横浜地方裁判所 平成14年(行ウ)17号 判決 2005年2月16日
主文
1 原告A,同B,同C及び同Dは,いずれも本件各訴えについて原告適格を有する。
2 原告E,同F,同G,同H,同I,同J,同K,同L及び同Mに係る本件各訴えをいずれも却下する。
3 第2項の原告らの本件各訴えに係る訴訟費用は,各原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求及び答弁
1 原告らの請求
被告が,りんかい建設株式会社に対し,平成13年4月16日付けでした建築基準法48条1項ただし書の規定に基づく建築許可処分を取り消す。
2 被告の答弁
(1) 本案前の答弁
本件各訴えを却下する。
(2) 本案の答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
1 事案の骨子
本件は,被告が,平成13年4月16日付けで,りんかい建設株式会社に対し,建築基準法48条1項ただし書の規定に基づき,第一種低層住居専用地域内に建設する予定の共同住宅に付属する自動車の車庫の建築について,「第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれがない」と認め,許可処分をしたところ,上記車庫の建築場所の近隣の住民である原告らが,上記のように「第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれがない」とした被告の判断には誤りがあり,上記処分は違法である,また,上記処分には手続的にも違法があるなどと主張して,上記許可処分の取消しを求めている事案である。
本判決は,本案前の争点,すなわち,原告らが本件取消訴訟について原告適格を有するかどうかについて判断するものである。
2 基礎となる事実
(以下は,当事者間に争いがないか,記載の証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)
(1) 当事者
ア 原告らは,都市計画法8条1項の規定に基づき指定を受けた第一種低層住居専用地域内に所在する肩書住所地に居住する者であり,その住居の位置関係は,別紙「明細地図」及び別紙「建築計画概要」の右上の図面記載のとおりである。
イ 被告は,建築基準法2条32号に規定する特定行政庁である。
(2) りんかい建設による共同住宅建設事業 〔弁論の全趣旨〕
ア りんかい建設株式会社(以下「りんかい建設」という。)は,神奈川県逗子市α525番6ほか22筆の土地(以下「本件敷地」という。)を開発して,共同住宅及び付属の自動車車庫を建設することを計画した。
イ りんかい建設は,平成12年10月27日,神奈川県横須賀土木事務所長に対し,本件敷地について,都市計画法35条の2第1項の規定に基づく開発行為の変更許可申請をし,同所長は,平成13年4月16日,開発行為変更許可処分をした。
ウ りんかい建設は,平成13年4月16日,指定確認検査機関(建築基準法77条の18ないし77条の21)として建設大臣から指定された日本イーアールアイ株式会社に対し,本件敷地上に建設する共同住宅(以下「本件共同住宅」という。)及び付属の自動車車庫(以下「本件自動車車庫」という。)について建築確認申請をし,同社は,同月27日,建築確認処分をした(建築基準法6条の2)。
(3) 本件建築許可処分の経緯
ア 上記2(2)ウの建築確認処分に先立ち,被告は,平成13年2月9日,りんかい建設から逗子市長を経由して申請された本件自動車車庫に係る建築基準法48条1項ただし書の規定に基づく建築許可申請を受理した〔乙1号証〕。
イ 被告は,平成13年3月6日,建築基準法48条13項,14項の規定に基づく公開による意見の聴取会の開催を神奈川県公報により公告し,同月12日,この聴取会を開催して,利害関係人らの意見を聴取した〔乙2号証〕。
ウ 被告は,平成13年3月30日,上記建築許可申請について,建築基準法48条13項の規定に基づく神奈川県建築審査会の許可の同意を得た〔乙3号証〕。
エ 被告は,平成13年4月16日,上記許可申請に係る本件自動車車庫の建築について,第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれがないと認め,許可処分をした(以下「本件建築許可処分」という。)。
(4) 本件建築許可処分の概要
ア 申請者 りんかい建設
イ 敷地 本件敷地
ウ 地域地区等 第一種低層住居専用地域。防火地域の指定なし。
容積率100パーセント,建ぺい率50パーセント
エ 建築物(本件自動車車庫)の概要
(ア) 主要用途 共同住宅の自動車車庫
(イ) 工事種別 新築
(ウ) 敷地面積 12879.20平方メートル
(エ) 建築面積 0平方メートル(地盤面1メートル以下に設けられるため,建築面積に算入されない。)
(オ) 自動車車庫の延べ面積 2190平方メートル(駐車台数146台)
(5) 審査請求及び裁決〔甲1号証〕
原告らは,本件建築許可処分を不服として,平成13年6月8日付けで,神奈川県建築審査会に対し,建築基準法94条の規定に基づく審査請求をしたが,同審査会は,平成14年1月23日付けで,審査請求を棄却する裁決をした。
(6) 本件訴訟の提起
原告らは,平成14年4月12日,本件建築許可処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第3争点及び争点に関する当事者の主張
1 争点
本件訴訟における本案前の争点,すなわち,本件各訴えの適法性に関する争点は,原告らは本件取消訴訟について原告適格を有する者であるかどうか,言い換えれば,原告らが本件建築許可処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法9条)に当たるかどうか,である。
2 争点(原告らの原告適格の有無)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
