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横浜地方裁判所 平成15年(ワ)1833号 判決 2007年5月29日

当事者及び訴訟代理人の表示

別紙当事者等目録記載のとおり

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

(原告X1及び原告X2を除く原告ら)

上記原告らが被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(原告ら)

被告は、原告らに対し、各300万円及びこれに対する平成16年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第2事案の概要

本件は、被告が商法(平成17年7月26日法律第87号による改正前のもの。以下「旧商法」という。)上の会社分割(新設分割)を行った際、設立する会社(旧商法373条。以下「設立会社」という。)へ承継される営業(以下「承継営業」という。)に含まれるとして分割計画書に記載された労働契約の相手方労働者である原告らが、①会社分割による労働契約の承継を拒否する権利があり、これを行使した、②被告の行った会社分割は、手続に違法な瑕疵があり、また、③上記会社分割は権利濫用・脱法行為に当たるため労働契約が設立会社に承継されるとの部分については無効であるなどと主張して、定年に達した原告X1及び原告X2を除く原告らが被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、原告らが、被告に対し、会社分割手続の違法や権利濫用・脱法行為等が不法行為に当たるとして、慰謝料各300万円を請求した事案である。

1  請求の原因

(1)  被告は、コンピューター製造・販売、システム開発等を目的とする株式会社であり、米国法人IBMコーポレーション(以下「IBM」という。)の完全子会社である(争いがない)。

(2)  原告らは、被告との間で労働契約を締結し、被告のハードディスク(以下「HDD」という。)事業部門に従事していた。また、原告らは、全日本金属情報機器労働組合(以下「本件組合」という。)の日本アイ・ビー・エム支部(以下「本件組合支部」という。)の組合員である。(争いがない)

(3)  IBMは、平成14年4月ころ、株式会社日立製作所(以下「日立」という。)との間で、HDD事業に特化した合弁会社を設立し、その本社機能をアメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼに置く合意をし、その際、3年後には同社を日立の100%子会社とすること、その対価として日立はIBMに3年間で20億5000万ドルを支払うことなどを合意した(争いがない)。

(4)  被告は、遅くとも平成14年9月3日までには、被告のHDD事業部門を会社分割して設立会社とし(簡易分割により被告が100%株式を取得)、HDD事業部門の従業員との労働契約も承継営業に含めることで設立会社に移し(以下「移籍」という。)、設立会社の株式を合弁会社に譲渡する方針を決定した(争いがない)。

(5)  IBMと日立は、平成14年11月27日ころ、IBMが30%、日立が70%の出資持分を持つアメリカ合衆国カリフォルニア州法人「ヒタチ・グローバル・ストレージ・テクノロジー」(上記の合弁会社。以下設立の前後を問わず「HGST」という。)を設立した。また、被告は、最終的に、同日、HDD事業部門を新たに設立するストレージ・テクノロジー株式会社(以下「ST」という。)に承継させるため、会社分割の分割計画書等を作成し本店に備え置いた。上記分割計画書には、「新設会社は、分割期日をもって、当社から、別紙2「承継する権利義務」記載のとおり、当社の藤沢事業所におけるハードディスクドライブ開発及び製造に関する営業に係る資産、負債及びこれに付随する一切の権利義務を承継する。なお、新設会社が当社から承継する債務については、本件分割の日をもって、当社が併存的債務引受けを行う。」と記載され、「別紙2 承継する権利義務」には、承継する雇用契約として、承継営業に主として従事している労働者の従業員リストが添付され、原告らも上記リストに記載されていた。(争いがない)

(6)  被告は、平成14年12月25日、旧商法373条の新設分割によりHDD事業部門を会社分割してSTを設立し(以下「本件会社分割」という。)、その旨登記した。なお、本件会社分割では、株主総会の承認を要しない簡易分割が採用され、STは普通株式10万株を発行し、その全部を被告に割当・交付するものとされた。(争いがない)

(7)  被告は、平成14年12月31日に、所有するSTの株式をすべてHGSTに譲渡した。STは、平成15年1月1日をもって、「日立グローバルストレージテクノロジーズ株式会社」に商号を変更した(同社については、商号変更の前後を通じて便宜「ST」と称する。)。(争いがない)

(8)  日立は、平成15年4月1日、日立のHDD事業部門を会社分割(吸収分割)し、STに承継させた(争いがない)。

(9)  しかし、本件会社分割の手続は、以下のとおり違法であり無効である。

ア 会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下「労働契約承継法」という。)8条の委任に基づく労働省告示第12号「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(以下「指針」という。)によれば、分割会社は分割計画書等の本店備置日までに、承継営業に従事している労働者に対し、当該分割後当該労働者が勤務することとなる会社の概要、当該労働者が承継営業に主として従事する労働者に該当するか否かの考え方等を十分説明し、本人の希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無、承継するとした場合又は承継しないとした場合の当該労働者が従事することを予定する業務の内容、就業場所その他の就業形態について協議をするものとされている(旧商法等改正附則5条1項の労働契約の承継に関する労働者との協議〔以下「5条協議」という。〕)。

また、上記指針は、分割会社は、そのすべての事業場において、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との協議その他これに準ずる方法によって、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとすることとされ、その対象事項としては、①会社の分割を行う背景及び理由、②会社の分割後の分割会社及び設立会社等が負担すべき債務の履行の見込み、③労働者が承継営業に主として従事する労働者に該当するか否かの判別基準、④労働契約承継法6条の労働協約の承継に関する事項、⑤会社の分割に当たり、分割会社又は設立会社と関係労働組合又は労働者との間に生じた労働関係上の問題を解決するための手続などとされているほか、遅くとも5条協議の開始までに開始されることが望ましいとしている(労働契約承継法7条の労働者の理解と協力を得るための措置〔以下「7条措置」という。〕)。

イ しかるに、被告が7条措置として行った①従業員代表(過半数代表者)を4グループに分け、各グループごとに行った協議、②従業員データベースの開設・掲載、③社内イントラネット上の「質問受付窓口」創設とFAQとしての公開、④藤沢事業所ブロック代表らとの協議は、いずれも労働契約承継法7条が要求する水準には遠く及ばず、その方法・態様の点で、7条措置を講じたと評価することはできない。また、その内容においても、設立会社等の資本力や負債額、経営状況や将来の見通しに関連する「債務の履行の見込み」について労働者全体の理解と協力を得るよう努めていない。とりわけ、他社で問題となったHDD瑕疵問題(以下「HDD瑕疵問題」という。)に対するリスク、労働条件の不利益変更の可否、日立との賃金水準の差異について明らかにしていない。

そして、7条措置に重大な不履行があった場合には、労働者保護の趣旨から、会社分割手続に瑕疵があったものとして、設立会社等への労働契約の承継は効力を生じないと解すべきである。仮に、7条措置違反によって労働契約承継が無効でないとしても、7条措置は5条協議の前提条件であるから、5条協議違反を推定させる重要な判断要素となるというべきである。

ウ 次に、被告が5条協議として行った労働組合員以外の従業員に対しての部門ミーティングや課内会議等における所属長の説明では、その方法・態様として5条協議の履行があったと評価することはできない。また、組合員については、組合員が組合に5条協議を委任していたとしても、直接、個別的に説明し、希望を聴取しなければ5条協議を履行したと評価することはできない。さらに、協議の内容においても、7条措置におけるのと同様に「債務の履行の見込み」や承継される営業の経営実態と新設会社の経営の見通し等についての説明が欠如しており、協議義務を履行したということはできない。

そして、5条協議は民法625条の代替措置として位置付けられるのであるから、5条協議違反があった場合には、原則に戻り、個々の労働者の同意がない限り、労働契約が設立会社等に承継されることはない。さらに、5条協議が全くされなかった場合やそれと同視できる場合には会社分割の無効原因となる。

(10)  会社分割法制及び労働契約承継法においては、明文上の規定はないが、労働者は、会社分割に伴い自己の労働契約が新設会社等へ承継されることを拒否する権利、すなわち、承継拒否権を有すると解すべきである。この承継拒否権は、憲法13条、18条、21条1項が保障する「使用者選択の自由」に基づき、また、契約締結の自由という契約法上の一般原則に基づき、さらに、会社分割法制及び労働契約承継法の一般債権者に与えられた保護との均衡を図るために解釈上認められるべきである。EC企業譲渡指令3条1項の解釈として、EC司法裁判所は、使用者選択の自由を根拠に承継拒否権があることを認め、労働者の拒否権行使の効果は加盟国の国内法に委ねられ、移転元との雇用関係の維持を定めても自由であるとしている。そして、原告らは、自己の労働契約が承継される旨の通知を受けてから、会社の分割登記までの間に承継拒否権を行使した。

(11)  本件会社分割は、①その実態は事業譲渡にほかならず、その手続も簡易分割によって、かつ併存的債務引受けにより債権者異議手続を排除していること、②不採算部門であるHDD事業部門を切り捨てるものであること、③労働条件の切り下げないしそのおそれ・企図がうかがえること、④7条措置や5条協議の義務を尽くしていないことなどからすれば、権利の濫用として無効というべきである。

(12)  民法625条1項は、「使用者は労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。」と規定している。にもかかわらず、旧商法の会社分割及び労働契約承継法が労働者の移籍についてはその同意を必要としないとしたのは、①会社分割の対象とされるのが営業目的のために組織されている人的・物的設備全体、さらにはこれに得意先関係、仕入先関係、販売の機会、営業上のノウハウなど経済的価値のある事実関係を加えた全体として有機的一体として機能する会社組織の一部であること、②分割会社の従前からの労働条件が設立会社等に承継されるものとされていること、③労働者の権利保護のために7条措置や5条協議の義務を分割会社に課することで、当該労働者の権利ないし法的地位の保障にできる限り資するようにされているからである。

