横浜地方裁判所 平成18年(行ウ)60号 判決 2007年6月27日
主文
1 本件訴え中、被告に対し、原告のAらに対する神奈川県港北警察署での告訴を平成18年9月25日付けで受け付けることを求める部分及び警察官Bの降格及び免職を求める部分をいずれも却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3争点に対する判断
1 争点(1)(本件告訴を平成18年9月25日付けで受理するよう命ずることの可否)について
(1) 原告は、第1(1)請求として、被告に対し、本件告訴を平成18年9月25日付けで受理することを求めているところ、これは、本件告訴の受理を一つの処分と理解した上、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求める義務付けの訴え(行政事件訴訟法3条6項。以下「処分の義務付けの訴え」という。)に当たるものである。
そして、処分の義務付けの訴えには、一定の処分を求める旨の法令に基づく申請を前提とする類型(行政事件訴訟法3条6項2号、37条の3。以下「申請型の義務付けの訴え」という。)とそれ以外の類型(同法3条6項1号、37条の2。以下「非申請型の義務付けの訴え」という。)とがあるところ、法令上、告訴受理を求める申請については格別の規定がなく、かかる申請を法が予定しているとは考え難いから、上記の告訴受理の義務付けを求める請求は、非申請型の義務付けの訴えに当たるものと解される。
(2) ところで、非申請型の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができるとされているが(行政事件訴訟法37条の2第3項)、これは、当該訴訟について当該原告が訴訟を追行する正当な資格を有すること(原告適格)のほか、具体的状況に照らし、本案判決をすることによって当該争訟の解決をもたらすことができること(狭義の訴えの利益)をも訴訟要件としているものと解される。
これを本件についてみると、告訴とは、法律上告訴権を有する一定の者が検察官又は司法警察員に対して犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示であるところ、本件告訴については、前記第2、1(4)のとおり、本件告訴の告訴事実及びその犯人の処罰を求めること等を記載した本件告訴状2が平成19年1月28日に港北署によって受理されており、これによって本件告訴も受理されたものとみることができる。そうすると、本件告訴の受理に関する争訟は、本件告訴状2の受理によって解決したものというべきであって、上記請求には狭義の訴えの利益が認められない。なお、後記認定のとおり、本件告訴状2(〔証拠省略〕)は、本件告訴状1(〔証拠省略〕)と異なり、労働基準法20条違反の点の記載がないが、これは、港北署職員らの指導に基づき、別途労働基準監督官に対し告訴すること(労働基準法102条参照)などを検討したものか、原告において告訴意思を喪失したものであると認められ、上記判断を覆すものではない。
原告は、本件告訴状2の受理の時点(平成19年1月28日)では、本件告訴状1記載の侮辱罪の告訴期間が徒過していることから、上記告訴期間内に本件告訴が受理されることを第1(1)請求の狭義の訴えの利益を基礎付ける事由として主張しているとも解される。
しかしながら、告訴という刑事手続上の行為を行政事件訴訟において争うことができるかどうかは疑問がある。そして、この点につき適法であると解することができた場合であっても、本件のように過去に遡って告訴を受理すべきことを処分の義務付けの訴えとして提起できるとした場合には、刑事訴訟法において告訴期間を設けた趣旨が失われることになる。すなわち、同法235条は、告訴期間を規定するところ、その趣旨は、親告罪は私人である告訴権者の意思によって国家刑罰権発動の可能性が左右されるため、そのことに伴う犯人の地位の不安定を早期に解消することにあると解される。したがって、少なくとも、告訴期間が経過した後に告訴期間内に告訴を受理することを義務付けるような訴訟は、法の予定するところではないというべきである。
以上のとおり、原告の第1(1)請求は、義務付けの訴えの訴訟要件を欠くものであり、不適法である。
なお、刑事訴訟法241条1項は、告訴は検察官又は司法警察員にしなければならない旨規定しているから、これらと立場を異にする被告に告訴の受理を求める第1(1)請求は、義務付けの相手方を誤った点においても不適法というべきである。
2 第2請求(降格及び免職処分の義務付け)について
(1) 原告は、第2請求として、被告に対し、B部長を降格及び免職することを求めている。これは、被告に対し、B部長について、分限処分として地方公務員法28条1項に基づく降任ないし免職処分をすることを求めるもの、あるいは懲戒処分として同法29条1項に基づく免職処分をすることを求めるものと解される。そうすると、原告の上記請求は処分の義務付けの訴えに当たるものである。
そして、前記1(1)のとおり、処分の義務付けの訴えには、申請型の義務付けの訴えと非申請型の義務付けの訴えとがあるところ、法令上、地方公務員の降任ないし免職処分を求める申請については格別規定はなく、かかる申請を法が予定しているとは考え難いからこれらの処分の義務付けを求める上記請求は、非申請型の義務付けの訴えに当たると解される。
(2) 行政事件訴訟法は、非申請型の義務付けの訴えについて、「行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。」と規定している(37条の2第3項)。
