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横浜地方裁判所 平成17年(行ウ)19号 判決 2007年1月15日

原告

被告

厚木市長 山口巖雄

同訴訟代理人弁護士

久保博道

長谷川範子

主文

1  本件訴えのうち、別紙請求目録記載1、3、6及び7の訴えをいずれも却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第5 当裁判所の判断

1  争点1(1)(財務会計行為該当性)について

(1)  原告は、本件取締役報酬は、本来は厚木市に対して支払われるべきものであるから、山口市長がこれを受領したことは違法な「財産の管理」に当たる旨主張している。

(2)  法は住民訴訟及び住民監査請求の対象を一定の財務会計上の行為又は怠る事実に限定している(242条の2第1項、242条1項)。そして、同項にいう「財産」とは、公有財産、物品及び債権並びに基金をいうが(法237条1項)、公有財産及び物品については「普通地方公共団体の所有に属する」ことが(法238条1項、239条1項)、債権については「普通地方公共団体の権利」であることが(法240条1項)、それぞれ要件とされている。

この点、原告は、厚木市が本件ビル及び敷地の一部を所有し、訴外会社の筆頭株主であることや、山口市長が厚木市の市長であることから取締役に就任していること(以上の点については当事者間に争いがない。)等のことから、本件取締役報酬は本来厚木市に対して支払われるべきものであると主張するが、山口市長が訴外会社の取締役に就任していることについて上記のような事情があるにしても、それらは事実上の問題であり、本件取締役報酬自体は山口市長個人が訴外会社との委任契約に基づいて支払を受けたものと解するほかはないのであって、これが厚木市に対して支払われるべきものであって厚木市の所有に属するとか、厚木市の権利であると解すべき根拠はない。したがって、上記報酬ないし報酬請求権は上記の「公有財産」、「物品」、「債権」のいずれにも当たらないし、これが「基金」(法241条)に当たらないことも明らかである。

そうすると、本件取締役報酬は、法242条1項にいう「財産」には当たらないから、山口市長がこれを受領したことは住民訴訟の対象たる「財産の管理」には該当しない。そして、山口市長の上記行為が法242条1項が規定する他の財務会計上の行為又は怠る事実に該当すると認めることもできない。

(3)  したがって、請求<1>は、財務会計上の行為又は怠る事実以外の行為を対象とするものとして不適法な訴えであり却下すべきである。

2  争点1(2)(監査請求前置)について

(1)請求<3>及び<6>について

ア  原告は、請求<3>及び<6>として、厚木市長たる山口市長が、職務とは関係のない訴外会社の取締役会等ないし訴外組合の理事会等に随行ないし代理出席した市の職員に対して給与を支払ったことが違法な「公金の支出」に当たる旨主張し、被告に厚木市長たる山口市長に対する損害賠償請求を求めているところ、被告は、原告の主張する上記財務会計行為は、監査請求手続を経ていないものである旨主張している。

イ  〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件監査請求において、山口市長が平成7年度から平成15年度までの9年間に渡って訴外会社から総額945万円の報酬を受領したこと、平成14年度及び同15年度の2年間に訴外組合から総額520万円の報酬を受領したこと、及び平成15年度に訴外会社の取締役会等ないし訴外組合の理事会への出席のため合計13回公用車を利用し、その経費相当額(13万円)の利得を得たことが、いずれも不当利得に当たるとして、山口市長に対し、受領した各報酬及び利用した公用車の経費相当額並びにこれらに対する利息の返還を求めることを本件監査請求の対象としていることが認められる。

ウ  このように、本件監査請求においては、請求<3>及び<6>において問題とされている訴外会社の取締役会等や訴外組合の理事会に随行ないし代理出席した厚木市の職員への給与の支払という財務会計上の行為(公金の支出)は全く対象とされていない。

この点、監査請求の対象として何を取り上げるかは、基本的には請求をする住民の選択に係るものであるが、具体的な監査請求の対象は、当該監査請求において請求人が何を対象として取り上げたのかを、請求書の記載内容、添付書面等に照らして客観的、実質的に判断すべきものである(最高裁平成14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁参照)。

