横浜地方裁判所 平成15年(行ウ)39号 判決 2005年2月23日
主文
1 原告地縁団体α自治会,同P1,同P2,同P3,同P4,同P5,同P6,同P7,同P8,同P9,同P10,同P11及び同P12の本件各訴えをいずれも却下する。
2 被告が平成13年7月27日付けで株式会社ランド及び株式会社ランド・トリニティー建築計画に対してした建築確認処分を取り消す。
3 被告が平成14年6月20日付けで株式会社ランド及び株式会社ランド・トリニティー建築計画に対してした建築計画変更確認処分を取り消す。
4 被告が平成15年1月31日付けで株式会社ランド及び株式会社ランド・トリニティー建築計画に対してした建築計画変更確認処分を取り消す。
5 訴訟費用は,原告地縁団体α自治会,同P1,同P2,同P3,同P4,同P5,同P6,同P7,同P8,同P9,同P10,同P11及び同P12に生じた費用と被告に生じた費用の18分の13とを同原告らの負担とし,その余の原告らに生じた費用と被告に生じたその余の費用とを被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1) 主文2ないし4項と同旨
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
(1) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2事案の骨子
本件は,被告が,株式会社ランド及び株式会社ランド・トリニティー建築計画に対し,横須賀市α内におけるマンションの建築計画について,建築基準法6条1項に基づき建築確認処分及び2度の計画変更の各確認処分をしたところ,建築予定地の周辺に居住する住民らが,同建築計画は開発行為を伴うので,これについて都市計画法29条1項に基づく開発行為の許可を受ける必要があるのにこれを受けていないから,同建築計画に対する上記各確認処分は違法であるとして,各確認処分の取消しを求めている事案である。
本件の争点は多岐に渡るところ,当裁判所は,他の争点に先立ち,本件各訴えが適法かどうか,及び,上記各確認処分が上記建築計画に伴う開発行為について許可を受けていないことを理由として取り消されるべきかどうか,との点について審理した。本判決は,これらの争点についての当裁判所の判断を示すものである。
第3基礎となる事実
(以下の事実は,当事者間に争いがない事実であるか,記載した証拠ないし弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)
1 本件建築物の建築予定地について
(1) 別紙物件目録記載1及び2の土地(以下,同目録記載1及び2の各土地をそれぞれ「本件土地1」及び「本件土地2」といい,併せて「本件建築予定地」という。)は,南北に隣接した土地で,αの東端の丘陵の外縁に位置する。本件建築予定地の東側は,東側に下る急傾斜地である(なお,本件建築予定地の南東側の急傾斜地(別紙「03.01.14付け現況図」黒斜線部分)は,京浜急行電鉄株式会社(以下「京浜急行」という。)の所有地であり,本件建築予定地には含まれない。)。
本件建築予定地は,南西側において,原告P13及び同P14がそれぞれ居住している2軒の住宅の敷地と接し,さらに,西側から北側にかけては,片道1車線でS字型の,幅員約10メートルの道路に接している。また,本件建築予定地の北東側の崖下には,隣接して,京浜急行の線路が敷設されている。
本件土地1と本件土地2とは,本件建築予定地を南北に大きく二分しているところ,その境界付近において周囲よりも高さが低くなっているため,本件建築予定地の中央部付近は,東側に開いた谷状を呈している。
(別紙「03.01.14付け現況図」及び「公図写」参照)〔甲2号証〕
(2) 本件土地1は,本件建築物(後記5)に係る工事が施工に着手されるまでは,草木が繁る未利用の東側に下る傾斜地であった。一方,本件土地2は,同工事が施工に着手されるまでは,本件土地1との境界付近を除く大部分において,平坦に整地,舗装がされ,西側の道路と接する駐車場として利用されていた。〔甲2,26,48号証〕
(3) 本件建築予定地は,市街化区域(都市計画法7条1項,2項)内にあって,都市計画上,第一種住居地域(同法8条1項1号)に指定されている。
2 原告らについて
原告地縁団体α自治会(以下,単に「α自治会」という。)を除く原告らは,いずれも,横須賀市α内に居住する者である。
一方,原告α自治会は,平成7年6月12日付けで地方自治法260条の2第1項に規定する地縁による団体として認可を受けた団体である。そして,α内にβ自治会館が所在している。
3 建築確認処分と開発許可処分との関係に関する法令等の定めについて
(1) 建築主事は,建築基準法6条1項に規定する確認(以下「建築確認」という。)の申請がされた場合,当該申請に係る建築物の計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査し,これに適合することを確認したときは申請者に確認済証を交付しなければならないとされているところ(同条4項),この建築基準関係規定には,都市計画法4条12項に規定する開発行為(以下,「開発行為」というときは,同項に規定する開発行為を指す。)の許可(以下「開発許可」ともいう。)について定める都市計画法29条1項の規定も含まれている(建築基準法施行令9条12号)。
そして,建築基準法施行規則1条の3第9項は,建築確認の申請に係る建築物の敷地が都市計画区域内又は準都市計画区域内にある場合においては,原則として,その計画が都市計画法29条1項等の規定に適合していることを証する書面を申請書に添えなければならない旨を規定している。一方,都市計画法施行規則60条は,建築基準法6条1項の規定による確認済証の交付を受けようとする者は,その計画が都市計画法29条1項等の規定に適合していることを証する書面(以下「規則60条による証明書」という。)の交付を開発許可権者に求めることができる旨を定めている。
(2) また,平成11年4月28日付け建設省住指発第202号建設省住宅局建築指導課長通達「建築基準法の一部を改正する法律の一部の施行について」は,建築基準関係規定の審査に当たっては,昭和61年3月28日付け建設省住指発第80号建設省住宅局建築指導課長通達「建築確認対象法令について」における建築確認対象法令の審査の例によることとしているところ,この昭和61年3月28日付け通達は,その注書きにおいて,都市計画法の規定への適合性の審査について,「建築主事は,建築基準法施行規則第1条第7項(現1条の3第9項)に規定する書面が添付されているかどうか,又は,当該書面の添付が不要とされている場合にあっては,都市計画法等担当部局の判断が真に存在するかどうかを審査するにとどまり,当該書面等に示された都市計画法等担当部局の判断の適法不適法まで審査するものでない。」としていた。〔乙3,4号証〕
なお,上記各通達は,地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(平成11年法律第87号。以下「地方分権推進法」という。)の施行(平成12年4月1日)に伴い,機関委任事務の処理に関して地方公共団体を拘束する通達としての根拠を失ったところであるが,各都道府県知事宛ての国土交通省住宅局長通知「地方分権に伴なう住宅・建築行政に関する通達の取扱いについて」(平成13年2月19日付け国住総第15号)においては,従前に発出した住宅・建築行政に関する通達について,原則として,地方自治法245条の4第1項の規定に基づく技術的な助言とみなすものとしている。 〔乙5号証〕
4 横須賀市における開発行為該当性の判断基準について
(1) 横須賀市長においては,本件各確認処分(後記5)当時,開発行為に当たるかどうかの判断を,神奈川県都市部都市整備課の作成した平成11年5月付け「都市計画法に基づく開発許可関係事務の手引」(以下「県の手引」という。)の開発行為の定義に基づいて行っていた。なお,開発行為該当性を判断する際の現実の審査は,横須賀市の開発許可担当部課である開発指導課(以下,単に「開発指導課」という。)において行われていた。
〔乙11号証,弁論の全趣旨〕
(2) 県の手引は,開発行為の要件を構成する「土地の区画形質の変更」(都市計画法4条12項)のうち,「区画の変更」の意義について,「従来の敷地の境界の変更を行うもので,分合筆等単なる権利区画の変更・・・に係るものは除く。」としつつ,具体的には,「単なる形式的な区画の分割又は統合によって建築物等を建築する行為の取扱いに係る建設省通達の運用基準」(以下「単なる形式的な区画統合の基準」という。)によることとしている。
この「単なる形式的な区画統合の基準」とは,「建築物の建築に際し,切土,盛土等の造成工事を伴わず,かつ,従来の敷地の境界の変更について,既存の建築物の除却や,へい,かき,さく等の除却,設置が行われるにとどまるもので公共施設の整備の必要がないと認められるものについては,建築行為と不可分一体のものであり,開発行為に該当しないものとして取り扱うこと。」とした昭和62年8月18日付け建設省建設経済局長通達「再開発型開発行為に関する開発許可制度の運用の適正化について」,及び,「単なる形式的な区画の分割又は統合で,区画の変更について,公共施設の整備の必要がないと認められるもの」は開発行為に該当しないとした平成6年9月16日付け建設省建設経済局長通達「行政手続法の施行に伴う開発許可制度等の適切な運用等について」の各通達に従い,その運用の具体的基準を定めたものである。
別紙「開発行為の判定フロー」(以下「判定フロー表」という。)は,上記基準の判断過程を示すもので,県の手引に添付されたものである。〔甲23号証,乙11号証〕
(3) また,県の手引は,「土地の区画形質の変更」のうち,「形の変更」の意義について,以下のように規定している。
「土地に切土,盛土又は一体の切盛土を行うもの。ここで,「切土,盛土又は一体の切盛土」とは下記のいずれかに該当する行為をいう。
ア 高さ2メートルを超える切土又は高さ1メートルを超える盛土を行うもの
イ 一体の切盛土で高さ2メートルを超えるもの
ウ 上記以外で,30センチメートルを超える切土,盛土又は一体の切盛土を行うもの。ただし,市街化区域において,当該行為を行う土地の面積の合計が500平方メートル未満の場合は,この限りでない。
ただし,次の場合については「切土,盛土又は一体の切盛土」として扱わない。(敷地内の地盤高さの変更を行うものは除く。)
ア 建築物の建築自体と不可分な一体の工事と認められる基礎打ち,土地の掘削等の行為
(以下略)」 〔乙11号証〕
(4) なお,上記3(2)のように,地方分権推進法の施行に伴い,上記各通達も,国の技術的助言として位置付けられることとなったが,その後,平成13年5月2日付けで,国土交通省から地方公共団体に対し,国の技術的助言として,「開発許可制度運用指針」が示された。
この「開発許可制度運用指針」においても,「建築物の建築自体と不可分な一体の工事と認められる基礎打ち,土地の掘削等の行為は,(開発許可による)規制の対象とはならないこと」や,「建築物の建築に際し,切土,盛土等の造成工事を伴わず,かつ,従来の敷地の境界の変更について,既存の建築物の除却や,へい,かき,さく等の除却,設置が行われるにとどまるもので公共施設の整備の必要がないと認められるものについては,建築行為と不可分一体のものであり,開発行為に該当しないものとして取り扱うこと」とされている。 〔乙5,6号証〕
5 本件建築物に係る建築確認処分等の経緯
(1) 本件建築確認処分
ア マンションの設計,販売等を業とする株式会社ランド及び株式会社ランド・トリニティー建築計画(以下「本件建築主ら」という。)は,本件建築予定地を敷地として,地上7階,地下3階,64戸の共同住宅(以下「本件建築物」という。)を建築する計画を立てた。
