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横浜地方裁判所 平成14年(行ウ)73号 判決 2004年10月13日

原告 甲

訴訟代理人弁護士 高野栄子

補佐人税理士 森田義男

被告 横須賀税務署長 深井真三

指定代理人 古川忠雄

同 中村芳一

同 齋藤秀樹

同 成田兼二

同 松元弘文

同 白井文緒

同 伊藤仁志

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告が、原告の平成10年4月19日相続開始に係る相続税について原告が平成12年2月16日付けでした更正の請求に対し、平成12年5月15日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分(ただし、平成14年3月27日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

第2  事案の概要

1  事案の骨子

本件は、原告が、平成10年4月19日相続開始に係る相続税について、期限内に相続税の申告をした後、平成12年2月16日付けで更正の請求(国税通則法23条1項)をしたのに対し、被告が、同年5月15日付けで更正をすべき理由がない旨の通知処分(同条4項)をしたことから、同処分(ただし、平成14年3月27日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)には、相続財産である本件各土地の価額を過大に評価した誤りがあり、違法であるなどと主張して、その取消しを求める事案である。

2  基礎となる事実

(これらの事実は、当事者間に争いがないか、記載の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)

(1)  相続税の申告

原告は、平成10年4月19日に死亡した被相続人乙の相続に係る相続税(以下、同人に係る相続を「本件相続」と、本件相続が開始した日を「本件相続開始の日」と、本件相続に係る相続税を「本件相続税」という。)について、法定申告期限までに、課税価格を4億0735万7000円、納付すべき税額を1億2115万3500円と記載した申告書(以下「本件申告書」という。)を被告に提出した。

本件申告書には、相続財産である横須賀市の土地(山林、124平方メートル。以下「甲土地」という。)並びに横須賀市(畑、644平方メートル)及び同所(山林、4016平方メートル)の各土地(以下合わせて「乙土地」といい、甲土地と合わせて「本件各土地」という。)の価額について、次のとおり記載されていた。〔乙1、4、5号証〕

ア 甲土地の価額 983万9808円

イ 乙土地の価額 3億1695万4560円

なお、本件申告書における上記甲土地及び乙土地の価額は、原告において、「財産評価基本通達」(昭和39年4月25日付け直資56、直審(資)17による国税庁長官通達。以下「評価基本通達」という。)の定めに依拠して算出したとする価額であった。

(2)  第1次更正の請求

原告は、平成11年12月1日付けで、本件相続税の課税価格を3億8296万3000円、納付すべき税額を1億0991万4200円とする更正の請求(第1次更正の請求)をした。その際、甲土地及び乙土地の価額については、次のとおり記載されていた。

ア 甲土地の価額 (1)アに同じ

イ 乙土地の価額 2億6603万4740円〔甲1号証、乙2号証〕

なお、この第1次更正の請求における上記乙土地の価額は、原告において、評価基本通達の定めに基づいて再評価をし、算出したとする価額であった。

(3)  第2次更正の請求

原告は、平成12年2月16日付けで、本件相続税の課税価格を3億1243万円、納付すべき税額を7904万2900円とする更正の請求(第2次更正の請求)をした。その際には、甲土地及び乙土地の価額について、次のとおり記載されていた。

ア 甲土地の価額 0円

イ 乙土地の価額 1億円〔甲2号証、乙3号証〕

なお、第2次更正の請求における上記甲土地及び乙土地の価額は、原告において、いずれも評価基本通達の定めを適用することなく、独自の観点から各土地について相続税法22条の定める「時価」(客観的交換価値)を評価したとする価額であった。

(4)  減額更正及び通知処分

被告は、第1次更正の請求に対しては、平成12年2月29日付けで請求どおりの減額更正をしたが、第2次更正の請求に対しては、同年5月15日付けで更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。〔甲3、4号証〕

(5)  異議申立て

これに対し、原告が、平成12年6月6日付けで本件通知処分に対する異議申立てをしたところ、被告は、同年9月7日付けで、甲土地及び乙土地の価額について、次のとおり評価して、課税価格を3億7751万6000円、納付すべき税額を1億0990万3400円とする本件通知処分の一部を取り消す旨の異議決定をした(以下「本件異議決定」という。)。

ア 甲土地の価額 1174万2800円

イ 乙土地の価額 3億1695万4560円〔甲5、6号証〕

(6)  審査請求

原告が、本件異議決定を不服として、平成12年10月3日付けで国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、平成14年3月27日付けで、甲土地及び乙土地の価額について、次のとおり評価して、課税価格を3億1320万8000円、納付すべき税額を7942万9800円とする本件通知処分の一部を取り消す旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

ア 甲土地の価額 12万1892円

イ 乙土地の価額 1億0259万4240円〔甲7、8号証〕

なお、本件裁決における甲土地の上記価額は、国税不服審判所長において、同土地の評価について評価基本通達等の定めを適用して評価することに特に不都合があると認められる特段の事情があるとして、上記通達等に定められた評価方法によらずに、取引事例に基づいて認定したものであった。これに対し、本件裁決における乙土地の上記価額は、評価基本通達等の定める評価方法に基づいて算定したというものであった。

(7)  取消訴訟の提起

原告は、平成14年6月26日、本件通知処分(ただし、本件裁決により一部取り消された後のもの)の取消しを求めて、本件訴訟を提起した。

第3  争点

本件の争点は、

①  本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における本件各土地の相続財産としての価額の評価につき、適正な「時価」(相続税法22条)を超え価額を過大に認定した誤りがあるかどうか。

②  本件裁決において本件各土地の相続税評価に当たり適用した評価手法が妥当であったか否か(本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分が、公平原則等に反するものとして違法であるかどうか)。

第4  争点に関する当事者の主張

1  争点①について

《原告の主張》

(1) 相続税評価における大原則

ア 相続財産の評価の基本原則については、以下のような内容が判例等により支持されている。

すなわち、相続税法22条は、相続により取得した財産の価額は、特別な定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における時価により評価するものと規定し、上記時価とは、相続開始時における当該財産の客観的交換価値をいうものと解されているが、客観的時価が必ずしも一義的に確定されているものではないから、課税実務上は、相続税法に特別の定めのあるものを除き、評価基本通達に定められている評価手法により画一的に相続財産を評価することとされている。これは、相続財産の客観的交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることが避けがたく、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることなどから、あらかじめ定められた評価方式によりこれを画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から見て合理的であるという理由に基づくものと解され、評価基本通達及び評価基準に規定された方法は時価の評価方法として妥当性を有するものと解される。

