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横浜地方裁判所 平成16年(わ)1213号 判決 2004年9月14日

主文

被告人を懲役8年に処する。

未決勾留日数中180日をその刑に算入する。

理由

(認定犯罪事実)

被告人は、「○○」の名称で医学系大学受験を専門とする学習塾を営む有限会社××の取締役として同社を経営するとともに塾長として塾生の指導に当たっていたが、その授業等で、自分は東京大学医学部を卒業した医師で、ハーバード大学等に留学するなどして高度かつ先端の研究活動に従事しているなどとの嘘言を繰り返して塾生らにこれを信じ込ませていたものであるが、その誤信を利用し、診察・治療行為等を仮装して、被告人のわいせつな行為の目的を気付かせないで、女子塾生らに、これに応じさせようと企て、以下の各犯行に及んだ。

第1  被告人は、平成12年4月ころから、神奈川県藤沢市藤沢<番地略>○○藤沢教室等において、同塾塾生(当時)のA子(昭和62年2月27日生)に対し、ロンドン生まれの同女の顔にほくろが数個あることについて、「君はメラノーマかもしれない。君は普通の日本人より色素が薄いから」「日本は紫外線が強いから、君は普通の日本人よりメラノーマになりやすい。メラノーマは、ほくろが癌化して全身に転移する。メラノーマにかかったら、もって半年」などと言い、これに不安を覚え、左乳房下のほくろについて相談に来た同女に「それは危ない」「病院で切り取って調べると、悪性になって全身に広がる。病院には行くな」などと断言し、診察と称して同女の上半身を裸にしてそのほくろを見付けるや、「普通のほくろとは違う。ふくれたようなほくろで、ほくろと肌の境界線がはっきりしてない。色にもむらがある。危ないかもしれない。もしかしたら悪性かもしれない。このままだとちょっとやばいんではないか。もしこのほくろがメラノーマだったら、乳房に、触ると分かるようなしこりができる。癌を早期発見するためには触診したほうがいい。」「いつしこりができるかも分からない。だからこれからも続けた方がいい。」「胸にほくろがあると乳癌になりやすい。乳癌になると子宮に転移しやすい。子宮に転移すると全身に転移する。子宮に転移したかどうかは、指を入れて触ると分かる。」「治療をやめると一気に悪い方向へ行くかもしれないから続けないといけない。」などと言って同女に、医師である被告人にはわいせつ目的などはなく、同女の悪性黒色腫(メラノーマ)や癌の早期発見及び治療のために被告人による乳房や陰部等の検査・治療を受ける必要があると信じ込ませて、被告人の指示や行為に疑いを懐いて拒否することができない心理状態に陥らせたうえ、その抗拒不能状態に乗じて以下の各わいせつ行為をした。

1  被告人は、平成13年4月14日ころ、前記藤沢教室において、A子(当時14歳)に、悪性黒色腫や癌の診療行為等を装って、着衣を脱いで全裸にならせたうえ机の上に仰向けに寝かせ、陰部を押し開き、手指を挿入するなどしたり、その乳房を手でもむなどしてその身体を弄び、さらに、その陰部等をビデオカメラで撮影した。

2  被告人は、平成14年7月21日ころ、同県鎌倉市岡本<番地略>○○大船教室個別指導教室において、同女(当時15歳)に、同様な診療行為等を装って、着衣を脱いで上半身裸にならせ、乳房を手で触るなどしたうえ、全裸にならせて机上に仰向けに寝かせ、陰部を押し開き、手指を挿入するなどしてその身体を弄び、さらに、その陰部等をビデオカメラで撮影した。

3  被告人は、同年11月3日ころ、同個別指導教室において、同女に、同様な診療行為等を装って、同様に全裸にならせて机上に仰向けに寝かせ、股を開かせたうえ陰部を押し開き、手指を挿入するなどしてその身体を弄び、さらに、陰部等をビデオカメラで撮影した。

