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横浜地方裁判所 平成16年(ワ)570号 判決 2006年5月17日

主文

1  被告は,原告Aに対し1446万6300円,原告Bに対し345万2400円,原告Dに対し164万1900円及びこれらに対する平成3年11月12日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は,仮に執行することができる。ただし,被告が,原告Aに対し1000万円,原告Bに対し230万円,原告Dに対し110万円の各担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第1請求

1  主文1項と同旨。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

第2事案の概要

本件は,亡甲の相続人等である原告らが,別紙物件目録記載(略)の土地(以下「本件土地」という。)について,被告の市長及び職員は,地方税法403条に基づき同法388条1項の固定資産税評価基準によって本件土地の固定資産の価格を決定するに当たり,本件土地の画地計算において必要ながけ地補正及び道路より低い位置にある画地の補正を行わず,本件土地の固定資産の価格を過大に決定したという過失があるとし,本件土地が相続税財産評価に関する基本通達(以下「財産評価基本通達」という。)において倍率方式が採用されている土地であり,被告の市長の誤った固定資産価格を根拠として相続財産の評価がされた結果,相続税の過納付を余儀なくされたとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,上記過納付相続税相当額の損害賠償の支払いを求める事案である。

1  前提となる事実(証拠の引用のないものは当事者間に争いがない。)

(1)  被告は,地方自治法上の地方自治体であり,その市長は,地方税法(以下の記載においては,特に断りがない限り,平成3年以降に改正のあった条項については同年当時の条項をいうものである。)403条に基づき同法388条1項の固定資産評価基準によって,固定資産の価格を決定する権限を有する。被告の市長は,平成3年度の本件土地の固定資産の価格決定をするに当たり,地方税法403条1項に基づく自治大臣(当時)の定める固定資産評価基準に準拠して制定された被告における固定資産評価事務取扱要領に基づき本件土地の評価を行うものである。

(2)  亡甲は,生前本件土地を所有していたが,平成3年5月10日に死亡した。承継前原告C(以下「亡C」という。)は,本訴係属中である平成17年12月15日に死亡した(甲37の11)。

原告A及び原告Bは亡甲の相続人であり,原告Dは,亡甲の相続人である亡Cの相続人であり,亡Cの他の相続人との間の遺産分割協議により亡Cの遺産の全てを相続した(甲1,37の1ないし13)。

(3)  被告の市長は,平成3年7月1日,平成3年度の本件土地の固定資産価格を4383万1749円と決定(修正)し,原告らにその旨通知した(甲1)。

(4)  本件土地は,その評価につき,財産評価基本通達において倍率方式が採られる土地である。亡甲を被相続人とする相続税の申告に際し,本件土地の価格は上記(3)の本件土地の固定資産価格である4383万1749円に倍率5.9倍を乗じた2億5860万7319円とされ,租税特別措置法の小規模宅地等の特例の適用により,課税価格に算入する価額は2億3832万3120円とされた(甲1,2の1)。

(5)  平成3年6月5日,原告Aは,相続税額を算出するために,被告の市長に対し,本件土地の奥行きが長いことから固定資産価格の更正を依頼したいとして,本件土地の調査申請を行った。そこで,鎌倉市の職員において,本件土地の実測図を確認したところ,奥行きが49.40メートルであることが判明したため,奥行価格低減割合法の補正率が0.95から0.90に変更され,本件土地の固定資産価格が4626万6846円から4383万1749円に修正された(甲1,5)。

(6)  平成15年7月1日及び同年12月1日,被告は,平成3年度ないし平成14年度の過納付固定資産税分を,過去4年分については市税過誤納金還付手続で,それよりさかのぼる分については鎌倉市固定資産税過誤納に係わる返還金支払要綱に基づき,原告Aに返還した(甲3の2の1ないし甲3の4の4,乙11の1ないし5)。

(7)  平成15年7月1日,原告Aは,本件土地につき,平成15年度固定資産税納税通知書による固定資産の価格1億7326万1628円との決定が過大と思われるとして,被告資産税課に調査を依頼し,その調査の結果,本件土地の同価格は1億4130万4483円に修正され,その旨の通知がされた(乙11の5)。

しかし,原告Aは,なお本件土地の同価格が過大であるとして,同月8日,鎌倉市固定資産評価審査委員会(以下「審査委員会」という。)に対し,本件土地の価格についての審査の申出をした。同年10月3日,同委員会は,本件土地の固定資産の登録価格1億4130万4483円を1億3398万8992円に修正する旨の審査決定を行った(甲11,12)。

(8)  同決定を受けて,同年12月1日,被告の市長は,平成15年度の本件土地の固定資産価格を,1億3244万8888円に修正する旨の決定を行った(甲3の3の5)。

(9)  被告は,原告に対し,平成18年2月15日の本件第8回口頭弁論期日において,本訴請求の損害賠償請求債権について消滅時効を援用するとの意思表示をした(当裁判所に顕著な事実)。

2  争点

(1)  固定資産価格決定の誤り及びこれに対する被告の過失の有無

(2)  損害額

(3)  因果関係の有無

(4)  消滅時効の成否

3  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(固定資産価格決定の誤り及び被告の過失)について

(原告らの主張)

ア 主張の概要

被告の市長は,平成3年度の本件土地の固定資産の価格決定をするに当たり,地方税法403条1項に基づく自治大臣(当時)の定める固定資産評価基準に準拠して制定された被告における固定資産評価事務取扱要領に基づき,本件土地の評価を行うべきところ,当該評価に当たり,本件土地が隣接道路よりも低く,かつ,土地内にがけ地があることを見逃した過失により,本来であれば本件土地の固定資産の価格を3350万6937円と決定すべきところ,4383万1749円と過大な決定をした過失がある。

イ 道路より低い位置にある画地の補正についての評価の誤り

本件土地の固定資産の価格は,固定資産評価基準(以下単に「評価基準」というときは同基準のことを指す。)及びこれに基づき定められた被告における平成13年当時の固定資産事務取扱要領(土地)(以下「事務取扱要領」という。甲7)に基づき評価決定されているところ,事務取扱要領第2節第3の2(サ)(2)(甲7の35頁)「道路より低い位置にある画地」の記載によると,道路に沿設しているが道路より低い位置にあるため,一般の宅地に比べて状況が不良であると認められる宅地については,その状況により附表11の補正率を適用して補正することができると規定されている。同附表11によれば,道路より低い位置が2メートル以上4メートル未満である場合の補正率は0.85であるところ,平成15年8月7日審査委員会が作成した実地調査書に添付された実地調査計測結果によると,本件土地とその北東側にある道路(以下「北東側道路」という。)の段差の平均は2.65メートルであった。

それにもかかわらず,被告は,本件土地の裏側(南西側)に細い道路(以下「南西側道路」という。)があり,南西側道路と本件土地はほぼ同じ高さの位置にあるので道路より低いとはいえないとして,本件土地につき事務取扱要領に規定された前記「道路より低い位置にある画地」の補正を行わなかった。

しかしながら,南西側道路には路線価が定められていないところ,平成3年当時の評価基準第1章第3節二(一)4「各筆の宅地の評点数の付設」及び事務取扱要領第2節第3の1(2)(ア)(甲7の16頁)「路線価」によると,路線価が計算の基礎となる評点であって,路線価のない道路を固定資産の評価の基準にすることは全くの誤りである。

また,平成3年当時,被告は本件土地について奥行価格逓減割合法の適用を行っているが,この奥行価格低減割合法を適用する画地は,土地の一方においてのみ路線に接する画地であることが前提となっているのである。他方で,画地の2方が路線に接する場合には,2方路線影響加算法を用いることになるところ,被告は南西側道路を路線として扱わず,本件土地を北東側道路のみに接する画地と判断して,奥行価格逓減割合法を適用すべきであると判断していた。

このように,被告は,南西側道路を沿接道路として扱っていないにもかかわらず,「道路より低い位置にある画地」の補正については,殊更に南西側道路を引き合いに出して,補正率の適用をしない理由とするのは全く合理性がない。

ウ 敷地内のがけ地の補正について

事務取扱要領第2節第3の1(2)(セ)(甲7の18頁)「法又は崖地」によると,がけ地とは,画地の一部又は全部が傾斜している部分をいい,傾斜度15度以上で擁壁であれば2メートル以上,土羽であれば高さ0.6メートル以上の傾斜をいうとされる。

事務取扱要領附表8「法又は崖地補正表」によれば,法又はがけ地の総面積に占める割合が0.10以上0.20未満の場合補正率0.95,同0.20以上0.30未満の場合の補正率は0.90である。

本件土地について3か所に分けて行われた審査委員会の実地調査によると,がけ地の部分のうちその1の値は平均段差1.91メートル,斜度21.5度,2は平均段差2.00メートル,斜度36.4度,3は平均段差2.65メートル,斜度32.1度であり,計測したすべての地点で傾斜度は15度以上で,かつ,段差の最小部分でも1.50メートルとされており,土羽の目安である0.6メートルを大幅に上回っている。また,実地調査書のがけ地面積の総面積積算資料によると,法又はがけ地面積の総面積に占める割合は21.08パーセントとされ,当初の評価が誤っていたことは明らかである。

エ 租税法律主義のもとでは,課税要件の認定については,税法規の厳格な解釈,適用が要請され,いわゆる法規の類推解釈,拡張的な解釈は禁止されている。本件土地の評価においても,評価基準に基づき土地の地目の決定,地積の認定,宅地においては各筆の宅地について評点数を付設する。評点数の付設に当たっては,宅地を商業地区,住宅地区等に区分し,それぞれの地域ごとに,標準宅地を選定し,標準宅地について売買実例価格から評定する適正な時価を求め,これに従って路線価を決定する。本件においては,この路線価を基礎としての画地計算法の附表による補正の適用が問題となるが,ここには価値判断が入る余地は全くない。すなわち,本件土地について,奥行価格逓減割合法やがけ地補正,道路より低い画地の補正は,所定の要件を満たしているか否かによって「適用する・しない」というものであって,価値判断の入り込む余地はないのであり,仮にこれらの補正適用要件に該当する事実を見落としている場合,地権者が補正を請求すれば,必然的に補正をせざるを得ないのであって,被告が補正を拒否する権限も,補正要件を争う余地もないのである。

市町村長は,地方税法403条に基づき,同法388条1項に基づく自治大臣の告示である評価基準によって,固定資産の価格を決定しなければならず,被告の市長は,評価基準及びこれにしたがって被告が定めた事務取扱要領に基づいて,固定資産の評価を決定しなければならない。被告職員が市長の名により,その職務を分担し,固定資産評価事務を行う場合,職務遂行に当たり評価基準及び事務取扱要領に反して固定資産の価格を評価し,これがために被告の市長がこれらの規定に反し固定資産の価格を決定したときは,それ自体で被告の市長の故意又は過失責任が問われることになる。

そして,地方税法408条は,市町村長に対して,毎年少なくとも一回は実地に固定資産の状況を調査すべき義務を課しているが,市町村長は,固定資産の価格を決定し,これに基づき固定資産税を課することから,常に固定資産の状況を調査する義務がある。地方税のこのような建前からすれば,少なくとも住民から土地調査申請があれば,評価基準及び事務取扱要領に従って,固定資産の状況に応じて当該評価を見直し,評価が正しく行われているかを検証し,修正すべきは修正する具体的な義務を負っていた。本件において,原告Aが,平成3年6月5日,被告の市長に対し,本件土地について土地調査申請を行った際,被告の市長は,これを受けて本件土地について評価基準及び事務取扱要領に基づいて,正しく評価の見直しをする注意義務を負っていた。そして,前記イ,ウに指摘した補正を怠った過失がある。

(被告の主張)

ア(ア) 原告らは,平成3年度の固定資産税24万934円のうち,5万6800円を被告が原告らに返還したことについて,平成3年度の本件土地の価格の算定が誤りであり,被告がその誤りを自ら認めたとして,これを前提に主張を展開している。

確かに,原告が主張するとおり,固定資産の評価基準及び事務取扱要領の該当部分については,平成3年度のものと平成15年度のものとを比較しても,字句については一部変更されているものの,内容については全く変更がされていない。

しかしながら,固定資産の評価については,平成6年度に「公示価格の7割とする」という大改革が行われているのであり,平成6年度以降における固定資産の評価の基準をもって,平成5年度以前の固定資産の評価の当否,適否を論じることは決してできないのであり,まして平成15年度の評価を基に,平成3年度の評価が誤っていると主張することは決してできないものである。

すなわち,我が国においては,昭和60年代から異常な地価の高騰が始まり,いわゆる「バブル経済」が発生するに至ったのであるが,その一因として,我が国においては土地を保有するコスト(税金)が低いことが原因であるとの指摘がされ,これを受けて平成6年度から固定資産税(中でも土地)については,本来の意味での時価(いわゆる正常売買価格)をもって固定資産税を算出することになったのであり,現に評価基準において「公示価格の7割」とするに至ったのである。その結果,土地については,従前の価格と対比すれば,価格は数倍に引き上げられた。ところが,固定資産税については,このような急激な上昇は好ましくないという政策判断から,地方税法上いわゆる「負担調整」が行われたのであるが,被告においては,上記の負担調整のみならず,宅地の評価自体においても,評価の対象となる個々の宅地の特殊性に基づく調整(いわゆる補正)を積極的に行うこととしたのであり,従前の評価に比べて「法又はがけ地の補正」を積極的に行うこととしたのである。

(イ) また,被告が平成3年度の本件土地の評価を見直したことは事実であるものの,上記見直しは,飽くまで補正要因(評価自体)を見直したにすぎないものであり,決して,被告の過失に基づく地積の計算ミス等の明確な事実誤認が発見されたが故に評価を見直したというものではない。すなわち,土地についての固定資産税は,飽くまで土地の適正な価格を前提に課税がされるのであり,それ故,課税庁による土地の評価が行われるのであって,地方税法388条は,自治大臣(なお,現行法では総務大臣)が告示する評価基準により,これを行うこととし,被告においては,評価基準を踏まえて事務取扱要領により土地の評価を行っているのである。そして,土地の評価(具体的には,地目の認定,路線価の付設,画地の計算等)という判断作用が前提とされているのであり,土地の評価に不服のある者については,課税庁に対する異議申立てではなく,第三者機関たる固定資産評価審査委員会に対する審査の申出制度が指定されている。このような固定資産評価審査委員会制度が法定されていることから明らかなとおり,土地の評価については,客観的に評価されなければならないものの,何人も異をとなえられない唯一絶対のものが存在する,換言すれば,一義的に決定されるという性質のものではないのであり,計算単位の誤り(例えば,平方メートル数で計算すべきところを,坪数で計算した場合)等,特別の事情がない限り,事後的に評価が誤っていたなどということはできない。

