横浜地方裁判所 平成15年(行ウ)60号 判決 2004年7月28日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告が平成14年8月13日付けで原告に対してした,原告の平成14年4月から平成15年6月までの国民年金保険料の免除申請を却下した処分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2事案の骨子
本件は,原告が,被告に対し,平成14年4月から平成15年6月までの国民年金保険料の全額又は半額の免除を申請したところ,被告が,原告は国民年金保険料の全額又は半額の免除要件のいずれにも該当しないとして,その申請を却下したことから,原告が,原告はアルバイトや契約社員として勤務しており収入と雇用状態が安定しないため,国民年金保険料の免除要件を充足していること,また,上記却下処分は申請理由を申請書に記載する機会を原告に与えないままされたもので手続的にも違法であること,などを理由として,上記却下処分の取消しを求めている事案である。
第3関係法令の定め等
(末尾に証拠を記載した事実は,当該証拠によって認められる事実である。)
1 国民年金保険料の納付に関する規定
国民年金法においては,日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者は国民年金の被保険者とされ(同法7条1項),国民年金事業に要する費用は,国庫負担及び被保険者が納付する保険料(以下「保険料」という。)等によって賄うものとされている(同法85条,87条1項)。
このうち,保険料については,政府が被保険者期間の計算の基礎となる各月につき徴収するものとされ(同法87条2項),その額は,給付に要する費用の予想額並びに予定運用収入及び国庫負担の額に照らし,将来にわたって,財政の均衡を保つことができるものでなければならず,かつ,少なくとも5年ごとに,この基準に従って再計算され,その結果に基づいて所要の調整が加えられるべきものとされている(同条3項)。また,保険料は定額とされ,平成13年から現在に至るまで1万3300円とされている(同条4項)。
そして,被保険者は保険料を納付しなければならない(同法88条1項)とされる一方,一定の要件の下に,当然に保険料の納付が免除される場合と(同法89条),下記のとおり,被保険者の申請に基づいて社会保険庁長官等が承認することにより保険料の納付が免除される場合(以下「申請免除」という。)とが定められている。
2 平成12年法律第18号による国民年金法改正前の申請免除について
(1) 平成12年法律第18号による改正前の国民年金法(以下「旧法」という。)においては,保険料は,所得がないとき(旧法90条1項1号),生活保護法による援助の受給等の事情があるとき(同項2ないし4号)又は保険料を納付することが著しく困難であると認められるとき(同項5号)において,全額の免除を承認し得るものとされていた。
(2) 上記(1)の申請免除の要件を具体的に定めた法令は存在せず,以下のとおりの保険料免除基準(昭和49年1月28日付け庁保発第2号)が定められ,実務上はこれに従った運用がされていた。〔乙5号証,弁論の全趣旨〕
ア 保険料納付義務者(国民年金法88条)のいずれかに,前年分の所得税が課税されている場合には,当該被保険者の保険料は免除しない(同基準1(1))。
イ 保険料納付義務者のいずれにも,当該年度分の市町村民税が賦課されていないときには,当該被保険者の保険料は免除する(同基準1(2))。
ウ ア及びイによって決定できない場合には,被保険者の属する世帯の世帯員全員の前年の所得額等,世帯の保険料負担能力を示す項目を用いて計算される数値により,免除するかどうかを決定する(同基準1(3))。
エ イ又はウによれば保険料を免除することとなる場合であっても,当該世帯について,前年度に比べて所得状況が著しく改善される等の場合には,保険料を免除しないことができる(同基準1(4))。
オ ア又はウによれば保険料を免除しないこととなる場合でも,失業,倒産その他の理由で申請時の所得状況が前年度の所得状況と著しく異なる等により,保険料の拠出が困難と認められるときは,当該世帯の所得額,稼働能力,生活程度,世帯構成その他の事情を考慮して,保険料を免除することができる(同基準1(5))。
