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横浜地方裁判所 平成16年(行ウ)23号 判決 2006年3月15日

原告

X1

X2

原告ら訴訟代理人弁護士

渡辺春己

山森良一

被告

神奈川県公安委員会

同代表者委員長

小沢一彦

同訴訟代理人弁護士

金子泰輔

同指定代理人

陶山和美

小山晃伸

寺澤陽公

髙橋義男

加藤謙二

北村正

岩木義信

三浦真由美

千葉武士郎

主文

1  被告が原告X1に対して平成15年10月8日付けでした、原告X1の散弾銃の射撃教習を受ける資格の認定申請を却下する旨の処分(神奈川県公安委員会指令第769号)を取り消す。

2  被告が原告X2に対して平成15年10月8日付けでした、原告X2の散弾銃の射撃教習を受ける資格の認定申請を却下する旨の処分(神奈川県公安委員会指令第770号)を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第7 当裁判所の判断

1  本件の事実関係

前記基礎となる事実に〔証拠略〕と弁論の全趣旨を合わせると、次の事実を認めることができる。

(1)  原告X1とAとの関係

ア  a社代表取締役への就任

原告X1は、高校を卒業後、最初の2年余りは厚木市周辺で、次いで南足柄市周辺で塗装関係の仕事をしていた。

そうしていた平成3年ころ、原告X1は、学校の先輩からAを紹介された。Aは、原告X1に会社の代表者に就任しないかという話を持ちかけ、原告X1は、出資等の経済的負担はないという好条件であったこともあって、これを承諾し、平成4年3月3日、a社の代表取締役に就任した。

イ  a社での勤務状況等

a社は、少なくとも表面上は、塗装業を営み、原告X1はその現場の責任者として働き、a社の事務所となっていた小田原市栢山〔番地略〕所在のbハイツ〔番号略〕号に住み込んだ。Aは現場で働くことはなく、営業等を担当していたが、それ以外にどのような活動をしていたのかは不明である。

平成4、5年ころ、a社の従業員であったBは、親とともに松田警察署に呼び出され、a社の事務所は暴力団の事務所であると指摘されたことからa社を辞めた。

原告X1は、Aが暴力団員であるという噂を聞くなどして、遅くとも、a社に勤務してから半年後(平成4年9月ころ)には、Aが暴力団員であり、a社の事務所がその事務所を兼ねていることを知った。また、原告X1は、Bの母親から、a社が暴力団に関係しているので、息子は辞めさせると言われたこともあった。

原告X1は、遅くとも平成5年9月ころには、a社を辞め、事務所からも退去した。

ウ  a社退社後の稼働状況

原告X1は、a社を辞めた後、cリフォームの商号を用いて個人で塗装業を始めることとして、平成5年9月ころには実際に業務を開始した。原告X1は、同月には帳簿の作成を始め、平成6年1月には消費税試算表の作成も始めた。

その後、原告X1は、平成10年8月12日、d塗装を設立して代表取締役に就任し、平成13年5月10日、e管理を設立して代表取締役に就任した。

d塗装は、平成12年10月19日付けで神奈川県知事から建設業の許可を受け、現在では地方公共団体の公共入札にも参加しており、従業員(役員を含む。)は、d塗装が10名でe管理が6名である。

d塗装の売上高は、平成14年9月1日から平成15年8月31日までが8億4647万1576円、同年9月1日から平成16年8月31日までが8億1048万9881円であった。e管理の売土高は、平成14年5月1日から平成15年4月30日までが6億8049万5426円、同年5月1日から平成16年4月30日までが3億5673万0416円であった。