(ウ) 最高裁昭和46年6月24日第一小法廷判決・民集第25巻4号574頁は,公務員が法律解釈を誤ったとしても,そのことから直ちに国家賠償法上の過失が認められるものではないとしたものであるが,このことは,客観的な事実の認識の誤りはともかく,土地の評価(価値判断)について,事後的に誤りがあると認定された本件のような場合にも妥当し,本件においても国家賠償法上の過失は問題とならない。

イ 道路より低い位置にある画地の補正についての評価の誤り

否認ないし争う。

南西側道路にも路線価は付設されているのであり,原告らの主張は事実に反する。

「道路補正」については,評価基準においては何らの規定は存在せず,事務取扱要領第2節第3の2(サ)(2)(甲7の35頁)において「道路に沿接しているが,道路より低い位置にあるため,一般の宅地に比べて状況が不良であると認められる宅地については,その状況により附表11の補正率を適用して,前各項で算出した評点を補正することができる。」と記載しているのであり,評価者(被告の市長)において,「一般の宅地に比べて不良であると認め」た場合に,「補正することができる」とされている。平成3年度の評価に当たり,本件土地については,北東側道路からすれば低い位置にあるものの,南西側道路からすれば決して低い位置にあるわけではないことから,「一般の宅地に比べて不良である」とは認められないと判断し,「道路より低い位置にある画地の補正」を適用しなかったのである。

本件土地は,K山という高級住宅街にあり,かつ,その名のとおり坂の多い場所であって,坂道の存在自体が高級住宅地の雰囲気を醸し出しており,周辺土地との比較においても,本件土地の状況が不良であるとは認められない。特に,鎌倉市内の特殊事情として,坂道が多々存在するところ,「道路より低い位置にある画地の補正」は,二階部分から入らざるを得ないような場合に適用していることから,被告の市長としては,平成3年度の評価に当たり,画地計算の上では,本件土地については一般の土地に比べて状況が不良であるとは認められないと判断したのであり,道路より低い位置にある画地の補正を適用しなかったのである。

ウ 敷地内のがけ地の補正について

本件土地については,確かに「法又はがけ地」が存在するものの,そもそも「がけ地補正」について評価基準は「崖地等で,通常の用途に供することができないものと認定される部分を有する画地について,当該画地の総面積に対するがけ地部分等通常の用途に供することができない部分の割合によって,『崖地補正率表』(事務取扱要領附表8)を適用して求めた補正率によって,その評点数を補正するものとする。」とされていることから明らかなとおり,評価者において「崖地等で,通常の用途に供することができないものと認定」する場合に,がけ地補正率を適用することとされているものであるし,事務取扱要領でも「崖地等で,通常の用に供することができない部分を有する画地にあっては,その利用価値は減少し崖地等ではない場合を想定して求めた評点について相応の補正をする」とされているにすぎない。

本件土地の当該「法又はがけ地」は,飽くまで広大な庭の一部であり,宅地としての利用の点からすれば,決してマイナスとして評価しなければならないものではなかったのであり,被告の市長としては,平成3年度の本件土地の評価に当たり,宅地としての通常の用に供することができないものとは認められないと判断して,法又はがけ地補正を適用しなかったものである。

エ 被告職員の不作為

原告らの主張は,被告の職員であるEが上記イ,ウの補正を適用しなかったという不作為が,原告らに対する不法行為を構成するというものである。

ところで,地方税法上は,固定資産の価格は,審査の申出期間の経過により確定し,当該審査申出期間経過後の価格修正については,原則としてこれを認めないこととしている。もっとも,同法417条1項は,固定資産課税台帳を縦覧に供した日以後において,固定資産価格等に重大な錯誤があることを発見した場合に限り,職権による固定資産価格の修正を義務づけているのである。ここでいう,重大な錯誤については,計算単位の誤りや,課税客体の明白な誤認定により,価格自体の決定に重大な誤りがあると認められるような錯誤がある場合をいうものであって,単なる誤り程度のものは含まれないとされているところ,本件のような画地計算上の補正の適用の有無は計算単位の誤り等とは全く性質を異にするものであり,重大な錯誤には当たらない。また,固定資産評価審査委員会に対する審査の申出期間経過後においては,そもそも職権による価格の修正が義務づけられているわけではないのであり,原告Aの平成3年6月5日における土地調査の申出は,審査申出期間を経過した後に行われているものであることに加えて,そもそも重大な錯誤があることを発見した場合に該当しないとして,被告の市長としては修正に応じる義務がなく価格修正に応じられないという対応もできたものであった。

そもそも,不作為が不法行為を構成するためには作為義務の存在が前提とされなければならないが,上記のとおり本件のような画地計算上の補正の適用の有無は,地方税法417条1項にいう重大な錯誤に該当しない以上,被告の市長としては価格の修正を義務付けられないのであり,それ故被告の原告らに対する不法行為責任など生じる余地はないのである。

また,原告らは,平成3年度価格等修正通知を受領し,被告の市長の平成3年度の本件土地の固定資産価格の決定(修正)通知書を受領し,審査の申出ができる旨の教示を受けていながら,審査委員会に対し審査の申出もしていないのであって,平成3年度の本件土地の価格4383万1749円は,まさに適法に確定しているのであり,被告の職員の不作為を原告らに対する関係で違法であると評価することはできない。

さらに,公務員の不作為が違法となるのは,権限の不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに限る(最高裁平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)と解すべきであり,換言すれば,著しく合理性を欠くと認められないときは違法とはならないというべきであって,本件は規制権限の不行使ではないものの,本件のような場合においても,原告らに審査委員会に対する審査の申出が認められていたことを考えれば,その不行使が許容される限度を逸脱して,著しく合理性を欠くと認められるときに該当しないことは明らかであり,被告が原告らに対して,不法行為責任を負うものではないことは明らかである。

(2)  争点(2)(損害額)について

(原告らの主張)

原告A,原告B及び亡Cは,平成3年11月11日を申告期限とする亡甲の相続税の納付について,本件土地が財産評価基本通達において倍率方式の土地であり,被告の市長が決定した固定資産価格の5.9倍をもって相続財産評価額とするため,前記争点(1)で主張した被告の市長の過誤に基づく固定資産価格の決定により,以下のように過大な相続税の納付を余儀なくされた。

① 原告A

納付相続税額 1446万6300円

適正相続税額 0円

過大納付分 1446万6300円

② 原告B

納付相続税額 3982万1400円

適正相続税額 3636万9000円

過大納付分 345万2400円

③ 亡C

納付相続税額 1882万1800円

適正相続税額 1717万9900円

過大納付分 164万1900円

原告A,原告B及び亡Cが支払った前記相続税の過納付分は,地方公共団体の公務員である被告の市長がその職務を行うに当たり,前記過失によって原告A,原告B及び亡Cに与えた損害であり,これを国家賠償法1条1項により原告A,原告B及び亡Cの相続人である原告Dに対し賠償する責任がある。

(被告の主張)

原告らの主張は,不知又は争う。

被告は,亡甲の相続税について知るべき立場にない。

(3)  争点(3)(因果関係の有無)について

(原告らの主張)

相続税法(なお,以下の記載において,平成3年以降に改正のあった条項については同年当時の条項をいうものである。)は,財産の評価に関する原則について規定している(相続税法22条)が,具体的な各種の財産の評価方法等については財産評価基本通達に定められている。本件土地は,財産評価基本通達において倍率方式が適用される土地であることにつき当事者間に争いはない。倍率方式とは,固定資産価格(地方税法381条の規定により土地課税台帳若しくは土地補充課税台帳に登録された基準年度の価格又は比準価格)に国税局長が一定の地域ごとにその地域の実情に即するように定める倍率を乗じて計算した金額によって評価する方式である。したがって,市町村長が決定する固定資産価格が,まさに直接的に課税標準になるのであって,市町村長が違法な固定資産価格の決定を行えば相続税額の決定に直接的な影響を生じることとなるのであり,このことは被告の市長としても当然に予見していたであろうし予見し得たはずである。

ところで,税務署は国税局の財産評価基本通達に拘束されるので,本件土地については倍率方式による評価が,平成3年より平成15年に至るまで税務署に確実に受け付けてもらえる唯一の評価方法であった。相続税法22条は飽くまで原則を定めるのみであり,別途不動産評価鑑定書等に基づき,より低い評価額に基づき申告を行うことは,現在も過去も例外的で認められる可能性は少ない。まして,平成3年当時は,いわゆる不動産バブルの崩壊はいまだ一般的には認識されておらず,税務署が財産評価基本通達以外の評価に基づく申告を受け入れる可能性はほとんどなく,いわば財産評価基本通達に基づき相続税の申告を行うことは定められた行政手続であった。財産評価基本通達に基づかない相続税の申告が,税務署により受け入れられなければ,過少申告加算税又は延滞利息を課されることとなり,したがって,そのような申告は非現実的な選択といえる。

原告Aは,平成3年6月5日の被告の市長に対する土地実地調査の申請に際し,相続の発生を被告の担当職員に説明し(本人ではなく相続人からの申請を受け付けている。),申請書の申請理由には相続税額計算のためと明記していたものであって,被告の担当職員は,相続の発生及び自らの調査結果に基づき相続税の申告が行われることを熟知していたことは明らかである。

(被告の主張)

相続税については,申告納税制度が採用されているのであり,本件土地の評価の見直しと,相続税の申告,納税とは直接の因果関係を有するものではない。

すなわち,我が国の相続税は,納税者において「課税価格」「相続税額」等を申告する制度を採用しているのであり,課税価格についても,納税者においてこれを算出した上,申告するシステムを採用しているものである。そして,相続税の課税価格は,「相続又は遺贈に因り取得した財産の価額の合計額」である(相続税法11条の2第1項)とされており,より具体的には「時価」とされている(相続税法22条参照)のである。ちなみに,土地の課税価格(時価)については,相続税路線価の付されている土地(市街地的形態を形成する地域にある土地)については当該路線価を基に,相続税路線価の付されていない土地については固定資産税の価格に一定の倍率を乗じて算出することとされている。

本件土地は,原告の主張するとおり上記倍率方式により土地の課税価額が算出される土地であったことは被告としても争うつもりはない。しかしながら,相続税法上の土地の課税価格は,飽くまで「時価」であり,上記財産評価基本通達は,事務処理の円滑化のために認められたものにすぎないのであり,その意味では,倍率方式が採用されている土地について,固定資産税の評価額が絶対的意味を持つものではないのである。現に倍率方式が採用されている土地についても,固定資産税の評価額が高すぎるとの主張をなすことは許されるのである。

結局,原告らは亡甲の相続において,本件土地の課税価格(時価)を4383万1749円の5.9倍である2億5860万7319円であると申告しているのであり,相続税が申告納税制を採用しているものである以上,相続税は適正に課税されている。すなわち,原告らは,平成3年11月7日,本件土地の相続税法上の価格(評価額)について,倍率方式により算定した2億5860万7319円が適切,妥当であると判断して相続税の申告をしているのであり,原告らの申告を基に相続税額が確定している以上,原告らの申告,納税にかかる相続税額を損害と観念することはできない。

また,被告の職員らの行為は,飽くまで固定資産税の前提たる土地の評価に関するものであるのに対し,相続税の納税義務は,原告らの申告によって生じたものであり,被告の職員らの不作為による行為と原告主張の損害との間に,法的因果関係はない。

(4)争点(4)(消滅時効の成否)について

(被告の主張)

原告の本訴請求は,そもそも国家賠償法上にいう損害に該当しないものであるが,万一,原告主張の損害が同法にいう損害に当たるすれば,被告の市長が本件土地の価格を修正し,これを通知した平成3年7月時点で,原告らは,民法724条にいう「損害及び加害者」を知ったのであるから,被告は原告らの主張の損害賠償請求権について,消滅時効を援用する。

民法724条は,被害者において,権利を行使し得たにもかかわらず,権利行使を行わなかった場合には,加害者保護の見地から短期消滅時効が認められる旨を規定したものであると解されるところ,本件において原告Aは,平成3年6月の時点において,被告の職員であるEから,「この程度はがけ地とはいえない。南西側の道路から見れば,敷地は道路より低いとはいえない。」との説明を受けたのであり,本件土地の評価が不当に高いというのであれば,既に述べたとおり,原告A,原告B及び亡Cとしては,被告の職員に対し,再調査を求めることができたものであるし,審査委員会に対し,審査の申出もできたものであって,権利行使ができたものである。

結局,被告の市長による平成3年度の本件土地の評価(価格決定)は,秘密裏に行われたものではなく,さらに被告の市長は,平成3年度価格等修正通知書を原告Bに送付し,平成3年度における本件土地の評価を原告B,原告A及びCに通知し,「この価格等の決定(修正)に不服があるときは,地方税法432条の規定により,この通知を受けた日から30日以内に鎌倉市固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができます。」と教示しているのであり,原告A,原告B及びCは,平成3年7月に,上記平成3年度価格等修正通知書を受領した時点において,権利行使が可能であったのであるから,「損害及び加害者を知った」ものであり,民法724条の消滅時効は,その時点から進行している。

(原告の主張)

被告の主張は,否認する。民法724条にいう加害者を知ったときとは,加害者に対する損害賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれを知ったときをいうと解すべきであり,換言すれば,飽くまで不法行為に基づく損害賠償請求権の行使が可能であることが,時効の起算点においても必要である。

本件に即していえば,平成3年7月の時点で,原告Aにおいて,被告の本件土地に対する評価に不満をもっていたことが認められるとしても,当該不満の内容は,一般的なものであり,近隣の時価に比較して高すぎるなどというものであって,被告の市長において,価格の決定に違法性があるとの認識にまでは達していなかったことは明らかである。原告Aが,被告の市長の価格決定に違法性があると認識したのは,平成15年5月に本件土地について調査を申請し,同月12日及び19日に現地調査が行われ,被告の資産税課のF係長(以下「F係長」という。)から平成3年6月6日に行った前回の調査では,がけ地補正及び道路より低い画地の補正を行うべきところ見落としがあったとして,謝罪された時からである。したがって,民法724条にいう消滅時効の起算点は平成15年5月ころである。

