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横浜地方裁判所 平成17年(行ウ)36号 判決 2006年5月17日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  争点(原告適格の有無)について

(1)  行政処分の取消訴訟における原告適格を定める行政事件訴訟法9条は、処分取消しの訴えは当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限り提起することができるとし(同条1項)、処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきもの(同条2項)と規定している。

そして、上記「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分の根拠となる法令が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も上記の法律上保護された利益に当たるものと解される。

(2)  そこで、上記のことを踏まえて、原告らが本件開発許可処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」といえるかどうかについて検討する。

ア  まず、法4条12号は、「この法律において『開発行為』とは、主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更をいう。」とし、法29条1項では、「都市計画区域又は準都市計画区域内において開発行為をしようとする者は、あらかじめ、国土交通省令で定めるところにより、都道府県知事(中略)の許可を受けなければならない。」と定め、法33条はその許可の基準を、法34条は、これに加えて、市街化調整区域に係る開発行為の場合における許可の要件を定めている。

以上のことからすれば、法は、都市計画区域又は準都市計画区域内における建築物の建築等の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更を、一定の範囲において禁止し、その解除を都道府県知事の許可に係らしめたものということができる。すなわち、法29条1項の定める都道府県知事の開発許可処分は、その申請者に当該申請に係る開発区域における建築物の建築等の用に供するための土地の区画形質の変更を適法になし得る地位を回復させるという法的効果を有するものということができる。

イ  そして、上記のことを本件開発許可処分についてみると、本件開発行為の内容は、前記第2、2(2)のとおり、本件開発区域内の宅地の一部を公共施設(市道)に付け替える(区画の変更)というものであり、これに伴って若干の盛土等が行われ、形質の変更も予定されている。

そして、被告が制定している「都市計画法第34条第1号の運用基準」(〔証拠省略〕)によれば、法34条1号に定める店舗等について、被告では「申請地は、原則として既存集落の現況道路幅員4メートル以上の主要道路に敷地外周の1/7以上が接していること」が必要なものとして運用されており、本件開発行為が行われると、本件開発区域はこの要件を満たすことになるものと認められる(〔証拠省略〕)。

ウ  原告らは、本件開発許可処分により、原告らの良好な住環境を享受する権利及び日常生活上必要な店舗を利用する権利が侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある旨主張する。

しかし、上記イのとおり、本件開発許可処分に係る開発行為によって原告らの上記各権利が直接侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるとは認められないし、原告らもそのように主張してはいない。

したがって、原告らが本件開発許可処分の取消訴訟において原告適格を有すると主張している被侵害利益は同処分の効果によって直接的に侵害されるものではない。

ただ、原告らの主張にかんがみて、原告らが主張する権利利益の侵害が本件における原告適格を基礎づけるものであるかどうかについて、更に検討してみる。

エ  原告らが主張する良好な住環境を享受する権利について

(ア) 原告らは、その主張する良好な住環境を享受する権利の具体的な内容として、訴外Aが経営する飲食店の営業に伴って生ずるおそれのある路上駐車、騒音、酔客による迷惑行為等の被害を受けない利益を主張する。

すなわち、原告らは、本件開発行為が行われ、その後に予定建築物で訴外Aが行うものと見込まれている飲食店の営業により被害を受けると主張し、このような予定建築物の利用に伴う被害を受けないという利益も法律上の利益であり、開発許可処分を行うについて考慮すべき利益であると主張するものと理解される。

(イ) しかしながら、開発許可処分は上記アで述べたように、開発区域内の土地の区画形質の変更を許可するに過ぎないものであり、予定建築物については別途建築基準法等の建築基準関係法規によって規制されることが予定されているものであるし、それを利用して行う営業等についは、その内容等に応じて別途必要な規制が行われるものである。

