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横浜地方裁判所 平成18年(行ウ)40号 判決 2008年12月24日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は両事件原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

両事件被告が,平成18年6月15日付け横浜市告示第298号をもって告示した横浜国際港都建設計画地区計画の変更のうち別紙物件目録記載の土地に関する部分を取り消す。

第2事案の概要

1  事案の骨子

本件は,両事件被告(以下「被告」という。)が,都市計画法(平成18年法律第46号による改正前のもの。特に断らない限り以下同じ。以下「法」ということがある。)21条1項に基づき,横浜国際港都建設計画α地区(以下「本件地区」という。)について地区計画を変更する旨の決定(以下「本件変更決定」という。)をしたところ,本件地区の周辺に居住する両事件原告ら(以下「原告ら」という。)が,本件変更決定は,周辺住民への周知が不十分であり,周辺住民に公述の機会を与えることなくされたもので,手続上の瑕疵があり違法であるとして,本件変更決定のうち別紙物件目録記載の各土地に関する部分の取消しを求めた事案である。

2  基礎となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

(1)  被告は,昭和61年12月23日付けで,横浜市β及びγに位置する本件地区(面積約10.1ヘクタール)につき,昭和62年法律第63号による改正前の都市計画法12条の4に基づき,地区計画を定める都市計画決定をした。

同決定により,別紙図面のとおり,本件地区はA地区,B地区,C地区の3地区に区分されたが,このうち,A地区の大部分は,建築物の高さの最高限度を31メートルと定めた第7種高度地区であり,同地区の残りの部分は,建築物の高さの最高限度を20メートルと定めた第4種高度地区であった(甲1,14,乙4,6,11)。

(2)  本件地区内に土地を所有する訴外aは,平成17年6月20日,被告に対し,A,B地区について,法21条の2第1項に基づき,建築物の高さの最高限度を緩和することなどを内容として上記都市計画決定を変更することを提案した(乙4,以下これを「本件提案」という。)。同提案を受け,被告は,平成18年6月15日付けで,上記都市計画決定を変更する旨の本件変更決定をした(法21条1項,甲1)。

同決定により,別紙図面のとおりA地区はA-1地区及びA-2地区に区分され,また,A-1地区における建築物等の高さの最高限度は高層部100メートル,中層部31メートル,低層部15メートルとされた(乙4)。

原告らが取消しを求めているのは,本件変更決定のうち上記A-1地区に関する部分であり,上記A-1地区は,別紙物件目録記載の各土地から構成されている(甲8の1ないし9,10)。

(3)  原告らは,共同住宅である「δ」及び「ε」(以下,併せて「本件各マンション」という。)に居住しており,同マンションは本件地区外の東側約200mないし250mに位置している(甲34ないし44,乙3の5ないし7,19)。

(4)  第1事件原告らは平成18年8月4日,第2事件原告らは同年10月12日,本件変更決定のうち別紙物件目録記載の各土地(A-1地区)に関する部分の取消しを求めて,本件訴訟を提起した。

3  法令等の定め

(1)  法12条の5第1項

地区計画は,建築物の建築形態,公共施設その他の施設の配置等からみて,一体としてそれぞれの区域の特性にふさわしい態様を備えた良好な環境の各街区を整備し,開発し,及び保全するための計画とし,次の各号のいずれかに該当する土地の区域について定めるものとする。(後略)

(2)  法21条の2第1項

都市計画区域又は準都市計画区域のうち,一体として整備し,開発し,又は保全すべき土地の区域としてふさわしい政令で定める規模以上の一団の土地の区域について,当該土地の所有権又は建物の所有を目的とする対抗要件を備えた地上権若しくは賃借権(中略)を有する者(中略)は,一人で,又は数人共同して,都道府県又は市町村に対し,都市計画(中略)の決定又は変更をすることを提案することができる。(後略)

第3争点

1  本件変更決定が行政処分に当たるか。

2  原告らに本件変更決定の取消しを求める法律上の利益(原告適格)が認められるか。

3  都市計画決定の一部の取消しを求める訴えは適法か。

4  本件変更決定が適法か。

第4争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件変更決定が行政処分に当たるか)について

(原告らの主張)

本件変更決定は,特定の者に対する具体的処分と同視し得る実質を備えており,行政処分性が認められるべきである。

(1) 都市計画決定による制約は,法令のように広く一般国民を規制の対象とするものではなく,一定の地域に限って,その地域内の土地利用権を一定の目的のために規制するものである。すなわち,都市計画決定における制約は,法令の制約よりはるかに個別具体的なものであり,都市計画決定と法令とを同視して処分性を検討することはできない。

特に本件では,高さ制限の緩和が認められたA-1地区の地権者はb1名であり,実質的にA-1地区の所有者という特定人にあてられたものであるといえることからすれば,本件変更決定は,個別具体的な処分としての性質を有している。

また,都市計画決定が特定人を名宛人としたものではないとしても,それが個人の権利利益を違法に侵害するものである以上,被告が主張するように,都市計画決定が当該地区内の不特定多数者に対する一般的抽象的な制約にすぎないことを根拠に処分性を否定するのは不当である。都市計画決定を一律に取消訴訟の対象から除外すれば,原告らが眺望の利益を守るために,本件変更決定によって変更された高さ制限に基づき個別の開発業者が建設計画を立てるたびに訴えを提起しなければならず,問題の早期かつ抜本的な解決が図れない。特に,都市計画決定の時点で既に具体的な高層建築物の建設予想図が存在している本件については(甲17),都市計画自体を司法審査により是正できると考えるべきである。

(2) また,最高裁判例においては,都市計画決定の処分性が否定されてきたが,都市計画決定と同様の根拠で最高裁において処分性が否定されてきた土地区画整理事業計画決定について,処分性を否定した原審に対する上告審の審理が大法廷に回付され,土地区画整理事業計画決定についての最高裁昭和41年2月23日大法廷判決・民集20巻2号271頁(以下「昭和41年最高裁判決」という。)の判断を見直す機運が高まっている。