本件監査請求の場合、〔証拠略〕によれば、監査請求書には、請求の趣旨として上記イのような記載がされていたほか、請求の内容として山口市長が訴外会社等の取締役ないし理事に就任することの違法性とそれらの報酬を受領することに法律上の原因がないこと、及び訴外会社等の取締役会等ないし理事会への出席に公用車を利用する理由がないことが主張されていたにすぎないこと、また、本件監査請求において、これら以外に、訴外会社の取締役会等や訴外組合の理事会に随行ないし代理出席した厚木市の職員への給与の支払についても監査を請求していることをうかがわせる添付書面等が提出されていたわけではないことがそれぞれ認められる。

そして、厚木市長たる山口市長が訴外会社等の取締役ないし理事に就任してそれらの報酬を受領することやこれらの取締役会等や理事会に出席するために公用車を利用することと、訴外会社の取締役会等や訴外組合の理事会に随行ないし代理出席した厚木市の職員に給与を支払うこととは、具体的な行為としては明らかに異なる行為を対象としており、これを財務会計上の行為としてみた場合には、前者は不当利得返還請求債権の行使を求めるのに対して、後者はそれとは異なる損害賠償債権の行使を求めるものである。そして、これらの行為ないし債権は互いに独立性を有するものであって、後者が前者に付随するとか、後者が前者に実質的に包摂されるという関係にあるわけでもない。してみると、原告が本件監査請求において前者を対象としていたことから、後者の監査請求をも予定していたと解することはできない。

エ  そうであれば、請求<3>及び<6>に掲げる各財務会計上の行為が本件監査請求の対象に含まれていたとみることはできず、請求<3>及び<6>は、いずれも監査請求を経ない不適法な訴えとして、却下すべきである。

オ  なお、原告は、この点について住民訴訟において監査請求の段階で主張されていなかった新たな違法事由を主張することは妨げられないから、監査請求手続を経ていない請求が不適法となるものではない旨主張するが、訴訟段階で新たな違法事由の主張が許されるかどうかと新たな財務会計上の行為を対象とすることが許されるかとは別の問題であって、地方自治法が監査請求前置主義を採用している以上(242条1項、242条の2第1項)、監査請求手続を経ていない財務会計上の行為に関する訴えは不適法といわざるを得ない。したがって、原告の上記主張は採用できない。

(2)  請求<7>について

ア  請求<7>では、山口市長が職務とは関係のない訴外会社等での活動のために公用車を利用したのに、厚木市長たる山口市長がその運転手の給与やガソリン代等の経費を支払ったこと(公金の支出)が対象とされている。

他方、本件監査請求では、上記(1)イのとおり、山口市長が職務以外の活動に公用車を利用することで経費相当額の利得を得ていることが対象とされているものの、山口市長による上記公金の支出については明示されていないし、運転手の給与やガソリン代等の経費の支払を問題視するような記載や資料の添付があったとも認められない。

イ  してみると、両者の関係は上記(1)で検討したところと同様であって、請求<7>は、本件監査請求の対象とはされていなかった財務会計上の行為を対象とするものというべきであるから、適法な監査請求手続を経ていない訴えであり、その余の点(争点1(4))について検討するまでもなく、不適法なものとして却下すべきである。

(3)  請求<8>について

ア  請求<8>は、山口市長が職務とは関係のない訴外会社等の取締役会等に出席するために公用車を利用して得た経費相当額の不当利得の返還請求を厚木市長たる山口市長が怠っているのが違法であるとして、当該怠る事実の主体である厚木市長たる山口市長に対し損害賠償を請求するように求めるものである。

他方、本件監査請求は、前記(1)イのとおり、厚木市長たる山口市長に対して上記不当利得の返還請求をすべきことを求めるものであって、その不当利得返還請求債権の行使を怠る事実そのものは監査請求の対象として明示されてはいない。

