横浜地方裁判所 平成14年(行ウ)44号 判決 2007年9月26日
主文
1 本件訴え中、原告X1及び同X2の主位的請求に係る部分をいずれも却下する。
2 原告よこはま市民オンブズマン、同X3、同X4、同X5及び同X6の主位的請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第5当裁判所の判断
1 主位的請求について
(1) 本案前の判断
ア 本件の各主位的請求は、横浜市の住民である原告らが、地方自治法242条の2第1項3号に基づき、被告たる横浜市長に係る怠る事実が違法であることの確認を求める訴えであるところ、同項はかかる訴えについて、同法242条1項の規定による住民監査請求を経ていることを訴訟要件としている。
イ これを本件についてみると、〔証拠省略〕によれば、本件監査請求の監査請求書(〔証拠省略〕)には、請求者の表示として、「よこはま市民オンブズマン代表者代表幹事X5、同X4、同X6、同X7、同X8、同X3、同X9」との記載があるが、原告らのうち、原告X1及び原告X2(以下、両名を併せて「原告X1ら」という。)の記載はないこと、横浜市監査委員が住民監査において原告X1らを本件監査請求の監査請求人として扱っているものではないことがそれぞれ認められる。
ウ 以上によれば、少なくとも原告X1らについては、本件監査請求をしたと認めるに足りる証拠はないというべきであるから、原告X1らに係る各主位的請求は、いずれも監査請求を経ていないものとして、地方自治法242条の2第1項に照らし不適法な訴えというほかはない。
そこで、以下においては、原告ら中、原告X1らを除く原告よこはま市民オンブズマンらの各主位的請求について判断することとする。
(2) 争点1(1)(本件各設計者の責任の法的性質)について
ア 前記基礎となる事実、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
(ア) 本件基本設計契約1は、本件作品の構造の安全性等について比較検討し、構造形式の実現性について検討し、構造について確認したものである。また、本件基本設計2は、通常の基本設計に相当し、構造計画、設備計画、法規面での整合性、税関等の関係機関との調整、及び船会社等のニーズの反映などの調整を行い、基本的な計画をまとめて実施計画につなげる役割を果たしたものである。そして、これら本件各基本設計契約は、契約書並びに委託設計図書(〔証拠省略〕中の各設計業務委託契約書第1条の定義による。添付の委託設計書、委託要項、設計委託共通仕様書及び参考図面をいう。以下同じ。)から成る業務委託契約であり、委託設計図書の設計意図及び委託範囲等の表示によって各設計者が行うべき業務が記載されている(〔証拠省略〕)。
(イ) 本件実施設計契約は、本件基本設計2に基づいて、具体的な構造計算や防災等の法規面の整合性等について検証し、工事発注図面を作成するとともに、関係機関との調整、建設大臣認定等の必要な手続の実施をしたものである。そして、同契約約款並びに設計図書(〔証拠省略〕中の委託契約約款第1条の定義による。添付の設計書、仕様書、図面、現場説明書、設計委託要領、建築局所管請負工事監督委託業務要領、請負工事監督委託業務要領取扱方針及びこれらの図書に対する質問回答書をいう。以下同じ。)から成る業務委託契約であり、設計図書の設計意図及び委託範囲等の表示によって設計者が行うべき業務が記載されている(〔証拠省略〕)。
(ウ) 本件作品及びこれに基づく本件建築物は、建物の規模が大きいのみならず、特殊な構造を有していた。そのため、後に本件建築物の建築工事請負契約を締結するに際しては、複数の企業の高い技術力を結集するためジョイントヴェンチャー方式が採用されたほか、質の高い施工が可能となるように工区を3つに分割して発注されるなどの手当がされた。
(エ) 本件基本設計契約1においては、本件作品がカードボード構造という特殊構造を採用していることに照らし、実現に向け建物の基本的な建築計画、構造解析、カードボード製作及び施工上の検討、設備関係の基本的な調査及び計画、並びに概算工事費の算出を行い、これにより、本件競技が工事予定額として定めていた230億円の範囲内で建設をすることの可能性を検証することが設計意図とされた。また、委託範囲は本件作品を基本に、配置図等の検証用図面を作成の上、建物構造等の検証設計及び建築計画、機械設備、電気設備、防災設備等の基本的な設計を行うこととされ、各種検討書、概算工事費、工事工程(案)及び図面から成る報告書を成果物として提出することが求められた(〔証拠省略〕)。