しかるに、本件会社分割は、その実態は営業譲渡にすぎず、本件会社分割で成立したSTは6日(当初の予定では1日)しか被告の子会社としては存在しなかった上、不採算部門の切り捨てであって将来的に労働条件の不利益変更が行われる可能性が強く、7条措置及び5条協議が不十分であって、上記の民法625条1項の同意を不要とした理由を欠き、民法625条1項の脱法行為というべきである。そして、このような場合には、その利用された外形に即した効果は否定され、実態に即した法規制に服するから、原則に戻り民法625条1項が適用される結果、同意していない労働者については労働契約承継の効果は生じない。

(13)  上記のとおり、本件会社分割は、その手続に違法な瑕疵があり、また、上記会社分割は権利濫用・脱法行為に当たることから不法行為を構成するというべきである。また、原告らは、本件会社分割によってIBM労働者としての誇りをも奪われた。そして、これらにより、原告らは精神的損害を被り、その苦痛を慰謝するためには、各人300万円をもって相当というべきである。

(14)  よって、原告らは被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認(既に定年に達した原告X1及び原告X2を除く。)、慰謝料各300万円とこれに対する不法行為の後である平成16年6月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

(1)  本件会社分割の経緯は次のとおり適法に行われたものであり、その効果として原告らと被告との間の労働契約は設立会社に当然承継された。

ア 被告は、平成14年9月3日、HDD事業部門に関連する被告従業員に対し、役員による口頭説明やイントラネットへの掲載などにより、同人らが同年11月中に本件会社分割に伴い設立会社(ST)に移籍することになる旨等を伝えた。そして、その後、イントラネット上で、従業員から本件会社分割に関する質問を受け付け、電子メールで返答する質問受付窓口(乙52。以下「質問受付窓口」という。)を開設するとともに、主な質問とその回答(乙11。以下「FAQ」という。)を掲載した。

イ 被告は、本件会社分割について、労働者の理解と協力を得るべく、以下のような手続を行った。

まず、被告は、被告の業務組織であるブロックごとの代表(以下「ブロック代表」という。)の互選によって各事業所ごとに従業員代表を選出し、これを4つに分け、平成14年9月27日、同月30日、同年10月1日、同月2日、これらの者との間で、本件会社分割について協議を行った(甲29。以下「代表者協議」という。)。

次に、被告は、平成14年10月17日、イントラネット上で、代表者協議で使用した資料や議事録等を掲載した従業員代表用のデータベースを設置し、従業員代表がこれを閲覧できるようにした(乙75。以下「従業員代表データベース」という。)。

被告藤沢事業所従業員代表及び同事業所各ブロック代表が、被告に対し、平成14年9月30日に質問事項を記載した「藤沢事業所要望案」を提出し(甲34。以下「藤沢要望①」という。)、同年11月7日には、質問事項を記載した電子メールを送信し(乙26。以下「藤沢要望②」という。)、同月14日には、「HDD新会社設立(会社分割)藤沢事業所意見書」(乙30。以下「藤沢要望③」という。)を提出して被告の回答を求めた。これに対し、被告は、同年10月11日(乙17。以下「藤沢回答①」という。)、同年11月13日(乙29。以下「藤沢回答②」という。)、それぞれ書面で回答した。

さらに、被告は、藤沢事業所従業員代表及び同事業所ブロック代表の求めに応じ、同年10月17日、同人らと本件会社分割について協議を行った(乙73、74、甲90。以下「藤沢協議」という。)。

他方、被告は、承継営業であるHDD事業に従事する従業員について、労働契約承継法2条1項1号の「主として従事するものとして厚生労働省令で定めるもの」(以下「承継営業に主として従事する労働者」という。)に該当するか否かの判別をし、同年10月4日、被告の業務組織であるラインの専門職に対して、同月30日までの間に、これを各従業員に確認し、移籍に納得しない従業員に対しては最低3回の協議を行い、それぞれの従業員の状況(status)を被告に報告するよう指示した(乙54)。

これに従い、各ライン専門職は、自分のラインの従業員全員を集めてミーティングを行うなどの方法により、移籍に同意するか否かを確認し、コメントを聴取するなどして、これを被告に報告した(乙55)。

ウ 以上のとおり、被告は、従業員代表と協議や書面のやりとりを重ね、STの負担すべき債務の履行の見込みなどに関しても、十分理解を得るべく努力を重ねており、労働契約承継法7条に違反していない。

なお、原告らは、7条措置に関し、被告が「会社の分割後の分割会社及び設立会社の負担すべき債務の履行の見込み」について理解と協力を得る努力をしていないと主張するが、「債務の履行の見込み」とは、分割時に負担すべき債務の履行の見込みを意味し、分割後将来負担するかもしれない債務の履行の見込みを意味するものではない。また、仮に、被告の説明が労働契約承継法7条を満たすに足りないとしても、それによって、本件会社分割による移籍の効果が生じないものではない。会社分割は部分的包括承継であり、もともと労働者の個別的同意を要しないから、労働契約承継法7条は個別的同意に代わるものではない。よって、同法違反の法的効果として、労働契約承継の効力が左右されることはない。

エ 次に、本件組合支部は、平成14年9月19日、HDD事業部門所属の組合員から被告との間で5条協議を行うことを受任し、これを被告に通知した(甲20)。本件組合支部は、上記受任以前から、本件会社分割に関して被告と団体交渉を行っていたほか、被告に対して、同月13日には、要求を記載した要求書(甲15。以下「組合要求」という。)及び質問を記載した質問書(甲16。以下「組合質問①」)という。)を送付し回答を求めていた。そして、被告も、同月19日、書面で回答した(甲19。以下「組合回答①」という。)。

本件組合支部は、その後も、同年10月7日(甲23。以下「組合質問②」という)及び同月28日(甲35。以下「組合質問③」という。)、被告に対して、質問事項を記載した各質問書を送付し回答を求めた。

これに対して、被告も、同月9日(甲24。以下「組合回答②」という。)及び同年11月6日(乙23。以下「組合回答③」という。)に、それぞれ書面で回答している。

そして、被告と本件組合支部は、同年9月19日、同年10月2日、同月9日、同月17日、同月22日、同年11月6日、同月12日、5条協議を行った。

指針によれば、5条協議の協議事項は、承継営業に従事する労働者に係る労働契約承継の有無、承継するとした場合又は承継しないとした場合に従事する業務内容、就業場所その他の就業形態等であって、会社分割後労働者が勤務することになる会社の概要、当該労働者が承継営業に主として従事する労働者に該当するか否かを十分説明することや本人の希望を聴取することは、それ自体は5条協議の協議事項ではない。したがって、労働契約承継の対象となる労働者が、労働契約承継の有無等の協議事項について同意している場合には、その点について5条協議を行う必要はない。被告は、本件会社分割に際し、ライン専門職を通じてラインに所属する従業員に対して5条協議を行っている。この点、本件会社分割においては、HDD事業に従事する従業員のうち、原告らを除くほとんどの者が、被告が決定した労働契約承継の有無や会社分割後に従事予定の業務内容、就業場所その他の就業形態等の協議事項について、本人自らの意見として、同意する旨あるいは異議がない旨を表明している。

なお、被告は、本件組合支部に5条協議を委任した者以外のHDD事業の従業員からも、承継営業に主として従事する労働者に当たるか否かの被告の判別について異議の申立てを受けたため、法務部門や各従業員の所属部門と協議の上、これらの者に対して改めて被告の判別結果を伝え、面談などを通じて理解を得るよう努めたほか、当初本件承継営業に主として従事する労働者ではないと判別した従業員5名について、本人の同意を得ることなく分割計画書に記載していたことが判明したため、この5名の氏名を削除するなど、従業員からの異議にも適切に対応した。

なお、被告は、同年9月19日、本件組合支部から原告ら組合員の5条協議については本件組合及び本件組合支部が委任された旨の連絡を受けたため、原告らについては、本件組合支部等を代理人として、5条協議を行った。このようにして行われた被告と本件組合支部等との団体交渉(5条協議)は、6回(同年10月9日、同月17日、同月22日、同月28日、同年11月6日、同月15日)、小委員会(同月12日)も1回行われている。

そして、被告は、本件組合支部に対して、判別基準に従って本件組合支部に5条協議を委任した従業員について承継営業に主として従事する労働者に当たるか否かの判別及びその根拠を伝えたほか、代表者協議で使用した資料とほぼ同様の資料(STの背景、日立の概要、STの概要、事業の概要、承継営業に主として従事する労働者か否かの判別基準、STでの労働条件、今後の日程、異議申立ての方法)、STの就業規則案、代表者協議の議事録、STに承継される福利厚生制度の一覧等を送付したほか、分割計画書等を本店に備置くと同時に、本件組合支部に対しても労働契約承継法に基づく通知を行い、分割計画書、承継される権利義務についての書面、債務の履行の見込みがあることを示す文書等の書類を送付している。

また、被告は、本件組合支部との5条協議の中で、本件組合支部が求める質問に対し、STの債務については承継される労働者の賞与・定期俸と中途退職一時金の引当金が債務となる可能性があるがそれ以外の債務はないこと、HDD製品の瑕疵が生じた場合の処理については日立と被告との合意に基づいて処理されること、その日立と被告との合意は守秘義務があるため開示することはできないこと等を説明している。また、被告は、STの資本金や代表取締役は米国公正取引委員会の認可が下りるまでは発表できないこと、分割計画書等についても本店備置前に開示することはできないことなどを幾度も伝えており、分割計画書の備置きの直前には、口頭ではあるがSTの社名、資本金、役員構成、さらにはHGSTに株式が譲渡された後は社名や役員等について変更されるかもしれない旨を説明している。

被告は、本件組合支部等に5条協議を委任した従業員について、承継営業に主として従事する労働者か否かについての被告の判別基準及び判別結果を伝えたほか、右判別結果と従業員の自己判別が異なった9名については、本件組合支部及び本人の意見を聴いた上で、それら従業員について、承継営業に主として従事する労働者であることを再度説明し、原告X3から質問された際には、同原告の当時の業務内容は機械系機器の校正であるところ、HDD関連が業務の半分以上を占めるため、承継営業に主として従事する労働者と判別した旨を説明するなどしている。

