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横浜地方裁判所 平成16年(ワ)2022号 判決 2007年1月23日

主文

1  被告は,原告に対し,1919万8416円及びこれに対する平成15年7月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを7分し,その2を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,第1項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,6803万8290円及びこれに対する平成15年7月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告の元従業員であった原告(女性)が,被告において就労中,被告から女性であることを理由に賃金について男性と差別的取扱いを受けたとして,被告に対し,男性従業員の賃金の平均額との差額相当の賃金相当損害金,差額賞与相当損害金,差額退職金相当損害金,家族手当相当損害金及び差額公的年金相当損害金等の損害賠償を請求した事案である。

1  前提事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)

(1)  当事者

被告は,端子・コネクター及び各種電子部品の製造販売等を業とする株式会社であり,東京都に本社を持つほか,横浜,α,いわき各工場及び複数の事業所等を有し,平成15年当時,412人の従業員(男性従業員349人,女性従業員63人)を雇用している(甲5,6)。

原告は,昭和▲年▲月▲日生まれの女性であり,昭和57年12月27日に被告との間で雇用契約を締結し(当時37歳),以後,被告総務部で勤務し,平成15年7月20日に被告を退職(当時57歳。以下「本件退職」という。)した者である。

(2)  被告の賃金制度(昭和62年以降。以下の事実認定につき乙1。)

ア 給与規程

被告において,昭和62年に定められた給与規程(以下「本件給与規程」という。)によれば,被告従業員の賃金は基本給(本給及び加給)と諸手当からなるとされ,そのうち本給は等級及び号数によって定められ,加給は本給に一定の比率を乗じあるいは一律の定額を加算した額とする旨定められている。

そして,等級は従業員の従事する職務の質に基づいて定められるものとされ,具体的には別紙2等級説明書のとおりⅠ等級からⅥ等級までのランクがある。また,号数は従業員の勤務成績並びに年齢・経験に基づいて定められるものとされ,具体的には,後記ウ記載のとおりの昇給の手順により,毎年累積して上昇する。

イ 従業員の初任給

本件給与規程において,被告における新規学卒者及びこれに準ずる者は,以下のとおりの等級号数とする旨が定められており,初任給もこの等級号数によって定まる。

(甲種)     (乙種)

中学卒業者               Ⅰ等級1号

高校卒業者      Ⅰ等級16号   Ⅰ等級13号

短大卒業者      Ⅰ等級26号   Ⅰ等級21号

大学卒業者      Ⅱ等級12号   Ⅱ等級7号

大学院(修士)卒業者 Ⅱ等級20号   Ⅱ等級15号

大学院(博士)卒業者 Ⅱ等級28号   Ⅱ等級23号

また,中途採用者については,能力及び経験に応じて等級,号数を定めるものとされている。

ウ 昇格及び昇給

昇格とは,従業員の等級が上がることをいい,その場合の当該従業員の号数は,従来の本給と同額あるいは直近上位の額に当たる号数に変更される。

昇給とは,従業員の号数が上がることをいい,原則として毎年4月に行われる従業員の勤務評定(上から順にSないしD)に基づき,原則として6号数ないし2号数上がる。

なお,高い等級ほど1つ号数が上がった場合の昇給額も高額であるため(Ⅰ等級が900円,Ⅱ等級が1130円,Ⅲ等級が1420円,Ⅳ等級が1780円,Ⅴ等級が2230円,Ⅵ等級が2790円),勤務評定上同じ評価を得ても,より早く昇格した者の方が本給,加給が高額となる(なお,同一の等級内で1つ号数が上がった場合の昇給額は均一である。)。

さらに,昇給する号数は年齢によって調整され,別紙3調整適用年齢表記載の年齢(以下「調整適用年齢」という。)に達した者は,同じ勤務評定でも上がる号数が少なくなる。そして,調整適用年齢は,高い等級ほど高い年齢とされているため,一定以上の年齢の従業員同士の間では,等級の高い者は等級の低い者に比べて勤務評定上同じ評価を得たとしても多く号数が上がる。

2  争点

(1)  女性であることを理由とする差別的取扱いの有無(争点①)

(2)  損害額(争点②)

3  当事者の主張

(1)  争点①(女性であることを理由とする差別的取扱いの有無)について

<原告>

ア 被告においては,女性である原告の単年度の賃金額(基本給とその他の諸手当の合算額)と,原告と同年齢あるいは1つ上の年齢である男性従業員の単年度の平均賃金額(基本給とその他の諸手当の合算額)との間には別紙1一覧表固定給年度内差額合計欄記載のとおりの格差がある(なお,ここに原告と同年齢あるいは1つ上の年齢である男性従業員の平均とは,原告と同年齢の男性従業員がいる場合にはその賃金額を,原告と同年齢の男性従業員がいない場合には直近前年において原告より1歳年齢が上であった男性従業員の賃金額を,それぞれ平均したものである。)。

しかしながら,原告は,①被告入社の際すでに総務関係の業務の経験者であった上,②原告の勤務評定は昭和62年ないし平成4年及び平成8年ないし平成13年までがいずれもA,それ以外の年もBであるなど良好であり,③担当した業務も,平成14年の時点では被告総務部の人事関係の業務の大部分及び新人教育など重要なものであったから,上記のような格差が生ずる合理的な理由はない。

