横浜地方裁判所 平成16年(行ウ)72号 判決 2006年5月17日
原告
X
被告
伊勢原市長 長塚幾子
同訴訟代理人弁護士
田中公人
同
荒木浜美
同指定代理人
廣田悦男
同
佐野猛
同
古尾谷光宏
主文
1 本件訴えのうち、被告に対して、堀江侃に以下の金員を請求するよう求める訴えを却下する。
(1) 伊勢原市が伊勢原市観光協会に対して交付した平成12ないし14年度の観光協会運営費補助金に関し、平成12年度分につき26万2545円、平成13年度分につき28万1160円及び平成14年度分につき29万5260円の各損害賠償
(2) 上記(1)の各金員の返還請求を怠ることによる上記各同額の損害賠償
(3) 伊勢原市が伊勢原市観光協会に対して交付した平成15年度の観光協会運営費補助金に関し、<1>同年8月8日付け支出負担行為の違法を原因とする43万0872円の損害賠償並びに<2>同年8月22日付け支出命令及び同月29日付け支出行為の違法を原因とする各19万7240円の損害賠償並びに<3>同年11月5日付け支出行為の違法を原因とする23万3631円の損害賠償
(4) 上記(3)の<1>及び<2>の各金員の返還請求を怠ることによる上記各同額の損害賠償
(5) 伊勢原市が平成15年6月5日にカサハラ印刷株式会社に対して支払った印刷製本費につき、2万円の損害賠償
(6) 伊勢原市が支払った次の金員につき、支出行為の違法を原因とする合計6万0044円の損害賠償
ア 堀江侃の平成16年2月分の給与中の3万3637円
イ Aの平成16年2月分の給与中の1万1990円及び同月2日の時間外勤務についての手当て7474円
ウ 伊勢原市長の用務用車両のリース料5943円
エ 伊勢原市長の用務用車両のガソリン代1000円
2 原告のその余の訴えに係る請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第6 当裁判所の判断
1 争点1(監査請求期間の遵守)について
本件補助金の交付及び本件印刷製本費の支出については、それが適法な監査請求を経たものであるかどうかについて争いがあるので、この点から検討する(なお、原告は、上記各支出に関して、その支出負担行為、支出命令及び支出行為のすべてについての堀江元市長の責任を問題としているので、ここではこれを前提に検討する。)。
(1) 監査請求期間の遵守
ア 平成15年度の本件補助金について
(ア) 前記第3、3、(2)のとおり、平成15年度の本件補助金については、交付決定(支出負担行為)が平成15年8月8日、前期分の支出命令が同月22日、支出行為が同月29日、後期分の支出命令が同年11月5日、支出行為が同月14日に行われた。そして、前記第3、6のとおり、本件監査請求は、上記交付決定、前期分の支出命令及び支出行為から1年を経過した平成16年10月19日付けでされているから、これらについては、地方自治法242条2項に定める監査請求期間を徒過してされたものである。
(イ) この点について、原告は、これらの過程を一体としてとらえ、最後の支出(後期分の支出)が行われた平成15年11月14日を監査請求期間の起算点と解すべきである旨主張する。
しかしながら、支出負担行為、支出命令及び支出行為は公金を支出するために行われる一連の行為ではあるが、互いに独立した財務会計上の行為というべきものである。そして、公金の支出の違法又は不当を問題とする監査請求においては、これらの行為がそれぞれ監査請求の対象事項となるものであるから、監査請求期間は、それぞれの行為のあった日から各別に計算すべきものである(最高裁判所平成14年7月16日第三小法廷判決・民集56巻6号1339頁参照)。したがって、原告の上記主張は採用できない。
(ウ) また、原告は、平成15年度の本件補助金が違法に使用された場合には補助金の交付も違法となるとして、その違法行為の終わった日とは、平成15年度の最終日である平成16年3月31日であるとも主張する。
原告が主張する趣旨は必ずしも判然としないが、公金の支出を対象とする住民訴訟においては、一旦支出された公金の、その後の使途を問題とし得るものではない。違法な使途が当初から想定される場合には、当該公金の支出自体が違法となる場合はあり得るが、この場合でも、問題となり得るのは当該公金の支出そのものである。したがって、地方自治法242条2項は、監査請求期間を、財務会計上の行為があった日又は終わった日から1年と定めているが、本件補助金についての財務会計上の行為はいずれも一時的行為であり、その行為のあった日から監査請求期間を計算すべきものであり、観光協会がそれをどのように使うかは監査請求期間の起算点を左右するものではない。
(エ) 以上のとおり、原告が主張する上記(イ)及び(ウ)の点は、上記(ア)の判断を左右するものではない。本件監査請求は、平成15年度の本件補助金に係る支出負担行為並びに前期分の支出命令及び支出行為については1年の監査請求期間を徒過してされたものである。
イ 平成14年度以前の本件補助金について
(ア) 前記第3、3(3)のとおり、平成12年度の本件補助金については、前期分の支出行為が平成12年8月31日、後期分の支出行為が同年11月30日、平成13年度については、前期分の支出行為が平成13年9月28日、後期分の支出行為が同年11月30日、平成14年度については、前期分の支出行為が平成14年8月30日、後期分の支出行為が同年12月13日に行われた。そして、これら各年度の本件補助金についての交付決定(支出負担行為)は上記各支出命令前にされているものと推認される。
したがって、前記第3、6のとおり、本件監査請求は、上記各財務会計行為から1年を経過した後にされているから、これらについても監査請求期間を徒過していることになる。
(イ) この点について、原告は、観光協会における繰越金の存在を指摘して、すべての年度における本件補助金の交付について、監査請求期間の起算点は平成16年3月31日と考えるべきである旨主張するが、上記ア(ウ)と同様の理由から、上記主張は失当である。
ウ 本件印刷製本費について
(ア) 前記第3、4のとおり、本件印刷製本費については、支出負担行為が平成15年4月15日、支出命令が同年5月21日、支出行為が同年6月5日に行われた。そして、前記第3、5のとおり、本件監査請求は、上記のいずれの行為からも1年を経過した後にされているから、これらについても監査請求期間が徒過している。