また、被告は、本件組合支部に対し、日立の労働条件については両者が合意した目的の範囲内でのみ使用することが前提であり開示できないこと、原告らが主張するAの発言(被告の常務取締役であったAが、藤沢事業所のライン専門職に対して「給与保障は6か月まで、その後、製造直接作業者の方の給与は50%オフで概算プラスを理解するように」との内容を製造社員全員に伝えなさい、との発言〔以下「A発言」という。〕があったとの噂)は事実ではないことに加え、従業員の労働条件については会社分割後も同等の水準で維持され、承継後に労働条件が変更される場合は変更法理の枠内でしか行えず、合理性のない不利益変更を一方的に行うことはできないことを繰り返し説明した。

被告は、本件組合支部に対して、藤沢事業所の土地建物については、藤沢事業所1100名のうち、労働契約承継の対象となる従業員は800名に及び、使用スペースも藤沢事業所の半分強であり、HDD事業が利用する施設だけを分けることは困難であることから譲渡するとしたこと、野洲事業所のリース契約書は日立との間の守秘義務があり公開できないこと、会社分割や労働条件とは関係ないことを説明した。

オ 以上のとおり、被告は、本件組合支部の要請の中には5条協議の対象事項に含まれないものもあることを認識しながらも、明らかにすることができるものは説明し、明らかにできないものは理由を説明しているから、誠実に原告らと5条協議を行っており、旧商法等改正附則5条に違反する点はない。なお、同条は協議を行うことを義務付けてはいるが、その結果として合意に達することまで求めているわけではない。

カ さらに、会社分割に伴う労働契約承継は部分的包括承継であり、労働者の意思は何ら問題とされないのであるから、仮に労働者に対し旧商法等改正附則5条違反があったとしても、労働者について移籍の効果が生じないものではない。

(2)  旧商法は会社分割の無効について分割無効の訴えをもってのみ主張し得るものとしているところ、本件会社分割においては、会社分割無効の訴えは提起されないまま、会社分割の日から既に6か月を経過しており、本件会社分割が有効であることは対世的に確定している(旧商法374条の12第1項)。そして、本件会社分割が全部有効である以上、その一部である労働契約の承継も有効であることは明らかであり、原告らの主張は失当である。

この点、原告らは、会社分割の組織法的な効力は争わずに、原告らについての労働契約の承継の無効のみを主張することができると解しているようであるが、会社分割の有効性が確定している以上、その組織法的な効果として包括承継された個々の権利義務について承継の無効を主張することはできない。また、そもそも無効とは、当事者が法律行為によって達成しようとした法律効果の発生を阻止する制度であって法律行為の存在を必須の前提とするが、会社分割による権利の移転は分割の登記を行うことによって法律上当然に生ずる包括承継であり、個々の権利義務の承継のための個々の法律行為は存在しないのであるから、本件会社分割の組織法的な効力を問題とせずに原告らの労働契約の承継について無効を主張することは不可能である。

(3)  原告らの承継拒否権の主張は、その理論的基礎を欠く。

(4)  本件会社分割は適法に行われたものであり、権利の濫用や民法625条の脱法行為となるものではない。したがって、これが不法行為に該当するものではない。

第3当裁判所の判断

1  争いのない事実及び<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

(1)  当事者について

ア 被告は、コンピューター製造・販売、システム開発等を目的とする法人であり、米国法人IBMの完全子会社である。原告らは、被告との間で労働契約を締結し、被告の藤沢事業所において、被告のHDD事業部門に従事していた。また、原告らは、本件組合支部に所属する労働組合員である。

イ IBMは、平成14年4月ころ、日立との間で、HDDに関する研究・開発・製造・販売といった一連の業務を遂行するため、経験と実績のある従業員を両会社から集めて合弁会社HGSTを設立し、その本社機能をサンノゼに置くことを合意した。被告は、これを同月17日、従業員に対して発表した。

ウ IBMと日立は、平成14年6月ころ、①両者のHDD事業を統合し、日立が70%、IBMが30%の出資持分を有する合弁会社HGSTを設立すること、②3年後にはHGSTを日立の100%子会社とし、日立はIBMの知的所有権を含むHDD関連資産の対価として20億5000万ドルを分割払すること、③HGSTは本社機能をサンノゼに置き、最高経営責任者(CEO)は日立の役員、最高執行責任者(COO)はIBMの役員が就任し、取締役は日立がすべて選出し、IBMは経営に関与しないこと、IBM及び日立が複数年にわたりHGSTからHDDを購入すること、平成14年中には設立の手続を完了することなどを合意した。

計画によれば、HGSTは、全世界に11箇所の製造拠点、2万4000人の従業員(日立から6000人、IBMから18000人)を持つ予定であり、日立はHGSTの売上高について、平成15年に50億ドル、平成18年には70億ドル以上を目標としていた。

また、日立とIBMは、従業員の労働条件については、全員、HGSTで現在と同様の業務を継続し、処遇や福利厚生などの労働条件も基本的に現在と同等の内容にする旨合意した。

なお、被告は、平成14年6月4日、藤沢事業所従業員に対して、上記内容を概ね伝えている。

(2)  代表者協議までの経過等について

ア 被告は、遅くとも平成14年9月3日までには、被告のHDD事業部門を会社分割して設立会社とし、HDD事業部門の従業員との労働契約も承継営業に含めることで設立会社に移籍し、設立会社の全株式を合弁会社(HGST)に譲渡する方針を決定した(乙12)。

イ 被告は、平成14年9月3日、HDD事業部門に関連する従業員向けに、イントラネット上で、上記従業員が同年11月中に会社分割によりSTに移籍すること、STには平成15年の早い時期に日立のHDD事業部門が合流すること、STにおける処遇は労働契約承継法に基づき現在と同等の水準が維持されること等を通知し、さらに、イントラネット上にSTへの移籍に関する質問に対する質問受付窓口を開設し、FAQを掲載した。なお、このFAQは、質問受付窓口に寄せられた質問などを元に、その後、数回に亘り改定された。

上記FAQには、「今回のHDD新会社事業戦略について」として「新会社設立は、ますます激化するHDD事業の厳しい競争環境を勝ち抜くために、高い技術優位性を備え、グローバルに事業を展開する体制を確立することを目的としています。激しい競争環境において一層の成長を遂げるためには、グローバルなスケール・メリットを活かし、事業の最適化を図るとともに、テクノロジー・リーダーシップのさらなる発揮が不可欠です。HDD事業分野において、両社の従業員、設備、知的財産を含めたHDD事業部門を統合し、互いが持つ世界トップレベルの研究開発から生産、販売、マーケティングまでを一貫して行う新会社を設立します。IBMが築き上げてきた技術力と製品の信頼性を継続して強化していくためには、日立製作所という実績のある有力なパートナーと手を組むことが最善であると判断した結果です。両社は最先端のストレージ技術、製品をスピーディーに市場に投入していきます。」と記載され、会社分割をする背景及び理由を明らかにしている。また、会社分割に当たっては、分割会社及び新設会社ともに、分割後、債務の履行の見込みが存することが要件とされているところ、FAQでは、本件の会社分割では上記要件は満足され得るものと考えていると記載されている。また、FAQでは、異動対象となる「主として従事する社員」については、基本的には分割計画書等作成時点において承継される営業に専ら従事している労働者をいうものであり、労働者が他の営業にも従事している場合には、それぞれの営業に従事する時間、果たしている役割等を総合的に判断して、「主として」従事する労働者か否かを決定することになると記載して、労働者が労働契約承継法2条1項1号に掲げる労働者に該当するか否かの判断基準について明らかにしている。さらに、FAQでは、法律上の制度の効力により、原則として、雇用や給与などの処遇が包括的に新会社に承継されるので、移籍する社員の雇用関係の継続性が保たれる旨や、現在利用中の福利厚生等について、具体的に、新会社の下での取扱い等について説明されている。

ウ 被告常務取締役A(後にSTの取締役に就任。以下「A」という。)は、平成14年9月3日、藤沢事業所において、IBMと日立の事業提携について結論が出たとして、①HGSTが設立され、次に日本・タイ・シンガポール・フィリピンと数カ国で現地法人(日本においてはST)が設立され、それがHGSTの傘下に入ること、日本ではSTが会社分割を用いて設立されること、被告でHDD事業部門に従事している者はSTに移籍してもらうこと、待遇給与等については現在の水準を維持すること、HGST及びSTは、共に平成14年11月ころに設立予定であること、日立はHDD事業に積極的に投資するつもりがあること、STについてはビジネスユニットを中心とした組織運営を行うこと等に加え、HGSTの役員人事を発表した。

その際、原告らを始めとする藤沢事業所従業員から、出向という選択肢の可否や、STに移籍した後の労働条件の維持・保障についての質問がされた。これに対し被告は、労働契約承継法により現在の労働条件が新会社でも継続することや、新しく会社を立ち上げるに当たっては従業員全員に参加してもらいたいため出向という選択肢はない旨回答した。

(3)  代表者協議の経過等について

ア 会社には労働者の過半数で組織する労働組合がないため(本件組合支部は、当時の組織率は約0.6%であった。)、被告は、7条措置を行うため、被告の従業員に各ブロックごとにブロック代表を選出するよう要請し、その互選により各事業所ごとの従業員代表が選出された。

イ 被告は、平成14年9月27日、同月30日、同年10月1日、同月2日、被告の全国の事業所70箇所の従業員代表70名を4グループに分け、各グループごとに東京に集めて代表者協議を行った。

代表者協議では、被告が本件会社分割の説明を行った後、各従業員代表との間で質疑応答を行うというものであり、被告が説明した内容は、STの中核となる藤沢事業所の概要、HDD事業の新会社設立の目的と背景、日立及び同社HDD事業部の概要、新会社の概要、新会社の事業概要、移籍対象部門、「主として従事」するか否かの判定基準、新会社での処遇、問題解決の手続、今後の日程についてであり、プロジェクターを用いて説明がされた。その際、親会社となる予定のHGSTの生産拠点、HDD業界の状況(HDD事業部門全体の売上高が平成13年には前年比15%下落し、平成14年も前年比5%下落することが予想されること、背景にはパソコン業界の落ち込みとHDD単価の低落傾向があること、世界的に統合と集中が進んでおり、上位5社で売上げの88%を占めること、IBMは全世界のHDDのシェアの16.1%を占めて第3位にあり、日立は2.9%を占めて第7位にあること)なども示されたが、STの債務の履行の見込みについては、特に説明はなかった。