本件建築許可処分の根拠規定である建築基準法48条1項ただし書は,その趣旨・目的,同項ただし書が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等において,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできないから,原告らは本件建築許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者ではない。
したがって,原告らは本件取消訴訟の原告適格を有しない。
ア 建築基準法48条1項ただし書の趣旨・目的,当該処分を通して保護しようとしている利益の内容,性質等について
建築基準法48条の建築物の用途規制の規定は,都市計画法を受けて,同法に基づく用途地域における建築物の建築について用途の面から制限を課しているものであり,いわゆる単体規定におけるような個々人の個別的利益は想定されていない(建築基準法1条の目的規定から,直ちに同法に定める個々の規定すべてが近隣住民の個々人の生命,健康及び財産を個別的利益として保護する趣旨であると解釈することはできない。)。
すなわち,建築基準法48条の趣旨・目的は,都市計画法に基づき都市計画区域内において定められた用途地域の目的を具体的に実現し,ひいては同法1条に定める「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り,もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする」都市計画の実現を図ることであり,このような公益の実現,保護を趣旨とするものであって,用途地域内の住民個々人の個別具体的利益を保護する趣旨ではない。建築基準法48条1項ただし書も,その規定の文言から明らかなとおり,専ら良好な住居の環境等の公益の保護,実現を目的としているものである。そして,都市計画区域内の住民が,建築基準法48条の建築物の用途規制により整序された都市において良好な住居の環境を享受することがあっても,それは,同条や同条による処分が上記公益の保護実現を目的として機能することによる結果として受ける反射的利益に過ぎない。
イ 平成2年11月26日付け建設省住街発第147号特定行政庁あて建設省住宅局長通知「自動車車庫にかかる建築基準法第48条第1項から第3項までの規定に基づく許可の運用について」について
上記局長通知は,建築基準法48条1項ないし3項各ただし書の許可処分の「良好な住居の環境を害するおそれ」の有無という公益目的に関し,自動車車庫についての許可に関する運用基準という性格を有するものである。その許可基準に関する一般的な考え方を示すものとして,「自動車車庫にかかる建築基準法48条第1項から第3項までの規定に関する許可準則」があり,同準則には,自動車車庫の建築を認めるにあたって,敷地の位置及び道路との関係,構造等の条件として,騒音,ライトグレア,排気ガス,接道条件の審査項目が掲げられているが,これらの審査項目は,周辺の地域全体の環境保護という公益目的を自動車車庫について具体化したものであって,周辺住民の個別的利益を保護する趣旨で規定されたものとみることはできない。審査にあたって,周辺環境の具体的な事情を考慮するからといって,直ちに当該事情に関係する周辺住民の個別的利益を保護する趣旨を有する規定と解することはできない。
ウ 原告らの主張する被害について
(ア) 建築基準法48条1項ただし書は,規定の文言上,周辺住民の生命,身体等の安全を個別的利益として保護しているものと解する手掛りはなく,その保護の対象は専ら良好な住居の環境という公益に限定され,審査の対象も,専ら良好な住居の環境を害するおそれがあるか否かという公益についてである。原告らが主張する騒音,振動,ライトグレア,排気ガスによる環境破壊,交通事故等の災害の発生のおそれについては,公益に吸収解消されるものである。
(イ) 原告らの主張する法地の崩落による災害の発生のおそれについては,法体系上,都市計画法や建築基準法の単体規定により,建物の敷地や構造に関する審査でその安全性の確認がされるものであり,建築基準法48条1項ただし書の許可処分の審査の対象として予定されていない。同許可処分は,同項本文によって課せられた建築物の建築の一般的禁止を個別的に解除する行政処分にすぎず,この処分により直ちに予定建築物の建築が可能となるものではない。
エ 建築基準法48条13項,14項に基づく意見聴取について
(ア) 建築基準法48条13項,14項の規定は,「利害関係を有する者」の範囲等について具体的に規定せず,その周知方法についても個別の通知を要求せずに公告のみで足りるとし,意見聴取会には客観的な利害関係の有無にかかわらず誰でも参加して意見を述べることができる等とし,他方で,これらの手続を経た後の建築許可処分については,特定行政庁の裁量に委ねて,これら利害関係人の意見には拘束されないとしている。そうすると,建築基準法48条13項,14項によっても,住民の生命,身体の安全等を個別的利益として保護しているものと解することはできず,同項の規定をもって,建築基準法48条1項ただし書の建築許可処分が良好な住居の環境という公益の保護の目的を超えて,利害関係を有する者の生命,身体等の個別的利益を保護するものと解することはできない。
(イ) 意見聴取会の規定が存在するからといって原告適格が肯定されるものではなく,当該法規の趣旨・目的や当該規定によって保護される利益の性質が考慮されなければならないところ,建築基準法48条1項ただし書の趣旨・目的等は,上記ア,イのとおりであるから,原告適格は肯定されない。
(ウ) 建築基準法48条1項ただし書の建築許可処分は,用途地域の用途に関する規制を解除するものであり,同処分により良好な住居の環境という公益に影響を及ぼす可能性があることから,意見聴取会は,その影響の可能性について付近住民から意見を聴取することを目的として開催するものである。個々の住民の生活環境等の個別利益への影響については,地域全体の環境という公益への影響の一環として意見聴取会等により建築許可処分に反映されることはあっても,意見聴取会自体は住民の個別利益への影響とその保護を直接の目的として開催されるものではない。