また、租税法律主義の観点からして、評価基本通達に定められた評価方式が合理的なものである限り、これが形式的にすべての納税者に適用されることによって、租税負担の実質的な公平をも実現することができるものと解されるから、特定の納税者あるいは特定の相続財産についてのみ評価基本通達に定める方式以外の方法によってその評価を行うことは、たとえその方法による評価額がそれ自体としては相続税法22条に定める時価として許容できる範囲内のものであったとしても、納税者間の公平を欠くこととなり、許されないものと解される。

したがって、評価基本通達によらないことが正当と是認されるような特別の事情がある場合を除き、相続財産の評価は評価基本通達に基づき評価することが相当である。

イ 上記のような内容の相続財産の評価に関する基本原則は、評価基本通達の強制力が課税庁内部に限られ、納税者には及ばないことから、その妥当性に大いなる疑義を有しているが、既に上記のとおり長年判例等により支持されていることもあり、原告もこの基本原則を容認する。

しかし、課税実務上に適用される評価基本通達は無条件というわけではない。租税法律主義や課税の公平の理念等の見地から上記の基本原則には、次の3つの前提条件が付されていることを忘れてはならないのであり、次の①ないし③の前提条件の1つでも欠ける場合には、評価基本通達の適用は直ちに合理性を失うのである(以下、この前提条件も含め、上記のような内容の相続財産の評価に関する基本原則を「評価大原則」という。)。したがって、合理性条件と合法性条件が具備されていれば、必ず評価基本通達を適用しなければならず、その際画一性条件が条件付けられ、他方、合理性条件と合法性条件の一方でも欠ければ、必ず時価評価方式を採用しなければならないこととなる。

① 予め定められた評価方式により、これを画一的に評価すること(以下、「画一性条件」という。)

② 評価基本通達に定められた評価方式が合理的なものであること(以下、「合理性条件」という。)

③ 評価額が相続税法22条に定める時価(客観的交換価値)を超えないこと(以下、「合法性条件」という。)

(2) 本件各土地の価額

原告は、以下において、上記の「評価大原則」に従い、評価基本通達の適用による評価方式(以下「通達評価方式」という。)及び時価評価方式の2つの方式を適用した上で、本件各土地について採用すべき相続税評価額を主張する。

ア 甲土地の価額

(ア) 甲土地は、次のとおり、時価評価方式によっても、通達評価方式によっても、その価額はゼロである。

① 甲土地は、その中部に頂上を有する高さ15メートルの岩山状の土地で、傾斜度が30度を超える急峻な崖地であり、宅地化事業は造成費用の面で全く採算が合わず、甲土地の宅地としての利用は不可能であるが、他方で住宅地域に存する甲土地は、宅地以外の利用方法もないので、利用価値のない土地に市場価格はつかず、相続税法22条の時価はゼロとなる。却って、所有者には毎年固定資産税が課せられ、自然災害等による地崩れを防ぐ擁壁工事等、安全保持等のための管理費がかかることを考慮すると、実質的にはマイナスである。

② 評価基本通達を適用しても、甲土地は、前面道路から頂上までの高低差約15メートルを有する岩山状の土地で、表面は雑木林であり、評価基本通達においては市街地山林である。評価基本通達によると、傾斜度は、「傾斜の頂点は評価すべき土地の頂点が奥行距離の最深地点にあるとした場合のもの」により測定され、甲土地の傾斜度は30度を超えており、この場合の造成費については「個別に判定する。」と定められている。したがって、社会通念にしたがって評価対象地に対して個別具体的に専門事業者等から造成工事費の見積もりを取る方法等により合理的に判定することになる。

そして、①測量会社による甲土地などの横断面図等の作成、②上記図面に基づき、地元精通者(専門事業者)による最有効(好採算)となる宅地造成事業の立案、③上記①②に基づく専門の造成事業者による造成費用の見積書の作成の方法により造成費の見積額等を算定すると、甲土地については造成費が4441万円と算定される。他方、甲土地の面積に路線価14万5000円/㎡を乗じると価格は1885万円に過ぎないから、評価額から造成費を控除すると甲土地の評価額はゼロとなる。

(イ) 甲土地の本来の通達評価方式による価額は、原告の主張によるとゼロであり、一方本件裁決は、「特別な事情」を具体的に示しえないまま、「時価評価方式」により甲土地の評価額を12万円余りとしているが、上記価額の採用に際しては「通達評価によることが不適当である等の特別な事情がある場合」には該当していないのであるから、その場合には、甲土地には通達評価方式による価額が適用されなければならない。そして、原告の算定する通達評価方式による価額が妥当であれば、その価額はゼロとするのが、甲土地の正当な評価である。

イ 乙土地の価額

(ア) 乙土地については、本件申告書に記載した通達評価方式による価額は3億1600万円余りであるが、時価評価方式によると1億円となるので、その相続税評価額は、「評価大原則」における「合法性条件」の見地から、1億円としなければならない。

すなわち、乙土地は、面積の広い山林状の傾斜地であり、最有効使用である宅地造成用地と考えても、相続税法22条の時価「客観的な交換価値」は最大で1億円である。乙土地は、平成13年2月に9700万円という1億円とほぼ同額の価格で、公開市場において正常売買で取引されており、下記の売買経緯に照らしても、上記代金額が、「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格」として、相続税法22条の時価ということができる。

① 原告は、相続税の納税資金調達等のため、従前から乙土地の売却を検討していたが、平成12年9月に正式に売りに出した。

② 原告は、仲介業者を通じて売却情報を不動産流通市場に広く公開し、当初は、3億1695万円で売りに出されたが、その後、売却価格は徐々に引き下げられ、平成13年1月24日には1億1700万円となった。

③ その後、平成13年2月に購入申込みをした業者との交渉の結果、売買代金を9700万円とすることとし、同年2月28日、売買契約が締結された。

(イ) 乙土地について、本件裁決は、通達評価方式による価額として1億0200万円余りと裁決しているが、この評価方法は、評価基本通達49項に違背した画一性条件に欠ける恣意的なものとなっており、適正に適用すると、次のとおりとなる。

