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横浜地方裁判所 平成17年(モ)2504号 決定 2006年8月28日

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同代理人弁護士

松浦光明

川村文子

安國治彦

白川秀信

冬木健太郎

東京都新宿区西新宿8-2-33

相手方

三和ファイナンス株式会社

同代表者代表取締役

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同代理人支配人

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主文

1  相手方に対し,別紙文書目録記載の文書のうち,取引開始時(昭和58年7月28日)から平成8年9月30日までの部分の提出を命ずる。

2  申立人のその余の申立てを却下する。

理由

第1事案の概要

1  本件本案事件は,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)3条の登録業者である相手方との間で昭和58年ころから借入れ・返済を繰り返してきたと主張する申立人が,相手方に対し,①昭和58年ころ以降滞りなく返済を繰り返してきた取引状況にかんがみて,これを利息制限法所定の制限利率で計算し直すと,相手方に対して少なくとも300万円の過払金を有すると主張し,不当利得返還請求として同額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに,②申立人からの取引履歴の開示請求に対し,相手方が高額の過払金が発生していることを隠ぺいするために取引経過の一部のみしか開示しなかったなどと主張しこれによる不法行為に基づく損害賠償請求としての慰謝料100万円及び弁護士費用87万円及びこれらに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

2  本件申立ては,申立人が,申立人と相手方との取引当初からの取引経過の開示を求めているにもかかわらず,相手方は,特段の理由もなく,申立人との取引履歴の一部しか開示しないとして,相手方に対し,申立人と相手方との間の金銭消費貸借契約上の取引経過を利息制限法に基づく制限利率に引き直して計算した場合における申立人が相手方に対して有する不当利得返還請求権の具体的内容を証明すべき事実とし,民訴法220条3号を文書の提出義務の原因として,相手方が所持する別紙文書目録記載の文書(以下「本件文書」という。)の提出命令の発令を求めるものである。

3  これに対し,相手方は,①本件文書は民訴法220条4号ニの文書に当たる,②貸金業法17条及び18条に基づき,申立人も本件文書を所持しているから,まず申立人が所持している書面を明らかにすべきである,③本件申立てにおける「証明すべき事実」が不適当である,④相手方においては,平成8年10月1日より前の取引履歴については既に廃棄済みであり,これがいつごろ廃棄されたかも不明であって,相手方が所持している取引履歴は平成8年10月1日以降分しかないところ,これは既に開示済み(乙1)であると主張する。

第2当裁判所の判断

1  本件文書のうち平成8年10月1日以降分について

申立人が文書提出命令の発令を求める本件文書(昭和58年7月28日から平成12年8月30日までの取引履歴)のうち,相手方は本訴において平成8年10月1日以降分であるとする部分を証拠(乙1)として提出しているところ,申立人も同開示分について申立人と相手方間の取引履歴の内容であることについては積極的に争っておらず,相手方は本件文書のうち平成8年10月1日以降分について本訴において提出しているものと認められる。

したがって,本件申立てのうち,本件文書のうちの平成8年10月1日から平成12年8月30日までの部分の提出を求める部分は,文書提出命令を発する必要性が認められない。