(エ) 昭和48年12月14日付け長野県住宅部長あて旧建設省住宅局市街地建築課長回答(以下,「本件行政実例」という。)では,建築基準法48条13項の「利害関係を有する者」は,許可にかかる建築物の敷地の外周およそ50メートル(物件によっては100メートル)の範囲内に土地,建物を所有する者とされているが,その出頭を求める場合には,原則として公報等により公告するとともに,当該建築物の周辺の適当な場所にその旨を掲示することをもって足りるとされており,利害関係を有する者を特定して文書で通知するところまでは求めていない。本件行政実例は,良好な住居の環境という公益に関して意見を求めるべき者の範囲を一般的に示したものにすぎず,これによって上記範囲内の者について住環境を個別的利益として保護する趣旨を含むと解することはできない。
(オ) 被告は,先例に従い,「許可に係る建築物の敷地の外周およそ50メートルの範囲内に土地・建物を所有する者の名簿」に基づき,意見聴取会の通知を送付したが,これは,法定要件である公告に加えて,上記範囲内の者に念のために通知したに過ぎず,利害関係を有する者の範囲を限定したものではない。
(2) 原告らの主張
本件建築許可処分の根拠規定である建築基準法48条1項ただし書は,個々人の個別的利益をも保護すべき趣旨を含むと解されるところ,原告らは,次のとおり,本件建築許可処分に基づく建築物の建築により,居住環境上明白かつ重大な悪影響,被害を受けるから,上記法条により保護を受けるべき法的利益を有する者である。
したがって,原告らは,本件建築許可処分の取消しを求める本件各訴えについて原告適格を有する。
ア 建築基準法48条1項ただし書の趣旨・目的,当該処分を通して保護しようとしている利益の内容,性質等について
(ア) 建築基準法1条は「この法律は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と定め,同法19条は「敷地の衛生及び安全」を,建築基準法48条1項は「第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれのある建築物の建築の規制」を定めていることからすると,これらの規定は,処分の当事者以外の第三者である当該建築物の周辺住民に対しその生命,健康及び財産の安全や保護を目的とすると解される。
(イ) 建築基準法48条1項ただし書の「良好な住居の環境」には,広く用途地域全体の環境とともに近隣住民個々の住環境を含むものと解すべきであり,「良好な住居の環境を害するおそれがない」とは,近隣住民の個人的利益をも当然に含むと解すべきである。
(ウ) 建築基準法48条1項ただし書による許可処分は,旧建築基準法条3項ただし書による許可処分と同様,その判断にあたっては,具体的な建築物について,その建築物の性格,そこに集る人の数や流れ等の具体的個別的な事情を考慮するから,上記規定は,具体的個別的な住居の環境の保護を考えているものである。
(エ) 建築基準法上の集団規定(建築基準法第3章41条の2ないし68条の26)に属する規定であっても,個別的具体的利益を保護している場合には,原告適格を認めるのが従来の判例である。
イ 本件建築許可処分に基づく本件自動車車庫の建築により生じる原告らの被害について
原告らは,本件敷地に隣接ないし近接(300メートル以内)して居住しているところ,次のとおり,本件自動車車庫の設置される本件敷地の法面が崩落すれば,隣接する住宅地は基盤を失い,甚大な損害を生じることは明らかである。また,本件建築許可処分により146台分の車庫が建築されると,騒音,振動,ライトグレア,排気ガスによる環境破壊,交通事故等の災害の発生が増大することが明らかであり,原告らの良好な住居の環境が著しく侵害される。
(ア) 災害の発生
本件自動車車庫は,法地の頂上部分の人工的埋立部分2190平方メートルに建築を計画しており,法地に負荷をかけることは明白であり,本件自動車車庫を支える支持杭もないから,開発許可条件や開発審査会の指摘する地盤面の安全性を無視した建築物である。そうすると,本件自動車車庫の建築によって法面が崩壊するなどにより,災害の発生のおそれが増大する。
(イ) 騒音
原告らの居住する団地は約200戸の戸建住宅であるが,本件自動車車庫が収容する146台の車両は,団地の全車両数とほぼ同数であり,団地内に2倍の車両が通行することになるから,自動車の騒音が増大し,また,機械式車庫からの騒音も発生する。
(ウ) ライトグレア
本件自動車車庫に接続する構内道路の形状(出入口及びロータリー)からすると,車のライトが周囲の建築物に頻繁に当たることは明らかである。
(エ) 排気ガス
146台もの車両が狭い区域に集中して出入りすることにより,原告らが排気ガスの排出により被害を受けることは明白である。
(オ) 道路交通の支障・交通事故の増大
本件自動車車庫の出入口が交差点及びバス停に近接した位置に設置されることからすると,道路交通に支障が生じるおそれが増大し,交通事故等の発生が増加するおそれがある。
ウ 建築基準法48条13項,14項に基づく意見聴取について
(ア) 建築基準法48条13項は,「許可に利害関係を有する者」の意見聴取をすることを規定しているところ,「利害関係を有する者」とは,建築基準法46条1項の「利害関係を有する者」と同様に,「個別的,具体的な利益を保護される者」と解するのが相当である。そして,建築基準法48条13項の場合,その住環境を害されるおそれがある者がこれに該当し,同項は,個別的具体的な利益の保護を目的とした規定であると解するのが相当である。
(イ) 本件行政実例によると,建築基準法48条13項の「利害関係を有する者」は,「許可にかかる建築物の敷地の外周およそ50メートル(物件によっては100メートル)の範囲内に土地・建物を所有する者」とされており,これらの者が,個別的,具体的利害関係を有する者であるとしていることが明らかである。
3 本件建築許可処分の適法性に関する当事者の主張の要旨
本判決は,専ら本件各訴えの適法性に関する判断(本件各訴えが適法である場合は中間判決,本件各訴えが不適法である場合は終局判決)を示すためにするものであるが,本件訴訟における本案の争点である本件許可処分の適法性に関する当事者の主張も,本件各訴えの適法性に関する当事者の主張と関連性を有するので,本項において,その要旨を簡潔に摘示しておくこととする。