イ  この点、本件監査請求において、原告が上記不当利得返還請求債権の行使を求めているのは、同債権の行使を怠る事実が存在するからであり、原告はそのような状況を前提として当該債権が行使されていないという事実を対象とし、措置請求の内容としてその行使を求めているものと解される。そうすると、原告が本件監査請求の対象として取り上げたところを客観的、実質的に検討するならば、本件不当利得返還請求債権の行使を怠る事実も監査請求の対象に含まれていると解することが可能である。

したがって、請求<8>は上記アの点(不当利得返還請求債権の行使を怠る事実を明示していない点)を理由に適法な監査請求手続を経ていないということはできない(この点は怠る事実を対象とする請求<2>、<4>及び<5>についても同様である。)。

ウ  次に、被告は、請求<8>のうち平成16年度の公用車利用行為に関する部分は、本件監査請求の対象とされていないから、監査請求を経ていないものとして不適法となる旨主張している(この点は請求<2>、<4>及び<5>における平成16年度の取締役報酬ないし理事報酬の受領に関する部分についても同様の問題があるので併せて検討する。)。しかし、法が住民訴訟を提起するには法242条による監査請求を経なければならないとするいわゆる監査請求前置主義を採用したのは、まず当該普通地方公共団体の監査委員に財務会計上の行為又は怠る事実について監査の機会を与え、当該行為又は当該怠る事実の違法、不当を当該普通地方公共団体の自治的、内部的処理によって予防、是正させるという趣旨に基づくものと解されるところである。そうすると、住民訴訟の対象となる行為を厳格に監査請求の対象となった行為と同一のものに限定することは必ずしも相当ではなく、住民訴訟の対象となる財務会計行為上の行為が監査請求にかかる行為と同一の原因事実から派生し又はこれを前提として継続的に行われることが一般的に予測されるようなものであるときには、厳密にはその行為について監査請求を経ているとはいえない場合であっても、当該普通地方公共団体がこれについて自治的、内部的処理により予防、是正する機会はすでに与えられていたということができ、監査請求前置の要請は充たされていると解するのが相当な場合もあり得るというべきである。

これを本件についてみると、請求<2>、<4>、<5>及び<8>は、山口市長が訴外会社から本件取締役報酬を(請求<2>)、訴外組合から本件理事報酬(請求<4>及び<5>)をそれぞれ受領し、また職務ではない訴外会社等での活動のために公用車を利用すること(請求<8>)がいずれも違法ないし法律上の原因を欠くということを前提とし、山口市長が得た上記各利得について厚木市長たる山口市長が不当利得返還請求をしないことを「怠る事実」としているものである。そして、上記「怠る事実」の対象たる各不当利得返還請求債権は、山口市長が訴外会社の取締役ないし訴外組合の理事として活動をすることを原因事実としてこれに派生して継続的に発生することが一般的に予測されるものであり、平成17年1月13日に受理された本件監査請求においては平成15年度分、あるいはそれまでの不当利得が対象とされ、それら明示された年度分に限定するとの趣旨もうかがわれないのであるから、具体的に明示されてはいないとはいえ、同様の原因事実に基づき発生中であった平成16年度分の同様の不当利得にかかる怠る事実についても検討する機会は充分に与えられていたといえる。

そうすると、請求<2>、<4>、<5>及び<8>が対象としている「怠る事実」のうち、本件監査請求においては明示されていない平成16年度分の不当利得にかかる「怠る事実」についても、厚木市が自主的、内部的処理により予防、是正する機会は与えられていたということができ、監査請求前置の要請は満たされていると解するのが相当である。

したがって、上記各請求の平成16年度分にかかる請求部分を監査請求を前置していないとして不適法なものということはできない。

3  争点1(3)(監査請求期間)について

(1)  被告は、本件各請求のうち監査請求期間を徒過している平成16年1月13日以前の財務会計上の行為に関する部分は、不適法なものとして却下されるべき旨主張しているところ、既に上記1及び2で検討したとおり、本件各請求のうち、請求<1>、<3>、<6>及び<7>は不適法であるから、怠る事実を対象とする請求<2>、<4>、<5>及び<8>についてこの点が問題となる。