そして、開発行為の許可基準を定める法33条をみてみると、同条は、申請に係る開発行為が同条に掲げる基準に適合している場合には申請手続に違法な点がない以上は開発許可をしなければならない旨を定めているが、その掲げる許可の基準中には、原告らが主張するような、予定建築物の利用による開発区域周辺住民への影響を考慮すべきとする規定は存しない。

この点、多少とも関連があると思われる同条1項6号は、環境の保全という観点から公益的施設及び予定建築物の用途の配分を定めるものであるし、同項9号、10号も環境の保全を図るために植物の生育確保上必要な樹木の保全等の措置が講じられるように、あるいは緑地帯その他の緩衝帯が配置されるように開発行為の設計が定められていることを求めるものであって、予定建築物において行われる店舗営業等による周辺住民への影響を考慮すべきことを規定するものではない。

このようにみてくると、同条は予定建築物の利用態様といったことに特段の注意を払っているとは認め難いというべきである。

また、法34条は、同条が定める一定の事由がない限り市街化調整区域内での開発行為は行い得ないことを定めているが、同条がこのように市街化調整区域内での開発行為を制限している趣旨は、市街化調整区域における市街化を抑制することによって、都市計画区域内における無秩序な市街化を防止し、計画的な市街化を図るという、公益目的に出たものと解される。

したがって、原告らが指摘する法34条1号の規定は、開発区域周辺の住民が日常生活上必要な店舗の営業に伴う被害を受けないという利益を保護する趣旨の規定とは解されないし、また、市街化調整区域内において近隣で開発行為がされないという利益を個々の住民の個別的利益として保護する趣旨であるとも解されない。

(ウ) 以上のことからするならば、法が、開発許可処分を行うについて、原告らが主張するような予定建築物における店舗営業等による周辺住民への影響を考慮すべきものとし、これによる被害を受けないといった利益を周辺住民個々人の利益として保護していると解することは困難というほかはない。

(エ) 原告らは、法2条、法33条4項、法16条、法17条、法13条1項の各規定を指摘し、法は周辺住民の住環境に配慮することを規定している旨主張する。

しかしながら、法2条は、都市計画の基本理念を定めた規定、法33条4項は、地方公共団体が「条例で、区域、目的又は予定される建築物の用途を限り、開発区域内において予定される建築物の敷地面積の最低限度に関する制限を定めることができる。」旨を定めた規定、法16条及び法17条は、都市計画の決定に当たり住民の意見を反映させるための手続を定めた各規定、法13条1項柱書は、都市計画が、国土計画又は地方計画に関する法律に基づく計画(公害防止計画を含む。)及び道路、河川等の施設に関する国の計画に適合すべきこと等を定めた規定であって、これらの各規定から、直ちに、法が、原告らが主張するような利益を周辺住民の個別的利益として保護していると解することは困難である。

原告らは、都市計画法の上記各規定は、地域住民個々人の住環境に配慮すべきことを規定している旨を主張するが、法は、上記(イ)で述べたように、開発行為の許否を判断する際に考慮すべき事由を列挙しているのであり、法が、その具体的な内容を離れて周辺住民の住環境一般を保護していると解することには疑問がある。そして、何よりも、開発行為を許可するについて、これによる周辺住民の住環境の悪化に配慮するということであればともかく、本件で原告らが主張している利益は、開発区域内に予定される建築物を利用しての営業活動に伴う被害に係る利益なのであって、原告ら主張の上記各法条を検討してみても、これらが上記原告ら主張の利益を保護していると解すべき根拠は見いだせない。

(オ) また、原告らは、都市計画法と目的を共通にする関係法令として、環境影響評価法及び伊勢原市開発指導要綱を指摘する。

しかしながら、この点についても上記(エ)で述べたと同様であって、仮にこれらの法令が周辺住民の住環境を配慮すべき趣旨を定めているとし、そのことを参酌するにしても、都市計画法が原告らの主張する上記利益を周辺住民の個別的利益として保護していると解することは困難である。

