大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成16年(行ウ)78号 判決 2006年7月19日

主文

1  原告の被告横浜市長に対する訴えをいずれも却下する。

2  原告の被告横浜市に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告横浜市長に対する請求

被告横浜市長は,別紙1物件目録記載の建物に係る平成16年度固定資産課税台帳の登録価格を21億1626万9413円に修正し,これを固定資産課税台帳に登録する処分をせよ。

2  被告横浜市に対する請求

(1)  主位的請求

被告横浜市は,原告に対し,7875万5850円並びに,うち787万5585円に対する平成7年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成8年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成9年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成10年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成11年3月1日から支払済みまで,それぞれ年5分の割合による金員,及び,うち787万5585円に対する平成12年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成13年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成14年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成15年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成16年3月1日から支払済みまで,それぞれ年7.3パーセントの割合による金員を支払え。

(2)  予備的請求

被告横浜市は,原告に対し,7875万5850円並びに,うち787万5585円に対する平成7年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成8年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成9年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成10年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成11年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成12年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成13年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成14年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成15年3月1日から支払済みまで,うち787万5585円に対する平成16年3月1日から支払済みまで,それぞれ年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は,別紙1物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有する原告が,被告横浜市長(以下「被告市長」という。)が平成16年度の固定資産課税台帳に登録した本件建物の価格(以下「本件登録価格」という。)に重大な錯誤があって「適正な時価」(地方税法(以下「法」という。)341条5号)を上回ると主張し,被告市長に対して本件登録価格の修正処分及び修正された価格の登録処分をするよう求める(以下「本件義務付けの訴え」という。)とともに,本件登録価格における上記錯誤によって発生した本件建物に係る固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」という。)の過納金と同程度以上の過納金が,平成15年度以前の固定資産税等においても発生していたとして,被告横浜市(以下「被告市」という。)に対して,以下の請求をした事案である。

(1)  平成11年度から平成15年度にかかる固定資産税等についての還付金及びこれに対する還付加算金の請求(以下「本件還付金等請求」という。)並びに平成6年度から平成10年度にかかる固定資産税等についての過納金及びこれに対する利息の不当利得としての返還請求

(2)  (1)の予備的請求として,平成6年度から平成15年度にかかる固定資産税等についての過納金及びこれに対する利息の不当利得としての返還請求

(3)  さらに,(2)の予備的請求として,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づく,平成6年度から平成15年度にかかる固定資産税等についての過納金相当額及びこれに対する遅延損害金の賠償請求(以下「本件国家賠償請求」という。)

2  基礎となる事実

(1)  被告市長は,平成6年度から平成16年度に至るまで,別紙2別表A欄記載のとおり,本件建物の価格を決定してきた(以下,平成6年度から平成15年度に至るまでの登録価格を「本件各登録価格」,価格決定を「本件各価格決定」といい,平成16年度における価格決定を「本件価格決定」という。)。

(2)  原告は,本件建物の所有者として,平成6年度から平成15年度に至るまで,別紙2別表D及びE欄記載のとおり本件建物に係る固定資産税等を課税され(以下「本件各課税処分」といい,本件各価格決定と併せて「本件各課税処分等」という。),これらを納付してきた。

(3)  本件建物は平成5年9月13日に新築され,同年11月26日に固定資産評価員等の実地調査を受け,本件建物の事務所部分(以下「本件事務所部分」という。)と本件建物の倉庫部分(以下「本件倉庫部分」という。)のそれぞれにつき,平成6年度の固定資産評価額算定のための評価調書が作成された(甲1,3,4,弁論の全趣旨)。

(4)  固定資産税における課税標準は,当該土地又は家屋の基準年度に係る賦課期日における価格とされ(法349条1項),この価格とは「適正な時価をいう。」とされている(法341条5号)。

そして,総務大臣(平成6年当時は自治大臣)は,固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続,すなわち固定資産評価基準を定め,これを告示しなければならない(法388条1項)とされている。

(5)  固定資産評価基準による家屋の固定資産評価額は,当該家屋の「再建築費評点数」を求め,これに「損耗の状況による減点補正率」及び必要に応じて「需給事情による減点補正率」を乗じて「評点数」を求め,さらに「評点1点当たりの価額」を乗じて「評価額」を求めることとなる。

そして,上記再建築費評点数を算出する方法には,多少の変遷はあるが,概ね以下のようなものが示されている。

ア 部分別による再建築費評点数の算出方法

当該家屋の構造の区分に応じ,当該家屋について適用すべき再建築費評点基準表によって当該家屋の各部分別に標準評点数を求め,これに補正項目について定められている補正係数を乗じて得た数値に計算単位の数値を乗じて算出した部分別再建築費評点数を合計して求める。

イ 比準による再建築費評点数の算出方法

当該市町村に所在する非木造家屋を,その実態に応じて,構造,程度,規模等の別に区分し,それぞれの区分ごとに標準とすべき非木造家屋を標準非木造家屋として定め,これらについてアの方法により再建築費評点数を付設する。そして,標準非木造家屋以外の非木造家屋で,当該標準非木造家屋の属する区分と同一の区分に属するもの(比準非木造家屋)の再建築費評点数は,両家屋の各部分別の使用資材,施工量等の相違を考慮し,標準非木造家屋の部分別再建築費評点数又は再建築費評点数に比準して付設する。

ウ 在来分家屋に係る算出方法(乗率比準評価方式。ただし,平成15年度評価基準においては別の方式が採られている。)

当該市町村に所在する在来分の非木造家屋を,その実態に応じて,構造,程度,規模等の別に区分し,それぞれの区分ごとに標準とすべき在来分の非木造家屋を標準非木造家屋として定め,これらについてアの方法により再建築費評点数を付設する。そして,標準非木造家屋以外の在来分の非木造家屋で,当該標準非木造家屋の属する区分と同一の区分に属する在来分の非木造家屋(比準非木造家屋)の再建築費評点数は,標準非木造家屋の基準家屋の基準年度における再建築費評点数の前年度における再建築費評点数に対する割合を求め,当該割合を基準として市町村長が定めた率(評点変動率)を比準非木造家屋の前年度における再建築費評点数に乗じて求める。

(6)  原告は,平成16年6月4日付けで本件価格決定につき横浜市固定資産評価審査委員会に審査申出をしたが,同委員会は同年11月30日付けでこれを却下する旨の決定をした(甲7)。

第3争点

1  本件義務付けの訴えの適法性

2  本件登録価格に重大な錯誤(法417条)が認められるか。

3  本件各課税処分等に無効原因が認められるか。

4  本件各課税処分等の違法を理由とする国家賠償請求は認められるか。

5  原告の過納金額ないし損害額

第4争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件義務付けの訴えの適法性)について

(1)  被告市長の主張

ア 法434条2項との関係について

(ア) 本件義務付けの訴えは,本件登録価格が違法に高額であるとして,その修正を求めるものであるが,登録価格について不服のある納税者は固定資産評価審査委員会(以下「審査委員会」という。)に対して審査の申出をすることができ(法432条1項),審査の決定に不服があればその取消訴訟を提起することができるが(法434条1項),登録価格に対する不服はこれらの方法によってのみ争うことができるとされている(法434条2項)。このように,法は,登録価格に関する争いについては,審査委員会に排他的管轄を認めており,登録価格決定に重大明白な違法があって無効とされる場合を除き,審査委員会の審査を経ないで登録価格の修正等を求める義務付け訴訟を提起することは許されない。

(イ) なお,本件登録価格は,基準年度のものではなく,法が例外的に許容する場合を除いては審査委員会に審査申出をすることができないが(法432条1項ただし書),そのことから本件登録価格について直ちに義務付け訴訟等をすることができるとしたのでは,法が第三者機関である審査委員会を設けた趣旨や審査申出期間を60日に限った趣旨を無視することになるから,上記審査申出ができない場合には義務付け訴訟を提起できるといった解釈は採り得ない。

(ウ) また,原告が指摘する最高裁平成17年4月14日第一小法廷判決は,「その旨を登記機関に申し出て,前項の通知をすべき旨の請求をすることができる」と規定する登録免許税法31条2項所定の請求の手続によらなくても過誤納金の還付請求ができるとしたものであって,法432条1項及び434条2項が問題となる本件とは前提となる法令の内容を異にする。