(イ) 原告は、本件パンフレットは平成16年3月末ころまで配付され、そのころまで違法状態が継続するとして、早くとも同月末日が監査請求期間の起算点であるように主張するが、本件パンフレットの配布期間と監査請求期間の起算点とは何の関係もないのであって、原告の主張は失当である。
(2) 正当な理由の有無
ア 地方自治法242条2項ただし書きにいう「正当な理由」の有無は、当該行為が秘密裡にされた場合には、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力を持って調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁判所昭和63年4月22日第二小法廷判決・裁判集民事154号57頁参照)。そして、このことは、当該行為が秘密裡にされた場合に限らず、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合にも同様であると解すべきである。したがって、そのような場合には、上記正当な理由の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁判所平成14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照。最高裁判所平成14年9月17日第三小法廷判決・裁判集民事207号111頁参照)。
イ 本件補助金について
(ア) そこでまず、本件補助金の交付について、本件が、住民が客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合といえるかどうかについて検討する。
原告は、観光協会長からの平成16年10月8日付けの回答書(〔証拠略〕)によって玉串料の支出を知り、本件監査請求の結果通知により祭事費の全貌を知った旨主張する。
しかしながら、そもそも、住民監査請求の対象となるのは、普通地方公共団体の機関又は職員の財務会計上の行為であって(地方自治法242条1項)、観光協会の支出自体はこの対象となり得るものではない。本件における原告の主張も、宗教団体等へ不適切な支出を行う観光協会に対し本件補助金を交付することが違法である旨の主張と解されるところである(また、原告自身もその趣旨の主張であると述べている。)。
そうすると、前記アで述べた、住民が知ることを要する「当該行為の存在及び内容」とは、本件補助金が観光協会に支出されていること(各財務会計上の行為の存在)と、観光協会が宗教団体等への不適切な支出を行っていること(支出を違法又は不当ならしめる事由の存在)であると考えられるから、前記「正当な理由」の有無は、住民において、これらのことを監査請求が可能な程度に知り得たかどうかにより判断すべきものと解されるのであって、原告がいうように、観光協会の個々の支出について明確な事実関係の認識までが可能であったか否かを基準として判断するのは相当でないというべきである。
(イ) そこで上記の見地から検討すると、まず、伊勢原市が観光協会に対して平成15年度の本件補助金を交付したこと自体は、本件要綱(〔証拠略〕)に観光協会が補助対象団体である旨が明記されていることや、毎年同様の補助金が交付されていることなどからして、これに近接した時点において、市の一般住民が相当の注意力をもって調査すればこれを知ることができたといえる。
(ウ) また、観光協会の事業内容及び支出内容は、毎年さほど大きな違いがあるとは考えられず、本件において原告が問題としている祭事費の支出も各年度に共通するものが多い。
加えて、平成15年度の観光協会の支出予定及び内容については、前記第3、3(2)のとおり、観光協会が堀江元市長に交付要望書を提出した際に添付した収支予算書には、祭事費の説明として「日向薬師大祭、三ノ宮比々多神社例大祭、大山阿夫利神社秋季例大祭、伊勢原大神宮例大祭、節分祭等」と記載され、交付申請書を提出した際に添付した収支予算書(これについては本件要綱5条により市長への提出が義務付けられている。)にも同様の記載があり、これらの文書が存在することは、平成14年度以前においても同様と考えられる。そして、上記各文書は行政文書公開請求の対象とされており、本件において原告も平成15年度分について開示を受けているから(〔証拠略〕)、住民としては、これらの文書により、観光協会が宗教団体へ祭事費を支出していることを知ることができる。また、観光協会でも、承認された決算内容等、一定限度のものについては、市民からの問い合わせに応じていることがうかがえる(〔証拠略〕)。
以上の事情に照らすと、地方公共団体の住民は、本件補助金に係る各財務会計上の行為がされた日に近接した時点で、行政文書公開請求をする等して、相当の注意力をもって調査を尽くせば、客観的にみて監査請求をするに足りる程度に、当該行為の存在及び内容を知ることができたというべきである。
(エ) 以上のことからすれば、本件は、当該行為が秘密裡にされた場合ではないし、住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在等を知ることができなかった場合にも当たらない。
したがって、本件補助金の交付について、本件監査請求が期間を徒過してされたことに「正当な理由」があるとは認められない。
ウ 本件印刷製本費について
(ア) 原告は、伊勢原市が本件パンフレットを発行していることや、発行日を知ることは不可能であり、本件印刷製本費の違法性に気付くのは、配布され始めた日である平成15年4月30日から、配布が一応終わったと考えられる平成16年3月31日までの期間である旨主張する。
(イ) そこで検討すると、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件パンフレットは、少なくとも数年前から毎年新たに印刷され、観光協会の窓口や伊勢原駅等の住民や観光客の目に付きやすいところに置かれ、配付されていたものと認められ、また、本件パンフレットには、「観光についてのお問い合わせ」先として「伊勢原市商工観光振興課」と記載され、その住所は「神奈川県伊勢原市田中348」所在の「伊勢原市役所」であると記載されており、アンケート葉書の宛先も「伊勢原市商工観光振興課」と記載されていることが認められる。
