大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成17年(行ウ)61号 判決 2008年5月28日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第5当裁判所の判断

1  本件出張命令の適否について

原告らの主張は、本件出張は公務とはいえず、これを命じた本件出張命令は違法であるから、本件出張命令を原因としてされた本件出張旅費や本件給与の支出は違法であるというものと解される。

そこで、本件出張旅費や本件給与の支出に係る財務会計上の行為の適否を判断する前提として、その原因行為たる本件出張命令の適否について、以下検討する。

(1)  普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務を管理し、これを執行する職務を有する執行機関として、その権能を適切に果たすために合理的な必要がある場合には、職員の出張を命ずることができ、また、その目的や行き先、内容等の決定については、原則として長の合理的な裁量に委ねられていると解すべきである。

したがって、職員に対する長の出張命令については、当該出張の目的、態様等に照らし、これが著しく妥当性を欠き、裁量権の行使に逸脱又は濫用があると判断される場合に限り、違法となるものと解される。このことは、本件出張命令のように、出張命令が長以外の職員による専決によってされる場合についても、同様にあてはまる。

そこで、上記の観点から、本件出張命令の適否について検討する。

(2)  前記第2の2の事実に加えて、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア  都筑区連会と横浜市・都筑区との関係

(ア) 都筑区連会は、地域社会の振興と福祉の向上を目的として、都筑区内にある13の連合町内会・自治会の会長によって組織される団体であり、同目的を達成するため、情報交換や調査研究、住民福祉向上のための自主的な活動等を行っている(〔証拠省略〕)。具体的には、市政・区政に関わる事業についての協議や連絡調整、住民を代表して意見を述べ行政と地域住民の橋渡しを行うなどの市政協力活動、及び住民が安全で暮らしやすいまちづくりを行うための防災、防犯、福祉等の公益的活動を行っている(〔証拠省略〕)。

横浜市は、毎年、都筑区連会を含めた横浜市内の連合町内会・自治会に対し、地域振興協力費という名目で金員を交付しており、平成16年度においては、都筑区連会に対して150万円を支出した(〔証拠省略〕)。都筑区連会は、毎年8月を除き毎月1回、定例会を開催し、横浜市の諸関係機関同席の下、地域の課題や地域に周知する事項を協議すると共に、同会終了後に、同区連会の運営等を協議するために、行政機関が介入しない退席後会議を開催している(〔証拠省略〕)。

(イ) A及びBが所属する地域振興課は、横浜市区役所事務分掌規則2条により「市民組織との連絡及びその振興に関する」事務等を所掌し、その一環として、都筑区連会の事務局(以下「区連会事務局」という。)を同課に置き、同課課長を事務局長、同課係長及び職員1名を事務局員として、都筑区連会が開催する定例会等の会議の日程や議事項目、開催場所の調整、現金の管理等の事務を行っている。また、同事務局は、都筑区連会の事業の実行を図るため、各種事業の実施計画(案)を作成して同区連会に諮り、定例会等の会議の司会進行役も務めている(〔証拠省略〕)。

イ  本件研修の目的

本件研修の目的は、阪神・淡路大震災から10年が経過すると共に、都筑区を含む首都圏に影響を及ぼす東京直下型地震や東海地震の発生の可能性が指摘されている中で、災害時における地域住民組織の役割、防災に対する備えなどを再認識し、都筑区の地域防災活動に役立てることにあった(以下「防災・災害対策目的」という。〔証拠省略〕)。

ウ  本件研修実施までの経緯

(ア) 都筑区連会では、平成16年4月に開催された退席後会議において、会長らから、阪神・淡路大震災において被災状況の激しかった神戸市周辺で視察研修を行うという提案がなされた。同提案を受け、都筑区連会は、同年5月、区連会事務局に対し、研修の行程案の作成を依頼した。これを受けて、区連会事務局は、人と防災未来センター視察と同センターの語り部から震災の体験談を聴取することを研修内容とし、有馬温泉に宿泊するという行程案を作成した。また、同センターに連絡を取り、特に住民とどのように協働して復興活動を行ったかなどの体験談を行政側の立場から聴くため、語り部として元芦屋市土木部長を依頼した。

