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横浜地方裁判所 平成16年(ワ)3678号 判決 2007年3月20日

原告

X1

原告

X2

原告

X3

原告ら訴訟代理人弁護士

岡村共栄

高橋宏

阪田勝彦

太田啓子

西村紀子

藤田温久

小池拓也

被告

株式会社魚沼中央自動車学校

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

山崎重吉

鈴木隆

主文

1  原告らが,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告X1に対し,577万8668円及び別紙一覧表(5)の「賃金(原告X1)」欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告は,原告X2に対し,701万9115円及び別紙一覧表(5)の「賃金(原告X2)」欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

4  被告は,原告X3に対し,577万9669円及び別紙一覧表(5)の「賃金(原告X3)」欄記載の各金員に対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

5  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

6  訴訟費用は被告の負担とする。

7  この判決は第2項ないし第4項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  原告らが,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告らに対し,平成16年6月から毎月25日限り別紙一覧表(1)ないし(3)の「未払賃金額」欄記載の各金員及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,株式会社湘南ドライビングスクール(以下「訴外会社」という。)が経営している自動車教習所(以下「湘南校」という。)を閉校し,被告が秦野自動車教習所(以下「秦野校」という。)を開校するに当たり,<1>訴外会社と被告との間で,湘南校閉校時点までに被告が訴外会社の労働契約を承継する旨の合意があった,<2>被告と原告らとの間で,被告は,湘南校閉校時までに湘南校と同一の労働条件で原告らを雇用して秦野校にて勤務させる旨の合意があったとして,湘南校の教習指導員(以下「指導員」という。)として雇用されていた原告らが,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,湘南校閉校後の賃金の支払を求めた事案である。

1  前提事実(証拠番号の記載のない事実は当事者間に争いがない。なお,以下に記載する証拠番号は全て枝番号を含むものとする。)

(1)  被告は,自動車の運転教習業等を目的として設立された会社であり平成16年10月に,商号を株式会社小出自動車学校から株式会社魚沼中央自動車学校に変更し,平成17年1月5日,株式会社小千谷自動車学校及び有限会社茨城県羽鳥自動車学校を合併した。

被告の代表取締役はD(以下「D」という。)及びAであり,取締役はD,A,Aの長男B及びCであったが,上記合併に(ママ)の際に,E(以下「E」という。),F(以下「F」という。),G(以下「G」という。)の3名も取締役に就任した(<証拠略>)。

(2)  訴外会社は,自動車学校の経営等を目的として設立された会社であり,平成13年6月1日時点における代表取締役はF,取締役はB,A,C,Fであったが,平成14年10月1日,Fに代わってBが代表取締役に就任した(<証拠略>)。

(3)  原告X1は,指導員の資格を取得し,昭和52年12月10日,訴外会社に雇用され,湘南校の指導員として勤務していた(<証拠略>)。

原告X2は,平成2年1月,訴外会社に雇用され,同年12月までは送迎バスの運転手として勤務し,同月,指導員の資格を取得して以後は湘南校の指導員として勤務していた(<証拠略>)。

原告X3は,昭和44年6月1日,訴外会社に雇用され,同年8月2日,指導員の資格を取得して以後は湘南校の指導員として勤務していた(<証拠略>)。

平成16年3月当時,神奈川県自動車教習所労働組合湘南ドライビングスクール支部(以下「組合」という。)には原告らを含めて5名の組合員がいたが,その後,書記長H(以下「H」という。)及び会計担当I(以下「I」という。)の2名が組合から脱退したため,組合員は支部長の原告X1,副支部長の原告X2,Hの後任の書記長となった原告X3の3名となった(<証拠略>)。

(4)  Aは,平成15年5月12日,株式会社秦野自動車学校が所有し自動車教習所の敷地として使用していた秦野市<以下省略>の宅地1018.18平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)及び本件土地上の建物(以下,本件土地と併せて「本件土地建物」という。)を売買により取得した(<証拠略>,弁論の全趣旨)。

(5)  被告は,本件土地建物を利用して自動車教習所(秦野校)を開校することを決定し,平成15年5月21日,被告の支店として同月20日秦野分校を設置したとの登記をした(<証拠略>)。

被告は,神奈川県公安委員会(以下「公安委員会」という。)に対して,同年6月12日,自動車教習所として秦野校を届け出(<証拠略>),翌13日,普通自動車第一種免許に係わる教習課程について指定を受けたい旨の申請をした(<証拠略>)。公安委員会は,同月20日,被告に対し,秦野校が行う教習の課程を道路交通法施行令33条の6第1項第1号ロの規定により「教習課程(普通)」に指定する旨の指定書を交付した(<証拠略>)。

被告は,平成16年1月8日,公安委員会に対し,道路交通法99条1項の規定による普通自動車免許に係る指定自動車教習所の指定を受けたい旨の申請をし(<証拠略>),同月28日,公安委員会から,指定自動車教習所の指定を受けた(以下,指定自動車教習所の指定を受けたことを「公認」という。<証拠略>)。

(6)  湘南校は,平成16年5月31日,公安委員会に対し,指定自動車教習所の指定(公認)の返上を申請し,同年6月9日,指定自動車教習所としての資格を喪失した(<証拠略>,弁論の全趣旨)。

(7)  訴外会社は,平成17年2月25日をもって原告らを解雇する旨通知した(<証拠略>)。

2  争点

(1)  被告と訴外会社との間で,訴外会社から被告へ営業譲渡に伴い労働契約を承継する旨の合意があったか。

(原告らの主張)

