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横浜地方裁判所 平成18年(行ウ)12号 判決 2007年8月29日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

(原告らの請求)

被告は,昭和26年10月10日当時,別紙図面1,2のア,イ,ウ,エ,アの各点を直線で結んだ土地を建築基準法42条2項道路としていわゆる一括指定したことを確認する。

(被告の本案前の答弁)

本件訴えをいずれも却下する。

(被告の本案に対する答弁)

原告らの請求をいずれも棄却する。

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は,原告らが被告に対し,被告が,原告らの所有している各土地に隣接している別紙図面1,2のア,イ,ウ,エ,アの各点を直線で結んだ土地(以下「本件土地」という。)を昭和26年10月10日当時,建築基準法42条2項が規定する道路(以下「2項道路」という。)としていわゆる一括指定したことの確認を求めた事案である。

2  基礎となる事実

(1)  当事者等

ア 原告Aは,川崎市α××番4の土地を所有している。同土地上には,家屋番号××番4(共同住宅・木造スレート葺2階建)及び××番8(共同住宅・木造瓦葺2階建)の2棟の建物が建築されており,前者は昭和41年6月2日,後者は昭和36年10月20日に新築されたものである(甲2の1,乙3,4)。

イ 原告Bは,川崎市α××番9の土地を所有している。同土地上には,家屋番号××番9の建物(共同住宅・木造スレート葺2階建)が建築されており,同建物は昭和42年3月20日に新築されたものである(甲2の2,乙5)。

(2)  原告ら所有の各土地の位置関係は,おおよそ別紙図面1,2のとおりであって,各土地は,本件土地を通路として公道に通じている袋地である。

(3)  特定行政庁である川崎市長は,昭和26年10月10日,川崎市建築基準法施行細則(同日規則第21号,以下「本件細則」という。乙1)8条により,建築基準法(昭和25年5月法律第201号,以下「法」という。)第3章,第5章が適用されるに至る昭和25年11月23日当時,現に建築物が立ち並んでいる幅員4メートル未満1.8メートル以上の道を2項道路としていわゆる一括指定(以下「本件一括指定」という。)をした。

(4)  関係法令等の定め

ア 法42条2項

この章の規定が適用されるに至つた際現に建築物が立ち並んでいる幅員4メートル未満の道で,特定行政庁の指定したものは,前項の規定にかかわらず,同項の道路とみなし,その中心線からの水平距離2メートル(前項の規定により指定された区域内においては,3メートル(特定行政庁が周囲の状況により避難及び通行の安全上支障がないと認める場合は,2メートル)。)の線をその道路の境界線とみなす。ただし,当該道がその中心線からの水平距離2メートル未満でがけ地,川,線路敷地その他これらに類するものに沿う場合においては,当該がけ地等の道の側の境界線及びその境界線から道の側に水平距離4メートルの線をその道路の境界線とみなす。

イ 本件細則8条

法第3章及び第5章の規定が適用されるに至った際,現に建築物が立ち並んでいる幅員4メートル未満1.8メートル以上の道は,法42条2項の規定による道とする。

ウ (旧)市街地建築物法(法附則により廃止)

(ア) 8条

建築物はその敷地が命令の定むる所に依り道路敷地に接するに非ざれば之を建築することを得ず。但し特別の事由ある場合に於て行政官庁の許可を受けたるときは此の限に在らず。

(イ) 26条

1項

本法に於て道路と称するは幅員4メートル以上のものを謂う。

2項

幅員4メートル未満2.7メートル以上の道路及道路の新設又は変更の計画ある場合に於ける其の計画の道路は勅令の定むる所に依り之を道路と看做す。

エ (旧)市街地建築物法施行令(法附則により廃止)30条1項幅員4メートル未満2.7メートル以上の道路にして左の各号の一に該当するものは之を市街地建築物法の道路と看做す。

1号 行政官庁市街地の状況に依り特に指定したるもの

2号 土地区画整理設計又は行政官庁の指定したる建築線に基き築造せられたるもの

第3争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点

(本案前の争点)

(1) 本件訴えの適法性について

(本案の争点)

(2) 本件土地が本件一括指定の対象となるか否か

2  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1(本件訴えの適法性)について

(被告の主張)