第3当裁判所の判断

1  証拠(枝番を含む甲1~28,30~35,37,38,乙1~5,8~13,証人E,証人F,原告A本人)及び弁論の全趣旨並びに争いのない事実によれば,以下の事実等が認められる。

(1)  評価基準及び事務取扱要領について

ア 固定資産税とは,固定資産(土地,家屋及び償却資産の総称。地方税法341条1号)に対し,その所在する市町村(特別区を含む)が課す普通税である(地方税法342条,1条2項,5条)。固定資産税の課税標準は,賦課期日における当該固定資産の価格で,固定資産課税台帳(土地課税台帳若しくは土地補充課税台帳又は家屋課税台帳若しくは家屋補充課税台帳)に登録されたものであるが(地方税法349条,同条の2),この固定資産の価格は,市町村長が,固定資産(特殊な償却資産を除く。地方税法389条,743条)につき,自治大臣(平成3年当時)が定める評価基準に従って価格を決定する(地方税法388条1項,403条1項)。市町村には,固定資産評価員が設置され(地方税法404条1項),必要により固定資産評価補助員が選任される(地方税法405条)。固定資産評価員は,固定資産の実地調査を行い(地方税法408条),評価調書を作成して市町村長に提出し(地方税法409条),市町村長は,評価調書に基づき,固定資産の価格等を決定し,直ちにこれを固定資産課税台帳に登録する(地方税法410条,411条)。

もっとも,上記のとおり,法令上は固定資産評価は市長村長が行い,固定資産評価員がこれを補助するために設置されているが,実際上の作業は,固定資産評価補助員たる市町村の職員が行っているのが現状である(甲31)。

イ 評価基準及び事務取扱要領について

地方税法341条1項5号は,固定資産税における固定資産の価格とは,「適正な時価をいう」ものと規定し,前記のとおり同法403条1項は,市町村長は,同法388条1項により自治大臣が定めた固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。甲6,8)によって固定資産税の価格を決定しなければならない旨規定している。この評価基準は,固定資産の評価の基準並びに実施の方法及び手続を定めたものであり,これによって固定資産の評価が適正かつ均衡のとれたものになることが予定されている。すなわち,固定資産の評価に当たっては,評価を行う者の主観的な判断に基づく個人差に起因して,その価格に相違を生じる場合が多く,したがって,このような主観的な判断に基づく個人差をできるだけ排除し,合理的な評価を行うことができるようにするため,自治大臣が統一的な評価基準を定めて告示するとともに,これをもって市町村長が価格の決定に当たってよるべき基準として法定されたものである(甲19の1)。

他方で,評価基準は,第1章第3節二(一)4(甲6の8頁)において,市町村長は,宅地の状況に応じ,必要のあるときは,画地計算法の付表等について,所要の補正をして,これを適用するものとすると規定しているが,その趣旨は,土地の価格を構成する要素が複雑多岐にわたり,価格の低下等の原因が個別の要因による場合や,その影響が局地的であることなどの理由で,全国一律の基準により適正な時価を算出することが困難であることも想定されることから,市町村長において,評価基準を補完,補正する形で,上記価格事情に見合った所要の補正を行うことができるとしたのである。

鎌倉市においては,平成3年当時において,評価基準の規定を踏まえて,より公平に固定資産の評価を行うべく事務取扱要領(甲7)を定め,鎌倉市内の土地につき評価基準を実施する場合における要領を定めていたものである。その中で,評価基準の画地計算法の附表等について所要の補正を加えるとともに,鎌倉市独自の要件として,「道路より低い位置にある画地」の補正を規定していることが認められる。これらの事実からすれば,事務取扱要領は,評価基準を,補完,補正する部分が含まれており,その部分は単に行政機関の内部通達の性格を有するにとどまるということはできない。

そうすると,評価基準は,法の規定に従い固定資産の価格を算定する基準,方法等を定めるものであり,また事務取扱要領は,評価基準の定めに従い,土地の価格の算定に関し評価基準を補完,補正する事項を定めるものである。したがって,固定資産の価格の決定は,評価基準及び事務取扱要領により,適切に運用されるべきものということができる。

ウ 評価基準及び事務取扱要領に定める宅地の評価方法

平成3年当時の評価基準及び事務取扱要領における宅地の評価方法の概要は,以下のとおりである。

(ア) 宅地の評価は,各筆の宅地について評点数を付設し,当該評点数を1点当たりの価格に乗じて各筆の宅地の価額を求める方法による。

各筆の評点数は,市町村の宅地の状況に応じ,主として市街地的形態を形成する地域における宅地については「市街地宅地評価法」によって,主として市街地的形態を形成するに至らない地域における宅地については,「その他の宅地評価法」によって付設するものとする(評価基準第1章第3節二(甲6の6頁))。

(イ) 本件土地は,市街地宅地評価法の適用がある土地であるが,市街地宅地評価法による宅地の評点数の付設は,以下のとおりである。①市町村の宅地を,商業地区,住宅地区,工業地区,観光地区等に区分し,当該各地区について,その状況が相当に相違する地域ごとに,その主要な街路に沿接する宅地から標準宅地を選定する(評価基準第1章第3節二(一)1(1)(甲6の7頁)。標準宅地は,主要な街路に沿接する宅地のうち,その形状が矩形で間口,奥行きの距離が適当な長さであり,補正が1.00の最も標準的な宅地を選定する(事務取扱要領第2節第2の3(甲7の10頁))。②標準宅地について,売買実例価額から評定する適正な時価を求め,これに基づいて当該標準宅地に沿接する主要な街路について路線価を付設し,これに比準して主要な街路以外の路線価を付設する。ここでいう時価とは,正常な条件のもとにおける取引価格すなわち正常売買価格であり,現実の取引価格とは必ずしも同一ではない。現実の取引価格は,当事者間の事情等に左右され,正常な条件とは認められない主観的又は特殊な条件の下に成立するものが多いが,正常売買価格は,現実の取引のうちこのような正常でない部分を除去して得られる価格をいう(評価基準第1章第3節二(一)(2)(甲6の7頁),事務取扱要領第2節第2の3ないし4(甲7の9ないし12頁))。③上記路線価を基礎として「画地計算法」を適用し,各筆の宅地の評点数を付設する(評価基準第1章第3節二(一)(3)(甲6の7頁),事務取扱要領第2節第2の4(三)(甲7の14頁))。

(ウ) 画地計算法について

平成3年当時において,評価基準によって定められた画地計算法は,以下のものがある。すなわち,a 奥行価格逓減割合法,b 側方路線影響加算法,c 二方路線影響加算法,d 三角地評点算出法,e 不整形地,無道路地,袋地等評点算出法であり(評価基準別表第3(甲6の19頁)),本件では,特にa,eに規定されている奥行価格逓減割合法,がけ地補正及び事務取扱要領に規定されている道路より低い画地の補正が問題となる。なお,画地計算法が適用される一画地とは,原則として土地課税台帳又は土地補充課税台帳に登録された一筆の宅地によるものとされている(評価基準別表第3(甲6の19頁),事務取扱要領第2節第3の1(1)(甲7の16頁))。

① 奥行価格逓減割合法について

宅地の価格は,道路からの奥行きが長くなるにしたがって漸減する。そこで,評価基準は,画地計算法として奥行価格逓減割合法を規定し,その一方においてのみ路線に接する画地については,路線価に当該画地の奥行距離に応じ,「奥行価格逓減率表」によって定めた当該画地の奥行価格逓減率を乗じて単位地積当たり評点数を求め,これに当該画地の地積を乗じてその評点数を求めるものとした(評価基準別表第3の3(甲6の19頁))。

事務取扱要領はこれを補完して,奥行きとは,原則として路線に接している部分の中央付近からおおむね画地の真中付近を通る線に沿って測定した距離をいうが(事務取扱要領第3の1(2)(カ)(甲7の17頁)),平成15年度の事務取扱要領によれば,奥行距離が一様でない不整形地については,不整形地に係る想定整形地の奥行距離を限度として,その面積を間口距離で除して得た数値とすると規定されている(甲9の15頁)。そして,事務取扱要領は,評価基準に定められた補正率に若干の修正を施して,奥行価格逓減割合法について別表附表(略)1のとおりの補正率を定めている(事務取扱要領第2節第3の3附表1(甲6の38頁))。

他方で,当該画地の正面と裏面に路線がある二方路線地の場合には,bの二方路線影響加算法が用いられるが,事務取扱要領によれば,この加算を行う二方路線は,幅員4メートル以上の街路とし,確実に付近の宅地に比べて利用価値のあるものに限るとされている(事務取扱要領第2節第3の2(ウ)(甲6の21頁))。

② がけ地補正について

評価基準は,不整形地,無道路地,袋地等評点算出法の項において,「崖地等で,通常の用途に供することができないものと認定される部分を有する画地については,当該画地の総地積に対するがけ地部分等通常の用途に供することができない部分の割合によって,『崖地補正率表』(評価基準附表8。甲6の26頁)を適用して求めた補正率によって,その評点数を補正するものとする。」とし,画地計算法としてがけ地の補正を規定している(評価基準別表第3の8。甲7の23頁)。

事務取扱要領は,これを補完して,「法又は崖地とは,画地の一部又は全部が傾斜している部分をいい,傾斜度15度以上で,擁壁であれば2m以上,土羽であれば高さ0.6m以上の傾斜をいう」と定義し,評価基準に定められた補正率に若干の修正を施して,法又はがけ地補正について別表附表8(甲7の42頁)のとおりの補正率を定めている(事務取扱要領第2節第3の1(2)(セ)(甲7の18頁))。

③ 道路より低い位置にある画地

事務取扱要領は,評価基準にはない独自の画地計算法として,道路より低い位置にある画地の補正を規定している。この補正は,「道路に沿接しているが,道路より低い位置にあるため,一般の宅地に比べて状況が不良であると認められる宅地については,その状況により附表の補正率を適用して,(前各項で算出した)評点を補正することができる。」というものであり,事務取扱要領は別表附表11(甲7の43頁)のとおりの補正率を定めている(事務取扱要領第2節第3の2(サ)(2)(甲7の35頁))。

エ 平成6年度における固定資産税の評価換えについて

固定資産税における土地の評価に当たっては,売買実例価格はもとより,地価公示価格や相続税路線価の動向等を総合的に勘案して,土地基本法及び総合土地対策要綱(昭和63年6月28日閣議決定)の趣旨に沿って評価の均衡化,適正化が進められてきたが,平成3年度の固定資産税評価替えにおいても,評価の均衡化,適正化に努め,その評価上昇も昭和51年以降最高となったが,その近年の地価上昇はそれを著しく上回ったため,特に大都市圏をはじめとする地価高騰区域については,対地価公示水準は低下し,対地価公示水準で見る限り,地域間にかなりの不均衡が生じ,国民の土地評価に対する信頼性確保の観点からも問題となった。このような中で,地価公示制度の改善が行われていくことを前提として,総合土地政策推進要綱(平成3年1月25日閣議決定)において,「平成6年度以降の評価替えにおいて,土地基本法16条の趣旨を踏まえ,相続税評価との均衡に配慮しつつ,速やかに地価公示価格の一定割合を目標に,その均衡化,適正化を推進するとされ,固定資産税の土地評価については,平成6年度評価替えに向けて,諸条件を整備することが急務とされた。これらの方針を受けて,自治省においては,現行(当時)の評価基準は改正しないが,「固定資産評価基準の取扱について」(昭和38年12月25日各都道府県知事あて自治事務次官通達)を改正し,宅地の評価に当たっては,地価公示法による地価公示価格,国土利用計画法施行令による都道府県地価調査価格及び不動産鑑定士又は不動産鑑定士補による鑑定評価から求められた価格(鑑定評価価格)を活用することとし,これらの価格の一定割合(当分の間この割合を7割程度とする。)を目途とすることが適当である旨通知(平成4年1月22日自治固第3号各都道府県知事あて自治事務次官通達)した(乙1,乙2,甲19の2)。そして,評価上昇率が高い宅地評価土地(宅地及び宅地比準土地をいう。)については,その税負担が急増しないように特に配慮する必要があることから,平成6年度から平成8年度までの3年間に限り,評価の上昇程度に応じた課税標準の特例措置を導入した(甲35の1)。この改正は,実務的には市街地宅地評価法を採っている状況類似地区において,標準宅地の鑑定評価価格に係る標準価格の7割をもって当該標準宅地に係る主要な街路の路線価を付設し,その他の宅地評価方法の場合は,当該標準地に係る鑑定評価価格の7割をもって,標準宅地の評点数とするものである(甲19の2)。

もっとも,この通達は,画地計算法の規定及びその適用について直接言及するものではなく,さらに,この平成6年における評価替えを挟んで,平成3年当時の評価基準及び事務取扱要領と,平成15年当時におけるそれらを比較しても,本件で問題となる画地計算法については,若干の文言を除き重要な変更はなされていなかった(甲6~9。なお,被告も評価基準及び事務取扱要領の当該部分が,字句については一部変更されているものの,内容については変更されていないことを認めている。)。

(2)  本件土地について

ア 平成3年当時の本件土地の状況は,別紙物件目録及び別紙図面(略)記載のとおりであり,神奈川県鎌倉市K山(以下略)に所在し,登記地目及び現況地目は宅地である。地積は1274.92平方メートルであり,都市計画の区域区分は市街化調整区域に当たり,状況類似地域の用途地区は高級住宅地区である(甲21)。本件土地の北東側は市道024-000号線に接しており(北東側道路),南西側には舗装されていない道路(南西側道路)が接している。南西側道路の幅員は最大で2.55メートルであり,平成3年当時は私道であったが,現在は市道025-084号線となっている(甲18,乙4,5)。平成3年当時の本件土地に沿接する道路の路線価(評価基準及び事務取扱要領に定める市街地宅地評価法にいう路線価)は,北東側道路が3万8200円であった(甲4,甲15)。なお,本件土地は,財産評価基本通達にいう倍率方式において5.9倍の倍率方式を採る土地である(甲25の2)。

イ 本件土地内にあるがけ地は,いずれも斜度15度を上回るものであり,北東側道路接道部にある南西向き斜面(以下「斜面1」という。)と敷地中央部やや南東よりの北西向き斜面(以下「斜面2」という。)である。斜面1は北西側(門扉側)の幅が4.95メートル,南東側(木戸側)平均約4.49メートルとなっており(門扉付近を除いたがけ地幅の平均は約4.24メートルであった。),斜面2は敷地中央部から南西道路側が平均約4.94メートル,池の奥の階段付近で6メートル,家屋と接する箇所が平均約2.8メートルとなっている(甲11,12)。