(エ) 以上から,本件義務付けの訴えは,法434条2項,432条1項に照らし不適法である。

イ 義務付け訴訟の訴訟要件(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)37条の2)について

後記(2)イの原告の主張は争う。

(2)  原告の主張

ア 法434条2項との関係について

(ア) 固定資産の価格評価等に関する資料は,行政庁の側に偏在しているところ,登録価格の審査申出期間が2か月余りしかない(法432条1項)のは,それ自体が短期にすぎる上に,申告納税方式による国税でさえ法定申告期限から1年間の更正が認められること(国税通則法23条1項)とのバランスを欠くものであって,被告市長の主張するような形で,登録価格に関する争いについて審査委員会に排他的管轄を認めるのは妥当でない。

(イ) この点,法が,登録価格に関する争いについて審査委員会に排他的管轄を認めている事項は,法432条1項の規定により審査委員会に審査を申し出ることができる事項に限られ(法434条2項),それ以外の事項については何ら規定していない。そうすると,本件登録価格は基準年度のものではなく,審査委員会に審査を申し出ることのできない事項であるから,これについて審査委員会の審査を経ずに義務付け訴訟等を提起しても同項に反することにはならないというべきである。

(ウ) さらに,過大に登録免許税を納付して登記等を受けた者が登録免許税法31条2項所定の請求の手続によらないで過誤納金の還付請求をすることを認めた最高裁平成17年4月14日第一小法廷判決は,登記機関への請求に1年の期間制限を設けた登録免許税法31条2項による手続の排他性を否定する理由として,納付不足額徴収の場合と還付金返還請求の場合との消滅時効期間の権衡,及び登録免許税のような賦課課税方式の下では,申告納税方式とは異なり,税額の算定が納税義務者の自己責任であるとして法的安定性を優先させることができないことを挙げている。これらの事情は本件についても認められ,上記判例に照らしても法432条1項,434条2項によらないで登録価格を争うことは許されるというべきである。

(エ) したがって,本件義務付けの訴えは,法432条1項,434条2項に反するものではない。

イ 義務付け訴訟の訴訟要件(行訴法37条の2)について

(ア) 重大な損害(同条1項,2項)

本件登録価格には重大な錯誤があるところ,これが正されなければ,原告は平成16年度及び本件登録価格が据え置かれる平成17年度の固定資産税等において毎年約787万円を過納することとなり,その後の年度も同様の過納が継続する蓋然性が高く,損害の程度は大きい。これらの損害は,財産的損害ではあるが,不当利得返還請求等の金銭的請求によっては必ずしも適切に回復できないものである。また,原告が義務付けを求める処分が第三者の権利利益に何ら影響するものでない性質のものであることも併せ考えると,当該処分がされないことにより,原告に重大な損害が生じるおそれがあるといえる。

(イ) 他に適当な方法がないこと(行訴法37条の2第1項)

本件登録価格は基準年度のものではないため,審査委員会への審査申出により争うことは原則としてできず(法432条1項ただし書),現に横浜市審査委員会は原告の審査申出を却下している(甲7)。

また,固定資産税等は,賦課された税額を全額納めるまでは金銭的請求をすることができず,金銭的請求も原告に生じる上記重大な損害を避けるための適当な方法とはいいがたい。

したがって,本件義務付けの訴え以外に,上記重大な損害を避けるための適当な方法はない。

(ウ) 原告適格(行訴法37条の2第3項,4項)

原告は本件建物の所有者として固定資産税等を課されている者であって,固定資産税等の税額は登録価格に税率を乗じて自動算定されるものであるから,本件登録価格の修正等の処分を求めるにつき,当然に法律上の利益を有する。

(エ) したがって,本件義務付けの訴えは,義務付け訴訟の訴訟要件(行政事件訴訟法37条の2)を満たしている。

2  争点2(本件登録価格に重大な錯誤(法417条)が認められるか)について

(1)  本件登録価格の重大な錯誤

ア 原告の主張

本件登録価格は平成16年度のものであるところ,これを算定する基礎となった再建築費評点数は,平成6年度の再建築費評点数(以下「平成6年度評点数」という。)に評点変動率等を乗じて算出されたものであるから,平成6年度評点数に重大な錯誤があれば,本件登録価格にも重大な錯誤が認められることになる。そして,平成6年度評点数には,以下の(2)及び(3)で述べる理由により重大な錯誤が認められる。

イ 被告市長の主張

後記(2)及び(3)に関する原告の主張には,いずれも理由がなく,平成6年度評点数に重大な錯誤はないから,本件登録価格にも重大な錯誤は認められない。

(2)  平成6年度における被告市の固定資産評価事務取扱要領(以下「平成6年度市取扱要領」という。)の違法性

ア 原告の主張

(ア) 平成6年度評点数は,平成6年度市取扱要領に基づいて算出されたものであるところ,同要領は,平成6年度の固定資産評価基準(以下「平成6年度評価基準」という。)と比較した場合,補正項目について以下のような欠落が認められる(甲21,乙2)。

a 給水設備

平成6年度評価基準において存在する「集中性」・「設備の多少」・「水槽の程度」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

b 排水設備

平成6年度評価基準において存在する「方式」・「集中性」・「設備の多少」・「管財」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

c 動力配線設備

平成6年度評価基準において存在する「動力負荷」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

d 電灯コンセント配線設備

平成6年度評価基準において存在する「配置」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

e 蛍光灯用器具設備

平成6年度評価基準において存在する「配置」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

f 拡声器配線設備

平成6年度評価基準において存在する「器具数」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

g 電気時計配線設備

平成6年度評価基準において存在する「器具数」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

h ガス設備

平成6年度評価基準において存在する「集中性」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

i 火災報知設備

平成6年度評価基準において存在する「感知方式」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

j 避雷設備

平成6年度評価基準において存在する「突針数」による補正項目が,平成6年度市取扱要領においては存在しない。

(イ) この点,被告市長は,後記イ(ウ)において,給水設備,排水設備,動力配線設備,電灯コンセント配線設備,ガス設備における各補正項目については,平成6年度評価基準で数項目に分けられていた補正項目を,平成6年度市取扱要領においては「規模」による補正の項目に併合したにすぎない旨主張するが,平成6年度市取扱要領におけるこれらの各設備の「規模」の補正係数はすべて同じであること,併合されたとされる平成6年度評価基準の各補正項目の連乗補正係数と平成6年度市取扱要領の「規模」の補正係数とを比較すると,その値に大きな差があることから,補正項目を併合したにすぎないとの被告らの主張には合理性がない。

(ウ) 平成6年当時,法388条は,自治大臣(当時。以下同じ。)が固定資産評価の基準を定め,これを告示することとしていた。そして,上記告示に当たる平成6年度評価基準は,市町村長は,評点基準表に所用の評点項目及び標準評点数がないとき,その他家屋の実態から見て特に必要のあるときは評点基準表について所要の補正を行い,また,当該家屋の構造等からみて評点基準表を適用して評価することが困難なものがあるとき,若しくは適当でないものがあるときは,当該家屋の実態に応じた評点基準表を作成してこれを適用することができるとしている。

しかし,平成6年度市取扱要領は,上記のような評点基準表を適用できない等の事由に基づくものではない。

平成6年度市取扱要領における上記(ア)のような補正項目の欠落は,いずれも家屋の実態と無関係に,合理的理由もなく補正の仕方を簡易化したものであり,同要領には重大な欠陥がある。平成6年度評価基準における上記規定の趣旨は「適正な時価」(法341条5号)算定の正確性を一層期することにあるから,評価の簡便化として平成6年度評価基準の評点基準表の精度に及ばないような基準を設定することは許されない。

イ 被告市長の主張

(ア) 原告が争っているような再建築費評点基準表の一般的合理性についても,審査委員会が審査する権限を有しており(東京高等裁判所平成17年7月13日判決(乙3)参照),平成6年度市取扱要領の合理性を争う場合も,まず審査委員会に審査の申出をする方法によるべきである(法432条1項)。この点,原告はこのような審査の申出を行っていないから,本件訴訟で平成6年度市取扱要領の合理性を争うことは許されない。

(イ) また,法が固定資産の評価は固定資産評価基準によらなければならないとしたのは,大量の固定資産についてより均衡のとれた評価を行うためであって,より詳細で精度の高い評価をするためではないから,平成6年度評価基準から補正項目が一部欠落しているとしても,それにより平成6年度市取扱要領が直ちに違法となるものではない。

(ウ) この点,平成6年度市取扱要領における補正項目は,以下のとおり,平成6年度評価基準の本質が損なわれない範囲で,一定の合理的理由により一部の補正項目を減らしたか,他の項目と併合したものにすぎないから,同要領を適用したことが重大な錯誤となることはない。

a 給水設備

平成6年度市取扱要領においては,平成6年度評価基準にある「規模」・「集中性」・「設備の多少」の3つの補正項目を「規模」の補正項目にまとめたほか,「水槽の程度」は補正項目として考慮しないことにしている。