4  被告人は、平成15年1月13日ころ、同教室において、同女に、同様の診療行為等を装って、同様に全裸にならせて机上に仰向けに寝かせ、股を開かせたうえ陰部を押し開き、手指を挿入したり、舌でなめるなどして弄び、さらに、その陰部等をビデオカメラで撮影した。

5  被告人は、同年7月17日ころ、同教室において、同女(当時16歳)が同様の状態にあるのに乗じ、同様の診療行為等を装って、同女に制服を着たまま机上に仰向けに寝かせ、その太股等を手で触るなどし、パンティを脱がせ、股を開いたうえ陰部を押し開き、手指を挿入するなどし、さらに同女に着衣を脱いで全裸にならせて机上に俯せに寝かせ、その太股付近を手でなでるなどしてその身体を弄び、さらに、その陰部等をビデオカメラで撮影した。

第2  被告人は、塾生らの向学心を利用し、頭が良くなるプログラムのための診療・施術等を装って、わいせつな行為をしようと企て、平成14年5月25日ころ、前記大船教室等において、同塾塾生(当時)のB子(昭和62年8月21日生)に対し、「君は数学ができないようだ。まだ受験に間に合うから脳が活性化するような治療をしてあげる。背中を指圧すると頭が良くなる。」「前にもやった生徒がいて、その生徒たちはみんな大学に受かっている」などと言い、同女に、医師である被告人にはわいせつ目的などはなく、その指示どおりに診療・施術を受ければ頭が良くなり受験に役立つものと信じ込ませて、被告人の指示や行為に疑いを懐いて拒否することができない心理状態に陥らせたうえ、その抗拒不能状態に乗じて以下の各わいせつ行為をした。

1  被告人は、平成14年5月26日午前10時ころ、同教室個別指導教室において、B子(当時14歳)に着衣を脱がせ、ブラジャーのホックを外して上半身裸にならせて乳房をもむなどし、さらに全裸にならせてテーブル上に仰向けに寝かせ、股を開かせ、陰部を手指で触るなどし、さらに、同女をそのテーブル上に俯せに寝かせ、聴診器を当てたり、背部を肘で強く押すなどして前記診療・施術等を装う動作をし、陰部を押し開き、手指で触るなどして弄ぶとともに、これらの様子をビデオカメラで撮影するなどした。

2  被告人は、同年11月23日午前10時ころ、同教室において、同女(当時15歳)に着衣を脱いで全裸にならせてテーブル上に仰向けに寝かせ、その股を開かせ、陰部を押し開き、手指で触るなどして弄んだうえ、デジタルカメラで撮影し、さらに、B子をテーブル上に俯せに寝かせ、背部を肘で強く押して前記施術を装う動作をし、陰部を押し広げるなどし、これらの様子をビデオカメラで撮影するなどした。

第3  被告人は、前記第2と同様に、頭が良くなるプログラムのための診療・施術等を仮装してわいせつな行為をしようと企て、平成15年1月18日ころ、前記大船教室において、どうしたら成績を良くできるかなどと質問してきた同塾塾生(当時)のC子(当時16歳)に対し、「頭の良くなる治療を受けてみるか。脊椎を押して神経を刺激すると頭が良くなる。」などと嘘を言い、「僕がやるから費用はかからない。」などと誘い、同女を前記B子と同様に誤信させて同様の心理状態に陥らせたうえ、同月26日午前8時40分ころ、同教室塾長室において、同女に着衣を脱いで全裸にならせてテーブル上に仰向けに寝かせ、手で乳房をもみ、持ち上げるように触り、腹部を押すなどしてその身体を弄び、陰部等をビデオカメラで撮影し、さらに、同女をテーブル上に俯せに寝かせ、背部を肘で強く押して前記施術を装う動作をし、臀部及び両大腿部内側等を両手でなでるように触るなどして弄び、人を抗拒不能にさせてわいせつな行為をした。