ウ 本件土地に接する北東側道路はこう配となっており,本件土地の北角の境界と東角の高低差(道路こう配による道路の高低差)は,約2.06メートルである。北角の境界と隣家の擁壁との間には高低差があるところ,その差は約74センチメートルであり,さらにその擁壁頂部と本件土地の高低差は,約1.88メートルである。したがって,本件土地と道路との高低差は,東角境界付近で約4.68メートル(最大),北角境界付近で約2.62メートル(最小)である(甲10の1ないし3,甲28)。また,北東側道路にある正面玄関(門扉)から本件土地に入るには階段を下りる必要があることが認められる(甲10の1ないし3)。

(3)  亡甲の死亡とその相続財産の処理について

ア 亡甲は,生前本件土地を所有していたが,平成3年5月10日死亡した。

亡甲の相続人は,その妻乙,長女の亡C,長男の原告B,二男の原告A,養女の丙であった。

イ 亡甲の相続財産については,金融資産に乏しく,一方で鎌倉市内3か所に不動産が存在していたことから,その相続税額が多額に上ることが予想された。さらに,遺産分割協議が難航することも予想され,原告A自身も仕事が多忙であり転勤を控えていたため,できるだけ早く,相続問題に取りかかることとした。そこで,原告Aは,かねてより原告Bが面識のあった税理士に相談したところ,本件土地が財産評価基本通達に定める倍率方式の土地に該当すること,その際適用される倍率が5.9倍であること,相続税の申告に鎌倉市の発行する固定資産土地証明書が必要であることを知らされた(甲17)。

ウ 原告Aが,亡甲に対し鎌倉市から送付された平成3年度固定資産課税明細書を見たところ,本件土地の近隣に所在し亡甲の相続財産であるK山○○(以下略,79.00平方メートル)の土地(以下「山林地」という。)が,登記地目及び現況が山林であるにもかかわらず,現況が宅地であるとして課税されていることに気づいた(甲17)。

同年5月18日,原告Aは,鎌倉市役所を訪問し,固定資産土地証明書等の交付を受けた(甲1,28)。同証明書では,前記山林地の現況地目が宅地とされ本件土地の固定資産価格は,4626万6846円とされていた。その際,原告Aは,窓口において,前記山林地が過去に宅地であったことがないにもかかわらず宅地として扱われていること,本件土地の固定資産評価から計算すると,相続税評価額があまりに多額となること等を説明した。この原告Aの説明に対し,窓口で担当した被告資産税課の職員であったEは,前者の山林地の評価については土地調査申請書の提出を求め,後者の本件土地の固定資産価格については,本件土地は平たん地であり普通の家なら5軒建つ広さであり,これ位の評価であっても不思議ではないと回答した。原告Aは,本件土地の評価について,物理的に5軒の建設は可能であるが,では5軒建てていいのかと聞いたところ,それはできないと言われ,不満を抱いた。

原告Aは,山林地の件については調査を求めることとし,同日,申請理由欄に,「相続税評価額算出のため」「現況地目が山林と思われる」と記載した被告の市長あての土地調査申請書を提出した(甲17,28,乙8,9)。

(4)  山林地の土地調査について

同月24日,Eは,原告A立会いの下,上記山林地について現況調査を行った。その結果,上記山林地の現況が山林であることが確認され,原告Aの申出のとおり課税地目が宅地から山林へと更正され,Eは,原告Aに対し,その旨の電話連絡をした(甲17,乙8,9)。

(5)  平成3年における本件土地調査について

ア 原告Aは,山林地の現況が全く把握されておらず,宅地として課税されていたことからみて,本件土地についても,現況が把握されていないのではないかとの疑念を抱いた。

イ 同年6月5日,原告Aは,地積測量図を携えて鎌倉市役所を訪れ,本件土地について,相続が発生したこと,本件土地が相続税の算定につき倍率方式を採用する地区であり相続税評価額が多額になること,本件土地が平たん地とされているが道路より低い位置にあること,敷地と道路の間ががけ地となっていること,敷地内をがけ地が縦断し,がけ地の面積がかなりを占め,その結果利便性が著しく劣ること等を説明した。Eは,原告Aが持参した地積測量図を見て,奥行きが長い分補正が足りない可能性があると指摘した。原告Aは,Eから,本件土地についての土地調査申請書の提出を求められた。その際,原告Aは,Eの指示に従って,土地調査申請書の申請理由欄に,「相続税額算出のため。奥行きが長いため評価額の更正を依頼したい。」と記載して提出した(甲5,17)。なお,Eは相続税の申告において倍率方式が採用されていることを認識していた(E尋問調書28頁)。

ウ Eは,翌6日,現地調査を行い,本件土地の形状がほぼ矩形で,広い土地であること,がけ地の有無,道路との高低差について確認したが,その程度,面積等の画地補正に必要な調査等は格別行わなかった。そして,本件土地の実測図を確認したところ,奥行きが49.40メートルであることが判明したため,調査前に34.50メートルとされていたのを49.40メートルと認定した上で,奥行低減率を0.95から0.90にし,本件土地の評価額を修正する手続を執った(甲5)。なお,原告は,同日の土地調査に立ち会っていなかった(甲17)。

他方,Eは,後日,原告Aに対して電話をし,道路との段差については,敷地裏面が沿接する道路とほぼ同じ高さであること,この程度ではがけ地とはいえないこと,この調査は基準に基づききっちりと見ているので,審査申出をしても認められないことなどを告げた。

原告Aは,この結果について不満を抱いたものの,多忙であったこともあり,この件については,後記エの固定資産価格等決定(修正)通知書の送付を受けた後にも,審査委員会に対し審査申出をすることなくそのままにしていた。

(Eの供述の信用性について)

(上記認定事実に対して,Eは,陳述書及び証人尋問において,①原告Aからの本件土地の調査申出に際し,原告Aから,本件土地が道路より低いこと,敷地内にがけ地が相当部分あることの説明を受けていないこと(E調書5頁),②本件土地の調査に際して,道路段差及びがけ地の程度について,一通り全部現地で調査を行って確認し,画地補正基準の適用がないと判断した記憶があること(E調書13,14頁),③原告Aに対し,審査委員会に対し審査申出をしても認められませんと述べたことはないこと等を供述している。

しかしながら,Eの同供述は,上記事実経過に関する原告Aの供述及び同人の陳述書の内容に比して具体性に乏しく採用し難いこと,Eの供述内容自体をみるに,本件土地調査の内容について,あいまいかつ抽象的な供述に終始していること,申出のあった奥行き補正の適用の有無だけを調査したと供述する反面,がけ地及び道路との高低差についても確認したと不自然な供述をしていること,それにもかかわらず,本件土地の土地現況調査報告書にがけ地の有無,道路との高低差についての記載がないこと(甲5)などの事情からすれば,前記認定に反する限度で,Eの上記供述を採用することはできない。)

エ 平成3年7月1日,被告の市長は,前記山林地及び本件土地について,固定資産価格を修正する旨の「平成3年度固定資産税額・都市計画税額決定(更正)及び固定資産価格等決定(修正)通知書」(以下「本件修正通知書」という。)を,原告Bに対し送付して通知し,原告Aは,原告Bからその旨聞いた。

上記通知書によれば,山林地については,「地目又は種類」が宅地から山林へ,「価格」が304万9400円から3562円に修正され,本件土地については,「価格」が4626万6846円から4383万1749円に修正された。

なお,上記通知書の右上部には,「この価格等の決定(修正)に不服があるときは,地方税法第432条1項の規定により,この通知を受けた日から30日以内に鎌倉市固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができます。」「この税額の決定(更正)に不服があるときは,この通知を受けた日の翌日から起算して60日以内に,行政不服審査法第4条の規定により,市長に異議申立てをすることができます。ただし,鎌倉市固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができる事項については,除かれます。」との記載があった(甲1の22丁)。

(6)  原告らの相続税の申告

亡甲の相続税の申告期限は平成3年11月11日であったところ,同月7日,原告B,原告A,亡Cを含む亡甲の相続人は,その相続財産につき相続税の申告を行ったが,同申告における本件土地の価額については,本件修正通知書(甲1の22丁)に記載された本件土地の修正後の固定資産価格4383万1749円に基づき,本件土地が相続税法にいう倍率調整区域であり,その倍率が5.9倍であることから,上記評価額を5.9倍した2億5860万7319円とされ,さらに租税特別措置法の小規模宅地等の特例の適用により2028万4199円を減額した上で,課税価格に算入する価格は2億3832万3120円とされた(甲1)。

その後,平成4年12月3日,原告B,原告A,亡Cを含む亡甲の相続人の間で,遺産分割協議が成立し,本件土地については原告Aが相続することとなり,その代償分割金として,原告Aは,乙に対して1億1500万円,丙に対して7500万円を支払うこととなった(甲2の1)。

そして,上記遺産分割協議の結果,各人の相続割合に異動が生じたため,同年12月4日,相続税の修正申告を行った。また,新たに相続財産として現金預貯金等が加えられたことから,亡甲の相続財産の総額は5億3050万6369円であったものが5億4510万6369円に増加し,課税価格(1000円未満切捨て)は5億1010万6000円,相続税総額は1億5555万2600円となり,他方で,上記遺産分割協議により相続人各人の相続割合に異動が生じたことから,乙の申告相続税額は2万9500円,亡Cの申告相続税額は1882万1800円,原告Bの申告相続税額は3982万1400円,原告Aの申告相続税額は1446万6300円,丙の申告相続税額は2286万6200円,原告Dの申告相続税額は2258万6200円となった(甲2の1,2,甲2の3の1,2)。なお,上記修正申告においても同様に,本件土地の課税価格算入額は2億3832万3120円であった。

(7)  平成15年における本件土地調査について

ア 平成15年度の本件土地の固定資産価格は1億7326万1628円であったため(乙11の5),原告Aは,本件土地の固定資産価格が,時価に比してあまりに高額であるとして被告の本件土地に対する評価に疑念を抱いたが,平成3年当時,被告資産税課が原告Aの主張を取り合う意欲が感じられなかったことから,単に申入れを行っても駄目だろうと考えて,審査委員会に審査申出をすることとした。そこで,原告Aは,固定資産税納税通知書に記載された部署に電話し,審査委員会に審査申出をしたい旨申し入れたところ,応対に出た職員は,審査申出する前に,取りあえず被告の資産税課の窓口で話を聞くように指示し,また今年は7月7日までに審査を申し出ればよいということを申し添えた。

イ 平成15年5月8日,資産税課のF係長から原告Aに電話があった。F係長は,本件土地は12年前にも現地調査しており,既に調査済みであるはずであると述べた。これに対して,原告Aは,F係長に対し,12年前の調査当時の担当者から受けた電話回答は,この程度ではがけ地とはいえないこと,裏で道路に接しておりその道路と本件土地はほぼ同じ高さであって道路より低いとはいえないこと,基準に基づき調査をしており審査申出をしても認められないとのことであったこと,本件土地は日当たりが悪く隣家が盛土をしたためくぼ地となり風通しが悪いこと等を述べ,とにかく現地で話を聞いてもらいたいと要請したところ,F係長も直ちにその旨承諾した。

ウ 同月12日,原告Aは,1人で本件土地にやって来たF係長に対し,本件土地の敷地内を案内し説明の上,平成3年の調査について,12年前は職員にこちらの言うことに耳を貸す気配がなかったこと,審査申出をしても通らないと言われたこと,本件土地を売りに出しても固定資産価格以下でも買手の引き合いがないこと,日照,通風が悪いことも考慮してほしいこと等を述べた。

当時,F係長は,平成15年度時点での土地評価に関する一般的な知識をほぼ把握しており,現地で本件土地の状況を確認するため,北東側道路に面した門から入ったところ,すぐに下り階段となっており,「道路より低い画地の補正」は適用できるのではないかと感じた。

F係長は,原告Aに対し,本件土地について評価の見直しの可能性があることを指摘し,調査のため複数の人員で立入り調査をした上で,調査結果を連絡する旨を述べた。原告Aは,本件土地についてはかぎは掛けていないので,いつ調査しても構わないと承諾し,F係長はその日は辞去した(甲17,乙10)。

エ 翌13日,F係長は,単独で本件土地の調査を行い,南西側道路の幅員が4メートル未満の狭い道路であること,北東側道路からは高低差が2メートルから4メートル程度まであること等を確認した。

その後,F係長は,同月19日に土地評価担当在職4年のG副主査と二人で,又は同月20日に土地評価担当在職3年のH副主査と二人で現地調査を行い,主に法面の状況を調査し,法面の距離の計測等を行った(乙10)。

オ F係長は,上記現地調査を基に本件土地の評価の見直しを行うこととしたが,その際,現地調査に同行した上記2名の職員から,①本件土地は正面路線(北東側道路)から2~4メートル程度低い位置にあり,道路より低い画地の補正について,0.85の補正率を適用することができること,②二方道路に接しているが,南西側道路は幅員が4メートル未満と狭いので,二方路線の加算は不要であること,③本件土地の法面については,北東側道路に接する部分及び家屋わきの一部は明らかにがけ地補正の対象となる法面であるが,ほかの部分については判断が難しいこと,④日照,通風等については,画地計算上の補正要因ではないことなどの意見を受けた。

F係長の見解も,前記2名の職員の意見と同じものであり,がけ地補正については,法面のすべてをがけ地補正の対象とすべきとした。そして,コンピュータでがけ地部分の面積を計測したところ244.3平方メートルであり,がけ地割合は19.2パーセントで,補正率は0.95となった。また,コンピュータ奥行きの長さを計測したところ,幾つかの数値が出たが,その中から最終的に47.9メートルを採用して,奥行価格補正率0.91を適用すべきとした。

その結果,本件土地の補正率の合計が0.734となり,これによって平成15年度の路線価15万1000円を乗じた評価単価11万0834円を算出し,更に本件土地の地積1274.92平方メートルを乗じて評価額は1億4130万4483円となり,これに基づいて算出される平成15年度の固定資産税額は,32万4459円となった(甲15,乙10,11の5)。

(8)  固定資産価格の修正と固定資産税返還の経緯について

ア 同月21日,F係長は,原告Aに電話し,固定資産価格及び固定資産税額を,前記(7)オの内容に変更し固定資産価格を修正する手続を進める旨の連絡をしたところ,原告Aは,地方税法では5年間の更正ができるはずであると主張し,過去5年間の固定資産税の還付を求めた。これに対して,F係長は,再調査により固定資産価格を変更した場合においては,申出のあった年度以降の変更しか行っていないので,過去にさかのぼって固定資産価格を変更することはできないと伝えたが,原告Aは,5年間の更正を強く求めるので,F係長は検討することとした(乙10)。