イ さらに,男性従業員の平均月額賃金が20代前半の20万円前後から50代の50万円前後まで年齢に応じて高額となっていることにみられるように,被告においては従業員の賃金額を決する要素として年功が重視されている。このことは被告が各従業員の年齢別平均給与一覧表(甲2の1ないし7)を作成し,管理資料として用いていることからもうかがえる。

被告の男性従業員の平均月額賃金と女性従業員の平均月額賃金とを比較すると,20代前半ころは大差はないものの,30歳前後から次第に顕著な格差を生じ,40代ないし50代となると10ないし20万円もの格差が生じている。

このような男性従業員と女性従業員との賃金額の格差に合理的な理由はないことも併せ考えると,原告と同年齢の男性従業員との格差は,原告が女性であることを理由とした賃金の差別的取扱いとして,被告の不法行為に当たる。

ウ これに対して,被告は,男性従業員の賃金と女性従業員の賃金との間に格差があるのは,①新規学卒者を採用する際に,男性が転勤があり初任給が高い甲種として採用されたのに対し,女性の多くが転勤がなく初任給の低い乙種として採用されたこと,中途採用者を採用する際に,女性は一般事務職として採用されることが多かったため男性の中途採用者に比べ初任給が低額に留まったことなど,職種・業務の違いによる初任給の差異があること,②被告の賃金制度では等級が上位の者ほど昇給額が大きくなるところ,女性従業員よりも男性従業員の方が高い等級にあることが原因であり,女性であることを理由とした差別的取扱いによって格差が生じたのではない旨主張する。

エ しかしながら,被告の上記主張は,以下のとおりいずれも理由がない。

(ア) 本件給与規程上「甲種」「乙種」の具体的な内容は定められておらず,就業規則上は被告の従業員は全員,転勤命令に従う義務がある。また,被告は,新規学卒者を採用する際に,転勤の有無を確認したことはない。

さらに,被告において女性の新規学卒者は,甲種,乙種の違いにかかわらず,事務職,製造職,技術職等多岐に亘る職種についており,男性と職種が異なることはない。

よって,甲種と乙種の違いによって初任給に違いを設ける合理的な理由はなく,これが被告の男性従業員と女性従業員との間の格差の合理的な理由となるものではない。

また,中途採用者については,被告は同年齢かつ同性別の従業員の賃金額を参考にして初任給を定めているから,新規学卒者についての上記のような合理的な理由のない賃金格差が中途採用者にもそのまま反映されるために格差が生ずるのであり,やはり合理的な理由がないことに変わりはないから,これが被告の男性従業員と女性従業員との間の格差の合理的な理由となるものではない。

(イ) さらに,男性従業員の等級が職務の質に関係なく年功に比例して上がっていることからすれば,等級は年功を重視した賃金額を導くため名目的に用いられているにすぎず,合理的な理由があるものではないから,これが男性従業員と女性従業員との間の格差の合理的な理由となるものではない。

<被告>

ア 原告と,原告と同年齢の男性従業員との間の格差について

(ア) 原告とほぼ同じ年齢の男性従業員との間には,賃金額において差があるものの,比較の対象にされた男性従業員は,職務,等級,これまでの勤務成績等の点で原告と異なるから,原告と賃金額が異なるのは当然であり,比較対象として適当ではなく,原告と男性従業員との間に賃金格差があるとはいえない。

(イ) 仮に,原告と,同年齢の男性従業員との間に,賃金額において格差があったとしても,以下のとおり,そのような格差には合理的な理由があり,原告が女性であることを理由に賃金について差別的な取扱いをしたものではない。

まず,原告は中途採用者であり,その初任給は能力及び経験によって定められるところ,原告と同年齢の男性従業員とはそれぞれ能力及び経験において原告とは異なるから,原告と初任給の額が異なることは当然である。原告の初任給14万円(基本給月額12万5000円,地域手当1万5000円)は,原告が被告の中途採用に応じた際の希望額13万円を上回る額であり,かかる初任給で原告を採用したことに不当な点はない。

そして,その後の昇給については,職務の質により定まる等級と,各年度の勤務評定により累積加算される号数によって定まるところ,かかる給与体系の下で原告の賃金が同年齢の男性従業員より低額に留まったことは,職務の質が異なることと,勤務評定の差異によるものである。

すなわち,原告の勤務評定の結果が良好なものであったことは原告も認めているところであり,これが不当に低くされたことはない。さらに,昇格の点についても,そもそも個々の従業員を具体的にどの職位に付けるかは被告の広範な裁量に属する事項であり,単に勤務成績に対する評価だけで機械的に従業員を昇格させるものではない。そして,原告は最終的には係長まで昇格しているところ,昭和62年以降平成15年までは,原告が勤務する総務部においては部長及び課長のポストには空きがなかったのであるから,原告を係長以上の職位にすることは不可能であり,昇格の点でも何ら不合理な差別はされていない。

なお,原告は,基本給以外の各種手当をも含めて同年齢の男性従業員との間に差別があると主張するものの,これらの手当は,各人の家族構成や職務,職位によって支給の有無,額に差異が生ずるものであるから,合理的な理由があることは明らかである。