イ 上記計画の設計者であって,建築確認申請における本件建築主らの代理者である建築士P15(以下「本件設計者」という。)は,平成13年5月30日,開発指導課に対し,同計画が開発行為に該当するかどうかに関して土地利用計画事前相談書を提出し,さらに,本件建築主らは,横須賀市長に対し,都市計画法施行規則60条に基づき,「開発行為又は建築等に関する証明書交付申請書」(以下「規則60条による証明書交付申請書」という。)を提出した。
これに対し,横須賀市長は,平成13年7月12日付けで,本件建築主らに対し,本件は都市計画法29条に該当しないので開発許可を要しない旨の規則60条による証明書を交付した。 〔甲1ないし3号証〕
ウ 本件建築主らは,平成13年7月13日,被告に対し,上記証明書を添付して,上記建築計画に係る建築確認申請書を提出した。
これに対し,被告は,平成13年7月27日付けで,本件建築主らに対し,建築基準法6条1項に基づき,上記建築計画に係る確認済証を交付した(以下,「本件建築確認処分」といい,本件建築確認処分に係る建築計画を「本件建築計画」という。)。 〔甲4,5号証,弁論の全趣旨〕
(2) 本件変更確認処分1
ア 本件建築主らは,本件建築計画のうち,計画地盤の高さのほか建築物の基礎の設計,建築面積等に変更を加え,変更後の計画について,平成14年5月2日付けで,横須賀市長に対し,規則60条による証明書交付申請書を提出した。
これに対し,横須賀市長は,平成14年5月13日付けで,本件建築主らに対し,本件は都市計画法29条に該当しないので開発許可を要しない旨の規則60条による証明書を交付した。 〔甲13,14号証〕
イ 本件建築主らは,平成14年2月15日,被告に対し,上記計画の変更に係る計画変更確認申請書を提出し,その後,上記証明書も提出した。
これに対し,被告は,平成14年6月20日付けで,本件建築主らに対し,建築基準法6条1項に基づき,上記計画の変更に係る確認済証を交付した(以下,「本件変更確認処分1」といい,本件変更確認処分1に係る建築計画を「本件変更計画1」という。)。
〔甲14号証,弁論の全趣旨〕
(3) 本件変更確認処分2
ア 本件建築主らは,本件変更計画1のうち,計画地盤の高さ及びこれに伴う部分に変更を加え,変更後の計画について,平成15年1月22日付けで,横須賀市長に対し,規則60条による証明書交付申請書を提出した。
これに対し,横須賀市長は,平成15年1月31日付けで,本件建築主らに対し,本件は都市計画法29条に該当しないので開発許可を要しない旨の規則60条による証明書を交付した。 〔甲17号証,乙10号証〕
イ 本件建築主らは,平成15年1月24日付けで,被告に対し,上記計画の変更に係る計画変更確認申請書を提出した。
これに対し,被告は,上記証明書が提出された後,平成15年1月31日付けで,本件建築主らに対し,建築基準法6条1項に基づき,上記計画の変更に係る確認済証を交付した(以下,「本件変更確認処分2」といい,本件変更確認処分2に係る建築計画を「本件変更計画2」という。)。
〔甲19号証,乙9号証,弁論の全趣旨〕
(なお,以下,本件建築確認処分並びに本件変更確認処分1及び2を併せて「本件各確認処分」といい,本件建築計画並びに本件変更計画1及び2を併せて「本件各建築計画」という。)
6 本件各確認処分に係る不服申立て等の経緯
(1) 原告α自治会,同P13,同P14,同P16,同P17及び同P18は,訴外1名とともに,平成13年9月21日に本件建築確認処分について,平成14年7月17日に本件変更確認処分1について,それぞれ,横須賀市建築審査会に対し,審査請求をした(以下,上記原告らを「審査請求経由原告ら」という。)。
これに対し,横須賀市建築審査会は,各審査請求を併合審理した上,平成15年3月25日付けで,これらをいずれも棄却する旨の裁決をした。 〔甲61号証〕
(2) 原告らは,平成15年6月23日,本件各確認処分の取消しを求めて,本件訴訟を提起した。
なお,本件変更確認処分2について,原告らによる建築審査会に対する審査請求はされていない。
第4争点
本件の主たる争点は,以下のとおりである。
1 本案前の争点
① 原告らは本件取消訴訟について原告適格を有する者であるかどうか,すなわち,原告らが本件各確認処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法9条)に当たるかどうか
② 本件建築確認処分及び本件変更確認処分1に係る審査請求を経由していない原告らによる両処分に対する取消しの訴えが適法かどうか
③ 原告らによる審査請求を経ずに提起された本件変更確認処分2に対する取消しの訴えが適法かどうか,また,同訴えが出訴期間の制限に反していないかどうか
2 本案の争点
① 本件各確認処分は,本件各建築計画に伴う開発行為について都市計画法29条1項に基づく許可を受けていないことを理由として,取り消されるべきかどうか
この争点は,さらに,
ⅰ 開発行為該当性の判断権限の所在及び内容,言い換えれば,当該の建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかについての公権的判断の構造,
ⅱ 当該の建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかについての判断に係る違法が建築確認処分の取消訴訟における取消事由となるかどうか,
ⅲ 本件各建築計画は開発行為を伴うものであるかどうか,
との各点に分けられる。
② 本件各建築計画が,がけの擁壁の設置等に関する建築基準法19条4項及び横須賀市建築条例5条1項の規定に反するかどうか
③ 本件各建築計画が,地盤の許容応力度に関する建築基準法20条,同法施行令93条の規定に反するかどうか
第5争点に関する当事者の主張
本判決は,前記第4,1の本案前の各争点及び同2の本案の争点のうち①の点について判断を示すものであるので,本項においては,これらの争点に関する当事者の主張に限定して,摘示することとする。
1 争点1①(原告適格の有無)について
《原告らの主張》
(1) 建築基準法6条,都市計画法29条1項に係る利益について
原告らは,本件建築予定地のがけ地に近接する位置に土地を所有し,また,日常的にがけ地上の道路を通行・散策しているところ,本件各建築計画が開発行為を伴うものであるにもかかわらず,これについて都市計画法上必要な許可を受けておらず,開発許可の基準である同法33条1項7号所定の土地の安全性が確保されない結果,がけ地の崩壊等の危険にさらされ,その崩壊の場合には生命・身体・所有財産の危機に陥る蓋然性がある。少なくとも,原告P13,同P14,同P16,同P17及び同P18については,がけ崩れの直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住しているから,本件各確認処分の取消しを求める原告適格が認められることは明らかである。
また,本件各建築計画は,これに伴う開発行為について許可を受けていないことから,交通の安全への配慮(都市計画法33条1項),公園等の設置(同条1項2号),適切な排水施設の整備(同法33条1項3号)がされておらず,このことによって,本件建築予定地の周辺住民である原告らの享受すべき利益が阻害される危険がある。
(2) 建築基準法19条4項及び20条に係る利益について
本件建築予定地のがけ地に近接する位置に土地所有権を有し,また,日常的にこのがけ地上の道路を通行・散策する原告らは,本件各建築計画が擁壁の設置に関する建築基準法19条4項及び建築物の構造等の安全に関する同法20条に違反することについて,法的利害関係を有している。
(3) 原告適格があること
したがって,原告らには,本件各確認処分の取消しを求める法律上の利益があり,原告適格が認められる。
《被告の主張》
建築基準法1条の目的規定からすれば,建築確認の制度は,当該建築物の近隣居住者の生命,健康及び財産をもその保護の対象とする趣旨であると解され,当該建築物により生活環境上の悪影響を受け,その結果,生命,健康若しくは財産上の権利又は利益の侵害を必然的に被るおそれのある者は,建築確認処分の取消しを求める法律上の利益があるというべきである。
しかしながら,社会生活を営むにあたり,一定範囲の不利益は,受忍限度の範囲内として容認されなければならない。そして,原告らが本件訴訟において主張する生命,健康及び財産上の不利益は,具体性に欠け,原告らがその侵害を必然的に被るおそれがあるとはいえない。
したがって,原告らには,本件各確認処分の取消しを求める法律上の利益はなく,原告適格は認められない。
2 争点1②(審査請求を経由していない原告らによる訴えの適否)
《原告らの主張》
原告らのうち一部の者は,本件建築確認処分及び本件変更確認処分1についての審査請求を行っていない。
ところで,建築基準法96条が定める審査請求前置主義は,建築確認処分の当否や適否について,建築等の専門家で構成される建築審査会による審査手続を制度化し,訴え提起前の簡易,迅速な救済を図り,裁判所の負担を軽減することなどを目的とするものである。このように,審査請求前置主義は,建築確認処分について,全く審査請求を経ないで訴訟が提起されることを避ける趣旨であるから,本件のように主張を同じくする者がすでに審査請求をし,その裁決を経ている場合には,第三者が審査請求人と共同原告となって取消訴訟を提起することを妨げるものではない。
したがって,原告らのうち6名が審査請求をし,その裁決を経ている以上,これらの原告と主張を同じくする他の原告らについても,審査請求前置主義の要請は満たされているものというべきである。
3 争点1③(本件変更確認処分2の取消しの訴えの適否)
《原告らの主張》
(1) 建築確認処分と変更確認処分の関係について
変更確認処分は,建築確認処分を前提にその一部を変更するものにすぎず,建築確認処分と密接不可分の関係にあって,これに付随するものである。特に,本件において,本件変更確認処分2は,本件建築確認処分や本件変更確認処分1と比較して,土地の高低を変更したにすぎない計画に関するものであって,その違法性に関する中心的争点が共通し,取消訴訟の被告も同一であるから,後者の取消請求により,前者の取消請求がされることも予測し得るものといえる。
そうすると,基本処分である本件建築確認処分及び本件変更確認処分1について審査請求前置及び出訴期間の遵守を満たしていれば,これらの規定を置いた法の目的を達するものといえ,これを満たす本件においては,本件変更確認処分2の取消しの訴えについても訴訟要件を具備しているものといえる。
(2) 審査裁決を経ない正当の理由があること
本件変更確認処分2がされた当時,すでに本件建築確認処分及び本件変更確認処分1に係る審査請求について長期間の審理がされ,本件の建築計画について十分な議論が行われていたこと,この間,本件建築予定地における工事が進められており,長期間の審査請求を経ていては工事が完成してしまうおそれがあったこと,その後上記審査請求が却下されたことから,再度の審査請求をしても同様の結論が予想されたこと,他方,本件変更確認処分2の内容が明らかにされなかったことなどから,原告らは,同処分についてあえて審査請求して審理が長期化・複雑化することよりも取消訴訟を提起することを選んだのであって,そのことはやむを得ないことというべきである。
そうすると,原告らには,本件変更確認処分2について審査請求を経ていないことについて,行政事件訴訟法8条2項3号に規定する「正当な理由」があるというべきである。
(3) 出訴期間を遵守していること
原告P1は本件変更確認処分2の存在を平成15年2月17日に知ったが,その他の原告らは,本件訴訟の提起に関する自治会の会合が開かれた同年4月13日に,はじめて同処分の存在を知った。
そうすると,原告P1以外の原告らに係る本件変更確認処分2の取消しの訴えは,当該処分を知った日から3か月以内に提起されたものといえるから,出訴期間の制限を満たす。
《被告の主張》
建築基準法96条,94条1項は,建築主事の処分の取消しの訴えは当該処分についての審査請求に対する建築審査会の裁決を経た後でなければ提起することができないと定めており,かつ,行政事件訴訟法14条1項は,取消訴訟は処分又は裁決があったことを知った日から3か月以内に提起しなければならないと規定している。