ウ 被告は、平成14年9月27日の質疑応答で、従業員代表の役割を問われて、「この事業再編について理解を深めるようなやりとりをする、これが1つの役目です。事業所に戻られて、ここでのやりとり、聞いた説明を皆さん方が逐一事業所の他の社員の方に直接お伝え頂くという役割は期待しておりません。そういうことでご理解いただければと思います。」「事業所の社員の方とコミュニケーションを採ることを禁止しているということではありません。ご自由にやられても結構なんですが、義務はありませんということを申し上げたので誤解のないようにして頂きたい。」などと回答した。

また、同月30日の質疑応答では、被告は、債務の履行の見込みの説明がなかったことを問われて「今回引き継がれる債務というのは少なくとも日本IBMから分社するという局面においては、引き継がれる債務というのは形式的なものにとどまりますので、この会社分割の手続中で説明しなければならないようなクリティカルなボリュームの債務は特にないという認識をしているということから、特にそこの部分についての説明の時間というのは設けませんでした。」と回答した。さらに、藤沢事業所従業員代表が、会社分割を行う背景及び理由、新会社の負担すべき債務の見込み、新設会社の仕事に「主として従事」するか否かの判断基準、会社の分割に当たり分割会社と労働者の間に生じた労働関係上の問題を解決するための手続、A発言の真偽などを記載した藤沢要望①(甲34)に従って質問を行ったところ、予定時間内に終わらず、被告本社において、同人とAとが協議未了の事項等について話し合った。その際、藤沢事業所従業員代表が、A発言の真偽について問いただしたところ、Aは、HDD事業部門のライン専門職に対して、被告の給与は日本の電機業界の中では高いため、STの今後の業績いかんでは下がる可能性がある。仮に業績不振になった場合には給与を下げざるを得ないため、そうならないようみんなでがんばろうと伝えてほしい旨を述べたと説明した。

エ 被告は、承継営業であるHDD事業に従事する従業員について、承継営業に主として従事する労働者に該当するか否かの判別をし、平成14年10月1日、HDD事業部門のライン専門職に対して、従業員との5条協議用の資料として、STの就業規則等案及び上記代表者協議の際に使用した従業員代表用の説明資料を電子メールで送付した上で、同月4日、ライン専門職に対し、同月30日までの間に、これらの資料を示すなどしてライン従業員に説明して移籍の意向を確認し、移籍に納得しない従業員に対しては最低3回の協議を行い、それぞれの従業員の状況(status)を被告に報告するよう指示した(乙54)。

これに対して、HDD事業部門のライン専門職は、自分のラインの従業員全員を集めた上で説明会を開き、上記従業員代表用の説明資料を示すなどの方法により、移籍に同意するか否か及び本件会社分割についてのコメントを聞くなどして、これを人事に報告した。その結果、多数の従業員が移籍に同意する意向を示した。

オ 被告は、平成14年10月9日、藤沢事業所従業員代表及び東京基礎研究所従業員代表を東京本社に招いて、米国公正取引委員会の認可の下りる時期や、今後のスケジュール、STでの就業規則等を伝えた。

また、被告は、同月11日、藤沢要望①に対する回答として、藤沢回答①(乙17)を藤沢事業所従業員代表に送付した。藤沢回答①には、HDD事業部門としての債務は存在しないが、現状においてHDD事業部門の売上が低迷し利益の確保が困難となっているため、日立との戦略的提携によってグローバルなスケールメリットを活かしテクノロジーを集積させることによって経営基盤と競争力の強化を図るものであること、会社分割によって移籍する社員の労働条件を原則として維持することができること、新設会社の仕事に「主として従事」するか否かの具体的な判断基準、会社の分割に当たり分割会社と労働者の間に生じた労働関係上の問題を解決するための手続に関する事項としては、在籍出向は考えておらず移籍となること、設立会社では労働契約承継法によって被告の就業規則が包括的に承継され就業規則が作成されること、労働条件の変更については合理性のない不利益変更を会社が一方的に行うことはできないこと、万一、HDD事業部門の設立会社による雇用継続が不可能となった場合には被告としても可能な限りの配慮をすること、ただし、自動的に被告の社員として再雇用するとの考えはないこと、A発言の事実はないこと、上位組織であるテクノロジー・グループのRevenue(売上高)とPre-Tax Income(税引前利益)が以下のとおりであることなどの記載がある。

Revenue Pre-Tax Income

平成14年上半期 19億3300万ドル -10億8200万ドル

平成13年 79億7000万ドル -3億7400万ドル

平成12年 85億1900万ドル 6億7900万ドル

平成11年 80億2600万ドル 4億4900万ドル

カ 藤沢従業員代表から代表者協議の内容を聞いた同事業所各ブロック代表は、かねてから被告に対し、藤沢事業所との間で協議をしてほしい旨を要請していた  ところ、被告は、平成14年10月17日、藤沢事業所従業員代表及び同事務所各ブロック代表と藤沢協議を行った。この藤沢協議には、米国滞在中であったAも電話を通じて途中まで参加した。

席上、原告X3は、日立との賃金の差異を把握していると告げた上で、1社2制度により賃金が下がらないか皆不安を持っているので、それを払拭するような説明をAに求めた。これに対して、Aは、日立との間にそれほど大きな差があるとは思っていないと述べた上で、高い方に合わせようとみんなでがんばり業績がよくなればそうなるだろうし、業績が悪くなればみんなで我慢するしかないのではないかと発言した。また、福利厚生制度の移行に伴う一時金や、STに万が一のことがあった場合の雇用保障などについて話し合われ、被告は、一時金として一般職に対しては80万円、専門職に対しては100万円を支給すること、STに万が一のことがあった場合にはIBM内で雇用の機会をさぐり、技能・適正が合うものがあれば採用されることもある旨説明した。

キ 被告は、平成14年10月17日、各種資料をまとめた従業員代表データベースをイントラネット上に設置して、従業員代表が閲覧できるようにした。なお、これには藤沢要望①及び藤沢回答①も掲載されていた。

ク 被告は、平成14年10月31日、分割計画書とその別紙(STの定款、承継する権利義務〔土地建物、機械備品、本件営業に関する契約、承継する労働契約〕。以下これらをまとめて「分割計画書等」という。)及び被告代表取締役作成にかかる「債務の履行の見込みがあることに関する書面」(以下「履行見込書面」という。)等の、旧商法374条の2に関する書面を本店に備え置いた。上記分割計画書には、「新設会社は、分割期日をもって、当社から、別紙2「承継する権利義務」記載のとおり、当社の藤沢事業所におけるハードディスクドライブ開発及び製造に関する営業に係る資産、負債及びこれに付随する一切の権利義務を承継する。なお、新設会社が当社から承継する債務については、本件分割の日をもって、当社が併存的債務引受けを行う。」と記載され、「別紙2 承継する権利義務」には、承継する雇用契約として、承継営業に主として従事している労働者の従業員リストが添付され、原告らも上記リストに記載されていた。

また、「履行見込書面」においては、被告の同年9月30日現在の貸借対照表における資産及び負債の額は、9860億3200万円及び5109億9300万円であり、STが承継する資産及び負債の同日現在における簿価は107億4500万円及び3億6800万円であること、STの事業活動においてSTの負担する債務の履行に支障を及ぼす事態の発生は現在予測されていないことから、債務の履行の見込みがあるとされていた。

ケ 藤沢事業所従業員代表は、被告から送付された分割計画書等をもとに、ブロック代表と協議を行い、そこで出た質問事項を藤沢要望②(乙26)として、平成14年11月7日、被告に送付し回答を求めた。藤沢要望②には、IBM→IBM子会社→日立への各段階の登記日はいつか、会社分割計画書でIBM子会社の株式が日立に売却される旨の記載がない理由は何か、設立会社の予測貸借対照表の開示、IBM・STDの過去数年の貸借対照表の開示、転籍者に関する就業規則の明確化、主従の判断基準についてもう一度明確に教えて欲しい、海外勤務者の処遇、IBMの製品にHDD瑕疵問題が生じた場合のリペア、保証主体は誰かなどが記載されていた。

これに対して、被告は、同月13日、藤沢回答②(乙29)を藤沢事業所従業員代表に送付して回答した。藤沢回答②には、IBM子会社の設立登記日は平成14年11月28日を予定しているが、その後の商号変更等に関しての登記スケジュールについては新会社において決定されること、分割計画書にIBM子会社の株式が日立に売却される旨の記載がないのは分割計画書に記載を要する事項ではないためであること、設立会社の予測貸借対照表の開示要求に対しては、設立会社の簿価(10745百万円)はハードディスクドライブに係る商品及び仕掛中の商品を含めすべての資産が対象となっており、承継される債務は、雇用契約の承継に伴い承継される債務((1)中途退職一時金積立額(2)未払賞与及び定期俸計上の合計額)となることが記載され、IBM・STDの過去数年の貸借対照表の開示要求に対しては、被告は日本国での事業以外についての財務諸表を保有管理していないが、別途、IBMに新会社に移転する資産・負債額のWorldwide資料について開示の可否も含め照会中であり、提供可能な情報については伝える予定であること、転籍者の就業規則は本日発表する予定であり転籍者の就業規則及び福利厚生制度に関しては藤沢人事から送付する予定であること、主従の判断基準については承継する営業との関わり方に基づき22のタイプ別の判断基準を示したこと、海外勤務者の処遇については労働条件や諸手当は承継されること、HDD瑕疵問題に関しては、製品の保証については一義的な対応窓口は新会社が行うことになるが、保証の履行に伴う経済的負担に関しては、製造責任の所在等を勘案し合理的に分担すること、必要があれば会社間で協議することが合意されており、当然に新会社が全ての責任を負担するものではないことなどが記載されていた。