イ 被告の男性従業員と女性従業員との間の格差について

原告は,被告の男性従業員の平均月額賃金と女性従業員の平均月額賃金との間に格差があることをもって,被告において性別を理由とする賃金差別が行われている旨主張するが,被告の女性従業員と男性従業員の間に存在する格差は初任給決定時及びその後の昇給時に生じたものでありいずれも合理的な理由がある。

(ア) 被告における従業員の初任給の定め方は新規学卒者の場合と中途採用者の場合とで異なる。

新規学卒者の初任給は,転勤を承諾した将来の幹部候補である総合職(甲種)の方が,転勤のない一般職(乙種)に比して高額となる。そして,これまで被告が行った新規学卒者の採用においては,男性は全員甲種に,女性は一人を除いて全員乙種に応募したために,結果として男女間に格差が生じたにすぎない。

中途採用者の初任給は,性質上各従業員の経歴,能力等により異なるほか,業務によっても異なるところ,女性の中途採用者が採用されたのは補助的業務であり初任給の低い一般事務が多かったため,男性の中途採用者に比べて初任給に格差が生じた。

このように,女性従業員の初任給が,男性従業員の初任給に比べて低額に留まることは,性別の違いに原因があるものではなく,合理的な理由がある。

(イ) さらに,被告における従業員の賃金は,その従業員の等級が高ければ高いほど昇給額も高くなるところ,個々の従業員を具体的にどの職位に付けるかは被告の広範な裁量に属する事項であり,単に勤務成績に対する評価だけで機械的に従業員を昇格させるものではない。被告が,人事権を行使し管理職に適当な人材を配置したところ,結果としてその多くが男性従業員となったために,男性従業員の昇給額と,女性従業員の昇給額との間に格差が生じた。

よって,このような昇給額の差異も,女性であることを理由とした差別的取扱いではなく,合理的な理由がある。

ウ 以上のとおり,被告における男性従業員の賃金額と女性従業員の賃金額との間の格差は,いずれも合理的な理由があり,女性であることを理由とした差別的取扱いではない。

(2)  争点②(損害額)について

<原告>

被告の前記(1)の不法行為により,原告は以下のような損害を被った。

ア 月額賃金の差額相当損害金 3580万5680円

原告は,被告の賃金差別がなければ昭和62年以降本件退職まで,少なくとも同年齢の男性従業員が受け取った賃金額の平均と同額の賃金を受け得たから,これから原告が現に被告から支給された賃金を控除した差額相当金が損害となるところ,その額は,別紙1一覧表固定給年度内差額合計欄記載のとおり合計3580万5680円である。

なお,上記差額相当損害金には,基本給のほか本件給与規程に定める各種の手当も含まれているが,被告においてはこれらの手当も基本給を補完するものとして扱われているにすぎず,管理職手当及び職務手当も現実の役職就労による対価ではなく,賃金額において年功序列をつけるための名目にすぎないから,男女差別による損害に当たる。

イ 賞与の差額相当損害金  974万5007円

被告において賞与は基本給に賞与率を乗じて算定されているところ,原告は,被告の不法行為がなければ昭和62年以降本件退職までに少なくとも同年齢の男性従業員の基本給額の平均に賞与率を乗じた賞与額を受け得たものであるから,これと原告が現に支給された賃金額に賞与率を乗じた額との差額相当金が被告の不法行為による損害となるところ,その額は,別紙1一覧表賞与年間差額合計欄記載のとおり合計974万5007円である。

ウ 退職金の差額相当損害金  276万6469円

被告における退職年金制度に基づく退職金は,解雇時の本給月額に適格年金係数を乗じて算出されるところ,原告は,被告の不法行為がなければ本件退職によって少なくとも同年齢の男性従業員の平均本給36万4340円に適格年金係数0.214及び92.70960を乗じた額を受け得たものであるから,これと原告が現に支給を受けた退職金との差額相当金が被告の不法行為による損害となるところ,その額は276万6469円である。

エ 公的年金差額相当損害金  430万9946円

原告は,60歳から厚生年金を受け取る予定であり,かかる厚生年金の金額は被保険者であった全期間の平均標準報酬額をもとに定められるところ,原告は,被告の不法行為がなければ少なくとも年額として基本厚生年金100万8300円,厚生年金基金75万2900円及び12万9200円の支給を受け得たものであるから,これと,原告が実際に受け取ることのできる予定の基本厚生年金96万4400円,厚生年金基金45万3000円及び12万9200円との差額に,原告と同年齢の者の平均的な余命23年間に対応したライプニッツ計数13.4885から,いまだ1年間受給まで時間があることに対応するライプニッツ計数0.9523を控除した12.5362を乗じた430万9946円が,被告の不法行為による損害である。

オ 家族手当相当損害金 282万円

被告は月額1万5000円の家族手当を原告に対して支給しなかったものであるから,これに188(昭和62年12月から平成15年7月までの月数)を乗じた282万円が,被告の不法行為による損害である。

なお,被告は第4回口頭弁論期日において陳述された平成18年10月10日付け準備書面において初めて消滅時効の援用をしているが,原告はこれを争う。本件請求は雇用契約に基づく賃金の請求ではなく,不法行為に基づく請求であるところ,原告が被告から女性であることを理由とする差別的取扱いを受けていることを知ったのは,本件退職の約8か月前である平成14年12月ころであり,本訴提起に至るまでいまだ3年間の時効期間は経過していない。