しかし,原告らは,本件変更確認処分2について,建築審査会の裁決を経ていない。また,原告らの一人であるP1が同処分があったことを遅くも平成15年2月17日までに知っていたにもかかわらず,原告らは,同日の翌日から3か月を経過した後の同年6月23日に本件訴訟を提起したものである。
したがって,原告らによる本件変更確認処分2の取消しの訴えは,審査請求前置及び出訴期間の要件を欠き不適法であるから,却下されるべきである。
4 争点2①(本件各確認処分は,本件各建築計画に伴う開発行為について許可を受けていないことを理由として取り消されるべきか)
《原告らの主張》
(1) 建築主事が開発行為該当性についての実質的審査権限を有していること
ア 建築主事は,建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかについて,建築基準法6条に基づき,独自に審査する権限を有している。開発許可権者による公権的判断は,開発許可がされる場合にはじめて行われるものであって,規則60条による証明書も,当該計画が開発行為に該当する場合に,開発許可がされたことを証明し,当該判断をもって建築主事を拘束するものとする趣旨にすぎないのである。
仮に建築主事に開発行為該当性についての審査権限がないとすれば,がけ崩れの危険等がある違法な開発行為を伴う建築計画について,付近住民が開発許可に係る法的利益の保護を追求する手段がなくなるが,このような解釈は不当というべきである。
イ 特に本件の場合には,本件各建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかについての審査を建築主事が担わざるを得ない関係があり,現に横須賀市の建築主事である被告がその判断の不可欠かつ中心的部分を担ったものである。
すなわち,本件各建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかは,県の手引の区画形質の変更の基準に従って判断されたもので,その判断には,建築物と一体をなす切土,盛土の範囲の確定が不可欠であったところ,被告ないし横須賀市建築審査課は,切土,盛土の建築物との一体性等について,独自に実質的な審査を行い,その結果として,本件各建築計画は開発行為を伴わない旨の判断がされるに至ったのである。さらに,被告は,本件建築物北側の避難通路部分について高さ2メートルを超える切土が生じることを認識しながら,あえてこれが建築物と用途上不可分一体と判断して形の変更に当たらないとしたり,本件建築主らに対して本件各建築計画が開発行為を伴うものでないものとするように指導するなどしており,開発行為該当性の実質的審査権限を有していたことは明らかである。
ウ 横須賀市において,開発許可を担当する開発指導課と建築確認を担当する建築審査課(被告はその課長である。)とは,いずれも横須賀市都市部長の指揮命令下にある課であって,その判断は同じ組織のものと評価できる。両課は,開発行為該当性について,緊密に協議をし,共同して判断しているところであって,建築主事である被告が開発許可権者である横須賀市長から独立し,開発行為該当性についての判断権を有しないという被告の主張は,このような実態を無視したものである。
(2) 開発行為該当性についての判断の違法が本件各確認処分の違法事由となること
上記(1)のとおり,被告は,本件各建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかについて実質的審査権限を有するから,本件各確認処分の取消訴訟において,その判断の違法性が審理・判断されるべきである。
(3) 本件各建築計画は本件建築予定地の「区画の変更」を伴うこと
ア 「単なる形式的な区画統合の基準」は,本来法が規定する開発行為に係る「区画の変更」という要件を通達によって別の要件に置き換えて緩和するものであって,このような基準によることは許されない。
仮に「単なる形式的な区画統合の基準」が違法でないとしても,法が区画の変更を開発行為の要件とした趣旨を損なわない程度の,厳格な適用要件の解釈と合理的理由の存在が必要である。
イ すなわち,「単なる形式的な区画統合の基準」は,再開発型の二次的な開発においては,地盤等の安全性の検討や公共施設の整備の必要性が一次的開発ほど強くないことから,その場合に限り開発行為該当性の要件を緩和する趣旨のものであって,これを一次的開発行為に適用することはできない。そうすると,同基準中の「切土,盛土等の造成工事を伴わず」とは,文字どおり,およそ切土及び盛土を伴わない場合と解さなければならない。また,建築物の建築工事と不可分であっても,物理的・実質的に区画の境界を統合する切土,盛土である限り,「切土,盛土等の造成工事」に該当するものといわなければならない。
被告は,「単なる形式的な区画統合の基準」中の「切土,盛土等の造成工事」の有無の判断において,形の変更の要件と同様に切土高さ2メートル,盛土高さ1メートルという基準を採用し,また,建築物の敷地部分の造成工事を除外しているのであるが,このような解釈は,都市計画法及び通達の趣旨に反し,違法なものというべきである。
ウ 本件各建築計画は,駐車場として利用されていた区画と草地であった急傾斜地の区画という,まったく異質で,しかも著しい高低差のある土地を,大規模な切土,盛土によって統合しようとするものである。このように,本件各建築計画は,一次的開発行為に当たるもので,「単なる形式的な区画統合の基準」のいう「切土,盛土等の造成工事」を伴い,「既存の建築物の除却や,へい,かき,さく等の除却,設置が行われるにとどまる」ものでもないから,同基準の適用対象にならないことは明らかである。
エ したがって,本件各建築計画は,本件建築予定地の「区画の変更」を伴うもの,すなわち,開発行為を伴うものであるから,これについて開発許可を受けないままにされた本件各確認処分は,いずれも違法である。
(4) 本件各建築計画は本件建築予定地の「形の変更」を伴うこと
ア 本件各建築計画は,その施工過程において,本件建築予定地の大規模な切土,盛土を行うもので「形の変更」を伴うもの,すなわち,開発行為を伴うものであり,その総面積が500平方メートル(都市計画法施行令19条2項1号)を超えるから,これについて開発許可を要するものである。
横須賀市の採用した形の変更の基準(前記第3,4(3))は,宅地造成等規制法と都市計画法の規定を混同するものであり,違法である。また,仮にこの基準によったとしても,以下のとおり,本件各建築計画の施工過程において,本件建築予定地について高さ2メートルを超える切土がされる。
イ 本件建築予定地の東側斜面における高さ2メートルを超える切土の例
(ア) 本件建築計画及び本件変更計画1では,B断面(断面の名称は,別紙「検証平面図」の記載に従う。以下同様とする。)において,高さ2メートルの切土が最大とされているが,京浜急行が作成した信用性の高い平面実測図及び断面実測図(甲9号証)によれば,この部分では高さ3メートル以上の切土が生じる。
(イ) 本件変更計画2では,G’断面において高さ2メートルの切土,隣接するB断面においても高さ2メートル以下の切土とされている。
しかし,京浜急行の平面実測図及び断面実測図によれば,G’断面の断面図(甲18号証)の傾斜は不自然であるし,また,G’断面とB断面との中間に最高点があり,この部分で高さ2メートルを超える切土が生じることは明らかである。
ウ 本件建築予定地の北側斜面における高さ2メートルを超える切土の例
(ア) 本件建築計画では,C’断面において,切土がないものとされているが,京浜急行の平面実測図等によれば,高さ2メートルを超える切土が存在する。
(イ) 本件建築計画及び本件変更計画1では,北側避難通路の西端を通る断面(J断面)において,高さ3メートルを超える切土が存在する。また,本件変更計画2では,J断面において,高さ2.1メートルの切土が存在する。
被告は,北側避難通路部分の切土(ドライエリアの外側にも存在する)について,「利用形態から建築物と用途上不可分一体」であるとして,開発行為の検討対象から除外したものである。しかし,仮に建築物の建築自体と不可分一体の工事が開発行為とされないとしても,それは建築確認処分の際に敷地の安全性が審査され得るからであって,あくまでも物理的,構造的な一体性が必要であり,被告のように利用形態の評価を混入させることは許されない。
(5) 開発行為の審査をすべきこと
本件建築予定地全体及びその周囲の土地の安全は,建築確認制度では守られず,開発許可制度による敷地全体の総合的安全審査によって初めて守られ得るものである。
(6) まとめ
以上のとおり,本件各建築計画は開発行為を伴うものであり,これについて開発許可を要するところ,この開発許可を受けずにされた本件各確認処分は違法であるから,本件各確認処分は取り消されるべきである。
《被告の主張》
(1) 建築主事は開発行為該当性についての実質的審査権限を有しないこと
ア 建築主事による建築基準関係規定への適合性の審査と,都市計画法29条1項の規定への適合性の審査との関係に関する法令及び通達の定めは,前記第3,3のとおりである。これによれば,建築主事は,都市計画法29条1項に規定する開発許可の要否に関して,形式的,外形的な審査権限を有するにすぎないものと解するのが相当である。
イ 被告及び建築審査課職員は,開発指導課職員と建築計画についての連絡調整や意見交換を行っているものの,開発行為該当性の判断は行っていない。被告及び建築審査課職員は,提出された建築計画のうちどの範囲までが建築基準法の建築物に該当するかの判断を行い,その判断を踏まえて,開発指導課が開発行為該当性を専権的に判断しており,両者の権限は明確に区分されているのである。
(2) 被告の都市計画法29条1項に係る審査に違法はないこと
被告は,上記の形式的,外形的な審査権限を前提に,本件各建築計画について,都市計画法29条1項の規定に適合しているかどうかを審査したところ,いずれの確認申請書にも,横須賀市長が交付した都市計画法29条に該当しないので開発許可を要しない旨の規則60条による証明書が添付されており,その記載内容により本件各建築計画が都市計画法29条1項の規定に適合していることを確認したことから,本件各確認処分を行ったもので,各処分に違法はない。
(3) 本件各建築計画は区画の変更に該当しないこと
ア 開発指導課は,都市計画法4条12項の「土地の区画形質の変更」の判断を,県の手引の開発行為の定義に基づき行っており,形,質の変更がなく,区画の変更のみの場合の開発行為等については,県の手引のうち,「単なる形式的な区画統合の基準」によって判断していた。そして,前記第3,4(2)の各通達の趣旨から,再開発型開発行為かどうかに関係なく,「単なる形式的な区画の分割又は統合で,区画の変更について,公共施設の整備の必要がないと認められるもの」は開発行為に該当しないと判断し,その際,切土,盛土等の造成工事の有無についても,「形の変更」の判断基準(高さ2メートルの切土,高さ1メートルの盛土等)と同じ基準で判断していた。
なお,神奈川県内の開発許可処分庁も,政令市を除いて,同じ基準で判断していた。
イ 本件各建築計画については,区画の変更があったものの形質の変更がなかったことから,「単なる形式的な区画統合の基準」に該当するかどうかを,開発行為等庁中連絡要綱による小規模開発等専門連絡会に付議し,関係する公共施設管理者の意見を求めた結果,公共施設整備の必要がないとの回答を得た。また,申請された各図面を審査した結果,建築物の建築工事以外の部分で高さ2メートルを超える切土や高さ1メートルを超える盛土が生じなかったことから,造成工事を伴わずに従来の敷地の境界が変更されるのみであると判断した。
ウ したがって,本件各建築計画は,「単なる形式的な区画統合の基準」の適用により,区画の変更に該当しないから,開発行為には当たらないものである。
(4) 本件各建築計画は形の変更に該当しないこと
ア 開発指導課は,本件各建築計画について,県の手引に定められた形の変更の運用基準(前記第3,4(3))に従って審査し,申請された図面においては,切土の高さ2メートル,盛土の高さ1メートル,切盛土の高さ2メートルをいずれも超えておらず,また,切土,盛土,切盛土の総面積が500平方メートル未満であったことから,形の変更に該当しないと判断した。