藤沢回答②の内容に不満を覚えた藤沢事業所従業員代表及びブロック代表は、連名で、平成14年11月14日、被告に対し、藤沢要望③(乙30)を送付した。その中では、被告及びSTの経営者、人事の者が今後この意見を考慮して会社の経営に当たってほしい旨が記載された上で、①出向や転籍、IBM内の異動も認めてほしいこと、②米国公正取引委員会の承認を得た後、開示できなかった情報について開示し、余裕をもって会社分割を行ってほしいこと、③移籍後の待遇の保障、④HDD事業部門の具体的な改善策を示すこと、⑤元IBMの従業員に関する就業規則を変更する場合には、これらの者から従業員代表を選ぶこと、⑥就業規則を共通させる場合は基本的に高い方に合わせること、⑦リストラについては、原因、責任、財務諸表を従業員に説明し協議した上で決定をすること等が求められていた。

被告は、上記要望の趣旨を受けて、藤沢要望③をSTの人事担当者に送付したが、被告から、従業員代表等へ回答書を送付することはなかった。

(4)  本件組合支部との協議経過等ついて

ア 本件組合支部は、平成14年9月19日、被告に対し、原告らを含むHDD事業部門所属の組合員については、本件組合及び本件組合支部が、労働契約承継法に関しての個別労働者との協議において代理人として委任を受けたことを伝え、被告に今後組合員に個別での面接等を強要しないよう要請した。

また、本件組合支部は、これに先立ち同月13日、組合要求(甲15)及び組合質問①(甲16)を被告に送付して回答を求めていたところ、被告は、団体交渉の席上で組合回答①(甲19)を手交し、本件組合支部からの質問に対して、日立の賃金・労働条件等の開示については少なくとも現時点では要求に応じられないこと、従業員代表説明資料については開示できるようになり次第速やかに知らせること、STの会社概要については決まり次第知らせること、営業計画の詳細は経営上の機密事項であり開示できないこと、労働契約承継法の手続については法に従って行うことなどを伝えた。なお、上記組合回答①には、藤沢回答①と同内容の、上位組織であるテクノロジー・グループのRevenue(売上高)とPre-Tax Income(税引前利益)の記載があった。

イ 本件組合支部は、平成14年9月20日、日立に対して団体交渉を申し入れたが、日立から、ST移籍時の労働条件等については被告が決める事項であり、日立が決める事項ではないとして断られた。

ウ 被告は、平成14年10月1日、STの概要及びSTで適用を予定している就業規則案を本件組合支部に提示した。ここで示されたSTの概要は、その仮の名称のほか、設立予定が同年11月28日であること、株主は被告であること、本店所在地、事業内容はHDD開発・製品試作であり、従業員数は約800人となるほか、同月29日付けで株式は被告からHGSTに譲渡される予定であり、譲渡後会社名や本店所在地は変更される予定であることなどであった。

また、被告は、同日、本件組合支部に対し、各従業員について承継営業に主として従事する労働者に当たるか否かの判別基準と上記の判別が必要となる部門、ST設立までのスケジュール(同年10月31日までに分割計画書等の備置き及び分割対象部門の従業員、組合への通知、同年11月14日までの異議申立期間)、問題解決の手続(上長と十分5条協議がされたことを前提に、窓口へ提出)等について連絡し、さらに、代表者協議において従業員代表に対する説明に用いた資料も送付した。

エ 被告と本件組合支部は、平成14年10月2日、交渉(5条協議)を行った。本件組合支部は、①会社分割で労働契約が承継された後、何年間労働条件の維持が保障されるのか、②日立との間ではどういう交渉を行っているのか、③A発言の真偽などについて被告に問いただした。これに対し、被告は、①承継された労働契約期間については法律には明記されていないが社会通念や常識に従う、②日立に対して被告の処遇制度を説明しており、日立も基本的な雇用と労働条件は維持すると回答しているが、その後変わる可能性はある、③Aは直接作業者の賃金水準については被告の方が高いという発言はしたが、これは、STで努力して業績が上がらないと下がる可能性があるという趣旨にすぎないと回答した。

オ 本件組合支部は、被告に対し、平成14年10月7日付の組合質問②(甲23)を送付した。その内容は、新設会社各社(被告から会社分割される設立会社であるa社、その後、被告が株式譲渡してIBMと日立の合弁会社の子会社となるb社、次いで日立のHDD事業部門が吸収分割された後のc社)の概要を明らかにするとともに関係資料の提示を求め、将来の労働条件等の保障について具体的な説明及び資料の提示を求めるものであった。

カ 被告と本件組合支部は、平成14年10月9日、5条協議を行った。そこでは、被告が、組合質問②への回答として組合回答②(甲24)を本件組合支部に交付した。上記組合回答②には、a社の本店所在地を明らかにするとともに代表取締役や資本金については決まり次第知らせること、b社及びc社の本店所在地や代表取締役、資本金については米国連邦公正取引委員会の認可が下り次第知らせること、HDD事業部門のビジネスに関連する被告の債務をa社に承継させる予定はないこと、a社は藤沢事業所の敷地及び建物のすべてを所有する予定であるが、野洲事業所の敷地及び建物を所有する予定はないこと、野洲事業所については、被告が所有主としてa社に貸与することになること、a社に相当するHDD事業部門の売上、売上原価、経費、利益、出荷台数については経営に関わる機密事項であるから知らせることはできないが、現状において同業他社と同様、HDD部門としての売上が低迷し、また、利益の確保が困難となっていることは事実であること、HDD瑕疵問題については噂に対してコメントする考えはないが、保証義務の分担に関しては、日立とIBM間の合意に基づいて処理されることとなっており、当然に新会社が負担するものではないこと、日立の財務資料やそのHDD部門の実績等については被告が回答する立場にないこと、c社設立後における重複部門の人員再配置計画、生産拠点の計画及び親会社における国際的生産拠点の統廃合については、c社及びその親会社の経営方針に基づくが、職種変更や赴任に伴う異動その他労働条件の変更がある場合には、労働法の労働者保護法理の適用を受けることなどが記載されていた。その後、上記協議では、本件組合支部が、①被告の完全子会社STについて、資本金も取締役も未定なのは何故なのか、②業界トップの専業メーカーであるマックストア社も赤字であり、被告のHDD事業も利益を出すことは困難な状況だというが、STでどのように利益を上げるのかなどを被告に問いただした。これに対し被告は、①STは被告の完全子会社となり、その後、HGSTの完全子会社となって、日立が合流して新しい会社となるので、日立合流後の状態を発表できないのに、被告の完全子会社の状態についてだけ発表しても意味がなく、一体として全部知らせることが適切であると考えていること、②専業メーカーになれば自動的に利益が出るのではなく、IBMと日立の強みを重ねて活かすことでメリットが得られ、新たな成長のプロセスに入ることができると回答するなどした。

キ 被告は、平成14年10月10日、本件組合支部に対して、組合員でありかつHDD事業部門の従業員について、承継営業に主として従事する労働者に当たるか否かの判別結果を記載した表を送付した。これによれば、原告らを含め当時本件組合支部の組合員でHDD事業部門に関連していた者は、全員が承継営業に主として従事する労働者と判定された。

ク 被告と本件組合支部は、平成14年10月17日、5条協議を行った。席上、本件組合支部が、①ストレージ製造の94名の従業員ほぼ全員の賃金が50%オフになるという話があるが、A発言はなかったのかどうか、②万が一STで労働条件の引下げを行わなければならないときは、本件組合と協議して同意の上でやってほしい、③具体的な話ができなければ、組合員は移籍を受け入れ難いので在籍出向か、IBM内での配置転換にしてほしいなどとと要望した。これに対し、被告は、①Aはそうした発言はしていない、②労働条件引下げについての交渉はSTでやってもらうしかない、③在籍出向にしないことについては既に回答済みであるなどと回答した。

ケ 被告と本件組合支部は、平成14年10月22日、5条協議を行った。そこでは、本件組合支部が、①野洲事業所の土地建物の賃貸借契約書を公開してほしい、②組合員はこのままでは移籍に応ずることはできず、IBM内での配置転換を検討してほしいと要望し、被告は、①契約書の公開はできないが、リース期間は4年である、②配置転換の可能性はないと回答した。

コ 本件組合支部は、平成14年10月28日、被告に対し、被告がこれまで機密事項であることや他社に関する事柄である等との理由で回答を拒否していた事項等につき明らかにするよう組合質問③(甲35)で改めて回答を求めた。

サ 被告は、平成14年10月31日、本件組合支部に対して、労働契約承継法及び同法施行規則に基づき、労働協約の承継、承継営業の概要、分割後の分割会社及び設立会社等の名称、所在地、事業内容及び雇用することを予定している労働者の数、分割すべき時期等に加えて分割計画書等と履行見込書面を送付した。被告は、同日、従業員代表に対しても分割計画書等を送付した。さらに、被告は、同日、被告HDD事業部門の従業員のうち分割計画書に添付された従業員リストに記載された者に対して通知を送り、STの概要と、異議申立期間、履行見込書面の記載と同様の事項について通知した。

シ 被告と本件組合支部は、平成14年11月6日、5条協議を行った。そこでは、本件組合支部が求めた組合質問③につき、被告がまず組合回答①で基本的には既に説明済みであるとした上で、組合回答③(乙23)を本件組合支部に交付した。また、同日、Bが承継営業に主として従事する労働者か否かについても協議され、被告は、同人について、所属が生産企画であり、HDDの部品関係の発注に必要なエンジニアリングのアサンプションの設定をする業務及びHDDのワールドワイドの生産拠点の状況を調査し最適な生産量を実施するための設定をする業務、HDDのビルドスクラップのレビューと必要なスクラップ手続の業務、HDDのコスト低減策を検討して被告に提言していることなどから、業務のすべてがHDDの関わるものであるとして、承継営業に主として従事する労働者と判別した旨説明した。