原告は、上記監査請求期間について、怠る事実を対象とする請求<2>、<4>、<5>及び<8>に関しては監査請求期間について規定した法242条2項の適用はない旨主張し、被告は、怠る事実の対象である不当利得返還請求債権の発生原因たる財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として法242条2項を適用すべきであると争っている。

(2)  法242条1項は、普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体の違法、不当な財務会計上の行為又は怠る事実につき監査請求をすることができるものと規定しているところ、同条2項は、上記の監査請求の対象事項のうち当該行為については、これがあった日又は終わった日から一年を経過したときは監査請求をすることができないものと規定している。これに対し、上記の対象事項のうち怠る事実についてはこのような期間制限は定められておらず、住民は怠る事実が現に存在する限りいつでも監査請求をすることができるものと解される。

もっとも、上記原則に例外がないわけではなく、普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法242条1項の規定による住民監査請求があった場合に、上記監査請求が当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、上記怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきものと解される。この点は、同項の規定により、当該行為については当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ、その違法是正等の措置を請求することができないものとされているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されることになることによるものである(最高裁昭和62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁参照)。

(3)  これを本件についてみると、原告は、請求<2>については、本件取締役報酬が訴外会社から山口市長に支払われたこと、請求<4>及び<5>については、本件理事報酬が訴外組合から山口市長に支払われたことが、いずれも法律上の原因がないものであって、厚木市が不当利得返還請求権を有すると主張しているものと解される。そうすると、本件各報酬の支払は、そもそも厚木市の財務会計上の行為ではないから、請求<2>、<4>及び<5>は、いずれも、普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものには当たらず、法242条2項の適用はないといわなければならない。

また、原告は、請求<8>については、山口市長が職務とは関係のない訴外会社等での活動のために公用車を利用することに、法律上の原因がないとして、同人がそれによって得た利得について厚木市が不当利得返還請求権を有すると主張しているものと解することができ、山口市長が公用車を利用する行為自体は財務会計上の行為ではない。したがって、請求<8>も、普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものには当たらず、法242条2項の適用はないといわなければならない。

よって、請求<2>、<4>、<5>及び<8>について法242条2項を適用すべきとする被告の主張は理由がなく、上記各請求は監査請求期間徒過により不適法となるものではない。

4  本案前の問題点についてのまとめ

以上1ないし3で検討したところからすれば、本件各請求のうち、請求<1>、<3>、<6>及び<7>は不適法なものであり却下は免れないが、その余の請求<2>、<4>、<5>及び<8>については適法と解される。

したがって、以下においては上記請求<2>、<4>、<5>及び<8>について本案の理由の有無を検討することとする。

5  争点2(1)(山口市長の本件各報酬の受領が厚木市との関係で不当利得となるか。)について

(1)  原告は、本件各報酬について、厚木市長たる山口市長が訴外会社の取締役や訴外組合の理事として活動することが市長としての職務であれば当該報酬は厚木市に帰属すべきものであり、また、それが職務でないとしても、訴外会社の果実は厚木市に帰属すべきであり、訴外組合からの報酬受領は厚木市からの補助金の着服に相当するとして、いずれにしても本件各報酬を個人として受領しているのは不当利得になる旨主張する。

(2)  しかしながら、山口市長が厚木市の市長であり、かつ、訴外会社の取締役及び訴外組合の組合長理事に就任していることは当事者間に争いのないところである。そして、株式会社である訴外会社の取締役は株主総会において選任され、被選任者が就任を承諾することによってその効力が発生し、その会社との関係は委任に関する規定に従うこととされている(平成17年法律第87号による改正前の商法254条参照)。また、農業共済組合である訴外組合の理事は、組合員が総会で選挙するか、定款の定めるところにより総会外で選挙されることとされ(農業災害補償法31条)、訴外組合の定款(乙5)では、原則として、総代が総代会において選任するものとされていて、理事が組合長を互選し、組合長は組合を代表してその業務を総理するものとされている(37条、38条)。このような規定からすると、理事ないし組合長と訴外組合との関係も委任ないしこれに準じるものと考えられる。