上記の事実関係によると、本件パンフレットの3万部という印刷部数からしても、伊勢原市の住民はこれを容易に入手でき、市が本件印刷製本費を支出していることや、パンフレットの内容を容易に知ることができたものと認められる。
そうすると、伊勢原市の住民は、本件印刷製本費の支出がされた日に近接した時点(〔証拠略〕によれば、本件パンフレット3万部が検収されたのが平成15年4月30日、支出行為があったのが同年6月5日である。)で、相当の注意力をもって調査を尽くせば、客観的にみて監査請求をするに足りる程度に、本件印刷製本費に係る各財務会計上の行為の存在及び内容を知ることができたというべきである。
(ウ) 以上のことからすれば、本件は、当該行為が秘密裡にされた場合ではないし、住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在等を知ることができなかった場合にも当たらない。
したがって、本件印刷製本費の支出について、本件監査請求が期間を徒過してされたことに「正当な理由」があるとは認められない。
(3) 小括
以上のとおり、本件監査請求は、平成15年度の本件補助金に係る支出負担行為、前期分の支出命令及び支出行為、平成12ないし14年度の本件補助金に係る支出負担行為、支出命令及び支出行為、並びに平成15年度の本件印刷製本費の支出負担行為、支出命令及び支出行為については、いずれも、その監査請求期間を徒過してされたものであり、この点について「正当な理由」があるとも認められないから、これらの各財務会計上の行為に関する本件訴えは適法な監査請求を経たものとはいえず、不適法というほかない。
2 争点2(怠る事実に係る訴えの適法性)について
(1) 監査請求の前置
ア 被告は、原告は本件監査請求において、本件補助金に余剰が生じていて伊勢原市が無駄な支出をしたとか、余剰金を返還請求していないことが違法であるといった主張を全くしておらず、余剰金の交付及びその返還に係る原告の請求は、監査請求を前置していない旨主張する。
そして、前記第5、3【原告の主張】のとおり、本件訴訟において、原告が本件補助金に関して主張しているところは、<1>本件補助金の交付決定、支出命令及び支出行為が違法であること、<2>本件補助金の上記違法支出部分について、観光協会に対し返還請求をしないことが違法であること、<3>本件補助金の余剰金について返還請求をしないことが違法であることの3点であり、原告は、これらの怠る事実を原因として、堀江元市長に対して損害賠償請求することを求めているものと解される。
上記の違法理由のうち、前記第3、6(1)記載の本件監査請求における原告の主張に照らすと、上記<1>の点は本件監査請求中でも主張されていたことであるが、<2>及び<3>の点は本件監査請求においては明示的には主張されていなかったといえる。
イ ところで、普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体の機関又は職員の財務会計上の行為を違法、不当であるとしてその是正措置を求める監査請求をした場合には、特段の事情が認められない限り、上記監査請求は当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権を当該普通地方公共団体において行使しないことが違法、不当であるという財産の管理を怠る事実についての監査請求をもその対象として含むものと解するのが相当である。
また、地方自治法242条の2第1項によれば、住民訴訟は、監査請求の対象とした違法な行為又は怠る事実について提起すべきものとされているのであって、当該行為又は当該怠る事実について監査請求を経た以上、訴訟において監査請求の理由として主張した事由以外の違法事由を主張することは何ら禁止していないものと解される(以上、最高裁判所昭和62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁参照)。
ウ これを本件についてみると、原告の上記主張<2>に係る訴えは、本件補助金を交付したことが違法、無効であることに基づいて発生する不当利得返還請求権等を伊勢原市において行使しないことが違法であるというものと解されるから、本件監査請求は、この怠る事実についてもその対象として含んでいたとみるのが相当である。
また、原告の上記主張<3>に係る訴えについては、原告は、市が余剰金を発生させるような額の本件補助金を交付したことが違法、無効であるとし、これを前提とするものと解される。そうすると、この部分は、訴えとしては上記主張<2>に係る訴えと同一のものであり、違法事由を追加したに過ぎないものと認められるから、これを違法ということはできない。
したがって、原告の上記主張<2>及び<3>に係る訴えについても、監査請求を前置したものといえ、上記被告の主張には理由がない。
(2) 監査請求期間の遵守
もっとも、上記のような場合の地方自治法242条2項との関係については、怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条同項の規定を適用すべきものと解される(前掲最高裁判所昭和62年2月20日第二小法廷判決参照)から、前記1のとおり、平成12ないし14年度の本件補助金及び平成15年度前期分の本件補助金の返還を怠る部分については、監査請求期間を徒過してされたものであり、またその点に「正当な理由」があるとは認められないから、これらの点についての訴えは、適法な監査請求を経たものとはいえず、不適法ということにならざるを得ない。
3 争点3 (専決権者がした支出命令及び支出行為についての訴えの適法性)
(1) 上記2の検討において既に不適法と解される訴えを除いて検討する。
前記第3、3(2)のとおり、本件補助金に係る平成15年度後期分の支出命令は商工観光振興課長により行われ、支出行為は収入役により行われたものと認められる(〔証拠略〕)。
また、前記第3、5(2)のとおり、本件各節分祭に係る各支出は、<1>給与関係については、総務部総務課長が支出負担行為及び支出命令を行い、<2>本件公用車のリース料については市長公室長が支出負担行為を、市長公室秘書室長が支出命令を行い、<3>ガソリン代の支払については、市長公室秘書室長が支出負担行為及び支出命令を、それぞれの専決権限に基づいて行ったものと認められ(〔証拠略〕)、これらの支出は、その事務の性質からして、収入役又はその権限をゆだねられた者が行ったものと推認される。