これに対して、本件組合支部は、Bは、営業の業務に半年間従事しており、同年4月1日に希望していないにもかかわらずHDD事業部門に回され、実際に行っている業務がHDD関連のものだけだとしても、承継営業に主として従事する労働者とは思えない旨及び同人が個人的に、難病の娘を持っており、小田原に配置転換されてしまうと病院に通えないこと、金銭的にリスクが非常に高いと思っていること等を主張した。しかし、被告は、量が問題ではない、指針に従って判別すれば承継営業に主として従事する労働者であると回答した。

ス 神奈川県地方労働委員会は、かねて本件組合支部らから不当労働行為の申立て及び実効確保の措置勧告の申立てを受けていたところ、同年11月7日、被告に対し、不当労働行為性の判断とは別に、審理手続の円滑な進行を図るとともに紛争の拡大を防止するために、本件会社分割に関する団体交渉において、会社分割後の原告ら組合員の労働条件及びその見通しについて、具体的な資料を提示するなど誠意を持って話合いを行うことを勧告した。

セ 原告らは、平成14年11月11日、労働契約が被告からSTに承継されることについて、被告に対し、異議を申し立てる旨の書面(甲62の1~21)を提出した。これは、①労働条件が大幅に引き下げられる懸念があるのに、将来の労働条件について一切明らかにされなかったこと、②HDD事業部門は、これまで不採算部門といわれており、HDD製品に瑕疵が生じた場合などのことも考えると、資本金を大幅に上回る負債が予想されるので、将来への経営不安と雇用不安が極めて高いこと、③ST・HGSTの概要、負債状況、業務計画等承継に関する重要な事項について、被告から十分な説明を受けず、従業員代表との協議も2時間程度の説明会が1回行われただけであり、藤沢要望①にも答えず、本件組合支部との協議も不誠実であったことを理由とするものであった。

ソ 本件組合支部は、平成14年11月15日、要求書(甲39)を被告に送付した。これに対して、被告は、同月22日、書面(乙36)で回答した。

(5)  被告は、平成14年11月15日、HGSTについての米国公正取引委員会等の審査が完了しなかったことから、本件会社分割を行う日程を同月28日から同年12月25日へと変更し、5条協議の期限を同年11月26日まで、分割計画書の備置きを同月27日、異議申立期間を同年12月10日までとした。

(6)  IBMと日立は、米国公正取引委員会から、HGSTの設立について承認を得て、平成14年11月27日ころ、IBMが30%、日立が70%の出資持分を持つアメリカ合衆国カリフォルニア州法人HGSTを設立した。被告は、同日、HDD事業部門を新たに設立するSTに承継させるため、会社分割の分割計画書等を作成し本店に備え置いた。上記分割計画書には、「新設会社は、分割期日をもって、当社から、別紙2「承継する権利義務」記載のとおり、当社の藤沢事業所におけるハードディスクドライブ開発及び製造に関する営業に係る資産、負債及びこれに付随する一切の権利義務を承継する。なお、新設会社が当社から承継する債務については、本件分割の日をもって、当社が併存的債務引受けを行う。」と記載され、「別紙2 承継する権利義務」には、承継する雇用契約として、承継営業に主として従事している労働者の従業員リストが添付され、原告らも上記リストに記載されていた。

被告は、同年12月25日、旧商法373条の新設分割によりHDD事業部門を会社分割してSTを設立し、その旨登記した。なお、本件会社分割では、株主総会の承認を要しない簡易分割が採用され、STは普通株式10万株を発行し、その全部を被告に割当・交付するものとされた。STの資本金は50億円とされ、代表取締役にはAが就任した。その後、被告は、同月31日に、所有していたSTの株式をすべてHGSTに譲渡した。STは、平成15年1月1日をもって、「日立グローバルストレージテクノロジーズ株式会社」に商号を変更した。日立は、同年4月1日、日立のHDD事業部門を吸収分割し、STに承継させた。なお、被告は、同年1月24日、移籍する従業員の福利厚生制度全体に対する填補として一般職につき80万円、専門職につき100万円の一時金を各支給した。

(7)  STは、平成15年7月2日、野洲事業所に所在するLSI開発部門を藤沢事業所へ移転し、同年11月末までに所属従業員全員に藤沢事業所へ異動してもらうこととなった旨及びこれに先立ち、同年8月末までに品質保証部門及び購買部門の神奈川地区事業所への集約化がされる旨を発表した。なお、本件組合支部組合員C(以下「C」という。)は、当該異動の対象者であった。

これに対して、本件組合支部は、勤務地の変更は重大は労働条件の変更であり、会社分割による移籍後1年足らずで勤務地を変更するのは、労働契約承継法に違反するから、決定を白紙に戻すよう要求し、Cについて、野洲事業所内に職場と仕事を確保するよう求めた。しかしながら、STは、野洲事業所LSI開発部門の藤沢事業所への移転は、より効率的な組織運営を実現するために決定されたものであり、計画を変更する考えはない、これに伴う勤務地の変更が労働契約承継法違反であるとは考えていないとして、Cの配置転換を行った。

(8)  本件会社分割後のSTの売上高と営業利益は以下のとおりであった。

売上高 営業利益

平成15年 4842億円 -111億円

平成16年 4536億円 -56億円

平成17年 4965億円 -270億円

なお、HGSTのCEOであるDは、当初平成15年の営業赤字として約400億円に達すると考えていたところ、実際には、モバイル機器向けの2.5インチ型製品の好調と、赤字幅の圧縮(フィリビンとシンガポールに分かれていたサーバー向けHDD生産をシンガポールに集約、また、磁気ディスクの生産も中国に集約)により、上記のとおりとなった。

HGSTは、平成15年には、来年度に向けてサーバー向けHDDの売上げを伸ばし、情報家電向けHDD市場を拡大することを目標としていた。

平成17年ころ、シーゲイト社(平成13年HDD業界でシェア第2位)がマックストア社(平成13年HDD業界でシェア第1位)を買収したことに伴い、HDD業界において、各企業によるシェアの争奪による価格競争が激しくなった。

日立は、平成18年9月16日、平成19年3月期の連結予想最終損益が5年ぶりに赤字となり、その額も550億円になると発表した。また、HDD事業は、売上高こそ約5950億円であったものの、パソコン需要の不振などで400億円の営業損失を出すなどした。

そのため、日立の代表者は、平成18年11月16日、当時885社ある連結子会社数を平成22年度までに700社程度まで削減する旨及びHDD事業等については平成20年度に黒字化できなければ撤退や売却も考える旨の発言をした。

(9)  STは、平成17年6月1日に、それまで日立出身の従業員と被告出身の従業員とで異なっていた就業規則を共通したものに改定した。STにおける一般職の年末一時金の平均額は、平成16年が86万2100円、平成17年が平均79万9500円であった。被告における一般職の月額賃金の昇給額の平均は、平成15年が3600円、平成16年が6300円、平成17年が6400円、平成18年が7200円であるのに対し、STにおいては、平成15年が3200円、平成16年が3600円、平成17年が3100円、平成18年が4400円であった。なお、本件会社分割の際、分割計画書に記載された従業員の人数は、880名(アルバイト89名を含む。)であったが、その後平成18年12月4日に至るまで、178人の者が退職(定年退職を含む。)している。

(10)  被告は、野洲事業所にあった半導体部門を会社分割によって分割し、セイコーエプソン株式会社(以下「エプソン」という。)との間で合弁会社として野洲セミコンダクター株式会社(以下「YSC」という。)を設立していた。しかし、被告は、平成18年6月、YSCの株式をすべてエプソンに売却し、その後、エプソンは、平成19年3月を目途にオムロン株式会社に半導体事業の事業用資産を譲渡しYSCを解散するとの発表をした。

2  まず、被告は、会社分割の効力である労働契約の承継の有無を争うことは、旧商法374条の12で定められた会社分割の訴え以外では認められない旨主張するため、この点について判断する。

旧商法374条の12、同条の28が会社分割の無効を争うためには会社分割無効の訴えによらなければならないものとし、その提訴権者や提訴期間を制限した趣旨は、会社分割が行われると分割後の分割会社、設立会社等を前提として極めて多数の法律関係が形成されるため、これを早期に確定させ手続の安定を図ることにある。したがって、会社分割の効力の有無を対世的に争う方法としては、分割無効の訴えによらなければならない。しかし、本件で、原告らが会社分割の無効を主張しているのは、会社分割自体の無効確定を求めるものではなく、会社分割の効果として部分的包括承継がされ、承継される営業に主として従事する労働者の労働契約が当然に設立会社に承継されることから、その発生原因である会社分割の無効を主張して承継の効果が発生しないとするものである。そして、分割会社に対して未払賃金債権を有するなど債権者に該当しない限り承継される労働契約の労働者には会社分割無効の訴えの提訴権がないこと、商法等改正法附則5条で義務付けられた協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合における会社分割については、会社分割の無効の原因となり得るとされていることに照らすと、5条協議の不履行等を理由とする会社分割の無効原因を主張して設立会社との間に労働契約が承継されない旨を主張することは許されると解すべきであり、被告の上記主張を採用することはできない。なお、このように解する以上、会社分割の無効事由が認められない限り、会社分割の効果である労働契約の包括承継自体の無効を争う方法はないといわざるを得ない。

3  そこで、原告らは7条措置及び5条協議の違法を主張して本件会社分割手続に無効原因がある旨を主張するので、この点について判断する。

(1)  まず、労働契約承継法7条は、労働契約承継法の国会審議の過程で追加された規定であり、ここでいう「理解と協力」の具体的内容に関しては、事業場の過半数労働者を組織する労働組合があればその組合、なければ過半数の代表者との協議、あるいはこれに準ずる方法によることとされている(労働契約承継法施行規則4条)。また、ここでの協議は、旧商法附則5条における個々の労働者との協議とは異なり、労働契約の承継に関して対象労働者の意向を汲むという趣旨のものというよりは、分割をめぐる労働関係上の問題について、労働者集団の意思を反映させることが目的とされているものであって、協議の対象事項も、(イ)会社分割をする背景及び理由、(ロ)効力発生日以後における分割会社及び承継会社等の債務の履行に関する事項、(ハ)労働者が労働契約承継法2条1項1号に掲げる労働者に該当するか否かの判断基準、(ニ)労働契約承継法6条の労働協約の承継に関する事項、(ホ)会社分割に当たり、分割会社又は承継会社等と関係労働組合又は労働者との間に生じた労働関係上の問題を解決するための手続が含まれるが(指針第2の4(2))、努力義務を課したにとどまると解される。そうすると、仮に7条措置の不履行が分割の無効原因となり得るとしても、分割会社が、この努力を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合に限られるというべきである。

