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横浜地方裁判所 平成15年(行ウ)65号 判決 2005年3月30日

原告

X産業株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

清野順一

被告

相模原市長 小川勇夫

訴訟代理人弁護士

石津廣司

指定代理人

甘利昇

野口英夫

梅村明弘

今田良

阿部菊良

篠﨑隆則

兼目裕之

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第5 当裁判所の判断

1  問題の所在について

固定資産税の課税客体は固定資産たる土地、家屋及び償却資産であり(地方税法342条1項、341条1号)、その納税義務者は固定資産の所有者である(同法343条1項)。そして、所有者とは、土地又は家屋については、土地登記簿又は建物登記簿等に所有者として登記又は登録されている者をいう(同条2項)。原告は、本件建物の登記簿に所有者として登記されている者であるから、原告が本件建物に係る固定資産税の納税義務者であることは明らかである。

そして、本件各賦課決定は、本件建物に係る課税処分であるところ、本件建物に設置された本件附帯設備が本件建物の一部として原告の所有に帰属するものであれば、本件附帯設備を含む本件建物を対象に家屋に係る固定資産税を課せばよいのに対し(その場合、本件附帯設備を含めて本件建物の価格を評価し、これに基づいて本件建物に係る固定資産税を課すこととなる。)、本件附帯設備が本件建物とは独立した物であるとすれば(原告の主張によれば本件建物賃借人の所有となる。)、この部分は本件建物に係る固定資産税の課税の対象とはならないこととなる(その場合、本件附帯設備を含めて本件建物の価格を評価し、これに基づいて本件建物に係る固定資産税を課すことは許されないこととなる。)。

このようなことからすると、本件の問題の所在は、本件建物の建物としての範囲の確定ないしは課税客体の範囲の確定にあるということができる。なお、都市計画税の納税義務者及び課税客体(ただし、償却資産を除く。)は固定資産税の場合と同じであるから(地方税法702条1項、2項)、以下、固定資産税の課税関係に即して検討を進めることとする。

2  固定資産税の課税と民法242条との関係について

(1)  固定資産税は、土地、家屋及び償却資産の資産価値に着目し、その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であって、これら固定資産の所有者に対して課されるものである。そして、不動産に対する物の附合の要件と効果について定めた民法242条の規定は私法上の所有権の帰属に関する規定であるところ、上記の固定資産税の担税力の基礎は私法上の所有権の帰属という事実にほかならないから、固定資産税の課税に際しても、民法242条の規定の適用があることを前提に対象物の所有権の帰属及びその範囲を決すべきことは当然である。

(2)  原告は、地方税法は建物の附属設備を償却資産として家屋とは別途に取り扱っており、固定資産の課税において、建物の附属設備には民法242条の附合の規定は適用されない旨を主張する。

しかし、地方税法上、家屋が固定資産税の課税客体とされ、償却資産は「土地及び家屋以外の」一定の資産(同法341条4号)をいうものとされている以上、建物の附属設備が償却資産として固定資産課税の対象となるのは、あくまでもそれ自体が建物とは独立した所有権の対象となる場合である。そして、当該附属設備が建物に附合し、一体として建物所有者の所有の対象となった場合においては、もはやこれを「土地及び家屋以外の」資産ということはできないから、当該附属設備が償却資産として固定資産課税の対象となる余地はない。

このように、建物の附属設備が償却資産として固定資産税の課税客体となるかどうかについては、当該附属設備が建物以外の独立した資産といえるかどうかがまず確定されなければならないのであって、原告が指摘するような地方税法341条4号、所得税法2条1項19号、同法施行令6条1号、法人税法2条23号、同法施行令13条1号の各規定を根拠に、建物とその附属設備とが、その設置状況いかんにかかわらず、常に別個の資産として固定資産課税の対象になるということができないことは明らかである。

(3)  そこで、以下、項を改めて、本件附帯設備が本件建物に附合しているかどうかについて、検討することとする。

3  本件附帯設備が本件建物に附合しているかどうかについて

(1)  不動産に従として付着した物が、当該不動産の構成部分又は社会通念上その不動産の一部分と認められる状態となり、当該物自体としての取引上の独立性を失った場合においては、不動産の所有者は、民法242条本文の規定により当該付着物の所有権を取得し、また、このような場合には当該付着物は独立した所有権の対象とはならないというべきであるから、同条但書の適用はないものというべきである(最高裁昭和35年10月4日第三小法廷判決・裁判集民事45号23頁、最高裁昭和44年7月25日第三小法廷判決・民集23巻8号1627頁参照)。

(2)  これを本件附帯設備についてみると、以下のとおりの事実が認められる。

ア  原告は、本件工事請負契約において、本件附帯設備の設置を含めて本件建物の建築を注文し、本件附帯設備は、これに基づく建築工事の施工により、本件建物に設置、附属されたものである。本件工事請負契約締結に際して、原告は、本件建物賃借人との間で、本件附帯設備及びその設置に係る費用を本件建物賃借人の負担とすることを合意していた。