3 平成12年法律第18号による国民年金法改正後の申請免除について
(1) 平成12年法律第18号による改正後の国民年金法(以下「改正法」という。)においては,旧法下における全額免除に加え,被保険者の申請に基づき保険料の半額の納付を要しないものとする半額免除制度(改正法90条の2)が創設されるとともに,免除を承認し得る要件について,以下のとおり規定が改められた。
なお,改正法のうち申請免除に関する規定の施行期日は,平成14年4月1日である(平成12年法律第18号附則1条1項3号)。
(2) 全額免除の要件について
ア 旧法90条1項1号では「所得がないとき」とのみ規定されていたのに対し,改正法90条1項1号においては,「前年の所得が,その者の扶養親族等の有無及び数に応じて,政令で定める額以下であるとき」に免除を承認し得るものとされ,さらに,同条4項において,所得の範囲及び額の計算方法についても政令で定めるものとされている。
そして,これを受けた国民年金法施行令(以下「改正法施行令」という。)において,改正法90条1項1号に規定する政令で定める額は,扶養親族等の数に1を加えた数を35万円に乗じて得た額(扶養親族等があるときは,当該乗じて得た額に27万円を加算した額)とされている(改正法施行令6条の7)。
イ また,旧法90条1項3号,4号についても改正がされ,改正法90条1項3号,4号においては,前年の所得を基準とすべきことが明示され,その範囲等についても政令において定めるものとされている(同条4項)。
ウ さらに,旧法90条1項5号についても改正がされ,改正法90条1項5号においては,「保険料を納付することが著しく困難である場合として天災その他の厚生労働省令で定める事由があるとき」に免除を承認し得るものとされている。
そして,これを受けた国民年金法施行規則(以下「改正法施行規則」という。)において,改正法90条1項5号の事由として,以下の事由が定められている。
① 免除の申請のあった日の属する年度又はその前年度における震災,風水害,火災その他これらに類する災害により,保険料納付義務者等の所有に係る住宅,家財その他の財産につき被害金額(保険金,損害賠償金等により補充された金額を除く。)が,その価格のおおむね2分の1以上である損害を受けたとき(改正法施行規則77条の6第1号)。
② 免除の申請のあった日の属する年度又はその前年度において,失業により保険料を納付することが困難と認められるとき(同第2号)。
③ その他前2号に掲げる事由に準ずる事由により保険料を納付することが困難と認められるとき(同第3号)。
そして,上記改正法施行規則77条の6第3号の取扱いについて,平成14年3月11日付けで,社会保険庁運営部長から,地方社会保険事務局長に対し,同号に規定する「その他前2号に掲げる事由に準ずる事由」とは,事業の休止又は廃止により厚生労働省が行う離職者支援資金貸付制度による貸付金の交付を受けたときとする旨の通知(平成14年3月11日付け庁保発第7号。以下「本件通知」という。)が発せられた。また,改正法の施行に伴い,平成14年3月31日,従前の保険料免除基準は廃止された。
〔乙15,16号証〕
(3) 半額免除の要件について
保険料の半額免除を承認し得る要件については,その判断基準となる前年の所得額が,扶養親族等がないときは68万円,扶養親族等があるときは68万円に当該扶養親族等1人につき原則として38万円を加算した額であるとされ(改正法90条の2第1項1号,改正法施行令6条の9),また,前年の所得額の計算方法が異なる(改正法施行令6条の12)ほかは,基本的に,全額免除の免除要件と同一とされている(改正法90条の2,改正法施行規則77条の6等)。
4 改正法の下での保険料免除申請の方法について
改正法の下での保険料の免除の申請は,①申請者の氏名,生年月日及び住所並びに基礎年金番号,②申請者の属する世帯の世帯主及び申請者の配偶者の氏名,及び,③申請者等が改正法90条1項又は90条の2第1項の規定により保険料の全額又は半額を納付することを要しない者であることを明らかにすることができる所得の状況その他の事実を記載した申請書を,免除要件に該当する事実を明らかにすることができる書類を添付して,社会保険事務所長等に提出することによって行わなければならないとされている(改正法施行規則77条,77条の3)。
