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横浜地方裁判所 平成16年(行ウ)7号 判決 2004年9月22日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告が原告に対し平成14年4月11日付けでした特別支給の老齢厚生年金支給の裁定を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2事案の概要

原告(昭和16年○月○日生まれ)は,平成14年3月7日付で,被告に対し,平成12年法律第18号による改正前の厚生年金保険法附則8条の規定に基づく,いわゆる特別支給の老齢厚生年金(以下「特別老齢厚生年金」という。)の支給にかかる裁定を請求したところ,被告は,平成14年4月11日付けで,支給開始年月を平成13年11月,平均標準報酬月額を24万8019円,被保険者期間を計150月,年金額を28万7500円とする旨の特別老齢厚生年金支給の裁定(厚生年金保険法33条。以下「本件支給裁定」という。)をした。

これに対し,原告が,本件支給裁定は,原告の年金支給額算定の基礎とした標準報酬月額を低額に認定した誤りがあり,また,原告の被保険者期間を実際より短く認定した誤りがあって,違法であると主張して,その取消しを求めた事案である。

なお,本件において審査請求前置主義(厚生年金保険法91条の3,行政事件訴訟法8条1項ただし書)違背,出訴期間(行政事件訴訟法14条)徒過等の不適法はない。

第3争点

本件の争点は,

①  本件訴訟において,被告が本件支給裁定の基礎とした原告の標準報酬月額の認定の適否を争うことができるかどうか

②  被告が認定した原告の厚生年金の被保険者期間に誤りがあるかどうかである。

第4争点に関する当事者の主張

1  争点①について

(1)  被告の主張

被保険者の標準報酬に関する処分に対する審査請求は,当該処分があった日の翌日から起算して2年を経過したときはすることができず(社会保険審査官及び社会保険審査会法4条2項),被保険者の資格又は標準報酬に関する処分が確定したときは,その処分についての不服を当該処分に基づく保険給付に関する処分についての不服の理由とすることはできない(厚生年金保険法90条4項)。

これを本件についてみると,原告の標準報酬は,毎年の定時決定等によって決定されており,原告が最後に被保険者の資格を喪失したのは昭和61年7月3日であるから,原告の最後の標準報酬が決定されてから既に2年を経過しており,その処分が確定していることは明らかである。

したがって,原告は,本件訴訟において,被告が本件支給裁定の基礎とした原告の標準報酬月額の認定の適否を争うことはできない。

そして,被告が,原告の年金額の計算について,この確定した標準報酬月額等を基礎として行った本件支給裁定は適法である。

(2)  原告の主張

ア 社会保険審査官及び社会保険審査会法4条2項の規定は,同法が施行された際に,不利益を受ける原告に対し通知されていないから,本件には適用されない。

イ 標準報酬に関する決定については,社会保険審査官及び社会保険審査会法4条2項の期間経過後であっても,同法17条の規定により,不服申立てによる変更が可能である。

2  争点②について

(1)  原告の主張

ア 被告は,原告が日栄運輸倉庫株式会社(以下「日栄運輸倉庫」という。)において厚生年金の受給資格を取得した日を昭和55年5月1日,受給資格を喪失した日を同年10月1日として支給額を算定しているが,原告は,昭和54年4月から昭和55年9月まで日栄運輸倉庫に勤務していたから,日栄運輸倉庫において厚生年金の受給資格を取得した日は昭和54年4月1日,受給資格を喪失した日は昭和55年10月1日となるはずである。

このことは,以下の事実から明らかである。

(ア) 原告は,日栄運輸倉庫において,雇用保険の被保険者資格を昭和54年10月23日に取得し,昭和55年9月30日に離職している。

なお,甲6号証の1の雇用保険被保険者資格取得届出確認照会回答書によれば,原告が「サンヨウダセツカブシキカイシヤ」において雇用保険の被保険者資格を昭和54年4月6日に取得し,同年6月30日に離職したことに記録上なっているが,サンヨウ打設株式会社に勤務していたのは昭和53年12月20日ころから昭和54年3月20日ころまでのことであるから,上記記録は誤っている。