カ 慰謝料 500万円

原告は,被告の不法行為により,人格を傷つけられるという精神的損害を被っており,これを慰謝するために必要な金員は少なくとも500万円を下らない。

キ 弁護士費用 618万5000円

上記損害の賠償を請求するために必要であった弁護士費用は,上記アないしカの損害金額の合計額の1割に当たる618万5000円を下らない。

<被告>

否認する。

仮に,原告の賃金について,原告が女性であることを理由とする差別的取扱いがあったと評価されたとしても,それによる損害額は,差別的取扱いがなければ原告が受け得たであろう賃金と,原告が現に受給した賃金との差額である。そして,原告が仮に男性であったとしても,原告と入社時期,勤続年数,職務の内容,学歴のいずれも異なる原告と同年齢の男性従業員の平均賃金額を得ることができたとはいえないから,これを得べかりし賃金相当損害金とすることはできない。

さらに,基本給以外の諸手当については,各従業員の家族構成や職務,職位によって支給額に差が生ずるものであるから,それぞれ異なることは当然であり,男女差別による損害には当たらない。

そして,家族手当相当損害金については,原告は被告に対して雇用契約(本件給与規程)に基づいてこれを請求する権利を有していたものであるから,不法行為は成立しない。そうすると,同請求権は,平成14年5月分以前のものについては時効により消滅している。よって,被告は消滅時効を援用する。

第3当裁判所の判断

1  格差の有無

(1)  被告の男性従業員と女性従業員との間の格差について

被告の平成15年度の賃金台帳である甲6号証及びこれを表にした甲5号証の2によれば,被告の当時の全従業員数は412人(うち男性が349人,女性が63人)であるところ,これらの従業員の基本給月額の平均を年齢ごとに比較すると,50代においては男性従業員(57人)が約39万7000円に対し女性従業員(13人)が約25万3000円,40代においては男性従業員(109人)が約33万2000円に対し女性従業員(8人)が約24万2000円,30代においては男性従業員(128人)が約25万6000円に対し女性従業員(26人)が約21万9000円,20代以下においては男性従業員(55人)が約19万4000円に対し女性従業員(16人)が約18万6000円であることが認められる。

そして,男性従業員と女性従業員の等級を比較すると,Ⅵ等級及びⅤ等級は各25人全員を男性が占め,Ⅳ等級は男性が132人女性が5人,Ⅲ等級は男性が91人女性が16人,Ⅱ等級は男性が66人女性が32人,Ⅰ等級は男性が12人女性が8人であった(甲6)。

(2)  原告と,原告と同年齢の男性従業員との間の格差について

甲6号証のデータに基づいて分析すると,平成15年5月当時の原告(57歳)の基本給月額は29万5890円(Ⅳ等級26号数)であり,原告とほぼ同年齢(50ないし60歳),同学歴(高校卒業)の男性従業員27人(Ⅲ等級2人,Ⅳ等級10人,Ⅴ等級6人,Ⅵ等級9人)のうちの原告と同じⅣ等級の男性従業員(以下「対象男性従業員」という。)の基本給月額及び号数は,以下のとおりであり,その基本給月額の平均は約35万円,号数の平均は約50号となる。

採用形態

職種

等級・号数

年齢

本給額

加給額

基本給額

中途

事務

Ⅳ-28

52

228,460

71,490

299,950

中途

営業

Ⅳ-36

55

242,700

73,480

316,180

新規

製造

Ⅳ-42

51

253,380

74,980

328,360

中途

事務

Ⅳ-49

53

265,840

76,720

342,560

新規

製造

Ⅳ-52

51

271,180

77,470

348,650

中途

営業

Ⅳ-55

55

276,520

78,220

354,740

中途

営業

Ⅳ-55

55

276,520

78,220

354,740

中途

事務

Ⅳ-55

50

276,520

78,220

354,740

中途

製造

Ⅳ-66

54

296,100

80,960

377,060

中途

営業

Ⅳ-69

57

301,440

81,710

383,150

(3)  以上によると,被告においては,①おおむね同一の年齢の男女間に,基本給月額及び等級のいずれにおいても,相当の格差(以下「本件賃金等格差」という。)が存在すること,②原告と,年齢がほぼ同じで,学歴,等級の等しい対象男性従業員を比較すると,基本給額及びⅣ等級内での号数に相当の格差(以下「本件原告格差」という。)が存在していたことが認められる。

2  格差の合理的理由の存在について

上記のとおり,本件賃金等格差が存在することからすれば,これについて合理的な理由が認められない限り,その格差は被告が女性であることを理由に差別的な取扱いをしていることを疑わせるところ,本件原告格差の存在にこれを併せ考えると,原告について特に基本給月額や等級が低くなる特段の事情がない限り,本件原告格差は,原告が女性であることを理由に差別的な取扱いを受けたことによって生じたものと推認することが相当である。

これに対し,被告は,前記第2の3(1)<被告>記載のとおり主張するため,以下,上記各格差が生じたことについて合理的理由があるか否かを検討する。

(1)  認定事実

前提事実,証拠(甲2,4ないし7,9ないし18,乙1ないし3,10,12ないし15,18,19,証人a,同b,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア 本件賃金等格差に関する事実