第4基礎となる事実
(以下の事実は,当事者間に争いがない事実であるか,記載した証拠ないし弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)
1 原告の平成13年度以前の保険料免除申請について
(1) 原告は,平成13年4月13日,藤沢市長に対し(旧法3条3項,旧法施行令1条の2第1項9号),同月から平成14年3月までの間の保険料の免除を申請する旨の申請書を,備考欄に「契約社員として勤めており収入が安定しないため」と記載して,提出した。
そして,藤沢市長から上記申請書の送付を受けた被告は,平成13年10月12日付けで,原告に対し,平成13年4月から平成14年3月までの間の保険料の納付を免除する旨の処分をした。
〔乙1号証の1,2号証ないし4号証,6号証〕
(2) 原告の上記申請の前年の所得額は,155万8800円(収入金額248万4246円)であった。〔甲7号証の2,乙1号証の2〕
(3) なお,原告は,遅くとも平成10年度以降は,旧法90条の規定に基づき保険料の免除の申請をし,その承認を受けていた。〔乙6号証〕
2 原告の平成14年度の保険料免除申請について
(1) 原告は,平成14年4月4日,藤沢市長に対し(改正法3条3項,改正法施行令1条の2第1項9号),同月から平成15年6月までの間の保険料の全額免除を申請し,これが認められない場合には半額免除を申請する旨の申請書(以下「本件免除申請書」という。)を提出した(以下「本件免除申請」という。)。なお,原告は,本件免除申請書の備考欄には何も記載しなかった。
そして,藤沢市長から本件免除申請書の送付を受けた被告は,平成14年8月13日付けで,原告に対し,「保険料免除基準(全額・半額)に該当しない」ことを理由として,本件免除申請を却下する旨の処分をした(以下「本件却下処分」という。)。〔甲1号証,乙7号証の1〕
(2) 原告の本件免除申請の前年の所得額は150万円(収入金額240万1170円)であり,同社会保険料控除額は13万2000円であった。また,原告は,本件免除申請時において,世帯主であり,扶養親族等(所得税法に規定する控除対象配偶者及び扶養親族をいう(改正法36条の3第1項)。以下同じ。)や配偶者はいなかった。〔甲7号証の3,乙7号証の2〕
3 本件却下処分に対する不服申立て等の経緯
(1) 原告は,本件却下処分を不服として,平成14年9月2日,神奈川社会保険事務局社会保険審査官に対し,審査請求をしたが,同社会保険審査官は,同年11月7日付けで,同審査請求を棄却する旨の決定をした。
〔甲2号証,乙13号証〕
(2) さらに,原告は,同年12月2日,社会保険審査会に対し,本件却下処分についての再審査請求をしたが,社会保険審査会は,平成15年7月31日付けで,同再審査請求を棄却する旨の裁決をした。
〔甲3号証,乙14号証〕
(3) そこで,原告は,同年9月24日,本件却下処分の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
第5争点
本件の主たる争点は,
① 被告が,原告について,保険料の全額又は半額の免除要件に該当しないと判断して本件免除申請を却下したことに,違法があるかどうか,
② 本件却下処分に,原告に対し本件免除申請書に申請理由を記載する機会を与えなかったことを理由とする,手続上の違法があるかどうか,
である。
第6争点に関する当事者の主張
1 争点①(免除要件該当性の判断の適否)について
<被告の主張>
(1) 本件免除申請について全額免除を承認するためには,原則として,原告の前年の所得額が35万円以下でなければならないところ(改正法90条1項1号,改正法施行令6条の7),原告の全額免除に係る前年の所得額は150万円であり,また,本件免除申請のあった平成14年度又は平成13年度のいずれにおいても,下記(2)のとおり,原告に天災等による損害又は失業等の事実を認め得なかった(改正法90条1項5号,改正法施行規則77条の6)。また,半額免除を承認するためには,原告の前年の所得額が68万円以下でなければならないところ(改正法90条の2第1項1号,改正法施行令6条の9),原告の半額免除に係る前年の所得額は,150万円から社会保険料控除額13万2000円を控除した136万8000円であり,また,本件免除申請のあった平成14年度又は平成13年度のいずれにおいても,下記(2)のとおり,原告に天災等による損害又は失業等の事実を認め得なかった(改正法90条の2第1項3号,改正法施行規則77条の6)。