(2) 以上のことからすると、本件で問題とすべき各支出は、いずれも堀江元市長が自ら支出負担行為、支出命令又は支出行為をしたものではないということになる。
しかしながら、市長は上記財務会計上の行為のうち、支出負担行為及び支出命令については法令上本来的に権限を有する者とされているから(地方自治法149条2号、232条の4)、専決権者がこれらの事務を処理した場合であっても、同法242条の2第1項4号の当該職員に該当するものと解される。したがって、堀江元市長に対して専決権者がした上記(1)の支出負担行為及び支出命令に関する損害賠償請求を求める訴えは適法である(ただし、同請求が認められるためには、堀江元市長において専決権者が財務会計上の違法行為を行うことを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により専決権者が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったことが必要である。最高裁判所平成3年12月20日第二小法廷判決・民集45巻9号1455頁参照。)。
これに対して、支出行為は、本来的に収入役の権限に属するものであり(同法170条、232条の4)、市長がそのような権限を有するわけではないから、この支出行為に財務会計上の違法があったとしても、市長において賠償責任を負うべき理由はない。したがって、支出行為の違法を理由とする場合、市長は同法242条の2第1項4号の当該職員には該当せず、このような訴えは特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして不適法と解すべきである(最高裁判所昭和62年4月10日第二小法廷判決・民集41巻3号239頁参照)。
4 本案前の問題点についてのまとめ
上記1ないし3のとおり、本件訴えのうち、平成15年度分の本件補助金の支出負担行為、前期分の支出命令・支出行為及び後期分の支出行為、平成12ないし14年度分の本件補助金及び平成15年度分の本件印刷製本費の支出負担行為、支出命令及び支出行為、本件各節分祭への参加に関する支出行為に係る訴え、並びに本件補助金に係る上記各財務会計行為に起因する支出につき観光協会に対する返還請求を怠る事実に係る訴えは不適法である。
したがって、以下においては、本件訴えのうち、<1>平成15年度後期分に係る本件補助金の支出命令の違法、<2>同命令に基づく支出の返還請求を怠ることの違法、及び、<3>本件各節分祭への参加に関する支出負担行為及び支出命令の違法、をそれぞれ理由として、堀江元市長に損害賠償請求することを求める部分について、本案の争点に対する当裁判所の判断を示すこととする。
5 争点4(本件補助金の交付)について
(1) 既に検討したとおり、本件で検討すべきは、まず、平成15年度後期分の本件補助金の支出命令が財務会計上違法といえるかどうか、ということであり、次いで、上記行為は、商工観光振興課長の専決により行われているから、堀江元市長として同行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反して、これを阻止しなかったという違法があるか、どうか等の点である。
そこで、前者の点から検討することとする。
(2) 政教分離原則違反の主張について
ア 原告は、市が観光協会に対し本件補助金を交付し、観光協会が宗教団体等に祝金等を支出したことをもって、政教分離規定に違反し、違法である旨主張する(なお、宣伝費の支出については後記(3)エで検討する)。
しかしながら、そもそも、いわゆる政教分離の原則に基づく憲法20条1項後段、3項及び89条の各規定(以下「政教分離規定」という。)は、国又は地方公共団体と宗教との分離を規律するものであるから、本件のように、地方公共団体が補助金を支出した団体が宗教団体に金員を支出する等しても、これにより、当然に、地方公共団体がした補助金の交付が、憲法20条3項が禁止する「宗教的活動」のための支出であるとか、89条が禁止する「宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため」の支出であるということはできない。
イ(ア) もっとも、本件補助金及びその支出先である観光協会については、以下の点を指摘することができる。
<1> 同協会規約によれば、会長は市長をもって充て、常務理事は伊勢原市観光担当部長をもって充てるとされている。堀江元市長は、市長在任中、同協会会長の職にあったし、常務理事は市生活経済部長、理事のうち2名は市議会議長と市議会生活経済常任委員会委員であった(前記第3、2(2))。
<2> 観光協会の事務局は、伊勢原市役所内に置かれている(前記第3、2(3))。
<3> 観光協会の平成15年度の収入は、合計で3619万8770円であり、このうち2328万5007円が、市支出金(補助金、委託金、分担金)であった(前記第3、2(4)。別表1)。
<4> 観光協会が堀江元市長に提出した交付要望書及び交付申請書には、収支予算書が添付されており、これによると、祭事費として60万円の計上があり、その説明として「日向薬師大祭、三ノ宮比々多神社例大祭、大山阿夫利神社秋季例大祭、節分祭等」と記載されていた(前記第3、3(2)ア)。
<5> 本件要綱には、観光協会の補助対象経費及び補助金の額等について、「祭事費(祭礼等観光行事に関する交際費)については、補助率3分の1」、「宣伝費(キャラバン費、宣伝推進費)については、補助率3分の1」とする旨の規定がある(前記第3、3(1))。
<6> 観光協会が堀江元市長に対して提出した実績報告書には、収支決算書が添付されており、これによると、祭事費として52万5000円が使用され、その説明として「日向薬師大祭、比々多神社例大祭、大山秋季例大祭、大神宮例大祭、節分祭、大山寺五壇護摩、観光行事祝儀等」と記載されていた(前記第3、3(2)ウ)。
<7> 堀江元市長は、別表2の番号5、6、12、21、27ないし29の各行事に参加し、観光協会長として、祝金等を各支出先に交付した(〔証拠略〕)。