(ア) 本件給与規程制定の経緯

被告においては,昭和61年以前は,就業規則及び給与規程は定められておらず,具体的に従業員の初任給の決定や昇給をどのように行っていたかについては不明である。ただ,新規学卒者の採用においては,募集する職種を総合職と一般職に分けて,初任給に差を付ける方法を採用していた。

被告は,昭和61年ころ,従業員のモラル及び被告への定着率の向上を目的として就業規則及び給与規程を定めることとし,外部団体である賃金管理研究所に賃金制度の設計を委託し,同研究所から草案の提示を受けた。

被告は,上記草案を検討して本件給与規程を定め,これを昭和62年11月から施行した。

被告は,施行当時被告に在籍していた従業員については,本件給与規程に定められていた等級・号数制を導入するため,各従業員の当時の職位(一般,主任,係長,課長,部長等)に基づいて等級を定めた上で,各従業員の当時の基本給額に基づいて号数を定めた。

(イ) 中途採用者の初任給について

被告が中途採用を行う際は,募集条件を定めた上で中途採用者を募集し,応募者の中から面接試験を行って中途採用者を採用している。そして,募集の際には,募集する職務や募集対象者の年齢を基にして,被告に在籍し同様の職務に従事している年齢の近い従業員の賃金額を参考にして,募集条件(賃金額)を決めていた。

また,採用を決定した後は,当該応募者の経歴や年齢,技能等の要素を考慮して,賃金額を修正していた。

(ウ) 新規学卒者の初任給について

被告が新規学卒者を採用する際は,各学校指定の求人票に必要事項を記載して募集を行い,応募者に対して筆記試験及び面接試験を行い採用していた。被告においては,新規学卒者の初任給は前記第2の1(2)イのとおり最終学歴と甲種,乙種の違いにより決定されるところ,求人票には,甲種の従業員のみ募集するときは甲種の賃金を,乙種の従業員のみ募集するときは乙種の賃金を記載し,両方を募集するときには両方の賃金体系を記載していた。採用した新規学卒者を甲種とするか乙種とするかは被告が決めており,応募者が決めることはできず,また採用前に甲種乙種の違いが説明されることもなかった。被告が採用した新規学卒者のうち,男性は全て甲種,女性は一人を除いて乙種となっていた。なお,被告は,少なくとも,乙種に応募した女性に対して,転勤できるかどうかについて確認したことはなく,また,少なくとも横浜工場の総務課長であったaは,甲種と乙種の違いを男女の性別によるものと考えていた。

新規学卒者は採用後新人研修において適性を判断され,適性があるとされた職務に配属されたが,甲種として採用された者の中には,いずれの職務にも適性がなく,特に適性を必要としない職務に配属される者もいた。

現在被告に在籍する新規学卒者の従業員のうち,男性の従業員は全て甲種であり,女性の従業員は1人(平成16年4月1日採用)を除いて全員乙種である。

(エ) 男性従業員と女性従業員の従事する業務について

被告においては,従業員の職務は,大まかに事務職,製造職,営業職,技術職の4つの職種に分けられているが,このうち男性従業員のみで占められているのは営業職のみであり,他の3職種には男性従業員,女性従業員ともに配属されている。そして,これら3職種については,新規採用による者も,中途採用による者も,いずれも存在している。

また,甲種,乙種の内容については,本件給与規程及び就業規則上定めはなく(就業規則上,転勤に服すべき旨の規定は,すべての従業員を対象として定められており,乙種の従業員を除く等の定めはない。),ある従業員が甲種か乙種かについては,被告の人事管理簿に記載されず,被告の管理職も把握していない。

(オ) 昇給について

被告の課長,部長及び事業部長は,本件給与規程26条1項に従い,昭和62年以降毎年4月に従業員の昇給を行うため,原則として各等級の中でS5%,A20%,B55%,C15%,D5%となるように勤務評定を行っていた。

そして,昇給は上記第2の1(2)(ウ)記載のとおり,原則として,SないしDの勤務評定に応じて号数も6ないし2加算されるが,対象となる従業員が別紙3調整適用年齢表に記載されている調整年齢に達すると,それに応じて年齢調整を受け加算される号数が少なくなる。そして,調整年齢は,別紙3記載のとおり,等級が高くなるほど高い年齢に設定されている。

被告の社内には,「部」と名の付くものは,本社に7つ,少なくとも横浜工場に4つ,α工場に5つ,端子工場に4つ存在する。

そして,被告の,平成15年度における全従業員数は,412人であるところ,これらの者の人数を等級別に見てみると,Ⅵ等級(代表職位:部長)及びⅤ等級(代表職位:課長)が各25人,Ⅳ等級(代表職位:係長)が137人,Ⅲ等級(代表職位:主任)が107人,Ⅱ等級(代表職位:一般)が98人,Ⅰ等級(代表職位:初級)が20人存在していた。

イ 本件原告格差に関する事実

(ア) 原告入社の経緯

原告は,昭和▲年▲月▲日生まれの女性であり,中学校卒業後,昭和36年にd社(総務)に,昭和45年にe社(総務)に勤務していたが,昭和57年に同社事務所の移転に伴い同社を退職し,同年12月27日被告に入社したものである(当時37歳)。