ア Aがオーナーといわれるaグループには,平成15年6月当時,株式会社a,株式会社メディカルファーマシィー,株式会社小千谷自動車学校,有限会社茨城県羽鳥自動車学校,訴外会社,被告などの会社があり,これらの関連会社は,株式会社aで経理を集中して行うなど極めて密接な関係にあり,Aの息子であるBは訴外会社の代表者であると共に被告の取締役であり,被告の代表者はAであった。

aグループは全てAらA一族の方針に従って運営されており,被告の代表者D及び訴外会社で専務と呼ばれていたJ(以下「J」という。)もA及びBの意を受けて行動していた。

イ 被告と訴外会社は,平成15年6月ころまでに,湘南校を秦野市へ移転させることとし,湘南校の従業員は本人の意思に反しない限り秦野校へ全員異動させることを決定した。

ウ B及びJは,平成15年6月から平成16年1月までの間,湘南校の従業員に対し,職員集会や組合との団体交渉等において,再三に亘り,全従業員を秦野校へ異動させる旨を伝達した。

エ 湘南校の従業員31名中,被告(秦野校)へ転籍した者は19名,株式会社aへ転籍した者2名,定年退職者3名,転籍を希望せずに退職した者4名であり,秦野校への異動希望者は原告ら3名を除き全員秦野校へ異動している。他方,秦野校の従業員33名中19名は湘南校からの転籍者である。

オ 湘南校で使用されていた備品のうち,耐用年数が残存している物品(送迎バス,バイク,シュミレーター,レジ等)については,ほとんどが秦野校へ移設されている。

カ このように,B及びJが,湘南校の従業員に対して,全員異動させると繰り返し述べ,湘南校から秦野校へ労働契約関係及び営業用の財産が承継されていることからして,実質的には湘南校はaグループの決定に従って秦野校に移転したにすぎないのであり,訴外会社が,被告に対し,自動車教習所事業を営業譲渡したことに伴い,訴外会社と湘南校従業員との間の労働契約についても,本人が希望しない場合を除き,秦野校への移転が完了するまでには全て被告が承継する旨の合意があったというべきである。

そして,被告に承継された訴外会社との間の労働契約は,労働者がその変更に合意しない限り,そのまま被告に承継されるというべきであり,原告らは変更に合意していない。

仮に,訴外会社と被告との間で,組合員については労働契約を承継しないとの合意をしたとしても,そのような合意は組合員を合理的な理由もなく差別するものであって不当労働行為であるから(労働組合法7条1項),そのような違法な合意は,その限度で公序良俗に反して無効であり,原告らについても,訴外会社から被告に対して労働契約は承継されている。

(被告の主張)

ア 訴外会社と被告との間で労働契約を承継するとの合意をしたことはない。

イ aグループという組織はなく,代表の方法,総会の運営,財産もないので,いわゆる権利能力なき社団としても存在せず,法律上の概念としては成立しない。訴外会社と被告は,別個の法人格を有する別の法人である。

ウ 被告は,平成15年5月20日の被告取締役会において,Aが取得した本件土地建物を賃借して被告秦野分校を設置することを決定し,同月21日,秦野分校設置の登記をしたものであり,秦野校の開校は湘南校とは全く関係がない。

エ 被告は,秦野校の公認取得のため,優秀な指導員を確保すべく,現役の指導員を広く各教習所から募集し,平成15年6月2日8名(湘南校から5名)を,同月10日1名を採用し,同年7月17日及び同月28日に各1名を採用した。秦野校は,平成16年1月28日,指定自動車教習所(公認)の指定を受けたため,被告は,更に指導員を広く各教習所から募集し,同月29日から同年6月16日までの間に13名(湘南校から8名)を採用したのであり,他社との提携や契約関係はない。

オ 湘南校から秦野校へ移動した物品も若干はあるが,被告が秦野校のために新規購入した物品と比較すると僅かな量であり,時価にして評価できないほど廉価なものであって,そのような物品の移動をもって営業上の財産の承継とは到底評価できない。

(2)  被告と訴外会社の従業員との間で労働契約が締結されていたか。

(原告らの主張)

ア 争点(1)(原告の主張)のアないしウに同じ

イ 原告らは,Bらに対し,湘南校の従業員を被告に移籍させる旨の協定書等の締結を繰り返し要求するなど秦野校での勤務を希望する旨の意思表示をしてきた。

ウ 平成15年5月20日に開催されたaグループの営業会議の中では,湘南校からの出向指導員等の労働条件は現状維持と決定され,A一族の指示に従っていたJも,訴外会社と組合との団体交渉において,労働条件は湘南校より悪くならないと説明している。

秦野校の賃金体系ができたのは平成16年7月ころのことであるから,それ以前に湘南校から秦野校へ異動した従業員は相当期間湘南校と同一の賃金体系で賃金を支給されていたと考えられ,被告は,湘南校の労働条件と同一の労働条件を提示していたと解される。

エ 以上のとおり,被告と訴外会社が極めて密接な関係にあること,湘南校の従業員を秦野校へ異動させるとの決定に従ってB及びJが湘南校の従業員に対して繰り返し秦野校へ異動させると伝達していたことからして,Bは,平成15年7月9日,被告の代理又は使者として,Jを介して,訴外会社従業員に対し,湘南校が閉校するまでに全従業員を湘南校の労働条件を下回らない条件で秦野校へ異動させる旨の労働契約の申込みをし,原告らは秦野校での勤務を希望すると意思表示して被告の申込みを承諾したのであるから,遅くとも同日をもって,原告らと被告の間に労働契約が成立した。

