される敷地の形状を示す乙2号証の図面と上記乙4号証の図面とを比較すると,抑止杭の本数,位置,配列が異なっており,この乙4号証の図面は作成年月日が平成13年3月29日とあることからしても,同年4月16日の本件開発変更許可処分よりも前に作成された,検討過程の図面であると認められる。また,乙19号証の基礎杭伏図も,上記乙2号証の図面とは抑止杭の位置及び本数が異なっており,これも開発変更許可処分を受けた際の図面とはいえない。そして,本件中には,本件建築確認申請において,上記乙4号証や19号証とは別に,本件開発変更許可処分を受けた敷地(地盤)の状況を示す図面が提出されていたことを認めるに足りる証拠はない。

また,P14は本件建築確認の後に本件変更許可処分を受けているが,その際には上記乙4号証や19号証の各図面を乙2号証の図面と同内容のものと差し替えている(乙42及び43の各1・2)。

以上のことからすると,本件建築確認処分は,本件開発変更許可処分によって造成される敷地(抑止杭及び地下排水管を含む。)を前提として建築基準関係規定への適合性が審査されたものとは認められない。

(4)  してみると,上記(2)のとおり,建築確認は,開発許可処分等に基づいて造成される地盤を前提として当該建築計画の建築基準関係規定への適合性を審査,確認するものであるにもかかわらず,本件建築確認処分は本件開発変更許可処分により造成される地盤とは異なる地盤を前提として上記確認を行ったことになる。

この点,建築確認の審査に供された図面が現況と異なるとしても,そのことから直ちにこれを看過した建築確認を取り消すべきであるとまではいえないとしても,本件の場合,本件建築計画は大規模な盛土斜面地に沿って建築物を建築するというものであり,その敷地の安全性については慎重な審査が要求される事案であり,また,本件建築確認に供された乙4号証,19号証といった図面は,本件敷地(地盤)の安全性を確保する上で重要な意味を有する抑止杭の位置,形状等に誤りがあることからすれば,これらの瑕疵を軽微なものということは相当でない。

そして,本件建築計画では,本件建築物の基礎は支持地盤に達する支持杭によることになっているが,本件建築確認の申請図書中に本件開発変更許可処分で予定されている地下排水管の位置を示す図面が提出されていたと認めるに足りる証拠もなく,そうだとすれば上記支持杭が地下排水管と接触等せずに打設し得るかという疑問もないではない。被告は,各図面に若干の不整合があるとしても工事施工の際に調整するのが実務上の慣行であり,安全上特に支障は認められない旨主張するが,地下排水管と支持杭の位置関係について精密な検討をしていない以上はどのような調整が可能かも明らかではないのであって,本件建築物のような特殊な基礎について軽々に上記のようにいえるかは疑問である。

以上検討したことからすれば,本件建築確認処分は,本件開発変更許可処分に基づいて造成される敷地(地盤)を前提とした建築基準関係規定への適合性を審査したものとはいえず,違法なものとして取り消すのが相当である。

(5)  なお,被告は争点(3)に係る原告らの主張は時機に遅れた攻撃防御方法であり,却下されるべきであると主張している。

確かに,上記主張は平成14年に提起された本件において,審理の終結が予定されていた平成18年2月8日の口頭弁論期日になって突如主張されたものである。しかし,上記主張が遅れた理由は,原告らにおいてその主張に係る図面の問題点に気づいていなかったことによるものと認められるところであり,このような過誤は通常では考えにくいことであり,気づくのが遅れた点に故意又は重大な過失があるとまではいえないし(被告においても気づいていなかったものと認められる),事実関係は比較的明瞭であって訴訟の完結を特段に遅延させるものとも認められない。

したがって,原告らの上記主張を時機に遅れたものとして却下することはしない。

(6)  まとめ

以上のとおり,本件建築確認処分は違法であるから,その余の点(争点(2))について判断するまでもなく取消しを免れない。

第5結論

原告P7,同P8,同P9,同P10,同P11,同P12及び同P13の本件建築確認処分の取消請求は理由があるから認容し,その余の原告らの同請求に係る各訴えはいずれも不適法であるから却下し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村吉晃 裁判官 植村京子 裁判官 毛利友哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例