「規模」による補正は,床面積が大きくなればなるほど1平方メートル当たりの資材の使用量や工事費が下がることに着目した補正であり,「集中性」及び「設備の多少」による補正は,いずれも評価対象家屋に設置された給水設備の配管などの設置位置や設置数といった設備の密度によって,資材の使用量や工事費等が異なることに着目した補正であるが,設備の密度は通常,建物全体でみると床面積が大きくなればなるほど小さくなるものであり,「集中性」及び「設備の多少」は床面積との結びつきが強い。そこで,これらの補正項目は,延べ床面積に応じて補正係数を選択する「規模」に含めて考慮することとしたものである。

b 排水設備

平成6年度市取扱要領においては,平成6年度評価基準にある「規模」・「集中性」・「設備の多少」の3つの補正項目を給水設備と同様の理由(上記a)から「規模」の補正項目にまとめた。また,「方式」による補正は,直接公共下水道に流せるかをみるものであるが,横浜市の場合にはほとんどの地域で直接放流が可能なため標準の1.0とし,「管財」による補正は,排水管の材質によって増減補正するものであるが,一つの家屋でも排水の種類によって数種の材質が使われているのが現状であり,実際の評価において標準の1.0以外の補正係数を適用する場合が少ないことから,これについても補正項目として考慮しないこととしたものである。

c 動力配線設備

平成6年度市取扱要領においては,平成6年度評価基準にある「規模」・「動力負荷」の各補正項目を「規模」の補正項目にまとめた。すなわち,「規模」による補正は,床面積が大きくなればなるほど1平方メートル当たりの資材の使用量や工事費が下がることに着目した補正であるのに対し,「動力負荷」による補正は,評価対象家屋に設置された動力配線設備の動力機器類の規模や設置数といった設備の密度によって,資材の使用量や工事費等が異なることに着目した補正である。この点,設備の密度は通常,建物全体でみると床面積が大きくなればなるほど小さくなるもので,「動力負荷」は床面積との結びつきが強いから,延べ床面積に応じて補正係数を選択する「規模」の補正項目に含めて考慮することとしたものである。

d 電灯コンセント配線設備

平成6年度市取扱要領においては,平成6年度評価基準にある「規模」・「配置」の各補正項目を「規模」の補正項目にまとめた。すなわち,「規模」による補正は,床面積が大きくなればなるほど1平方メートル当たりの資材の使用量や工事費が下がることに着目した補正であるのに対し,「配置」による補正は,評価対象家屋に設置された電灯コンセント配線関連設備の設置数,設置方法,設置密度によって,資材の使用量や工事費等が異なることに着目した補正である。この点,設備の密度は通常,建物全体でみると床面積が大きくなればなるほど小さくなるもので,「配置」は床面積との結びつきが強いから,延べ床面積に応じて補正係数を選択する「規模」の補正項目に含めて考慮することとしたものである。

e 蛍光灯用器具設備

平成6年度市取扱要領では,平成6年度評価基準にある「配置」及び「室内色」による補正を考慮していない。すなわち,「配置」による補正は照明器具の配置の多少により必要な工事が増減することを補正するもの,「室内色」による補正は窓からの採光の多少等による室内の明暗により同じ明るさを得るための照明器具の数,種類等に変化が生じることから設けられている補正項目である。他方,「天井高」による補正は,天井が高ければ高いほど明かりが届きにくくなるため,より強度の照明が必要になるといったように,天井の高低により同じ明るさを得るための照明器具の数,種類等に変化が生じることから設けられている補正項目である。そして,「天井高」及び「室内色」による補正は,「配置」補正の安全弁とされており(乙7),これら3つの項目は互いに補う関係にあることから,平成6年度市取扱要領においては,より簡易明瞭な「天井高」による補正を行うことで,「配置」及び「室内色」による補正も網羅することが可能と考え,後二者を独立した補正項目としては考慮しなかったものである。

f 拡声器配線設備

平成6年度市取扱要領では,拡声器配線設備について,平成6年度評価基準にある「器具数」及び「程度」による補正のうち,「器具数」による補正については考慮しないこととしている。拡声器については,どのような機器であっても音量に大きな差異はなく,建物の間取り等の状況によっては多少の相違はあるものの,ほとんどの建物で面積当たりの器具数に大きな違いはないので,器具数による補正は考慮しないこととしたものである。

g 電気時計配線設備

平成6年度市取扱要領では,電気時計配線設備についても,拡声器配線設備(上記f)と同様,建物の間取り等の状況によっては多少の相違はあるものの,ほとんどの建物で面積当たりの器具数に大きな違いはないので,平成6年度評価基準にある「器具数」による補正は考慮しないこととした。

h ガス設備

平成6年度市取扱要領では,平成6年度評価基準にある「規模」・「集中性」・「設備の多少」の3つの補正項目を「規模」の補正項目にまとめた。すなわち,「規模」による補正は,床面積が大きくなればなるほど1平方メートル当たりの資材の使用量や工事費が下がることに着目した補正であり,「集中性」及び「設備の多少」による補正は,いずれも評価対象家屋に設置されたガス使用口の設置位置やガスカランの設置数といった設備の密度によって,資材の使用量や工事費等が異なることに着目した補正であるが,設備の密度は通常,建物全体でみると床面積が大きくなればなるほど小さくなるものであり,「集中性」及び「設備の多少」は床面積との結びつきが強い。そこで,これらの補正項目は,延べ床面積に応じて補正係数を選択する「規模」による補正に含めて考慮することとしたものである。

i 火災報知設備

平成6年度市取扱要領では,平成6年度評価基準にある「施設範囲」,「感知方式」,「間仕切」について補正項目としては考慮しないこととしている。「感知方式」による補正は,感知器の機種に応じて補正するもので,煙感知方式のものを標準とし,それ以外の場合に減額補正を行うものであるが,消防法令によれば,階段やエレベータには煙感知方式のものの設置が義務づけられており,大抵の建物に煙感知方式が設置されていることから補正項目として考慮していないものである。

j 避雷設備

平成6年度市取扱要領では,平成6年度評価基準にある「突針数」による補正は考慮していない。「突針数」による補正は,針数が増えることによって,工事費用の1本当たりの単価が低くなることに着目したものであるが,1基の場合が標準の1.0,それ以上は何本増えても0.8と規定しているにすぎず,避雷設備については建物の高さによる補正を行うことで足りると考えられたため,突針数は考慮しないこととしたものである。

(3)  平成6年度評点数における個々の部分別評点付設の誤り

ア 原告の主張

(ア) 主体構造部について

捨てコンクリート(本件事務所部分120立方メートル,本件倉庫部分39.5立方メートル)については,鉄筋が使用されていないから無筋コンクリートとして評価すべきところ,被告市は誤って鉄筋コンクリートとして評価している。

また,土間コンクリート(本件事務所部分194立方メートル,本件倉庫部分55.9立方メートル)についても,鉄筋が使用されていないから無筋コンクリートとして評価すべきところ,被告市は誤って鉄筋コンクリートとして評価している。

そのため,鉄筋コンクリートの使用量が,本件建物全体で409.4立方メートル過大に計上され,その結果本件建物の床面積1平方メートル当たりの鉄筋コンクリート使用量が0.007立方メートル過大に評価されている。被告らは,上記の点を些細なもののように主張するが,これにより本件建物は921万6953円も高額に評価されている。

(イ) 基礎について

本件倉庫部分には,地階が無いにもかかわらず,地階ありとして評点が過大に算定されている。また,根切り工事にかかる地盤補正率は1.5とされているが,本件建物の敷地は普通の地盤で湧水量も少なく,根切り工事が困難でない地盤であるから,必要な工事も通常の山留工事・排水工事であって,1.0とされるべきである。

(ウ) 床仕上げについて

長尺塩化ビニルシートの評点に,クッションフロア硬質(標準評点4300点)の評点が使用されているが,素材の類似性という点からすれば,平成6年度評価基準の「塩化ビニルタイル」(平成6年度市取扱要領の「合成樹脂タイル」に相当する。)・軟質タイル(標準評点2600点)を選択すべきであった。

(エ) 屋根仕上げについて

本件倉庫部分の屋根仕上面積として,スロープ部分の防水面積を算入しているが,これは算入すべきものではなかった。

(オ) 給水設備について

本件事務所部分については,規模補正の補正係数を1.0ではなく,0.86とすべきであった。

また,本件倉庫部分については,平成6年度評価基準に示されている「集中性」及び「設備の多少」による補正をする必要がある(上記(2)ア(ア)a)。この点,本件倉庫部分は,男女別トイレ,湯沸場等が各階一個程度しかないから給水設備が「局部的に集中しているもの」に当たり,「集中性」の補正係数は0.8となる。また,「設備の多少」の補正については,床面積100平方メートル当たりの水栓数により補正係数が決まるところ,本件倉庫部分は水栓数が22個であるから,床面積を考慮して補正係数を計算すると0.03となる。したがって,本件倉庫部分の部分別評点数は,被告市の算定した1052点に,上記「集中性」及び「設備の多少」の補正係数をそれぞれ乗じて25点とすべきであった。