(イ) 続く同年6月21日の退席後会議(〔証拠省略〕)において、上記区連会事務局作成の行程案について協議がなされたが、区連会構成員数名から、阪神・淡路大震災関連の視察研修先を増やすように要望がなされた。そこで、同会議において、人と防災未来センターに加え、野島断層が保存されている震災記念公園を視察研修先に追加し、宿泊先を淡路島に変更することを決定した。同公園を加えた理由の一つは、都筑区の地下にも断層が存在することが公表され、断層に対する関心が高まっていたことにある。

(ウ) 都筑区連会は、同年7月21日の退席後会議において、区連会事務局から提示された旅行代理店3社の行程案及び経費見積もりを比較検討した結果、震災救済活動や復興活動で名高い神戸市長田区の真野地区を新たに研修先として提案したことや、経費の見積もりが最も安価であったことから、本件研修の委託先を株式会社aに決定した(以下、人と防災未来センター、真野地区復興・まちづくり事務所、震災記念公園を併せて「本件各研修先」という。)。また、研修の際には、参加者がその過程をビデオで撮影し、各地区連合町内会・自治会で行われる防災訓練の際に放映することも決められた。

その後、区連会事務局は、株式会社ルートトラベルが提案した淡路島南端にある南淡温泉宿泊について、移動距離を短くするために淡路島中央付近に位置する洲本に変更することを提案したが、同社から洲本の宿泊費が南淡温泉より高いために当初提案した見積もり額を超えると指摘されたため、これを断念した(以上(ア)ないし(ウ)につき、〔証拠省略〕)。

(エ) そして、都筑区連会は、同年8月26日、伊藤区長に対し、本件研修での助言及び区連会構成員との懇談のため、同区長及び関係職員の本件研修参加を要請する旨の案内状を送付した(〔証拠省略〕)。

エ  本件研修の内容

(ア) 参加者

本件研修の参加者(以下「参加者」という。)は都筑区連会構成員である地区連合町内会・自治会の会長12名及び伊藤区長、A、Bの合計15名であった(〔証拠省略〕)。

(イ) 費用

本件研修に要した費用は、合計111万1597円であった。このうち、横浜市が、前記第2の2(4)ア(ウ)のとおり市職員らの交通費及び宿泊料に相当する金額として本件出張旅費を支出したほか、上記会長ら12名が、本件研修の参加費としてそれぞれ2万円(合計24万円)を支出し、その余は、都築区連会がその予算から支出した(〔証拠省略〕)。

(ウ) 平成16年9月12日(1日目)

a 平成16年9月12日の行程及び研修内容は概略以下のとおりであった(〔証拠省略〕)。

午前8時30分 新横浜駅から新幹線に乗車

午前11時24分 新神戸駅に到着

午前11時30分 貸し切りバスにて新神戸駅を出発

午前11時35分から午後0時30分 あこや亭にて昼食

午後0時45分から午後2時30分 人と防災未来センターを視察

午後3時から午後4時30分 真野地区復興・まちづくり事務所を視察

午後4時45分から午後5時15分 移動中のバス車内にて都筑区連会報告事項・協議事項等の報告、意見交換

午後7時以降 南淡路ロイヤルホテルにて夕食、懇親会、意見交換

b 人と防災未来センターの視察

人と防災未来センターは、阪神・淡路大震災の被災状況、人々の行動、復旧・復興の経過を、映像や豊富な資料によって展示した神戸市所在の学習、研修施設である。同センターでは、通常の展示に加え、研修・体験プログラムとして、震災体験者である「語り部」から被災状況、復興活動等の体験を聴く研修を行っている。

参加者は、館内展示物を見学したほか、同センターの一室を借りて上記「語り部」である元芦屋市土木部長から被災体験談等を聴取した(〔証拠省略〕)。

c 真野地区復興・まちづくり事務所の視察

神戸市長田区にある真野地区は、阪神・淡路大震災後、日頃の地域活動を通じて培った住民と行政の連携により、いち早く災害救助活動、復興活動を実施して復興を成し遂げたことで名高く、参加者は、同地区の町内会関係者と意見交換を行うと共に地区内の視察等を行った。また、都筑区連会として、真野地区における復興の活動記録をまとめた冊子「震災の記憶と復興のあゆみ」を購入した(〔証拠省略〕)。

d バス車内における報告、懇親会、意見交換等真野地区から宿泊先である南淡路ロイヤルホテルに向かう車内においては、区連会事務局から定例会の会議に代えて報告事項、協議事項等の報告が行われ、また司会者を立てて同日の研修内容についての話し合いが行われた。また、参加者である会長らと伊藤区長との間で、雑談を交えた懇談も行われた(〔証拠省略〕)。

