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横浜地方裁判所 平成16年(ワ)4071号 判決 2006年8月28日

主文

1  被告は、原告に対し、490万円及びこれに対する平成16年12月7日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は、原告が、被告との間で締結した自家用自動車総合保険契約(SAP)に基づき、契約車両が盗難に遭ったとして、自動車保険金490万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成16年12月7日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めたところ、被告において、原告のいう上記盗難は偶然な事故ではないと主張して、また、消滅時効を援用して、これを争った事案である。

1  争いのない事実等

(1)  原告は、はり灸、指圧の施術所の経営、管理等を目的とする有限会社であり、整骨院を経営している。

被告は、損害保険業を目的とする株式会社である。

(2)ア  原告は、平成14年2月7日、被告との間で、以下の内容の自家用自動車総合保険契約(SAP、以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(ア) 証券番号 <省略>

(イ) 保険期間 平成14年2月7日から平成15年2月7日まで

(ウ) 保険契約者 原告

(エ) 契約車両 メルセデスベンツ(原告使用、<省略>)

(オ) 保険金受取人 原告

(カ) 保険金額 625万円

イ  原告は、平成14年6月18日、被告に対し、本件保険契約の契約車両をランドクルーザー(<省略>、以下「本件車両」という。)に異動する旨申請し、同日被告から承認された。同異動に伴い、本件保険契約の保険金額は490万円に減額された。

(3)  本件保険契約の約款(以下「本件約款」という。)には、次の趣旨の定めがある(乙1、乙3)。

ア(ア) 保険会社は、盗難等偶然な事故によって契約車両に生じた損害に対し、本件約款に従い保険金を支払う(本件約款第5章車両条項第1条1項)。

(イ) 保険会社は、保険契約者、被保険者又は保険金を受け取るべき者(これらの者が法人である場合は、その理事、取締役又は法人の業務を執行するそのほかの機関)の故意によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない(前記車両条項第2条(1)(イ))。

イ(ア) 保険会社に対する車両条項に係る保険金請求権は、事故発生のときから発生し、行使できる(本件約款第6章一般条項20条1項(5))。

(イ) 被保険者が保険金の支払を請求する場合は、前記一般条項20条1項に定める保険金請求権発生(前記(ア))の翌日から起算して60日以内又は保険会社が書面で承認した猶予期間内に、保険証券に添えて保険金の請求書等の書類又は証拠を保険会社に提出しなければならない(前記一般条項20条2項)。

(ウ) 保険会社は、被保険者が上記保険金請求の手続(前記(イ))をした日からその日を含めて30日以内に保険金を支払う。ただし、保険会社がこの期間内に必要な調査を終えることができない場合は、これを終えた後、遅滞なく、保険金を支払う(前記一般条項21条)。

(エ) 保険金請求権は、以下のときの翌日から起算して2年を経過した場合は、時効によって消滅する。

a 前記一般条項20条2項記載の手続(前記(イ))が行われなかった場合には、同条1項に定めるときすなわち事故発生のとき(前記(ア))

b 上記手続が行われた場合には、保険会社が前記一般条項20条2項規定の書類又は証拠(前記(イ))を受領したときの翌日から起算して30日を経過したとき(前記一般条項24条(1)、(2))

(4)  原告代表者は、平成14年8月11日午後零時35分ころ、神奈川県青葉警察署すすき野交番に、本件車両が盗難に遭った旨の被害届を提出して受理された。原告代表者が申告した被害状況は、盗難発生日時を同月10日午後11時ころから同月11日午後零時ころまでの間、被害場所を原告代表者宅付近の横浜市<以下省略>月極有料駐車場(以下「本件駐車場」という。)内とするものであった(甲18、調査嘱託の結果)。

(5)  原告代表者は、同日午後零時30分ころ、被告と代理店契約を締結しているa保険事務所に電話をかけ、A(以下「A」という。)に対し、本件車両が盗難された旨述べるとともに本件保険契約に基づく保険金(以下「本件保険金」という。)の請求手続を進めるよう依頼した。ただし、原告は、本件約款第6章一般条項20条2項所定の保険金請求手続(前記(3)イ(イ))をとっていない。

(6)  他方、被告は、原告のいう盗難事故発生状況等の確認を進めていたが、調査の結果、同年12月11日付け免責通知書(甲2)をもって、原告に対し、本件保険金の支払を拒否した。その後、当時原告の代理人であったB弁護士(以下「B弁護士」という。)が、被告代理人佐藤光則弁護士(以下「被告代理人佐藤」という。)に対し、平成15年1月23日付けの文書(甲3)を送付して上記免責の趣旨の釈明を求めたところ、同月31日、被告代理人佐藤は、本件保険金請求の件につき協議したい旨記載した文書(甲4)をB弁護士の事務所にファクシミリで送信した。

(7)  原告は、平成16年11月26日、本件訴えを提起した。

被告は、平成17年1月24日、本件第1回口頭弁論期日において、原告に対し、本件保険金請求権について消滅時効を援用するとの意思表示をした。

2  争点

(1)  原告が主張する本件車両の盗難の偶然性

ア 被告の主張

(ア) いわゆる偶然性の主張、立証責任は原告が負う。

(イ) 以下の事実によれば、原告が主張する本件車両の盗難は偶然な事故ではなく、原告代表者に関与が認められる。

a 本件車両の盗難の客観的状況等

(a) 原告は、平成14年6月下旬に本件車両を購入し、2か月足らずで盗難に遭っているが、本件駐車場に本件車両(ランドクルーザー)が駐車していたのは見たことがない旨述べる近隣住民がいる。