(イ) なお、上記<5>について、原告は、実際には本件要綱に従って補助金の額が決定されているわけではないなどと主張するが、その主張を裏付けるような具体的な証拠はないし、また、収支予算書の記載(〔証拠略〕)や、甲1号証の別表2(市監査委員が、観光協会の支出について各項目ごとの財源を示すために作成したもの。)によれば、特に本件要綱に反して交付申請額が算出されているようにはうかがわれない。したがって、原告の上記主張は採用できない。
また、上記(ア)の<1>ないし<7>として指摘した各点は、平成15年度に限ったことではなく、少なくとも数年前より同様の状況であり、観光協会の祝金等の支出先も同様であるところが多かったとうかがわれる(〔証拠略〕)。
(ウ) 以上に指摘した点を勘案すると、観光協会は、役員、事務局の所在場所、会計状況等に照らして市と密接な関係があり、市としても、観光協会の祝金等の支出先についてある程度把握した上で本件補助金を交付していると認められるから、観光協会が伊勢原市とは別の団体であるということをもって、本件補助金の交付が政教分離規定におよそ抵触する余地がないとまではいい難い。
そこで、上記のことから、本件補助金の交付が政教分離規定に違反するものであるかどうかについて、更に検討する。
ウ 政教分離原則の意義について
憲法は、政教分離規定を設け、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとしているところ、これらの政教分離規定は、いわゆる制度的保障の規定であって、信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものである。そして、政教分離規定の基礎となり、その解釈の指導原理となる政教分離の原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いを持つことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが、我が国の社会的・文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合に、これを許さないとするものであると解すべきである。
このような政教分離原則の意義に照らすと、国や地方公共団体が宗教的活動を行うことを禁止した憲法20条3項にいう宗教的活動とは、国や地方公共団体の活動で宗教とのかかわり合いを持つ行為のうち、その行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきであり、ある行為がこの宗教的活動に当たるかどうかを検討するに当たっては、その行為の行われる場所、その行為に対する一般人の宗教的評価、その行為者がその行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、その行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならないというべきである。
また、憲法89条が禁止している公金その他の公の財産を宗教上の組織又は団体の使用、便益、又は維持のために支出すること又はその利用に供することというのも、上記のような政教分離原則の意義に照らして、公金支出行為等における国家や地方自治体と宗教とのかかわり合いが上記の相当とされる限度を超えるものをいうものと解すべきであり、これに該当するかどうかを検討するに当たっては、上記と同様の基準によって判断しなければならない(最高裁判所平成9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁参照)。
エ 検討
(ア) そこで、上記の判断基準に従って、上記ア及びイにおいて述べたことを勘案しつつ、本件補助金の交付が政教分離規定に違反するものであるかどうかについて検討する(なお、平成15年度の本件補助金後期分の支出命令の適否に関しては、同補助金を観光協会が実際にどのように使用したのかが直接問題となるわけではない。したがって、以下の検討は、観光協会における祭事費の個々の使途の適否を検討するものではなく、その使途が例年ほぼ同様であることから、平成15年度分の祭事費の使途を検討することによって、それがどのような使途に用いられ、また、どのような使途に用いられるものと理解されるかを判断し、それを踏まえて、同年後期分の支出命令の適否を検討しようとするものである。)。
観光協会の平成15年度の祭事費の支出は別表2のとおりであり、これには、市内の神社や寺院への祝金等も含まれている。そして、同表の番号5、6、29の各行事については、その支出先が神社であり、また、堀江元市長が各行事に参加して祝金及び玉串料を交付しているものであって、別表の各支出のうち最も宗教とのかかわりが強いものと考えられるので、これらについてまず検討することとする。
(イ) 宗教とのかかわり合いについて
観光協会の祝金等の支出先である三ノ宮比々多神社、大山阿夫利神社及び伊勢原大神宮は、いずれも宗教法人であって(〔証拠略〕)、憲法20条1項後段にいう「宗教団体」に当たる。
そして、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によると、例大祭、慰霊大祭及び本件各節分祭は、これらの神社が境内において挙行したものであり、神道の祭式に則って行われる儀式を含む宗教上の祭祀であり、また、玉串料は、一般には、上記のような宗教上の儀式が行われるに際して、神前に供えられ、宗教的意義を有すると考えられているものであって、祝金についても同様の意義を有することは否定し難い。
そして、上記イ(ア)<7>のとおり、これらの各行事については、堀江元市長が観光協会の会長として参加し、祝金及び玉串料を各神社に交付したというのであるから、市が観光協会に本件補助金を支出したことが、観光協会が祝金及び玉串料を支出したことを介して、特定の宗教団体と一定の関わり合いを生じさせるものであることは否定できない。
(ウ) 宗教とのかかわり合いの目的及び効果について
a しかしながら、一方において、観光協会の祭事費の支出については以下のような事情も指摘することができる。
<1> 観光協会が祭事費を支出した各行事には、明らかに宗教とは関係のない行事も含まれている(別表2の番号2、7、11、12、14ないし16、18、20、23、24、27、28、31)。