南淡路ロイヤルホテルにおいては、夕食後、カラオケルームを貸し切るなどして、酒食を伴う懇親会ないし二次会が持たれた。同会では、会長らの一部がカラオケをする一方、市職員らが各会長から区への要望を聴取するなどした(〔証拠省略〕)。

e 宿泊先(南淡路ロイヤルホテル)

同ホテルは、淡路島の南端にあり、下記のうず潮観潮船の乗船場から車で10分程度の立地である(〔証拠省略〕)。

(エ) 平成16年9月13日(2日目)

a 平成16年9月13日の行程及び研修内容は概略以下のとおりであった(〔証拠省略〕)。

午前9時10分 南淡路ロイヤルホテルを出発

午前9時30分から午前10時30分 うず潮観潮船に乗船

午前11時15分から午後0時 野島断層保存北淡町震災記念公園を見学

午後0時30分から午後1時15分 淡路ハイウェイオアシスにて昼食

午後2時15分から午後3時 菊正宗酒造記念館を見学

午後3時55分 新神戸駅から新幹線に乗車

午後6時30分 新横浜駅到着

b うず潮観潮船乗船

参加者は、震災記念公園を視察する前に、うず潮観潮船に乗って、約1時間「鳴門のうず潮」を鑑賞した。

c 震災記念公園の視察

震災記念公園は淡路島北側に位置する北淡町(当時。現淡路市)にあり、阪神・淡路大震災の際に現れた野島断層と、被災した個人宅を当時のままに保存している施設である(〔証拠省略〕)。

参加者は、同公園内の野島断層、被災宅を見学し、阪神・淡路大震災の被災状況に関するビデオを視聴した(〔証拠省略〕)。

d 菊正宗酒造記念館の見学

菊正宗酒造記念館は、神戸市東灘区にあり、灘の地場産業である酒造について展示した施設であって、入館料は無料である。

参加者は、バス移動の行程中、休憩を兼ねて同施設に立ち寄り、これを見学した(〔証拠省略〕)。

(オ) 本件研修終了後

本件研修後、都筑区連会は、参加者の1人が撮影したビデオと阪神・淡路大震災に係るテレビ報道番組を編集して、大震災発生時の初期対応の参考となる広報ビデオ「大災害時の初期対応を学ぶ」(〔証拠省略〕)を作成した。同ビデオは、60分のものと40分のものを2種類、合計26本作成し、12の地区連合町内会・自治会に1本ずつ配布し、放映して周知するように要請した。

各地区連合町内会・自治会では、役員会等の集まりや各地区防災拠点における防災訓練時等に同ビデオを上映して防災研修を行い、平成16年度には防災訓練に参加した1400人を含む多数の区民が同ビデオを視聴した(〔証拠省略〕)。

(3)  以上の事実を前提として、まず、原告らが本件研修の実質は観光旅行にすぎないと主張しているので、本件研修の性質について検討する。

ア  本件研修の主催者である都筑区連会は、地域社会の振興と福祉の向上を図ることを目的とし、住民が安全で暮らしやすいまちづくりを行うための防災、防犯、福祉等の公益的活動を行う住民組織であるところ、災害時における地域住民組織の役割、防災に対する備えなどを再認識するという本件研修の防災・災害対策目的は、同区連会の活動目的に沿うものであるといえる。

また、神戸市周辺地域を行き先としたことについても、同市が阪神・淡路大震災という近年における未曾有の災害を経て復興した地域であること、都筑区と同様に人口が密集した都市部に位置し、災害時の状況や対応が都筑区における防災活動の参考として適当であるといえることから、防災・災害対策目的を実現する上で、合理的な理由があるといえる。

さらに、人と防災未来センターでは、あらかじめ語り部として元芦屋市土木部長を依頼し、特に行政と地域住民が協働して復興活動を行うという観点から体験談を聴取したこと、同じく震災時に行政と地域住民の連携によって、いち早く災害救助活動、復興活動を行った真野地区を研修先に選択し、同地区の町内会関係者と意見交換を行ったこと、阪神・淡路大震災の被災状況を示す震災記念公園を視察したこと、本件研修の成果を地域住民に還元するために、参加者によって、語り部の体験談や野島断層の様子等がビデオで記録されていたことなどの事情を勘案すると、防災・災害対策目的に資するように視察内容の設定がなされ、同目的に沿った研修が行われたと認めることができる。