(カ) 排水設備について

本件事務所部分については,規模補正の補正係数を1.0ではなく,0.86とすべきであった。

また,本件倉庫部分については,平成6年度評価基準にある「方式」,「集中性」及び「設備の多少」による補正をする必要がある(上記(2)ア(ア)b)。この点,本件倉庫部分については,排水を直接公共下水道へ放流できないから,「方式」の補正係数は1.3となり,「集中性」及び「設備の多少」にかかる補正係数は,上記(オ)と同様にして,それぞれ0.8及び0.03となる。したがって,本件倉庫部分の部分別評点数は,被告市の算定した1550点に,上記「方式」,「集中性」及び「設備の多少」の補正係数をそれぞれ乗じて42点とすべきであった。

(キ) 換気設備について

空調設備や冷暖房設備がある場合には,吹出口から吹き出す空気の30%程度は常時新鮮な外気を取り入れてフィルターで洗浄したものと取り替えており,これらに加えて換気設備の評価を行うと二重評価となる。したがって,「換気設備」の項目は,空調設備や冷暖房設備がなくて,換気設備がある場合にのみ評点を付設すべき項目ということになる。本件建物には冷暖房設備が設置されているから,換気設備を計上することは二重計上となり妥当でない。

(ク) 仮設工事について

仮設工事の評点数は,① 仮設の難易度による補正係数と② 建物規模による補正係数を掛け合わせて算出される。

この点,①による補正は,周囲の状況,交通の便否規模等からみて普通か,困難か,簡単かという視点から行う補正であるところ,本件建物は幹線の間近にあり,幅の広い整理された道路に囲まれているから,補正係数としては「簡単なもの」として0.7を採用すべきである。なお,本件建物の北面の一部に道路一本を隔てて磯子消防署水上消防出張所の建物が存在するが,仮設工事の内容(建物を建築する場合に必要とされる敷地の仮囲,水盛,遺方,足場等の準備工事又は工事中の保安のため必要とされる仮設工事)に照らせば,上記消防出張所の建物の存在は,本件建物の仮設工事の難易に格別の影響を与えるものではない。

また,②の補正については,本件事務所部分は7階建てであるから補正係数を1.2とすることに誤りはないが,本件倉庫部分は6階建てであるから補正係数1.0を選択すべきである。

(ケ) 床構造について

平成6年度評価基準によれば,鉄骨鉄筋コンクリート造の場合,床構造が軸部構造と同質の資材で単一の施行で建築されていることが多いため,主体構造部の標準評点数に床構造が含まれているが,軸部構造と同じ資材によって床構造が施行されている場合でも使用資材数量が不明確なものとして主体構造を評価した場合には,最下階の床構造について別途床構造として評点を付設することとされている。

被告市は,本件建物の床構造につき別途評点を付設しているが,本件建物は鉄骨鉄筋コンクリート造であり,かつ使用量明確として主体構造が評価されていることから,床構造について別途評点を付設するのは誤りである。

(コ) 天井仕上げについて

被告市は,本件倉庫部分の天井仕上げ面積に外部の軒天・グラスウール化粧保温板やELD・壁,天井グラスウール化粧保温板まで含めているが,これらは天井仕上げ面積に含ませるべきではない。

また,本件倉庫部分について,0.924という補正係数は,根拠が明らかではなく,過大なものである。

(サ) 動力配線設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)ア(ア)cのとおり,平成6年度評価基準にある「動力負荷」の補正項目が欠けており,この点による補正を考慮しないことは違法である。

この点,動力負荷が「普通のもの」(補正項目「標準」)とは,延べ床面積100平方メートル当たりの設置台数が7台程度で,負荷容量が5キロワット程度のものであるところ,本件倉庫部分は,延べ床面積24875.37平方メートルについて負荷容量が780キロワットであるから,動力負荷は「標準」の場合の0.627倍となる(780キロワット÷24875.37平方メートル×100平方メートル÷5キロワット)。また,本件事務所部分は,延べ床面積4524.80平方メートル,負荷容量が202.67キロワットであるから,動力負荷は「標準」の場合の0.896倍となる(202.67キロワット÷4524.80平方メートル×100平方メートル÷5キロワット)。

そして,計算により明確に算定できる減点補正率がある場合には,これを適用することでより正確に「適正な時価」を算定できるから,上記計算結果から,動力負荷にかかる補正係数は,本件倉庫部分については,0.627,本件事務所部分については,0.90を採用すべきである。

また,規模補正の係数は,本件倉庫部分及び本件事務所部分ともに0.86とすべきであるから,前者の補正係数は0.54,後者の補正係数は0.77とすべきであった。

(シ) 電灯コンセント配線設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)ア(ア)dのとおり,平成6年度評価基準にある「配置」の補正項目が欠けており,この点による補正を考慮しないことは違法である。

この点,「配置」補正は,電灯コンセント配線設備の末端までの配線量等が,照明器具やコンセント等がどれくらいの数量で設置されているか,また,それらの配置状況いかんによって変わってくる点に着目してされる補正であるところ,本件倉庫部分には電灯が1737灯,コンセントが191箇所あることから,延べ床面積を考慮して「配置」の補正係数は0.25となり,被告市はこのような補正をすべきであった。

さらに,本件事務所部分については,規模補正の補正係数を1.0ではなく,0.86とすべきであった。

(ス) 蛍光灯用器具設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)ア(ア)eのとおり,平成6年度評価基準にある「配置」の補正項目が欠けており,この点による補正を考慮しないことは違法である。

この点,「配置」補正は,蛍光灯用器具の配置の多少により,これに必要な工事費等が増減することを補正しようとする項目で,配置の多少は建物の用途,構造により異なるのが一般的である40ワット用の埋込蛍光灯用器具の設置床面積1平方メートル当たりの設置個数により補正係数が定まる。そうすると,本件倉庫部分については,蛍光灯のワット数及び個数並びに本件倉庫部分の延べ床面積を考慮して,本件倉庫部分には0.24,本件事務所部分には0.74の補正係数を適用すべきであった。

(セ) 拡声器配線設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)ア(ア)fのとおり,平成6年度評価基準にある「器具数」の補正項目が欠けており,この点による補正を考慮しないことは違法である。

この点,「器具数」の補正は,スピーカー1個当たりの設置床面積により補正係数が定まるところ,本件倉庫部分はスピーカーの個数が75個であるから延べ床面積を考慮して補正係数は0.24,本件事務所部分はスピーカーの個数が93個であるから,延べ床面積を考慮して補正係数は0.88となる。

(ソ) 電気時計配線設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)ア(ア)gのとおり,平成6年度評価基準にある「器具数」の補正項目が欠けており,この点による補正を考慮しないことは違法である。

この点,「器具数」による補正は,電気時計配線設備の配線に係る工事費を配線延長と器具数の多少によって補正しようとするものであり,子時計1個当たりの設置床面積によって補正係数が決まるところ,本件倉庫部分については子時計の個数が42個であるから(甲5の3),延べ床面積を考慮して補正係数は0.21,本件事務所部分は子時計の個数が39個であるから(甲5の3),延べ床面積を考慮して補正係数は1.19となる(この点は,1.0とした被告市の評価よりも高くなる)。

(タ) ガス設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)ア(ア)hのとおり,平成6年度評価基準にある「集中性」の補正項目が欠けており,この点による補正を考慮しないことは違法である。

この点,「集中性」による補正は,ガス設備をその設置場所との関係で把握しようとするもので,ガス使用口の多少によって行うものではなく,ガス使用口が各階とも一定の場所に設けられているか分散して設けられているかを基準として行うものである。そして,減点補正事由の「局部的に集中しているもの」とは,湯沸器が各階ごとになく,1階ごとに1箇所程度のものであるところ,本件事務所部分はこれに当たるので,「集中性」の補正項目は0.8となる。さらに,本件事務所部分のガス設備については,「規模」の補正(補正係数0.98)及びガスの種類がプロパンガスであることから「基準」の補正(補正係数0.93)も行われるべきである。

これらの補正係数を掛け合わせると,本件事務所部分のガス設備の連乗補正係数は0.73となる。

(チ) 火災報知設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)ア(ア)iのとおり,平成6年度評価基準にある「感知方式」の補正項目が欠けており,この点による補正を考慮しないことは違法である。