ア 原告らは,被告に対し,本件土地が2項道路であることの確認を求めているが,別紙図面1,2はいずれも単なる見取り図に過ぎないものであり,特定という点からいえば,全く不十分なものといわざるを得ない。

イ また,本件訴えは,行政事件訴訟法に規定する訴訟類型のうち,どの訴訟類型に属するのかも不明といわざるを得ない。

ウ したがって,本件訴えは不適法であるので,却下されるべきである。

(原告らの主張)

ア 本件訴えは,行政事件訴訟法3条4項の無効等確認の訴えに該当するものである。

イ よって,本件訴えは適法である。

(2)  争点2(本件土地が本件一括指定の対象となるか否か)について

(原告らの主張)

ア 川崎地形図写し(甲4の1)は,昭和18年12月当時の建物の状況を昭和22年に再現して地形図として作成されたものであるが,同写しによれば,本件土地を含むほぼ東西方向に伸びる通路(以下「本件通路」という。)をはさんで4棟の建物が存在する。昭和14年度川崎市空中写真(甲12の1・2)によれば,昭和14年に本件通路が道路として扱われ,建物が8棟立ち並んでいる状態が確認できる。大正8年4月5日から昭和25年に建築基準法が施行されるまでの間は(旧)市街地建築物法が適用され,同法26条により,道路幅員が2.7メートル以上なければ建物建築確認ができなかったのであるから,昭和14年及び昭和18年当時,本件通路の幅員が2.7メートル以上あったことは明らかである。

イ 航空写真(乙2の1)によれば,昭和24年2月28日撮影時点で本件通路をはさんで3棟の建物が存在しており,本件通路の幅員が2.7メートル以上あったことを示している。

ウ 川崎地形図写し(甲5の1)によれば,昭和29年3月時点で3棟の建物が本件通路に接道して建築されており,本件通路の幅員は,これらの建築が昭和25年の法施行前であれば2.7メートル以上,施行後であれば1.8メートル以上あったことになる。本件通路の形態は,昭和18年12月から昭和29年3月までの間変わっておらず,昭和25年11月当時も本件通路の幅員が少なくとも1.8メートル以上あったことを示している。

エ また,本件通路の近隣地域は,昭和4年6月14日に都市計画区域に指定されており,昭和14年度川崎市空中写真(甲12の1・2)に見られるように建物が立ち並んでいた。本件通路の幅員が1.8メートル未満になったのは,昭和51年以降,本件通路に隣接する土地(川崎市α××番地)にCやD株式会社がマンションを建築するに当たり,被告が本件通路の中心線から2メートルセットバックさせなければならなかったにもかかわらず,漫然と上記Cらのマンションの建築確認をしたことにより,当初2.84メートルの私道部分が確保されていた本件通路の状況が変わったからである。

オ D株式会社の建築計画概要書(甲16の1・2),Eの建物の確認通知書(甲3)及び建築計画概要書(甲17の1・2)によれば,本件通路が2項道路と表示された図面等が添付されており,本件通路が2項道路であることを前提として建築確認がなされたことは明らかである。その後,本件通路の2項道路としての指定が廃止された記録もなく,本件通路が法43条1項ただし書により処分が行われた記録もない。

カ したがって,本件通路は,昭和25年当時,建物が立ち並んでいたこと及び1.8メートル以上の幅員があったことが明らかであるから,一括指定の要件に合致しており,本件通路の一部である本件土地も本件一括指定の対象となったものといえる。

(被告の主張)

ア 原告らは,昭和14年度川崎市空中写真(甲12の2),昭和18年12月の川崎地形図写し(甲4の1)を根拠に本件通路の幅員が2.7メートル以上あったことが明らかである旨主張するが,川崎市は,昭和20年4月の大空襲により市内枢要地区の大部分を失っており(甲9),上記空中写真及び地形図によっては本件通路の位置を正確には特定できないし,特定できたとしても戦災後の状況を証明し得るものではない。

イ 原告らは,昭和24年の航空写真(乙2の1)によれば,本件通路をはさんで3棟の建物が存在することを根拠に本件通路の幅員が2.7メートル以上あったと主張するが,上記航空写真によれば本件通路部分には道は存在しないし,本件通路をはさんで建っている西側にある2棟の建築物は,いずれも西側の道路と接しており,本件通路の有無にかかわらず接道義務を充足していたのであるから,本件通路付近は建築物が立ち並んでいる状態ではなかった。