(b) プロの窃盗団であれば、現場の下見等を行ってあらかじめ盗難の対象を決め、目撃される危険性も考えて盗難におよぶはずである。

だが、本件車両は購入後間もないものであったから、あらかじめ盗難の対象とされていたとは考え難い。また、本件車両が常時本件駐車場になければ盗難の対象とはならない。さらに、本件車両は平成10年式であり価値が低いことからも、盗難の対象となりにくい。盗難現場といわれる本件駐車場の周囲には公団の団地が建ち並び、駐車場を見下ろすことができるから、目撃される可能性が高い。原告は警察に被害届を出したが、現場にレッカー等の痕跡があったという報告はなされていない。以上から、本件車両がレッカー等で移動されたとは考えにくい。

また、エンジン直結は短時間のうちにできない上に相当大きな音を発することから、周囲に人家のある本件駐車場でプロの窃盗団がそのような方法を採るとは考えられない。

そうしてみると、何者かが本件車両を運転して盗取したとしか考えられないが、本件車両の盗難当時、同車の鍵はすべて原告代表者が管理していた。

b 本件車両の盗難前における原告代表者の行動

原告代表者は、本件車両に原告従業員のC(以下「C」という。)を同乗させ、自ら運転して埼玉県岩槻市内に所在する原告の埼玉事業所から横浜市内の自宅へ帰った旨説明するが、その内容は、途中ファーストフード店に立ち寄った事実の有無、当日夜Cが社員寮に宿泊したか帰宅したかなどにつき、Cの説明内容と矛盾する部分が多い。また、原告代表者は、当日は高速道路が渋滞していたため、通常とは異なる道順で帰宅した旨述べるが、原告代表者の説明する経路は明らかに遠回りであること、当時それほど高速道路が渋滞していたとは考えにくいこと、週末の夜に埼玉事業所から原告代表者宅まで4時間もかかるとは考えられないこと、都心の裏道を使用したということ自体、信じ難いことから、原告代表者の供述の信用性は低い。

c 本件車両の盗難後における原告代表者の行動

原告代表者は、①B弁護士に本件を委任して着手金30万円を支払ったが、その後同弁護士から何の連絡もないまま時が経過した、②仮に本件保険金請求権が消滅時効にかかり敗訴したとしても同弁護士の責任を追及することは特段考えていない、③本件車両が盗難された後も同車両のローン全額を契約に従って支払った旨述べる。しかしながら、原告代表者は、自身の車両が盗難に遭ったにもかかわらず保険金支払を拒否されているというのであるから、低額とはいえない着手金を支払って保険金支払の交渉を委任した弁護士から連絡がなければ経過報告を求めるのが自然であるし、ローン支払も停止したいと考えるはずである。原告代表者の前記言動は、同人が本件車両の盗難に関与して何らかの利得を得ていたことを推認させるものである。

d 原告及び原告代表者の動機

(a) 経済状態

原告は、本件車両が盗難に遭った1か月後に五百数十万円のベンツを、更にその1年後には780万円の米国製のハマーを購入している。原告は、本件車両につき前車のベンツのローン残高を含めて再度ローンを組んだ旨主張しているところ、盗難後に購入した前記ベンツ及びハマーについても同様にローンを組んだとすれば、いずれも高額な車両であるからローンの返済残高は増額する一方である。したがって、車両保険金によってローンを完済すれば、新車購入の際のローン返済額を減らせることになる。

原告は、原告代表者の借財の有無につき釈明を求められたのに対し具体的に回答しておらず、自己に不利益な事実を開示しなかったものとも思料され、弁論の全趣旨として考慮されるべきである。

(b) 保険金受領による利得の有無、程度

契約車両を車両保険金額よりも相当低額で購入していれば、車両保険金を受領するときに契約車両購入費用との差額相当分の利得を得られることになり、偽装盗難の動機となり得る。そこで、偽装盗難が疑われる場合には契約車両の購入経緯が重要な意義を有する。

① 本件保険金の額は490万円であるところ、本件車両には500万円のローンが組まれているが、自動車注文書(甲11)には車両本体価格400万円、付属品70万円、諸経費34万4500円、消費税24万5950円、合計529万0450円と記載されている。これに対し、オートローン契約書(甲7)には車両本体価格550万円、諸費用70万円、現金120万円、商品代金残金500万円と記載されており、同記載中、車両本体価格、諸費用及び現金についての記載は真実とはいえない。

② 原告が、本件車両購入前のベンツの残ローンを加算して620万円のローンを組んだとしても、同車は購入後1年4か月で売却されており、仮に同車を車両保険金額の625万円で購入し、ローンが500万円であったとすると、残高は約299万円となるから、現金120万円を用意したとしても金額的に矛盾する。

③ いわゆるレッドブックによれば平成10年式である本件車両の時価額は310万円が相当であるから、自動車注文書記載の車両本体価格400万円も高額に過ぎるといえる。原告は、前述のとおりオートローン契約書に虚偽記載をしていることから、本当に400万円で購入したかについても疑問が残る。

(c) 本件車両喪失による不利益(車両の必要性)

原告代表者は、本件車両を往診のほか私用にも使っていた旨述べるが、原告は本件車両盗難時においてほかに3台の車両を保有していたのであるから、必ずしも本件車両が必要であったとはいえない。また、原告は、本件車両盗難のわずか3週間後に五百数十万円のベンツを購入しており、盗難を予期していたかのような行動といえる。

e 同種事故の発生

原告は本件車両を有限会社クイックアンドサービスジャパン(以下「クイック」という。)から購入したものであるが、同社提携代理店において保険契約を取り扱った本件車両と同車種のランドクルーザー複数台が本件車両盗難の前後に盗難に遭っており、不自然といえる。

