横浜地方裁判所 平成18年(ワ)2126号 中間判決 2008年12月16日
原告
X
原告訴訟代理人弁護士
池田忠正
松浦光明
齋藤芳則
安藤肇
小比賀正義
小野哲
熊谷靖夫
白川秀信
高岡輝征
中山善太郎
野木大輔
藤澤明彦
望月孝礼
種村求
佐藤裕
髙原將光
佐藤修身
青山正規
石山晃成
小沢靖志
菅友晴
島崎友樹
武内大徳
田中敬介
二井矢旬子
冬木健太郎
村野光夫
渡部英明
早川和孝
武藤一久
被告
Y1<他4名>
被告ら五名訴訟代理人弁護士
松下勝憲
主文
一 本事件の請求中、被告Y2及び被告Y3に対する共同不法行為に基づく損害賠償請求の原因は理由がある。
二 本事件の請求中、被告Y1、被告Y4及び被告Y5に対する使用者責任に基づく損害賠償請求の原因は理由がある。
事実及び理由
第一請求の趣旨
被告らは、原告に対し、連帯して、一億一二九八万八三〇七円及びこれに対する平成一五年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要等
一 事案の要旨
本件は、平成二〇年法律第二八号による改正前の「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(以下「暴対法」という。)により、指定暴力団の指定を受けていた指定暴力団a会の三次組織の構成員らが、平成一五年七月九日、横浜市内において、原告の父親に暴行を加え同人を死亡させた事件(以下、「本件犯行」という。)について、原告が、右傷害致死事件は上記構成員らによる暴力団の威力・威信の維持を目的とした縄張維持及び制裁行為に起因するものであると主張し、実行犯である被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び被告Y3(以下「被告Y3」という。)に対しては共同不法行為責任(民法七一九条一項前段)に基づき、同人らの直属組長である被告Y5(以下「被告Y5」という。)、二次組織総長である被告Y4(以下「被告Y4」という。)及びa会総裁である被告Y1(以下「被告Y1」という。)に対しては、使用者責任(民法七一五条一項)に基づき、いずれも損害賠償及び事件当日である平成一五年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求をした事案である。
二 前提となる事実(以下の事実は、いずれも当事者間に争いがないか、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。)
(1) 当事者等
ア 原告は、本件犯行の被害者である故A(以下「故A」という。)の長男であり、本件犯行に関して故Aが被告らに対して取得する損害賠償請求権を単独で相続した者である。
イ 被告Y1は、本件犯行当時、暴対法三条所定の指定暴力団の指定を受けていたa会の総裁であり、代表者であった者である。
ウ 被告Y4は、本件犯行当時、a会の運営委員長であり、a会の二次組織であるa会初代b一家(以下「b一家」という。)の総長であった者である。
エ 被告Y5は、本件犯行当時、a会の専務理事及びb一家の組織委員長であり、a会の三次組織であるa会初代b一家c組(以下「c組」という。)の組長であった者である。
オ 被告Y2は、本件犯行当時、a会の監事及びb一家の行動隊であり、c組の幹部構成員となる組織委員長であった者である。
カ 被告Y3は、本件犯行当時、c組の構成員であり、被告Y2の配下であった者である。
(2) 本件犯行の概要
ア 横浜市鶴見区内などを縄張とする暴力団a会b一家c組の構成員である被告Y2及び被告Y3は、かねてから同区内の飲食店等において暴力団を思わせるような名刺を配る等していたBほか三名に対して、制裁を加えるべく、その所在を探していた。
平成一五年七月九日、被告Y2及び被告Y3は、Bらが同区△△町所在のスナックにいるとの情報を入手し、その他多数人と共に同スナック付近に集合し、同日午後九時ころ、同スナック店外において、Bら及びたまたまBらと酒席を共にしていた故Aに対し手拳で顔面を数回殴打する等の暴行を加え、故Aに頸髄損傷の傷害を負わせ、同日午後一一時ころ、同人の死亡が判明した。
イ 被告Y2及び被告Y3は、平成一六年三月一七日、横浜地方裁判所において、故Aに対する傷害致死罪等により、それぞれ懲役七年及び懲役四年六月の有罪判決を受け、同判決は控訴されずに同年四月一日に確定した。
三 争点
(1) 被告Y2及び被告Y3の共同不法行為責任
(2) 被告Y1、被告Y4及び被告Y5(以下「被告Y1ら」という。)の使用者責任
ア 被告Y1らの被告Y2及び被告Y3に対する使用者性が認められるか否か
イ 本件犯行に事業執行性が認められるか否か
(3) 損害額
四 争点についての当事者の主張の要旨
(1) 争点(1)(被告Y2及び被告Y3の共同不法行為責任)について
(原告の主張)
被告Y2及び被告Y3が、他の多数の者と共謀の上、縄張を侵したことに対する「制裁」として故Aに暴行を加え死亡させたことは刑事事件判決からも明らかであり、この暴行行為については一個の不法行為が成立する。
したがって、被告Y2及び被告Y3に民法七一九条一項前段に基づく共同不法行為責任があることは明らかである。
(被告の主張)
本件犯行の際に、被告Y2及び被告Y3の他に二〇名前後の者が駆けつけたという点については否認する。
故Aの頸髄損傷の発生原因は不知。同人が階段の手すり等を握って離さなかったことから、被告Y2らがその身体を強く引っ張った勢いで故Aが階段を転げ落ち、階段の角などで頸髄を損傷した可能性も否定できない。
被告Y2及び被告Y3の共謀の範囲は、Bの関係者に対し、ある程度の暴行を加えるという点にあり、死の転帰を共同して認識・認容していたこともない。また、故Aに対して直接の暴行は行っていないのであるから、被告Y2及び被告Y3が故Aの死亡の結果についてまで責任を負うという点については争う。
(2) 争点(2)(被告Y1らの使用者責任)について
ア 総論
(原告の主張)
被告Y1らと被告Y2及び被告Y3との間には、それぞれa会並びにその二次組織及び三次組織の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業について民法七一五条一項所定の使用者と被用者の関係が成立しており、被告Y2及び被告Y3らが、縄張を侵したことに対する制裁として故Aらに対して行った本件犯行は、被告らの「事業の執行について」(同条同項)行われた行為であるから、被告Y1らは、本件犯行によって故A及び原告に生じた損害について使用者責任を負う。
(被告らの主張)
被告Y1らの被告Y2及び被告Y3に対する使用者性及び本件犯行が被告Y1らの事業の執行について行われたことについて、いずれも争う。
イ 被告Y1らの被告Y2及び被告Y3に対する使用者性が認められるか否かについて
(原告の主張)
被告Y1らの被告Y2及び被告Y3に対する使用者性が認められることは以下のとおり明らかである。
(ア) 使用者性に関する一般論
最高裁平成一六年一一月一二日第二小法廷判決・民集五八巻八号二〇七八頁(以下「平成一六年判決」という。)は、以下の三点を認定した上で、指定暴力団であるd組の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業につき、d組組長とその下部組織の構成員との間に、民法七一五条一項所定の使用者と被用者の関係が成立していたものと認定している。
① d組は、その威力をその暴力団員に利用させ、又はその威力をその暴力団員が利用することを容認することを実質上の目的とし、下部組織の構成員に対しても、d組の名称、代紋を使用するなど、その威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたこと。
② d組組長は、d組の一次組織の構成員から、また、d組の二次組織以下の組長は、それぞれその所属組員から、毎月上納金を受け取り、上記資金獲得活動による収益がd組組長に取り込まれる体制が採られていたこと。