そして,本件倉庫部分と本件事務所部分の感知方式は,いずれも「煙感知器なしスポット型方式のもの」であるから,「感知方式」による補正係数は0.90である。さらに,いずれの部分についても,「規模」による補正(補正係数0.86)がされるから,結局,連乗補正係数は0.72となる。

(ツ) 消火栓について

本件倉庫部分,本件事務所部分のいずれについても,「規模」による補正として,補正係数0.86とされるべきであり,本件事務所部分についてこの補正をしなかった被告市の評価は誤りである。

(テ) 避雷設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)ア(ア)jのとおり,平成6年度評価基準にある「突針数」の補正項目が欠けており,この点による補正を考慮しないことは違法である。

この点,本件建物については,避雷針が2基以上あるから「突針数」の補正係数0.8が適用される。また,本件事務所部分の高さは28.55メートルであるから「建物の高さ」による補正係数は0.99であるが,本件倉庫部分の高さは24.65メートルであるから「建物の高さ」による補正係数は0.97となる。

そうすると,本件倉庫部分の「避雷設備」の連乗補正係数は0.776,本件事務所部分の連乗補正係数は0.792とされるべきであった。

イ 被告市長の主張

(ア) 主体構造部について

本件建物について,捨てコンクリートは家屋評価の対象にしていないし,捨てコンクリートを鉄筋コンクリートとして評価した事実もない。

また,土間コンクリートについては,鉄筋コンクリートとして評価したが,土間コンクリートは強度上の必要性に応じて鉄筋の入ったものも一般的に施工されているところであって,その評価に誤りはない。

そして,仮に被告市の評価において,原告指摘のように鉄筋コンクリートの使用量を409.4立方メートル過大に計上する誤りがあったとしても,本件建物1平方メートル当たりの再建築費評点数における差は285点程度にすぎず,重大な錯誤とはいえない。

この点,固定資産評価は評価基準や取扱要領に従って行われるものであるが,これらの基準へのあてはめに際しては,固定資産評価員の専門的判断が当然に入るものであること,固定資産評価額は固定資産課税台帳に登録したうえで縦覧手続きを経て確定するという原則(法380条1項,416条参照)がとられていること,自治省(当時)通達においても「重大な錯誤」(法417条)とは客観的に明らかに重大な錯誤と認められる場合と定義されていることなどに照らせば,そもそも評価員の個別具体的な評価行為の妥当性を取り上げて重大な錯誤であるとすること自体不当である。

(イ) 基礎について

被告市が,本件建物の倉庫部分につき「地階なし」(地階の面積が建床面積の8分の1以下)の評点を選択すべきところ,誤って「地階あり」(地階の面積が建床面積の8分の1以上であること)の評点を選択したことは事実であるが,以下のとおり,このことは,基礎についての最終的な評点算出において,むしろ原告に有利に働いており,重大な錯誤とはいえない。

まず,根切りについては,地階ありの場合,標準評点が20000点,補正係数が0.128(深さの補正28.439×地階の補正1.0×地盤の補正1.5×敷地の補正1.0×面積の補正0.003)であるから,部分別評点はその積である2560点となるのに対し,地階なしの場合,標準評点が4650点,補正係数が0.714(深さの補正2.703×地盤の補正1.5×敷地の補正1.0×面積の補正0.176)であるから,部分別評点はその積である3320点(760点の増加)となる。

他方,杭については,地階ありの場合,標準評点が32900点,補正係数が0.066であるから,部分別評点はその積である2171点となるのに対し,地階なしの場合は標準評点が24600点に下がるから,部分別評点は1623点(548点の減少)となる。

したがって,根切り及び杭を総合すると,地階なしで計算した方が,部分別評点が212点増加する結果となるから,本件建物が地階ありで計算されたことは原告に有利に働いていたということになる。

(ウ) 床仕上げについて

床仕上げに関して評点択一を誤った事実はない。平成6年度評価基準では評点項目の中に長尺塩化ビニルシートが設定されていなかったので,類似した素材であるクッションフロア硬質を評点項目として選択したものである。

また,原告の主張は,評点項目の択一という評価員の個別具体的な評価行為の妥当性を問題とするものであるが,この点は,上記(ア)のとおり「重大な錯誤」を構成しない。

(エ) 屋根仕上げについて

屋根仕上面積が過大に計上された事実はない。

また,原告の主張は,施工結果の評価・判断という評価員の個別具体的な評価行為の妥当性を問題とするものであるが,この点は,上記(ア)のとおり「重大な錯誤」を構成しない。

(オ) 給水設備について

規模補正につき,補正係数選択に当たって,本件事務所部分の補正係数を1.0ではなく,0.86とすべき誤りがあったことは認めるが,本件建物(床面積2万8000平方メートル規模)において,本件事務所部分(床面積3000平方メートル規模)の占める割合は一部にすぎないから,本件事務所部分につき規模補正を誤ったとしても,重大な錯誤には当たらない。

また,平成6年度市取扱要領上,「集中性」及び「設備の多少」の項目による補正の必要がないことは上記(2)イ(ウ)aのとおりである。なお,原告は水栓数の個数から比例計算により「設備の多少」の項目による補正係数を求めているが,「設備の多少」の補正係数は水栓数を一つの指標として給水全体の設備をみて求めるものであって,水栓数のみを手がかりとして,評価基準所定の下限を遙かに超えて補正係数を求める原告の手法は失当である。

(カ) 排水設備について

上記(オ)のとおり,本件事務所部分について規模補正を誤ったことは認めるが,重大な錯誤には当たらない。

また,平成6年度市取扱要領上,「方式」,「集中性」及び「設備の多少」の項目による補正の必要がないことは上記(2)イ(ウ)bのとおりであり,「設備の多少」の補正係数の算定に当たって器具数のみを手がかりとして評価基準所定の下限を遙かに超えて補正係数を求める原告の手法の問題性は上記(オ)で述べたとおりである。

(キ) 換気設備について

本件建物のうち,事務所部分においては,冷暖房設備の設置されている部分の施工割合は全体の50%,換気設備が設置されている部分の施工割合は全体の37%であって,両設備の設置面積の割合は全体の87%である。また,倉庫部分においては,冷暖房設備の設置されている部分の施工割合は全体の1%,冷房設備のみ設置されている部分の施工割合は全体の7%,換気設備のみ設置されている部分の施工割合は全体の73%であって,いずれかの設備が設置されている面積の割合は全体の81%である。

このように,本件事務所部分・本件倉庫部分のいずれについても,冷暖房及び換気設備の設置割合の合計は100%に満たないのであって,原告の主張するような二重計上は生じていない。

(ク) 仮設工事について

仮設工事の評点数は,① 仮設の難易度による補正係数と② 建物規模による補正係数を掛け合わせて算出されるところ,本件建物の北面の一部に道路一本を隔てて磯子消防署水上消防出張所の建物が存在するから,①本件建物の仮設の難易度の補正係数は「ふつう」の1.0が適当であり,本件建物は7階建てであるから,②建物規模の補正係数は「高層」の1.20が適当である。なお,原告の主張は,仮設難易度の評価・判断という評価員の個別具体的な評価行為の妥当性を問題とするものであるが,この点は,上記(ア)のとおり,そもそも「重大な錯誤」を構成しない。

(ケ) 床構造について

本件建物の床構造は,PC板を評点付設しているところ,これは主体構造と同一の資材ではないし,そもそも主体構造の数量に含まれていないから床構造に別途評点付設することに誤りはない。

(コ) 天井仕上げについて

倉庫部分の天井仕上げを過大に評価した事実はない。

また,原告の主張は,グラスウール板等を天井仕上げと評価した評価員の個別具体的な評価の妥当性を問題とするものであるが,この点は,上記(ア)のとおり,そもそも「重大な錯誤」を構成しない。

(サ) 動力配線設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)イ(ウ)cのとおり,合理的な理由から動力負荷の補正項目が省かれたものであるから,そのような補正を行う必要はないし,重大な錯誤に当たらない。

(シ) 電灯コンセント配線設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)イ(ウ)dのとおり,合理的な理由から「配置」の補正項目が省かれたものであるから,そのような補正を行う必要はない。なお,原告は本件倉庫部分について,電灯やコンセントの個数を挙げて,「配置」の補正項目があれば,補正係数0.25が適用されたはずである旨主張するが,電灯やコンセントの個数は単に一つの指標にすぎず,補正係数は電灯,コンセント配線設備の全体をみて算出されるものであるから,電灯等の個数のみに着目する原告主張の方法は失当である。

