大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成18年(行ウ)4号 判決 2009年3月30日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第5当裁判所の判断

1  争点1(住民監査請求前置の有無)について

(1)  地方自治法242条の2第1項は、普通地方公共団体の住民は、監査請求に係る違法な行為又は怠る事実について住民訴訟を提起することができると定めているから、この監査請求前置の要件を充足したというためには、住民監査請求の対象とされた財務会計行為と住民訴訟の対象とされた財務会計行為との間に同一性が認められることが必要である。

ところで、住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会計行為について、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とした制度であって、監査委員の監査の結果そのものの当否を争うための訴訟ではない。そうすると、住民訴訟の対象とされた財務会計行為と監査請求の対象とされた財務会計行為は必ずしも完全に一致する必要はなく、財務会計行為に係る社会的経済的行為又は事実が実質的に同じであると認められれば、同一性を肯定してもよいものと解される。

(2)  これを本件についてみるに、原告は、本件監査請求においては、Aに対して本件退職手当が支給されたことを違法な公金の支出であるとしていたのに対し、本件訴訟においては、Aらの共同不法行為によって町が退職手当組合に支払った特別負担金相当額の損害について、町がAらに対して損害賠償請求権を行使しないことを違法な怠る事実(以下「本件怠る事実」という。)であると主張しており、本件監査請求と本件訴訟の対象とする財務会計行為は異なるものといえる。

しかし、両財務会計行為は、Aらが、人事班の職員に対し、本件退職願は退職勧奨の応諾期限内に提出されたとの虚偽の事実を告げ、同職員にAを勧奨退職とする事務処理を行わせ、町に勧奨退職に係る退職手当相当額の損害を生じさせたという同一の社会的経済的事実を対象としているといえる。

そうすると、本件監査請求は、Aらの共同不法行為により町に生じた損害について、町が賠償請求権の行使を違法に怠っているという本件怠る事実についても、監査の対象としているものと解するのが相当である。

したがって、住民訴訟の対象とされた財務会計行為と監査請求の対象とされた財務会計行為とは実質的に同一であるというべきであり、これに反する被告の主張は採用することができない。

2  争点2(住民監査請求期間徒過の有無)について

(1)  前述のとおり、地方自治法242条の2第1項は、住民訴訟を提起するためには監査請求を経ることを要すると定めているが、本件監査請求は、町から退職手当組合へ特別負担金が支出された平成15年4月30日から2年7か月余り経過した平成17年12月27日になされ、同法242条2項に定める監査請求期間を正当な理由なく徒過した不適法な請求であるとして却下されているので(〔証拠省略〕)、以下、本件監査請求の適法性について検討する。

(2)  前記1で検討したとおり、本件監査請求は、Aらが人事班の職員に本件退職願は退職勧奨の応諾期限内に提出されたとの虚偽の事実を告げ、Aを勧奨退職とする事務処理を行わせ、町に本来支払う義務のない特別負担金320万3182円を支払わせたとし、町は、Aらに上記不法行為により受けた損害である上記特別負担金相当額を賠償させるべきであるのに、その請求を怠っているという本件怠る事実をも、実質的に監査の対象としているということができる。

そして、地方自治法242条2項は、監査請求の対象事項のうち、同条1項所定の財務会計上の行為については、当該行為があった日又は終わった日から1年を経過したときは監査請求をすることができないものと規定しているが、同条所定の怠る事実については、このような監査請求期間の制限を設けていない。

もっとも、財務会計上の行為を対象とする監査請求に期間制限を設けた上記規定の趣旨を没却しないため、特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実(不真正怠る事実)を対象として監査請求がなされた場合には、監査委員が怠る事実の監査をするに当たり、当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にある限り、当該財務会計行為のあった日又は終わった日を基準として上記監査請求期間の制限が及ぶものと解される(最高裁昭和62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁、最高裁平成14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁参照)。

(3)  被告は、本件怠る事実は町が退職手当組合に特別負担金相当額の公金を支出したこと(本件支出)が、財務会計法規に違反して違法であるからこそ発生する請求権の不行使を対象とするものであり、不真正怠る事実として監査請求期間の制限が適用されると主張するので、以下この点について検討する(なお、当事者の主張の中には、Bによる勧奨退職承認行為を財務会計上の行為ととらえるかのような主張も見受けられるが、上記承認行為は退職手当組合に対する特別負担金の支出やその他の財務的処理を直接の目的とするものではなく、財務会計上の行為とは認められない。)。