都市計画決定と土地区画整理事業計画決定では処分性を否定する根拠が共通していることからすれば,最高裁において土地区画整理事業計画決定の処分性を肯定する判断がなされた場合,その射程は当然のことながら都市計画決定の処分性に及び,都市計画決定についてもその処分性を否定してきた従来の判例が変更される可能性が高いことを勘案すれば,本件変更決定について行政処分性が認められるべきである。

(3) さらに,本件変更決定は,新たに創設された提案制度によるものであって,決定権者の裁量によって開始される通常の都市計画決定手続とは大きく事情が異なり,提案制度によってなされた本件変更決定は,次のとおり,実質的に特定の地権者を名宛人とした個別具体的処分と同視しうるから,本件は,被告が指摘する従来の判例をそのまま適用できる事案ではない。

ア 地権者は,通常,現状の都市計画では計画する土地利用のために必要な土地開発ができない場合に,建築制限等の緩和を求めて提案制度を利用するのであり,自己の利益追求を図っているのが通常である。また,提案は,直ちに実行できる具体的な計画を立てて行われ,これを承認する形で都市計画決定がなされる。これらの点から,提案制度に基づいて行われる都市計画決定は,土地開発許可申請に対する承認に等しいのであって,実質的には特定の地権者を名宛人とした個別具体的処分と同視しうる。

イ また,提案制度に基づく都市計画決定の場合,決定後は提案者の計画内容が機械的に進められることになるため,その後に行われる具体的な処分の取消しを求めていたのでは権利救済は極めて困難となる。なお,後続する具体的な処分の取消訴訟において先決問題として都市計画決定の無効を主張できるのであれば,計画が決定された段階でその取消しを求めることを許容する方が混乱が少ない。他方,後続する具体的な処分の取消訴訟において先決問題として無効を主張できないのであれば,都市計画決定自体の取消しを認めなければ救済の途が閉ざされることになる。

ウ 被告は,提案制度は決定権者の職権発動を促す制度にすぎないと主張するが,その理解は都市計画法の解釈を誤ったものである。

すなわち,提案制度の手続では,決定権者は遅滞なく提案を踏まえた都市計画の決定等の必要性を評価することが義務付けられている(法21条の3)。また,通常の都市計画決定手続と異なり,評価委員会が評価基準に従って判断し(横浜市都市計画提案制度手続き要領3条,甲3,以下,「手続き要領」という。),同委員会が決定等の必要があると認めたときは,決定権者はその案を作成し,都市計画決定等手続を行うことが義務付けられている(法21条の3)。さらに,決定権者が決定等の必要がないと判断した場合は,遅滞なく提案者に理由を付して通知しなければならず(法21条の5第1項),その場合でも,あらかじめ都市計画審議会に提案者の提出した素案を提出してその意見を聴かなければならず(法21条の5第2項),決定等の必要を否定する裁量も限定されている。

以上の規定からすれば,提案制度を,単に決定権者の職権発動を促すものにすぎないと考えることは誤りである。

(被告の主張)

本件変更決定は,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められている行政処分に当たらず,原告らの訴えは不適法である。

(1) 都市計画決定があると,その地域内の土地所有者等に建築制限等の制約が課されることがあるが,その効果はあたかも新たにそのような制約を課する法令が制定された場合におけるのと同様の,当該地域内の不特定多数者に対する一般的抽象的な制約に過ぎず,このような効果を生ずるというのみで直ちに地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があったものということはできない(最高裁昭和57年4月22日第一小法廷判決・民集36巻4号705頁参照,以下「昭和57年判決1」という。)。

以上の結論は,当初の都市計画決定であろうと都市計画の変更決定であろうと,何ら変わるものではない(最高裁昭和62年9月22日第三小法廷判決・判例時報1285号25頁参照,最高裁昭和57年4月22日第一小法廷判決・判例タイムズ471号95頁参照,以下「昭和57年判決2」という。)

また,本件変更決定は,当初の都市計画の対象となったA地区,B地区,C地区のうち,A地区,B地区を対象とするものであるが,本件変更決定の対象となる地区の面積は約6.4ヘクタール,対象となる地区の所有権者等は64名であり,特定の権利者に対する具体的な処分というべきものではないことは明らかである。このことは,原告らが1つの都市計画決定の一部のみを取消訴訟の対象としたとしても,変わるものではない。

(2)ア 都市計画決定には様々な種類があるが,最高裁は,いずれの類型についてもその処分性を否定している(土地区画整備事業に関する都市計画決定について最高裁昭和50年8月6日第一小法廷判決・訟務月報21巻11号2215頁参照。第一種市街地再開発事業に関する都市計画決定について最高裁昭和59年7月16日第二小法廷判決・判例地方自治9号53頁参照。工業地域を指定する都市計画決定について前記昭和57年判決1,高度地区指定の都市計画決定について前記昭和57年判決2,都市施設に関する都市計画決定について最高裁昭和62年9月22日第三小法廷判決・判例時報1285号25頁参照。本件と同じ地区計画に関する都市計画決定について最高裁平成6年4月22日第二小法廷判決・判例時報1499号63頁参照。)。

イ 原告らは,土地区画整理事業計画決定に関する昭和41年最高裁判決が変更される可能性があることをもって,その他の都市計画決定に関する最高裁判決も変更される可能性が高いと主張する。

しかし,以下に述べるとおり,仮に土地区画整理事業計画決定の処分性が肯定されることになったとしても,本件において処分性が肯定されることにはならない。

土地区画整理事業の場合,当該事業の区域内の地権者(土地所有者等)は別の土地(換地)に権利変換され,加えて,通常は減歩によって土地の面積が減少する。このように,土地区画整理事業は当該区域内の地権者に直接的かつ重大な権利変動を及ぼすものであるから,これらの者に,いずれかの時点で同事業の適法性を争う機会を与えるべきことは異論のないところである。ただ,どの段階からその機会を与えるべきかという問題について,従前は,土地区画整理事業計画決定の段階では,その決定の内容は青写真的なものにすぎないとの理由で,処分性が否定されてきた。仮に,判例変更があって,土地区画整理事業計画決定の処分性が認められたとしても,争える時期が早まったにすぎない。