(2)  補足説明

ア  原告X1がa社で働くようになった経緯等について

原告X1がAとともにa社の名前で塗装業を営むようになった経緯については、原告X1においてAから勧誘されたと述べている(〔証拠略〕)だけで、必ずしも判然としないところもあるが、原告X1が、当初からAが暴力団員であることを承知の上でa社で働き始めたとまで認めるべき的確な証拠はない。この点に関しては、Aが、何故、当時22、3歳の若者であり、格別昔からの知り合いであったわけでもない原告X1を正式な登記までしてa社の代表者にしたのか、また、同原告がそれを承知したのかは、上記のとおり、本件証拠上必ずしも判然としないが、折から暴対法の施行を控えて、暴力団員であるAがその関係した会社であることを隠すために原告X1を利用した可能性が高い。

しかし、いずれにしても、原告X1は、遅くとも働き始めて半年後くらいにAが暴力団員であり、自分が寝泊まりしているbハイツ〔番号略〕号がその事務所を兼ねていることも知ったのであり、その後1年程度はAと共同でa社としての仕事をしていたことは前記認定のとおりである。

上記の間、Aがa社としての塗装業のほかに何をしていたのかは不明であるが、原告X1が上記塗装業のほかに、Aの暴力団としての活動等を手助けしていたような形跡はないし、その寝泊まりしていた事務所(bハイツ〔番号略〕号)に暴力団関係者が頻繁に出入りしていたような様子もうかがえない。

なお、被告は、原告X1が上記bハイツ〔番号略〕号に寝泊まりしていた当時、同所には暴力団fの看板が掲げられていたかのように主張するが、その根拠となっている小田原警察署生活安全第一課の巡査部長作成の報告書(〔証拠略〕)によれば、上記看板が掲げられていたというのは平成9年か10年ころまでのことのようであり、〔証拠略〕に照らすと、その時分までa社が賃借していたことさえ定かでない。そして、原告X1はそのような看板は見たことはない旨供述し、証人Bも事務所には暴力団との関係をうかがわせるようなものはなかったと証言していること、また、Bは松田警察署から呼び出されて、a社が暴力団関係の会社であると告げられたために同社を辞めていることからすれば、原告X1がa社で働いていた当時、bハイツ〔番号略〕号に被告主張のような看板が掲げられていたとの事実は認定できない。

イ  原告X1がa社を辞めた後の経緯等について

原告X1が、平成5年9月21日にbハイツ〔番号略〕号から住民票を移動させていること、そのころからa社とは独立に、cリフォームの名称で塗装業を営み、その後順調に業績を伸ばして、平成10年にはd塗装を、平成13年にはe管理を設立してそれぞれの代表取締役に就任したことは前記認定のとおりである。

原告X1がa社を辞めた理由は客観的には明らかでないが、上記のような経緯に照らすならば、平成5年9月ころ以降において、原告X1とa社なりAとの間で親密な関係が継続していたようにはうかがえない。

これに対して、被告は、a社の登記上は、原告X1が平成9年5月23日まで代表取締役であったとし、そのころまで原告X1は代表取締役として暴力団の維持、運営に協力又は関与していたかのように主張するが、登記面のことはともかく、具体的にその関与を示す証拠は存在しない。そして、上記登記のことに関しては、原告X1は辞任登記のことまで気が回らなかった旨供述しているところであり、この供述は同原告が当時23、4歳の若者で、余りこのような手続に通じていなかったと推測されることからすれば、あながち理解できないことでもない。

2  争点1(原告X1に対する本件処分の違法性)について

(1)  原告X1に対する本件処分の理由

被告は、原告X1については、大要、<1>平成4年3月3日から平成9年5月23日までの間、a社の代表取締役として登記されていたこと、<2>その間、原告X1とともに同社の取締役に就任していたAは暴力団員であること、<3>平成4ないし5年ころ、原告X1はa社の事務所を住所と定め、寝泊まりしていたこと、<4>同事務所にはa社とともに暴力団fの看板が掲げられ、暴力団関係者が出入りしていたこと、さらには、<5>一度目の申請を取り下げた際、原告X1は暴力団員と親交があったことを認めていたこと等の事情があり、同原告は、暴力団の事務所に常時出入りしていたほか、暴力団関係企業の代表取締役として暴力団の維持、運営に協力又は関与することなどによって当該暴力団と親密な交友があったものであり、所要の調査を行っても、同原告と当該暴力団との関係が断たれているという明確な事実関係を認めることができなかったから、被告が、同原告について、銃刀法5条1項10号に定める欠格事由があるとした判断に裁量権の逸脱、濫用はない旨主張する。