(1) 被告の主張
ア 本件建築許可処分は,次のとおり,建築基準法48条1項ただし書の要件に適合するものであり,適法である。
(ア) 本件敷地において計画された本件共同住宅の計画戸数は146戸であり,これに附属して設置する自動車車庫の床面積が600平方メートル以内(40台程度)であれば,建築基準法48条1項本文に適合するので,そもそも同項ただし書の許可を要しない。
もっとも,近年の自動車社会化の状況の下においては,共同住宅においても,計画戸数分の自動車車庫を設置することが一般的な要請である上(旧逗子市開発市道要綱16条,逗子市まちづくり条例施行規則39条4項参照),仮に本件自動車車庫の床面積を上記規制の範囲内に制限すると,居住者が利用するのに十分な自動車車庫が敷地内に確保できず,車庫不足から,いわゆる青空駐車や一般公道等における違法駐車が出現し,むしろ良好な住居の環境を害するおそれが十分に想定される。
したがって,本件敷地内に自動車車庫の設置を認め,良好な住居環境を害することのないよう十分な対応を申請者に行わせることの方が合理的である。
(イ) 本件自動車車庫は,地盤面上1メートル以下にある建築物で,3段から6段の機械式駐車場である。本件自動車車庫は,本件敷地内に東側に接する市道の道路面より低い位置に設置され,自動車の出入り口は,本件敷地南側の提供公園脇に設置されることになっている。そして,本件自動車車庫は,①本件敷地東側境界線に防音壁を設置することとなっており,機械式駐車場の稼働音及び自動車走行音の軽減が図られている,②本件敷地内の車路の高さを東側付近住戸の地盤面より低い位置とし,ライトグレアによる影響が及ばないよう配慮されている,③上記防音壁による遮蔽により,排気ガスの周辺への影響緩和策をしている,④近隣の団地内を周回する交通を誘発しないよう必ず右折で出庫する構造にするとともに,カーブミラーの設置等により歩行者に対する安全性等が配慮されており,出入口も交差点から5メートル以上離れている。
なお,被告は,平成2年11月26日建設省住街発第147号通知「自動車車庫に係る建築基準法48条1項から3項までの規定に基づく許可の運用について」の許可方針及び許可基準の内,床面積規定の部分以外を技術的判断事項として参考にしており,出入口の位置については,神奈川県建築基準条例48条を参照している。
(ウ) 建築基準法48条1項ただし書の建築許可処分は,同項本文により課せられた建築物の建築の一般的禁止を解除する処分にすぎないから,本件敷地の安全性は当該処分の要件とはならない。
イ 手続的適法性
(ア) 建築基準法48条1項ただし書の建築許可処分をするに際して,開発行為の許可(変更許可)の有無は関係ない。
(イ) 本件建築許可処分に当たっては,法で定められた適正な手続を経ている。また,意見聴取のための建築基準法の定める要件以外の手続についてであるが,建築基準法による建築許可に係る意見の聴取についてを通知した者は242名であり,以前に意見聴取会を行った平成7年と比べ差別的取扱いはしていない。意見聴取会では様々な意見が出され,建築審査会でも意見交換がされて同意されている。
(2) 原告らの主張
ア 本件建築許可処分は,次のとおり,建築基準法48条1項ただし書の「良好な住居の環境を害するおそれがない」との要件に適合しないものであり,違法である。
(ア) 上記第3,2(2)イのとおり,本件自動車車庫の建築により,騒音,振動,ライトグレア,排気ガスによる環境破壊,交通事故等の災害の発生が増大することが明らかであり,原告らの良好な住居の環境が著しく侵害される。
(イ) 本件建築許可処分は,平成2年11月26日建設省住街発第147号通知「自動車車庫にかかる建築基準法第48条1項から3項までの規定に基づく許可の運用について」の床面積の規定や,出入口の位置に関する規定に反する。
イ 本件建築許可処分には,次のとおり,手続的な違法事由がある。
(ア) りんかい建設は,従前,本件と同様の許可を得ながら,処分庁に工事取止届を提出して建築を取り止めているから,その前提となった開発許可も取止めとなったと解される。本件建物を建築するには,改めて開発許可を取らなければならないところ,本件ではこれを行っていないから,本件建築許可処分は,開発許可を受けずになされた違法な処分である。
(イ) 本件建築許可処分は,事業者が従前の開発許可の変更許可処分を得たことを条件になされているところ,上記変更許可は違法であり取り消しを免れないから,本件建築許可処分は前提を失い,違法となる。
(ウ) 本件建築許可処分は,建築基準法48条13項に基づき利害関係のある付近住民の意見を聴取するという適正手続を経由していない。平成13年3月12日に開催された意見聴取会は,開催通知の対象となった住民,出席者の数が少なく,内容的にも実質的な開催はされていない。
第4当裁判所の判断
1 争点(原告適格の有無)について
(1) 行政事件訴訟法9条にいう「法律上の利益を有する者」の意義について
行政処分の取消訴訟の原告適格については行政事件訴訟法9条において規定しているところ,同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分の根拠となる法令が,不特定多数の者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消するにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益も上記の法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして,処分の根拠となる法令が,不特定多数の者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは,当該法令の趣旨・目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮して判断すべきであり(最高裁判所昭和53年3月14日第三小法廷判決・民集32巻2号211頁,最高裁判所昭和57年9月9日第一小法廷判決・民集36巻9号1679頁,最高裁判所平成元年2月17日第一小法廷判決・民集43巻2号56頁,最高裁判所平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁,最高裁判所平成9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号250頁,最高裁判所平成14年1月22日第三小法廷判決・民集56巻1号46頁,最高裁判所平成14年3月28日第一小法廷判決・民集56巻3号613頁参照),また,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものと解される。