すなわち、評価基本通達を適用しても、乙土地の前面道路には路線価が付されておらず、この場合には近隣の路線価を基に評価すべきであるから、本来はこれに拠るべきである。被告は、乙土地の実態を無視し、評価基本通達を形式的に適用して違法な評価を行っている。また、本件裁決は、評価基本通達を適用し、造成を要する部分の面積を乙土地の一部として評価しているが、緑地保有部分を除外するという面積の一部を除外する方法は、「造成費の単価に地積を乗じて計算する」という評価基本通達に違背する取扱いであり、また、1平方メートル当たりの造成費は、評価基本通達により、傾斜度20度から30度の場合の2万4000円となるから、上記通達を適正に適用すると、次のとおりとなる。{12万円(仮路線価)×0.33(有効化率)×0.96(不整形)-2万4000円(造成費)}×4660㎡(乙土地面積)=6531万4560円(乙土地評価額)

(ウ) 上記の「評価大原則」によると、本件裁決が採用した通達評価方式による評価は合法性条件と画一性条件が具備されていないので、乙土地の価額は、時価評価方式による上限1億円とすべきであり、本件裁決における乙土地の価額は、相続税法22条の時価を超え、合法性条件を具備していないものである。仮に本件裁決の通達評価方式による評価が合法性条件と画一性条件を具備していれば、通達評価方式による乙土地の価額は上記(イ)のとおりとなり、時価評価方式による評価額よりも低くくなるので、乙土地の価額は上記(イ)の通達評価方式による価額となるものである。

(3) 本件通知処分の違法性

ア 上記のとおり、本件相続開始の日における甲土地の価額は、時価評価方式及び通達評価方式による価額の双方がゼロであり、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における甲土地の評価額12万1892円はこれを超えるから、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における甲土地の評価額は相続税法22条に規定する時価を超えた違法なものである。

イ また、上記のとおり、本件相続開始の日における乙土地の価額は、時価評価方式による上限1億円であり、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における乙土地の評価額1億0259万4240円はこれを超えるから、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における乙土地の評価額は相続税法22条に規定する時価を超えた違法なものである。

(4) 被告の主張する鑑定評価に対する批判

ア 甲土地について

甲土地の鑑定評価書に記載されたような造成計画は、物理的に困難であることはもちろん、宅地造成等規制法にも抵触するものと思われ、全く実現不可能なものである。

また、上記鑑定評価においては、造成後の販売価格を2579万円と算定しているが〔乙4号証13頁〕、次のとおりの誤りがある。なお、そもそも甲土地のような特殊性(急傾斜地、地盤が岩盤状、面積が狭い等)を有する場合には、鑑定士には複雑な造成費の見積もりはできず、独自に見積もった造成費による鑑定は不当である。

(ア) 販売単価である1平方メートル当たり20万8000円は高額に過ぎ、相続時の路線価14万5000円を0.8で除した18万1250円という理論値よりも約15パーセントも高額である。隣接する路線価が13万5000円と低めであること、甲土地の前面道路は曲がりくねった急な坂になっていることからしても、本来は理論値よりも低くなるべき販売価格が逆に高額になっており、販売単価は10パーセントは割高になっていると考えざるを得ない。

(イ) 甲土地は、前面道路から3.5メートルも高くなっており、駐車場スペースはとれず、南方を中心として5メートル前後の崖に囲まれていることからしても、日照が期待できない上にかなりの圧迫感があり、地形も良好ではない。これらの甲土地の個別的要因からすると、販売単価は標準的な土地よりも30パーセント減額されることになる。

(ウ) 甲土地の有効面積は宅盤面積として記載された112平方メートルに過ぎないところ、擁壁部分に約12平方メートル、階段に約10平方メートルの土地を要するため、有効面積は15パーセント以上減少することからすると、販売単価は15パーセント減額されることになる。

(エ) 以上によると、販売単価の減額率は55パーセントであり、販売価格は約1300万円程度となるのであるが、仮に上記鑑定評価書における造成費用の見積りが妥当なものであったとしても、そのために造成費等として2168万円もかける者はいないから、甲土地の時価はゼロとなるのである。

イ 乙土地について

(ア) 乙土地は9700万円で取引されており、鑑定評価額は、かかる取引価格とかい離したものとなっている。

(イ) そもそも、被告の鑑定評価における取引事例比較法では、上記取引事例が考慮されていない。また、参考とされている取引事例は、地域格差がばらばらであり、個別的要因の違いを示す標準化補正も状況が不明である。事情補正を要する特殊事情がなかったのかも疑問である。被告の鑑定評価における取引事例比較法の比準価格(個別格差修正後)は、取引事例価格のほぼ倍となっており、不当鑑定である。

(ウ) また、乙土地の鑑定評価では、「横須賀市開発指導要綱等に準拠」したとしているが、現実離れした開発計画が想定されており〔乙5号証10頁〕、実現不可能であるから、同鑑定評価には誤りがある。すなわち、乙土地の鑑定評価では、実現不可能な開発計画が想定されており、開発指導要綱にも違背している。例えば、都市計画法29条1項に基づく横須賀市の条例「横須賀市特定建築等行為条例に係る規準等」における横須賀市開発指導要綱の規定によると、開発面積3000㎡以上の場合に関しての既存道路の幅員は6メートル以上必要であるが、乙土地周辺には幅員6.5メートル以上を有する道路は半径400メートル以内には存在しておらず、開発面積3000㎡未満であれば既存道路の幅員は4メートル以上必要であるが、乙土地の前面道路の幅員は4メートルも満たしていない。幅員を6メートル確保するために、周辺の道路を2メートル拡幅する等のための買収は到底できず、仮にできたとしても採算に合わないものである。これは不動産鑑定評価基準にも違背する不当な評価である。

(エ) 更に、乙土地の鑑定評価は、補正項目について何らの根拠を示していないのである。

《被告の主張》

(1) 課税実務における財産の評価の方法について

相続税法22条は、相続により取得した財産の価額は、「当該財産の取得の時における時価」により評価すると規定しているところ、上記「時価」とは、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち、客観的な交換価値をいうものと解される。

しかし、相続財産の客観的交換価値は必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、相続税法に特別の定めのあるものを除き、評価基本通達に定める相続財産の評価の一般的基準により相続財産を評価することとされている。

これは、相続財産の客観的交換価値を個別に評価する方法を採ると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることを避け難く、また、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあることから、あらかじめ定められた評価方式により画一的に評価する方が、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から見て合理的であるという理由に基づいており、評価基本通達による評価方法は、時価の評価方法として、税負担の公平と効率的な租税行政の実現の観点に照らし合理性を有するものである。