この県の手引に定められた形の変更の定義のうち,切土,盛土の高さや,面積の数値は,宅地造成等規制法の土地の形質の変更に関する規定を準用しているものであるが,形の変更の考え方を同等に捉えることは必然のことであり,違法なものではない。
イ 原告らは,京浜急行の作成した図面によるべきことを主張する。しかし,開発行為への該当性の判断は,建築計画に伴う土地利用が開発行為に該当するかどうかを判断するものであるから,申請者から提出された図面に記載された現況地盤高さと計画地盤高さによって行われるべきであるところ,京浜急行作成の平面実測図及び断面実測図は審査の際には提出されていなかった。また,京浜急行の上記各図面は,両図面の間で土地の形状に違いがあることなどから,これを混用して開発行為該当性の判断をすべきではない。
本件変更確認処分2に係る申請に伴い開発指導課に提出された規則60条による証明書交付申請書に添付されている「03.01.14付け現況図」(別紙として添付のもの。以下「新現況図」という。)は,本件変更確認処分1の後に,現況地盤高さ及び東側がけの高さについて土地家屋調査士が行った測量を基に作成されたもので,精度が高いものであるから,これによって形の変更の有無を判断することが相当である。
ウ 本件建築計画及び本件変更計画1について,本件建築確認処分及び本件変更確認処分1に係る各申請に伴い開発指導課に提出された「01.6.15付け現況図」(以下「当初現況図」という。)によって検証すれば,高さ2メートルを超える切土や高さ1メートルを超える盛土は存在しないものの,これらを新現況図によって検証すると,B断面,G’断面,H’断面及び3’断面において,高さ2メートルを超える切土が生じることとなる。
しかし,本件建築主らは,本件変更確認処分1の後に,新現況図に基づき計画を変更しており,変更後の本件変更計画2を新現況図によって検証すると,高さ2メートルを超える切土や高さ1メートルを超える盛土は存在しない。
本件においては,本件変更確認処分2がされたことから,変更がされた土地利用計画部分について,本件建築確認処分及び本件変更確認処分1の土地利用計画に基づく工事を行うことはできない。そうすると,本件建築計画及び本件変更計画1を新現況図に基づき検証した結果,部分的に高さ2メートルを超える切土が生じていたとしても,実際の工事は基準を満たす本件変更計画2に基づいて施工されるのであるから,本件建築確認処分及び本件変更確認処分1を取り消す利益はない。
エ 本件建築予定地の北側避難通路部分については,本件建築計画では切土,盛土を伴わない。また,本件変更計画1及び2については,開発指導課において,建築主事との間で,建築計画と当該避難通路との関係について連絡調整を行い,当該避難通路がドライエリアに接続し,通路の床面がバルコニーからの出口の高さに合わせて掘削される計画となっていることが確認できたことから,当該部分は建築物の建築自体と不可分な一体の工事と判断し,県の手引を適用して,形の変更に該当しないと判断したもので,その判断に違法はない。
(5) まとめ
以上のとおり,本件各建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかについての被告の審査に違法はなく,また,実体上も,本件各建築計画は開発行為を伴うものではないから,いずれにしても,本件各建築計画が都市計画法29条1項の規定に適合することを確認してした本件各確認処分に違法はない。
第6本案前の争点に関する当裁判所の判断
1 争点①(原告適格の有無)について
(1) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益も法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして,当該行政法規が,不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは,当該行政法規の趣旨・目的,当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁判所平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁,最高裁判所平成9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号250頁,最高裁判所平成14年1月22日第三小法廷判決・民集56巻1号46頁参照)。
(2) 原告らは,本件各建築計画に伴う開発行為について都市計画法29条1項の規定に基づく許可を受けずにされた本件各確認処分により,都市計画法33条1項7号所定の土地の安全性が確保されない結果,がけ地の崩壊等により生命,身体等を侵害されるおそれがある旨を主張するので,上記(1)の見地に立って,この点が原告らの本件各確認処分の取消訴訟における原告適格を基礎付けるものであるかどうかについて検討する。
ア 建築基準法は,建築物の敷地,構造等に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とするものであり(同法1条),同法6条1項において,建築主が同項各号の建築物を建築しようとする場合には,当該工事に着工する前に,その計画が建築物の敷地,構造等に関する建築基準関係規定に適合するものであることについて,建築主事の確認を受けなければならない旨を規定している。そして,建築主事がその適合性を確認すべき建築基準関係規定には,開発行為の許可について定める都市計画法29条1項の規定も含まれていることは,前記第3,3(1)のとおりである。
これは,都市計画法29条1項の規定が開発行為すなわち主として建築物の建築等の用に供する目的で行われる土地の区画形質の変更という土地に係る一定の行為(同法4条12項)を規制するものであるところ,この規制は建築物の敷地及び構造の安全性等に関する建築基準法19条,20条の規定による規制と密接な関連性を有することから,当該建築計画が開発行為を伴うものでないことを,また,開発行為を伴うものである場合は,その開発行為について都市計画法29条1項の規定に基づく許可を受けていることを,当該建築計画に係る工事に着手する前に建築主事に確認させることにより,開発行為の許可制度による規制からの回避を防止して,この規制によって保護しようとしている利益の確実な保護を図り,このことを通して,建築基準法1条の上記目的の実現を確保しようとしたものと解される。
イ そして,開発許可の基準として,都市計画法33条1項7号は,開発区域内の土地が,地盤の軟弱な土地,がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地であるときは,地盤の改良,擁壁の設置等安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていること,と規定している。この規定は,上記のような土地において安全上必要な措置を講じないままに開発行為を行うときは,その結果,がけ崩れ等の災害が発生して,人の生命,身体の安全等が脅かされるおそれがあることにかんがみ,そのような災害を防止するために,開発許可の段階で,開発行為の設計内容を十分審査し,右の措置が講ぜられるように設計が定められている場合にのみ許可をすることとしているものである。そして,このがけ崩れ等が起きた場合における被害は,開発区域(開発行為をする土地の区域をいう。)内のみならず開発区域に近接する一定範囲の地域に居住する住民にも直接的に及ぶことが予想されるところである。
また,同条2項は,同条1項7号に規定する基準を適用するについて必要な技術的細目を政令で定めることとしているが,この委任に基づいて定められた同法施行令28条,同法施行規則23条,27条の各規定をみると,同法33条1項7号は,上記のようながけ崩れのおそれが多い土地等の開発行為についての許可に際しては,切土又は盛土をする場合に講ずべき措置,開発行為によって生じたがけの崩壊等を防止するために講ずべき擁壁の設置等の措置等について,技術的な観点から具体的かつ詳細に審査すべきこととしているものと解される。
上記のような都市計画法33条1項7号の規定の趣旨・目的,同号が開発許可を通して保護しようとしている利益の内容・性質等にかんがみれば,同号は,がけ崩れ等のおそれのない良好な都市環境の保持・形成を図るとともに,がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命,身体の安全等を,個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである(前掲最高裁判所平成9年1月28日第三小法廷判決参照)。
ウ そうであるとすると,上記アのとおり,建築基準法6条1項に規定する建築確認処分は,都市計画法29条1項に規定する開発行為の許可制度によって保護しようとしている利益の保護をも目的としたものであることに照らせば,建築計画に係る土地が都市計画法33条1項7号にいうがけ崩れのおそれが多い土地等に当たる場合において,当該建築計画に伴う開発行為について都市計画法29条1項,33条1項7号の規定による審査,許可を経由することがないまま,当該建築計画について建築基準法6条1項の規定に基づく建築確認処分がされたために,当該建築計画の施工によりがけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者は,当該建築確認処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当というべきである。
(3) 上記の理解に立って本件をみると,本件建築予定地は,丘陵の外縁にあって,東側の急傾斜地に接し又はこれを含むものであること,傾斜部分の高低差は15メートル以上に及び,底辺と高低差の比が約5倍に及ぶ箇所もあること,急傾斜地のうちの相当部分が未整地であること〔甲2,26,48号証,弁論の全趣旨〕などからすれば,都市計画法33条1項7号にいうがけ崩れのおそれが多い土地等に当たるものと認めることができる。
そして,原告P13及び同P14は,本件建築予定地の南西側に隣接し上記傾斜地の上方に位置する宅地に居住する者であり,原告P16,同P17及び同P18は,本件建設予定地の西側に道路を隔てて近接し上記傾斜地の上方に位置する宅地に居住する者であって,いずれの者についても,その居住地の本件建設予定地からの距離は50メートル以内である〔甲2号証,弁論の全趣旨〕。また,本件建築予定地は,丘陵の東側外縁に位置するから,その外縁の急傾斜地が崩壊した場合には,その西側背後の丘陵にも相当程度の影響を及ぼすことが想定されるところ,上記原告らの居住地は,いずれもこの丘陵上に位置する。上記原告らのこのような居住位置に加え,本件各建築計画が,南北に約70メートル,東西に約15メートルにわたる地上7階,地下3階の建築物の建築を予定し,その基礎及び周辺部分に切土及び盛土を行い,その切土の高さは場所によっては10メートル以上に及ぶという,相当程度大規模なものであること〔甲2号証〕を考慮すれば,上記原告らは,がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者であると認めることができる。
したがって,上記原告らは,本件各確認処分の取消訴訟における原告適格を有するものということができる。
(4) 一方,原告α自治会は,地方自治法260条の2第1項に規定する地縁による団体として認可を受けたものであるところ,同条の規定は,従来,自治会等の地縁による団体については,保有不動産を団体名義で登記することができないなど,不動産取引等の財産関係の処理上の問題点があったことから,平成3年法律第24号により新設されたもので,「地域的な共同活動のための不動産又は不動産に関する権利等を保有するため」,地縁による団体に法人格を与え,その規約に定める目的の範囲内において権利能力を取得させることとしたものである。