また、原告と本件建物賃借人は、本件建物の完成後に締結した本件賃貸借契約において、本件附帯設備は本件建物賃借人の所有とすること、及び、賃貸借契約終了時には、本件建物賃借人において原告の選択に従い本件附帯設備を撤去して原状回復するか又はこれを無償で残置することに合意した。(前記第3基礎となる事実2)

イ  本件建物は、完成後、本件建物賃借人により、ショッピングセンターとして使用されていた。

本件賃貸借契約は期間満了により終了し、その後、原告と本件建物賃借人は、本件附帯設備を本件建物賃借人の費用負担において撤去することに合意した。〔争いのない事実、弁論の全趣旨〕

ウ  本件附帯設備の設置状況は、以下のとおりである。

(ア) 動力配線設備

動力配線設備は、本件建物内の動力幹線から本件建物に設置された各動力機器への電気の配線設備であって、その配線は、一部でコンクリート壁、床を貫通し、パイプスペース内又は天井仕上げ、壁仕上げ、床仕上げの裏側に設置されている。

(イ) 電灯コンセント配線設備

電灯コンセント配線設備は、本件建物の照明器具及び小型電気機器類を電気と接続するための配線設備である。本件建物にはコンセント及びスイッチが天井、壁及び床に埋め込まれて設置されているところ、これらに係る配線は、一部でコンクリート壁、床を貫通し、パイプスペース内又は天井仕上げ、壁仕上げ、床仕上げの裏側に設置されている。

(ウ) 蛍光灯用器具

蛍光灯用器具は、反射板、安定器及び支持器具等の蛍光灯用の設備であって、本件建物の天井及び壁に直接取り付けられている。

(エ) 電話配線設備

電話配線設備は、本件建物に設置された電話機を相互に連結する配線設備であって、その配線は、一部でコンクリート壁、床を貫通し、パイプスペース内又は天井仕上げ、壁仕上げ、床仕上げの裏側に設置されている。

(オ) インターホン配線設備

インターホン配線設備は、局線と接続のない屋内専用のインターホンの配線設備であって、その配線、配管は、一部でコンクリート壁、床を貫通し、壁仕上げ、床仕上げの裏側に設置されている。

(カ) 拡声器配線設備

拡声器配線設備は、本件建物内の事務所、店舗等で伝達、放送等に用いられる拡声器(スピーカー)の配線設備である。本件建物には、伝達、放送等のため天井、壁に拡声器が埋め込まれており、放送機器であるマイクロホン及びアンプからこれらの拡声器に至る配線、配管が、一部でコンクリート壁、床を貫通し、天井仕上げ、壁仕上げの裏側に設置されている。

(キ) 火災報知設備

火災報知設備は、消防法17条に規定する消防用設備等のうちの警報設備であって、受信機、感知器、手動発信器、配管及び配線等から構成されている。本件建物には、感知器が天井又は壁の屋内に面する部分に接着されており、その配線は、一部でコンクリート壁、床を貫通し、天井仕上げ、壁仕上げの裏側に設置されている。

(ク) 避雷突針設備

避雷突針(避雷針)設備は、落雷による被害を防止するための設備で、避雷突針、導線及び接地極等から構成されている。本件建物には、避雷突針が合計5基設置され、それぞれコンクリートの躯体にボルトで強固に固着され、避雷突針からの導線は、躯体内を経て、地中に埋め込まれている接地極に達している。

(ケ) 空調設備

空調設備は、本件建物内の冷房、暖房のほか、換気、空気浄化の機能を併せ持つ設備であり、構成の概要は以下のとおりである。

a 水冷パッケージ型エアコン機

夏季においては、屋上に設置された冷却塔により冷却された冷却水が、冷却水循環ポンプにより本件建物内の配管を通じて8台の各水冷パッケージ型エアコン機に供給され、各エアコン機により冷風が作られ、この冷風が本件建物内のダクトにより各階の各室に送られ、天井等に設けられた吹出口から吹き出し、冷房がされる。また、天井等に設けられた吸込口からダクトにより各エアコン機に室内の空気が戻り、空気が循環するようになっている。

冬季においては、暖房鋳鉄製セクショナルボイラーにより暖められた温水が、配管により4台の各水冷パッケージ型エアコン機に供給され、各エアコン機により温風が作られ、この温風がダクトにより各階の各室に送られ、吹出口から吹き出し、暖房がされる。また、吸込口からダクトにより各エアコン機に室内の空気が戻り、空気が循環するようになっている。

b 空冷ヒートポンプ型パッケージエアコン機

屋上に設置された室外機及び室内機をダクト等を用いて連結し、冷暖房を行うタイプのパッケージ型エアコン機(7台)であって、そのダクト等は天井仕上げ、壁仕上げ及び床仕上げ内に設置されている。

(コ) エスカレーター

エスカレーター(12台)は、踏み板、ガイドレール、手摺、欄干のパネル、トラス、駆動機等から構成され、本件建物の床及び天井の鉄筋コンクリートの開口部において、床、天井に接着して設置されている。