(カ) その他、上記にみた以外の規定においても、開発許可処分において、原告らが主張するような付近住民の不利益を考慮すべき旨を定めたものは見当たらない。

もともと、取消訴訟は行政処分の効力を失わせることを目的とするものであって、処分の相手方ではない周辺住民にも取消訴訟における原告適格が認められる場合があるというのは、当該処分の違法を主張できないことによる不利益が存在することによるものと解される。しかし、本件開発許可処分についてみると、宅地の一部が公共用地(道路)に区画変更され、それに伴って多少の形質変更がされたとしても、それ自体によって原告らが何らかの不利益を被るわけではない。そして、仮に、訴外Aの店舗経営によって原告らが何らかの被害を被り、その差止めや損害賠償等を求める場合を考えても、本件開発許可処分が適法に存在するということがその権利主張において何らかの障害になるとは考えられない。

したがって、原告らが主張する良好な住環境を享受する権利は、法律上保護された利益ということはできず、これを理由としては原告らに本件開発許可処分の取消訴訟における原告適格を認めることはできない。

オ  原告らが主張する日常生活上必要な店舗を利用する権利について

(ア) 原告らは、法34条1号は、市街化調整区域内の住民に対し、日常生活上必要な店舗を利用する権利を保障している旨主張する。

そして、同号は、市街化調整区域に居住している者の日常生活が健全に営まれるよう配慮することが必要であるために設けられた規定と解される。

(イ) しかしながら、同号に該当するとして、店舗用建築物の建築の用に供する目的で行う開発行為が許可された場合、付近に居住している者は、同処分を前提として店舗用建築物が建築され、営業が開始されることによって、日常生活上必要な店舗を利用することができることになるのであるから、この点において居住者に不利益が及ぶものではない。

(ウ) 原告らは、新たに同号に基づく開発許可申請があった場合に、既存の店舗の存在を考慮して許否の判断がされる被告の運用を前提とすると、当該開発許可処分は、事実上、新規の店舗用建築物のための開発行為を規制することになると主張する。

しかしながら、既に一つの店舗が開設される以上、同種店舗の開設が困難となるからといって、原告らが主張するところの日常生活上必要な店舗を利用する権利が侵害されることにならないことは明らかである。そして、訴外Aのほかに同種店舗(飲食店)を開設しようとする具体的な計画があるともうかがわれないことからすれば、原告らの主張する不利益というものは、将来的、かつ不確実なものであって、本件開発許可処分によって侵害され又は必然的に侵害されるものとも認め難い。

なお、原告らは、訴外Aが開設を予定している飲食店はその営業方針からして日常生活上必要な店舗ではないし、原告ら付近住民は従前からの経緯もあって利用することはない旨主張する。

これらの主張も、訴外Aが開設を予定している店舗が存在することによって周辺住民は日常生活上必要な店舗を利用する権利が侵害されるとの趣旨をいうものと理解されるが、上記店舗がある程度、遠方からの顧客を見込んでいるとしても、それが飲食店である上に、近隣住民が日常的に利用し得ないような営業形態のものとも認められないから、これをもって日常生活上必要な店舗ではないということは困難であり、また、従前からの経緯があって原告ら周辺の住民が同店舗を利用しないとしても、このような事情をもって同店舗が日常生活上必要な店舗かどうかを論じることは当を得ず、原告らが主張する事情により原告適格を基礎づけることはできない。

(エ) したがって、原告らが主張するところの日常生活上必要な店舗を利用する権利については、それが法律上保護された利益であるかどうかはともかくとして、そのような権利、利益が侵害されることを理由として原告らに本件開発許可処分の取消訴訟における原告適格を認めることはできない。

カ  小括

以上のとおり、原告らは本件開発許可処分の取消訴訟における原告適格を有しない。

2  結論

以上のとおりであって、原告らの本件訴えはいずれも不適法であるからこれらを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村吉晃 裁判官 植村京子 高橋心平)

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