2  本件文書のうち昭和58年7月28日から平成8年9月30日分について

(1)  「貸金業法19条及びその委任を受けて定められた施行規則16条は,貸金業者に対して,その営業所又は事務所ごとに,その業務に関する帳簿(以下「業務帳簿」という。)を備え,債務者ごとに,貸付けの契約について,契約年月日,貸付けの金額,貸付けの利率,弁済金の受領金額,受領年月日等,貸金業法17条1項及び18条1項所定の事項(貸金業者の商号等の業務帳簿に記載する意味のない事項を除く。)を記載し,これを保存すべき義務を負わせている。そして,貸金業者が,貸金業法19条の規定に違反して業務帳簿を備え付けず,業務帳簿に前記記載事項を記載せず,若しくは虚偽の記載をし,又は業務帳簿を保存しなかった場合については,罰則が設けられて」おり,また,「貸金業法は,貸金業者は,貸付けに係る契約を締結するに当たり,17条1項所定の事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)を債務者に交付し,弁済を受けた都度,直ちに18条1項所定の事項を記載した書面(以下,17条書面と併せて「17条書面等」という。)を弁済者に交付すべき旨を定めている(17条,18条)が,長期間にわたって貸付けと弁済が繰り返される場合には,特に不注意な債務者でなくても,交付を受けた17条書面等の一部を紛失することはあり得るものというべきであり,貸金業法及び施行規則は,このような場合も想定した上で,貸金業者に対し,同法17条1項及び18条1項所定の事項を記載した業務帳簿の作成・備付け義務を負わせたものと解され」ることなどから,「貸金業法は,罰則をもって貸金業者に業務帳簿の作成・備付け義務を課すことによって,貸金業の適正な運営を確保して貸金業者から貸付けを受ける債務者の利益の保護を図るとともに,債務内容に疑義が生じた場合は,これを業務帳簿によって明らかにし,貸金業法43条1項のみなし弁済をめぐる紛争も含めて,貸金業者と債務者との間の貸付けに関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解決することを図ったものと解」されること(最高裁平成17年7月19日判決・民集59巻6号1783頁)からすると,貸金業者が保存している業務帳簿は,民訴法220条3号後段の法律関係文書に当たり,同条4号の除外事由も存在しないといえる。

したがって,申立人がその提出を求める申立人との取引履歴に係る文書は,民訴法220条3号後段により,相手方がその所持をしているものについては相手方に提出義務がある文書であるといえ,また,このことは貸金業法17条及び18条によって相手方が申立人に対して17条書面等を交付していることをもって否定されるものではないことになる。

(2)  本件申立てにおける「証明すべき事実」は,申立人と相手方との間の金銭消費貸借契約上の取引経過を利息制限法に基づく制限利率に引き直して計算した場合における申立人が相手方に対して有する不当利得返還請求権の具体的内容であるところ,本件本案事件の請求内容に照らしても同「証明すべき事実」は明らかといえ,この点に係る相手方の主張は理由がない。

(3)  相手方は,平成8年10月1日より前の取引履歴については既に廃棄済みであって所持していないと主張する。しかし,当裁判所は,本件文書のうち取引開始日(昭和58年7月28日)から平成8年9月30日までの部分については,相手方が保管していた同文書が廃棄されたことを認めるに足らず,なお存在しているものと認めるのが相当であると判断する。その理由は,以下のとおりである。

ア 相手方は,相手方のコンピューターシステムは,日々膨大なデータを管理しており,顧客のニーズにこたえ,顧客への対応を迅速にするため,コンピューターシステムにつき,運用速度をいかに速くするかを常日ごろから追い求めているところ,稼動年数が進むに連れて,顧客量・それに伴う顧客の属性・取引履歴・交渉履歴等のデータ量が増大し,コンピューターシステム全体に大きく影響を及ぼすことが考えられ(現在においても,運用速度が低下する現象が起きている。),稼動開始時期に比較してデータの検索や登録速度が遅くなったり,毎夜行っているデータバックアップ処理の時間が長くなり,運用速度に支障を来すことになるから,このような問題に対応するため,やむを得ず,保持するデータ量を一定量に制限してシステム全体の性能を維持するため,特にデータ量が多くなると予想される「入金貸付履歴」と「交渉履歴」については,それぞれ10年分と1年分を保持するようにし,これを超える部分を廃棄したと主張し(当裁判所平成18年7月31日受付の同年9月12日付け相手方作成の「被告準備書面(3)」),同内容について定めたとする翼システム株式会社(以下「翼システム」という。)作成名義の「要件定義書」(乙2)をその資料であるとする。

イ 本件記録によれば,①申立人は,相手方との間で,昭和58年7月28日ころから取引を継続してきたこと,②申立人代理人は,相手方に対し,平成16年11月24日ころに受任通知を送付して取引履歴の開示を求め(甲2),その後,再三,申立人と相手方との取引履歴の開示を求めたが(甲3,4),相手方は,同年12月24日に平成12年6月30日以降の取引履歴(甲5)を開示したのみで,それ以前の取引履歴を開示しなかったこと,③相手方は,平成18年6月26日付け「被告準備書面(2)」(当裁判所同月27日受付)においては,「1996年(平成8年)10月1日以前の取引履歴について,紙ベースのものは,既に廃棄済みであり,何時頃廃棄されたか調査するも不明である。よって,相手方が所持している取引履歴は,乙第1号証の通りである。」と述べ,平成8年10月1日以降の取引履歴(乙1)を提出したこと,④相手方は,平成18年9月12日付け「被告準備書面(3)」(当裁判所同年7月31日受付)において,コンピューターのデータ量の関係で,取引履歴を10年分のみ保存することにしている旨を初めて述べるに至ったことが認められる。