しかしながら、評価基本通達に定める評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるなど上記評価方式によらないことが正当として是認されるような「特別な事情」がある場合には、他の合理的な方式により評価することが許されると解される。

そして、評価基本通達による評価方法が、納税者間の公平・便宜、徴税費用の節減という正当な合目的的見地における合理性が存在するという理由に基づくものであることからすると、逆に評価基本通達によって形式的に評価することが課税の公平を害する結果となる場合や鑑定評価等に比し簡易な時価の算定方法である路線価方式等により算出された価額が客観的交換価値を上回ることが明らかであることが認められるなど客観的交換価値として不合理であるという場合には、評価基本通達によらない「特別な事情」があるものとして、相続税法22条の時価の算定として他の合理的な評価方法が認められると解される。

(2) 被告が本件訴訟において主張する本件各土地の価額

本件各土地については、評価基本通達によらないことが正当として是認されるための条件である租税回避や路線価の逆転というような「特別な事情」は存しない。

しかし、本件各土地は、市街化区域内に存し、宅地間に介在する山林(市街地山林)であり、こうした市街地山林には、宅地に近いものから山林に近いもの、面積も、近隣宅地に比して狭隘なものから広大なものまで、更に造成の難易等においても差異が認められ、その個別性には強いものがある。そして、こうした市街地山林の個別性が強いことを理由にすべての市街地山林について、鑑定等の精緻な検証によるべきとするときには、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という合目的的見地からの不合理性が無視できなくなるので、市街地山林については、一般的には評価基本通達に基づく評価方法が合理性をもつが、評価基本通達により算定された評価額が土地の個別的要因等に基づく客観的時価を上回る場合においては、個別的評価の合理性を尊重すべきといえる。

本件各土地は、甲土地が近隣地域の標準的画地に比べて造成が極めて難しいこと、乙土地は面積が広大で不整形地であることという個別事情が存する。そして、被告の本件各土地鑑定評価書〔乙4、5号証〕における鑑定評価額は、これらの個別事情及び特殊性を十分考慮して検討を加えた適正かつ合理的な結果である。したがって、本件各土地については、次のとおり、被告の行った不動産鑑定評価に基づく鑑定評価額が相続税法22条に規定する時価として適法な価額というべきである。

ア 甲土地の鑑定評価額

甲土地の鑑定評価書〔乙4号証〕によると、本件相続開始の日における甲土地の更地としての正常価格は429万円である。この甲土地の鑑定評価額は、取引事例比較法による比準価格及び開発法による積算価格をそれぞれ求め、これらを調整し、更に地価公示価格等と規準した価格に留意して、甲土地の1平方メートル当たりの鑑定評価額を、実証的な比準価格(3万6900円)及び具体的で説得力ある積算価格(3万2200円)の中庸値である3万4600円としたものであり、これに甲土地の面積(124平方メートル)を乗じた結果、甲土地の更地価格は429万円と算定されたものである。

イ 乙土地の鑑定評価額

乙土地の鑑定評価書〔乙5号証〕によると、本件相続開始の日における乙土地の更地としての正常価格は2億0784万円である。この乙土地の鑑定評価額は、取引事例比較法による比準価格及び開発法による積算価格をそれぞれ求め、これらを調整し、更に地価公示価格等と規準した価格に留意して、乙土地の1平方メートル当たりの鑑定評価額を実証的な比準価格(4万6800円)及び具体的で説得力ある積算価格(4万2400円)の中庸地(4万4600円)としたものであり、これに乙土地の面積(4660平方メートル)を乗じた結果、乙土地の更地価格は2億0784万円と算出されたものである。

(3) 本件通知処分の適法性

ア 上記のとおり、甲土地の鑑定評価書〔乙4号証〕によると、本件相続開始の日における甲土地の更地としての正常価格は429万円であり、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における甲土地の評価額12万1892円を超えるから、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における甲土地の評価額は相続税法22条に規定する時価を超えた違法なものではないことは明らかである。

イ 上記のとおり、乙土地の鑑定評価書〔乙5号証〕によると、本件相続開始の日における乙土地の更地としての正常価格は2億0784万円であり、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における乙土地の評価額1億0259万4240円を超えるから、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における乙土地の評価額は相続税法22条に規定する時価を超えた違法なものではないことは明らかである。

(4) 評価基本通達を適用した場合の本件各土地の評価額について

なお、本件各土地に評価基本通達を適用した場合の価額は、次のとおりである。

ア 甲土地

甲土地は、普通住宅地区に存する市街地山林であり、評価基本通達に定める市街地山林の評価方法により評価すると、次のとおりである。

甲土地の路線価は14万5000円であるところ、これに普通住宅地区に係る奥行価格補正率1.0(奥行き14メートル)を乗じて計算した金額14万5000円に、不整形地補正率0.86を乗じて計算した12万4700円から1平方メートル当たりの造成費3万円を控除した金額である9万4700円が甲土地の1平方メートル当たりの評価額である。

そうすると、甲土地の評価基本通達による評価額は、1平方メートル当たりの評価額に地積を乗じた1174万2800円となる。

イ 乙土地

乙土地は、普通住宅地区に存する市街地山林であり、評価基本通達に定める市街地山林の評価方法により評価すると、次のとおりとなる。

乙土地の路線価は、乙土地に至る途中までが13万5000円の路線価が付されているところ、路線価の付されている路線と乙土地の接する部分の路線との状況が同程度と認められることから、乙土地の評価に当たっては、13万5000円の路線価を延長して評価するのが相当である。

当該路線価13万5000円に、乙土地に係る奥行き価格補正率に変えて、広大地の算式により計算した割合0.71を乗じて計算した9万5850円に、不整形地補正率0.96を乗じて計算した金額9万2016円から、1平方メートル当たりの造成費2万4000円を控除した金額である6万8016円が乙土地の1平方メートル当たりの評価額となる。

そうすると、乙土地の評価基本通達による評価額は、1平方メートル当たりの評価額に地積を乗じた3億1695万4560円となる。

(5) 原告の主張に対する反論

ア 甲土地の鑑定評価書〔乙4号証〕によると、造成後においても有効宅地を確保しつつ採算がとれる造成工事が充分可能であり、甲土地が「宅地化事業は全く採算が成り立たない」から「客観的な交換価値はゼロとなる。」とする原告の主張は失当である。