(オ) 本件基本設計契約2においては、実施設計に向けて、意匠、構造、設備面等について十分な検討を行い計画案を確定することを設計意図として、本件基本設計1の成果をもとに、防災計画、構造計画、設備計画、福祉対策、交通対策等について、業務担当者の指示に従って、関係部署と調整を行い、意匠、構造、設備の計画案を確定し、基本設計を完成させることが委託範囲とされた。そして、概算工事費、構造計画書、及び図面等の報告書のほか、基本設計図、透視図、模型等を成果物として提出することが求められた(〔証拠省略〕)。
(カ) 本件実施設計契約においては、本件各基本設計の成果をもとに、意匠、構造、設備面の実施設計と工事予定金額の算出を行うことを設計意図として、ターミナル施設、多目的ロビー、駐車場等について、担当者指示に従い関係庁・署・局と調整を行い、許可、認定、申請、協議等の必要な手続を行うことが委託範囲とされた。そして、設計図書、設計図、各種手続書、構造計算書、各種設計・調査等報告書、透視図等を成果物として提出することが求められた(〔証拠省略〕)。
(キ) ところで、本件競技において、横浜市は、競技の最優秀作品の設計者等と本件建築物の建築にかかわる基本設計契約及び実施設計契約を結ぶこと、設計監理についても当該設計者等がその資格を有する場合は所定の関与をすることができることを予定し、その旨を競技の応募要項(〔証拠省略〕)にも表示していた。
(ク) 横浜市は、本件競技の最優秀作品の設計者となったA及びBが英国に居住し、主たる業務をしていたことから、日本で各種打合せをするに当たって、A及びBの補佐をする、日本の建築法規等に通暁した専門家集団が必要と考え、同人らに共同企業体を組むよう指示し、同人らが組織した丙社と本件各基本設計契約を締結した(〔証拠省略〕)。
(ケ) 本件実施設計契約は、乙社のみとの間に締結されたが、乙社とともに丙社を構成していた各社は、本件実施設計においても、本件各基本設計と同様の形で関与した(証人C)。
イ 以上によると、本件各基本設計契約の業務は、各契約書及び各委託設計図書を内容とし、また、本件実施設計契約の業務は、同契約の約款及び設計図書を内容とするものであるところ、その委託設計図書又は設計図書における設計意図及び委託範囲等の表示によって各設計者が行うべき業務が記載されていることが認められる(上記ア(ア)、(イ))。そして、各設計者は、これらの設計意図及び委託範囲の表示等から、いかなる業務であるかということを概ね把握することができるから、本件各設計契約は、各設計者に一定の事務を委託したものと解することができる。
もっとも、上記ア(エ)ないし(カ)のとおり、本件各設計契約は、いずれも報告書や設計図書等の成果物の提出を求めていること、委託者が業務完了時に成果物を検査し、検査に合格した場合に履行が完了するものとされていること(本件各基本設計契約(〔証拠省略〕)24条、本件実施設計契約約款(〔証拠省略〕)27条)、横浜市が現実に本件各設計について完了検査を行っていること(〔証拠省略〕)が認められ、これによると、各設計者は、一定の実質を伴った成果物の完成及び引渡しが求められており、したがって、本件各設計契約の法的性質を、仕事の完成を目的とする請負契約(民法632条)であると解する余地もないではない。
しかしながら、本件各設計契約にあっては、上記ア(エ)ないし(カ)などの記載によって業務内容は明らかとなっているものの、本件作品が極めて特殊な構造となっていたため(上記ア(ウ))、その構造の実現性や安全性についての検証等が必要となっていたことが認められ、したがって、各設計者としては、契約締結の段階では完成すべき仕事ないしその結果までは明らかではなかったものと推認される。また、一般的に、設計という業務の性質に照らしても、契約当初から完成すべき仕事ないし結果の具体的内容が明らかになっていたということは考え難い面がある。そうすると、かかる業務を内容とする本件各設計契約が請負契約であると解することはできないというべきである。