③ d組組長は、ピラミッド型の階層的組織を形成するd組の頂点に立ち、構成員を擬制的血縁関係に基づく服従統制下に置き、d組組長の意向が末端組織の構成員に至るまで伝達徹底される体制が採られていたこと。
そして、被告Y1らのいずれについても、上記三点が認定でき、したがって、同人らと被告Y2及び被告Y3との間に、それぞれ使用者と被用者の関係が成立していたことは、以下のとおり明らかである。
(イ) 被告Y1の被告Y2及び被告Y3に対する使用者性について
a a会が、その威力をその構成員に利用させ、又はその威力をその構成員が利用することを容認することを実質上の目的とし、下部組織の構成員に対しても、a会の名称、代紋を使用するなど、その威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたことは以下の諸点から明らかである。
(a) 暴対法三条に基づく東京都公安委員会によるa会に対する指定暴力団としての指定理由において、「a会においては、その多数の暴力団員が、生計の維持、財産の形成又は事業の遂行のための資金を得、又は得ようとするに当たって、a会に所属している旨を告げ、その他a会に所属していることを利用して恐喝、暴力行為等処罰に関する法律違反等に当たる行為を行っている。また、a会は、構成員たる暴力団員が生計の維持、財産の形成又は事業の遂行のための資金を得、又は得ようとすることに関連して、他の暴力団との間に暴力行為を伴う対立を生じさせている。したがって、a会は、その威力を構成員たる暴力団員に利用させ、又はその威力を構成員たる暴力団員が利用することを容認していると認められる」とされていること。
(b) a会下部組織の構成員に対しては、組織の威力を利用して資金獲得活動を行っていることを理由に、多数の中止命令が発令されていること。
(c) a会において下部組織が自らの組織を表示する場合、一般的に、a会から順次自団体までを並べて呼称し、その並べた呼称を利用して、a会傘下の階層的な下部組織であることを明示しており、a会下部組織に加入した者については、a会の代紋入りバッジを交付され、a会の代紋入り名刺の作成を許されていること。
また、a会下部組織の構成員自身もa会の名称、代紋を使用するなど、その威力を利用して資金活動を行っていることを認めていること。
b a会も暴力団である以上、被告Y1が全人格的・包括的な服従統制下においている下部組織構成員にa会の威力を利用した資金獲得活動を行わせ、そこで獲得された利益が上納金制度を通じて代表者である被告Y1に取り込まれていたことは当然である。そもそも、上納金は「代紋」使用を認めることの対価としての意味を有するものであって、暴力団組織において、代紋使用を認めておきながら、上納金を納めなくてもよいことなど、およそ考えられない。a会の下部組織の構成員による威力利用資金獲得活動によって獲得された利益が、上納金制度を通じて被告Y1に取り込まれる体制がとられていたことは、新聞においてもa会における上納金制度の存在が報じられており、警察においても同様の認識を有していること、a会の下部組織の構成員が上納金の存在を認めていること及び前記暴力団組織に共通の性質などからして明らかである。同じく被告Y4及び被告Y5にも、獲得された利益が上納金制度を通じて取り込まれていたことは当然である。
c a会において、被告Y1が階層的組織の頂点に立ち、構成員を擬制的血縁関係に基づく服従統制下に置き、被告Y1の意向が被告Y2及び被告Y3を含む末端組織の構成員に至るまで伝達徹底される体制が採られていたことは以下の諸点から明らかである。
(a) a会においては、本件犯行当時、総裁である被告Y1を頂点とし、総裁の下に会長がおり、その下に、擬制的血縁関係の連鎖による下部組織が構成されていた。したがって、被告Y1が会長を退き総裁に就任した以降も、a会の重要な案件についての最終的な意思決定権は被告Y1が保持し、四代目会長を決定する際も被告Y1による承認行為が決め手となったもので、被告Y1の総裁就任前後にわたる六回の暴対法に基づく指定暴力団の指定の際も、毎回被告Y1がa会の代表者として認定されていた。a会の日常的な運営方針については、本件犯行当時、被告Y1及び会長に次ぐ地位である理事長のもと、執行部が核となって決定していたものの、執行部役員は、いずれも被告Y1と擬制的血縁関係にあることから、運営方針の決定に当たっては被告Y1の意志に反することはできず、結局、執行部の決定や指示等は、被告Y1の意思と同視できたことなどからすれば、a会において、被告Y1が頂点に君臨し、代表者として実質的権限を有していたことは明らかである。
(b) a会においては、組長等上位の地位にある構成員は、下位の地位にある構成員を意のままに支配していた。a会の下部組織の構成員にとっては、被告Y1を頂点として、組長等上位の地位にある者の命令は絶対であり、上命下服の意識が定着していた。そして、前記のとおり、重要な案件の最終決定権は被告Y1にあり、被告Y1の意思に反する団体運営がなされることなどあり得ない体制が採られていた。
また、a会の下部組織の構成員には、上納金等の支払義務のほかに、上位の者に対する絶対服従、事務所当番、対立抗争時の抗争への参加等の義務が課せられており、それらの義務を怠るなど、a会の決定事項や上位の者の指示、命令に背いた者に対しては、絶縁、破門、謹慎等の処分が下される他、暴力的制裁である断指、リンチ等が行われていた。
このような内部統制により、a会において、頂点に君臨する被告Y1が、構成員を擬制的血縁関係に基づく絶対的服従統制下に置いていたことは明らかである。
(c) a会の運営方針については、本件犯行当時、毎月第三水曜日に熱海市にあるa会本家において代表専務理事以上の役職にあるa会組員が出席して開催されていた定例会等において伝達されており、それらの伝達事項は、二次組織の幹部会や三次組織の幹部会などを通じて、下部組織の構成員にも伝達されていた。これらの事実は、警察も把握しているだけではなく、a会の構成員自身、認めているところである。
また、a会の運営方針は、a会総本部からの伝達事項がFAXを通じて下部組織の構成員に伝達される仕組みがあった上、a会傘下の暴力団事務所において電話連絡表が常備されており、a会傘下の構成員の携帯電話には上部団体の組事務所の電話番号が登録されている他、加えて、被告Y4がa会本家における定例会に出席した後に、b一家の定例会が開催され、その際にa会本家からの伝達事項が伝達されることなどもあった。
このように、頂点に君臨する被告Y1の意向が末端組織の構成員に至るまで伝達徹底される体制が整えられていた。
d 以上から、a会において、被告Y1が階層的組織の頂点に立ち、構成員を擬制的血縁関係に基づく絶対的服従統制下に置き、被告Y1の意向が被告Y2及び被告Y3を含む末端組織の構成員に至るまで伝達徹底される体制が採られていたことは明白である。したがって、被告Y1と、被告Y2及び被告Y3との間に使用者と被用者の関係が成立していた。
(ウ) 被告Y4の被告Y2及び被告Y3に対する使用者性について
被告Y4と被告Y2及び被告Y3との間に使用者と被用者の関係が成立していたことは、以下のとおり明らかである。
a 直接の指揮監督の存在
被告Y2は、本件犯行当時、被告Y4からb一家行動隊という地位を与えられており、被告Y2及びその若衆である被告Y3は、「地回り」等の活動によって、被告Y4ないしb一家の資金獲得活動の一部を担っていた。
したがって、被告Y2及び被告Y3は、被告Y4の直接の指揮監督に服していた以上、被告Y4が被告Y2及び被告Y3の使用者であったことは明らかである。