これに対して,地区計画のような都市計画決定の場合は,その種類は様々であって,地区内の地権者等に対して後続処分が予定されているものもあれば,予定されていないものもある。また,都市計画決定があると,その地域内の土地地権者等に建築制限等の制約が課されることがあるが,その効果は,あたかも新たにそのような規制を課する法令が制定された場合におけると同様に,当該地域内の不特定多数者に一般的抽象的な制約が及ぶにすぎない。判例上は,このような一般的抽象的な効果が生ずることのみでは,直ちに地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があったと考えることはできないとして処分性が否定されてきたのであって,土地区画整理事業計画決定の処分性に関する議論とは必ずしも一致しない。

なお,本件では,都市計画事業は予定されていないので,都市計画事業の認可のような後続の行政処分は想定されていない。

(3) 原告らは,本件変更決定は,平成14年に新設された提案制度(法21条の2以下)に基づくものであるから,処分性が肯定されると主張する。

しかし,提案制度は,当該地域の土地所有者等(以下「提案者」という。)が都市計画のアイデアを出し,都道府県又は市町村(以下「決定権者」という。)に対して職権発動を促す制度にすぎず,決定権者は,提案された素案を変更して採用することも自由であるから,土地所有者等に申請権ないしそれに類する権利を与えたものということはできない。また,決定権者が,提案された都市計画の素案を踏まえた都市計画の決定又は変更(以下,都市計画についての決定又は変更を一括して「決定等」という。)をする必要がないと判断した場合,遅滞なく,その旨及びその理由を,提案者に通知しなければならないとされているが(法21条の5),この通知も,提案者に対して当該提案が採用されなかった旨と理由を知らせるだけであって,申請者に対する拒否処分というような法的性質をもつとは解されない。

法律上,関係者に申請権が付与されるのは,当該関係者に対して行政庁の何らかの給付,サービスを受ける権利を与える場合や,何らかの許認可がなされる場合であるが,都市計画は特定の土地所有者等の個別的な利益のために行われるものではなく,総合的な街づくりのために行われるものであるから,この観点からも,提案制度が特定の土地所有者等に申請権を付与したものということはできない。

また,提案があって都市計画の決定等をした場合も,提案なくして都市計画の決定等をした場合も,決定権者の判断基準は変わりがないのであるから(甲2),提案なしに都市計画決定等がなされた場合には処分性が認められないのに,提案があった場合のみ処分性が認められると考えることは不均衡である。

2  争点2(原告らに本件変更決定の取消しを求める法律上の利益(原告適格)が認められるか)について

(原告らの主張)

(1) 都市計画法は,自己の意見が反映されない手続により決定された都市計画決定等によって従来の都市計画に基づいて享受していた法的保護に値する利益を侵害されない,という利益を個別・具体的利益としても保護しようとする趣旨を含む法律である。原告らは,本件変更決定により,眺望の利益という法的保護に値する利益を著しく害されるのであるから,原告適格を有する。

ア 都市計画法は,都市の健全な発展と秩序ある整備を図ることを目的としているが(法1条),住民は,一定の都市計画を前提として生活設計・人生設計を立てるため,「健全な発展と秩序ある整備」には,現行の都市計画を信頼して生活設計・人生設計を立てた住民が,都市計画の変更により不測の損害を被ることを回避するという趣旨が含まれていると解すべきである。

また,都市計画法上,都市計画案に住民の意見をできるだけ反映させるため,必要があると認めるときは公聴会の開催等の必要な措置を講ずるものとし,都市計画案を公衆の縦覧に供し,審議会に付議しようとする場合には縦覧に際して提出された住民等の意見書の要旨を提出しなければならないとしている(法16条1項,17条1項,19条2項)。上記規定を受けて,国土交通省が地方自治法245条の4に基づき関連地方自治体への技術的助言として定めた「都市計画運用指針」(平成13年4月18日国都計第61号,以下「運用指針」という。)は,法定の公聴会・説明会については,名称の変更その他特に必要がないと認められる場合を除き,これを開催すべきとしている(甲2)。

さらに,被告は,提案制度(法21条の2)に基づく都市計画決定手続を開始すべきか否かの評価基準として,「当該土地の周辺環境等に配慮されていること」「周辺住民との調整が整い,概ね賛同が得られていること」を挙げ,周辺環境への配慮と周辺住民との調整と賛同を提案採用の要件としている(手続き要領3条)。これは,提案権が対象地域の所有権者等に限定されていることから,提案権者が自らの利益を優先させ,周辺住民への配慮に欠け,都市の調和ある発展に反する事態となることを防止する規定にほかならない。

以上のとおり,都市計画法は都市計画決定のみならず変更についても住民や利害関係人の意見を反映させる手続を設け,住民や利害関係人が有する,従来の都市計画に基づいて享受していた法的保護に値する利益を侵害されないという利益を,個別具体的利益としても保護しようとする趣旨を含むと解すべきである。

イ また,原告らが富士山の眺望を享受することは,単なる主観的な価値を超えた社会通念上独自の生活利益として承認されるべき重要性を有しており,上記法的保護に値する利益である。

すなわち,原告らは,それぞれの住居から日々富士山を眺望する利益を有している。富士山の眺望には普遍的な美があり,日本人にはこれに特別な美を見いだす国民性,美意識があるのであるから,この眺望の利益は,その住居の生活環境を決定づける特に重要な要素である。加えて,高層マンションでは,眺望がその価格と資産価値を決定づける重要な要素となっており,購入を決定する重要な動機ともなる。本件各マンションは,富士山を眺望できるという上記の格別の価値を有するが故に,購入価格も高く,不動産としての資産価値もあったのである。

本件変更決定により,A-1地区に高さ100メートルの高層マンションが建設されると,原告らの眺望の利益は失われるか,著しく損なわれる(甲22,23)。その場合,原告らは人生設計を変更し,様々な犠牲を払いながら敢えて本件各マンションに移り住んだ理由を喪失するのみならず,良好な生活環境を築き上げる共通の価値を失い,住民間のつながりがぜい弱になって,生活環境へ重大な悪影響を及ぼすおそれもある。