むしろ、上記のような一定の実質を伴った成果物の完成が求められるにもかかわらず、契約時には完成すべき仕事ないし結果の具体的内容を明らかにすることができないという形態の契約が成立したのは、設計者に広範な裁量を与えるだけの高度の信頼関係が当事者間に存在したからであると解されるところである。そして、上記のとおり、本件競技においては、本件建築物の建築に係る基本設計契約及び実施設計契約は、最優秀設計者等と締結することが予定され、その旨表示されており(上記ア(キ))、これは、本件競技の最優秀作品の著作権が設計者に帰属し、横浜市は上記各設計契約に基づいて当該作品を使用する権利を有するとされていること(〔証拠省略〕)によるものとも解されるが、当該作品に関する設計者の専門的知識・能力・芸術性等に対する委託者の高度の信頼をうかがわせる事情ということができるところである。また、本件各基本設計契約の設計者である丙社が結成されたのは、委託者である横浜市の指示を受けてのことであったこと(上記ア(ク))、乙社が設計者となっている本件実施設計においても実質的には丙社の構成員が関与していたこと(上記ア(ケ))など、本件各設計者が本件各設計契約を締結するようになった経緯等の事情も考慮すると、本件各設計契約締結時に横浜市と本件各設計者との間には、横浜市が本件各設計者に広範な裁量を与え得る高度な信頼関係が存在していたと認めることができる。
なお、上記のとおり、本件各設計契約において、報告書や設計図書等の成果物の提出が求められていることについては、そうした各種の文書をもって本件各設計契約において委託された業務の伝達手段としたとみることが可能であり、上記成果物の提出が求められていることが、直ちに本件各設計契約を請負契約と解さなければならない理由となるというものではない。
ウ このようにしてみると、本件各設計契約の基本的な性格は、横浜市が本件各設計者との間の高度な信頼関係に基づいて、本件各設計者に対し一定の業務を委託した準委任契約(民法656条、643条)であると解するのが相当である。
したがって、本件各設計に瑕疵があった場合に、本件各設計契約の瑕疵担保に関する規定に基づいて本件各設計者が負う責任は過失責任というべきである。
(3) 争点1(2)(本件各設計に瑕疵が認められるか。)について
ア 前記基礎となる事実第2、2(8)のとおり、本件設計変更は、本件各工事請負業者が本件建築物の本体工事(本件建築工事)に着手した後、想定以上の溶接歪みが発生することが判明したために、横浜市が指示したものである。そして、原告横浜市民オンブズマンらは、本件各設計が、溶接歪みに関してJASS6を満足するよう指示したにとどまり、本件設計変更部分①ないし③を具備していなかった点が瑕疵である旨主張する。
そこで、原告横浜市民オンブズマンらが主張する上記の点が本件各設計の瑕疵に当たるかにつき検討する。
イ 前記基礎となる事実、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 本件作品の特殊性について
本件作品は、①桁梁部材がアーチ状に配置され、通路の空間として機能するとともに、全体の荷重を基礎のくいに伝える役割をしており、桁梁は、長手力向に位置する2列の骨組みで曲面床を支える構造体で、折板は、屋上と2階床の構造体であり、屋根部分が曲面となり、三角錐を基本形として各稜線部に骨組みを配置し、これに鉄板部材を接合していること、②建物全体が屋根面に曲面を多用した独特の形状となっていること、③曲面を多用しているため、個々の構造部材に同じものが1つもないこと、④構造部材がそのまま仕上げ部材となり、その上に塗装を行うこと、⑤通常の鉄骨建築物に比べて溶接箇所が極めて多く、溶接によって曲面を作っており、溶接密度が非常に高いことを主たる特徴とする特殊な構造形式を採用していた(別紙1、2参照)。
(イ) 本件基本設計1について
本件基本設計1においては、本件競技で最優秀作品となった本件作品の形態・デザインを前提としながら、それを生かすためにはどのような建築構造が最適であるかを検討することが最大の課題とされた。本件作品は、2枚の鋼板の間に波形の鋼板を挟んだダンボール状の構造であるカードボード構造を採用していたが、これは一方向については強度が認められるものの、それと直行する方向については強度に欠けるという問題があった。