b また、a会b一家の構成員である被告Y2が、本件犯行の際に、「b一家のもんだけど、話しよう」などとb一家の名称を使用していたことのほか、前記(イ)と同様の理由により、①b一家が、a会及びb一家の威力をその構成員に利用させ、又はその威力をその構成員が利用することを容認することを実質上の目的とし、b一家の構成員に対しても、a会の代紋を使用する他、a会b一家の系列がわかるように「a会b一家○○組」という名称の利用や、a会の代紋入り、b一家の肩書き入り名刺の作成を許すなど、その威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたこと、②暴力団において上納金を納めないことなどおよそ考えられないように、b一家に対する上納金も存在し、b一家の構成員が威力利用資金獲得活動によって獲得した利益が、上納金制度を通じてb一家総長である被告Y4に取り込まれる体制がとられており、この事実を警察も把握していた他、b一家の構成員自身も認めていること、③b一家において、被告Y4がその階層的組織の頂点に立って、構成員に対して、上納金の支払義務の他、事務所当番等の義務を課し、これらを怠った者に対する処分や制裁を通じて、構成員を擬制的血縁関係に基づく服従統制下に置き、被告Y4の意向が被告Y2及び被告Y3を含む末端組織の構成員に至るまで伝達徹底される体制が採られていたことは明らかである。
(エ) 被告Y5の被告Y2及び被告Y3に対する使用者性について
被告Y5と被告Y2及び被告Y3との間に使用者と被用者の関係が成立していたことは、以下のとおり明らかである。
a 直接の指揮監督の存在
被告Y2は、本件犯行当時、c組の構成員かつ組織委員長の地位にあり、被告Y3はc組の構成員であった。また、被告Y2及び被告Y3は、「地回り」等の活動によって、被告Y5ないしc組の資金獲得活動の一部を担っていた。
したがって、被告Y2及び被告Y3は、被告Y5の絶対的服従統制下にあり、直接の指揮監督に服していた以上、被告Y5が被告Y2及び被告Y3の使用者であったことは明らかである。
b また、a会に対する指定暴力団としての指定理由について述べたことは、そのままその傘下の三次団体であるc組にも該当する。①c組が、a会、b一家及びc組の威力をその構成員に利用させ、又はその威力をその構成員が利用することを容認することを実質上の目的とし、c組の構成員に対しても、a会の代紋入りバッジが交付され、その当該組織の系列の判るa会b一家c組の名称、a会の代紋入り、a会b一家c組の肩書き付き名刺の作成を許すなど、その威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたこと、②暴力団において上納金を納めないことが考えられないことなどb一家と同じであり、警察もその事実を把握していた他、構成員自身も上納していることを認めているように、c組の構成員が威力利用資金獲得活動によって獲得した利益が、上納金制度を通じてc組組長である被告Y5に取り込まれる体制がとられていたこと、③c組において、その頂点に被告Y5が君臨し、上納金等の支払義務の他、事務所当番等の義務を課し、これらを怠った者に対する処分や制裁を通じて、構成員を擬制的血縁関係に基づく服従統制下に置き、被告Y5の意向が被告Y2及び被告Y3を含む構成員に伝達徹底される体制が採られていたことは、前記(イ)と同様の理由により明らかである。
(被告の主張)
被告Y1らが被告Y2及び被告Y3に対する関係で使用者に当たるとはいえないことについて
(ア) 被告Y1について
a 被告Y1は、本件犯行当時、a会の総裁であったところ、総裁は、象徴的存在として最終調整役としての役割を果たしていた程度であり、実務には全く関与していなかった。実務的権限を有していたのは、実務の最高掌握者である会長であって、組織の管理・支配は会の幹部の会議制で進んでいた。
したがって、被告Y1を頂点とする擬制的血縁関係の連鎖による強固なピラミッド型の組織が構成されていたとはいえない。
b また、被告Y2及び被告Y3が被告Y1らに上納していた事実はなく、c組がb一家やa会に対して、b一家がa会に対してこれまで金品を上納したこともない。
c 本件犯行が、被告Y1の意思に基づくか、又は沿う関係にあったということもない。
d したがって、被告Y1の被告Y2及び被告Y3に対する使用者性は認められない。
(イ) 被告Y4について
a 被告Y4は、被告Y5に対してb一家の名称を使用することは認めていたが、被告Y2、被告Y3及びc組から一切上納を受けておらず、c組に対して具体的指示命令をしたこともない。
b 本件犯行は、被告Y4の意思が関与して行われたというものではなく、被告Y2を中心とした独断専行のグループが勝手に行ったものである。
c したがって、被告Y4の被告Y2及び被告Y3に対する使用者性は認められない。
(ウ) 被告Y5について
a 被告Y5が被告Y2及び被告Y3から上納を受けていたという事実はない。
b 被告Y5が本件犯行を知ったのは、本件犯行の後のことであり、本件犯行について、Y5による事前の指示や了解もなかった。
c したがって、被告Y5の被告Y2及び被告Y3に対する使用者性は認められない。
ウ 本件犯行に事業執行性が認められるか否かについて
(原告の主張)
暴力団の事業とは、暴力団の威力を利用しての資金獲得活動と解すべきところ、本件犯行は、被告Y5及び被告Y4のみならず、被告Y1に対する関係においても威力を利用しての資金獲得活動そのもの(少なくとも資金獲得活動と密接に関連する行為)であるから、民法七一五条一項の「事業の執行について」行われた行為であることは、明らかである。
(ア) 暴力団の資金獲得活動と縄張の持つ機能・重要性
a 暴力団が資金獲得活動、いわゆるシノギ活動を効率的に行い組織の経済的基盤を確保するためには、当該資金獲得活動を独占的に行い得る縄張を維持・拡大し、さらに縄張内における当該暴力団の威力・威信を維持・強化することが不可欠である。
したがって、縄張の維持・拡大及び縄張内での組織の威力・威信の維持・強化は、縄張を通じた資金獲得の基礎となる点で、資金獲得活動そのものである。
b 上記の暴力団の資金獲得活動と縄張との関係等は、a会、b一家及びc組にもそれぞれ当てはまるものである。
(イ) 本件犯行の事業執行性
a 訴外Bらがa会b一家c組の縄張である横浜市鶴見区周辺で暴力団を想起させる名刺を配った行為は、a会、b一家及びc組にとっては自らの縄張を侵害する行為に当たる。Bらは、いわゆる堅気であるが、地域内の秩序を乱し、同地域を縄張とする暴力団の威力・威信を低下させる行為となれば、堅気の行為でも縄張荒らしとしての性質を有する行為となる。
本件犯行は、横浜市鶴見区内の飲食店で暴力団を思わせる「k総業」なる名刺を配っていたBらに対し、同区内を縄張として資金獲得活動を行っていたa会b一家c組の構成員である被告Y2、被告Y3及びその他多数の関係者が、「縄張を侵した人間には制裁を」という暴力団特有の鉄則の下、縄張の維持及び縄張内での威力・威信の維持・強化を目的に、組織的かつ計画的に行った制裁行為である。
b そうすると、本件犯行は、横浜市鶴見区周辺というb一家及びc組の縄張内の秩序を維持することにより、それぞれの組織の資金獲得活動を容易にすることを目的とするものであり、さらにはb一家を二次組織、c組を三次組織としてその傘下に置いて両団体の得た収益を収受しているa会代表者である被告Y1の資金獲得を容易にするものであるといえる。
c したがって、本件犯行は、縄張内における資金獲得活動を容易かつ効率的に行うことを目的とし、縄張の維持及び縄張内での威力・威信の維持・強化の一環として行われたものであるから、暴力団の縄張を通じての資金獲得活動そのもの(少なくとも資金獲得活動と密接に関連する行為)であり、被告Y5及び被告Y4のみならず、被告Y1に対する関係においても威力を利用しての資金獲得活動そのもの(少なくとも資金獲得活動と密接に関連する行為)であるというべきである。
(被告の主張)
(ア) 本件犯行は、ただ単に、被告Y2らが、c組の縄張内においてやくざ風の名刺を配るなどしてやくざ気取りになっていた堅気の人間に対して、注意しようとして、上位者にも相談をせずに起こした偶発的事件である。