以上のように、個人としての山口巖雄は、厚木市長という地位、職とともに、上記各契約に基づいて、訴外会社の取締役という地位、職及び訴外組合の組合長理事という地位、職を兼ねているのであって、法的にみた場合、それぞれの地位、職の間に主従等の特別な関係があるわけではない。山口市長は、厚木市長であるが故に訴外会社の取締役及び訴外組合の理事に選任されたものであるが(争いがない。)、それは選任段階における事実上の問題であって、厚木市長として訴外会社や訴外組合の事務を処理するわけではないし、もとより当該事務が厚木市の事務になるものでもない。山口市長は個人として締結した上記委任契約等に基づき、善良なる管理者の注意を以て訴外会社及び訴外組合の職務を遂行するのであり、それによって、訴外会社及び訴外組合から本件各報酬を支給され、これを受給したものというほかはない。

なお、原告は、山口市長の訴外会社の取締役ないし訴外組合の理事としての活動が市長の職務として行われたものではないとしても、訴外会社の果実は株主たる厚木市に帰属すべきであり、また、訴外組合についても厚木市が支出した補助金が厚木市長たる山口市長にキックバックされているとして、本件各報酬が不当利得になる旨主張するが、取締役に対する報酬は会社の果実ではないから、この点に関する原告の主張は前提を欠くし、訴外組合からの報酬に関する主張も、同報酬を受領することと補助金を支出していることとの間に直接的な関係があるわけでもなく、補助金を支出しているからといって報酬を受領する法律上の原因が欠けることにはならないから、原告の上記各主張はいずれも失当である。

(3)  さらに、原告は、厚木市長たる山口市長が訴外会社の取締役や訴外組合の理事として活動することは違法・無効であり、したがって本件各報酬が不当利得になる旨の主張もしているが、仮に取締役や理事に就任することが違法、無効であるとしても、それはせいぜい本件各報酬を支給した訴外会社等との関係で同報酬が不当利得となるかどうかの問題が生じ得るにすぎず、第三者たる厚木市には本件各報酬に相当する損失はないのであるから、同市との関係で山口市長の不当利得が問題となる余地はない。

また、原告は、山口市長が公務とはいえない訴外会社の取締役や訴外組合の理事としての活動のために厚木市の職員を使用したことから、本件各報酬は厚木市に帰属するとも主張するが、本件各報酬は上記のとおりの契約に基づき山口市長個人に支払われたものであるから、その活動に厚木市の職員が関与した部分があるとしても、その受領に法律上の原因がないということにはならないし、当該報酬が厚木市に帰属するという理由もない。この場合、厚木市に生じた損失というのは、当該職員が本来の職務に従事することができず、それによって提供されるべき労務を得ることができなかった点にあるものというべきであるが、本件においてはその点に関する具体的な主張及び立証はないし、それは本件各報酬の受領が不当利得になるかどうかということとは別の問題というべきである。いずれにしても原告の上記主張は理由がない。

(4)  したがって、厚木市長たる山口市長が本件各報酬を受領したことが厚木市との関係で不当利得に当たることを前提とする請求<2>、<4>及び<5>はいずれも理由がない。