このことは、本件各研修先を決定する過程において、当初区連会事務局が提示した人と防災未来センターのみを研修先とする案に対し、会長らが震災関連の研修先を増やすようにと指摘して震災記念公園を追加させ、併せて宿泊先を変更し、さらに、真野地区を研修先として提案したことを評価して株式会社aを本件研修の委託先に選定するなど、研修内容が防災・災害対策目的に沿うように繰り返し検討がなされたという事情からもうかがえるところである。

以上のとおり、本件研修は、都筑区連会の活動目的に沿った、防災・災害対策目的を実現するための、視察研修としての性質を有するものであったと認めることができる。

イ  一方、本件研修の行程のうち、菊正宗酒造記念館の見学、宿泊先で行われた懇親会ないし二次会及びうず潮観潮は、防災・災害対策目的と直接の関連性を有しているとは認められず、娯楽・遊興的な要素があることは否定できない。

しかしながら、行程の一部に研修目的に沿わない娯楽・遊興的な行為があったとしても、これをもって直ちに行程全体の視察研修としての性質が失われると解することは適当ではなく、当該行為の内容、行程全体における位置付け、研修に与える影響等を総合的に考慮し、当該行為の存在が、視察研修の目的に変更を生じさせ、あるいは、当該目的に沿った研修の実施又は効果を阻害して、視察研修としての性質を否定するものであったかどうかを検討すべきである。

そこで、上記の立場に立って、菊正宗酒造記念館の見学、懇親会ないし二次会及びうず潮観潮を行ったことが本件研修の視察研修としての性質を否定するものであったかどうかについて検討する。

(ア) まず、菊正宗酒造記念館の見学について、前記(2)エ(エ)で認定した事実及び〔証拠省略〕によれば、同記念館は神戸市東灘区にあり、地場産業である酒造について展示した施設であるところ、参加者は、2日目、淡路島の震災記念公園からバスで神戸市へ戻り、午後2時15分からおよそ45分間、同記念館を見学し、その後新神戸駅から帰途についている。

被告は、同記念館にいわゆるトイレ休憩を兼ねて立ち寄った旨主張するが、同記念館は新神戸駅よりも大阪寄りに位置しているため、淡路島と新神戸駅との途上にあるとは認め難く、トイレ休憩のために同記念館を行程に加える必要があったとは直ちにいうことができない。また、同記念館は、地場産業である酒造について展示した施設であるから、これが防災・災害対策目的に関連する見学先であったとはいうことができない。

しかし、都筑区連会が地域社会の振興を目的の1つとして活動する組織であることを考慮すれば、他の地域の地場産業について見聞することも同区連会の活動に資するということもでき、これが参加者個人の娯楽・遊興のみのために行われたとまでは認めることができない。

また、同記念館の見学のために行程が変更された、あるいは長距離を移動したなどの事実は認めることができず、その実質は、本件各研修先の視察がすべて終了した後、復路の新幹線の出発までの時間を利用して、休憩を兼ねて付随的に行われたものであると認めることができる。

そうすると、同記念館の見学によって、本件研修の目的に変更が生じ、あるいは、その目的に沿った研修の実施又は効果が阻害されたものとはいうことができない。

(イ) 次に、宿泊先で行われた懇親会ないし二次会について、前記(2)エ(ウ)で認定したとおり、参加者は1日目の夕食後、宿泊先のカラオケルームを貸し切るなどして、酒食を交えた懇親会ないし二次会を催したことが認められる。この点について、被告は、同会は会長らと市職員らの意見交換会であった旨主張するが、司会者を立てテーマを設定して意見交換がなされた等の事実はなく、少なくとも会長らの一部は飲酒し、カラオケに興じていたと認められることから、その実質はいわゆる宴会の域を出ないものといわざるを得ない。

しかし、前記の都筑区連会の活動目的に行政と地域住民の橋渡しを行うという役目も含まれるところ、同懇親会ないし二次会においては、会長らの一部は行政に対する要望や意見を市職員らに訴え、市職員らはこれを聴取し、両者の間での対話がなされたと認められる。また、開催時間、内容等をみても、1日目の研修日程が終了した後就寝までの、いわば各人の自由時間において開催されたもので、懇親を目的に行われる一般的な宴会の範囲を超えるようなものでもない。