つまり、本件犯行は、縄張内の他の競争相手を排除するなど、資金獲得活動を容易にするために行われたものではなく、資金獲得活動とは無関係なものであった。
(イ) したがって、本件犯行が、a会の威力を利用しての資金獲得活動に係る、あるいはそれに密接に関連する行為であったと評価することはできない。
(3) 争点(3)(損害額)について
(原告の主張)
本件犯行により故A及び原告に生じた損害は以下のとおりである。
ア 故Aに生じた損害
(ア) 逸失利益 二六六五万六九二三円
(イ) 慰謝料 六〇〇〇万円
イ 原告に生じた損害
(ア) 固有の慰謝料 五〇〇万円
(イ) 葬儀費用 二五〇万円
(ウ) 弁護士費用 一八八三万一三八四円
ウ 合計 一億一二九八万八三〇七円
(被告の主張)
争う。
第三当裁判所の判断
前提となる事実及び《証拠省略》によれば、以下の一ないし三のとおり認められる。
一 暴力団一般について
(1) 意義及び性格
暴力団とは、その団体の構成員である暴力団員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体のことを指し(暴対法二条二号)、その共通する性格として、対外的には、暴力団員がその所属する団体の威力を利用して、市民生活や経済取引等に介入し、合法的な経済活動に止まらず、違法又は不当な資金獲得活動を行い、対内的には、組長と組員が「杯事(さかずきごと)」といわれる秘儀を通じて親子(若中)、兄弟(舎弟)という家父長制を模した序列的擬制的血縁関係を結び、強い組織統制を行うなどの性格を有する。
(2) 暴対法の定め
ア 暴対法の制定
暴力団ないし暴力団員による反社会的な資金獲得活動や暴力団同士の対立抗争等によって一般市民が被害を受けるようになっていたため、これらに対応するため、平成三年五月一五日、暴対法が制定された(平成三年五月一五日号外法律第七七号)。
イ 暴力団の指定
暴対法は、①当該暴力団の暴力団員が当該暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成又は事業の遂行のための資金を得ることができるようにするため、当該暴力団の威力をその暴力団員に利用させ、又は当該暴力団の威力をその暴力団員が利用することを容認することを実質上の目的としていること、②当該暴力団の幹部の人数又は全暴力団員の人数のうち犯罪経歴保有者の人数の比率が政令で定める比率を超えていること、③当該暴力団の代表者等の統制の下に階層的に構成されている団体であること、という要件をいずれも充足する暴力団を、その暴力団員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれが大きい暴力団として指定するものとし(三条。以下「指定暴力団」という。)、指定暴力団の暴力団員に対する種々の規制を規定している。
(なお、現在では大多数の暴力団員が指定暴力団の暴力団員であること及び後述のとおりa会も指定暴力団であることなどから、以下では、特に断りのない限り、指定暴力団を念頭に暴力団一般について論じる。)
ウ 暴力的要求行為の禁止
暴対法九条は、指定暴力団等の暴力団員(以下「指定暴力団員」という。)は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等の威力を示して同条各号に掲げる行為をしてはならない旨を規定し、その四号において、「縄張(正当な権原がないにもかかわらず自己の権益の対象範囲として設定していると認められる区域をいう。)内で営業を営む者に対し、名目のいかんを問わず、その営業を営むことを容認する対償として金品等の供与を要求すること。」、その五号において、「縄張内で営業を営む者に対し、その営業所における日常業務に用いる物品を購入すること、その日常業務に関し歌謡ショーその他の興行の入場券、パーティー券その他の証券若しくは証書を購入すること又はその営業所における用心棒の役務(営業を営む者の営業に係る業務を円滑に行うことができるようにするため顧客との紛争の解決又は鎮圧を行う役務をいう。)その他の日常業務に関する役務の有償の提供を受けることを要求すること。」を掲げ、縄張内における暴力団の威力を利用しての資金獲得活動(以下、この暴力団の威力を利用しての資金獲得活動のことを「威力利用資金獲得活動」という場合がある。)を禁止している。
エ 暴対法の一部改正
(ア) 平成二〇年五月二日、暴対法の一部改正が行われ(平成二〇年五月二日法律第二八号)、三一条の二の規定が新設された。
(イ) 同条は、指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得活動を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、一定の場合を除き、これによって生じた損害について賠償責任を負う旨を規定し、民法七一五条により代表者等に対し使用者責任を追及する場合に比べ被害者側の立証負担を軽減させる規定の仕方となっている(本件においては適用がない。)。
(3) 資金獲得活動と縄張
ア 威力利用資金獲得活動
前記のとおり、暴力団はその共通した性格の一つは、その団体の暴力団員に威力利用資金獲得活動を行わせ、又は暴力団員による威力利用資金獲得活動を容認するなどして、利益の獲得の追求を行うというところにある。利益の獲得の具体的な方法としては、暴力団員がその所属する暴力団の名称を告げ、又は暴力団の肩書入りの名刺を交付するなどして、暴力団の威力を利用して、みかじめ料の徴収、賭博、覚せい剤の密売、ノミ行為、債権取立て及び企業恐喝を行うことなどが挙げられる。
なお、暴対法は、暴力団が上記性格を有することを当然の前提にして、暴力団員による威力利用資金獲得活動を規制するために制定されたものといえる。
イ 縄張の意義及び重要性
暴力団は、その勢力を及ぼして安定的に資金を獲得するために、一定の地域に対して正当な権原がないのに勝手に支配権を設定しており、同地域は縄張ないしシマなどと呼ばれる(暴対法九条四号参照)。
威力利用資金獲得活動は、縄張を中心として行われるものであるため、縄張内から上がる収益は、暴力団組織を維持し、構成員の生活を支える基本的かつ重要な基盤となる。
このことから、縄張が拡がれば、その縄張を持つ暴力団は経済的に恵まれることとなるし、代表者の権威も上がり、同時に構成員の地位等もより安定したものとなることから、暴力団は常に縄張の拡大に努めることになる。反対に、縄張に侵入しこれを奪取しようとする動きに対しては、暴力団組織を挙げてこれに対抗し、縄張荒らしに対しては徹底的に制裁、報復を加えることになる。
また、縄張内における暴力団の威力・威信は、当該暴力団が縄張内において効率的に威力利用資金獲得活動を行い得るか否かに直接かかわってくるものである。
このように、縄張は、暴力団にとって資金獲得活動の根源となる非常に重要なものであり、縄張の維持・拡大をし、また、縄張内における威力・威信の維持・拡大をすることも資金獲得活動を効率的に行う上で極めて重要な意味を持つものとなる。
なお、暴対法九条四号及び五号が縄張内における威力利用資金獲得活動を禁止しているのは、同行為が暴力団及び暴力団員の典型的行為であるからに他ならないといえる。
(4) 組織構造等
ア 擬制的血縁関係による結合
暴力団は、一般に、杯事と呼ばれる儀式を通じて首領を頂点とした封建的家父長制を模した擬制的血縁関係により構成される。また、暴力団の各首領が互いに擬制的血縁関係を結び、下部組織の首領が上部組織の首領の子分となること等を繰り返すことによって、階層的構造を有する大規模団体を構成することも多い。
イ 内部統制の仕組み
(ア) 組長等の命令の拘束力
暴力団組織の内部においては、親分・子分等の上下関係は理屈を超えた絶対的なものとされ、暴力団員にとって、組長等上位の地位にある者の命令は絶対的でありその拘束力は非常に強いものとされる。
(イ) 暴力団員の義務及び違反に対する制裁等