(イ) 原告の賃金額等

原告は,e社で稼働していた際,月額15万円から16万円の賃金を得ていたため,被告入社時に,賃金として月額13万円ないし15万円を希望していたところ,初任給として,基本給月額12万5000円及び地域手当1万5000円を提示されたため,これに同意した。

原告は,昭和62年10月当時,職位は一般で,基本給は16万円であったため,同年11月の本件給与規程施行に伴い,Ⅱ等級に格付けされた。

(ウ) 原告の業務

原告は,入社時に被告本社総務部に配属された。被告総務部は,その下に総務課をもち,主な業務は被告の機関や重要書類等に関する総務事項と,従業員の人事一般に関する人事事項である。

原告は,当初は郵便物の受発信や社会保険業務,接客などの補助的業務に従事したが,昭和59年には給与計算担当となり,以後,①全従業員の賃金計算業務,社会保険業務並びにこれらに付帯する業務,②全従業員の人事管理簿の作成と管理,③知的障害者の教育指導,④その他の雑務等の業務を行った。

そして,原告は,平成14年4月の段階では,人事事項の多くを担当するようになっており,この間,煩瑣な人事事項についてマニュアルを作って他の工場の総務に配布し,あるいは,被告本社の総務に新たに配属された従業員の指導を担当するなどした。

被告総務部には,昭和62年の時点で,総務部長1人(Ⅵ等級),総務課長1人(Ⅴ等級)のほか,従業員が5人存在した(Ⅱ等級の男性2名,女性2名及びⅠ等級の女性1名)。その中で,男性従業員のcが平成元年に主任(Ⅲ等級),平成4年に(Ⅳ等級)係長,平成8年に課長扱い(Ⅳ等級)にそれぞれ昇格しているほか,原告が,平成4年に主任(Ⅲ等級),平成11年に係長(Ⅳ等級)に昇格している。

そして,原告の勤務評定は,昭和62年ないし平成4年がA評価,平成5年ないし7年がB評価,平成8年ないし13年がA評価,平成14年が昇給凍結で,平成15年がB評価であった。なお,これらの評価に基づき上がった号数は,平成5年の3号数以降,2,2,3,3,3,3,3,2,0,4であった(平成5年から平成8年までは第2次調整により-2。また,平成10年以降平成15年までは第3次調整として-3。)。

(2)  検討

ア 本件賃金等格差の存在についての合理的理由の有無

(ア) 新規学卒者の初任給

被告においては,男性の新規学卒者は全て甲種,女性の新規学卒者は一人を除いて乙種として採用され,甲種の方が乙種よりも初任給の額が高額に定められているところ,これについて被告は,甲種は乙種と異なり,将来の幹部候補である総合職として,契約時に将来にわたって転勤が行われることを承諾しているため,初任給の額が高額になる旨主張している。

しかしながら,前記のとおり,本件給与規程(22条)では新規学卒者の初任給について甲種と乙種で額が異なることを定めていながら結局甲種乙種の違いが何であるのかについて定めていない。

そして,就業規則上被告従業員には例外なく一般的に転勤命令に服する義務が課されていることや,製造部門や事務部門においても相当数の男性従業員が存在することからすれば,これら男性従業員の全てに転勤の必要性があるとは認めがたく,女性従業員の中にも,製造,技術等男性と同様の業務に従事しているとうかがわれる者が相当数存在することからしても,男性従業員と女性従業員との間で転勤の有無や従事する業務について区別されているとは認め難い。

そうすると,新規学卒者の甲種乙種の区別は,本件賃金等格差の合理的な理由となるものではなく,この点についての被告の主張は採用できない。

(イ) 中途採用者の初任給

被告は,従業員を中途採用する際に,女性従業員については募集する職種が一般事務であるため,初任給決定の際,より高度な業務を担当する男性従業員と比べて差が生じ,これが本件賃金等格差を招く原因の一つとなっている旨主張している。

しかしながら,被告は,この一般事務という職種が何を意味するかについては,具体的に明らかにしていないところ,前記認定事実のとおり,女性の中途採用者であっても,その担当職務は事務職に限られているわけではなく,製造職,技術職に従事する者もいることや,男性の中途採用者も相当数が事務職に従事していることからすれば,両者の間に,賃金額を隔てる明確な差異があるかは疑問である。

そして,被告は,前記のとおり中途採用者の初任給について,同じ業務に従事する同じ年齢の従業員を参考にする旨主張しているところ,これまで被告が女性の従事する職を「一般事務」「一般職」「乙種」として分類していることからすると,結局,被告では,同年齢で同じ性別かつ同じ業務に従事する従業員の賃金額を参考にしているにすぎない。このことは,甲11号証の1によれば実際同年齢の女性と男性では初任給の額に差があり,他方で,男性同士,女性同士の間ではそれほど大きな初任給の差はみられないこと,また,被告の本件給与規程の草案を作成した賃金管理研究所の弥富拓海の著書(乙16)に,中途採用者の賃金は新規学卒者の延長にある旨の記載があることなどからも裏付けられる。

したがって,上記の新規学卒者において存在した合理的な理由のない格差が,そのまま中途採用者についても反映されているというべきであり,中途採用者の初任給が男女間で異なることに合理的理由はないから,この点を本件賃金等格差の合理的な理由とすることはできず,被告の主張は採り得ない。