(サ) エレベーター

エレベーター(3台)は、駆動機、捲揚機、ロープ、かご、ガイドレール等から構成され、本件建物内に設けられた昇降路中に設置され、各エレベーターの頂部の塔屋部分に、それぞれの機械室が設けられている。〔当事者間に争いのない事実、〔証拠略〕〕

エ  本件附帯設備は、いずれも、本件建物から撤去されれば、他に転用することはできず、経済的効用を失うものである。〔当事者間に争いのない事実〕

(3)  上記のとおり、本件附帯設備は、いずれも、本件建物の建築の際に併せて発注され、本件建物の具体的な構造及び形状等に従って設計、設置されたものであること、その全部又は一部が本件建物の天井、壁、床等の構成部分に組み込まれ又は接着していること、及び、本件建物と一体となってその効用を果たす一方、本件建物から撤去されれば他に転用することはできず経済的効用を失うものであることからすれば、本件建物の構成部分又は社会通念上本件建物の一部分と認められる状態となり、当該物自体としての取引上の独立性を失ったものと認められるところである。

そうすると、本件附帯設備は、本件建物賃借人において本件建物に本件附帯設備を設置する権原を有していたかどうかにかかわらず、民法242条但書が適用されることなく、同条本文の規定により、本件建物に附合し、本件建物の所有者である原告がその所有権を取得したものというべきである。

4  原告の主張等について

(1)  原告は、建物賃借人が建物躯体以外の建物設備、内装、造作の費用をすべて負担して、これらを自己の所有物として建物を借り受ける形態の「スケルトン貸し」について、そのような附帯設備が建物に附合すると解することは、取引実態ないし取引関係者の意思に反し不合理である旨を主張する。

確かに、事業用の賃貸ビル等について原告の主張するような「スケルトン貸し」なる賃貸借の形態が一般化するに伴い、そのような経済的取引の実態に即応した固定資産課税が検討されるべきものということはできよう(後記(2)で言及する地方税法の新設規定も、このような観点も踏まえてその適用ないし運用が図られることとなるものと思われる。)。しかし、本件附帯設備は、原告も自認するように、本件建物と離れて経済的に独立した効用を有するものでないばかりでなく、本件においては、典型的な「スケルトン貸し」を想定した場合には建物所有者側で設置するのが一般的といえる火災報知設備、避雷突針設備といった防災設備や、さらにまた、高額な費用を要し、建物の利用に不可欠なエスカレーター、エレベーターといった昇降設備を建物賃借人側の費用で設置しているところ、これは、本件建物の建築が専ら株式会社忠実屋の開設するショッピングセンターとしての利用に供することを目的としたものであったことや、当事者の資金負担能力等の個別・具体的事情を反映したものと窺われる〔C証言、弁論の全趣旨〕のであって、本件については、原告の主張するような典型的な「スケルトン貸し」を前提としての、附合の要件に関する解釈についての再検討あるいは合理的な固定資産課税の在り方に関する検討を行うことを相当とするような事実的基礎を欠くものといわざるを得ない。本件附帯設備について、本件建物賃借人において任意にこれを変更ないし更新することができ、また、本件賃貸借契約終了時にこれを撤去する義務を負うとしても、それは原告と本件建物賃借人との間の、本件賃貸借契約に付随した債権的な権利義務関係にとどまるものというべきであり、また、そのように解しても取引上格別の不都合が生じるものとも解されない。

(2)  なお、本件各賦課決定後、平成16年法律第17号により、新たに地方税法343条9項が設けられ、家屋の附帯設備であって、当該家屋の所有者以外の者がその事業の用に供するため取り付けたものであり、かつ、当該家屋に付合したことにより当該家屋の所有者が所有することとなったものについては、当該取り付けた者の事業の用に供することができる資産である場合に限り、当該取り付けた者をもって同条1項の所有者とみなし、当該附帯設備のうち家屋に属する部分は家屋以外の資産とみなして固定資産税を課することができる旨が規定された。

これは、建物賃借人等の建物所有者以外の者が、自己の事業の用に供するために自己の負担で建物に附帯設備を設置したような場合、附合の状態に至ったとしても、その附帯設備を実質的に使用、収益しているのは当該設置者であり、当該附帯設備の資産価値に係る担税力は建物所有者よりも当該設置者が有するものともいい得ることから、当該附帯設備について、その所有者である建物所有者以外にも、当該設置者に対する固定資産税の課税を可能とする趣旨の規定と解される。そして、このような規定がわざわざ設けられたことからしても、地方税法が、もともと、建物に附属設備が附合した場合には、建物所有者に対し、附属設備を含めた建物価格について固定資産税を課すことを予定しているものであることは明らかというべきである。

5  まとめ

上記のとおり、本件附帯設備は、本件建物の一部を構成するものであり、本件建物に係る固定資産税及び都市計画税の課税の対象となるものであるから、これを前提にしてされた本件各賦課決定は、いずれも適法である(なお、本件附帯設備を含む本件建物の固定資産としての価格は、本件訴訟において争うことができない事由であるし(地方税法434条2項)、当事者間にも争いがないところである。)。

第6 結論

以上のとおりであって、原告の本件各請求はすべて理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 貝阿彌亮)

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