(被告の主張)

ア 争点(1)(被告の主張)イ及びウに同じ

イ Bが被告の取締役として,原告らに対し,労働契約締結の申込みをしたことはなく,訴外会社の代表者として,原告らを秦野校へ異動させると約束をしたこともない。

仮に,訴外会社の全従業員を秦野へ(ママ)異動させる旨の発言があったとしても,それは,訴外会社の代表者として全従業員の再雇用先を確保しなければならないという趣旨にすぎない。

(3)  (1)又は(2)が認められた場合の未払賃金額

(原告らの主張)

原告らが訴外会社から平成16年2月から同年4月に支給された平均賃金は,原告X1は46万0970円,原告X2は40万9326円,原告X3は51万2377円である。

被告は,原告らに対し,平成16年6月から毎月25日限り上記同額の賃金を支払うべき義務がある。

なお,原告らは,被告の従業員たる地位を取得した後も被告から不当に湘南校を勤務場所とする訴外会社への出向を命じられ,平成17年2月25日まで異議を留めて従っており,出向先である訴外会社から一部の支払を受けたので,別紙一覧表(1)ないし(3)の「未払賃金額」欄記載のとおり,訴外会社から支払を受けた額を控除した金額を賃金として請求する。

(被告の主張)

否認する。

第3争点に対する判断

1  前提事実,<証拠略>,証人B,原告X1本人,被告代表者A,同D及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  被告,訴外会社,株式会社a,株式会社メディカルファーマシィー,株式会社ワカホ(旧商号・株式会社板橋自動車教習所),株式会社日創技建,株式会社大湯ホテル,b株式会社,c開発株式会社は,いずれも,Aがその一部の株式を所有し,A及びBが取締役に就任し,株式会社大湯ホテルを除いて本店を東京都新宿区(以下「本社ビル」という。)に置く会社であり,これらの会社は,株式会社川田商店,株式会社小金井自動車学校(以下「小金井自動車学校」という。),株式会社碓氷中央自動車教習所,有限会社野田自動車教習所,株式会社小千谷自動車学校(平成17年1月5日被告が吸収合併),有限会社茨城県羽鳥自動車学校(平成17年1月5日被告が吸収合併),株式会社新宿調剤薬局,株式会社台東調剤薬局,有限会社クローバー等と共に,各会社の会社概要,AやFらの名刺の裏面,株式会社メディカルファーマシィーの新規薬局出店の挨拶状等にグループ企業として記載されている(以下,これらの会社を「グループ企業」という。)。

これらのグループ企業の経理及び総務事務は一括して株式会社aが請け負って行っている。

本社ビルの2階には役員室と呼ばれる部屋があり,B,F,E,G,D,Jの6名の机が置かれていて,グループ企業内部ではDは事業本部長,Gは管理本部長,Bは総括本部長と呼ばれているが,事業本部,管理本部,総括本部はグループ企業内の一つの法人内に置かれた組織を呼称するものではない。

(2)  Aは,グループ企業の従業員等からオーナー又は会長等と呼称されているが,本社ビル内の株式会社メディカルファーマシィーには週に2回ほど顔を出すものの,それ以外のグループ企業に出勤することはほとんどなく,日常の会社運営には携わっていない。

Bも前記のとおりグループ企業の多数の会社の取締役として就任しており,平成14年10月に訴外会社の代表取締役をFから引き継いだ後も,湘南校に出勤することは稀でもっぱら本社ビルにて執務していた。

(3)  平成11年当時,グループ企業内には公認自動車教習所が11カ所あり,平成13年3月下旬ころには8カ所あったが,Dは,そのころ,各自動車教習所の校長である設置者及び管理者に対し,グループ企業内の自動車教習所に関わる出金のうち支払額50万円以上の案件については,グループ企業の総括本部長であるBの決裁が必要である等と記載した文書を事業本部長名で作成して,各自動車教習所に送付した。

(4)  東京都は,平成15年1月ころ,Aが所有する東京都港区の土地を道路用地として代金4億8300万円で買収することを決定した。Aは,そのころ,知人から株式会社秦野自動車学校の破産管財人が本件土地建物の任意売却先を探しているとの話を聞き,上記土地の買換不動産として本件土地建物を譲り受けることを決めた。

(5)  Bは,Aが本件土地建物を取得するという話を聞き,平成15年3月ころ,Aに対し,訴外会社が本件土地建物をAから賃借して自動車教習所を経営したい旨の申出をし,Aはこれを承諾した。

このため,Bは,湘南校の従業員に対し,湘南校を本件土地建物に移転し,湘南校の従業員は全員移転先の教習所に異動させると説明した。

なお,湘南校のある人口約26万人の平塚市は自動車教習所が4校あったが,人口約17万人の秦野市には株式会社秦野自動車学校の破産により自動車教習所が1校もない状況であった。