そうすると、このような懇親会ないし二次会が行われたことによって、本件研修の目的に変更が生じ、あるいは、その目的に沿った研修の実施又は効果が阻害されたものとはいうことができない。

(ウ) 最後に、うず潮観潮について、前記(2)エ(エ)で認定したとおり、参加者は2日目に宿泊先を出発した直後に、宿泊先から車で10分程の場所からうず潮観潮船に乗船し、午前9時30分から約1時間「鳴門のうず潮」を鑑賞したことが認められる。そして、この行為は、防災・災害対策目的及び都筑区連会の活動目的いずれとも関連性はなく、本件研修で淡路島を訪れる機会を利用して、参加者個人が観光を目的に行ったものというべきである。

この点につき、原告らは、本件研修は当日帰着が可能であるにもかかわらず、合理的な理由もないのに淡路島の中でも神戸市とは反対側にある南淡温泉を宿泊先としており、都筑区連会は、うず潮観潮をはじめとした観光を行うために本件研修を宿泊付きとし、うず潮観潮に便宜な南淡温泉に宿泊したものである旨主張する。

そこで検討するに、前記(2)エ(ウ)、(エ)で認定した事実及び〔証拠省略〕によれば、神戸市から震災記念公園までの所要時間はおよそ50分であり、1日目の午後4時30分に真野地区の視察を終えた後、バスで神戸市から同公園まで向かうと、到着するのは午後5時30分ころということになる。しかし、震災記念公園の視察先である野島断層保存館の開館時間は午後5時までであり、これでは見学は不可能である。また、仮に、行程の順序を入れ替えれば1日で本件各研修先3か所を訪れることが不可能ではないとしても、交通事情による誤差、休憩や食事の時間等に加え、参加者である会長らが比較的高齢であることも勘案すると、宿泊を含め2日間にかけて本件各研修先を訪れることが格別不合理とはいえない。

また、うず潮観潮を行う便宜のために淡路島南端の南淡温泉に宿泊したとの主張については、前記(2)ウ(ウ)で認定した事実及び〔証拠省略〕によれば、南淡温泉宿泊及びうず潮観潮を提案したのは株式会社aであり、同社の見積もり額が最も安価であったこと、区連会事務局は同社に宿泊先を淡路島中央部の洲本に変更するように要望したが、同社から当初の見積もり額を超えると回答されたために断念したこと、神戸市及び南淡温泉から淡路島北部の震災記念公園までのそれぞれの通常の所要時間は10分程度しか異ならない上、区連会事務局において、同公園を視察するのが月曜日の朝であり、神戸市の交通事情も考慮に入れると、南淡温泉から同公園に向かう方が所要時間の予測が付きやすいと判断したことの各事情が認められ、本件研修の行程を組む上で宿泊先を南淡温泉としたことにも一定の合理的な根拠があるといえる。

そして、うず潮観潮を行ったことによって、その後の震災記念公園の視察に支障が生じたり、あるいは本件各研修先以外にも研修目的に資する施設等が存在したにもかかわらず、その視察を断念したなどの事情はうかがわれない。

そうすると、うず潮観潮によって、本件研修の目的に変更が生じ、あるいは、その目的に沿った研修の実施又は効果が阻害されたものとはいうことができない。

以上を総合すれば、本件研修では、防災・災害対策目的とは直接関連するとはいえない上記各行為が行われ、そのうち一部は参加者個人の観光目的でなされたものというべきであるが、上記検討のとおり、その内容、行程全体における位置付け、研修に与える影響等を総合的に考慮すると、これらの行為が、防災・災害対策という本件研修の目的に変更を生じさせ、あるいは、当該目的に沿った研修の実施又は効果を阻害して、視察研修としての性質を否定するものであったとはいうことができない。

ウ  以上のとおり、本件研修は、全体としてみれば、都筑区連会の活動目的に沿った、防災・災害対策目的を実現するための、視察研修としての性質を有していたものと認めることができ、原告らが主張するような観光目的のものとは認めることができない。