イ F係長は,当時,過去にさかのぼって税額等の減額更正ができる項目について詳しい知識がなかったので,地方税法(平成15年当時)を確認したところ,同法17条の5第2項に,税額等を減少させる更正は,法定納期限の翌日から起算して5年を経過する日まですることができる旨の規定を見つけたが,過去にさかのぼって税額等を更正することができる事由については規定されていなかった。そこで,被告において過去にさかのぼって税額等を更正する一般的な取扱いについて,G及びH両副主査に確認したところ,所有権錯誤,都市計画区分の誤り,住宅用地の特例の誤りなど,課税事務上の明確な誤り等の瑕疵があった場合に限り適用していることを確認した。

同月30日,F係長は,過去にさかのぼって税額を更正することはできない旨,原告Aに電話で連絡した。しかし,同人はなおも強く5年間分の更正を求めたので,F係長は再確認することにしたところ,原告Aが,直接被告市役所に来庁すると申し出たので,その日を同年6月2日と調整した(乙10)。

ウ F係長は,5年間の更正の可否について再検討したところ,平成3年度に本件土地の評価を変更した際の決裁書類は保存期間経過により廃棄処分となっており変更の内容は確認できなかったが,平成3年の評価見直しの際には現地調査をした上で奥行価格逓減割合法による補正をのみを適用して評価を変更したこと,平成3年度の評価見直しについて,地積測量図が提出されていること,現地調査により道路から段差があることや敷地内に法面があることが把握されていたはずであることから,がけ地補正と道路より低い画地の補正を,過去にさかのぼって適用することができたのではないかと考えた。

そのため,F係長は,平成15年度に原告Aより評価の見直しの申出を受けるまでこれらの補正を適用しなかったことは,課税事務上の明確な誤りに当たる瑕疵と判断できるとし,平成15年度分と過去4年間分を併せた5年間分について更正した方がいいのではないかと判断した。

エ 同年6月2日,原告Aが被告市役所を訪れた際,F係長は,「前回の調査は,道路より低い点につき見落としがあった。誠に申し訳ない。こちらのミスなので,5年間さかのぼり還付します。前回資料には,図面まで付いていたので,きちんと見ていたのかと思った。どうしてこうなったのか分からない。」などと述べ,5年間分について更正する方針である旨を説明した。

これに対して,原告Aは,平成3年の評価が間違っていたのかと尋ねたところ,F係長は,平成3年度の決裁書類が廃棄処分になっていたことから変更内容が確認できず,どういう評価がされたのか分からないと答えた。原告Aは,評価の変更内容を確認した上で,日照,通風が悪い点等が考慮されていないことに納得せず,審査請求をしたらこの評価額より下がることはないかとF係長に質問したところ,F係長は,今回の評価において,取捨選択の難しい法面部分もすべてがけ地補正の対象としていることもあり,できる限り補正を適用して評価している額であるから,これ以上は無理であり,逆に評価が増えることもあると答えた。なおも,原告Aが納得しない様子であったため,F係長は,この評価額に納得してもらえないかもしれないが理解してもらいたい旨伝えたところ,原告Aは,この価格に満足しているわけではないが,審査請求を申し出ることはやめると述べた。

しかし,原告Aは,知り合いの税理士に相談した上で,評価額に納得がいかないことから,審査請求をすることとした(甲17,乙10)。

オ 1回目の固定資産税の返還と相続税の更正請求

(ア) 同月9日,原告Aから,上記エのとおり,審査請求をする予定であると連絡を受けたことから,F係長は,当時資産税課課長であったIと審査委員会事務局のJ課長補佐に報告し,課内で対処について検討することとした。

この検討の中では,平成15年度の評価に瑕疵があったと判断して,評価額を修正し,さらに地方税法(平成15年当時)17条の5の規定に基づき5年間分について過去にさかのぼって評価額を変更した以上,平成3年度の見直し時の評価も誤っており,市は納税者に損害を与えていると考えられるのではないか,もし平成3年度の評価が誤っていたと考えられるのであれば,納税者の不利益を補てんするため,地方税法(平成15年当時)の期間制限により更正できない5年を超える前の固定資産税相当額を,「鎌倉市固定資産税過誤納に係わる返還金支払要項」に基づき返還してもよいのではないかとの意見が出された。他方で,返還金の支出については認めるとしても,評価換えのあった平成6年度以降の分に適用するべきであるとの考え方も出されたが,原告Aに対し,平成3年度の評価内容について明確に説明できないということから,結局,平成3年度分までさかのぼって差額を返還することとなった(乙10)。

(イ) 同年7月1日付けで,被告の市長は,原告Aに対し,「平成15年度固定資産税額・都市計画税額決定(更正)及び固定資産価格等決定(修正)通知書」を原告Aに送付し,本件土地の固定資産価格を,1億7326万1628円から1億4130万4483円に修正する旨の決定をしたことを通知した(乙11の5)。

被告の市長は,同日付けの上記固定資産価格修正決定を基に,原告Aに対し,平成11年度ないし平成15年度の各固定資産価格及び固定資産税額を修正する決定を通知し,別表1のとおり,平成3年度ないし平成14年度の固定資産税の一部に利息17万9600円を付して返還した(甲3の2の1,甲15,16の1,2,乙11の1ないし5)。

(ウ) そして,同月10日,原告Aは,被告資産税課から上記固定資産税の返還にかかる還付金算出表を受領した(甲15,16の1,2)。これによると,平成3年度の返還金算出基本額は3535万7611円とされた。これを基に平成3年当時の相続税額を試算すると,上記返還金算出基本額の5.9倍は2億0860万9904円,小規模宅地特例に基づいて課税価格に算入する価額は1億9224万7317円となる。そこで,同年8月12日,原告A,原告B及び亡Cは,鎌倉税務署に対し,平成3年の相続税の更正請求を行った。原告A,原告B及び亡Cの同申請に係る更正後の相続税額は,原告Aが26万6600円,原告Bが3759万4000円,亡Cが1773万0500円であった。

しかし,同年9月16日,上記更正請求は,更正期間を過ぎているとして,却下された(甲3の1)。

カ 審査委員会の決定

(ア) 同年7月8日,前述のとおり,原告Aは,上記固定資産価格修正後の価格によっても本件土地の価格がなお過大であるとして,審査委員会に対し,平成15年度の固定資産の登録価格を1億2590万3449円と修正することを求め,被告は,上記原告Aの申出を棄却することを求めた(甲12)。

(イ) 審査委員会は,上記申出を審査するためには,本件土地の実地調査が不可欠であると考え,同月29日,同年8月5日の両日にこれを実施した(甲11)。

上記調査においては,本件土地上のがけ地を,便宜上,①敷地中央部通路から反対側道路(南西側道路)に連なる斜面,②南東側家屋付近の斜面,③道路側(北東側道路)の斜面について,がけ地幅,上段部(庭)の幅及び段差の規則及び現況写真撮影を実施した。①敷地中央部通路から反対側道路に連なる斜面については,反対側道路を起点としおおむね4メートル間隔で計測したところ,がけ地の長さはおよそ30メートルに及んでいるが,当該がけ地は反対道路に向かって斜面は緩やかになっている。池付近の斜度は27度程度で,反対道路付近については15.2度と,がけ地認定の目安となる15度を,やや上回る数値を計測した。斜度が少なく,斜面の起点,終点をどこにするかによってがけ地幅が微妙に異なるが,原告Aから計測ポイントについての異議はなかった。池の右側に細い通路が確認されたが,原告Aは,除草するまで気づかなかったと述べていた。この部分の平均がけ地の幅は4.94メートルであった。なお,がけ地の上段部の庭幅は5.1メートルから約7メートルであり,複数の大きな庭石が置かれていた。②南東側家屋付近の斜面については,斜面の長さはおおむね13メートルであり,建物に最も接近するこの斜面は幅が平均2.8メートルで,段差は約2メートル,斜度はおよそ40度であることから,この斜面を有効利用することは不可能であることが認められた。③道路側の斜面は,南東側の未使用出入口から正面門扉の斜面は,未使用出入口の階段を起点として2メートル間隔で計測を行ったところ,がけ地の長さはおおむね24メートルであるが,門扉付近では極端に狭まっていること,門扉付近を除いたがけ地の平均幅は4.24メートルであること,斜度は最高で38.8度,最低でも25.4度であることが認められ,②と同様に,斜面の有効利用は不可能であった。この①ないし③の調査の結果,本件土地に占める総がけ地面積は285.21平方メートルであり,これから通路部分として使用されている面積である16.5平方メートルを差し引いた268.71平方メートルが,本件土地のがけ地面積であることが認められ,その総面積に対するがけ地の割合は21.08パーセントであることが認められた(甲11)。

同年10月3日,審査委員会は,原告Aの申出書及び被告の弁明書等の主張,説明及び上記実地調査の結果等を参考にし,本件土地に係る平成15年度の固定資産登録価格1億4130万4483円を1億3398万8992円に修正する審査決定を行った。上記審査決定の判断内容は以下のとおりである(甲11,12)。

① 本件土地におけるがけ地割合及びがけ地の位置については,固定資産評価基準解説によれば,がけ地とは画地の一部又は全部が傾斜地,低湿地又は軟弱地盤等で通常の用途に供することができないと認定される画地をいい,さらに,物理的な要件である法面の斜度と高低差及び現況から判断すべきとされている。本件土地については,前記実地調査によれば,斜面1及び斜面2は斜度15度以上で高低差0.6メートル以上であり,現況では宅地の用途に供することができないことが明らかであり,がけ地と認める。

② 通路部分及び塀部分については,門扉付近,南東部木戸付近の2か所の通路部分(別紙図面通路A),池北東部の通路部分(別紙図面通路B)及び斜面1のうち塀部分は宅地に便益を与えるものであり,がけ地の面積から除くべきである。また斜面2のうち反対道路側がけ地の範囲と家屋接近部の範囲については,前記実地調査のとおりであり,したがって,本件土地のがけ地面積割合は通路部分(通路A,B)及び塀部分を除き21.04パーセントであると認められるところ,評価基準附表7がけ地補正率表のがけ地割合0.20以上0.30未満を適用し,0.90の補正を行うべきである。なお,がけ地の位置による補正については,評価基準に基づく補正基準ではないことから減価できない。

③ 日照,通風,眺望等の減価については,評価基準には,宅地の評価に当たって,日照,通風,眺望等に関しては比準項目になく,このことによる減価はできない。

④ 路線価の下落率については,不動産鑑定士に委託して適切な修正率を使用し価格算定を行っているのであり,被告のし意が入り込む余地はなく,このような事務処理は近隣市はもちろん全国の公共団体でも行われていることからも公正である。

キ 奥行補正率の修正

前記認定のとおり,平成15年5月19日の実地調査の結果,F係長は,本件土地の奥行補正率につき,従来0.90であったものを,0.91に変更し,その際,原告Aにこれはコンピュータで計算したものであり間違いはないと説明したが,その後,原告Aが評価基準を入手しこれを検討したところ,奥行価格逓減割合法の補正に誤りがあるのではないかと疑念を抱き,同年7月30日審査委員会にその旨申出を行った。審査委員会のJ主査は,上記申出は審査申出に含まれていないので審査対象とするのは難しいと考えたが,資産税課に問い合わせて見ることとした。その結果,同年8月1日,F係長から原告Aに対し,上記の件で電話があった。F係長は,事務取扱要領に従い,奥行価格逓減割合法の補正の算出方法について説明した。そして,事務取扱要領によれば,奥行きは「土地の面積÷間口距離=奥行き距離」によって求められるところ,この計算式を基に本件土地の奥行き距離を計算すると48.47メートルであることが認められた。原告Aが,この点を指摘したところ,F係長も本件土地の奥行きが48メートル以上であり,被告の単純な誤りであることに同意し,審査委員会とは別に自発的に修正することを申し出た(甲28)。

ク 2回目の固定資産税の返還及び相続税の更正について

(ア) 同年12月1日,被告の市長は,審査委員会で判明した事実に基づく審査決定(がけ地の面積割合は測定の結果20パーセント弱ではなく,20パーセント強であると認定され,補正率は0.95ではなく0.90とされた。)及び前記7月1日付修正決定後,原告Aより本件土地の奥行きが48メートル以上であることを指摘され,被告がその誤りを認めて自発的に補正率を0.91から0.90へと修正したことに基づき,平成11年度ないし平成15年度の固定資産価格及び固定資産税額を修正する決定を通知し,別表2のとおり平成3年度ないし平成14年度の固定資産税の一部に利息相当額3万9600円を付して返還した(甲3の2の1ないし甲3の4の4)。

なお,被告から原告Aに対する前記二度にわたる各固定資産税の還付に当たっては,平成15年度の固定資産税は当該年度から控除されており,平成11年度ないし平成14年度については地方税法(平成15年当時)17条の5第2項に基づいて,平成3年度ないし平成10年度の還付は,鎌倉市固定資産税過誤納に係わる返還金支払要綱に基づいて行われた。

(イ) 平成15年12月22日,原告A,原告B及び亡Cは,同月11日付けで再度鎌倉税務署に対し,平成3年の相続税の更正請求を行った(甲3の1,3の5の1ないし4)。これによると,原告らの更正後の相続税額は,原告Aが0円,原告Bが3636万9000円,亡Cが1717万9900円となると主張した(甲3の6,7)。しかし,鎌倉税務署は,前回の更正請求と同様に,同請求を認めなかった。

(9)  平成16年2月16日,原告らは,横浜地方裁判所に本件訴訟を提起した(顕著な事実)。

(10)  同年5月18日,原告Aは,本件土地を株式会社Tに売却し,同日,その旨の登記が経由された(甲38の8)。

(11)  平成17年12月15日,亡Cは死亡した。

平成18年1月9日,亡Cの相続人全員の遺産分割協議により,亡Cの二男である原告Dが本件損害賠償請求権を相続すると同時に,本件訴訟における亡Cの訴訟上の地位を承継した(甲37の1ないし同の13)。