(6)  平成15年3月14日,A,B,湘南校のJ(なお,Jは,平成14年2月に訴外会社に入社した者で,取引銀行の行員の経歴を有し,訴外会社の取締役ではないが湘南校ではJ専務と呼ばれて現場の責任者であった。),湘南校の管理者K(県警OB。以下「K」という。)は,湘南校を秦野市に移転したいと考えて県警本部長に相談に行ったが,県警のJ2指定校係長から,自動車教習所の移転は,同一公安員(ママ)会内で物的,人的基準に適合し,経営規模,路上コースのエリアが同一であり,移転理由が公共事業等のために敷地が国や自治体に収監される場合に認められるとの回答があり,湘南校が公認自動車教習所のまま本件土地建物に移転することはできないことが明らかとなった。

Bは,新しい自動車教習所が公認を取得できるまでの一定期間,訴外会社が湘南校と2つの自動車教習所を併存させて経営することは資金的に難しいと判断し,平成15年5月ころ,Aに対し,訴外会社が本件土地建物をAから賃借して自動車教習所を経営することを断念した旨伝えた。

なお,Dは,そのころ,訴外会社が本件土地建物で自動車教習所を経営することを断念した話を聞いていた。

(7)  Aは,本件土地建物は自動車教習所として使用することが最も有効な利用方法であると考えたため,平成15年5月ころ,被告,小金井自動車学校,株式会社碓氷中央自動車教習所,株式会社小千谷自動車学校の各会社の代表取締役に就任していたDに対し,本件土地建物を買うつもりなので本件土地建物を使用して被告が自動車教習所を経営する方針を提案し,DはAの提案を承諾した。その後,被告の取締役会で,被告が本件土地建物で新たに自動車教習所を経営することが了承された。

なお,当時,グループ企業内には自動車学校は6カ所あり,Aは被告の代表取締役であると共に,B,Cと同様に,小金井自動車学校,株式会社碓氷中央自動車教習所,株式会社小千谷自動車学校,有限会社野田自動車教習所,有限会社茨城県羽鳥自動車学校の取締役であった。Dは4つの自動車教習所を経営する会社の代表者であったが,取締役であるAやBの指示に従い,その指示に意見を差し挟むことはなかった。

(8)  Aは,平成15年5月12日,本件土地建物を売買により取得し,同日,株式会社d銀行は,同土地について,訴外会社を債務者とする債権額4億4000万円の抵当権を設定した。なお,株式会社d銀行は,平成16年7月30日に同抵当権を解除し,同日,被告を債務者とする4億700万円の抵当権を設定した。

(9)  湘南校の管理者であったKは,平成15年5月初めころ,Dから秦野校の管理者になって欲しいと誘われてこれを承諾し,その旨Jに報告した。また,そのころ,Dは,Bに対し,Kを秦野校の管理者として欲しいという話をし,Bから異論はなかった。

Kは,平成15年6月11日から秦野校の管理者となったが,その前から秦野校立ち上げのための会合に出席するなど準備作業を行っていた。

(10)  小金井自動車学校の管理者であったL(以下「L」という。)は,平成15年5月初め,Dから,秦野校の人事・経理の責任者として来て欲しいとの誘いを受けて,同月19日から秦野校では常務と呼ばれる立場で勤務を開始した。

(11)  被告は,秦野校が公認を取得するために,当初6か月間に145人の教習生を卒業させることを当面の目標として定めた。

目標達成のための人員配置として,Kは,最低でも技能指導員6名,学科指導員1名,配車係1名の合計8名が必要であると考えたが,指導員・従業員の人選及び湘南校から異動した従業員の身分を出向扱いとするのか等については,湘南校を秦野校に併合するか,しばらくは並立でやっていくのかという営業方針と併せて検討しなければならないと考えていた。

また,被告は,平成15年6月ころから,順次,教習車として中古車及び新車,送迎車として中古車を購入し,教習コースや校舎の改修工事等に着手した。

(12)  Dは,平成15年5月初めころ,秦野校開校のスケジュールを記載した表(<証拠略>。以下「本件スケジュール表」という。)を作成し,「人事関係」の欄には,「組合への案内」,「秦野出向者決定」についてはBとJが担当し,「指導員の補充」についてはJが担当することとされ,「設備関係」については,「校舎点検」「コース点検」「設備点検」,「備品手配」,「引越し」等はL・K等が担当することとなっていた。

(13)  平成15年5月29日,組合と訴外会社との団体交渉において,Jは,組合に対し,秦野校が同年6月16日から指定前教習を行い,公認が取れた段階で湘南校を閉鎖して秦野校のみでやっていくことを明らかにした。

(14)  Kは,湘南校の従業員からM業務部長,N営業部長,O指導員,P指導員の4名を秦野校の指導員として選び,Jは,平成15年6月2日の朝礼で,それらの4名が秦野校へ出向すること及びKが秦野校の管理者となり,Q課長(以下「Q」という。)が湘南校の管理者になることを明らかにした。

また,同年6月中旬以降,湘南校の事務員2名がそれぞれ月に4回前後秦野校へ行って事務を行うようになり,訴外会社は,事務員が秦野校に出勤した日のタイムカードには「ハタノ」と記載して時間外手当を含めた賃金を支給していた。

(15)  Jは,平成15年6月16日の朝礼で,R検定員がKからの要請で秦野校へ出向する旨の発表をした。

(16)  秦野校は,平成15年6月,指定前教習を開始した。

(17)  平成15年6月26日,組合と訴外会社の団体交渉において,Bは,湘南校と秦野校の2校をやっていくつもりはないので,将来的に湘南校は閉鎖するが,湘南校の従業員を解雇するつもりはないと説明し,組合は,Bに対し,労働条件の現状維持を申し入れたが,Bからの回答はなかった。