第4  被告人は、前記第2と同様に、頭が良くなるプログラムのための診療・施術等を仮装してわいせつな行為をしようと企て、平成15年10月下旬ころ、前記大船教室において、同塾塾生(当時)のD子(昭和62年12月4日生)に対し、「頭が良くなるプログラムを君にはしようと思っている。」「脊椎の13椎の間を肘で直接刺激することで自律神経が刺激され、体質が変わる。」「それで反応が良くなり、頭が良くなる。」「頭が良くなるプログラムは医学の第1歩だ。」「自分以外の者が脊椎を刺激してもうまくできず、神経を傷つけることになる。」などと嘘を言い、同女を前記B子と同様に誤信させて同様の心理状態に陥らせたうえ、その抗拒不能状態に乗じて以下の各わいせつ行為をした。

1  被告人は、平成15年11月18日午後5時30分ころ、同教室塾長室において、同女(当時15歳)に対し、「プログラムができる体かどうか調べるから服脱いで。」などと言い、ブラジャーのホックを外すなどして、同女に脱いで上半身裸にならせて丸椅子に座らせたうえ、聴診器を用いるなどして診察を装いながら、乳房を両手でもむなどして弄んだ。

2  被告人は、同月21日午後6時ころ、同塾長室において、同女に着衣を脱ぎ膝掛けを巻いてテーブル上に俯せに寝かせ、その膝掛けを外して全裸にし、背部・両膝裏を肘等で強く押して前記施術等を装う動作をし、その両大腿部内側を両手でなでるように触り、さらに、その腰部付近に頬ずりするなどしてその身体を弄んでわいせつな行為をし、その際、上記動作により、D子に全治約2週間を要する腰椎挫傷、両膝挫傷の傷害を負わせた。

(証  拠)<省略>

(法令の適用)

被告人の第1ないし第3の各行為はいずれも刑法178条、176条前段(第1、第2の各行為はいずれも包括して)に、第4の各行為は包括して同法181条(178条、176条前段)にそれぞれ該当するところ、第4の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により最も重い第4の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役8年に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中180日をその刑に算入することとする。

なお、弁護人は、被害者らは、わいせつな行為をされること自体を理解・容認しており、その動機に誤信があったに過ぎないから、刑法178条の「抗拒不能」に該当しない旨主張するが、その解釈論は独自の見解で到底賛同できないうえ、弁護人は被害者らが被告人が優れた医師で治療的行為をされているものと誤信していたこと(さらにはわいせつな意図に気付かなかったこと)を自認しているのであるから、失当というほかない。すなわち、前記認定のとおり、被害者らは、本件各欺罔時、13歳ないし16歳の素直な性格の少女らで、いずれも被告人の指導を受けていたが、合格実績や著名大学卒、海外留学、先端研究などを吹聴する被告人の言動を信じ込んで塾長で優秀な医師として強い畏敬の念を懐いて心服しきっていたうえ、第1の被害者は悪性腫瘍や癌等の病気への強い不安感を懐かされ被告人の診療に依存せざるを得ない心理状態に陥っていたこと、他の被害者らはいずれも受験生として成績向上を強く望んでいたため成績向上のための特殊な治療的な行為であると信じ込んでしまったことなどから、本件各行為の外形的な認識はあっても、被告人にわいせつ目的などはなく正当な診療・治療等の行為を行うものと信じ込まされていたものと認められる。そうすると、いずれの被害者も、被告人のわいせつ目的を疑ったり、性的行為を拒むことが著しく困難な状態にあったことは優に肯認することができるから、前記「抗拒不能」の状態に当るものと認めるのが相当である。

(量刑の事情)