したがって,本件変更決定により原告らが被る不利益は重大である。

ウ 加えて,本件変更決定が提案制度によるものであることは,原告適格の判断においても重要な意味がある。すなわち,従来,都市計画に対する取消訴訟の原告適格を厳格に判断した裁判例は,都市計画の有する高度の公共性と住民の個人的利益との比較衡量を重視したという側面がある。しかし,提案制度に基づく都市計画決定は,特定の地権者が自己の利益を図るために提案を行ってなされる場合が大半であって,公共の利益のために決定等される一般の都市計画とは事情が大きく異なる。ここにおいて比較衡量されるべきは,提案者である特定地権者の土地利用・開発による利益と,住民の生活利益という私人と私人の利益なのである。

(2) 被告は,原告らの主張する眺望の利益は,一般的にも法的保護の対象となる権利ないし法的利益として認められず,かつ,都市計画法上も個別的利益として保護されているものでないと主張する。

しかし,眺望の利益が法的保護に値する権利であることは,住環境への期待利益として判例でも確認されている(甲32)。

原告らは,都市計画により既得権として眺望の利益を与えられたと主張するものではなく,都市計画法が住民の意見を都市計画決定に反映させるための手続を規定していることからすれば,自己の意見を反映する機会を与えられないまま従来の都市計画を前提に享受してきた利益を奪われないという意味において,原告らの眺望の利益は同法によって法的に保護されていると主張するものである。

(3) 都市計画は,住民の住居,通勤,育児,健康等その生活環境に大きな影響を及ぼし,住民が生活設計・人生設計を立てる上で極めて重要な要素となる上,住民のほとんどは都市計画に基づいて立てた生活設計・人生設計を容易に変えることができないのであるから,都市計画には強い安定性が要求される。住民は現行の都市計画を信頼して生活設計,人生設計を立てざるをえないが,そのような都市計画への信頼は決定権者である地方公共団体が自ら生じさせたものである。原告らは,被告が都市計画で意図したところにより実現した富士山の眺望を対価を支払って取得し,被告は,これにより街の発展と税収入の増加等,都市計画の所期の目的を実現することができた。それにもかかわらず,新たな発展のためと称してそれまでの都市計画を反故(ほご)にし,住民の信頼を顧慮することなく計画を変更することは,著しく不当である。

(被告の主張)

都市計画法及びその附属法令上,原告らの主張する利益が個別的利益として保護されていると解することはできず,原告らに原告適格が認められないことは明らかである。

(1) 原告らは,法16条1項等を根拠に原告らの原告適格が認められる旨主張するが,同条によれば,公聴会の開催は決定権者が「必要があると認めるとき」に開催されるものであり,義務的なものではなく,また,公述することができる住民の範囲や手続についても何ら定めていない。横浜市都市計画公聴会規則(甲5,以下「公聴会規則」という。)5条では,公聴会で公述することができる者は,「本市に住所を有する者,当該都市計画について利害関係を有する者その他市長が特に公述の必要があると認める者とする。」とされ,横浜市に住所を有する者であれば当該都市計画について特別の利害関係がなくとも公述する資格は認められている。

要するに,公聴会の手続は,その対象を直接的かつ密接な利害関係のある者に限定しているものではないから,仮に原告ら主張のとおり公聴会において公述する資格がある者すべてに原告適格が認められるとすれば,横浜市の住民に幅広く原告適格が認められることとなり,主観訴訟である取消訴訟の法的性質に明らかに反する。

(2) 次に,本件各マンションからの富士山の眺望の利益が原告らの原告適格を基礎付けるかどうかについては,都市計画法が,これを専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むとは解することができない。すなわち,都市計画法及びその附属法令において,眺望の利益を考慮すべきことをうかがわせる規定は存在せず,仮に同利益が都市計画決定の際の考慮要素として全く除外される訳ではないとしても,個人の個別的利益としてこれを保護しているものとは到底解することはできない。また,都市計画法以外の関係法令を見ても,眺望の利益を都市計画法上の個別的な利益として保護していると解する根拠となる法令はないといわざるを得ない。

また,眺望の利益の法的性格についてを論じた判例をみても,眺望の利益が,権利ないし法的利益として確立したものでないことが示されている(東京高裁平成13年6月7日判決・判例時報1758号46頁参照,東京高裁昭和51年11月11日判決・判例時報840号60頁参照)。

さらに,本件各マンション及び本件地区は,共にζ駅前に位置し,ほぼ全域が商業地域に指定され(乙3の7),従来から土地の高度利用が図られることを想定した地区であり,富士山の眺望を保全する目的で地域住民らが一定のルールの下に権利調整してきた経緯を持つ地域でないことはもとより,風光明媚さを売り物として開発されたリゾート地でもない。ましてや行政が景観を保全するべき地域として,地区指定を行った事実もない。

なお,原告らが居住物件を購入する際に売主から渡された不動産の重要事項説明書(乙20)には,都市計画の変更により土地利用形態等が変更された場合,周辺環境・景観・眺望及び日照条件等の住環境が変化することが予想されると記載されており,将来にわたって本件各マンションからの眺望が保証されるというような利益は存在しないというべきである。

以上によれば,原告らの主張する眺望の利益は,一般的にも,法的保護の対象となる権利ないし法的利益として認められない上,社会通念上独自の生活利益として承認されるべき重要性を有するものでもない。

3  争点3(都市計画決定の一部の取消しを求める訴えは適法か)について

(原告らの主張)

(1) 本件変更決定のうちA-1地区に関する部分は他の部分から可分であり,A-1地区に係る部分の変更決定の取消しを求めることは適法である。

α地区は,A地区,B地区,C地区の3区から成り立っているところ,本件変更決定の対象となったのはA地区とB地区のみであり,旧来の都市計画の一部を切り離して変更するとしたものである。

実際に,本件変更決定に定められた「土地利用の方針」では,明確に地区を区分しており(甲1),A-1地区についての本件変更決定を取り消したところで,他の地区はA-1地区と異なる方針の下に土地利用を誘導するのであるから,他の地区には何ら影響は及ばないことになる。