また,本件事務所部分の補正係数を1.0ではなく,0.86とすべきであったが,この誤りが本件建物の評価額及び税額に与える影響は僅少であり,重大な錯誤には当たらない。

(ス) 蛍光灯用器具設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)イ(ウ)eのとおり,合理的な理由から「配置」の補正項目が省かれたものであるから,そのような補正を行う必要はない。なお,原告は本件倉庫部分について,蛍光灯の個数を挙げて,「配置」の補正項目があれば,補正係数0.24が適用されたはずである旨主張するが,「配置」の補正は,蛍光灯の個数そのものをみるのではなく,蛍光灯用器具の配置の多少により,これに必要な工事が増減することに着目してされるものであるから,個数のみに着目する原告主張の方法は失当である。

(セ) 拡声器配線設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)イ(ウ)fのとおり,合理的な理由から「器具数」の補正項目が省かれたものであるから,そのような補正を行う必要はない。なお,原告は本件倉庫部分について,拡声器の個数を挙げて,「器具数」の補正項目があれば,補正係数0.24が適用されたはずである旨主張するが,「器具数」の補正は,器具の数そのものではなく,器具数を手がかりに,拡声器設備全体のうち92パーセントを占める配線・配管量の相違をみるものであるから,器具数のみに着目する原告主張の方法は失当である。

(ソ) 電気時計配線設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)イ(ウ)gのとおり,合理的な理由から「器具数」の補正項目が省かれたものであるから,そのような補正を行う必要はない。なお,原告は本件倉庫部分について,電気時計の個数を挙げて,「器具数」の補正項目があれば,補正係数0.21が適用されたはずである旨主張するが,「器具数」の補正は,器具の数そのものではなく,器具数を手がかりに,電気時計設備全体のうち91パーセントを占める配線・配管量の相違をみるものであるから,器具数のみに着目する原告主張の方法は失当である。

(タ) ガス設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)イ(ウ)hのとおり,合理的な理由から「集中性」の補正項目が省かれたものであるから,そのような補正を行う必要はない。

(チ) 火災報知設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)イ(ウ)iのとおり,合理的な理由から「器具数」の補正項目が省かれたものであるから,そのような補正を行う必要はない。

(ツ) 消火栓について

規模について本件事務所部分の補正係数を1.0ではなく,0.86とすべき誤りはあったが,重大な錯誤には該当しない。

(テ) 避雷設備について

平成6年度市取扱要領においては,前記(2)イ(ウ)jのとおり,合理的な理由から「突針数」の補正項目が省かれたものであるから,そのような補正を行う必要はない。

3  争点3(本件各課税処分等の無効原因の有無)について

(1)  原告の主張

ア 納税者は,課税処分が無効と認められるような場合には,その取消しを待たずに過誤納税額を法律上の原因を欠く不当利得であるとして,一般の正義公平の原則に基づき,返還を求めることができる。

イ そして,課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので,処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないことからすれば,課税処分については,瑕疵の存在が客観的に明白(瑕疵の明白性)でなくとも,処分に内在する瑕疵が内容において重大な法規違反であれば(瑕疵の重大性)当然無効になると解すべきである。

ウ 前記2(1)ないし(3)の各アのとおり,平成6年度評点数には重大な錯誤があるから,これに評点変動率を乗じるなどして算出された評点数から求められた本件各登録価格にも重大な錯誤があることになる。そうであれば,本件各登録価格を決定した本件各価格決定及びこれに基づいて課税した本件各課税処分には重大な瑕疵があるというべきであって,これらの処分はいずれも当然に無効である。

エ なお,仮に本件各課税処分等に重大な瑕疵があるといえない場合であっても,少なくとも評価基準に基づかない違法な賦課処分である以上は,平成11年度分ないし平成15年度分の固定資産税及び都市計画税の過大納付分に関しては,過納金還付金請求として原告の請求は認容されるべきである。

(2)  被告市の主張

争う。本件各登録価格及び本件各価格決定に重大な過誤のないことは前記2(1)ないし(3)の各イの被告市長の主張のとおりであり,これに基づく本件各課税処分等に重大な瑕疵はない。

4  争点4(本件各課税処分等の違法を理由とする国家賠償請求は認められるか)について

(1)  原告の主張

ア 国賠法1条1項の「違法」が認められるためには,行政処分(賦課処分)の無効要件である重大明白な違法までは必要ではなく,軽微であっても違法があれば足りると解すべきである。

イ この点,法は市町村長は固定資産評価基準によって固定資産の価格を決定しなければならないと規定しており(403条1項),同基準に反する固定資産評価は原則として違法となるところ,本件で平成6年度評点数は,上記2(2)及び(3)の各アのとおり,本件建物の性状に関して事実を誤認するなどして固定資産評価基準の適用を誤ったものとして違法なものである。

ウ したがって,これに基づいてされた本件各課税処分等は「違法」(国賠法1条1項)である。

(2)  被告市の主張

ア 法は,登録価格については,審査委員会に対する審査申出及び同委員会の決定に対する取消訴訟のみによって争うものとして争訟方法を特定し(434条2項,432条1項),出訴期間等についても制限をしているところ(432条1項等),登録価格の違法性を先決問題とする国家賠償請求という形で争うことを許せば,地方税法の上記の趣旨を没却することとなる。

イ また,行政処分は,たとえ違法であっても,その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては,適法に取り消されない限り完全にその効力を有する(行政処分の公定力)ものと解すべきである(最高裁昭和30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2070頁参照)。そうすると,本件国家賠償請求のように,適法に取り消されたわけではない登録価格決定及び賦課処分を違法であるとして,これにより納付した過払税相当額を損害として賠償請求することは,上記のように行政処分に公定力が認められることと矛盾するものである。

ウ したがって,原告は,適法に取り消されたわけでもない本件各価格決定の「違法」を主張することは許されず,本件各課税処分等の「違法」を理由とする原告の主張は理由がない。

5  争点5(原告の過納金額ないし損害額)について

(1)  原告の主張

ア 本件建物を平成15年度評価基準に基づいて評価し直すと,各部分別の再建築費評点数は別紙3の「合計」欄記載のとおりとなり,本件倉庫部分については合計18億4062万4829点,本件事務所部分については合計4億6856万8452点,両社を合計して総合計23億0919万3281点となる。

イ 建物の評価額は,評点数と評点1点当たりの価額の積であるが,このうち前者は再建築費評点数に損耗の状況による減点補正率(経年減点補正率と損耗減点補正率とから成る)及び需給事情による減点補正率を乗じて求めることとされ,後者は1円に物価水準による補正率と設計管理費等による補正率を乗じて求めることとされている。

ウ そこで本件建物について検討すると,本件においては損耗減点補正率及び需給事情による補正率はいずれも考慮しないこととして,本件倉庫部分は,経年減点補正率が0.8222,物価水準による補正率が1.10であるから,これらに前記アの本件倉庫部分にかかる再建築費評点数を乗じて,評価額は16億6429万2970円となり,本件事務所部分については,経年減点補正率が0.8769,物価水準による補正率は1.10であるから,これらに前記アの本件事務所部分にかかる再建築費評点数を乗じて,評価額は4億5197万6443円となる。そうすると,本件建物全体の適正な時価は21億1626万9413円となるところ,被告市長は平成15年度における本件建物の評価額を25億7953万9158円としており,上記適正な時価との差額分4億6326万9745円に課された固定資産税及び都市計画税(税率合計1.7パ-セント)787万5585円が同年度の過納金ないし損害額となる。

エ また,平成14年度以前については,本件建物の価格は前年度と同じになるか,物価下落や経年減価により下がることはあっても上がることはないから,平成14年度から平成6年度に遡るにつれて,毎年原告に課された過大な税負担は1年度当たり785万5585円を上回ることはあっても下回ることはない。そうであれば,原告は,平成6年度から平成15年度にかけて,本件建物について少なくとも7875万5850円を毎年過大に納付してきたことになる。

オ そして,各年度分の固定資産税等の納期限が各年度の2月末日であることから,被告市は遅くともその翌日から法律上の原因のない利得を有していたことになり,利息(還付加算金)ないし遅延損害金も各年度の3月1日から発生することとなる。

(2)  被告市の主張

争う。

第5当裁判所の判断

1  争点1(本件義務付けの訴えの適法性)について

(1)  本件義務付けの訴えは,原告が,被告市長に対して,法417条1項に基づき登録価格を修正し,修正された価格を固定資産課税台帳に登録するよう求める訴えであるところ,法は上記修正及び登録の各処分について納税者の申請権を規定してはいない。そうすると,本件義務付けの訴えは,いわゆる非申請型の義務付けの訴え(行訴法3条6項1号)に当たるものと解される(なお,本件義務付けの訴えは,平成16年法律第84号による改正前に提起されたものであるが,同法附則2条により同法による改正後の行訴法が適用される。)。