そして、上記法律上の利益の有無の判断に当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとし、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとされている(同条4項、9条2項)。
これを本件についてみると、原告は、本件告訴に対するB部長の応対が一因で、本件告訴において申告した事実のうち侮辱罪に該当する部分について告訴期間を徒過するに至ったことを理由に、第2請求として同人の降任ないし免職処分を求めている。この点、原告がいかなる事情によって自己の原告適格を基礎付けているのかは明確ではないものの、本件告訴に対して告訴人の満足のいく応対をしてもらうこと、ないし本件告訴が適時に受理されることなどの利益を主張しているものと解される。
しかしながら、地方公務員法は、地方公共団体の人事機関並びに地方公務員の任用、分限及び懲戒等に関する根本基準を確立することにより、地方公共団体の行政の民主的かつ能率的な運営並びに特定地方独立行政法人の事務及び事業の確実な実施を保障し、もって地方自治の本旨の実現に資することを目的とするものであり(1条)、地方公務員の分限処分(同法28条1項)は、公務の能率の維持及びその適正な運営を確保することを、また、懲戒処分(同法29条1項)は、公務における規律と秩序を維持することをそれぞれその目的とするものである。そして、地方公務員法及びその関係法令の趣旨目的等を考慮するなどしても、地方公務員法が地方公務員の分限処分ないし懲戒処分において、当該公務員が告訴に関し応対した際の告訴人の主観的な満足といったような個人的利益をも保護していると解すべき根拠は存しない。
そうすると、原告には行政事件訴訟法37条の2第3項の規定する「法律上の利益」がなく、他に、本件において原告の原告適格を基礎付ける事情は、これを認めることができない。
(3) したがって、原告には第2請求の原告適格が認められないから、同請求は、その余の点について判断するまでもなく、不適法なものとして却下すべきである。
なお、地方公務員の降任ないし免職処分については、地方公共団体の長や県警察本部長等が権限を有するものとされているから(地方公務員法6条)、地方公共団体である被告に対しこれらの処分をすることを求める第2請求は、義務付けの相手方の選択を誤った点においても不適法というべきである。
3 争点(3)(被告の職員らによる不法行為の成否)について
(1) 行為①ないし⑦について
原告は、平成18年9月25日に港北署に赴いたのは、本件告訴をその日に受理してもらう趣旨であったところ、港北署職員らに本件告訴を不受理にしようとする、ないし不受理にする言動(行為①ないし⑦)があり、それらが原告に対する不法行為を構成すると主張し、これに沿う供述もする(〔証拠省略〕)。
しかし、B部長の陳述書(〔証拠省略〕)では、行為①ないし⑦のようなやり取りがあったことを明確に否定していること、証拠(原告本人)によると、原告は、平成18年9月25日、B部長からの指摘に対し、格別の異論を述べることなどもなく本件告訴状1を受け取ったことが認められること、これらによると、そもそも行為①ないし⑦のような言動があったかは定かではない。そして、行為①ないし⑦は、いずれも告訴状の記載について指摘をしたにとどまり、原告の人格などを直接に非難したというものではないし、これらが特に原告を害する意図ないし態様でされたことを認めるに足りる証拠もない。してみると、原告主張に係る行為①ないし⑦は、客観的にみて行為の相手方に対し、金銭をもって償う必要のあるほどの精神的な苦痛をもたらすものであったとまでは認め難いというべきである。
(2) 本件告訴の不受理について
ア 原告は、港北署職員らの行為①ないし⑦により本件告訴が受理されず、その後C代理人らの遅々とした対応のために本件告訴事実のうち、侮辱罪について告訴期間を徒過し、原告がAらの侮辱罪について罪に問うことができなくなり、精神的苦痛を受けた旨主張するところ、これは港北署職員ら及びC代理人らの上記各行為が不法行為を構成することをいうと解される。
イ しかし、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、原告は平成18年9月25日に本件告訴状1を港北署に持参した際、同署職員らに対して告訴をしたい旨は述べたものの、告訴を同日受理してほしいことや本件告訴状1を受理してほしいことまでは明言しなかったこと、本件事情聴取を行ったB部長は、本件告訴状1に記載された告訴人の職業、被告訴人、告訴事実のうち労働関係法令に関する部分についてそれぞれ問題点を指摘するなどし、これらを再検討する必要性を明らかにしていたこと、原告が後日作成し、受理された本件告訴状2は、その趣旨においては本件告訴状1と共通しているものの、労働基準法20条違反の記載その他細部にわたる修正がされていることがそれぞれ認められ、上記修正についてはB部長らの指摘に基づき補正するに至った部分もあったものと解される。そして、このように、本件告訴状1については、担当した警察署の職員において問題点が少なからずあると理解し、その旨を指摘したにすぎないこと、原告の側でも当日の告訴の受理を要求したわけではないこと、原告において告訴期間内に再度告訴状を提出することも可能であったことなどの客観的事情に照らせば、侮辱罪について告訴期間を徒過した責任が港北署職員やC代理人らにあるということはできない。
そうすると、本件告訴のうち侮辱罪が告訴期間を徒過したことについて、これが被告の不法行為に当たるという原告の主張は、その前提を欠くものであって失当である。
第4結論
以上のとおりであって、本件訴え中、第1(1)請求及び第2請求はいずれも不適法であるから却下することとし、原告のその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 植村京子 毛利友哉)