また,建物・道路の配置上も,A-1地区とB地区は,駅前ロータリーとなっているA-2地区を間に挟んで全く接しておらず,A-1地区とA-2地区も,駅前ロータリーと道路部分に使用されている部分を除いてわずかに接しているだけであり,一体性に乏しい。

(2) 被告は,都市計画とは街づくりを様々な視点から総合的一体的に検討して成り立っているものであるから,ある部分のみを他の部分や全体から切り離して当否,適法性を論ずることは無意味であり,都市計画の本質に反すると主張する。

しかし,被告の上記主張からすれば,当該部分を他の部分や全体から切り離すことはできないから,一部分の違法性をもって当該都市計画を取り消すことは一切できないということになって不合理である。

また,被告は,都市計画決定の一部取消を認めた場合,別の部分の取消訴訟を別の裁判所に提訴した場合や,取消訴訟の対象とならなかった部分の事後処理について問題が生じると主張する。

しかし,上記の問題はいずれも,本件変更決定が不可分であるとの前提に立った場合のみ生じるものであるところ,本件変更決定が可分であることは既に述べたとおりである。

(被告の主張)

原告らは,本件変更決定のうち,別紙物件目録記載の土地(A-1地区)に関する部分のみの取消しを求めているが,かかる訴えは不適法である。

一般に,1個の行政処分のうち,その一部の取消しを求める取消訴訟が認められる場合があることは事実であるが,以下に述べるとおり,本件のような都市計画決定が部分的に可分な処分ではないことは明らかである。

都市計画とは,街づくりを様々な観点から総合的,一体的に検討して成り立っているものであり,総合的,体系的なものである。したがって,都市計画の内容をなす様々な項目は,全体として見ることによってのみ意味のあるものであるから,このうち,ある部分のみを他の部分や全体から切り離して,その当否,適法性を論ずることは無意味であり,かつ,総合的に街づくりを考えようとする都市計画の本質に反する。

仮に,都市計画決定の一部分について取消訴訟を提起することを認めるとすれば,1つの都市計画決定の各部分についての取消訴訟が異なる裁判所に係属することもあり得,その混乱と不都合は明白である。また,提訴の対象とならなかった残りの部分は公定力により確定することとなるが,仮に,提訴された一部分のみが取り消された場合,その取消判決の効力を法的にどのように考えるにしても,その後の処理が混乱を極めることは明白である。多数の住民や都市政策に影響を及ぼす都市計画においてそのような混乱が起こることはあってはならない。

4  争点4(本件変更決定が適法か)について

(原告らの主張)

被告は,本件変更決定手続において,法16条1項の手続を全く履践せず,手続的瑕疵を治癒する措置も一切取っていないので,本件変更決定は違法である。

(1) 都市計画法は,16条,17条,18条の2等において,公聴会の開催等,住民の意見を都市計画決定に反映させるために必要な措置を講じることを求めており,運用指針(甲2)は,法16条1項において「必要があると認めるときは」とされている公聴会の開催等を,原則開催することとしている。被告においても,このような運用指針の規定を受けて,公聴会規則(甲5)を制定し,都市計画決定手続では原則として公聴会を開催することとしている。

ア 被告は,本件提案を審査するに際し,住民らに周知させる方法として,平成17年8月1日発行の「広報よこはま全市版8月号」(横浜市内の各世帯に配布される広報誌)4頁のお知らせ欄に説明会等を実施する旨を掲載した。しかし,その記載は,同欄の膨大な情報の中に,小さく数行が印字されたのみという,非常に見づらく気付きにくいものであった。

イ 同月22日,被告は本件提案についての説明会を実施し(甲13),その後,公述申出期間開始の当日である同月25日から,公聴会の開催等について,まちづくり調整局のホームページに掲載した。なお,この掲載については,上記説明会において口頭で伝えられたのみで,被告のホームページのトップページから同ページへのリンクをたどるなどの操作を経ない限り,情報を見つけることはできなかった。

ウ 同年9月9日,被告は,申出期間内に公述の申出がなかったことを理由に,公聴会の中止を決定した(以下,中止された本件提案に関する公聴会を「本件提案公聴会」という。)。

エ その後,被告は本件提案に若干の規定を追加したことをもって,同年11月1日の広報よこはま及び同月15日掲出のホームページにおいて,本件変更決定の素案(以下「被告素案」という。)の説明会を開催する旨告知し,同年12月2日に説明会(以下,「被告素案説明会」という。)を実施するなどしたが,公聴会(以下「被告素案公聴会」という。)は開催しなかった。

(2) 以上の手続による周知は余りに不十分であり,都市計画法の要請する「住民の意見を反映させるために必要な措置」が実質的に講じられているとはいえない。

ア 被告は,被告素案説明会の開催をもって,上記「必要な措置」が講じられたと主張する。

この点,説明会の開催をもって法定の公聴会の開催に代えることは,運用指針も例外として認めるところであるが,同指針では,これを都市計画原案の内容及び具体的な説明を住民が事前に十分に把握し得る場合であって,住民の意見陳述の機会が十分確保されている場合に限定している。

そこで,被告素案説明会において上記運用指針が求めるような周知方法が行われていたかを見れば,被告は,広報よこはま(甲15)とホームページにおいて本件変更決定の被告素案の説明会を開催する旨掲載したに止まる。広報よこはまでは,被告素案の具体的内容は分からず,ホームページへの掲載では,後述するように住民が十分に内容を把握することは不可能である。このような周知方法では,運用指針の求める基準を全く満たしていない。

イ また,本件提案の手続と本件変更決定の手続が別である以上,原則として,本件提案公聴会をもって,本件変更決定手続において開催が求められている被告素案公聴会に代えることはできない。

仮に,被告の主張するように,本件提案と被告の作成した素案との間に,ほとんど差異がないことを考慮し,本件提案公聴会が開催予定であったことをもって被告素案公聴会の開催に代わるものとみなすのであれば,本件提案公聴会が,法16条1項の趣旨である「都市計画への住民の意見の反映」が保障される場となっていたといえなければならない。