(ウ) 等級の違い

被告において,本件給与規程上,等級は職務の質(職位)に対応するものとされているところ,管理監督権限や指揮命令権限を具体的に何人に与えるかは,原則として人事権の行使として使用者の裁量に委ねられるべき問題ではある。しかしながら,職位が,具体的な管理監督権限や指揮命令権限を与えるためではなく,別の考慮要素により名目的に与えられているような場合には,使用者の裁量が当然に及ぶものではなく,性別で違いを生ずる合理的理由とはならない。

この点に関して,前記認定事実によれば,被告においては,本社及び工場等を含めて少なくとも20に及ぶ「部」があり(「部」「課」「グループ」のいずれか明確に定められていない組織や,「室」という組織を除いたとしても。),少なくとも同数かそれ以上の「課」があることが窺われるところ,被告従業員のうち部長に相当するⅥ等級上級管理職及び課長に相当するⅤ等級管理職はいずれも25人のみ存在しており,特にⅥ等級の者については30代の若さでこれに就任している者もいるのであるから(甲6),これらの者については,実質的に指揮命令権限,監督権限のある者のみがその地位に就いていると認めることができる。

しかしながら,他方において,係長相当とされているⅣ等級の監督職については被告の全従業員412人のうち実に137人,主任相当とされるⅢ等級の指導職については実に107人がこれを占めているのであって,これらの者に全て指揮命令権限や監督権限があるというのは,経験則上考え難く,むしろ,Ⅳ等級以下の等級は,賃金額をある程度の額に上げるために,年功的な部分に重きをおいて付与されていると認めるのが相当である。このことは,被告の職務権限規程において,上級管理職(Ⅵ等級)及び管理職(Ⅴ等級)については定めが存在するものの,監督職(Ⅳ等級)以下については定めがないことや(乙1),部下の勤務評定の権限をもつのがⅤ等級以上の者に限られていること(乙2)とも一致し,さらには,証人bも,Ⅳ等級の係長職までは比較的スムーズに昇格することもあるものの,Ⅴ等級以上の管理職となると指示命令を下す立場になるので,部長,課長それぞれ1名ということになり,上に上位等級の者がいれば自動的に昇格するものではないと供述していることからも裏付けられる。

以上からすれば,被告において,Ⅳ等級以下の等級は賃金額の調整手段の一環であると認められるから,男性と女性で異なる等級にすることに合理的な理由は認め難く,これをもって本件賃金等格差の合理的な理由とすることはできない。

(エ) まとめ

以上からすれば,本件賃金等格差について被告が主張する理由はいずれも合理的なものと認めることはできず,本件賃金等格差は被告が労働者が女性であることを理由とした差別的取扱いを行ったことを疑わせる。

イ 本件原告格差の存在についての合理的理由の有無

前記認定事実によれば,原告の勤務評定は良好であり,少なくとも平均を上回るものであったことは明らかであり,特段,原告の昇給,昇格が滞ることについての具体的な被告の主張,立証はない。なお,被告は,原告の所属する総務部及び総務課において,昭和62年以降平成15年まで部長及び課長のポストに空きはない旨主張するところ,原告をより早い段階で係長(Ⅳ等級)に昇格させることに支障があったことを認めるに足りる証拠はない。

以上からすれば,原告と同学歴,同年齢の男性従業員との間に存在する本件原告格差を正当化する特段の事情はなく,上記のとおり,本件賃金等格差が女性であることを理由とした差別的取扱いである疑いがあることを併せ考えると,原告は,被告から女性であることを理由として賃金について差別的取扱いという不法行為(労働基準法4条)を受けたと推認するのが相当であり,これを覆すに足りる的確な証拠はない。

3  損害額

(1)  差額基本給相当損害金

以上からすれば,本件原告格差は,原告が女性であることを理由とする賃金の差別取扱いであると認められるが,他方で,被告においてはⅤ等級以上に当たる職位について,被告の人事権の行使として不適切に運用されていることを認めるに足りる証拠はないことからすると,原告をⅤ等級以上の等級に昇格させなかったことが,被告の裁量を逸脱したものとまでいうことはできない。しかし,他方で,原告をより早い段階で係長に昇格させることに支障はなかったことからすると,原告が被告の差別的取扱いがなければ受けることができた賃金は,より早い段階でⅣ等級に昇格していれば受け得た賃金相当金というべきである。

そして,前記第3の1(2)のとおり,原告と同年齢,同学歴の男性従業員は,Ⅵ等級の者が9人,Ⅴ等級の者が6人存在するところ,これらの者については原告と基本給月額が異なる合理的な理由があるから,損害額算定の基礎に加えないこととし,さらに,上記15人は原告と同年齢,同学歴のもののうちでも特に成績が良かった者であると考えるのが相当であるから,これを除外することとの均衡上,同年齢,同学歴の男性従業員の中でもⅢ等級の男性従業員2名についても,損害額算定の基礎に加えないことが,原告の勤務評定が被告従業員の平均より上であることからしても,相当である。

そうなると,被告の差別的取扱いがなければ原告の受け得た基本給月額は,前記第3の1(2)記載の対象男性従業員10人の平均である34万6013円であると認めることが相当であり,これと原告の基本給月額29万5890円との差額5万0123円に,原告の請求期間である昭和62年以降平成15年7月20日までの月数である198か月と20日(1か月31日で計算)を乗じた995万6691円(小数点以下切捨て)を損害とすることが相当である。