6  争点2(2)(山口市長が訴外会社及び訴外組合の取締役会等に出席するために公用車を利用することは厚木市との関係で不当利得となるか。)について

(1)ア  被告は、山口市長が訴外会社及び訴外組合において取締役ないし理事として活動することは厚木市長の職務である旨主張する。

上記の主張の趣旨は必ずしも明確ではないが、法149条の規定等に照らせば、市長の職務については相当に広範なものを含み得るものであり、市長が公私さまざまな団体の役員等へ就任等して活動することも、その団体の性格や活動内容によっては市政の運営と密接に関連し、その推進に有益な場合も少なくないといったことを前提として、市長がこのような団体の役員等に就任し、活動するについては、それが当該団体との何らかの合意に基づくものであったとしても、それを厚木市の側からみた場合には市政と関連し、有益なものとして、これを市長としての職務の執行と認め得る場合があり、そうでなくとも市長としての職務に準じるもの、あるいはそれに付随するものとして一定の便宜を供与する等のことが相当と解される場合もあり得ることをいうものと解される。

イ  上記被告の主張は、市長が種々のボランティア団体、公益的な団体、あるいは市政の推進に協力的な団体等の役員等に就任し、活動することが市政にとって有益である場合があり得ることにかんがみると相応の合理性があるものと解される。そこで、上記のように市長の職務あるいはこれに準じるものとして取り扱うということは、実際問題として職員の随行や公用車の利用等、市にも一定の負担が生じるのであるから、問題はどのような場合にそのような取扱いが許容されるかということになるものと思われる。この点は一概にはいい難いところであるが、当該団体の目的及び活動内容、市長の行う活動の内容及びその負担の程度、当該活動が市長としての合意に基づくものか、個人としての合意に基づくものか、また、当該活動に対する報酬の有無及びその額並びに当該活動の市政に対する影響及び効果等の諸事情を総合的に考慮して、それが市政にとって有益なものかどうかという観点から総合的に判断すべきものと解される。

ウ  〔証拠略〕及び証人Aの証言によれば、厚木市の市長に対しては公私の団体から役員等への就任要請が数多くあり、現在同市長は40前後の団体の役員等に就任していること、厚木市では、市長が上記のような団体の役員等に就任するについては、その団体の性格や市政との関連性等にかんがみて、当該団体の役員等に就任して活動することが市政と一定の関連性があると考えられるときには当該役員等としての活動も市長の職務と位置づけ、公用車を利用したり、職員が随行するという扱いをしていること、上記のような取扱いをするかどうかを判断するに際して当該団体が市長に報酬を支払うかどうかはしんしゃくしていないこと、及び、日当程度のものは別にして現在山口市長が報酬を受領しているのは上記40前後の団体の中では訴外会社及び訴外組合だけであることが認められる。

上記のような取扱いは、上記ア及びイで述べたことに照らせば、上記「市政との関連性」という点は当然、市政にとって有益という趣旨と解されるから、おおむね妥当なものということができる。

ただ、上記取扱いでは報酬の有無はしんしゃくされないことになっているが、それが謝金、日当程度のものであればともかく、その域を超えた高額なものであるときには、そのような報酬が支払われる活動であれば、市長としての職務と位置づけるよりも、むしろそれとは別の独立した活動と考える方が適切であるという場合もあり得るし、逆に無償であれば市長としての公益的な活動とみる余地が増大すると考えられるから、このような報酬の有無及び額といったことも当該活動が市長としての職務と位置づけられるかどうかを判断する一事情として考慮すべき必要があるというべきである。

(2)  上記の検討を踏まえて、山口市長の訴外会社及び訴外組合における取締役等としての活動が厚木市長の職務ないしこれに準じるものといえるかどうかを検討する。

〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

ア  訴外会社の活動内容等

(ア) 訴外会社は、厚木市中町第一地区第一種市街地再開発事業により、本厚木駅近くに建設された本件ビル(昭和56年10月に竣工)の管理運営に当たる会社である。

(イ) 厚木市中町第一地区は、かつては厚木市の商業の中心であったが、再開発事業前は商業立地の西方移動などにより商業地盤の低下が著しく、活性化が必要とされていた地域であった。