したがって,原告は,保険料の全額又は半額の免除要件に該当しないものである。
(2) 旧法90条1項5号は,保険料の納付が困難であると認められる場合の判断について,何らの例示をすることなく,行政庁の裁量を広く認めていたものであり,行政庁は,保険料免除基準を定めて,これを弾力的に運用していた。これに対し,改正法90条1項5号,90条の2第1項3号は,保険料免除制度を適正に運営するため,行政庁の免除要件該当性判断に関する裁量を減縮すべく,「保険料を納付することが著しく困難」であると認められる事由について,「天災」と例示し,客観的に保険料負担能力の低下を確認し得る場合に限定することを明らかにしたものである。そして,改正法施行規則77条の6は,上記改正法の委任の趣旨を受けて,客観的に保険料負担能力の低下を確認し得る場合として,被災による財産の喪失,失業及びこれらに準ずる事由を定めたものである。すなわち,改正法及び改正法施行規則は,保険料の納付が困難であるとして免除が認められる場合について,旧法における免除要件を質的に変容させたものというべきである。
これを原告についてみると,旧法下においては,契約社員として勤務しており収入が安定しないことが考慮され,行政庁の裁量により,保険料の免除が認められたものであるが,このような事情は,抽象的に保険料負担能力が減少するおそれがあることをいうものにすぎず,失業とは異なり客観的に保険料負担能力が低下したことを確認し得るものではないのであって,これが改正法施行規則77条の6の定めるいずれの事由にも該当しないことは明らかというべきである。
(3) 原告は,本件通知が違法であると主張する(<原告の主張>(2))。
しかし,本件通知は,雇用保険の枠外にある自営業者の廃業等,失業に準ずる事由により厚生労働省が行う離職者支援資金貸付制度による貸付けを受けた者を,改正法施行規則77条の6第2号の定める「失業」の場合に準じて取り扱うことを明らかにしたものであり,同条の定める免除要件を限定し,厳格なものとするものではないし,上記貸付けの事例と異なる事例については社会保険庁運営部長と協議する余地があることも明示しており,同条の内容を限定するものでもない。
また,保険料の免除者数が減少したとしても,それは免除の承認に関する従前の行政庁の裁量の範囲を減縮した改正法,改正法施行令及び改正法施行規則の規定を適用した結果であって,そこに行政庁の「恣意的な動機」を認めることはできない。
以上のとおり,本件通知は,改正法及び改正法施行規則に沿った適切な内容であり,その違法を前提として本件却下処分の違法をいう原告の主張は,失当である。
<原告の主張>
(1) 原告は,かつての勤務先を平成10年2月に離職後,翻訳業に関する技術と資格を習得するべく準備を始めたが,そのための時間を確保する必要から,アルバイトや契約社員としての勤務形態を選ばざるを得ず,未だ正業を持つに至っておらず,今日まで,収入と雇用状態が安定しない状況が続いている。
そして,平成13年度と平成14年度とで,その前年の所得額や生活状況はほとんど変化していないところ,平成13年度においては,「その他保険料を納付することが著しく困難である」(旧法90条1項5号)と認められて保険料の全額が免除されたのであるから,本件免除申請に係る平成14年度についても,同様に,「厚生労働省令で定める事由」(改正法90条1項5号,90条の2第1項3号)の中の,「失業により保険料を納付することが困難」であること(改正法施行規則77条の6第2号)に「準ずる事由により保険料を納付することが困難と認められるとき」(同第3号)に該当するものとして,保険料の全額又は半額の免除が認められるべきである。
厚生省年金局長は,改正法の制定過程の国会答弁において,法改正後の全額免除者数を改正前のそれと同じ位にする旨を説明しており,これを前提とすれば,法改正によって免除要件が明確にされたとしても,その質は変わらないはずであるから,原告については,上記のとおり,平成14年度も前年度と同様の理由により,保険料の免除要件に該当するものというべきである。
