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横浜地方裁判所 平成16年(ワ)2010号 判決 2005年6月27日

主文

1  被告から原告に対する,横浜地方裁判所平成11年(ヲ)第5020号事件の決定に基づく強制執行は,A町ハイタウンマンション入口掲示場における謝罪広告掲示に関するもの及び原告の発行する報告書における謝罪広告掲示に関するもののうち180万円を超える部分についてはこれを許さない。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  本件につき当裁判所が平成16年7月22日にした強制執行停止決定のうち180万円を超える部分を認可し,その部分を取り消す。

5  この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

被告から原告に対する,横浜地方裁判所平成11年(ヲ)第5020号事件の決定に基づく強制執行は,これを許さない。

第2  事案の概要

本件は,名誉毀損を理由に謝罪広告掲示を命じた判決の間接強制を命ずる決定を受けた原告が,同決定より掲示を命ぜられた期間内に謝罪広告を掲示したなどとして,同決定の執行力の排除を求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  原・被告間には,横浜地方裁判所平成11年(ヲ)第5020号事件の決定(以下「本件決定」という。)があり,本件決定の内容は,以下のとおりである。

① 原告は,被告に対し,別紙一記載の謝罪広告を原告の発行する報告書及びA町ハイタウンマンション入口掲示場に別紙二記載の条件で各1回掲載せよ。

② 原告が本決定送達の日から10日以内に前項記載の各債務を履行しないときは,原告は,被告に対し,上記期間経過の翌日から履行済みまで各債務あたり1日につき金1万円の割合による金員を支払え。

(2)  本件決定は,平成11年8月7日原告に送達された。

(3)  被告は,平成16年4月28日,本件決定が支払を命じた1日各1万円の金員の平成11年8月18日から平成16年4月26日までの分合計3428万円につき債権差押及び転付命令を得,更に,同年5月26日,平成11年8月18日から平成16年5月24日までの分の合計3484万円につき債権差押及び転付命令を得た。

2  争点

(1)  原告は,本件決定送達後10日以内に本件決定が命じた謝罪広告の掲載をしたか。

(原告の主張)

原告は,平成11年8月14日,本件決定に従い,A町ハイタウンマンション(以下「本件マンション」という。)の入口掲示場において,謝罪広告を掲示するとともに,原告の区分所有者宛報告書に,謝罪広告を本件マンション入口掲示場に掲示したことを記載した。

(被告の主張)

原告が本件マンション入口掲示場に謝罪広告を掲示したことは否認する。仮に,掲示したとしても,それは平成11年8月14日の1日限りであり,時期的にもお盆で本件マンションの住人が帰省している時期であるから,本件マンションの住人に周知させるものとしては不十分であり,本件決定の趣旨に反する。また,原告代表者は,謝罪広告と同時に,これを否定する内容の張り紙を掲示しているから,この点でも,謝罪広告を掲示したとは言えない。

また,本件決定が命じたのは,本件マンション入口掲示場における掲示と原告の発行する報告書に謝罪広告自体を掲載することであるが,原告は,報告書に謝罪広告を掲載していない。本訴において原告が主張するところも,報告書に,本件マンション入口掲示場に謝罪広告を掲示した旨を記載したというに止まっている。

(2)  本件決定による執行は信義則ないし権利濫用の法理上許されないか。

(原告の主張)

被告は,本件決定による期限である平成11年8月17日から5年も経過してから,本件決定に基づき,1日当たり合計2万円の割合の債権差押・転付命令を得ているが,その金額は3400万円を超えるものとなっている。本件決定に基づき執行をすることは既に権利濫用ないし信義則違反となっており,本件決定による執行は許されない。

(被告の主張)