(18)  平成15年7月9日の組合と訴外会社の団体交渉において,Jは,組合に対し,秦野校を開校したから資金が足りないと理由を説明した上で一時金については前年の5万円減で協力して欲しいと要請するとともに,秦野校は被告の子会社であること,秦野校で勤務している訴外会社の従業員は訴外会社の従業員の身分で被告に出向していること,会社としては近くで2つ教習所を経営することはないので,将来的に湘南校を閉鎖した場合には,湘南校の従業員は全員秦野校に移ってもらうこと,組合員を移さないと不当労働行為に当たるから当然であること等を説明したが,組合側がその旨文書にして欲しいと要求すると,本部に伝えておくと回答するのみであった。

(19)  組合は,平成15年10月9日,湘南校の従業員全員を秦野校へ異動させるとの文書を取り交わして欲しいとの嘆願書にE2第2組合委員長(以下「E2第2組合委員長」という。)を除いた従業員全員の署名をもらい,訴外会社に提出した。

(20)  平成15年10月10日,組合と訴外会社の団体交渉において,会社側はB及びJが出席し,Bは,組合に対し,「基本的にはみんなを連れて行かざるを得ないでしょう。」,「基本的には連れて行くよって言ってもらっているだけありがたいとそう思ってもらいたいんだけどね。」等と述べるとともに,秦野校の労働条件ははっきりとは決まっていないが組合員の賃金及び労働条件は現行を維持するというのは無理である,全員を秦野校へ異動させる等と約束する協定書の作成に応じるつもりはない等と話した。

(21)  被告は,平成15年10月17日,平塚労働基準監督署に対し,秦野校の従業員給与規程の届出をした。同給与規程によれば,給与は前月21日から当月20日分を当月28日に支給する(3条),基本給は年齢,学歴,技能,経験,職務遂行能力等を考慮して各人ごとに決定する(7条),諸手当として役職手当(8条),資格手当(9条,習熟指導員は1万円),家族手当(10条,配偶者3000円,子供1500円等),通勤手当(11条),夜食手当(12条),乗車手当(13条),時間外勤務手当(14条)を支給する旨定められている。

(22)  Jは,平成15年12月3日,送迎要員のSに対し,同月9日から秦野校に勤務するように指示した。

(23)  訴外会社は,平成15年12月ころ,湘南校の跡地をスーパーマーケットとして賃貸する目処がついたため,同月15日,湘南校への新規受講生の受け入れを停止した。

(24)  平成15年12月15日,組合と訴外会社の団体交渉において,Jは,組合に対し,秦野校において今まで以上の待遇を受けられるような仕組みにしたいと秦野校及び本部と話をしている,待遇面はほとんど変わらないと思う,月々の給料が下がらなければいいと考えている旨説明した。

(25)  Jは,平成15年12月25日の朝礼で,あと8人合格で秦野校が公認が取得できると発表した。

(26)  平成15年12月26日,組合と訴外会社の団体交渉において,Jは,秦野校の労働条件はまだ決まっておらず,バス要員・契約指導員の秦野校での労働条件はこれまでと変わらないが,指導員については40歳から50歳にかけて賃金を上げて,その後に下げることを検討している,秦野校が公認を取得できるまで5人である旨説明した。

Jは,同日,送迎要員のH2に対して来年から秦野校にて勤務するように指示をしたが,その際,秦野校の労働条件は湘南校とは異なるかもしれないと告げた。

(27)  平成16年1月7日,秦野校のLから湘南校に対して,秦野校の事前教習の合格者が公認取得に必要な人数に達した旨の電話連絡があり,湘南校の指導員室にあるホワイトボードにその旨記載された。Qは,同月16日,湘南校の指導員に対し,秦野校は同年2月ころから公認自動車教習所として営業を開始する予定であると説明し,Jは,同年1月22日の朝礼で,秦野校はコースも完成し,公認を取得するだけの状態であると説明した。

(28)  秦野校は平成16年1月28日公認を取得し,同年2月16日,公認自動車教習所として開校した。

(29)  Jは,平成16年1月10日,事務員のTに対して同月21日から秦野校へ異動するよう指示し,同月14日,指導員のI2に対して同月29日から秦野校へ異動するように指示し,同月23日,指導員U(以下「U」という。)及びV(以下「V」という。)に対し,同年2月1日から秦野校へ異動すること及び給料は下がらないが詳しい労働条件はLから聞くように指示し,同人等は秦野校で勤務するようになった。

さらに,Jは,同月4日,指導員Wに対して秦野校へ異動するよう指示し,同月12日から同人は秦野校で勤務するようになった。

(30)  平成16年2月10日,組合と訴外会社の団体交渉で,Bは,秦野校異動の際の身分・労働条件については,秦野校は別会社なので説明できないと話した。同日,原告X1及び原告X3等が秦野校へ行き,Lに労働条件の説明を求めたところ,Lは,会社から指示があれば説明すると回答した。

(31)  平成16年3月4日,湘南校で全体会議が開催され,その席上,Bは,訴外会社は湘南校の在校生がいなくなった時点で教習所事業から撤退し,事業転換をするが,どのような業務に転換するかは検討中であり,同年9月までは事務所を残すがその後は敷地を第三者へ賃貸すると説明するとともに,秦野校に湘南校の従業員を全員異動させると言ったことはないと発言した。