<2> 堀江元市長が観光協会の会長として参加した行事にも、宗教とは関係のない行事が含まれている(番号12、27、28)。
<3> 宗教と関係のある行事についても、神社や寺院において伝統的に行われ、また、多数の誘客が参加ないし観覧するものばかりであり、少なくとも一定程度、観光行事という意味合いがある。
<4> 祭事費の支出は、神社のほか寺院にもされていて(番号3、22、30)、特定の宗教団体のみに対して支出されているわけではない。
b 以上<1>ないし<4>のような事情に照らすと、観光協会がした平成15年度の祭事費の支出は、宗教と一定の関わりがあるといっても、伊勢原市内の観光事業の振興を主たる目的としてされたものということができる。
また、上記祝金及び玉串料の支出は、あくまで観光協会から支出されたものであることからすると、市が観光協会に祭事費を含む本件補助金を交付していることが、一般人に対して、市が特定の宗教団体を特別に支援しており、それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与えたり、特定の宗教への関心を呼び起こすようなものとはいえない。
そして、上記に述べたような事情は、何も平成15年度の祭事費に限ったことではなく、従前からほぼ同様の状況にあったものと推測される(平成15年度の祭事費の使途について例年と異なる特殊な事情があったことをうかがわせる証拠はない。)。
(エ) したがって、市の本件補助金の交付は、その行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為とは認められず、宗教とのかかわり合いの程度が、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものともいえないから、憲法20条3項により禁止される宗教的活動には当たらないと解するのが相当である。したがってまた、本件補助金の交付についても、憲法89条の規定に反するものではないというべきである。
そして、その余の観光協会が宗教団体主催の各行事ないし原告が政教分離原則違反と主張する各行事(番号1、3、4、8、9、13、17、19、22、25、26、30、32)に際して支出した各祝金等も、同様に憲法20条3項、89条に違反するものとは認められない。
(3) 原告のその余の主張について
ア 最少経費原則違反の主張について
原告は、本件補助金の交付が最少経費原則に違反すると主張するが、前記第3、3(2)のとおり、観光協会は、堀江元市長に対し、交付要望書及び交付申請書を提出し、これらに添付された収支予算書には、祭事費の説明として「日向薬師大祭、三ノ宮比々多神社例大祭、大山阿夫利神社秋季例大祭、節分祭等」と記載されており、また、観光協会の祭事費の支出は、少なくとも過去数年間は同様の支出先が多かったとうかがわれるから、市としては、本件補助金の交付に際して、観光協会の祭事費の支出先をおおむね把握していたと認められ、原告がいうように祭事費として何をいくら支出するのか分からないまま交付したとは認められない(なお、後記オ参照)。
イ 祭事費の目的外使用等をいう点について
その他、原告は、観光協会の祭事費の支出が目的外支出であるとか、不当な支出であるとか、二重支出である等と種々主張する。
しかしながら、そもそも、祭事費は観光行事に関する交際費と位置づけられている費用であり(本件要綱2条参照)、市内の観光事業の振興を図ることを目的とする観光協会が、社会的儀礼の範囲内で、その目的のために祭事費を支出することは、かかる祭事費が認められている趣旨に適うものである。したがってまた、観光協会がこのような祭事費を支出するのは相当であるとして、市が一定の補助率を定めて補助金を交付することを違法ということはできない。
そして、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によると、原告が指摘する各支出も、以下のとおり、観光事業の振興を図るため社会的儀礼の範囲内で支出されたものと認められるから、いずれも、市が観光協会に対し本件補助金を交付した趣旨に照らして相当なものというべきである。
(ア) まが玉祭への祝金(別表2の番号10)については、市が観光協会に補助した三ノ宮地区誘客対策事業補助金はまが玉祭の運営費に充当することを目的としたものであり、観光協会がまつり開催当日に別途祝金を支出したとしても二重支出というべきものではない。
(イ) 日本観光旅館連盟首都圏支部通常総会への祝金(番号12)については、同総会が、首都圏における観光振興のために開催されたものであることから、観光協会の会長がこれに出席するに際して祝金を持参したものと認められ、社会的儀礼として相当なものというべきである。
(ウ) あつぎ鮎まつり花火大会、秦野たばこ祭、西丹沢もみじまつりへの祝金(番号16、20、23)については、市の近隣で開催されるまつりに際して、広域的に観光客を誘致する等のため支出したものと認められ、観光協会の目的に照らして不相当な支出とはいえない。
(エ) Xの郷づくり協議会総会への祝金(番号18)については、地域住民により組織される同協議会が、地域散策マップの作製、史跡周辺の整備等に取り組み、観光振興に寄与しているために支出したものと認められ、観光協会の目的に照らして不相当な支出とはいえない。
(オ) 火祭薪能への祝金(番号21)については、観光協会とこれを共催する火祭薪能実行委員会が、その開催に当たって協力しているために支出したものと認められ、火祭薪能が同委員会との共催行事であるからといって不相当な支出とは認められない。
(カ) 伊勢原警察武道始への観光協会長賞及び警察官激励会への祝金(番号27、28)については、伊勢原警察署が、観光行事開催時の交通規制、雑踏警備、露店の出店指導等について様々な指導と協力をしているために支出したものと認められ、不相当な支出とまではいえない。
(キ) 大山とうふまつりへの祝金(番号31)については、大山観光振興会補助金は、大山地区で計画している日帰り温泉施設の運営方法や活用方策の調査研究を行っている大山観光振興会に対し当該研究経費に充当することを目的として支出されるものと認められるから、これと祝金とは趣旨が異なり、二重支出というべきものではない。
ウ 市長交際費との関係をいう点について