(ア) そこで,本件提案公聴会の周知方法を見ると,「広報よこはま」全市版8月号のお知らせ欄での情報掲載,及びホームページでの情報掲載という方法が用いられたが,これを受けて公述を申し出る者は現れなかった。後に,1000人近い住民から400通に迫る反対意見が提出されたことからも明らかなように,本件変更決定及びその原案である本件提案に対する住民の関心は非常に高く,公述期間が住民に周知されていたならば,公述の申出がないということはあり得ないのである。加えて,後に反対意見を提出することになる住民の約4分の3は,本件提案公聴会の公述申出期間開始の当日である平成17年8月25日の時点で,既に横浜市に居住しており,周知が徹底されていれば,これに気付き得る状態であった。それにもかかわらず,本件提案に対し公述を申し出る者がいなかったということは,周知方法が不十分であったことの証左である。

(イ) また,広報よこはまに掲載された記事は,当該頁の中から本件提案に関する情報を見つけ出すことは非常に困難であり,また,説明会や公聴会を開催する場所及び日時が記載されているだけで,本件提案の内容等は一切うかがい知ることができないものであった。

(ウ) さらに,ホームページでの情報掲載については,インターネットへのアクセス環境は住民の間で一律ではなく,特に高層マンションを購入するような中高年層の利用率は低く,周知方法として余りに不十分といわざるを得ない。

以上で述べたように,本件提案公聴会に関して被告が採用した周知方法は,法16条1項の趣旨からして不十分であったことが明らかである。このことは,本件変更決定が審議された第100回都市計画審議会及び同決定後に開かれた第101回都市計画審議会において,出席委員からも繰り返し指摘を受けたところであり,被告も不備があったことを認め,戸別の資料配布,自治会・町内会への情報提供等を新たに行うこととし,周知方法を是正していくことを報告しているのである(甲26,68)。

したがって,本件提案公聴会は住民に周知徹底が行われたとはいえず,同公聴会の開催を予定していたことをもって,法16条1項の定める「公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置」が講じられていたとすることはできない。

(3) 被告は,法17条に基づく法定縦覧の実施後に提出された住民からの意見書が都市計画案と共に審議会に付議されたことをもって,住民に意見を述べる機会が与えられ,手続の瑕疵が治癒されたかのような主張をする。

そこで,審議会の審議をみるに,出席委員は,①法16条1項の定める公聴会は開催済みである,②反対意見を提出した住民は,公述の手続が終わった後に転居してきた者が多い,③眺望権が裁判所で認定されることはない,との誤った認識を有しており,この重大な誤解が審議会の結論にも甚大な影響を与えたことは明らかである(甲26)。

(ア) まず,①の点について,本件提案公聴会をもって被告素案公聴会に代えることはできないことは既に述べたとおりであり,審議会の委員をして本件の問題性・違法性を過小に評価させた可能性が高く,審議会の結論に与えた悪影響は計り知れない。

(イ) 次に,②の点について,既に述べたとおり,意見書提出者の4分の3は,周知が行われるべき時期には既に横浜市の住民となっていたにもかかわらず,審議会はこの点を誤解し,意見を述べる機会のなかった者の救済という見当違いな論点について審議を行った。そして,手続後に転入してきた者の意見をその都度聴取することは現実的ではなく,手続をやり直す必要はない(修正要求等を審議会から被告に対して出す必要はない)との結論に達してしまったのである。

(ウ) 最後に,③の点について,原告らが訴えているのは眺望権ではなく眺望の利益であるにもかかわらず,法律分野から選出されている委員が,眺望権について裁判所が認めることはあり得ないと発言したため,委員らは眺望の利益は法的な保護を要しないものであると誤解し,原告らの反対意見を軽視したものと考えられる。

以上のように,本件変更決定についての審議会では,原告らの意見を正しく理解せず,全く見当違いな論点について論じたり,問題を過小評価したりした末に,本件変更決定の可決という結論に至っているのであって,本件変更決定の手続的瑕疵が治癒されたとはいえない。

(被告の主張)

被告は,本件変更決定手続において,住民に対する周知を十分に行っており,手続的瑕疵は何ら存在しないのであるから,本件変更決定は適法である。

(1) 法16条2項は,地区計画等の案の内容となるべき事項の提示方法及び意見の提出方法を条例で定める旨規定しており,横浜市では,横浜市地区計画等の案の作成手続に関する条例(昭和57年横浜市条例第40号,以下「作成手続条例」という。)によってこれら手続を定めている。

本件においては,被告素案を横浜市報に登載する手続を経て,作成手続条例2条に基づく縦覧を実施し(乙14),地区内の土地の権利者から意見書の提出を求めた。さらに,市報による周知を図り,法17条に基づく被告素案の縦覧を実施した上で(乙14),住民及び利害関係人から意見書の提出を求めた。これにより,本件では372通の意見書が提出されているものである。その後,意見の要旨とこれに対する決定権者の見解を付して,被告素案を審議会に付議したものであり,この点においても多くの住民に意見を述べる機会が与えられ,かつ実際に多くの住民が意見を述べており,手続に違法はないというべきである。

(2) 原告らは,被告素案公聴会を開催しなかったことが本件変更決定の手続的瑕疵であるかのように主張している。しかし,法16条1項は公聴会の開催を義務付けているわけではなく,本件のように被告が素案を作成する以前に公聴会が設定され,素案作成時に改めて公聴会を設定しないとしても違法とはいえない。

原告らは,被告が定めた手続き要領に基づく公聴会と,法16条1項に基づく公聴会とを殊更に区別しているが,提案とそれに基づいて被告の案が作成される手続は一連であるから,いずれの公聴会も都市計画の決定プロセスにおいて住民の意見を反映させるための措置として行われており,手続き要領に基づく公聴会も,法16条1項所定の「住民の意見を反映させるために必要な措置」の一環又は同じ趣旨目的のものである。

また,被告が作成した素案は,本件提案に建物の緑化率の項目を付加したに過ぎず,地区外については何ら不利益となる影響がなかったため,手続き要領6条2項ただし書に基づき,被告素案公聴会を開催しなかったものである。地区内の地権者には,作成手続条例3条によって周知を図ることとなっているが,同条例には地区外の住民への周知の規定がないため,地区外の住民にも変更内容を告知する場として被告素案説明会を設定したものである(乙12,13)。