(イ) 原告は,昭和54年4月10日ころから昭和55年9月20日ころまで,川崎市α12番15号にあった日栄運輸倉庫の寮に居住していた(ただし,住所変更手続きは昭和54年11月25日付けで行った)。

(ウ) 原告は,昭和55年2月20日に玉掛技能講習終了証の交付を受け,同年3月7日に移動式クレーン運転士免許証の交付を受けている。

イ なお,甲5号証の7及び甲5号証の9の国民年金の被保険者記録照会回答票によれば,原告は,昭和54年4月から同年9月までの間国民年金を支払っていたことになっているが,全く身に覚えがない。

(2)  被告の主張

ア 原告が日栄運輸倉庫において厚生年金の受給資格を取得した日は昭和55年5月1日で,受給資格を喪失した日は同年10月1日である。

イ 原告の主張に対する反論

(ア) 上記(1)ア(ア)の主張に対して

a 昭和54年当時の雇用保険法においては,「労働者が雇用される事業」である限り,その業種,規模等を問わず「適用事業」とされ,「適用事業に雇用される労働者」で,同法6条各号に掲げる者以外のものを「被保険者」という旨規定されている。そして,ここでいう雇用される労働者とは,職業の種類を問わず,事業主の支配を受けてその規律の下に労務を提供し,その提供した労務の対価として事業主から賃金,給料その他これに準ずるものの支払を受け,これらの収入によって生活する者のことをいう。

b 他方,昭和54年当時の厚生年金保険法(昭和60年法律第34号による改正前の厚生年金保険法)においては,同法6条1項1号に掲げる事業の事業所又は事務所であって,常時5人以上の従業員を有する事業所又は事務所が「適用事業所」とされ,「適用事業所に使用される者」を厚生年金保険の「被保険者」とする旨規定されている。そして,厚生年金保険が適用されるかどうかは,就労者が当該適用事業所と常用的使用関係にあるかどうかを基準として判断され,この場合における常用的使用関係は,就労者の労働日数,労働時間,就労形態,職務内容等を関係書類等によって確認した上,これらを総合的に勘案し,個別具体的な事例に則して判断することになる。

c 上記のとおり,雇用保険と厚生年金保険は,同じ「被保険者」という表現を使用していても,その適用範囲は相違しているため,同一人について,雇用保険上の被保険者期間と厚生年金保険上の被保険者期間が常に一致するとは限らない。

d 本件においても,上記bのとおり,厚生年金保険が適用されるか否かは就労者が当該適用事業者と常用的使用関係にあるかどうかを基準として判断されるところ,原告の昭和54年10月から昭和55年5月までの間の日栄運輸倉庫における使用関係,勤務実態等を明らかにする証拠は何ら提出されておらず,当時原告が厚生年金保険の適用を受けるべき者であったと認めるに足りる証拠はない。

e なお,甲6号証の1の雇用保険被保険者資格取得届出確認照会回答書によれば,原告が,昭和54年4月6日には,「サンヨウダセツカブシキカイシヤ」で雇用されていたことが認定できるところ,仮に原告の主張が正しければ,「サンヨウダセツカブシキカイシヤ」に雇用されて雇用保険の被保険者であった期間についても厚生年金保険の被保険者であるべきところ,被告の保管する被保険者原票では,当該期間にかかる原告の厚生年金被保険者記録など存在しないばかりか,その間,原告は国民年金の被保険者として自ら保険料を納付している。

したがって,雇用保険の被保険者であることと厚生年金保険の被保険者であることは何ら関係のないものであることは明らかである。

この点,原告は,「サンヨウダセツカブシキカイシヤ」に就業していたのは昭和54年4月より以前である旨主張するが,原告自身の記憶のみを根拠とした主張で,客観的な証拠によって裏付けられたものではない以上,信用性は乏しい。

(イ) 上記(1)ア(イ)の主張に対して

原告は,日栄運輸倉庫の寮に住んでいたのは昭和54年4月10日ころからである旨主張するが,原告自身の記憶のみを根拠とした主張で,客観的な証拠によって裏付けられたものではない以上,信用性は乏しい。