(32)  H及びIは,平成16年3月9日,組合を脱退した。

(33)  平成16年3月10日午前11時ころ,原告X1及び原告X2らは,本社ビルを訪問し,B他3名と面談したところ,Bらは,訴外会社に残る者は残ってもらうが次の業種は決まっていない,訴外会社と被告は違う会社なので,先に秦野校へ行った者は訴外会社を退職して被告へ就職した等と説明した。

(34)  W,U,Vは,平成16年3月10日昼休みにKから呼ばれて,訴外会社に対して同年1月31日付けの退職届を書くように指示されて訴外会社宛の退職届を被告に交付した。

(35)  平成16年3月22日にはQの指示で送迎バス要員のD2が,同月30日E2第2組合委員長が,同年4月7日にはIが,いずれも秦野校で勤務するようになった。

(36)  被告は,平成16年3月30日,松田公共職業安定所に教習指導員5名の求人を出した。なお,求人票の会社の特徴の欄には「秦野市唯一の教習所,関東地方で7校の自動車学校を経営」と記載されていた。

(37)  秦野校のLと湘南校のJは互いに連絡を取り合って,湘南校で不要となった物品を順次秦野校へ移設し,平成16年3月には,湘南校の物品であった机,二輪車,高齢者講習用の機械が秦野校へ移動され,同年4月には,レジスター,ロッカー,机が,同年5月には学科の教材が,同年6月には,二輪車教習の教材,二輪車のシュミレーターが,同年7月には二輪車が,それぞれ湘南校から秦野校へ移動された。

(38)  平成16年5月13日,湘南校最後の教習生の検定が終了し,翌14日からは指導員としての業務はなくなった。

(39)  平成16年6月9日,湘南校は指定校としての資格を失い,全ての指導員を解任して閉校した。なお,同時点において湘南校の指導員として残っていたのは原告ら3名の他,検定員のH,F2教務部長(以下「F2」という。)のみであった。

(40)  Bは,平成16年6月11日,湘南校の全体会議において,組合3役については秦野校に行かせるつもりはない,湘南校と秦野校は別会社なので行かせる行かせないの問題ではない,訴外会社は教習所事業から撤退したので辞める者は辞めてもらってかまわないが,残るのであれば新規事業が始まるまで湘南校に出勤してもらう等と発言した。

(41)  H及びF2は,平成16年6月14日,訴外会社に退職届を提出し,同月15日,秦野校に面接に行き,翌16日から秦野校に勤務するようになった。なお,湘南校の従業員のうち,訴外会社に退職届を提出してから秦野校の面接を受けるという手続を経て秦野校に勤務するようになった者はHとF2が初めてであった。

HとF2が秦野校に就職した結果,湘南校の従業員で秦野校への異動を希望した者22名のうち原告らを除いた19名全員秦野校で勤務することとなり,秦野校の指導員24名中,13名は湘南校から転籍した者となった。

(42)  社団法人全日本指定自動車教習所協会連合会が平成16年11月に発行した全指連通信には,湘南校が「1.28新設の秦野自動車教習所に吸収」されて廃止と,秦野校が「湘南DSと合併するため」に新設と各記載されている。

(43)  原告ら,J,Qは,湘南校閉校後も湘南校の事務所に出勤していたところ,訴外会社は,平成17年2月25日付け解雇通知をもって,原告らに対し,平成16年6月9日に湘南校の経営を終了して事実上営業売上が消滅したため事業の継続が不可能となり,訴外会社が新事業を開始したとしても,原告らが訴外会社において就業する意思はないと考えられることを理由として,同日をもって原告らを解雇すると通知して,夏季一時金,3月分給与(平成17年2月21日から同月25日分),解雇予告手当,退職金を支払った。

訴外会社は,同月26日及び同月27日,湘南校校舎の解体工事を行った。

(44)  訴外会社における平成15年から平成17年2月25日までの原告X1の基本給は35万7200円,原告X2の基本給は33万7700円,原告X3の基本給は36万9600円であった。

2  争点(1)(被告と訴外会社の間の労働契約承継の有無)について

(1)  前記1認定事実によれば,湘南校においてBの指揮命令下にあったJは,組合に対し,平成15年5月29日,秦野校が公認を取得した段階で湘南校を閉鎖すると説明し,同年7月9日,秦野校を開校し資金がないので訴外会社の一時金を昨年より減額することで協力して欲しいと要望し,湘南校の朝礼等において秦野校の公認取得までの経過や秦野校への出向者を逐次発表していたのであり,Bも,同年6月26日,組合に対して湘南校と秦野校の2校をやっていくつもりはないので将来的に湘南校は閉鎖する予定であると説明するなど,訴外会社は,訴外会社の従業員に対し,湘南校の閉鎖と秦野校の開校とを常に関連付けて説明していたのであり,現に訴外会社が同年12月15日に新規受講生の受け入れを停止してから約1か月後の平成16年1月28日には秦野校が公認を取得し,同年2月16日から指定自動車教習所として開校していることが認められる。