(3) 本件提案公聴会は,手続き要領に基づき開催を予定されていたものであるが,同要領においては公聴会の公告について特に規定はない。そこで,本件提案公聴会については,全戸配布を原則とした「広報よこはま」(全市版),神奈川県においても急速に普及する有力な広報媒体であるインターネットを利用したホームページ,及び市庁舎・区庁舎の掲示板へ情報を掲載することにより周知を行った。「広報よこはま」全市版8月号には,本件提案に関する説明会の開催・縦覧・公聴会の開催・公述申出の期間を掲載し,ホームページに情報があること,及び問い合わせ先の電話番号も記載し,周知を行った。上記広報の目的は,α地区地区計画の都市計画変更が行われることと,そのための説明会等の手続が今後なされることとの周知であり,具体的な本件提案の内容を限られた紙面の中で記載できるものではなく,それらの内容に関する情報は,説明会に出席することで得てもらうことが一般的な対応となっている。また,説明会での配布資料を後日ホームページに掲載しており,手厚く情報提供を行っている。

以上のとおり,本件提案公聴会の周知行為は適切に行われており,他都市に比較しても被告が劣っている実態にはない(乙16)。したがって,原告らの主張は失当といわざるを得ない。

(4) 原告らは,審議会が多数の住民の反対意見を無視して,被告素案どおり了承したとしているが,同審議会においては,住民周知の手続について不備があるとの意見,富士山の眺望に関して眺望権ないし眺望の利益が阻害されるとする意見,法定縦覧の意見の要旨と決定権者の見解とを時間をかけ審議した上,被告素案が可決されたものであり,何ら手続的違法はない。

本件の手続問題の実質は,本件変更決定に係る説明会・公聴会の開催に気付かず,意見を表明できなかった者をどこまで救済するかという問題である。手続に乗り遅れた者の存在のみを理由として,必ず手続をやり直すということでは,都市計画のような一般処分の手続に混乱をもたらす。周知についても,一般人が知り得る状態に置くために適当な措置をとることで足りるものである。

また,たとえ説明会・公聴会の開催を知らない者がいたとしても,原告らは現実に縦覧期間中に意見書を提出し得たのであり,原告らの主張する周知の不備は治癒されたといえる。

第5当裁判所の判断

1  争点1(本件変更決定が行政処分に当たるか)について

(1)  原告らは,本訴において本件変更決定の取消しを求めているが,このような訴えにおける取消しの対象となる行為は,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下「行政処分」という。)であることを要する(行政事件訴訟法3条2項,同6項)。

上記にいう行政処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解されるから(最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照),原告らの訴えを適法と認めるためには,本件変更決定が,これにより直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められるものでなければならないということになる。

本件変更決定は地区計画を定めた都市計画を変更するものであり,地区計画に関する都市計画決定及び変更決定の法的効果について以下検討する。

(2)  地区計画は,建築物の建築形態,公共施設その他の施設の配置等からみて,一体としてそれぞれの区域の特性にふさわしい態様を備えた良好な環境の各街区を整備し,開発し,及び保全するための計画であり(法12条の5第1項),地区計画においては,主として街区内の居住者等の利用に供される道路,公園等の地区施設及び建築物等の整備並びに土地利用に関する計画(以下「地区整備計画」という。)を定めるものとされる(同条2項)。

そして,上記地区整備計画には,地区計画の目的を達成するため必要な地区施設の配置及び規模のほか(同条6項1号),建築物等の用途の制限,建築物の容積率の最高限度又は最低限度,建築物の建ぺい率の最高限度,建築物の敷地面積又は建築面積,建築物等の高さの最高限度又は最低限度,建築物等の形態又は色彩その他意匠の制限等の建築物等に関する事項(同項2号)を定めるものとされる。

このような地区計画が決定された場合,当該地区内における土地の利用等について,都市計画法及び建築基準法は,以下のとおり規定している。

ア 地区整備計画が定められた区域において土地の区画形質の変更,建築物の建築等を行おうとする者は,事前にその内容を市町村長に届け出なければならず,これに違反する場合には罰則の適用がある(法58条の2第1項,93条1号)。届出を受けた市町村長は,届出に係る行為が地区整備計画に適合しないと認めるときは,設計の変更その他必要な措置を執ることを勧告することができる(法58条の2第3項)。

イ 地区整備計画が定められた区域において開発許可の申請がなされた場合,開発行為に係る敷地上の予定建築物の用途又は申請に係る開発行為の設計が地区整備計画の内容に即していることが,開発許可の基準となる(法33条1項5号)。

ウ 市町村は,地区整備計画が定められた区域において,地区整備計画の内容として定められた区域内の建築物の敷地,構造,建築設備又は用途に関する事項を,条例でこれらに関する制限として定めることができる(法58条の3,建築基準法68条の2第1項)。

エ 市町村長等の特定行政庁(建築基準法2条33号)が,地区整備計画が定められた区域において道路位置の指定を行う場合,原則として,地区整備計画に定められた道の配置又は区域に即して行わなければならない(同法68条の6)。また,特定行政庁は,上記区域において,地区整備計画に定められた道の配置及び規模又は区域に即して予定道路の指定を行うことができる(同法68条の7)。

道路位置の指定,あるいは予定道路の指定がなされれば,当該道路内における建築物の建築は原則として禁止される(同法44条,68条の7第4項)。

(3)  以上によれば,地区計画決定が告示されて効力を生じると(法20条3項),地区整備計画が定められた区域内において区画形質の変更や建築物の建築を行おうとする者は,市町村長への事前の届出を義務付けられることになるが((2)ア),届出の内容が地区整備計画に適合していなかった場合になされる勧告は,これに従わない場合の措置については何ら定められていないことからすると法的強制力を伴ったものとは認められず,結局,これをもって,当該地区内の土地所有者等の法的地位に影響を及ぼすような新たな制約を課すものとまではいうことはできない。