(ウ) 本件ビルには、県のパスポートセンターや市民ギャラリー等の公共施設も設置されている。

(エ) 厚木市は、当初発行された訴外会社の株式10万株のうちの3万株を引き受け、現在も保有している。

(オ) 厚木市は、本厚木駅周辺地区を市の中心拠点として商業・業務機能など都市機能の一層の集積を図ることとし、同地区の商店街については市街地の整備と一体となったまちづくりの推進、地域特性を踏まえつつ安全性や快適性に配慮したショッピングゾーンの形成及び商店経営に対する積極的な支援策の展開をすることを計画している。

イ  訴外組合の活動内容等

(ア) 厚木市では、かつては市が直接共済事業を行っていたが、平成14年からは訴外組合が共済事業を行っている。

(イ) 訴外組合は、神奈川県全域をその区域として農業災害補償法に基づく共済事業を行う公共団体であり、不慮の自然災害などによる農作物等の損失を補填する役割を担っている。

ウ  訴外会社及び訴外組合における山口市長の活動状況等

(ア) 山口市長は、訴外会社の取締役として、同社の株主総会及び取締役会におおむね出席しているが、ときには産業政策担当部長を代理出席させたり、出席しても途中退席したこともあった。

また、山口市長は、訴外組合の総代会及び理事会には必ず出席し、その組合長としての職務を遂行している。

なお、訴外会社では、取締役会が年に5回程度、株主総会が年に1回開催されており、訴外組合では理事会が年に6回程度、総代会が年に1回程度開催されている。

(イ) 山口市長は、訴外会社の株主総会及び取締役会ないし訴外組合の総代会及び理事会に出席する際には公用車を用いており、秘書課の職員が随行していた。

(ウ) 山口市長に支払われた報酬(年額)は、訴外会社については、平成9年度及び10年度が80万円、平成11年度が130万円、平成12年度から平成17年度までは105万円であり、訴外組合(組合長理事)については、平成14年度が101万4000円、平成15年度が120万円、平成16年度及び17年度が150万円であった。

(3)ア  訴外会社における取締役としての活動について

(ア) 前記認定の事実からすると、訴外会社は本件ビルの管理運営を業務としているところ、同ビルの立地条件や構内施設、同ビル建築に至る経緯などに照らせば、同社の業務は厚木市が計画しているまちづくりや開発の方針といった市政の在り方と一定の関連性を有することが認められる。そして、厚木市は同社の筆頭株主でもあるから、厚木市と同社とは、同市内に所在する一般の会社以上の関係にあり、同市がその活動に関心を有することは不自然なことではない。

(イ) しかし、厚木市と訴外会社との関係については、上記(2)で認定した以上に、なお厚木市において訴外会社に関わる具体的な計画等を有していると認めるべき証拠もないし、山口市長はときとして訴外会社の取締役会に厚木市の職員を代理出席させたりもしており、自らが同取締役会において厚木市長としての地位を踏まえた意見を述べていたようなことをうかがわせる証拠もない。そして、同市長が訴外会社から受領している報酬を些細なものともいい難い。

以上のような事情に照らすならば、厚木市として訴外会社の経営に一定の利害があり、市政運営という観点からも相応の関心を有していることは理解できないでもないが、それらの点についても、訴外会社の株主あるいは行政として対応するのでは足りない特別の事情があるとは認め難い。そして、訴外会社はあくまで営利を目的とする株式会社であり、山口市長はその取締役として少なからぬ報酬を得ていることにかんがみるならば、その取締役としての活動を公務とし、公用車を用い、そのガソリン代等の経費を厚木市において負担すべき合理的な理由は見いだし難いというべきである。

イ  訴外組合における組合長理事としての活動について

(ア) 訴外組合の活動内容は前記(2)イのとおりであり、それ自体公益性の高いものであり、厚木市が同市の農業政策という観点から同組合の農業災害補償等の活動に関心を払うのは当然であって、同組合の理事としての活動は厚木市の市政に一定の関連性を有するものといえる。

(イ) しかし、訴外組合の活動が公益性を有し、厚木市政とも一定の関連性を有するとしても、そのことをもって直ちに訴外組合の理事としての活動が厚木市長の職務ないしこれに準じるものといえるかは疑問である。