エ  なお、原告らは、都筑区連会には意思決定機関が存在せず、同区連会は本件研修の実施について意思決定を行っていないとして、本件研修は市職員らあるいは会長らが個人的に企画した観光旅行にすぎない旨主張する。しかし、同区連会は定例会後の退席後会議において本件研修の内容を決定したものであるし(前記(2)ウ)、本件研修には同区連会の構成員13名のうち12名が参加したこと(〔証拠省略〕)からしても、本件研修の実施が同区連会の意思決定に基づくことは明らかであるから、原告らの上記主張は採用することができない。

(4)  次に、本件研修の性質に関する以上の検討を前提として、本件出張命令の適否について検討する。

ア  前記(2)で認定したとおり、本件研修の目的は、災害時における地域住民組織の役割や防災に対する備えなどを再認識し、都筑区の地域防災活動に役立てることにあり、その内容も、阪神・淡路大震災に関する神戸市周辺の本件各研修先を視察し、同震災発生時の被災状況、復興活動に関する関係者の体験談を聴取するほか、真野地区では災害時における行政と地域住民との連携という観点から視察をするというものであったことからすれば、本件研修における本件各研修先の視察は、市の職員が区政を運営していく上においても、参考となるものであったということができる。

また、市職員らのうち、伊藤区長は都筑区災害対策本部長(横浜市災害対策本部条例4条2項)、地域振興課長であるAは都筑区災害対策本部の避難班班長及び都筑区地域防災拠点運営委員会担当者、同課地域活動係長であるBは同委員会担当者と、それぞれ都筑区の防災関連の職に就いていたことが認められる(〔証拠省略〕)。

以上のような本件研修の目的、内容及び市職員らの職務の内容に照らせば、市職員らが本件研修に参加して本件各研修先を視察することは、市職員らの防災・災害に係る職務にとって有益なものであったといえる。

イ  また、一般に、地方公共団体の職員において、広報公聴活動の一環として地域住民の意見・要望を広く聴き、これを行政運営に反映させることは、当該地方公共団体の職務との関連性を有するといえる。そして、本件研修を主催した都筑区連会が地域住民の代表である都筑区内の全連合町内会・自治会の会長らによって構成されていることや、本件研修の行程においても意見交換の機会が設けられていたことからすると、市職員らが本件研修に参加し、会長らを通じて地域住民の意見・要望を聴取することには、市職員の職務との関連性を認めることができる。

それに加えて、都筑区連会は、区政に関する事業の連絡調整等を通じて地域住民と行政の橋渡しを行い、都筑区の行政活動を事実上補完する活動を行っているといえ、横浜市においても、このような活動を期待して、毎年地域振興協力費の交付をするほか、その活動が円滑に行われるために区職員が同区連会の事務局を務めるなどしている。すなわち、同区連会は、横浜市にとって、都筑区の行政目的を達成する上で協働する関係にあるということができる。そして、防災・災害対策の円滑な実施には、その地域住民の理解・協力が不可欠であることからすれば、市職員らにおいて同区連会の構成員である会長らと共に本件各研修先を視察し、横浜市と同区連会との間で防災・災害対策についての情報を共有することや、会長らを通じて都筑区の地域住民にも防災・災害対策についての理解が広まることを期待することには、一定の合理性を認めることができる(現に、本件研修の結果を記録したビデオを多数の都筑区民が視聴しており、本件研修で得た防災・災害対策に関する情報が同区連会を通じて地域住民に伝えられるという効果があったものといえる。)。

ウ  さらに、A及びBは「市民組織との連絡及びその振興に関する」事務を所掌する地域振興課の職務の一環として区連会事務局の役割を担っていることからすれば、同区連会の目的に沿った目的及び内容を有する本件研修に同行して、その円滑な遂行を手助けすることも、当該職務の一部を構成するものといえる。

エ  一方で、菊正宗酒造記念館の見学、懇親会ないし二次会及びうず潮観潮については、これらの行為自体が直ちに市の職員の職務を構成し又は市の職務にとって有益なものと認めることはできない。

しかし、これらの行為の存在をもって、本件研修の視察研修としての性質が否定されるものではないことは、前記(3)で述べたとおりである。したがって、これらの行為が予定されていたにせよ、上記アないしウで述べたような、防災・災害対策という本件研修の目的の観点から市職員らにおいて本件研修に参加し、本件各研修先を視察することの合理性が、直ちに失われるものではない。