ウ 原告らは,本件通路の現在の幅員が1.8メートル未満であることの原因として,昭和51年以降,本件通路の南側に接する土地に建築物を建てる際,本件通路の中心線から2メートルのセットバックをしなかったことにあると主張する。しかし,そもそも本件通路は,昭和25年11月23日当時,2項道路の要件を充たしていなかったのであるから,上記セットバックをする必要はないし,また,建築計画概要書(甲16の2,17の2)等の図面に記載された数値は,いずれも本件通路のどの位置を起点として計測されたものであるのか判然とせず,幅員2.84メートルの私道部分が確保されていたなどとは到底いえない。

エ また,原告らは,Eの建物の確認通知書(甲3)及び建築計画概要書(甲17の1・2)について,2項道路と表示された図面が添付されていること等を根拠として,上記の建築確認は本件通路を2項道路であることを前提としてなされたと主張する。しかし,建築確認図書(甲3,6枚目の配置図)に2項道路として記載された経緯は不明であるものの,上記建築確認図書は申請人側で作成したものと考えられるし,本件通路が2項道路に当たるとしたら,誓約書の有無にかかわらず当然にされるべき道路中心線から2メートルのセットバックが現実にはされておらず,これらのことからすると,建築主事が昭和49年当時において本件通路を2項道路であると認めていなかったことは明らかである。

オ 以上のとおり,原告らの主張はいずれも理由がなく,本件通路及びその一部であると主張される本件土地は,本件一括指定の対象となる2項道路の要件を充たしていない。

第4当裁判所の判断

1  争点1(本件訴えの適法性)について

被告は,本件土地の位置が別紙図面1及び2によって特定されているとはいえないこと,また,本件訴えが行政事件訴訟法に規定する訴訟類型のうちどの訴訟類型に属するのか不明であることを理由として,本件訴えが不適法である旨主張する。

しかし,法42条2項のいわゆるみなし道路指定は行政処分に当たり,一括指定の方法による2項道路指定の不存在確認を求める訴訟は行政事件訴訟法3条4項にいう処分の存否の確認を求める抗告訴訟であると解される。そして,本件訴えは,本件土地が本件一括指定により2項道路としてみなし道路指定がされていることの確認を求めるものであり,みなし道路指定処分の存在の確認を求める抗告訴訟であると解するのが相当である。

もっとも,本件土地の特定については,確かに,別紙図面1は,座標軸等もなく正確な地点を特定できる図面とはいえず,また,別紙図面2もいわゆる公図であって,土地の位置及び形状の概略を示した図面ではあるものの,現地復元性のある図面に基づいて審理の対象となる土地の範囲を正確に反映したものとはいえず,いずれも土地の特定として十分とは言い難い。

しかし,本件訴えは,本件土地が2項道路として認められるかどうかであり,証拠(甲19の1・2)によれば,原告らは,所有する土地上に建物新築工事の建築確認申請に先立って被告に道路調査依頼をしたところ,調査員が平成17年4月8日に現場調査を行い,建築主事とも協議した上で,同月11日に本件土地について道路扱いの評定を「しない」とすることを電話で回答したことが認められ,これによると,被告においても本件審理の対象となる土地の位置,形状について,おおよその特定はされていることが推認される。

そして,本件のように,一括指定の方法による場合,当該土地部分が一括指定の基準時の条件に該当しているかどうかが問題となるところ,原告らが建築確認申請を行った後,建築確認不適合処分とされた場合にその処分の取消訴訟の中で2項道路該当性を争う途もあるが,処分主体である被告に対して,2項道路としての確認を求める方がより直接的かつ抜本的な解決が図られるのであり,その場合,当該土地の特定を厳格に求めるかどうかは,後記2で判断するとおり本案訴訟の内容と関連して考慮すべき事項と解するのが相当である。

したがって,本件訴えは適法であると解する。

2  争点2(本件土地が本件一括指定の対象となるか否か)について

本件細則8条によれば,2項道路の指定要件として,法第3章及び第5章の規定が適用されるに至った昭和25年11月23日(基準時)当時,①現に建築物が立ち並んでいること,②幅員4メートル未満1.8メートル以上の道であることがそれぞれ必要となる。