2  争点に対する判断

(1)  争点(1)(固定資産価格決定の誤り及びこれに対する被告の過失の有無)について

ア 原告らは,被告の市長は,平成3年度の本件土地の固定資産の価格決定をするに当たり,地方税法403条1項に基づく自治大臣(当時)の定める評価基準に準拠して制定された事務取扱要領に基づき,本件土地の評価を行うべきところ,当該評価に当たり,本件土地が隣接道路よりも低く,かつ,土地内にがけ地があることを見逃し,本来であれば本件土地の固定資産の評価額を3350万6937円と評価すべきところ,4383万1749円と過大な評価をして価格決定をした過失があると主張する。

ところで,市町村長による固定資産価格の決定は,それが過大であったとしても,そのことから直ちに職務上の注意義務に違反した違法行為との評価を受けるものではなく,市町村長が評価資料を収集し,これに基づき固定資産価格を決定する上において,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と決定をしたと認め得るような事情のある限り,国家賠償法1条1項にいう違法があったものとの評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)から,この見地より本件における被告の固定資産価格決定の誤り及びこれに対する過失の有無について検討する。

イ 租税とは,国家がその課税権に基づいて(地方公共団体が国から課税権を分与されている場合も含む。),特別の給付に対する反対給付としてではなく,その経費に当てるため資金を調達する目的で,一定の要件に該当する者に,賦課する金銭的給付であるが,民主主義国家にあっては,国家の維持及び活動に必要な経費は,主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであり,一方で,租税は国民の財産権を直接制約するものであるから,憲法も,かかる見地の下に,国民がその総意を反映する租税立法に基づいて納税の義務を負うことを定め(30条),新たに租税を課し又は現行の租税を変更するには,法律又は法律の定める条件によることを必要とする(84条)とし,いわゆる租税法律主義を規定している。この租税法律主義の下においては,課税要件及び租税の賦課徴収の手続は,法律で明確に定めることが必要であるとされる(いわゆる課税要件法定主義。最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)。そして,このような租税法律主義には,租税行政庁は,独自の判断で租税を減免又は加重する裁量を有するものではなく,法律に定められた手続に従い,適正な税額を徴収しなければならないという手続保障的側面が含まれているというべきである。

前述のとおり,評価基準は,地方税法388条1項に根拠を有し,全国一律の統一的な評価基準による評価によって,各市町村全体の評価の均衡を図り,評価に関与する者の個人差に基づく評価の不均衡を解消するために,固定資産の価格は評価基準によって決定されることを要するものとする趣旨で自治大臣(当時)が告示したものであって(最高裁平成15年6月26日第一小法廷判決・民集57巻6号723頁参照),地方税法403条1項は「市町村長は,・・固定資産評価基準によって,固定資産を決定しなければならない。」と規定していること,このような文言に改正された経緯(昭和38年における改正前の地方税法403条1項は,「市町村長は,・・自治大臣が示した評価の基準並びに評価の実施方法及び手続に『準じて』,固定資産の価格を決定しなければならない。」としていた。)等にかんがみると,市町村としては,特別の事情のない限り,評価基準に従った固定資産の評価の基準並びに評価の実施方法及び手続を取らなければならないものといえ,評価基準は,固定資産の評価の基準並びに評価の実施方法及び手続についての地方税法の規定を補充する法的な拘束力を有すると解するべきである。

さらに,鎌倉市の事務取扱要領は,評価基準がその第1章第3節二(一)4(甲6の8頁)において,宅地の評点数の付設とし,市町村長に,宅地の状況に応じ,必要があるときは,「画地計算法」の附表等について,所要の補正をしてこれを適用すると規定していることに基づき,評価基準の内容を踏まえた上で,これを補正,補完してより公平な固定資産評価を行うべく定められたものである。上記事務取扱要領は,大量の評価を全国一斉に同一時期に行う必要性及び課税の公平性を確保する必要性から,評価の基準及び評価実施の方法,手続等が詳細に定められたものであって,固定資産の評価に当たっては,評価基準と一体となって適用されるものである。したがって,固定資産の価格決定は,法の規定に従った評価基準及びこれを補正,補完した事務取扱要領に基づいてなされる必要がある。

そして,このような評価基準及び事務取扱要領の制定の趣旨,経緯,租税公平の原則及び租税法律主義の手続保障的側面からすれば,被告の市長は,特別の事情がない限り,評価基準及び事務取扱要領に拘束され,被告の市長は,評価基準が定める評価の方法によることができない特別の事情がない限り,これらの規範に従って適切に固定資産の価格を決定する注意義務を負い,その適用に当たって被告の市長の裁量は著しく制約されているというべきである。

したがって,被告の市長において,評価資料を収集し,これに基づき固定資産価格を決定する上において,上記規範に従わず職務上通常尽くすべき注意義務を怠り漫然と固定資産の価格を決定したといえる場合には,その行為には国家賠償法上の過失及び違法性が認められるというべきである。

ウ 被告の市長の過失

(ア) 前記1に認定した事実によれば,以下の事実が認められる。

① 原告Aは,平成3年6月5日,地積測量図を携えて被告市役所を訪れ,本件土地について,相続が発生したこと,本件土地が相続税の算定につき倍率方式を採用する地区であり相続税評価額が多額になること,本件土地は平たん地とされているが道路より低い位置にあること,敷地と道路の間ががけ地となっていること,敷地内をがけ地が縦断し,がけ地の面積がかなりを占め,その結果利便性が著しく劣ること等を説明した。

② Eは,翌6日,現地調査を行い,本件土地の形状がほぼ矩形で,広い土地であること,がけ地の有無及び道路との高低差について確認したが,その程度,面積等の画地補正に必要な調査等は行わず,道路との段差については,敷地裏面が沿接する道路とほぼ同じ高さであること,この程度ではがけ地とはいえないことを理由として,本件土地についてがけ地補正及び道路より低い位置にある画地の補正を適用しなかった。

③ 本件土地に接する北東側道路はこう配となっており,本件土地と道路との高低差は,東角境界付近で約4.68メートル(最大),北角境界付近で2.62メートル(最小)であり,北東側道路にある正面玄関から本件土地に入るには階段を下りる必要がある。また,斜面1及び斜面2は,いずれも斜度15度以上で高低差0.6メートル以上であり,現況では宅地の用途に供することができないことが明らかであってがけ地と認められ,その結果,本件土地に占める総がけ地面積は285.21平方メートルであり,これから通路部分として使用されている面積である16.5平方メートルを差し引いた268.71平方メートルが,本件土地のがけ地面積となり,その結果,総面積に対するがけ地の割合は21.08パーセントである。

被告の市長は,固定資産の評価に当たり,評価基準及び事務取扱要領に拘束され,これらにしたがって適切に固定資産評価を行うという注意義務があることは前述のとおりであり,そうであるから,同市長の下でこれを補助する被告の職員も,現地調査等の方法により評価資料を収集し,これに基づき固定資産評価を検討する上において評価基準及び事務取扱要領に従わなければならないことになる。

ところで,地方税法408条は,市町村長は,固定資産評価員又は固定資産評価補助員に当該市町村所在の固定資産の状況を毎年少なくとも一回実地に調査させなければならないと規定しているところ,被告の市長及びこれを補助する被告職員としては,評価基準及び事務取扱要領の適用の前提として,実地調査の申出があった場合には,当該固定資産の状況について実地調査をすることも考えられるところであった。

そして,上記認定事実によれば,原告Aから本件土地の評価額が高すぎるとして,相続税額算出のために本件土地の評価を見直すための実地調査の申出があったのであるから,被告職員であるEとしては,本件土地への評価基準及び事務取扱要領に定める各画地計算法の適用を検討する前提として,本件土地を全面的に調査する機会が与えられたにもかかわらず,必要な調査を行わなかった。

その結果,Eが必要な調査を行っていれば,本件土地が道路から最小でも約2.62メートルの高低差があり,さらに総面積に対するがけ地の割合は21.08パーセントであることは容易に判明したにもかかわらず,漫然とこれを見過ごし,本件土地の価格を是正する機会を失わせ,本件土地についての誤った価格の決定が維持されることになったというべきである。

(イ) 道路より低い画地の補正の適用について

事務取扱要領第2節第3の2(サ)(2)(甲7の35頁)は,「道路に沿接しているが,道路より低い位置にあるため,一般の宅地に比べて状況が不良であると認められる宅地については,その状況により附表11の補正率を適用して,前各項で算出した評点を補正することができる。」と規定し,その附表は道路より低い位置が50センチメートル以上である場合から補正を適用することができる旨定めている。

この道路より低い位置の画地の補正は,外の画地計算法に係る規定の文言と異なり「補正できる」と規定しているが,前述の評価基準及び事務取扱要領が定められた経緯,租税公平負担の原則及び租税法律主義の手続保障的側面からすれば,当該画地の道路との高低差が50センチメートル以上存在することで一般の宅地に比べて状況が不良であると認められる場合には,被告の市長としては,道路より低い画地の補正を行うという注意義務を職務上尽くすべきである。

そして,前記に認定したとおり,本件土地の道路との高低差は,東角境界付近で約4.68メートル(最大),北角境界付近で2.62メートル(最小)であり,かつ北東側道路にある正面玄関から本件土地に入るには階段を下りる必要があるところ,このような状況は必要な調査を行っていれば容易に判明したものであり,上記のような段差があり,かつ,本件土地に正面玄関から本件土地に降りるのに階段が必要であることからすれば,本件土地が道路より低い位置にあることで,一般の宅地より状況が不良であることは明らかであった。したがって,被告の市長としては,少なくとも最小の高低差である2.62メートルを認定し,道路より低い位置の補正の適用があると判断して,事務取扱要領別表附表11に定める2メートル以上4メートル未満の補正率0.85(甲7の43頁)を適用するという注意義務を職務上通常は尽くすべきであったのに,これを漫然と怠った過失があるといわざるを得ない。そして,このことは,被告の市長においても,平成15年度において,本件土地について道路より低い画地の補正を適用し固定資産価格の決定(修正)をし,平成3年度の固定資産税の過納付分を返還していることからも裏付けられているというべきである。

これに対して,被告は,本件土地は,北東側道路からみれば低い位置にあるものの,南西側道路からみれば決して低い位置にあるわけではないことから,「一般の宅地に比べて不良である」とは認められないと判断し,「道路より低い位置にある画地の補正」を適用しなかったと主張する。しかしながら,本件土地については,当該画地の一方のみが路線に沿接していることを前提としている奥行価格逓減割合法が適用されており,その結果南西側道路の存在は画地計算法上度外視されていること,事務取扱要領は,側方路線影響加算法の項(第2節第3の2(イ))において,「側方のみにかかる補正(例えば側方のみが道路より低い位置にある等)がある場合を除き,原則としてこの算出に当たってほかの補正は適用しないこととする。」と規定しており(甲7の20頁),この規定からすれば,道路より低い画地の補正は適用の可能性のある道路より低いか否かが問題となるのであって,他方の道路からの判断を前提とするものではないと解されることなどからすれば,被告の上記主張は,全く独自の見解であって,評価基準及び事務取扱要領に基づく運用とはいえず,被告の上記主張を採用することはできない。

さらに,被告は,道路より低い画地の補正については,鎌倉市内の特殊事情として,坂道が多々存在することから,「道路より低い位置にある画地の補正」は,2階部分から入らざるを得ないような場合に適用しているのであって,被告の市長としては,平成3年度の評価に当たり,画地計算の上では本件土地は一般の土地に比べて状況が不良ではないと判断した旨主張し,Eもこれに沿う供述をする。

しかしながら,鎌倉市内に坂道が多いとしても,事務取扱要領は,そのことを価格が低下する個別要因と考え,あえて評価基準にはない被告の市長による所要の補正として,道路より低い画地の補正を規定したものというべきであるから,被告の上記主張は事務取扱要領の態度と矛盾するものである。また,被告の主張する道路より低い画地の補正は2階部分から入らざるを得ないような場合にのみ適用されるとする根拠は,被告の事務取扱要領には規定されていないのであって,何ら明文上の根拠を有するものではないから,そのような行政慣行自体が存在したかどうか自体疑問の余地がある。仮に,そのような行政慣行が存在したとしても,それ自体,事務取扱要領に規定する補正要件をさらに加重するものであって,このような納税者に不利益を課する解釈を適用することは,租税法律主義の見地からは許されないというべきである。したがって,被告の前記主張を採用することはできない。

(ウ) がけ地補正について

評価基準(別表第3の8。甲6の23頁)は,「崖地等で,通常の用途に供することができないものと認定される部分を有する画地については,当該画地の総地積に対する崖地部分等通常の用途に供することができない部分の割合によって,『崖地補正率表』(附表8)を適用して求めた補正率によって,その評点数を補正するものとする。」とし,画地計算法としてがけ地の補正を規定し,事務取扱要領(第2節第3の1(2)(セ)。甲7の18頁)は,これを補完して,「法又は崖地とは,画地の一部又は全部が傾斜している部分をいい,傾斜度15度以上で,擁壁であれば2m以上,土羽であれば高さ0.6m以上の傾斜をいう」と定義している。前述の評価基準及び事務取扱要領が定められた経緯,租税公平負担の原則及び租税法律主義の手続保障的側面からすれば,被告の市長は,上記要件を満たす場合に,評価基準及び事務取扱要領に定める法又はがけ地の補正を行うという注意義務を職務上通常尽くすべきである。

そして,前記に認定したとおり,本件土地について必要な調査を行っていれば,本件土地の斜面1及び斜面2は斜度15度以上で高低差0.6以上であり,現況では宅地の用途に供することができず,がけ地と認められ,総面積に対するがけ地の割合は21.08パーセントであることが容易に判明し得るものであった。したがって,被告の市長としては,本件土地には,通常の用途に供することができないがけ地が存在し,そのがけ地割合を21.08パーセントと認定して,評価基準及び事務取扱要領別表附表8に規定されたがけ地面積割合20パーセント以上30パーセント未満に当たるとして補正率0.90を適用するという注意義務を職務上通常尽くすべきであったのに,これを漫然と怠った過失があるといわざるを得ない。そして,このことは,被告の市長においても,平成15年度において,本件土地について上記のがけ地補正(ただし,審査決定前の補正率は0.95)を適用した固定資産価格の決定(修正)をして,平成3年度の固定資産税の過納付分を返還していることからも裏付けられているというべきである。

