横浜地方裁判所 平成17年(行ウ)60号 判決 2006年8月09日
原告
X
被告
横須賀市
代表者市長
蒲谷亮一
処分行政庁
横須賀市長
被告訴訟代理人弁護士
土屋南男
同
大友秀夫
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第5 当裁判所の判断
1 争点1(本件不開示情報が、原告を本人とする保有個人情報(本件条例15条1項)に当たるか)について
(1) 〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件不開示情報のうち、<1>別紙1の5頁2行目の黒塗り部分には本件医師個人の自宅住所が、<2>同6頁2行目ないし11行目の黒塗り部分には消防署が把握している本件医師の私生活に関する情報が、<3>別紙2の1頁「処理内容」欄の14行目ないし15行目の黒塗り部分には本件医師が開設していた本件病院以外の医療活動に関する情報が、<4>別紙3の2頁33行目ないし34行目の黒塗り部分及び<5>同3頁6行目ないし7行目の黒塗り部分には本件医師の体調に関する情報がそれぞれ記載されている事実が認められる。
また、本件不開示情報のうち、<6>別紙1の5頁15行目ないし22行目の黒塗り部分には本件医師の妻が原告の苦情に回答した内容が、<7>別紙2の2頁15行目ないし3頁3行目の黒塗り部分には本件医師が原告に対して有している個人的な見解が、<8>別紙3の1頁5行目ないし2頁31行目の黒塗り部分には原告の本件出産当時の本件医師の状況についての説明及び弁明がそれぞれ記載されている事実が認められる。
(2)ア ところで、原告は、本件不開示情報が「原告を本人とする保有個人情報」(本件条例15条1項)に当たるとして本件開示請求をしているところ、「本人」とは、個人情報によって識別される特定の個人をいうと解される(行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律2条5項参照)。
この点、個人情報の取扱いによって侵害されるおそれのある権利利益を保護しようとした本件条例の趣旨・目的(同条例1条参照)に照らすならば、情報の個人識別性を判断するに際しては、当該情報そのものから本人が識別される場合のほか、他の情報と照合することにより特定の個人を識別することができる場合も対象とするのが適当であり、かつ、その場合に照合される情報は必ずしも当該情報と照合が容易なものに限られず、一般人が通常入手しうる情報も含むものと解するのが相当である。
そこで、本件不開示情報から、原告が識別され、又は識別され得る(本件条例2条4号、5号参照)かどうかを検討することとする。
イ 本件不開示情報のうち、上記<1>ないし<5>の各部分は、具体的記載は判然としないものの、前記(1)のとおりの内容が記載されていると認められるから、いずれも本件医師に関する情報が独立して記載されているものと推認される。そして、前後の文脈やその形式、記載量等からして、上記<1>ないし<5>の各部分に、本件出産に関する事項等、原告の存在をうかがわせる事実が記載されていると認めるに足りる証拠もないことから、同部分に記載された情報は、それ自体として原告を識別することができないだけでなく、他の情報と照合しても原告を識別することはできない情報であると認められる。
他方、上記<6>ないし<8>の部分は、前記(1)のとおり、いずれも原告の本件出産ないし原告の苦情に関連した情報であって、その内容からして原告の氏名や本件出産に関する事項等、原告が識別され、又は原告が識別され得る情報が記載されていることが推認される。
(3) そうすると、本件不開示情報のうち上記<1>ないし<5>の部分は、原告を本人とする保有個人情報(本件条例15条1項)に当たらないが、上記<6>ないし<8>の部分は原告を本人とする保有個人情報(同項)に当たることになる。
したがって、本件不開示情報のうち上記<1>ないし<5>の部分に係る不開示決定の取消しを求める原告の請求は、その余の点を検討するまでもなく理由がない。
2 争点4(本件不開示情報が、事務事業情報(本件条例15条4項4号カ)に当たるか)について
(1) 本件業務においては、医療に対する患者等の苦情・心配や相談に迅速に対応し、医療機関への情報提供、指導等を実施する体制の整備により医療の安全と信頼を高めるとともに、医療機関に患者・家族等の相談等の情報を提供することを通じて、医療機関における患者サービスの向上を図ることが目的とされ、中立的な立場から、患者・家族等と医療人・医療機関の信頼関係の構築を支援することなどが基本方針とされている(〔証拠略〕)。
(2) そこで、本件不開示情報のうち、上記<6>ないし<8>の部分を開示することが、本件業務の性質上、当該業務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるかどうかを検討する。
ア まず、上記<6>の部分について、原告は、同部分には本件医師の妻が医療従事者としての業務上の立場から述べた同医師の医療行為についての客観的事実が記載されているから、開示により直ちに本件業務に支障をきたすものではない旨主張している。
この点、本件業務における関係者への事情聴取には格別の強制力はなく(〔証拠略〕)、被聴取者の任意の協力に基づいて行われているものと認められる。そして、相談業務において関係者から事情を聴取することは事態を把握するうえで重要であるから、事情聴取への関係者の協力は本件業務の遂行に必要、不可欠なものといえる。ところで、本件業務については、相談者が相談により知り得た秘密を厳守することが求められているところ(〔証拠略〕)、相談という業務の性質に照らすならば、事情聴取を受ける関係者も特段の事情がない限り聴取された事項が開示されることは想定していないと考えられる。したがって、上記秘密の厳守は相談者との相談のみならず、関係者からの事情聴取も含め、広く本件業務に関わる相談によって知り得た情報を対象とすると解するのが相当である。そのような中で、関係者から事情聴取した内容が開示されるということになれば、今後、被告の行う事情聴取において関係者が率直に事情を述べることをためらうようになる蓋然性は高く、前述した本件業務における事情聴取に対する関係者の協力の重要性に照らせば、そのような状況は本件業務が適正に遂行されるうえで重大な支障となるといえる。そして、この点は、被聴取者の述べた事情が業務上の立場から述べた客観的事実であっても違いはないと解される。
そうすると、本件不開示情報のうち、上記<6>の部分を開示することは、本件業務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるといえる。
イ 次に、上記<7>及び<8>の部分について検討すると、これらの部分も本件業務において事情聴取された内容であるから、上記<6>の部分と同様、その開示により本件業務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるといえる。
なお、原告は、上記<7>及び<8>の部分は開示した方が原告と本件医師との見解の相違点が明らかになり、両者の信頼関係の再構築に寄与するから事務事業情報には当たらない旨主張する。
しかしながら、相談機関に対する各々の供述は、いずれも供述者の立場からの主張という性格を持っており、これをそのまま開示することにより、かえって相談者と関係者の争いを助長する結果となることも十分に考えられるところである。この点、本件業務は飽くまで相談業務として、患者・家族等と医療人・医療機関の信頼関係の構築を支援するものであるが、その内容としては、医療機関に患者・家族等の相談等の情報を提供するなどして医療機関が体制を改善することを促すことが規定されているにとどまり、相談者と医療機関との争いを解消することや責任の所在を明らかにすることまでは想定されていない。そうすると、相談者と医療機関との見解の相違が判明したとして、原告の主張するように両者の信頼関係の再構築に直結するかは疑問といわざるをえず、上記原告の主張は理由がない。
(3) 以上から、本件不開示情報のうち上記<6>ないし<8>の部分はいずれも事務事業情報に当たるから、これを理由として同部分を不開示とすることは理由がある。
第6 結論
以上のとおりであって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村吉晃 裁判官 植村京子 毛利友哉)