そして,Dが作成した本件スケジュール表には,訴外会社と被告は別法人であるにもかかわらず,湘南校から秦野校への出向者の決定はBとJが担当し,指導員の補充はJが担当すると記載され,その記載どおり,Jは,訴外会社の従業員に対し,順次,秦野校での勤務を指示していることが認められる。なお,Jから平成16年6月14日以前に秦野校への勤務を命じられた者のうち訴外会社に退職届を提出し新たに秦野校で採用面接を受けてから秦野校での勤務を開始した者はおらず,朝礼でも出向という言葉が使われていたことからして,当初は訴外会社の従業員の身分のまま秦野校へ出向したものと推認されるが,湘南校は閉校する予定であり,実際にも秦野校へ勤務した後に湘南校へ戻ってきて勤務をした従業員は皆無であることからすれば,Jによる訴外会社の従業員に対する秦野校への出向命令は被告への転籍を前提としたものであったと認められ,Jが被告の了解もなく訴外会社の従業員に対して秦野校での勤務を指示していたとは到底考えられないから,訴外会社の従業員を秦野校にて勤務させるに当たっては,訴外会社及び被告との間で,人選,異動時期,待遇等の協議をしていたものと推認される。

さらに,湘南校と秦野校との間には人的異動だけでなく自動車教習所に必要な備品類も湘南校から秦野校へ順次移動されていることが認められる。

以上述べたとおりの事実に加えて,訴外会社と被告は別法人であるものの,共に経理・総務事務を株式会社aに委託し,グループ企業の総括本部長であるBが一定額以上の経費を決裁し,取締役をほぼ共通にするグループ企業内の法人であること,オーナー等と呼ばれるAの長男Bは訴外会社の代表者であると共に被告の取締役の地位にあり,被告の代表者であるDとは本社ビルの役員室内に机を並べ,DはA一族であるAやBの指示に従うという関係にあること,Aが本件土地建物を取得するために銀行から受けた融資の債務者は平成16年7月に被告に変更されるまで訴外会社となっていることからすれば,訴外会社は,被告に秦野校を公認の自動車教習所として開校させ,自身が経営する湘南校を閉校するという手続を進めるに当たって,被告と連絡を取り合い,被告が必要とする時期に必要とする人的・物的資源等を提供してグループ企業が経営する秦野校の開校に協力していたと認めることができる。

(2)  上記(1)のとおり,訴外会社は,秦野校開校にあたり,被告に対して人的・物的に緊密な協力関係にあったことは認められるものの,秦野校は,公安委員会に対して新たに自動車教習所設置の届出をして道路交通法に従った手続により新規に公認を取得していること,自動車教習所にとって最も重要な営業用財産である教習コース,校舎及び教習車は訴外会社以外から取得していること,教習指導員24名中11名は訴外会社以外から採用していることからすれば,被告は,訴外会社から自動車教習所事業の営業譲渡を受けて秦野校を開校したとまでは認められない。

また,湘南校の従業員の秦野校における勤務形態も,Dから個別に打診を受けて秦野校の管理者となったKは当初から被告の従業員として採用されたと推認されるが,平成15年6月に秦野校に移った5名の従業員は少なくとも当初は訴外会社からの出向扱いであったり,平成16年6月に秦野校に移ったHとF2は被告に新規採用された扱いになっているなど,湘南校の元従業員の秦野校における待遇等は一律とは認め難い上,BやJは,湘南校の従業員全員を秦野校へ連れて行くと発言していた時であっても,訴外会社の労働条件をそのまま引き継ぐと発言したことはないなどの事情も認められる。

(3)  これらの事実を総合考慮すれば,秦野校開校前に,被告と訴外会社との間で,訴外会社と従業員との間の労働契約を包括的に被告が承継するとの契約が締結されていたとは未だ認めることはできない。

3  争点(2)(被告と原告らの間の労働契約締結の有無)について

(1)  先ず,前記1(18),(20)のとおり,訴外会社の代表者であり被告の取締役であったBは,平成15年10月10日の組合との団体交渉の場において,組合に対し,訴外会社の従業員は原則として全員被告の経営する秦野校に移ってもらうなどと述べ(以下「本件発言」という。),Jも同年7月9日の組合との団体交渉の場において本件発言と同様の内容の説明をしたことが認められる。

(2)  そこで,訴外会社と組合との団体交渉でのB及びJの本件発言等が,訴外会社の従業員であった原告らに対する被告による労働契約の申込みに該当するか否か検討する。

ア 確かに,訴外会社と被告は別法人であるから,訴外会社の代表者であるB及び訴外会社の従業員であるJが,組合に対し,訴外会社の従業員は被告の経営する秦野校に移ってもらうと述べたとしても,被告と原告らとの間で直ちに労働契約が成立するものではない。

イ ところで,Bは,訴外会社の代表者であるとともに被告の代表者の長男及び被告の取締役の地位にあった者であるが,平成15年3月ころには湘南校が本件土地建物に移転することを前提に従業員の異動について発言していたと認められるものの,同年5月にはAに対して訴外会社が本件土地建物を使用して自動車教習所を経営することを断念する旨伝えているのであるから(前記1(5),(6)),同時点で訴外会社が本件土地建物上で自動車教習所を経営する可能性がないことを誰よりも良く知っていたのであり,どんなに遅くとも,DからKを秦野校の管理者として欲しいとの申出を受け,自らも構成員である被告取締役会の決議を経て秦野分校の設置をした同年5月の時点では被告が秦野校を経営し秦野校と湘南校の経営母体が別法人であることを承知していたことが認められるのであるから(前記1(9),前提事実(5)),本件発言は秦野校を被告が経営することを前提とした上での発言であったと認められる。

ウ また,訴外会社は,被告に秦野校を公認の自動車教習所として開校させ,自身が経営する湘南校を閉校するという手続を進めるに当たって,被告と連絡を取り合い,被告が必要とする時期に必要とする人的・物的資源を提供して秦野校の開校に協力していたと認めることができることは前記2(1)記載のとおりである。