そして,前記のとおり,都市計画法33条1項7号は,がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される範囲の地域の住民の生命,身体の安全等を,個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものであるが,法人である原告α自治会自身の生命,身体の安全等の利益を観念することはできないし,上記のような地方自治法260条の2第1項の規定の趣旨・目的に照らせば,地縁による団体である同原告が,各構成員のために,各構成員各自に帰属する個別的利益である生命,身体の安全等の保護を求めて訴えを提起することができると解することもできない。
また,原告α自治会は,本件建築予定地のがけ地に近接するβ自治会館の所有権を有していることを根拠に,がけ崩れ等により都市計画法33条1項7号,建築基準法19条4項及び20条の保護する財産的利益が侵害されるおそれがある旨の主張をするが,同自治会館は本件建築予定地から300メートル以上離れた位置にあることからすれば〔弁論の全趣旨〕,本件建築予定地にがけ崩れ等が生じたとしてもその影響が直接的に同自治会館に及ぶおそれがあるということはできないから,同自治会館の所有権を根拠に,同原告について本件各確認処分の取消しを求める法律上の利益を認めることもできない。
このほか,原告α自治会が主張する本件建築予定地の周辺住民の利益は,いずれも住民が自然人として有する性質の利益であって,法人である同原告に帰属するものということはできない。
したがって,原告α自治会は,本件各確認処分の取消訴訟における原告適格を有するものということはできない。
(5) なお,その余の原告らは,いずれも本件各確認処分について審査請求を経由していない者であって,下記2及び3のとおり,同原告らに係る本件各訴えを適法とみる余地はないから,同原告らに係る原告適格の有無については,あえて判断するまでもない。
2 争点②(審査請求を経由していない原告らによる訴えの適否)
(1) 建築基準法96条,94条1項は,建築主事の処分の取消しの訴えは,当該処分についての審査請求に対する建築審査会の裁決を経た後でなければ,提起することができないものとしているところ,このように訴えを提起するについて不服申立手続の前置が定められている場合においては,原則として,訴えを提起する者(以下「訴訟提起者」という。)自身がその不服申立ての手続を経ていることが要求されているものと解される。したがって,訴訟提起者自身がその不服申立手続を経由していない以上,たまたま他の者が当該処分について訴訟提起者の主張と同一の理由に基づいて審査請求を経ていたとしても,両者が当該処分に対し一体的な利害関係を有し,実質的にみれば,その者のした審査請求は同時に訴訟提起者のための審査請求でもあるといえるような特段の事情が存在しない限り,訴訟提起者の訴えについて,審査請求の手続が経由された場合と同視して,これを適法な訴えと取り扱うことはできないというべきである(最高裁判所昭和61年6月10日第三小法廷判決・裁判集民事第148号159頁参照)。
したがって,本件においては,原告P1,同P2,同P3,同P4,同P5,同P6,同P7,同P8,同P9,同P10,同P11及び同P12は,いずれも,本件建築確認処分及び本件変更確認処分1について,建築審査会に対する審査請求を経ることなくその取消しを求める訴えを提起した者(以下「審査請求不経由原告ら」という。)であるから,これらの訴えを適法な訴えというためには,審査請求経由原告らとの関係において,上記の「特段の事情」が存在することが必要がある。
(2) そこで,この点についてみると,原告らは,本件訴訟において,本件各確認処分により,がけ崩れ等による生命・身体の安全等の侵害等の,個人的利益の侵害が生じることを主張するものであるが,これらの利益が法律上保護された利益であるとしても,それらは,その帰属する個々の住民について,居住位置等のそれぞれの個別事情に応じて個別的に保護されるべき性質のものであるから,単に本件建築予定地の「周辺住民」として共通する要素を有するというだけで,各原告が上記各確認処分に対し一体的な利害関係を有するものと認めることはできない。そうすると,他に特段の主張,立証のない本件においては,審査請求不経由原告らについて,上記各確認処分に対し審査請求経由原告らと一体的な利害関係を有し,実質的にみれば,審査請求経由原告らのした審査請求は同時に審査請求不経由原告らのための審査請求でもあるといえるような特段の事情が存在すると認めることはできないというべきである。
(3) したがって,審査請求不経由原告らによる,本件建築確認処分及び本件変更確認処分1の取消しを求める各訴えは,その余の点を判断するまでもなく,いずれも不適法というべきである。
3 争点③(本件変更確認処分2の取消しの訴えの適否)
(1) 審査請求の不経由について
ア 前記のとおり,建築基準法96条,94条1項は,建築主事の処分の取消しの訴えは,当該処分についての審査請求に対する建築審査会の裁決を経た後でなければ,提起することができないものとしているところ,本件において,原告らは,本件変更確認処分2については,いずれも建築審査会に対する審査請求を経ることなく,その取消しの訴えを提起したものである。
もっとも,行政事件訴訟法8条2項柱書,3号,同条1項は,処分の取消しの訴えの提起について審査請求に対する裁決を経由すべき旨の定めがある場合においても,裁決を経ないことについて正当な理由があるときには,裁決を経ないで,処分の取消しの訴えを提起することができる旨を規定しているので,本件において上記の「正当な理由」があると認められるかどうかについて検討する。
イ 建築主が建築主事による確認を受けた建築物の計画の変更をして建築物を建築しようとする場合,当該建築主は,変更に係る計画について建築主事の確認を受けなければならないものとされているところ(建築基準法6条1項),この変更確認処分は,既にされた建築確認処分を前提に,変更された部分の計画の建築基準関係規定への適合性を確認し,従前の建築確認処分と一体として,当該建築物に係る変更後の計画の適法性を確認する効果を有するものと解される。このことは,確認を受けた建築物の計画の変更の場合における確認の申請書及びその添付図書は,変更に係る部分の申請書及びその添付図書で足りるとされていること(同法施行規則1条の3第15項)からも窺うことができる。そして,ある建築計画の建築基準関係規定への適合性を確認した建築確認処分が,その審査に過誤があるなどの事由により違法なものである場合には,その違法原因を構成する事実を前提とする変更確認処分も,結局,違法であることを免れないというべきである。
本件において,本件変更確認処分2に係る本件変更計画2は,本件建築計画及びこれを変更した本件変更計画1のうち,計画地盤の高さ及びこれに関する部分を変更したものであるが,審査請求経由原告らは,前記第3,5及び6のとおり,平成15年1月31日付で本件変更確認処分2がされる前の平成13年9月21日及び平成14年7月17日に,横須賀市建築審査会に対し,それぞれ本件建築確認処分及び本件変更確認処分1について審査請求をしているところ,その審査請求において上記原告らが主張した各確認処分の違法原因を構成する事実は,主として,当該建築計画が区画の変更等を含み開発行為を伴うにもかかわらず開発許可を得ていないこと(都市計画法29条1項),容積率の制限に反していること(建築基準法52条),建築物の基礎の設計が建築基準法20条に違反すること等の,本件変更計画2が前提とする計画部分に係るものであったと認められる〔甲61号証,弁論の全趣旨〕。
そうすると,横須賀市建築審査会としては,上記審査請求の手続中において審査請求経由原告らが主張するこれらの違法事由について審査をする機会が十分にあったのであるから,これらの各確認処分の違法事由を前提とする本件変更確認処分2について,改めて同建築審査会に審査させる必要性は乏しかったものということができる。しかも,本件変更計画2に係る変更部分は,計画地盤の高さに関する事項であり,それは建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかの判断に影響するものであるところ,後記第7,1のとおり,建築主事は土地に係る一定の行為の開発行為該当性については形式的,外形的審査権限を有するにとどまるものと解され,実務上も,このような考え方に従った運用がされていることからすれば,本件の建築審査会においても,開発行為該当性の点について実質的な審査が行われることはないと窺われるのであって,そのような審査を経るだけのために建築審査会に対する審査請求を経由する制度的な要請があるということはできないところである。
また,前記第3,6のとおり,平成15年3月25日付けで本件建築確認処分及び本件変更確認処分1についての審査請求に対する棄却裁決がされた後においては,審査請求経由原告らがこれらの確認処分と同様の違法事由を主張して本件変更確認処分2についての審査請求をしたとしても,客観的にみて,建築審査会により上記棄却裁決とは異なる有利な裁決を得ることを期待することはできなかったものということができる。
さらに,上記のところから明らかなように,本件建築確認処分及び本件変更確認処分1についての審査請求に対して裁決がされたのは,それぞれ審査請求から約1年6か月及び約8か月という長期間を経た後であり,本件変更確認処分2の審査請求についても長期の審理期間を要する可能性があったところ,本件の建築計画に係る工事の完成により建築確認処分の取消しの訴えの利益が消滅することを避けるためには,早期に取消訴訟を提起する必要性があったものということができる。
ウ 上記の諸事情を総合すれば,審査請求経由原告らにおいて,建築審査会の裁決を経ないで本件変更確認処分2の取消しの訴えを提起したことについて,行政事件訴訟法8条2項3号が規定する「正当な理由」があると認めることができるというべきである。
エ 一方,審査請求不経由原告らについては,本件変更確認処分2の基礎となる本件建築確認処分及び本件変更確認処分1についても審査請求をしていないであるから,上記の説示に照らせば,本件変更確認処分2についての裁決を経ていないことについて,上記規定にいう「正当な理由」があると認めることはできない。
(2) 出訴期間の遵守について
行政事件訴訟法14条1項は,取消訴訟について,処分又は裁決があったことを知った日から3か月以内に提起しなければならないものと規定しているところ,審査請求経由原告らは,平成15年4月13日に至って本件変更確認処分2があったことを知ったものと認められる〔弁論の全趣旨〕から,同日から3か月以内の同年6月23日に提起された本件変更確認処分2の取消しの訴えは,出訴期間の制限に反するものではない。
4 訴えの適法性についてのまとめ
上記1ないし3に説示したところからすれば,原告α自治会を除く審査請求経由原告らによる本件各確認処分の取消しの訴えは,いずれも適法であり,一方,原告α自治会及び審査請求不経由原告らによる本件各確認処分の取消しの訴えは,いずれも不適法である。
第7本案の争点①に関する当裁判所の判断
(本件各確認処分は,本件各建築計画に伴う開発行為について都市計画法29条1項に基づく許可を受けていないことを理由として,取り消されるべきかどうか)
1 開発行為該当性の判断権限の所在及び内容について ── 当該の建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかについての公権的判断の構造について