イ 原告の主張

(ア) 本件車両の盗難の客観的状況等

被告が主張する車両窃取の手口はいずれも古典的なものである。本件車両の鍵はいわゆる電子キーであったところ、近時、電子キーを偽造して車両を窃取する事件が多発している。被告の主張はこの点を考慮しておらず、不当である。

(イ) 本件車両の盗難前における原告代表者の行動

原告代表者及びCに対する事故調査は本件車両盗難の1か月後にリサーチ会社によって行われたが、横柄で不親切な質問方法であった。調査対象が1か月前の事柄であった上、原告代表者とCが事前に打合せをしなかったことから、両名の供述間にくい違う点もあったが、かえって、それは原告の主張を裏付けるものといえる。

(ウ) 本件車両の盗難後における原告代表者の行動

原告代表者はB弁護士を信用して連絡を待っていたが、同弁護士は提訴を失念していた。両名とも消滅時効の知識を欠いていた。

(エ) 原告代表者の経済状態

原告代表者は、本件保険金を必要とするほど借金をしていない。

(オ) 保険金受領による利得の有無

a ローン会社の取扱加盟店であるクイックは、本件車両のローン契約時において、同車購入前に原告が所有していたベンツのローン残債が90万9550円であることをローン会社アプラスに確認した上で、同残債額に本件車両代金529万0450円を上乗せした620万円につき、頭金120万円を現金で受領し、別のローン会社オリコに500万円のローンを申し込んだ。原告において前記ローン残債を弁済せずに頭金120万円を支払ったのは、多額の頭金を支払う方がローンを組みやすいから、ローン会社を変更したのはオリコの方が低金利だったからである。オリコは前記ローン申込に応じ、クイックにローン金額を振り込んだ。クイックは、振り込まれた金員からアプラスに前記ローン残債を弁済し、その余を本件車両代金として取得した。

オリコが本件車両の所有権を留保しているが、通常、車両の保険契約は車両購入者が締結し、保険会社においては、保険金支払時に支払先をローン会社に確認し、保険契約者すなわち車両購入者に対しては支払保険金からローン残債を控除した額が支払われる。

本件車両盗難時において、同車のオリコのローン残債は507万9600円であった。原告は、保険金490万円が支払われても、差額の17万9600円を弁済しなければならず、損失を被る。

b レッドブック(乙4)には車両の年代、走行距離、事故歴、装備等が記載されておらず、中古車である本件車両の価格の評価に当たり、参考にならない。レッドブックの下取金額260万円、小売金額310万円との記載も、有限会社オールガイドの評価に過ぎない。

c Aは、本件車両代金から諸経費相当額を控除した購入金額を基に保険金額を490万円と決め、保険申込書を被告に送った。被告は、審査の上、同保険金額を妥当なものと判断し、本件保険契約を締結した。これらの経緯に照らすと、本件車両の購入経緯に関する被告の主張は信義則に違反する。

(カ) 原告代表者は、仕事の上でも、また、私用にも本件車両を必要としていた。原告は、本件保険金が支払われるものと考えていたことから、ハマーを購入したのであり、その経緯に何ら不自然な点はない。

(2)  消滅時効

ア 被告の主張

(ア) 本件保険金請求権の消滅時効の起算点は本件約款第6章一般条項20条1項(5)により事故発生時であるところ(1(3)イ(ア))、原告は平成14年8月10日午後11時ころから同月11日午後零時ころまでの間に本件車両が盗難に遭った旨主張しているから、同月12日が起算点となる。

よって、本件保険金請求権は、商法663条により平成16年8月11日の経過をもって時効により消滅している。

(イ) 原告が平成14年8月11日にAへ盗難に遭った旨連絡したことを本件約款第6章一般条項20条2項所定の保険金請求手続(1(3)イ(イ))をとったと解釈しても、その時点から30日を経過すれば消滅時効が進行し始め、本件保険金請求権は平成16年9月11日の経過をもって時効により消滅している。

(ウ) 原告が後記イ(ア)において掲げる本件約款第6章一般条項22条3項は保険会社が被害者から直接損害賠償を請求された場合の規定であり、また、同一般条項19条は支払うべき保険金の額に争いが生じた場合に第三者により解決するという趣旨であり、支払責任の有無をめぐる争いについてまで含むものではないことから、いずれも本件に類推適用するのは許されない。

(エ) 時効制度は法的安定性を目的とする形式的な制度であり、その起算点を当事者の意思によって動かすことは法が予定しないところであるから、保険会社の調査が終了した時点をもって消滅時効の起算点と解することは民法上も約款上も認められない。なお、本件においては原告の側にも当初から弁護士が関与していることを考慮すると、消滅時効の起算点を後ろにずらすという原告の主張自体、信義則に反する。

(オ) 以下の事情に照らし、被告が消滅時効を援用することは信義則に反しない。すなわち①本件保険金請求につき免責とする旨の被告の結論は、平成14年12月11日に被告から原告へ通知されており、被告の調査に時間がかかったとはいえない。②平成15年1月ころ、被告の代理人と原告の当時の代理人が協議したとしても、原告には、その後消滅時効が完成する平成16年8月までの間に提訴するための時間的余裕は十分にあった。③被告が本件車両の盗難につき調査している間は、原告が被告に対して保険金請求手続をとるのは事実上困難であったと考えられるが、権利行使に事実上の障害があっても、時効の進行とは関係ない。本件訴え提起に至るまでの原告と被告との交渉経緯をみても、原告が保険金請求権を行使するにつき法律上の障害は存しない。