(2)  差額賞与相当損害金

被告において,賞与額は基本給月額に賞与率を乗じて算定されていたため,原告が男性であれば支給された基本給月額に基づく賞与相当金と現に支給された賞与との差額も,被告の差別的取扱いと相当因果関係のある損害となる。

そして,原告主張の別紙1年賞与率欄記載の年賞与率に対して被告から具体的な主張はなく,これを排斥する証拠もないことからすれば,同年賞与率を平均した約4.8(小数点第2位以下切り捨て)に,上記(1)の5万0123円に16(昭和62年から平成14年までの年数)を乗じた384万9446円(小数点以下切捨て)を損害とすることが相当である。

(3)  差額退職金相当損害金

被告における退職金は,基本給中の本給部分に,適格年金係数を乗じて算出されるところ,被告による賃金差別がなければ受け得た退職金相当金と,原告が現に支給された退職金との差額は,賃金差別と相当因果関係を有する損害というべきである。

そして,被告における退職年金制度の詳細は明らかではないものの,原告は解雇時の本給月額に適格年金係数0.214及び92.70960を乗じて算出されると主張し,被告はこの点について具体的な反論を行っていないことからすれば,原告は,被告による賃金差別がなければ上記算定方法による退職年金相当金を受け得たと認めるのが相当である。

そして,前記第3の1(2)の対象男性従業員らの本給額の平均は26万8866円であるところ,原告の本給額は22万4900円であるから,その差額4万3966円に0.214及び92.70960を乗じた87万2279円(小数点以下切捨て)が損害となる。

(4)  家族手当相当損害金

証拠(甲13,乙1,乙18,証人b,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,昭和62年12月以降,配偶者のいる男性従業員全てに対して,扶養の有無にかかわらず,一律毎月1万5000円を家族手当として支給している。しかしながら,女性従業員に対しては,内規において,配偶者が就労意思があるにもかかわらず就労できない,あるいは寡婦にして扶養家族がいるもののみに特例として認めると定められており,原告も,配偶者がいるにもかかわらず上記手当の支給を受けていない。その結果,原告は,家族手当の月額である1万5000円にこの間の月数(188か月)を乗じた282万円を受領していないものである。

なお,被告は,家族手当については,原告には本件給与規程上は支給を受ける権利があったものとして,消滅時効を援用しているが,上記のとおり被告においては女性従業員に対しては原則として支給しない旨の内規があり,これにしたがった労働慣行が成立していたと認められるのであって,原告に家族手当の請求権があったとは認め難いこと,さらに,前記のとおり,被告は原告について女性であることを理由に賃金について差別的取扱いをしていたことからすれば,男性従業員のみを対象に家族手当を支払っていたことも,同じ差別的取扱いの一環とすることが適当であり,時効期間は,原告が被告の行っている差別的取扱いを知った平成14年12月ころから起算して3年間(民法724条)となり,平成16年6月8日の本訴提起の時点ではいまだ満了していない。よって,この点の被告の主張は採り得ない。そうすると,上記282万円は,女性であることを理由に支給されなかったものであるから,原告の被った損害というべきである。

(5)  差額公的年金相当損害金

甲19号証の1及び2並びに甲20号証によれば,原告が受給する予定の老齢厚生年金の特別支給金については,基本年金額が96万4400円であり,また,厚生年金基金による基本年金が45万3000円となることが認められる。

しかしながら,賃金差別がなければ原告が受け得たと認められる賃金相当金は上記(1)のとおりであり,原告の主張額とは異なるため,年金相当金についての原告の主張を採用することはできない。

さらに,そもそも厚生年金は,その財源の3分の1を被保険者である従業員に負担させることで成り立っている制度であり(厚生年金法82条1項),その負担額は従業員の給料に応じて変化し,またその時々の情勢を勘案して定められる保険料率による修正を受けるものである。

そうすると,原告は,賃金差別がなければ受け得たと認められる賃金相当金の支給を受けていれば,当然に負担したはずの保険料の支払を免れているのであり,これについても考慮される必要があるところ,同保険料率が幾度となく改正されていることも併せ考えると,結局,仮に原告の基本給額が異なっていた場合について,公的年金として原告にどれだけの得べかりし利益があったかは,算定不能であるというほかない。

よって,この点についての原告の請求は認めることができない。

(6)  慰謝料

以上のとおり,原告は,被告に対し,上記各損害金の支払を求めることができ,特段の事情が認められない限り,これらの損害額をもって経済的損害は填補されるところ,本件において,これと別に金員支払をもって慰謝すべき損害の発生を認めるまでの特段の事情は認められない。

(7)  弁護士費用

本件事案の性質,審理の経過,認容額等に鑑みると,弁護士費用相当の損害額としては170万円が相当である。

(8)  まとめ

上記(1)ないし(7)を合計した1919万8416円が,被告による賃金差別と相当因果関係のある損害の額と認められるから,被告は原告に対し,同額を賠償する義務を負う。

4  結論

以上のとおり,原告の請求は不法行為に基づく損害賠償として1919万8416円及びこれに対する不法行為後である平成15年7月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田健司 裁判官 小川理津子 裁判官 中野智昭)

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