(2)  また、5条協議については、会社分割の場合には、個々の労働者の同意を得ずに労働契約の承継の有無が分割計画書等により定められ得るとされており、それにより労働者の地位に大きな変化が生じ得ることから、労働者の意向を汲むための協議を分割会社に求めたものと位置付けられ、承継される営業に従事する個別労働者の保護のための手続である。したがって、5条協議においては、分割会社は、当該労働者に対し、当該効力発生日以後当該労働者が勤務することとなる会社の概要、当該労働者が労働契約承継法2条1項1号に掲げる労働者に該当するか否かの考え方等を十分説明し、本人の希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無、承継するとした場合又は承継しないとした場合の当該労働者が従事することを予定する業務の内容、就業場所その他の就業形態等について協議をするものとされ、5条協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合には会社分割の無効の原因となり得ると解される(指針第2の4(1)参照)。しかし、協議を行うことが義務付けられるのであって、協議の成立までも要求するものではない。

(3)  本件会社分割において行われた7条措置では、被告には労働者の過半数で組織する労働組合がないため、被告は、従業員から各ブロックごとにブロック代表を選出するよう要請し、その結果、各事業所ごとに従業員代表が選出されたこと、そして、被告は上記従業員代表らを4つのグループに分け、4日間に亘って代表者協議を行い、その席上においては、HDD事業部門の状況、本件会社分割の背景・目的、STの概要、移籍対象となる部署と今後の日程、移籍する従業員のSTにおける処遇、承継営業に主として従事する労働者か否かの判別基準、労使間で問題が生じた場合の問題解決の方法等について説明したこと、代表者協議とは別に、被告は、イントラネット上で質問受付窓口を開設して、FAQで主な質問と回答を掲載したこと、被告は、イントラネット上で、HDD事業部門に関連する従業員向けに、上記従業員が会社分割によりSTに移籍することやSTにおける処遇は労働契約承継法に基づき現在と同等の水準が維持され、STには平成15年の早い時期に日立のHDD事業部門が合流すること等を通知したことは前記認定のとおりであり、これらによれば、被告が労働者の理解と協力を得るよう努めたと評価できるのであって、7条措置を全く行わなかったものではないし、また、これと同視し得る場合であったということはできない。

この点に関し、原告らは、被告が行った7条措置については、その協議・態様の点で要求される水準には遠く及ばないものである上、内容としても、「債務の履行の見込み」について労働者の理解と協力を得るよう努めていない、HDD瑕疵問題に対するリスク、労働条件の不利益変更の可否、日立との賃金水準の差異について明らかにしておらず、努力義務不履行がある旨を主張する。しかしながら、7条措置の方法として、従業員代表の人数が被告全体において70人に及んだことから、被告が4グループに分けて協議を実施したものであり、被告は、後日、従業員代表データベースにおいて各代表者協議の議事内容を明らかにしているから、従業員代表は、自らが出席しなかった代表者協議の議事内容等を知り得る状況にあったものである。そうすると、被告が従業員代表を4グループに分けて代表者協議を行ったことが不適切であるということはできない。なお、上記従業員データベースについては、従業員代表ではない一般の従業員からはアクセスができなかったものではあるが(証人E)、従業員データベース自体が従業員代表に向けて設置されたものであったことからすれば、各従業員に対して代表者協議の内容を理解させるという点ではアクセスを可能にすることがより望ましいものではあるものの、各従業員のアクセスが認められなかったからといって、労働者の理解と協力を得る努力を欠いたと評価することはできない。また、「債務の履行の見込み」については、平成14年10月11日付の藤沢回答①(乙17)において、HDD事業部門のビジネスに関連する被告の債務を被告100%子会社に承継させる予定はないことを明記しているほか、被告が藤沢事業所従業員代表に送付した同年11月13日付の藤沢回答②(乙29)において、承継される債務は、雇用契約の承継に伴い承継される債務((1)中途退職一時金積立額、(2)未払賞与及び定期俸上の合計額)368百万円であることを説明していること、HDD瑕疵問題に対するリスクについては、保証義務の分担は日立とIBM間の合意に基づいて処理され、当然にSTが負担するものではないが、製品の保証については一義的な対応窓口はSTが行うことになると説明されていることや、労働条件の不利益変更の可否については労働法の保護法理が働く旨を説明していることからすれば、これらの事項について7条措置として不適切であったということはできない。そして、設立会社発足後の従業員の給与自体は、上記「承継される債務」に該当しないから、その履行可能性について十分な説明がなかったとしても、7条措置を尽くさなかったことになるものではない。なお、日立との賃金水準の差異については、他社(日立)の賃金にかかわることであることからすると、被告が説明できる立場にないとしたことが不適切であるとまで評価することはできない。

そうすると、本件会社分割において無効原因となるような7条措置違反があったと認めることはできず、この点についての原告らの主張は理由がない。

(4)  旧商法等改正附則5条違反の有無について

原告らは、本件会社分割手続が旧商法等改正附則5条に定められる手続を十分行っておらず、この点について瑕疵があるため、原告らの労働契約について被告からSTに承継されるとの効力は生じない旨主張するため、この点について検討する。

前記認定によれば、被告は、HDD事業に従事するライン専門職に対して、STの就業規則等案及び代表者協議で使用した従業員代表用の説明資料を送付し、約1か月の期間を設定して、上記各資料に基づいて、各ライン従業員に会社分割による移籍等について説明させることとしたこと、その際、移籍に納得しない従業員については最低3回の協議を行うよう指示したこと、その結果、HDD事業部門のライン専門職は、自分のラインの従業員全員を集めた上で説明会を開き、上記従業員代表用の説明資料を示すなどの方法により、移籍に同意するか否か及び本件会社分割についてのコメントを聞くなどして、各従業員の状況を人事に報告したこと、その結果は多数の従業員が移籍に同意する意向を示したものであったことが認められる。もっとも、HDD事業部門の従業員約800名中77名が回答したアンケート結果中には、分割後の業務の内容、就業場所については質問しても分からないことが多かった、全体的な雰囲気としては社員に対して十分説明がされたとは思われない、断れることができないは別にしても本人の同意を明確にすべきであった、個別協議というよりは行くか辞めるかの意思確認であった、ライン担当からはただ移籍してくれの一点張り、選択の余地なく、与えていない、無理矢理の一言、辞めた場合、一時金が出る等の話はあったが他は覚えていない、同意をとるような話はなく、一方的に決定されたことを伝えられた感じ、上司は判っている範囲内では説明をしてくれたと思ってるが、HDDに関わっている人は全て新会社へ行くか会社を辞めるかしか選べないといわれた、部で何回か説明あり、しかし、マネージャーの答えられる範囲での説明で詳しいことは人事に聞いてくれといわれ、個人的に日立に行くか行かないかの選択はなし、最初に新会社の説明がありマネージャーに配られたパッケージを使って課員に説明し最後に新会社に行くか行かないかのサインを促され、個人的に行かないときは会社を辞めるしかないと思いサインしたなどの回答が寄せられており(甲59)、マネージャーの説明や協議方法にはばらつきがあったことが窺える。しかし、5条協議の方法については、逐一、個別面談の方法によらなければならないものではなく(会社の指示では、移籍に納得しない従業員に対しては最低3回の協議を行うこととされていることからすれば、課内の説明会で納得しない従業員に対しては、その後、個別の協議を行うことが予定されており、個別協議に至らなかった従業員についてはラインでの説明会で移籍に同意していたと考えられる。)、ラインでの説明会によったことが5条協議を全く行わなかったことにはならないし、また、これと同視し得る場合に当たるということはできず、ライン専門職を通じた上記協議をもって会社分割の無効原因に該当すると認めることは困難である。

次に、被告は、労働組合員に対しては、労働組合員から5条協議の委任を受けた本件組合支部等との間で、合計7回にわたって協議を行っていること、この協議の中では、原告らが出向を希望して移籍に反対の意思を表明していたこと、被告は、本件組合支部に対して、代表者協議で従業員代表の送付した書類を送付しているほか、組合から書面でされた要求・質問に対する各回答書面を送付していること、被告と本件組合支部等との協議内容は前示のとおりであることからすると、被告が原告らとの間で行った5条協議の手続は、指針が定める「当該効力発生日以後当該労働者が勤務することとなる会社の概要」、「当該労働者が労働契約承継法2条1項1号に掲げる労働者に該当するか否かの考え方等」が説明されていること、本人の希望については、原告らが出向を希望して移籍に反対の意向を表明していることからすれば、これを聴取したと評価することができること、「当該労働者に係る労働契約の承継の有無」、「承継するとした場合又は承継しないとした場合の当該労働者が従事することを予定する業務の内容」、「就業場所その他の就業形態等」についても協議を行ったということができ、被告が5条協議を全く行わなかったということはできないし、また、実質的にこれと同視し得る場合であると評価することもできないから、会社分割の無効の原因となるような5条協議違反があるということはできない。

これに対して、原告らは、被告が行った組合員との5条協議は、組合員が本件組合支部等に5条協議を委任していたとしても、直接、個別的に説明し、希望を聴取しなければ5条協議を履行したと評価することはできないと主張し、さらに、協議の内容においても、7条措置におけるのと同様に「債務の履行の見込み」や承継される営業の経営実態と新設会社の経営の見通し等についての説明が欠如しており、5条協議は違法である旨を主張する。