イ 乙土地の価額について原告が主張する9700万円が、売買経緯に照らして不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格(客観的交換価値)であるといえるとしても、乙土地の売買契約は、平成13年2月28日に成立したものであり、乙土地の価額は、本件相続開始の日の時点で行うべきものであるから、評価時点が異なるために時点修正を加えて評価する必要がある。

そして、基準地の標準価格をもとに乙土地近隣の相続開始日から売買成立日までの間の下落率を算出すると、7.2パーセントとなり、この下落率を適用して、乙土地の売買価格9700万円を相続開始時点の価額に時点修正すると、評価額は1億0452万5862円となり、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における評価額を上回るものである。したがって、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における乙土地の価額が時価を超えたものでないことは明らかである。

ウ 原告は、乙土地の鑑定評価書〔乙5号証〕10頁の「4.最有効使用の判定に基づく対象地の土地利用計画概要」における土地利用計画は許可されるはずがないから実現不可能であり、これを基に算定された積算価格は不当である旨主張する。しかしながら、原告の上記主張は不合理であり、乙土地の鑑定評価は、不動産鑑定評価基準に準拠した適正なものである。そして、乙土地利用計画を基に算定された積算価格は、種々の条件差に配慮した補正が行われた合理的根拠のある価格であるから、原告の主張は、客観性に欠ける憶測に基づいた根拠のない主張である。

2  争点②について

《原告の主張》

本件訴訟の最大の争点は、本件裁決において本件各土地の相続税評価に当たり適用した評価手法が妥当であったか否か、である。

すなわち、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における相続財産の価額が、単に相続税法22条に定める時価を超えていさえしなければ適法との考えは誤りであり、上記のとおり、原告の主張する「評価大原則」に則った評価がなされていることが前提である。したがって、まずは評価基本通達を適正に適用して評価すべきであり、評価基本通達によることが不適当である等の特別の事情がある場合に限って、通達評価方式による価額と無関係の本来の時価評価方式を行うべきこととなる。

このように、相続財産の評価は、「評価大原則」にしたがってなされなければならないところ、被告は、本件裁決において、甲土地については、適用すべき評価基本通達を適用せず、乙土地については、本来適用してはならない場合であるのに評価基本通達を適用し、更に、その適用の際にも、評価基本通達の規定に違背する恣意的な適用をしているのであって、本件裁決における本件各土地の価額の評価方法は、「評価大原則」に違反する不当なものである。

《被告の主張》

原告の主張は争う。なお、本件訴訟における本来の争点は、本件裁決により一部取り消された後の本件各土地の評価額が、相続税法22条の規定に照らして適法か否かである。

第5  当裁判所の判断

1  争点①について

(1)  相続税法22条が規定する財産の「時価」の認定に係る訴訟上の主張・立証について

ア 相続税法22条は、財産の評価の原則として、同法第3章に特別の定めのあるものを除くほか、「相続・・・により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によ」る旨を規定しているところ、ここにいう「当該財産の取得の時における時価」とは「相続開始時における当該財産の客観的交換価値」を意味する。

しかし、同法は、上記「時価」ないし「客観的交換価値」の評価・算定の方法については具体的な定めをおいておらず、また、時価ないし客観的交換価値なるものは、必ずしも一義的に確定することができる性質のものではない。

そこで、相続税等に係る課税実務上は、従来から、国税庁において、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減等の観点から、評価基本通達及び関連通達を定め、各税務署長が、これら通達に定められた評価方法に従って統一的に相続財産の評価を行ってきたところであり、このような評価基本通達等に基づく相続財産の評価の方法は、相続税法22条が規定する財産の時価すなわち客観的交換価値を評価・算定する方法として一定の合理性を有するものと一般に認められ、その結果、評価基本通達等は、単に課税庁の内部における課税処分に係る行為準則であるというにとどまらず、一般の納税者にとっても、相続税等の納税申告における財産評価について準拠すべき指針として通用してきているところである。

イ このようなことからすれば、税務署長において、当該相続財産の「時価」の評価・算定に際して、評価基本通達等に定められた方法によらずに、これと異なる他の方法によって評価・算定した相続財産の価額をもって、当該相続財産の適正な「時価」であるとし、これに基づいて相続税に係る課税処分をすることは、評価基本通達等に定められた評価方法を画一的に適用して形式的な平等を貫くことが、当該納税者に対し時価を著しく下回る低廉な財産の評価に基づく相続税課税を行わせることになり、かえって、他の納税者との間における実質的な租税負担の公平を害する結果となるなど、評価基本通達等の定めに従った財産評価の方法によらないことが正当として是認されるような特段の事情がない限り、相当性を欠くものというべきである。

ウ しかし、評価基本通達等の法的性質は、原告も指摘するように、あくまで課税庁の内部における行為準則としての「通達」にすぎないのであって、このことと、総額主義(課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は当該課税処分により確定された税額の適否であるという考え方)を基調とする税務訴訟の構造に照らせば、当然のことながら、上記イのようにいうことは、相続税に係る課税処分の取消訴訟における当該課税処分の適法性に関する主張・立証という場面において、被告税務署長が、評価基本通達等に定められた評価方法とは異なる他の評価方法に依拠し、この方法に基づいて評価・算定した当該相続財産の価額が適正な「時価」であることを主張・立証することにより、当該課税処分に課税価格ないし税額の過大認定の違法がないことを主張・立証しようとすることが許されないということを意味するものでないことは明らかである(なお、原告納税者においても、評価基本通達等は一般の納税者に対する関係で何らの法規性を有するものではないのであるから、評価基本通達等に定められた評価方法とは異なる他の評価方法に依拠し、そのような方法に基づいて評価・算定した当該相続財産の価額が適正な「時価」であることを主張し、当該課税処分に課税価格ないし税額の過大認定の違法があるなどとして、その適法性を争うことができることはいうまでもない。)。

エ この点に関連し、原告は、そのいうところの「評価大原則」なるものを援用し、るる主張するので、以下において、争点①に関する判断の前提として、必要な範囲で、上記アないしウに指摘したところを踏まえ、相続税法22条が規定する財産の「時価」の認定に係る訴訟上の主張・立証の関係について簡潔に説明、整理しておくこととする(なお、本件訴訟は更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟であり、このことに基因する特有の論点があるが、ここでは、まず、標準的な更正処分の取消訴訟に即して説明、整理することとする。)。