(2) 改正法90条1項1号及び90条の2第1項1号に定める所得の基準額として「政令で定める額」は,極めて低額で,所得額がこれを上回っていても,その収入の中から月額1万3300円の保険料を捻出することは困難である。そこで,上記各規定では保険料を納付することが著しく困難な状況にある多くの者を救済できないので,改正法90条1項5号,90条の2第1項3号及び改正法施行規則77条の6が規定されている。しかし,本件通知は,規則77条の6第3号による申請の道を閉ざし,免除要件を厳酷なものとした。このことは,平成14年度において,保険料の免除の申請を却下された者の保険料の納付率が,14.5パーセントと極めて低いことにも現れている。すなわち,被却下者は,免除要件が変わっても生活状況が変わらないため,保険料を納付できないのである。
このような本件通知は,何ら法令の委任がないにもかかわらず,改正法施行規則77条の6の内容を限定し,免除要件を厳酷にしたものであって,国家行政組織法12条3項,13条の規定に反し,違法である。また,本件通知は,財政難に喘ぐ年金行政に対してしばしばされる年金制度空洞化批判をかわすため,免除者数を大幅に減らそうという恣意的な動機に基づくものであり,法や規則の目的にも違反する。
そして,このような本件通知に則ってされた本件却下処分には,裁量権の逸脱又は濫用があり,違法というべきである。
2 争点②(手続上の違法の有無)
<原告の主張>
(1) 改正法施行規則77条,77条の3は,保険料の免除の申請について,「所得の状況その他の事実」を記載した申請書を提出して行うものと規定している。
しかし,原告は,藤沢市役所の窓口において,応対に当たった同市役所の職員から,「今年から申請書に理由を書かなくなった」と言われ,本件免除申請書に申請理由を記載させてもらえないまま,本件免除申請をすることとなった。また,保険料の免除の申請をする際の書式である国民年金保険料免除申請書には,改正法施行規則77条の6第3号に該当する事由を記載する欄が設けられておらず,当該事由を申請書に記載することはできなくなっている。
(2) このように,本件却下処分は,原告に対し,保険料の免除の審査に当たり必要な事項についての主張と証拠の提出の機会を与えないままにされたものであって,免除要件該当性の認定の上での必要な手続を欠くものとして,違法というべきである。
<被告の主張>
(1) 国民年金保険料免除申請書には備考欄が設けられているところ,同申請書の裏面には,「備考欄に記入していただきたいこと」が記載されており,改正法施行規則77条の6に関する事項として,同条第1号に定める災害による損害に関する事実,及び,同条第2号に定める失業の事実が挙げられている。
(2) 原告の主張は,改正法90条1項5号又は90条の2第1項3号に該当する事由として,上記国民年金保険料免除申請書の備考欄に,「契約社員として勤務しており収入が安定しないこと」を記載すべきであるとの理解を前提とするものと解されるが,当該事由は,前記1<被告の主張>(2)のとおり,免除要件該当性の判断に影響を与えるものではないから,これを備考欄に記載する必要はない。
仮に,藤沢市役所の職員が,原告に対して,「契約社員として勤務しており収入が安定しない」との事情を申請書に記載する必要はないと説明したとしても,それは改正法に従ったものであって,何ら不適切な点はないものというべきである。
原告の主張は前提を欠くものであり,失当である。
第7当裁判所の判断
(末尾に証拠を掲げた事実は,その証拠によって認められる事実である。)
1 争点①(免除要件該当性の判断の適否)について
(1) 免除要件該当性について
前記第3,3(1)のとおり,国民年金法の保険料の申請免除に関する規定は,平成12年法律第18号によって改正され,改正法の当該部分は,平成14年4月1日に施行されたものである。そして,本件免除申請は,同月4日にされたもので,同月から平成15年6月までの間の保険料の免除に係るものであるから,これに対する本件却下処分の適法性いかんは,改正法及びその関係法令の規定に従って判断すべきこととなる。
そこで,改正法,改正法施行令及び改正法施行規則が定める,保険料の全額又は半額を免除し得る要件に従って,原告がこれに該当するかどうかを検討する。
ア 改正法90条1項1号又は90条の2第1項1号に定める事由について