都市計画法29条1項は,開発行為をしようとする者は,都道府県知事又は同項所定の指定都市等の長(以下「知事等」という。)の許可を受けなければならないとしている(横須賀市においては,横須賀市長がこの許可に係る権限を有する。)ところ,この開発許可は,当該の建築物の建築等の用に供することを目的として行う土地についての一定の行為が開発許可を要する開発行為に該当し,かつ,これが開発許可の要件に適合する場合にされるものであることからすれば,同法は,知事等に対し,開発許可に係る権限の一内容として,当該の土地に係る行為が開発行為に該当するかどうかを判断する権限をも付与したものとみるべきである。このことは,都市計画法81条1項において,知事等は,必要な開発許可を受けずに開発行為をしている者すなわち同法29条1項に違反している者に対して,工事の停止等を命じ,若しくは,建築物の除却その他違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができると規定していることからも明らかである。
これに対し,前記第3,3(1)のとおり,建築基準法6条1項に規定する建築基準関係規定には都市計画法29条1項が含まれることから,当該建築計画が同項に規定する開発行為を伴うものではないことが,また,開発行為を伴うものである場合は,その開発行為について同法29条1項の規定に基づく許可を受けていることが,建築主事による建築確認処分に際しての審査事項となるが,上記のように都市計画法が開発行為該当性の判断権限を知事等に付与していることや,建築主事において,建築基準法6条1項の規定に基づく確認をするに当たり,当該建築計画の都市計画法29条1項の規定への適合性を確認するものとした建築基準法の趣旨・目的(前記第6,1(2)ア)に照らし,さらに,建築主事において開発行為該当性を実質的に判断することを予定した規定は見当たらないことも併せ考慮すれば,建築主事は,建築確認処分をするに際しての上記の審査に当たっては,当該建築計画が開発行為を伴うものであるかどうか等について権限を有する知事等の審査・判断を経由しているかどうかを審査するという形式的,外形的な判断権限を有するにとどまり,したがってまた,このような方法により上記の事項を審査すれば足りるものと解するのが相当というべきである。これに反し,建築主事において,独自の観点から当該建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかを審査・判断し,あるいは,当該開発行為が都市計画法33条等の許可基準に適合するとした知事等の判断の相当性を再審査することができるものと解することは到底できない。
建築基準法施行規則1条の3第9項が,建築確認の申請に係る建築物の敷地が都市計画区域内又は準都市計画区域内にある場合においては,原則として,その計画が都市計画法29条1項等の規定に適合していることを証する書面を申請書に添えなければならない旨を規定するとともに,同法施行規則60条が,建築基準法6条1項の規定による確認済証の交付を受けようとする者は,その計画が都市計画法29条1項等の規定に適合していることを証する書面(規則60条による証明書)の交付を知事等に求めることができる旨を定めているのも,上記のような,開発行為該当性の審査・判断に関する知事等と建築主事それぞれに対する権限の分配やその内容及び審査の構造等を踏まえたものということができるのである。
2 建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかの判断に係る違法が建築確認処分の取消訴訟における取消事由となるかどうかについて
(1) しかし,上記1のように,権限の分配等に係る関係規定により,建築主事において,建築確認処分をするに際しての審査に当たり,当該建築計画が開発行為を伴うものであるかどうかについては,権限を有する知事等の審査・判断を経由しているかどうかを形式的,外形的に判断すれば足りるとされていることと,実体的には当該建築計画が開発行為を伴うものであって,これについて許可を要するものであったにもかかわらずこれを受けていない場合に,当該建築計画に伴う開発行為について許可を受けていないとの事実を,建築確認処分の取消訴訟においてその取消事由として主張することができるかどうかということとは,以下のとおり,区別して考えるべき問題であるといわなければならない。
(2) 建築計画が実体的には開発行為を伴い,これについて許可を要するものであった場合,すなわち,知事等による当該建築計画に係る行為が開発行為に該当しない旨の判断に誤りがある場合には,必要な開発許可を受けていない当該計画は,都市計画法29条1項の規定に適合しないことは明らかであり,この点において,上記判断を前提とする建築確認処分も瑕疵を帯びることとなるものといわざるを得ない。そうであるとすれば,建築計画が,これに伴う開発行為について都市計画法29条1項の規定による許可を要するものであるにもかかわらず,これを受けないまま建築確認処分がされた場合においては,このことを理由として当該建築確認処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものと認められる者は,当該建築確認処分の取消訴訟において,上記の点を当該建築確認処分の取消事由として主張し,その処分の取消しを求めることができると解すべきである。
なぜならば,知事等による当該建築計画に係る行為が開発行為に該当しない旨の判断に基づく規則60条による証明書の交付行為は,一定の事実を証明する行為ないし一定の法的見解を表明する行為にとどまり,当該建築工事をしようとする者又はこれに利害関係を有する者の法律上の地位に何ら影響を及ぼすものではないから,知事等の当該判断に基づく規則60条による証明書の交付行為を捉えて,それ自体を行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(行政事件訴訟法3条2項)として取消訴訟の対象とすることは困難であるといわざるを得ない。そうすると,知事等による当該建築計画に係る行為が開発行為に該当しない旨の判断に依拠して建築確認処分がされ,開発許可に係る都市計画法33条等が規定する許可基準への適合性に関する審査が何らされないまま,当該建築計画に係る建築物の建築工事が施工されようとしている場合においては,当該建築確認処分に先行して開発許可処分がされているような場合と異なり,行政事件訴訟法の解釈上も,当該建築確認処分の取消訴訟において開発行為該当性の点に関する知事等の判断の誤りを当該建築確認処分の取消事由として主張することを制限すべき根拠を見いだすことはできないし,かえって,このような主張が許されないものとすれば,上記の開発行為該当性に関する判断に不服のある周辺住民等が,都市計画法29条1項に規定する開発許可制度によって保護されるべき利益の救済を求めて訴えを提起する途は閉ざされてしまうことになるが,そのような解釈は,違法な行政処分により権利又は法律上保護された利益を侵害された者に対し,取消訴訟の制度を設け,その司法的救済を図った行政事件訴訟法の趣旨・目的に反し,合理性を欠くものであることは明らかというべきだからである。
確かに,上記のように,開発行為該当性については知事等が実質的な判断権限を有し,建築主事はその判断の存否,内容を形式的,外形的に審査する権限を有するにとどまるのであって,その限りにおいては,このような方法による建築主事の建築確認処分に係る権限の行使をもって,直ちに,建築基準法上,当該建築確認処分の違法を構成するものということはできないが,このような建築主事の開発行為該当性に係る審査権限の点は,基本的には,建築基準関係規定に適合した建築計画に係る建築物の建築工事を許容するという特定の効果の付与に向けた行政事務処理上の合目的性の観点からする,行政庁相互間の権限分配の問題にとどまるものというべきであって,この審査権限の点を根拠として,建築計画に伴う開発行為について必要な都市計画法29条1項の規定による許可を受けていないのにもかかわらずされた当該建築計画に係る建築確認処分の取消訴訟において,建築確認を受けるために本来必要な開発許可が欠落しているとの事実を当該建築確認処分の取消事由として主張し,その取消しを求めることが許されないとすることはできないものというべきである。
3 本件各建築計画は開発行為を伴うものであるかどうかについて
そこで,以下,本件各建築計画が都市計画法29条1項,4条12項に規定する開発行為を伴うものであるかどうかについて検討する。
(1) 区画の変更の有無について
ア 都市計画法4条12項に規定する開発行為の要件を構成する「区画の変更」とは,道路,塀等の土地の物理的状況による区分の変更をいうものと解されるところ,都市計画法がこのような区画の変更を開発行為として同法29条1項に規定する知事等の許可に係らしめた趣旨は,区画の変更がされる場合には,従前とは異なった規模ないし密度における土地利用が行われることから,これを開発許可制度の規制の下に置くことで土地の合理的な利用を図り,ひいては都市の健全な発展と秩序ある整備(同法1条)を実現しようとしたものと解される。
そして,開発許可の基準を定めた都市計画法33条中,本件に密接に関係する同条1項7号の規定と区画の変更との関係についてみると,区画の変更を要素とする開発行為について同号の規制を及ぼしているのは,地盤の軟弱な土地,がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地について,区画が変更されて異なった規模ないし密度による土地利用がされることとなれば,そのような従前とは異なった土地利用が当該土地に与える影響も異なってくることから,区画の変更の機会を捉えて所定の審査を行うことで,上記のような土地の安全性を確保し,もって開発区域内外における災害の発生の防止を図ったものということができる。例えば,同法33条1項7号に関する技術的細目を規定する同法施行令28条のうち,地盤の沈下又は開発区域外の地盤の隆起等の発生の阻止に関する同条1号の規定は,このような区画の変更による開発区域内外の地盤への影響をも考慮したものと解することができる。
イ これを本件建築予定地についてみると,前記第3,1のとおり,本件土地1は,未整地で傾斜のある,未利用の土地であった一方,本件土地2は,本件土地1との境界付近を除く大部分において,平坦に整地,舗装がされ,駐車場として利用されていたものであり,また,本件土地1及び2の境界付近は,東側に開いた谷状を呈していた。このような各土地の形状や利用状況等からすると,本件建築予定地が,大きく本件土地1及び2という異なった区画に区分されていたことは明らかというべきである。
そして,本件各建築計画は,本件土地1及び2にまたがって,建築物の基礎及び周辺部分に切土及び盛土を行い,南北は約70メートル,東西は約15メートルに及ぶ規模の地上7階,地下3階の1棟の共同住宅を建築するというものである。
そうすると,本件各建築計画は,異なる区画を統合し,これを一体として1棟の建築物の敷地として利用しようとするものであるから,少なくとも物理的,外形的に,本件建築予定地の区分の変更を伴うことは明らかである。
ウ もっとも,横須賀市長は,本件各確認処分当時,区画の変更の有無について,前記第3,4(2)のとおり,建設省による従前の通達を踏まえた県の手引に従い,「単なる形式的な区画統合の基準」を用いて,「建築物の建築に際し,切土,盛土等の造成工事を伴わず,かつ,従来の敷地の境界の変更について,既存の建築物の除却や,へい,かき,さく等の除却,設置が行われるにとどまるもので公共施設の整備の必要がないと認められるもの」あるいは「単なる形式的な区画の分割又は統合で,区画の変更について,公共施設の整備の必要がないと認められるもの」については,開発行為とは扱わないこととしていた。そして,横須賀市長は,本件各建築計画についても,「単なる形式的な区画統合の基準」を用い,判定フロー表に従い,形,質の変更がないこと,敷地面積が3000平方メートル未満であるため公園,緑地及び広場の設置の必要がないこと,敷地の接面道路の幅員が6メートル以上であること,汚水処理施設及び雨水処理施設に関し敷地が下水道法による公共下水道の供用開始区域内に存していることをそれぞれ確認し,その結果,本件各建築計画はいずれも区画の変更を伴うものではないと判断した。なお,ここでの形の変更の有無は,開発行為の要件を構成する「形の変更」の有無の基準として県の手引が示す,切土及び盛土の高さ及び面積に関する基準(前記第3,4(3))を用いて判断されたものである。
〔甲2,17号証,乙47ないし49号証,証人P19,P20及びP21の各証言〕