ところで,秦野校が,どこからどのような人材を募集し設備・備品を調達するかという問題は,開校等に必要な運転資金の額,運転免許取得の合格率,入校生からの評判など秦野校が自動車教習所として成功するか否かに関わる重要な問題であるから,代表者であるDが基本的な方針の決定に関与していないとは到底考えられず,他方,湘南校の代表者であるBも,湘南校閉校後の従業員の処遇について何ら関心を有していなかったとは考えられないところ,Bは湘南校の従業員を秦野校へ移す旨の本件発言をし,現実に,訴外会社及び被告は,前記のとおり相互に協力しあって湘南校から引き続き活用の期待できる人的・物的資源を秦野校へ移していたことに照らせば,被告は,グループ企業が経営する湘南校の元従業員全員を雇用して秦野校の従業員に当てる方針を決定し,Bも被告の方針に従って平成15年10月10日に本件発言をしたものと推認される。

エ 前記イ,ウ記載の事情を総合考慮すれば,訴外会社の従業員に対してされたBの本件発言は,秦野校が開校された後に湘南校が閉校されること,秦野校と湘南校の直接の経営母体が異なることを前提として,被告が湘南校の従業員全員を秦野校で雇用するとの方針に基づき,被告の代理又は使者として,訴外会社の従業員に対し,勤務場所を秦野校として将来雇用するとの労働契約の申込みをしたものと評価できる。

(3)  原告らは,本件発言に先立つ平成15年10月9日には嘆願書を提出して,秦野校での勤務を承諾する意思を表明し,同月10日の団体交渉の場においても同様の意思表示をしていることからすれば,同日,被告による労働契約の申込みを承諾したものと認めるのが相当である。

(4)  そこで,原告らと被告の間で成立した労働契約の効力発生時期について検討するに,被告は,前記(2)のとおり訴外会社の代表者であるBを通じて訴外会社の従業員に対して労働契約の申込みをしていることからすれば,訴外会社が従業員を秦野校へ出向させるなど訴外会社の明示の承諾があったと認められる場合を除き,被告も原告らも訴外会社と従業員との間の労働契約継続中に当該従業員が秦野校で就労することを予定してないと解するのが当事者の合理的意思に沿うというべきであるから,訴外会社との労働契約が終了し訴外会社での業務が終了した時点で当該従業員を雇用するとの始期付き労働契約が成立したと解するのが相当である。

そして,訴外会社は,平成17年2月25日をもって原告らを解雇し,同日をもって原告らと訴外会社との間の労働契約が終了したことは明らかであるから,遅くとも同日には原告らと被告との間の労働契約の効力が発生したと認められる。

4  争点(3)(未払賃金額)について

(1)  そこで,原告らと被告の間で平成15年10月10日に成立し,平成17年2月25日に効力が発生した労働契約に基づく被告の原告らに対する未払賃金額を検討する。

(2)  前記1(20),(24),(26)によれば,組合との団体交渉の場において,Bは,平成15年10月10日,秦野校の労働条件は決まっていないが湘南校の労働条件を秦野校でも維持することはできないと述べ,Jは,同年12月15日,秦野校で湘南校以上の待遇を受けられるように被告と協議中である旨,同月26日,指導員については40歳から50歳にかけて賃金を上げてその後に下げることを検討中である旨述べていることからすると,被告と原告らとの間の労働契約が成立した同年10月10日の時点では湘南校の従業員が秦野校で採用された場合の労働条件は未だ確定していなかったと認められる。

しかしながら,被告は,前記1(14),(15)のとおり平成15年6月に訴外会社からの出向者5名を受け入れているところ,同月の時点では上記のとおり被告の労働条件は決まっていなかったのであるから,これらの出向者に対しては原則として湘南校の労働条件を引き継いでいたと推認されるのであり,湘南校の賃金体系等の労働条件は把握していたと考えられるところ,Bは,同年10月10日,労働条件を維持することはできないと述べているが,最も重要な労働条件である賃金を減額するとも明示していないことからすれば,原告らと被告との間で,被告における賃金は少なくとも訴外会社の基本給を下回ることはないとの黙示の合意の基(ママ)に労働契約が成立したと認められ,Jが,平成16年1月23日,秦野校への異動を指示したU及びVに対し給料は下がらないと説明している事実(前記1(29))も,当事者間にそのような合意があったことを裏付けるものといえる。

(3)  訴外会社における平成17年2月25日時点の原告X1の基本給は月額35万7200円,原告X2の基本給は月額33万7700円,原告X3の基本給は月額36万9600円であり(前記1(44)),被告の給与規程によれば,その支払期日は前月21日から当月20日までの賃金を当月28日に支給することと定めているから(前記1(21)),被告は,原告らに対し,平成17年2月25日から原告らが請求している同年12月20日までの賃金につき,別紙一覧表(4)の支払期日欄記載の各日に賃金欄記載の各金員を支払うべき義務があるというべきである。

なお,原告X1は577万8668円,原告X2は701万9115円,原告X3は577万9669円の限度で未払賃金を請求しているので,被告は,原告らに対し,別紙一覧表(5)の合計欄記載の各金員及び賃金欄に記載された各金員について当該支払期日の翌日から支払済みまで商法所定の年6パーセントの割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

5  よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田健司 裁判官 小川理津子 裁判官 中野智昭)

別紙一覧表(5)

<省略>

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