そこで、本件基本設計1を受託した丙社は、上と下が鉄板で(ただし上の方の板は働く荷重に応じて板厚を変えるものとする。)、その間にトラス状に補助材を入れ、全方向に力を伝えていくスペースフレーム構造を採用することとし、また、発注者の横浜市も、そのような構造形式での実現性を検証し、同構造が成立することを確認した。
(ウ) 本件基本設計2について
本件基本設計2は、通常の基本設計に相当し、間取り、構造計画、設備計画、法規面での整合性、税関等関係機関との調整、船会社のニーズの反映など様々な調整を行い、基本的な計画をまとめ、実施計画につなげる内容のものであった。
また、同設計により、建築構造については、スペースフレーム構造を進展させ、プレートガーダーと折板の併用構造が採用されることとなった。
(エ) 本件実施設計について
本件実施設計では、本件基本設計2で決定したプレートガーダーと折板の併用構造を前提に、コンピュータを使用して詳細な構造計算がされ、工事発注図等が作成された。
そして、溶接歪みに関しては、JASS6という基準が、溶接の際達成すべき精度を規定しているところ、本件実施設計は、その構造標準仕様書(〔証拠省略〕)において製品精度はJASS6によることを求めた。
(オ) 本件における溶接歪みについて
a 溶接歪みは、溶接部が溶接熱源により局部高温に加熱され、母材や大気中への熱伝導・熱伝達により急冷され、この熱サイクルにより金属が膨張・収縮することによって発生する。
具体的には、溶接によって熱せられた部分が冷たくなるとその部分が縦側に収縮する(縦収縮)、片側だけに大量の溶接熱が生じると、プレートないし母材が溶接側に折れる(横曲がり変形)、溶接断面が複雑になると非常に屈曲した溶接変形が生じる(座屈変形)などといった形がある。
また、溶接歪みの発生の度合いは、接合される部材同士の大きさや板厚、形状などによって異なる。
b 本件における溶接歪みは、平成12年6月に桁梁の1枚の面を試作した際に判明したものであるが、その要因は、厚さの異なる部材同士の溶接をしたこと、単位重量当たりの溶接延長が通常より長かったこと、溶接部分の形状が複雑であったこと、小部材同士を溶接によって大部材としていたことにあった。
(カ) 本件の溶接歪み対策について
一般に、溶接歪みは、曲がった部分をプレスする又はローラーをかけるという方法により矯正する。しかし、本件における溶接歪みは、この方法では矯正しきれないほどであったこと、また、この方法は立体的な歪みには対応できないことから、バーナーで温めるという方法によって対処することになった。その場合、温める箇所・温度等が重要になるところ、温められる温度の限界、冷やし方、時間等は熟練の技術者が持つ経験によるところが大きい。なお、溶接歪みへの対策としては、補強のためにリブを入れる方法も採られ、この場合、そこでさらに溶接があるため小さな溶接歪みが発生するが、これに対する対策も熟練の技術者が目で見て行っていくという性質のものである。
このように、本件における溶接歪み対策は、実際に現場の職方が集まって、経験に基づいて様々な補強方法を試行錯誤しながら定立されたものである。
ウ 以上の事実を前提として、本件各設計に瑕疵が認められるかどうかを検討する。
(ア) まず、本件基本設計契約1においては、構造形式の実現性について検証し、本件作品がカードボード構造という特殊構造を採用していることから建物の基本的な建築計画、構造解析等を行い、一定の工事費の範囲で建設の可能性を検証することが設計意図とされた(上記(2)ア(エ))。そして、本件基本設計1では、これを受け、特に本件作品の形態・デザインを生かすための最適な建築構造を検討することが最大の課題とされ、スペースフレーム構造が採用されることとなった(上記イ(イ))。
このような本件基本設計契約1の趣旨・目的及び同契約の履行状況に照らすならば、本件基本設計契約1は、本件作品に相応しい実現可能な建築構造を検討することを求めているものと認められ、具体的な施工内容である溶接歪み等の検討まで求めているとは解することができない。そもそも、このような基本構造が定まっていない状況において、溶接によって生じる歪みについて具体的に検討することは困難というべきである。