ウ 以上によれば,仮に相手方が取引履歴につき10年分のみを保持するようにしていたとすれば,①相手方が申立人に対して平成16年12月24日に取引履歴を開示した時点において,相手方は,遅くとも平成6年12月以降の取引履歴の開示をできたはずであるにもかかわらず,相手方は平成12年6月30日以降の取引履歴(甲5)しか開示していないこと,②申立人代理人は,相手方に対し,本訴提起前の平成16年11月24日ころに受任通知を送付して取引履歴の開示を求めているのであるから(甲2),相手方は,遅くとも平成6年11月分以降の取引履歴を保存しておくことが当然に考えられるにもかかわらず,平成18年6月26日付け「被告準備書面(2)」(当裁判所同月27日受付)において,相手方が所持している取引履歴は乙第1号証のとおりであるとし,平成8年10月1日以降の取引履歴(乙1)のみを提出していることが不自然・不合理であるといわざるを得ない。

これに加えて,①本訴においては,訴え提起(平成17年12月22日)と同時に本件申立てがされ,当初から,相手方が所持している取引履歴が問題となっていたにもかかわらず,相手方は,平成18年6月26日付け「被告準備書面(2)」(当裁判所同月27日受付)において,「1996年(平成8年)10月1日以前の取引履歴について,紙ベースのものは,既に廃棄済みであり,何時頃廃棄されたか調査するも不明である。よって,相手方が所持している取引履歴は,乙第1号証の通りである。」と述べていたにもかかわらず,平成18年9月12日付け「被告準備書面(3)」(当裁判所同年7月31日受付)に至って,コンピューターのデータ量の関係で,取引履歴を10年分のみ保存することにしている旨を初めて述べるに至ったものであること,②相手方がコンピューターのデータ量の関係で取引履歴を10年分のみとしている資料として提出している翼システム作成の相手方をユーザーとする「新システム」に係る書面(乙2の2,3枚目)の作成日は平成17年12月20日であるところ,このころには,取引が継続している顧客に係る取引履歴については,10年を超過した取引分についても弁済充当の内容がその後の債権債務額に影響を与える可能性があることなどから貸金業者においてもこれを保管すべきであることが一般的となっており(当裁判所に顕著な事実),相手方が平成17年12月20日ころに上記のようなコンピューターシステムを構築していたことが貸金業者である相手方の顧客管理として到底合理性のあるものとはいえないこと(なお,相手方の主張によれば,相手方は,10年を超えて時効中断している貸金債権の取引履歴についても一律に廃棄していることになり,その発生日,弁済状況を把握できなくなり,その回収に支障を生じてしまうことになる。),③相手方が同「新システム」を同日以前のいつから導入していたかも明らかでないこと(なお,上記のとおり,申立人代理人は,相手方に対し,平成16年11月24日ころには受任通知を送付して取引履歴の開示を求めているものである。)との事情もある。

エ 以上の諸事情等を考慮すれば,申立人との取引履歴のうちの平成8年10月1日より前の部分についても,いまだ相手方において廃棄されたものと認めることができないから,なお存在しているものと認めるほかない。

そして,本件文書のうち取引開始時(昭和58年7月28日)から平成8年9月30日までの部分については,文書提出命令を発する必要性が認められる。

3  よって,主文とおり決定する。

(裁判官 本多知成)

(別紙) 文書目録

相手方が所持するその業務に関する商業帳簿(貸金業の規制等に関する法律19条に定める帳簿)のうち,申立人と相手方との間の取引開始時(昭和58年7月28日)から平成12年8月30日までの期間内における申立人と相手方との金銭消費貸借取引に関する事項(貸付年月日・貸付金額及び返済年月日・返済金額)が記載された部分の全部

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