横浜地方裁判所 平成14年(行ウ)48号 判決 2004年4月28日
原告
X1
同
X2
原告ら訴訟代理人弁護士
岡部玲子
同
森田明
同
渡部英明
同
宮田隆男
甲事件被告
横浜市議会
代表者議長
小林昭三郎
乙事件被告
横浜市
代表者市長
中田宏
被告ら訴訟代理人弁護士
山田尚典
同
池田直樹
同
佐藤裕
同
吉川知惠子
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第6 当裁判所の判断
1 争点1(本件除名処分が違法であるか否か)について
(1) 地方議会の議員に対する除名処分と司法審査の方法
普通地方公共団体の議会は、住民により直接選挙された議員で構成され、条例の制定・改廃、予算の決定、決算の認定等(地方自治法96条)の当該地方公共団体の重要事項を議決する合議機関であって、その運営は、原則として他の機関の干渉を受けることなく、自律的に行われるものとされている。地方自治法134条、135条において、普通地方公共団体の議会は、地方自治法、会議規則及び委員会に関する条例に違反した議員に対し、議決により、戒告、陳謝、出席停止、除名の懲罰を科すことができるとされているのも、このような議会の自律的作用の表れに他ならないのである。
そして、普通地方公共団体の議会が議員に対して科す懲罰のうち、戒告、陳謝、出席停止(地方自治法135条1項1号ないし3号)については、それらが議員の地位そのものに影響を与えるものではなく、議会の内部的紀律の問題にとどまるものとして、司法審査の対象とはならず、その自治的措置に委ねるべきものとされる(最高裁判所昭和35年10月19日大法廷判決・民集14巻12号2633頁、参照。)のも、上記のような議会の自律的権能ないしその自律的判断を尊重すべきであるという考え方に基礎を置くものである。
このようなところよりすれば、議会が議員に対して科す懲罰としての除名処分については、それが住民により選挙された議員としての身分の喪失に関する重大事項であって、単なる議会の内部的紀律の問題を超え、市民法秩序に繋がる問題として、司法審査の対象となるものであるが、この除名処分は、住民により選挙された議員によって構成される議会の議決という手続によってのみ可能とされ、しかも、地方自治法135条第3項により、議会の議員の3分の2以上の者が出席し、その4分の3以上の者の同意がなければならないという厳格な議決要件が定められていることからすると、議会による議員の除名処分に対する司法審査においても、上記の議会の自律的権能とこれに基づく自律的判断を尊重すべきであることはいうまでもない。
したがって、ある議員について地方自治法134条に定める懲罰事由が認められる場合においては、その議員に懲罰を科すかどうか、科すとして、同法135条1項各号の規定するいずれの種類の懲罰を科すか等は、議会の裁量権の範囲に属するものというべきであるから、その裁量権の行使としての除名処分が、社会通念上著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして、違法であるということができるものと解するのが相当である。
そこで、以下、上記の観点から、本件除名処分について検討する。
(2) 懲罰事由の存否について
原告らに対する懲罰動議の理由は、前記第3の基礎となる事実7のとおり、「平成14年6月5日開会中の市会本会議において、議場の秩序を乱し、議会における品位を著しく落としめた」というものであり、原告らに対し除名の懲罰を科すことが採決された平成14年6月21日開催の懲罰特別委員会において、除名の意見を表明し、採決においてこれに賛成した会派に属する委員が述べた懲罰の対象となる原告らの行為は、概ね、<1>原告らは、平成14年6月5日の本会議の当日、本会議の開会前から議長席等を占拠し、本会議の開会を妨害したこと、<2>原告らが議長席等を占拠し続けたため、議長がやむを得ず議長席の横に立って開会を宣告するという異常事態を招いたこと、<3>原告らは、開会後も、議長の着席命令あるいは退場命令にも従わず、議長席等を占拠し続けたため、議長がやむなく休憩を宣告せざるを得ない状況となったこと、<4>原告らは、休憩中も議長席等を占拠し続けたため、約6時間もの議会の空転を招いたこと、<5>原告らは、本会議再開後も、議長が改めて退場を命じたのに、これに従わず、最終的には、議長の命を受けた事務局職員により議場外に退場させられるという異常事態を生じさせたこと、<6>その結果、当日予定されていた中田新市長と各会派代表との補正予算等の質疑を行うことができなくなるという事態を招いたこと、というものであり、同月25日に開催された横浜市会本会議における原告らの除名の議決も、これらの事実が地方自治法134条の規定する懲罰事由に該当するものとしてされたものと認められる〔証拠略〕。