ア  地方自治法242条2項が怠る事実を対象とする監査請求に監査請求期間の制限が及ばないとしていることの例外として、特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実(不真正怠る事実)を対象とする監査請求について監査請求期間の制限が及ぶと解するのは、上記の場合、当該財務会計上の行為が違法とされて初めて実体法上の請求権が発生するため、監査委員は当該財務会計上の行為が違法であるか否かを判断しなければ当該怠る事実の監査を遂げることができないという関係にあり、これを客観的、実質的にみれば、不真正怠る事実を対象とする監査請求には、財務会計上の行為を対象とする監査を求める趣旨を含むものとみざるを得ないからである(上記最高裁平成14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁参照)。

本件監査請求において、その行使を怠っていると主張される実体法上の請求権は、Aらが人事班の職員に本件退職願は退職勧奨の応諾期限内に提出されたとの虚偽の事実を告げ、Aを勧奨退職とする事務処理を行わせ、町に本来支払う義務のない特別負担金320万3182円を支払わせたという不法行為に基づく損害賠償請求権である。そして、監査委員は、本件監査請求の監査を遂げるために、Aらによる上記申告が虚偽であり、これによって町に退職手当組合に対する特別負担金相当額を支出させたことが不法行為上の違法の評価を受けるものであること、これにより町に損害が発生したことなどを確定しさえすれば足りる。

イ  ところで、本件支出の手続は前記第2の2(3)エのとおりであり、支出負担行為及び支出命令は、総務部企画総務課長がその専決権限に基づき、また、支出は、収入役がその権限に基づきこれを行ったものである。

C及びAは、本件当時、それぞれ助役及び総務部町長政務室町長政務班主査であったが、両名はいずれも、本件支出につき財務会計上の行為の本来的権限を有する者から委任を受け、又は専決する権限を付与されていたものではない。また、両名は上記のとおりその権限に基づき本件支出に関与した総務部企画総務課長又は収入役の前任者であった、あるいは職制上同総務課長又は収入役を補助する職員であったというものではなく、したがって、本件支出と一体としてとらえられるべきその準備行為あるいは補助行為を行ったと認めることもできない(〔証拠省略〕)。

一方、Bは、本件当時、町長であった者であり、本件支出の支出負担行為及び支出命令について法令上本来的な権限を有していたと認めることができる(〔証拠省略〕、地方自治法149条2号)。

そうすると、仮に本件支出が財務会計法規に違反する違法なものであったとするならば、Bについては、これを阻止すべき指揮監督上の義務に違反したか否かを問題とする余地がある。そして、仮に本件監査請求がBの上記指揮監督上の義務違反を不法行為としてBに対する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象とするものであれば、Bの指揮監督上の義務違反の有無、ひいては本件支出が財務会計法規に違反するか否かを判断しなければ、Bの行為が不法行為法上違法の評価を受けるものであるか否かを決して監査を遂げることができない関係にあるといえる。

しかし、本件監査請求は、Bが指揮監督上の義務に違反して財務会計法規に違反する本件支出を行わせたことが不法行為に当たると主張するものではなく、Aらが、人事班の職員に虚偽の事実を告げてAを勧奨退職とする手続を行わせたという行為が不法行為に当たると主張するものである。したがって、本件支出が財務会計法規に違反して違法であるか否かを確定しなければ、Aらの上記行為が不法行為として違法であるとの評価を受けるものであるか否かを判断できないという関係にはない。

そうすると、本件監査請求を客観的、実質的にみても、本件支出自体を対象とする監査を求める趣旨を含むものとみることはできず、本件監査請求について地方自治法242条2項の期間制限が適用されないとしても同条の趣旨を没却することにはならない。

ウ  これに対し、被告は、不法行為の発生要件である損害とは加害行為がなかった場合のあるべき利益状態と加害がなされた現在の利益状態との差額であり、本件においては本件支出が財務会計法規に違反して違法であって初めて本件支出をしていない状態が「あるべき利益状態」ということができるので、Aらの町に対する不法行為の成否を判断するためには、本件支出が財務会計法規に違反して違法であるか否かを検討しなければならない旨主張する。