否認する。

第3  争点に対する判断

1  争点(1)(本件決定の履行)について

証拠(甲1,2,3の1,2,甲4の1ないし3,甲5ないし7,27,28,乙1ないし4,証人Z)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告は,本件マンションの区分所有者で組織する管理組合であり,被告は本件マンションに区分所有権を有する者で,原告の元理事であった。原告代表者と被告との間にはマンションの管理運営等に関して平成5年ころから紛争状態が生じ,平成9年1月,原告は,本件被告を被告として,横浜地方裁判所に,原告の運営妨害や脅迫等を理由に1800万円の損害賠償を求める訴えを提起し,これに対し,被告は,本件原告を被告として,原告代表者による名誉毀損等を理由に慰謝料1000万円と謝罪広告を求める反訴を提起した(以下「前訴」という。)。

同裁判所は,前訴において,本件原告の請求を棄却し,本件被告の反訴請求のうち慰謝料200万円の支払と謝罪広告を求める部分を認容した。

(2)  被告は,平成11年4月30日,前訴確定判決に基づき,原告の預貯金に対する差押及び転付命令を取得し,同年5月18日,遅延損害金を含め231万8082円を回収した。

被告は,平成11年8月5日,前訴確定判決に基づき,本件決定を得た。

(3)  原告は,平成11年8月14日,別紙一記載の謝罪広告を本件マンション入口掲示場に掲示するとともに,掲示したことを証明する資料として,本件マンションの管理人を掲示場に立たせたうえ,管理人と謝罪広告を写真に撮った。

また,原告は,本件マンション掲示場に謝罪広告を掲示した旨を本件マンションの区分所有者宛の同日付報告書に記載した。

(4)  本件決定が発令された後,平成16年4月,5月の上記債権差押及び転付命令を得るまで,被告が原告に対し本件決定が命じた義務の履行を確認するとか,履行していない旨の指摘することはなかった。

上記認定事実によれば,原告は,本件決定が命じたところに従って,本件マンション入口掲示場に謝罪広告を掲示したことになるから,本件マンション入口掲示場における謝罪広告の掲示については本件決定を履行したことになる。したがって,本件決定のうち,本件マンション入口掲示場における謝罪広告の掲示につき,1日当たり1万円の金員支払を命ずる部分の執行力は排除されるべきである。

被告は,この点につき,掲示が本件マンション住人が帰省していないお盆の時期1日限りのものであって,掲示を命ずる趣旨に反するから,履行したとは言えないと主張するが,本件決定が命じた掲示方法は,単に「本件マンション入口掲示場に別紙二記載の条件で1回掲載せよ」というものに過ぎないから,原告の本件マンション入口の掲示が本件決定の趣旨に反するとまでは言えない。

また,被告は,原告代表者は,謝罪広告と同時に,これを否定する内容の張り紙を掲示していることを理由に謝罪広告掲示の履行がないと主張する。確かに,このようなことは謝罪広告掲示の趣旨からして不相当な行為であることは明らかであるが,これだけで直ちに,原告が本件マンション入口掲示場における謝罪広告の掲示をしたことを否定することはできない。

しかしながら,本件決定は原告の発行する報告書に謝罪広告の掲載を命じているが,原告は,報告書に謝罪広告自体を掲載してはいないから,この点については本件決定の履行がされたと認めることはできない。

2  争点(2)(権利濫用,信義則違反)について

報告書への謝罪広告の掲載が未だ履行されていないことは前示のとおりであるが,前記認定のとおり,原告は平成11年8月14日発行の報告書中に,本件マンション入口掲示場において謝罪広告を掲示した旨記載したこと,被告は本件決定の履行期が経過した後,平成16年に至るまで,履行の有無の確認や1日各1万円の金員の請求をせずに放置してきたこと,本件マンション入口掲示場における謝罪広告の掲示は期限までにされていることからすると,本件決定中,報告書への謝罪広告掲載不履行による1日1万円の間接強制金の支払を命ずるもののうち180日を超える部分の権利行使は権利の濫用になるというのが相当である。

第4  結論

以上によれば,原告の本訴請求は,本件マンション入口掲示場における謝罪広告掲示に関するもの及び原告の発行する報告書における謝罪広告掲示に関するもののうち180万円を超える部分の強制執行不許を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がないことになる。

よって,主文のとおり判決する。

別紙 一,二<省略>

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