ところで、原告らの平成14年6月5日の横浜市会本会議の開会中及びその前後における行為については、前記第3の基礎となる事実6に認定したところであるが、これらの事実によれば、被告横浜市議会において原告らの除名を決議するに当たって前提とした事実が存在したものということができる。すなわち、同日の市会本会議は、午前10時56分頃の開会宣告から午前11時8分の休憩の宣告まで、及び午後3時45分頃の再開の宣告以降に開会されたのであるが、市会会議規則106条では、議員は、会議中は、みだりに自己の席を離れてはならないとされているにもかかわらず、原告らは、上記本会議開会中、午後3時50分頃に事務局職員により退場させられるまでの間、原告X2は議長席に、原告X1は事務局長席にそれぞれ座り続けたのである。そして、議長は、原告らに対し、再三にわたり、地方自治法129条1項に基づき着席を命じ、かつ、退場を命じたが、原告らはこれに従わず、議長席等の占拠を継続したのである。そのため、議長は、午前の本会議では、正常な市会本会議の審議を行うことは困難であると判断して休憩を宣告する事態となり、また、午後の本会議では、結局、原告らが、議長の命を受けた事務局職員により市会本会議場の外に退場させられるに至ったのである。そして、この間、約6時間にわたって審議が中断され、当日予定されていた中田新市長と各会派代表との補正予算の質疑等の議事日程を延期せざるを得なくなったところである。さらに、原告らは、同日午前の本会議に先立ち、原告X2は、午前9時40分頃から議長席に座り続け、原告X1も、傍聴していた市会運営委員会が終了した後、午前10時6分頃から事務局長席に座り続けたため、当初予定されていた午前10時の開会ができなくなったところ、原告らは、本会議開会前に、議長が発した地方自治法104条に基づく着席命令及び退場命令に従わず、議長席等の占拠を継続したため、議長は、議長席に着けず、演壇の横に立ったまま開会を宣告をする事態となったのであり、また、原告らは、本会議休憩中も議長席等に座り続けたところである。
そして、上記の事実によれば、原告らは、横浜市会会議規則105条、106条の規定(前記第3の基礎となる事実1(3)イ、ウ)に違反した行動をとり、また、地方自治法104条、129条1項の規定に基づく議長の命令に従わず、上記議長席等の占拠を継続したこと等により、市会本会議の審議に支障を生じさせたのであるから、原告らの上記行為は、横浜市会会議規則102条の規定(前記第3の基礎となる事実1(3)ア)に違反したものということができる。
したがって、本件除名決議については、その前提となる地方自治法134条1項が規定する懲罰事由が存在したものということができる。
(3) 除名処分の選択に関する裁量権の逸脱・濫用の有無についての判断
そして、被告横浜市議会は、原告らが平成14年6月5日の横浜市会本会議の当日にとった上記(2)の<1>ないし<6>の行動や、その結果としてもたらされた状況ないし事態を前提として、さらに、原告らが、懲罰特別委員会及び本会議において弁明の機会を与えられた際に、前記第3の基礎となる事実7(2)、(3)のように、自らがした行為について真摯な反省の思いを表明しなかったことも併せ考慮して〔証拠略〕、原告らに対し科すべき懲罰の種類として地方自治法135条1項4号の規定する除名を選択して、これを議決したところであるが、上記の原告らがとった行動の内容、その非違性の程度、これにより生じた横浜市議会における議事進行に関する混乱の状況、その程度、審議に支障を及ぼした程度、更にはその後における原告らの反省の状況等を総合考慮すれば、被告横浜市議会において、原告らに対する懲罰として除名処分を選択、議決したことが、社会通念上著しく妥当性を欠き、地方議会における自律的権能の行使としての裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして、違法であるということはできないものというべきである。
(4) 原告らの主張について
上記のとおり、被告横浜市がした本件除名処分に裁量権の逸脱・濫用の違法はないというべきであるが、以下、念のため、この点に関連する原告らの主張についての当裁判所の判断を示すこととする。
ア 原告らは、国旗掲揚の問題について、発言の機会を与えられず、多数会派に反対する発言の自由が奪われており、また、5月29日の本会議においても、開会前の強制退場、制止なき退場命令、暴行事件など議長の違法な議場整理権の濫用、職員の違法な暴行行為によって既に「議場の秩序」も乱されていたと主張し、原告らの6月5日の行為は、原告らの発言機会の剥奪、議場の混乱についての説明を求め、「議会の品位」、「議場の秩序」の正常な状態への回復を求めるものであったと主張する(前記第5、1(1)イ)。