(ウ) 上記(1)ア(ウ)の主張に対して

甲8号証及び甲9号証によれば,原告が昭和54年10月23日から日栄運輸倉庫において適用事業に雇用される労働者であったと同時に職業訓練を受けていた労働者であって,その間は免許等の取得を条件とした試用期間のような状態にあったと一応推測されるものの,その稼働日数,労務報酬等から厚生年金保険の被保険者として取り扱われなかった可能性も高い。したがって,原告が半年の試用期間を経て,必要な免許を取得した段階で,正式な雇用関係を結び,同時に厚生年金保険の被保険者資格を有することになったと考えることは十分に合理的である。

ウ なお,仮に原告が昭和54年10月23日に厚生年金保険の被保険者資格を取得していたとしても,昭和55年5月1日までの間の保険料については徴収されていないことが明らかであるから,仮に原告の主張する期間について厚生年金保険の被保険者資格の取得が確認されたとしても,保険料を徴収する権利は2年を経過して時効により消滅していることになり,当該期間に基づく保険給付は行われない。

第5当裁判所の判断

1  争点①について

(1)  原告は,本件訴訟において,本件支給裁定が違法であるとする事由として,原告に対する特別老齢厚生年金の支給額算定の基礎とした原告の標準報酬月額の認定に誤りがある旨を,また,原告の被保険者期間の認定に誤りがある旨を,主張する。

この点に関連し,社会保険審査官及び社会保険審査会法4条2項は,被保険者の資格や標準報酬に関する処分に対する審査請求は,当該処分があった日の翌日から起算して2年を経過したときはすることができないと規定し,また,厚生年金保険法90条1項は,被保険者の資格,標準報酬又は保険給付に関する処分に不服がある者についての審査請求及び再審査請求について規定しつつ,同条4項において,被保険者の資格又は標準報酬に関する処分が確定したときは,その処分についての不服を当該処分に基づく保険給付に関する処分についての不服の理由とすることができないと規定している。そして,同法91条の3は,同法90条1項に規定する処分の取消しの訴えについての審査請求前置について規定しているところである。

このような社会保険審査官及び社会保険審査会法及び厚生年金保険法の関係規定の法意に照らせば,厚生年金保険法90条1項に規定する処分の取消訴訟においても,被保険者の資格又は標準報酬に関する処分が確定したときは,その処分についての違法を当該処分に基づく保険給付に関する処分についての違法事由として主張することはできないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると,原告は,昭和39年3月23日から昭和61年7月3日までの間に,計11か所の適用事業所において厚生年金保険の被保険者(厚生年金保険法6条,9条)となったところ,その間,それぞれの事業所の所在地の都道府県知事による被保険者の資格の得喪についての確認がなされ,また,標準報酬月額についての毎年の定時決定等がされてきたものと認められる〔乙1号証の1,弁論の全趣旨〕。

そして,原告が厚生年金保険の被保険者の資格を最後に喪失したのは昭和61年7月であるところ,乙4号証の1及び乙5号証によれば,原告が本件支給裁定を不服として神奈川県社会保険事務局社会保険審査官に対し審査請求をしたのは平成14年6月14日であると認められるから,上記審査請求が,原告の厚生年金保険の被保険者資格の得喪についての確認処分及び原告の標準報酬月額についての決定処分等がされた日の翌日から起算して2年以上経過してからされたものであることは明らかである。

したがって,原告の被保険者の資格及び標準報酬に関する処分は既に確定しているところである。

上記のところからすると,原告は,本件訴訟において,被保険者の資格及び標準報酬に関する処分についての違法を,当該処分に基づく保険給付に関する処分である本件支給裁定についての違法事由として主張することはできないものというべきである。

(2)ア  これに対し,原告は,社会保険審査官及び社会保険審査会法4条2項の規定は,同法が施行された際に,不利益を受ける原告に対し通知されていないから本件には適用されない旨を主張する(前記第4,1(2)ア)。