オ  また、原告らは、市職員らが本件研修の2日目に参加することは必要なかった旨を主張する。

しかし、前記(3)イ(ウ)のとおり、本件各研修先3か所を視察するために2日間の日程としたことが不合理とはいえないし、2日目には、震災記念公園を視察の上、神戸市から横浜市への復路を移動することが予定されていたのであるから、2日目についても全日の出張命令とすることには必要性及び合理性が認められる。

以上の各事情を勘案すれば、伊藤区長が専決により市職員らを2日間の本件研修に参加するよう命じた本件出張命令について、これが著しく妥当性を欠き、裁量権の行使に逸脱又は濫用があるということはできないから、本件出張命令が違法であるということはできない。

2  財務会計上の行為の適否

(1)  本件出張旅費の支出(本件支出負担行為及び本件支出命令)について前記1のとおり、本件出張命令は違法とはいえないから、その遂行に必要な費用を支出する措置を採ることについてもまた違法とはいえない。

これを本件出張旅費についてみると、その内訳は、前記第2の2(4)ア(ウ)のとおり、市職員らに係る往復の交通費(市営地下鉄、新幹線の往復運賃)及び宿泊料である。これらの各費用は、本件研修に参加して本件各研修先を視察するという本件出張命令の目的を達するためには必要なものといえる。一方、本件出張旅費が、うず潮観潮又は懇親会ないし二次会の費用その他本件出張命令の目的を達するために必要な範囲を超える費用を含むものとは認めることができない。

そうすると、本件出張旅費は、本件出張命令の遂行に必要な範囲内の費用ということができる。したがって、本件出張旅費を支出する旨を決定した本件支出負担行為及びその支出を命じた本件支出命令が違法であるということはできない。

(2)  本件給与の支出について

市職員らは、本件出張命令に基づき本件出張をしたものであり、かつ、前記1のとおり本件出張命令は違法とはいえない。このような事情の下では、市職員らが本件出張の期間中についても市の職員としての職務に従事していたといえることは明らかであるから、市職員らに対し本件出張の期間分を含めて給与を支給することが違法であるということはできない。

したがって、本件給与の支出(本件において適否が問題となるのは、本件給与の支出負担行為及び支出命令である。)が違法であるということはできない。

3  当該職員及び相手方の責任の有無について

(1)  本件出張旅費について

ア  前記第2の2(4)アのとおり、本件出張旅費の支出に関し、本件支出負担行為は、中田市長が本来有する権限が伊藤区長に委任され、伊藤区長が決裁したものであり、本件支出命令は、中田市長が本来有する権限が伊藤区長に委任され、C課長が伊藤区長に代わって専決したものである。

そして、前記2(1)のとおり、本件支出負担行為及び本件支出命令は、いずれについても、違法であるということはできない。

そうすると、中田市長、伊藤区長及びC課長は、各人の財務会計上の義務の内容いかんに関わらず、本件支出負担行為又は本件支出命令につき、横浜市に対して損害賠償責任を負う余地はない。

イ  また、本件出張旅費の支出が違法であるといえない以上、市職員らが本件出張旅費につき横浜市に対して不当利得返還義務を負う余地もない。

(2)  本件給与について

ア  前記第2の2(4)イのとおり、本件給与の支出に関し、その支出命令は、横浜市総務局人事部労務課長が中田市長に代わって専決したものである。

そして、前記2(2)のとおり、本件給与に係る支出負担行為及び支出命令は、いずれについても、違法であるということはできない。

そうすると、中田市長は、本件給与に係る支出負担行為又は支出命令につき、横浜市に対して損害賠償責任を負う余地はない。

イ  また、本件給与の支出が違法であるといえない以上、市職員らが本件給与につき横浜市に対して不当利得返還義務を負う余地もない。

4  まとめ

よって、本件出張旅費及び本件給与の支出につき、中田市長、伊藤区長、C課長及び市職員らに対して損害賠償請求、賠償命令又は不当利得返還請求をするように求める原告らの請求は、いずれも理由がない。

なお、原告らは、市職員らが本件研修に要した費用の一部しか負担していないことが公金による饗応を受けたことと同義である旨主張しているが、本件における原告らの請求に関連する違法の主張とは認めることができない。

第6結論

以上のとおりであって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功 貝阿彌亮 沼野美香子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例