本件は、地元では名門とされ相当数の中・高生が通っていた大学受験塾の塾長であった被告人が、塾生の女子中・高生にわいせつな行為を繰り返し、うち1名を負傷させたという衝撃的な事案である。純真な思春期の少女4名に対し合計10回もの犯行である点、予備校とはいえ、教師として生徒の信頼を受けていた者がその信頼を悪用し、教え導くべき生徒に対し、その塾の教室等において累行している点のみでもその悪質さは際立っているというほかない。しかも、被告人は、医学系大学受験専門予備校であったとはいえ、授業等で虚言を弄するのみならず、医学書、医療用具・器具等を常備して示すなどして、生徒らが被告人を医師で先端の研究者であるなどと誤信しているのを悪用し、塾生らの中でも純真で素直に被告人に心服・信奉している女子を狙い、その誤信・心服の程度を見極め、疑念等を懐かれないように細心の注意を払い、親などに知らせないように言葉巧みに口止め工作等をしながら巧妙に犯行を進めていったものであって、極めて卑劣かつ狡猾といわざるを得ない(弁護人は、被告人に不審を懐いた他の塾生の存在などを挙げて被害者側に重大な過失があるなどというが、本件はそもそも判断力の未熟な者を狙い、塾長という立場を悪用した犯行であるから、被害者らが素直に誤信した点を落ち度と指摘することは相当とはいえない。)。とりわけ第1の被害者については、悪性腫瘍や癌などの病気の畏怖心を煽り立てたうえその診療を装い、第2ないし第4の各被害者については、成績向上に必死になっている受験生心理に付け込み、言葉巧みに脳を活性化させて頭がよくなる特殊な治療等と騙したうえ、聴診器を用いたり、マッサージ様の行為をする等治療を装う言動を織り交ぜながら、被害者らの性器や乳房を弄ぶなどしたうえ、その多くの場面をビデオカメラやデジタルカメラで撮影していたのであって、塾生及びその保護者らの信頼を裏切る卑劣極まるものというべきである。また、その態様は前述のように手慣れたものであって、被告人は、塾生らが自分の虚言を信じ込み強く心服していることや整体治療を受けた経験等から、塾生らを騙して治療等を装ったわいせつ行為をしようと思いつき、本件の数年前から、他の数名の女子塾生らにも同種の犯行を重ねたうえ本件各犯行を繰り返してきたというのであるから、その常習性は顕著というほかない。被害少女らは、被告人の犯意に行為後に自ら気付き、あるいは、知らされるなどして、当時14歳ないし16歳の純真さから、師と仰ぎ信頼しきっていた者からの執拗なわいせつ行為を受け入れてしまったことを自覚して、いずれも激しい精神的衝撃を受けており、今後の進路を含め将来の生活や対人関係等への悪影響も強く懸念されるところであって、本件がもたらした結果は非常に重大といわなければならない(弁護人は被害者らが本件当時わいせつ行為と気付いていなかった点を情状としても指摘するが、それは被告人の犯行の巧妙さを示しこそすれ、到底有利な情状とはいえない。)。とくに、第1の被害者には、2年3月余もの間にわたってわいせつ行為を累行していること、第4の被害者には、軽視し難い傷害を負わせていること(この負傷について、弁護人は、極めて軽微で傷害に当たらない、準強制わいせつ致傷罪の予定するものではないなどと主張するが、前記負傷は全治2週間を要すると診断されているうえ、母親がその腫れを確認しており、本件被害者は相当期間痛みや腫れに苦しんでいたというのであるから、軽微といえないことは明らかである。またその負傷は、前記第4の2摘示のとおり、わいせつ行為の合間にその意図を隠すための行為により生じているのであるから同罪を構成するものと解すべきである。)。本件被害者らの処罰感情がいずれも非常に厳しいのは当然である。しかるに被告人はこのような被害者らに慰藉等の措置を尽くしていないのみならず、公判において、捜査段階の自白を一部翻し、自己を正当化する不自然な弁解を繰り返すなど真摯な反省の情すらも窺えない。これらの事情に照らすと、被告人の刑事責任は非常に重いというべきである。したがって、被告人には、障害のある未成年の子がいること、前科はないこと、自業自得とはいえ、本件発覚により相応の実績を持つ学習塾の廃業を余儀なくされていること、公訴事実自体は認め、反省の弁も述べてはいることなどの事情を考え併せても、主文掲記の刑は免れないものというべきである。

(裁判長裁判官・廣瀬健二、裁判官・片山隆夫、裁判官・西村真人)

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