しかし、前記のとおり、本件で行われた5条協議においては、被告は、会社の概要の説明につきSTが行うべき業務やその生産拠点等について説明しており、これ以上に日立の合流後という本件会社分割後の将来における概要等についてまで説明の義務があるものではない。また、将来的にSTにおける労働条件の引下げがあるか否か、野洲営業所が将来的に維持されるか否かについては、いずれも本件会社分割後の将来の事柄であり、STの経営判断に属することであるから、この点に対する被告の回答が協議義務を尽くしていないということになるものではない。さらに、原告らは本件組合支部等に5条協議を行うことを委任したのであり、これに基づいて被告と本件組合支部等との間で5条協議が行われたものであるから、それとは別に、さらに原告ら個々人と被告が5条協議を行わなければならないものではないし、本件組合支部は、被告に対して、委任を行った個々の組合員に対する個別交渉を控えるよう求めていたのであるから(甲20)、被告が、重ねて、個々の組合員との個別協議を行う理由はなく、原告らの上記主張は理由がない。

他に、被告と原告らとの5条協議について、会社分割を無効とすべき違法な瑕疵があると認めることはできない。また、会社分割無効に至らない5条協議の瑕疵がある場合に、当該瑕疵のある5条協議の対象労働者については承継が否定されるとの見解を前提としても、本件において、上記見解に該当する5条協議の瑕疵があると認めることもできない。

4  原告らが主張する承継拒否権の有無について

原告らは、会社分割が行われた場合であっても、労働者は、会社分割に伴い自己の労働契約が新設会社等へ承継されることを拒否する権利、すなわち、承継拒否権を有する旨を主張し、その根拠として、憲法13条、18条、21条1項が保障する「使用者選択の自由」や契約締結の自由という契約法上の一般原則、更に会社分割法制及び労働契約承継法の一般債権者に与えられた保護との均衡を図るために解釈上使用者を選択する自由が保障されているとして、労働契約承継法3条において設立会社に労働契約が承継される「分割計画書等に設立会社等が承継する旨の記載があるもの」には、労働契約の承継に同意していない労働者は含まれないとすることが憲法等に適合する合理的な解釈であると主張する。そして、移籍に同意していない労働者はたとえ分割計画書等に労働契約の記載があっても承継を拒否する権利があり、これを行使した原告らの労働契約は、被告からSTへ承継されていないと主張するため、この点について検討する。

まず、旧商法の会社分割及び労働契約承継法においては、承継される営業に主として従事する労働者について、承継拒否権を定めた規定はない。ところで、憲法22条1項の職業選択の自由には、個人が自ら営業主として又は他の営業主のもとで従業員として職業に従事することを妨げられない自由をいい、これには、従業員の使用者選択の自由も含まれると解することができる。しかしながら、旧商法及び労働契約承継法における会社分割は、労働契約を含む営業がそのまま設立会社等に包括承継されるものであり、当該労働契約は、分割の効力が生じたときに当然に当該設立会社に承継されるのであるから、承継営業に主として従事していた労働者の担当業務や労働条件には変化がないこと、そのため、労働契約承継法においては労働者の同意を移籍の要件としていないことなどからすれば、分割会社の労働者は、会社分割の際に設立会社等への労働契約の承継を拒否する自由としては、退社の自由が認められるにとどまり、分割会社への残留が認められる意味での承継拒否権があると解することはできない。これは、旧商法及び労働契約承継法における会社分割が部分的包括承継であり、このような立法は、企業の経済活動のボーダレス化が進展して国際的な競争が激化しグローバル化が急速に進行する社会経済情勢の下で、企業がその経営の効率化や企業統治の実効性を高めることによって国際的な競争力を向上させるために行う組織の再編に不可欠の制度として整備されたものであってその目的において正当であり、また、労働者保護の観点から、労働者・労働組合への通知(労働契約承継法2条)、労働契約承継についての異議申立手続(同法4条、5条)、7条措置、5条協議を定めていることからすれば、上記立法は合理性を有するものである。したがって、旧商法の会社分割の規定及び労働契約承継法中に承継の対象となる労働者について承継を拒否できる旨の規定がないことをもって、違憲・違法となるものではない。また、EUの企業譲渡における労働者保護指令中の雇用関係の自動移転条項の解釈として、移転を望まない労働者が譲受会社での就労を強制されないとして就労拒否の自由があることは認められるものの、当然に、譲渡会社との雇用関係が維持されるものではないと解されているのであって、原告らの主張を根拠付けるものではない。なお、承継される営業に主として従事する労働者として分割計画書に記載された労働者の一部について5条協議が全く行われなかったか実質的にこれと同視し得る場合にあっては、当該労働者については、承継の効果は否定されると解することができるとしても、前記認定判断のとおり、原告らに関する5条協議がこのような場合に当たると認めることはできないから、原告らの上記主張はいずれも理由がない。

5  民法625条の脱法行為の主張について

原告らは、本件会社分割は、その実態は営業譲渡にすぎず、本件会社分割で成立したSTは6日(当初の予定では1日)しか被告の子会社としては存在しなかった上、不採算部門の切り捨てであって将来的に労働条件の不利益変更が行われる可能性が強く、7条措置及び5条協議が不十分であって、労働者の同意を不要とした理由を欠き、民法625条1項の脱法行為である旨を主張する。

しかしながら、旧商法の会社分割及び労働契約承継法において、承継営業の内容とされた労働契約が労働者の同意を要することなく設立会社等に当然に承継されるのは部分的包括承継であるからであり、その際、労働者保護のために7条措置や5条協議を要することととされたものであって、7条措置や5条協議が民法625条の同意の代替措置とされたものではないから、原告らの主張はその前提において理由がない。のみならず、日立とIBMとの間のHDD事業部門の提携は、ますます激化するHDD事業の厳しい競争環境を勝ち抜くために、高い技術優位性を備え、グローバルに事業を展開する体制を確立することを目的としたこと、激しい競争環境において一層の成長を遂げるためには、グローバルなスケール・メリットを活かし、事業の最適化を図るとともに、テクノロジー・リーダーシップのさらなる発揮が不可欠であるとの認識に基づき、HDD事業分野において、両者の従業員、設備、知的財産を含めたHDD事業部門を統合し、互いが持つ世界トップレベルの研究開発から生産、販売、マーケティングまでを一貫して行う新会社を設立するものであること、IBMが築き上げてきた技術力と製品の信頼性を継続して強化していくためには、日立製作所という実績のある有力なパートナーと手を組むことが最善であると判断したことは前示のとおりであり、被告がその方法として会社分割を利用したことについては、その経営判断として合理性を認めることができる。さらに、STは6日間しか存在しないわけではなく、6日後にHGSTに被告保有の株式が譲渡されたのであり、子会社の株式を譲渡すること自体は旧商法上何ら制限されるものではないこと、指針は包括承継であるが故に労働条件が維持されることを注意的に定めているものの、将来的に労働条件がどうなるかについては旧商法、労働契約承継法及び指針は何ら定めておらず、労働関係法理に服するのであって、不利益変更の可能性が高いからといって会社分割として許されないものではないこと、本件で実施された5条協議及び7条措置には、会社分割を無効とする瑕疵は認められないことなどからすれば、本件会社分割が民法625条の脱法行為に当たるということはできない。

6  権利濫用の主張について

原告らは、本件会社分割は、①その実態は事業譲渡にほかならず、その手続も簡易分割によって、かつ併存的債務引受けにより債権者異議手続を排除していること、②不採算部門であるHDD事業部門を切り捨てるものであること、③労働条件の切り下げないしそのおそれ・企図がうかがえること、④7条措置や5条協議の義務を尽くしていないことなどからすれば、権利の濫用として無効である旨を主張する。

しかしながら、①本件会社分割は旧商法の定める手続に従って行われたものであり、物的分割及び簡易分割は旧商法上認められた手続であり、被告がこのような手続を行ったことが違法・不当であるということはできない。また、②前記のとおりSTの業績はマックストア社とシーゲイト社が合併するまでは、必ずしも一方的に悪化していたわけではなく、売上高は増加し、損失も減少していたことがうかがえることなどからすれば、いわゆる不採算部門の切捨てであるとか労働条件の不利益変更を当然に予想して会社分割を行ったと断定することは困難であるし、旧商法上、債務の履行の見込みのない会社分割は禁止されていると解されるものの、仮に、不採算部門を独立させたとしても、債務の履行が可能である以上、会社分割として許されないということはできず、そのような会社分割が権利の濫用に当たるということはできない。そして、③移籍した労働者の昇給額が被告従業員より少額に留まったこと等は前記認定のとおりではあるが、被告からSTに移籍した労働者の賃金が被告に在籍していた当時よりも引き下げられたことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告が、ことさら原告らの労働条件を下げることを目的に会社分割を行ったことを認めるに足りる的確な証拠もない。さらに、野洲事業所の土地・建物が本件会社分割においてSTに譲渡されず、被告からSTへリースされ、本件会社分割の約6か月後に野洲事業所の従業員が他の事業所に配置転換され、野洲事業所が廃止されたことは前示のとおりであるが、被告としても野洲事業所が本件会社分割後いずれは閉鎖される可能性があることを認識していたと窺われるものの、生産拠点を集約するかどうかは本件会社分割後に設立会社であるSTが決すべき事項であるから、被告が上記のような認識を持っていたことが、本件会社分割の評価に影響を及ぼすとまではいい難い。そして、④前記認定のとおり、被告の本件会社分割における7条措置及び5条協議は違法とはいえないことも併せ考えると、本件会社分割がその制度を濫用したものであるということはできず、原告らの上記主張は理由がない。

7  不法行為の成否について

以上の次第であるから、本件会社分割における5条協議や7条措置が違法であるとは認められず、また、本件会社分割が脱法行為あるいは権利濫用行為に当たると認めることも困難であり、したがって本件会社分割によって移籍の効果が生じたことについても違法とはいえないのであるから、原告らの主張する不法行為を認めることはできない。

8  結論

以上によれば、原告らの請求にはいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田健司 裁判官 小川理津子 裁判官中野智昭は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 吉田健司)

<以下省略>

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