原告は、堀江元市長が各行事に参加した際に市長交際費を使用せず、観光協会の祭事費から支出した点も指摘するが(番号12、21、27、28)、堀江元市長はいずれも観光協会会長としての立場から参加したのであるし、既に述べたところから明らかなように、市長交際費から支出したとした場合でも違法となるわけではないから、これらを脱法的な行為などということはできない。
エ 宣伝費について
原告は、観光協会が新聞社や放送局に対し市内の神社の例大祭や節分祭に関する情報を提供したこと等をもって、宣教活動をしたと主張するが、〔証拠略〕によると、観光協会は、様々な広報媒体を活用して観光情報を発信して市内の観光事業の振興を図るために、上記のような情報提供等を行ったものと認められ、特定の宗教団体についてのみ特別に宣伝をしたというわけではない。そうすると、観光協会が上記のような情報提供活動をしているからといって、本件補助金の交付を違法ということはできない。
オ 余剰金について
平成15年度の観光協会の収支は、別表1のとおりであり、収入済額は3619万8770円、支出済額は2799万9819円であり、平成16年度への繰越額は、819万8951円であるが、観光協会は、当該年度限り存在するものではなく、次年度以降も存続することが予定されている上、次年度補助金は次年度初日に交付されるものではないため(前記第3、3(2)イのとおり、本件補助金の平成15年度前期分は同年8月29日に支出された。)、次年度繰越金はその存続のために不可欠である。
また、祭事費については、予算額は60万円であった(〔証拠略〕)が、実際に支出された額は別表1のとおり52万5000円であった。確かに、原告がいうように各行事の開催はある程度前もって予定されたものであるとはいっても、様々な事情により予測した総額よりも多く祭事費としての支出が必要となることもあり得るのであって、相当な範囲で多めに予算を決めることは合理的なことであるといえる。
したがって、次年度繰越金が発生したことや、実際に支出された祭事費が予算額より下回ったことをもって、本件補助金の交付が使途を十分に把握されないまま支出されたとか、必要以上の額が交付されているとはいえず、このような事実をもって本件補助金の交付を違法と解することはできない。
(4) 小括
以上検討したことからするならば、観光協会による平成15年度の本件補助金の使途について特に違法視すべき点はなく、同補助金が交付された趣旨にも沿い、観光協会において適宜に決定し得る範囲内のことと認められる。そして、本件補助金の使途は例年上記と同様のものであったと思われることからすると、既に交付決定(支出負担行為)がされている状況下で、商工観光振興課長が本件補助金の平成15年度後期分の支出命令をしたことが政教分離規定に反し、あるいは、原告が主張するその他の事由により違法であるということはできないし、もとより、堀江元市長にそれを阻止すべき指揮監督上の義務があったとも認められない。したがって、市が観光協会に対し上記支出命令に係る補助金を返還請求すべき事由も見いだせない(なお、原告は返還請求を怠ることによる損害賠償請求においては、もともと支出命令が違法であるということのほかに、観光協会の本件補助金の使途が同補助金が交付された趣旨に沿わないことも主張しているものと認められるが、このような観点で検討してみても、上記のとおり、そのような事実は認められない。なお、そもそも、返還請求を怠ることによる損害賠償は、怠る事実に起因して生じた損害の賠償と解すべきであるから、返還請求し得る債権額と必ずしも一致するわけではなく、かかる怠る事実自体による損害については主張、立証がない。)。
よって、上記補助金に係る支出命令の違法及びこれに基づき支出された補助金の返還請求を怠ることの違法を理由とする原告の請求は、いずれも理由がない。
6 争点6(本件各節分祭への参加に係る公金の支出)について
(1) 原告は、堀江元市長が本件各節分祭に参加したことが政教分離規定に違反し、これに伴う同元市長及びB運転員の1日分の給与、B運転員の時間外勤務手当、本件公用車の1日分の賃料及びガソリン代の支出が違法な公金支出である旨主張する。
(2) しかし、前記3で述べたとおり、ここでの検討対象は、<1>給与関係(B運転員に対する時間外勤務手当の関係を含む。)については、総務部総務課長がした支出負担行為及び支出命令、<2>本件公用車のリース料については市長公室長がした支出負担行為及び市長公室秘書室長がした支出命令、<3>ガソリン代の支払については、市長公室秘書室長がした支出負担行為及び支出命令における各財務会計上の違法の有無及び、これらの点に財務会計上の違法があった場合における堀江元市長の指揮監督義務違反等の有無ということになる。
しかして、上記各支出負担行為又は支出命令の根拠についてみると、<1>給与関係については、伊勢原市職員の給与に関する条例に基づくもの、<2>本件公用車のリース料については業者とのリース契約に基づくもの、<3>ガソリン代については、ガソリン供給に係る契約に基づくものと認められる(〔証拠略〕、弁論の全趣旨)から、仮に堀江元市長が本件各節分祭に参加したことが政教分離規定に反するものであったとしても、これらの各支出負担行為及び支出命令が財務会計上違法となる理由はないものというべきである。すなわち、原告の指摘する政教分離規定違反の点は、これらの行為の財務会計上の義務違反を主張するものではないといわざるを得ない。
もっとも、原告は上記の給与関係については、本件各節分祭の開催日(平成16年2月3日)に堀江元市長及びB運転員が公務に従事していないことを指摘しているのであるが、前記条例では両名の給与は月額で支給されることになっていたと認められる(〔証拠略〕)から、公務に従事していない日があるからといって、それに相当する日分の給与等の支払が当然に違法なものになるとは解されない(原告は、上記給与等の支払が前記条例に反することを具体的に主張するものではない。)。また、B運転員に対する時間外勤務手当の支給については、当該時間外勤務の事実が確認される必要があると解されるが、〔証拠略〕によれば、そもそも当該日の時間外勤務手当が支給された事実は認められなかったというのであり、これが支給されたという的確な証拠は存しないから、原告の指摘は前提を欠くものである。