これに対して,被告は,本件土地の当該「法又はがけ地」は,飽くまで広大な庭の一部であり,宅地としての利用の点からすれば,決してマイナスとして評価しなければならないものではなかったのであり,被告の市長としてがけ地補正を適用する必要がなかった旨主張し,Eもこれに沿う供述をする。しかしながら,被告が主張する「法又はがけ地」は,飽くまで広大な庭の一部であり,宅地としての利用の点からすれば,決してマイナスとして評価しなければならないものではなかったという判断基準自体,評価基準及び事務取扱要領に規定されておらず,何ら明文上の根拠を有するものではないのであって,そのような行政慣行自体が存在したかどうか自体疑問の余地がある。仮に,そのような行政慣行が存在したとしても,その内容は抽象的かつ多分に主観的要素の混入しうる判断要素を含んでいるのであって,評価基準及び事務取扱要領の制定趣旨と反するものである。また,上記行政慣行の内容自体,事務取扱要領に規定する補正要件をさらに加重するものであって,前述のように,このように納税者に不利益を課す解釈を採る行政慣行を適用すること自体,租税法律主義の見地からは許されないというべきである。したがって,被告の上記主張を採用することはできない。

(エ) 被告は,固定資産の評価については,平成6年度に「公示価格の7割とする」という大改革が行われているのであり,平成6年度以降における固定資産の評価の基準をもって,平成5年度以前の固定資産の評価の当否,適否を論じることは決してできないのであり,まして平成15年度の評価を基に,平成3年度の評価が誤っていると主張することは決してできないと主張する。

確かに,前記1(1)エに認定したとおり,平成6年度における固定資産税の評価換えとして,自治省においては,現行(当時)の評価基準は改正しないが,「評価基準の取扱について」を改正し,宅地の評価に当たっては,地価公示法による地価公示価格,国土利用計画法施行令による都道府県地価調査価格又は不動産鑑定士又は不動産鑑定士補による鑑定評価から求められた価格(鑑定評価価格)を活用することとし,これらの価格の一定割合(当分の間この割合を7割程度とする)を目途とすることが適当である旨通知したことが認められる。

しかしながら,前記1(1)エに認定したとおり,上記改正は,市街地宅地評価法を採っている状況類似地区において,標準宅地の鑑定評価価格に係る標準価格の7割をもって当該標準宅地に係る主要な街路の路線価を付設するというものであって,画地計算法の適用については何ら言及するものではないこと,被告は,平成6年度の上記改革によって画地計算法を積極的に活用することとした旨主張するが,そのような具体的な指示自体もなく,かつ,そのような申合せを裏付けるものは書面としては存在しないこと(F調書11頁),そもそも画地計算法の適用要件に該当する事実が認められる場合には,評価基準及び事務取扱要領に基づいて所要の補正を適用しなければならないのであって,被告の主張するような従前補正の適用に消極的であったという納税者に不利益な行政慣行の存在自体,租税法律主義の観点からは許容されるべきものではないことなどからすれば,被告の上記主張を採用することはできない。

(オ) 被告は,「ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは,のちにその執行が違法と判断されたからといって,ただちに右公務員に過失があったものとすることは相当でない」とする最高裁昭和46年6月24日第一小法廷判決・民集第25巻4号574頁を引用した上で,本件のような土地の評価(価値判断)について,事後的に誤りがあると認定された場合にも上記判例は妥当し,本件においても国家賠償法上の過失は問題とならない旨主張する。

しかしながら,本件は前記に認定したとおり,被告の市長又はその補助者である被告の職員が,本件土地について必要な調査を怠り,また,その是正の機会をもあえて利用しなかった結果,適用すべき画地計算法の補正が行われなかったというものであって,単なる価値判断の問題ではないこと,被告の市長の固定資産評価は評価基準及び事務取扱要領に拘束され,画地計算法の適用に当たって価値判断を入れる余地は極めて制限されていることなどからすれば,上記判例と本件は事案を異にしていることは明らかであり,被告の上記主張を採用することはできない。

(カ) 被告は,原告らが,平成3年度の本件土地の固定資産価格の決定(修正)通知書を受領して審査の申出ができる旨の教示を受けていながら審査委員会に対し審査の申出をしていないのであり,平成3年度の本件土地の価格4383万1749円はまさに適法に確定しているのであり,被告の職員の不作為を原告らに対する関係で違法と評価することはできないと主張する。

しかしながら,本件は,固定資産価格の決定の効力自体を争うものではなく,固定資産価格の決定の誤りが違法であることを理由として,これと相当因果関係のある損害の回復を求める国家賠償請求であり,審査委員会決定の取消訴訟とは制度の趣旨,目的が異なるものであるから,原告らが審査委員会に対し審査の申出をしないで固定資産価格の決定が確定したとしても,本件は単に被告の市長の決定した固定資産価格が過大であったというだけではなく,前記認定のとおり本件の固定資産価格の決定の誤りは,被告の市長が職務上通常尽くすべき注意義務を漫然と怠ったことによるものであり,その過失は重大なものといえるから,被告の市長の行為は国家賠償法上は違法といわなければならず,被告の上記主張は失当である。

(キ) 不作為の過失について

被告は,原告らの主張する違法は不作為の不法行為をいうものであるとした上で,「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である」とする最高裁平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁を引用し,本件のような場合においても,原告A,原告B及び亡Cには審査委員会に対する審査の申出が認められていたことを考えれば,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに該当せず,被告には不法行為が成立しないと主張する。

しかしながら,原告らの主張する違法及び前記に認定した被告の過失は,単純な不作為の不法行為をいうものではないこと,上記判例と本件とは事案を異にするものであるから,被告の上記主張を採用することはできない。

エ 小括

以上によれば,被告の市長は,評価基準及び事務取扱要領に従い本件土地の固定資産価格の評価を適切に行うべき義務があるところ,本件土地について必要な調査を怠り,また,原告Aから被告の職員に対して本件土地の調査の申出があり,その是正の機会があったにもかかわらずあえてこれを利用しなかった結果,評価基準及び事務取扱要領に規定された道路より低い画地の補正及びがけ地補正を適用するという職務上通常尽くすべき注意義務を漫然と怠った過失が認められる。他方で,本件全証拠によっても,被告の市長において,評価基準が定める評価の方法によることができない特別の事情は認められないから,上記過失に基づく被告の市長の本件土地に係る固定資産価格の決定には,国家賠償法上の違法性が認められる。

そして,固定資産税の課税標準は,固定資産の価格であり,画地認定法の誤りが固定資産税額の誤りに直結すること及びEの本件土地の調査に明らかな事実の見落としが認められる本件においては,被告の市長の上記過失は重大なものといわざるを得ない。

(2)  争点(2)(損害額)について

ア 原告らは,平成3年11月11日を申告期限とする亡甲の相続税の納付について,本件土地が財産評価基本通達において倍率方式の土地であり,被告の市長が決定した固定資産価格の5.9倍をもって相続財産評価額となるため,被告の市長の過誤による固定資産価格決定の結果,過大な相続税の納付を余儀なくされたと主張する。

イ 後掲証拠及び前記1の認定事実等を総合すれば,以下の事実が認められる。

(ア) 平成3年11月7日,原告A,原告B及び亡Cを含む亡甲の相続人は,同人の相続財産につき相続税の申告を行ったが,本件土地の評価額については,前記平成3年度固定資産価格等決定通知書(甲1の22丁)に記載された本件土地価格4383万1749円に基づき,本件土地が相続税法にいう倍率調整区域であり,同倍率が5.9倍であることから,上記価格を5.9倍した2億5860万7319円が相続税法上の評価額とされ,さらに租税特別措置法の小規模宅地等の特例の適用により2028万4199円を減額した上で,課税価格に算入する価格は2億3832万3120円とした(甲1)。

その後,平成4年12月3日,原告らを含む亡甲の相続人の間で,遺産分割協議が成立し,本件土地については原告Aが相続することとなり,その代償分割金として,原告Aは,乙に対して1億1500万円,丙に対して7500万円を支払うこととなった。上記遺産分割協議の結果,各人の相続割合に異動が生じたため,同月4日,相続税の修正申告を行った。また,新たに相続財産として現金預貯金等が加えられたことから,亡甲の相続財産の総額は5億3050万6369円であったものが5億4510万6369円に増加し,相続税総額は1億5555万2600円となったが,他方で上記遺産分割協議により相続人各人の相続割合に異動が生じたことから,乙の申告相続税額は2万9500円,亡Cの申告相続税額は1882万1800円,原告Bの申告相続税額は3982万1400円,原告Aの申告相続税額は1446万6300円,丙の申告相続税額は2286万6200円,原告Dの申告相続税額は2258万6200円となった(甲2の1,2,甲2の3の1,2)。なお,上記修正申告においても,本件土地の課税価格算入額は2億3832万3120円であった。

(イ) 次に,前記(1)に認定したとおり,被告の市長には,平成3年の本件土地の評価について,職務上通常尽くすべき注意義務を漫然と怠り適用すべき画地計算法を適用しなかった違法行為があるが,前記1の事実等によれば,評価基準及び事務取扱要領に基づき適用すべき画地計算法を適用し,平成3年当時の固定資産価格を算定すると以下のとおりとなる。

① 本件土地は,登記地目及び現況地目は宅地である。地積は1274.92平方メートルであり,都市計画の区域区分は市街化調整区域に当たるが,状況類似地域の用途地区は高級住宅地区であり(甲21),評価基準及び事務取扱要領にいう市街地宅地評価法の適用を受ける土地である。

② 平成3年当時の本件土地に沿接する道路の路線価(評価基準及び事務取扱要領に定める市街地宅地評価法にいう路線価)は,北東側道路の3万8200円であった(甲4,甲15)。

③ 本件土地に適用されるべき画地計算法は,がけ地補正率0.90,道路より低い画地の補正率0.85,本件土地の奥行きは48.47メートルとするのが相当であって,奥行価格逓減割合法による補正率は平成3年当時の事務取扱要領別表附表1に定める47.2メートル以上49.0メートル未満の0.90となる。

上記①ないし③をもとに,計算すると補正率の積は0.688となる(補正率の積は,小数点第3位未満切捨てとする0.90×0.85×0.90=0.688)。

そうすると,平成3年度における本件土地の適切な固定資産価格は3350万6937円となる(甲3の2の1)。

(3万8200円×0.688(補正率の積)×1274.92m2=3350万6937円)

さらに,この固定資産価格を基に,相続税の課税価格に算入される本件土地の価格を算出すると,本件土地は5.9倍の倍率を採用する土地であるから,上記固定資産価格3350万6937円に5.9倍を乗じた1億9769万0928円がその価格となるが,本件土地は租税特別措置法69条の3第1項及び第2項の規定による小規模宅地等についての相続税の課税計算の特例の適用を受けるから,本件土地の面積のうち小規模宅地等として200平方メートルを選択した結果,課税価格の計算に当たって1550万6143円が減額され,課税価格に算入される本件土地の価格は,1億8218万4785円となる(甲3の6)。

(ウ) 原告A,原告B及び亡Cの適切な相続税額

上記価格をもとに,原告A,原告B及び亡Cの適切な相続税額を算定すると,本件土地の課税価格に算入される価格が当初の2億3832万3120円から1億8218万4785円へと減額され,その結果,亡甲の被相続人らの取得財産価格の合計は,4億8896万8034円となり,そこから債務及び葬式費用を差し引いた4億5396万9000円(1000円未満切捨て)が,相続税の課税価格となり,相続税総額は1億2878万5600円となる(甲3の6)。

① 原告Aの適切な相続税額

原告Aの取得財産の価格であるが,前記のように本件土地の課税価格に算入される価格が1億8218万4785円へと減額されることから,乙及び丙に対する代償分割金の合計額が取得価格より多額となった結果,取得財産の合計価格としては690万7220円のマイナスとなる。さらに,債務及び葬式費用の価格として197万3667円が認められるが,相続税の計算としてマイナスの課税価格は0円と扱われることから,原告Aの取得財産にかかる課税価格は0円となる。その結果,原告Aの課税価格が全相続人の取得財産に係る課税価格に占める割合は0となるから,適正な相続税額も0円となる(相続税法17条,甲3の7)。

② 原告Bの適正な相続額

原告Bの取得財産の価格は1億6377万8283円であり,これから債務及び葬式費用の金額3302万3667円を差し引いた1億3075万4000円(1000円未満切捨て)が原告Bの取得財産に対する課税価格となる。そして,上記原告Bの課税価格の,全相続人の取得財産に係る課税価格の総額(なお,この取得財産にかかる課税価格の総額が亡甲の相続財産に係る課税価格の総額と一致しないのは,本件土地の評価額が代償分割金額より低下したことによる。)に占める割合は0.2824となるところ,これを相続税総額に乗じた結果得られる3636万9000円(100円未満切捨て)が,原告Bの適正な相続税額となる(相続税法17条,甲3の7)。

③ 亡Cの適切な相続税額

亡Cの取得財産の価格は6177万2589円であり,6177万2000円(1000円未満切捨て)が原告Cの取得財産に対する課税価格となる。そして,上記原告Cの課税価格の,全相続人の取得財産に係る課税価格の総額に占める割合は0.1334となるところ,これを相続税総額に乗じた結果得られる1717万9900円(100円未満切捨て)が,原告Cの適正な相続税額となる(相続税法17条,甲3の7)。

(エ) 原告A,原告B及び亡Cの損害

したがって,原告A,原告B及び亡Cは以下のように,相続税を過納付し,損害を被った。

① 原告A

納付相続税額 1446万6300円

適正相続税額 0円

過大納付分 1446万6300円

② 原告B

納付相続税額 3982万1400円

適正相続税額 3636万9000円

過大納付分 345万2400円

③ 亡C

納付相続税額 1882万1800円

適正相続税額 1717万9900円

過大納付分 164万1900円

(3)  争点(3)(因果関係の有無)について

ア 被告の主張等

上記(2)のとおり,原告A,原告B及び亡Cには,その主張のとおりの損害が認められるところ,被告は,相続税については申告納税制度が採用されており,かつ,相続税法上の土地の課税価格は飽くまで「時価」であり,倍率方式が採用されている土地であっても,固定資産税の価格が絶対的意味を持つものではないこと,原告らは,平成3年11月7日,本件土地の相続税法上の価格(評価額)について,本件土地の固定資産税の価格4383万1749円に倍率5.9倍を乗じた2億5860万7319円が適切,妥当であると判断して相続税の申告を行ったものであることなどから,本件土地の評価の見直しと,相続税の申告,納税とは法的因果関係を有するものではないと主張する。

固定資産税と相続税とは,地方税法と相続税法という別個の法律によって評価方法が定められ,評価権者自体も異なるものであるから,前記原告らの損害と被告の市長の過失との間に相当因果関係が認められるかどうかを検討する必要がある。