そこで,以下,上記の観点から,原告らの本件建築許可処分の取消訴訟についての原告適格の有無について検討する。
(2) 建築基準法48条1項ただし書の趣旨・目的及び例外許可において考慮されるべき利益の内容・性質等について
ア 都市計画法は,8条1項1号,10条において,都市計画区域については,都市計画に必要な用途地域(第一種低層住居専用地域,第二種低層住居専用地域,第一種中高層住居専用地域,第二種中高層住居専用地域,第一種住居地域,第二種住居地域,準住居地域,近隣商業地域,商業地域,準工業地域,工業地域,工業専用地域。同法9条1項ないし12項参照。)を定め,それぞれの地域内における建築物その他の工作物の用途に関する制限を定めるものとしている(なお,用途地域においては,上記のような建築物等の用途に関する制限のほか,建築物の容積率,建ぺい率等に関する規制がされる(都市計画法8条3項2号参照)。)。そして,建築基準法48条は,都市計画法の上記規定を受けて,各用途地域ごとに,それぞれ建築することのできる建築物あるいは建築してはならない建築物の用途を定め,それ以外の用途の建築物を建築するためには,特定行政庁の許可を要するものとしている。
このような都市計画法に基づく用途地域の指定及び建築基準法における用途地域に係る建築規制は,都市の健全な発展と秩序ある整備を図ることを目的として,一定の地域には一定の用途の建築物しか建築することができないようにし,その他の地域,地区,街区の指定に基づく規制等とあいまって,都市計画区域における各地区の特性に応じて,良好な住居の環境等を保護し,あるいは,商業ないし工業等の利便の増進等を図ろうとする趣旨・目的によるものと解される。
イ この関係を本件の第一種低層住居専用地域について具体的に考察すると,都市計画法9条1項は,「第一種低層住居専用地域は,低層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域とする。」と規定し,建築基準法48条1項本文は,「第一種低層住居専用地域においては,別表第二(い)項に掲げる建築物以外の建築物は,建築してはならない。」と定めており,上記別表第二(い)項は,「第一種低層住居専用地域内に建築することができる建築物」として,住宅(1号),住宅で事務所,店舗その他これらに類する用途を兼ねるもののうち政令で定めるもの(2号),共同住宅,寄宿舎又は下宿(3号),学校(大学,高等専門学校,専修学校及び各種学校を除く。),図書館その他これらに類するもの(4号),神社,寺院,教会その他これらに類するもの(5号),老人ホーム,保育所,身体障害者福祉ホームその他これらに類するもの(6号),公衆浴場(風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律2条6項1号に該当する営業に係るものを除く。)(7号),診療所(8号),巡査派出所,公衆電話所その他これらに類する政令で定める公益上必要な建築物(9号),前各号の建築物に付属するもの(政令で定めるものを除く。)(10号)を掲げている。そして,建築基準法施行令130条の3は,上記別表第二(い)項2号の規定により政令で定める住宅(兼用住宅)として,延べ面積の2分の1以上を居住の用に供し,かつ,①事務所,②日用品の販売を主たる目的とする店舗又は食堂若しくは喫茶店,③理髪店,美容院,クリーニング取次店,④洋服店,畳屋,建具屋,等の用途を兼ねるもの(これらの用途に供する部分の床面積の合計が50平方メートルを超えるものを除く)とする旨を規定し,また,同施行令130条の4は,上記別表第二(い)項9号の規定により政令で定める公益上必要な建築物として,①郵便局で延べ面積が500平方メートル以内のもの,②地方公共団体の支庁又は支所の用に供する建築物,老人福祉センター,児童厚生施設その他これに類するもので延べ面積が600平方メートル以内のもの,③近隣に居住する者の利用に供する公園に設けられる公衆便所又は休憩所,④路線バスの停留所の上家,等とする旨を規定し,さらに,同施行令130条の5は上記別表第二(い)項10号の規定により政令で定める建築物(建築してはならない建築物)として,①自動車車庫で当該自動車車庫の床面積の合計に同一敷地内にある建築物に付属する自動車車庫の用途に供する工作物の築造面積を加えた値が600平方メートルを超えるもの(1号),②自動車車庫で二階以上の部分にあるもの(3号),③「法別表第二(と)項第4号に掲げるもの」(5号),すなわち,危険物等の貯蔵又は処理に供するもので政令で定めるもの,等を規定しているところである(ちなみに,本件自動車車庫は,同施行令130条の5第1号に該当するものとして,別表第2(い)10号の「建築物に附属するもの」から除かれることになる。)
その上で,建築基準法48条1項ただし書は,「ただし,特定行政庁が第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれがないと認め,又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合においては,この限りではない。」と定めて,例外としての建築許可について規定している(以下,上記ただし書の規定に基づく建築許可を「例外許可」ともいう。)。