暴力団は、その構成員に対して、上記の命令服従義務の他に、抗争への参加、事務所の当番及び後記上納金の支払等の義務を課している。
そして、これらの義務等に違反した者に対しては、破門や絶縁等による組織からの排除措置がとられたり、断指やリンチ等の暴力的制裁が科されたりする一方、上位者の命令に従い組織に貢献した者に対しては、組織内のより高い地位や報酬が与えられるなどすることによって、組織の内部秩序を保っている。
(ウ) なお、前記のとおり、暴対法三条が、当該暴力団の代表者等の統制の下に階層的に構成されている団体であることを指定暴力団の要件としていること(三号)は、上記ア並びにイの(ア)及び(イ)のような組織構造を前提としたものといえる。
ウ 上納金制度
(ア) 意義
暴力団の組織の維持、運営に要する資金又は首領や幹部らの生活費や遊興費を賄うために、暴力団員から所属する暴力団ないしその首領に、又は系列内の下部組織から上部組織ないしその首領に対して、当該暴力団員の地位等に応じて定期的に金銭を納めさせる制度を上納金制度といい、暴力団に広く定着している。
(イ) 階層的構造と上納金制度
上納金制度の存在により、大規模暴力団においては、下部組織が増えることで組織の威信が増加することに加え獲得できる資金が増加することになるため、一層の大規模化、系列下を図ろうとすることになる。
他方、中小暴力団においても、大規模暴力団の傘下に入ることで上納金の支払義務等を負うという難点があるものの、上位組織の威力をも用いて資金獲得活動を効率的に行えるようになることや縄張の安定性の向上によって対立抗争に備える費用等が減少することなどの利点の方が大きいと判断されることが多いことから、大規模暴力団の傘下に入ろうとすることになる。
このように、上納金とは、下部組織の構成員が上部組織の威力を用いてより効率的に威力利用資金獲得活動を行うための対価としての意味も有するものといえる。
(5) なお、新設された暴対法三二条の二が、指定暴力団の代表者等に対し、配下の暴力団員による威力利用資金獲得行為について第三者に生じた損害について、原則として賠償責任を負わせることにした根拠は、上記認定のとおりの暴力団の資金獲得活動及び組織構造を前提として、①指定暴力団の代表者等は、配下の指定暴力団員が資金獲得のために当該指定暴力団の威力を利用することを容認しているところ、このような資金獲得のための威力利用は、他人の権利利益を侵害する可能性が高く、また、②指定暴力団の代表者等の統制は、通常、末端の指定暴力団員にまで及んでおり、代表者等は上記の権利利益の侵害を防止することができる立場にあると認められ、加えて、③指定暴力団員による資金獲得活動は、一般に、当該指定暴力団の威力の維持拡大に資するとともに、指定暴力団の代表者等を頂点とする上納金システムを有効に機能させているという意味で、代表者等は、配下の指定暴力団員の暴力団の威力を利用しての資金獲得活動による利益を享受している立場にあると考えられることにあるものと解される。
二 a会及びその傘下組織について
(1) 概要
ア a会は、被告Y1が一代で築き上げた暴力団組織であり、昭和二三年、熱海を制圧した被告Y1が、熱海及び湯河原一帯に縄張を確立し、熱海市を本拠として「a組」を誕生させたのがその始まりである。その後、数回の名称変更と一度の解散を経た後、昭和四七年三月に総本部事務所が六本木に「a興業」の名称で開設され、同年一一月に「a会」に改称されて、初代会長に被告Y1が就任した。
イ 昭和六〇年九月ころ、被告Y1はa会の会長から総裁に就任し、二代目会長にCを指名した。平成二年六月ころには、被告Y1の実子であるD1ことDが三代目会長に就任し、その際には総裁である被告Y1が承認者となった。平成一七年五月二九日、三代目会長Dが死亡すると、後任会長の就任争いがあったものの、被告Y1が四代目会長襲名披露式に出席し、Eの会長襲名を承認した結果、a会内部及び他の暴力団も、すべて、Eを正式な新会長と認めるようになった。
ウ 指定暴力団の指定
a会は、平成四年六月二三日に暴対法三条の要件を満たすとして指定暴力団の初指定を受けて以来、平成七年、同一〇年、同一三年、同一六年及び同一九年と現在までに五回の再指定を受けている。
そして、上記六回のすべての指定の際に、総裁である被告Y1がa会の代表者として指定されているが、a会側からそのことについての不服申立て等はされなかった。
(2) 組織構造
ア 組織規模
本件犯行後の平成一六年の指定暴力団の指定の際には、a会の勢力範囲は一都一道一八県に及び、その暴力団員(構成員)数は約五〇〇〇人であり、準構成員を含むとその数は約九五〇〇人に及んでおり、その規模は、d組、e会に次いで国内の暴力団の中で三番目であった。
イ 階層的組織構造
(ア) 国内第三位の大規模暴力団であるa会には、前記「暴力団一般について」で述べた暴力団の特徴が大方当てはまるのであって、a会においても、やはり階層的組織構造がとられていた。
具体的には、総裁である被告Y1を代表者として、その下に会長がおり、会長を親分とする子分らとによる一次組織が形成され、さらに、一次組織を構成する構成員(子分)が、自ら親分となって、その子分らとで二次組織を形成し、同様に、二次組織を構成する構成員(子分)が、自ら親分となって、その子分らとで三次組織を形成していた。
(なお、a会という用語をもって、上記一次組織のことを指す場合と一次組織ないし三次組織を含む全体としてのa会のことを指す場合があると解されるが、以下では、便宜のため、前者の場合を「a会本家」といい、後者の場合を「a会」という場合がある。)
(イ) この結果、一般に、a会の下部組織の構成員らがその所属する組織を表示する場合は、例えば三次組織であるc組の場合は、「a会初代b一家c組」というように、冒頭に「a会」を掲げて、次いで二次組織である一家名を入れ、最後に直接所属する組名を表示し、a会及びb一家の階層的な下部組織であることを明示することとされていた。
さらに、a会に加入した者は、a会の代紋入りのバッジを交付され、a会の代紋やa会における肩書入りの名刺の作成も許されていた。
(ウ) また、平成一六年の指定暴力団の指定の際には、a会は、総裁である被告Y1を代表者として、総裁、会長、理事長、理事長補佐、最高顧問、舎弟、組織委員長、渉外委員長、懲罰委員長、運営委員長、慶弔委員長、諮問委員長、執行部、会長室室長、特別相談役、常任相談役、会長秘書、総本部事務局長、会長付、直参、代表専務理事、専務理事、常任理事、理事、監事、組員という二六層の地位(なお、平成一三年の指定の際には二三層。)によって階層ないし序列が形成されていた。
(エ) なお、上記を裏付けるように、本件犯行の前後の平成一三年及び平成一六年のa会に対する指定暴力団の指定の際には、指定理由の一つとして「a会においては、代表する者たる総裁の統制の下に、会長、理事長、理事長補佐等の運営を支配する地位及びその他の地位の階層で構成されている団体である(暴対法三条三号)」と認定されていた。
ウ b一家について
(ア) 本件犯行当時、b一家は、被告Y4を総長とするa会の二次組織であった。また、被告Y4のa会における地位は、運営委員長(神奈川地区のブロック長)であった。
その組織構成は、c組、f組、g総業、h組、i組及びj組の六組の三次組織を傘下組織として持ち、総長である被告Y4の下、それら六組の各組長を含む七名でb一家の執行部を構成していた。被告Y5のb一家における地位は、組織委員長であり、被告Y2のb一家における地位は、行動隊であった。
(イ) b一家の縄張は、本件犯行当時、少なくとも鶴見区全域を含むものであった。
エ c組について
(ア) 本件犯行当時、c組は、被告Y5を組長とするb一家の傘下組織で、a会の三次組織であった。また、被告Y5のb一家における地位は組織委員長で、a会における地位は、専務理事であった。
c組は、組長である被告Y5の下、組織委員長である被告Y2や組員である被告Y3を含む一五名程度により構成されていた。