(ア) まず、上記アに照らせば、相続税に係る更正処分の取消訴訟において、被告税務署長が、当該更正処分における課税価格ないし税額の算定が評価基本通達等の定めに従って相続財産の価額を評価してしたものであることを、上記通達等の定めに即して主張・立証した場合には、その更正処分における相続財産の価額は「時価」すなわち客観的交換価値を適正に評価したものと事実上推認することができるというべきである。

したがって、このような場合には、原告納税者において、①評価基本通達等の定めに従ってしたという被告税務署長の財産評価の基礎となる事実関係に認定の誤りがある等、その評価方法に基づく相続財産の価額の算定過程自体に不合理な点があることを具体的に指摘して、上記推認を妨げ、あるいは、②たとえば、不動産鑑定士による合理性を有する不動産鑑定評価等の証拠資料に基づいて、上記評価基本通達等の定めに従った評価が、当該事案の具体的な事情の下における当該相続財産の「時価」を適切に反映したものではなく、客観的交換価値を上回るものであることを主張立証するなどして上記推認を覆さない限り、当該課税処分は適法であると認められることになる。

(イ) 次に、相続税に係る更正処分における財産の評価が、評価基本通達の定める方法に従ってしたものである場合においても、それとは異なる他の方法によってしたものである場合においても、当該更正処分の取消訴訟において、被告税務署長は、評価基本通達等に定められた評価方法とは異なる他の評価方法、たとえば不動産鑑定士による合理性を有する不動産鑑定評価等の証拠資料に基づいて算定した当該相続財産の価額が、具体的な事情の下における適正な「時価」であることを主張・立証することにより、当該更正処分に課税価格ないし税額の過大認定の違法がないことを主張・立証することができる。もとより、この場合、原告納税者においても、不動産鑑定評価等の証拠資料に基づいて、当該更正処分に課税価格ないし税額の過大認定の違法があることを主張し、反証することができる。

(ウ) しかし、被告税務署長が、当該の具体的事案について、評価基本通達等に定められた評価方法によらずに、これと異なる他の評価方法によって相続財産の価額を算定し、これに基づいて相続税に係る更正処分をした場合、その具体的な事情のいかんによっては、たとえ、その財産の評価額が「時価」を上回るものでなかったとしても、公平原則の観点等に照らして、当該更正処分を適法として容認することはできないと評価されることもあり得るものというべきである(原告が、本件裁決における本件各土地の価額の評価方法が「評価大原則」に反する不当なものであるなどとるる主張するのは、実質的にはこの点をいうものと解されるのであり、前記第3、第4の争点及び争点に関する当事者の主張に係る整理もこのような理解に基づくものである。)。

オ ところで、本件訴訟は更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟であるから、このような訴えの特質に応じて、上記エで説示した相続税法22条の規定する「時価」の認定に係る訴訟上の主張・立証の関係を補正しておく必要がある。

すなわち、更正の請求が、納税者において、自己の納税申告によっていったん確定させた租税法律関係に関し、後日になって、真実の課税標準等又は税額等が自己の申告額を下回ることを理由として、これを減額する更正を求めるものであることや、これに対する更正をすべき理由がない旨の通知処分が、いったん確定した課税標準等又は税額等を納税者の不利益に変更して、これにより新たに租税法律関係を確定させる処分ではないことに照らせば、相続税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟においては、原告納税者において、真実の課税価格又は納付すべき税額が申告に係る課税価格又は納付すべき税額(処分庁による異議決定ないし国税不服審判所長による審査裁決により当該通知処分が一部取り消された場合には、取り消された後の課税価格又は納付すべき税額)を下回るものであることについての主張・立証責任を負うものと解するのが相当である。

この点を、本件訴訟の争点①に即して説明、整理すると、次のとおりとなる。

(ア) 原告は、①甲土地の本件相続開始時における「時価」すなわち客観的交換価値が本件裁決における評価額である12万1892円を下回るものであること、及び、②乙土地の本件相続開始時における「時価」すなわち客観的交換価値が本件裁決における評価額である1億0259万4240円を下回るものであること、をそれぞれ主張・立証しなければならない。

(イ) この場合、本件裁決における価額は、前記第2、2(6)のとおり、甲土地については評価基本通達等の定めによらない評価方法に基づくものであり、乙土地については評価基本通達等の定める評価方法に基づいて算定したというものであるが、原告としては、いずれの土地についても、評価基本通達等に定められた評価方法に準拠してでもよいし、あるいは、この評価方法によらず、それ以外の合理性を有すると認められる評価方法に基づいてでもよいし、それぞれの土地の「時価」すなわち客観的交換価値が本件裁決における評価額を下回ることを主張・立証することができる。

(ウ) これに対し、被告は、評価基本通達等に定められた評価方法によらずに、これとは異なる他の合理性を有すると認められる評価方法に基づく、本件各土地の「時価」すなわち客観的交換価値が本件裁決における評価額を上回ることを示す証拠資料を、反証として提出することにより、原告の上記(イ)の主張・立証の合理性を争うことができる。

(エ) なお、原告の請求が認容されるためには、相続税の課税標準である課税価格が当該相続により取得した財産の価額の合計額である(相続税法11条の2)ことから、甲土地又は乙土地のいずれか一方の土地の時価が本件裁決におけるその土地の評価額を下回るものであることが主張・立証されただけでは足りず、本件各土地の時価を合算した価額が、本件裁決における本件各土地の評価額を合算した金額を下回るものであることを主張・立証することが必要である。

そこで、上記の観点から、以下、項を変えて、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における本件各土地の価額の評価につき、適正な「時価」を超え価額を過大に認定した誤りがあるかどうかについて、具体的に検討することとする。

(2)  甲土地の「時価」について

ア 甲土地の「時価」に係る原告の主張・立証の合理性について

(ア) 原告は、甲土地の「時価」について、第4、1《原告の主張》(2)ア(ア)のとおり、「時価評価方式」によっても、「通達評価方式」によっても、その価額はゼロであると主張するところである。

(イ) すなわち、「時価評価方式」によれば、甲土地は宅地化事業が造成費用の面で全く採算が合わず、甲土地の宅地としての利用は不可能であり、他方で住宅地域に存する甲土地は宅地以外の利用方法もないので、利用価値のない土地に市場価格はつかず、その時価はゼロであるというのである。