ウ 上記のような都市計画法及び建築基準法の関係規定の内容に照らし,かつ,第二種低層住居専用地域その他の用途地域に係る建築基準法別表第二の(ろ)ないし(を)に定める建築物の制限の内容と対比すれば,法は,第一種低層住居専用地域において建築することができる建築物を,その種類,性質,機能,規模等の観点から具体的に規定し,第一種低層住居専用地域内においては,原則として,建築することができる建築物を,住宅,一定範囲の兼用住宅及び共同住宅並びに教育施設,宗教施設,福祉施設,診療所,派出所その他公益上必要な施設で比較的小規模なもの,これらに付属する建築物で一定の規模以下のもの等,人の居住用建築物及び住民の良好な環境の下での居住生活の形成・維持に資する施設ないしその妨げとはならない施設の建築物に限定し,それ以外の用途の建築物の建築を一般的に禁止することにより,第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境を保護しようとしたものと認められるところであり,このような建築物の用途規制により,第一種低層住居専用地域における建築物の容積率や建ぺい率等に係る規制とあいまって,第一種低層住居専用地域において居住する者は,当該地域にふさわしい「良好な住居の環境」を享受することになる。
エ ところで,建築基準法48条1項ただし書の規定に基づく例外許可は,このような第一種低層住居専用地域に係る建築物の用途規制の例外を許容するものであるが,上記のとおり,同ただし書は,特定行政庁がその許可をするためには,当該許可申請に係る建築物の建築が,①第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれがないと認められること,又は②公益上やむを得ないと認められることを要求しているところである。
すなわち,特定行政庁が,①の要件に該当するものと認めて例外許可をするためには,申請に係る建築物が,形式的には,建築基準法別表第二(い)項に掲げる建築物に該当しないものであっても,個別・具体的にみれば,実質的には第一種低層住居専用地域にふさわしい「良好な住居の環境」を保護するという第一種低層住居専用地域における建築物の用途規制の趣旨・目的に反する建築物ではないと認められる場合であることを要するのである。
そして,事柄の性質上も,また,上記のとおり,法令上も,第一種低層住居専用地域内に建築することができる建築物については,建築基準法別表第二(い)及び同法施行令の関係規定において,建築物の種類,規模等により限定的に定められていることからすれば,特定行政庁がする同法48条1項ただし書の規定に基づく例外許可要件適合性についての判断は,例外許可申請に係る特定の建築物に係る具体的な建築計画に即して行われることになるものである。したがってまた,その判断は,第一種低層住居専用地域として指定され,当該地域にふさわしい良好な住居の環境を形成・維持するように建築物の用途が規制された効果として,当該の建築物の建築が予定されている具体的な地域において現に形成・維持されている良好な住居の環境等に係る事情を踏まえて行われることになるのである。
そうであるとすれば,特定行政庁においては,上記のような例外許可の要件適合性に係る個別的,具体的な判断過程の性質上,単に,申請に係る建築物の建築が当該の第一種低層住居専用地域全体の環境に及ぼす影響を公益的観点から評価するだけでは足りず,これと併せて,当該地域内の例外許可申請に係る建築物の近隣において居住し,第一種低層住居専用地域にふさわしい内容のものとして形成され,維持されてきた「良好な住居の環境」を現に享受している者の当該環境の下における社会生活上の具体的利益が,当該建築物の建築によりどのような影響を受け,どのように害されることになるのか等をも考慮,評価して,要件適合性に係る判断しなければならないものというべきである。
オ そして,行政実務上も,自動車車庫の建築について特定行政庁が建築基準法48条1項ないし3項の各ただし書の規定に基づく許可の許否を判断するに際しての準則として,平成2年11月26日付けで「自動車車庫に係る建築基準法第48条第1項から第3項までの規定に基づく許可の運用について」と題する建設省住街発第147号特定行政庁あて建設省住宅局長通知が発せられ,その別添として「自動車車庫にかかる建築基準法第48条第1項から第3項までの規定に関する許可準則」(以下「本件許可準則」という。)が示されているところ,同準則は,「第2 許可基準」として「1 建築物に附属する自動車車庫にあっては,次に掲げる条件に該当するものであること。」とし,その(四)において,「当該自動車車庫の敷地の位置及び道路との関係,構造等が次の条件に該当すること。」として,「イ 騒音」,「ロ ライトグレア」,「ハ 排気ガス」,「ニ 接道条件」等の各審査項目を掲げ,それぞれの項目ごとに,当該自動車車庫の建築によって周囲の居住環境が害されることがないように,当該自動車車庫がその敷地の位置,道路との関係,構造等において必要な配慮がされていることについての確認を求めているのである〔乙6号証〕。
このようなことから,被告においても,建築基準法48条1項ないし3項の各ただし書の規定に基づく例外許可の許否を判断するに際しては,本件許可準則に準拠してその事務を処理しているところである〔弁論の全趣旨〕。
上記のような建築基準法48条1項ないし3項のただし書の規定に基づく例外許可の申請の許否を判断するに際して特定行政庁において審査すべき事項,すなわち,考慮すべき利益の内容に関する行政実務の運用は,上記ア,イに指摘した例外許可要件適合性の判断における個別・具体的な審査の必要性という特質が反映されたものにほかならないのである。
カ さらに,建築基準法48条13項本文が,「特定行政庁は,前各項のただし書の規定による許可をする場合においては,あらかじめ,その許可に利害関係を有する者の出頭を求めて公開による意見の聴取を行」わなければならない旨を規定しているのも,上記のような例外許可の許否に係る特定行政庁の審査の特質や審査事項を踏まえて,その許可に利害関係を有することが想定される一定の範囲の者に対し例外許可の手続に参加する機会を付与することにより,その者の利益を適切に考慮,評価し,例外許可の許否の判断の適正を担保しようとする趣旨に基づくものと解されるのである。
(3) 建築基準法48条1項ただし書の規定に基づく例外許可の取消訴訟の原告適格を有する者の範囲について