イ 原告の主張

(ア) 本件約款第6章一般条項22条3項には保険金支払につき「第6条(中略)の手続をした日からその日を含めて30日以内に損害賠償額を支払う。ただし、保険会社がその期間内に必要な調査を終えられない場合はこれを終えた後に遅滞なく損害賠償額を支払う」旨定められており、同一般条項8条には「保険会社は、契約車両に関し、必要な調査をし、かつ、保険契約者又は被保険者に対して必要な説明又は証明を求めることができる。」と、同一般条項19条1項には「保険金額の決定について保険会社と被保険者との間で争いが生じた場合は、当事者双方が書面によって選定する各1名ずつの評価人の判断に任せる。この場合において、評価人の間で意見が一致しないときは、双方の評価人が選定する1名の裁定人に裁定させる。」とそれぞれ定められている。以上から、被告は、保険金請求手続がなされた後30日を経過すると原則として保険金支払義務を負うが、例外的に30日経過しても、調査及び評価人による評価が終了するまで保険金支払義務の履行期が到来しない。

したがって、原告は、調査等の期間中は上記履行期が到来しないため保険金請求権を行使できないから、調査等が終了し、保険金支払につき保険会社の意思が確定的に表明されるまで消滅時効は進行しない。消滅時効の起算点は、被告が本件保険金を支払わないことが確定した時点と解すべきである。

本件において、それは、①被告において本件保険金の支払を拒否する旨の平成14年12月11日付け免責通知書(甲2)が到達した同月12日又は②被告代理人佐藤がB弁護士に対して協議を申し入れた平成15年1月31日付け文書(甲4)が到達した同年2月1日から相当期間経過した日(協議不成立日)である。

そして、原告は、平成16年11月26日に本件訴えを提起しているから、前記①、②のいずれにしても消滅時効は完成していない。

(イ)a ①保険契約者は、保険金請求手続をとった後30日の経過をまって保険金請求権の消滅時効が進行するとは考えておらず、保険会社から保険金支払拒否等不本意な通知を受けて初めて提訴を検討し、決断すること、②原告は保険金請求書は提出しなかったが、1(5)のとおり保険金の支払請求はしていることから、本件車両の盗難の30日後から消滅時効が進行するとの被告の主張は信義則に反する。

b 保険契約者は、自身と保険会社の各弁護士が協議中は保険金請求訴訟を提起せず、保険会社の弁護士から確定した保険金支払拒絶がなされて初めて提訴につき決断することから、双方の弁護士が協議している間も消滅時効が進行する旨の被告の主張は信義則に反する。

第3当裁判所の判断

1  本件一連の事実経過

(1)  争いのない事実等に加え、証拠(甲1から甲22、乙5から乙9、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告及び原告代表者の平成14年当時の経済状態、本件車両の購入経緯、本件車両の盗難前後の状況、提訴に至る経緯並びに同盗難後の原告の車両保有状況につき、以下の事実が認められる。

ア 原告及び原告代表者の平成14年当時の経済状態

原告は、平成14年当時、整骨院を経営しており、横浜市青葉区すすき野に所在する原告代表者の自宅マンション「bマンション」4階の一室を事務所に、3階を社員寮とし、1階の本店「c整骨院」及び埼玉県春日部市所在の埼玉事業所「d整骨院」を経営していた。原告は、このほか東京都大田区内において「e整骨院」を経営していたが、東京都目黒区内によりよい立地条件の場所が見つかったことから、同年8月初旬ころ、同整骨院を閉鎖し、前記場所において「f整骨院」を開業した。当時、原告には10名前後の従業員が勤務しており、うち原告代表者を含む4名が柔道整復師の資格を有していた。

原告の同年4月1日から平成15年3月31日までの決算報告書(甲20)中、損益計算書に記載された原告の整骨院の売上高は合計7322万2423円、経常利益は977万3664円、当期利益は672万3473円であり、平成15年3月31日現在の貸借対照表における資産の部、負債の部及び資本の部の各合計額はそれぞれ3237万4238円、2931万5828円、305万8410円である。

平成14年当時、原告代表者の個人的負債はなく、同人の家族にも借財を抱える者はいなかった。

イ 本件車両の購入経緯

(ア) 原告は、複数の整骨院を経営し、原告代表者がその間を行き来すること、往診を要する患者がいることなどから、常時、複数台の乗用車を保有している。原告代表者がそれらを私用に使うこともある。

(イ) 原告は、平成13年8月ころから、中古のベンツ(<省略>)を社用に使っており、当初は日新火災との間で自動車保険契約を締結していた。

原告代表者は、行きつけの中古車販売店であるクイックにおいて知り合ったAから薦められ、平成14年2月7日、前記自動車保険契約が満期を迎えたのを機に、被告との間で本件保険契約を締結した。

(ウ) 原告は、同年6月18日、クイックから本件車両を購入し、前記ベンツを売却した。本件車両は中古のランドクルーザーであり、その車検満了期は平成15年2月9日、走行キロ数は3万キロメートル、年式は平成10年であった。原告代表者は、前記購入当時、往診を要する患者を担当していたこと、運動選手のトレーナーも務めていた関係で頻繁にグラウンドに出入りし、合宿にもよく参加していたことなどから、ランドクルーザーを選んだ。本件車両は、車両本体価格400万円、付属品・特別仕様(アルミホイール及びHDDナビゲーション)70万円、諸費用34万4500円及び消費税24万5950円の合計529万0450円で売買された(甲11)。