しかし、原告はその主張の根拠となる客観的な証拠資料を何ら提出していないのであって、原告のいう「時価評価方式」による上記主張額が合理性を有するものと認めることはできない。

(ウ) また、原告は、「通達評価方式」によっても、甲土地の傾斜度は30度を超えることから個別に算定する造成費〔甲15号証〕の金額は4441万円(1億0250万円×130㎡÷300㎡。1平方メートル当たり約34万円の造成費)〔甲18号証〕と算定されるところ、同金額は、甲土地の路線価14万5000円に地積を乗じた価額1885万円を超えることから、甲土地の価額はゼロとなるとする。

確かに、甲土地は、平均傾斜度が30度を超え、宅地造成が困難であって多額の造成費用を要する土地であると認められるところであるが〔乙4号証、弁論の全趣旨〕、東京国税局管内における市街地山林の評価における宅地造成費は、傾斜度25度超から30度以下においては1平方メートル当たり3万円〔甲15号証〕とされていることや、被告が提出した不動産鑑定評価書〔乙4号証〕においては、開発法を適用した積算価格の算定において、造成工事費等を2168万円(直接工事費合計1355万円、間接工事費合計320万円、付帯費用147万円のほか、販売費及び一般管理費129万円、開発業者の標準的利潤197万円等の費用を含む。)として評価していること(その積算過程に特段の不合理な点は認められない。)に照らすと、甲土地の造成費が1平方メートル当たり34万円、合計金額で4441万円にも上るとする原告が提出した造成事業者の作成に係る平成13年1月24日付けの見積書〔甲18号証〕に基づく造成費の主張を合理的なものと認めることは困難というべきである(なお、上記見積書は、甲土地とその南西側に隣接する793番1の土地とを一体として宅地造成することを前提としているものであって、甲土地の個別事情をどのようにみて、それがどのように甲土地の造成費の積算過程に反映されているのかは、その記載上、不明である。)。

(エ) そして、被告提出の不動産鑑定評価書〔乙4号証〕は、本件相続の開始時である平成10年4月19日時点における甲土地の正常価格を429万円と評価しているところである。これは、不動産鑑定評価基準における取引事例比較法を適用した比準価格及び対象地の最有効使用の判定に基づく土地利用計画概要により開発法(控除方式)を適用した積算価格をそれぞれ求め、更に地価公示価格等と規準した価格に留意し、比準価格(1平方メートル当たり3万6900円)と積算価格(1平方メートル当たり3万2200円)の中庸値を採用することが合理的であるとの判断の下に決定された甲土地の単価(1平方メートル当たり3万4600円)に基づいて算定されたものと認められるところ、その鑑定評価の基本的方法において合理性を有するものと認めることができ、かつ、上記比準価格及び積算価格のそれぞれの算出過程に、特段、不合理な点があるものとは認められないから、甲土地の「時価」を429万円とする上記鑑定評価には一定の合理性を認めることができるというべきである。

上記鑑定評価について、原告は、同鑑定評価書における造成計画は全く実現不可能であると主張するが、上記のように甲土地は宅地造成困難であって、多額の造成費用(上記不動産鑑定評価書によれば、総額で2168万円。)を要するものであるという以上に、その造成計画が技術的にあるいは法的規制との関係で実現が不可能なものであると認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、上記鑑定評価における販売単価が不当に高く設定されているなどとしてるる主張するが、その主張を裏付ける的確な証拠はなく、上記鑑定評価の合理性を左右させることはできない。

イ 小括

上記ア(イ)及び(ウ)に指摘した諸点や、(エ)に説示したような一定の合理性を認めることができる不動産鑑定評価に照らせば、本件相続の開始時における甲土地の「時価」すなわち客観的交換価値が0円であるとする原告の主張が合理的なものであると認めることはできないというほかはない。

そして、他に、本件相続の開始時における甲土地の「時価」すなわち客観的交換価値が、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における甲土地の価額である12万1892円を下回るものであることについての主張・立証はない。

したがって、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における甲土地の相続財産としての価額の評価につき、本件相続開始の時における適正な「時価」を超え価額を過大に認定した誤りがある旨の原告の主張は、理由がないというべきである

(3)  乙土地の「時価」について

ア 乙土地の「時価」に係る原告の主張・立証の合理性について

(ア) 原告は、乙土地の「時価」について、前記第4、1《原告の主張》(2)イ(ア)のとおり、「時価評価方式」によれば、乙土地は、面積の広い山林状の傾斜地であり、最有効使用は宅地造成用地であると考えるとしても、同土地は平成13年2月に代金9700万円で売却されているところ〔甲19号証の5、乙6号証〕、これは公開市場における正常売買で取引されており、この売買の経緯に照らしても、上記代金額は「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格」といえるから、相続税法22条の「時価」すなわち客観的交換価値は、上記売却代金額とほぼ同額の1億円であると主張する。

しかし、上記売却代金額が「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格」であるとしても、それでは何故に本件相続開始時における乙土地の時価が1億円であるとするのか、原告は、その具体的根拠については何ら主張・立証しない。

ところで、上記売却代金額を前提として乙土地の「時価」を推認するとしても、同代金額は平成13年2月の時点のものであるから、本件相続の開始日である平成10年4月19日の時点に修正をする必要があるところ、本件相続開始の日から上記売買契約時までの間においては、乙土地近隣の地価は下落傾向にあり、近隣の基準地である横須賀市の土地についてみると、平成10年度(7月1日現在)の標準価格は1平方メートル当たり22万2000円であるのに対し、平成13年度(7月1日現在)の標準価格は1平方メートル当たり20万4000円であって〔乙7号証の2、4〕、この基準地の標準価格の下落率に準拠して上記売買価格を時点修正すると、本件相続開始の日においては、本件裁決において評価された乙土地の価額1億0259万4240円を超える価額となるものと優に推認されることからすると、原告の「時価評価方式」によるとする乙土地の「時価」に係る上記主張額1億円が合理性を有するものと認めることはできない。