原告には本件免除申請時において扶養親族等はいなかったことから(前記第4,2(2)),改正法90条1項1号に定める全額免除を認め得る前年の所得の額は,原告について,35万円以下となるところ(改正法施行令6条の7),原告の本件免除申請の前年の全額免除に係る所得の額(同施行令6条の11)は,150万円であった(前記第4,2(2))。
また,同様に,改正法90条の2第1項1号に定める半額免除を認め得る前年の所得の額は,原告について,68万円以下となるところ(改正法施行令6条の9),原告の本件免除申請の前年の半額免除に係る所得の額(同施行令6条の12)は,上記150万円から社会保険料控除額13万2000円を控除した136万8000円であった(前記第4,2(2))。
したがって,原告は,改正法90条1項1号又は90条の2第1項1号に定める事由には該当しない。
イ 改正法90条1項2号ないし4号又は90条の2第1項2号に定める事由について
原告は,改正法90条1項2号ないし4号又は90条の2第1項2号に定める事由には該当しない。
ウ 改正法90条1項5号又は90条の2第1項3号に定める事由について
(ア) 改正法90条1項5号,90条の2第1項3号は,前記第3,3(2)及び(3)のとおり,保険料の全額又は半額の免除の要件として,「保険料を納付することが著しく困難である場合として天災その他の厚生労働省令で定める事由があるとき」と定め,これを受けた改正法施行規則77条の6において,上記事由として,申請年度又はその前年度における災害による財産上の損害(同条第1号)又は失業(同条第2号),及び,「その他前2号に掲げる事由に準ずる事由により保険料を納付することが困難と認められるとき」(同条第3号)を規定している。
改正法90条1項5号,90条の2第1項3号は,保険料を納付することが著しく困難である場合として「天災」を例示していることや,改正法90条1項1号,改正法施行令6条の7,改正法90条の2第1項1号,改正法施行令6条の9において,別途,保険料の全額又は半額の免除を認め得る前年の所得額が具体的に明示されていることからすれば,前年の所得額によっては評価することが困難な,客観的に当該申請年度の保険料の負担能力を低下させるような事由がある場合を,保険料を納付することが著しく困難である場合として,保険料の免除の対象としたものと解される。そして,改正法施行規則77条の6は,上記改正法の委任の趣旨を受けて,前年の所得額によっては評価することが困難な,客観的に当該申請年度の保険料の負担能力を低下させるような事由として,申請の前年度以降の被災により財産上の損害を受けた場合(同条第1号),及び,申請の前年度以降の失業により収入が減少した場合(同条第2号)を規定したものと解される。
そうすると,改正法施行規則77条の6第3号に規定する「その他前2号に掲げる事由に準ずる事由により保険料を納付することが困難と認められるとき」に該当するかどうかについても,上記改正法及び改正法施行規則の趣旨に照らし,前年の所得額によっては評価することが困難な,客観的に当該申請年度の保険料の負担能力を低下させるような事由といえるかどうかという観点から検討すべきである。
(イ) これを本件についてみると,原告は,改正法施行規則77条の6第3号に該当する事由として,契約社員やアルバイトとして勤務しているために収入が安定しないことを主張するものである。
原告の主張によれば,このような状況は平成10年2月以降現在まで継続しているというのであり,また,原告の平成12年及び平成13年の所得の額はほぼ一定しているところで(前記第4,1(2)及び2(2)),それ以降に所得の額が著しく減少したことも窺われない(原告の平成14年分所得税の確定申告書によれば,原告の同年分の所得額は,156万1600円(収入金額249万1295円)である〔甲7号証の4〕。)。そうすると,原告が主張する上記の事情は,申請の前年から継続して存在する,所得の額に関する事情をいうものにすぎず,前年の所得額によっては評価することが困難な,客観的に当該申請年度の保険料の負担能力を低下させるような事由には当たらないものというべきである。したがって,原告が改正法施行規則77条の6第3号に規定する事由に該当する余地はないものというほかはない。
(ウ) したがって,原告は,改正法90条1項5号又は90条の2第1項3号に定める事由には該当しないものというべきである。