(イ) c組の縄張は、本件犯行当時、鶴見区全域であった。
三 本件犯行について
(1) 本件犯行に至る経緯
ア 平成一五年四月ころ、解体工の仲間であったB、F1ことF、G及びHが、暴力団員を思わせる名刺を作ることを決定し、その後、「k総業」と記載され、縄模様で輪を形取った家紋や、「代行」、「若頭」等の肩書の入れられた、いかにも暴力団組織を思わせる名刺を作成し、これを鶴見区内の飲み屋などで配布していた。
イ 被告Y2は、当時、a会b一家の行動隊の地位にあり、b一家の縄張である鶴見区内で見回り及び秩序維持活動等を行い、もめ事が起こった際などに事態を沈静化するなどの役割を担っていた。また、被告Y2は、a会b一家c組内においては、組織委員長の地位にあり、c組の縄張である鶴見区内での有事の際などにc組の若手構成員をまとめるなどの役割も担っていた。
被告Y2は、Bらが鶴見区内の飲食店において前記名刺を配布するなどし、面倒を見てやるなどと言っていると聞き及び、同人らに制裁を加えるべく、その所在を探していたところ、平成一五年七月九日、同人らが、鶴見区内にある「スナック l」にいるとの情報を得たため、被告Y3を含む一五人から二〇人くらいのc組関係者らと共に、数台の車で同スナック付近に集結した。
なお、上記認定について、被告らは、同所に二〇人前後のc組関係者が集結したという点を否認するが、本件とは直接利害関係のないIが本件犯行当時に一五人から二〇人の男達が統率のとれた行動をとっていたことや、その男達が車に分乗して行ったことを見たなどと供述し、この目撃された状況が本件犯行の他の状況とも整合することに加え、本件犯行の態様等に鑑みれば、本件犯行に関与したのはc組関係者であると考えるのが自然であり、この点についての被告Y2や被告Y3の供述には合理性を認めることができず信用できないというべきであるから、被告らの主張は採用できない。
ウ ところで、故Aは、同日、会社の同僚であるIと共に、Bらと鶴見区内で落ち合って食事を共にし、同日午後九時前後、「スナック l」に入り、同所でBらと飲食をしていた。
(2) 本件犯行の発生
ア 被告Y2らは、「スナック l」にいるBらに制裁を加えるべく、携帯電話でBを店外に呼び出し、同人に、「b一家のもんだけど、話しよう。」などと申し向け、手拳で殴打するなどの暴行を加えた。
さらに、被告Y2らは、店外の騒ぎを聞きつけて店から出てきた故Aら(Iを除く。)に対しても、手拳で顔面を殴る等の暴行を加え、その後、B、故Aらを車に乗せて連れ去った。
イ Y2らは、鶴見中央×丁目にあるb一家本部事務所近くの駐車場までBらを連れて行き、故Aを残してBらを同所で車から降ろし、駐車場に正座させ、「この名刺は何だ。」、「おまえ達のやってることはシマ荒らしだぞ。」などと問いただし、さらに手拳で数回殴打するなどの暴行を加えた後、「二度と鶴見に来るな。」と言い、その場でBらを解放した。
ウ 他方、故Aは、車に乗せられたまま鶴見中央○丁目にあるnビルまで連れて行かれ、同敷地内に投げ捨てられた。
同日午後九時二五分ころ、故Aは同所においてうつぶせになっているところを通行人に発見され、病院に搬送されたが、同日午後一一時一四分に死亡が確認された。死因は、頸髄損傷であった。
四 被告らの責任について
以上の事実関係等を前提に被告らの責任について検討する。
(1) 争点(1)(被告Y2及び被告Y3の共同不法行為責任)について
ア 被告らは、故Aが死亡したのは、同人が階段から落ちた際に階段の角などで頸髄を損傷した可能性も否定できないなどとして、被告Y2らの暴行と故Aの死亡との間に因果関係はないとして争っている。
しかしながら、仮に故Aに頸髄損傷が生じた直接の原因が明らかでないとしても、刑事事件の判決及び鑑定人の証言等の証拠(《省略》)、本件犯行の態様及び弁論の全趣旨からすれば、被告Y2らの暴行を契機として頸髄損傷が生じたことは合理的疑いを容れる余地がないというべきであって、被告Y2らにおいて故Aを含むBら関係者に対し制裁目的で暴行を加えた本件犯行と、故Aの死亡との間の相当因果関係は当然に認められる。被告らの主張には理由がない。
そして、前記認定の事実関係を前提とすれば、被告Y2及び被告Y3は、Bらに対し、暴行を加えることにつき共謀した事実が認められ、これによれば、その暴行の結果生じた死亡の事実についても責任を負うことは明らかであって、被告Y2及び被告Y3の共謀の範囲が死亡という重大な結果を認容しない程度の暴行の範囲に止まるか否かは、責任の範囲に影響を及ぼさない。
イ したがって、被告Y2及び被告Y3は、故Aの死亡について共同不法行為責任を負う。
(2) 争点(2)(被告Y1らの使用者責任)について
ア 被告Y5の被告Y2に対する使用者性が認められるか否か
(ア) 被告Y5の事業
a 前記認定の暴力団の性格、暴力団における事業執行の内容は、c組にも当然当てはまるというべきであり、縄張である鶴見区内において、c組の構成員がc組ないしその上部組織であるb一家やa会の威力を利用して、資金獲得活動に係る事業(縄張の維持・防衛活動及び縄張内におけるc組の威力・威信の維持・拡大活動を含む。)を行うことは、c組の事業を執行することであったということができる。
また、c組が、組長である被告Y5を頂点として、被告Y5に対する服従統制下にある構成員とともに構成されるものであることなどからすれば、c組の事業とは、c組組長である被告Y5の事業と同視することができる。
b この点について、被告Y5や被告Y2は、それぞれが職業を持ち、c組の構成員は威力利用資金獲得活動を行っていなかったし、そもそもc組は組としての実態はほとんどなく、いわゆるY5グループに過ぎなかったなどと供述している。
しかしながら、平成一一年から平成一七年の間に、神奈川県鶴見警察署からc組の構成員に対して、縄張内における威力利用資金獲得活動(暴対法九条四号ないし五号)を理由に中止命令が五件発令されていること、c組が縄張である鶴見区全域において威力利用資金獲得活動をしていることについては警察も把握していること、被告Y5もc組の構成員による威力利用資金獲得活動をとり立てて禁止せず、これを容認していたことがうかがわれることなどからすれば、c組が縄張である鶴見区内において威力利用資金獲得活動をしていたことは明らかというべきであるし、また、上記に加え、本件犯行当時、c組には一五人程度の構成員がおり、その後平成一八年にb一家が解散した際に、c組は解散することなく、この構成員も含めm一家の傘下に入って組を維持していることなどからすれば、c組に実態がなかったということもできないというべきであり、これに反する被告Y5らの供述は信用できない。
(イ) 被告Y5の使用者性
a 被告Y2は、c組の構成員である以上、縄張である鶴見区内においてc組の威力を利用して資金獲得活動を当然に行っていたと推認できるほか、同被告は、c組の組織委員長という立場にあって、縄張内での有事の際にc組の若手構成員をまとめる役にあったことが認められるから、被告Y5の事業に従事していたものということができる。また、c組の構成員である以上、c組、すなわち被告Y5の事業につき組長である被告Y5の直接の指揮監督を受けていたことも当然である。
b したがって、原告のその余の主張について判断するまでもなく、被告Y5と被告Y2との間には、被告Y5の事業につき、民法七一五条一項所定の使用者と被用者の関係が成立していたものと解するのが相当であり、上記認定、説示に反する被告らの主張は理由がないというべきである。
c なお、前記のとおり、本件犯行について被告Y2及び被告Y3が共同不法行為責任を負う以上、被告Y5は、被告Y2との間に使用者性が認められれば、故Aに生じた損害全体につき使用者責任を負うことになる。
したがって、以上に加えて被告Y5の被告Y3に対する使用者性についての判断は不要となる。被告Y4及び被告Y1と被告Y3との関係についても同様のことをいうことができる。
イ 被告Y4の被告Y2に対する使用者性が認められるか否か