したがって、本件基本設計1が、本件設計変更部分①ないし③を予め具備していなければならないと解する理由はなく、本件基本設計1における上記各設計変更部分の不備を瑕疵であるとする原告よこはま市民オンブズマンらの主張は理由がない。
(イ) 次に、本件基本設計契約2においては、意匠、構造等について計画案を確定することが設計意図とされ(上記(2)ア(オ))、設計者は本件基本設計2において、間取りや構造計画、設備計画、法規面での整合性、種々の調整を経て基本的な計画をまとめるとともに、建築構造はスペースフレーム構造を進展させプレートガーダーと折板の併用構造とした(上記イ(ウ))。
してみると、本件基本設計契約2も、その趣旨・目的及び契約の履行状況に照らせば、全体としての基本的な構造計画等の確定を求めるものと認められ、具体的にどの程度の溶接歪みが出るのかといった施工内容の検討まで求めていると解することはできない。また、上記イ(オ)のとおり、溶接歪みの発生の度合いは、接合される部材同士の大きさや板厚、形状などによって異なるから、溶接歪みについて検討をするためには、部材の大きさ、板厚、形状等がある程度確定している必要があると解されるところ、本件基本設計2は本件建築物の基本的な構造計画等を確定している段階であって、溶接歪みの前提となる部材の大きさ、板厚、形状等が確定していたと認めるに足りる証拠もない。
そうすると、本件基本設計2が、本件設計変更部分①ないし③を予め具備していなければならないとは解することができないから、上記各設計変更部分の不備を瑕疵であるとする原告よこはま市民オンブズマンらの主張は理由がないというべきである。
(ウ)a 最後に、本件実施設計契約においては、構造等について実施設計を行うことを設計意図とし(上記(2)ア(カ))、設計者は本件基本設計2で決定したプレートガーダーと折板の併用構造を前提に構造計算をした上、工事発注図等を作成し、また溶接歪みに関しては、構造標準仕様書(〔証拠省略〕)において製品精度はJASS6によるように指示をした(上記イ(エ))。
このように、本件実施設計の段階では、工事発注図を作成していることなどから部材の大きさ、板厚、形状等もある程度確定していたことが推認される。また、基本的な建築構造は本件基本設計2によって確定し、溶接歪みに関する基準を設定しているという事実に照らしても、契約上溶接歪みに対する検討が求められていなかったとは解することができない。
b もっとも、本件実施設計契約が、溶接歪みについてどの程度具体的な検討を求めていたのかについては、必ずしも明らかではない。
本件建築物の建築に際して生じた溶接歪みの原因は、上記イ(オ)のとおりであるが、これらの要因が本件実施設計の当初から存在したことは明らかであり、この点は被告も争うものではない。そして、上記(2)のとおり、本件実施設計契約が、横浜市が本件実施設計者の専門的な知識・技術・芸術性等に着目して、高度な信頼関係に基づいて業務を委託したものであるという経緯などを踏まえれば、本件実施設計者たる乙社において、上記イ(オ)の溶接歪み要因の認識から、本件実施設計の施工において生じる溶接歪みを予測し得た場合には、本件設計変更部分①ないし③を反映させた実施設計を行うことが求められていたと解する余地もないではない。
しかしながら、〔証拠省略〕によると、一般的に、鉄骨の溶接変形に関しては学術的な研究が少なく、発生する溶接変形の程度を理論的に把握することは困難とされていることが認められる。また、横浜市の乙社(丙社を含む。)に対する高度な信頼は、本件作品を設計したことに基づくものであり、本件実施設計契約締結に至る経緯を考慮しても本件建築物の具体的な構造の実現性に関する知識・技術の高さに対する信頼に基づくものとまでは認めることができない。さらに、証拠(証人C)によると、特殊な構造形式で既存の技術に限られない建築物に関しては、施工段階で設計者以外に建築業者等が新たな技術を出し合うことによって成立させていく方法が採られていることが認められ、想定を超える溶接歪みへの対処については、施工段階における技術者の努力に依存する部分が大きいことが推認される。
