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横浜地方裁判所 平成18年(行ウ)51号 判決 2007年8月29日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第5当裁判所の判断

1  争点1(氏名等が本件条例7条2項2号ただし書イに該当するか)について

(1)  本件条例7条2項2号本文は、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」等を非開示情報と定めており、同号の趣旨は、個人のプライバシーに関する情報を最大限に保護しようとしたものであると解される。ここにいう「個人に関する情報」とは、事業を営む個人の当該事業に関する情報が除外されている以外には文言上何らの限定がないから、特定の個人が識別され、または識別することができるものは、原則として同号所定の非開示情報に該当するというべきである。

そして、本件条例7条2項2号ただし書イは、同号本文の規定するような個人識別性を有する個人情報であっても、これを公開することにより害されるおそれがある当該情報に係る個人の権利利益よりも、人の生命や財産等の保護の必要性が上回る場合には、当該個人情報を公開する必要性と正当性が認められることから、当該情報を公開しなければならないとしたものと解される。

この点、氏名等は、個人を識別する第一義的要素であり、これが公開されれば当該個人のプライバシー等の権利利益が害されることは明らかであるし、その侵害は氏名等の公開によって直接生じるものである。

(2)  これを本件についてみるに、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、①Aの番号1、55の黒塗り部分(以下、Aの当該番号のみを記す。)には本件船舶の船長の年齢が、②番号7、8、16、18、20、34ないし38には火災発見者の氏名、年齢、住所、電話番号、職業が、③番号10には初期消火者の氏名が、④番号12、13、15には通報者の氏名、年齢、職業が、⑤番号22、32、33には立会人の氏名及び年齢が、それぞれ記載されていると認められる。

原告は、消防署職員、船員、港湾関係者といった職務上現場に居合わせた者のプライバシーについては秘匿の必要性はそれほど高くない旨主張するが、①船長、②火災発見者、③初期消火者、④通報者として記載されている者の「氏名、年齢、住所、電話番号、性別、職業」が個人情報に該当することは明らかであって、これらの情報が直ちに「人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報」に該当するとは認めることができない。

この点について、原告は、本件火災の原因を究明し再発防止に努め、本件火災原因等を調査するために氏名等が開示される必要性がある旨主張する。しかし、本件火災の出火原因等については、火災・原因概要として「アーク溶接中の火花がハッチの隙間から落下して積荷の固形ワックスの外装紙に着火して出火した」等の部分が既に開示済みの情報として本件文書中に記載されており、これに加えて船主が関係者個人にアクセスする必要性が高いとは認められない。たとえ、氏名等の開示が、本件火災の被害者による損害賠償請求権行使のために必要であるとしても、開示によって受ける利益は、専ら被害を受けた財産の補償をするためというものであり、個人のプライバシーを犠牲にしてまで開示すべき必要性は低いといわざるを得ない。

そうすると、本件において原告が主張する開示の必要性は、公開によって害されるおそれのある個人のプライバシーなどの権利利益に優越するとはいえず、原告の主張には理由がない。

2  争点2(1)(証言資料等が本件条例7条2項2号本文に該当するか)について

(1)  本件条例7条2項2号本文の「個人に関する情報」は、前記のとおり特定個人との関連性を有する一切の情報が含まれると解され、また、「他の情報」としては、公知の情報や、一般人が通常入手し得る情報が含まれるほか、開示請求に係る当該情報の性質及び内容に照らし、具体的事例において個人識別の可能性をもたらすような情報をも含むと解するのが相当である。

この点、原告は、文書開示決定等の判断は開示請求の理由や目的といった開示請求者の個別的事情によって左右されるものではないので、個人識別性についても一般人を基準として客観的に判断し、「他の情報」とは、一般人が知り、あるいは知りうる情報に限られる旨主張する。

しかし、開示請求者の個別的事情を考慮しないからといって、直ちに、「他の情報」も一般人が知りうる情報に限定すべきと解することはできない。本件条例は、開示請求の請求主体について何らの制約を設けておらず、当該個人の同僚、知人等も開示請求する可能性があることに鑑みれば、「他の情報」を原告主張の程度にまで限定することはプライバシー保護の観点から適当とはいえない。

(2)  本件についてこれをみるに、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、①番号9、14、17、19、21、39、40には火災発見者の行動、発言、証言資料が、②番号11には初期消火者の行動が、③番号12には通報者の行動が、④番号27、28には実況見分の立会人の発言が、それぞれ記載されていると認められる。

そして、証言資料等は、火災発見者や初期消火者、立会人の行動、供述内容等が記載されているもので、これらは、火災発見者等の認識状況等についての情報であって、特定個人との関連性を有する情報であるという点で、「個人に関する情報」に当たる。