イ 相続税に関する法規

相続税とは,相続により被相続人から相続人に移転する財産を対象として行う課税である。すなわち,相続又は遺贈により財産を取得した個人は,相続又は遺贈により取得した財産の全部に対し相続税が課され(相続税法2条),その者が相続税の納税義務者となるのであり(同法1条),納税義務者は法定された期限までに相続税の申告書を提出するという申告納税制度が採られている(同法27条)。

相続税法22条は,特別の定めのあるものを除くほか,相続,遺贈又は贈与により取得した財産の価額は,当該財産の取得の時における時価によって評価することとしているが,これを受けて国税庁長官が国税局長に発した相続税財産評価に関する基本通達(昭和39年4月25日直資56(例規)直審(資)17。なお,平成3年12月18日付通達により「財産評価基本通達」に題名が改正された。甲23,24の1,2)は,相続税の課税価格の基礎となる財産の評価に関する基本的な取扱いを規定し,相続税法にいう時価とは,課税時期において,それぞれ財産の現況に応じ,不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい,その価額は,この通達によって評価した価額によるとしている(財産評価基本通達1(2))。すなわち,課税対象財産の客観的交換価値は,必ずしも一義的に確定されるものではなく,これを個別的に評価することも可能ではあるが,評価方法等により異なる評価額が生じたり,課税庁の事務負担が重くなり,課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあるため,課税実務上は,財産評価の一般基準が財産評価基本通達により定められ,これにより定められた評価方法によって画一的に財産評価を行うこととしたものである。

そして,財産評価基本通達は,宅地の評価について,市街地的形態を形成する地域にある宅地は路線価方式により,それ以外の宅地は倍率方式によって行うとしている(同通達11)。倍率方式とは,固定資産税評価額に国税局長が一定の地域ごとにその地域の実情に即するように定める倍率を乗じて計算した金額によって評価する方式をいい(同通達12,(平成3年改正後同通達21),以下「倍率方式」という。),倍率方式により評価する宅地の価額は,その宅地の固定資産税評価額に地価事情の類似する地域ごとに,その地域にある宅地の売買実例価額,精通者意見価格等を基にして,国税局長の定める倍率を乗じて計算した金額によって評価するとされる(同通達21,平成3年改正後同通達21-2)。平成3年から平成5年における相続税等については,平成3年度の固定資産税評価額が基準年度となる(甲24の2)。

ウ 相当因果関係の有無

(ア) 被告は,相続税法上の土地の課税価格は,飽くまで「時価」であり,上記相続税財産評価基本通達は,事務処理の円滑化のために定められたものにすぎず,倍率方式が採用されている土地であっても,固定資産税の評価額が絶対的意味を持つものではないのであって,財産評価基本通達と異なる算定による価格の主張をなすことは許されると主張する。

通達とは,行政の運営上,租税法規の解釈適用の基準を示し,もって行政の統一を図ること目的として,上級行政庁から,下級行政庁に対して発する命令又は指令であり,直ちに納税義務者に対し法規としての拘束力を有するものではない(最高裁昭和38年12月24日第三小法廷判決・裁判集民事70号513頁)。

他方で,租税法律主義の原則の下においては,課税要件等は法律で定められることとなっているが,これらの法律の具体的適用に当たっては,解釈上の疑義を生じることも少なくない。このような場合,各税務署ごとに独自の判断で租税法規を解釈,適用することとなると,租税公平負担の原則に反することとなりかねず,国税庁が通達を発し,法律の解釈を示し,租税行政の統一を図る必要性は高いというべきである。

その結果,租税行政は通達に依拠して行われることとなり納税者もこれに従って納税を行うように指導,助言されることとなるから,通達は単に下級行政庁を拘束するだけでなく,納税者に対しても,これを基準として課税が行われているという予測又は信頼を与えているということができる。そして,納税者の側で特段争わない限り,租税に関する問題は通達に従って処理されることとなる。

前述のように,財産評価基本通達は,相続税の課税価格の基礎となる財産の評価に関する基本的な取扱いを規定し相続財産の取得価格の時価の算出方法を規定しているが,同通達に定められた評価方法によって画一的な評価を行う課税実務上の取扱いは,納税者間の公平,納税者の便宜,徴税費用の節減という見地からみても合理的であり,一般的にはこれを形式的にすべての納税者に適用して財産評価を行うことは,租税負担の実質的公平をも実現することができ,租税平等主義にかなうものというべきである。

そうすると,相続税法22条が,相続財産の取得価格は時価によって評価すると規定しているとしても,特段の事情がない限り,財産評価基本通達に定められた評価方法により相続取得財産の時価が算定されることになり,納税者も,財産評価基本通達による評価方法によることが,相続税の目的に反し,実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるなどの特別の事情が存在しない限り,事実上,財産評価基本通達に従って行動することが期待されているというべきである。

(イ)① 前記認定事実のとおり,財産評価基本通達によって,本件土地についても倍率方式が適用され,原告A,原告B及び亡Cもこのような財産評価基本通達を踏まえて,平成3年度の固定資産価格である4383万1749円に所定の倍率である5.9倍を乗じた金額である2億3832万3120円(ただし小規模宅地等の特例の適用により2028万4199円を減額した額)を取得財産額と評価して申告したものであることが認められるが,他方で,本件全証拠によっても,財産評価基本通達に規定された倍率方式によることを妨げる特段の事情は認められない。そうすると,本件において,原告A,原告B及び亡Cらは,財産評価基本通達を踏まえ,被告の市長が決定した平成3年度の固定資産価格に5.9倍の倍率を乗じた前記金額を,取得財産の時価として申告せざるを得なかったというべきである。

② ところで,定評ある固定資産評価基準の解説書とされている「自治省固定資産税課編 固定資産評価基準解説 土地編」の7頁には,相続税等における評価方法として倍率方式が記載されており(甲19の1),また,前記認定事実によれば,市町村の固定資産評価作業に従事する一般的な職員であれば,相続税において倍率方式が採用されていることを認識し得たこと,平成6年における固定資産価格が公示価格の7割とされたのは,土地基本法16条の趣旨を踏まえ,相続税評価との均衡に配慮した結果であり(前記1(1)エ),固定資産の価格の決定が相続税の評価と事実上関連していることは周知の事実であったことなどが認められる。

これらの事情からすれば,市町村の固定資産評価作業に従事する一般的な職員であれば,固定資産の評価が相続税の課税価格に影響を及ぼすことは予見可能であったというべきである。

③ また,前記認定事実によれば,本件土地の評価に当たったEにおいても,原告Aは,Eの指示に従って,土地調査申請書の申請理由欄に「相続税額算出のため」と記載して提出したこと,この申出に基づき評価の見直しのためにEは本件土地の現地調査を一応行ったこと,Eは相続税の申告において倍率方式が採用されていることを認識していたことが認められ,本件土地の評価を誤れば,相続税の課税価格に影響を及ぼすことは十分に予見していたと認めることができる。

④ 前記に認定したとおり,Eが本件土地について必要な調査を行わず,その結果として,被告の市長が適用すべき画地計算法を適用しなかったという過失は,固定資産価格という課税標準に直結するものであったことが認められる。

(ウ)  上記①ないし④に認定した事情を総合すれば,相続税が申告納税制度を採っていることを根拠に法的因果関係を否定する被告の主張を採用することはできず,加えて,固定資産税と相続税とは,地方税法と相続税法という別個の法律によって評価方法が定められ,評価権者自体も異なるものであるとしても,本件事実関係の下においては,平成3年当時被告の市長としては,本件土地に係る固定資産価格について誤った評価を行えば,その後に行われる相続税の課税価格に影響を及ぼし,原告A,原告B及び亡Cらが適正な相続税額を納付することができないことは,十分に予見し又は予見することが可能であったといえるから,被告の市長の前記過失と,原告らが被った前記相続税の過納付の損害との間には,相当因果関係が認められるというべきである。

したがって,被告の前記主張を採用することはできない。

(4)  争点(4)(消滅時効の成否)について

ア 以上のように,原告の主張する請求原因事実についてはいずれも認められるところ,被告は,被告の市長が本件土地の価格を修正し,これを通知した平成3年7月時点で,原告らにおいては民法724条にいう「損害及び加害者を」知ったことになる旨を主張し,原告らの損害賠償請求権について消滅時効を援用する。

民法724条にいう被害者が「加害者を知った時」とは,同条で時効の起算点に関する特則を設けた趣旨にかんがみれば,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知つた時を意味するものと解するのが相当であり(最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決・第27巻10号1374頁参照),また,被害者が「損害を知ったとき」とは,単に加害行為により損害が発生したことを知っただけではなく,その加害行為が不法行為を構成することをも知ったときとの意味に解するのが相当である(最高裁昭和42年11月30日第一小法廷判決・裁判集民事89号279頁参照)。

前記認定事実によれば,平成3年7月1日,被告の市長は,前記山林地及び本件土地について,固定資産価格を修正する旨の通知を原告Bに対し送付して通知し,そのころ原告Aもこれを知ったこと,上記通知書の右上部には,地方税法第432条1項に基づく鎌倉市固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができること,この税額の決定(更正)に対しては,行政不服審査法第4条の規定により,市長に対して異議申立てをすることができることなどが記載されていたことが認められるが,原告らは平成3年7月1日に修正された固定資産価格に不満を抱いていたとしても,それを一応適切なものであるとして相続税の申告をしていたのであって,これらの状況からは,この時点において,原告らが,被告の市長に固定資産評価を誤ったという過失があり,それが国家賠償法上の違法行為を構成するものであると認識していたとはいえず,その他本件全証拠によっても被告の市長に国家賠償法上の違法行為があったと認識していたと認めることはできないから,被告の上記の消滅時効の主張を採用することはできない。

これに対し,被告は,被告の市長が平成3年7月1日付で送付した固定資産価格を修正する通知書(甲1の22丁)の右上部には,地方税法第432条1項に基づく鎌倉市固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができること,この税額の決定(更正)に対しては,行政不服審査法第4条の規定により,市長に対して異議申立てをすることができることなどが記載されていたことことから,原告らは権利行使が可能であったのであり,消滅時効が成立すると主張する。

しかしながら,これらの地方税法の審査申出及び行政不服審査法の異議申立ての機会を有していたとしても,直ちに国家賠償法上の権利行使が可能であったということはできないのであるから,被告の上記主張を採用することはできない。

イ 前記認定事実によれば,本件において,原告Aが,被告の市長の価格決定が国家賠償法上の違法行為を構成すると認識したのは,早くとも平成15年5月に本件土地について調査を申請し,その後に現地調査が行われた結果,F係長から平成3年に行った前回の調査では,がけ地補正及び道路より低い画地の補正を行うべきところ,その見落としがあったとして,固定資産価格を修正し5年分の過納付固定資産税を還付すると告げられた同年6月2日であったというべきである。したがって,民法724条にいう消滅時効はいずれにしても成立しておらず,被告の主張を採用することはできない。

(5)  以上の次第であるから,被告の市長には,本件土地について適用すべき画地計算法の適用を誤って固定資産価格を決定した過失が認められ,公権力の行使に当たる公務員である被告の市長の違法行為により,原告A,原告B,亡Cはこれと相当因果関係のある相続税の過納付の損害を被ったのであるから,被告は,原告Aに対し1446万6300円,原告Bに対し345万2400円,亡Cの相続人である原告Dに対し164万1900円及びこれらに対する平成3年11月12日(亡甲の相続税の申告期限の翌日であり,遅くともこの日を不法行為の日であると認定することができる。)から年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

第4結論

したがって,本訴請求は理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担につき民訴法61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,仮執行の免脱の宣言につき同条3項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三木勇次 裁判官 本多知成 裁判官 小西圭一)

別表1

年度

修正前固定資産価格

修正後固定資産価格

修正前固定資産税額

修正後固定資産税額

返還金額

平成15年

173,261,628円

141,304,483円

409,700円

331,900円

平成14年

175,556,484円

143,176,065円

399,800円

324,000円

75,800円

平成13年

181,293,624円

147,855,022円

399,000円

323,300円

75,700円

平成12年

191,620,476円

156,277,143円

389,500円

315,600円

73,900円

平成11年

208,831,896円

170,314,012円

380,100円

308,100円

72,000円

平成10年

214,569,036円

-

363,619円

293,319円

70,300円

平成9年

221,453,604円

-

346,304円

279,352円

67,000円

平成8年

247,385,476円

-

329,813円

266,049円

63,800円

平成7年

247,385,476円

-

314,108円

253,380円

60,800円

平成6年

247,385,476円

-

292,193円

235,703円

56,500円

平成5年

43,831,749円

-

265,630円

214,275円

51,400円

平成4年

43,831,749円

-

252,981円

204,071円

48,900円

平成3年

43,831,749円

-

240,934円

194,354円

46,600円

返還金合計

762,700円

別表2

年度

修正前固定資産価格

修正後固定資産評価額

(返還金算出基本額)

修正前固定資産税額

修正後固定資産税額

既返還額

返還金額

平成15年

141,304,483円

132,448,888円

331,900円

314,900円

-

-

平成14年

143,176,065円

134,203,178円

324,000円

307,400円

75,800円

16,600円

平成13年

147,855,022円

138,588,903円

323,300円

306,800円

75,700円

16,500円

平成12年

156,277,143円

146,483,208円

315,600円

299,500円

73,900円

16,100円

平成11年

170,314,012円

159,640,382円

308,100円

292,400円

72,000円

15,700円

平成10年

214,569,036円

164,026,107円

363,619円

277,900円

70,300円

15,400円

平成9年

221,453,604円

169,288,977円

346,304円

264,700円

67,000円

14,600円

平成8年

247,385,476円

189,112,453円

329,813円

252,100円

63,800円

13,900円

平成7年

247,385,476円

189,112,453円

314,108円

240,100円

60,800円

13,200円

平成6年

247,385,476円

189,112,453円

292,193円

223,300円

56,500円

12,300円

平成5年

43,831,749円

33,506,937円

265,630円

203,000円

51,400円

11,200円

平成4年

43,831,749円

33,506,937円

252,981円

193,300円

48,900円

10,700円

平成3年

43,831,749円

33,506,937円

240,934円

184,100円

46,600円

10,200円

返還金

合計

166,400円

注1 平成15年から11年についての「修正前」の数値は,平成15年7月1日に修正したものによる。

注2 平成10年から3年についての「修正前」の数値は,当時のものによる。

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