特に、本件建築物は、世界にも例のないデザインであり(前記第2、2(2))、この点が設計段階における溶接歪みの予測を一層困難なものにした要因であることが推認される。すなわち、上記認定の事実並びに証拠(証人C)及び弁論の全趣旨によると、横浜市は本件各工事請負業者に本件実施設計の設計図書を示した上で本件各工事請負契約を締結したこと、これらの本件各工事請負業者は、契約締結に先だって鉄骨メーカー等の下請業者に上記設計図書を示しているはずであるのに、横浜市は、本件各工事請負契約の仮契約締結まで施工の困難性について特段指摘を受けることはなかったことが認められ、このような事情に照らすと、溶接歪みを直接扱う鉄骨メーカーであっても、上記のようなデザインの特殊性等から、設計段階で本件の溶接歪みを予測することは困難であったことがうかがわれるのである。
以上によれば、本件実施設計において、乙社が本件各工事の施工段階において生じた溶接歪みを具体的に予測し得たと認めることはできないというべきである。
c なお、原告よこはま市民オンブズマンらは、本件実施設計において予め本件設計変更部分①を具備していれば溶接歪みを軽減することができた旨主張する。しかし、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によると、建築物の設計においては、溶接歪み以外にも、鉄板の厚さについては基本的に応力に見合った部材ないし厚さをもって必要十分とするとの経済設計の要請が働いていること、また、板厚を厚くした場合には地震時に挙動が大きくなるという問題が生じるという事情も考慮すべきこと、さらに、本件建築物の設計については、本件作品のデザインを生かすことが重要な課題とされていたことが認められる。そして、本件実施設計は、これらの要請をすべて配慮して行うことが求められていたと認めることができるから、上記主張のように、溶接歪みのおそれだけを理由として、当初の実施設計の段階から本件設計変更部分①を採用するよう求められていたと解することは相当とはいえない。
また、原告よこはま市民オンブズマンらは、本件実施設計の際にテストピースを作成すれば、本件において生じる溶接歪みを予測し、予め本件各設計変更部分を反映させた実施設計を行うことが可能であった旨を主張する。しかしながら、個々の構造部材に同じ物が1つもないという本件建築物(上記イ(ア))について、テストピースの作成による溶接歪みの予測がどの程度効果的であったかは疑問である。
そうすると、本件実施設計契約に先だってテストピースを作成することを前提とする上記主張は、その前提において現実的なものとはいい難い。
d 以上によると、本件実施設計に基づく施工後に生じた溶接歪みによって、当初の予定よりも、約6か月の工期延長と33億3600万円の追加工事費用の支出(本件追加支出)を要することになった事実は認められるものの、本件実施設計が、非常に特殊なデザインを備えた本件作品を前提としていたこと、その他施工段階における溶接歪みへの対応に関する設計と施工との上記のような関係などもしんしゃくして考えるならば、乙社が、本件実施設計の段階において、溶接歪みについてJASS6が前提とする程度以上のものを想定した上、それが施工段階においても是正しきれないことを予見し、予め本件各設計変更部分を具備すべきであったとまでいうことはできず、上記設計に瑕疵があったと認めることもできない。そして、他に、本件実施設計に瑕疵があったことを認めるに足りる証拠はない。
エ よって、本件各設計には、いずれも瑕疵があったと認めることはできないから、原告よこはま市民オンブズマンらの主位的請求はその余について検討するまでもなく理由がないというべきである。
2 予備的請求について
(1) 争点2(1)(訴えの追加的変更の許否)について
ア 本件において、原告よこはま市民オンブズマンらは、従前求めていた被告が本件各設計者に対する損害賠償請求を怠る事実が違法であることの確認を求める訴え(以下「旧請求」という。)に追加して、予備的に、被告が本件各工事請負業者に対する不当利得返還請求を怠る事実が違法であることの確認を求める旨の訴え(以下「新請求」という。)の追加的変更を申し立て、これに対し、被告は、上記訴えの変更に異議がある旨述べた。