そこで,検討するに,原告らは,昭和14年度川崎市空中写真(甲12の2),昭和18年12月の川崎地形図写し(甲4の1),昭和24年の航空写真(乙2の1)によれば,昭和25年当時,本件通路の幅員が2.7メートル以上あったことが明らかである旨主張する。

しかし,川崎市は,昭和20年4月に大空襲を受け,終戦までの10数回の焼夷弾及び爆弾による攻撃により一朝にして焦土と化したのであり(甲9),昭和14年の空中写真や昭和18年の地形図によっては,本件一括指定の基準時の本件通路の状況を正確に把握することはできない。また,昭和24年の航空写真によれば,本件通路をはさんで3棟の建物が建築されていることがうかがえるが,上記3棟の建物のうち西側2棟は,明らかに本件通路以外の道路にも接しており,東側1棟も,その東側(乙2の2の記載も参照すると,同建物の東側にも道路が認められる。)の道路にも接していることがうかがわれ,したがって,上記3棟の建物は,本件通路のみによって接道義務を充足するものではないから,上記3棟の建物の存在をもって「現に建築物が立ち並んでいる」と認めることはできない。

また,原告らは,昭和29年3月時点で3棟の建物が本件通路に接道して建築されているところ(甲5の1),昭和25年に建築基準法が施行されるまでの間は(旧)市街地建築物法が適用されていたのであるから,上記各建物の建築が昭和25年の法施行前であれば,同法26条により本件通路の幅員が2.7メートル以上あったこと,法施行後であれば本件通路の幅員は1.8メートル以上あったことが明らかである旨主張する。確かに,甲5号証の1・2(ただし,甲5号証の2の本件通路部分に記載された線は原告らが加筆したものである。)によれば,昭和29年3月ころ,本件通路に接した付近に3棟の建物が存在したことがうかがえる。しかし,甲5号証の1・2は,建物の所在,形状についての一応の記載をするものではあるが,本件通路の存在について明示の記載はなく,上記各建物の入り口等が明らかでなくては,上記各建物が本件通路への接道を前提に建築されたものか,したがって,本件通路が当時関係住民の通行の用に供されていたか否かは明らかではない。そうすると,甲5号証の1・2をもって,直ちに原告らの主張を認めることもできない。

さらに,原告らは,昭和49年11月当時,本件通路に接しているEの建物の確認通知書(甲3)及び建築計画概要書(甲17の1・2)に2項道路と表示された図面が添付されていることなどから,上記の建築確認は本件通路が2項道路であることを前提としてなされたものである旨主張する。

しかしながら,上記建物の建築確認通知のされた経緯は不明であるが,上記確認通知書の添付図面(甲3・6頁)は,建築確認を申請した者が作成したものであり,2項道路としての記載がどのような根拠のもとにされたのかは明らかではない。また,本件通路を2項道路として指定した場合には,その中心線から水平距離2メートルの線を道路の境界線としてセットバックしなければならないにもかかわらず(法42条2項,44条1項),証拠(甲22,乙6)及び弁論の全趣旨によると,上記建物につき本件通路中心線から2メートルのセットバックがされていないことが認められ,したがって,当時の建築主事が現地調査を行っていなかった可能性も推認されるところであり,上記図面のみを根拠としては本件通路が2項道路として指定されていたと認めることはできない。なお,原告Aは,当時本件通路の道路中心線は原告ら所有地とその南側土地との境界線上にはなく,南側土地上にあったこと,したがって,上記E建物もセットバックがされて建築された旨陳述する(甲38)。しかし,道路中心線が境界線上になかったとの事実は,直ちにこれを認めることができない。

原告らは,D株式会社が建築した際の建築概要書(甲16の1・2)中の別紙図面の記載も問題とする。同概要書によれば,同社は,本件通路南側土地である川崎市α××番地12の土地を敷地として建物を建築したこと,同建物建築に当たっては,隣地境界線から1.74メートル南側に建物を建築することになっていたことが認められるが,このことから直ちに本件通路が2項道路に当たるとされていたとまで認めることはできず,したがって,同概要書の記載も格別原告らの主張に沿うとはいえないものである。

以上のとおり,本件通路及びその一部である本件土地が本件一括指定の対象となる要件を具備していたことを認めるに足りる証拠はなく,原告らの請求はいずれも理由がないというべきである。

第5結論

よって,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 植村京子 裁判官 毛利友哉)

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