しかし、損害の認定に当たっては、Aらによる不法行為がなされた現状となされなかったと仮定した場合とを比較し、事実として利益状態に差が生じていると言い得れば足り、本件支出が財務会計法規に違反しているかどうかを確定する必要はない。

(4)  以上によれば、本件怠る事実は、特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権について、その不行使を怠る事実とするものとはいえず、地方自治法242条2項所定の監査請求期間の制限は適用されない。

したがって、本件監査請求は監査請求期間を徒過したものとはいえず、適法である。

(5)  なお、被告は、Aらによる不法行為のような財務会計行為以外の行為であっても、損害賠償請求権を怠る事実と構成しさえすれば住民訴訟の対象とし得ると解することは、住民訴訟の対象を財務会計行為に限定した地方自治法の趣旨を完全に没却して許されない旨主張する。

しかし、地方自治法242条1項が債権を含めた財産の管理を怠る事実を財務会計行為として定めている以上、これを住民訴訟の対象とすることは適法であるというほかはなく、被告の主張は失当である。

3  争点3(出訴期間遵守の有無)について

(1)  本件訴訟は、前記第2の2(4)のとおり、原告のした本件監査請求が、平成18年1月30日付けで却下され、同月31日、その旨の通知がされたことから、同年2月6日、提起されたものである。ところで、原告は、訴状において、Cは人事班の職員に本件退職願は退職勧奨の応諾期限内に提出されたとの虚偽の事実を告げてAを勧奨退職とする事務処理を行わせ、Bはそれを知りながら退職手当を支出し、Aはこれを受け取ったとして、Aらに対し、町に生じた退職手当相当額について不法行為に基づく損害賠償請求ないし不当利得返還請求をすることを求めた(なお、訴状の請求の趣旨においてはAらに地方自治法242条の2第1項4号ただし書きに基づく賠償命令を求めるかのような記載をしているが、請求の原因の記載によれば、同号本文に基づく上記の趣旨の請求と解される。)。

その後、原告は、職員への退職手当の支出は町ではなく退職手当組合が行い、町は同組合に対し勧奨退職に係る退職手当相当額の特別負担金を支出したとの本訴における被告の事実関係の主張を受け、監査結果の通知から既に30日が経過した後である平成18年7月24日、本訴第4回口頭弁論期日で陳述した準備書面(2)(同年7月20日受付)において、町に生じた上記特別負担金相当額の損害についてAらに損害賠償請求をすることを求めた。また、原告は、その後に提出した準備書面において、上記請求は、人事班の職員に本件退職願は退職勧奨の応諾期限内に提出されたとの虚偽の事実を告げてAを勧奨退職とする事務処理を行わせたというAらの不法行為について、町が損害賠償請求権の行使を怠っていることにつき、これを行使することを求めるものであることを明らかにした。

(2)  以上のとおり、訴状記載の請求に係る損害賠償請求権と、準備書面(2)記載の請求に係る損害賠償請求権とでは、各人の違法行為の態様及び損害の内容が異なっており、同一の請求権とは認められないので、両請求の訴訟物は異なるといえる。

したがって、原告による上記準備書面(2)の陳述は、訴訟物を変更させる訴えの交換的変更に該当するというべきである。

(3)  訴えの交換的変更は、変更後の新請求に関する限り、新たな訴えの提起にほかならないから、変更後の訴えについて出訴期間(地方自治法242条の2第2項1号)が遵守されているか否かは、原則として訴えの変更時を基準として決せられるべきである。しかし、両者の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守に欠けるところがないと解すべき特段の事情がある場合には、変更前の旧請求が出訴期間を遵守していれば足りるというべきである。

そこで、本件において、そのような特段の事情があるかを検討するに、上記(1)で認定した事実及び〔証拠省略〕によれば、原告は、本件訴訟の審理開始後に被告が退職手当支給に係る事実関係を明らかにするまで、Aに対する退職手当の支給を町ではなく退職手当組合が行ったことを知り得なかったこと、上記準備書面(2)の陳述の前後を通じ、請求権の内容は変更されているものの、Aらが人事班の職員に本件退職願は退職勧奨の応諾期限内に提出されたとの虚偽の事実を告げたため、町が本来支出義務のない費用を支出したという基礎となる事実関係は変更されていないことが認められる。