(ア) 被告Y4の事業
a 前記「アの(ア) 被告Y5の事業」における判示と同様の理由により、縄張である鶴見区内において、b一家の構成員(下部組織の構成員も含む。)がb一家ないしその上部組織であるa会の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業を行うことは、b一家すなわち被告Y4の事業を執行することであったということができる。
b また、b一家が縄張内で威力利用資金獲得活動をしていたことについては、被告Y3の供述調書から明らかであるし、b一家の構成員に対し、中止命令が多数発令されていること及び警察による諸活動の結果等によっても裏付けられるというべきである。
(イ) 被告Y4の使用者性
a 被告Y2がb一家の行動隊であったこと及び行動隊の仕事がb一家の縄張内の秩序維持活動や見回りを行い、縄張内でもめ事が起こった際などに事態を沈静化するものであったことが認められるところ、縄張内における秩序維持活動等もb一家の事業に含まれると解すべきであるから、被告Y2は、b一家すなわち被告Y4の事業に従事していたと認めることができる。
b 被告Y2は、被告Y4の命令に従って行動隊の仕事をしていたことはなく、そもそも行動隊自体が被告Y4の許可を得ていない旨供述する。
しかしながら、被告Y2が行動隊の地位にあったこと自体は争いがないところ、被告Y2は、被告Y5から言われて行動隊になったと述べており、被告Y5が被告Y4の意に反して行動隊を組織することは、暴力団の組織構造からあり得ず、被告Y4においても被告Y2が行動隊としての活動を行うことを容認していたものと認められる。そして、b一家i組組長であるJの供述調書などから、行動隊には行動隊長としてb一家f組組長のKが存在していたことが認められることなどからすれば、行動隊が被告Y4の承認を得ない組織ではあり得ず、b一家における正式な組織として、その意を体して活動していたことは明らかである。
c 上記に加え、被告Y2がb一家の事務所に頻繁に通っていたことからすれば、b一家の総長である被告Y4が行動隊である被告Y2に対して直接間接の指揮監督関係を有していなかったということはあり得ないというべきである。
d したがって、原告のその余の主張について判断するまでもなく、被告Y4と被告Y2との間には、被告Y4の事業につき、民法七一五条一項所定の使用者と被用者の関係が成立していたものと解するのが相当であり、上記認定に反する被告Y2の供述は信用できず、被告らの主張には理由がない。
ウ 被告Y1の被告Y2に対する使用者性が認められるか否か
(ア) a会における資金獲得活動及び内部統制等について
前提となる事実、前記「二 a会及びその傘下組織について」で認定した事実、《証拠省略》によれば、以下のとおり認めることができる。
a 下部組織の構成員の行うa会の威力を利用した資金獲得活動の容認
(a) a会において、a会の下部組織の構成員が、その所属する組織を表示する場合において、冒頭にa会の名称を冠し、その後順次下部組織名を表示することが許されていたこと及びa会のバッジを交付されるなどしていたこと、また、a会の代紋や名称が入った名刺を作成することが許されていたことは前記認定のとおりである。
(b) また、複数のa会下部組織の構成員が、縄張内等において、a会の名称及びa会の代紋入りの名刺等を使用するなど、a会の威力を利用して資金獲得活動を行っていたことを認める供述していること及びa会下部組織の構成員に対して、その所属する暴力団ないしその上部組織暴力団の威力を利用して資金獲得活動を行ったことを理由に多数の中止命令が発令されていることが認められる。
(c) さらに、本件犯行の前後の平成一三年及び平成一六年のa会に対する指定暴力団の指定の際に、指定理由の一つとして「a会においては、その多数の暴力団員が、生計の維持、財産の形成又は事業の遂行のための資金を得、又は得ようとするに当たって、a会に所属している旨を告げ、その他a会に所属していることを利用して恐喝、暴力行為等処罰に関する法律違反等に当たる行為を行っている。また、a会は、構成員たる暴力団員が生計の維持、財産の形成又は事業の遂行のための資金を得、又は得ようとすることに関連して、他の暴力団との間に暴力行為を伴う対立を生じさせている。したがって、a会は、構成員たる暴力団員にその威力を利用させ、又は構成員たる暴力団員がその威力を利用することを容認している(暴対法三条一号)」と認定されていることが認められる。
(d) 以上の事実に照らすと、a会の下部組織の構成員は、それぞれの縄張内等において、a会の名称を告げたり、代紋入りのバッジや名刺を示すことなどによって、a会の威力を利用した資金獲得活動を行っており、a会本家も下部組織の構成員のこのような威力資金獲得活動を容認していたと認めることができる。
(e) また、a会本家は、下部組織の構成員に対し、上記のとおりa会の威力を利用して資金獲得活動を行うことを容認する一方、以下のb及びcのとおり、下部組織の構成員がその資金獲得活動を通じて得た収益を、上納金制度を通じてa会本家ないし代表者である被告Y1へ納めさせるとともに、下部組織の構成員において、a会本家の指揮命令に従うべきものとしていた。
b 上納金制度の存在
(a) 被告らは、被告Y2及び被告Y3が被告Y1らに上納していた事実はなく、c組がb一家やa会に対して、b一家がa会に対してこれまで金品を上納したこともないと主張し、a会における上納金制度の存在を否定するようである。
(b) しかしながら、複数のa会下部組織の構成員が、a会における上納金制度の存在について供述していること、被告Y5がお金をb一家とかa会に入れたことがないと言いながら、同時に「事務所に対する関係では、簡単に言えば免除ということです」と述べ、被告Y4においてはa会本家に上納金を支払っていたであろうことを認めていること、被告Y2も義理を払う、すなわち上納金を払うという状況があったことをうかがわせる供述をしていること、警視庁を始め警察の諸活動等によりa会における上納金制度の存在が把握されていることなどが認められることに加え、a会本家は自らが縄張を有していないところ、上納金制度がなければ組織を維持し、総裁である被告Y1の組織の長としての生活や威厳を維持することは困難であると考えられること、及び前記のとおり暴力団一般において上納金制度が設けられていることが認められるところ、国内第三位である大規模暴力団であるa会において、他の暴力団と異なり、上納金制度がないとは通常考えられないことなどからすれば、組織内部の制度としてその詳細や上納金額等は必ずしも判然としないものの、少なくとも、a会の構成員が、その地位に応じた金額を定期的にa会本家ないし被告Y1に対して支払う上納金制度が設けられていたこと自体は容易に認められるというべきである。
上記の上納金制度により、a会本家に支払われた上納金のうちの相当部分が総裁である被告Y1に取り込まれていたことは容易にうかがい知ることができるというべきであり、これらに反する被告Y2及び被告Y5の供述は信用できず、被告らの主張も採用できないというべきである。
c 被告Y1による下部組織の構成員に対する統制体制
(a) 被告らは、被告Y1は、本件犯行当時、a会の総裁であったものの、実務的権限を有していたのは会長であって、被告Y1は実務には全く関与していなかったのであるから、被告Y1を頂点とする擬制的血族関係の連鎖による強固なピラミッド型の組織が構成されていたとはいえない旨主張する。
(b) 確かにa会本家の具体的な組織運営や運営方針等についての意思決定は、総裁及び会長に次ぐ地位にある理事長の下、理事長補佐等の執行部の役員が核となって協議し、会長の承認を得て行うのが通常であったことについては争いはない。