また,地区計画決定が告示によって効力を生ずると,地区整備計画が定められた区域内においては,開発行為の設計及び開発行為に係る敷地上の予定建築物の用途等につき従前と異なる基準が適用され,これらの基準に適合しない開発行為は許可を受けることはできず,ひいてはその開発行為をすることができないこととなる((2)イ)。このような効果を生じさせる地区計画決定が,当該地区内の土地所有者等に都市計画法上新たな制約を課し,その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できない。しかしながら,かかる法的効果は,あたかも新たに上記のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の,当該地区内の不特定多数の者に対する一般的,抽象的なものに過ぎず,当該地区内の個人の法的地位に直接的な影響を与えるものとはいうことができない。

さらに,地区整備計画の内容を制限として定める条例が制定された場合には,地区整備計画で定めた建築物の敷地,構造等に反する建築物については建築確認を受けることができないことになるが((2)ウ),これは,当該条例の効果として上記のような法状態の変動を生じるものであり,地区計画決定によって,当該地区内の個人の法的地位に直ちに何らかの影響が生ずるものということはできない。

そして,地区計画が定めた地区整備計画の内容に即して道路位置指定あるいは予定道路の指定が行われれば,当該道路内における建築物等の建築が原則として禁止されることになるが((2)エ),地区計画決定が告示されても道路位置指定等がなされるまでは建築制限が課せられることはなく,建築基準法68条の6及び68条の7は,「地区計画等に定められた道の配置(及び規模)又はその区域に即して」道路あるいは予定道路を指定することを定め,地区計画により難いと認められる場合の適用除外や,敷地となる土地の所有者等利害関係人の同意を要する旨の規定を置いており,必ずしも当該地区計画で定めたとおりに道路あるいは予定道路が指定がなされるとは限らず,地区計画の内容は,道路位置指定等のいわば準則の地位にとどまっているにすぎないことを考慮すると,地区計画決定によって,当該地区内の個人の法的地位に何らかの影響が生ずるものということはできない。

一方,当該地区内で地区計画に反する建築行為等をしようとしている者等は,当該行為を阻止する行政庁の具体的処分をとらえて取消訴訟を提起することができ,また,当該地区内で地区計画に即した内容の建築行為等を阻止しようとする者等が,当該建築行為等に係る行政庁の具体的処分を対象として取消訴訟を提起することも可能であり,いずれも上記のような行政庁の具体的な処分がなされた段階で取消訴訟を提起することによって,権利侵害に対する救済が十分に果たされるとは言い難いような事情が一般的にあるとはいえない。

そうすると,地区計画の決定は,当該区域内の個人の法的地位に変動をもたらし,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものとはいえないから,抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということはできず,実効的な権利救済を図るという観点を考慮しても,これを対象とする抗告訴訟の提起を認めることが合理的であるとはいえない。

したがって,地区計画についての都市計画決定は,抗告訴訟の対象である行政処分ということはできず(最高裁平成6年4月22日第二小法廷判決・判例時報1499号63頁参照),都市計画の変更決定である本件変更決定についても,同様に行政処分ということはできない。

(4)  原告らは,提案制度を利用して行われた本件変更決定は,特定の地権者による土地開発許可申請に対する承認に等しく,実質的には個人を名宛人とした個別具体的処分と同視しうるとも主張する。上記主張は,提案制度に基づく提案を都市計画の決定等の申請ととらえ,これに対する決定権者の対応を行政処分であると主張する趣旨であると解される。

そこで検討するに,提案制度(法21条の2ないし同5)は,平成14年改正(平成14年法律第85号)において新設された,提案者が決定権者に対して都市計画の決定等を提案できるとする制度であり,提案者は,都市計画基準(法13条等)に適合する都市計画の素案を添付して提案を行い,決定権者は,遅滞なく決定等の要否を判断し,上記素案の内容と異なる決定等をしようとする場合には,上記素案を都道府県都市計画審議会等に提出しなければならず,決定等を要しないと判断した場合にも,都道府県都市計画審議会等に上記素案を提出してその意見を聴かなければならず(法21条の2第1項,同3項1号,21条の3,21条の4,21条の5第2項),決定権者が都市計画の決定等を要しないと判断した場合には,遅滞なく,その旨及びその理由を提案者に通知しなければならない(法21条の5第1項)とされている。しかしながら,都市計画法は,提案の内容と異なる都市計画決定等を行う場合に提案者の承諾を必要とする,あるいは提案者に異議申立権を与えるといった定めを何ら置いておらず,このような法の定めからすると,決定権者は,提案がなされた場合にも,都市計画決定等を行うかどうか,あるいは決定等の内容について提案に拘束されるものではなく,その権限及び裁量の範囲は,提案によらないで都市計画決定等を行う場合と何ら異なるものではないといえる。そうすると,提案制度は,当該地域の土地所有者等が都市計画のアイデアを出し,まちづくりのきっかけをつくり,決定権者にその検討を促す制度にとどまるというべきであり,提案者に提案に係る都市計画を実現する申請権ないしそれに類する権利を与えたものとまでは解することができない。

したがって,原告らの上記主張は,前提を欠き,採用することができない。

(5)  なお,本件の口頭弁論終結後に,最高裁は,昭和41年最高裁判決を変更し,土地区画整理事業の事業計画の決定について抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとの判決をした(最高裁平成20年9月10日大法廷判決。判例タイムズ第1280号60頁参照)。

しかしながら,同判決は,土地区画整理事業の事業計画の決定がされると,施行地区内において建築行為等の制限等を生ずるというのみならず,施行地区内の宅地所有者等は,建築行為等の制限等の規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ,その意味で,その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであることを理由として,土地区画整理事業の事業計画の決定は抗告訴訟の対象となる行政処分と認められるとしたものであり,上記判決の射程は,本件変更決定には及ばないものというべきである。

(6)  よって,本件変更決定を行政処分と認めることはできないから,その余の点について判断するまでもなく,本件訴えは不適法ということになる。

第6結論

以上のとおりであって,本件訴えは不適法であるから,これを却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 土谷裕子 裁判官 沼野美香子)

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