これらの事情を勘案すると、本件においては、出訴期間の遵守に欠けるところがないと解すべき上記特段の事情があるというべきである。

したがって、上記準備書面(2)の陳述による訴え変更後の新請求は、出訴期間を徒過したものとはいえず、適法である。

4  争点4(不法行為の成否)について

(1)  前記基礎となる事実のとおり、平成15年2月下旬から3月初旬ころ、当時助役であったCは、人事班のD副主幹に本件退職願を交付し、本件退職願は平成14年10月31日にAからE室長に提出されたものだが、Aを平成15年3月10日付けで退職させることで業務に支障がないか判断するためCが今まで預かっていたものであると説明した。D副主幹ら人事班の職員は、上記Cの説明に基づいてAを勧奨退職とする手続を行い、町は退職手当組合に対し、Aを普通退職とした場合よりも320万3182円多い特別負担金を支出した。

上記の事実に関し、原告は、本件退職願は、真実は勧奨退職の応諾期限である上記平成14年10月31日より後に提出されたものであるところ、Aらは共謀の上、D副主幹ら人事班の職員に対し、本件退職願が上記応諾期限内に提出されたとの虚偽の事実を告げてAについて勧奨退職とする事務処理を行わせたと主張する。これに対し被告は、Aは、本件退職願を上記応諾期限内にE室長に提出したなどと主張して、これを争う。

そこで、本件においては、CがD副主幹らに説明した上記事実が虚偽であったのかどうか、すなわち本件退職願の提出された時期が問題となる。

(2)ア  この点につき、Aは、概ね次のとおり証言し、陳述書(〔証拠省略〕)に記載する。

① Aは、平成14年10月ころ、城山町と相模原市の合併を実現させ、地方分権を推進させるというかねてから有していた政治的信条を実現するため、平成15年4月に実施される町議選(統一地方選挙)に立候補することを決意した。

② Aは、勤続20年以上の職員であり、勧奨退職の対象者となり得ることから、勧奨退職の申出をすることにした。しかし、退職の時期については、同年3月末ころに開催が予想された同町議選の立候補予定者説明会に町職員の身分を辞した後に参加することが適当であると考え、実施要綱上退職辞令の発令日とされていた平成15年3月31日ではなく同月10日付けで退職することを希望した。

③ 実施要綱7条によれば、Aが同年3月31日より前の3月10日付けで退職するためには町長から「特別な理由がある」と認められる必要があった。

そこで、Aは、勧奨退職の事務を担当している人事班(総務部企画総務課総務人事班)に対してではなく、当時総務部町長政務室の主査であったAの職務内容等を最もよく把握している直属の上司であり、人事班の属する総務部の長も兼ねていたE室長に対して本件退職願を提出し、早期に退職を希望する理由を説明した上で、E室長から人事班ないし町長に回付してもらおうと考え、応諾期限である平成14年10月31日に、E室長に本件退職願を提出した。

④ Aは、本件退職願をE室長に提出してから数日後、同室長から「3月は議会の開催月でもあり、3月10日に退職することが職務に支障がないかしばらく検討させてほしい」旨の話を受けた。Aは、町議会の各議員から通告される質問を取りまとめ、どの課が答弁に当たるかという振り分けの仕事のほか、各課が作成する答弁案を取りまとめるという仕事も担っていたが、3月には町議会の定例会が開催されることから、平成15年3月10日付けで退職した場合に上記町議会関係の職務に支障が生じるかどうかが問題になっているものと考えた。

⑤ Aは、平成15年3月10日付けで退職し、同町議選の立候補予定者説明会に出席した後、同年4月27日執行の町議選に立候補して当選した。

イ  また、Cは、概ね次のとおり証言し、陳述書(〔証拠省略〕)に記載する。

① 平成14年11月初旬、当時、助役であったCは、E室長から、同年10月31日付けでAからの本件退職願が提出されたとの報告を受けた。そして、平成15年3月10日付けで退職することについての「特別の理由」(実施要綱7条ただし書)の有無を検討する前提として、当時、町長のBや助役であるCの秘書業務や政策会議の事務、議会での答弁の調整等の業務を行っていたAが同日に退職しても業務に支障がないかを検討する必要があると判断し、人事担当の部長でもありAの上司であるE室長と協議の上、本件退職願を預かることにした。