しかし,この「単なる形式的な区画統合の基準」は,法が開発行為の要件を構成するものとして規定する区画の変更の意義について,行政実務の運用上,限定的に解釈することにより,一定の区画の変更を開発行為から除外しようとするものであるから,上述した土地の区画の変更を開発行為として知事等の許可に係らしめた都市計画法の趣旨・目的に照らして,その内容の合理性ないし限定解釈が許容される範囲等について,慎重に検討されなければならないというべきである。
エ そこで,以下,上記の点について検討する。
(ア) まず,横須賀市長は,「単なる形式的な区画統合の基準」のうち,「切土,盛土等の造成工事を伴わ」ないことについて,開発行為の要件を構成する「形の変更」の有無の基準として県の手引が示す,切土及び盛土の高さ及び面積の基準(高さ2メートルを超える切土の存在等)を用いて判断した。
しかし,開発行為の要件を構成する「形の変更」の有無は,切盛土行為自体の安全性又はこれが土地等に与える影響を考慮し,どの程度の切土,盛土を開発許可の規制の対象とする必要があるかという観点から検討されるものであるのに対し,区画の変更においては,前記アのとおり,異なった規模ないし密度における土地利用による影響が検討されるべきであるから,区画の変更の有無に関する判断をするについて,「形の変更」の有無に関する判断におけるのと同一の基準を用いることが,十分な合理性を有するものとは思われない。判定フロー表に従い,かつ,そのうちの形の変更の有無を開発行為の要件を構成する「形の変更」の有無と同一の基準で判断するとすれば,いったん開発行為の要件を構成する「形の変更」がないと判断されれば,公共施設の整備の必要がない限り区画の変更にも該当する余地がないことになるが,このような解釈・運用によると,実質的には,公共施設の整備の必要性のみが区画の変更の有無に関する判断基準として機能することとなり,区画の変更を,形,質の変更に加えて開発許可による規制の対象としている都市計画法の趣旨(前記ア)は,大きく損なわれることになるものといわざるを得ない。
また,「単なる形式的な区画統合の基準」の基となった昭和62年8月18日付け建設省建設経済局長通達「再開発型開発行為に関する開発許可制度の運用の適正化について」は,「切土,盛土等の造成工事を伴わず,かつ,従来の敷地の境界の変更について,既存の建築物の除却や,へい,かき,さく等の除却,設置が行われるにとどまるもの」と規定していたものであって,その文言からしても,区画の変更の有無に関する判断を,専ら開発区域における切土及び盛土の高さ及び面積によって行うことを予定していたものとは,到底解されないところである。
このようなことからすると,横須賀市長による「単なる形式的な区画統合の基準」の適用のうち,「切土,盛土等の造成工事を伴わ」ないかどうかに関する判断過程は,合理性を欠くものというべきである。
(イ) そもそも,「単なる形式的な区画統合の基準」は,上記の昭和62年8月18日付け建設省建設経済局長通達「再開発型開発行為に関する開発許可制度の運用の適正化について」に付された趣旨説明〔甲23号証〕からも窺われるように,例えば,整備された市街地における複数の建築物の敷地を形式的に統合してビル等の大規模の建築物を建築するといった,いわゆる再開発型の開発行為については,その周辺の状況に照らし公共施設の整備の必要がない場合には,都市計画の目的の実現という観点からは改めて開発許可制度による規制を及ぼす必要がないとの認識ないし価値判断に基づくものと推察されるのである。そして,このような「規制緩和」の背景には,これによって,既成市街地における民間の再開発を手続的に促進しようという,行政施策上の目的があったものと推察されるところである。
これに対し,本件各建築計画は,平坦な駐車場と急傾斜のある未整地の土地という異質の区画について,その境界部分が谷状を呈しているところを,双方の区画にまたがる形で建築物の基礎部分及び周辺部分に切土,盛土を行うことで,1棟の建築物の敷地として利用できるように統合しようとするもので,上記のような再開発型開発行為に関する「単なる形式的な区画統合の基準」が,本件のような区画の変更行為を開発行為から除外する趣旨であったとは,到底解されないところである。また,上記のような本件各建築計画の施工に伴う本件建築予定地における工事の内容をもって,上記通達にいう「切土,盛土等の造成工事を伴わない」とか「従来の敷地の境界の変更について,既存の建築物の除却や,へい,かき,さく等の除却,設置が行われるにとどまるもの」に該当するということ自体,極めて不自然というほかはない。
このように,本件各建築計画について,「単なる形式的な区画統合の基準」を形式的に適用すること自体についても,その合理性を肯定することは困難というべきである。
(ウ) なお,横須賀市長が本件各建築計画に係る開発行為該当性の判断について「単なる形式的な区画統合の基準」を用いた背景には,物理的,外形的に区画の変更とみられるすべての行為についてあえて開発許可制度の規制を及ぼさなくても,これと接着する個々の建築行為に係る建築確認の際に必要な審査が行われれば,事実上,開発許可制度による規制の趣旨は達成されるとの考えがあるものと窺われる(本件各建築計画に係る開発行為該当性の審査を担当した開発指導課長である証人P19は,同趣旨の証言をしているところである。)。
確かに,建築確認の際にも,建築物の敷地の安全や建築物の構造耐力等(建築基準法19条,20条),敷地ないし地盤に関する審査が行われるが,建築確認の際の安全審査は,あくまでも,建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれがあるか(同法19条4項),建築物が地盤との関係において構造上安全であるかどうかといった,当該建築物の安全性の確保の観点からされるにとどまるのに対し,開発許可に際しては,開発区域の土地,地盤の安全性や当該開発行為が開発区域内外の土地,地盤の安全性に与える影響等についての審査がされるのであって(都市計画法33条1項7号,同法施行令28条),両者の審査の目的及び審査の対象となる事項は,その重要な部分において異なるものである。
そして,本件建築主らの依頼による本件建築予定地の地質調査において,本件建築予定地の上位に凝灰質砂岩を主体とするいわゆる池子層が分布し,これと下位層との層理面が敷地北東方に下がる流れ盤構造を持つことが確認され,また,岩盤全体に滞水している可能性も指摘されているところであるが〔甲30号証〕,このような本件建築予定地の区画を統合して大規模な土地利用をするに当たっては,まずその土地ないし地盤自体の安全性が審査されるべきであって,このように解することが,区画形質の変更をもって開発行為とし,これを知事等の許可に係らしめ,建築確認処分とは別に,開発許可においてその安全性等を審査することとした都市計画法の趣旨に合致するものというべきである。
したがって,少なくとも本件各建築計画については,安全審査の観点からも,建築確認の際に所要の審査がされることを根拠として,建築工事の施工に伴う本件建築予定地の区画の変更の開発行為該当性を否定することができないことは明らかである。
(エ) 上記(ア)ないし(ウ)に説示したところからすれば,いずれにしても,本件各建築計画について,「単なる形式的な区画統合の基準」を用いることにより,区画の変更を伴わないとした横須賀市長の判断は,合理性を欠くものというべきであって,これを是認することはできないというべきである。
オ そこで,都市計画法の規定に照らして,本件各建築計画が本件建築予定地の「区画の変更」を伴うものでないかどうかについて判断する。
都市計画法4条12項に規定する「区画の変更」への該当性については,その文言に照らし,物理的,外形的な土地の利用に係る区分の変更の有無を基礎として,区画の変更を開発行為として知事等の許可に係らしめた法の趣旨・目的をも踏まえて検討されるべきである。
本件各建築計画は,前記イのとおり,本件建築予定地に係る平坦な駐車場と急傾斜のある未整地の土地という,形状及び利用状況等の全く異なった二つの土地の区画を,双方にまたがる形で建築物の基礎部分及び周辺部分に切土,盛土を行うことにより,1棟の大規模な建築物の敷地として利用できるように統合し,一体の区画として利用しようとするものであって,物理的,外形的に土地の区分の変更が生じることはもとより,前記アの観点からすれば,これを開発許可の対象として土地の安全性及び区画の変更がこれに与える影響等を審査する必要性ないし実質的意義があることを否定することはできないから,本件各建築計画は「区画の変更」を伴うものと認めるのが相当である。
カ 上記のとおり,本件各建築計画は,いずれも,都市計画法4条12項に規定する「区画の変更」を伴うものであり,この区画の変更は,主として建築物の建築の用に供する目的で行われるものであることも明らかであるから,同項にいう開発行為に該当する。
(2) 形の変更の有無について
ア 都市計画法4条12項に規定する開発行為の要件を構成する「形の変更」とは,切土,盛土等により土地の形状を変更することをいうものと解されるところ,都市計画法がこのような形の変更を開発行為として同法29条1項に規定する知事等の許可に係らしめた趣旨は,形の変更がされる場合には,従前とは異なった形状における土地利用が行われることから,これを開発許可制度の規制の下に置くことで土地の合理的な利用を図り,ひいては都市の健全な発展と秩序ある整備(同法1条)を実現しようとしたものと解される。
そして,都市計画法33条1項7号,同法施行令28条,同法施行規則23条,27条においては,切土及び盛土の安全性やこれが地盤に与える影響等に配慮した規制が設けられているところである。
イ この形の変更の有無について,横須賀市長は,本件各確認処分当時,前記第3,4(3)のとおり,県の手引に従い,切土及び盛土の高さ及び面積の基準(高さ2メートルを超える切土,高さ1メートルを超える盛土,高さ2メートルを超える一体の切盛土,及び,これ以外で30センチメートルを超える切土,盛土又は一体の切盛土(ただし,市街化区域において,当該行為を行う土地の面積の合計が500平方メートル未満の場合を除く)を形の変更とする。)を用い,また,その際,建築物の建築自体と不可分な一体の工事と認められる基礎打ち,土地の掘削等の行為は切土,盛土として扱わずに,判断していた。
そして,上記の切土及び盛土の高さ及び面積の基準は,宅地造成等規制法2条2号,同法施行令3条に規定する宅地造成の基準を参考にしたものと解される(この点は被告も認めるところである。)。
ところで,開発行為を知事等の許可に係らしめた都市計画法29条1項の趣旨や,同法33条1項等に規定する開発許可の基準の内容に照らせば,建築物の建築等を目的とするあらゆる切土,盛土を開発行為として規制し,上記の許可基準適合性の審査の対象とすることは相当でないということができるから,行政庁の内部において,開発許可に係る規制の対象とすべき切土,盛土の規模等について一定の運用基準を設け,円滑な事務処理を図ること自体については,相応の合理性を認めることができるものと思われる。
もっとも,都市計画法上,この点については,同法29条1項1号及び同法施行令19条において許可規制の対象となる開発行為を,開発行為の「規模」,具体的には開発行為に係る「面積」という標準によってのみ限定しているにとどまることや,開発許可と宅地造成等規制法上の宅地造成許可の趣旨・目的が必ずしも同一であるとはいえないことからすれば,上記の基準の具体的内容の合理性については,別途,検討されなければならないというべきである。また,建築物の建築自体と不可分な一体の工事と認められる基礎打ち,土地の掘削等の行為を開発行為から除外するという解釈・運用は,このような行為の安全性等については当該建築計画に係る建築確認において審査がされるとの前提に基づくものと推察されるが,前記(1)エ(ウ)のとおり,開発許可及び建築確認の審査の目的及び審査の対象となる事項はその重要な部分において異なるものであることからすれば,上記のような解釈・運用の合理性についても,検討を要するところというべきである。