しかし、原告らが、発言の機会を与えられず、多数会派に反対する発言の自由が奪われたと主張していると窺われる「市会運営委員会」及び「市会本会議」における発言の機会についてみると、横浜市議会においては、「市会運営委員会」の委員は交渉団体会派から案分比率により選出され、また、交渉団体とは5人以上の所属議員を有する会派をいう(〔証拠略〕)ものとされていることから、原告らの所属会派であった「市民の党」は所属議員2人の会派であり、交渉団体会派ではなかったため、「市民の党」からは市会運営委員会の委員が選出されていなかったものであり、そのため、原告らは、市会運営委員会においては、傍聴議員として発言を求めたものの、横浜市会会議規則第76条第2項に基づき、傍聴議員としての発言を認めないとして決定されたところであった。また、「市会本会議」については、横浜市会会議規則第43条第1項により、発言はすべて議長の許可を得た後、演壇でしなければならないとされているが、原告らは、このような手続を経ずに、国旗の掲揚について抗議していたものであった。したがって、原告らに発言の機会がなかったとしても、それは横浜市議会における自律的なルールの適用の結果であり、そのことにより「議会の品位」が「著しく貶め」られていたものとは到底いえない。
また、平成14年5月29日の本会議において、議長が、原告らに対し、開会前に自席に着くよう求め、これに従わないために退場を命じたのは、地方自治法第104条の規定に基づき退場を命じたものであり、開会後に退場を命じたのは、開会前の退場命令に引き続き、地方自治法第129条第1項の規定に基づき退場を命じたものであった。また、同日、事務局職員が、原告X1に対して制止行為に及んだのは、原告X1が国旗に近づき、掲揚しているポールをつかんだ行為に対するものであり、後記のとおり、それは事務局職員による正当な職務行為と認めるべきものであった。したがって、上記議長及び事務局職員の行為によって「議場の秩序」が乱されていたと認めることはできない。
さらに、平成14年6月5日の本会議における原告らの行為についても、上記のとおり、本会議開会前から議長席等に座り、議長の自席に戻るようにとの命令や、退場命令にも従うことを拒否して議長席等の占拠を継続し、議会の秩序と正常な議事日程の進行を妨害したものであるから、このような行為をもって、議長との話合いの機会を得るための方法として相当なものと認めることは到底できないというべきである。そして、同日において議場の秩序が乱れたことの責任の大半が、開会前に是正の努力を怠った議長、市会運営委員会及び事務局長にあるとすることもできないことは明らかである。
イ 原告らは、国旗掲揚は、市会運営委員会で決定すべきでなく、少なくとも本会議において審議を尽くすべきであったと主張する(前記第5、1(1)ウ)が、被告横浜市議会が、市会本会議場における国旗の掲揚の問題について、地方自治法109条の2第3項の「議会の運営に関する事項」として市会運営委員会において審議したことについては相当の根拠があるものということができるのに対し、地方自治法96条の規定する議会の議決事項は制限列挙と解され、一般的には、国旗及び市旗を本会議場に掲揚するかどうかというような事項は、本会議の議決事項とは解されないことからすると、横浜市会における国旗及び市旗の掲揚が市会運営委員会で審査決定されたとしても、ことさらに本会議における審議を回避したものということはできない。また、市会運営委員会においても、国旗及び市旗の掲揚については賛成意見、反対意見がそれぞれ表明された上で採決により決定されたものであった。
いずれにせよ、国旗掲揚が市会運営委員会において決定されたことを理由として、原告らが平成14年6月5日にとった行動を正当化することができないことは明らかである。
ウ 原告らは、本件除名処分の目的は市会本会議場における国旗掲揚に反対する少数者である原告らを横浜市議会から排除することにあり、本件除名処分は、議員への懲罰ではなく、「市民の党」という特定の少数会派の排除であり、思想、表現の自由を侵す違法な弾圧であると主張する(前記第5、1(1)エ)が、本件除名処分は、上記のとおり、原告らの平成14年6月5日の市会本会議における本会議の開会と審議の妨害という具体的行為についてち議会の秩序を乱し、議会の品位を著しくおとしめたものとしてされたものと認められるのであり、本件除名処分が原告らの主張するような目的でされたものと認めるに足りる証拠はない。
エ 原告らは、国会の状況と比較して本件除名処分は均衡を失すると主張する(前記第5、1(1)オ)。しかし、国会も地方議会もそれぞれ自律的に運営されている独立した会議体であるから、議会の運営方法や懲罰に対する考え方やその取扱いが一致するものとは限らないのであり、また、本件除名処分の事由となった原告らの上記行動や、それによってもたらされた上記事態は、被告横浜市議会にとって極めて異例なものであったと窺われること〔証拠略〕からすれば、国会における議事の運営の仕方や懲罰に関する取扱いとの単純な比較を前提とした原告らの主張は、それ自体として理由がないというべきである。