この点,非申請型の義務付けの訴えが適法な訴えとなるためには,行訴法37条の2に定められた訴訟要件を満たす必要があるが,このこととは別に,同訴えが地方税法上の処分を求めるものであることから,同法の構造等からしてこのような訴えが許容されるかどうかを検討する必要がある。

(2)  ところで,登録価格の決定について,法は,登録価格に不服のある固定資産税の納税者は審査委員会に審査の申出をすることができ(法432条1項),同委員会の決定に不服があれば,その取消しの訴えを提起できるとし(法434条1項),その一方で,これらの方法によらなければ登録価格については争うことができない旨規定している(法434条2項)。

(3)  これを本件についてみると,本件義務付けの訴えは,本件登録価格が違法に高額であるとしてその修正を求めるものであるから,本件登録価格について不服がある場合に当たる。したがって,原告としては,本件登録価格決定に対して不服があれば,審査委員会に対する審査の申出,及び,同委員会の決定に対する取消訴訟を提起する方法によってのみ争うことができるとされているのであり,これによれば,法は,本件義務付けの訴えのような被告市長を相手として本件登録価格の修正等の義務付けを求める訴えを許容していないものと解するのが相当である。

(4)  なお,原告は,① 国税(国税通則法23条1項)と比較して登録価格に対する審査申出期間が短いこと,② 本件登録価格は基準年度のものではなく,審査の申出をすることができないから(法432条1項ただし書),法432条2項の「固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項」には当たらないこと,③ 登録免許税法31条2項所定の請求の手続によらないで過誤納金の還付請求をすることを認めた最高裁平成17年4月14日第一小法廷判決が理由として挙げた事情が本件にも妥当することなどを理由として,本件義務付けの訴えは法432条1項,434条2項に反しない旨主張する。

しかしながら,上記①の点は立法論というべきであり,60日という期間が不当に短期であるとはいえないし,上記②の点は,基準年度外の登録価格についても,基準年度に登録価格を争うことができ,それによって登録価格を争う機会は与えられているといえるから,「固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項」に当たらないとはいえない。上述した法の規定からすれば,法が,基準年度外の登録価格については審査委員会の審査を経ずに,自由に争えるものとしているとは到底解し得ない。また,上記③の点については,登録価格等の不服について,432条1項及び434条1項の「規定によることによつてのみ争うことができる」として争訟方法を限定している法434条2項と,登記等を受けた者が登記機関に対して過大に納付した登録免許税の額を納税地の所轄税務署長に通知すべきよう請求することができるとして簡易迅速な還付を受ける方法を保障する登録免許税法31条2項とは,そもそも規定の仕方からして,争訟方法を広く認めるかどうかについての方向性を異にしているのであり,原告が指摘する最高裁平成17年4月14日第一小法廷判決が理由として挙げた事情が本件義務付けの訴えについて妥当するとしても,そのことから直ちに法432条1項,434条1項の規定によらない登録価格の争訟方法が認められるということにはならない。

(5)  したがって,本件義務付けの訴えは,法432条1項,434条に照らし,不適法なものであって,却下を免れない(したがって,争点2については検討するまでもない。)。

2  争点3(本件各課税処分等の無効原因の有無)について

(1)  原告は,本件各課税処分等には重大な瑕疵があるとして,これらはいずれも当然に無効である旨主張する。

(2)  この点,上記1(2)でも言及したとおり,登録価格の決定については,法は,登録価格に不服のある固定資産税の納税者は審査委員会に審査の申出をすることができ(法432条1項),同委員会の決定に不服があれば,その取消しの訴えを提起できるが(法434条1項),これらの方法によらなければ登録価格については争うことができず(法434条2項),また,固定資産税の賦課についての不服申立てにおいて,審査申出の可能な価格についての不服を当該固定資産税の賦課についての不服の理由とすることができない旨規定している(法432条3項)。

また,前記の審査委員会への審査申出及び同委員会の決定に対する取消訴訟のいずれについても,法定期間の遵守が要求され(法432条1項,行訴法14条),その所定期間を徒過した後においては,当該登録価格についての過誤を理由としてその効力を争うことはできないものとされている。なお,都市計画税についても同様の規律がある(法702条の8第2項)。

もっとも,法は,このような原則に対して,登録価格決定についても,それに対する行政上の不服申立手続や出訴期間の遵守を要求しないで,その効力を争い得る例外的な場合の存することまでを否定しているものではなく,当然に無効とすべきような登録価格決定については,当該決定が無効であることの確認を求め得るほか,それを前提とする現在の法律関係について争うことも許容しているものと解される。しかし,このように,登録価格決定及びそれに基づいてされた課税処分が当然に無効となる場合を認めるとしても,その場合には出訴期間等の制限を受けることなく,何時まででも当該決定ないし処分の効力を争うことができることとなって,法的安定性を害することになるから,上記のように当該決定ないし処分が当然に無効と解される場合というのは,当該登録価格の決定ないしこれを前提とする課税処分における内容上の過誤が課税要件の根幹について存在し,徴税行政の安定とその円滑な運営という要請を斟酌してもなお,不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に当該処分等による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情のある場合に限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和48年4月26日第一小法廷判決・民集27巻3号629頁参照)。

(3)  前記3(1)ウのとおり,原告は,平成6年度評点数の重大な錯誤を理由に,本件各課税処分等の無効を主張するものであるから,以下,原告が重大な錯誤として主張する各瑕疵が上記の例外的事情のある場合に該当するかどうかを検討することとする。

ア 平成6年度市取扱要領の違法性について

(ア) 平成6年度市取扱要領には,平成6年度評価基準と比較した場合,欠けている補正項目があるが,この点について,被告横浜市は合理的な理由に基づいて補正項目を削除・併合したためであると説明している。

(イ) よって検討するに,固定資産税における課税標準は当該土地又は家屋の基準年度に係る賦課期日における価格とされ(法349条1項),この価格とは「適正な時価をいう。」とされている(法341条5号)。

そして,総務大臣(平成6年当時は自治大臣)は,固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続(固定資産評価基準)を定め,これを告示しなければならない(法388条1項)とされ,家屋に関していえば,この評価基準に従って決定した価格は,評価基準が定める評価の方法によっては再建築費を適切に算定することができない特別の事情又は評価基準が定める減点補正を超える減価を要する特別の事情の存しない限り,適正な時価であると推認するのが相当であると解されている(最高裁平成15年7月18日第二小法廷判決・裁判集民事210号283頁)。

また,評価基準自体においても,「市長村長は・・・非木造家屋再建築費評点基準表を家屋について適用する場合において・・・所要の評点項目及び標準評点数がないとき,その他家屋の実態からみて特に必要があるときは・・・非木造家屋評点基準表について所要の補正を行い,これを適用できるものとする」(評価基準第1節通則六再建築費評点基準表の補正1),「市町村長は・・・当該家屋の構造等からみて・・・非木造家屋評点基準表を適用して評価することが困難なものがあるとき,又は適当でないものがあるときは,当該家屋の構造,様式,施工量等の実態に応じ・・・非木造家屋評点基準表の例によって当該家屋にかかる・・・非木造家屋評点基準表を作成してこれを適用するものとする」(同2)として,一定の事情がある場合には,市町村長が評価基準の定める評点基準表を補正して適用し,あるいはこれと異なる評点基準表を作成して適用することを認めている。

(ウ) 以上のことからすると,評価基準により難い事情ないしこれによることが困難,不適当と認められる事情もないのに,評価基準と異なる基準を定めて固定資産の価格を評価,決定することは許されないのであり,その結果として算定された価格が適正な時価ないし評価基準に基づいて算定される価格を超える場合には,当該価格決定は違法といわざるを得ない。

(エ) 上記のことを平成6年度市取扱要領についてみると,同要領では評価基準が定める幾つかの補正項目が欠落しており,被告市の主張によっても,その理由は,評価基準により難い等の事情に基づくものではなく,評価の合理化ないし簡易化の点にあったものと認められるから,そのような理由に基づいて評価基準と異なる基準を定めることが許されるかは疑問なしとしない。

そして,平成6年度市取扱要領の内容をみると,例えば,同要領では,給水設備及び排水設備について,平成6年度評価基準にある「規模」,「集中性」及び「設備の多少」による補正を「規模」による補正に一本化している。動力配線設備,電灯コンセント配線設備,ガス設備の各設備についても同様に平成6年度評価基準にある幾つかの補正項目を「規模」による補正に一本化している。