しかしながら、前記認定のとおり、暴力団組織においては擬制的血縁関係によって規律される上位者と下位者の間の服従統制関係は強力なものであるところ、a会の下部組織構成員が「総裁から縄張を預かっている」旨供述し、被告Y1は会長の地位から離れた後も総裁の座に着き、a会から引退はしていないことに加え、被告Y1が総裁に就任した後の六回にわたる暴対法に基づく指定暴力団の指定の際に、いずれも被告Y1が毎回a会の代表者として認定されており、そのことについてa会側からの不服等が申し立てられていない。そして、a会の下部組織の構成員が、会長が不在であっても総裁が健在である限りa会が揺るぎない力を保持しているとの認識を共通にし、総裁が最高決定権者であること等を述べているもので、前記認定のとおり、三代目会長の死亡後に後任会長の地位をめぐりa会内部に争いが生じた際も、被告Y1による承認行為が四代目会長を決定するなど、隠然たる権力を持っていることは明らかであり、他団体との問題の処理等、特に重要な案件についての最終的な意思決定権は総裁である被告Y1にあったことなどが認められる。そもそも、a会は被告Y1が一代で築き上げた組織であり、その意思に反する決定や組織行動が許容される余地はなく、執行部や会長による意思決定も、被告Y1の意思を推し量るようにして行われていることが容易に推認でき、結局、執行部等の意思決定は被告Y1の意思と同視することができるというべきである。a会における最終意思決定権者及び実質的支配者は被告Y1であったというほかはなく、上記認定判断に反する被告らの主張は理由がない。
(c) そして、被告Y1の意向に沿う形で決定されたa会本家の運営方針及び伝達事項等は、本件犯行当時、熱海市にあるa会本家において毎週開催されていた定例会等の場を通じて、そこに参加する代表理事以上の役職にあるa会幹部構成員に伝達され、それらの伝達事項は、下位の二次組織の幹部会や三次組織の幹部会を通じて、下部組織の構成員にも行きわたる体制が築かれていた。
また、上記のような定例会を通じた伝達方式の他にも、FAXを利用して、a会本家から二次組織へ、二次組織から三次組織へという形でa会本家からの伝達事項が下部組織の構成員に対し伝達されることもあった。
(d) また、前記「暴力団一般について」において認定したのと同様に、a会においても、暴力団特有の上命下服の意識が定着しており、上位者に対し下位者は服従すべきものとされていた。
そして、下部組織の構成員は、上位者に対する服従義務のほか、上納金の支払義務、事務所当番及び対立抗争時の抗争への参加義務等を負うものとされ、これらの一般的義務及び上記伝達方法によって伝達されるa会本家による個別の決定等は、下部組織の構成員に対して強い拘束力と強制力を持ち、これらに反した者に対しては、絶縁、破門等の組織からの除外措置がとられたり、断指、リンチ等の暴力的制裁が加えられることもあった。
(イ) 被告Y1の事業及び被告Y2に対する使用者性
a 上記(ア)の認定事実によれば、①a会は、その威力をその暴力団員に利用させ、又はその威力をその暴力団員が利用することを実質上の目的とし、下部組織の構成員に対しても、a会の名称、代紋を使用するなど、その威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたこと、②被告Y1は、配下の暴力団員から定期的に上納金を受け取り、上記資金獲得活動による収益が被告Y1に取り込まれる体制がとられていたこと、③被告Y1は、階層的組織を形成するa会の頂点に立ち、構成員を序列的擬制的血縁関係に基づく服従統制下に置き、被告Y1の意向が下部組織の構成員に伝達徹底される体制が採られていたことが認められる。
b 上記に加え、前記「アの(ア) 被告Y5の事業」における認定、説示を合わせかんがみれば、a会の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業はa会の事業、すなわちa会総裁である被告Y1の事業であったと認められる。
c また、下部組織の構成員がa会の威力を利用した資金獲得活動を行うのを認める代わりに、そこから得た収益を上納させ、また下部組織の構成員を服従統制下に置いていたことからすれば、被告Y1は、a会の下部組織の構成員を、その直接間接の指揮監督の下、被告Y1の事業に従事させていたと認められる。
d したがって、被告Y1と被告Y2との間には、被告Y1の事業につき、民法七一五条一項所定の使用者と被用者の関係が成立していたものと解するのが相当であり、上記認定、説示に反する被告らの主張は理由がないというべきである。
エ 本件犯行の事業執行性
(ア) 被告Y1らの事業
前記のとおり、a会等の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業は、被告Y1らの事業というべきであり、暴力団の資金獲得活動と縄張の重大かつ密接な関係からすれば、縄張を維持・防衛することや、縄張内での資金獲得活動をより効率的に行い組織の経済的基盤を安定させるために縄張内における暴力団の威力・威信を維持・拡大することも、やはり被告Y1らの事業に含まれるというべきである。なお、縄張を直接には有しないa会本部においても、二次組織ないし三次組織の縄張及び上納金制度を通じて資金獲得活動を行っていることにかんがみれば、下部組織の縄張の維持活動等及び縄張内におけるa会の威力維持活動も、a会本家すなわち被告Y1の事業に含まれることも当然というべきである。
(イ) 本件犯行の性質
a 被告らは、本件犯行は、ただ単に、被告Y2らが、c組の縄張内においてやくざ風の名刺を配るなどしてやくざ気取りになっていた堅気の人間に対して、注意しようとして、上位者にも相談をせずに起こした偶発的事件であって、縄張内の他の競争相手を排除するなど、資金獲得活動を容易にするために行われたものではなく、資金獲得活動とは無関係なものであったと主張し、被告Y2及びY3もこれに沿う供述をする。
b しかしながら、Bらが堅気の人間であるとはいえ、同人らが行っていたのは、暴力団を思わせる名刺を飲食店に配り歩くというものであるところ、その行為自体が、その地域に縄張を有するc組及びb一家ひいてはa会の存在を無視ないし軽視するものであり、その暴力団としての威信を害するものであることは容易に判断できる。
そして、このことに加え、前記のとおり、本件犯行当時、被告Y2がb一家の行動隊として、縄張内の秩序維持及び威信の維持等を目的とする活動をしていたと認められること、c組の組織委員長として、縄張内の有事の際にc組の若手構成員をまとめる地位にあったこと、本件犯行がc組の関係者と思われる多数人によって組織的に敢行されていることなどを総合的に考慮すると、本件犯行は、被告Y2らが、縄張内におけるc組及びb一家ひいてはa会の威信を維持するために、行動隊による秩序維持活動等の一環として、縄張内においてa会等の存在を無視ないし軽視していたBらに制裁を加える目的で行われたことは明らかであって、これに反する被告Y2らの供述は信用できない。
(ウ) 以上によれば、本件犯行は、縄張内における資金獲得活動をより効率的に行うことを目的とした縄張内の秩序維持ないし縄張内におけるa会等の威信の維持活動の一環として行われたものであるというべきであるから、被告Y1らの事業の執行として行われたものであるということができるのであって、被告らの主張は採用できない。
オ まとめ
以上のとおりであるから、被告Y2及び被告Y3は、故Aを共同暴行によって死亡させたことについて共同不法行為責任を負い、上記共同暴行が被告Y1らの事業の執行として行われたものであり、また、被告Y1らは、同人らの事業について被告Y2を使用する立場にあったことから、上記死亡について使用者責任を負うこととなる。
第四結語
よって、原告の本訴請求は、被告Y2及び被告Y3が共同不法行為責任(民法七一九条)に基づき、また、被告Y1、被告Y4及び被告Y5が使用者責任(民法七一五条一項)に基づき、連帯して、本件犯行についての損害賠償の責任を負う点において理由があるから、この点についてまず判決することとし、主文のとおり中間判決する。
(裁判長裁判官 三代川俊一郎 裁判官 惣脇美奈子 塩田良介)