2 争点3(横浜市会事務局職員の原告X1に対する制止行為の違法性の有無)について
(1) 前記第3の基礎となる事実3記載のとおり、平成14年5月29日、横浜市会本会議場において、原告X1が、議長席のある演壇上に登りながら、議長席の右側に設置、掲揚されていた国旗のポールを両手でつかんだ際、市会事務局職員らは、実力をもって原告X1の行為を制止するという有形力の行使に及んだところである。
そして、被告は、この制止行為は、職務上の正当業務行為又は正当防衛に該当すると主張するので、以下、この点について検討することとする。
〔証拠略〕によると、次の各事実が認められる。
ア 平成14年5月29日は、本会議場に初めて国旗及び市旗が掲揚された日であったが、両旗は、ポールに掲揚され、同ポールを支える金属製台座の差込み口の部品の穴に約11センチメートル差し込んで設置されており、上記台座は、床に置いてあるだけで床に固定されたものではなかった。また、両旗を掲揚していたポールは、長さが約3メートルの金属(アルミ)製のもので、中が空洞であり、比較的軽いものであった。金属製台座は鋳鉄製であるが、台座の上部分は1本のネジで留めてあるだけであった。
イ 国旗及び市旗は、市会本会議場の議長席のある演壇上に議長席からみて右側に設置されていたが、原告X1がポールをつかんだ時は、設置場所から数メートル以内に、議長及び市長その他の理事者等が着席していた。また、議長席の前後には木製の机等が設置されていた。
ウ 原告らは、国旗及び市旗の掲揚を決定した手続をめぐって従前から抗議してきたものであり、同日も、議長に対し、国旗の掲揚に抗議していたところ、原告X1が、突然、議長席のある約50センチメートルの高さのある壇の上に駆け登り、国旗のポールを両手でつかむ行為に出た。
エ 市会事務局の職員らは、急いで原告X1に近づき、同原告の右手の上からポールをつかんだり、背後から同原告の肩等をつかんで後方に引いたり、同原告の手首をつかんで同原告の手からポールを離させようとするなどの制止行為に及んだ。この際、国旗と市旗が激しく揺れて、クロスするなどした。
上記の認定事実によると、原告X1は、国旗の掲揚に抗議し、突然壇上に登って国旗を掲揚していたポールを両手でつかんだものであるが、職員が上記の制止行為に及んだときには、同原告は、両旗が激しくクロスするほどポールを強く握っていたものと認められ、また、国旗及び市旗を掲揚していたポール及びそれを支えていた台座の構造、設置状況、設置場所の周辺における議長及び市長ら理事者等の着席状況、机等の設置状況等からすると、上記台座に強い外力が働いた場合には、上部に設置されたネジ留め部分が破損し、これにより国旗及び市旗が倒壊する可能性があり、その場合には、長さ3メートルの金属製のポールによって、ポールが届く範囲に着席していた議長及び市長らに危害が及ぶ可能性があり、また、議長席の前後に設置された木製の机等も破損する可能性があったというべきであるから、市会事務局職員の原告X1に対する上記制止行為は、そのような危害の発生ないし物品の破損を防止するためにとられたものとして、人身に対する危害の発生を防止し、物品を適切に管理する職責を有する事務局職員としての正当な職務行為に当たるものと認めるのが相当である。
そうすると、上記制止行為により、前記第3の基礎となる事実3(6)のように、原告X1の両前腕部に擦過傷と皮下出血を生じさせたとしても、制止行為の態様や原告X1が負った傷害の程度が軽微であることに照らせば、上記行為は、正当業務行為の範囲内にあるものとして違法性が阻却され、不法行為は成立しないものと認めるのが相当である。
(2) なお、原告X1は、議長に対する話しかけの内容が国旗掲揚のことであることを指し示すために国旗のポールに手をかけたとの趣旨の主張をするが、上記のポールをつかんだ前後の状況や、同原告が自ら作成し、支援者らに配布しているニュースレターに引用している東京新聞の記事においても「国旗をポールから外そうとして議会事務局側ともみ合った」と記述されており〔証拠略〕、その他の新聞においても国旗を撤去しようとした旨が報道されている〔証拠略〕ところであって、上記原告X1の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
第7 結論
以上のとおり、原告らの請求はすべて理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法65条、61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 諸岡慎介)