しかし,本件においては,原告らは,仮に上記の各基準に従ったとしても,本件各建築計画は形の変更を伴うものである旨を主張,立証しているので,上記の問題はしばらくおいて,本件各建築計画に係る審査において横須賀市長が依拠した上記基準に即して,その審査の過程に過誤がないかどうか検討を進めることとする。
ウ(ア) まず,本件においては,切土,盛土の高さの判断の基礎となる本件建築予定地の現況地盤高さについて,原告らは京浜急行が作成した平面実測図(甲8号証,9号証の1)及び断面実測図(甲9号証の2)によるべきであると主張し,被告は本件変更計画2に係る申請書類である「03.1.14付け現況図」(新現況図)によるべきであると主張するので,この点について検討する。
(イ) 本件建築予定地の現況に関する図面の作成に関する経緯をみると,以下のとおりである。〔甲2,17号証,乙12,45,46号証,証人P22及びP15の各証言,弁論の全趣旨〕
ⅰ 本件建築主らは,本件建築計画及び本件変更計画1に係る規則60条による証明書の交付申請の際には,「01.6.15付け現況図」(当初現況図)を提出し,横須賀市長は,これに基づいて開発行為該当性の審査を行い,それぞれ規則60条による証明書を交付した。
なお,当初現況図は,本件設計者において,主として本件建築予定地の当時の所有者から提供された図面を基に,作成したものである。
ⅱ その後,平成14年8月ころ,原告α自治会の会長から,被告に対し,本件建築計画及び本件変更計画1における本件建築予定地の現況地盤高さ等の申請内容と,京浜急行が作成した平面実測図及び断面実測図上の同土地の現況の記載とに差異があるので,調査してほしい旨の要望が出された。
ⅲ これを受けて,被告は,本件設計者に対し,申請内容と現況とに差異があるかどうかの確認を求めたところ,本件建築主らは,本件建築予定地の現況について,土地家屋調査士による測量を実施した。
その結果,本件建築予定地の地盤高さについて当初現況図と現況との差異が明らかになったことから,本件建築主らは,この測量結果を基に本件設計者が作成した新現況図に従い,建築計画中の計画地盤高さを変更して本件変更計画2とし,同計画について規則60条による証明書の交付申請及び変更確認申請を行った。
(ウ) 上記の京浜急行の平面実測図及び断面実測図は,被告が京浜急行に問い合わせた結果〔乙46号証及び証人P22の証言〕及び両図面の記載内容〔甲8,9号証〕からすれば,平面実測図については,京浜急行の線路敷地の境界杭の位置を表す目的で作成されたものと認められ,一方でその図面中に記載されている地盤高さについてはその記載者や測量の経緯も不明であるし,断面実測図については,がけの高さ及び形状を表す目的ではあるものの,京浜急行の職員の測量に基づき,社内での使用目的で作成されたものと認められる。また,被告において両図面を照合した結果〔乙16号証〕からすれば,両図面には,地盤高さについて不整合が存在するものと認められる。上記のことからすれば,これらの図面については,その地盤高さの記載の正確性に疑問があるといわざるを得ない。
一方,新現況図は,本件建築確認処分及び本件変更確認処分1について審査請求経由原告らがした審査請求が係属している時期に,現況地盤高さの正確な把握を目的として,専門家による測量を経て作成されたという前記の作成経緯や,斜面中の相当数の実測点を反映していることなどの記載内容に照らせば,その地盤高さの正確性を信頼することができるものということができる。
(エ) したがって,以下,本件建築予定地の現況地盤高さについては新現況図に示された地盤高さを基礎として,形の変更の有無を検討することとする。
その際,本件の当事者間の争いの所在に即して,別紙「検証平面図」に示された各断面につき,切土の高さが最大になる建築物(ドライエリアを含む)の外縁において,その切土の高さが2メートルを超えるかどうかを検討することとする。また,本件変更計画2について本件設計者が作成した各断面図(甲18号証)は,新現況図の表示を反映させたものであるから,各断面の現況地盤高さについては同断面図の記載によることとする。
エ B断面,C’断面,G’断面,H’断面,i断面及び3’断面について
(ア) 本件建築計画及び本件変更計画1について
本件建築計画及び本件変更計画1について,各断面につき,本件建築物の外縁における切土の計画をみると,以下のとおりである。
B断面については,現況地盤高さが23.95メートルであるところを〔甲18号証〕,21.85メートルに切り下げる計画であることから〔甲2号証,乙40,41号証〕,切土の高さ(2.10メートル)は2メートルを超える。
G’断面については,現況地盤高さが24.15メートルであるところを〔甲18号証〕,21.85メートル以下に切り下げる計画であることから〔乙40,41号証〕,切土の高さ(2.30メートル以上)は2メートルを超える。
3’断面は被告において設定した断面であるが,現況地盤高さが24メートルを超えるところを〔乙17号証〕,21.85メートル以下に切り下げる計画であることから〔乙40,41号証〕,切土の高さ(2.15メートル以上)は2メートルを超える。
H’断面については,現況地盤高さが24.12メートルであるところを〔甲18号証〕,22.00メートルに切り下げる計画であることから〔乙40,41号証〕,切土の高さ(2.12メートル)は2メートルを超える。
C’断面については,現況地盤高さが26.07メートルであるところを〔甲18号証〕,24.71メートルに切り下げる計画であることから〔乙15号証〕,切土の高さ(1.36メートル)は2メートルを超えない。
i断面については,現況地盤高さが25.56メートルであるところを〔甲18号証〕,23.60メートルを超えて切り下げるものではないから〔乙40,41号証〕,切土の高さは2メートルを超えない。
(イ) 本件変更計画2について
本件変更計画2について,B断面,C’断面,G’断面,H’断面,i断面及び3’断面につき,建築物の外縁における切土の計画をみると,その高さはいずれも2メートルを超えないものと認められる。 〔甲18号証,乙42号証〕
原告らは,G’断面及びこれとB断面との間の断面において2メートルを超える高さの切土が存在する旨の主張するが,京浜急行の平面実測図及び断面実測図上の地盤高さを前提とするものであって,採用することができない。
オ J断面について
(ア) J断面は,本件建築物北側の避難通路の西端を通る断面である。
そして,J断面の本件建築物の外縁の現況地盤高さは26.18メートルであるところ〔甲18号証〕,本件各建築計画は,いずれもこの部分を24.20メートルに切り下げる計画であるので〔乙15,40ないし42号証〕,切土の高さは2メートルを超えない。
(イ) しかし,本件変更計画1では,上記避難通路部分についてはさらに切り下げ,本件建築物の外縁において,東西に幅1.98メートルにわたり,高さ23.315メートルの平坦な地盤面とすることとし〔乙41号証〕,また,本件変更計画2においても,同避難通路部分を切り下げ,本件建築物の外縁において,東西に幅1.98メートルにわたり,高さ24.08メートルの平坦な地盤面とすることとしている〔乙42号証〕。したがって,この避難通路部分の切土を考慮すれば,J断面東側において,高さ2メートルを超える切土が生じることとなる。
(ウ) この点について,被告は,開発指導課においては,上記避難通路がその利用形態から本件建築物と用途上不可分一体であるため,当該部分の掘削は建築物の建築と不可分一体の工事であり,形の変更の対象とはならないと判断したものである旨を主張する。また,実際の審査の経緯を見ると,開発指導課において,建築審査課の建築主事に同避難通路の性質について確認したところ,この部分は建築物自体ではないものの,建築基準関係規定により避難上必要なものであるとの回答を受けたため,同避難通路は本件建築物と用途上不可分一体であり,その部分の切土は建築物の建築と不可分一体の工事であるとして,県の手引の基準に当てはめ,形の変更には当たらないとの結論に至ったことが認められる〔乙46,49号証,証人P21及びP22の各証言〕。
ところで,前記イのとおり,開発指導課が上記のような判断に際して依拠したという県の手引における,建築物の建築自体と不可分な一体の工事と認められる土地の掘削等を,切土として扱わずに開発行為から除外するとの解釈・運用は,このような行為の安全性等については当該建築計画に係る建築確認において審査がされるとの前提に基づくものと推察されるところである。しかし,これを上記避難通路部分の切土についてみると,同避難通路は本件建築物を構成するものではないから,建築確認においては,この避難通路部分の地盤の安全性についての審査は行わないのが法規制の構造であることは明らかである(現に,本件変更確認処分1及び2をするに際し,同避難通路部分の切土をした後の地盤の安全性は,審査されていないところである〔証人P22の証言〕。)。そうすると,同避難通路部分の切土をした後の地盤の安全性については,開発行為の許可において審査すべきこと(都市計画法施行令28条3号参照)は当然であって,上記のような前提に基づいてこのような避難通路の掘削に係る切土を,形の変更に当たるかどうかの検討の対象から除外することはできないというべきである。被告は,建築物との用途上の不可分一体性を論拠とするが,上記解釈・運用の根拠からすれば,その切土が建築物と物理的,構造的に一体をなす部分についてのものかどうかが重要なのであって,切土に係る部分が建築物の用途ないし利用上どのような機能を持つかは,その切土が形の変更に当たるかどうかの判断と関連性を有しないものというべきである。
(エ) したがって,本件変更計画1及び2には,J断面の東側において,高さ2メートルを超える切土が存在することとなる。
カ 上記のとおり,本件各建築計画は,いずれも,高さ2メートルを超える切土を伴うものであり,前記イの基準によったとしても,都市計画法4条12項に規定する「形の変更」に当たり,この形の変更は,主として建築物の建築の用に供する目的で行われるものであることも明らかであるから,同項にいう開発行為に該当する。
(3) まとめ
上記(1),(2)のとおり,本件各確認処分に係る本件各建築計画は,いずれも区画の変更及び形の変更を伴うものであって,これらはいずれも都市計画法4条12項に規定する開発行為に該当するものであるから,これらの開発行為については同法29条1項の規定に基づく許可を受けることを要するものである。しかし,本件各建築計画は,その施工に伴う開発行為について上記の許可を受けていないのであるから,都市計画法29条1項の規定に適合しないものといわざるを得ない。
したがって,前記2の説示によれば,本件各建築計画に伴う開発行為について許可を受けないままにされた本件各確認処分の取り消しを求める審査請求経由原告らの本件各請求は,いずれも理由があるというべきである。
なお,被告は,本件建築計画及び本件変更計画1について高さ2メートルを超える切土が生じていたとしても,実際の工事は基準を満たす本件変更計画2に基づいて行われるのであるから,本件建築確認処分及び本件変更確認処分1を取り消す利益はない旨を主張する。これは,本件変更計画2について新たに確認処分を受けたことにより,本件建築計画及び本件変更計画1に伴う開発行為について都市計画法29条1項の規定に基づく許可を受けていないという本件建築確認処分及び本件変更確認処分1に係る取消事由が治癒された旨の主張と解されるが,上記のとおり,本件変更計画2も区画の変更及び形の変更を伴うものであり,かつ,区画の変更及び形の変更を伴うものであることは本件各建築計画に共通した事由であるから,本件各確認処分をいずれも取り消すことが相当というべきである。
第8結論
以上のとおりであって,原告P13,同P14,同P16,同P17及び同P18の本件各請求はいずれも理由があるから,これらを認容することとし,その余の原告らの本件各訴えはいずれも不適法であるから,これらを却下することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 貝阿彌亮)