(イ) また、原告は、前記第4、1《原告の主張》(2)イ(イ)のとおり、「通達評価方式」による場合、乙土地の仮路線価を12万円とし、有効宅地化率を33パーセント、不整形補正率を0.96とし、これらを乗じた上、造成費として1平方メートル当たり2万4000円を控除し、これに乙土地の地積4660平方メートルを乗じて、乙土地の価額を6531万円余と算定すべきであると主張するところ、これを、同様に評価基本通達等に定められた評価方法を適用したとする本件裁決(乙土地の価額1億0259万4240円)における評価の過程と対比すると、その違いは、宅地造成費の算定に関し、本件裁決においては、乙土地を宅地開発する場合に造成を要すると認められる地積を、乙土地全体の地積から現状の緑地のままで残すこととなる部分の地積を控除した3106.68平方メートルであると算出したうえで、これを基礎として造成費を算定している〔甲8号証〕のに対し、原告の上記主張においては、乙土地の地積全部を造成費算定の基礎としている点にあることは明らかである。そして、この点について、乙土地の「時価」の評価という観点からみると、有効宅地化率がわずか33パーセントにすぎないとする土地について、その土地の具体的な状況を吟味しないまま、あるいは、具体的な造成計画(土地利用計画)を前提としないまま、単純にその土地の地積全部を造成費算定の基礎とする原告主張のような方法による評価額が、乙土地の「時価」に近似するものといえるか、疑問であるというべきである(ここでは、原告主張の評価方法と本件裁決における評価方法のいずれが評価基本通達等に定められた評価方法に忠実であるか、が問題であるのではなく、原告が主張するような「通達評価方式」が、乙土地の「時価」の評価方法として合理性を有するものと認めることができるかどうか、が問題なのであることは上記(1)オの説示より理解されよう。)。

更に、被告提出の不動産鑑定評価書〔乙5号証〕は、乙土地の最有効使用の判定に基づく土地利用計画における有効宅地化率を64パーセントとしていることに照らすと、原告の上記主張が前提とする上記有効宅地化率33パーセントなる数値の合理性についても疑問があることなどからすると、原告の主張する「通達評価方式」による乙土地の価額が、適正な「時価」の評価として合理性を有するものと認めることは困難というべきである(なお、弁論の全趣旨によれば、原告も、その主張の「通達評価方式」による乙土地の価額が、直ちに相続税法22条にいう「時価」に相当するものと主張しているわけでもないように窺われるところである。)。

(ウ) そして、被告提出の不動産鑑定評価書〔乙5号証〕は、本件相続の開始時である平成10年4月19日時点における乙土地の正常価格を2億0784万円と評価しているところである。これは、不動産鑑定評価基準における取引事例比較法を適用した比準価格及び対象地の最有効使用の判定に基づく土地利用計画概要により開発法(控除方式)を適用した積算価格をそれぞれ求め、更に地価公示価格等と規準した価格に留意し、比準価格(1平方メートル当たり4万6800円)と積算価格(1平方メートル当たり4万2400円)の中庸値を採用することが合理的であるとの判断の下に決定された乙土地の単価(1平方メートル当たり4万4600円)に基づいて算定されたものと認められるところ、その鑑定評価の基本的方法において合理性を有するものと認めることができ、かつ、上記比準価格及び積算価格のそれぞれの算出過程に、特段、不合理な点があるものとは認められないから、乙土地の「時価」を2億0784万円とする上記鑑定評価には一定の合理性を認めることができるというべきである。

上記鑑定評価について、原告は、平成13年2月28日の乙土地の現実の取引が取引事例として鑑定評価の根拠となっていないのは不当である、上記鑑定評価における土地利用計画は実現不可能であり、例えば、乙土地の近隣の既存道路の状況からすると、横須賀市の条例に係る「特定建築等行為条例に係る基準等」〔甲21号証〕に定める「第2編 道路」の「既存道路等との接続」の基準を満たしていない、などと上記鑑定評価の合理性を争う。

しかし、前者についてみると、乙土地の現実の取引は、評価時点となる本件相続開始の日である平成10年4月19日の約3年後に生じた一取引事例であり、時点修正を必要とするものであるから、これを取引事例として採り上げなかったことが不当であるとすることはできない(ちなみに、上記鑑定評価が採用した取引事例7例は、すべて本件相続開始時に近接した平成9年2月から平成10年8月までのものとなっている。)。

また、後者についてみると、上記鑑定評価〔乙5号証〕は、開発(宅地造成)に係る土地利用計画の概要については、横須賀市宅地開発行為指導要綱(平成15年2月1日以降は、「特定建築行為に係る基準及び手続き並びに紛争の調整に関する条例」となっている。)に準拠した利用計画を想定しているものと認められるところであり、この利用計画が横須賀市における開発行為ないし宅地造成に係る法規制に抵触する内容のものであって、必要な許認可等を取得することができないものと認めるに足りる証拠はない。

イ 小括

上記ア(ア)及び(イ)に指摘した諸点や、(ウ)に説示したような一定の合理性を認めることができる不動産鑑定評価に照らせば、本件相続の開始時における乙土地の「時価」すなわち客観的交換価値が1億円あるいは6531万円余であるとする原告の主張が合理的なものであると認めることはできないというほかはない。そして、他に、本件相続の開始時における乙土地の「時価」すなわち客観的交換価値が、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における乙土地の価額である1億0259万4240円を下回るものであることについての主張・立証はない。

したがって、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における乙土地の相続財産としての価額の評価につき、本件相続開始の時における適正な「時価」を超え価額を過大に認定した誤りがある旨の原告の主張は、理由がないというべきである

2  争点②について

争点②について原告が主張するところは前記第4、2《原告の主張》のとおりである。

しかしながら、相続税法22条が規定する財産の「時価」の認定に係る訴訟上の主張・立証の基本構造、更には本件訴訟のような更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消訴訟における主張・立証の構造は前記1(1)に説示したとおりであって、原告が主張するような本件裁決における本件各土地の価額の評価方法が妥当であったかどうかの点それ自体が本件訴訟の争点となることはない。

また、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分における本件各土地の相続財産としての価額の評価につき、本件相続開始の時における適正な「時価」を超え価額を過大に認定した誤りがないことは前記1(2)のとおりであり、本件において、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分について、公平原則の観点等に照らして、これを適法として容認することは相当でないと判断すべき具体的な事情があるものと認めるに足りる主張・立証は何らない。

3  まとめ

上記のところによれば、本件裁決により一部取り消された後の本件通知処分について、真実の課税価格ないし税額が上記通知処分におけるそれらを下回るものであると認めることはできないから、上記通知処分が違法なものであるということはできない。

第6  結論

以上のとおり、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 貝阿彌亮)

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