個人識別性については、証言資料等は氏名等と異なり、当該情報自体が直ちに個人識別性を有しているとはいえない。

しかし、火災調査報告書は、公の機関による調査に基づく出火原因等が詳細に記載されているという性質上、火災の被害者が出火の責めを負う者に損害賠償請求権を行使するために情報公開請求をする可能性が高いこと、火災の被害者は通常火災現場に極めて深い関わりを有し、特に本件のように雇用現場における火災の場合、被害者が臨場した被雇用者の氏名や配置等の情報を有している蓋然性が高いこと、本件船舶の乗組員は23名であり、証言内容等を勤務配置に関する情報と照合すれば個人を識別することが可能な人数であること〔証拠省略〕の各事情を考慮すれば、本件においては、証言資料等も個人識別の可能性をもたらす情報に当たるというべきであり、このような情報も含めて個人のプライバシーとして保護するのが本件条例7条2項2号本文の趣旨であると解される。

したがって、証言資料等は本件条例7条2項2号本文に該当する。

3  争点2(2)(証言資料等が本件条例7条2項2号ただし書イに該当するか)について

(1)  本件条例同号ただし書イの解釈については、前述(1(1))のとおりである。

(2)  これを証言資料等について検討するに、個人識別性を有する証言資料等が公開されれば当該個人のプライバシー等の権利利益が害されるおそれは高い。原告は、職務上現場に居合わせた者のプライバシーについては秘匿の必要性がそれほど高くない旨主張するが、そのように解することはできないことは既に述べたとおりである(1(2))。

他方、開示の必要性として、原告は船主が今後同様の事故が発生しないように予防策を講じて公共の安全を図る利益を挙げる。しかし、前述のように本件火災の出火原因は既に開示されており、再発防止のために、さらに個人のプライバシーを犠牲にしてまで証言資料等を開示する必要性があるとはいえないし、本件火災は、人の生命、健康、生活又は財産を保護するために関係者の証言資料等詳細を公開する必要があるほど、社会的関心の高い大規模火災であったとも認めることができない。

そうすると、本件において原告の主張する開示の必要性は、公開によって害されるおそれのある個人のプライバシーなどの権利利益に優越するとはいえず、原告の主張には理由がない。

4  争点3(1)(り災の程度等が本件条例7条2項3号アに該当するか)について

(1)  本件条例7条2項3号アは、法人等に関する情報であって、公にすることにより、当該法人等の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものについて、非開示情報として開示しないことができると規定している。

(2)  これを本件についてみるに、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、①番号2、5、23は本件船舶の積荷である固形ワックスのり災の程度、②番号29ないし31は固形ワックスのり災の程度が類推される情報、③番号42、52、54は固形ワックスの焼き損害額、④番号3、6、24ないし26は本件船舶のり災の程度、⑤番号41、48、53は本件船舶の焼き損害額、⑥番号4、43は損害額、⑦番号44ないし47は本件船舶の経過年数、残存率、時価価額、減損率、⑧番号49ないし51には固形ワックスの残存率、時価価額、減損率、⑨番号56には船舶の焼損状況及び箇所、⑩番号57には船体の保険金額、⑪番号58ないし60には積荷の内容が、それぞれ記載されていると認められる。

これらの各記載は、本件船舶の財産的価値、本件火災が本件船舶及び積荷に与えた損害の程度、経済的損失に関するものであり、外国貨物不定期航路業を営む船主及び運航者にとっては、同業他社や顧客に知られることにより、法人の資産や運航業務に関する信用を毀損し、今後の競争において不利益を被るおそれのある情報といえる。

これに対し、原告は、原告が船主の代理人として活動する弁護士であるから、これらの情報を公にしても船主の利益を害するおそれは皆無である旨主張する。しかし、本件条例5条が請求者の立場や請求の目的の如何を問わず何人に対しても情報公開請求を認めていることからも明らかなように、情報公開制度は行政情報を何人に対しても公開するものであるから、開示の許否も、請求者の属性を考慮せず、およそ当該情報を何人にも公開できるかどうかをもって判断すべきである。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

5  争点3(2)(り災の程度等が本件条例7条2項3号ただし書に該当するか)について

(1)  本件条例7条2項3号ただし書は、同項2号ただし書イと同様に、法人等に関する情報であっても、これを公開することにより害されるおそれがある当該情報に係る法人等の権利利益よりも、人の生命や財産等の保護の必要性が上回る場合には、当該情報を公開しなければならないとしたものと解される。

(2)  これを本件についてみるに、前述のとおり、本件船舶の財産的価値、本件火災によって本件船舶及び積荷が被った損害の程度、経済的損失に関するこれらの情報が公になれば、船主及び運航者が競争上の不利益を被るおそれがある。

他方、原告が挙げる再発防止等開示の必要性については、既に争点1及び同2(2)において述べたとおりであり、原告の上記主張は理由がないというほかない。

第6結論

以上のとおりであって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 植村京子 沼野美香子)

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