しかし,平成6年度市取扱要領における「規模」の補正係数は,建物の用途による区分けをしているものの,本件建物が属すると思われる「その他」の建物についてみると,平成6年度評価基準のそれに,延べ床面積が330平方メートル程度,33000平方メートル程度の場合の補正係数を追加したものにすぎず,この補正によって,本件建物の場合には平成6年度評価基準では規模による補正としては最下限である0.93という補正係数が0.86付近にまで低下し得るが,これによって被告らが併合したと主張する他の補正項目が考慮されているかは疑わしい。この点は,建物の規模が10000平方メートルであれば,基本的に補正係数に差がないと考えられることに照らしてみれば明らかである。また,平成6年度市取扱要領において給水設備,排水設備,動力配線設備,電灯コンセント配線設備,ガス設備の各設備における「規模」の補正係数は同一であるが,「規模」の補正に併合された補正項目は各設備とも同一というわけではないから,各設備について併合後の「規模」の補正係数が同一になるということも納得しにくい。もともと,平成6年度評価基準が「規模」による補正のほかに,「集中性」や「設備多少」による補正項目を設けているということは,「規模」の補正だけでは建物の価格を評価しきれない面があるために別の観点からの補正も必要としているものと考えるのが自然であり,建物の規模をみることによって「集中性」や「設備の多少」といった別の事柄が同時に考慮されているということには無理がある。

また,平成6年度市取扱要領では,給水設備,排水設備,蛍光灯用器具設備,拡声器配線設備,電気時計配線設備,火災報知設備,避雷設備において平成6年度評価基準が定めている補正項目の幾つかが削除され,その点での補正を考慮しないこととされているが,その項目による補正が必要となる場合が少ないというのであれば補正しなければ足りることであるし,他の補正項目で考慮されるというのに無理があることは上記のとおりであって,いずれにしても直ちに平成6年度評価基準の許容する範囲内のことということはできない。

(オ) 上記のように,平成6年度市取扱要領に従った補正が行われた場合に,合理的理由もなく平成6年度評価基準が予定している評点数を超える可能性があることは否定できないというべきである。

しかしながら,平成6年度市取扱要領で問題となっている補正は評価の対象となる家屋が,標準評点数の積算の際に基礎とされた標準的な家屋と異なる場合に,当該家屋の実態に適合した評点数を求めるために行われる作業であって,その点に誤りがあれば最終的には課税処分の違法として問題にし得る性質のものである。そして,平成6年度市取扱要領の問題点は,上記のように,固定資産評価基準が定める補正項目の一部が欠如しているということであって,原告が種々主張するところを斟酌しても,同要領が平成6年度評価基準の示す内容を根本的に潜脱,改変したものとまでいうことはできない。

してみると,平成6年度市取扱要領に基づいて行われた課税処分等は,結局のところ,幾つかの設備について,平成6年度評価基準が示している補正が行われていないということに帰着するものというべきであって,前記(2)で述べた判断基準に照らすならば,本件各課税処分等が同要領を適用して行われているということ自体は同処分等を無効とすべきほどの重大な瑕疵とまでは認められないものと解するのが相当である。

イ 平成6年度の個々の部分別評点付設における瑕疵について

(ア) 原告は,給水設備,排水設備,動力配線設備,電灯コンセント配線設備,蛍光灯用器具設備,拡声器配線設備,電気時計配線設備,ガス設備,火災報知設備,避雷設備の各設備について,一部補正項目を欠いた平成6年度市取扱要領を適用して行われた評点付設には重大な瑕疵がある旨を主張する。

しかし,この点は前記アで検討したとおりであり,平成6年度市取扱要領に基づいて評点付設が行われていること自体をもって本件各課税処分を無効とすべきほどの瑕疵とは認められないし,その結果として上記各設備について所要の補正が行われていないとしても,その評点付設に本件各課税処分等を無効ならしめるまでの重大な瑕疵があるということはできない。

(イ) また,原告は,給水設備,排水設備,仮設工事及び消火栓設備について,補正係数の選択を誤った瑕疵がある旨を主張し,本件事務所部分の給水設備,排水設備及び消火栓設備の「規模」の補正について補正係数を誤った点については被告市も認めるところではあるが(なお,被告市は,本件事務所部分については,他の設備に関しても「規模」の補正係数を誤った旨認めている。),このような補正係数の選択に係る誤りは,個別的な判断の誤りであって,補正が前提とされている点で,補正を欠いている場合に比しても軽微な瑕疵といえ,本件各課税処分等の無効原因となるようなものとは解されない。

(ウ) その他,原告は,本件建物の各部分の構造や材質等の評価に瑕疵があるなどと縷々主張する(前記第4,2(3)アの(ア),(イ),(ウ),(エ),(キ),(ケ),(コ))が,これらはいずれも固定資産評価員が平成6年度市取扱要領を適用するに際しての専門的判断に係る事項であって,このような固定資産評価員の個別具体的な判断は課税要件の根幹に関わる事項とはいえないし,徴税行政の安定とその円滑な運営という要請の見地からすれば,このような事項は一次的には固定資産評価審査委員会で審査すべき事項というべきである。したがって,原告が本件建物の各部分の構造や材質等の評価について主張する瑕疵は,いずれも本件各課税処分等を無効とするほどの重大な瑕疵には当たらない。

ウ 小括

以上検討したとおり,原告が平成6年度評点付設に関して主張する瑕疵は,いずれも本件各課税処分等を無効とするほどの重大な瑕疵ではなく,これらを総合してみても本件各課税処分を無効とするまでのものとは認められない。

(4)  よって,本件各課税処分等が無効であるとする原告の主張は理由がなく,原告の本件還付金等請求及び過納金の不当利得としての返還請求は,その余の点について検討するまでもなく理由がない。

なお,原告は,仮に本件各課税処分等に重大な瑕疵があるといえない場合であっても,少なくとも評価基準に基づかない違法な賦課処分である以上は,平成11年度分ないし平成15年度分の固定資産税及び都市計画税の過大納付分の還付請求は認められるべきである旨主張するが,上記賦課処分は既に取り消し得ないものとして確定しているのであって,原告の主張は理由がない。

3  争点4(本件各課税処分等の違法を理由とする国家賠償請求は認められるか)について

(1)  原告は,被告市長による本件各課税処分等は違法であるとして,その損害賠償として過納金相当額及びこれに対する遅延損害金の請求をしている。

(2)  一般的にいえば,行政処分の違法を理由とする国家賠償請求は,行政処分の効力そのものを問題とするものではなく,取消訴訟とは目的,要件及び効果を異にするものであるから,当該処分を取り消すまでもなく可能なものと解される。しかしながら,課税処分の違法を理由とする国家賠償請求において,国家賠償法に基づく損害賠償の請求と過納金の還付請求が同一内容であるような場合にも同様に国家賠償請求が可能であるとすると,実質的には,当該課税処分を取り消すことなく過納金の返還請求を認めたのと同一の効果が生じることとなり,不服申立期間の制限等により課税処分を早期に確定させて徴税行政の安定とその円滑な運営を確保しようとした法の趣旨が没却される結果を招来することになる。したがって,上記のような結果をもたらすことになる課税処分の違法を理由とする国家賠償請求については,当該課税処分が無効なものではなく取り消し得べきものにとどまる場合には,これを取り消したうえでなければ国家賠償請求を行い得ないものと解するのが相当である。

(3)  これを本件についてみると,原告の被告市に対する平成6年度分ないし平成15年度分の固定資産税等の過納金相当額及びこれに対する遅延損害金の損害賠償請求は,直接は被告市長の価格決定の違法を理由とする請求であると解されるが,実質的には,本件各課税処分等の違法を理由とする請求というべきであり,その内容は被告市に対する過納金の返還請求と同一である。なお,原告は平成6年度分ないし平成10年度分の固定資産税等の過納については不当利得の返還請求という形をとっているが,その実質が過納金の返還を求めるのと同一であることは明らかである。

そして,本件各課税処分等が無効でないことは前記3で検討したとおりであるから,原告は,本件各課税処分を取り消した上でなければ,国家賠償法に基づいてその過納金相当額及びこれに対する遅延損害金の損害賠償請求をすることはできないというべきである。

よって,原告の被告市に対する平成6年度分ないし平成15年度分の固定資産税等の過納金相当額及びこれに対する遅延損害金の損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第6結論

以上のとおりであって,本件各訴えのうち,原告の被告市長に対する訴えはいずれも不適法であるから却下し,被告市に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村吉晃 裁判官 植村京子 裁判官 毛利友哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例