クイックはローン会社の取扱加盟店であるところ、クイック代表取締役D(以下「D」という。)は、前記ベンツにつきアプラスのローン残債が90万9550円あることを確認し、これに本件車両代金529万0450円を上乗せした620万円のうち500万円につき、より金利の安いオリコにローンの申込をした。差額の120万円については、多額の頭金を支払う方がローンを組みやすいので、あえて前記ローン残債の弁済としてではなく、頭金として全額現金で原告から受領した。オリコへのローン申込の際、前記ローン残債額を示す必要はなく、自動車注文書等の添付書類も不要であった(甲7)。

その後、オリコは、原告に対し、電話で本件車両の購入経緯を照会した。そして、本件車両のローンが審査を通ったことから、その旨をクイックに連絡し、同社にローン金額を振り込んだ。クイックは、振り込まれた金員からアプラスに前記ローン残債を弁済し、残額を本件車両売却代金として受領した。このローンは36回の分割払で、平成14年7月29日に15万2010円弁済し、翌月以降は毎月14万9400円ずつ弁済し、平成17年6月に完済するというものであった(甲6)。

(エ) 原告代表者は、平成14年6月18日、Aを通じて、被告に対し、本件保険契約の契約車両を前記ベンツから本件車両に異動する旨申請した。Aは、保険金額を本件保険契約に当初定められていた625万円から490万円に減額する旨査定し、同日上記異動は被告に承認された。原告は、当時保有していた中古のミニカ、アコードワゴン及びタウンボックスについても、それぞれ同年4月ころ、同年8月ころ及び同年9月ころにAの仲介により被告との間で自動車保険契約を締結した。

ウ 本件車両の盗難前の状況

(ア) 原告代表者は、本件車両を、各整骨院間の行き来、地方出張及び私用に使っていた。

原告代表者は、平成14年8月初旬ころ、埼玉事業所の従業員E(以下「E」という。)を本店に、閉鎖したe整骨院にいたCを埼玉事業所に配置換えすることとし、同月10日土曜日、その引継ぎ及び状況確認のために本件車両を運転して自宅から埼玉事業所に赴いた。そして、原告代表者は、同日夕方に埼玉事業所の業務が終了した後、事前にEから同事業所の社員寮に残した私物を持ち帰るよう依頼されていたので、Cと共にEの私物が入った段ボール箱2、3箱を本件車両に積み込んだ。それから、原告代表者は、翌日には各整骨院の従業員が集まる日曜日恒例の打合せが予定されていたことから、同月10日午後7時過ぎころ、本件車両を運転して埼玉事業所を出発し、自宅へ向かった。同車助手席にCが同乗していた。

(イ) 原告代表者は、東北道の岩槻からいわゆる外環、首都高速道路に入ったが、渋滞していたため環状7号線、国道4号線に下り、カーナビゲーションの誘導に従いつつ裏道を抜けながら神田、御徒町付近を通り、山手通りから池尻で首都高速に入り、東名高速から川崎インターを下りて自宅へ向かった。

本件車両は、同日午後11時過ぎころ、bマンション前に到着した。原告代表者とCは、本件車両を同所から徒歩で1分程度の距離にある原告が賃借している本件駐車場に停め、前記段ボール箱を積み込んだまま施錠した。その後、原告代表者は帰宅した。

(ウ) 本件車両の鍵は電子キーであり、複数存在したが、うち1本は原告代表者自身が普段持ち歩き、ほかの合いかぎはすべて原告代表者宅に保管されており、その余の者が持っていたことはなかった。

エ 本件車両の盗難後の状況

(ア) 原告代表者は、翌11日正午ころ、本件車両で買い物に出かけるため、長女を連れて本件駐車場に赴いたが、本件車両は見当たらなかった。原告代表者は、駐車場所を間違えたかもしれないと思ってCに電話したが、同人は同駐車場に間違いない旨述べた。さらに、原告代表者がEに電話したところ、同人は、同日朝の出勤の際に同駐車場を見たら本件車両がなかったので原告代表者は帰宅していないと思ったと話した。

(イ) 原告代表者は、同日午後零時35分ころ、神奈川県青葉警察署すすき野交番に、本件車両が盗難に遭った旨の被害届を提出して受理された(事件速報番号<省略>)。原告代表者が申告した被害状況は、盗難発生日時を同月10日午後11時ころから同月11日午後零時ころまでの間、被害場所を前記駐車場内とするものであった。前記青葉警察署巡査部長は、この被害申告を受けて同駐車場に臨場し、同日午後1時50分ころから同日午後2時20分ころにかけて、実況見分を実施した。

(ウ) クイックは、この当時の本件車両買取り価格を450万円と査定した。

(エ) 原告は、本件車両盗難後もそのローンを払い続け、平成17年6月に完済した。

オ 提訴に至る経緯

(ア) 原告代表者は、同日午後零時30分ころ、Aに電話をかけ、本件車両が盗難された旨述べるとともに本件保険金の請求手続を進めるよう依頼した。Aは、同日午後1時半ころ、自動車保険事故受付票を作成して被告のさいたま第一センターにファクシミリで送信した。被告と代理店との間では、自動車保険の契約車両の自動車保険事故受付票の送付をもって保険金請求手続を兼用するものとしていた。ただし、原告は、本件約款第6章一般条項20条2項の定める保険金請求手続(第2の1(3)イ(イ))をとっていない。

その後、原告は、被告のさいたま第一センター及び港北センターから、保険金支払の対応(事故対応)を始める旨の電話連絡を受けた。同月16日、被告は、Aに対し、本件車両につき「自動車保険事故のご連絡について」と題する受付票を送付した。しかし、以後、本件保険金が支払われなかったことから、Aは、被告のさいたま第一センター、港北センター及び浦和支社に対し、電話で本件保険金の支払を督促した。