エ 小括
以上のとおり,原告は,改正法90条1項各号又は90条の2第1項各号に規定する,保険料の全額又は半額を免除し得る事由には該当しないものである。
(2) 原告の主張について
ア 原告が主張する,契約社員やアルバイトとして勤務しているために収入が安定しないということは,結局,所得の額が低廉であることないしその理由をいうものと解されるところ,このような事由は,改正法90条1項1号及び90条の2第1項1号において保険料の免除を認め得る前年の所得額が規定されている以上,同各号への該当性において考慮されるべきものである。そして,原告の本件免除申請の前年の所得額が改正法及び改正法施行令に定める保険料の全額又は半額の免除を認め得る基準額を超えていることは,前記(1)アのとおりであるから,改正法上は,原告は保険料の免除の対象には含まれないものというほかはないのである。
イ また,原告は,その主張のとおり,平成13年度以前においては保険料の免除が認められていたのに対し,所得額や生活状況にほとんど変化が認められない平成14年度において,本件却下処分を受けたものである。
しかし,このような変化は,旧法の下では,前記第3,2のとおり,保険料を免除し得る基準について法令上具体的な定めがされていなかったことから,実務上は,保険料免除基準に従い,行政庁の比較的広範な裁量の下に免除の可否が決せられていたものと考えられるのに対し,改正法において,前記第3,3のとおり,免除の基準となる前年の所得額が具体的に規定され,また,免除を認め得る事由についても例示がされるなど,免除の要件が明確化され,旧法に比べて行政庁の裁量の範囲が狭まったことに起因するものと解される。そして,改正法下における本件却下処分が,改正に定める免除要件に従ったものである限り適法であることは,当然のことである。
なお,原告は,改正法の制定過程における,衆議院厚生委員会での厚生省年金局長の発言の存在を指摘するが,その発言自体,改正法の制定以前の段階における,厚生省等の内部的な検討の一部を紹介する趣旨のものにすぎず〔甲9号証〕,改正法の解釈が当該答弁に影響されるものではない。
ウ さらに,原告は,本件通知について,改正法施行規則77条の6第3号の対象範囲を違法に限定しているなどと主張する。
しかし,本件通知は,事業の休止又は廃止により厚生労働省が行う離職者支援資金貸付制度による貸付金の交付を受けた場合を,改正法施行規則77条の6第2号に定める失業に準じる事由として取り扱う旨を明らかにしたものであり,それ自体,同条第3号の趣旨(前記(1)ウ(ア))に従ったものといえるし,「この通知の事例と異なるような場合は,当職まで協議すること」としていて〔乙16号証〕,同条第3号に該当する事由を当該事由のみに制限するものでもないから,本件通知が同条第3号の対象範囲を違法に限定しているとはいえない。
また,本件通知の有無にかかわらず,原告が改正法施行規則77条の6第3号に規定する事由に該当する余地がないことは,前記(1)ウのとおりである。
したがって,いずれにしても,本件通知の違法を理由に本件却下処分の違法をいう原告の主張は,当を得ないものというほかはない。
(3) 本件却下処分における免除要件該当性の判断の適否
上記のとおりであるから,被告が,原告について,保険料の全額又は半額の免除要件のいずれにも該当しないと判断して本件免除申請を却下したことは,適法である。
2 争点②(手続上の違法の有無)について
原告の主張は,要するに,本件却下処分は,原告に申請理由を申請書に書く機会を与えないままにされたもので,保険料の免除要件該当性の認定の上での必要な手続を欠き,違法であるというものである。
しかし,原告がいう申請理由とは,契約社員やアルバイトとして勤務しているために収入が安定しないことであると解されるところ,このような事由は,前記1のとおり,原告に係る保険料の免除要件該当性の判断に影響を与えるものではないから,これを本件却下処分の過程において主張する機会がなかったとしても,それによって本件却下処分が違法となるものではないというほかはない。
第8結論
以上のとおりであって,本件却下処分は適法である。
したがって,原告の請求は,理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 貝阿彌亮)