前記基礎となる事実及び弁論の全趣旨によると、原告よこはま市民オンブズマンらは、平成14年4月22日、被告が本件各設計者に対する損害賠償請求を怠る事実が違法であることを理由に本件監査請求を申し立て、同年6月21日付けで、本件で設計者に過失があったとは認められないし、瑕疵担保責任の除斥期間も経過しているから、横浜市が設計者に対する損害賠償請求権を有するものではないとして監査請求には理由がないとの本件監査結果が示された後、同年7月19日、本件訴訟を提起したこと、本件訴訟において、被告は、当初から、本件で設計者に過失があったとは認められないし、瑕疵担保責任の除斥期間も経過しているから、横浜市が設計者に対する損害賠償請求権を有するものではない等の事実を主張し、一般的に、鉄骨の溶接変形に関しては学術的な研究が少なく、発生する溶接変形の程度を理論的に把握することは困難とされているなどとして、本件各設計者の債務不履行を否定する趣旨の同年5月29日付け意見書(〔証拠省略〕)も平成15年6月18日の第4回口頭弁論期日において提出されたこと、そして、口頭弁論期日等における主張整理を踏まえ、平成18年5月24日の第17回口頭弁論期日では、本件における唯一の証人である証人Cの証拠調べがされたこと、原告よこはま市民オンブズマンらは、同年9月19日の第6回弁論準備期日において、同日付け請求の趣旨変更申立書を陳述し、新請求を申し立てたこと、被告は、新請求申立てを内容とする訴えの追加的予備的変更に対し直ちに異議を述べたことが認められる。
イ そこで、かかる訴えの追加的変更が、適法であるかどうかについて検討する。
(ア) 訴えの変更は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまですることができるが、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときはこの限りではないと規定されている(行政事件訴訟法43条3項、41条2項、19条2項、民事訴訟法143条1項)。
(イ) これを本件についてみると、本件における旧請求は、横浜市が本件追加支出をすることとなったのは、本件各設計に瑕疵があったためであるとして、被告が本件各設計者に対して損害賠償請求権を行使しないことが違法であることの確認を求めるというものであり、本件各設計及び本件各設計者に関する事情が審理の対象とされている。
他方、本件における新請求は、横浜市が本件追加支出をすることとなったのは、上記追加支出分は本件各工事請負業者が負担すべきところ、横浜市職員の誤った説明により、同市議会及び同市助役らが錯誤に陥ったためであるとして、横浜市が上記各業者に対してした本件追加支出が錯誤により無効であることを理由として、被告が上記各業者に対して不当利得返還請求権を行使しないことが違法であることの確認を求めるというものである。
すなわち、新請求においては、本件追加支出分を本件各工事請負業者が負担すべきかどうかということと関連して、本件各設計に瑕疵がないことを前提として、変更前の本件建築物の建築工事にミスがあったかどうか、さらに、本件追加支出に関する事情説明に関して横浜市議会及び同市助役らが錯誤に陥ったかどうかがそれぞれ問題となり、旧請求と新請求は、請求の相手方及び契約関係が異なるほか、争点が同一であるとはいえず、請求の基礎に同一性があるとはいえない。
(ウ) さらに、新請求の審理の対象たる本件設計変更前の本件建築物の建築工事及び本件各工事請負業者に関する事情並びに横浜市議会及び同市助役らの意思形成過程に関する事情は、旧請求の審理において問題とされる事情ではなく、これらの点については新たな主張立証が必要となり、そのために相当期間を要することが見込まれる。そして、上記のとおり、本件の訴えの追加的変更の申立ては、旧請求に関する審理から4年余りが経過した終局段階に至ってからなされたものであるから、これに新請求を追加することによって著しく訴訟手続を遅滞させることとなることは明らかというべきである。
ウ したがって、本件における訴えの追加的変更は不適法であってこれを許すことはできない。
(2) 以上のとおり、本件における新請求への追加的変更は許されないから、同請求に関しては、その余の点について判断しない。
第6結論
よって、本件訴えのうち、原告X1らの主位的請求は不適法であるからいずれも却下し、原告よこはま市民オンブズマンらの主位的請求はいずれも理由がないから棄却し、予備的請求についての訴えの追加的変更は不適法であるから許さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 植村京子 毛利友哉)