同年9月1日、原告は、Aを通じて、本件保険契約を解約した。

(イ) 他方、被告は、本件車両の盗難につき事実関係確認を進めていたが、被告代理人佐藤は、同年11月5日付けの「受任通知書兼調査協力のお願い」と題する文書(甲1)を原告に送付し、本件盗難事故には理解できない点があり、偶然な発生を裏付けるに足りる事実が十分に確認されたとはいえないなどと述べ、今後の確認作業への協力を求めた。

しかし、被告は、調査の結果、同年12月11日付け免責通知書(甲2)をもって、原告に対し、本件保険金の支払を拒否した。同免責通知書には、被告に本件保険金を支払う義務がないことを確定するために債務不存在確認を求める訴訟を提起する準備を進めている旨記載されている。その後、当時原告の代理人であったB弁護士が、被告代理人佐藤に対し、平成15年1月23日付けの文書(甲3)を送付して上記免責の趣旨の釈明を求めたところ、同月31日、被告代理人佐藤は、本件保険金請求の件につき協議したい旨記載した文書(甲4)をB弁護士の事務所にファクシミリで送信した。

その後、B弁護士は本件のことを失念し、原告に何ら連絡をしなかった。原告から同弁護士に進捗状況を問い合わせることもなかった。

(ウ) 原告代表者は、平成16年10月ころ、知人に対し、本件保険金請求の問題の解決が遅いことを相談したところ、時効の問題を指摘された。そこで、原告代表者がB弁護士に確認したところ、同弁護士はいまだ被告を提訴していないことが判明した。同弁護士は、着手金及び関係書類一式を原告代表者に返還した。

(エ) 原告代理人は、被告代理人佐藤に対し、同年11月16日付けの文書(甲5)をもって、原告に対する訴え提起予定の有無を照会したが、回答はなかった。

原告は、同月26日、本件訴えを提起した。

カ 本件車両の盗難後における原告の車両保有状況

原告は、本件車両の盗難後間もなく、平成14年9月10日に中古のメルセデスベンツを五百数十万円で、また、平成15年11月に中古のステーションワゴン(ハマー)を約780万円でそれぞれ購入し、社用や原告代表者の私用に使っている。

2  以下では、1で認定した事実を基に、各争点につき検討する。

(1)  争点(1)(原告が主張する本件車両の盗難の偶然性)について

ア 自動車保険契約において、保険者が盗難等偶然な事故によって契約車両に生じた損害に対する保険金を支払う旨の約款の条項に基づいて車両保険金の支払を請求する者は、事故の発生が被保険者の意思に基づかないものであることについて主張、立証すべき責任を負わないというべきである(最高裁第三小法廷平成18年6月6日判決)。したがって、本件では、保険者側である被告において、本件車両の盗難が被保険者である原告の代表者の意思に基づくものであることにつき立証責任を負うものと解される。

イ(ア) 被告は、本件車両の盗難が原告代表者の関与する偽装盗難であるとする理由として、第2の2(1)ア(イ)のとおり、

a 本件車両の盗難の客観的状況等に関し、(a)本件駐車場に本件車両が駐車していたのは見たことがない旨述べる近隣住民がいること、(b)本件車両は購入時期や価値からいって盗難の対象となりにくいこと、(c)盗難の手口としては何者かが本件車両を運転して窃取したとしか考えられないが、同車の鍵はすべて原告代表者が保管していたこと、

b 本件車両の盗雄前における原告代表者の行動に関し、(a)原告代表者が本件車両を運転して埼玉事業所から自宅に帰るまでの間の行動につき供述する内容は、当時同乗していたCの説明内容と矛盾する点が多いこと、(b)原告代表者の供述内容は、帰宅経路が明らかに遠回りであることなどそれ自体信用し難いこと、

c 本件車両の盗難後における原告代表者の行動に関し、原告代表者のB弁護士への対応及び原告代表者が本件車両のローン全額を完済したことから、同人が本件車両の盗難に関与して何らかの利得を得ていたことを推認させるものであること、

d 原告及び原告代表者の動機に関し、(a)原告は本件車両盗難後に高額な車両を2台購入しているが、車両保険金によってローンを完済すれば、新車購入の際のローン返済額を減らせること、原告は、原告代表者の借財の有無につき釈明を求められたのに対し具体的に回答しておらず、不利益な事実を開示しなかったものとも思料されること、(b)本件保険金は490万円であるところ、本件車両には500万円のローンが組まれているが、同ローンについてのオートローン契約書(甲7)の記載内容は事実と異なること、原告が本件車両購入前のベンツの残ローンを加算して620万円のローンを組んだとしても金額が矛盾すること、レッドブックによれば本件車両の時価額は310万円が相当であるから、原告が自動車注文書(甲11)に記載された車両本体価格400万円で購入したことにも疑問が残ること、(c)原告は、本件車両盗難時においてほかに3台の車両を保有していたから、本件車両が必要であったとはいえないこと、原告は同盗難後間もなくベンツを購入しており、盗難を予期したかのような行動といえること、

e 同種事故の発生として、クイックの提携代理店において保険契約を取り扱った本件車両と同車種のランドクルーザー複数台が本件車両盗難の前後に盗難に遭っており、不自然といえることを主張する。しかしながら、以下のとおり、それらはいずれも原告代表者の関与を裏付けるものとは認め難いというべきである。