ア 上記(1)及び(2)において検討してきたところを総合考慮すれば,建築基準法48条1項ただし書の規定に基づく例外許可に係る建築物が建築され,当該建築物がその用途に供されることによって,第一種低層住居専用地域において居住生活を営み,現実に享受してきた当該地域にふさわしい「良好な住居の環境」の内容を構成する,社会生活上保護されるべき居住生活に係る人格権的利益を直接的に侵害されるおそれがある者の具体的利益は,例外許可の根拠となる建築基準法48条1項本文・ただし書において,その利益を専ら一般的公益の中に吸収解消するにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとしているものと解するのが相当である。
したがって,建築基準法48条1項ただし書の規定に基づく例外許可に係る建築物が建築され,当該建築物がその用途に供されることによって,第一種低層住居専用地域において居住生活を営み,現実に享受してきた当該地域にふさわしい「良好な住居の環境」の内容を構成する社会生活上保護されるべき人格権的利益を直接的に侵害されるおそれがある者は,行政事件訴訟法9条1項にいう「当該処分・・・の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」として,例外許可処分の取消訴訟の原告適格を有するものというべきである。
イ もとより,都市計画法の規定に基づく用途地域の指定自体は,都市計画法1条が規定するように都市の健全な発展と秩序ある整備を図ることを目的として進められる行政過程であって,それが一般的な公益保護を目的としたものであることは明らかであり,その指定を行うに際して,当該用途地域内の不特定多数の居住者,商業を営む者あるいは工業を営む者ら個々人の利害が個別・具体的に考慮される性質のものでないことは明らかである。しかし,特定行政庁において,建築基準法48条1項ただし書の規定に基づく例外許可に係る申請の許否を判断するに当たり考慮すべき,当該建築物の建築により第一種低層住居専用地域において居住生活を営み現実に享受してきた当該地域にふさわしい「良好な住居の環境」の内容を構成する社会生活上保護されるべき人格権的利益を直接的に侵害されるおそれのある者の具体的な利益をもって,都市計画法及び建築基準法の関係規定に基づく第一種低層住居専用地域の指定及び第一種低層住居専用地域に係る建築物の用途規制が公益の実現・保護を目的として機能する結果として,反射的に受けている事実上の利益に過ぎないということができないことは,上記(2)に説示したところから明らかというべきである。
また,確かに「第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境」を害するおそれがないと認められること,との建築基準法48条1項ただし書の規定による例外許可の要件は,その文言上は抽象的なものにとどまるということができる。しかし,上記の「良好な住居の環境」なる概念の内容を,例外許可要件適合性の審査事項に即して具体的に考察すれば,それは,単に当該第一種低層住居専用地域全体における抽象的な一般的公益としての「環境」と把握すれば足りるというものではなく,上記(2)エに説示したように,第一種低層住居専用地域内の当該例外許可申請に係る特定の建築物が建築される地域の一定の限定された範囲内において,第一種低層住居専用地域にふさわしい「良好な住居の環境」を現に享受してきた居住者らの社会生活上の具体的利益が,当該建築物の建築により,どのような影響を受け,どのように害されることになるのかという視点から考察されるべき「環境」なのである。そして,この場合,そのような「環境」の内容を構成する居住者の社会生活上の利益は,例えば,本件のような自動車車庫の建築に即してみれば,上記(2)オからも窺えるように,①車庫からの車輌の出し入れに伴い車庫あるいは車輌が発生させる騒音にさらされることなく静穏な居住生活を営む利益,②車庫からの車輌の出入りに伴うライトグレアにさらされることなく平穏な居住生活を営む利益,③車庫から出入りする車輌が発生させる排気ガスの影響による被害を受けることなく居住生活を営む利益等として具体的に把握,認識することができるものであり,これらの利益は,社会生活上保護されるべき居住生活に係る人格権的利益として個々人に帰属するものであって,容易に一般的公益の中に吸収解消され得ない性質のものといわなければならない。
(4) 原告らの本件訴訟に係る原告適格について
ア 原告らの居住地に係る住居の環境
原告らが居住している地域は,昭和41年ころ,戸建て住宅地として造成され,「β団地」と通称されている,第一種低層住居専用地域内の閑静な住宅地である。
イ 本件自動車車庫の位置と原告らの居住地との位置関係
前記第2,2の基礎となる事実(1)アのとおり,各原告の住居の位置及び本件敷地との位置関係は,別紙「明細地図」及び別紙「建築計画概要」の右上の図面記載のとおりであるところ,原告らのうち,原告A及び原告Bは,本件敷地の北側の隣接する土地上に居住し,原告C及び原告Dは,本件敷地が東側に接面する市道γ線を挟んだ反対側に位置し,本件自動車車庫が建築される場所の正面に所在する土地上に居住している。その他の原告らは,本件敷地の近隣に居住している。
本件自動車車庫は,本件敷地が東側で接面する市道γ線と本件共同住宅との間に,上記市道に沿って建築される予定である。
ウ 本件自動車車庫の規模,構造等の概要
本件自動車車庫は,延べ面積が2190平方メートルの,3段ないし6段の機械による昇降横行式の自動車車庫である。
また,本件自動車車庫は,予定建築物である共同住宅の居住者が保有する自動車の保管のため,戸数分・146台の駐車台数を確保する計画である。
本件敷地の構内道路から上記市道への車輌の出入口は,本件敷地の南側の提供公園に隣接した部分に設けられ,車輌が構内道路から上記市道に出るときは,右折して,市道を南方に走行する道路構造とする計画である。
〔乙1号証〕
エ 検討