なお、上記のことに関連して述べると、堀江元市長は個人として本件各節分祭に参加したわけではなく、観光協会の会長という立場で参加したのであり、この点は、1日に3か所もの神社を回り、それぞれ観光協会からの祝金を持参し、また、例年同じような行動をしていることからも明らかである。そして、上記観光協会は伊勢原市の観光事業の振興を目的として設立され、会長は市長をもって充てる等、その運営には市が深く関与しているのであって、市長の職務は広範に及び、同会長としての活動と市長としての職務とは截然と区別できるものではないことからすれば、堀江元市長が本件各節分祭に参加したことが市長としての職務と無関係なものとはいえないし、B運転員については、その命じられるところに従って公用車を運転したものと認められるから、なおさらである。すなわち、原告の上記指摘は、本件各節分祭が開催された平成16年2月3日に上記両名がいずれも職務に従事していないという前提を欠くものというべきである。
(3) 以上のとおり、原告の、堀江元市長が本件各節分祭に参加したことに伴う各支出負担行為及び支出命令が違法である旨の主張は、堀江元市長の行為が政教分離規定に違反するものであるかどうかを判断するまでもなく、理由がない。
第7 結論
以上のとおりであって、本件訴えのうち、主文1に記載した訴えは不適法であるからいずれも却下し、その余の訴えに係る請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村吉晃 裁判官 植村京子 高橋心平)
別表2
整理番号 摘要 支出の内容 支出先(開催者)
行事名称 支出年月日 名目 金額(円) 支出した理由 名称
1 大山桜まつり 平成15年4月6日 祝金 10,000 大山地域の観光振興と儀礼のため。 阿夫利睦
2 おきな草祭り 同年4月6日 祝金 5,000 イベント支援(幻の花翁草の保護)と儀礼のため。 おきな草愛護会
3 日向薬師本尊開扉法会 同年4月15日 祝金 30,000 日向地域の観光振興と儀礼のため。 日向薬師
4 商業観光振興対策 同年4月17日 賄い費 20,000 商業観光振興、伝統行事継承のための支援と儀礼のため。 一番街商店会
5 三之宮比々多神社例大祭 同年4月22日 祝金 20,000 比々多地域の観光振興と儀礼のため。 三之宮比々多神社
6 大山阿夫利神社御鎮座五十五周年慰霊大祭 同年4月25日 玉串料 10,000 大山地域の観光振興、戦没者等の慰霊祭参加と儀礼のため。 大山阿夫利神社
7 ひじり峰祭り 同年5月1日 祝金 5,000 比々多地域の観光振興と儀礼のため。 栗原ひじり峰祭り実行委員会
8 国府祭 同年5月1日 祝金 10,000 伝統行事継承と儀礼のため。 三之宮比々多神社
9 酒まつり 同年5月8日 祝金 10,000 大山地域の観光振興と儀礼のため。 大山阿夫利神社
10 第16回まが玉祭 同年5月14日 祝金 10,000 比々多地域の観光振興と儀礼のため。 まが玉祭実行委員会
11 第52回酒祭り大山天狗講 同年5月21日 祝金 10,000 勝海舟の顕彰、平和祈願のつどいへの参加と儀礼のため。 文化集団大山天狗講
12 平成15年度日本観光旅館連盟首都圏支部通常総会 同年5月21日 祝金 10,000 総会の開催に対するお祝いと儀礼のため。 日本観光旅館連盟首都圏支部
13 権田翁並びに歴代社司宮司慰霊祭・伝統神事舞「田舞」の奉納 同年5月30日 祝金 10,000 大山地域の観光振興と儀礼のため。 大山阿夫利神社
14 アジサイまつり 同年6月20日 祝金 10,000 日向地域の観光振興と儀礼のため。 たかべや緑の里振興会
15 道灌忌 同年7月25日 不祝儀 10,000 太田家主催の墓前祭への参加と儀礼のため。 太田道灌公墓前祭実行委員会
16 あつぎ鮎まつり花火大会 同年8月1日 祝金 5,000 丹沢大山地域の交流と儀礼のため。 あつぎ鮎まつり実行委員会
17 大山阿夫利神社秋季例大祭 同年8月28日同年8月28日 祝金奉献酒料 10,0005,000 大山地域の観光振興と儀礼のため。大山地域の観光振興と儀礼のため。 大山阿夫利神社大山阿夫利神社
18 Xの郷づくり協議会総会 同年8月29日 祝金 5,000 総会の開催に対するお祝いと儀礼のため。 Xの郷づくり協議会
19 伊勢原大神宮例大祭 同年9月19日 祝金 10,000 伊勢原地域の観光振興と儀礼のため。 伊勢原大神宮
20 第56回秦野たばこ祭 同年9月27日 祝金 5,000 丹沢大山地域の交流と儀礼のため。 秦野たばこ祭実行委員会
21 第23回大山火祭薪能 同年10月6日 祝金 10,000 大山地域の観光振興と儀礼のため 火祭薪能実行委員会
22 皇子まつり(弘文天皇供養祭) 同年10月24日 祝金 10,000 日向地域の観光振興と儀礼のため。 石雲寺
23 西丹沢もみじまつり 同年11月11日 祝金 10,000 丹沢大山地域の交流と儀礼のため。 山北町観光協会
24 第2回いきいき伊勢原シニア祭り 同年11月15日 祝金 10,000 ボランティアガイド協会への激励と儀礼のため。 いせはら観光ボランティアガイド協会
25 大山阿夫利神社新穀感謝祭 同年12月5日 祝金 10,000 市内観光農業振興と儀礼のため。 大山阿夫利神社
26 大山阿夫利神社新春行事の事務始め祭(局開き) 平成16年1月5日 祝金 10,000 大山地域の観光振興と儀礼のため。 大山阿夫利神社
27 伊勢原警察署武道始 同年1月26日 観光協会長賞 10,000 賞品代と儀礼のため。 伊勢原警察署
28 警察官激励会 同年1月29日 祝金 5,000 参加費と儀礼のため。 伊勢原警察署
29 節分祭 大山阿夫利神社三之宮比々多神社伊勢原大神宮 同年2月3日同年2月3日同年2月3日 祝金祝金祝金 80,00080,00020,000 大山地域の観光振興と儀礼のため。比々多地域の観光振興と儀礼のため。伊勢原地域の観光振興と儀礼のため。 大山阿夫利神社三之宮比々多神社伊勢原大神宮
30 大山寺五壇護摩法要 同年2月28日 祝金 30,000 大山地域の観光振興と儀礼のため。 大山寺
31 第14回大山とうふまつり 同年3月6日 祝金 10,000 大山地域の観光振興と儀礼のため。 大山とうふまつり実行委員会
32 善波三嶋神社例大祭 同年3月26日 祝金 10,000 比々多地域の観光振興と儀礼のため。 善波三嶋神社
計 35件 525,000