横浜地方裁判所 平成18年(む)727号 決定 2006年12月19日
主文
本件請求をいずれも棄却する。
理由
第1犯人特定ないし捜査の端緒に関する捜査報告書について
弁護人らは,証拠開示命令を求める請求書1(2)(a)において脅迫の故意ないし実行行為を争うとの主張を予定している旨,同請求書1(3)において要するに被告人が被害者に公訴事実記載の日時に架電した内容について公訴事実記載の言動をとっていないことを主張することを予定している旨述べているが以上の2つの主張は結局は本件公訴事実について脅迫の故意ないし実行行為を争うとの主張を予定しているということに尽きる。
なお,同請求書1(3)において,公訴事実記載の言動をとったのは公訴事実記載の日時とは別の日時に架電した被告人以外の者であることを主張する旨述べているが,弁護人ら作成の平成18年11月8日付け「予定主張記載書面」及び平成18年11月20日付け「予定主張記載書面の補充書」においては,上記主張について触れられておらず,上記証拠との関連性を判断する前提となる主張を欠くものである(上記補充書別紙2,第3には,具体的事実主張が記載されているが,弁護人らは,同主張と本件請求証拠との関連性については何ら主張していない。)。
そして,弁護人らは,脅迫の故意ないし実行行為の直接証拠となるA及びBの各供述の信用性を弾劾するために,その信用性を判断する上で,捜査機関の初動捜査段階における認識内容を検討することは,上記主張に密接に関連しかつ必要不可欠の重要性を有するものである旨主張している。
しかし,捜査機関の初動捜査段階における認識如何と脅迫の故意ないし実行行為を争うとの抽象的な主張の間には関連性が極めて乏しいと言わざるを得ないし,防御の準備のために開示する必要性もほとんどなく,結局,開示することが相当であるとは認められない。
したがって,刑事訴訟法316条の20第1項の要件を欠く。
第2被告人の取調べに際して作成された捜査メモないし備忘録,被告人の取調状況に関する捜査報告書について
証拠開示命令を求める請求書2(2)及び平成18年11月8日付け「予定主張記載書面」によると,弁護人らは,脅迫を被疑事実とする逮捕手続の違法性及びかかる逮捕・勾留がもっぱら別件である逮捕・監禁被疑事件の捜査を目的とする違法な別件逮捕・勾留でありそれに引き続く公訴提起は公訴権濫用であり公訴が無効であるとの主張を予定しているところ,上記証拠は,相互にあるいは被告人の供述と相まって,被告人に対する取調べの重点が本件である脅迫と別件である逮捕・監禁罪のいずれに置かれていたかを推認させる資料であり,ひいては取調官における令状主義潜脱の主観的意図の有無をも推認させるものであるから,いずれの証拠も上記主張に密接に関連し,また必要性も高い旨主張している。
ここで,刑事訴訟法316条の20による主張関連証拠の開示請求の対象となる証拠は,いわゆる検察官手持ち証拠であり,これは原則として検察官が現に保管している証拠を意味するものと解される。このことは,刑事訴訟法316条の27第2項に,裁判所が,被告人側からの開示命令の請求について決定をするに当たり,検察官の保管する証拠であって,裁判所の指定する範囲に属するものの標目を記載した一覧表の提示を命ずることができる旨の規定が置かれていることからもうかがうことができる。
そうすると,平成18年12月14日付け検察官の意見によると,弁護人が開示を求める本件請求書2(1)アの被告人の取調べに際して作成された捜査メモ,備忘録は,検察官が現に保管している証拠中に存在しないとされており,その性質上,検察官に対して送致書等とともに送付されるべき書類でもないから,検察官に前記一覧表等の提出等を命じるまでもなく,検察官の手元に存在しないこれら証拠の開示を命じる余地はない。
また,捜査手続の違法は直ちに公訴提起の効力に影響を及ぼすものではないところ,弁護人らの前記法律上の主張を基礎づける事実主張には具体性が乏しく,弁護人らの上記主張と弁護人らが開示を求める本件請求書2(1)イの被告人の取調状況に関する捜査報告書との関連性の程度は極めて低いと言わざるを得ず,また,検察官が本件について収集された証拠を種々請求している状況や検察官及び弁護人らのその余の事実主張に照らすと,これまでに請求されている証拠及び被告人質問に加えてこの点に関する証拠調べをする必要性自体乏しいと言うべきであるから,被告人の防御の準備のために開示する必要性があるとも認められない。
したがって,刑事訴訟法316条の20第1項の要件を欠く。
第3結論
よって,弁護人らの本件請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 栗田健一 裁判官 日野浩一郎 裁判官 田中一洋)