② Cは、町長のBに、Aから本件退職願が提出されたこと、退職理由は町議選に立候補するためであること、平成15年3月10日付けでの退職を希望していることを報告したところ、Bは、Aの退職は本人の意思だからやむを得ないとして、E室長とよく協議して判断するよう指示した。

③ Cは、平成15年2月下旬ころ、E室長と協議の上、平成14年12月に議会に設置された百条委員会の件も落ち着いて今後の見通しも立ったことからAが同年3月10日付けで退職しても業務に支障がないとの判断をし、この頃、人事班に本件退職願を交付し、本件退職願を預かっていた経緯を説明して、勧奨退職の手続を進めるよう指示した。

ウ  さらに、当時町長であったBは、平成14年11月に、Cより、Aから同年10月31日付けで本件退職願が提出された旨の報告を受け、Aが平成15年3月10日付けで退職しても支障がないかについて人事担当の部長も兼任するE室長とよく相談して進めるよう、Cに指示したところ、平成15年2月下旬、Cから支障がないと判断したとの報告を受け、退職手続を進めるよう指示した旨証言(証人B)し、陳述書(〔証拠省略〕)に記載する。

(3)  上記のAの証言等について検討すると、Aが、平成14年10月ころ、翌15年4月に実施される町議選に立候補することを決意し、同年3月末に行われる立候補者説明会に出席するため、同年3月10日付けで勧奨退職を希望したと証言等する点については、Aが現に平成15年4月の町議選に立候補して当選していることに照らし、このころに立候補を決意したとしても不自然であるとはいえないし、勤続20年以上であって勧奨退職の対象となりうるAが、普通退職ではなく勧奨退職を希望したというのも不合理なこととはいえない。勧奨退職の時期については、政治的中立性を要求される町職員(地方公務員法36条参照)であったAにおいて、町職員の身分を有する間は、上記立候補者説明会に出席するなど町議選への立候補を公にすることにつながるような行動は控えるように配慮したものとして理解できるところであり、上記の証言等については、合理的なものとして信用性があるということができる。

また、Aが人事班ではなくE室長に本件退職願を提出したと証言等する点については、町長は、Aを平成15年3月10日付けで退職させる「特別な理由」(実施要綱7条ただし書)の存否を判断する前提として、同日付けでAを退職させても業務に支障がないかどうかの判断をする必要があったことに照らすと、Aが、本件退職願を、退職の事務を担当する人事班ではなく、Aの職務内容を最もよく把握している直属の上司であり、人事担当の部長でもあったE室長に提出し、早期に退職を希望する理由を説明した上で人事班ないし町長に回付してもらおうと考えたというのも相当の理由があるということができ、不自然ないし不合理なものとはいえない。

C及びBの証言等も上記のAの証言等に沿っており、整合性のある内容のものである。

そうすると、平成14年10月31日の応諾期限内にE室長に本件退職願が提出されたとのAらの証言等は信用性があるということができる。

(4)  原告は、B及びCが百条委員会で追及されるようになった平成14年12月以降、両人の要請を受けたAが議会におけるBの立場を擁護するために町議選の立候補を決意し、その見返りとして、B及びCが、Aが勧奨退職に係る退職金を受給できるように画策した旨主張する。

しかし、そのような事実を認めるに足りる証拠はない上、そもそも、Aが町議選に立候補したからといって当然に当選することが保障されているものではなく、また、議員になったからといって、一人でBの立場を擁護する活動ができるというものでもないことを考慮すると、Aが平成14年12月以降にB及びCの要請を受けて町議選で立候補を決意したとは認め難い。

(5)  なお、A及び人事班の副主幹であったDの証言によれば、Aは退職願を提出したという平成14年10月31日から退職直前である平成15年2月下旬ころまで自分が退職することを周囲に明かさず、そのため、退職手続を行う人事班をはじめ町職員の大部分が、D副主幹がCから退職願を交付されるまでこれを知らなかったというのであり、このような事態は、通常の理由による退職であれば不自然であるとも考えられる。