すなわち、訴外組合は、それ自体が法律に根拠を有する法人であって、それ自体が独立して神奈川県全域を対象区域とする公益性の高い事業を行っている存在であって、上記(ア)のような行政との関連は何も厚木市に限ったことではないし、山口市長は厚木市のためにその組合長理事としての職務を遂行しているとも認め難い。同市長は訴外組合の組合長理事としてその職務を遂行し、それに対して少なからぬ報酬を得ているというほかはないのであるから、このような活動を厚木市長の職務ないしこれに準じるものとみることは困難であり、むしろそれとは独立した訴外組合の組合長理事としての活動そのものと認めるのが相当である。

(4)  なお、原告は、厚木市長たる山口市長が訴外会社の取締役ないし訴外組合の理事として活動することは法142条及び法138条の2に反するから職務には当たらない旨を主張している。

しかし、法142条は普通地方公共団体の長を、当該普通地方公共団体と一定の経済的利害関係にある私企業から隔離し、その職務の公正さを確保しようとの趣旨に基づく規定であるが、同条が関与禁止の対象としている企業は普通地方公共団体に対し請負をする者と同一の関係にある企業であって、市長の企業への関与を包括的に禁止しているものではない。本件中には、訴外会社や訴外組合が厚木市と同条が規定するような関係にあることをうかがわせる証拠はないし、訴外会社や訴外組合に関与していることにより山口市長の市長としての職務遂行の公正を疑うべき事情があるとも認められず、厚木市長たる山口市長が訴外会社の取締役ないし訴外組合の理事として活動することが同条の趣旨に反するということもできない。

また、法138条の2は、普通地方公共団体の執行機関が法令や条例等で定められている職務を自らの判断と責任において誠実に管理し、執行すべきことを定めたものであって、原告が主張するように市長が執行すべき事務の範囲を示したものではない。普通地方公共団体の長が担任すべき事務については法149条に掲げられているが(同条は「概ね」としており、これに限られるわけではない。)、その9号では「前各号に定めるものを除く外、当該普通地方公共団体の事務を執行すること」としている。したがって、いずれにしても、山口市長が訴外会社の取締役ないし訴外組合の理事として活動することが法138条の2に反するということはできない。

したがって、山口市長が訴外会社の取締役及び訴外組合の理事に就任していること自体を違法ということはできない。

(5)  以上のことからすると、山口市長が訴外会社の取締役や訴外組合の理事として活動するに際して公用車を利用したことについては、これを許容すべき根拠を見いだすことは困難というべきである。

原告は、上記公用車の利用に係る経費等について山口市長に不当利得が生じており、厚木市はその返還請求権を有している旨を主張しており、この点は上述のとおり肯認することができ、また、その額についても被告提出の乙7号証に照らせば、少なくとも、上記公用車の利用に係るガソリン代、運転手の日当等一定の額が認定できないではない。

しかしながら、請求<8>は、厚木市長たる山口市長が上記不当利得返還請求権の行使を怠る事実を違法な財務会計上の行為として、被告に対して、同市長にこの怠る事実による損害賠償請求をするように求めるものである。そうすると、請求<8>については、厚木市長たる山口市長が上記不当利得返還請求権を行使しないことによって厚木市にどのような損害が生じたのかが問題とならざるを得ないが、上記のように厚木市が山口市長に対して不当利得返還請求権を有するものとすれば、現時点でもその行使は依然として可能なものと考えられるのであって、その行使を怠っていることにより厚木市に具体的な損害が発生したとは認められないし、他にこの怠る事実により厚木市に損害が発生したと認めるべき事情についての主張、立証はない。

したがって、上記不当利得の額がいくらであれ、結局請求<8>は理由がないことにならざるを得ない。

第6 結論

以上のとおりであって、原告らの本件訴えのうち、請求<1>、<3>、<6>及び<7>はいずれも不適法であるから却下し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村吉晃 裁判官 植村京子 毛利友哉)

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