そして、原告X1に対する本件処分に係る異議申立てに対する決定書(〔証拠略〕)にも上記と同趣旨の記載があるから、上述したところが同処分の理由であると認められる。

(2)ア  原告X1に対する本件処分の理由は、上記のことからすれば、結局のところ、同原告が過去において暴力団員と親交があり、その関係企業の代表取締役となっていたということに、ほぼ尽きるものと認められる。

イ  しかし、上記決定書でも触れているが、一度目の申請のときから、原告X1は過去に暴力団員とのつきあいがあったことは認めているものの、それは10年以上も前のことであり、それ以降は当該暴力団と関係を持っていないとして本件の申請に及んでいるのであり、この間の事情は被告もC課長作成の報告書(〔証拠略〕)を見るなどして承知していたはずである。

そして、もともと、原告X1が銃刀法5条1項10号所定の欠格事由に該当するか否かは、射撃教習資格の認定判断がされた時点で、原告X1が同号にいう「集団的に、又は常習的に暴力的不法行為その他の罪に当たる違法な行為で国家公安委員会規則で定めるものを行うおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」に該当するか否かの判断であるはずである。

そうであるとすれば、被告の上記判断においては、過去における暴力団との関係というものの実態がどのようなものであったのか、その後関係を絶っているという原告X1の申立てが信用できるのかといったことが判断の中心となるべきであって、そのためには、上記判断の時点で原告X1がどのような交友関係を有し、どのような仕事をし、また、どのような家庭生活を送っているのかといった原告X1を取り巻く具体的な状況を調査、検討する必要があるが、被告のした上記判断においては、このような具体的な事情を検討した形跡が全くうかがえない。

証人Cは、原告X1の生活状況や、Aとの関係が絶たれたかどうか等についても所要の調査はしたと証言するが、具体的に何を調査したのかは不明であるし、その成果が証拠として提出されているわけでもない。また、被告は原告X1については暴力団と完全に袂を分かったとの事実は明らかにならなかったと主張するが、上記のような諸事情の調査が行われていないとすれば、そのようなことが明らかになるはずもない。

そして、被告において、原告X1から、a社時代あるいはその後のAとの関係、申請時における交友関係、仕事関係、家族関係等の事情を具体的に聴取し、関係資料の提出を求める等しておれば、前記1において認定し、説明した事情からすれば、原告X1とAとの関係が仕事上のものであり、Aに利用された可能性があること、その後、原告X1がd塗装やe管理の経営者として活躍している等の事情も判明し、被告の前記判断が変わった可能性も否定はできない。

ウ  被告は、暴力団の実情等から、申請者が暴力団と密接に関連していた具体的事実が明らかとなっている場合は、その後、同組織と完全に挾を分かった事実が明確にならない限りは、現在においても依然として暴力団と密接に関連していることが強く推認されると主張する。

しかしながら、被告が主張していることは、「暴力団と密接に関連していた具体的事実」とか、「組織と完全に袂を分かった事実が明確になる」とはどのようなことをいうのかが明らかでない限り、あまり意味のあるものではない。