この点について、Aは、同僚に自分が退職することを明かせば、年齢が若いため(退職時39歳)、退職後の計画について聞かれ、町議会選挙に立候補するという話をせざるを得なくなるが、城山町はわずか八千数戸の小さな町であるから数日でうわさが町内に広まる可能性があり、そのような事態は町職員の立場である限りは避けたいと考えたためであると証言し、陳述書(〔証拠省略〕)に記載しているところ、前述のとおり、一定の政治的意見に基づいて町議選に立候補しようとしているというAの立場からして、政治的中立性を要求される町職員(地方公務員法36条参照)の身分を有する間は、立候補を公にすることにつながるような行動は控えるように配慮したことも理解し得るところである。また、Aのこの配慮は、3月末に行われる町議選の立候補予定者説明会には町職員の身分を辞して参加するために、3月10日付けでの退職を希望したとの前記証言等とも一貫性があるといえる。

したがって、Aが退職の直前まで他の職員に退職することを話さなかったことも、不自然であるとはいえず、これをもってAの証言等の信用性が否定されるものとはいえない。

(6)  原告は、B及びCがAの本件退職願の取扱いを数か月間も留保していたのは不自然であると主張するところ、たしかに通常であれば本件退職願の取扱いを判断するのにそれほどの時間を要しないようにもみえる。

この点について、Cは、平成14年11月にBから平成15年3月10日付けで退職を認める「特別な理由」の有無について検討するように言われた後、自分が理事長を務めていた城山町土地開発公社の件で百条委員会が設置され、証人尋問等の対応に追われて、平成15年2月下旬ころにAから催促を受けるまで、この検討を放置していた旨述べる(〔証拠省略〕)。

〔証拠省略〕によれば、平成14年11月ころに議会においてCが理事長を務めていた城山町土地開発公社が所有地を売却した件が問題となるようになり、同年12月24日には百条委員会が設置されたこと、平成15年1月15日から同年3月18日までの間、同委員会においては、上記公社と町職員による説明、質疑、書類審査、8名の参考人質疑、15名の証人尋問が行われたが、上記公社の理事は町職員で構成されていたため、上記期間中、Cをはじめ町職員のかなりの者が百条委員会の対応に追われていたことが認められる。

このような町及びCの有していた特殊な状況及びAの職務内容を考慮すると、本件においては、Cが、平成14年11月上旬から平成15年2月下旬ころまでの問、Aが同年3月10日付けで退職しても業務上の支障がなく、Aの同日付けでの退職を認める「特別な理由」があるといえるかについての判断を平成15年2月まで留保していたとしても、そのことが直ちに不自然であるとか不合理であるとは断じ難い。

(7)  原告は、D副主幹ら人事班の職員が本件退職願に受付印を押さなかったこと、E室長が退職願の提出の承認文書(〔証拠省略〕)に決裁印を押さなかったことは、同人らがAを勧奨退職とする取扱いに疑問を感じていたからであるとも主張する。

しかしながら、D副主幹は、同人が、受付印を押さなかったのは本件退職願の提出時期について疑いを持っていたからではなく、手元に届いた日よりさかのぼらせた日付の受付印を押印することができないという技術的な理由であり、上記の承認文書に起案日の記載をしなかったことも、同様に技術的理由によるものである旨証言している(証人D)。また、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によると、E室長は、上記退職願の提出の承認文書回覧当時、体調を崩して入退院を繰り返したり、欠勤、遅刻、早退等が多かったこと、同人は勧奨退職の承認の決裁責任者ではなかったことから、上記文書を後閲(〔証拠省略〕)する権限も責務もなく、同文書に同人の決裁印がなくては以後の手続が進行しないというような立場にはなかったことが認められる。E室長の以上のような健康状況、勤務状況と地位等とを考慮すると、E室長の決裁印が同文書にされていないことをもって、同人がAを勧奨退職とする取扱いに疑問を感じていたから意識的に押印を拒否したとは到底認めることができない。

他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠もない。

(8)  以上のとおり、平成14年10月31日に本件退職願が提出されたというAらの証言等には信用性があり、AがC及びBと共謀の上、人事班の職員に対し、本件退職願が平成14年10月31日に提出されていなかったのに、これが提出されたとの虚偽の事実を告げたとの原告の主張に係る事実を認めることはできない。

第6結論

よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 土谷裕子 安岡美香子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例