しかし,法律の規定は適用を受ける者に対し個別的に告知されていなくても,制定,公布,施行されることにより効力を生じるものであるから,原告の上記主張は当を得ないものである。

イ  また,原告は,標準報酬月額に関する決定については,社会保険審査官及び社会保険審査会法4条2項の規定する期間経過後であっても,同法17条の規定により,不服申立てによる変更が可能であると主張する(前記第4,1(2)イ)。

上記主張の趣旨は明確ではないが,同法17条の規定は,審査請求に対し社会保険審査官が行った決定の変更及び更正について定めた規定であって,いずれにせよ,上記規定は,原告が,本件訴訟において,原告の標準報酬月額に関する認定の誤りを本件支給裁定の違法事由として主張することができるとする根拠となるものではない。

2  本件支給裁定の適法性について

上記のとおり,原告は,本件訴訟において,被保険者の資格及び標準報酬に関する処分についての違法を本件支給裁定の違法事由として主張することができないところ,原告は他に何ら本件支給裁定の違法事由を主張しない(なお,原告が主張する原告の被保険期間に関する認定の誤りの点が,原告の被保険者の資格の問題に属する事項であることは,その主張(前記第4,2(1)ア)自体に照らし明らかである。)。

したがって,本件支給裁定は適法であると認めるのが相当である。

3  争点②に関する原告の主張について

前記1のとおり,原告の被保険者期間に関する認定に誤りがある旨の主張は本件訴訟における本件支給裁定の違法事由の主張として意味のないものであるが,原告はこの点についてるる主張・立証するところ,審理の経過にかんがみ,以下,補足的にこれに関する当裁判所の見方を示しておくこととする。

(1)  原告は,日栄運輸倉庫に昭和54年4月から昭和55年9月まで勤務していたから,日栄運輸倉庫において厚生年金の受給資格を取得した日は昭和54年4月1日,受給資格を喪失した日は昭和55年10月1日となるはずである旨主張し,その根拠として,日栄運輸倉庫において雇用保険の被保険者資格を昭和54年10月23日に取得し,昭和55年9月30日に離職していること,昭和54年4月10日ころから昭和55年9月20日ころまでの間日栄運輸倉庫の寮に居住していたこと,昭和55年2月20日に玉掛技能講習終了証の交付を受けたこと,同年3月7日に移動式クレーン運転士免許証の交付を受けたこと,を挙げている(前記第4,2(1)ア)。

(2)  確かに,証拠〔甲6号証の2,甲8号証ないし11号証〕によれば,原告は,遅くとも昭和54年10月23日以降は日栄運輸倉庫において勤務しており,日栄運輸倉庫における勤務により同日に雇用保険の被保険者資格を取得し,昭和55年9月30日に離職していることが認められる。

しかし,厚生年金保険法9条は,適用事業所に使用される者を厚生年金保険の被保険者とする旨を規定しているところ,同条の「適用事業所に使用される」といえるどうかは,就労者の労働日数,労働報酬の額,職務内容等を総合的に考慮して個別具体的に判断されることになる。

本件においても,原告が日栄運輸倉庫に「使用される」者といえるかどうかは,上記のような様々な事情を総合的に考慮して個別具体的に判断されるべき事柄であって,原告の日栄運輸倉庫における厚生年金保険の被保険者期間と,原告の日栄運輸倉庫における勤務期間や日栄運輸倉庫における雇用保険の被保険者期間とは必ずしも一致するものではないところ,本件において,昭和54年10月23日以降昭和55年5月1日までの間の原告の日栄運輸倉庫における労働日数,報酬の額,職務内容等について具体的に認定するに足りる的確な証拠は全くないから,日栄運輸倉庫における被保険者期間に関する原告の主張を採用することはできないのである。

また,いずれにせよ,当該期間に対応する保険給付がされるかどうかについては,被告が指摘するような保険料の支払いの点も関係するところである(前記第4,2(2)ウ参照)。

第6結論

以上のとおりであって,原告の請求は,理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川勝隆之 裁判官 菊池絵理 裁判官 諸岡慎介)

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