この点に関して、証人Cは、仮に原告X1が会社の経営等を相当期間にわたって行っていたとしても完全に暴力団と袂を分かったとはいえないとし、完全に袂を分かったと認められるのはAが死亡するか、やくざを廃業した場合等である旨を証言する。このような考え方による限り、Aが生存して、暴力団に所属している以上は、原告X1においてどのように努力し、まじめに生活していても、同原告は、銃刀法5条1項10号にいう、集団的、常習的に暴力的不法行為等を行うおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者ということになり、この点を判断するについて同原告の生活振り等具体的な事情を調査するまでもないということになろうが、余りにも頑なな考え方であり、銃刀法5条1項10号がそこまでのことを規定しているとは解し難い。確かに、C証人が述べるように、暴力団との関係が絶たれているかどうかといったことは、表向きの仕事振り等を見ただけでは判断が難しいと思われるが、それだからこそ暴力団等に関する多くの情報に接し、専門的な知識を有していると考えられる被告に判断がゆだねられているのである。

被告の上記主張が上記C証言と同趣旨をいうものであれば採用できない。

エ  また、被告は、射撃教習資格の認定は法が規定している特定の要件を備えた者に対してのみ、限定的かつ例外的になされるにすぎないから、その申請を却下するについては公安委員会に極めて広範囲な自由裁量権限が与えられており、その却下処分が違法なものとなるのは、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により上記判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限られる旨主張する。

確かに、銃刀法5条1項10号は、同法が3条1項において、人を殺傷する機能を有する銃砲、刀剣類による危害の発生を防止するため、これらの所持を原則として禁止するとともに、社会生活上これらの所持が必要とされる場合等について例外的に所持を認めることとしたのを受け、その場合の不許可事由を定めているものである。そして、このような規定の内容からすれば、犯罪や暴力団の動向等に通じている都道府県公安委員会の専門的な判断にゆだねた方が適切な判断が期待できると考えられるし、規定の文言も「認めるに足りる相当な理由がある者」というもので、一定の裁量を認める趣旨に読み取れることからすれば、射撃教習資格の認定申請者が同号に該当するか否かの判断は、都道府県公安委員会の適切な裁量判断にゆだねられているものと解される。

しかし、被告の上記主張については、射撃教習資格の認定が限定的、例外的にされるものであるとしても、そのことが広範囲の裁量権が与えられているということの根拠となるとは解し難い。射撃教習資格の認定は、一定の欠格事由がない限りは認定しなければならず、認定するかどうかの点に裁量の余地はないのであって、ただ、その欠格事由の存否の判断について一定限度の裁量が認められているのにすぎない。そして、射撃教習資格の認定申請者が銃刀法5条1項10号に該当するか否かについては、上記のとおり、事情に通じた都道府県公安委員会の専門的な判断を尊重すべきであるが、その判断内容自体は政治的、あるいは社会的に特別高度の専門的知識や判断力を要するものとも、また、一概に裁判所の判断になじまない性質のものとも認められない。

したがって、上記判断における被告の裁量の範囲を被告が主張するように極めて広範なものと解すべき根拠は見当たらないというべきであり、同主張は採用できない。

オ  以上検討したところを総合すると、被告の原告X1に対する本件処分は、同原告がかつて暴力団員と関わりがあったとの事実を過大に評価し、また、当然に考慮すべき同原告のその後の生活状況についての検討を欠くものといわざるを得ず、その判断は適切な裁量権の行使とは認められず、裁量の範囲を逸脱した違法なものというべきである。

(3)  小括

以上の次第であって、原告X1に対する本件処分は違法であるから、これを取り消すべき理由があるといえる。

3  争点2(原告X2に対する本件処分の違法性)について

被告は、原告X2が銃刀法5条3項に該当するとして本件処分をしているところ、同項は、当該申請者に同条1項10号又は11号に該当する同居の親族があることを要件としており、上記2のとおり、原告X1が同項10号に該当するとした被告の判断は裁量権の範囲を超える違法なものであり、取り消されるべきものであるから、原告X2に対する本件処分も、その余の点について判断するまでもなく、違法であり、取り消すべき理由がある。

第8 結論

以上のとおりであって、本件各処分は違法であって、原告らの本件各処分の取消請求はいずれも理由があるから、これらを認容することとして、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する

(裁判長裁判官 河村吉晃 裁判官 植村京子 高橋心平)

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