(ア) 上記アの原告らの居住地に係る住居の環境,イの本件自動車車庫の位置と原告らの居住地との位置関係や,ウの本件自動車車庫の規模,構造等の概要に係る事実関係に基づき,社会通念に照らして検討すれば,原告A,同B,同C及び同Dは,本件自動車車庫の建築により,機械による昇降横行式の車庫からの車輌の出し入れに伴い車庫あるいは車輌が発生させる騒音にさらされ,あるいは,車庫からの車輌の出入りに伴うライトグレアにさらされ,さらには,車庫から出入りする車輌が発生させる排気ガスの影響による被害を受けることにより,これまで現実に享受してきた第一種低層住居専用地域内の閑静な住宅地としての「良好な住居の環境」の内容を構成する,上記の騒音にさらされることなく静穏な居住生活を営む利益,ライトグレアにさらされることなく平穏な居住生活を営む利益,排気ガスの影響による被害を受けることなく居住生活を営む利益等の,社会生活上保護されるべき居住生活に係る人格権的利益を直接的に侵害されるおそれのある者と認めるのが相当である。
(イ) これに対し,本件自動車車庫からの車輌の出入り等に伴う騒音,ライトグレア,排気ガスの影響が直接的に及ぶ範囲は,その物理的,化学的性質に加え,本件自動車車庫から発生する稼働音,自動車の走行音の軽減及び排気ガスによる影響の緩和を図るために,本件自動車車庫の上記市道側に防音壁が設置される計画であり,また,本件敷地内における構内道路は,上記市道やその東側に隣接する住宅の地盤面よりも低い位置とする計画であって,ライトグレアによる影響の軽減が期待されること,等の事情を加味すると,相当程度に限定的なものと認められることからすれば,その余の原告らについては,本件自動車車庫の建築により,上記のような社会生活上保護されるべき居住生活に係る人格的利益を直接的に侵害されるおそれのある者と認めるのは困難であるというべきである。
(ウ) なお,原告らは,本件自動車車庫の建築によって本件敷地の法地が崩壊するなど,災害の発生のおそれが増大する旨を主張する(前記第3,2(2)イ(ア))。
しかし,もともと,建築基準法48条1項ただし書の許可は,同項本文による建築物の用途に関する一般的な規制を個別的に解除する効果を有する処分にすぎず,この許可により直ちに適法に建築物の建築をすることができるようになるものではなく,そのためには,別途,同法6条の規定等による建築確認を受けることを要するのであり,この際,当該建築物の敷地の安全や構造上の安全について,同法19条,20条の規定等に基づく審査を受けることになる。
このような建築基準法における建築物の建築に係る安全審査の規制構造に照らせば,本件自動車車庫の建築に伴う本件敷地の法地の崩壊の危険性の点は,同法48条1項ただし書の規定に基づく例外許可に際しての審査の対象となる事項ではなく,したがってまた,例外許可処分の根拠となる同項ただし書の規定により保護されている利益であるということができないことは明らかである。
(エ) また,原告らは,本件自動車車庫の建築によって道路交通に支障が生ずるおそれが増大し,交通事故等の発生が増加するおそれがある旨を主張する(前記第3,2(2)イ(オ))。
確かに,前記(3)ウのように,本件許可準則の「第2 許可基準」の1(四)ニには「接道条件」の項が置かれ,同項において,自動車車庫の出入口はできるだけ周囲の居住環境や道路交通に対する影響が少ない場所に設ける等の取扱基準を定めているところである。
しかし,道路交通の円滑ないし安全の確保の点は,もともと都市計画法や建築基準法による第一種低層住居専用地域に係る用途地域の指定や建築物の用途規制の趣旨・目的と密接に関連する事項ではないばかりでなく,道路交通の円滑ないし安全という社会生活上の利益を享受することができる地位は,基本的には,特定の個々人としての各居住者に帰属するものというよりは,当該地域における一定の面的拡がりをもった範囲において道路交通に関わる者らが一般的に享受すべき性質のものというべきであって,上記アないしウにみた本件における具体的な事実関係に照らしても,それが,一般的公益の中には吸収解消され得ない個々人の個別的利益として,特定の原告に帰属しているものと認めることは困難というべきである。
(オ) さらに,原告らは,本件行政実例に依拠して,建築基準法48条13項の同条1項ないし12項の各ただし書の規定による許可に「利害関係を有する者」とは,「許可にかかる建築物の敷地の外周およそ50メートル(物件によっては100メートル)の範囲内に土地,建物を所有する者」であり,これらの者は,例外許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当たる旨を主張する(前記第3,2(2)ウ)。
しかし,本件行政実例は,あくまで行政事務処理上の便宜のために,建築基準法48条13項にいう「利害関係を有する者」の範囲に関して設けられた実務上の画一的な取扱基準にすぎないのであって,このような取扱基準上の「利害関係を有する者」の範囲に含まれている地域内に土地,建物を有するすべての者が,当然に同条1項ないし12項の各ただし書の規定に基づく例外許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当たるということができないことは,既に説示してきたところに照らし明らかというべきである。
2 まとめ
上記の検討によれば,上記1(4)エ(ア)に記載した各原告らは,いずれも本件建築許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,本件建築許可処分の取消訴訟の原告適格を有するものというべきである。そして,本件訴訟における審理の経過にかんがみれば,同原告らの本件各請求の当否については,さらに審理を尽くした上,これを判断することが相当である。
これに対し,上記1(4)エ(イ)に記載した原告らは,いずれも本件建築許可処分の取消訴訟につき原告適格を有する者ということはできないから,同原告らの本件各訴えは,いずれも不適法として却下すべきである。
第5結論
そこで,上記第4,1(4)エ(ア)に記載した原告らの本件各訴えについては中間判決をし,同(イ)に記載した原告らの本件各訴えについては終局判決をすることとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 諸岡慎介)