(イ) 本件車両の盗難の客観的状況等

a 確かに、被告が提出した保険サービスセンター担当者作成の報告書(乙9)には、本件駐車場においてランドクルーザーを見たことがないと明言する同駐車場利用者がいる旨の記載があるが、それ自体は本件車両の盗難の偶然性に疑いを生じさせる事情とはいい難い。

b 被告が指摘する事実を考慮しても、本件車両が特に盗難の対象となりにくいとはいえない。

c 盗難の手口としては、被告が主張する以外の方法も十分に考えられるところである。すなわち、前記認定事実によれば、本件車両は深夜から朝にかけての時間帯に盗取されたものと推認できる。この点に照らせば、本件駐車場が比較的人目に付きやすいことを考慮しても、レッカー等による移動又はいわゆるエンジン直結によって窃取された可能性は否定しきれない。また、本件車両の鍵は電子キーであるところ、近時、偽造電子キーを用いた車両窃盗が多発しており、このような現状に照らすと本件車両が同種被害に遭ったとも考えられる。

したがって、原告代表者が本件車両の鍵をすべて管理していたことは、同人が本件車両の盗難に関与していたことをうかがわせる事情とはいえない。

d 以上から、本件車両の盗難の客観的状況等につき、同盗難の偶然性を否定する事情は見出し難いというべきである。

(ウ) 本件車両の盗難前における原告代表者の行動

a 原告代表者は、①帰宅途中、国道4号線沿いにあるファーストフード店に立ち寄って食物を購入した、②本件車両を本件駐車場に停めた後、Cはbマンション3階の原告の社員寮に宿泊した旨述べる。これに対し、Cは、①どこにも立ち寄らなかった、②本件駐車場において降車し、原告代表者と別れた旨述べている(乙9)。

しかしながら、これらの相違はいずれも核心部分にわたらない、些末な事項についてのものである。そして、Cの上記供述内容は、本件車両の盗難から約1か月後に実施された事情聴取の際の回答であるから、記憶の減退や記憶違いが存在する可能性は否定できず、細部につき原告代表者の供述と符合しない点があっても不自然とはいえない。

b また、埼玉事業所から原告代表者宅へ至る経路に関しては、被告の指摘する諸点を考慮しても、原告代表者の供述内容に不自然、不合理な点はみられない。

c 以上によれば、本件車両の盗難前における原告代表者の行動にも格別不審な点はなく、同盗難への関与を疑わせるものはない。

(エ) 本件車両の盗難後における原告代表者の行動

a 前記認定のとおり、B弁護士は平成15年2月ころから平成16年10月ころまでの間、本件のことを失念して原告に連絡しなかったが、原告の方も同弁護士に進捗状況を問い合わせなかった。確かに、これは、多額の保険金支払の有無をめぐり保険会社と争っている者の行動としてはいささか緊迫感を欠いている。

とはいえ、原告代表者が本人尋問においてこの点につき説明する内容はそれなりに納得できるものである。すなわち、同人は、B弁護士を法律の専門家として信頼したことから、何かあれば同弁護士の方から指示等を受けられるものと思い、全く連絡がなかったことを同弁護士が問題なく適切に対処している証左ととらえ、安心さえしていた旨供述する。原告代表者が全く法律の素養を有しないことを併せ考えると、上記供述内容は十分に理解できる。

また、原告代表者は、本人尋問においても、B弁護士に対する責任追及の意思を明確にしておらず、敗訴の場合の対処も考えていない旨述べる。だが、これは、同弁護士の責任を一切追及しないという趣旨までを含むものではなく、原告代表者としてはいかなる責任追及が可能かわからないために事後の対処についての回答を保留したとみるべきである。

b 原告代表者が本件車両盗難後も同車のローンの支払を続けて完済したことについては、同人において、当時は本件保険金の受領を期待しており、今後も原告が社用等に使う乗用車の購入、売却を繰り返すものと見込んだことから、将来にわたりオートローンを円滑に利用する意図の下に滞りなく弁済したとみることができる。

c 以上から、本件車両の盗難後における原告代表者の行動は、同人が同盗難に関与して利益を得ていたことを推認させるものではない。

(オ) 原告及び原告代表者の動機

a 前記認定事実によれば、原告の経営においても原告代表者個人及びその家族においても、多額の負債を抱えて支払に苦慮していたなど、経済的に困難な状況に陥っていたことをうかがわせる事情は認められない。原告が本件車両盗難後に高額な車両を2台購入したこと及び原告が原告代表者個人の借財の有無につき釈明に回答しなかったことは、それ自体直ちに原告又は原告代表者が本件保険金を必要とする動機に結びつくものとはいえない。

b さきに認定した本件車両の購入経緯については、その購入目的、ローン内容等も含め、格別、不自然、不合理な点は見受けられない。確かに、被告が指摘するとおり、自動車注文書(甲11)とオートローン契約書(甲7)の記載内容には差異がみられるが、これは以下のように説明可能である。すなわち、本件車両のローンは、実際には前記認定事実のとおり、原告が本件車両の購入とほぼ同時に売却したベンツのローン残債額を本件車両代金に上乗せした620万円から頭金120万円を控除した500万円についてのものである。しかし、同ローンの申込にはローン残債額を示す必要がなかったことから、そのオートローン契約書(甲7)上は、単純にローン対象額500万円を本件車両残代金、頭金120万円を加えた620万円を本件車両代金総額として、これに合わせて車両本体価格、諸費用を記載したものとみることができる。なお、乙4のレッドブックには本件車両と同種のランドクルーザーの価格が310万円とされているが、これは実際の取引の際に意義を有する走行距離、年式、車検満了期等を考慮しない、目安の価格に過ぎず、本件車両本体価格を400万円とする上記自動車注文書の記載内容の信用性に疑義を生じさせるものではない。

c 原告が本件車両の盗難当時ほかに3台の車両を保有していたことは、本件車両の必要性を否定するものとはいえない。また、さきに認定した原告の経営形態、乗用車の使用状況に照らせば、原告が同盗難後間もなくベンツを購入したことは特段不自然なこととはいえない。

d さらに、本件車両の盗難当時、同車については507万9600円相当のローン残債があったと認められる(甲6)から、原告は、たとえ本件保険金490万円が支払われてもその全額を同ローン残債に充てた上に差額の17万9600円を支払う必要があった。

e 以上に照らせば、原告及び原告代表者において、本件車両の盗難を偽装して本件保険金を入手する動機があったとは認められない。

(カ) 同種事故の発生

被告の主張する同種事故の具体的内容が明らかではなく、本件車両の盗難との関連性を認めるに足りる証拠はない。

ウ そのほか、本件において、原告代表者が本件車両の盗難に関与したという被告の主張を認めるに足りる事情は、見当たらない。

エ 以上のとおりであるから、本件車両の盗難は原告代表者が関与する偽装事故であるという被告の主張には理由がなく、被告は、原告に対し、本件保険契約に基づき、本件保険金を支払う義務を負うものと認められる。

(2)  争点(2)(消滅時効)について

ア 保険金請求権については、商法663条により、2年の短期消滅時効が定められているところ、その起算点は同法上明らかではない。そこで、民法上の原則として、消滅時効は権利を行使することができるときから進行する(民法166条1項)と定められていることから、本件において、原告がいつから現実に本件保険金を請求し得たとみるのが相当かについて検討する。

この点、争いのない事実等において前述したとおり、本件約款には、「保険会社は、被保険者が保険金請求の手続をした日からその日を含めて30日以内に保険金を支払う。ただし、保険会社がこの期間内に必要な調査を終えることができない場合は、これを終えた後、遅滞なく、保険金を支払う。」(本件約款第6章一般条項21条)と規定されている。

この規定によれば、保険金は、原則として、被保険者が保険金請求の手続をした日から30日以内に支払われるが、例外的に、その期間内に保険会社が必要な調査を終えることができない場合は、同期間経過後も、同社が必要な調査を終えるまでは支払われないことになる。したがって、被保険者は、保険会社が必要な調査を継続している限り、現実には保険金の受領を期待できない状況にあるというべきである。そして、被保険者は、通常、このような現状を考えて前記必要な調査の継続中は保険会社の対応を待ち、その結論をみて対処するものといえる。

以上に照らすと、被保険者は、保険会社において必要な調査を終え、保険金支払の可否についての同社の結論が被保険者に到達した時点から、現実に本件保険金を請求し得ると解するのが相当である。このように解しても、前記約款の規定は被保険者が事故発生後速やかに保険金請求手続をとることを前提としているのであるから、保険事業の円滑な運営と迅速な決済を図るために保険金請求権につき短期消滅時効を定めた法の趣旨に反しないといえる。

イ(ア) もっとも、本件において原告は、本件約款所定の手続による保険金請求はしていない。

しかしながら、前記認定のとおり、①原告は、本件車両の盗難事故発生直後に被告と代理店契約を締結している保険事務所の担当者に電話をかけて上記盗難事故発生を報告するとともに本件保険金請求の手続を進めるよう依頼した。②同担当者も直ちに自動車保険事故受付票を作成して被告のサービスセンターにファクシミリで送信した。その後、③被告は、原告に対し、サービスセンターを通じて保険金支払の対応を始める旨電話連絡し、また、前記担当者に対しても「自動車保険事故のご連絡について」と題する受付票を送付した。それから、本件車両の盗難につき調査した上で免責の結論を出し、原告に通知した。

これらの事実によれば、原告は、当初から本件保険金請求の意思を被告に対して明示し、被告においてもこれを十分に認識した上で、同請求がなされることを前提に対処していたことは明らかである。現に、被告は、免責通知書(甲2)において、原告に対し、債務不存在確認を求める訴えを提起する旨予告までしている。したがって、本件において原告の保険金請求権の短期消滅時効につき起算点を前記のとおり解しても、前述した法の趣旨を損なうものではない。

(イ) また、本件約款には、消滅時効の起算点につき、①「同約款所定の手続が行われなかった場合には事故発生の翌日」、②「同手続が行われた場合には保険会社が関係書類又は証拠を受領したときの翌日から起算して30日を経過したときの翌日」と定められているが(本件約款第6章一般条項24条(1)、(2))、原告の保険金請求権につき消滅時効の起算点を上記のとおり解釈することは、これらの約款に反するものではない。すなわち、前者については、いわゆる権利の上に眠る者を保護しないという趣旨を徹底させたものと解され、本件のように、原告が保険金請求の意思を明示し、被告もそれを認識した上で同請求がなされることを前提に対処した場合まで、一律に適用される趣旨ではないといえる。また、後者については、前記のとおり本件約款において保険会社は原則として保険金請求手続がなされた日から30日以内に保険金を支払うと規定されていることに対応して定められたものと考えられ、同期間内に保険会社が必要な調査を終えられなかったという例外的な場合までを含む趣旨ではないというべきである。

(ウ) 以上から、本件保険金請求権につき消滅時効の起算点は、免責通知書が原告に到達した時点と解すべきところ、本件においてそれは平成14年12月11日である。

よって、本件訴えが提起された平成16年11月26日には、消滅時効はいまだ完成しておらず、本件保険金請求権が時効により消滅したとの被告の主張は採用できない。

3  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木わかな)

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